有志連合

ミャンマー情勢が、一刻を争う感じになってる。内戦突入直前だろうな。
ミャンマー政権、つまり、ミャンマー軍の敵は、全ミャンマー国民。強気なのは、中国やロシアからの武器供与をの確約が取れたから、じゃなかろうか。

【ミャンマー】「雑草は根絶やしに」、抵抗勢力に国軍報道官
https://news.yahoo.co.jp/articles/ebd14a1edd69732e7d4e311ef4110382e0ac7003

民主的なデモだけでは、もうどうにも太刀打ちできない。世界の動きの鈍さは、日本政府などが典型で、自国内の利権を算段して、軍事政権に引導を渡すのを躊躇っている間にどんどんと事態が悪化した。(コロナ対策も同じだろうな。やっと「具体策」が東京などでも動き始めた。遅すぎる。1年近く待った。事なかれ主義と物臭の巣窟。ただ、どんなに遅くとも、動かないよりは動いてくれた方がいい。)

国連安保理が機能しない、なんて、もう相当昔から言われていないだろうか。理由は単純で、「反民主化」の塊みたいな中国政府、というよりも、正確には中国共産党や、ロシアのプーチン政権などが安保理の「全会一致」に居座っている。もう、国連そのものから離れて動くしかないんじゃなかろうか。

昔から、国連安保理が機能しないことは言われていたけれど、昔と今と何が違うか。「現場の状況」が全世界に配信されていることだろうと思う。「こんなにも、政府が残虐なことをやっているのに、『民主主義の国家』は何もしないのか?」という認識が、ミャンマーの国民だけではなく、全世界で共有される、という点が、昔とは明らかに違う。ミャンマー市民の国民感情が世界で共有されている時に、「民主主義国家」が動かなければ、世界の「民主主義国家」の国民が自国の政府に対して不信感を抱く。それは、政治不信の布石になる。
トランプが教えてくれた。馬鹿らしいくらい短絡的に、「そうか、民主主義なんてこんなもんなんだ、結局、銃火器を使って弾圧する奴らが、最後は『正義』になるんだ」という、そうした「教訓」を残すことになる。それだけは、絶対的に避けるべきだと、僕は思う。まさかそんなことが、と思っていたことが、簡単に起きちゃうことを、トランプが教えてくれた。

対「イスラム国」の時にやったように、ミャンマーの危機は「世界の危機」だと認識して、有志連合という形で「民主主義」の「決意」を示すべきじゃないんだろうか。まずは、「有志連合」で、「対中国制裁」じゃなかった、「対ミャンマー経済包囲網」を形成し、中国に対しては「世界市場」を敵に回すのか、という試金石を突きつけて、ミャンマーの軍事政権に圧力をかけるべきだと思う。国連を介していたら、おそらくそれはできない。しつこいようだけれども「民主主義の決意」の問題だと思う。

国際連盟が、その失敗から国際連合へとシフトした。その国際連合が中国やロシアなどの存在のおかげで、今回のようなミャンマー 情勢に対応しきれていないとするならば、まずは、有志連合という形で「民主主義」が大切だと思う国家が中心になってUN(United Nations)ではなく、UDN(United Democratic Nations)という新たな国際組織を創るべきだと思う。当然、加入には国家の政治形態についての制約をつけるべきだ。いうまでもなく中国などは加入できないと思うけれども、これは「内政干渉」ではなく、「価値観を共有するものどうしの、助け合い」でしかなく、民主主義を大切だと思う国家群は、ミャンマーも、その仲間として取り込みたいから、動くのだ、というポジションをとれないもんだろうか。

今日(昨日か・・・)、確かNHKのニュースで見た中では、「我々が本気になれば、自動小銃で1(時間?分?)で500人を殺すことができる」とか、ミャンマー政府の人間が発言していた。
自分たち(軍事政権)が「雑草」だと決め付けた人々は、殺しても構わない、という主張だろうか。だとしたなら、「民主主義を大切だと考える国の人々」が「雑草」だと決め付けた人々(ミャンマーの軍事政権)は、その「雑草」として殺しても構わない、という論法が成立すると思うな。つまり、あなたがたは、「民主主義が大切だと思う人々」からは、「殺されても構わない存在だ」と、自ら認めたことになると思うが、反論を聞きたい気がする。(って、ただ、書いてるだけだけれども。)
こんな詭弁、いくら重ねたって、どうせ通じない。聞くに耐えない。

もはや、国際連合は、中国やロシアの存在を念頭において、段階的にフェードアウトさせるべきだ。
まずは、「イスラム国」の時の対応のように、「有志連合」による行動に軸足を移して、とにかく「機動的」に、対応すべきだと思う。国際連合という「建前」は、もはや、機能不全を起こして、過去のものになったと、中国やロシアが(それ以前に、先見の明を持つトランプが、というべきだろうけれど、)示してくれた、と考えるべきだと、私は思う。

有志連合が取るべき、具体策。まず、武器供与や、兵器の燃料となるエネルギー資源供給の全面停止、などを行うべきだ。
大丈夫。パプアニューギニアでも感じたけれど、「自然」に、地に足をつけて生活している人たちは、外からの「エネルギー供給」が途絶しても、そう簡単には「生活崩壊」しない。北朝鮮と違って、亜熱帯/熱帯だから、「生存」についてはかなり保証されると思う。中国などからは、(世界中の目に晒されながらも、露骨な支援はあるんだろうが、)エネルギー供給は続くんだろうな、と思うけれども、その状況も全世界に配信しながら、「民主主義が大切だと思う有志連合」からは、すべての物資/資材/エネルギー供給を途絶すべきだと思う。

問題は、タイやインドか。タイは、新国王の存在のおかげで、自国自身が民主化では揉めてる。インドは、マクロには「民主主義陣営」として信頼できる存在。バングラディッシュは?拗ねちゃったタロイモは扱いに困るけれども、基本的には「民主主義が大切だと思う国家の有志連合」サイドに付く気がする。ミャンマーは北朝鮮とは違う。国境を封鎖したって、国民の困り方はかなり低い。調節しながら閉めたって大丈夫な気がする。そうなると、あとは「国際社会」が、どこまで「ミャンマー情勢」に「適切」に対処できるか、なんだろうと思う。世界中の人々の目が、事態をつぶさに見ていることだけは、忘れるべきではないと思うし、ここまで「軍事政権による残虐行為」が世界中の目にさらされたのは、初めてじゃなかろうか。
翻って、中国が全世界に張り巡らした「盗聴/盗撮」のネットワークも、うまくタッピングできれば、世界中の「民主化勢力」にとって、「価値観共有」のプラットフォームを作れそうな気が、なんとなくしてきた。

ごめんなさい、睡魔に勝てそうにない。限界。終わる。ほんとうにもう、限界。

お詫びと訂正 <-- Oracleの件

Oracleの、instant_clientの設定 + Oracle.ManagedDataAccessで、エラーが出て、必要なファイルが見つからない、と騒いでしまった件。

この部分は、完全に私の勘違いでした。Oracle周辺に関して言えば、一切不具合は、なく、私の手順や確認漏れが原因でした。謹んで Oracle関係者の方にお詫び申し上げます。

言い訳ですが、まず、開発機: ここでは、サーバもクライアントも設定して、一台の機械の中で正常動作するアプリを書き上げていた。但し、最初はVC++でプログラムしていたため、このOracle.ManagedDataAccessは使う必要がなく、そのままVC++のMFCの環境で動作していた。

その後、別の会社の機械とIP接続し、さらに別の工作機械とフォルダ渡しで状態監視ファイルにポーリングをかける機能(VBのプログラム)とをマージして、IP接続のサンプルを書いたC#のプログラムに、それぞれ、VBとVC++からコードを移植して、三つの機能を一体化させたBackGround Serviceのプログラムに仕上げる、という手順を取った。その際に、Oracleアクセスの部分だけ一番最後になり、突貫工事で「Oracle接続」部分を移植させた、という感じになった。この際に、このOracle.ManagedDataAccessのモジュールが必要になり、Visual Studioの機能を使って組み込み、すんなりと動作し、よかったよかったと、土壇場で現場テストに間に合わせた、という感じになりました。

ところが、現場で動かなくて、大慌てしたのが、前のページに書いた通りの出来事で、結論から言えば、私自身が現場作業用に、デスクトップの開発機から、ノートPCにソースコードを持ち出してプログラムのコンパイル動作は通るようにしたものの、そのノートPCでは、Visual Studioでの設定作業を行わなかったため、EXEの存在するパスに、Oracle.ManagedDataAccess.dllが入っていない、という事態になっていて、それで大騒ぎした。それが、「Oracleのセットアップがおかしい!」と文句を書いた状況でした。

別件(大学/専門学校関係)の作業を済ませて、再びこの問題に取り組もうとして、ふと、開発機のbinをみたら、EXEの他に、Oracle.ManagedDataAccess.dllがあるじゃないか!と気づいた次第。試してみたら、もう、一も二もなく、dllをコピーしただけで、すべて完全に動作しました。

となると、これはもう、Oracleさんに、土下座して平謝りするしかない。

すみません、ネットなんで、土下座しても m(_ _)m これを書くだけですが、本当に申し訳ない、難癖をつけてしまって、心よりお詫び申し上げます。

ただもう、当日は、テンパって、半ばプッツンしていて、まったく事態が見えていなかった。

今更ながら思う。代案として当日現場で、私が現場作業用に持ちこんだノートの方に、テザリングでスマホからネット接続し、VisualStudio上で、このOracle.ManagedDataAccessの設定を行なって、その段階で、binにEXEの他にDLLがあることに気づきさえしたら、当日作業の2時間くらいの試行錯誤が、すんなり解決していたな、と思うし、Oracle様(いきなり「様」をつけてますが・・・)に、不快な思いをさせることもなかったかな、と思います。

Oracle関係者の皆様、改めまして、大変申し訳ございませんでした。深くお詫び申し上げます。

秒進分歩

4月になった。学校が始まる。

仕事の納期もあるけれども、授業はサボれないし、授業教材をどうするか・・・昨年度と、その前の年は、Ubuntu 18.04 LTSをインストールしてもらった。今年はなぁ、さすがに、Ubuntu 20.04 LTSが出て、もう1年。切り替えるしかないんだろうなぁ。

で、おんなじ授業教材を使おうとすると、だいたい途中で「それは昔のやり方です。今はこうです。」的な話が出て来て、途中からごっそり書き直し。ほぼ毎年だもんなぁ。

Ruby on Railsの教材で、2回ほど経験したのは、1週間くらい前に教材を作成し「最新版」のダウンロードで手順を書いていたところが、その1週間の間にマイナーバージョンが一つ上がり、gemの構成が微妙に変わり、手順通りに作業するとエラーが出るため、授業中に「先生、エラーがでます」と・・・💦勘弁してくれ。

その点LTSは安心。

うっかりしていた。仕事の納期もかなりギリギリだけど、授業をすっぽかす訳にはいかないし・・・。

昨年の教材が、マイナーな書き直しで済みますように。🙏
あ゛〜も〜、いやだ〜〜。つかれたよ〜〜

因果応報

最近、師匠の講演会に行けてない。納期に押されて、全然余裕がない。
ただ、答えを出しきれないほどの「謎解き」の課題はもらってるから、自分に当てはめて、答えを出す作業はできるんかな、なんて思う。

状況にもよるけれど、納入文書まで含めて、(自分で書くのもはばかれるけど、)それなりのクオリティのプログラムと仕事を仕上げたつもりでいても、そもそも文書なんてなかなか目を通してもらえないし、プログラムも動くか動かないかくらいのチェックしかなかったりして、それでもお金は払ってもらえるなら「良し」としても、同じ仕事をもし、某N×T×ータだとか、某×芝×リュ×シ×ンだとかに頼んだら、間違いなく一桁か二桁は違うだろうな、なんてことも、ふと、思ったりする。二桁違わなくても、一桁違うだけで、かなり生活が楽になるっていうか、それなりに「会社」を名乗れる状況になる気はしている。それなのに、なんで、こうなっちゃうんだろうか。

「特種情報処理技術者」なんていう資格がかなり昔存在して、サラリーマン時代、資格制度ができてすぐに試験を受けて合格した。「この資格持ってます」なんてアピールしたら「あ、そんな資格、あっても評価には関係ないから」なんて一言で上司にスルーされたな、なんてことも思い出した。そして、「タダにしろ」だの、「そんな金額払えない」だの、大学教員時代の契約書の締結が全くない「年俸制」にしても、とにかく、金を払ってもらうことに関しては、執拗に、頭打ちが続いている。なんでなんだろうか、なんて、ふと思っていた。

もしかしたら、と、ふと思ったのは過去世だ。内容はとても書けるモノではないけれど、夢の中で、「あ、これは自分だ」と自覚している人間が、結構傍若無人に他人を「支配」しているような・・・そんな感じの夢を見たことが、何度もあった気がする。詳細はどうにも思い出せないけれど。漠然となら、たぶん、思い当たる節がある。
その逆、なのかなぁ。何かをしたなら、必ず、された側の経験を積むように、輪廻転生の計画を「自分で」立てて、その場所に身を置く。魂にその「行為の両側」の経験を刻み込むまで、自らその状況を作り出す。それは、「殺す」とか「殺される」という入門編的な次元のものから、何段階にもわたって、人間がやりがちな行動のあらゆるレベルで、誰もが「両側」を経験し、その経験を積み上げて、ようやっと、仏教用語で言うところの菩薩だとか如来の次元に自分を高めていく。それかなぁ、なんて思った。

過去世の反省を、今回やれ、と、そういうことかなぁ、なんて思った。
「法の裁き」なんていうのは、表面的な話題。でも、否定はしない。少しでも「経験」を魂に刻む一助になるなら、必要なことだと思う。
いわゆるハラスメントだとかの場合には、その両方を「経験することこそが大切」だとするなら、これも、そう簡単にはなくならないんだろう。

LGBTの問題。10年以上師匠の講演を聞いていて思うことは、「男の意識体」と「女の意識体」は、魂のレベルではっきりと違いがあって、それぞれが、意識体の「性」とは違う肉体を選ぶ場合には、自分の意志による決断の結果であって、「自分の意識体は男だけれども、女として生まれたらどういう経験をすることになるのか」とか、(逆も同様、)その経験を積むために、自分で立てた計画に基づいて親を選び、生まれる環境を選んで、その状況を自分で作って、「意識体の性別」とは異なる肉体に生まれて来ている。せっかく、そうして「意識体の性別」とは異なる肉体を選んだのに、多少の違和感から性転換などしたら、たぶん、最後に肉体を抜けてから結局「今回は理解できなかったから、また次も」ということになるんだろう、と思う。
以前は、こんなことはなかった。意識体の性が男であっても、肉体の性が女なら、「女としての一生」を経験して、その経験を自分の中に蓄えて、その上で、男であっても、女であっても、同じように「ヒト」として誰もを受け入れられるような魂のレベルにステップアップして来た。その「両方の経験」をしにくい環境を、今は作ってしまっているのかな、なんていうことも、思う。ただ、一切、現場の「流れ」を否定はしません。そうして、「意識体の性」と「肉体の性」との違いを、自らが経験することで根本で理解する、今の「流れ」が、それらの「経験値」を助けるのか、あるいは逆に、「課題解決」を長引かせるのか、それは、私にはわからない。だから、LGBT関連和話題には、口出しできずにいる。

そうした「仕掛け」を創られた方は、同時に、その「仕掛け」の説明のための方も用意されているんだろうと、私は考えているし、たぶん師匠がその役割を担われているのかなと、私は思っている。
時代の転換点ですからね。(その時代の転換点も、ある意味で上が画策されているのかも知れない。)私自身は、ひたすら「流され」続けながら、「医療」だの「教育」だの「国際協力」だの「情報技術」だの、全部を一通り現場で経験することができた。その自体の転換点の現場経験に基づいた上で、師匠のような方の存在をアピールする場所を、こうして、今現在の場合にはブログという形で構築している。改めて思う。私が今回肉体を持った最大の目的は、師匠の存在をアピールすること。欲張りな私は、私自身も「経験値」を一つだけ高めるために、今回のように「搾取される側」の情況設定も用意したのかも、知れない。なんだか、思い出して来つつあるかも知れない。前前前世の話。

逃げたら、その時点でゲームオーバーだと思った。ゲームオーバーになっちゃったら、またゼロからやり直し。
だと思った。

ダメだ、眠い。疲れた。読み返す元気がない。無謀だけれど、このままアップ。

Oracle vs proxy vs SSH

Oracleのクライアントアプリで、新たな問題。

多少は、今日は時間がある。昨日ハマった問題の原因を、色々とググっては見ても、同じ問題にハマった人がいない。これはもう、だふしませふか。

アプリが、エラーを吐いた。Oracle.ManagedDataAccessに関連するファイルが見つからない、欠けているとか、怒られた。Oracle Instant Clientのodbc_setupは特に問題なく動作完了。何が悪い?

試行錯誤に相当な時間を潰した挙句、思いついた案。開発機では完全に動作して、テストも済ませている。開発機と、納入機の最大の違いは、Visual Studioの開発環境があるか、ないか。開発機では、Visual StudioのNuGet経由でOracle.ManagedDataAccessのパッケージを組み込んだ。同じことを納入機でもやれば、この問題は開発するんじゃないか、と。

で、まず、Visual Studioのインストーラをインストールし、次にC#のVisual Studioの環境を構築し、まずは空のダミーアプリを作り、そこから、ツール → NuGetのパッケージ管理へ進み、Oracle.ManagedDataAccessを検索させた。そうしたらproxyからエラーが返された。proxyが言うには、 NuGet.orgのhttpsの証明書が不正だ、と。こんな不審なモジュールを、イントラネットに流すわけにはいかん、だと?

実を言えば、同じエラーを僕も吐かれている。このサイトにhttpsでアクセスすると、不正だと怒られる。サーバの管理会社に、認証鍵の更新のために連絡を取ったら、古い鍵を送られてしまい、それ以来、なにがどうおかしくなったのか、「やり直し」でも認証エラーが出る。自分でサーバ設定できないから、もう連絡してもラチが空かないし、VPS(Virtual Private Server)にサーバ引っ越しの準備をしているのだけれど、もう、他人が構築した環境の上でアプリは走らせたくない。その引っ越し先のメールサーバの設定にひどく手こずって、もう1年も放置状態に近い。自社サイトなんて、一番優先度が低いから、手を出してる暇がない。結果、「不正な証明書」を放置。みっともないですけどね。バンバンに、「不正な証明書」のエラーを出してますよ。確かに私も。

ただ、NuGet.orgとか、頼むから、proxyが騒ぐような認証鍵の管理はやめて欲しいなぁ。日本国内で認証局を立てられるようになったのは、ごく最近。(情報「超」後進国だ。)サーバを運営している会社でも、認証の話になると訳のわからない返事が返って来たりするし、正直言えば、ネットのクレジット決済だってあんまりしたくない。

そのproxy。ノートだったら、自前のスマホのテザリングで、ネット接続して、迂回させられるんだけれども、ガッチリとイントラネットに組み込まれているシステムだから、もう、手も足も出ない。煮詰まった。他の解決策も思いつかない。

直接の原因はOracle(たぶん、クライアント環境のインストーラ)だけれども、NuGetなどのパッケージ管理の組織など、頼むから、「不正な証明書です」なんてエラーを出すような設定はやめて欲しいなぁ、なんて思う。

偉そうなことは言えない。このサイトがそうだけれども、公開鍵のカバーする範囲の設定(認証局のサービス料金の違いによる、のか)によっては、他の、結構有名な企業のサイトでも「不正な証明書」の警告は見かける。たぶん、有効期限の更新を忘れたとか、そんなところ、なんだろうかなぁ。(引っ越し先のサーバは、松尾くんが自己認証の方法を見つけて来てくれて、cronで更新をかける方法に成功。早く引っ越ししたいのだが・・・)

それにしても、proxyがなぁ・・・ダメだ、突破口が見つからん。納入先にお願いして、proxyに一時的に穴を開けてもらうとか・・・自力での解決策は、もう枯渇。そもそもは、NuGetの「不正な証明書」が原因なんだが。

このトラブルで納入が遅れてるの、俺の責任じゃねぇぞ、と、声を大にして言いたいが、結果が全てか。情けねぇ。

Oracle。嫌いだけど、お客様が使ってるから、アクセスするしかない。ずいぶん昔、Oracle絡みの仕事の話があって、開発用に最も安い環境を整備できないか問い合わせたら、50万円とか言われた。当然、そんな仕事はお断り。ところが、松尾くんが言うには「無料で試せる環境がありますよ。」嘘!時代は変わった。

Microsoft。C#を使ってるのは、外部アプリとの接続の都合。Microsoftも、実を言えば、あまり好きじゃない。Windowsのバージョンが変わるたびに、APIの解説書を揃えないと仕事にならない。それが一式10万円とか20万円とか。私が作るアプリの値段よりも高い。(かなり安めな設定なのに、医者とかいう人種は平気で「タダにしろ」とか言ってくる。あんなクソ高い医学部の授業料を払うほど経済的に余裕があるなら、タダで患者を診たらどうだ、と言いたかったけど。)それにしても、Microsoft。ユーザとしても何かと金を毟り取られる感が半端なかったのに、開発屋からも何十万と金を毟るのは、やめてくれ、という根深いMicrosoft嫌いの原体験がある。

今回は、VBとC#とVC++が、あちこちに混在。(私のオリジナルではなく、元々の開発者が今メンテできないから私に流れて来た仕事。)VBもC#もVC++も、きちんと読んで書いてるけど、実を言えば、あんまり好きじゃない。

最近は、「課金」の流れで「ソフトはタダだ」という誤った認識が広まってるのか、そりゃぁ、数万人/数十万人が使うことを想定したソフトなら、数百円の価格設定や、毎回数百円の課金でもビジネスは成立するけれど、一社しか使わないソフトの値段を似たようなモノだと思う、その認識だけは改めて欲しいと願っているが、「作る側」でない人たちは、その違いすら考えてくれない。やたらと値段が高い世界から、急速に「無料」になってきて、その「悪いところ」だけ影響を受けてる気がしてならない。

OracleもMicrosoftも、とにかく、金を毟られる感じが半端なかった、なんていう「昔話」を、今の若い人たちに(出た、このフレーズ、ジジイの証)しても、「無料が当たり前じゃないんですか」的にスルーされそうだなぁ。金取るんですか、って、慈善事業じゃないんだから・・・

それはいい。そこはもう、いいから、お願いだから、SSHでサービスを立ててる方たち、認証鍵の更新は忘れずにお願いしたい。あたしゃもう、疲れて、脳味噌が干上がりかけてる気がする。

判断ミスは過誤と同じ

なんだか、がっかりするようなニュースが多い。特に政府の対応に関するもの。

ミャンマー虐殺、日本政府の対応に広がる失望
https://toyokeizai.net/articles/-/420565

考えたくはないけれども、やはりこれかなと、思えてしまう。協力隊のOBとしては、がっかりというよりも、何か悲しい気がする。

しかし今回について言えば、ミャンマー国民に広がる強烈な反中感情でその中国にさえ戸惑いが見え、欧米企業は本国からさらに強い縛りをかけられる可能性がある。それらを勘案すれば、日本政府が国軍に明確な措置を取らない理由は見当たらない。

あるとすれば、一部関係者の利害にからむものではないのか。国軍とのパイプをつなぐことにより、現地で活動がしやすくなる一部政治家や外交関係者、企業などへの配慮である。

官僚機構の発想が、最近多少は読めて来ているような気がする。「海外活動」などは、「高度な判断を伴うものだから、民間が行うべきではなく、政府の思惑を「理解」できる団体などを通じて行うべきだ」的な発想が、万事にあるように思う。

「総合的に判断」と言いつつ、明らかに非難されるべき行為があっても非難しない。それは、事態がどちらに転ぶかわからない、人権侵害を行っている軍事政権が万一居座っても、利権を確保するため、ではないか、という気がしてならない。加えて、シモジモのモノを「服して従え」的に扱うことに慣れているから、意を汲み取ることをしない。結果的に、こうなる。

国軍がクーデター後に外相に任命したワナマウンルウイン氏を日本政府が「外相」と呼んだことが瞬く間にSNSで広がり、大きな波紋を呼んだ。その後、日本政府は「外相と呼ばれる人」に軌道修正したものの、「日本はどちらの側に立っているのか」と日本人駐在員が詰問されたり、日本語学習や技能実習生への応募を取りやめるケースが相次いでいる。

コロナ対策でも、場当たり的に頑張ってはいるものの、明らかに「できる」ことを「やっていない」。何故なんだろうか。効果がなかった場合に責任を取らされないために、「何もしない」のが一番無難だ、という思考回路が定着しているんじゃなかろうか。「ソツなくこなす」ために、「想定」に想定を重ねて神経質に準備した「答弁」などを作らせ作り、「上の方」に張り巡らせた人脈で規定路線を作って物事を進め、「想定外」の事態は「事態」そのものを無視する。そうして「無事是名馬」的な人しか出世しない?なんか、そんな風に思えてならない。現状をきちんと認識した上での「臨機応変」な対応というのは、およそ日本政府には期待できない気がする。

この記事を2Fさんとかが読んだら、どんなコメントを出すか。なんだかもう、一言一句想像できるような気がした。

冒頭の記事は、こんな一節で結んでいた。全く同感。もう、まるごと引用。

技能実習生と二重写しに

外国から「現代の奴隷制度」とまで批判されている技能実習制度によりブローカーに巨額の借金を背負わされたり、滞在資格を得るためだけに日本語学校に授業料という名の高額な「ビザ代」を支払わされたりしている若者たちの存在だ。

日本政府が労働者としてきちんと受け入れる態勢を作りさえすれば、不当な利益を得るブローカーや悪質な日本語学校などは排除される。ところが現行制度を維持することで、ブローカーや一部悪質な監理団体、一部の日本語学校の利権が守られる。その結果、借金苦の中で労働者としての権利も十分に守られず、多くの若者らが失望し、日本に恨みに近い感情を抱いて帰国する……。

東南アジアの人々が寄せてくれる親日感情や日本へのあこがれは、多くの日本企業、従業員らが積み重ねてきた製品づくりや職業倫理への評価、アニメなどのソフトパワーを含む民間の努力によって培われてきた結果だ。ODAや援助団体の活動などの意味もあった。いずれにせよ日本国民が長年かけて築いた財産だ。

それが一部関係者の利益を優先させる日本政府のあいまいな姿勢や不作為によって毀損され、失望が広がるとすれば、日本の将来にとって大きな損失である。

ミャンマーの国民から、アジアの若者から日本はどう見えているのか。視点をずらすことの大切さを思う。

プログラミング教育よりシステム教育

ディジタル庁創設とかで、改めてプログラミング教育の話題が取り沙汰されてる。

もう、かなり前から情報リテラシとかで、幼い頃からの「プログラミング教育」は話題になっていたと思うし、今更なんなんだという気もしなくもないけれど、現場のプログラマとして、「プログラミング教育より、先に、指導して欲しいこと」がある。それは、「システムのユーザ教育」とでもいうべきか。

しばらく前に、こちらも耐えきれずにお客様のところで「例」として話した話題がある。「家を建てているとします。かなり仕上がったところで、『洗面台は、ここだと使いにくいから、こちらに移して欲しい』などと言われたとすると、一旦仕上がった後なのに、壁を剥がしたり、それが2階の洗面台だとすると1階の天井だの、かなり激しく作り直しをすることになるので、普通はそういう『仕様変更』はお請けできません。それに近い感じの話題になっているので、これ以上の変更はできませんが、よろしいでしょうか?」と、伝えたことがある。後で営業さんにお話しして、「伝わっていますかね?」と確認したら、「伝わってないでしょう」と。

家とか車だとかなら、目に見えるから、例えば配管からやり直さなければならない、なんていう話をしても、ある程度は伝わるというか、通じるかも知れない。けれど、情報システムの場合には、「どんなデータを扱い、どう加工して、どう見せるか」というそれぞれの要素が、外からはかなり見えにくい。少しでもわかりやすくするために、「要件定義仕様書」だとか「基本設計書」のようなもので、文章化したり、Excelで画面イメージを作ったりして確認したりするんだけれども、いまだに記憶しているのは「こんなの見ても、わからないよ。まず作ってもらったものを見てから、要求を出したい」というやりとりが、初期段階にあったように思う。この「こんな書類を見ても、わからないよ」が曲者だったなと、今にして思う。

最初に「要件定義」でここまで作る、を明示して、その上での金額・工期を提示していたのに、その段階の「要件定義」はほぼスルーされて、かなり仕上がってから「実は、ここまで、こういう機能がなければ使えない」という話になった。この段階で、もともと「小さめの平屋建て」ていどの話だったのが「大きめの2階建」くらいの規模になり、(その平屋建てのつもりの金額・工期のまま)作り替えた後で、「ここは、こうでないと使えない、このデータも扱わないと使えない」という、後出しの話題がゾロゾロと出てきて、(こちらは、お客様のビジネスロジックを完全に把握している訳ではなく、確認を取りながら進めてきたつもりなんだけれども、その段階では「なぜ、そんなことを聞くの」くらいの感じだったのかもしれない)気がついてみたら、当初、「2LDK平屋建て」くらいのつもりが、「鉄筋3階建て」くらいに膨れ上がってしまって(基礎工事からして、一旦作ってから何度もやり直した感じで、)いまだに「要件定義」のきちんとした確認がとれていない(まだ、「みてから考える」感じが続いていて、)出口の見えない状況が続いている。赤字なんていうレベルじゃない。ほぼ無償奉仕に近い感じなのに、「いつになったら仕上がるの」的な「要求」だけは遠慮なく出てくる。物作りのプライドなんてのも、とっくに崩壊したかもしれない。元々平屋建てのつもりを、同じ価格のまま3階建てに作り替えて、ほぼ仕上がったと思っていたら、「トイレはここだと使いにくいから、こちらに動かして」ってな感じの話題が出たり、普通の「家作り」で、そういう要求を出せると思うかなぁ。配管や配線のやり直し、なんて、簡単にはできないと思うんだけれど、その「例え話」が伝わらない。

営業さんとも、話していて思った。「基本設計書」とか「要件定義仕様書」「画面レイアウト案」などなどの、「事前文書」を見て、どこまで「完成形」をイメージできるか。プロでないと無理なのかも知れない。説明不足?「ここまでは作れる」という説明はしたと思うけれど、後になってから「この情報も扱えないと、使い物にならない」っていうのが出てくる。「現場の紙ベースの業務を、システム化する」ならば、アウトプットから遡って考えることになるとも思うけれど、こちらも、出口側のチェックが不十分だったのかも知れない(と、思うから、追加請求せずに、ひたすら改修作業を続けたけれど、)この「要件定義の確認」という、最初の部分が、あまりにもおろそかだったかも知れないし、先方も「内容確認」をほとんどしないままで、「思い通りのものが手に入る」と勘違いするようなこちらのアプローチもあったのかも知れない。あまりにも痛すぎる経験だった(というか、過去形ではないのだけれど。)先方から持ち込まれた話ではなく、「営業」をかけて発注していただいた仕事だということも、大きいかも知れない。立場が弱すぎる。

思うに、プログラムを作る人間よりも、使う人間の方が、圧倒的に数が多い。

プログラミングは、蟻の目というか、細かいミクロの要素を組み合わせて、それを積み上げて、パーツ化したり、パーツを組み合わせて大きくしていく。その教育が無駄だとは言わない。ただ、使う側に押さえて欲しいことは、「システムのマクロ」であって、全体としてどんなことができるか、それを実現するのにどんな情報が必要か、マクロな全体を分解して、構成要素間の関係を描き出し、使う場合の「動線」というか流れを確認し、システム設計では、ユースケースだとか、状態遷移だとか、シーケンス図だの、なんだかんだと、マクロからのアプローチが不可欠になる。むしろ、「ユーザ教育」としては、こうした「システム」を理解したり、設計する能力の方がはるかに重要だと思えるのに、そちらの話題がほとんど出て来ていないような気がした。

思えば、政府の「コロナ対策」が「システマチックだ」と思える方は、どの程度いらっしゃるだろうか。場当たり的では「システム」は構築できない。目に見えるものが出て来てから、「洗面台は、ここじゃなくて、こっち」なんていう話題になったら、作る側は絶望的な気分になる。およそ「システム」という言葉が虚しい場面が、日常でも、それこそ政府のトップから、末端まで溢れている気がする。「システム」とは、およそ「日本的」なものと真逆な世界観なんかも知れない。

洗面台の位置が変わる、となると、ほぼ仕上げにかかっていた壁をかなり壊し、場合によっては柱の位置を変えて、(家の場合、作ってから柱の位置を変える、ってことは、要するに壊して作り直す感じになると思うけれど、)同じものを、2回も3回も作り直していて、それでも「画面」にはわずかな変更しかないから、「なんで、こんなに時間がかかるの」なんてことを言われてしまう。システム屋には通じると思うが、ほぼ仕上がったつもりが、思ったイメージと違うとのことで、「今度こそ最後」の、データベースのスキーマの大規模修正が入って、リレーション(要素の括り付き先)を見直し、作り替えた上での画面モック提案の確認が取れていないのに、納期は5月の連休明けだと、動かしてもらえそうにない。本来なら「作る前」に、「要件定義」の段階で確認して欲しかった。「こんなの見てもわからないよ」の一言に、リフレーンがかかっている。

以前、パプアニューギニアにいた頃、聞いた話。ある部族では、部族長は「声の大きさ」で決める、らしい。一番大きい声を出せるものが「リーダー」になり、リーダーが決まったら、その人に従う。(今はどうか知らないけど。)なんだか、日本でもそれに近い慣習があるかも知れない。

「お客様の声」は、確かに「天の声」かも知れないけれども、とにかく「作る前に、完成形についての緻密な議論を済ませる」ことが、できるような方が、お客様側にいてくれたら、こんなに助かることはない。いわゆる「プログラミング教育」では、そうした視点は育てられないと、私は思う。「システム教育」と「プログラミング教育」は、完全に別モノだと私は思う。


思えば、医療用のアプリを書いていた頃も、仕上げて請求書を出したら「タダにしろ」と医者に言われて、泣きを見た経験が一度じゃなかったのに・・・。薬屋は、そこでタダにしても別のところで利益を出せるから、平気でタダにしたり接待したりするけれど、システム屋がシステムをタダにされたら、生活できない。(といいつつ、税金を滞納しながら、リボ払いの高い利息を払いながら(早めに、取り返す手続きとらなきゃ・・・)とりあえず、生活はしてるけど・・・)

学習してねぇなぁ。反省材料が山積み。きっと、何かを学び取れば、今後はこういうことはなくなるに違いない、ってか、学習するまでは同じような経験を続けることになるのかも。頑張りましょ!?–>自分

ミャンマー情勢

多分、1週間以上前のニュース配信で、ミャンマー情勢の解説があった。

私は勘違いしていた。クーデターを起こした軍事政権が中国寄りで、と思っていたけれども、実際は逆らしい。
アウン・サン・スー・チーさんが中国の言いなりになって、このままだとミャンマーが中国の傀儡になりそうだと危惧した軍事政権が、クーデターを起こしたらしい。

クーデターという手法が間違っている。ミャンマーの一般の方々の反発は十分に理解できる。
ただ、客観的に見ると、現在の中国共産党の「外交政策」にそのまま乗ったなら、どんな結果になるか、その一点に関して言えば、クーデター政権の中国排除の判断は正しかったように思える。
ただ、手法は間違っている。しかも、民間人にかなりの数の犠牲が出ている。

ミャンマーへの武器供与は、中国が多いのかと思っていたら、現在はインドの方が上回っているらしい。これも、意外だった。
いわゆる「西側」の誰か、どこかの国が動いて、スー・チーさんに、中国との距離を置くように見直しを行うことを提言し、また、中国と密接な関係を持つことの危険性を説明し、スー・チーさんに軍事政権の主張を受け入れてもらうように働きかけて、それをベースに軍事政権に「方法」を変えるように働きかける、なんていうプロセスが必要ではないかという気がする。
中国共産党は、基本的に漢民族以外の「人権」や「国家の主権」など、一切政策上視野にない。だから、中国以外の「他国との国境」など、考慮する必要すらないという法律を、次々と成立させている(「我が国の法律は、国外にも適用される、」ってのがあったな。)。自国の主権は主張しても、他国の主権など尊重する意思すらない。その危険性を、スー・チーさんに説けば、クーデター政権とスー・チーさんとの和解の糸口はあるんじゃなかろうか、と思った。

細かくニュースを読む余裕などない。勘違いしていたら、ごめんなさい。読んだのが1週間前以上で、その時に反応する余裕がなくて、今書いてる。かなりピンボケかも。

現状不認識

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20210319/k10012923421000.html
LINEでの行政サービス停止 総務省

LINEに限った話じゃないと思う。

システム開発/運営の場合、大規模システムの場合には、1社だけで必要なSEとかプログラマを囲い込むことは、まず不可能だから、中間的に何層も人材派遣のような構造が出来上がっていると思う。
私なんかは、学校の非常勤講師絡みで、週5のべったり勤務ができないから、そうした「業務斡旋」の恩恵を受けていないけれども、それなりに技術力のある会社でも、多少システムの規模が大きくなると、「応援」を求めたり、その「応援」が下請け的になってきたり、結果階層構造になるということは、かなりの頻度であると思う。

で、昨今は日本に来て仕事をしている外国人も、技術力の高い人が少なくないし、あるいはまた、「アウトソーシング」などと称して、海外丸投げもあるみたいだし。そうなったら、政府の関係するシステムでも、金融機関でも、今回のLINEみたいなケースでも、下請けや、さらにその下から海外に情報が流れるのは不可避だとも思う。

加えて、中国の企業とは「守秘義務契約」など意味がない。中国共産党が求めた情報は中国共産党に提出しなければ、命がないかも知れないのがあの国だから、そんな国にある企業に業務委託した時点で、すべての情報は筒抜けだと考えるべきだと思う。
さらに、中国から見て国外に出ている中国人には優秀な人も少なくないし、人間的にも魅力的な人は少なくないけれども、彼らだって、中国政府に目をつけられたら、産業スパイ的な行為をしなければ、母国にいる家族が危険にさらされたり、それも考えるべきだと思う。そういう法律をどんどんと成立させているのが中国だから。

「今後4年間、足を伸ばして寝たいなら、最初から不眠になる仕事を作らない方が良い」

https://globe.asahi.com/article/14280176
「足を伸ばして寝たければ……」金与正氏の厳しい談話に見える北朝鮮の揺らぎ

これまでみたことのある映画で、こうしたセリフを口にした登場人物っていうのは、ほぼ悪役だったな、と思った。いや、「正義の味方」がこの類のセリフを口にしたこともあったのかも知れないけど、あんまり覚えてない。日本では、よく暴力団とかが「安心して夜道を歩けると思うなよ」とか言うみたいだけど。

いずれにせよ、「国家間」である以上、紛争状態に関する話題だとするならば、「戦争」ですら、国際法による手続きはあるんじゃなかろうか。「宣戦布告」せずに、いきなりミサイルを発射するなどは、「奇襲攻撃」であって、国際法では「正しい戦争の手順」とは認められていない気がする。日本の「真珠湾攻撃」は、宣戦布告の手続きが遅れたとか、なんだとか、未だに論争が解決していない気もするけれど。(そもそも、「戦争」に正しいものなんかあるのか、わからんけど。)正しい手順を踏まない、相手に恐怖を与えることを意図しているのならば、それは、いわゆる「テロリスト」としか思えない。つまり、この発言は、「我々北朝鮮は、テロリスト国家である」と宣言しているのに等しいと思えた。

最近、中国政府高官の発言が、かなり北朝鮮に似てきている気がする。というよりも、それが中国的、北朝鮮的な「共産主義」の本性なのかも知れない。

話を戻す。中国による人権侵害の現場は、伝聞でしか引用できないからあえて言及しないけれども、中国からのハッキングなど、世界に向けた無差別のサイバー攻撃は、目に余るものがある。防御しなければ何が起きるかわからない。他のすべてがあのサイバー攻撃と同水準だとしたら、相当な無法国家だと思う。その発想で、中国国内の、おそらくは「善良な」中国企業、中国国籍の方々に対しても、行動を支配しようとしている以上は、非中国人としては、あらゆる中国の企業活動や、中国国籍の方の動静を注視し、重要な案件については一切中国関係には発注しない、という選択肢以外に、自衛の手段がないような気がしている。

それに、やっと政府が気づいたのか、気づいてはいないけれども、LINEについては問題になったから取り上げたのか、よくわからんけど、民間企業も含めて、現在の中国の「なりふり構わず、世界侵略」の動きに、あまりにも無頓着な気がしてならない。

アホ辞書・・・

最近、Macのカナ漢字変換の「候補」の表示がおかしい。裏で何か学習してるのか?それにしては、「仕様」なんてもう、何十回と使っているのに、「子葉」とか「止揚」が上位に来たり、特に子音に母音を組ませ忘れるtypoがあると、その子音部分にめちゃくちゃおかしな「短文」を学習したりする。

今日、唖然としたのはこれ。

いや、「Migrationを実行し生産計画画面を仕上げる」と、打込もうと思ったら、「生産計画」の変換候補に「だけるでしょうか?」と出てきた。はっあ〜〜??なんじゃこれ。

少なくとも、こんな「だけるでしょうか?」なんていう表現、かなり長いこと使うような場面/状況もなければ、打ち込んだ記憶もない。生産計画で「だけるでしょうか? 」なんて、(いかんなぁ、このページを書いていたらと、この誤変換がトップになってしまった・・・生産計画が一発で出てこない・・・)一体、「何」の生産計画だよ。アホか。

「学習内容」がネットに流れ、また、誰かの「学習結果」が私のMacに反映される?もうちょっと、まともな日本語を学習してくれ。

13〜4年くらい前だったか、WindowsのIMEに、Baidu-IMEなる中国産のカナ漢字変換が「標準」になったことがある。一応、別のIMEに切り替えることはできたんだけれども、「更新」するとすぐにまたBaidu-IMEに戻ってしまう。このカナ漢字変換が、またアホで・・・「使いにくい」っていう意味での絶品だった。品質がどうこうよりも、日本人の「用例」の感覚からは明らかに乖離していて、日本語を知らない人が作ったのは歴然としていた。

Googleの翻訳?カナ漢字変換は、まだいいけれども、今のこのMacの変換辞書、なんとかならんかなぁ。

思うに、「単価」の安い国で作ってる?ボチボチ、中国のIT系の労働単価は日本よりも高くなりつつあるようで、だとしたら、再び日本に、この「日本語のカナ漢字変換ドライバ」の開発が戻ってくるんだろうか?いいことだなぁ。って、素直には喜べないかも。

「日本語」って言ったら、日本人にとっては大切な「文化」だと思う。その「文化」の、ある意味で核心部分の一つが外国でメンテされてるなんていうのは、正直言って、ちょっと気分がよろしくない。ディジタル庁創設なんて言ったって、どこまでこうしたモノゴトの細かいところを、オカミが把握してるんだか。実を言えば、まったく期待はしてない。

あたしゃ、暇がない。どなたか、時間に余裕のある方、この「アホAIの珍変換ライブラリ」みたいなサイト、立てませんか?あたしゃ、このスクショを提供しますけど。最近、納期のカウントダウンで、完全にテンパってるもんで、笑いに飢えてる。開放感に飢えてる。どなたか、是非。

書き続ける意味?

ぶっちゃけ、今日は滅茶苦茶仕事が捗った。
DB接続のパラメータ設定で、思いっきり苦しんだ後、ロジック構築だけになったら、サクサクと、一気に600行くらい書けたと思う。
仕様が曖昧なんだわ。別の会社のどこかのプログラマが書いた情報を、プログラマではない人が「出せる範囲」で情報として伝えて来て、必要な内容が漏れまくっているのを、普通のプログラマならこうするだろうってな推測で補って、再確認しながら進めて、匍匐前進しながらの600行。よしとしよう。
疲れた。(慢性的だなぁ・・・)

なんか、書いても意味ねぇな、と思うことはある。

例えば、福島の汚染水。井戸を掘って、流入する地下水を汚染される前に海に逃せ、って、もう、10年も前から書いてるけど、届かないなぁ。いや、読まれているのはわかる。僕が書いた内容を、引用というよりも、改めて書いてくれている方がいらっしゃって(僕が書いたのを読んだんじゃなく、オリジナルで発想されたんだとしたって、無論結果オーライで、結果にさえ結びつくなら、その方の論説として世間に通してもらって私は全然構わないけど、とにかく、)ネットメディアに流れている以上、そうした方々の意見は間違いなく世間に伝わっているはずなのに、聞く耳持ってもらえない。
井戸掘りの本職の方々って、周辺に何本かボーリング的に掘って水脈を見つけたら、「この辺はこういう傾斜だから、ここに井戸を掘ると浅めだけれど、こっちだと深くなります」みたいな、どうしてそんなことがわかるんだ、的な、すごくプロフェッショナルの助言を出してくれたりする。そういう方々に、個人でも依頼を出来たりするのに、東京電力も政府も、そんな金すらないんだろうか。結果、汚染水のタンクを延々と作り続けている。どっちが安いか、ちょっと考えりゃわかるだろうに、思考能力がないんかさぁ、と、思えてならない。何を言っても無駄だな、なんて思うと、馬鹿らしくなる。
素人判断だけど、行政御用達の地質学者なんかよりも、井戸掘り専門の業者の方が、地下水系を読むノウハウははるかに持っているんじゃないか?そうは思うんだが、絶対に、政府はそういう考え方をしない。で、結果、福島の風評被害。

山梨県が、一部の飲食店の反発を受けながらもやった、らしい、飲食店でのアクリル板設置。これを徹底していたなら、相当に感染者数も抑えられていただろうことは、山梨県の感染者数の推移を見ていたなら、すぐにわかる。いや、細かい検証はさらに追加すべきなんだろうけれど、ラフスケッチの議論としても、とにかく、山梨県の感染者数の推移には、目を見張るものがある。それをもう、相当に前から書いてるのに、っていうか、山梨県とか、感染者数の少ない自治体が多数あるのに、他の条件は同じなのに「どこが違うんだろう」とか、考えないんだろうか。
結局、政府は具体な行動を一切取らずに、「行動自粛」って、日本経済を潰す気かと思う。アホみたいだ。もう、山梨県の新規感染者数の推移の話には、触れたくない、っていいつつ、私の性格だから、絶対にまた蒸し返すんだろうなぁ。本当にアホだ、私は。

少し前に書いた、従軍慰安婦20万人。
Killing Fieldっていう映画があった。カンボジアのポルポトが殺した民間人が100万人、だったか。(ちょっとググれば、もっと正確な数字が出るだろうけど、その気力ゼロ。)その遺骨の埋葬地なんか、もう、頭蓋骨だらけで、目を覆いたくなるような画面が映画に含まれていた。この数字は、相当に信憑性が高いと私は理解している。
で、かなり前だけど、南京大虐殺で、100万人が殺されたっていう本がアメリカで出版された。その数字を間に受けた欧米人は相当にいたみたいだ。100万人が殺されたその遺骨が、どこにあるんだよ。100万人どころか、中国政府が公式に(発端は、終戦直後の裁判だったんだろうけど)使っている30万人が殺された、っていう数字ですら、その「遺骨」が出て来ていない。それほどの人数が殺されたなら、遺体の埋葬地もかなりはっきりするだろうし、事実なら相当数の遺骨が出るだろうに、そんな場所があるって話はカケラもない。しかも、一体何人の日本兵が当時南京にいたんだ?これも、相当に細かい議論の応酬があるみたいだけれど、どう考えたって、桁が違いすぎる。はっきり言って、「反日」プロパガンダ以外の、何ものでもないと思う。最初に30万人の数字が出たのは、戦争裁判で中国が言い出したことだったらしい。それが尾を引いている。

従軍慰安婦の20万人だって、似たような話で、その20万人の慰安婦がいたとされる地域に展開されていた日本兵は150万人程度の規模だったんじゃなかろうか。(細かいところは詰めてませんが・・・)しかも、敵と戦闘しながらの移動だったりして、日本兵の死者も各地で多数あり、そんな中で食糧補給も弾薬補給も途絶えがちになった。そんな記録は山ほどある。そこに、20万人の慰安婦?兵士8人に慰安婦1人?当時のことを記憶しているお年寄りに確認してもらうべきだと思うが、日本軍が、兵士8人に一人の女を連れていた、なんて証言が、どこかにあるんだろうか?部隊の移動となれば、まとまった戦闘行動がとれる規模としては最低でも数百人か数千人規模の兵士が移動することになると思うけれども、仮に1000人の日本兵が部隊として移動するところに、約120人の女がぞろぞろとついてくる?食料も、弾薬も、十分に行き届いていなかった、その記録だけは山ほどあると理解している。それなのに、武器弾薬は持たずに、女だけはきちんと連れていた?それをハーバード大学の学生が、新聞に書いた!悪いんだけど、言わせて貰えば、ハーバードも、バカとしか言いようがない。
明らかに、どこかの誰かが仕掛けた「反日プロパガンダ」に、完全に世界が乗っかっていて、アメリカでも、ドイツでも、欧米各地でこの内容が「教科書」にすら掲載されているらしい。頼むから、検証してくれと思う。「慰安婦の求人広告」だとか、明日死ぬかもしれない日本兵がなけなしの金を払って慰安所に通った話だとか、そうした記録はいくらだってあるのに・・・。慰安所は、日本のことだら確かに軍部と関わりは持っていただろうけれども、主体は民間設営の売春宿でしょうが。「日本人は悪だ」とか、執拗に言い続けている中国とか韓国とかがいるから、どこまで言っても、そうした「歴史史料」を欧米も検証しようとすら考えない。
いずれ、100年もしたら、「20世紀後半の欧米の教科書は、日本軍が食料も銃弾も持たされないにもかかわらず、女だけは大勢連れていたと書かれていたが、そんなことは常識的に考えてもあり得ないし、それに反する事実が、いくつも当時の歴史史料からみつかった。明らかに当時の教科書は誤りだった。」なんていう「大発見」が欧米でもなされて、それでようやっと、歴史教科書の記述が変わる、なんていうことになるんだろうか。100年も経てば、「そんな昔」の「感情的」な主張に乗っかる人もいなくなって、それでようやっと、客観的な事実が受け入れられるようになるんだろうか、と、ただひたすら期待したい。(一応、私だって、日本人としてのプライドはありますからね。)

原発の安全神話。あれだけの事故を起こして、その後の再稼働の検証で、学者が「想定外のことは起きません」とか発言した。アホか。起きちゃうから想定外なんだろうに。いや、「逼迫する電力需要、現地での雇用確保のために、安全上のリスクは皆無とは言えませんし、これこれのリスクは抱えていますが、どうか、原発の再稼働をさせてください」っていう理屈なら、まだ多少は理解できる。今の日本の社会で、電力の供給断は、即、経済活動の停止に直結するからなぁ。そこは理解しているけれど、「想定外のことは起きません、絶対に安全です」って、バカ言ってんじゃねぇよ、と思う。起きちゃうから「想定外」なんでしょうが、「

こういっちゃなんだが、明治時代か江戸時代か知らないけれど、「ここまで津波が到達しました」なんていう古い「石碑」みたいなのが、かなりあちこちに残っているみたいだ。ところが、そんなもん、誰も気にせずに、そこよりも下に住宅を作る。(他に場所がないから、でしょうかね。)過去に被災した方々が、「どうか、後世の人たちは、私たちのような苦しみを味あわないように」という思いを込めて建立したであろう「石碑」が、どれだけ省みられたんだろうかさ?そんなもん、ほとんど気にしなかったくせに、「今回の津波は、ここまで到達しました」なんていう記録を残そうとする。
過去からの遺訓をほとんど顧みなかった我々が、未来に遺訓を残そうとする。顧みてもらえる、とでも、思っているんだろうか。また、同じことを繰り返すかもしれない、だろうに。

ホトボリが冷めたら忘れる。逆に、ホトボリが冷めなきゃ、冷静客観的に事実を検証しようとできない。両方あるのが、面白いというよりも、馬鹿らしくなる。

もう、順不同。
従軍慰安婦が済州島で「強制連行」されたという書籍が出版された当時、日本では、通信速度1kbps程度(今の100万分の1の遅さ!)のネットコミュニティに、「北朝鮮はパラダイス」みたいな記事が山のように投稿されていた。(今は、見かけませんねぇ。この「北朝鮮はパラダイス」ってのは。)
誰かが、情報戦を仕組んだんだろうな。それに乗せられたのが、キリスト教系の団体で、「日本軍が、若い女を慰安婦として強制連行した」っていうストーリーも、その時期に本になった。たぶん、そうした「聞いた話」を書いた日本人に、誰かが創った話を聞かせたんだろう。今でも韓国と北朝鮮の間で「暗躍」しているんだろうか。その「日本支社」みたいな形で動いている団体がいて、そこから「週刊朝日」が記事を書いた、っていうのが流れだろうと私は感じている。従軍慰安婦20万人も、タイミング、内容、一貫性、私がニューギニアで見聞きした内容、それらを繋げると、当時の北朝鮮の「情報戦略」だったように思えてならない。今更ながら、見事だとしか言いようがない。金日成とか金正日、ではなく、その側近の発案だったんだろうという気がする。(「歴史」に、名を残せていないんだろうけれど。)結果は、大成功だろうと思う。
悪いんだけれども、今の日本では、韓国がどうなろうと一切無関係という感覚が、主流だと思う。北朝鮮も韓国も、中国に吸収されたとしても、ただ静観する。他に何ができる?干渉したら、またしても「侵略」だとかギャーギャー騒がれるだけ。経済支援なんかしようものなら、また何年かして「経済侵略しようとした」とか言われるだけ、と、さすがに日本も学習した。アメリカがどう思おうが、日本のそのスタンスは変わらないと思う。文句があるなら、ハーバードに言え。

だいぶ、すっきりした。これだけ書き続けて、なんか意味があったのかさ?全くもって、マスターベーション以外に何ものでもない気がしてきた。
いいじゃん、それで。私にとっては、モヤモヤと頭の中で燻っているものを全部吐き出して、すっきりした気分で仕事に集中する、それが何より大事。
以上。

ピンキリ

今日は、ひたすら「泥縄」的な仕事で、試行錯誤を延々と繰り返した。マジ、疲れた。
全然、仕事と関係ない話題で、少し頭を冷やしてから、寝る。

ハーバード大学生新聞 同大教授の慰安婦論文を「有害なうそ」と批判
https://news.yahoo.co.jp/articles/083667a6f5a61254f4ef858ab2b3f93715f99943

私なんかが何を書いたところで、届かないとは思いつつ。

また「ラムザイヤー氏の論文は実在的な根拠がない」とし、第2次世界大戦の前後に旧日本軍が最大20万人の慰安婦を性的奴隷として働かせ、生存者の証言が数十年にわたり続いた事実を提示した。

これを「事実」とする根拠を、今まで誰がどう示したのか、まずそちらを提示してから「事実」だと主張すべきだと思う。今まで一度も、歴史史料としての評価に耐えうる根拠を提示していない主張だと、私の知る限り、記憶と照合して否定的に感じた。

ちなみに、私のパプアニューギニアでの青年海外協力隊員活動が終わる少し前、日本の週刊朝日が「パプアニューギニアでは、20万人の女性が日本兵によってレイプされた」とする、キリスト教系の団体の主張を掲載した。(14万人くらい?だったかな、記憶が不確かだ・・・)
ニューギニア方面遺族会の田所会長が、その記事を私にFAXしてきた。同行した慰霊の旅で、ちょうと激戦地のアフアをご遺族の方々と歩いていた時、8/15の戦後50年の節目で、村山総理の談話がNHKの国際放送から流れた。戦後50年。
当時のパプアニューギニアの人口は、だいたい550万人だったと記憶している。そのうち、350万人程度がハイランド地方、つまり、太平洋戦争とは無関係の高地(温帯程度の気温の場所)に集中していて、海岸部は、ラバウルがあるニューブリテン島などを含めても200万人程度だった。人口増加率は5%程度。5%の人口増加率が50年続けば、人口は11倍になる。イギリスやオーストラリアなどの医療支援などの成果で5%まで増えたと考えて、最初は均衡状態と仮定し、50年間の平均人口増加率を3%まで抑えて計算しても、約4.3倍。その数字を使って逆算したら、島々や海岸部の当時の人口は、45万人程度と推測される。この数字は、言うまでもなく、日本軍の動線から離れた場所(統計上、州に含まれた山の中まで含めた数字で、日本軍が来たことなど知らなかったような僻地)も含めた数字だけれど、その、総人口45万人のなかの20万人が日本兵にレイプされた、と、週刊朝日は報じた。
男女が同数だと計算したら、女性人口は22万人程度。つまり、赤ん坊からおばあちゃんまで、日本兵が足を踏み入れなかった地域の人を含めた女性人口の9割以上が、日本兵によってレイプされたと、週刊朝日は報じたことになる。そんなことが起きるんでしょうか?と、僕は、田所さんに返信した。

さらに言えば、おそらくはそのキリスト教系の団体が「被害があったら、日本政府から補償がもらえるから、訴えてください」として、ばら撒いていた「申込書」のコピーを手にする機会があった。馬鹿らしくて、すぐに捨ててしまったけど、今にして思えばきちんと保管して帰国するまで持ってくれば良かったと思う。どんな被害にあったか。「殺された」とか「レイプされた」とか、あれこれ、チェックをつければいいようになっていた。そこに、自分の住所と氏名を書いて、提出すれば日本政府から補償をもらえるよ、と、そういうPRだったと記憶している。後になってから気づいた。これがあの「20万人がレイプされた」という週刊朝日の記事の根拠だったのか。その後、ニューギニアに関しては、やたらと数字の大きいレイプの被害は目にしなくなったけれども。
ゼロだったなんて主張する気は、毛頭ない。聞いたもの。「お前は日本人だろ。聞けよ、俺の母親は、日本兵にレイプされて・・・」ちゃんと最後まで、小説を書けるくらい細かいところまで話を聞きました。7割程度はまだ覚えている。ゼロじゃない。それはわかってるけど、20万人はないでしょ、って話。

20万人の慰安婦?当時の日本兵がどれだけいたと思っているんだろうか。しかも、1944年ぐらいからは補給線を絶たれ始めて食料補給がおぼつかなくなり、餓死した日本兵も相当にいたと理解しているけれども、日本軍が慰安婦を動員していたのなら、当然慰安婦の食料も日本軍が「補給」していたんでしょ?そんな、「動員」するはずがないって、普通ちょっと考えたらわかりそうなもんなんだが・・・日本軍は、兵士の糧食や銃弾の補給よりも、女を連れていくことを最優先していた?そりゃ、戦争に負ける訳だ。ごもっとも。これ、映画化できるなぁ。女こそ全て!韓国で作ったら?「軍艦島」みたいに。
これ、当時輸送艦にどの程度食糧・弾薬を積んで、どの程度撃沈されて、兵士にどの程度の食糧が届いて、なんていう史料は、そこそこ残っていると記憶している。日本人って、戦闘よりも女が大事だったんかさぁ。本当に、映画になりそうだなぁ・・・(脱力)

この数字、20万人の根拠となる「明細」を見たことが一度もない。いや、「ざっくり」とした、明細とは言えないほどアバウトな数字の割り振りは見たことあるけど。有効数字1桁?そんなのを真に受ける税務署員ばっかだったら、すっごく楽な気がした。ハーバード大学くらいの大学の学生新聞なら、いかに学生とはいえ、その程度の根拠を示すべきだと思うんだが、期待しても無駄だろうな・・・

以前私は、東京大学に研究生としてお世話になっていた。松本教授のご指導で、論文博士を取らせていただいたんだけれども、松本先生に「小林くん、博士課程のX君がプログラミングを覚えたがっているから、教えてやってくれないか」と言われて、そのX君にプログラミングを教えたことがある。一応私は、本職でしたから。
Microsoftの環境で、Borlandだったか、Visual Studio系だったか忘れた。まずは、プログラムが動作する基本構造を、丁寧に説明した。そしたら、その後で、イライラしたみたいに言われた。「小林さん、あのですね、今説明していただいた部分って、ワンクリックで自動合成されるんですよ。私がわからないのはその先なんですね。そちらを説明してもらえませんか?」言わせて貰えば、イベント駆動だとか、コンポーネントのハンドルだとか、どういう仕掛けで動くかが分からなければ、小学生程度の入門編ならともかく、中級にも進めない。だから、その自動合成されている部分がどういう仕掛けで動くようになってるか、かなり細かく説明したつもりだったんだけれど、お気に召さなかったようで、その説明は要らないと言われてしまった。表現は悪いけれど、「馬鹿やろー、イベント駆動が理解できなくて、プログラミングができる訳ねーだろ」と思った。本気で覚えたいんじゃない、適当に楽して作れるふりをしたいだけじゃねーのか、と思った。
東大生もピンキリ。おそらく、暗記力は似たようなもんなんだろうけれど、判断力とか理解力になると、ピンとキリの差が激しい。理解力だけなら、偏差値50の大学にだって、東大生以上に賢い学生は何人も見ている。(問題は暗記力だったな。)逆に、ピンの方は、東大関係には確かに、どーにも敵わないと思う方も相当にいらっしゃると、体感しているけれども。

ハーバード大学の選抜がどういう基準なのかは知らないけれども、言わせて貰えば、「根拠となる一番の根本の部分を押さえなければ、全てが砂上の楼閣だ」ということを理解していない学生も、相当に多いんだろうな、と、この記事で思った。表面的に、ちょっと話題に流れた「記事」を拾って、それを覚えていたことをさも得意そうに、根拠も調べずにギャーギャー騒ぐだけなら、誰でもできる。それをハーバードの大学生がやったから、こうして新聞記事でも取り上げられた。

誰かが大騒ぎする。それに便乗して、感情的なリアクションを取る。どこかの国で、大統領が国内どころか世界をかき回したけれども、すぐに感情的な主張に振り回されるのは理性がある人の対応だとは思えないし、国連ですら一度はそうした声明を出したと思う。一切、根拠となる歴史を確認せずに、声明を出した。
逆に言えば、「世界の理性」なんて、そんなもんなんだろうか、とも思った。馬鹿らしい。もういいじゃん。言いたい人には言わせておいて、全部無視したらいい。学問なんて、意味ないよ。マスクしたって、コロナとは関係ない。それでいいんじゃない?

欧米の新聞だのなんだので、きちんと史料を確認して騒いだところが、どれだけあるんでしょうかね?
ハーバードでこのザマだと思ったら、なんだか、馬鹿らしくなった。トランプが、マスクなんて意味がない、コロナのアレはフェイクだ、コレはフェイクだ、って、騒いだのを、信じたアメリカ人が半数。ハーバードがこれ。

学問を志しているからって、それで学術的なアプローチができる訳じゃないし、そうした発想をできる訳じゃない、東大だけじゃなくて、ハーバードもか、と思ってしまった。

言いたいことを言っただけです。喧嘩を売られたなら、こちらも、国会図書館にアクセスし、必要ならば現物の史料を直接目で見て確認してから頑張って、殴り返しますが・・・と、いいつつ、絶対にそんな暇はない。くやしいけど、喧嘩を売られたら、「ごめんなさい」とすぐに引っ込んで、スルーして、本業を頑張ります。
以上

玉突き

順調にプログラミングが捗っていた、訳じゃない。

私がモノを知らなすぎる、ってこともあるんだろうけれども、こ〜ゆ〜時はこのフラグをOFFにして下さいだとか、XXが有効になっているとYYが正しく動作しませんだとか、ぐぐりまくって、同じ現象でコケた人がネットにあれこれと記事を書いてくれているおかげで、その記事に辿り着ければ、初めて、「原因」がわかって、その部分だけは問題が解決する、的な、「障害物競走」を延々と続けている。(もう、とっくに果てて、の〜みそが9割方動作停止している気がするんだけど・・・走り続けるだけ、なんだよな〜。仕上がるまでは。)結果、予定が遅れまくってる。

結局、普通ならすんなりOKが返るはずのモジュールが、どうやってもERRORを返してくる。こんなところでつまずくか?って思いながら、調べていたら、辿り着いたのはモジュールのバージョンが微妙に古い。「更新」をかけなきゃならない。その更新をかけていたら、もっと大元の、Visual Studioそのものを更新しないとならない、みたいだ。どうやら。他に結論がない、他に打開策がない、よ〜な気がしてきた。

頼むよ〜〜。まさか、プラットフォームそのものの更新か?これ、やっちゃうと、またあちこちで、「この関数は現在サポートされていません」だとか、「○×の実行に必要なモジュールが見つかりません」だとか、わんさかとエラーが出てくるんだよなぁ。このクソ忙しい時に。

なんていうのか、玉突き事故。最初は、猫が突然道路脇から飛び出した、だけ、みたいな感じなのが、慌てて急ハンドル切ったら、あっちでも、こっちでも、その影響が出て、ガチャガチャガチャ!みたいな、そんな感じのドツボ感。

インストールしています。2%って、さっきからずっと2%のままじゃねぇかよ。これだけ書いてるのに。イライラしながらタバコ吸うのやめて、近所の山でも登ってこようかなぁ・・・下山するまでには終わってるべ?


やっと34%。昔好きでよく読んだ星新一のショートショートに、こんなのがあったなぁ。ショートショートをさらに短く要約して・・・

「完璧主義」の奥さんと結婚した旦那。ある日、結婚記念日だか、誕生日だかのプレゼントで、奥様にインテリア(確か、何か絵画だったと思う)を買ってきた。

奥様は、その絵画の雰囲気に合わせて、部屋のコーディネートを変え始めた。その絵画に合わせるために、やがてコーディネートは一つの部屋から家全体へと広がっていく。確か、最後のオチはこんな感じだった。

「あなた、私と離婚してください。あなただけが、どうしても、この家の雰囲気に合わないんです。」

って、もう書き終えちゃった。(要約って言ったって、丸すぎじゃないか?)

すること、ないよ〜〜。頭の中、半分プログラムだから、ニュース記事を読んでも全然入ってこない。全然意味なんかないけど、ご近所を散歩してこよう。今44%。

更新後、無事動作することを祈ろう。どこに祈る?八幡神社?ダウンロードしたZIPファイルをUSBメモリに書き込んで、八幡様まで言って、「動き給へ、お願いだから、無事動作させてください」って、祈ってこようかなぁ。45%

もはやヤケクソ。45%

感染拡大

管さんも厚生労働省も、ツボを押さえていない。大きなツボが、完全に的を外してる。

第一に、飲食業のテーブル席。アクリル板とか、透明フィルムなどを設置するだけで、飛沫感染をかなり防げるし、現実にそうした対策を飲食業界に徹底することで、感染者数を相当に抑え込んでいる自治体があると思うんだが、まったく、「成功例」を参考にしようとしていない。

その結果として、飲食業界は、対策をしていようが、していまいが、一律に「営業自粛」だし、「外食は避けましょう」って、できる対策をすれば、対策しているお店は営業しても大きな問題を起こさないはずなのに、対策はしない、「安心できるお店」を一般市民にPRすることもしない、「不作為」による飲食業界潰しだな、と思えてならない。バカみたいだから、同じことをもう、何度も何度も書きたくないんだけど。きちんとした対策さえしたなら、かなり感染を抑えられるはずなのに、検証しようとすらしていない。

その「下げ止まり」。私が思うに、よく「下げた」な、と思う。そもそもが検査件数が減っている。感染者数が減ってる訳じゃなく、感染者の把握数が減ってるだけ。ここからは、12月上旬のようなジワジワとした上昇傾向に転じると思う。だって、把握されていない分が、文字通り野放しだもの。
五輪開催の流れが、表向き定着しつつあるみたいに思うけれど、そのために見せかけであっても感染者数を減らす必要があって、そのために検査件数を減らし、クラスターの追跡を打ち切ったんじゃないか、と思えてならない。おそらく、ここから首都圏は「微増」でジワジワと感染者数を増やし、同時進行で、亡くなってから感染が確認されるような方が増えてくるのかな、と思う。「野放し」が増えた、っていうことは、コロナの受け入れができない民間病院でのクラスター発生が増えてくるような気がする。五輪の開催が確定した後で、東京を中心にして一気に第4波が、第3波よりも高い波が来るかも知れない。なぜ、市中感染を拡大させるような方策ばかりに終始するんだろうか。

保健所業務が飽和状態。人を増やしたらいいし、仕事にあぶれた業界はいくつもあるから、そうした方々の雇用確保とコロナの押さえ込みと一石二鳥な施策があるはずなのに、まったくそんなのはやろうともしない。もう何度も書いた。バカらしいから書くのはこのページを最後にしよう。

詰んだね。ツボ外しが肝だ。終わった気がした。飲食業界も、見捨てられたね。

過去世

師匠の講演会ネタ。

師匠は、前世だとか前前前世だとか、そのレベルでなくても、今世において、過去こんなことがあった、というのを恐ろしいほど的確に指摘される方。私の今世と私自身の過去世との関連だの、さらにそれ以前の「私」だの、読まれて「解説」までされてしまうと、二の句が告げられなくなる。そういう方なので、「粗探し」をして師匠を撃沈しようとしても、太刀打ちできた人がいない、というか・・・。そもそもが、こちらが何を考えているか、筒抜けだし。

その師匠が、何度か講演会でおっしゃってた。「今、ここにいる方たちは、全員が過去、人を殺した経験も、殺された経験もあるよ」と。その両方を経験しているから、「私らの魂」が殺されることの怖さ、理不尽さも知っているし、過去において誰かを殺すことになった経緯やその反省なども済ませているから、何があっても、人を殺そうとはしない、そういうメンタリティを持っている人が、日本などの先進国には現実に多数存在している。(私もその一人だとは思う。)殺された経験があっても、殺した経験がなければ、次の課題として「人を殺す」ということが、どういうことなのか、それを課題として生まれてくる人もいる。その逆、殺されることを課題として、誰と出会いどんな生き方をするか、生まれる時、場所、周囲の環境を決めて肉体を持つ人もいる。全員とは言わないけれども、その両方を経験済みの方は、今更「殺した/殺された」という経験ではなく、それらとは別の、より高度な経験を積むことを課題として肉体を持とうとするから、そういう方々が集まる国では、殺人事件そのものの件数が少なくなる。

私自身は、「横領」とか「着服」だとか、そうした「バレなきゃ、得できるんじゃね?」的な不正には、まったく興味がない。かなり経験則として、そんなことをしたらどうなるか、師匠に出会えて、ある程度「自分」を見つめる機会が持てて、確信を持って言えるのは殺人どころかそれらまで、「魂に刻み込む」レベルでの(上っ面の、ごめんなさい、もうしません、なんて程度では済まないくらい、本気で自分を責めたりした、その)経験を経て、そんな「横領」だのはロクな結果にはならないから、私は絶対にしません、という感じになってる。つまり、逆に言えば、過去世においてそういう「悪いこと」を山ほどやってきて、その経験が刻み込まれているから、多少の「誘惑」なんかにはビクともしない自信があるのかも知れない。
こうして肉体を持って、「生まれてきた」のは「経験を積むため」だと、師匠は講演会でおっしゃっているけれども、その「経験」とは、例えば「人を救いました」だとか「大発明/発見をしました」だの、ばかりじゃない、「盗みました/殺しました」というマイナス面も含めてのことだ、と、私は理解している。

盗んだり殺されたり、そちらを先に経験すると、次に今度は、とても大切なものを盗まれたり、殺されたりという経験をするために「課題」を決めて肉体を持つ。その経験をしてから、肉体を抜けて上に戻る。両方を経験した上で、自分はどうすべきだったのか、(上に戻る前に、それを悩むのか、戻ってから悩むのか、それは私には見えないけれど、)結果的に、「殺すべきじゃなかった、盗むべきじゃなかった」という結論に至って、その行動パターンや思考プロセスを魂に刻み込む人が、大半なんだろうな、と私は推測する。
道のりは遠いんだろうな、なんていう気もする。「自分自身に理解させるため」に、すべての「行動」を自己責任で決定し、その結果を自分自身で(特に、肉体を抜けて、全ての記憶を「走馬灯の如く」再生して)検証し、その上で「殺さない、盗まない」という人が増えてくれば、いずれは、誰もが「殺そう」なんてことを考えない世界が訪れる。としても、あまりにも道のりは遠いのかも知れない。ただ、そうした「自由」な自己判断を容認して、あえて、上からはその「自由」を止めないようにした、それが「パンドラの箱を開けた」目的だった、と理解している。

他の星系なんかでも、その「誰も、殺す/盗むという発想を持たない」ようになるには、楽に数億年以上はかかったように私は理解しているし、いずれ、地球が太陽に飲み込まれる時が来て、地球系霊団の誰もが「意識体」として地球を離れざるを得なくなるまでに、その辺の「経験」を卒業できていなければ、単に肉体が滅ぶだけではなく、「意識体」としても分解されて上位のエネルギー体に吸収されて、そこで初めて「私/あなた」という「ヒトとしての意識」が「死」を迎えることになるんだろうな、と、私は理解している。その「数億年」が経過する前には、最低でも「盗んだり、殺したり、騙したり」なんていう行為の「やった/やられた」の両方を経験して、卒業しておかなければ、イエス様とかが説かれた「永遠の命」とは無縁、ということになるんだろう、というのが私の理解。

私は別に「真面目」なんじゃない。「得をしない」から、そういう「悪いこと」をしないだけで、僕のその辺の感覚は、いわゆる世間での「善悪」とはズレていると思う。師匠に読んでもらったなら、きっと、過去において「悪いことをして死刑になった」くらいの経験は、何度となくしているんだろうな、なんていう気もする。要するに、おそらく私自身はもう「悪いこと」の大半を経験済みで、「悪いことをされた」方も大半を経験済みで、だから、世間でいわゆる「悪いこと」には、一切興味がない。(こうして書いてるだけではなく、本当に全く興味がない。)理由は極めて単純。「そんなことをしたら、自分が損するから。と、身に染みてわかっているから。」
どうして、世間では「倫理的な感覚」に大きな個人差があるのか、それは、私たち自身の「経験」による、ということだろうと思えている。それは、要するに「意識体として生まれてからの時間」にもよるし、他の星系からの移住組は、全員が地球に来る前に経験済み、ということになる。(理由は単純だけど、論点がボケるので書かかない。

ということは、横領だの、収賄だの、「他人には知られないだろう」くらいの感覚でやっちゃったことがバレて、世間から集中砲火を浴びて、もう自殺したい位に苦しむことになった、としても(自殺だけは、しても意味がない、自殺した人のほぼ全てが自分が死んだことがわからずに、延々と、死にたいと思う苦しさと、その挙句の自殺の行動を繰り返し続けて、まったく「苦しみ」からは解放されない、ということは知っておくべきだと思うが、)苦しみぬいて、悩み抜いても、そこから「達観」して、「いい経験を積んだ」と思えるところまで(生きてるうちには、それは無理かも知れないけど、)到れば、たぶん、二度と似たようなことはしない、できなくなってくると思う。それも「肉体を持つことは、経験」ということなんだろうと、私は理解している。プラスの「経験」ばかりじゃない。ただ、こうした「マイナスの経験」も積み重ねるのが重要、っていうことになる。

そう考えてくると、「不正行為」を平気で働くような学生には、敢えて指摘して、やめるように指導するのではなく、社会人になってから「書類の改竄」なんかをさせて、その結果何十人とかの死者を出して、「もう、二度とこんなことはしません」と魂に焼き付けさせるように、あえて放置する方が、「親切」なんだろうか、なんてことも考えてしまうんだけれども。つまり、私なんかに指摘されて「留年」したくらいでは、魂に焼き付けるほどの経験にはなっていないんだろうな、なんて、つい、考えてしまったりもする。

で、結局私は、こうした「トンデモ話」を平然とネットに書き続けるために、大学の専任教員をやめた。
僕にとっては、師匠の講演会の内容を、(っていうより、それ以前に、師匠という方の存在を、)私なりに、一人でも多くの方に伝えることの方が大事で、やっと今世での「迷走」が止まった、そう思っている。

眠い。終わる。文章、かなりくどいけれど、修正する元気がない。

是々非々

この話、もう3〜4回書いてる。

プログラミングの演習の初回、必ずしている話がある。大学の講師として。

誰かが書いたプログラムを、そのまま、自分のプログラムとして提出する行為、とそれに対する指摘。確かに、初期の課題では、誰が書いても同じような形になるものも多いし、教科書を丁寧に読みながら課題を解いたら、ほぼ全員が同じになってもおかしくない、そういう課題もある。そういう場合には、自分で解いたかどうかの見分けもつかないから、無論、指摘なんかしない。

ただ、多少プログラミングをやった人間なら、すぐに見分けられる「丸写し」もある。課題のレベルも上がり、解答例が多種多様になるレベルの課題で、変数名は随意なのに、間違った綴りの英単語を使っていたり、普通は思いつかないような特殊な(というか、かなり無駄の多い)構造を書いていて、それがそっくり同じだったり、そうした場合には、どういう状況でここまで似通ったプログラムになったか、専任の先生に「申し開き」をしてもらうように、とにかく、TA(Teaching Assistant)さんに任せるだけではなく、私自身が細かく読み込んで、指摘するように心がけてはいる。(ただ、本業の納期が詰まっていると、もう、時間がギリギリで、そこまで細かく読めない場合もあるけれども・・・)

必ずする話、というのは「お腹が空いた時に、『お腹がすいてどうしようもないから、僕の代わりに飯食って来て』って、これは意味ないでしょ?自分で食べなかったら、お腹がいっぱいにはならないよね。トイレに行きたくて、どうにも我慢できない時に、『ごめん、もう、おしっこ漏れそう。限界だから、私の代わりにトイレに行って来て!』って、これも、あり得ないでしょ?そんなことしてたら、漏らしちゃうでしょうが。自分でやらなきゃ、自分にとって意味のある結果にはならないよね?」
ここまで、自分でネタバレしていても、きっとまた、来年度も演習の初回の授業では、この話をすると思います。

この話をする理由は、特に最近、新幹線の板バネの厚みを偽装したり、マンションの土台が岩盤に届かなくても書類をごまかしたり、そうして、大勢に迷惑をかけた挙句に、テレビの前で頭を下げている大人がとにかく多いから。「適当にごまかしたお陰」で、もし新幹線が走行中に脱線していたり、地震でマンションが倒壊したら、大勢の命が奪われていただろうし、その責任を問われたなら、やった本人も、その組織の責任者も、社会的な制裁を負うことになると思う。そういう「誤魔化し」をしたなら、最後は自分にもツケが回ってくる、と思う。それならば、そうした「誤魔化し」を、当たり前のことのように身につけさせないことが、現場の教育関係者の責任でもあると思う。そう思ったから、この話をしているし、ほぼ、毎年のように、「本人への通告」は行っている。一度目は警告。大学の規則としては、1回目から単位の没収などがあるはず、だと思うけれども、そこは内緒で(ネットに書いていて、内緒になるかどうかは別にして、)学科の先生方と協議の上で、とにかく1回目ではお灸を据えて、それでも2回目をやったなら、初めて大学のルールに則った形で、公式に扱う感じだろうか。

さらに、僕自身が追体験して、これは気を付けなければと思ったのは、まだ、サラリーマンになって間もない頃、ニュースで見た話題。新聞だったか、テレビだったか忘れた。(当時は、結構細かく日経新聞を読んでましたが・・・)三井物産だったか、三菱商事だったか、忘れた。(いや、ちょっと待て、サラリーマンになった、それよかずっと前だったかも知れない、)誰もが知ってる大企業の、部長級の方が、文房具店で数百円の何かを万引きして、お店の人に捕まったらしい。その結果として、「懲戒解雇」で失職して、しかも、数十年勤め上げて、部長級で退職したら、当時ですら数千万円になったはずの退職金をもらえなかった、というような話があった、と記憶している。(この記憶、特に顛末の部分はかなりあやふやだけれど、こうしたニュースがあったこと自体の記憶には、自信がある。)

今現在、大企業は、こうした「万引き」や「痴漢行為」などに対して、「退職金すら一銭も払わないくらいの厳しい処分」をしているのか、それとも、もう少し温情を以て扱っているのか、それは知らない。一番甘いのは、医学生や医者の犯罪行為に対して、だと思うけれども、一番厳しい民間では、数百円の万引きでも、その行為の代償として、数千万円の退職金や数十年の人生の蓄積を無に帰す結果になる。
いや、無論、それ以前に、誰か他人の人生を狂わす結果になるような行為も、人として、どうかやめて欲しいとも思うけれども。

最近は学生に、レポートの不正行為を、こちらも細かく見るよ、という話をする際に、この辺の話題も持ち出している。(あまり書きたくない「引き合い」だけれども、)多少は悪いことをしても、誤魔化し通せるような、政治家とか、国家公務員とか、医者とか、そうした職業に就けるのならばいいけれど、今の「進学状況」の延長として、普通のサラリーマンになろうとしたなら、もし「悪いこと」をしたなら、こういう結果になるんだよ、と、そうなったら、(学生に対しての言葉として、)「皆さんが、これから社会人になって、結婚して、子供ができて、その子供たちが進学したり、一番お金がかかる時に、一円も退職金をもらえずに会社をクビになったりするんだよ。そうは、なりたくないでしょ?だから、『この程度は、バレないならやってもいいよね、』なんていう考え方はしない習慣をつけて欲しい。そうなって欲しくないから、「こんな程度のレポートの不正」でも、僕は、指摘します。一度指摘されても改まらないのならば、2回目は、留年することになったとしても、事を荒立てます。どうか、僕が何をわかって欲しいか、理解して欲しい。」これだけは、どうしても、伝えたいし、だから、やはり「温情で単位を出して下さい」にも、応じるつもりはないし、どうしても卒業がかかっているのなら、一対一の家庭教師状態になってもいいから、目の前でプログラムを書かせて、あるいは、それがハードウェア実験なら、回路を組ませて、レポートを書かせて、それに対して正当な評価をした上で、「正攻法で単位を出した」状態を作った上で、単位を出すように、これまでもして来たつもりだし、これからも(本業の納期が許す限り)それは続けると思う。

この辺の話題。これまでもう、2回か3回、もしかしたら4回くらい書いている気がする。

なぜ、こんな、これまでに何度も書いた話題を蒸し返しているか。(気持ちとしては、あまり書きたくないんだけれども・・・)「女性初の○○」みたいな言われ方をすることになる人も、いるんだろうな、と思う。本人がそれを望むか望まないかは別にして、事実がそうならば、100年経っても200年経っても、(そんな頃まで「日本」が存在するならば、だけれども、)「日本では、20xx年にxxさんが女性としては初めて〇〇に・・・」的に、かなりマイナーな部分で「歴史に残る」ことになるのかも知れない。社会で活躍したい女性にとって、ある意味で「目標」とか「目指すべき姿」にもなるのかも知れない。ところが、別の側面で「その〇〇さんは、こうでした」というのが、後世の女性たちにとっての「目標にすべき姿」として、望ましいものなのか、決して望ましくないものなのか、というのは、日本人として(日本は日本なんだから、飛鳥時代やそれ以前から脈々と続く日本人の感性として考えていいと思うけれども、)そんな価値基準で考えて、できることならば「規範」になって欲しい、そんな気がしたので、このページを書いた。

我々民間人は、「数百円の文房具の万引き」で、数千万円の退職金を棒に振る場合がある。それは、無論、会社が退職金を支払わない口実に社員の「万引き」を取り上げたのか、それとも、倫理観から厳しく臨んだのか、そのいずれかなんていうのは知り得ない。けれども、結果においての事実は、同じだと思う。本来ならば、そうした厳しい「倫理観」を適用されるべきは、民間以上に「政治家」や「公務員」であるべきではないかとも思うのに、現実は逆のような気がしてならない。(ただ、親父がよく言ってたな。「学校の先生は、交通事故を起こしたら絶対に新聞に名前が載る。」警官とか学校の先生は、公務員って言っても「下っ端」ですからね。ある意味で、民間以上に厳しい待遇を受けるかも知れないけど。)
それは、「厳しく処分された前例がない」から、なんだろうか。「自らを厳しく律する人がいなかった」から、なんだろうか。(その両方か?)

「今」がどうか、じゃない。ある意味で、間違いなく「歴史に名を残す」立場、状況になってしまったなら、どういう形で、若い女の子たちが思い描く「アイコン」になれるか、そうした考え方もあるかも知れない、それは考えた。「今」を取るか、そうなるかどうかもわからない「未来」を取るか。それは、ある意味で誰もが直面する問題だけれども、(自分のことなんか棚に上げて、忸怩たる思いはあるけれど、)やはり、どうしても、これだけは書いておかなきゃいけない、っていう気がしたので、書いた。

ここから、話題が変わる。ページを分けてもいい位、話題が変わるけど、僕の頭は一つしかないので、このまま言葉を垂れ流し続ける。

加えて思う。「中小零細」の立場として。
「接待をできる」会社は、それなりに「接待する余裕」があるから、やってる。「接待交際費」なんていうので、税務上も処理できるのは、言うまでもなく「接待することによって、自社の今後の営業活動に利益をもたらす可能性がある」場合に限られると思う。そうではない状況で「接待交際費」を損益計算書の科目として計上したなら、金額によっては、税務署からの厳しい指摘を受けると、私は理解している。ってことは、「接待」それ自体が「利害関係の存在」の根拠となることを、税法上は指摘していると思う。

IT関連と言えば、花形だと思われがちだけれど、一気に利益を出しているのは、アパレルとか外食(今は別にして)とか、どちらかと言えば「豊かさ」に属する部分に近いシステムのような気がする。製造業関連のプログラマに関して言えば、そもそもの相場が金融関連システム系の三分の一以下だし、BtoCでアパレルなどの一般消費を狙って成功した場合に比べたら、バスケットボールとゴマ粒くらいの違いがあるように体感する。要するに、コアなビジネスに関連するほど、状況は厳しい。「目立つ」部分に金は流れても、「目立たない」部分にはほとんど流れてこない。

僕と僕の相棒の「仕事の時間単価」は、書き上げたプログラムコード量や、それに費やした時間で考えたなら、マクドナルドやコンビニでバイトをしている方々の、5分の1程度だった。請求先が、「製造業」絡みだったから、(という以上に、特殊事情もあった、けれども。)それでも、引き受けた以上仕事としては、プライドにかけて仕上げる。ただ、あまりにも製造業の末端は、金回りが悪い。僕らも貧乏人だけど、似たような貧乏人からは金は毟れない。それがあるから、請求しても、どうせ支払えないだろうな、とも思う。(そんなこちらの思いとは裏腹に、言いたい放題を言う人もいたりするし。)1本何銭のレベルのネジだとか、中国製品と価格競争に晒されていたりだとか、もう、100円の利益を出すのにどれだけ仕事をするか、という現場は数えきれないと思う。それは、製造業に限った話じゃなくて、農協で売られている「ニンジン3本で128円」だとか、生活に直接関わってくるコアなビジネスであればあるほど、どれだけ働いていくら稼げるか、「企業」と言ったって「個人」の労働がむき出しになっている現場であればあるほど、たぶん「サラリーマン」とか「公務員」には理解できない、中小零細の「自営」の経営感覚があると思う。なぜ、その声が政府には届かない。構造的に改めなければならない現場は山ほどある。「売上」ではなく「利益」として、100円、1000円がどれだけ大変か、ってのが、かなりの「現場」の感覚だから、何十万円の「給料返納」なんて、まったく「言い訳」にもならない。
コロナ関連で看護師さんたちの「労働環境」も問題視されているけれど、それだって、医師法とか保険医療制度の根幹を見直さなければ改善なんてしない。(それどころか、医師が特権階級扱いされているから、医師や医師の卵の犯罪ですら、不起訴になったりしているけれども、って話が逸れてるが、)言わせて貰えば、「コロナの受入病床数が増えない。どれだけ『新規感染者数』が減っても、危機的状況には変わりがない」って、当たり前でしょうが。「水深30cmの水たまりのような池でも、溺死する人がいる。」これは、事実だと思う。オリンピックが見もの。いや、「具体的な提言」は、既にいくつも書いてるけど、2つは完全に無視されてるな。面倒だから、もう蒸し返さない。もう、1年も前から書いてるけど。
本質的に改めなければならない「現場」からは、「接待」なんてする余裕は全くない。そうした声をいくら届けようとしても、接待攻勢を受けている人たちには、何の声も届かないんだろうか、とも思う。(なんだか、言ってることが、日本共産党みたくなってきた。すみません、悪意で日本共産党の名前を出したんじゃありませんが・・・)

いや、何がなんだかわからなくなってきた。(これが、いつもの私のパターン。)本当は、大切に守りたい感じの人がいたんだけれども、やっぱり色々と考えていたら、こっちを書いちゃった、っていう感じだろうか。

とにかく、「接待」できるような恵まれた環境の企業ばかりではなく、もがいている「ビジネスの現場」の声を、拾い上げる政治や行政をして欲しいと思う。自分の支援団体を「桜を見る会」に招いて、とか、税金の無駄遣いはやめろ、って思う。その、どこかの総理が「骨太の方針」とか口にするたびに、僕が思い出していたのは、パプアニューギニアのスーパーマーケットで売られていた「骨の周りにほとんど肉がついていない骨つき肉」だった。あれは間違いなく、骨はやたらと太かった。肉がほとんどついていない程の「骨太」だったな、と思う。その、食えるところがほとんどないほどの「骨つき肉」を、「これこそが、あなたの骨太の方針ですね」って書いて、(今にして思えば、)知り合いの秘書官を通じて総理に届けたかった、けれども・・・

ごめんなさい、今、私、シラフだと思います?(いや、シラフでも相当に過激なことを書いたりするけど・・・)ご想像にお任せして、これは、私のページ、勝手にやらせてもらいます。

さすがに、これで、終わります。

負けず嫌い

https://hochi.news/articles/20210226-OHT1T50108.html
八代英輝氏、山田真貴子内閣広報官の国会答弁は「この後の追及を難しくさせる答えとしては秀逸なものだった」

その上で「新聞流に書くと、『野党の追及不発』となると思いますけど、野党の質問がゲスに見えるような答え方、『私は誰のご子息かということを仕事でもプライベートでも考えてません。そんなことを考えて付き合う人を選ぶようなゲスな人間ではありません』と。ある意味、声はか細かったですけど、ビシッと返しているわけで、この後の追及を難しくさせる答えとしては秀逸なものだったと思います」と分析。

山田真貴子広報官、っていうか、山田さんは僕の高校の1年下で、陸上部の後輩。
彼女は短距離で、100m, 200mが専門だったかな。私みたいな「なんちゃって、陸上部員」と違って、ガチで走ってた。記憶が不確かだけど、確か、駒沢グランドで行われた予選から勝ち上がって、東京都の都大会にも出場したように記憶している。

別に親しかったという訳ではないけれど、大した人数の部活動ではなかったから、普通に一緒の練習はしていたし、ただ、僕は「なんちゃって、中距離」だったから、短距離の彼女とは別メニュー。一緒だったのは、アップとクーリングダウンの時だけだったかも。いや、学校帰りの「さぬきや」のうどんとか、合宿も一緒だったかも。
僕の100mの「記録」は、合宿の最終日あたりで測ってもらった13秒フラットで、確か、彼女よりも遅かったと思う。(ただ、そんな鈍足の私ですが、200mは25秒台でした。なぜか100mの2倍より速い。距離が伸びても、あまり失速しない感じではあった。400mのベストが58秒台だったのに、800mでもなぜか2分を切っていたし。ただ要するに、陸上部員としては、とにかく「遅い」の一言だった。って、私の話じゃなくて、山田さんの話でしたっけ。)彼女の場合、やはり、「負けず嫌い」っていう感じなんだろうかなぁ。

この記事、気に入っちゃった。ここのところ。
『私は誰のご子息かということを仕事でもプライベートでも考えてません。そんなことを考えて付き合う人を選ぶようなゲスな人間ではありません』
確かにこれは、間違いないっていうか、核心をついている気がした。

何か援護射撃したいなぁ、なんてことは思っていたけれども、現実問題として、国家公務員として責められても仕方ない、ある意味「脇の甘い」行動を取ってしまった以上、叩かれるのは仕方ないんだろうとも思って、黙って様子見していた。でも、援護射撃なんか要らないじゃん。自分でちゃんと対応してるし。

彼女も、芯は相当に強いと思うな。ダッシュとか、インターバル走だとか、延々と黙々と続けるのが陸上部の短距離の練習ですからね。(って、人ごとみたいに書いてるけど、そういや、私も似たような真似事はしていたんだっけ・・・)しかも都大会にまで出て、勉強もちゃんとやってて。
やっぱり、一言で言えば負けず嫌い、なんだろうか。私なんか、もう、ブービー賞前提の参加で、たまに自分よりも遅い人が二人もいると、「今回は頑張ったぞ」なんて感じだったので、その差がこの年齢になると、ここまで大きな差になってくるんだろうか、とも思えてしまう。

山田氏個人についても「こういう男性が圧倒的に多い組織の中で幹部になっていくには本当に男の人の嫉妬とかやっかみとかを受けてきたと思うんです。更迭だとかは別にして、今回の答え方は広報官として素晴らしかったなと思います」と話していた。

女性がこの「男だらけ」の社会で上に行こうとしたら、やはり相当に大変だと思うし、「飲み会を断らない女」なんていう記事もあったけれど、おそらくは情報収集だろうな、と思う。本音を引き出すのに、飲み会はかなり便利な場だとも思う。ただなぁ、出来ることなら、自腹を切っておいて欲しかった。
同じく陸上部の先輩(元警察庁)からの情報だと、安倍総理の時は秘書官だったような気がする。正確に覚えていないけど。あたしゃ、それも知ってて、安倍総理のことは散々に文句を書き続けましたけどね。(だって、噛み付いている相手は総理であって、秘書官じゃないもん。)
NHKへの抗議の電話。「秘書が勝手に抗議の電話をした」のか、その辺のところはわからんけど、普通は総理の指示じゃなかろうか、とも思う。

確かに、間違いなく「公務員の立場」としては問題はあったと、私も思うし、まだまだ、しばらくは叩かれ続けるかもなぁ。状況によっては、っていう展開もあるのかも知れない。
そうなっちゃった「脇の甘さ」は残念だけれども、少なくとも生き様を全否定されるようなことは、して来ていないだろうなと、信じてる。

こういうご時世。ちょっと何かあると、全面的な人格否定をされがちで、それは山田さんに限った話じゃないとも思う。私自身も、全面的な人格否定は何度もされてるけれど、(私の場合には、実際に人格に問題があるのかも知れないが・・・)

大丈夫、多少叩かれたって。ちゃんと、真面目な頑張り屋だってことを知ってる人間だっているんだから、そういうことも、ちょっと思い出してもらって、今ご自身で出来ると思える職責を、とにかく許される限り全うして欲しいな、と私は思います。

中国

中国人民解放軍、「マイクロ波兵器」すでに実用化か
https://news.yahoo.co.jp/articles/76b05ea4f3f307b751294fc5be7cd0dc1606e949

最近のニュース配信を見ていると、とにかく中国が「なんでもあり」になって来ている気がする。
人権など気にもかけない。

 ところで、半年ほど前に、中国のSNSに短期間だけ、次のような投稿があった。

投稿者は男性で、一年ほど前に友人とネットで中国政府に対する不満を口にしたところ、翌日、警官が自宅にやってきて警告を受け、ネットが使えなくなった。それ以来、頭痛、めまい、吐き気、耳鳴りなどを感じるようになり、何も手につかない状態が続いている。自分と同じような症状を訴える人は、現在1万人以上いるとみられ、中には自殺したり、精神に異常をきたした人もいる。だが、自分はひたすら耐えて、頑張っているという内容だった。

このSNSはすでに削除されて、真偽のほどはわからない。だが、もし事実だとしたら、当局が国内の不満分子を標的にして、秘かにマイクロ波兵器の出力と条件を実証実験している可能性も否定できないだろう。

これなんかも、マイクロ波が実際に使われている気がする。
「自国の国民」という意識などない。大切なのは共産党だけ。

一昨年末、中国からのサーバへの不法アクセス(頻回な接続要求)のログを見ていて、どうにも不快感/不安というより、「何をやりたいんだ?」という疑問が拭えなくなった。どうみても、ありとあらゆるIPアドレスに対して、侵入を試みている。

いくつかのニュースをつなぎ合わせて、もしかしたらと思えたのは、世界中に散っている中国製の情報機器(カメラ、通信機器、ドローンなど)のバックドアに、「お前たち、どこにいるんだ」と、そういうアクセスもあるんじゃないか、という気がずっとしていた。

最近の中国製品は「安かろう悪かろう」だけではなく、かなり質の高いものも増えて来ている気がする。明らかに、技術力が向上していて、分野によっては日本が足元にも及ばなくなっているものも結構あるような気がした。細かくは見てない。技術系の雑誌とか記事を見ていても、中国の存在は「新しい技術」の話題では、無視できなくなっているように感じる。ちょうど、高度成長期の初期、「輸出」を伸ばそうとしていた日本製が、欧米では「安かろう悪かろう」と見られ、それを巻き返すために「高品質のもの」を作ろうと必死になっていた頃の日本の姿が、今の中国に重なるような気がしてならない。細かい議論はできません。ニュースや雑誌の記事などを斜め読んでの漠然とした感想。

日本からも、とにかく人件費が安いから、と、工場の移転などが相次いだ。Japan Qualityを中国で作るために、随分と技術移転などを行なったんだろうと思う。それが根付いて、中国独自のスキルになろうとしているような気がする。日本の家電メーカーなどは、もう韓国のサムスンにも勝ち目がない、なんていう話題も何度もあちこちで読んだけれども、製造業の未来ということだと、中国にぶっちぎられようとしている、今まさにそのフェーズのような気がした。

若い中国人の感性は、若い日本人と大差ない。中国からの留学生と接する機会を持たせてもらって、そんな気がした。北欧での騒動だけで「中国人」をステレオタイプ化したなら、森元総理を「日本人の典型だ」と論じるのと同じ過ちを犯すと思う。時代が動いている。

当然、「正当な技術移転」ばかりではなく、まるでワープしたかのように、突然中国が「新しい技術」を使い始めたケースもあるようだし、そのプロセスには、産業スパイや、スパイ機器による技術の窃盗なんかもあるのかも知れない。これは、わからない。状況証拠以外の直接的な証拠を掴めないから、アメリカですら、切れ味の悪い「責め方」しかできていないんじゃないか、という気がする。

と、思いつつ、一つだけ「安心材料」があるかな、とも思えた。中国が、共産党の独裁国家だということだろうか。

民間の自由な発想による技術革新などは、その企業の実力が一定以上のレベルになると、政府が管理下に置こうとしたり、経営トップを抹殺したりするみたいだ。(ジャック・マーさんって、今生きてるのか?)だとしたら、世界をリードするような企業にはなれず、おそらくは、共産党の思いのままに動く、つまり、共産党幹部の「独創性」を超えた製品やサービスなどは生み出し得なくなる。結果的に、世界に受け入れられるモノは生み出せず、そうした企業の成長も失速する、それどころか、一転して衰退する方向に流れる。
こう言っちゃ、なんだけれども、習近平に「多くの人が喜ぶ機器/サービス」なんて、思いつくはずがない。

中国製の情報機器に関しては、製品出荷時から「スパイウェア」が組み込まれているという疑惑は、まったく拭えない状況が続いていると、私は感じる。そうとなれば、付加価値の高い中国製は、怖くて使えない状況が継続する気がする。

例えば、中国製の電気自動車が発売されました。ネットに接続して、渋滞情報などと連動したり、目的地への自動運転などもAIを駆使して最適化されました、とする。ところが、世界中どこにいようが、車内の会話がすべて中国政府の関係機関に盗聴され、状況によっては自動運転制御がリモートで乗っ取られ、車内にいる要人暗殺の凶器に化す(急加速でどこかに追突させるとか、道路脇の崖から転落させるとか、などが起きる)かも知れない。私自身は、今の中国製の「ネットに接続された機器」には、それがあるような気がしてならない。
私が不安を煽っている?そうかも知れない。ただ、中国の「ハッカー集団」が、何を仕掛けようとしているのか、見当もつかないまま、ひたすら「不正アクセス」のブロックに何をどう設定すべきか、考えていると、「この人たちは、何をどうしたいんだろうか?」という、解けない疑問が湧いて来て、妄想がここまで膨らんでしまう。

おそらく、情報系の話題で、個人情報漏洩などばかりではなく、機密情報の漏洩などが顕在化した時に、僕のこの不安は、関係者には共有してもらえる、そんな気もする。一度それが起きたなら、中国製情報機器のシェアは、頭打ちになるか、減少に転じる気がする。

欧米などは、中国の「人権問題」は、(国家の成り立つ価値観の問題として)看過できないから、なんらかの形での「制裁」を課さざるを得ないという気がする。日本は、自民党も、外務省なども、例えば「ミャンマーのクーデター政権が、北京寄りにシフトする危惧があるから、ミャンマー軍事政権へも援助は停止しない」としているらしいけれども、何人も民間人の死者が出ている現状で、この考え方は、たぶん、森元総理のいわゆる「女性蔑視」発言と同じ叩かれ方をする気がする。ミャンマーの軍事政権が北京にシフトしたなら、それは、国際社会から中国を叩く口実になる。口実があるなら、ミャンマーと同時に中国も叩けて、大胆な経済制裁を課す口実になる。ミャンマーだけではなく、中国にまで制裁を課せるようになる。きっと、日本の外務省など、それでも軍事政権への援助を続けるんだろうけれど。
ちょっと話が逸れた。でも、中国に対するオーストラリアのような反応は、いずれ、世界に飛び火すると思う。そうなれば、中国自身の政治体制がこんきょとなって、「情報化された家電製品」なども警戒されるか、制裁の対象になるか、そんな感じの流れになるような気がする。(先の話なもんで、とても断定的な表現はできない。なんだか、モゴモゴと口籠ったような語尾ばかりだけれど。「気がする」とか「かもしれない」以上の書き方なんて、できるもんか。)

今はもう、日本の製造業は、中国にとても太刀打ち出来ないところまで衰退して来ているのかも知れない。それでも、中国が民主的な国家ではなく、共産党支配の国である、ということが、それでも、日本の製造業に生き残るチャンスを与えてくれるかも知れない。そんな気がしてならない。

日本の製造業、ある意味で「すごいな」と思うのは、もう、20年、30年と使い続けている「生産設備」が至る所にある、っていうことだろうか。しばらく前なんて、フロッピーディスクでデータを管理している生産設備を、どう置き換えるか、なんていう感じの仕事を請けた。発注元がギリギリまで値下げを要求してくるから、生産設備を更新できるほどの利益を出させてもらえない。(うちは、さらにそうした会社などから、情報機器の更新の仕事をもらってる。)ここに続く愚痴は、表に出す前に、推敲の段階で2行ほど削除しましたが・・・。これが「アベノミクス」の実態だと思う。上の方から金を流されたって、下までは流れてこない。そもそもが、歴史的に通産省(経済産業省)は大企業しか見ていなかったんじゃないかと思う。その「成果」が今の日本の製造業の実態なんだろうな、とも思う。(話題が迷走)

日本政府は中国に対して、「経済的な繋がり重視」を掲げているけれども、対中貿易など、距離の取り方を間違えると、中国共産党の今後の「流れ」に、巻き込まれると思う。むしろ逆に、中国が「共産党独裁」であることを逆手にとって、中国の製造業の動きを抑えて、日本の産業に有利になるように誘導すべきだ。経済産業省よりも外務省が主役になるべき、なんだろうなぁ。ただ、外務省に「経済効果」を考える余裕があるかどうか、そこなんだろうか。

ラムザイヤー論文

https://japanese.joins.com/JArticle/275710?sectcode=A10&servcode=A00
「ラムザイヤー氏、慰安婦契約書を探しさえしなかった」…ハーバード教授公開批判

ラムザイヤー論文を非難するニュース配信が次々と出されているな、と思って開いてみると、ほとんど中央日報か、東亜日報。

しかし、2人の教授は論文を検証した結果、「論文に引用された文書をいくらくまなく調べてみても、慰安婦被害者やその家族が結んだという契約書をラムザイヤー教授が直接探したという証拠はなかった」と明らかにした。証拠の信憑性に疑問を呈したのだ。

東京に大量の爆弾を投下して、紙に書かれた書類から、木でできた家、そして人の命まで大量に燃やし尽くしてくれた国の人が、よく言うよ、と思った。東京大空襲の爆撃被災者は約310万人、死者は11万5千人以上、負傷者は15万人以上、損害家屋は約85万戸。
自分たちが燃やしたんじゃないか?色街があったあたりも、相当に燃えたみたいだし。

空襲がなかった朝鮮半島での資料は残されていたようで、「慰安婦=売春婦」の主張の根拠になっている、と私は理解している。
相当に緻密に論証しているようなんだけれども、如何せん、書いている方々は「右翼」という括りで見られるから、たったそれだけの理由で信憑性を疑われているのかも知れない。

ただ、逆に思うんだが、従軍慰安婦が「強制連行」されたことを、証拠を提示しながら述べている学術論文が、どこかにあるんだろうか?もし、そうした学術論文があるとしたなら、その根拠こそ日本側の研究者から、大量の反証が出るだろうに。もし、学術的な研究/歴史的事実の検証を経ずに、慰安婦の方々の主張のみを根拠として「性奴隷」の問題を扱っているのならば、日韓のみならず、欧米も含めた世界の「学者」の、事実を検証しようとしない姿勢こそ、責められるべきだと私は考える。

両教授は「ラムザイヤー教授の論文は『証拠未確認』『主張を裏付ける第三者の証言不足』『選択的文書の活用』などで、学問的真実性を深刻に違反している」と批判した。2人の教授は、同学術誌に対して、論文掲載を先送りして全面的な調査を進めるよう求めた。

この「全面的な調査」については、慰安婦が強制連行されたことを示す客観的な事実の証明も必要だと思う。日本人の調査でしかないが、「強制連行が起きた」とされる現地の方の証言で「そんな話は、聞いたこともない」というのは、どこまで「客観的な証拠」として提示できるのかな?なんとも言えないが。
首を突っ込んでくれた以上、きちんと、そちらの立場での証拠も提示すべきじゃなかろうか。

まず手始めに、韓国で教えられている歴史の教科書と、日本、中国、アメリカなどの「東アジア史」の記述、欧米の方々が当時を記した「手記」の内容などと対比して、どんな時代背景だったかまで含めて、検証すべきだと思う。

当時この地域を訪れて、本国に帰還した方々が書かれた書籍などならば、東京大空襲で消失してしまった、なんてことはないと思うし。

ただなぁ、敗戦が決まって、進駐軍が当時の「軍事資料」を押さえようとやっきになっていた1945年の8月には、日本の軍部の残党なんだか、政府の方々なんだか、大量に資料を焼却したりしたらしいから、歴史の研究も相当に難しいのかも知れない。

私、何か間違ったことを言っていますかね?いずれにせよ、外野が騒いでも、どうにもならんだろうな。

ど〜でもいいけど

お昼食べた。お腹いっぱい。動きたくない。

お昼のニュースを見ていて、小池さんの顔を見て唐突に、一つ前の記事で気になってたことを思い出した。「一円あげるから100人誘拐してこい、みたいな犯罪」とかって書いたあたり。松果体の体積を計算する際に、一度半径と直径を間違って計算して、後から2の3乗で、8倍して数字を直すってことをやった。その際に、訂正が一貫していなくて、もしかしたら、約8倍。数字が間違ってたかも知れない。ってことは、「1円あげるから100人」じゃなくて、「1円あげるから10人」だったかも。

一桁違うって、でかいもんなぁ。一日働いて、時間給1円だったのが10倍になって10円になったとする。「今日も一日、しっかり働いた。給料8円もらえるぞ!」だったのが、「今日から、一日分で80円だ!わ〜い、嬉しい!」ってなるかも。10倍ってのは、誤差として大きすぎるよなぁ。2桁は違っていないと思うが・・・。

少年法の改正のニュースもやっていた。法律用語としての「少年」は、女性も含むんだろうな。言葉の意味としては、「年齢が少ない」だから、特に性別を含んだ表現じゃない。だけど、一般に「少年」と言えば、男の子を指す、と思う。

女の子に向かって、「そこの少年!」なんて声をかけたら、「私は女です」とか、怒られそうな気がする。そんでもって、「ごめんごめん、男にしか見えなかったから」なんて言い訳して、火に油を注ぐ。どう考えても、少年は男の子しか指さない言葉のような気がする。少年の対義語は少女、だろうか。性別を意識する場合には、少女の対義語は「少男」でなければおかしいでしょ?で、なんて読むの?ショウダン?冗談でしょ。ショウナン?しょうなんですか?訳がわからん。やめる。

でも、こういう言葉はかなり多い気がする。一般的な表現であるはずなのに、慣用的には男しか指していない表現。この使い分け、「男女平等」なんかで、日本語表現まで変わってくるのかなぁ・・・まじ、ど〜でもい〜ような気もするが。(という、事なかれ主義は、昭和のジジイの証)

ssh-rsa,非推奨のお知らせ
https://orumin.blogspot.com/2020/05/ssh-rsa.html

まじかよ。これは、全然ど〜でもよくない。ど〜しよ〜か、って、今は身動き取れない。

ssh-rsa は将来的に deprecate になり,デフォルトでこの鍵形式を利用する機能自体が無効化されることが改めて告知されました。

うちの「国家試験学習システム」は、ある日突然動かなくなった。このdeprecatedの予告を見落としていて(こういう情報に疎いのは、一人でやってるともう、ど〜しよ〜もない気がするんだが・・・)対応が遅れまくった。二の舞は踏みたくない。半年遅れのニュース確認。もうちょっと、IT系の話題のネットサーフィンとかしないと、ヤバくないか?

と思いつつ、お腹いっぱい。動きたくね〜よ〜。むしろ、眠くなったし。デブがデプリケートの話題を書いてるし。

ますます、訳がわからなくなった。やめる。

アドレノクロム

誰がこんな話題を拡散しているんだろうか。
アウン・サン・スー・チーさんが、アドレノクロムで金儲けするために子供の誘拐に関与した、というネットのページがあるとか・・・2分ほど探そうとしたけれど、やめた。

念のために、最初に明記すれば、子供の誘拐では臓器抽出目的が多くある、というニュースは読んでいる。記憶は不確かだけれど、インドかアフガニスタンかの、どちらかの国で、自分の子供が誘拐され、足取りを辿ってやっと自分の子供の遺体にたどり着いたら、内臓が摘出されていた、という母親の証言だの写真だのが掲載されていたニュースは、読んだ。ずいぶんと前から、「臓器移植」のための臓器を「売る」ために、子供を誘拐するというニュースは散見している。ニュースソースは、一応世界的にも名の通ったところだったと思う。個人のブログの記事だったら、スルーしていたと思う。(時間に余裕がないので、検索はしません。)

一見別の話題だけれども、フィリピンで数百人(だったか、数千人だったか、)の小児買春を行った日本人の教育関係者が逮捕されたニュースを読んだ記憶がある。東南アジアなどでの小児買春については、「顧客」の上位に日本人がいるらしい。同様に、臓器売買での最終的な顧客集団に、日本人が挙げられているというニュースも、一度や二度ではなく、ニュース記事で読んだ記憶がある。

ただ、なぁ・・・

「アドレノクロムは、苦痛と恐怖を与えられた子供の松果体から分泌された、アドレナリンの酸化によって合成される成分」

拡散したのは、トルコ国営放送か?引用したのはこのページ。

https://note.com/xxxyukixxx/n/n4432f081db42
ディープステートに汚染された世界

さらにこの放送によると
アドレノクロムとは実際に売買されていて
1937年に極秘で発見され
60%若返ることができるホルモンです。
幼児の松果体から出る多量のアドレナリンが
酸化したもので、ストレス、苦痛、虐待を繰り返し、
恐怖を与えた時に自分に抵抗力を与える為に
分泌されるホルモンでアドレナリンに由来されます。
目に針を突き刺し抽出されるものです。

あの、だなぁ・・・アドレナリンの血中濃度を知ってるんだろうか?

例えば、こんな研究がある。

https://www.research.johas.go.jp/jyosei/1Ckekka.pdf
女性の深夜・長時間労働が精神的および内分泌環境に及ぼす影響に関する調査研究̶夜間労働がストレス反応系内分泌機構に及ぼす影響̶

ストレスがかかった状態で採血されたアドレナリンの血中濃度は、30〜50pg/mL。
血液1mLから30〜50pgしか確認されていない。通常の状態で、どんなに多くても0.1ng/mL以下。

ちなみに、pgはピコグラムで、mg(ミリグラム)の100万分の一。ngはナノグラムで、mg(ミリグラム)の千分の一。
で、富士フィルムが販売している試薬は「※本試薬は、化学合成により製造されているものです。」と明記しているけれども、一番安いのが25mgで20,000円だろうか。

https://labchem-wako.fujifilm.com/jp/product/detail/W01TRCA305250.html
D,L-アドレノクロム

で、この25mgを、上記で引用したページのような方法で採取するとしたら、どうなるか。

正確に松果体周辺に穿刺できたとして、そこからアドレノクロムを「大量」に含んでいる血液を採取できたとしても、大した量にはならない。
子供の体重を20kgとして、全血液量はその13分の1で計算して、1.5L。循環血液量の約20%が脳に流れるとして、0.3L。
松果体の占める脳全体の体積に対する比率を(成人の数字で約0.5mL / 1350mL= ) 0.04%として、約0.12mL。これにアドレナリン濃度を0.1ng/mLとして計算すると、
一人の子供から抽出可能なアドレノクロムは、約12pg(ピコグラム)という数字になる。ここから、25mgを集めるために、何人の子供が必要になるか、と言えば、約200万人。
しかも、富士フィルムは、500mgを261,300円で売りに出しているから、500mgを集めるとしたら約4千万人の子供を誘拐し、その4千万人から一人一人0.12mLの血液を採取しなければ、ならないことになると思う。

誘拐してくる「犯罪者」に対して支払われる犯罪の報酬は、一人当たり0.01円だろうか。1円やるから子供を100人誘拐してこいと、このページを書いている人が話題にしている「犯罪」は、そういう金額、ということになる。
しかも「子供を一人確保する」だけの金額が100人あたり1円ってことで、そこから血液を採取し、成分抽出して、利益をのせて、なんて考えると、子供1000人を1円で誘拐してもらわなければ、ビジネスとして成り立たない。
アホくさ。どれだけ現実味があるんだか。

ホルモンなどの神経作用物質がどれほど微量で働いているか、全く知識がないんだろうな。逆に言えば、麻薬など純度の高いものが、どれほど壊滅的に神経を破壊するか、ということにもなると思うんだが、面倒くさいから議論したくない。ってか、こうした議論が通じる相手だとも思えない。

あまりにも真顔に、この話題を信じている人が身近にいたので、このページを書いてみた。

しかも、アウン・サン・スー・チーさんが、この「子供の誘拐に関与している」なんて、あまりにも馬鹿げた話
目の下にクマができた人は、すべてこの「アドレノクロムの常用者」だという話題の展開も、荒唐無稽すぎる。書き込みした人たちを、トルコの国営放送も含めて、名誉毀損で訴えてもいいんじゃないか、という気がする。匿名だからバレないと思っているんだろうけれども、ちょっと調べればすぐにどこの誰かはわかる。名指しされてる方々(すごいぞぉ、もう有名人だらけ・・・)は、いずれもお金には余裕がありそうだし、金を注ぎ込んで本気の喧嘩をしてみたらどうだろうか。誰かを痛い目に合わさないと、こう言うネット上の「怪文書」は撲滅できないと思う。

とにかく、こういうネット上の訳のわからないページは、撲滅できないもんかと思う。

ただ、臓器摘出目的の誘拐や、小児買春が、無視できない数字で現実に存在していることは、かなり信憑性のある事実として認識する必要があるとは思う。そして、日本がその「上顧客」に名を連ねていることも、忘れてはならないと思う。
訳のわからないページだけではなく、そうした、主には先進国の「上顧客」も、曝け出して撲滅すべきだという気がする。ただ、このページのリストは、あまりにも根拠が希薄すぎる。それだけは強く感じた。

あれこれ

まとまりもなく・・・法政大学のシラバス入稿の方は、何とか間に合わせた。(情報科学部の大学院は、相当に締め切りが遅い方だったんだなぁ・・・ありがたかったです。学部によっては1週間以上前に締め切りが設定されてた。)多少気が楽になったので、(他に、納期のプレッシャーがきつい仕事はあるけれど・・・)今日は暴走。

ふと思ったことがある。まず、中国。
中国は、新疆ウイグル自治区の問題に関して、何かと「内政干渉だ」と言っているが、他ならない中国が日本に対しては内政干渉したではないか、という話題。何かといえば、首相など公職にある方の靖国神社参拝問題。
曰く、靖国神社には、東條英機などのA級戦犯が合祀されている。だから、靖国参拝はA級戦犯を参拝することに通じ、それは侵略戦争の歴史の肯定であって、容認できない、という主張だったと思う。

ところが、習近平は「戦争を推進する」と明言している。実際に、インドなどを軍事力で「侵略」している。それが正しいか、誤りかは別にして「国益を守るため、国家のために戦争を選択した」のは、東條英機も全く同じだと私は考える。結果的に、戦争に負けたから「戦争犯罪」の罪に問われた。ならば、中国が「戦争」で負けた際には、現在までの習近平が中国国民に向けた発言は、東條英機など「大本営」が当時の大日本帝国国民に向けていた発言と対比するなら、十分に「A級戦犯」に問うことのできる内容ではないか、と思える。当然、状況によっては死刑にされることも覚悟して中国国民を煽っているんだろうとも思うが、少なくとも「国のため」に、その人の理解力に応じて「最適」と思われる国家戦略を選択して、そうして、その判断を誤って破れた人間を、死んだ後も日本非難の口実に使っている。同じことが、そっくり自分自身に起き得るということは、考えないんだろうか、とふと、考えた。

中国は、再三にわたって「靖国参拝」に対して、かなり強い表現を使ってきた。それは「内政」干渉ではないのか?もし、内政干渉ではないと主張するのならば、その根拠を明確に示して欲しいと考える。おそらく、その「根拠」を捻り出したとしても、それは、現在進行形の、新疆ウイグル自治区での迫害や、香港での人権抑圧に関して、世界の多くの国が不快感を示しているその状況にも、そっくり当てはまると思える。自分たち自身が当然のことのように、日本に対して「内政干渉」を繰り返してきた事実を思い返して欲しい、と考えた。

「靖国参拝」に関して言えば、確かにA級戦犯も合祀されているけれども、「赤紙一枚」で国に徴集され、パプアニューギニアばかりではなく、海外で亡くなって、亡くなった事実は戦友などによって確認されてはいるものの遺骨すら確認されていない多くの日本兵も祀られている。むしろ、99%はそちらだろうと思う。遺骨が戻っているならば、家族によって弔われているだろうと、理解している。(あまり、細かいところは把握していないけれども、ニューギニアで亡くなられた兵士の遺族会の方々との会話での、自分の理解。)そうした方々に対して、日本国内の問題として「靖国神社に参拝」することによって、二度と、あなた方ご遺族のような存在は生み出しません、亡くなられた方々に対しても、「大日本帝国」を引き継いだ「日本国」の政治家として、感謝の意を捧げます、と、こうした主張は再三なされて来たと理解しているけれども、中国は(ついでに言えば、韓国も、韓国の場合には、日本国政府が弔意を表した「日本兵」には朝鮮半島出身者が相当数いたにもかかわらず、)「内政干渉」して、その行為にクレームをつけてきた。これが「内政干渉」ではなくて、一体なんだったんだろうか。いや、むしろ、中国共産党が「戦争の準備をしろ」と国民向けに主張をしているのを聞いて、あれは「内政干渉だった」と確信を持って、この一連の「考え方」が思い浮かんだ。日本の「靖国参拝」にクレームをつけたことなど、一切ない、などとは言わせたくない。やったでしょうが、中国は。ならば、それが「内政干渉」ではなく、新疆ウイグル自治区やら、香港問題に関する国際社会の主張の方は「内政干渉だ」と主張する、明確な、論理的な根拠を示して欲しいものだ、と思う。

これが、第一点。次に、第二点。なぜ、唐突に中国の話題を考えだしたかと言えば、言うまでもなく、ミャンマー情勢。中国がどう動くか考えていて、ふと、第一点の話題が思い浮かんだだけ。

ミャンマー。

許可なしの拘束・捜索可能に ミャンマー国軍、関連法停止
https://www.jiji.com/jc/article?k=2021021400315&g=int

裁判所の許可なく拘束や家宅捜索を実施することを禁じた法律を一時的に停止すると発表した。

国軍はこれに加え、自宅に訪問者が宿泊する場合、届け出を義務付ける法改正を行った。

法律を何だと思っているんだろうか。国会っていうのは、みんなが守るべきルールを決める場所、だと思うんだが、それを勝手に「停止」したり、かってに「改正」(改正?正しく改める?嘘でしょ?改訂でしょ?時事通信の翻訳ミスか?)要するに、ミャンマーは「クーデター政権が定めたルールを国民に適用する=民主的な手続きを踏まない『法律』を押し付ける=『私法』を民間人に押し付ける無法状態になった」、ということだろうな。それを国民に宣言した訳だ。つまり、自分たちが「合法的な存在ではない」と主張しているに等しいと思うんだが、反論できるんだろうか。反論できるものならしてみろ、我々は武力を持っている。国民を殺すぞ、と宣言してるんだろうか。
というのは、本題ではない。

拘束するならしてみろ、という反抗の仕方があると私は思った。
かなりの確信を持って、僕は過去世でこのやり方で勝った記憶がある。無論、今世じゃないけれど(人の意識体は、肉体を抜けても永続的に、ずっと存続し続けていて、今世において経験した内容(単なる丸暗記ではなく)は、魂に刻み込めたなら、間違いなく次に肉体を持った時の自分に引き継げる、という話題として、)自分の経験談を書きたい。(気にしないでください。言いたいことを書いているだけだから、この枕詞は無視していただいて結構。)
ミン・アウン・フライン氏が、ポルポト的な人格だとしたら、この「戦術」は失敗すると思う。根こそぎ殺されてしまう。ただ、私欲しか頭にない程度の人物なら、たぶん、勝ち目があるような気がする。中国共産党の場合には、「指導者個人」の責任に帰結しないから、中国国内ではこのやり方は危険すぎると思うけれど。

ひたすら、クーデター政権に対する反対運動を、今のまま続けたらいい。「恐怖政治」で、民衆に「投獄される」という「恐怖」を与えたなら、いずれは「反対運動が収まるだろう」という判断なんだろうと思う。
ただ、投獄された後、投獄した人の「生存」を保証しないならば、反対運動を続けて、鎮圧される際に殺されても結果は同じ。だったら、むしろクーデター政権側に投獄させたらいい。獄中での「生存権」まで「法律を停止」するか?それを公言したなら、「我々に背いたら殺すぞ」というのと同義だと思う。ミャンマーの方々の反発も無論あるだろうし、今ならば、国際社会の反発は一段階上になると思う。
結果として、最低限、投獄された方々への「食料」の供給は、クーデター軍の責任になる。食事は提供しろと。その「食事の提供」が、民間人の協力なしにできると思っているんだろうか。軍部が片っ端から「投獄」しようとするならば、当然、その「投獄」された方々への「食事の提供」が必須になる。それができずに、「見殺し」にするか、「民衆に頭を下げて食料供給を依頼するか」、その二択にクーデター軍を追い込める、と僕は考える。そうした戦術を取れるように、反クーデターの人たちが、結束するべきだと、僕は考える。

一方では、「クーデター軍の無法措置宣言」を非難する主張を国際社会に訴え続けて、もう一方では、「反対運動」を続け、拘置所だか刑務所だかを「収監」された人々で溢れさせ、収監された人々の「生存権」を巡って、具体的には食料提供などを「武器」にして、クーデター政権と対峙できる、と思える。
無論、言うまでもなく、相手が強硬策に出たとしても、食糧の差し入れはできるように、拘置所や刑務所の役人に、協力させるように、ここでは部族連携などの生活感情を最大限に使って、「拘束」された人々を安易に死なせないように準備をすることも必要だと考えるけれど。

何よりも、クーデターの首謀者はトップ周辺しか押さえていない気がする。だとしたなら、さらに対抗策はある気がする。軍部の最下層、下級兵士や、警察官僚などの最下層の人々を、一人ずつクーデター政権から引き剥がして、民衆側につけていったらいい、と思うし、ミャンマーではそれが可能だという気がする。

結果がどうなるかわからない。こんなことを書いて、責任を負い切れるか。ってか、何事につけ、中心的に責任を持たせてもらうような立場に立たせてもらったことがほぼなくて、末端の「責任」だけは押し付けられる人生ですから、もう、開き直って好き勝手書いてるだけだけれども。信じる信じないは、あなたの勝手です、じゃなかった、役に立つか立たないか、一つの考え方として、参考になる部分があったら、カケラでもいいから参考にしていただいて、とにかくミャンマーに民主主義的な社会を取り戻して欲しいと、切に願う。

第三点。
僕の、おじいちゃん、おばあちゃんの法要を、親父が仕切ってやった時のことだったと記憶している。確かまだ二十代。もう、30年以上前。
僕や弟、姉貴に、「お前たち、ビールと日本酒を持って、一人ずつお酌して、本日はお忙しいところありがとうございましたと、ちゃんと挨拶して回れ」と言った。(今だったら、それに烏龍茶が加わると思う。)
そうして、ぎこちなく挨拶して回って、ある人に、お酌でビールを注いだら「何だ、女じゃねぇのかよ」と言った方がいた。「すみません、男で。」と言いながら、ビールを注いで(お酌して)、「お忙しいところ、どうもありがとうございました」と、紋切り型の挨拶をしたんだけれども・・・
まぁ、親父もね、こういう場面では男だの女だのというのは気にしない人だったから、僕ら姉弟三人に同じように挨拶して回れと言った。ただ、大正から昭和初期の方々には、こういう場での「お酌」は、女、つまり、ぼくのお袋か、姉貴か、だけであるべきだ、的な発想の方々が少なくなくて、この人の発言というのは、別に「不自然」なものではなかった、と記憶している。
いうまでもなく、森元総理の世代。会社でお茶汲みしない女は、雇っておいても意味がない、男性社員の「お嫁さん候補」として雇用したんだから、さっさと社内で(あぶれている男どもとくっついて)結婚してくれ、みたいな価値観が、昔は間違いなくあった、と思う。(個人の感想です。)だからなぁ、あの発言。「単に本音が出ただけ、昔だったら別に何の問題もない話題だったのに、」なんていう感じだろうとは思う。

自治会の会合で「宴会の準備」なんていうのがあると、「女性陣は、宴席の準備に・・・」なんていうのが今でもあって、そこはもう、60代〜80代の女性の方々、心得たもので、きちんと準備を整えてくださる。むしろ、「どうやって、男がやりたいようにするのに、適当に付き合っておくか」みたいなのは、感じない訳じゃないけど、本音を口にしてもらったなら、もう、相当に吹き出すだろうなぁ。

ですけどね、この辺は男の側の論理。きちんと「仕事」をしたくったって、仕事の中身じゃなくて「お茶を入れたかどうか」だけで業務を評価されたりとか、(以下省略。もう、数えたら10や20では済まないほど、具体例が出てくると思う)女性の側からしたら言いたいことは相当にあって、運悪くというか、なんというか、「オリンピック」という全世界が注目し、日本国内の「昭和の価値観」だけでは済まない立場の人が、あの発言をしたという「条件が整って」というべきか、見事に「昭和の長老」をそのまんまに表現してくれたもんだから、集中砲火は当たり前だろうな、と思う。

いい機会じゃなかろうか。じゃないや。これを「いい機会」にすべきなんだ。チャンスは逃すべきじゃない。変えることのできるチャンスがあったなら、徹底的に利用すべきだ。単に森元総理を吊し上げただけじゃなくて、「古い世代の認識」を徹底的に更新するまで、あくまでも「意味のある」議論を展開して、(ここが大事だけれど)具体的にどんな場面で、何をどう変えていくか、これをきっかけにして、なんらかの「あるべき姿」を模索したらいいんじゃないか、と思う。逆に言えば、幸運かもね。「森元総理は、五輪の件で辞任したけど、あなたは?」なんてね、あれは活用できる。森元総理の一見は、相当に「再利用」しやすい素材だという気がする。

第四点。同じく「森元総理」の問題に関して。
「女性が多くいる会議は長引く」ってな感じの発言。そもそも論として、「会議が長引く」のは、悪いことなのか?「会議が長引く」のが悪いことでない、むしろ良いことならば、「女性が多くいる方が、言い方に物事が動く」という解釈は成り立たないのか?そこが、今回の騒ぎの不思議なところで、誰も、「会議が長引く」ところを問題にしていない。

僕が以前在籍していた大学。教務委員長が僕の上の学科長だったから、話を聞けば、事前に事務方から「議事録」を渡されていて、その議事録通りになるように、議事を展開するのが仕事だったから、「意見」を言う人がいたら、結構苦慮したらしい。参加されてる先生方も、そんな会議の時間を取られるのは面倒だから、元々の予定の1時間を30分で終わらせるところか、最初から議事録を配布して「異論のある人はいますか?いませんね!はい終わり」で、2分で終わらせてもらったら、どなたも大喜び、だったんだろうか、なんて思う。だったら、そもそも、なんで会議なんて開くのよ。思うに、国会だってこの延長の気がする。だからこその、森元総理のあの発言。
何のための会議か、って言ったら、この場合なら「学内の、すべての学科の代表者が、この内容に合意しました」という既成事実を作るための場所、というのが本質だろうか。現実に起きている問題を、現実的に対処するための場所じゃない。そういう話題は「終わってから、個人的に」とかで、酒の席に持ち込む、とか、「今日の議題には相応しくないので、その発言は別の場所にしてください」とか、こうやって、「発言潰し」をするための口実なんていくらだってある。
「現実に起きている問題を洗い出す」とか、「それぞれの意見を聞く」とか、「出席者の意見から解決策を模索する」とか、「出席者の共通認識を明確にする」とか、「テーゼとアンチテーゼをぶつけて、止揚を見出す」とか、そういった、そういった諸々の本質的な議論を全て回避して、「はい、みなさん合意しましたね、何も文句はありませんね、合意の下で決まりました」と、その口実を作るため、だけに、会議が存在している。森元総理の「会議が長引く」発言は、まさしくそうした日本的民主主義の現実を露わにしたのではなかったんじゃなかろうか。

って、思うんだけれど、誰もそこを突っ込まない。当たり前だと思っているんだろうか。
ってか、子供の頃から「おかしいと思っても、黙れ、先生の言うことは絶対だ」とか、「上司の発言には逆らうな」とか、それが当たり前になっちゃってるから、結構ネットで色々意見をしている人たちも、この部分に突っ込んだ記事を(少なくとも僕は)見かけていない。おかしくありませんか?

本質に突っ込んだ議論ならば、長引くのは当然。それなのに、この部分が問題にならないのは、あまりにもおかしい。

昔は「総会屋」とかいたらしい。とにかく「株主総会」に潜り込んで、「い〜ぎ〜あ〜り〜(異議あり)」と叫ぶと、大半の「会社役員」の方たちは固まっちゃって、「議論」なんか一切できず、困ってしまう。だもんだから、会議の議事に異論を唱えそうな人(普通、そういう人の意見を聞いて、対応するのが会議だと思うんだが・・・)が事前にわかっていたなら、お金を渡して黙ってもらうと、それが当たり前だった。だから、ちょっと「議論」ができる人がいると警戒されるようになった。金を取られる?どこか根本的に間違っていたんじゃないか、と思うけれど、この「慣行」も昭和の遺物か?

第五点。新型コロナの新規感染者数が、世界的に減っている話題。
日本国内の場合は、違うと思う。検査件数が減少している。だから、というのは、前も書いた。もういい。以下省略。「五輪」の成功は、もしやるなら、祈ります。同時に、その影響で亡くなられる方々の冥福も、先行してお祈りいたします。

第六点。
そもそも、今回僕がこの「立ち位置」(自分の言葉を、自由に、延々と書き続けられること)にこだわって、特定の立場を護持して生活の安定を気にしなかったのは、師匠の存在。師匠がどういう方だと、僕が思っているか、については、書かない。(およそ、誰も聞く耳を持たないと思うから。)ただ、と、書こうと思って、この話題が一番表現が難しいことに気づいた。やめます。それに疲れた。

今日は、日付が変わってからも、それほど経たないうちに寝たい。疲れたから、もう、一切読み返さない。おやすみなさい。

表現狩り

ぼちぼち、寝落ちするな、寝るぞ、と思ったら、唐突にこの話題が頭をかすめた。
吐き出さずに寝ちゃうと、またいつまで経ってもリフレインがかかって、仕事の邪魔。吐き出しちゃってから寝る。

ジジイ・ババアは差別語か?
自分たちのことをジイジ、バアバと呼ばせている人は、何人も知ってる。「爺い」「婆あ」は、差別語でも何でもない、歴とした普通の日本語表現だったと思う。

ところが、「高齢者は、動きが鈍い。肌がツヤツヤしていない。髪の毛が薄い。」そうした諸々の高齢化に伴う現象を、やたらとネガティブに受け取って、「もっと、若い人と同じように見せかけましょう」なんていうキャンペーンを始める会社もあったり、「若い頃と同じように見せかけなきゃいけない」なんていう妄想に囚われて、冷水のプールに潜って見せるどこかの国の大統領みたいな行動をとったり、高齢者の側の「根拠のない劣等感」も加わって、この言葉が使われると、たぶん、ジジイ・ババアが「差別語」扱いされちゃうんだろうな、なんて思った。

誰しもが、いつかは歳をとって、やがては死ぬんだから、「死に損ない」とか言われたって別に良いじゃんか、とは思うし、加えて言えば、(たぶん、この段落には異論のある人もいるだろうし、学術論文なら証拠を提示しろ、とか指摘されるんだろうけれど、だから、同意は求めませんが、)死んだって、その方の「意識体」は、誰もがそこに存在していたりするから、肉体を「廃車」にして、次の「新車」に乗り換える過程だくらいに考えときゃいいのに、わかってないから、過剰に恐れる、って、新型コロナの話題じゃないんだけれども・・・(何の話でしたっけ?)

日本語で、「便所」を表す表現は、30以上あるらしい。これを聞いたのは、確か浪人時代の予備校での、古文の授業中だったか。どこまで思い出せるか。WC、トイレット、お手洗い、便所、化粧室、雪隠、厠、「雉子撃ち」、これ辺が限度かなぁ。
結局、「新しい表現」が出てきても、その表現が使われ続けると、トイレの「臭気や汚れ」をイメージさせるようになって、そこからまた、新しい表現に飛びつく。千数百年間、それを繰り返している間に、いつの間にか、「便所」を意味する日本語表現がそんなにも増えてきた、ということだと思う。言葉は、発し手と受け手の「意識」を仲介する接点に過ぎず、表現そのものに「差別」が内在する訳ではない、と私は考える。

特定の表現を「差別」だと主張する方がいらっしゃるとしたなら、その方が相手の使った表現に「差別意識」を感じ取っているから不快になる、あるいは、そうした差別意識に根ざして(「エンガチョ」か?)表現を使うから、何でもない言葉が「差別語」になってしまう。私はそう考える。使い方次第では「金持ち」だって「上級国民」だって、「差別語」になると思う。以前、「朝鮮人」を「差別語」だと言った人がいた。え?と思った。それが差別語だったら、他にどんな表現があるんだ、とも思った。というより、どういう「意識」をして「朝鮮人」という単語を言葉にして使っているんだか・・・

例えば「土人」。パプアニューギニアの方々を、土人と呼んだ人がいたけれども、「土と共に生きる人」あるいは「土にしっかり足をつけて生きている人」の意味ならば、どこに「差別」の要素があるんだろうか。農業生産者は、みんな「土人」だと思う。

ビッコ(跛、もしくは、跛行[ハコウ])はどうなんだ?ちなみに私は、間欠性跛行です。梅の木から落ちて首を痛めた後、1時間も走っていると左足が動かなくなる。動かすどころか、感覚すらなくなる。脊柱管狭窄症なのはMRIみれば明らかで、首だけじゃなく腰もかよ、っていう話題は、訳がわからなくなるので傍に退けておいて、昔は跛行[ハコウ]を[ヒコウ]と読んで、そこからビッコになったのかなぁ。ビッコって今、差別語扱いされていませんか?もう際限がない。チンバ、片端(かたわ)、どれが「放送禁止用語」なのか、もう、訳がわかっていないけれども。

「障害者」の「害」の字が嫌だ、と。だって、体の一部分が「正常」でないために、生活に「害」を与えているんだから、「障害」という表現のどこが問題なの?と私は思う。「障害」という言葉に過剰反応するならば、言葉を言い換えたところで、時間の問題でその「言い換えられた表現」に、以前からの「差別的感情」を感じ取ってしまって、それも不快になる。そうやって、表現狩りを繰り返していたら、もう、使える言葉がなくなるんじゃなかろうか。

いわゆる「放送禁止用語」。いや、下ネタ絡みは除外するけれども、相当にこうした「表現狩り」にあっちゃった「表現」が多いような気がする。

「女だなぁ」という表現。これは特には「差別語」扱いされていないけれど、これ、文学者というか、作家の方々ならば、前後にストーリーを組んで、この表現自体を「ものすごい差別語」として登場人物に使わせることも、逆に「最上級の賛美の言葉」として使わせることも、可能だと思う。文脈、というよりも、言葉の使い手の「意識」次第だと私には思える。

森元総理の発言。その表現がどうこう、というよりも、ご本人の女性一般に対する意識が滲み出ちゃった結果であり、多くの人がそれを受け取ってしまった、ということのような気がする。

「表現狩り」で、言語表現そのものを問題視する以前に、その表現を使った方の「意識」の方を問題にすべきなんじゃないか、と思えた。
(たったこれだけの話題、なんだけれども・・・気になりだすと、仕事の障害になるので、吐き出しちゃいました。)

今度こそ、寝る。

This is bomb

「すぐ」にやらなきゃならないことを、今都合4つ抱えている。

こういう時は「優先順位をつけて」などと言ってると、実は何もできない。どれから手をつけたら良いか、それを考えるだけで、一日一日が過ぎていく・・・というのは冗談ですが。もう、何も考えない。一つこれ、って決めたら、後のは忘れる。(忘れていたって、灰の中の種火のように、どうせすぐに火がついて、意識の前面にシャシャリ出てきて)片付くまでは、この「早くやれ〜早くやれ〜」という督促が続く。全部同時進行で。だからもう、何も考えずに「今日はこれ」って感じで作業をする。

その結果、「まだ、ギリギリ間に合うはずだ」と思っていた、大学のレポート(プログラム)読みを「先送り」した。ギリギリ間に合わせるつもりで「今日はもう、これしかない」と思って採点を始めたところが、学生の書いたプログラム、pythonのバージョンが違うのか、pygameのバージョンが違うのか、私のMacではエラーを吐いて止まってしまった。レポートを読むと、ちゃんとスクリーンショットが報告されていて、そうなると、環境が違うんだと思い知らされる。で、「環境が違う」で気づいた。そういえば、エラーを吐いて実行できないプログラムを出してきた学生が、何人かいた。遡って探し直して、採点のし直し。pyenvで、実行環境を複数用意すれば良かったんだけど、もう、時間ギリギリだったので、力任せで移植してしまえ、と思って個別対応を始めたところが、思いの外、そうした「最新環境」で書かれたプログラムが多くて、ドツボにハマってしまった。
早く着手すれば何でもなかった仕事を、時限爆弾にしてしまった・・・(二日遅れた。)

でも、逆に、先に大学の採点を済ませようとしていると、「お客さんに、金額見積もりと工期の見積もりを出さなきゃならないんですから、すぐに内容を精査してください」なんていうリクエストへの返答が遅れる。着手が遅れれば遅れるほど、仕上がりも遅れ、入金も遅れる。入金が遅れて、税金の督促を無視しづけると、それもまた、精神衛生に良くない。

シラバス入稿は、まだ間に合う。けれども、今年の反省(rubyとpythonの教材が、ごっちゃに入り乱れてしまって、前期と後期の違いが不鮮明になってしまった)を踏まえて、ruby on railsとpython/djangoを、そっくりtermで切り分けることにした。そうなると、シラバスも教材も、そっくり書き直し。その書き直し作業が面倒だと思いつつ、ついつい先送り。さすがにもう、最低でもシラバス入稿は間に合わせないと、タダでさえ信用がないのに・・・

その法政大学の「人事」から(だったと思う)、年に一度なのかなぁ、時々手紙が届く。俺、まだ何も悪いことしてないつもりだけど、一体何の悪事がバレたんだ?とヒヤヒヤしながら開いてみると、「法政大学ダイバーシティ宣言」なんてのが入っていたり、ハラスメント防止の手引きが入っていたり。

要点は一つ。発言や行為の意図が何であれ、受け手が不快に感じる、不快な「解釈」ができるような言動は、厳に慎めと、そういうことだろうな、と理解してます。例えば、私なんかが女子学生の肩に手をかけた、とする。「ちょっと、いいかい」のつもりだ、などと釈明しても「男性教員が女子学生の体を触った」事実には違いない訳だから、そういうことになってしまいますよ(報道される表現も、たぶん、そうなる)、ということで、聞いた側、何かをされた側がどう思うかが全て、というのが、おそらくは民間企業なんかでも一般的な理解じゃないかな、という気がした。

ところが、世間とは完全にズレている方が、辞め際にもこんな発言をされていたらしい。

【全文】森喜朗会長が辞任表明、女性蔑視発言は「解釈の仕方」「意図的な報道あった」
https://www.tokyo-np.co.jp/article/85567/2/

 そしてコロナ対策ということで、第一段を政府にとりまとめていただきましたが、結局そのためにわれわれの想像もつかないような、1年延期するということ、これは当時の安倍総理の発案で、IOCとの間で合意を得たわけであります。したがってその1年、計画しましたのも半年になりました。私どもとしては、あくまでオリンピック、パラリンピックを開催するという強い方針で、今、準備を進めていた矢先でありまして、そういう中で会長である私が余計なことを申し上げたのか、まあこれは解釈の仕方だと思うんですけれども、そういうとまた悪口を書かれますけれども、私は当時そういうものを言ったわけじゃないんだが、多少意図的な報道があったんだろうと思いますけれども。まあ女性蔑視だと、そう言われまして。

段落まるごと引用しました。他にもう、切り方はないと思う。
「解釈の仕方」だとか「意図的な報道」だとか、そういう言い訳は通用しない、ということを、まったく理解できていないんだろうな、と思うし、それはおそらく2Fさんも大差がない。

表題のThis is bomb.何の話でしょうか。次に引用するリンク先の記事をお読みください。

僕の記憶では、3000万円くらいを請求された、という記事を読んだと思っていたところが、以下のページを見たら400万円で示談が成立したらしい。まず、良かったよね。サラリーマンが3000万円とか5000万円なんて払うことになったら、もう、一生何のために仕事してるのかわからなくなると思うし。(あ、交通事故を起こした方は、そうなるみたいだけど。)交通事故も、「簡単に起きてしまう」もののような気がするけれど、まさしくこの This is bomb.の一言も、ほろ酔い気分の日本のオッサンとかが、「軽い冗談」のつもりでよくやりがちな話のような気がした。

冗談で「爆弾」というのは世界中でタブーなの?
http://blog.q-q.jp/200605/article_27.html

この人の記事、他に二つも三つも、似たような話題を拾っている。今までの日本では「冗談」で通じたとしても、今後は世界に広まり、「言い訳」が通用しないケースが増えるんだろうな。率直に言って、政治家とか、元政治家、あるいは「有名人」は、自分の発した言葉がどのように解釈される可能性があるか、ほとんど網羅的に想像した上でなければ、およそ「冗談」などは口にできないんじゃないか、という気がする。

一般人だってね、職場だの、取引先だの、「公」に近い(相手がいる)場での言動は、「アウト」にされたら申し開きは難しい気がする。

今、「差別意識」の話題と「単なる受け狙い」の話題とを、混ぜて書いちゃった。何が共通してるか、って、「相手の解釈」だろうか。森さんの「解釈の仕方で、こうなった」、という主張は「間違いを犯す方々の典型」だと思う。私が言いたかった解釈をすべきなのに、あんたは違う解釈をした、私の意図した解釈をしないあんたが悪い、とでも責めたいんだろうけれど、責めるべきは、相手に自分のして欲しい解釈を通じさせられない自分自身の表現力の貧困か、でなければ、相手がどんな解釈をするか理解できない自分自身の理解力のなさの、どちらか、もしくは両方だと思う。
まさしく、どこかの政党は、表現力も理解力もない方々が、牛耳っている、ということだと思う。

さらに言えば、表現する以前に、改めるべき点があろうかと、私は思います。

私は思ったことをほとんどそのまま言葉にしている。それは、日常生活でも同じ。それでも、あまり「これを言ったら、相手が不快に思うかな」というのは、言葉になって出てこない。(いっやぁ〜、テメェで気づいてないだけかも・・・ただ、気づいていないフリして、続ける・・・)相手が、中国人だから、朝鮮人だからどうこう、男だから女だからとか、障害があるからとか、ジジイ(私も含まれる)・ババアだから、ガキだからどうだとか、そもそもが差別的な文脈で考えたことがないから、差別的な「解釈」が成り立つような表現には、なってこない。

「区別」が必要な場合には、「区別」はしてます。心電図の実習の時には、男女はきちんと「分けた」。ここで「区別」しなかったなら、逆に「ハラスメント」になっていただろうと思うし、言うまでもなく、女子の領域には一切足も踏み入れていない。これは「区別」であって「差別」ではないと、私は理解してますが、間違ってるでしょうか?話を戻して、ジジイ・ババアについては、若い人たちとは「負荷」を変えるなんていう「区別」もあるし、外国人の場合には、手続きだの社会慣習が違う場合もあって、それは「違いの理解」だと思うし、無論、「違い」を取り上げた発言をすることなど、しょっちゅうあるけれど、「差別」の意識はないから、そもそも、森元総理みたいな「発言」は出てこない。

要するに、あの辺の方々の場合には、「そうした発言をするな」という指摘、以前に、「そういう発言が出てくる考え方、頭の中身そのものを変えてください」という指摘の方が正しいと思う。けれども、結局「何が問題だったか」すら、まったく理解できているようには思えない。引用した記事を読んでいて、ダメだこりゃ、と思った。
どこかの政党、党の上層部に大量の爆弾を抱えているなぁ、なんて思った。

ちなみに、大量の地雷が埋められているような地域の場合、とにかく発見したら、爆破して取り除く、というのが一般的な対処方法らしい。

地雷を安全に処理するドローン「Mine Kafon Drone」–発見から爆破までを迅速に
https://japan.cnet.com/article/35086921/

数が多すぎる場合には、爆破しかないんだろうな、なんて思う。

夕食後の一休み、終わり。あとは、寝落ちする寸前まで、また仕事、続けま〜す。


追記

地雷で家族を亡くされた方々にとって、「こんな」話題で地雷を引き合いに出されたら、たまらない、とお感じの方もいらっしゃるに違いない。だとしたら、私のこの表現も、「アウト」だと思った。不快になられたら、申し訳ないです。ごめんなさい。

ただ、今までもそうだし、たぶん、今後もそうだけれども、「発言の撤回」は、原則的には一切しません。一度でも表に出しちゃった言葉は、消すことなんてできないと思う。だから、被せて続ける。

もし、「地雷なんて、過去の話題だ」と思っている方がいらっしゃったなら、(私自身の自爆覚悟で)今でも無数の地雷で苦しんでいる方々が、国によっては相当数いる、ということは知っておくべきだと思う。すべてを取り除くのに1100年かかる、とか・・・

「内戦」にまで発展して、自分たちの国なのに自分たちの子孫のことなど考えもせずに、大量の地雷を購入して自分たちの国土に埋めたりする、そうした発端は、クーデターだったりするし、選挙に負けそうな大統領などの権力者が、支持者に蜂起を呼びかけて内戦に突入し、それが何十年も続いたりだとか、世界は色々。日本在住のミャンマー人が「軍事クーデター反対」のサイレントなデモを実施したら、「日本に騒ぎを持ち込むな」と、SNSに「デモ反対」の書き込みをした日本人が結構いたらしい。それは、確かに「差別」ではないけれど、「無関心」ではあるような気がするし、無関心と差別は同根だという気がします。

(毎度のことながら)何の話かよくわからなくなった。今度こそ、仕事に戻る。

シミュレーション

眠い。仕事終わりに、午前2時を回って、それでも書こうって、何やってんだろ、私。無事、最後まで書き切れるか。寝落ちしそうだな。

興味を持ったのは、人の発声時に発生する、飛沫とエアロゾルの比率。

人が声を出す時には、声帯が振動する。気流を断続的に遮断したり、振動を加えて「声」を出して、会話をする。特に食事中などは唾液の分泌がさかんだし、会話などの発声時に飛沫を大量に巻き散らすのは、普通に太陽光の元でおしゃべりをしている人を観察しただけで確認することができる。

で、ネブライザー。
呼吸器系の病気がある人に、薬剤を吸入させる時に使う、薬剤の「気化」装置。(厳密には、気化ではなくて、エアロゾル化、というのが正しいんだろうな。って、薬剤の種類によるのか。)旧式のものは、水の蒸発を利用していたものもあるようだけれど、今のものはほとんどが超音波振動子を使って、エアロゾル化を行っている、と理解している。
超音波振動を与える事で、薬剤をエアロゾル化できる。振動数が超音波領域でないとエアロゾル化しないか?って、考えると、数千Hzの、可聴音域の振動数でも、一定量のエアロゾルが発生するように思えてならない。当然、そうして発生したエアロゾルは、不織布のマスクをしていても、ある程度は空気中に飛散されるだろうと思う。食事中などでマスクをしていなければ、なおさら、ストレートに飛散されると思われる。

飛沫はアクリル板などでブロックできるけれど、エアロゾル化したなら、換気をしなければ感染対策にはならない。で、興味を持ったのは、多くの人が会話をする職場であったり、飲食店などであったり、普通の人の普通の会話で、どの程度エアロゾルが発生するのだろうか、という点です。もし、このエアロゾルの発生量が感染を起こさないほど少ないならば、それほど換気に神経質になる必要はない、と思われる。逆に、飛沫だけではなく、かなりの量のエアロゾルが発生するならば、乾燥している冬場だけではなく、夏場などでも換気は不可欠だ、ということになる。

若干話がそれるが、なぜ、乾燥が関係するか。

エアロゾル:ミクロとマクロの出会うところ
https://www.applc.keio.ac.jp/~tanaka/lab/AcidRain/%E7%AC%AC34%E5%9B%9E/1.pdf

ここでDp: 粒径、ρ: 粒子の密度、g: 重力加速度、η: 空気の粘性係数である。

サイズの小さい「飛沫」は、滞空時間が長く、また、飛散する際の空気抵抗による影響も大きく、浮遊している間に水分を失って、エアロゾル化すると推測される。この、水分蒸発の速度は湿度に影響されると推測される。つまり、対策を考える際に、考慮しなければならない要因は二つではなく、三つで、(1) 飛沫として飛散して、どこか(例えば、向かい合った相手の料理など)に付着するもの、(2) 最初からエアロゾルとして空気中に放出され、浮遊する、ウイルスを含んだ粒子、そして、(3) 飛沫として放出されるが、湿度に応じて、途中で水分を失い、エアロゾル化する大きさの粒子。
乾燥によって、ただ単にウイルスの生存期間(感染力を維持する期間)が異なるだけではなく、感染プロセス自体にも差が出てくるのではないか、冬場ほど、換気が必要になるのではないか、と思えたのが、この話題を考えたきっかけでした。

人の呼吸による気流は、何も言葉を発せずに、吸って、吐いて、だけならば、かなり層流に近い、気道抵抗の少ない流れ方をすると思われる。つまり、飛沫も、エアロゾルもほとんど発生させない、と推測される。ところが、声を出す場合には、声帯が(ネブライザーの如く)振動して気流の断続を短時間に繰り返し、さらに、子音の発音などでは、撥音・拗音・促音など、唾液などを飛散させがちな気流の断続を伴うものから、日本語のパ行の音(半濁音)みたいなのまである。PPAP(ペン-パイナップル-アップル-ペン)なんて、相当に飛沫の発生量が多そうに思えるけど、同時にエアロゾルはどの程度出しているんだろうか、という単純素朴な疑問でした。それほどまでに、気流の遮断と開通を繰り返し、口腔内で乱流を形成していたなら、粒子が分裂させられて、エアロゾルを相当量形成するのではないか、と思えた、単純素朴な疑問でした。

飛沫の比率が多いか、エアロゾルの発生が多いのか、それによって、当然、取るべき対策も違ってくるし、そもそも空気が乾燥していないならば、エアロゾルの発生が少ない、ということならば、観光地の食堂などでの換気の必要の程度も違ってくる、と思えた。

富嶽では、飛沫の飛散の状況についてシミュレーションを行なっていた。可能ならば、発音する音によって、気道内の粘液や唾液などが、どの程度飛沫化、エアロゾル化するか、なんていうシミュレーションも行なってくれたなら、その結果を見てみたいな、と思った。

以上、寝ます。(なんとか、寝落ちせずに、ゴールまで辿り着いた。)この、クソ忙しい時に、何やってんだろ、俺。ってか、ニュース見てるとこういう疑問が湧いてきちゃうんだから、仕方ないでしょうが。吐き出さないと精神衛生に良くない。

楢山節考

「コロナは、いずれは普通の風邪になる」なるほど、確かにそうかも知れない。
ただ、そうなるプロセスで、集団免疫を獲得する過程で、病気に勝てなかった多くの死者をだして、生き残ったものだけが、生き残った当然の結果として免疫を獲得してきた、ということも、忘れてはならないんだろうな、と思う。これはもう、生物学的な鉄則かも知れない。

たぶん、これが一番行政としても安易な政策かも知れない。
問題は、例えば、高齢者や基礎疾患のある人たちにどの程度のリスクがあるか、ということだろうけれど、折込済みか。その人たちのリスクよりも、社会としてのメリット、例えば、将来の国家による医療費負担を低く抑えられるようになるとか、翻って税率が下がるとか、そのメリットがあるならば、うまい口実を見つけて、そちらに誘導するのもアリなのかも知れない。

露骨にやると社会の反発を招く。表面的にはワクチンを優先的に接種することにしておいて、実際には若い潜在的な感染者を社会に野放しにして高齢者などの感染確率を高め、暗に「腐りそうな枝を先に切り落とす」戦略に誘導する。極めて巧妙な未来戦略かも知れない。実際に、この戦略を取れば、若い方々の将来の税負担は数%から十数%減るかも知れない。
やり方が、あざとい気はするけれども、国全体の将来を考えた時に、案外正解なのかも知れない。そんな気がしてきた。昔から紡いできた、日本人の生活の知恵。

表題は・・・気にしないでください。大した意味はありません。そのままの意味ですが。

自己責任

なんだか、感染者数が減ったニュースばかりが目につくけれども、そもそもPCR検査件数が1月上旬から比べて4割近く減っているように見える。
ということは、ピークアウトしたとは言え、忘年会だのクリスマスだのでオーバーシュートした分の影響が取り除かれただけで、実際の感染者数の基線自体はそれほど大きく減少してはいない、ように思える。

新規感染者数の推移(移動平均)のグラフを、PCR検査件数の推移(移動平均)で割って、オーバーシュート分を割り引いてみると、実際にはピーク時の2〜3割程度しか減っていないような気がする。その「見えていない差分」はどこに消えたか。

言うまでもなく、保健所が追跡調査を打ち切った影響が出ているんだろうけれども、(さんざん、絡んだけれども、これは辛坊氏が指摘していたと思うが、)これだけで把握率が一気に落ちた。感染経路不明者が増えている途中だった。クラスターの中心が職場などにシフトしているところだった。

ということは、実際には職場などで感染が広がっていても、若い人(40代も若いとみなして)が中心だと「具合が悪くなって、病院にかかり、それで感染が確認された」などというケースは激減するかも知れない。受診控えだの、PCR検査待ちなども「顕在化」の障害になってくるんだろう。

加えて、職場によっては感染者を「犯罪者」扱いして、出勤するなとか、口実をつけて解雇したりとか、そんなケースも出てくるんだろうか。そうなれば、ますます「受診控え」は増えてくる、気がする。
そのツケは、どこに回るんだろうか。

感染しても、無症状(実際には、肺や脳などの損傷などが起きていても、無自覚のままの場合もあるだろうけれど、)だったりすると、医者にかからず、周囲に感染を広げるケースも相当に増えてくるだろうと思う。なぜならば、保健所が追跡調査を打ち切ったから、これまで追跡調査で顕在化したケースも、今後はそっくり潜在化してくる。これの原因は、国が「検査」のための人材投入を決断しなかったから、だと思う。仕事がなくなった人が増えているんだから、簡単な研修をして雇い入れて、PCRも含めた検査能力を増強することなど、いくらだってできただろうに、と私は思うし、そう言えばもう、1年近く前から同じことをひたすら繰り返して書いているような気もした。(1年も自分の主張の間違いに気付いていないのかも知れないけど。)

「無(自覚)症状」のまま推移した人でも、例えば、20代の方が、実際には肉体年齢が40代くらいにまで肺機能などを低下させていても、激しい運動などをしなければ顕在化しない。感染してしまったツケは、今は「無(自覚)症状」でも、30年後くらいに「不自然な老化」という形で訪れるリスクはあるように感じる。そうして、潜在的な感染者(スプレッダー)が増えてきて、同時に、職場などでの「感染状況把握」の対応が遅れると、その家族の高齢の方などに、一気に具合が悪くなって亡くなったり、独居の方などが市中感染して、民生委員がご自宅を訪ねたら無反応で、警察・消防の立ち会いの元でこじ開けて自宅に入ったら死んでいた、とか、そうしたケースが増えてくる気がする。

基本的に、PCR検査を受けようと思っても、民間委託だと自己負担が大きすぎたり、保健所に申し出ても待たされたりするケースが多くて、「新規感染者」としてカウントされるケースが少なかったのが日本の場合だと思う。そこで保健所の追跡が打ち切られたら、「新規感染者は少なくなりましたね、良かった良かった」と言いながら、実際には把握されない感染者が、把握されないまま市中に増えてくることを意味すると思う。

国は、国の施策として感染者を把握することを諦めた。保健所業務がパンクしたから。ということは、どういうことか。自己責任でPCR検査を受けて、会社内の感染者を把握してください、自営業やらリタイヤした方の場合には、自己負担でPCR検査を受けてください、自分たちで検査をしなかったら、職場内でクラスターが発生していたとしても、一切フォローはしませんよ、ということになると思う。

確かに私は、「『正しく恐れて』経済を回せ」と書いてきた。けれども、それはやはり、検査体制が万全なら、という今の日本ではあり得ない前提に基づいていた気がする。この主張は、間違いだったかも知れない。

新型コロナは、集団免疫ができてからは、「普通の風邪」になるだろう、とも思う。だけど、それまでは高齢者や基礎疾患のある人にとっては、致死率の高い病気であって、今「風邪」扱いするのは危険すぎる気がする。100年前なら、全世界、病気による死亡は、今の低開発国並みに高いレベルで、どんな風邪も最初は致死率の高い病気だった。それが、何年も経ってようやっと「普通の風邪」になったのだと思う。急性症状が出ている時に、慢性化したあとの措置を主張するのは、愚策だと思う。結果、表面的には「新規感染者数」が減少を続けながら、病院にかかることなく亡くなってから新型コロナに感染していたことがわかるケース、しかも、基礎疾患があるなら、その基礎疾患を死因として新型コロナへの感染としてカウントされない(今の反動か?)ケースも出てきたりして、病床数の圧迫や、死者数の下げ止まりは続いているのに、「新規感染者数は減少しました」という数字だけが出てくるように感じる。

なぜ、そんな結果が想定される政策に転換したんだろうか。思い当たるのは、「新規感染者数」が減少したなら、国を挙げての巨大イベントを実施できるから。なんだろうか、という気がした。その目的のために、顕在化しない感染やその結果の死亡は受け入れろ、と。死ぬのが嫌なら、自分たち自身でPCR検査を受けて、安全を確保しろと。要するに、感染しないのは「自己責任」だよ、と、そういう社会を描いたんだろうか、という気がした。

計測屋としては、思う。現実に何が起きているかを把握するには、とにかく「観察(自己観察経過の行政による把握)」だとか「検査」とかしかない。その努力を放棄した、ということは、現実に何が起きようが、「当局は一切関知しません」的な宣言のように思える。

かくして、PCR検査件数が4割も減っている、そこには言及せずに、「こんなにも、新規感染者数が減りました」と、そちらばかりを主張して、どんな巨大イベントを強行するつもりなんだか。マスコミも「減りました、減りました」って、巨大イベントの片棒担ぎか。視聴率違いそうだもんなぁ。

なんだか、サバイバルの様相を呈してきた。都道府県とか、市区町村とか、自治体レベルで何をするかで、感染率や死者数の多い少ないが分かれてくるんじゃないかなぁ。地方の場合、観光業とかを犠牲にするか否か(大都市圏からの訪問を受け入れるかどうか)なんていうのも、問題になると思うし。PCR検査をするとか、しないとか、その部分の比率がとにかく大きい気がした。
「ただの風邪だから、気にすることはない」ってやって、集団免疫獲得までの死者を切り捨てるのも、確かに選択肢の一つだし、普段から「キレイキレイ」が大好きな人は、自分が大した免疫力を持っていないことも自覚すべきだろうと思うし。事の本質がどこにあるか、それを見極めるのも、個人の問題に帰結する、要するに自己責任の社会になるということかも知れない。

クーデター潰し

非暴力でクーデター政権に圧力をかける方法として、こんなのはどうかと思った。

ミャンマーの場合には、まだ国内産業基盤が未成熟で、海外からの援助も、技術導入も不可欠、という現状があると思う。スーチーさんの時、現地政府からの要請で臨床工学技士の卵を指導する、とかいうので、僕の教え子、一期生や二期生たちが何人か、ミャンマーに足を運んで、その後もFacebookでの交流を続けているけれども、公衆衛生、医療を始めとして、まだ海外からの支援が不可欠な分野が多い状況は、変わらないと思う。

特に、そんな状況の途上国で、どこの国でもありがちなのは、現地政府の要職の方に贈賄で取り込み、業務受注してビジネスを展開するようなケース、だろうと思う。どことは言わないけれど(パプアニューギニアではありませんが、)収賄できないなら公務員にはならない、くらいの意識の方がぞろぞろいる国もあるようで、青年海外協力隊員のカウンターパートは、現地政府の職員だったりするケースが多いから、ずいぶんと、色々な話は流れてくる。(僕の知識はもう、25年前。新しい隊員のOB・OGにご確認のほど。)

この贈収賄の現場、というのは、押さえるのがかなり難しいと思う。どこかの商社の人が、どこかの国に営業で足を運んで、その人を空港で見かけた(「空港」がそもそも、日本と違うし)としたって、それが正当な営業なのか、贈収賄絡みなのか、なんて、見分ける術はないと思うし。(あるのかも知れないけれど、私は知らない。)ただ、契約が成立した後、ビジネスが開始される部分については、何らかの形で海外(ミャンマーから見て海外)の企業の存在は、明らかになってくる。この段階で、そうした「企業」の名前を、世界に向けて発信することは、ミャンマー国内のネットが遮断されていても、それほど困難ではないと思う。

そうして、何よりも「反民主化の軍事クーデター」に反対する国の政府には、非難声明とか「援助の凍結」をしてもらうことが大事、だと思うけれども、その上で、ミャンマーがなけなしのインフラ維持のための金を動かすような、そのためのビジネスの(軍事政権からみての)パートナーの名前を表に出して、そうした海外企業に対して、その「海外企業」の母国で抗議活動を行ってもらう、という支援ができるのかも知れない。

例えば、ですけどね、日本の「丸友」なんていう国際商社があったとして、そこがクーデター政権に取り入ってビジネスを展開しようとしたなら、その「丸友」への抗議行動として、「丸友」の他の部署との取引も凍結するように、抗議の声を上げる。連鎖的に、「丸友」と取引している会社も調べ上げて、吊し上げる。どこまで実効性があるかは、何とも言えないけれども、国際的な「民主化運動支持」の(いわゆる、リベラルとか、左派なんて呼ばれている側の)抗議活動で、待ち構えていて、そこからさんざん槍玉に上げられることがわかっていた上で、動く企業がどれだけあるか、ということだろうか。今はもう、海外の会社だって、SNSなんかで世界中から非難が(下手すりゃ、相当数の「荒らし」もあるかも知れないけど、)集まるご時世。どこまで火中の栗を拾うか、だろうか。

どこまで実効性があるか。を、考える前に、なぜ、軍事クーデターを起こしてまで、自分が政府の中心にいたいと思う人がいるんだろうか、と考えた方が早いと思う。当然、甘い汁を吸えるから。
misappropriationだの、bribery caseだのという見出しは、新聞でも日常的に見かけるような国が少なくないと思うし、そこにつけ込んでビジネスを展開しようとする海外、かつては欧米であったり、日本であったり、新しいところでは中国、ロシアなどであったり、そうした海外勢力がとにかく多かった。もう、政権の中枢にいるだけで金がいくらでも転がり込んでくるような思いをした、そんな途上国の政治家は少なくないと思う。当然、ミャンマーでも、それはあったんじゃなかろうかと推測する。(スーチーさんがどうだったかは、知らない。たぶん、そういう下心ありの方々は、近寄れなかった気がするけれど。)

特に、今回のように「政権成立」のプロセスが反民主的である以上、そうした政府と取引すること自体を非難の対象にできる。通常ならば、「正当なビジネス」なのか「裏で金が動いた」のかを見極めない限り、関係する企業を責めることは難しいと思うけれども、今回は、取引しているだけで責めることができる、そういう「クーデター」という環境を作ってくれた。当然、責める環境は容易に整えられると思う。

当然、中国などは「クーデター政権」を支持する側に回るだろうな。というか、支持したいのが本音。もう、簡単に属国化できる絶好のチャンス。何か公式声明が出たかどうか、(ここんところ、忙殺されていて、そこまでニュースを見てない。数年ぶりに、「成績報告」の締め切り日を割り込みそうだし・・・いま、必死こいてレポートを読んでるけど。数日前までは、仕様書だの、他の人が書いた業務システムのプログラムのソースコードと格闘していて、さすがに・・・)中国がどう動こうとしているか、なんて、そんなもんに、首を突っ込んでる暇がない。
ロシアは、今「反民主化」のクーデター政権に首を突っ込んだら、火の粉が逆流すると思う。賢明なプーチンは、ミャンマーには肩入れしないと思う。問題は中国だ。「国際社会」が、どこまで中国による「クーデター政権支持」を牽制できるか。むしろ、ミャンマーの政府内部で、クーデター政権に反感を持っている方々から、水面下での中国の動きを、どこまでリークして世界に発信することができるか、なんだろうか。

教え子たち。臨床工学の一期生、二期生たちが、「ミャンマーの臨床工学に貢献する」って、結構入れ込んでいるみたいで、なんとなく、応援したいとは思う。「途上国に出かけて行って、自分のできることをしたい」なんて、誰の影響を受けたんだか・・・(なんてね。書いてみただけ。)

森元総理もそうだけれども、頭が時代に追いついていない方々は、平気でトランプみたいなことをやろうとする。いや、そのトランプがようやっとフェードアウトしてくれて、ほっとしているというのが本音。クーデター政権もなぁ・・・ミャンマー国内だけネットを遮断すればなんとかなる、という頭が、もう古い。

あとの問題は、世界中の「不特定多数」の方々が、どこまでミャンマーに関心を持つか、(香港もそうだったけれど、)案外、そうした時代になっていると思う。ネットは悪用する人も多くて、私もそうした悪用には頭が追いついていないけれど、だけど、いい方に活用するやり方も、相当にあるような気がする。海外からのバックアップが、何よりも効果的なのは、間違いない気がする。

コロナ・リテラシー

【イントロ】
(初級編)
Q1: 飛沫感染と空気感染の違いを説明してください。
Q2: エアロゾルと飛沫の違いを説明してください。
Q3: ウイルスと細菌の違いを説明してください。

(中級編)
Q1: 布マスク、ウレタンマスク、不織布マスクの孔の大きさ(概算値)を、それぞれ答えてください。
Q2: エアロゾル、飛沫、花粉、ハウスダストの平均的な粒子径を、それぞれ答えてください。
Q3: ウイルスが付着した場合、感染力が持続する期間を、金属、プラスチック、繊維のそれぞれについて答えてください。

(上級編)
Q1: 飛沫に含まれるウイルス量が、症状が進行する時期に応じてどの程度か、答えてください。
Q2: 感染を引き起こすとされるウイルス量がどの程度か、答えてください。

私に答えられるか?数字は頭に入っていません。論文のURLも控えていません。その都度ググって、記憶の残骸と照合して答えるのがやっと。また、設問によっては学者(専門家)によって唱える数字が大きく異なるものもあるので、元となる論文などを注意深く読み比べないとならないとは思うし、かなり幅のある答えも出てくるけれども、それでも、何も見ないでも、ある程度の議論は展開できる、とは思う。かなり「ざっくり」とした議論であることはお断りしておく。

【このページの目的】
やはり、日本感染症学会監修か何かで、「『正しく恐れる』ための、コロナ対策ガイドブック」的な本を、何としても出版して欲しい。さもないと、議論が迷走するし正しい内容が正しく伝わらない、と思えてならない。暴論を展開する方々が後を絶たない。その結果何が起きるか。「正しくない感染対策」で、感染が増える。多くの方々が「漠然と恐れ」て、経済活動が萎縮するか、「全く恐れない」で感染拡大し、医療に悪影響を及ぼすか、その両極端な事例が増えて、結果的に経済の低迷が長引く。その結果、若い方々に税金として償還する期待がかかる「国債残高」が、下手すると2倍に跳ね上がる。今を生きる私たちの経済のためにも、若い人たちの将来のためにも、どなたかに立ち上がって欲しい。

【このページを書こうと思ったきっかけ】

このページのこの記述

カズレーザーも感心 隙間がある不織布マスクは布やウレタンよりも効果劣る
https://news.yahoo.co.jp/articles/284862691f28c523aaba42a39b54edf2589523e7

番組の検証によると、鼻にフィットさせないで装着すると、布マスクやウレタンマスクよりも効果が下がることもわかった。

電気通信大学の石垣陽特任准教授は「何も考えずにポンと着けただけだと、着けている意味がほぼないと言ってもいいぐらいのことになる」と断言し、ワイヤーの部分を十分に曲げて鼻にフィットさせないと頬の部分に隙間ができ、飛沫が入り込んでくると説明した。

【誤解されないための、おことわり】

言うまでもなく、不織布マスクも正しく装着しなければ効果が相当に減ることは間違いない。別に、鼻出しマスク着用を擁護するつもりもなければ、正しくフィットさせないマスクの着用が、「一切効果を減少させない」などと主張するつもりもない。挙げ足を取られる前に、おことわりしておいた。

【マスクの種類と効果の違い】

私が、これまでの理解でまとめたのが、これ。

こうしたまとめ方をすることで、訳のわからない暴論を多少は抑えられるか、と思って、あえて表にしてみた。
言うまでもなく私見でまとめたもので、感染症学会のプロの視点で、より細かい注釈を付け加えながら整理し、さらに、それを、ド素人にもわかるように噛み砕いて記述して、本にしていただきたいと願ってやまない。(とにかく、もう、日本の経済がボロボロだし。)

【飛沫感染と空気感染の違い】

ここが分かりやすかった。

飛沫(ひまつ)感染と空気感染の違いって何だろう?
https://www.showa-u.ac.jp/albums/abm.php?d=755&f=abm00002848.pdf&n=%E8%96%AC%E3%81%A8%E5%AD%A6%E3%81%B6_2015%E5%B9%B4%E5%A4%8F%E5%8F%B7%E3%80%8C%E3%81%AA%E3%82%93%E3%81%A7%E3%81%A0%E3%82%8D%E3%81%86%EF%BC%9F%E3%80%8D%E3%81%AE%E8%A7%A3%E8%AA%AC.pdf

数μm以上の飛沫が、空気中を浮遊することはまずない。空気の持つ粘性によって「浮遊」するためには、相当に粒子の質量が下がらないとならない。水分が蒸発しない限り、粒子は浮遊しない。
つまり、「飛沫」が空気中を浮遊することはない。空気中を浮遊しているのは、エアロゾルである、と断言します。「定説」だと思います。

引用した部分の記述

隙間ができ、飛沫が入り込んでくる

まず第一に、飛沫は空気中を飛散せず、咳やクシャミによって数メートル飛散してどこかに付着する(富嶽のシミュレーション)か、あるいは、飲食しながらのお喋りなどで、直近の1メートル程度以内のところに座っている相手の料理などに付着するか、そのいずれかであって、空気中を浮遊することはない。つまり、「飛沫」が鼻や口から入ってくることは、マスクもフェイスシールドも、一切の防御なしで、目の前でクシャミされたみたいにストレートに入ってこない限り、まずあり得ない。そこが間違ってる。もしくは、言葉を正確に使っていない。

第二に、エアロゾルであるならば、そもそもが、不織布であっても、ほとんど「入り込んでくる」ことはブロックできない。

私が、不織布であってもエアロゾルに対して△をつけた理由は、水分を抜かれた粒子は帯電しやすく、不織布にトラップされやすいという論文を目にしたから。実験結果を含めて、論文に書かれている。(少し前に、引用した。)
布マスクは、粒子径を考えたら論外。ポリウレタンはマイナスに帯電しやすい。さて、不織布は、と考えて調べてみたら、素材はポリプロピレンが主流?帯電しやすい極性は、ポリウレタンと同じくマイナス側。だとしたら、極性の問題よりも、繊維の形状の問題かもしれない。いずれにせよ、「帯電効果」によってウイルスの除去効果があるという論文に基づいて、△をつけた。(表は、たたき台です。)

いずれにせよ、飛沫とエアロゾルを混同した引用元の(フジテレビ系の番組の)記述は論外だと思う。

【出る場合と入る場合の違い】

口から出てくる場合には、唾液、粘液などの水分を多く含んでいる。気道を通り抜ける際の乱流などで、粒子が粉砕されて、「飛沫」よりも細かい「エアロゾル」が同時に吐き出されている可能性も、少なくない、けれども、結果論から言えば、「出てくる場合」には「飛沫」が大きな問題となるようだ。だから、「感染者がマスクをしていた場合の、感染拡大抑止効果が大きい」というエビデンスは、積まれてきているように思う。
その理由(粒子径のバラツキ)で、飛沫の大きさも様々だから、隙間の大きいウレタンや布マスクは△にした。

入ってくる場合には、「飛沫」についてはある程度の効果が期待できる、とされているけれど、この効果が大きいのは医療現場などで日常的に感染者に接しているような方々であって、普通の人が日常生活で、(例えば、満員電車の中で、隣に立っている人が、いきなりマスクを外して、自分に向けて咳をしてきた、とか、そういう事例を除けば、)この飛沫を直接浴びる機会、と言うのは少ないと思える。要するに相手がマスクをしているそのマスクの効果と、同程度マスクの効果は、予防策として意味があるだろうな、という判断。
ただ、エアロゾルになってしまったら、もう、どうしようもない。入ってくるのを防御する場合では、粒子径を考えたら、どれもほぼ、スカスカだと思う。

番組の検証によると、鼻にフィットさせないで装着すると、布マスクやウレタンマスクよりも効果が下がることもわかった。

元々がスカスカなものより、効果が下がるなんてデータ、きちんとした実験なら一切出ていないと思う。

【おわりに】

そもそも、飛沫とエアロゾルの違いも理解せずに、マスクのつけ方がどうこうというのは、学者としてどうかと思う。専門外の話題だと言うのならば、黙るべきだ。
(私?臨床工学の国家試験対策では、電気工学、電子工学、情報工学、機械工学、物性工学、材料工学、生体計測装置学、医用治療機器学、医用機器安全管理学、体外循環装置学、呼吸療法装置学、血液浄化装置学、薬理学、生理学、生化学、解剖学、公衆衛生学、病理学、内科学、外科学、滅菌消毒学、集中治療医学、麻酔学、etc.一通り、学生から質問があるたびに、大元から調べて学習して、全教科「国家試験対策」なら、大学/専門学校で教えられるだけの自信を持って書いてます。何も見なくても授業はできる。勘違いを避けるために、常に教科書は見ているだけ。)

【ちょっと暴走】
キャンパスでの学科閉鎖の最後の年、専任教員は、私一人しかいなかった。私だけが残された。私一人で、学生の国家試験対策をやった。結果、10人がかりで国試対策をやっていた本部キャンパスと、私一人とで、国試の合格率は全く同じだった。(分子分母がうまい具合に、同じ比率になったのは偶然だろうな。全く同じ数字。実は、10%くらい、本部の10人がかりをぶっちぎりたかったけど・・・負けなかっただけ、良しとしよう。いや、本気で勉強してくれた千葉最後の学生たちが、自分たち自身のために本気で頑張ってくれただけだ、とは思うけれど。)こんな経験、普通の大学じゃできなかっただろうな。お陰様で、医者とだって医学の基礎知識で論戦できる程度に勉強させていただく機会をもらえたのは、何よりもあり難かった。感謝しかないのかもしれない。合掌(🙏)。その割には、准教授の推薦は全部却下されたし、年俸500万円も一円も増やしてもらえそうもなかったのは、理由がよくわからなかったけど。僕はただ、「ハイル・ヒットラー」が嫌いなだけ。
どーでもいいや。もう忘れる。暴走しました。すみません。

【おわりに(暴走から戻る)】

フジテレビは、なんなんだ?ウレタンマスクは、お洒落だから、若者に人気があって、ウレタンマスクだっていいよ、と言いたかったのか?そのために、どこかの若手の学者を引っ張り出したのか?私には若手学者をスケープゴートに使ったようにしか思えない。

もう、こういうのは、いい加減にやめて欲しい。訳のわからない、マスメディアに起因する「感染拡大」を止めるためにも、感染症学会には、「この紋所が目に入らぬか!」的な、「『正しく恐れる』ための、コロナ対策ガイドブック」的な本を、なんとしても出版して欲しい。とにかくプロにお願いしたい。

私程度の理解で整理した表だけれども、プロの視点で実際のデータを解析した上で、(原型を留めなくても構わないから、)ちゃんとした表で、どういう場合に何が効果があるのか、出版して欲しい。

訳のわからない議論が、湧き出してくる余地をなくして欲しい。
素人判断の都市伝説を潰して欲しい。

無論、いきなり「完璧」なものは無理だと思う。初版から第三版あたりにかけて、大幅に変わったって、「新型コロナ」が新しいものである以上は、仕方ないと思う。「この対策は不要だった、意味がなかった」というのは、改訂版で削ればいいし、「これが漏れていた」というのは追加したらいい。とにかく、出版して欲しい。

そうして、「都市伝説的な議論」を撲滅して、「誰もが実践できる効果的な対策」を広め、「正しく恐れて、経済活動を停滞させない」効果を持てるような、「『正しく恐れる』ための、コロナ対策ガイドブック」的な本を、なんとしても出版して欲しい。と、願ってやまない。

以上。

啓蒙活動

コロナ禍でも、ビジネス活動を維持するためには、もしかしたら最重要なのは「正しく恐れる」啓蒙活動かもしれない。

感染者の立ち寄り公表された店が徳島県提訴 「客足止まり、売り上げ減少」
https://mainichi.jp/articles/20210205/k00/00m/040/288000c

この記事、

訴状によると、2020年7月30日、感染した男性が本店を利用したと保健所から連絡があった。

感染した男性がこのラーメン店を利用した、として、どの程度の感染リスクがあったんだろうか。
例えば、東京なんかで時々見かけるような、カウンター席で隣の客との間や、厨房との間に透明な仕切りがある、ようなケースだとすると、一人で黙々と食していたとしたなら、飛沫による感染のリスクはかなり低い気がする。換気が十分だとか、食器を片付ける際にテーブルなどをアルコールで拭く、とか、していたなら、必ずしも、店名を公表する必要はなかったんじゃないか、という気がする。

友人などと訪れて、カウンター席でおしゃべりしながら飲食した、という場合は、どうなるだろうか。一緒に食事した友人などは、かなりリスクの高い「濃厚接触者」となるだろうけれど、少し離れたテーブル席で食事をしていた別の客などについては、気にしなくていい程度にリスクが低い気がする。

この部分、感染症の専門家の意見を聞かないと、厳密なところはわからないけれど、感染していた本人が「おしゃべりはせずに、黙々と食べた」ならば、ほとんど気にする必要がなかったように思えてならない。

こうやって、店名公表になる理由は、どういった状況で、どの程度感染リスクが高まるかについて、きちんと調べていない(感染事例を分析調査していない)から、闇雲に「同じ店にいた人は、全員濃厚接触者です。だから、この店にいた人は申し出てください。」と、店名公表が唯一の手段だと、行政側が考えているからに違いない。

そもそも、その行政側の発想に誤りがあると思う。
国がやるべき行動は、「感染リスクの高い状況と、リスクの低い状況」をきちんと分析調査して、それを広く国民に知らせたり、あるいは、都道府県の行政に、「こうした事例は、低リスクだ」と伝えたり、するべきだったと思う。

同時に、都道府県が「店名公表」したとして、その情報を受け取る側も、リスクの程度を見極めていない。

あえて次の表現を使わせてもらうが、「ネットに、お店の誹謗中傷を書き込む」などの行為は、ご自身の無知を広く世間に晒している行為だと、私は断じたい。「私は、理解力のないアホです」と、言っているのと同じ。
せいぜい、そうした感情的な拒否反応を示す程度のことしかできない。例えば私は、クラスターが発生したお店であっても、数日間の「営業停止」などを経た後なら、仮にアルコールによる除菌作業などを行わなかったとしても、店内に残ったウイルスにはもう感染力がない、と理解している。普通にその店で飲食しても、気にしないと思う。その「数日」が何日だったか、論文で読んだ訳ではなくて、そうした説明をされている感染症専門家の意見を読んだだけだけれども、これは、科学的な共通認識だと理解している。
つまり、数日経ったら、「あ、もう安心なんだ」と考えるのが正しい理解だと思う。それなのに、一度「クラスターが発生した」などと報道されると、もう、未来永劫に汚染されたものかのように受け止めて、中には「二度あの店に行かない」などと言い出す人も出てくる、つまり、誤認識がその店のビジネスを破壊している。しかも、ここはとにかく強調したい。行政がその姿勢を後押ししている。詳細なリスクを把握しようともしないし、不必要な危機意識を煽っている。「正しく恐れる」べきなのに、ただ単に「恐れている」だけだから、ビジネスが破壊されてくる。

GoToは、トラベルも、イートも、例えば「全てのお店の感染症対策が万全」ならば、実施したところで問題は極めて少ないと考える。ところが、実態として、感染症対策など特にとらず、飛沫が飛び交い、エアロゾルも充満するような状況のお店が少なからず存在していて、(政府は、きちんとそれらの対策を取ろうともせず、)それで、GoToだ、などとキャンペーンを実施した。GoToが感染を広めた、統計的なアプローチの論文は出されたようだ。
ただ、個別の対策さえ十分なら、感染は広がらなかったはずだと私は推測する。

スキー場が、今年はもう、絶望的らしい。ですけどね?スキー場なんて「食堂」だけ対策をきっちりしていたなら、相当に感染リスクは低いと思う。食堂で、「あそこのコブ斜面の先、絶景だよな」なんて、賑やかにカレーライスか何か食べながらおしゃべりする、これもスキーの醍醐味の一つだろうけれど、その部分は諦めて、例えば食堂は閉鎖して、屋外で弁当を食べてもらうとかに切り替えて、その部分だけ「犠牲」にしたら、スキー場全体は救えたんじゃないか、という気がした。他にも、そうした業界は相当に多いと思う。

そもそも、リスクの高いお店や、公共空間などを洗い出して対策していけば、「不要不急の外出は避けましょう」などという呼びかけも不要なはずだし、「みんな、基本的な対策をしっかり取った上で、今まで通りのビジネス/娯楽を展開しましょう」と、普通の経済活動を展開できるはず、だと私は考える。

この段落、理論的には可能だけれども、現実問題として極めて難しい話題。
例えば、高速道路の渋滞は、一切発生しなくなる、という話題。車間距離が短くなると、心理的に車間距離を広げたり、速度を落としたりして、それが連鎖的に起きると「渋滞」の状況になる。そうした心理を取っ払って、自動運転車などで、車間距離が1mであろうが、時速100kmを維持したまま走行させるように、自動車の速度や進行方向を制御できたなら、テレビで見かける「渋滞の光景」の全ての車が動いている形になり、一切渋滞は発生しなくなる。これは、確か、東大の先生が研究して論文にされていたと思う。自動運転車だけなら、スーパーの駐車場に停められた車が、その「車間距離」で、一斉に時速100kmで走行しているような光景を展開して、渋滞は起きなくなる、はずだと考える。
理論的には「安全に、一切渋滞を発生させない」ことが可能なのに、現実にはできない。ここには、人間の反射神経の問題もあると思うし、「心理的な壁」の問題もあると思う。

コロナ禍でも同じことが言えると思う。適切な対応をそれぞれが心がけたなら(この部分が、いわゆる「ニューノーマル/ニュースタンダード」なんだろうか、)「不要不急の外出を避けましょう」などという掛け声は必要なくなると思う。

ところが、現実には「コロナ出ていけ」とか、「あんたんとこの娘は看護師か。だったらしばらく出社しなくていい」とか、もう、どこの原始人だと言いたくなるような話題が巷に溢れている。ビジネスを阻害するどころか、医療従事者の生活さえ脅かす。
これはもう、啓蒙活動を徹底してもらうしかない、そんな気がするし、まずは政府に、無論時間はかかるし、人を雇い上げるなどの(雇用対策になるはずなんだが)財政手当も必要だと思うけれど、個別の「対策」の検証を、全業種にわたって徹底して、「ビジネスの全面再開/行動制限の撤廃」を目指すべきなんだと思う。

その方策は一切動かさず、「ワクチン摂取さえ行ったら、全てはうまくいく」的な発想にしがみついて、それまでは「不要不急の外出制限」って、それでは出口はないと思う。
行動制限プラス困窮者への一時金支給、って、その財源は全部国債でしょ?だって、税収の落ち込みなんて歴然としているんだから。
こういう発言は、あのモリの「専売特許」か?「そんなもん、国債を発行したら、何とでもなる」って、馬鹿言ってんじゃねぇよと思う。要するに、ツケを次の世代に押し付けてるだけじゃないか。いや、国債の発行しか財政手当ができないのは理解するが、せめて、「経済を動かす」ような使い方にして欲しい。感染症の専門家も、「この部分は、この程度の対策で、十分に感染リスクは下げられる」なんていうのを、結構発言されている。「政府に選ばれた専門家」以外の「現場の多くの専門家」の意見を聞く耳があるのか?

まずは、政府が具体的かつきめ細かい「対策」を実施し、その上で、徹底的に「啓蒙活動」を行って、「この部分だけ、このように気をつければ、それ以外は以前と同じように活動してもらって構いません」と、そうした「普通の経済活動を取り戻せる状況」に導いて欲しいと願う。

でもなぁ。これまでも、そして、これからも、こうした緻密なアプローチはやらないんだろうなぁ。自民党だもの。(あ、野党も一緒か・・・ってなったら、もう、政治には期待できない。民間期待・・・)
そうして、日本全体の1/3くらいの業界で、相当な数の倒産や失業者を出して(まだ序の口だと思う)、今のままだと(大企業なんかのプール金の放出が終わると)、非正規労働者も含めたら、実質的な失業率が楽に15%を超える水準にまで落ち込んで、国債発行額が桁違いになる、そんな気もする。(悲観的な、アンダーシュート的予測だけれど。)

人々の「正しい理解」が広がれば、状況は改善すると思う。ただ、この「啓蒙活動」が、具体策に政府に動いてもらう以上に、半端なく難しいとも思う。(だって、トランプ支持が過半数だった国があるくらいだから。)だけど、そこを放置したら、将来世代が抱える「負債」は、文字通り桁が違ってくると思う。コロナをトランプに置き換えて考えたなら、相当数の日本人が「根拠のないコロナ・エンガチョ」に振り回されて、経済を壊しにかかる気がする。

とにかく、政府に動いて欲しい。コロナ禍は、政府による人災だと思う。

診療報酬

ニュース配信を、かなりざっくりと斜め読んでいて、ふと気づいたことがある。
「コロナ患者を受け入れれば、受け入れたほど、病院経営が赤字になる」という部分。
「だから、コロナ患者の1名受け入れごとに、いくらいくら、政府からの補助が」というのは、臨時の措置としては、確かに必要だと思えるけれども、そもそも論として、「客が多いほど、経営が苦しい」っていうのは何か変じゃないか?と思えた。

で、気付くのは、感染対策しながらだと、患者一人当たりにかかる看護師人数が格段に多いらしい、ということだろうか。医師の人数もそうなんだろうけれど、もしこれらが原因だとすると、「看護師への報酬」が診療点数などに反映されていないのが、致命的な制度の欠点なんじゃなかろうか。

すみません、正確な知識はない。ざっくりとした理解なので、間違っていたら読み捨ててください。
診療点数などでは、病気ごと、症状などによって細かく規程があるけれども、看護については「実際に、その患者に何人が貼りついたか」などは無関係に、「こうした病気、症例なら、一日何点」という形で決まっているため、看護師への給与支払いが「固定」的に出ていく中で、「手間のかかる患者」を受け入れたなら、実働ばかりが増えて、患者への請求も、保険医療の枠の中での職域保険やら国民健康保険やらの保険団体への支払い請求も、頭打ちになるため、どうやっても赤字になる。

それならば、「看護」にかかる「実働」部分を制度に盛り込んだらいいのではないか、なんて簡単に考えてしまうと、いさゆる「制度の悪用」が問題になるんだろうか。結局、コンピュータシステムでもなんでも、制度とかシステムの(英語にするとどちらもsystemか?)設計は性悪説を前提にしないと成り立たないのが、残念な現実で、かけてもいない「看護」の手間を上乗せすれば、請求額の水増しが出来てしまう。
ただ、それを口実に「看護報酬」の上限を切ってしまって、そこから後は、制度側では知ったこっちゃないと、病院側で看護師の給料を安く抑えて、病院経営を回すのは、適当に病院側でやってくれと、なんだか、そうなっているような気がしてならない。(<– 要、数字に基づいた緻密な検証。ですけどね、あたしゃ、やりませんが。)

以前、専任教員だった時の臨床工学の2期生、大学に入学した1年生の時から私の側も知っている、最初の学年のA君。東京都の臨床工学技士会で、なんだか役職に就いて活躍しているらしく、時々Facebookのシェアなんかで、ニュースとか、学年を超えた同窓生のチャットなんかで、いろんな話題が流れてくる。
今、「臨床工学技士」の仕事に、「医療報酬」の点数化(加算?)をしてもらえないかと、(正確な表現ではない、とは思うけれども、)動いているらしい。

医療機器に首を突っ込んでいたザックリとした理解で言えば、麻酔器にしても、人工呼吸器にしても、人工心肺装置にしても、「機械」そのものの稼働については「点数」がつくものの、それをオペレートする技士などの「報酬」は、あくまでも「機械のおまけ」的な算出方法でしか出していないのだろうと思う。と、いうことは、単純に考えて、臨床工学技士を雇えば、(看護師などと同様に、)他の項目に転嫁できない限り、赤字が膨らむ、という構図になっているんだろうか。

極論をすれば、国が「助成金」を出せば、どんな小さな病院にだってECMO(エクモ:体外式膜型血液酸素化装置)を配備することは可能だろうと思う。だけど、誰が動かすの?っていう話なんだろうか。
そして、臨床工学技士を雇う場合でも、看護師を雇う場合でも、ただ単に人手が足りないというだけではなく、制度的に、人手がかかる診療行為にはその人手に見合った分の「点数」が加算されるように、制度自体を見直さない限り、今回のような騒ぎは、何度でも起きる、ということではないか、と思った。

そう考えると、例えば、野党とかに「実現可能な、保険制度改革案」なんてのを出してもらって、制度を改めるように動いてほしい、なんて思いつつ、ついつい思い出してしまう、あの絶望感。

他ならぬ、ポッポが総理大臣になった旧民主党。そもそも、選挙公約の時から「マジかよ」っていう感じはあったけれども、「日本全国、どれだけ走っても高速道路料金は一律千円」って、開いた口が塞がらなかった。壊れたら壊れっぱなしで修理しないなら、それでもいいんだろうが・・・どういうコスト感覚をしてるんだか。あれがなければ、もうちょっと「野党勢力」を信じる気にもなれたんだけれども。あるいは、もうちょっと前のめりに、野党支持になれたんだけれど。あれを思い出すと、期待する気がなくなる。

アメリカなんかの場合、病院内で「医長」と「看護師長」が、収入的にも制度的にも、ほぼ同格で診療行為を回しているらしい。ついでにいえば、医学系(Medical)と工学系(Engineering)もほぼ同格で、現代の医療に医療機器はなくてはならない存在、という前提で、責任も持たされているらしいけれども。

総論としての結論:医師だけに全ての権限、「診療報酬の基準」を設定するのではなく、チーム医療が動いている際に、それぞれのスタッフの行う「医療行為」についても、ある意味で「出来制」に近い形で、実際に多くの医療スタッフが貼りついたなら、それに見合った「診療報酬」が請求できるようにしていく必要があるんじゃなかろうか。保険点数の制度のバックアップがなければ、「チーム医療」もお題目だけになる。

言うまでもなく、コロナの場合には、感染した方も「運が悪い」としか言いようがないケースも少なくないと思う。暫定的に数年間は、国が医療現場に助成金を出す形で凌ぐしかないんだろうけれども、数年後には「がん保険」などと同様の「コロナ保険」などを「任意保険」として民間でも用意し、コロナに感染してしまったら「高額の医療報酬が請求される」という状況になってしまっても、「持続可能な医療制度」を考えるならば、やむを得ないような気がする。

助成金を出すのが政府の仕事だと、自民党も公明党も思っている節があるけれど、違うでしょう?と私は思う。そもそもが、医療もビジネスとして成立しなければ、貨幣経済の今の日本では「病院」という社会の歯車の一つが機能不全を起こす、その原因の一つが、浮かび上がっているのが、現在の「医療崩壊騒動」なんじゃなかろうか。

当然のことながら、こうした考え方は「国民皆保険」で、生活困窮者はどこまで「治療行為」を期待できるか、という議論にもつながると思う。(管総理が、国民皆保険に言及して、ネットでさんざん馬鹿にされていたけれども。)

1時になった。昼休みは終わり。以上。

あれこれ

以前働いていた日本コーリンの社長の席の後ろに、”Spend as you get!”という標語?が張り出されていた時期があった。

聞いた話では、役員会で「稼ぎのない部署には予算はつけない」的な発言をされて、その頃、アメリカに工場を作るなんていう話が進んでいて、社員の「英語教育」を兼ねて、なんだか、「稼げないなら使うな!」的に、これを貼り出したらしい。(でも、私には「稼いだら使え!」に読めた。)

それがいつの間にか、”One yen saved is one yen earned.”に書き換わっていた。こちらはわかりやすい。意味?読みゃわかるっしょ。で、聞いた話では、最初の標語を目にしたアメリカ人の弁護士の方が、社長の真意を確認して、書き直すように提案したらしい。なるほどなぁ、と勉強させていただいた。だって、元の標語は”Spend!”だもの。

話は変わるが、森元総理の発言で、相当にイラっとしたのは、五輪の予算が想定を遥かに上回ることになった時の委員長としての発言だろうか。「一兆や二兆で、ぎゃーぎゃー騒ぐんじゃない」的な発言。

そりゃぁね、政府は数十兆円(過去数年で百兆円?)を動かしている訳だから(ただ、国債絡みを除くと、5分の3位にはなりそうだが・・・)確かに、国家予算から見たら一兆円なんて数%なんだろうけれど、数円を積み上げたものが数万円であり、数万円を積み上げたものが数億円であり、それを積み上げての数兆円だから、細かいところに神経が行き渡らない典型のようにも思えたし、何よりも、誰が収めた金だと思ってんだ、とは感じた。そりゃぁね。他人の金を自由に動かせる立場なんだぞ、ってな頭なんだろうけれど、ああいう感覚の人を伝統的に平気で選ぶのが、自民党体質。この人の頭の中では、「収められた税金は、使っちゃえ!」だと思う。

その森元総理が、
森喜朗会長の3日の“女性蔑視”発言全文
https://www.sponichi.co.jp/sports/news/2021/02/04/kiji/20210204s00048000348000c.html

あたしゃ、女性よりも古狸のジジイの方が、はるかに厄介だと思う。

五輪の開催は、森の賭けだと思うし、その森の口はザルだ。
日本の恥。(以前は、早稲田の恥で済んでたと思うけど・・・)森を更迭できるのは、誰だ?

人権問題に絡んで、北京オリンピックのボイコットを呼びかける声があった。いっそのこと、森の発言を根拠に、東京五輪もボイコットの流れを作ってもらえたなら、日本人のコロナ感染者に医療資源を集中できて、余程日本人にはありがたい気がする。

話は飛ぶけれど、なぜ、ミャンマーの軍部はクーデターを起こしたのか。
理由の一つに、政府には「利権」が集中するから、ってことがあると思う。途上国の国家事業には、海外からのビジネス関係者が擦り寄ってくる。

マイケル・ソマレ首相だったか、ジュリアス・チャン首相の時だったか忘れたけれど、パプアニューギニアの首相が来日した際に、日本パプアニューギニア友好協会主催のパーティーが開催され、ニューギニア方面遺族会の田所会長に声をかけられて、松尾くんと二人で参加した。「会費一万円」と聞いて、ぶっとんだけど、僕らパプアニューギニアは大好きですからね、払って参加した。
ところが、だ。会費一万円のパーティーの癖して、居酒屋の500円の乾き物程度しか食べるものがなく、ビールも人数の半分程度のビンしか置かれていない。予算三千円で幹事をやったって、遥かにまともな飲食を用意できると思ったし、会場も大した設備のところじゃない、っていうか、ご近所の「公民館」的な設備の部屋だったと記憶している。あの「一万円の会費」は、どこに流れたんだ?
と思っていたら、首相のスピーチが終わって、「自由にご歓談ください」になった途端に、首相の前に名刺を持った方々が長蛇の列を作った。30人は並んでいたと記憶している。
なるほどね、と思った。日本政府がODAで資金援助する。無駄遣いされないように、JICAなんかもちゃんとやっている。ただ、ODAの出し方によっては、相手国政府に裁量権があったりするはずだから(表現は正確じゃないと思いますが、)その金を日本に還流させるために、日本企業がくらいつこうとしている訳だ。
そうして、有利に動こうと思ったら「袖の下」ってなる。途上国の政府関係者とか、その政治家個人個人の志の違いにもよると思うけれど、「普通にやって」りゃ、いくらだって金が流れ込んできて、こんな嬉しい商売はない、って感じだろうな。国民度外視。

真面目にやってたら、政治家も相当に大変な仕事、だと思うけれど、全世界共通で、甘い汁はいくらでも吸える。クーデターを起こしたって、世界の避難を浴びたって、モトは取れる、ってな感じは絶対にあると思った。
民主化への逆行を非難するなら、対北朝鮮と同じく、援助を全面停止したらいい、それだけの話だと思うけれど、おそらく日本政府は動かない。還流先にぶら下がってる日本企業が多いから、援助を止めたら、逆に日本企業が干上がる。そうした構図ができている気がする。五輪も似たようなもんなんだろう。

五輪の場合には、日本人のコロナ感染者が影響を受ける。医療資源が細くなって、(このページを読まれている方の中にも)亡くなられる方がいらっしゃるだろうな。大丈夫。肉体を抜けても、意識体としては数百億円、じゃなかった、数百億年は、「自分」という意識体として一貫していられるから。(根拠を、客観的に提示できないから、残念だけど、忘れて、この段落は読み飛ばして下さい。)

誰の発された言葉か忘れたけれども、地味な名言だと思ったのは「コロナでなくたって、人はいつか死ぬ」だろうか。この「死ぬ」っていう肉体側の部分に沿った表現を、「肉体から抜ける」という言い回しにしてもらえたなら、私には全く異存はございません。

そのコロナ。このページ

新型コロナの感染者数激減……メディアが伝えないその“理由” 辛坊治郎が解き明かす
https://news.yahoo.co.jp/articles/e59ea2b1f53c90769021b3f35230d481783b2794

ここんところ、この方の発言に難癖をつけてばっかりだった気がする。(たぶん、2回は書いてる。)
ただ、このページはの内容は、納得できた。的を得ていると思った。

単純に、調べてなけりゃ、増えようがないわな!(笑)
見た目で、「下げ止まった」レベルの水準が、東京都で一日何人か。それにも依るんだろうけれど、一定レベルの感染者はずっと出続けて、(水面下では、それ以上に広まっていて、)相変わらず「いい展開」がイメージできない。というよりも、「いい展開」をイメージできるような話題が全く出てこない。

公的機関とは、確かに私は書かなかった。ただ、どこでやるにせよPCR検査件数を増やすべきだとは、ぼちぼち1年以上同じ主張を繰り返している。「増やせなかった」あ、そうね。財務省が禁止したか。

(後略、眠い。途中だけれど終わる)

客観的歴史

なんだか、ドライブレコーダがなかった時代の、交差点での追突事故での言い争いみたいな話だ。
「私は、青で交差点に侵入した。」「いや違う、私の方が青だった。」事実を言いくるめられて負けた人、相当に多かったんだろうな。今だったらドライブレコーダで、相手が赤信号を無視して追突してきたなんて、すぐに証明できるようだけれども。

なんの話題かといえば、これ。

「慰安婦、性奴隷でなく売春」 ハーバード教授の論文が波紋…日本「意義が大きい」
https://japanese.joins.com/JArticle/275072

論争って言ったって、論争にもなり得ていない。当時の新聞記事から何から、山ほど証拠があるのにそれらが一切顧みられずに、主観的な主張だけをロビー活動で世界中に広められて、いつの間にか日本の言い分も、根拠となる史実も、かき消されている気がする。仕方ないのかな、とも思う。だって、トランプの言うことは皆正しいと信じている人が日本にも相当数いるらしいし、アメリカでも人口の半数近くがまだ染まっているんだろうか。「感情」に訴えて、共感さえ勝ち取ったなら、事実なんていくらでもひっくり返せるという実例なのかも知れない。戦友会の方々が、「嘘も百遍いえば本当になる」と、何度となくおっしゃっていた、それを痛感する。

日本にとって最悪なのは、韓国では「こういうことがあった」と、史実など無視して、相当に都合よく改変された「歴史」を学校で教えている、ということだろうか。お願いだから、根拠となる当時の史料を確認して欲しいと思う。日本人だって、日本側に非のあった証拠が残された「歴史」は、少なくともまともな歴史学者は、素直に認めていると思う。何よりも大切なのは「史料」(当時の新聞、日記、書籍、発掘物など)だと思うけれども、そんなものは無関係なのが、主には国内向けの士気高揚を意図した「歴史教育」だと思う。(本物を目にしても、捏造だと騒ぐに違いない。)韓国では対日独立闘争の当時からの流れを引き継いだ、1950年代以後の軍事政権が、現在の流れを作った。軍事政権なんて、なんでもあり、ですからね。制度的に民主化される前の教育を受けた方々が、自分たちの受けた教育を一切疑うことなく、一方的に「日本が歴史を歪曲している」と主張されている。
前のめりの姿勢から一歩下がって、客観的に史実を確認すれば、冒頭で引用したような論文が出てくる。史料の信憑性が検証されたものである限り、今は、トランプ信奉者のようになっている多くの方々、国連でそれぞれの国家の威信を賭けて議論を戦わせているような方々であって、客観的な事実確認よりも誰かの主張のみを拾い上げたような方々にも、何が事実だったのかについての、日本側の主張を受け入れてもらうことは十分に可能だと思う。
それだけ、客観的な歴史事実の確認が進めば、逆にこれまで「根拠を提示できない」感情的な主張をしていた方々は、重大な名誉毀損の行為者にもなるだろうと思う。例えば、下記の記事。

韓国歌手ハ・リス、「慰安婦売春」米国教授に「表現の自由に対して責任取るべき」
https://japanese.joins.com/JArticle/275110

この表現はすごいと思った。

そして「書いた論文が、酒を飲んで吐いた吐瀉物よりも臭くて、お腹が痛くて数日ぶりに行ったトイレで出した便の臭いより汚い」とし「他の人の心に汚く席を占めて、誤解と推測と、時には暴力を作り出し、憎しみを起こすだろう…悪魔のようなもの…」と続けた。

自分の信じていた「歴史」に根拠がなかった、と証明されたなら、むしろこの人の側が「表現の自由に対しての責任」を負うことになると思う。この表現は、根拠に基づく表現に対して、「韓国の歴史が教える内容」のみに基づいた、根拠のない感情的カタルシスに基づく誹謗中傷以外の何者でもないと、私は考える。暇がないからやらないけれども、日本側の(というか、そもそもが韓国側に残っている)史料は、潤沢だと理解している。

こうした「表現」をする方々は、むしろ被害者だと思う。もしここで、「国際的に中立な、名誉毀損に関する評定」を行うことのできる場があったとしたなら(そんなものは、存在していないと理解しているけれど、)どちらの主張が認められると私が考えているかは、明らか。
「敗訴」することになる方々は、「最初にそうした歴史教育を創造した方々」の犠牲者だと、私は思う。

日本のマスメディアでも少なくないけれども、自然科学なら科学的な根拠、歴史ならば史実を無視して、「自分はこう思う、こう習った」という主張を展開する方々が、あまりにも多い気がする。それはもう、(トランプの影響を見ていて痛切に感じたけれど、)仕方ないのかも知れないけれども、あまりにも、やるせない。

この韓国の歌手と全く同じ原因によって、但し、桁違いに大きな影響力を持って、世界に迷惑をかけているのが、習近平主席とか、王毅外相など、中国共産党の生え抜きの方々だと思える。文化大革命以後の中国の「歴史教科書」では、人民解放軍の偉業だの、欧米列強、日本などの悪行などが、どうやら羅列されているらしい。(という記事を確かに読んだけれども、それを盲信したら、私自身がネトウヨと同レベルになっちゃうから、不確実な噂程度の扱いしか、したくないんだが・・・でも、ありがちな話だとは、思いながら読んだ。)これは、由々しき事態だ。習近平は、世界史の事実を理解せずに、中国共産党の歴史教科書で学んだ歴史が絶対に正しいと信じて、あの国を動かしている。
記事を読んでいて、「本当か?」とも思ったけれども、もしこの記事が正しければ、習近平にしても王毅にしても、あれほどの人たちが、なぜあんな国家運営をするのか、クリアに合点がいった。韓国と同じ「悪いのはみんな諸外国です、日本ですぅ、私たちはこんなにもすごいんですぅ」的な思想が植え付けられている。確かに、そうした歴史教育の直接的な被害者は習近平、王毅だろうけれども、間接的な被害者は全世界だとも思う。

「『歴史』など、いくらでも自由に操作できる」、そうした時代もあったんだろうな。ただ、慰安婦問題も、中華人民共和国の成立も、潤沢な史料が国内外に多数残る「近世」での出来事ですからね。そうした歴史資料を確認することによってしか結論は出せないと、気づいた方だけは、交差点での交通事故にドライブレコーダの映像を提出するのと同様に、不毛な論争に終止符を打てるような気がする。

しかしながら、トランプ支持者のように、扇情的な言動に踊ってしまって、客観的な事実(史実)など意にも留めなくなってしまった方々は、相当数残るだろうし、今後考えるべきは、そうした方々の「洗脳を解く」ことではなく、(名誉毀損も含めて)実害が生じた場合のみ、個別対応で個別撃破すること、だけなのかも知れない。

寛容がないのは、いかんよう

いきなりのオヤジギャグ・・・

コロナで感染した女性が、「ご迷惑をおかけしてごめんなさい」みたいに、自殺したケースがあったらしい。
なんだかやるせない。コロナへの感染を職場に申し出たら、叱責された人もいたらしい。出社する前に、社員全員に謝れとか・・・
そういう職場だと、感染しても黙って出勤するしかなくなるんだろうな、と指摘されているみたいだけど、実際、給与に頼る生活だとそれしかない気がする。クラスターが発生したら、職場の管理職だけが悪い!

仕事の上のミスでも、似たようなマネージメントの話は聞いた記憶がある。ミスを叱責するような上司の下では、仕事のミスをしても言い出しにくくなって、数字をごまかす、黙って廃棄する、他人に押し付ける、どう転んでもろくな展開にはならないと、言われているけれど、自分の経験からも実際にそうだと思う。

明らかに、本人に過失があった場合、もし本人が気付いていないなら原因とか理由を伝える必要はあると思う。ただ、本人が気付いて反省しているなら、それ以上何かをいう必要はないような気がする。逆効果だし、痛めつけるだけ。
ここで、昔よく見聞きした「バイト・テロ」なんかの例を持ち出すと、話がややこしくなるんだけれども。指摘されても理解できない相手の場合、「寛容の精神」で接することができるのか・・・(なぜ、そうやって、話をややこしくする?)

もっと話をややこしくするなら、トランプはどうだったんだ?明らかに科学的に誤っていると指摘されても、フェイクだと主張して全く聞く耳を持たなかった。結果、(証明は簡単ではないけれど、)少なくとも数万人以上の死の原因を作った。トランプと、冒頭の「コロナに感染した女性」を一緒に論じるな?いや、一緒に論じているんじゃなく、対比しているんだと言いたい。「寛容の精神」で接すべき相手と、そうでない相手は、どこで線引きするの?感覚的にわかっている気もするんだが・・・

さらにエスカレートして、もっと話をややこしくするなら、「明らかに悪いことをしている」けれども、動機によっては、私なら容認したいと思うケース。例えば軍事クーデター。国民の命をないがしろにしている独裁政権を倒すために、軍部がクーデターを起こしたとして、一旦政権を取った後に、軍部自身が民主的なプロセスを経て政権を手放した、としたなら、僕自身の感覚では、容認したい。例えば、どこかの国。
逆に、独裁政権でもない、民主的な政治を行っている人に対して行った軍事クーデターなら、これは「寛容の精神」では接しきれない。
動機だとか、なんだとか、客観的に拾いきれないものを根拠に判断するとなると、これは「歴史」となるのを待つしかないんだろうか。トランプほどわかりやすいケースは、稀なんだろうか。
(なんの根拠もなしに書くなら、決めてはアレだな。ウイグル族、じゃなかった、カレン族を排除する行動を指揮したのが、軍部かどうか、だな、なんて思う。)

不作為による過失が明らかなのは、自民党・公明党の与党。「具体的な対策」を何一つ指示していない。例えば、仕事を失った人を雇って、交通機関などの手すりをアルコール消毒する対策を取る、とか、事務所での向かい合わせのデスクにアクリル板を設置するコストを政府で負担するとか(え?設置コストより、申請書を作る手間のコストの方が大きいってか?だったら、アクリル板を設置するように、一つでも多くの職場を回って「指導」する人を、失業者から雇う、とか、)何かそうした、直接的に効果がある施策を、何一つとして打ち出していない、金をばらまくことしか考えていない、(いや、それも間違っていない、逆に、税金の分配をするだけなのが政府で、国会決議を得た上で金を出す以上に、あれしろ、これしろ、と政府が指図するのは、そっちの方が誤りだと、それはそれで正しいかもしれないけど、)僕らは、与党に対してどこまで「寛容の精神」で接したらいいんだ?って、言いつつ、それでも自民党も公明党も、盤石の支持基盤があるんだよなぁ。
感染したら、「私が悪かったんです」と、自殺しろとでも?いやぁ、政治家にさえなっていたら、「自分が悪い」なんて一切考える必要がなかったのに・・・

感染拡大防止に、ただ単純に「できる」ことがあまりにも多いのに、「ビジネスを停止しろ」と、つまり「経済活動を止めろ」と、それしか言わない政府には、僕はほとんど「寛容」できない。ただ、他の大多数の日本国民が容認するなら、結果は日本人として受け入れるしかない、(ダジャレの延長のページの割には、書いてることがデカくなったなぁ。)

まとまってない。訳がわからない。やるせないけど、もはや「怒り」もない。こんなもんなんだろう。
ですけどね、あなたが感染したって、「自殺」だけは、する必要はないし、あなたを「自殺」するほど追い込んでいる相手だって、自分が感染したらガラッと態度を変える。その程度の「世間の圧力」だと認識するべきで、まずは、自分を許して、生きることを考えたらいいと、僕は思う。政府ですらまったく信頼できない国にうまれちゃったんだから、何を許し、何を許しちゃいけないのか、訳がわからなくなっても、(決して、「バイトテロ」を容認する気はないけれども、ある意味で見倣って、)自分だけは、とにかく「許される」と、つまり「生きていて全く構わない」と、考えるべきだと、僕は思う。

感染症対策

最近、バカらしくてコロナ関連の政治のニュースを見る気になれない。

基本的に、ワクチン摂取しか考えていないようで、そのワクチン接種すら、ようやっと接種事業の手順設定のシミュレーションを始めたようだけど。そもそもの発想がおかしい。

ワクチンというのは、ウイルスが体内に入っても発症しないようにするためのもの、だけれども、そもそも体内に入れないために、どうするか、マスク、三密回避、換気など、個人の努力を求めるものを喧伝するだけで、コロナ禍の下で経済を回す対策など何一つ出てこない。それならば、政府は要らない。

ワクチンは、言ってみれば「本土決戦」でしょ?「敵」が日本本土に上陸してしまった後、どうやって戦うか、っていう話で、それ以前に上陸させない、さらにそれ以前に「戦争」には至らせない、そちらの話題がカケラも出てこないのが、あまりにも情けない。もう、同じことの繰り返しだけれども、「感染対策」が万全ならば、飲食業も旅行業も、普通に営業できるような「指針」を出すべきで、本来的にはそれは政府の仕事だと思う。ただ、もう、政府がやる気がないみたいだから、民間レベルでコンソーシアムとか作って、デファクトスタンダードを作ってしまい、あとはそうした「民間団体」が、一般国民にアピールして、飲食業でも旅行業でも、事業継続ができるようにしていくだけ、のような気がする。

政府は、ちょっとでも「新規感染者数」が下火になったら、なんらの「感染対策指針」を出すこともなく、去年の夏のように「Go Toを再開します」とかやるんだろうな、と思う。そうして、また感染を再燃させて、再燃してきたら「営業自粛」にしたらいいと、その程度の認識なんだろうか。野生の猪だって、一度罠にかかりかけたら、二度目は罠にかからない程度に賢いけれど、政治家の頭は、それ以下じゃないかという気がする。

但し、今は時期が悪い。次に「感染者数が下火になった」時期を見計らって、(どうせ動かないとは思うけれども、一応は政府に、「次に感染者数が増えても、営業継続を認めるための対策の条件」を打診して、なんらの提示もないという、政府側の「不作為」を確認した上で、)民間主導で「経済と感染症対策の両立」を図るべきだと思う。そうしないと、飲食業だけではなく、リネン/おしぼり、酒屋などから、醸造業、農業、水産業にまで影響が及んでいるようだし。そうした「飲食業関連ビジネスのコンソーシアム」を立ち上げて、「自主的感染対策宣言」か何かを国民にアピールし、(ここが大事だけれど、)具体的な感染症対策をしている店舗にだけ、「対策済み」がわかるような、WEBページとか、ステッカーとか、登録番号とかの「自主的ルール」を定めて、「安全と安心」を徹底的にアピールして、ウイズコロナの、新しい「外食スタイル」の確立を模索すべきだと思う。

なんとなくだけれども、ピークアウトしたみたいなデータが見えていますね。私も、読みを外したか。いいことではあるけれど、ただ、なかなか、元の水準には戻らないんじゃないか、という気がする。若者次第だろうな。

話は変わるけれども、最近私は、坂道を転げ落ちているような状態でして。より厳密には、坂道を転げ落ちている雪だるまのような状態でして。つまり、ぶくぶくと、太り続けている。

身長は170cm(ピーク時から1cm縮んだ)で、体重は過去最高の85kgに迫る勢い。3年前には、一旦72kgまで落とした。それが、増え始めた頃は、「ヤバイ、75kgまで肥えた」とか、「え?78kg?」とか、その都度気にしていて、75kgも、78kgも、ヤバイ水準だったのが、いざ、ここまで来てしまうと、たまに82kg程度の数字が出ると、「お、落ちたぞ!」と若干喜んだりしている。
何が言いたいか。増えている途中の80kgと、落とそうとしている時の80kgとでは、指標としての意味が全然違ってくる。

そういう意味では、東京都の新規感染者数の600人とか、800人というのは、ほんの2ヶ月前は、相当に多い数字だったはずなのに、今は「こんなにも減った」になってる。違うよなぁ。80kgは、やっぱり「や〜い、デブ」の水準だと、その自覚が・・・。って、俺、何書いてるんだろ。

あ、そうそう。きっと政府は、「80kgまで落としたんだから、もう、ギトギトのラーメン解禁だ!」って感じで、Go Toを再開するとか言い出す気がする。他に、運動するとか、そっちもやった上でなけりゃ、結果が見えてる。けど、賭けてもいいな。「安全対策指針」なんて打ち出さずに、Go Toを再開する方に、千円。(ショボ・・・。すみません。)いや、自信はあるんだけど、手持ちが・・・

ちょっと考えてみる。なぜ、政府は「本土決戦」の前に、敵に上陸させないための、(国民に自粛を呼びかけるだけじゃない)具体的な指針を何一つ行動に移さないんだろうか。(山梨県は、行動に移した、と、私は推測していますが、調べた訳じゃないのでなんとも言えないけど。)

すぐにわかった。「責任を取りたくない」んだ。政府が「安全対策指針」を定めて、それに従った店に足を運んだのに、感染しちゃった。どうしてくれるんだ、と、責められるのが嫌だから、何も定めない。たぶん、そんなところじゃなかろうか。で、そうやって責任逃れをしているから、結局営業してもいい店舗と無対策の店舗を区別することもなく、「全面的な営業自粛だ、ロックダウンだ」っていう方針しか打ち出せない。その結果、飲食業はおろか、関連業界でも倒産だの自主廃業だのを余儀なくされる方々が量産される。違うかなぁ。違うんだったら、責任を取る覚悟で、何かを決めろ、と思う。ついでに言えば、野党自身もなにも「具体策」を打ち出せないなら、「具体策」を打ち出さない与党を責める資格はないと思う。

ちょっと考えたら、すぐにわかるだろうに。数千万人に、これからワクチンを接種するのか?だったら、免疫系に関連して、「ワクチン接種に起因する死亡事例」は、1桁か2桁かはわからいけれど、絶対に出てくると思う。「ワクチンっていうのは、そういうものですから」と、そうやって説明するしかないだろうな、と、私は思う。医学関係者も、それに近い「ワクチンっていうのは、そういうものだ」とおっしゃる方の方が多数派だと、私は推測する。万全じゃない。

だったら、わざわざ、何ていうんだろう、「満塁策」っていうか、ワクチン接種に持ち込む前に、「感染症対策っていうのは、そういうものですから」と、100%ではなくたって、予防効果は70%だって御の字で、経済と両立できるような具体策を、取ったっていいんじゃなかろうか。絶対に居るとは思う。「政府が、安全指針を打ち出し、その対策をしたと思われる店で飲食したら、感染しました。政府の安全指針が間違ってる!責任を取れ」なんていう主張。取ったらいいじゃんか。自分が責任を取るだけで、倒産を免れる主には飲食業、そしてその関連ビジネスの「営業」も「雇用」も相当に守られる。

今の数字を見ていて、1000人が300人に抑えられて、なおかつ、経済活動も普通に行えるなら、騒ぐ人に騒がれたって、押し通すだけの決断力すら、自民党にはないんだろうか。ってか、「理系」の内容はわかりません、っていう感じか?勘弁してほしい。そんなに与党・政府には人材がいないのか?

書きたいことは、書き尽くしたかなぁ。なんだかもう、話を聞いていても煮え切らないというか、中身がないというか、突っ込んでいても、「糠に釘」というか、感触がなすぎて、よくわからん。最後の最後に出切っていないというか、前立腺肥大、じゃなかった、残尿感が半端ない。これで終わり。(なんて言いつつ、最後のチョロチョロで、追補を書いたりなんかして・・・。)しねぇよ。あほくさ。

政治 vs 科学

予算が成立したらしい。「コロナ対策に何兆円」とか言っているんだけれども、「対策」と言えるような政策は何か含まれているんだろうか。

政府の言う「コロナ対策」は、「営業自粛」であり、「国民への自粛の呼びかけ」であって、何一つ具体的な「対策」と言えるようなものが、含まれていない気がする。具体性のない部分は、「予備費という使い道に制約のない」という言い方で「細かい話」は一切していない。具体策は、地方自治体丸投げなんじゃなかろうか。金さえ出せばそれでいい、確かに税金の使い道だから、出してくれなきゃどうしようもないのは確かだけれど、あまりにも具体性がなすぎて、突っ込みようもない。

議論をして、何らかの手段を得たいと思っても、まともに議論にならないケースが二つある。一つは、議長とかに発言を封じられてしまうケース。もう一つは、ちょっと何か突っ込むと一切の発言が出なくなって、中身のある話など何も出なくなってしまうケース。なんだか、「黙秘権を行使します」みたいな感じの会議。なんだか、あれ、「使途に制約のない金をいくら用意しました」だとか、「総合的、俯瞰的に判断し」だとか、「スピード感をもって」だとか、そんなのを聞くたびに「中身がピーマン(古いなぁ)」なんて思ってしまって、口だけ動かしていても、黙秘権行使と大差ないじゃないかとしか、思えない。国会議員が国会議事堂で黙秘権を行使している、そうとしか思えない。意味や具体性を伴わない「修辞」だけの羅列。

話が逸れるけれども、安倍元総理がよく使った「スピード感をもって取り組んでいます」って発言、「感」ってなんだよと、私は思う。昔のデパートの屋上で、100円入れると上下に動く木馬みたいな乗り物を、つい思い浮かべてしまう。あれも、幼稚園の頃だったら、体を揺すると相当にスピード感があったな、なんて思っちゃうもんだから、あの発言を聞くたびに思い浮かべていたのは、昔のデパートの屋上の「100円木馬」。体さえ揺すってりゃ「スピード感」はあるから、安上がりでいいねぇと。今時ならVRのゴーグルだろうか。「スピードを出して取り組みます」と、なぜ言わない?私が思うに、やる気がないから。だから「スピード感」なんだろうなぁ。突っ込んでて、力が抜ける。

話を戻す。ホテルなど、軽症者、無症状者を隔離するための施設に、パルスオキシメータを貸し出したら、という話題は、私は昨年の3月か4月くらいに書いた。大野知事が私のページなんかに目を通して下さったかどうかは知らないけれど、呼吸器系の専門家ならすぐに思いつく話題だろうと思う。そして、埼玉では手を打ってくれていたらしい。東京では、区によっては、ぼちぼち貸し出しの手続きに入っているらしい。何か、こういう「具体性」が欲しいんだけれどなぁ。

なぜ、こんなにも遅れたんだろうか。
東京では呼吸器系の専門家が、こうした意見を出さなかったから?そんなことはないんじゃないか、と思う。「偉い人の意見」として、意見が出てこなかったから。現場で治療に当たっているような人の、生の意見が都知事まで届いていない、ということの証拠じゃなかろうか。

そうして、会議で都知事と話ができるような偉い人でも、責任ある意見、お金を動かすような意見となると、強く言えない。結果、この違いが出たんじゃなかろうか。何よりも、こうした多くの会議で「初めに結論ありき」が少なくないと思う。今現在で言えば、始めに「五輪ありき」だろうな。

その類の典型が、原子力行政だと思う。いわく「原子力は安全」という言葉が必ず出てくる。東海村の臨界反応の事故を経ても、福島原発を経ても、相変わらず「原子力は安全です」という結論が出てくる。要するに、政治家は「自然科学系」の人間の言うことなど、最初から聞くつもりはない。自分たちはこうする、という絵が最初にあって、その絵にそぐわない話を口にする人は、会議への出席を認めない。それが顕著だったのが、日本学術会議の「任命拒否」事件じゃなかろうか。

例えば、公共施設/民間企業や施設での「アクリル板設置」とかに、いくら出す、なんて話には一切ならない。私は、相当に有効な「具体的なコロナ対策」だと思う。だけど、話題にも上らないんだなぁ。山梨県ではそれを、県庁職員が飲食店などを回って「徹底した」と推測できる記事を読んだ。もう、2回も引用して書いた。

そして、今日のニュースではこれ。

山梨県の新型コロナデータ
https://www3.nhk.or.jp/news/special/coronavirus/data/pref/yamanashi.html

今日はゼロ人。三日前もゼロ人。それなのに、マスコミでは話題にすら上っていない不思議。政府でも、話題にすら上らない。なぜなんだろうか。
マスコミが取り上げない理由は、なんとなくわかる。要するに「感染症対策として効果があるものを取り上げて、感染症を減らそう」なんていう番組を作っても、視聴率は取れない。それよりも、「こんなにも怖い、あんなにも怖い」と煽った方が、視聴者の反応がよく、番組制作の方針に合致するから、なんだろうか。

政府にしても、埼玉県庁にしても取り上げない理由がわからない。もしかしたら、「面倒臭い」からなんだろうか。飲食店を個別に回る、なんて、そんな面倒なこと、県庁職員が進言するとはとうてい思えない。でなけりゃ、専門家が言及しないから?
できない訳じゃない。日本全国、津津浦浦、禁煙指導ではローラーをかけてた。なぜならば、「五輪」で海外からの旅行者が多いなら、喫煙者を見かけただけで「日本は禁煙対策が遅れている」と非難されそうだったから。だから、保健所の職員を動員して、コロナ禍の中でも禁煙指導では、飲食店を回り続けた。コロナの感染症対策よりも、「五輪絡みの、海外からの視線」の方が大事。視聴率にしても、海外からの視線にしても、社会的な責任放棄だと思う。

ちょっと話題を変える。思えば、医学は「経験則」が9割以上の学問だと思う。実験的な要素もあるけれども、主には「観察」に基づいて、こういうことがありました、という「事実」を「統計的に検証」して、それを積み上げて「専門的な立場の見解」を形成していく。ところが、新型コロナに関して言えば、「コロナ禍以前の学術論文」など、あまりあてにならない。「論文」があれば、それに基づいて専門家会議などでも意見を言えると思うけれど、その「意見の根拠」となる論文がなければ、会議で何か発言をして、「何かあったら責任を取れない」から、結局黙ってしまう。「黙秘権を行使します。」(思うことはあるし、知ってもいるけど、何も言いません。)

言うまでもなく、山梨県庁がやったような「施策」は、学術論文になんか、なってないだろうな。だから、専門家は言及しない。調べようともしていないのかも知れない。そもそも、新型コロナに関して、海外で発表された論文数は、数万に届くのに、日本初は200とか、だったかな、何かそんな感じの数字を挙げた記事を読んだ記憶がある。この差はなんだ!日本の場合、大学病院の医師も、患者を診ながら研究をしているようなケースが圧倒的に多く、特に今大学病院など、目の前の患者に追われていて、研究などやってる余裕は皆無に近いんじゃないかと思える。(根底にあるのは、「学問」なんて、すぐに金にならないことをする暇があったら、患者を診ろ、学生を教えて、金を稼げ、的な。医学部だけじゃなく、私立大学なんかほとんどがそうだと思うけど。だからもう、日本からは「新しい学問的な発見」は、こんな急場だって出てこない。)
じゃぁ、海外から山梨県庁の取り組みみたいな「研究論文」が出るか、って言ったら、そんな対策をしている海外の行政機関がある、なんていうニュースはまるで見ない。「ロックダウン」でもって、日本以上に厳しい「外出規制」だから、経済を犠牲にしてでも、一気に押さえ込んで、その先には「コロナを克服した社会が待ってる」的な楽観が底流にある。
ということは、私なんか、あの山梨県庁の取り組みは、きちんと拾い上げて検証すれば、相当に強力な「経済活動を行いながら、コロナも押さえ込んでいく」実例になると思うんだけど、こりゃ、ダメだわと思った。評価されずに、消えるね。ただ、唯一誇っていいと思うのは、山梨県ではビジネスに制約を付けずに、感染者数も低く押さえ込んで、経済と医療の安全確保を成し遂げた実例となるだろう、ということで、他の都道府県が全く真似しないとしても、誰からも評価されなくても、山梨県民が経済活動も生活の安全も脅かされずに過ごすことが、何よりの「成果」であって、おそらく、山梨県民にとっては、それが一番じゃないか、と思う。それを真似しない国とか、他の都道府県が、愚かなだけ、だと僕は思う。それだけの話でいいんじゃないかな。と思った。

今になって、パルスオキシメータの貸し出しが始まった。私だけじゃなく、随分前からそうした「進言」はあったに違いないけれども、ずっと無視されてきていて、やっと取り上げられた。なぜか。死者が無視できない数になってきたから。それ以外の理由なんて、ないと思う。可能性のある対策を、どんどん取り入れる、なんていう発想は、現在の日本の政治には存在していない。

山梨県庁の取り組みが「脚光を浴びる」のは、多くの自治体で「営業自粛」による、特定の業界にターゲットを絞った「部分的ロックダウン」によって、補償金などでは補いきれずに、倒産する会社の数や、それによって「生活保護に陥る」労働者の数が、無視できなくなって、ようやっと、「多少は気にする」のに違いない。そういう犠牲が出るまでは、きちんと検証して、施策として取り込もうなんてことは、カケラも考えないに違いない。
政治家がそれをしない理由は、はっきりしている。専門家が言及しないから。専門家が言及しない理由も、はっきりしている。論文が存在しないから。私ももう、山梨県の話題を取り上げるのはやめる。ストレスが溜まるだけだ。もう後1年くらいして、今度は、あちこちの地方自治体が「生活保護」を支給するための財源で悲鳴を上げ、業界団体からも「営業自粛は、もう限界だ」と、政府に猛烈なアピールがあって、それでようやっと、重い腰をあげるに違いない。

「医学が経験則に基づく学問だ」という、緊急事態対応には、とても不利な背景があるにしても、「どれほど叩かれようが、思い切って声を上げる専門家」が乏しい、ということは、残念な気がする。それ以前に、日本の政治家は「専門家は、黙っていてくれた方が、政府の方針に沿った意見だけ言ってくれる専門家ばかりの方が、ありがたい」と考えているんじゃないか、という気がする。

日本の「政治 vs 科学」は、ある意味で消極的な形での「政治支配」構造のような気がする。トランプのような、露骨に自然科学を片っ端から「フェイクだ」と主張するような、積極的な形での「政治支配」でないことは、まだ多少ながら救いがあるにしても、やはり、結果は同じだという気がする。五十歩百歩。

日本の場合には、マスコミにいる「トランプ」が気になって仕方ない。

ちょっと前に、辛坊氏に突っ込んだけれども、あの人がまた何かマスメディアで発言していたらしい。

https://news.radiko.jp/article/station/LFR/50704/
『不織布マスク警察』が現る……しかし「不織布マスクは、周りは隙間だらけ」辛坊治郎が指摘

辛坊)コンピュータシミュレーションでみるとウレタン製のマスクに比べると劣ります。ところが不織布マスクは周りは隙間だらけです。むしろウレタンマスクの方がぴたっとつきます。コンピュータのシミュレーションが完全な形で装着したことを前提にしていますが不織布マスクは顔に完全に張りつきません。鼻のところにある針金を完全に鼻の形に折り曲げるのは難しいです。

この部分だけ見ると、一見正しそうに見える。ですけどね。

このページに、こんな記述があったな。

https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000017.000057645.html
布やウレタン、不織布に次ぐ <第3のマスク> Suriv|スリーヴ とは?

<ウレタンマスク>
メリット:通気性が高く、人との距離を十分に保つことができる場所で軽い運動も楽しめる。
デメリット:ウイルスや飛沫の遮断性が低く、人混みや通勤通学では心許ない。

要するに、ウレタンマスクはフィルタとしての「隙間」が大きいために、ウイルスを含んだ飛沫を遮断しきれない。つまり、密着していても、正面から飛沫が相当量漏れ出てくる、というのが、コンピュータシミュレーション結果の読み方だと思う。

前にも引用したページは、これだけど。フィルタの「隙間」の大きさは、ここからさらに派生的にググってもらえればすぐにわかる。

https://www.env.go.jp/air/osen/pm/info/cic/attach/briefing_h25-mat04.pdf
不織布マスクの性能と使用時の注意

もう一つ、重要なポイントを「観察」していない。咳とかくしゃみは、相当な秒速で口から正面に向けて噴出される。普通の呼吸の場合、「密着していない隙間」から出入りすることもある(メガネが曇る、曇らない、というのがわかりやすい事例だと思う、)けれど、大量にウイルスを飛散させるのは、咳とかくしゃみであり、普通の呼吸ではほとんど漏れでないと、私は理解している。咳やくしゃみの場合には、「気流」つまり、空気の流体としての運動エネルギーも大きくて、ほとんどが正面に向けて放出される。初速が違うから、周囲への流れ出しはほとんど起きない。(流体力学の専門家に確認してみてください。)つまり、不織布の場合には、正面に向けたウイルスを含んだ飛沫は、その「隙間」に引っかかってほとんどが捕捉されるのに対して、ウレタンの場合には、隙間が大きいために、かなりの部分が隙間をすり抜けて前に向けて放出される。コンピュータシミュレーションは、その結果を示していると思う。

正面に向けての運動エネルギーを考えたなら、周囲や鼻の上の針金に相当な隙間があっても、(すみませんねぇ、私の「勘ピュータ」で言えば、そこから漏れ出るウイルスを含んだ粒子は、5~10%未満なのに対し、ウレタンマスクでは密着していても数十パーセントが隙間から漏れ出る、ということになると思う。

こういう議論は、実際にシミュレーションしてもらった結果がないと、白黒はっきりつかないんだけれども。
極めて個人的に、私は、「もう、いい加減にしてくれ」と思う。日本のトランプで、「コロナ対策には、消毒薬を飲んだらいい」的な、ほとんど根拠を調べもせず、科学的な発想もせずに、言いたいことを「俺の言ってることは正しいんだ」と主張しているようにしか思えない。

アメリカでは、トランプがマスクなんて要らないって言ってるから、マスクをしないと言う人が、一体、何百万人いたんだろうか。そのうち、何万人が死んだんだろうか。日本で、辛坊さんがウレタンマスクだって付け方次第では不織布よりも安心だと言ってるから、ウレタンマスクをしてます、という人が、それで感染させたり、自分で感染したりしたとしたら、どうするんだろうか。
まぁ、御本家のトランプは、一切責任を取らないだろうし、アメリカで、トランプに対する「誤った発言を流布して、人々を死に至らしめた罪」なんてのが適用されて、裁かれることがあるのか、ないのか、わからんけど、日本のマスコミは、個人の人権を踏みにじっても一切「知らん顔」をするのがこれまでの通例(私自身の体験)だったし、マスメディアが「社会に対する責任」なんてものを考えて行動している、というのは、幻想に過ぎないというを示す実例が、辛坊氏かも知れない。
とりあえず、この件は「学術的」にも白黒はついていませんが、賭けてもいい。(もしかしたら、支払える規模の)1千万円くらいなら、賭けてもいいんだけれど、我が家の土地・建物にそれだけの値段がつくかわからないし、じゃぁ、1万円なら賭けてもいいとか言い出すと、(そもそもの、議論の中身も含めて、)あまりにもショボい話だから、もうこれで終わらせる。

責任感も覚悟もなく、言いたいことだけ言って、目立てばいいっていうのがトランプで、日本のマスメディアもまったくそれと一緒だと思う。「科学的なことはよくわかりませんけどね、」っていう前置きをするならば、少なくともマスメディアは、黙るべきだと思う。やってることは、トランプの「消毒薬を飲んだらいい」と、ほとんど同じだと私は思う。

話が相当に逸れたけど、伏線として扱うなら、そもそも、政府の「科学的な助言や、科学的な立場」に対する扱いも、辛坊氏と大差ない。「学者は、こんなことを言ってますけどね、なんかよくわからないけど、雰囲気でこんな気がするし、根拠はないけど、この程度のことをやっとけば大丈夫だろうし、それなら、予算も簡単につけられるし、あの業界、この業界にも一応の説明がつくから、一応、専門家の顔を立てた振りをして、(学者が口を滑らせて、「この程度でも効果はあると思いますが、」的に言ってしまって、言質を取られた、)学者の表現を引用して、こうしましょうよ」と、それが、政治が「科学」を利用するスタンスだ、という気がする。

僕はもう、諦めた。

「とにかく自粛」で、人の動きを止めて、営業活動を「自粛」させて、それで、目先の「新規感染者数」が少なくなったら、GoToだって再開しますよ、と。で、それで感染が再拡大したら、「感染が大きくなったから、また自粛しましょうね」と、経済活動を止める。その間に、ビジネスサイドではどんどんと体力を削がれて、失業者が増える。その間に「休業補償」でばら撒かれた「焼け石に水」の財源は、全部将来世代への借金だから、(でも、今時の若い人たちは、アベちゃんも、スガちゃんも、可愛いから、自民党支持!だったりするらしいから、それならそれで、スガ支持の責任を最後まで取ってくれたらいいだけで、あっしにゃ、関わりのねぇこって、ござんすけど、)確かに、将来世代の若い人たちがその財源だった借金を負担してくれたらいい、たったそれだけの話題なんだけれど、でもなぁ・・・。
でもなんか、根本的に間違っているとしか、私には思えない。

このページの表題って、なんでしたっけか?「政治 vs 科学」でしたっけ?書きたかった主題は、間違いなく「それ」だったんだけど、読み返す勇気があるかなぁ。ど〜でもいいや、終わる。たぶん、きちんと書けたかなぁ。

以上。

ウイズコロナ

休業ではなく、営業継続だ、と思う。

政府の方針を見ていると、「今の状況は一時的なもので、じきに『昔の日常』に戻れる」と、信じてるんだか、漠然と期待しているんだかわからないけれど、この状況が最低でも数年は続く、という「想定」すらしていないように思える。

私の考え。
ビジネスの形態に応じて、業界ごとに、コロナの感染防止対策の「ガイドライン」を制定し、その内容を(できれば、国に、と思ったけれど、無理そうなので)日本感染症学会などに検証してもらい、「このやり方なら、安全にビジネスを継続できる」という対策を「義務化」する、あるいは「認証基準」として統一的に、業界内で徹底させる。
業界ごとに制定した「ガイドライン」を、個別の事業者が遵守しているかは、第三者の検証を経て、きちんとした「認証」を出す。「認証」を受けた事業者の名称は、ネットなどに公開し、かつ、店の入り口に「コロナ対策認証済み」のマークを掲示できるようにする。ネットで見るか、店の入り口のマークで確認するか、いずれかで確認できれば、客は安心してその店で飲食したり、できる。

その上で、このルールを破って、認証を受けていないのに「認証済み」の看板を掲げたような場合には、罰則規定を適用するようにして、「対策」をとにかく徹底する。夜の接待を伴う飲食業も、ホテルなどの宿泊業も、ツアーを主宰する旅行業も、どれも同じ。きちんとした「対策」さえしているなら、クラスターを発生させず、感染者を出さずに営業を継続できるはずで、そうすれば経済も落ち込まない。それなのに、その「安全のための基準」を定めもせず、何の対策もないまま、いきなり「GoTo」なんて、自殺行為だと思った。「正しく恐れよ」と私は考えるけれど、「恐れていない」のは最悪だという気がした。

個人事業主はともかく、どんな零細ビジネスでも、一旦人を雇ったら、何千万円単位でお金を回さなければ、ビジネスは継続できないと思う。プログラマを一人雇おうと思ったら、それだけで最低でも一人当たり一千万円は売り上げを増やさないと無理だと、私は考えてます。業種が違っても、レベルは違っても、人を雇っているような規模のビジネスで、休業要請されて、毎月数十万円だけ支払ってもらえれば済む、なんていうビジネスは、まず、ないんじゃないか、という気がする。休業が続いたら、いずれは倒産する。

つまり、ビジネスは「営業」していてナンボであって、「休業」して継続できるような業種は、期間の差こそあれ、まずない、という認識が、政府には必要だと思う。「休業」させてもなんとかなる、なんていう発想は、サラリーマンとか、公務員の発想、もしくは、苦労せずに大組織を相続したボンボン(政治家のあのAとか)の発想で、どんなビジネスにもそぐわない、と、私は思う。(なんて、偉そうに書けるほど、まともにビジネスをしたことがない私ではありますが・・・。一応、単なる理屈ですけど。だから、事業経営者の共感を得られるかどうかわかりませんが。)

そのためには、「営業を継続するための、コロナ対策」を徹底的に見極めて、その「安全対策」を徹底的に実施した上で、とにかく、どの業界も業種も「営業を継続し続ける」ことができるようにしなければ、経済が回らない。(日本語が、くどいな・・・)それなのに、その「営業を継続するための、安全のガイドライン」を、感染症学会などの判断を経て見極めることもせず、それを徹底させることもせず、漫然とGoToキャンペーン。業界の認識も甘い。政府に泣きついてキャンペーンをやってもらえれば、ビジネスを再開できる。そんな認識だと、いくらでもクラスターを発生させ、その結果「顧客」も怯えて、旅行などのサービスを受けることを避けて、いずれは「外食」とか「観光」なんていう言葉すら死語になるかも知れない。

すべては「適当な対策をしていれば、コロナはいずれ収まるだろう、それまでは休業させて、適当な額の休業補償さえ出しておけば、しのげる」なんていう認識しか持っていない、政府の認識の甘さが根底にあると思う。

何かと「クラスター発生の震源」みたいに言われている、飲酒を伴う会食の現場にしたって、飛沫防止のアクリル板(私は、以前パーティションと書いたけれど、それだと誤解されたかも)を設置し、対策を徹底しただけで、感染者数が極端に少ない自治体だって、あるじゃない。

とにかく、「営業」を続けさせるべきだ。客だって「Stay Home」でじっとするのではなく、ライブの演奏を見に行ったり、飲食したり、したい。経済を回すべきなんだ。但し、大前提として、どのビジネスの現場も、感染症対策のプロの視点で見て、万全だと検証されたやり方で対策されていなければならないと思うし、その「認証」を受けていない、つまり、感染症対策が不完全なビジネスは、営業させないような、罰則を伴う規制も必要だと思う。それがあれば、安心感を持って、人は動けると思うし、数十万円の休業補償ではなく、もっと普通に稼げるようになる。

飲食店が休業したら、そこに「おしぼり」を提供している業者も、食材屋も、酒屋も、軒並み苦境に陥ると、何かのニュースで言っていた。さらにその先があるはず。農家も、漁業関係者も。さらにその先。もう、際限がない。それが経済だと思う。

休業補償を払い続ける、そのために、あと何兆円。頼むから、これ以上次の世代に借金を増やさないで欲しい。その金で、人を雇ったらいい。(これも、もう、何度も書いてるなぁ。)日本人だって、馬鹿じゃないんだから。「感染症対策のガイドライン」を教え込んで、現場で「認証」の作業を行えるようになるまで、数日の研修でも十分な「実施マニュアル」は作れるはずだと思う。急場の対策として、旅行業界とか、今直撃を受けて絶望的なくらいにビジネスが縮小している業界に、「補償金を支払う」とか、そんなんじゃない、歴とした「仕事」を発注して、新しいビジネスとして、経済を回すための「コロナ対策の徹底」の指導の仕事をしてもらう。

なんの具体的な「コロナ対策」も社会に導入せずに、「休業しろ、一時金は出す」と、相変わらず「金さえ出しときゃ、それで済む」的なお役所の発想は(あるいは、大企業の2世ボンボンの発想は)、経済を泥沼に引き摺り込むと思う。

と、書いては見たけれど、政府はおそらく「休業しろ、この程度の額なら休業補償の金を出す」的な動きしかしない、と思う。国会の議論を見ていて、無理だと思った。頭が固すぎるというか、事なかれ主義すぎる。

サバイバルしたいならば、業界ごとにとにかく「我々のビジネスの現場では、こうした対策をすれば、クラスターも発生させないし、お客様も安心して我々のサービスを楽しんでいただけます(旅館での宿泊、居酒屋での飲食、ブティックでのショッピング、ツアーの提供、などなど)」と、言い切れるだけの「認定基準」を、日本感染症学会などに協力してもらって「策定」し、政府ではなく、業界が主導で「我々が発行する、この認定証がある店舗(ホテル etc)なら、安心してご利用いただけます」と、PRすべきじゃないか?無論、「自己チェック」なんていう、東京都がやった手抜きの「認証」では、感染を拡大させるだけだと思う。もし、業界団体に、多少なりともプール金があるならば、勝負をかけて、「ゴースト・ショッパー」ならぬ「潜入認定調査員」などを雇って、業界団体加盟の店舗とかを調査したらいい、と思う。自粛している客層だって、みんな、出て歩きたい。お店で大騒ぎしながら飲食したい。我慢しているだけなんだから、「安心」さえできるなら、絶対にビジネスは回復すると思う。
とにかく、大切なことは、「ビジネスを継続しても大丈夫なだけの、対策を講じているか」だと思う。

できれば、お金を持っている方で、日本の経済を憂えているようなどなたか。「新型コロナ対策、認証機関」を、感染症学会とか、日本医師会などの協力も得た上で立ち上げて、ビジネスの現場をすべて網羅するような規模で「認証サービス」を展開して欲しい。管、二階に期待します?(それは、業界によるんか。お好きなように、だけど。)「あの団体の認証がある」なら、安心してサービスを受けられるねと、安心して飲食して、旅行して、温泉につかって、それが出来るような「対策の万全さ」を「検証」して「認証」するビジネスを立ち上げて欲しい気がする。それがなければ、あんな、「休業要請」+「わずかばかりの補償金」が、永続的に続いたら、この国はおかしくなるような気がする。誰かにやって欲しいなぁ。(個人的に、私は孫さんが好き❤)

なんてことを、ふと、考えたりしてみた。以上


追補:

未だに、テーブル席にはパーティション(アクリル板)なんて一切設置していない飲食店が山ほどあるでしょ?それだったら、素直に「休業要請」に応じて欲しい。営業しないで欲しいと思う。そういう店が休業しないなら、罰則を受けても構わないと思う。

ただ、対策している、していないにお構いなく罰則を適用しよう、ということなら、そこは、野党に頑張ってもらって、そうした「政府がやるべきことを、一切やっていないで、現場だけに責任を押し付けるような罰則」は、潰して欲しい、気がする。
追補は以上です。

メディアの無責任

辛坊治郎氏 コロナ感染拡大に「だからGoTo関係ないだろ!」
https://news.yahoo.co.jp/articles/8b14669219ba214b128acf84568033d07bdd590c

こういうのをテレビでやったんだろうか。あまりにも無責任だと思う。

そもそも、GoToキャンペーンが「不要不急の外出を避ける」の真逆だと、理解していないんだろうか。
「GoToがコロナの感染拡大に関係ない」、ということは、「不要不急の外出をしても、感染拡大に関係ない」という意味だと、理解できないんだろうか。

こういうのをテレビで流して、それを見た人が「テレビで言っているんだから本当だろう」と、旅行に出掛けても、「すべて自己責任だ」と言い切れるんだろうか。旅行に行ったその人が、直接的にその場で感染するというということを言っているのではない。無症状の感染者が、現地で別の若い人に感染させて、その人が無症状のままさらに別の人に感染させる。8月から9月にかけて、感染が「下げ止まり」していたのは、このGoToの影響だろうと推測する。感染収束が見込める季節であったのに、わざわざGoToで人を拡散させたから、下げ止まった。今年の夏のデータが出たら、仮説を立てて数値シミュレーションをし、さらに数年後には、実データを使ったかなり緻密なマクロシミュレーションも可能になるだろうと思う。今の段階では、こうした「定性的」な反論しかできないけれど、間違いなくGoToは感染拡大に貢献している。

現場で働く看護師の方が、「この状況下で、高齢者の方が観光バスから大勢降りてくるの見たり、政治家が大勢で会食したというニュースを聞いたりすると、やるせなくなって、涙が出て来る」ということをお話しされていた、そうしたニュースも流れていた。この「この高齢者の方が観光バスから」など、感染拡大に無関係だというのが辛坊氏の主張だと思うが、信じて旅行した方々が感染しただけで、医療機関にとっては大迷惑だと断じたいし、さらに感染しただけでなく、その人たちが亡くなったなら、旅行で感染して亡くなった方に、責任をとるつもりはあるんだろうか。

アメリカでは、トランプを信じて「コロナなんか、単なる風邪だ、マスクなんか不要だ」と主張していた方が数多く病院で亡くなられている。亡くなる直前まで、「こんなはずはない」と言っていた方もいたらしい。(面倒だから、記事は探さないけれど、間違いなく、かなりの医療関係者がそうした証言をされている。)辛坊氏は、トランプと同じことをしている。そして、責任を一切取らないのも、おそらくはトランプと同じ。マスコミもおそらくは同じ。一切責任など取らない。トランプが感染拡大の原因であったのと同様に、辛坊氏の存在それ自体も感染拡大の要因の一つだとまで、断じたい気がする。

さらに「いまだにGoTo関係あるって言ってる方いますけど。年末年始はGoToやってなかったですから。今、感染が広がってるのは間違いなく年末年始(の影響)なんです」と指摘し「だからGoTo関係ないだろ!って話ですよ」と声を荒らげた。

これだけテレビで断言し切る、ということは、証明できるということでしょうね。

言わせてもらおう。これだけデータが揃っているのに、GoToが関係ないなんて言ってるのは、辛坊氏や、それに便乗した今田氏も含む番組関係者だけじゃないか?(ケータイ大喜利は好きでしたけどね。)
医療関係者に対して、GoToは関係ないと、医学でも自然科学でも定番の「仮説検定」の手順を踏んで証明すべきだ。学術関係者が自然科学の手順を踏んでデータを読んで物を言っているのに、「俺はこう思う。」って、まるで論理になっていないことを平然とまくしたてる。まさしくトランプだ。読売テレビなどは、アメリカの会社だったら、最後までトランプは素晴らしい大統領だって、ヨイショしていたんだろうな。

あぁもう、直接辛坊氏に喧嘩を売りてぇ。私生活を晒された経験のある私ですからね。怖い物なしで、テレビの生放送だろうがなんだろうが、その場で喧嘩売って、番組をぶち壊そうが、全部アレの発言をぶった切りてぇ。

突っ込ませてもらう。年末年始の影響は、今週あたりまでにほぼ出尽くしている。これだけが原因だと言うのならば、年末年始を終わった今後はどんどんと収束していくはずだが、収束しないとしたなら、それをどう説明するつもりだろうか。感染していたら2週間ではっきりすると言われている新型コロナで、「年末年始」が終わったのに一向に収束しなかったなら、なぜなのか説明できるんだろうか。じゃない、説明すべきだ。もう3週間すぎている。来週、再来週には収束するか?今後の推移を「GoTo無関係、全部年末年始の影響」の論拠に基づいて説明しろよ。

さらに、12月に入ってからじわりじわりと感染が拡大しているが、これも年末年始の影響か?季節要因だけだと言うのか?ならばなぜ、8月9月に感染が収束しなかった?8月、9月にもっと低水準に抑えこめていたなら、当然、10月、11月に入っても基線が引き下げられた分、「感染爆発」には余裕のあるカーブになったはずだと私は考える。

感染の拡大/抑制には、様々な要因/原因があると思える。最低でも5つはある、と思う。

第一に、「これまで、接触したことのなかった人/普段接点のない人と接触する」こと。知らない土地で何か物に触れて、その土地の人が同じものに触れる、それも「接触」に相当すると思う。そもそも、「これまで会ったことのない人とは一切出会わない、その土地のもの(手すりも含めて)に何も触れないGoToトラベル」なんて、あり得るんだろうか。この第一の要因が「感染拡大の原因にならない」と主張するなら、まず、そうした研究成果なり「実証データ」を示してものを言うべきだ。もしくは、GoToトラベルで人が移動しても、そこで「無症状感染」が起きないことを、緻密に論理的に証明すべきだ。それができないなら、辛坊氏はトランプと同程度の頭だと断定したい。(あ、褒めてます。辛坊氏は、アメリカ合衆国の大統領並みに、頭がいい、と。決して、名誉毀損ではありません。)

第二に、「会話などで飛沫を飛ばす」こと。特に食事中、会食などで唾液の分泌が盛んな状態で会話し、もし誰かが感染していたなら、居合わせた人の感染確率はかなり高くなる。GoToEatは、まさしくこの「感染要因」には無頓着で、「経済効果」だけを追求したと思う。山梨県の取り組みの話は、もう何回か書いたので蒸し返さない。

第三に、季節要因。これは、ウイルスだから、気温、湿度、紫外線照射量などの影響を受けているはず、だし、論文を探せば証明は容易だと思う。

第四に、社会文化的な慣習の違い。日本では家の中で靴を脱ぐし、握手する習慣もない。ましては、人前でハグしてキスする習慣もない。東アジアでの感染拡大が低いのには、この辺の文化の違いが相当に大きいと思う。それも、感染要因となる社会慣習だし、加えて日本では冬場も、花粉症の季節も、マスク着用なんて当たり前の日常だった。

第五に、年代別のマクロな動線。持病のある高齢者の日常生活の動線。持病のない高齢者の動線。若い人の動線。
「働き盛り」の世代は案外「旅行」しないのに対して、高齢者や、社会人数年目以内くらい(まだシングルで、給料を貰い始めた世代)は、「旅行」を娯楽の上位に持ってくるケースが多い。根拠となるデータは、旅行会社に確認したらすぐに出てくると思う。GoToには、この(中間を除いた、上下二つの世代の)攪拌効果があるように感じる。それを象徴するのが、年末年始の「帰省」だったのではないかと思える。東京だけではなく、感染が「全国に拡大」したのは、こうした年代間の動線交差だと思う。
あえて言えば、高齢者福祉施設などでのクラスター発生にも、これに近いモデルがあるように感じる。福祉施設勤務は、必ずしも労働条件は良くない。働き手と施設利用者の平均年齢差は30歳を超えるんじゃなかろうか。

感染拡大とは無関係だけれども、日本の場合「感染者数」を分析する際に、注意深く扱わなければならない指標がある。あえてそれを第六の「要素」と呼ぶとしたら、PCR検査件数だろうと思う。付帯的に、PCR検査における、PCRのCR(Chain Reaction; 連鎖反応)の増幅率の設定だろうか。ただ、マクロにはこの増幅率に関係する「偽陽性」「偽陰性」の問題は、根拠なしに(データを読んでないし、増幅率のデータなどワンセットになっていないと思うから、直感に頼って)影響は10%以下、マクロには無視できると思う。
当たり前の話だけれど、2000件しか検査していなければ、2000を超える新規感染者が出るはずがない。つまり、10月くらいまでのGoToが始まってからの「感染者数の推移」は過小評価された数字だったと私には思える。(辛坊氏の反論を聞きたいですけどね。)そのPCR検査件数が低く抑えられたままの期間というのは、まさしくGoToが開始された時期だった。GoToでの感染拡大が始まったとしても、極めて表面化しにく状況だったと思える。とにかく、辛坊氏にはこの点についての反論も求めたいが。

さらに、「感染要因」ではないけれども、「感染拡大のフェーズ」というのが、間違いなくあると私は考える。火事で言えば、最初にチョロチョロと燃えている段階(仮に、第一フェーズとする)。次に、そのチョロチョロが、周囲に燃え広がって、数十センチ程度の炎があちこちで立ち上がっているような段階(これを第二フェーズとする)。そして、その炎が一気に数メートルの巨大な炎になって、もはや消火器では太刀打ちできないほどになっている段階(第三フェーズとする)。(すみません、火災関係については、詳しくないので、適当に表現してますが。)

GoToキャンペーンは、この第一段階だった時に、衣類に火が燃え移った人が、リビングで腰を下ろし、台所に行って飲み物を取り、寝室で横になり、よし仕事しようと書斎に行き、と、家中を歩き回るような効果をもたらしたと例えられると、私は考える。ここで、あちこちで第二段階になり、その衣類に火がついた人も、気付いて動くのをやめた。そして、間もなく第三フェーズにシフトした。当然この第三段階では、その「動き回った人」は動きを止めている。
この比喩で言うなら、辛坊氏は、「第三段階では、もうその人は動き回っていなかったんでしょ?だったら、その人が動き回ったっていうのは、火事が大きくなったのとは関係ないだろ」と主張しているのと同じだと、私は思う。時系列的な物事の推移を無視しているし、テレビ局もそうした主張を後押ししている。テレビ局が後押ししているから、今田氏も「そうだ、そうだ、もっと動き回っても平気だったんだ」と、そういう主張をしていると私は思う。こうした「物事の変化」というものを、まるで観察もできない人間に、テレビで物を言わせていて、テレビ局は、恥ずかしいと思わないんだろうか。

とにかく、辛坊氏には黙って欲しい。少なくとも、テレビなどで口を開かないで欲しいと願う。現場の方々の仕事を増やさないで欲しい。

ずいぶん前に、ネトウヨの記事にツッコミを入れたことがあったな。そんな感じで突っ込むとしたら、こんな感じだろうか。私自身、ちょっと暴走してみます。

 また、緊急事態宣言についても「個人的な予想」とした上で「春になって暖かくなって紫外線も強くなって気候も変わってきたら、ガッと下がっていくこともあるだろうと。たまたま緊急事態宣言をかけたタイミングと合ったら『緊急事態宣言のおかげ』だと言われるかもしれない」と解説。

 春になって暖かくなって紫外線も強くなって・・・ガッと下がっていくこともあるだろうと。

旅行したりして外を出歩いて感染した若者が、家の中で高齢者に感染させるプロセスに、紫外線はほとんど関係ない。波長が短い分、家の中には紫外線は届きにくい。つまり、家庭内感染に紫外線照射量はほとんど関係ない。過去のデータを見る限り、紫外線照射量と、コロナの感染抑制効果は、相関係数で0.3〜0.4程度しかないと思える。他に要因がなけりゃ、「ガッと下がったり」なんかしねぇよ。下がらなかったなら、自分の発言の根拠を、きちんと説明しなおせよ。5月になって何一つ説明できねぇなら、黙れ。

たまたま緊急事態宣言をかけたタイミングと合ったら

首都圏での緊急事態宣言なんて、もう出てるだろうが。なに、これから解除できるくらいに感染者数が下がって、また上がって、次に宣言が出るのが春先だと、そうとしか読めないけれど、そんなことが起きると思っているんだろうか。今出ている緊急事態宣言が、春先にようやっと解除できるかどうか、って、そういう事態になっているのに、何を言いたいんだ、このバ○。
「緊急事態宣言をかける」ってことは、緊急事態宣言ではない事態に一旦なって、それから春先前になって、また「かける」っていう意味にしか解釈できないでしょうが。日本語を使えるのか?この芸人は。

とりあえず、暴れたのは二つだけ。あと三つは表現と内容に突っ込んだ上で、(正当な根拠を伴った上で)「罵詈雑言」を浴びせられる気がする。(名誉毀損で訴えられたら、法廷で議論しなきゃならないからなぁ。学術的な根拠だけは、固めておかないと。無論、「バ○」とかは、余計だけれど。だから伏字。)

やめた。終わる。アホらしくなった。(この「アホ」は、私のことです。あんなのを相手にページを書いちまった。)

荷電除菌

下手な鉄砲を一発。

https://president.jp/articles/-/42256?page=1
マスク研究家が解説「布マスクでOKな場所、不織布にすべき場所」

この記事にあった、この場所

最後は、「飛沫よりも小さな粒子を不織布マスクの帯電フィルターに捕集できること」です。帯電加工された不織布フィルターは、静電気でマスクのフィルターを通る空気中の飛沫より小さな粒子も、すべてではありませんが、引き寄せて捕集することができます。

ふと、しばらく前の「マイナスイオンブーム」を思い出した。(今、どうなってんだろ。)

「マイナスイオン」どこがニセ科学か
http://ruby.kyoto-wu.ac.jp/konami/Contemporary/MinusIon.html

この記事のこの場所。

大手家電メーカーはどこに行ったか

2000年から2002年ごろにかけて,大手の家電メーカーはマイナスイオン発生を うたったエアコン,空気清浄機などの商品を次々に登場させた(日立はマイナスイオン発生パソコンまで出した)。その後 批判を浴びる形で 撤退していった。現在,彼らはマイナスイオン発生で使った技術を転用して 空気清浄や集塵,除菌に利用している。

「次亜塩素酸イオンを空気中に噴霧」は、ちょっと健康被害が出そうだし、何か警鐘を鳴らす記事もあったな。

ふと思ったのは、空気中のウイルスなどは、陰イオンに付着するんだろうか。もっと言えば、帯電している粒子には、付着しやすいんだろうか、という部分。

ちょっとググったら、これを見つけた。

パナソニック電工技報(Vol. 58 No. 2)
特集「美容・健康技術」
帯電微粒子水によるウイルス・細菌抑制効果
https://www.panasonic.com/jp/corporate/technology-design/ptj/pdf/582_11.pdf

荷電粒子水の噴霧って、気になるのは、ここか。

静電霧化装置によって生成される帯電微粒子水にはラジカル種としてスーパオキサイドラジカル,ヒドロキシラジカルや一酸化窒素ラジカルなどが含まれていることが検証されており,付着臭の脱臭効果やアレル物質の不活化効果は活性度の高いラジカル,およびイオンによるものと推測している9)。

次亜塩素酸イオンもそうだけれども、噴霧しているイオンそれ自体でウイルスを不活化しよう、もしくは破壊しようということだと、そのイオンの生体への影響が懸念される。

ただ、この小論文を読んで、もっと安全なイオンを噴霧しても、ウイルスとの結合は起こせるんじゃないかな?と思った。だとしたら、今度は部屋のどこかに、小型のパンデグラフを置いて、プラス側の電極で空気中のマイナスイオンを「集塵する」とか、できないかな?なんて思った。(誰かが触ったら危ないから、ネット状のカバーとか必要だろうけど。)

単なる思いつきです。うまくいくかどうかわからんけど、荷電させて集塵、なら、空気の滞留が起きやすい事務所や店舗などでも使えるんじゃないかな、と思った。

って、どこかの会社で作って、試して、ダメでした、なんてことになってるのかも知れないけど、一応、思いついたので書いてみた。以上。

クリーン・エネルギー

最近よく見かける議論に、電気自動車は本当にクリーンか、っていうのがある。

電気自動車を「充電する」その充電設備は、送電線で送られてきた電気を自動車に流し込むだけ。
で、その電気が火力発電所なんかで作られていたら、結局、トータルに見た二酸化炭素排出量は減らない。

昔(私の学生時代)は、送電ロスが結構大きいと記憶していたので、改めてググってみたら、今は5%台にまで減少しているらしい。すごい!今日まで、20%〜30%は、送電中にエネルギーが失われると記憶していた。

送配電ロス
https://www.tepco.co.jp/pg/electricity-supply/quality.html

ただなぁ、火力発電所での発電、っていうことになると、やはり大元の二酸化炭素排出量は問題になる。

ガソリンエンジンの場合はどうか。熱効率で、50%以上を達成したらしい。

https://www.jst.go.jp/seika/bt2019-04.html
乗用車用エンジンの熱効率50%超を達成

え、そうなんだ、逆に言えば50%もロスがあるの?っていう方もいらっしゃるかも。
電気モータでは、ロスは20%程度なんだろうか。

モータはなぜ省エネルギー性能が高いのか?
http://www.ei.u-tokai.ac.jp/kimura/kimura-lab/ev/motor.html

となると、問題はやはり発電のメカニズム、かも知れない。

以前、太陽光発電が「クリーンだ」という議論があった時に、「その太陽光発電施設を製造するのに、二酸化炭素を排出する」とかいうツッコミがあった。最初の太陽光発電施設は仕方ない、として、一旦太陽光発電施設が建設されて、太陽光発電で発電された電力で太陽光発電施設を作れるようになれれば、これは、かなりエネルギー効率がいいのかも知れない。

それを言ったら、原子力が最も二酸化炭素排出量が少ない、なんて話もあったなぁ。
加えて、原子力発電が最も発電コストが良い!と。資源エネルギー庁のこのページ。

原発のコストを考える
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/tokushu/nuclear/nuclearcost.html

では、その原発の廃棄物を処分するためのコストは、どうなっているんでしょうかね?
風力発電でも、太陽光発電でも、「廃棄物」は一切出ない。火力発電の場合には、二酸化炭素が排出されてこれが問題になっている。原発では、二酸化炭素は排出しないけれども、「低レベル廃棄物」から「高レベル廃棄物」まで、処理方法が確立されていないあらゆる種類の廃棄物が出される。

低レベル放射性廃棄物の処理・処分
https://www.fepc.or.jp/nuclear/haikibutsu/low_level/index.html

資源エネルギー庁の前述のページでは、原発は「設置面積が少なくて済む」と書かれていたけれども、この低レベル廃棄物の「埋設処分」の土地や、高レベル廃棄物の処分用地については触れられていない。しかも、それらの土地は、「廃棄物処理要地」としての「用途」が終わった後、他の用途に使えるんだろうかという問題がある。風力発電、太陽光発電は、広い土地が必要でも、施設を撤去したらそこに幼稚園を作ったって何の問題もないと思うけれども、原発の廃棄物処理で埋設した土地は、どうなんだろう。
大深度地下なら大丈夫?って、その大深度地下に廃棄物を埋めるのに、重機も使うだろうし、その施設建造は始まってすらいないから「コスト」として計上されていないだけ、じゃないんだろうか。

「クリーン」であるというのは、単に二酸化炭素を排出しないだけではなく、人に害がある物質を出さない、あるいは出したとしても適切に処分されることが確認されなければならないんじゃないの?と私は思う。原発がクリーンだ、と言う人は、二酸化炭素は問題にしても、高レベル放射性の廃棄物を除外している。エネルギーコストの算出でも、「廃棄物処理」まで含めたエネルギーコストは出してきていない。そこがおかしいと、私は思う。

内燃機関の自動車。確かに二酸化炭素は出し、大気中に放出されるけれど、今生きている私たちの世代では処分できないような「ゴミ」は出さない。風力発電や、太陽光発電などは言うまでもない。ところが、原子力だけは、「持続可能」なという視点で言えば、処分方法すらまだ見えてきていない「ゴミ」を出し続ける。「処分できていない」どころか、「処分方法すら固まっていない」。ズルいことに、処分せずに延々と蓄積しているだけだから、「持続可能」であるための「処理コスト」は、エネルギーコストの議論からゴッソリと、差し引いている。

先に引用した「原発のコストを考える」ページでは、廃棄物処理の土地面積の話も出てこなければ、廃棄物処理に今後どの程度コストがかかるのかも、一切触れていない。つい2ヶ月ほど前、我が家の前の道路にコンビニのオニギリの包装が入ったコンビニのレジ袋が捨てられていた。たぶん、自分の家の中以外は、ゴミ箱だと思ってるのか、迷惑な感じのゴミが落ちてたけど、捨てた本人の頭の中には、ゴミ処理まで含めて自分の責任、ってな意識がないんでしょうね。資源エネルギー庁も、まったくそれと同じだと思う。違うか。自分の家の中に、ゴミを全部ため込んで、いずれ「ゴミ屋敷化」させるつもりか?だから、「最終処分地」を今必死で探し求めているんでしょ?じぶんちの敷地にどこまでゴミを抱え込めるか、是非、限界に挑戦して欲しい、って困るのは日本人の次の世代の人たちか。あたしゃ、そこまで生きていないし、子孫もいないし、次に肉体を持つのはたぶん日本じゃないから、どうでもいいけど。

中国が電気自動車で躍進しそうだ。この流れは、止められないかも知れない。ビジネス的には「中国製の電気自動車」は、ニュースに流れている話題に嘘がなければ、自動車産業にとってはかなりの脅威かも知れない。
ただ、それが「クリーン」か?って言えば、違うと思う。発電プロセスでは、相変わらず火力が多い。

と言いつつ、案外日本は負けてるかも知れないけど。

中国の年間発電量の26%が自然エネルギーに
https://www.renewable-ei.org/activities/statistics/20180215.html

自然エネルギーの比率が2020年1-6月で23%に上昇、2030年度の目標に到達
https://www.renewable-ei.org/activities/column/REupdate/20200925.php

当然、「地球温暖化対策」の話題で言えば、中国は「電気自動車」を看板の一つに据えてくるだろうな。あたしゃ、技術屋ですから、技術が確かなら歓迎すべき動きだとは思う。そして、政治的にもそれを利用してくると思う。例えば、「日本に比べて、我が国ではこれほど電気自動車が普及している。」電子マネーの次は、ここかも。社会的な「基幹」部分で、負けが込んできそうだなぁ。

欧州の場合にも、「電気自動車」を看板に掲げる背景には、「自動車産業」の力関係があるのかも知れないし、「次世代の産業を、いかに優位に導くか」に、政治が動くのは、至極当然かも知れない。

そこに管さんが乗っかって、「電気自動車」にシフトしたもんだから、トヨタ自動車の社長が吠えた。

https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/money/282868
トヨタ社長 菅首相肝いりEV政策に反対「37兆円のコスト」

マクロにみて、トータルコストを議論しているページが、どうにも探せない。ということは、相当に研究の余地がある、ってことなんじゃなかろうか。
原油を採掘する産油国でのエネルギーコスト。その設備投資コスト。日本まで輸送するコスト。精製するコスト。自然エネルギーの場合には、発電設備を作り設置するまでのコスト。エネルギーを取り出す際の変換効率。電力の場合には送電ロス。原子力の場合には廃棄物の処理コスト。これらを、「設備投資分のコスト」と「運用コスト」に分けて、設備の耐用年数から設備投資のコストを按分して、比較する。加えて、その全てのプロセスでの二酸化炭素の排出量を算出して比較する。
トータルに、「何もなかった状態」から、エネルギーを取り出して、「何もなかった状態に戻す」ところまでをワンサイクルで考えて、まず、持続可能なもののみを残す(後の世代でも処分できない=今の世代が処分方法を思いつかないものは、残さない)。この、トータル的なコスト対比表がなければ、どのエネルギーが本当に「クリーン」なのか、なんて、わからないんじゃないのか、と思う。

こんな話もあった。

https://news.yahoo.co.jp/articles/d17c9d8a805f81faec793ef6f86dc10f1bc6aa0b
大豪雪で50時間立ち往生、「電気自動車」ならどうなった? 暖房は30時間が限界、凍死の危険も

案外、ハイブリッド車っていうのは「実用」上、停電にも強くて、かなり「クリーン」な移動手段じゃないか、っていう気がする。言うまでもなく、オール電化の家では、停電したら料理すらできない。

アンモニアを燃料とした燃料電池システムによる1kWの発電に成功 ~CO₂フリーのクリーンな燃料電池 低炭素社会の実現に寄与~
https://www.ihi.co.jp/ihi/all_news/2018/technology/1190443_1624.html

本当にクリーンなエネルギーは、探せばまだまだありそうな気がする。
政治家が、他国の政治的な思惑に気づかずに、他国の政策にいともたやすく取り込まれるのは、やめて欲しい、とも思うけれど。

いずれにせよ、あちこちの記事を読んでみて、あまりにもトータルな視点が欠落しているような気がしてならない。

おかえりなさい、アメリカ!

バイデンさんが、一気に10以上の大統領令に署名したとか。パリ協定に戻り、やっと国際社会に復帰したか。

おかえりなさい、だなぁ。でも、何か忘れていませんか?

対イランの経済制裁。あれはもう、イスラエルの機嫌取りで、根拠もなしに、というか、根拠をでっち上げて強引に経済制裁しただけだと、私は思う。いい迷惑だとも思う。

イラン革命当時のアメリカのやり方は、イランに限らず、好かれてはいなかったと思う。イランとアメリカ、イランとイスラエル、偶発的に今は敵対しているだけで、発端に遡れば本来的には十分修復可能な関係にあるはずなのに、と思うんだが、そうはいかないのが、「一旦振り上げた拳」なんだろうか。

「一部の独裁的な指導者」に的を絞っての「制裁」(一体、何に対する制裁なんだ?「俺の言うことに逆らったから、それ以前に、気に入らないから制裁だ!」ってか?そういう顔を露骨に見せたトランプ。話を戻して、)なら、まだわかるとしても、一般国民を苦しめるだけの「制裁」は、やるべきじゃない。少なくとも、今はそういう「人道的」な視点が重要視される時代だと思う。特に、対イランの経済制裁。

イランとの核合意にも、戻るべきじゃなかろうか。

いや、ハッキングに関して言えば、去年の1月に調べた時は、中国の他に、ロシアとイランが群を抜いて多かった。イランからは主にメールサーバへのアクセスが多かった。メールサーバはシステム侵入の突破口ですからね。根拠は全くないけれど、ロシアのグループと連携しているようにも感じたけれど、よくわからない。じゃぁ、イランが迷惑な国か?国がやっていたら確かにそうなんだが、イランに拠点があるだけで、イラン政府が関与しているとは限らない。面倒くさい。いずれにしても、イランからの不正アクセスも、中国、ロシアについで、うざったい。

ただ、それはそれ、対イランの経済制裁とは別の問題だとも思う。早期に、元に戻して欲しい気がする。

人道派のバイデンさんには、イランの一般人の生活にも、しっかり目配りして欲しい。

楽天的采配

東京都が4桁の新規感染者数を数える、その隣の山梨県が、今日は一桁。この違い。
何か、山梨県は「特別なことをしたんじゃないか」と、なぜ、考えないんだろうか。マスコミも、まったく触れない。誰も評価していないのかなぁ。

根拠のない予測を書く。東京都の4桁の「新規感染者数」は、どんなに楽観的に見ても、(瞬間的に3桁に振れることがあっても)4月下旬頃までは続くと思う。一方で、山梨県は、余程油断しない限り3桁に届くことなく、もしかしたら3月下旬から4月にかけて、何日かゼロ行進が続いたりするかも知れない。隣接している自治体で、なぜ、これほどの違いが出るのか(まだ出ていないけど)考えてみたり、真似してみたりする気はないんだろうか。

昨年の3月4月頃に、少なくない感染症の専門家が、コロナ禍は最低でも今後数年は続くと予測されていた。私もそう感じた。つまり、「感染源がそこかしこに存在していても、経済活動だけは持続させる」ような施策が何よりも大事だったと思うし、今後もそうだと思う。そのやり方は「正しく恐れる」という一言に尽きる。必要な対策を行なって、経済活動の制約を必要最小限度に留める。山梨県の場合、「指導に従わない」場合は、「指導に従っていないランクの飲食店だ」とランク分けするだけで、あとは、店を訪れる客の判断に任せているんじゃないかと推察する。人口あたりに換算して、とか、人口密度が違うとか、その辺の事情を勘案しても、この4桁と1桁の違いが出た、と、私は考える。色々と修正項を加えても、それでも10倍以上違っていると感じる。

政府の施策の、そしておそらくWHOも同じ「楽観的期待」に流されている気がするけれど、その考え方の最大の欠陥は、「ワクチンさえ広まれば、コロナ禍を押さえ込める」と信じている点だろうか。根拠は示さないけれど、ワクチン接種が、現実的に可能な上限で実施されたとしても、何もしなかった場合に100だった感染拡大を30〜40程度に押し下げる程度の効果しか持たない。(根拠がないなら何も書くな、ということなら、32年前に遡って盗聴・盗撮をやめて欲しかった。未だに、メンタル的には引きずってる。それに今はブログだ。嫌なら読むな。)話を戻して。
つまり、「ワクチンさえあれば、全てがうまくいく」という楽観的な期待だけに寄り添って、政策を決めている。きめ細かい、個別の「感染防止策指導」など、発想すらしていないんだろう。政府のやり方は、地道に働かずに宝くじを買うことばかりに終始しているように見えてならない。

ウィズコロナだという認識さえあったなら、「営業自粛」ではなく、「きちんと対策をしている店には、皆さん、安心して足を運びましょう」という流れを作り、経済への影響を最低限に抑えられたはずなのに、「ワクチンさえあれば」というアタマしかないから、地道な対策など何もしないで「営業自粛」とか罰則とか。いえね、私も「罰則規定が必要か」とは書いたけれど、ベクトル が違いすぎる。「きちんと対策をしている店」を増やそうともしないし、そもそもそれ以前に、誰が感染しているかを把握するためのPCR検査拡充すら重視しない。最悪の底が抜けた気がする。「コロナに打ち勝った証としてオリンピックを!」宝くじ目当ての希望的観測は、いい加減にやめて欲しい。

2月に入って、「家庭内感染」に次いで、職場などへのクラスターが目立つようになると思う。もし、ここでも「感染症対策が十分なオフィスでは、普通にビジネスを継続してください」という流れを作れずに、「ビジネス関係者も、オフィスへの出勤をやめて家に篭ってください」と主張を続けたなら、この国の経済を潰すつもりかと言いたい。それじゃぁ、あれか?飲食業に「夜8時以後は営業自粛してください。掟を破ったら、罰則!」みたいに、「夜8時以後も仕事を続けているオフィスは、罰則!」ってなるのか?さらに、日中も含めた「営業自粛」を、全ビジネスに徹底するのか?市中感染拡大ってのは、そういうことだと思うんだが。
感染の数字が収まるまで?とりあえず、夏の間だけは下火になるとして、5月頃まで経済活動を全面停止する気か?それも、毎年。

山梨の例は、飲食業という一番リスクの高いグループの一角に、対策を取った。無論、おそらく山梨でもオフィスなどでのクラスターが(特に、東京との間の人の移動に関連して)いくつか出るだろうと思うけれど、リスクの高い順に対策を取っていけば、相当に感染拡大を抑えられるという「実例」になれる可能性が大きいと思う。(油断さえしなければ・・・)ウィズコロナで、経済活動/社会生活を持続し続けようとしたら、営業継続のために、どうすべてのビジネスの場面で感染症対策を取るか、これしかないだろうと思う。政府の立場なら、「どう対策を取らせるか」そちらでしょうが。きめ細かさがない。大雑把に「営業自粛」って、それが下手すりゃ一年の半分以上が「経済活動停止」になるっていう「想定」もして欲しい。

「ワクチンさえあれば、コロナは消える。経済活動を全面停止させても、コロナがなくなったなら、元に戻せる。だから、細かい対策をするのではなく、とにかく経済活動停止だ」と考えているのなら、最低でも2年、長ければ10年くらいの「経済活動停止」になる、と私は思う。「具体的指導を何もしない」ならば、中途半端に「営業自粛」をしただけで「全面的な経済活動停止」ならば、間違いなく感染症拡大の数字は小さくできると思う。今、思い切って全面的な営業を停止させた方が、マクロに見て影響は抑えられると思うし、その間に「感染拡大の防止措置」をあちこちで取れるとも思う。

ただ、国にはもう、期待できないかさあ。せめて、県単位でできる施策をして欲しい気がする。これで、東京では一般のビジネスまで実質「出社禁止」になっているのに、飲食業ですら通常営業が可能な県が出てきて、それが数年続いたら、相当に地方の振興につながるとも思うし、せめて、何かこう、これ一つくらいポジティブな予測をしていると思いたい。対策さえ万全なら、案外、このコロナ禍で、移住者を増やす県なども出て来たりして。住民全員のPCR検査(唾液の収集か?)をやったのは、広島でしたっけ。

なんだか、コロナ関連で書けることは一つ残らず絞り出そう、みたいなテンションが一気に萎えた。別に「意識を向ける」だけの話だけど、その分仕事に意識が向かなければ、個人的には書き続けたって、デメリットの方が多すぎるし。萎えた。もう、何か意識が「降って」来ても、もう、何も書かないと思う。仕事第一。

頑張って、オリンピック、やってください。たまにはテレビでみると思います。
ただ、さすがに、無観客ならともかく、無選手の開催だと、何も見ないかも知れないけど。

「正しく恐れる」前に・・・

なんだか、報道にしても会話にしても、聞いていてなんだか変だな、と思うことが多い。
直近で話題になったのは、これかなぁ。

西村担当相「昼間も外出自粛を」 「ランチ、リスク低くない」
https://news.yahoo.co.jp/articles/c7aeeb277e1dd16a48594eea835262d732ff8863

COVID-19の感染は、飛沫感染がメインで、エアロゾル感染もある、と言われている。
飛沫といえば唾液。唾液は、食事の際に分泌が盛んにある。(サイト引用しませんが、確かな話。)
唾液の分泌が多いところに、おしゃべりして言葉を発すれば、飛沫が飛散する。だから「食事中の会話で、会話の相手と至近距離にいる」ことが、「万が一、参加者の誰かが感染していたら、そこからクラスターが発生する可能性が極めて高い」、原因だと、これはかなり客観的にシミュレーションからも、実際のデータからも証明できると思う。会食が指摘されている点には根拠がある、と思う。

学者の言うことは、紛らわしい。「Go Toのような移動そのもののリスクは少ない」と思うとは、私も書いたし、実際にそうだと思う。「ランチそのものには、リスクはない」これがおそらく正しい表現だと思う。

「ランチであっても、会食することのリスクは低くない」ここまで言えば、かなり正しい表現になる、と思う。
一人で黙々と食事をすることは、(もし周囲に客がいたとしても、一人もしくは、大人数でも黙々と食事をしているならば、)そうしたランチにはほとんどリスクがない、と思う。(これも、シミュレーションとか、実際のデータで証明できるんじゃないだろうか。)要するに、そういうランチなら、何の問題もないはずだし、飲食店側が営業自粛したり、客が外食を自粛したり、そうしたリスクはかなり低いと思える。

さらに言えば、夜の居酒屋であっても、客が皆、黙々と飲んでつまみをつついているような店ならば、営業したってなんの問題もないはず、だと思う。
ところが、こうした「正しく恐れる」以前に、飲食店への集中攻撃が起きているし、客もまた似たように、「外食を避けるのが大事」だと思い込んでいる。明らかに「正しい理解」が欠落している気がする。

たぶん、去年の3月頃に似たような話題を書いた。例えば、フェースシールドなどで、食事をしながら会話をしても飛沫が飛ばないような形状のフェースシールドなどが開発できれば、飲食店でもそれほどリスクが高くないんじゃないか、と。(面倒くさいので探しませんが、間違いなく、去年の3月±1ヶ月頃に、かなりそれに近い話題を書いてます。)今でも、そう思う。

もしくは、顔の高さ以上のパーティションを設置する。これだけでも、クラスター発生のリスクを、たぶんだけれども、7〜8割下げられると思う。四人がけの狭いテーブルがひしめいているような居酒屋。サラリーマンなんかで溢れて、トイレにいくのにも、すみません、すみませんと間をすり抜けながら通路に出るような店。ここで、大勢が飛沫を飛ばしながら「うちの課長がよ〜」なんて罵声が飛び交っていたら、これはもう、リスク100%だと思う。
それでも営業したいなら、どうするか。テーブルを若干間引く。客の入りが減るにしたって、営業できないよりはまし、だと僕は思う。普段なら4人掛けのテーブルに、V字型にパーティションを入れて、3人掛けにするか、対角線上にパーティションを入れて二人掛けにするとかして、かつ、室内の換気を徹底すれば、相当にクラスター発生のリスクを下げられる、と思う。けれど、そんな対策をしている飲食店がある、なんていう話は(特に、テーブル席だと)ほとんど聞かない。これは、たぶん飲食店側もコロナを舐めていたか、コロナ対策をサボっていたということじゃないか、と思う。だったら、仕方ない。対策不十分な店でクラスターが多く発生したなら、十把一絡げで一斉に「営業自粛」っていう騒ぎになって、文句言えないんじゃないか、とも思う。

ちょっと前に、こんなページを書いた。


(前略)と思っていたら、こんな記事に出くわした。

レストラン経営者の前で移住者が土下座 理不尽な怒りに直面する田舎暮らしのリスク
https://news.yahoo.co.jp/articles/b9d351554f9eb7005011e02d15ea9969ed6e19d0

こんな記述があった。

「『山梨県庁の感染症対策はふざけてやがる。感染症対策をするためにテーブルの上にパーティーションを置いたら、店の雰囲気が台無しだ。県庁のやつらはそれをわかっているのか』と。観光客が多い山梨県では、グリーン・ゾーン認証という独自の感染症対策を行っています。一定の基準をクリアしたお店には、証明書を出しているんです。彼は『自分の店は規準をクリアできない。県を訴えてやる』と言い出しました。

いや、これこそが僕が埼玉県でもやって欲しい感染症対策だと思った。


で、この二つのグラフを比べたら、効果は歴然。

山梨県の感染者数
https://www3.nhk.or.jp/news/special/coronavirus/data/pref/yamanashi.html

群馬県の感染者数
https://www3.nhk.or.jp/news/special/coronavirus/data/pref/gunma.html

なぜ、群馬県と比べる?理由は特にありませんが、「山がち」だということと、東京からの距離と、その二つの理由。毎日発表されるコロナ感染者数の数字を見ても、山梨だけは群を抜いて低い。と私は見ている。
飲食業にパーティションを設置するように指導をしている効果が、明らかに現れていると、かなりざっくりした議論だけれども、私はそう思う。
そもそも、これだけ全国的に感染者数が増えているのに、増えておかしくない県でそれほど増えていないところがあるならば、なぜ、その真似をしようと思わないんだろうか。メンツ?メンツにこだわって、住民の命を見捨てるんだろうか?

そうした「取れる対策」についての議論が全くないまま、飲食店の営業自粛だの、懲罰だの(いや、対策をしないことまで含めての懲罰は、必須だと思うけれども、対策をしているところとしていないところを、一律に営業するしないで議論するのは、明らかにおかしいし、経済を両立させるなんていう視点からは暴論だと思うんだが、)議論が出ているのは、やはり、政治家に「正しい理解」がない、からのような気がする。

今年の3月か4月、ネットの配信ニュースを読んでいたら、「ドアノブなどでウイルスが増殖します」なんて書いているページがあって、それが配信されていた。確か、それに突っ込んだページを書いた。断じて言います。ウイルスはドアノブでは増殖しません。僕は、そう書いた。

ただ、怖いのは、そう言って「ドアノブでは、ウイルスが増殖することがない」という議論が押し通せたとして(正しいとは思うけれど、)だからと言って「ドアノブは安全」ということには、ならない。自分で書いておきながら、しまった、とも思った。「ドアノブではウイルスが増殖しない」という正しい知識と、「感染者が触れたドアノブに触れれば、感染リスクが大きい」という、両方の正しい知識を持ってくれている方ならいいのだけれど、「ドアノブではウイルスは増殖しない」と聞いて、ドアノブの消毒を怠るようになった人がいたなら、私は「正しい議論」を押し通したつもりで、「誤った結果」を導いたことになる。

つまり、「正しい知識」が大切なことは言うまでもないにしても、「正しく受け取られる伝え方」をしないと、結果は誤りになる、ということだろうか。
こうした「誤謬」が、至る所で起きている。「正しく受け取られる伝え方」が出来ているマスメディアの報道は、かなり少ない気もする。

GoToに関する議論の迷走にも、この辺の問題がある。未だに「Go Toが無罪だ」と主張するマスメディアの方がいらっしゃるけれど、そもそも、新型コロナの対策に「正しく伝わらない場合であっても、効果が確実な方策」の一つとして、「移動しない、外出しない」があるとしたなら、明らかにGo Toは問題があったと思う。現実に、第一波を押さえ込んだのは、この「移動しない、外出しない」だったと私は推測する。(それすらも、根拠の提示は困難かも知れない。状況証拠と、かなり荒っぽいデータ解析でなら、9割方クロの根拠は提示できると思うけれど。)

重ねて言いたい。「移動しない、外出しない」必要はない、と思う。移動しても、「初めて会う人と、至近距離での長時間の会話を避ける」とか、「外出しても、マスクをし、施設の入り口などでのアルコール消毒を徹底し、用事が済んだらさっさと帰る」などを徹底していれば、「移動して、外出して」も、全然構わないと、私は思う。ただ、その「条件」が正しく伝わらない。「移動しても大丈夫、外出しても大丈夫」だという表現を使えば、「あ、じゃぁ、今まで通りの旅行ができるんだ」と、勝手に考える人が結構な人数いるし、そういう方がホテルで宴会とかしたら、もうアウト。そういうのは、政治家にもマスメディア関係者にも、間違いなくいると思う。
「正しく恐れる」以前に、「正しく理解する」部分が、相当に困難だと思えるし、何よりも、政治家も、マスメディアも「正しく伝えていない」というか、より踏み込んだ表現をするならば、「情報の受け手が、正しく理解できるような伝え方をしていない」ということがあると思う。

今日の時点で、気になってならないポイントは三つ。一つはこの「正しい理解が全く広まっていない」部分でした。

二つ目は、医療崩壊が叫ばれる医療体制。「医療崩壊」の定義をめぐる議論があるみたいだ。この話題は、(私の拙い自説を)書き始めると相当に長くなると思うけれど、全部端折るなら、議論がどうあれ、現実は一つだと思う。入院できないうちに、感染者が一気に重症化して亡くなっている、そうした報道が目立ち始めた現実。

昨年の3月前後だったと思う。入院待機者にはパルスオキシメータを配布すべきだと書いた記憶がある。そして、嬉しかったのは、埼玉県知事の大野さんが、埼玉県では、入院待機者には、去年の春からパルスオキシメータを配布しています、と、今朝テレビで話されていたことだろうか。東京都では、最近になってようやっと配布を始めたらしい。埼玉では、死者が目立つ前に対策してくれたことが、何よりも嬉しい。(ついでに言えば、特定の対策については、山梨の対策を取り入れて欲しかったけど。そうして、「埼玉では、飲食店の通常営業継続を認めています」と、主張できる状態にして欲しかった、けれど。)

話がそれる。肺での換気量低下が重症化に直結する原因の一つとして、動脈血中酸素濃度が、相当に低下しないと「自覚症状が現れにくい」という点もある、と思うし、だから、パルスオキシメータの配布は効果があるはずだ、と思うけれども、なんの根拠もなく感じることは、DICのような、多発生の全身での血栓形成が起きている、そんな記事を読んだような気もするし、気のせいかも知れないし・・・。
血栓形成に有効な、と言えば、静脈などを確保できているなら、ヘパリンの静注なんかに効果があるのだろうけれど、在宅だと難しい。血栓に効果があるとしたら、組織プラスミノーゲンアクチベータ、とか、アスピリン、ウロキナーゼ、などだっただろうか。このうち、アスピリンは、かなり容易に入手できて、在宅の患者に「定期的に服用する」ように指導しても、副作用などの危惧の少ない薬剤じゃないか、という気がする。専門家の意見を聞かないとわからないけれど、アスピリンなどを持たせて、服用させる、というのも、「自宅待機中に患者が死亡する」リスクを低減させる具体策の一つ、じゃなかろうか。
さらに話が逸れるなら、30年近く前、一人でアメリカに業務出張した際に、体調を崩したら現地の知人が「医者に処方されたアスピリンの残りを持ってるけれど、使うか?」と聞いてくれたことがある。ある意味で、それほど気楽に使える薬の一つだとも思う。

「正しく理解する」と言う意味では、もう一つ「問題」があったな。
「心の勉強会」の僕の師匠が、講演会でおっしゃってた。「認知症、っていう言葉があるけれど、あれ、おかしくない?認知できないことが問題なんだから、「不認知症」なら正しいと思うけれど、認知症だと、認知できることが問題の症状みたいに聞こえる。」なるほどなぁ、と思った。
その文脈で、「若い人には、無症状の人が多い」という、これは、表現が誤りだと思う。「自覚症状がない」と「症状がない」は、一致しないと思う。「若い人には、自覚無症状の人が多い」というのが正しい言い方だと思う。「自覚無症状」だと、「症状がない、と自覚している」の意味だし、「無自覚症状」だと「自覚症状がない」の意味だし、どちらが適切かはわからんし、私にはどっちでもいい気がするけれど、「無症状の人」という言葉がマスメディアで飛び交っている点についても、「相当に、おかしくないか?だって、症状がない人が、実際にどうなのか、ほとんど検査していないんでしょ?」と思えてならない。
マスコミ報道が「若い人には無症状の人が多い」ではなく、「若い人には自覚症状がない人が多い」と言い換えてくれるだけで、若い人たちの警戒感は、そこそこ変わってきて、行動変容にもつながる気がする。

って、なんの話題でしたっけ?
これ以上の議論は、医療制度や社会制度の話題でもあるから手に余る。やめる。

三つ目は、コロナ感染による「風評被害」だろうか。

感染者が自宅に自主隔離している、そうした家の前で、子供達が「こ〜ろ〜な」とか言って囃したり、とか、「コロナ、出て行け」の張り紙が家の前にあったり、なんていうニュースを聞いた。
だいたい、自宅に籠っていたら、周囲に感染させるリスク、なんて、ほぼゼロでしょうが。その人が出て行ったって、別の誰かが感染したら、またその人も追い出すの?で、自分が感染したら、出ていくの?なんだかな〜、って感じのニュース。

これって、アメリカの「白人至上主義者」の有色人種差別と同じような気がする。「自分は、肌の色が白い」というだけで「肌の色が白い人間は、色のついた人間より優れている」と思い込めるなら、なんの根拠もない優越感に浸れる。「そうか、俺は色が白い。ってことは、俺は優れた人間なんだ。」ってな優越感。言わせてもらえば、余程、他に自慢できることがない、劣った人間なんだろうな、なんて、特にトランプを見ていると思ったけれども、基本的に日本人にもそういう人が相当数いる、ってことなんだろうな、と感じた。

昔あった「エンガチョ」(若い人は知らないか・・・)
結構、ローカルルールがあったみたいだけれども、例えば、学校の「上履き」に給食のカレーがこぼれてついたら、ウンコみたいで汚いから、「エンガチョ」で、「エンガチョ」はいくらでも差別していい、見下していい、みたいな。「エンガチョ」は劣った人間だから、エンガチョに対しては、他になんの根拠もなく、自分は優れた人間だと思える、みたいな、そんな感じ。どこに根拠があるんだか、よくわからない「優越感」ごっこ。
こんなの、子供だけだと思ったら大きな間違いで、こうやって「コロナ出ていけ」って叫ぶ田舎のジジババだけではなく、大企業の会社の中にだってあるかも知れない、「他に、何一つ他人に誇ることを持っていない、と自覚する人たちが、唯一優越感を感じることのできる遊び」の一つ、のような気がする。
日本人、情けねぇ。

実害があると思うのは、そうやって「こ〜ろ〜な」と囃されたり、「コロナ出ていけ」の集中砲火を浴びたお宅が、いつの間にか「売家」になっていた、っていうニュースで、実際のところどうなのか、ネタかどうかもわからんけど、いかにも日本ではありそうな話。
こういう態度をとる人が多いとすると、コロナ感染の確認された方が「正しい行動」を取る障害になる、ような気がする。例えば、感染しても、黙って社会生活を続けざるを得ない、みたいな。そちらの方がどれほど社会にとって悪影響があるか、たぶん、理解できない人たちがこの「コロナ出ていけ」をやっているんだろうと思う。なんせ、「エンガチョ」以外に自尊心を満たす材料を持たない程度の方々だからなぁ。その人たち。

なんて、書いていて、訳がわからなくなった。終わる。

病院倒産

コロナ禍の今、最も倒産する団体の比率が多いと思われる「業界」に、飲食業、観光業の他に、病院も含まれるかも知れない。

「医者は騙しやすい人種」コロナ禍にヤクザに乗っ取られた病院の末路
https://president.jp/articles/-/40417?page=1

世間の「思い込み」というのは厄介だと思う。

僕は、バブルの頃は製造業にいて、そこから、青年海外協力隊、自営業、私立の大学教員と流れたけれども、ついに一度も年収が500万円を超えることがなかったな、と、人生を振り返っている。それなのに、「私立大学の先生って、ものすごい給料をもらっているんですよね」と決めつけてくるオバチャンが、妬みというかやっかみというか、寒気のするような視線で会話を振ってくるのに、鳥肌が立って身震いしたことがあった。(心の中身ってのは、目に全部現れてますよ、と言いたかったけど。)オバチャンには、何を言っても無駄、というのは、最近ようやっと悟ったけれども、決めつけだよなぁ、と思う。僕の年収の話題が嘘だと思うなら、源泉徴収票のコピーをネットに貼り付けますが・・・(悪趣味だ。やめとこ。)
おっと、非常勤を加えたら、500万は越えたことがあったかも。ただねぇ。振込先口座のカードを僕は持っていなかったから、実感したことないし、いずれにしたって、今のこのザマだから、もうどうでもいい。
という私の愚痴は脇にのけて、結構今、お医者さんとか医療従事者も大変かも知れない。過労死するほど働いているのに、ボーナスすら出ない。コロナを受け入れていない/受け入れ能力がない病院は、患者が来なくて、収入が激減して倒産寸前。もしかしたら、飲食業並みに厳しい経営環境にあるかも知れないし、飲食業に匹敵する勢いで、今後病院の倒産が顕在化してくるかも知れない。

引用したページの、「コロナ禍にヤクザに乗っ取られた病院の末路」を、若干記憶違いしていた。「ヤクザ」ではなく、「中国富裕層」と、明らかな記憶違いをしていた。

ただ、中国では「土地の所有権」がなく、日本では外国人の「土地購入」に何らの規制もないから、中国人が日本の土地を買い漁っているという記事は読んだ記憶がある。特に、水源地だとか、都心の一等地だとか、要所要所に中国の金が流れているような記事を読んだと、記憶している。(すみません、検索省略。)

その発想で言えば、日本の「病院」ってのは、結構な投資先かも知れない。日本人で「何かあったら、病院のお世話になれば、生永られる」と考える人は少なくないと思う。ってことは、経営方法次第では、衣食住を押さえるのと同程度に、「相当に堅い」投資対象になるような気がする。

管総理。これまでの医療関係の法改正なんかの関係で、いざ「民間病院」を動員しようと思っても、どうにもならない現状を突きつけられて、それで「国民皆保険制度の見直し」なんて口走ってしまって、ネットで散々に叩かれているけれど、「医療」と「経営」を両立させる、なんていう発想がこれまでなかったことが顕在化しただけ、なのかも知れない。
大学の経済学部なんかに、「医療経営学部」があってもおかしくない、とは思っていたけれど、これなんかも、「人工呼吸器」を「全自動化」して、自宅で誰もが人工呼吸器を使える、なんていう話題と同じで、原理は単純ですぐに出来たとしても、社会システムの一部として成立させるには、相当に時間がかかるんだろうな、なんて思った。(直前に、二つほどページを書いたけれど、気管挿管しないと強制換気は難しいかも、なんて話題を思い出して、無責任にあれこれ書ける立場だから気軽ではあるんだけれど、細かいところではちょっと訂正が必要かも、とも思った。ただ、プロが読んだら問題点の指摘はすぐに出るだろうから、「全自動人工呼吸器」にチャレンジするのは無理という結論、でもいいのかな。私がバカを書いただけ。)

最近、思う。あたしゃ、もう、持ち家も事務所も要らない。税負担を軽くして、生活保護か何かで、安い借家に住むか、自炊しながら、本を読んだり、ネットの記事を読んだり感想を書いたり、ご近所の広場の草むしりをしたり、そんな感じで、いいかなと思う。
で、案外みんながそんな感じになれれば、やれ、中国が日本を乗っ取るとか、神経質になることもなくて、平和でいいんじゃないかな、病院の倒産が相次いだって、(肉体を離れたって、意識体としては次があるのは間違いないから、)ただ「肉体の死」を受け入れたらいいだけじゃないのかな、なんて思ったりもしている。

なんとなく、菅総理が気の毒になって、ちょっと思いついたことを書いてみた。でも、案外、人生を諦めたら気楽になるかも。

いや、もう、最近どーにもならない話が多すぎて。以上。


ちょっとだけ、読み返して思った。ひでぇページだな。

こういう時、いつも悪い意味で親父のことを思い出す。「まったくオメェはダメなんだから」という親父の口癖。教育熱心、だったんだろうな。でも、もう物心ついたころからのこの言葉が、何かあるとリフレインされる。親父が死んだ後、随分と楽になっていた、つもりでいたんだけれども。

僕自身にとって、何かを書くっていうのは、吐き出すことで心を軽くするような手段でもあって、確かにブログという形を取っているけれど、自分流のリハビリの一部みたいな要素もある、気がしている。読まれた方、ひでぇ内容だなと思われたなら、さっさと忘れてください。お願いします。

僕自身は、このページは無視して、多少気分がスッキリしたら、明日からはまた、仕事に没頭しようかと思う。ただ、それだけ。

旧薬事法

30年近く前、医学研究用の信号処理アプリを書いていて、取扱説明書に「診断」という言葉を使ったときに、カスタマーエンジニアの方に指摘を受けた。薬事法で、「診断」とか「診察」とか医療行為の決定権を思わせる表現は使えない、らしい。決定権があるのは医師のみ。細かいところは覚えていないけれども。

一つ前のページ、人工呼吸器の自動化は、技術的にはそんなに難しくないはず、という話題を書いたけれども、おそらく、とっくの昔に技術的にはそれが可能になっていたのではないかと思う。ただ、あくまでも人工呼吸器を操作する、あるいは、操作の指示(呼吸流量、酸素濃度などの設定指示)を行えるのは医師のみで、臨床工学技士も医師の指示で操作するだけだったように記憶している。法改正とかあったのか、確認はしていません。古い知識ですみません。旧薬事法が改定された時期、非常勤その他合わせて週15コマ近く拘束されていて、世間のニュースなどに首を突っ込む暇はなかった。

実際に、自動化は難しい。学内の実習で、学生に自分の胸に心電図の電極をつけさせて、不整脈解析のアルゴリズムを走らせたら、3分の2近くの学生に「異常」が出た。中には「心筋梗塞の疑い」なんてのもあった。だって、電極の装着位置が、肋骨1本分ずれていたり、脇の下の「真下」が背中の方にあったり、(さすがに、乳首が背中にある人はいなかったけど・・・)もう、電極の付け方を間違えたらどうなるか、という標本みたいな騒ぎ。適当に話を聞いて、適当にやってる学生もいたに違いないことを考えると、「だから危険」とは言い切れないけれど、(おそらく、PCR検査を現場でやってる人も似たようなことを言うに違いないけれど、)ベテランならあり得ないようなちょっとした不注意で、「検査結果」には重大なエラーが出る場合がある、ということかも知れない。

だからと言って、「自動化は絶対危険」とも言い切れないんだろうな。現実に、「自動運転車」の実証試験が始まった。そして、アメリカでは自動運転車による死亡事故の(たぶん)第一号が発生した。僕自身は、臆病でもあるし、やはり「慎重に」とは思うけれども、でも、どこかで前に進まないと、多少の事故が起きたなら、そこからフィードバックをかけて技術を磨き上げるという流れにしていかないと、いつまで経っても進歩はないのかも知れない。加えて、相当にボケが入った高齢者の運転する車より、自動運転車の方が安全だったりするかも知れないし。

と、いいつつ、今のこのコロナ禍で、慌てふためいて「人工呼吸器の自動化」なんて動き出したとしても、安心して現場で使えるようになるには、やはり1年以上とか、かかるかも知れないし(ワクチン開発と違って、その気になれば1ヶ月もあれば十分、という考え方も成り立つけど)・・・。今更ながらだけれども、可能性があるなら、一つでも新しいことを試す、ってのも、必要かも知れない。家庭で安心して使える「人工呼吸器」があったなら、救えた命が今失われているのかも知れないし。

いずれにせよ、法律が「医師の指示のもと」で全てを回すようになっている以上、現場の医師がどれほど忙しかろうが、指示は出してもらわないと命は救えない、っていうことかも知れないし。

似たような話は、社会のディジタル化でもあるのかも知れない。「はんこ」がディジタル化の障害、ってのが、なんだかあまりにも・・・それで、「ハンコ」を押すために出社して、感染して、なんてことも、現実に起きつつあるんだろうな。

なんだか、大昔の話を思い出してしまった。以上。


追補:(なんか、仕事に集中できない。もう、ここ数ヶ月ずっとだ・・・)

ふと、気になった。菅総理が「国民皆保険」の制度に言及して、ネットでボコられていたけれど、「民間病院」にコロナの受け入れを求める話の流れで、医療制度の根幹から見直さないと対応できない、という話からではないか、と書かれた配信記事があった。(ググったけど、見つけそびれた。)

おそらく、だけれども、「自由診療の枠内」で、(表現が露骨でごめんなさい)「お金さえ積めば、民間病院に受け入れてもらえる逃げ道」を用意しようとしたなら、この「国民皆保険」の制度そのものから見直さないと、なんていう、結構制度設計上の高度な話題が、どこか水面下で出ていて、そこからつい「国民皆保険」の単語が外に出てきちゃったんじゃないかな、なんて、ふと、そんな気がした。

中規模程度の民間病院なんかだと、コロナ患者の受け入れは、ただでさえ「受診控え」で患者数が減っているところに、致命的に「一般の患者が来なくなるリスク」を抱えることにもなる。本音として、申し訳ないとは思うけれど、という感じだと思うけれど、背に腹は代えられない、そう簡単には受け入れられない、ということなんじゃなかろうか。

この辺もたぶん、制度とか法律上の問題なんだろうな。だから「皆保険」にまで話を掘り下げたに違いない、と思った。

なんて、他人事みたいな書き方でごめんなさい。自分に降りかからないと思っている訳じゃなく、(協力隊時代と同様に、)可能な限りリスクを避ける行動は取るけれど、万が一になっても、私は何も思い残すことが、ないなぁ、なんて気分なんで、そんときゃそん時。何が起きても受け入れる、と、心の準備は大切だと思います。

人工呼吸器

僕が 学生実習で操作した人工呼吸器は、かなり旧式のものだったから、最新式の仕様は知らないけれども、「自動運転の自動車」が作れるくらいなら、「自動制御の人工呼吸器」くらいは作って、在宅のコロナ患者に貸し出すくらいはできるんじゃないかな?と思った。ただ、僕の知識は、滅茶苦茶古い(=15年以上前の機械のスペックを元に書いてる)ので、既に存在する仕様だったら、読まなかったことにしてください。

気管内挿管ではなく、フルフェースかネーサルマスクを使うのは仕方ないとして、酸素濃度の設定:SpO2と連動させて、例えば95%を超えたら濃度を下げるとか(CO2ナルコーシス対策)、動脈血中酸素分圧はSpO2から算出する。カプノメータの機能も持たせて、ETCO2を動脈血中二酸化炭素分圧とみなして、フロウだとか、換気回数を自動設定する、とか、AIに登場してもらわなくても、従来型の(手続き型の)プログラムでも十分に対応可能な気がするんだが・・・

もう、ありますかね?あるんだったら、国が大量に買い上げて、入院先が見つからない患者に貸し出したらどうかしら、なんて思った。今から作るとして、ハウジングなどが雑でも、機能さえ満たすなら、患者の命を救うことを優先して作れば、制御プログラムの書き換えなんて1週間もかからないと、僕は思います。

問題先送り

堀江貴文氏 寒さで電力需給厳しい状況に見解「原発再稼働で解決するのになぁ」
https://news.goo.ne.jp/article/dailysports/entertainment/20210112080.html

原発は、処理方法の見つかっていない大量のゴミを出す。
地層内処分が検討されている濃度のもの、以外にも、例えば福島の汚染水のような低濃度の「行き先、未決定のゴミ」を大量に出し続けている。それらの処分は、すべて、今後の世代、若い方々、その方々の子供達、お孫さんたちに押し付けることになる。それでもいいのか、と思う。

地層内処分すれば完全?じゃぁ、北海道の昭和新山みたいなのは、どうなのよ。地中からマグマが上がって来て、格納容器を溶かしながら地上に噴き上げたら?昭和新山は粘度が高かったけれども、そんなご都合の良い火山ばかりとは限らない。「そんなもん、数百万年に一度しか起きない」って、なるほど、そんな「数百万年に一度」しか起きない現象が、我々が生きている間に起きたんだ。それはもう、日本人全員が宝くじ一等に当たるくらい、幸運なことで、それは今は起きたけど、普通は起きないんだ。すごい!僕らは、すごくラッキーなんですね。宝くじの一等を引いちゃった。じゃぁ、未来の皆さんは安全だ、ってなるか!今年起きたことは、100年後に起きたっておかしくない、って考えるんが普通だろうに。

そもそも、100年に一度の災害が毎年起きてる、ってのも、滅茶苦茶すごいことだなぁ。あたしゃ、今560才くらいか。だって、災害が1回起きたってことは、100才年齢を重ねた、ってことだろうし。

温暖化ガスもそうだけれども、明らかに人体に悪影響を及ぼすものを、量産するなよ、って思う。そうか、堀江さんって、子供はいなかったっけか。私もそうだけど。だったら気が楽だよね。子孫がどうなる、なんて発想が何もないし、未来への責任なんてカケラもないし。お互いに、ですけど。

堀江さんに、こんな発言はして欲しくなかったけど、所詮、社会全体の子孫のことなんて考えない金儲け主義の人間とは、水と油か、なんて、思わせて欲しくなかった。

波及効果

https://toyokeizai.net/articles/-/403436
厚労省「PCR拡充にいまだ消極姿勢」にモノ申す

まずは日本の状況だ。なぜ、日本でPCR検査が増えないかといえば、厚生労働省で医療政策を担う医系技官と周囲の専門家たちがPCR検査を増やす必要がないと考えているからだ。この姿勢は流行当初から一貫している。
(中略)
今となっては、間違っていたことは明白なのだが、この姿勢は現在も変わらない。

じきに、結果が出ると思う。専門的な分析も、いずれは可能だと思うけれど、極めて個人的には検査件数が低水準で頭打ちだったために、水面下の拡散が見過ごされて、GoToが始まった。同じく「疑わしきは検査せず」で、GoToによる拡散が始まった時期に季節的な影響が出始め、さらに、12月に入って気の緩みからの「忘年会」シーズンで、一気に「爆発」したんだろうと思う。次は「年末年始」の山が上乗せされ、もしかしたらさらに「成人式シーズン」の山も、被さってくるかも知れない。GoToと同じく、PCR検査件数が押さえ込まれていたことの「感染拡大への寄与度」も、いずれは検証されるんだろうと思う。

ただ、もう一つPCR検査件数が不十分なことによる、「経済的/心理的な影響」もあるような気がする。ここは、経済学がご専門の方に検討してもらいたいとも思うけれど。

「もしかしたら、感染したかも知れない」と思えた時に、すぐに調べてもらえて、「大丈夫、感染していません」という返事がもらえるならば、行動が萎縮しない。普通に消費行動も行える。

ところが、万が一感染しても、一定要件を満たすまでは検査してもらえない、現在は、検査能力を超えての検査要求があるようで、同じく、何日も待たされる。待たされた挙句に、検査すら受けられずに亡くなられた方々のニュースが流れる。それらに接していると、怖くて動けなくなる。当然、出て歩けないし買い物だってしない、となるような気がする。「日本経済一人負け」と言われる背景には、この諸外国をはるかに下回るPCR検査能力に起因する「不安心理」が、経済の底を抜いているように思える。これは、PCR検査の件数を押さえ込んだことによる、マイナスの波及効果だと思う。

一方で、無頓着に「忘年会」などを行った方も結構いらっしゃったようで、菅さんがここ数日引用される「飲食店での感染」は、この「忘年会」絡みを指しているのかも知れない。(ご本人はどうなのか、ってな話もあるのに、そこに畳みかけて、政治には会食が必要だってな発言もあったな。経済界はそれに乗っかってるのか。)はい、感染拡大に拍車。

緊急事態宣言が出されたけれども、出されなくとも、用心深く、もしかしたら不必要なほど神経質に感染対策をしていた方々も相当数いらっしゃったのではないか、と私は思う。もしかして、5割とか6割に上るかも知れない。その方々にとっては、緊急事態宣言が出ても出なくても、行動は大して変わらないのではないか、と思える。

程々に用心深く行動していた程度の方々は、というと、緊急事態宣言が出ても会社の方針などでテレワークが出来ない人も少なくないみたいで、テレワークもそれほど増えていないようだし、「だったら会社をやめます」なんてならない。

さて、Z世代と呼ばれる方々。自分に興味のある情報しか取り込まない傾向が強い、らしい。興味がなければ、管総理やら知事さんたちが何を言おうが、医師会関係者が何を叫ぼうが、そうしたメディア報道そのものを見ないし、聞かない。そうしたチャンネルは選択しないから、届かない。当然、行動変容がない。「医療崩壊」って、なんですの、それ。

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/73403
なぜ若者は、それでも「安倍晋三」を支持するのか

前にも引用したこのページ。最後まで安倍元総理「支持」が上回っていた唯一の世代が若年層。
その理由。「かわいい」「一生懸命なのに、いじめられて可哀想。」らしい。表現は正確ではないかも知れない。正確なところは、記事をお読みください。

ここから先は、私が尾鰭をつけます。
「安倍さん、悪くないって自分で言ってるし、何をやったか知らないけど、もう、終わったことでしょ?」とか、「モリ・カケ・サクラ?ですか?えぇ、一応知ってますけど、だけど、誰も困ってないし、ちゃんと国会なんかで問題なしってなったんでしょ?だったら、もう終わったことでいいんじゃないですか?」ここまでは、実際にそう考えている若い人が、結構いると思う。
加えて、「押し切れば、制裁を受けない」事実(自分たちに都合のいい事実だけは、積極的に取り込もうとする)が存在してしまっている。「何をやっても構わない。やりたいことをやりたいようにできるのが、自由な国のあるべき姿なんだ。」その辺りに、Z世代の多数派の感覚(求める社会像)があるような気がする。
何を言いたいか。安倍元総理がやってきたことが「倫理的」に認められないことだったにも拘らず、お咎めなしだったとした場合、膨らませて、自らの利益のために官僚機構に協力させたことまで含めて、そうした「やりたいことをやる」ことに、何らの「倫理的な咎めがなかった」以上は、当然のことながら、自分たちも「何をやっても、倫理的な咎めは受けない」という手本になってしまっている、ような気がする。この波及効果は、どうなんでしょうかね。

会食制限を国民に訴えた当日に、自分たちは会食していた。テレワークを推奨し、ディジタル化を掲げた政権の大臣が「会食することが職務遂行には大事」的な発言をする。要するに、そういう(「会食しないで」なんて)のは「建前」であって、本音は「何をやっても構わない」そういうメッセージを、安倍元総理がZ世代に発信していたし、管総理や、菅内閣の幹部がそれを継承した、私はそう思う。

そして、今まさに、感染症対策でもっとも「警戒」しなければならないのが、このZ世代の行動であり、Z世代に引きずられるY世代の行動、なのだろうと私は考える。
そもそも、政治家が「やりたいことを、やりたいようにやっても、構わないし、お咎めも受けない」規範になってしまっている、と思う。この波及効果は大きい気がする。

かなり乱暴な議論だけれども、社会全体をA群、B群、Y世代/Z世代の三つに分けてみる。
A群:政府がGoToキャンペーンを始めても、慎重な姿勢を崩さず、相当にコロナを警戒して生活している人たち。案外、日本では全人口の半数近くがこれに属する気がする。
B群:政府がGoToを導入したあたりから警戒感を緩め、緩んだまま、今「医療崩壊」が叫ばれても、感覚的に神経質になれていない人たち。
Z世代(の過半数:全員とは言わない):圧倒的多数が、医師会の会長がどんな緊急発言をしたか、「医療崩壊はもう起きている。医療壊滅は何としても避けるべきだ、」なんて、発言があったことすら知らないかも知れない。少なく見てもその世代の7割は、医師会会長の発言なんて知らないって言うと、私は直感します。

政府の緊急事態宣言は、B群には効果があるかも知れない。A群は元々(神経質すぎるのも含めて)慎重に行動しているから、宣言があってもなくても行動に大した変化がない。
Z世代の大半は、「緊急事態宣言」って、何?そんなの出たの?どうしたらいいの?程度かも知れない。別に私に関しては、今まで通りでいいでしょ?って感じか。
B群には、「経営」という立場上、「経済活動は何としても続けて欲しい」と考えて、緊急事態宣言があっても、それが「自粛」である以上、悪いけれども自粛はしない、という方々も結構いらっしゃると思う。むべなるかな。(「是」の意味で使ってます。本来の意味。https://oggi.jp/6063084)
それでも、B群には多少は「緊急事態宣言の効果」が期待できるかな、と思える。

さて、Z世代。何を言っても、届かない。届いたとしても、行動を変えるかどうかはわからない。
今、一番「緊急事態宣言」で行動を変えて欲しい世代。だけれども、その「緊急事態宣言」が伝わったとしても、「緊張感」の方は伝わらない。さらに、何よりも、好きな安倍元総理が「やりたいようにやってました。」(こういう、自分に都合の良い情報は届く。)加えて、安倍元総理を支えたガースーさんも、「会食したければ、したっていいじゃん」というメッセージを出してくれました。はいはい、適当にやります。
「宣言」の効果が期待できるんだろうか。ガースーさんの会食行動の波及効果は、結構大きいかも知れない。それが「緊急事態宣言」を空振りさせる原因になってる気もする。

緊急事態宣言を一番届かせたいのがZ世代だとしたら、「安心感」を提供することによって、経済活動を底上げさせる施策が一番重要なのは、前述のA群だと思う。A群の行動は、日本の経済活動を萎縮させる原因でもあった、けれど、どうやったら安心感を提供して、消費行動を活発化させたらいいのか。
そのためには、PCR検査の件数をもっと増やし、「私は感染していません」「あの人も感染していません」ということの「お墨付き」を与えることが重要だと思える。
ところが、政府は「PCR検査体制の拡充には消極的」らしい。つまり、国民が「安心して、安全に経済活動を行う」ことには、否定的な判断をしている訳だ。

私は、PCR検査を拡充すれば、経済活動が多少底上げされる、と考えた。政府は、そんなことはないと思っているのだろうか。経済学がご専門の方々は、どうお考えになるだろうか。

なんだか、「経済活動底上げ」も、「感染対策徹底」も、どちらについても、政府は(口ではどちらも大事だと言いながら)実効性を損ねる判断を積み重ねている、そんな気がする。

本当に、どうやったらZ世代/Y世代の行動を変容させられるんだろうか。
結局、自分たちの身近な誰かが、普通なら容易に助かるような病気なのに「医療崩壊」の影響で亡くなってしまった、そうした「事例」が積み上がって初めて、そうした事態に直面した人の周辺でのみ「行動変容」が起きる、そうした経緯を取るしかないんだろうか、などとも思えてしまう。
悲観的な見方はしたくないんだけれども、Z世代の多くが「自分の興味のあること以外の情報を遮断する」という特性を持っていることは、教員もやっていて痛切に感じるし、こうした経緯を辿らざるを得ない、そんな気がしてならない。そうなったら、相当な死者を数え、アメリカでの「大量の棺を埋める光景」が日本でも起きることになる。不謹慎だけれども、火葬場のキャパシティーを増強しないと、今後一気に増加する死者に対応しきれないんじゃなかろうか、とすら、思えてしまう。

鬼滅の刃。これほど話題になっている以上、全巻読みたいし、アニメも見てみたい。けれども余裕がない。だから、鬼滅の刃のどのキャラクタに、どんな言動をしてもらったら効果的か、具体的なアイディアがでないけれども・・・

例えば、鬼滅の刃のキャラクタたちに「行動変容」の模範を示してもらって、それをZ世代/Y世代の多くが目にするメディア(テレビよりもスマホ系)で流してもらう。(どーせ、政府はそんなところには予算をつけないだろうから、)どなたかに「有志」の中心になっていただいて(すみません、言い出しっぺの私は何もしませんが、)クラウドファンディングか何かで、「危機感」を持つ方々でお金に余裕のある方から資金を募って、あるいは、原作者の方にも「アイディア」を寄付していただいて、Z世代やY世代の行動変容を促せないだろうか、などと、ふと思った。

あるいは、もし、経済学の専門家の視点から、前述のA群が「安心」できることで経済活動を底上げできる可能性があるとしたなら、もはや、厚生労働省には頼らず、これも「経済活動を底上げしたい」有志の方に、PCR検査を拡充して、誰もが不安を感じた時に、簡便に安価にPCR検査を受けられるような体制を、この日本国内に構築してもらえないだろうか、なんてことも、考えた。それがなければ、「自粛警察」が人権侵害どころか経済活動をも封殺することの、歯止めがかからないとも思う。

https://mainichi.jp/articles/20201208/ddl/k01/040/030000c
新型コロナ 100人超クラスター5件 医療機関を中心に拡大 /北海道

ガースーさんは、相変わらず「飲食店が主な感染拡大の震源」にこだわっているけれども、12月に入ってからは、クラスターの中心は医療機関や、高齢者福祉施設などにシフトしつつあるようだ。その点を指摘した記事も読んだ。(検索して見つけることに失敗しました。)

おそらく、だけれども、さらに今後は、学校や、一般企業の職場などでのクラスターにシフトしてくるような気がする。どんどんと、裾野が広がっている、ように私個人的には思われる。(それでも、教育期間はオンラインも含めて授業を続けるべきだと思うし、一般企業も、対策をとった上で当然ビジネスは継続すべきだと思う。)
もはや、先手とは言えないとも思うけれども、厚生労働省に期待しても動きが鈍すぎるし、的外れな動きが多すぎる気がする。(この期に及んで、感染症対策よりも「禁煙」指導なんだもの。)「感染症対策認定士」みたいな資格を、医師会とかが立ち上げて、その資格の合格者には資格を与えて、学校とか一般企業の「感染症対策」を徹底指導できるような環境を整備したらどうか、とも思う。できることなら、もっと早く立ち上げて、最初に飲食店、次に民間病院や高齢者福祉施設などにも対策して欲しかった。
じゃぁ、「認定士」の資格をとった人は、それで食っていけるの?平時だったら、「感染症対策万全認定、Aクラス」みたいな「民間認証」を得るためのコストを、その「民間認証」を得たい施設が対価として支払い、「認定士」の生活を成り立たせる、などの流れになるんだろうけれども。暫定的に、感染拡大が続いている現状では、これも、金銭的に余裕があり、人々の精神的な萎縮が経済活動を妨げていると考える有志の方々に資金を募って、積極的に「認定士」を派遣して、さっきも書いた「感染症対策万全認定、Aクラス」みたいな認定を与え、「感染症対策」の実効性と担保、拡大しつつ、新たな「職種」を創設し、さらに多くの人の「不安感」を解消して、経済活動を底上げする、なんてことは、できないか、などとも考えてみた。

まとまりが、つかなくなった。相変わらず、昔から一貫して、あたしゃ、支離滅裂です。「てめぇ、いい加減なことを好き勝手書いてんじゃねぇよ」と、はいはい、聞き飽きました。鬱陶しいなら読むなよ。ブログなんだから。とりあえず、この事態。思いついたら書き続ける。それが、自然科学だろうが、こうしたコロナみたいな時事ネタだろうが、料理のうまいもんの話だろうが、(下ネタは当面封印するとして、)とりあえず、書くことができる間は、書き続けようと思ってます。

はい、ごせーちょー、ありがとうございました。

緊急退避策

医療行為は、医師が行うもの。素人療法は危険。それは確かだと思う。
但し、これほどまでに政府の動きが鈍い状況で、自分の命を自分で守るとしたなら、あくまでも自己責任で「有効な治療策」にたどり着ける道筋を開いて欲しい。

イベルメクチンを重症化予防で早期投与できないでしょうか?

前にも書いた。もし、「治療薬」がすぐに手に入らないならば、ビタミンCでもいい。あまりにも馴染みのある名称だから、大した効果がないと考えたら大間違いだと私は思う。私は B型肝炎ウイルスのキャリヤだけれど、HBs+の反応が出てから36年。これまでウイルスが暴れた事は一度もない。HBs+だったから、ビタミンCにたどり着いた。肝機能は今でも正常です。定期検診は欠かせないけど。

高濃度ビタミンCが新型コロナウイルス感染症の予防になる!?

高濃度ビタミンCが新型コロナウイルス感染症の予防になる!?

ただ、より確実に、ということだと、やはり一定の効果が報告されている薬剤(治療薬)を使いたいということになると思う。

私個人は、極めてアナーキーな人間だから、政府が承認しないならば、アングラでイベルメクチンなどを流通させてしまい、PCR検査すら受けられない、陽性が確認されたにもかかわらず入院できない、そういう患者には治療薬をアングラで流してしまえ、くらいのことを考えてしまうけれども・・・

薬は、用法用量を誤ると危険極まりない。せめて、市中の薬局などで薬剤師の指導のもとで「市販薬」などと同様の扱いで、あるいは、「かかりつけ医」に依頼して投与が受けられるように、配慮はできないものか。

ノーベル賞の日本薬「イベルメクチン」、新型コロナ致死率80%減少効果=英国・韓国報道
https://news.yahoo.co.jp/articles/4939e4329f7e8a7853526489b0c4b0802a88d789

不勉強でごめんなさい。イベルメクチンが、経口投与なのか、静注なのかすら、理解していない。静注だったりすると、お店で買ってきて自分で、ってな訳にはいかんわな。

ただ、できることは、なんでもやる、という延長で、医師による治療行為ではなく、自分で判断して自己投薬する、というやり方で、つまり、風邪薬を自分で薬局で買ってきて、医者にかからずに風邪を治すような延長で、このコロナ対策にイベルメクチンが使えないか、と思った。

イベルメクチン:職場の同僚でもあるサイエンスライターの内村直之先生が、今年の2〜3月頃大量にコロナ禍関連の医師の発言をFacebookで流していた中で、効果が紹介されていたと記憶している。

もう、スガさんも厚生労働官僚も何もしなくていい。ただ、私たちが自分たちの判断で必要な医薬品にたどり着けるように、我々自身の命を救うために、薬へのアクセスという道筋を開くだけの、最低限の「権力行使」はして欲しい。


加筆訂正

私は B型肝炎ウイルスのキャリヤだけれど、HBs+の反応が出てから36年。これまでウイルスが暴れた事は一度もない。

これは、間違い。21歳の時に、急性肝炎で10日ほど入院し、さらにその1年後、22歳で今度はほぼ1ヶ月、入院した。いずれも、急性のB型肝炎。その後に、大学の卒業研究で知り合った国立精神衛生研究所の苗村先生に勧められてビタミンCを使うようになった、という経緯があります。HBs+どころか、HBe+, HBc+ も陽性反応が出て、入院し、一応落ち着いて、そのあと、36年前くらいからはずっと、サイレントキャリヤの状態でいる、というのが正確な過去でした。以上、訂正終わり。

高止まり

Twitterからの「お勧め配信」につい、目がいっちゃう。

https://twitter.com/casumitalia/status/1347905461161484293

いつも「仮定の事は考えない」と言うけど、それなら防衛費はいらないことにならないか?

失礼します。そうなんですよね。記者は即答すべきです。「つまり、リスク管理しないということですね?出たとこ勝負だと」

あぁあ、だよなぁ。自分の言ってることの意味がわかってるのか。個人的に、組織のトップには「あらゆる事態を仮定して考えて欲しい」と思うんだが・・・

迷言と言えば、原子力推進関係の(確か、学者だったと思うけど、)「想定外の事態は起きません。」って、事前に何も仮定していなければ、何が起きても「想定外」になるんじゃないかと。で、その挙句に「想定外だから対処していませんでした。」って言えば、責任を逃れられる?「仮定の事は考えない」ってのは、その伏線なんだろうか。

立法府も行政府も責任は取りませんから、自分の命は自分で守ってね、と、そういう趣旨のご発言。福島の原発事故で、昔からの住居を追われた方々。どの程度「生活再建」が出来たんだろうか。どなたも、耐えていらっしゃる?国民の皆さん、あの方々を見倣ってください、と。原子力関連については、おそらくそういうことだろうな、と私は理解する。コロナ禍?「諦めて死んでね」と、あたしゃ、そう解釈する。

検索が下手なのか、記事がどうしても見つからないけれども、12月中旬に、菅総理も、誰か大臣も「感染者数が高止まっている現在」という表現を使っていた。仕事に忙殺されていて、突っ込む余裕がなかったら、記事が埋没しちゃったけど、確かにこの表現を使ったと思う。唯一見つけたのが、下記

新規感染者数、高止まり 「勝負の3週間」、人出も減らず―新型コロナ
https://www.jiji.com/jc/article?k=2020121601014&g=soc

https://www.mhlw.go.jp/stf/covid-19/kokunainohasseijoukyou.html

このデータを見る限り、12月では一貫して一定の増加傾向を示していて、高い水準で「止まって」はいない。明らかな増加を「高止まり」と呼ぶのは、「願望」なんだろうか。

そして、私が今危惧しているのは、再び1月下旬から2月上旬にかけて、この「高止まり」という表現を実際に使われる数字が表にでるんじゃないか、ということで、「事実誤認」につながる気がする。以下に、私が考えた予測/根拠を述べる。

8月から9月にかけて、PCR検査数は(欧米に比べてどうなの、というのはあるけれども、)一定水準を保つ中で、陽性率は低下している。おそらく、専門家はともかく、政治家はこれを「収束」と判断したに違いない。だから、Go Toの拡大を図った。(ただ、絶対的な検査件数は、人口比で考えたら圧倒的に少ない。)

10月に入ってからの増加は、確かにGo Toの効果もあるだろうけれど、それだけでこんなに立ち上がるか、とも思える。他に原因を探すとしたら、季節要因なんだろうか。だとしたら、9月の減少傾向も説明がつく。11月からの増加も説明しやすい。
それでは、現在の「急拡大」の理由はなんだろうか。おそらくだけれど(仮定だらけだな・・・)忘年会シーズンの気の緩み、なんじゃなかろうか。

で、この季節要因、9月の減少は「遅すぎないか?」という気がする。もし、夏の高温多湿が感染者数を下げる効果があったとしたなら、もっと早く減少傾向が見えてもよかったんじゃないか、と思える。だとしたら、どう説明するか。「高温多湿」の効果は、積分的に効いて来た、ということだろうか。感染者の増加は指数関数的だけれど、ウイルスの生存しやすさは、積分の乗数の形で効いてくる、としたら、減少に転じる遅延が説明できる。その遅延が、2ヶ月遅れ、程度で効いてきたとすると、11月頃からの急激な気温低下や湿度の低下の影響がここに来て感染者の増加に乗数としてかかってきた、と思われる。

もし、この「仮定」が正しければ(すみません、仮定のことばかり考えてますが・・・あたしゃ、政治学ではなくて自然科学系なもんで)感染者の数字を押し上げる「増加係数の増大」は、3月か4月頃まで続くはず、だと思える。
「忘年会シーズン」の影響が終わったとしても、3月頃までは増加は続くはずだ、と、私は推測した。

一方で、PCR検査の件数を見てみると、9月頃は2万件程度という、欧米などと比べると桁違いに少ない件数で推移し、12月になって一気に10万件に迫る勢いだけれども、その大半は民間の検査会社による。

https://www.covid19-yamanaka.com/cont3/17.html

https://www.covid19-yamanaka.com/library/18294-18294-20200717032021-3-l.png

https://news.yahoo.co.jp/articles/48df0daf30e6350dae6907f8bb8e2a7b79d7679a

例えば、ジョンズ・ホプキンス大学のデータによれば、アメリカの場合、現在ではほぼ1日に120万件の検査数となっています。

一方で、日本の場合ですが、厚労省としては、PCR検査の最大検査能力としては、7万5026件(暫定値、10月24日時点)プラス検疫所における検査能力が1万300件(抗原定量検査)となっています。これ自体が決して多くないわけですが、実際の検査数は平日の場合は1日平均2万人程度で推移しています。つまり、アメリカの60分の1というわけです。

つまり、現時点で既に限界に近い検査をこなしていることになる。当然のことながら、検査件数以上の「新規感染者」は発生しない。つまり、検査件数が頭打ちになれば、見かけ上「感染者数」は「高止まり」を起こして、それ以上増えなくなる、と思える。その時期が訪れるのが、せいぜい1〜2週間後のように、グラフを見ていて感じる。

おそらく、だけれども、一日あたりの感染者数が1万人を超えたあたりで、検査件数の制約から「高止まり」を見せる、ように思う。そうなった時に、政治家は「緊急事態宣言の効果が現れて、新規感染者の増加が止まった」などと言い出すかも知れないけれど、現実としては特に季節要因の影響で、実際の感染者は増加を続けている、ということになるかも知れない。たぶん、陽性率の増加で実際の感染者の増加が読み解けるような数字の変化になるんじゃないか、と思える。

そうなった時、一見「感染者数の高止まり」のような数字の変化がある中で、PCRの検査待ちの状態で亡くなられる方や、受け入れ先を待って自宅待機している間に亡くなられる方が、増加を続ける、ということになるように思える。

現状では、既に満員電車などでもかなり感染リスクが高まっていると思う。

こうなった以上、自分の身は自分で守る、という以外、ないかも知れない。だとしたら、「できる事はなんでもやる」ならば、毎日ビタミンCを2000mg〜3000mg摂取するなんていうのも、一定の効果があるかも知れない。(私は実践してます、というのを書いてみた。)簡便には、例えば「VC-3000のど飴」なんかを毎日1本分とか、余裕があれば、薬局でビタミンCを買ってきて、ジュースに加えてみたり、ハチミツなどを加えて飲みやすくして飲むとか、私は効果があると思いますが、学術的な根拠は提示しません。(探せば、あるとは思うんだが・・・)

もうねぇ・・・「仮定のことは考えない」総理を、結果的に我々が選んじゃった訳だから、私たちにも責任はあると思う。(あたしゃ、野党に投票したけど・・・)


追記

できることは、なんでもやる、第二弾。

今、首都圏は低温低湿度に見舞われている。換気が叫ばれている中で、換気すると外気が事務所内に流入して、おそらく湿度は20%〜30%程度まで低下すると思う。

https://www.data.jma.go.jp/obd/stats/etrn/view/monthly_s1.php?prec_no=44&block_no=47662&year=2021&month=&day=&view=a2

気温が下がれば飽和水蒸気量が大きく落ちる。その状況で、暖房だけ入れたなら湿度は大幅に低下する。

室温・湿度管理でインフル予防 20度以上、50~60%が理想

https://style.nikkei.com/article/DGXKZO93955790T11C15A1W13001/

https://article-image-ix.nikkei.com/https%3A%2F%2Fimgix-proxy.n8s.jp%2Fcontent%2Fpic%2F20151119%2F96958A99889DEBE1EBE7E7E5EBE2E3E1E3E3E0E2E3E785E3E1E2E2E3-DSXKZO9395578013112015W13001-PN1-16.jpg?auto=format%2Ccompress&ch=Width%2CDPR&ixlib=php-1.2.1&w=500&s=d5b882cdd6fc3a33ca31a1086ab20341

とにかく、換気後、室温を上げて、湿度も60%程度まで上げるようにすべきだと考える。そうするだけで、職場でのクラスター発生をかなり防げる、と、私は考える。

あれこれ

【残存機能】

学校の機能は止めるべきじゃない、と思う。対面、オンラインを組み合わせて、とにかく学校は機能させるべきなんだろうと思う。同様に、高齢者福祉施設なんかも、クラスターが発生した場合は別にして、通常通りの事業を継続させるべきなんだろう、とも思う。

今求められていることは、第三者的な評価で感染症対策が万全かどうか、チェックして、少しでもリスクを減らすことだと思う。保健所には余力がないとしたら、例えば「感染症対策認定士」みたいな国家資格を作って(初年度、2年度はレベルが低くてもいいから、今現在わかっている範囲の対策方法が、実施できているか、だけでいいから、カバーするような認定資格を作り、)仕事にあぶれた方々には、勉強して受験してもらう手間はあるかも知れないけれども、国家公務員、もしくは、都道府県の公務員的に、保健所の業務を補完する形で活動してもらう、なんていうのはどうだろうか。
とにかく、学校、高齢者福祉施設、その他、民間でもリスクの高い事業形態の事業所などに、徹底的にローラーをかけて、これ以上のクラスターは一切発生させないように対策を取るべきだと思う。

「コロナ後はどうするか?」ってか?いや、数年とか十数年は勝ち目がないとは思うんだが、敢えて言えば、O-157にせよ、ノロウイルスにせよ、インフルエンザにせよ、感染症なんて山ほどあるでしょうに。

飲食業界は、業界全体を救うという意味では、もはや手遅れかも知れない。もっともリスクが高い、にもかかわらず、これまでは、何もこうした指導をしなかった。ただ、それなりの体力(資金力)がある店舗ならば、今からでも指導を徹底し、「安心」のお墨付きを与えて(無論、100%安全などとは断言できないにしても、80%の危険性ではなくリスクは30%程度(70%安全)とか、)生き残った飲食業者をかつての状態に近づける程度の手助けくらいはできるんじゃないか、という気がする。

コロナ対策に関してだと、きっと政府は、ってか、A前総理なんかだと「スピード感を持って、実行します」とか言うに違いない。で、結果が出るのは1年後?10年後?今求められているのは、拙速でもいいから効果がありそうなことは、片っ端から実行することだと思う。生き残るっていうのは、そういうことだと思う。そして、政治家に求められるのは、その拙速な判断ミスがあった際に、責任を取る覚悟だと思う。

「スピード感を持って」というのは、今僕が一番嫌いな、大嫌いな日本語表現。「感」ってなんだよ、と思う。全然前進していなくったって、VRのゴーグルか何かで、すさまじい「スピード感」は味わえると思うな。要するに、政府の演出でいくらでも「スピード感」を演じられるから、だから「スピード感を持って」なんていう表現を使うんでしょ?要するに、こんな表現がまかり通るのが日本の政治。

【オンラインについて】

国会議員の会食ルール化へ 4人以下、午後8時まで 「子どもじゃあるまいし…」の声も
https://www.tokyo-np.co.jp/article/78396

森山氏は報道陣に、緊急事態宣言が出された際の国会議員の会食のルールは、議院運営委員会で協議するのが望ましいとした上で「国会議員が全く人と会わないというのは無理がある。人数を決めておいたほうが分かりやすい」と述べ、ルールに基づく会食に理解を求めた。

そもそも、その「ルール」がもっとも簡便に設定できる最低限度の自衛策程度であって、前述したような「その飲食店について、検証した上での安全確保策」ではあり得ない以上、飲食店が安全かどうかの前提から考えたなら、「いかなる会食も避ける」というのが、国会議員が率先して実践すべき「行動規範」(=ルール)じゃないか、という気がする。

国会議員に限った話じゃなく、「出社しないというのは無理がある」とか「現場に行かない訳にはいかない」なんていう森山氏と”同世代”の経営者とか、世間には多そうだなぁ。で、ラジオなんか聞いていると、「うちの会社は、テレワークは絶対無理だとか言ってるけど、実際にやってる仕事はメールとかズームで十分なんだけど」なんて、ボヤいている若い人も相当に多そうだなぁ、なんていう気がする。

要するに、ICTを熟知した上で「無理」だと論じるならば、まだ聞く耳を持つ気になれるけれど、本当にディジタル化推進を掲げている政党の人間の発言なのかね?化石だと断じるべきか?なんて思える。人と会って話すのが仕事?それは、本来的な意味を考えていないでしょ?と私は思う。
「一人でも多くの人の主張を、できる限り直接的に理解するのが仕事」だと解釈するならば、例えば、自殺防止のための生命のホットラインのNPOなんかは、メールやSNSベースで相手に歩み寄って、それなりに結果を出していると思う。固定観念に縛られてるから「無理」なんていう発言が出る。というよりも、「会う」ことをオンライン化するのが「無理」だと考える人たちには、もしディジタル化の推進が本気なら、政治家とか経営者とか、責任ある立場から退いて、若い人に任せて欲しいと思う。

要するにアレでしょ?「人と会うのが仕事」ってのを口実に、他人の金で飲食して、うまい酒を飲みたいって、その本音をもっともらしく口にしただけでしょ?あ?違うの?じゃぁ、SNSの公式アカウントは?ご本人とは、どのアカウントでコンタクトできる?ほれ、何も用意してないから・・・酒を飲みたいだけじゃない?(書き手と一緒にするな、ってか・・・)

【民主主義について】
https://twitter.com/kambara7/status/1347333951698845697

そもそも、「民主主義的に」国をどうしたいのか、理念を持たずに政治家になられた方が多い、ということじゃなかろうか。経済を回せば、それでいい、高度成長期の政治家ならそれで良かったのかも知れないけれども、これからは「日本はどうあるべきか」「世界はどうあるべきか」など、一定の見識とか理念のある政治家でないと、たぶん、トランプ氏を眺める諸外国の目、のような感じで、日本国の看板が評価されることになる気がする。理念がないから、反射的に動けない。こんなもん、二日目、三日目になったら、何の意味もない。官僚に確認している間に、評価は終わってる。

思えば、アメリカで従軍慰安婦問題について「従軍慰安婦は売春婦だったと言うのか」という女性記者からの質問があった時に、外交官が「そうだ」と即答していたなら、議論は起きたとしても随分と情勢は違っていた気がする。結果論だから、どうなっていたかわからないけれども、何かを決定的に変える瞬間というのはあって、その時にきちんと対応できるかどうかで流れが大きく変わる場面、というのはあるような気がするし、慰安婦問題については、あの時もその瞬間だったと、どうしても思えて、残念でならない。そもそも、関心がなかったのか、面倒な話題は避けたいだけだったのか、わからないけれど。仮に非難を浴びようとも、一定の立場を貫けるような外交が、なぜ出来ないんだろうかという気がする。確かに、様々な経緯で従軍慰安婦になった方がいるとも理解するが、少なくとも制度として当時は違法性がなかった。搾取ではなく、報酬が支払われていたのは紛れもない事実であったのに、その事実を知らせる絶好の機会を逸して、性的搾取だという誤解が蔓延しているのに、何も言えなかった、ということだろうと思う。

私は、性的搾取や、児童ポルノのような存在を容認する気など、毛頭ない。段階的に、どんどんと非合法化されている。良い流れだと思っている。ただ、過去においては、その当時において「合法」だったものが少なくなく、従軍慰安婦のような「売春行為」であったり、「奴隷制度」であったり、美化したり懐古する必要もないと思うが、「今は、あれは誤りだったと考える」と、ただその認識だけで良いような気がする。なぜならば、その時代の価値観の中で、必死で生きていた人たちが少なくないと思うから。話が逸れた。

その「民主主義」を成熟させるために、なぜ、それが起きたか、どういった意図で起きたか、自分はどう考えるか、とにかく、今現在「正しい」と自分が考えることは直ちに発言し、徒らに「過去」の愚行を持ち出すのではなく、今とは違う価値観が繁衍していた過去を自分たちの過去として容認しながら、今後をどうすべきか、そこに役立つような言葉を、一言でも多く発することが、政治家には求められていると私は思う。

【最後に】

今、地球温暖化が問題になっている。経済よりも「生存環境」の方を優先しようと、社会の認識が大きく変わりつつある。そんな中で、「経済優先」という高度成長期を経験した方々が、一切変化を受け容れないように感じる。化石と言われても仕方ない。過去、大量に二酸化炭素を排出した事実を、今断罪しても、もう、どうしようもないでしょう?そうではなく、これからどうすべきか、必要ならば自分たちの「価値観」を変えて、今後どうすべきかを考えるべきだと思う。その、価値観を変えるという行為が出来ないならば、そういう人たちは、排除されるべきだし、排除するように声を上げて、行動すべきなんだろうとも思う。でなけりゃ、地球がどんどんと悪くなる。


追補、ってか・・・加筆。

書き終えて、トイレに行って、今午前3時半。マシンをシャットダウンしようか、ってところで、ふと感じた。冒頭の「感染症対策認定士」のあたり、読んで反応してくれた方が、海外に何人かいらっしゃるのかな、なんて、すごく感じた。良かった。たったそれだけでも、書いた意味があったと思えて、嬉しい。(前にも書いた、バイアグラだとか何だとか、あまりにも邪魔なコメントが多いので、コメント受付を切ってはいますが。ボッチャの設定をしないのは、私の怠慢。ごめんなさい。あまり必要ないもんで、拘っていないだけです。)じきに午前4時。俺、なんでこんな、どーでもいい話題に首を突っ込んで書いてんだろう、とは思う。師匠ほどではないにせよ、若干は、これから何が起きるか見えていますからね。それも、公安からの32年前に盗聴・盗撮が始まったきっかけだったかな、と思う。面倒なので、説明しない。あれから30年。あの、盗聴・盗撮が始まった当時から、海外にも何か伝わったみたいで、一切表にでないところでコアな読者の方は増えた気がする。(カウンタは、すべて私の直感です・・・。案外、ゼロだったりして・・・)いや、平然とこんな書き方ができるのは、桁が違う師匠がいらっしゃるからで・・・それは別にして。できることなら、日本に変わって欲しい、と思う。でも、それが無理ならどーでもいい。拾い上げてくれた方がどこかにいらっしゃって、少しでも良い未来を創ろうと動いてくれたなら、ただただ、良かった、と想う。

蛇足、じゃなかった、追補が、あまりに長くねぇか?ですね。潮時。いや、自分の書いた意見を、それなりに聞き届けてくれた方たちがいらっしゃることが、ただただ嬉しい。本当に、どうもありがとうございました。

犬の尻尾切り

愛犬家の皆様、ごめんなさい。最初に謝っておく。ただ、この比喩は僕が最初に使ったんじゃありません。

私は、タバコを止めるつもりは、少なくとも今のところは、ない。たぶん、赤塚不二夫さんと同じようなことを言うかさぁ。
で、30年以上前、禁煙を勧める本をもらったことがある。その本に書かれていた表現。(一応、読んだんだよなぁ・・・)

タバコを止める時は、少しずつ軽くしていくなどというやり方は苦痛を長引かせるだけで、一気に止めるのが良い、と。
少しずつ軽くしていく、というのは、例えて言えば、犬の尻尾を切るのに、数cmずつ何回にも分けて切るようなもので、苦痛を大きくするだけ、らしい。
改めて書きますが、僕がこの表現を編み出した訳じゃなく、以前読んだ本に書かれていたのを引っ張り出しただけです。念のため。(犬の立場なら、麻酔されたって嫌だよなぁ・・・)

政府の新型コロナ対策、伝え聞く限り、こと飲食業界に対しては、この犬の尻尾切りを思い出させる。

私自身のスタンス。これまでかなり色々と書いてきたけれど、「営業自粛とか、経済活動にとっては、特に中小零細規模の飲食店などにとっては、死活問題で、収入が断たれれば、病気で死ななくても、死ぬに近い状況になることはあるんじゃないか。」という内容のことは、間違いなく書いた記憶がある。
ただ、「経済も大事だから、営業しても感染リスクが低減するような対策を講じて、営業できるようにすることが重要なんじゃないか」というニュアンスで書いたつもり(すみません、面倒くさいので探しませんが、確かそうしたニュアンスで書いたページがいくつかあったと思う、)なんだけれども、世間の論調を見ると「経済も大事だから、営業できるようにすることが重要」だと、途中の「感染リスクを低減するような対策を講じて」の部分が欠落している。しかも、保健所など「禁煙徹底の指導」は、かなり小さいお店にまで巡回して行っているのに、「コロナ対策」なんて指導の「し」の字もないみたい。その部分を抜かれてしまったら、「経済も大事だから」というのが、かえって書いちゃいけないことを書いたみたいな気分になってくる。行政が、飲食業の店舗を回って感染対策指導をしている、なんて、山梨県くらいじゃなかろうか。その山梨の、感染水準の低さ。今からでも、埼玉県にも真似してもらいたい。

「営業時間短縮」とか、「営業自粛」で、協力してくれたなら協力金を・・・。
結果論だけれども、おそらくはGo To Eatだとかで、相当に「無症状感染者」が拡散されたようで、このままだと一日の感染者数が万の単位にまで届くかも知れない。
それなのに、またしても「自粛要請」で、ずるずると、感染拡大の種を残す。

それで、一日に5千人とか超えたら、今度は「夜間の酒類の提供の(自粛ではない)禁止」とかになり、一万人を超えたら「夜間の営業の禁止」とかになり、一日に数万人に達したら、「全面的な営業禁止」とかになり、なんて感じで、じわりじわりと、飲食業を中心に、経済活動に対して、真綿で首を絞めていくんだろうか。

最初から、バッサリと「一定期間の営業禁止」とかにして、コロナは一気に押さえ込み、体力的にそれが出来ない方々には、これまでの飲食業という職業選択を見直すなど、未練を残さずに業種転換などを促して、少しでも傷口やら痛みやらを軽く済ませるように配慮した方が、むしろ良かったんじゃないか、という気がしてならない。

今回も、結構抜け道の多い緩い対策になりそうだし、(店舗名を公表されたら、あの店やってるのかって、却って客が集まったりなんかして、)それで一日5千人とかになったり、さらには、現実にちょっとした怪我や病気なのに、医療を受けられず、亡くなりましたという人たちの報道が顕在化して、ようやっと、もうちょっと厳しい措置にする、と。
まだ、感染がこの程度だから、対策もこの程度、って、最悪のやり方じゃなかろうか。

私には、政府が飲食業界に「犬の尻尾切り」を仕掛けていると、思えてならない。なんだかもう、想像しただけで痛そうっていうか・・・。犬のキャイーン、キャイーンっていう悲鳴が聞こえそうな・・・

グリッド

【プレスリリース】グレタ・トゥンベリと世界の若者が抗議 国際協力銀行 によるブンアン2石炭火力発電支援の撤回を求める

【プレスリリース】グレタ・トゥンベリと世界の若者が抗議 国際協力銀行 によるブンアン2石炭火力発電支援の撤回を求める

私なんかは、若い方々を煽っている、タチの悪いジジイで、体は動かさないくせに口だけは動かす、って、どうもすみません。

で、思うに、他のジジイがどういう反論をするか、なんてことをちょっと考えてみた。
曰く、ベトナムの発展に電力は必要。

オーストラリアなんかの石炭の輸出国は、当然石炭火力を推進するに違いない。

色々と、潰しに来る意見は多いと思うし、すぐに代案を示すのは無理だとしても、長い目で見て活動を成功させるために(一つや二つ、ジジイ連合に叩き潰されても、めげずに、反論の糸口を探って欲しいけれど、)こんな視点もある、という話題をこの2点に絞り込んで書いてみたい。

なぜ「電力」なのか。電力は、かなり汎用的なエネルギー源だと思う。物を動かす動力として使える。光で夜も活動できるようにできる。物を冷やしたり温めたりするのに使える。コンピュータも通信機器も、医療機器も電気で動く。だから、電気は絶対的に必要だ!と。

ただ、代案がない訳ではないと思う。中間段階の「電力」を経ずに、直接「使いたいエネルギー」を取り出す方法を模索すれば、相当な種類があると思う。私が現在一番専門で教えているのは「計測工学」だけれども、物理的なエネルギーを転換するトランスデューサは、結構な種類が存在する。例えばゼーベック効果による熱電対は、体温で発電する、なんていう技術につながって、今はもう、体温での発電が「どこかの誰かの発明」という感じではなく、相当な用途開発が進むと思う。しばらく前には、どこか途上国の女子学生が、「勉強したいけれども、電気が来ていない、光が欲しい」ということで、体温で発電させて「本を読む程度の光」を発する機器を、自分で作っちゃったと思う。(記事を探したけれど、うまく見つけられなかった。だけど、間違いなくこの話題はあった。)

なぜ、そんな「体温程度」でエネルギーを取り出せるのか。白熱電球からLEDへの技術の発展、のようなものが根底にあると理解している。白熱電球なんかだと、光として取り出すエネルギー以上に、副産物としての熱エネルギーが大きい。ところが、LEDの場合には、熱エネルギーなどを発生させることなく、電力エネルギーの大半を光に変換する。無駄がない、だから、体温程度でも、本を読める程度の光が取り出せる。「エネルギーを消費するデバイス」の省エネ化が進展しているから、必要とする電力そのものが少なくなっている。

例えば、熱帯アジアでは「炎天下」と「木陰」の温度差が激しい。ニューギニアでの経験上、アスファルトの路面の上と、水で濡らしたタオルなどで、気化熱で冷やした状態とでは、20度近い温度差を取り出せると思う。この温度差をゼーベック効果で一旦電力に変換し、そこから今度はペルチェ効果で「冷蔵庫/冷凍庫」(日本の馬鹿でかい冷蔵庫を想像しないで欲しいけれども)を動作させる、なんていう「熱を使って冷やす」ことだって、できると思う。

体温程度の温度差での発電が、ある程度実用化するならば、ちょっとした小川での水車、家庭の庭に設置した風車など、小口の「発電設備」は、相当な種類工夫できる気がする。今はまだ発見されていない「エネルギー転換のデバイス」だって、研究の余地は相当にあると思う。そして、今の技術で進んでいるのは蓄電池で、こうした小口の電力エネルギーを「貯めて、大電力にする」技術だって、今若い方々がジジイ/ババアになる頃には、相当に進化させられるんじゃないか、という気がする。

じゃぁ、工場なんかの大電力はどうやって賄うか?今時の電力事情は、(アメリカでは進んでいるという話題を読んだけれども、)巨大発電プラントで発電された電力を、家庭や工場などに送電する、という形から、小口の発電設備から「売電」された電力を、グリッドと呼ばれる単位で管理し、融通しあいながら使う、というスタイルに、シフトしつつあるように理解している。(なんか、日本でもこのグリッド化が進んでいると、何かで読んだような気がするんだけどなぁ・・・ちなみに、この「グリッド」についての私の理解は、かなり不正確かも知れませんので、是非、若い方々はきちんと勉強して論じて欲しいと思います。)

案外、それほどの時間を待たずに、「巨大発電プラント」ではない、「ミニ発電所」「マイクロ発電所」の「発電機」が数多く発明/考案されて、例えば今、日本の例で言えば「小物家電」を単品生産する中小企業のようなレベルの会社から、どんどんと発売されるような時代になってくる気がする。

そうなると、工場で使用する電力なんかも「巨大プラント」で生産されたものではなく、個人で設置している「マイクロ発電所」などで発電された物を集積して、一見すると従来の「発電プラント」から提供されていた頃と大差ない電力のクォリティで使えるようになってくる気がする。

グレタさんや、今回日本でこの話題に反応した酒井さん?とか、是非、技術系の若者を仲間として取り込んで、従来技術に対する「代案」を出していくようになって欲しい。

もう一つの切り口。オーストラリアみたいに「石炭の輸出」にしがみついているところは、どうしたらいいのか。

石炭化学は石油化学ほど進んでいないかも知れないけれど、石炭を化学的に利用する学問分野が存在していると理解している。電力のような中間的な「エネルギー形態」を経ずに、化学反応などを利用しながら、直接目的とするエネルギーを取り出したり、工業原料として加工するような技術は、あるんじゃなかろうか。石油からナフサを取り出し、そこから様々なプラスチック製品を作り出す。同じことを石炭でやる。可能性はゼロなんだろうか。大口の発電需要ほど、大量消費されるとは限らないけれども、そこそこ安定した需要が見出せるような分野は、創出できる気がする。

年寄りはねぇ。原子力にしても、大規模設備しか考え付かない。というよりも、日本ではそうした技術を扱う大企業べったりの政策しか、行わないと思う。こうした「マイクロ発電所」なんかには目もくれず、古い技術にしがみつくんだろうな、なんていう気がする。原子力に至っては「廃棄物」の処理方法さえ確立されていないのに、まだ今後も核のゴミを作り続ける発想しかない。経済産業省のジジイ/ババアには、次の時代を考える頭もなければ、その必要性もない。私なんかもそうだけれども、次の技術が普及する頃には、たぶん生きていませんからね。

なんて、「終わった人間」みたいな書き方をしていますが、「私」なんかも、300年後か400年後、またこの地球で肉体を持つつもりでいるし、その時はグレタさんとかは、「時代の流れを変えた偉大な先人」みたいに、何か勉強して学んだりするんかな、なんてことも思う。(いや、そうやって輪廻転生するのは、私だけじゃなく、全ての人に共通している、と理解しているけれども。この話題は、なかなか受け入れてもらえないでしょうけどね。)

是非、技術系の若者を仲間に取り込んで、地球をよくしていって欲しい。

加筆訂正

一つ前のページ、読み返して、なんだか若い人たちがみんな無頓着、みたいに読めるな、と思ったので、一言補おうと思った。

9割以上の方が、細心の注意を払っていた、としても、人口の10%が無頓着だとしたら、相当な数になる。1%とか5%とかでも、絶対数は大きい。

経験上、50人いたとしたら二人とか三人は指示に従わない人が出てくる、と思う。説明会とかを開いて、きちんと聞いていたら誰も間違えないような説明を行っても、そもそもが「きちんと聞かない」人は出てくるし、「聞いていたけど、ここは適当でいいかと思いました」みたいに自分勝手な解釈をする人も、経験上、いた。学校の先生とか、どなたもだいたい、こうした経験はされていると思う。だから、「必ず、中には無頓着に、規範に従わない人がいる」と思えてならない。自分は、そう言いたかった。

埼玉などから東京に通勤・通学で流れ込む「若い人」が500万人いたとして、その中の1%が無頓着に行動したなら、5万人。相当な人数だと思う。私が言いたかったのは、この部分です。圧倒的な大多数が新型コロナを「正しく恐れて」いたとしても、100%は難しいと思う。ということは、本気で感染拡大を押さえ込むつもりなら、この「わずか数%」に対して、どう有効な対策を取るか、ということではなかろうか、とも思います。

加筆訂正、以上。

正しく恐れる

神奈川で622人感染 過去最多
https://www3.nhk.or.jp/shutoken-news/20210105/1000058507.html

何となく思う。経済活動を持続したまま、コロナ禍を乗り切るためには、とにかく「正しく恐れる」ことが大事なんじゃないか、と思うんだが、根拠はないけれども「感情的に、闇雲に恐れている」か、「恐れていない」か、2分されているような気がしないでもない。
特に、若い方々は「死亡率が低い」とか「無症状になりやすい」とかで、「自分は感染しても大丈夫だ」という安心感もある分、恐れるという心理にはならず、結果として、「リスクが高い」行動を取りやすくなっているんじゃないか、という気がする。

以前(たぶん、3月頃)にも書いた話題の蒸し返し。(同じネタを何度も書くな、という方、ごめんなさい。)
「新型コロナは、突然、急激に症状が悪化する」という指摘について、私見を書いた。急激に悪化しているんではなくて、徐々に、確実に、同じペースで悪化しているんだけれども、人間の体の「動作マージン」(余力)の部分が食い尽くされるだけで、致命的に「具合が悪い」とはならない、ということではないか、と書いた。

その時に例として引いたのは、慢性腎不全。GFR(糸球体濾過量)の指標が100から80、60、40と下がってきても50程度ではほとんど症状が出ない、と理解している。無症状だから腎機能が低下していないとは、全く言えない。人によっては「突然」のように具合の悪さを感じる場合もあると思う。「突然」というのは、何らかの負荷がかかった場合に、一気に閾値を超えたとかで、ただ単に「症状が出る条件」を満たしただけではないか、と私には思える。

https://www.zjk.or.jp/kidney-disease/about/
腎臓病とは

同じことは、動脈血中酸素飽和度とか、動脈血中酸素分圧などでも言えると思う。例えば、パルスオキシメータを装着して息を止める。動脈血中酸素分圧の低下は「一定ペース」になると思う。ただ、酸素飽和度と酸素分圧の関係はS字カーブだから、すぐには酸素飽和度は下がらない。そして、96%程度ではほとんど息苦しさを感じないと思う。ところが、95%を下回ったあたりから酸素飽和度の低下ペースが上がり、90%とかを下回ると、つるべ落としのように80%, 70%と低下してくる。大体、酸素分圧では60mmHg程度で「慢性呼吸不全」の診断基準の数値だと理解しているけれど、相当に下がるまではほとんど苦しさを感じない。

私、中学生の頃は25mプールを潜水したまま往復できましたけどね。(いや、ぎりぎり、残り5mで我慢できなかったような記憶も・・・)ヘビースモーカーの今となっては、もう・・・。加齢による影響も絶対にあると思うけれど。実際、若い人たちの場合には、息を止めたままで SaO2の低下する速度は私なんかよりも遥かに遅いかも知れない。でも、コロナに感染したところで「すぐには苦しくならない」から、肺機能が一切損傷していないとは言い切れないと私は思う。

検証するためには、「無症状」の陽性者の動脈血酸素分圧(酸素飽和度)を「陽性」の間記録し、肺機能が低下していないことを調べる必要があると思うけれど、今そんな余裕もないと思うし、そう考える研究者がいるかどうか、私にはわかりません。私はそう考える、というだけで。当然、データがなければ物は言えない。となれば、「若い人は無症状の場合が多い」という、根拠があるんだか、ないんだか、「ぱっと見こうです」というあまり医学的ではない「通説」がまかり通ってしまっている気がする。

脅しをかける、なんて言われてしまうと人聞きが悪いと言いたくなるが、「若い人たちも、感染すれば肺機能が低下するよ」ということがもしあって、その認識が広まってくれたなら、若い(ここでいう「若い人」には50代位までも含むことになるかも知れないけれど)人たちの行動基準が変化し、野放図な感染拡大に一定の歯止めがかかるような気もする。

意識が変わらなければ「行動変容」なんて期待できないし、「わかった範囲で啓蒙する」とか、「きちんと調べる」ことではないか、と思う。
ただなぁ、「きちんと調べる」なんて、私はそう主張したいけれども、PCR検査の件数を増やすのは無意味だ、なんていう議論もあって、当然のことながら、私にはそれを論破する根拠を持たない。結局、「きちんと調べたって意味がない」とか、とにかく「経済活動最優先」で、「恐れずに外出し、消費行動を続けよ」なんて声高に叫ぶ人たちすらいるくらいで、結局、まだまだ増えるだろうな、なんて思いながら、ちょっとばかり、独り言ってみました。

さすがに、医療崩壊が現実に起きたら変わるんだろうか、なんて思いつつ、「ちょっとした病気だったのに、治療を受けられずに亡くなってしまった」なんていう人が現れても、それが自分の身近でなければやっぱり、若い方々にとっては「実感が湧かない」人の方が多いのかも知れない。

山梨モデル

ある程度、コロナを押さえ込んでいる実例は、あるんじゃなかろうか。

https://www3.nhk.or.jp/news/special/coronavirus/hospital/
病床使用率 全都道府県グラフ

いつも、「今日の新規感染者数です」とか、NHKで都道府県別に報じられている数字を見るにつけ、いつも山梨が少ないのは、なぜだろうかと思っていた。
埼玉と山梨では、東京都の密接度が違う。埼玉都民も相当に多いし。比較するとしたら、東京へのビジネスでの距離感とか、実際の距離や時間、山がちな地形などから、群馬県あたりが比較の対象になるかなと思って比べてみても、群馬よりずいぶんと少ない。

北陸が少ないのは、なんとなく理解できる。雪などで行動が制約されているのに加えて、低温であっても湿度は下がらない。新潟や金沢など、月の平均湿度が60%を切る月が見られない。ウイルスには生存しにくい環境だろうと思う。

https://www.hrr.mlit.go.jp/library/hokuriku2004/s1/1-04/06situdo/06situdo.html
月別平均湿度

と思っていたら、こんな記事に出くわした。

レストラン経営者の前で移住者が土下座 理不尽な怒りに直面する田舎暮らしのリスク
https://news.yahoo.co.jp/articles/b9d351554f9eb7005011e02d15ea9969ed6e19d0

こんな記述があった。

「『山梨県庁の感染症対策はふざけてやがる。感染症対策をするためにテーブルの上にパーティーションを置いたら、店の雰囲気が台無しだ。県庁のやつらはそれをわかっているのか』と。観光客が多い山梨県では、グリーン・ゾーン認証という独自の感染症対策を行っています。一定の基準をクリアしたお店には、証明書を出しているんです。彼は『自分の店は規準をクリアできない。県を訴えてやる』と言い出しました。

いや、これこそが僕が埼玉県でもやって欲しい感染症対策だと思った。(この記事の主題とは違うけれども・・・)
山梨の原住民に(元から住んでる人だから、原住民でしょ?)土下座させられても、貫いてる山梨県庁職員は、偉い!

そうなんだ、優先順位がわかっているんだか、いないんだか、コロナ対策よりも禁煙指導に力を入れている保健所と違って、県庁なら独自の動きができる。これは、埼玉でも実施して欲しいと思う。確かに、大宮などの繁華街ばかりでなく、県南では繁華街も多いから、飲食店数も山梨とはずいぶんと違う(埼玉:25,261事業所、山梨:4,823事業所)けれど、コロナで仕事にあぶれている人たちを臨時に採用してでも、同じことを実施すべきだ。(ちなみに、群馬県は8,996事業所だから、絶対数で山梨の約2倍。飲食店数とコロナ感染者数の相関も、暇があったら調べてみたいけれども・・・)
いや、もしかしたら、山梨県庁職員の発想じゃなくて、感染症専門医の指導か何かがあったのかも知れないけれども、そうした専門の指導にきちんと従っている姿勢がすごいとも思う。アメリカだったら、きっとすぐにフェイクだとか言われて、議論すらできないに違いない。卓越した対策だと思う。(アメリカと比べるな、ってか?どーも、すみません。)

http://grading.jpn.org/SRH6131.html
飲食店数ランキング-都道府県格付研究所

ざっくりと、湿度の推移、人口密度、飲食店数、新規感染者数の推移、などの数字を眺めて、もしこの対策を実施したら1割〜2割程度は、新規感染者数を抑えられるんじゃないか、という気がした。いや、新規感染者数を抑える以上に重要なのは、こうした「安全」のお墨付きを得たお店を増やして、外食産業にコロナ以前と同じように、一般の人が安心して足を運べる環境を構築し、感染症対策と経済活動の両立を、なんとしても図るべきじゃないかと思う。仮に感染症の抑止効果が、せいぜい1割だとしても、対策済みの飲食店への、客数の減少がもし7割から4割にまで減ったとしたなら、相当な経済効果があるような気がする。
「緊急事態だから、なんでもかんでも自粛しろ」って、それじゃぁダメでしょ?あまりにも無能な気がする。

ある程度客が入っているにもかかわらず、クラスターを発生させていないお店だって、そこそこ存在しているはずだ。そうしたお店の対策を調べ上げて、こうした「感染症対策」の内容をグレードアップしつつ、対策を広めて、対策が済んでいるところから、観光にしても、外食にしても、「程々の自粛」で済ませられるように、工夫すべきじゃないんだろうか。

中国は、コロナを完全に押さえ込んでいるらしい。感染者数を公表していない国が「押さえ込んでいる」と主張しても、あまり信じる気にはなれないし、公表されたとしてもその数字を信じる気にもなれない。ただ、共産党による独裁国家だからこそできる「感染症対策」の中には、日本でも実施できるものがあるに違いない。独裁的な手法ではなく、民主的な手法でエッセンスだけ導入するべく、中国から学ぶという姿勢も大事かも知れない。

とにかく、できることは片っ端やって欲しい。一つ一つの対策は、せいぜい1割とか2割であっても、それらを三つ、四つと組み合わせれば、結構な効果が得られると思う。さらに言えば、減らしていく過程で何らかの閾値(スレッショルド)を下回ったら、一気に押さえ込みが可能になってくるかも知れない。

須らく、国の考えることは大雑把で、緻密さがない。Go Toなんて、その典型だと思う。(生活環境への)「強盗」だと読みたくなってしまう。私個人としては、とにかく埼玉県には緻密に対策を進めて欲しいと願う。

自由って何?

疲れた。なんか、仕事に集中できてない。空回り疲れ。
んなもんで、ググってニュースソースを貼り付けるのはやめる。
しかも、まとまりのつかない散文になるだろうな。(元々そうか・・・)

今日、テレビのニュースでやってた。首都圏の知事さんたちが、緊急事態宣言を要請した、らしい。(表現が正確でなかったら、そういうページだと思って、適宜修正しながらお読みください。ってか、読んで下さなくて結構、ってのは書きすぎか。)

そのニュースで、街頭の声を報じていた。何人目かの人が、「意味がないんじゃないでしょうかね。だって、誰も自粛しないんじゃないですか。」と。だよなぁ。強制力、罰則規定がないもの。

私の個人的な見解。「正しく恐れている」限りは、何一つ経済活動を制約する必要はない、と思う。飲食を伴う会合だって、発言する際にはマスクをする、口を覆うなど細心の注意をしている限りは、相当にリスクを低減できると考えます。現実問題として、通常営業しながら、クラスターを発生させていない飲食店だって、相当な数あるはずだと思う。客が少ないってことは確かにあるかも知れないけれども。
ところがなぁ、現実には「強制力がない」とわかった途端に、「なんだ、普通に営業できるんだ」とばかりに、旧態依然の営業を続ける人たちも、中にはいるんだろうと思えてならない。そして、「お、この店普通にやってるな」と、コロナなんか全く気にせずに、以前の通りにマスクを外したままで飲食しながらおしゃべりする、そういう客もいて、そんなこんなで、一時期は「接待を伴う飲食業」なんかでのクラスターが多く報じられたんだろうと思う。
だからこそ、禁煙指導なんかに力を入れて、すべての飲食店を訪問するなんてことをやってる暇があったなら、コロナ対策の「チェック」をすべての飲食店に実施していたなら、大量の廃業、倒産なんかは、飲食業界だって、旅行業界だって防げたはずじゃないかと思えてならない。(って、まだ、そこまでには至っていないか。時間の問題だと思うけど。GoToなんか、完全に裏目に出ていると思う。裏目に出るような気がする、って、書いたページが、たぶんまだ読めるところに出ていると思うけれど。)

昨年末、昔から馴染みのお店に2軒顔出しした。売り上げ貢献したかったから、酒も飲んだけれども、どちらも、そもそも私以外には客がいませんでしたからね。私はと言えば、全く人と接しない日常。事務所に篭りっぱなしで、誰とも合わない日がほとんど。私自身が感染させるリスクも相当に低い。ある程度、自分と相手の状況を把握しているから、飲食の行為自体は昔と同じように行ったけど。自分自身は「正しく恐れている」つもりで、普通に飲食しました。

ただ、飲食に限らず、通常のビジネスなんかの会議でも、普通はマスクだけしていれば相当にリスクは低減できるはず、なんだけれども、気配りできない人って、どこにも一定数いるような気がする。7割の人が「正しく恐れて」いても、残り3割が「適当に」対処していたなら、もう、どこにも「危険」な状況が転がっている感じになってくる、と思う。

結論として、「罰則規定がないなら、自粛なんかしない」という人たちが多ければ、緊急事態宣言自体に大した効果が期待できない、っていうことになるんだろうな、と思えてならない。

例えば、だけれども、アスベストの健康被害が確認されました、となった時に、アスベストの使用を全面禁止したとして、その時に、アスベストを扱っていた業者の「生業」に配慮したんだろうか。禁止は禁止、ってやったと思う。例えば、今のコロナ禍での「接待を伴う飲食」なんて、アスベストと全く同じに思える。本来なら、「危険な場合は、営業を禁止する」と言えるように、法律を策定すべきだったのに、強制力も罰則規定も盛り込まなかった。
たぶん、安倍政権が業界に配慮したか、でなければ、「私権の制約につながり、憲法違反でもあるから、絶対反対」とか言い出しそうな野党に配慮して、法律の成立を焦ったんじゃないかなぁ。

職業選択の自由、なんてのが、憲法で保証されていたか。
ただ、「違法な職業」は、認められていないでしょう?と、私は理解している。例えば、前述の「アスベストの製造販売業」なんていうのは、アスベストの使用が禁止されたなら、何も悪いことをしていない、それまで真面目に仕事をしていた「業者」も、廃業したり、別の事業に活路を見出すしかなくなる。コロナ禍で、「緊急事態宣言が発令された場合には、以下の業態を禁止するものとする。」とかして、少なくとも緊急事態宣言下では「接待を伴う飲食業」の営業を禁止するところまで、踏み込まなかったなら、実は効果が乏しかったんじゃないか、という気がする。「俺たちに、首を括れって言うのか」なんていう反論が聞こえて来そうな気がする。でも、首を括らなかっても、廃業して別の仕事を選ぶ自由は保証されているし、実際にそうした「業種転換」をやった会社だって、あったと思う。それなのに、「今就いている仕事を、そのまま存続させる」ことに囚われすぎているように思う。

「接待を伴う飲食業」の方々の「職業選択の自由」を優先したならば、今度は、コロナに感染した患者とか、交通事故の重症患者だの、別の病気の患者などが「当院では、新規の患者を受け入れるだけの余力がありません」とか言われて、お亡くなりになったりする。そちらには、「転職」などの選択肢がない。「職業選択の自由」が「生存の自由」を脅かしていないか?

そもそも、自由って何?

私が、師匠の勉強会からの流れで答えるとしたなら、「神の思いに反さない限り、何をやっても許されること」だろうか。
「神の思いに反さない」ってのは、何か。すみません、書き始めるとめちゃくちゃ長くなる。なので、200字以内にまとめる。
8割方、昔の日本の「道徳教育」であれこれ言っていたような内容と同じ。日本の社会が経済優先で、弱者を顧みない制度を次から次へと成立させる以前の、昔日本の社会の話。違うと思える残り2割も、説明すればたぶん、あぁ、なるほど思っていただけると思う。例えば、本人が自分で考えて決めるのを、妨げるような助言、など。

師匠の講演会から離れた表現でまとめるなら、合法的であるならば、何をやっても良いことが「自由」だと、私は理解している。じゃぁ、「緊急事態宣言」を規定した法律は?ってな流れになってくる。

で、結論。強制力のない法律を成立させた結果として、「生存権」が「職業選択の自由」に駆逐される状況に陥るのかな、と。
表現が不適切か。医療行為を享受する権利は有していても、医療行為を提供する側が(キャパシティーオーバで)対応できず、権利を行使できない状況に陥る、と。結果「生存権」の謳い文句は字面だけになる、ということか。

眠い。まとまりがつかないけど、以上。

コロナ・トリアージ

人工呼吸器使っちゃいけないのか 病院に暗に断念迫られ コロナで死亡の高齢男性
https://news.yahoo.co.jp/articles/2efaa514fd5021555021addd6a357b8db345b242

医療関係者がこれを書くと、絶対に炎上すると思う。
という訳で、医療関係者ではない私が、憎まれっ子ということで、この話題を持ち出します。

トリアージは、大災害の際などに治療の優先順位をつけるために、怪我人に対して「色分け」するもの。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%82%B8
トリアージ(Wikipedea)

提供可能な医療資源を、いかに有効に活用するか、という観点だと思うけれども、「医療崩壊」の状態では「治療の優先順位」は命の選別につながると、私は思う。

人工呼吸器の台数が限られている、あるいは、台数がいくら多くても、スタッフの人数が限られていたら稼働させられる台数には上限があると思う。
そうなった場合、表現は悪いけれども、「誰を見捨てるのか」が問題になる。優先順位の付け方は、現場の判断になるのだろうと思うけれど、間違いなく言えることは、「見捨てられた側」からは「判断の適否」に対する疑念の提示がなされる可能性が極めて高い、ということだろうか。全員救うことは困難だとしたら、その「命の選別の責任」を現場の医師だけに委ねていいのか、と思う。ただでさえ、よくメンタルが崩壊しないなと思えるほどの状況で仕事をしている人たちに、「命の選別の結果責任」を負わせたなら、対策自体が「国民任せ」の政治や行政の無責任さは、容認できないレベルに達する気がする。判断は「現場の医師任せ」か。

例えば、私の考え。いずれも確率的に余命が長い方を優先する、という判断基準で、
60歳と80歳の二人ならば、60歳を優先する。
40歳と60歳の二人ならば、40歳を優先する。
糖尿病などの病歴がある人と、ない人の場合、ない人を優先する。
などとなるだろうか。

理由:人工呼吸器を装着しない側が助からず、装着した側が助かったとした際に、助けられた方がより長く生存する方を選ぶのがよいのではないか、と私は考えたから。(異論があるのは、百も承知)

これ、国民のコンセンサスが得られるかどうか、など、至難の技かも知れない。「選ばれない側」が納得できるなどとは、到底思えない。けれども、その責任を現場の医師だけに負わせないようにするのは、政治の責任ではないか、と思う。

だとしたなら、一刻も早く「ガイドライン」を提示すべきだと思う。

引用した神戸新聞の記事。私の理解は間違っているかも知れないけれども、暗に医師を責めている。責められるべきじゃない、と思う。通常だったなら、当然装着していたはずだと思う。つまり、これが「医療崩壊」だ、という「始まった」ことを示す記事だと私は思うし、始まってしまった以上は、それ相応の対応をすべきだ。つまり、この医師が「判断の責任」を負わされることがないように、ガイドラインを設定すべきだ。

いつまでに?すぐに、だと思う。でなければ、こんな形で世間から責められたら、もう医者を続けてられなくなる気がする。このコロナ禍で、看護師ばかりか医師の離職を「後押し」するような政府なんて、とても信じられない。

言うまでもなく、火中の栗を拾う仕事になると思う。どんな結論が出たとしても、必ず政府の判断をバッシングする人たちは出てくると思う。じゃぁ、だからと言って、「現場の医者が適切に判断してください」と医者に責任を押しつけ、納得のいかない遺族が際限なく病院や医師を責め続けることができる環境を用意したならば、(他の国民の皆さんの判断はわからないけど、)少なくとも私は、そんな政府を信じる気は毛頭ない。と言いたい。

それにしても、アメリカなんかじゃ、どうやっているんだろうか。現場非公開?患者の家族に「人工呼吸器の装着」の確認をとらずに、黙って装着せず、結果が出たらその結果だけを伝える?どうなんだろう。

逆に、患者の家族の意志を確認しなければならない「通常医療」のルールが足かせになって、例えば、1台しか空いていない人工呼吸器を「つけなきゃ助かりませんが、つけますか、どうしますか」と、二組の患者や家族に「確認」しなければならないような状況に、医者は置かれているんだろうか。冒頭の記事、こうした背景があったとしか思えない気がして来た。愚問でしょうに。

これ、何も国が動かずに、全部の責任を医師に押しつけたとしたら、誰も政治を信じなくなる気がする。

できることは何でも

年越しのご挨拶で、知り合いの飲み屋さんで鍋を頂いてきた。僕がヨチヨチ歩きの頃から、家族みたいなお付き合いをさせて頂いてきた方のお店だから、ささやかながらの売り上げ貢献。と言いつつ、最近、昔のようには飲めないけれど。

なんだかねぇ、本郷三丁目の飲み屋さんでも似たような話を聞いたけれども、保健所の「禁煙指導」が徹底しているらしく、ステッカーから、喫煙室設置の指導から、まずもう、細かいところまで指導がすごいらしく、本郷でも言われた。「タバコは外で、な」

保健所さんも、お仕事熱心で忙しいことで・・・この状況で、コロナ対策よりも禁煙の徹底か。まぁ、そういうご時世だとは思うけれども、アレなんだろうな、どこへ行っても禁煙、禁煙で、禁煙指導の予算はとってあるけれど、コロナ対策の予算は取ってないってか。
小池都知事なんかも喫煙者を目の敵にしていたような気がする。東京オリンピックで、街角から喫煙者を一掃しようと、そちらには力を入れても、コロナ対策には予算を取ってなかったと、そういうことなんでしょうかね。行政なんて、そんなもんなんかなぁと、喫煙者の私としては、東京オリンピックで海外からのお客さんを迎えるのに、街角から喫煙者をパージするんだって流れで、パージされつつありまして、お仕事ご苦労様です、としか言いようがない。せいぜい、南アフリカからでも、イギリスからでも、是非、世界中からのお客様を東京に迎え入れる準備に勤しんで頂いたら、よろしいかと存じます。
他にやることあるんじゃないの、なんて思いますけどね。保健所はもう、手一杯みたいなニュース見ていたから、あぁ、禁煙指導に力を入れる余裕はあるんだなぁ、なんて思った。

思えば、PCR検査を拡充すべきだと、2月ごろから書いてきて、増やす必要はないなんていう議論も結構目にしたけれども、私はやはり、可能な限りPCR検査は充実させるべきだと今でも、特に今改めて思っています。方針を改めるのに、遅すぎるなんてことはない。

ここで見る、検査件数の推移

国内の発生状況など
https://www.mhlw.go.jp/stf/covid-19/kokunainohasseijoukyou.html

グラフを見ていて、ふと思った。実は、8月頃から静かに、特に若い人たちの間で感染が拡大していたんじゃないか、と。発症しないから顕在化しない。しかも、必要最低限の検査だったから、水面下の感染拡大を捉え切れなかった。なんとなく、そう感じた。細かいシミュレーションはしてませんが。信号処理屋の直感です。解釈を誤っていたらごめんなさい。ですけどね、何らかの決定権に関与する立場じゃないから、自由に書かせていただきます。

遡って、第二波の頃に、飲食店での禁煙指導する労力を、コロナ対策のチェックに回していたら、もっと押さえ込めていたんじゃないか、なんていう気もするけれど、こうして、結果が出てから物を言うのは、ある意味で卑怯な気もするから、声高には主張しない。でも、今でも遅くはないと思う。外食産業を救うつもりがあるのならば、飲食店のコロナ対策でローラーをかけるべきじゃないかと思う。人海戦術の人手は、旅行業・観光業なんかで仕事にあぶれている人たちを動員できると思う。収入が細くなってる人たちに仕事を回せるから一石二鳥じゃないか?しかも、旅行業界なんて、飲食店を「選んで」ツアーのコースに組み込んだり、関係性も高い訳だから、旅行業界の人材が「お店のコロナ対策をチェックできる」ようになることは、長い目で見てのメリットが大きい気がする。ですけどね、たぶん行政は何もせずに、外食産業を見殺しにするんだろうな、なんて気もする。「自粛要請」で「協力金」を支給する、そんな場当たり的なやり方ではない方策が、あったはずなのに、と、思う。あたしゃ、何度か書いた気もするが、ひっそりと自分のブログで騒いでいるだけだから、だからどーこー思わないけど。

と言いつつ、もう今は、こうした「火元」対策が大切な時期を通り越して、「火元」で感染した無症状の方々が、拡散してしまって、外食を自粛していても、あちこちで火の手が上がる状態に突入してしまったんだろうとも思う。それが「家庭内感染」が最多を占める現状につながったように思う。

こうなったら、できることは、片っ端からやる、なんて流れか。

マスク、手洗い、うがいの徹底、三密回避。さて、それ以外。

医師が解説! 科学的に証明されている「シナモン」の健康効果
https://news.yahoo.co.jp/articles/07120d267cc4346074d11ec0af3cd82befb660cc?page=1

私は、紅茶を飲むときには、レモンではなく、よくシナモンを振り入れている。(レモンじゃない理由?使い勝手の良かった冷凍・冷蔵庫がずいぶん前に壊れちゃって、基本的に乾物でないと事務所に置いとけないから、ただそれだけの理由。)
シナモンの「抗炎症作用」や「抗菌」作用。抗ウイルス作用についてはわからないけれども、抗酸化作用とかは、感染しにくい体を作るのには結構役立つかな?と思う。

食材のパワーって、すごいと思う。私の場合には、生姜が、なんとなく「ウツ」の時にも、さらっと「よし、やるか」みたいな感じに切り替えるのに、不思議と役立ってる気がする。(個人差はあると思う。きっと、脳内のどこかの血流改善、なんてのが作用機序でしょうかね。わからんけど。)本当に、不思議で、最近は、朝「よし、やるぞ」なんて時に、自家製の生姜の甘酢漬けをちょっとだけ食べてからコンピュータの前に座ってる。やはり、医食同源かな、なんてことは体で感じる。

https://www.sbfoods.co.jp/company/rd/meeting/bnlkv800000001n2-att/2017_04.pdf
クミン種子水溶性抽出物の免疫賦活効果に関する研究

調味料のクミン。ヤオコーの売れ残りのワカモレ、なんかもクミンの香りが強くて、キャベツの一夜漬けなんかに活用してますが・・・意外なことに、シナモンの代わりにクミンを紅茶に入れても、結構(私個人としては)いける気がする。

で、クミンの免疫力増強作用は、かなりはっきりしていると思う。

高濃度ビタミンCが新型コロナウイルス感染症の予防になる!?

高濃度ビタミンCが新型コロナウイルス感染症の予防になる!?

L-アスコルビン酸。私はもう、何十年も前から愛用してます。40年も前、「メガビタミンC」とかで、ガンの予防効果があるとか、何かと話題になっていた。ビタミンCとか、L-アスコルビン酸でググると、「食品加工」の業務用のパッケージなんか、かなり安く手に入る。「コロナ ビタミンC」でググると、高濃度のビタミンCを患者に点滴するなんていう話も出てくる。水溶性で過剰摂取しても尿中に排出されるから、と言いつつ、過ぎたるは猶及ばざるが如しで、2000mgとか3000mg程度だったら、日常的に経口摂取しても体調管理にはいいんじゃないかな、なんて、個人的には思う。ただ、体質によっては下痢しやすくなる、と理解してます。(便秘の人にはもってこい?便がゆるくなる。)

苦丁茶とは~6つの効果・効能と味、作り方やおすすめの飲み方まとめ


苦丁茶とは~6つの効果・効能と味、作り方やおすすめの飲み方まとめ

若干苦いけれども、鼻に抜けるような結構爽やかな香りが、個人的には好み。これも、痰を出しやすくし(気道を潤し)たり、免疫力を賦活したりする。

https://erecipe.woman.excite.co.jp/article/E1595302662400/
【めかぶの栄養】低カロリーでミネラル豊富!日頃の食事に取り入れよう

色々書かれていますが、個人的には、苦丁茶と同じように、ヘビースモーカーの私にとっては、痰を出しやすくして、ややCOPD気味な時に数日摂取すると深呼吸がすごく楽になる、体感的にはそんな食材です。気道からの粘液の分泌を促してくれる、そんな気がする。(気がするだけです。個人の感想以外、何者でもありませんが・・・)

私は、もう10年以上インフルエンザのワクチンを接種していない、と書いた。(日常的に学生と接する仕事だったから、何かの行きがかり上、接種したこともあったかも知れないけれど、)ほぼ、要らんわと思ってスルーして来て、それでも過去20年近く、インフルエンザには感染していない。
と言いつつ、ヘビースモーカーでもあるし、結構酒も飲んだから、ビタミンCとか、ここまで書いたようなのは摂取はして来た。クミンとかシナモンとか、紅茶に振りかけるだけなら、それこそ調味料として売られている200円とか300円の奴で1年は楽に使えますからね。コスパは抜群。ビタミンCも同じ。

私の場合には、これらも「できること」として、普通に摂取したりしてます。

ただ、最後のページにこんなことも書かれていた。

注意してほしいのが、「めかぶダイエット」のような、一つの食品に偏った食べ方をしないこと。めかぶはとても健康的な食材であることに間違いはないのですが、偏りすぎるのはいけません。

昔、みのもんたさんが昼時にやってた番組で、「これが体にいい」とか言うと、その日の午後にはスーパーで売り切れる、みたいな騒ぎがあって、あれはもう、管理栄養士さんとかから言わせると、滅茶苦茶な話だったみたいです。何事も程々に。ただ、習慣になって、食材やら調味料、あるいはお茶のような嗜好品の一つとして摂取すると、体質が変わってくる、なんてことはあるかも知れないと、個人的には思う。

今時、とにかく、できることは片っ端からやる、しかないかな、と思う。行政は「協力してください」と言うだけで、何もやってはくれないと思って間違い無いと思う。(このご時世で、コロナ対策よりも禁煙指導、なんだもの。)自衛しなければ。

タジン鍋

数日前、だと思う。ラジオを聞いていて「タジン鍋」なるものは、モロッコあたりと関係する郷土料理というニュアンスで受け止め、自分の誤解がひとつ解けた。改めてググりましたよ。タジン鍋で。今時は、調べるのが本当に楽だよね。本当に、Googleは、世界を変えた。

ほら、親子丼みたいに、豚肉と卵なんかのを「他人丼」とか言うじゃないですか。てっきり、何かそんな感じで、タジン= 「他人」だと思っていた。良かったぁ、誰かに話さなくて。(書いてるけど。)

ちなみに、「他人」は、「ひとごと」と読むことはあっても、「たじん」とは読まないらしい。「余人を以て代えがたい」は、「よじん」と読み、「よにん」ではない。どちらも意味は「他の人」なんだけど、字義的には微妙に意味が違いそうだ。日本語って難しい。

で、こうやって調べてしまうと、何となく、タジン鍋を買ってきて、タジン鍋料理を作りたくなってしまう。現地の香辛料を手に入れたくなってしまう。コロナでなかったら、モロッコとか北アフリカを旅してみたいとか、思ってしまう。でもたぶん、思うだけ。

もう、仕事をしなくても安泰ってな状態になったら、改めてやりたかったことを片っ端からやってみようか、なんてね。つまりだ、きっと、タジン鍋を買うことはないだろうと、そういうことですね。

不存在/存在

「コロナは茶番」侮る人の大量発生を防げない訳
https://toyokeizai.net/articles/-/399496

東洋経済さんが、スピリチュアルな切り口を扱った記事を、掲載されたんだ、と思って、ちょっとだけ喜んだのも束の間。

なんだか、犯罪者扱いされているような気がして、私の書いているページなんかも、ここに括られるんだろうかと考えると、あまりいい気分じゃない。
「誤解」があるならば、解くべきだろうと考えた。「決めつけ」があるならば、反論するべきだろうと考えた。

現代というネット社会。極めて厄介なのは「非常に浅薄な理解で対象に対する決めつけを行う人がいると、そうした主張に深く考えずに迎合した、無関係な第三者が、加害者となって襲いかかってくる」現象だと思う。

師匠の勉強会から、私自身が考えた内容をしばしば、ここに書いている。その内容を「スピリチュアル」だと断じ、コロナ対策に有害だと決めつけられて、その「誤解」を解かずにいたら、師匠に迷惑がかかる。それだけは避けたい。
だから、このページを書こうと思った。

この評論家の方。表現を断片的に(正確なところは、私のページの読み手の方々が、元記事の全文にも目を通していただいていると、想定して)拾い上げても許されるならば、

これらは、あらゆる物事の背景に「何らかの主体的な存在」を探そうとする進化心理学の理論をなぞるものだ。

認知科学者のダニエル・C・デネットは、それを「志向的な構え」と名付けている。

学問の話か?私の立場は、というか、師匠のお立場も、この著者の方のスタンスとは全く別で、「だって、そこに存在しているんだから、その話題を取り上げているだけ」であって、存在しているものの存在を感じ取れない方に、無理にわかってもらおうとも思わないし、学問体系として扱おうなんて、馬鹿らしくてカケラも考えていない。

お腹がすけば、誰もが料理したりして食事する。食材を炒めたり、煮たりして、塩こしょう、砂糖、みりんなんかで適当に味付けして、「ああ、おいしく食べられる」と思っているところへ、調理科学という学問によれば、とかなんとか理屈づけを持ち出されて、「このタイミングで塩を加えることによって、なんちゃら、かんちゃら」って、うっとうしい、というか、面倒臭いというか、そうじゃないでしょ、と。
目の前に食材があります。お腹が空いています。こうして炒めて、自己流で料理したら、結構美味しく食べることができて、おなかもいっぱいになりました。以上。それだけ。そこになぜ「学問」を持ち出す?

そもそもが、この

あらゆる物事の背景に「何らかの主体的な存在」を探そうとする

ってところが引っかかる。探そうなんてしてない。そこにいるじゃない、っていう話題なんだが・・・議論する気はない。議論にならない。根拠を提示できないから、そうやって学問したいならご自由に、という感じだろうか。ただ、百聞は一見に如かず、で、こちらとしては、「一見」の話題を扱ってるのに、「百聞」で学問している方々の主張を土台に話題を振られた挙句に

しかし、実態としてエイズ否認主義の結末と同様に、コロナ禍に対する現実離れしたものの見方は、世界中で犠牲者数を増大させる片棒を担いでしまう。

この結論は、かなり困る気がする。

良かれ悪しかれ「スピリチュアル」なんていうカテゴリーが市民権を得た、という証拠のような気もするけれども。

数年前まで私は、臨床工学の分野の専任教員だった。大学で教えた教え子の何人かは、現場でECMO(ExtraCorporeal Membrane Oxygenator;エクモ; 膜型人工肺血液酸素化装置)を回しているかも知れない。臨床工学というのはそういう分野で、人間の体に「機械装置」で働きかける、医療分野の一つだとご理解いただければ、と思う。

そこで教えていて、あえて私が、師匠から学んだ中で「スピリチュアル」な立場から学生に働きかけたとしたら、唯一、以下の話題ということになるだろうか。(この時以外は、一切、人間の体をモノとして扱う立場を貫いていた。)

ある学生の態度が気になったので、クラス全体に、こんな質問をしたことがある。無論、医療従事者としての括りで、細かい職域の話題を持ち出しても、学生にはそこまで理解がないから、あえて「医者」という括りで質問をした。

「もし、皆さんが、医者にかかるとしたら、次の三人のうち、誰を選ぶか?
まず、Aさん。医学知識は抜群で、外科手術などの指先も器用だけれども、患者を人として扱わない心の冷たい人。
次に、Bさん。医学知識が抜群に優れていて、患者思いで温かみがあっていい方なんだけど、診療とか治療行為となると、不器用で、血管にカテーテルを入れるのに30分とかかかるような、不器用な人。
最後に、Cさん。人間として温かみがあって患者思いだし、指先も器用で手術ミスもないけれど、医学的な知識がおぼつかなくて、誤診が少なくない人。
さて、Aさん、Bさん、Cさん、だれに診てもらいたい?」

学生に何を言いたかったか、また、私がどんな答えを望んでいたか、適当に察してもらえるとありがたいです。
ただ、この話題の持ち出し方は滑った感が半端ない。意外なことに、(あるいは、ある意味当然かも知れないけれど、)多くの学生がAさんを選んだ。まぁ、そうだろうな。そうかも知れない。おそらく彼らの基本的な考え方は、人間の肉体は機械と同じで、知識が正確で、治療行為(手技を含めた物理的な扱い方)が正しければ、どんな思いで接しても、治る病気や怪我は、同じように治る、ということかな。心が体に与える影響などは、ない、か、または、あったとしても大した影響じゃない、という考え方が、ある意味で「社会通念」なのかも知れない。

ただ、患者として医者に接した経験がある人だと、Aさん、Bさん、Cさん、どれも嫌だな、ということがあるかも知れない。(完全に、滑ったとは思ったけれども、)私がこの話題で言いたかったこと。知識も大切だし、スキルも大切だし、患者に対する心も大切だし、三拍子揃っていないと、いい医療従事者にはなれないよ、ということでしょうか。(でしょうか、って、質問してどうする・・・)
実際、患者の立場になったら、Aさんみたいな医者だと、嫌だと思いますけどね。これは、患者になってみないとわからないかも知れない。そして、案外、世間一般の理解も、人間の体を機械として扱って、措置さえ正しければ普通に治る、と、そういうことなのかも知れない。

念のために申し添えれば、外科医ばかりではなく、かなりの医療職で、ある意味「技術職」のような「スキルの熟練」は求められていると、私は理解しています。人工心肺なんて、たぶんだけれど、文字通り「患者の顔色」を見ながら、微妙に、ポンプの回転数を調節したりしているんだろうな、なんて思う。微妙な指先の感覚、大事だと思うから、前述の話題を持ち出した。

もし、ここで私が「相手に接する心が大切だ」と、学生に伝えようとしたことが、もしも「世間一般」の「スピリチュアル」の括りに属して、

コロナ禍に対する現実離れしたものの見方は、世界中で犠牲者数を増大させる片棒を担いでしまう。

という判断をされるとしたなら、一般の医者がどう考えているか、患者に対してどんな態度をとっても、結果が同じかどうか、聞いてみて欲しいと思う。
「心療内科」なんていう括りがあったな、と思う。心なんてものが肉体に影響を与えるのは、錯覚だと主張するなら、お医者さんたちにも聞いて欲しいと思う。
私の理解では、人間の実体は「肉体」ではなく「意識体」つまり、「心」。肉体の細胞は、多細胞生物から、進化のプロセスにある単細胞生物、さらに遡ってコアセルベートに至るまで、細胞自体もヒトとは異なる「意識」を持っている、と理解する。そこからさらに遡り、電子のような粒子にも「意識」があると、師匠の講演会を通じて私は理解している。こうした本も出版されている。

量子力学が明らかにする存在、意志、生命の意味

つまり、「肉体」の借主である私たちヒトが、肉体の「細胞」たちの声を集約する「脳」に反応し、あるいは、「脳」を通じて肉体に「意識」を送れば、体そのものも、「対応を変える」ということがある、という文脈で、「心」による働きかけが重要だとして、健康とか病気とかを考えている。それが、実際の医療で、どこまで当てはまるのか、検証した上で「現実離れ」しているかどうかを論じて欲しいと、私は考える。
下部構造について「階層性」が成り立つならば、上位構造についても「階層性」が成り立っていると、容易に推測できると思うのだけれども、ヒトこそ、唯一意識を持つ存在であって、ヒトの下にも、ヒトの上にも、意識体など存在しない、という主張は、一体どんな根拠から成立するんだか。私は、むしろ、そちらの根拠を伺いたい。

師匠の講演会。確かに「何らかの主体的な存在」が前提になる。ただ、探しているんじゃなくて、そこにいるよ、ここにいるよ、と、そもそもの出発点が違うから、それを「学問」として扱われてしまい、その学問的な解釈から危険だと言われてしまうと、文句を言いたくなる、というよりも、的外れも甚だしいと突っ込みたくなる。証拠の提示?いや、そもそもが、接点がないという気がするから、理解は求めていないんだけれども。(そもそも、理解とかそういう問題ではなくて、あ、確かにいらっしゃると、感じるとかそういう問題であって・・・)ダメだなぁ、言葉で表現しきれない。私の、言語表現能力の未熟。

ただ、事実として書けることは、師匠は秩父周辺で、万を超える人数の方に手を当てて、ヒーラーとして結果を出して来られたから、医者から見放された病気を治してもらったという方も、相当数いらっしゃるはずだと思う。以前、ぼそっとおっしゃってたと思う。あの人たちは、今どうしてるんだろうか、みたいな感じ。師匠は一切の報酬は求めないから、タダで治してもらいました、ああ良かった、じゃあね、と、そういうことかも知れないし・・・わからん。ただ、少なくとも、冒頭の記事にあった「チャネラー」という括りがあるとしたら、師匠はその「チャネラー」にも「ヒーラー」にも該当すると思う。それ以上だとも感じているけれど、書くのは、ここにとどめておく。
「そういう、お前は何様のつもりだ」と言われたなら・・・私の答えは、「私は医用工学を専攻した、システムエンジニア様だ、文句あるか」でしょうかね。あれこれと、やったり、書いたりはしましたが。(何をどう、突っ込まれても、ボケには困らんけど。)

ここまで書いて、やっと、書き始めの頃に感じた違和感の正体がわかった。この一文。

あらゆる物事の背景に「何らかの主体的な存在」を探そうとする

そうか、この学説を唱えた方も、この著者も、この「何らかの主体的な存在」が、存在しないという前提で書いているんだ。
と気がついて、気が楽になった。
こんな感じ。エレベーターの前で、さかんに社長の悪口を言ってる社員がいた。その社長を、僕は好きだと仮定して・・・。
その人のすぐ後ろに、近づいてきた社長が立ってるのに、真後ろに目はありませんからね、平然と社長の悪口を言い続けている、そんな感じかなぁ。向かい合ってる私にしてみたら、あなたの真後ろに社長が立ってますよ、と、言いたいのだけれども、黙って勝手に言わせておく感じ。
腹立たしいというよりも、なんだか腹の底では、ニンマリと笑いながら、どうぞ、ご自由に言いたいように続けてください、っていう感じだろうか。社長が、ご自身の存在を否定する方に対して、寛容かどうかは、私は知らない。

一つだけ、主張しておきたいことは、他の「スピリチュアル」な集団については知らないけれども、少なくとも私が参加している勉強会については、社会秩序に敵対するつもりなど、一切ない。
私自身は、たぶん20年以上インフルエンザのワクチン接種は受けていないし、それでもインフルエンザにはまったくかかっていない。ただ、それを他人に当てはめるつもりもなければ、インフルエンザ・ワクチンの有用性を否定する気持ちなど毛頭ない。ただ、流行しているインフルエンザの種類と、用意されたワクチンの種類が噛み合わなければ、効果が乏しい点については、医学的な論文を根拠に主張することはあるかも知れない。
他の勉強会の仲間について、感じたままを書くならば、結構「見えたり、聞こえたり」という経験がある方々が、その正体を知りたくて流れ着いて(流れ着いて、って、結構失礼な表現かも。すみません、私の場合はという流れで書いていますが・・・)勉強会に参加したり、されているようなケースもあって、(ここがポイント)「存在を探そうとする」のではなく、「あの存在の正体は何なの」という方が前提になってる。議論が噛み合うはずがないことは、百も承知しているけれども、人畜無害で、一切世間に迷惑をかけるような行動はしていないし(え?私?存在そのものが迷惑だ、って言われたら、反論できませんが・・・)この種の決めつけは、やめて欲しい気がする。何も感じられない人と、「あの存在はなんなの?」って、議論できるはずもないし、どうしたらいいのよ。
そもそもが、なぁ。「見える、聞こえる」が日常だった方にとって、それをわかってもらおうとしたって「無理/無駄」という答えしかない、気がする。決めつけられて押し切られるのが関の山だから、存在しないことを学問として扱うなら、どうぞ、ご自由に、ですが、私は「どこが学問なの」と思っていると、そんな気分だろうか。

数学なんかの場合、「不存在の証明」は、厄介極まりなかったな、と思う。証明されていない命題って、まだ何かありませんでしたっけか?ところが、「存在の証明」は、簡単かつ、単純極まりない。「はい、この解が存在しています。」と、それだけ。
私の感覚では、「ここに解が存在してますね」と、それだけなのに、「そんなのはフェイクだ」と、何を言ってもフェイク扱いの一点張りで、存在していると言えばフェイク扱いされて、存在していないことを前提としての「学問」とかを振りかざされると、なんだかもう、付き合いきれない気分になってくる。某国の大統領並みに、厄介な相手に感じる。
この、「何らかの主体的な存在」が存在しないことこそが、真実であると主張してやまないならば、私の感覚では、そうした立場の方々というのは、「コロナなんかフェイクだ、と、日本医師会の建物に殴り込もうとした方々」と、まったく同じに感じる。

書きたいこと、今書けると思う内容は、書き尽くしたと感じた。
百歩譲る。「何らかの主体的な存在」が存在しないとお考えならば、あなたのその「自由意志」に対して、一切干渉するつもりはない。「肉体こそ全てで、死んだらそれで終わりだから、必死で生きることにしがみつく」という立場も、そうお考えならば、干渉はしない。私自身も、(また、同じ勉強会に参加している仲間の大半も、)「肉体を持っている、ということは、神から与えられた得難い経験の場だから、生きる(肉体生命を護持する)ことも、とても大切なことだ」と、考えている(と、思う。)でなきゃ、「医用」工学なんか、専攻するか、と言いたい。

私自身は、少なからず「早期にコロナ禍が収束し、何事もなかったかのように、東京オリンピックを開催できる」などとは感じていない。早期に収束させたいならば、一人でも多くの人が、ヒトとしてどう生きるべきかについて、真剣に考えて行動すべきだ、とは、私自身は考えている。(おそらく、この部分に異論があるのだと思うけれども、)無論、ワクチン開発も重要だし、マスクやフェイスシールドについても、今年の2月か3月頃には騒いで書いていた。バックナンバーを参照してください。言わせてもらえれば、もしかしたらその「スピリチュアル」な方面から何か突かれたから、フェイスシールドだのPCR検査だの、本当に今年の2月上旬には騒ぎ始めたと、私は感じている。5月頃まで、「PCR検査の数を増やすべきじゃない」なんていう主張も、結構あった。反駁する元気がなかった。今にして思う。看護師さんたちをバイキン扱いする人たちがいるんだから、「スピリチュアル」を諸悪の根元に仕立て上げる人がいても、仕方ないのかなぁ。その共通点/違いを、800字以上1200字以内で記述せよ。

コロナ禍に対する現実離れしたものの見方は、世界中で犠牲者数を増大させる片棒を担いでしまう。

どっちがだよ、と私は思う。この一文が、いかなる根拠によって主張されたものなのか、具体例を挙げて指摘していただきたい、とも、私は感じます。

いかなるものであっても、論説は論説として尊重します。書き手の人格に対する攻撃は、したくない。(けれども、私自身の根が野蛮だから、ついつい、攻撃しがちになる部分については、師匠からもやんわりと諌められたことがあった。もう、30年以上、アングラで書き続けてますからねぇ。師匠には全部筒抜けだけど。)
決して、理解しあえないとは考えない。私は、議論は好きだけれども、口論は絶対にしない。(僕がたった一言言っただけで、ギャーギャー騒がれたなら、ただ黙って、その場を去ります。口論はしません。これはもう、実践してます。)

東洋経済さんの記事は、(授業が忙しい時を除いて)私の使うニュース配信アプリで流れたものは、たぶん、半分以上読んでると思う。
むしろ、このコロナ禍で、私たち(「スピリチュアル」系)に何ができるか、ご指摘いただけるならありがたい、とも、考える。どんなわずかなことでも、たった一人の肉体生命を救うためであっても、何ができるか、考える素材を提供していただけたらありがたいとも思う。だからこそ、「スピリチュアルな発想が、危険」とはいかなる具体的な事例を想定しているのか、お聞きしたいとも思う。

くどくなったのは、私自身が些か感情的になったからかも知れない。申し訳ない。終わります。以上

あれこれ

https://www.dailyshincho.jp/article/2020/12270559/
保健所が厚労省に「2類指定を外して」 体制の見直しで医療逼迫は一気に解消へ

これ、結構核心を突いている気がした。
指定感染症は、平時に感染を広めないための制度。ただ、今回は「平時」とは言えない。緊急事態だから、平時と同じ扱いをするのは無謀だと思える。

法律だか、厚生省令だかはわからんけど、まず「どうしたら、医療現場の負担を軽減できるか」から考えて、次に、行政が指定している何が障害かを見極めて、アドホックな「指定解除」とか、「特別措置」だとかを政治の現場で指定すべきだ。法律だとか、厚生省の指示だとかに縛られるから、「助かるはずの命が失われる」現状が創られてしまっている、と思う。

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20201227/k10012787151000.html
政府機関狙った大規模サイバー攻撃 米がロシアに対抗措置検討

これ、NHKで、技術的な話題も解説していた。システム更新の際のデータに、マルウエアが仕掛けられていた?
どういうチェック体制だか。
不明、とされているけれども、たぶん、「内部の人間の正当なアクセス」を装って、アメリカの基幹情報はほとんど抜かれていると思って、間違いない気がする。誰がシステム担当の責任者だったんだか。ってか、その責任者の首を、気分次第で次々に差し替えた大統領が誰だったんだか。他国のことだから、どーでもいいけど。

今の、オペレーティングシステムの更新では、サーバ系ではパッチコードとか、カーネルのモジュール単位での差し替えが多いように思える。そのすべてをチェックしなければ、危険すぎると思う。

国が、マイクロソフトとかグーグルとかに、どっぷり、ではなくて、国の機関が管理できるオペレーティングシステムを確立すべきなんだ。って書いて、つまらんことを思い出した。この話題、もう20年以上、同じ主張を延々と繰り返している。
最短距離にあるのはLINUXだと思う。一番管理しやすい。通じやすい表現なら、コントロールしやすい。(同じ意味なのに、なぜ、ニュアンスが違っちゃうんだろうか。)国の機関が、日本の行政機関に、コントロール可能なオペレーティングシステムを搭載したコンピュータを配布して、それでシステム統一を図らなければ、データを全部抜かれるなんていう騒ぎは絶対に起きると思う。

おそらくだけれども、アメリカの場合には純粋な行政情報だけであって、「銀行口座」だとか「クレジット口座」に関する情報は含まれていなかったに違いない。その結果、サイバー攻撃の露見が遅れた。盗んだ側の政治判断に利用されるだけだったのかもしれない。

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20201225/k10012783371000.html
政府 デジタル改革の基本方針閣議決定 来年9月デジタル庁発足

なんだかもう、絶望的な気分で、「あ、間違いなくやられるな」という気がしている。理解していない人間が多すぎる。効率化は、メリットとして言うまでもないけど、リスクが大きすぎる。リトアニアとか、韓国の場合にはわからないけれど、相当に失礼ながら言わせてもらえれば、アメリカと比較してハッキングした際に得られるメリットがリスクに対して少ないから、標的にされなかっただけのような気がする。OS周りの防御を固めていなかったら、国民の個人情報は言うまでもなく、国防情報から何から、全部抜かれることもあり得る気がする。

私に思いつく対策は、二つ。

最低でも、行政機関の間の通信は、インターネットではなく、VPNなどのイントラネットの基本構造を使うべきだ、と思う。理想的には、個人情報カード、(って、なんだったっけ?マイナンバーカード?生理的に不安と不信で拒絶反応があるもんで、名前すら正確に覚えていないけれども、確か、そんな名前)に、VPNの接続情報も持たせる(具体的なアーキテクチャが、すぐには思いつかない)などして、一般国民からのアクセスも、日本国のVPN経由でなければつながらないようにすべき、じゃないか、と思う。

これも、大変失礼な言い方だけれども、中国人はあらゆる関係システムの関係者から、除外すべきだ。
理由はただ一つ。中国政府が、海外にいる中国人に対して、スパイ行為に協力しない場合には罰則があるような法律を成立させているから。
個人的に、中国国籍のある知人で、「危険視」したい人など一人もいない。けれども、彼らが帰属している国が、彼らをスパイに仕立て上げる法律を成立させて、スパイ行為を強制することを可能にしている以上、政府機関は言うまでもなく、政府関連システムを受注する企業の従業員から(末端のプログラマに至るまで、理由は単純で、コードが読めるなら、システムなんてクラックできる可能性が極めて大きいから)中国人を排除すべきだと思う。(僕と知り合った中国人のみなさん、ごめんなさい。文句があるなら、政府に言って欲しい。でも、文句言って逮捕されても、僕に責任を転嫁しないで欲しいけれど。)

なんて、書いてみたけれども・・・。
LINUXを学校教育で、とか、国がオペレーティングシステムを管理しろとか、もう、何十回、間違いなく20年以上、バカの一つ覚えみたいに主張し続けている。僕の書いたページ、そこそこ外でも読まれているとは思うんだけれども、完全に無視され続けてるし。「一つ覚え」がとれて、単なるバカだからなぁ。どーでもよくなった。コロナもそうだけど。PCR件数を増やすべきだ、なんて今年の頭にひたすら書き続けたけれど、通じなかったし。

なんだか、「無精髭が伸びちゃった。剃りたいけど、自分は不器用だから、」って、通りすがりの人を適当につかまえて、千円と「安全」カミソリを渡して、「髭を剃ってね」って言って、顔を首を、「安全」カミソリを持った相手の前に、無防備に突き出してる、そんな感じの「国家情報のディジタル化」っていう気がする。(すみません、もっといい比喩があったに違いないけど、頭が回ってないので、こんな無理無理の比喩)運が良ければ、うまく髭を剃ってくれる、っていう解釈で、別に構いません。

その場しのぎ。この話題。どちらも菅総理に通じそうな気がまったくしない。

大丈夫。肉体が死んでも、魂(意識体)は永続します。システムがクラックされて、個人情報が抜かれても、一体何が困るの?なに、知られて困るようなことばっかりやってるから、プライバシーの侵害に文句をつけてるのか?(って、この主張は、突きつけられたことがあったなぁ。)ね?悪いことしてないんだったら、住所から趣味から、何からなにまで、筒抜けになっても、別に困らないんじゃないの?(って、これは当時のマスコミで流れた、ある記事の書き手のニュアンス。)銀行口座、クレジット口座?え?盗まれて困るほど金を持ってるんだ。それは良かった。おかげさまで私には縁がないから、やっぱり、どーでもいい。

よくよく考えてみたら、コロナの拡大にせよ、情報漏洩にせよ、私には困る要素が一つもないことに気付いてしまった。

と言う訳で、このページ終わります。なんだ、どーでもいい話題で、大変お騒がせしました。

目の前の、たった一人

親父がそうだったなぁ、と思う。お袋も、それに近いところがあった、それで疲れ切って家に帰って来て、家族のことには無関心だった。ただ、おじいちゃんや、おばあちゃんがいたけれど。

目の前のたった一人に、どう対峙するのか、本気の教師も、本気の介護者なんかも、そこに行き着く、気がする。(個人差はあります。)

演繹して、医療関係者も、そうなんだろうな、と思う。教師も、介護職も、その境地に辿り着けないなら、そのたどり着く過程が、魂の進化にはかなり重要なんかなぁ、なんて思う。魂なんて信じない方は、どうぞ、ご自由に。そうでない方は、ちょっとだけ考えてくれたなら、嬉しいかな。この課題を超えるのは、魂の進化の上では、きっと大きい。

それはそうとして、目の前のたった一人の存在を知るには、現場に立つ必要がある。それができない、それをしようとしない、行政やら、立法府の議員やら、そうした(願わくば、たぶん)一部の人々が、問題なような気がする。

何をどう表現したら伝わるのかなぁ、なんていう疑問はさておいて、そんな「目の前のたった一人」に対する自分を、どうしたらいいのか。

疲れた、眠い。以上!

模範になり得ない人たち

今、不正行為を疑われた学生への対応で、必死に悩んでいる。

指摘を受けて、事実を確認したのは、もう1週間近く前。こういう仕事はやりたくないなぁ、という、ほんの僅かの「思い」があると、どうにも私の体は動かなくなって、仕事が猛烈に遅くなる。時間に押されて、とりあえず、一人分だけは対応するメールを書いた。残り一人。

何かって言えば、このニュース。

安倍前首相の証人喚問、自民・森山氏「なじまない」…否定的な考え
https://www.yomiuri.co.jp/politics/20201220-OYT1T50215/

僕もね、学生の頃からニュースとか見ていて、自分の感じたままの判断もしていて、「なんだ、世の中なんて、バレなきゃ何をやってもいいんだ」なんてことは、ずいぶんと感じた。それでいいなら、それでいこうか、なんてことも思ったりした。

いや、今でもやってますよ。例えばスピード違反。警察の取り締まりがなければ、加えて、前後に車がまったく見えないなら、40km/h制限の道路で70km/h近く出したりもしているけれど。(一応、現行犯でお願いします。自白しちゃってますが・・・)一旦停止もねぇ・・・車が来ていないのが完全に見えていれば、ちょっとスピードを落としただけで、すぐに行っちゃってるし。歩行者としてだけど、車が来ていないなら、わざわざ横断歩道までいかずに道路を渡ってるし、(その辺でやめとけ、ってか、)この辺でやめときますけど。

だけどなぁ。自分だけが得する不正行為。いや、学生の不正行為は、長い目で見たら何の得にもならない。実力が身につかないなら、言わせて貰えば、そんないい加減に単位をとって社会人になった奴なら、「悪いけど、君には能力がないから、大切な仕事は任せられない」と、切り捨てると思う。そうなってもいいなら、不正行為で単位を取ったらいい。今はバレなきゃそれで済むし。でも、バレなくても、いずれは真面目に取り組んだ学生とは差が歴然としてくる。いずれは、本人がツケを払うんだから、適当に処理しようか、とも思ったりもする。(僕だって、楽をしたい。)でもなぁ、「世の中なんて、チョロいもんだ」なんて、学生のうちに思い込んでしまったら、それこそ、社会人になって、40代、50代、子供が大学に通うようになったりして、金がかかるようになった時期に、不正がバレて、テレビカメラの前で頭を下げた挙句に、無職になったり、やっぱり、どんな短期間でも自分が関係した学生に、そんな人生を送らせたくないから、不正は不正として、本人に突きつけるべきかな、なんてことも思う。元気があれば、どちらかと言えば、後者に振れてる。不正への対応なんて、こっちだって、面倒臭い。

再び、自分だけが得する不正行為。あの、着服、だとか、収賄だとか、なんだとか、かんだとか。

もう、若い人たちに示しがつかないから、あの、収賄の巣窟みたいな政党には引っ込んで欲しい気がする。本当にもう、いけしゃぁしゃぁと・・・

日本がアメリカの言いなりなのには訳がある、なんて思うな。冷戦時代の時代背景から、ある程度は「大義名分」があった構造が、水面下で、単なる利権構造としてだけ残存している、なんて、そんな気がする。商社は、角栄さんの丸紅当時から、相変わらずかもなぁ。それを、当たり前だという感覚(要するに、不正があってもバレなきゃ当然、みたいなのが、党本部では普通に会話している人たちの感覚)で、モリ・カケ・サクラを処理しようとしたもんだから、そこここに綻びが生じてる。ホテルでの懇親会をごまかし切ろうと思うなら、ホテルマン全員に、ボーナス相当ぶんくらいの口止め料を支払ったら良かったのに。「不正」をしようと思うなら、そこまで徹底すりゃ、バレなかったんじゃないかなと思う。およそ、あの政党の議員は、日本の未来を背負って欲しい若い人たちへの模範には、なり得ないね。

そういう人たちが、「みんなで靖国神社へ」なんちゃらで、神社本庁だとか、戦友会だとかと結びつく。あっと、戦友会は別。太平洋戦争で戦った人たちとは、一緒にご遺骨の収集活動に参加させていただいて、戦友への思いがどれだけ篤いか、今思い出しても涙が滲むくらい、感じてはいるから、戦友会の靖国神社への想いは、一切否定しない。それを、政治に利用しようとする方々が、情けないし許せない。そういう人たちが平気で不正を働く。神社本庁って、要するに神道系でしょ?「清く、正しく」でしたっけ?癒着だなぁ。清く正しく、美しい、モリ・カケ・サクラ。問題は、シラを切り通せるかどうか?あ、それが神道の教えね?よぉくわかった。神産巣日神(カムミムスビノカミ;音は当時のまま)様とか、大昔、この日本に実在された方で、今は上で見聞きされてると私は理解しているけれど、どうお感じなのかなぁ。知らね。

口止め料を払うなら、徹底的に、末端まで支払うべきだね。それでも、口止め料だけ受け取って、リークしちゃう人もいるかも知れないけど。どっちもどっちかなぁ。ここから先、もう、なんかあったら、全部ネットにリークされると思っておいた方がいいね。それで困るなら、最初から悪いことなんかしなけりゃいいのに。

え?何?悪いことをしない訳にはいかない?だったら、政治家をやめて欲しい。教育上良くない。

なんて、書いた挙句に、当の若い方々って、「アベちゃん、可愛い」とか、「ガースー、真面目っぽくて良くね?」なんてノリで、「政治参加しま〜す」って、某政党に1票。

際限がないので、もうやめる。言いたいことは山ほどある。

本当に、旅行業、観光業の生業のためにGo Toを考えていた官僚もいたと思うけれど、医療崩壊の声を押し潰した背景には、やはり癒着がある、と思う。結果として、普通なら助かったはずの学生が、救急車たらい回しで亡くなったり、受け入れ先のない在宅療養のコロナ患者の高齢者の死亡が多数報告されたり、もう、そうした状況に突入したと、僕は思う。いや、僕も、生業が危うくなれば、生きることが難しくなる、確かに僕も、そう書いた。ただ、やはりそれ以上に、医療現場での「生きることが難しい」は死に直結すると、それを今、激しく感じている。僕自身が書いた内容への痛切な反省もあるけれど、それ以上に安易な業界癒着による判断や、誤魔化しや、シラの切り通しが、腹立たしくてならない。業界の声に押されての、ガースーさんの判断の遅れが、一日遅れただけで数十人の肉体生命の損失につながる気がする。

もうやめる、と書いてから、また、一段落書いてしまった。今度こそ、やめる。

もう一人の、処分が絡む可能性の大きい学生に関して、科目担当教員としてのメールの文面が、また、思い浮かんでいない。どう表現しようか。

それにつけても、隠し通し、悪事を庇い通して、悪事が表沙汰にならないなら、何をやっても構わないと思っている政治家には、一人残らず退場して欲しいと思う。とりあえず、今日一人消えたね。多少は良心があったんだ。でも、良心を持たない奴が、相当にいるよね。

何としてでも、具体的な証拠を提示してぇ。ちゃぶ台返しで、あの政党を根こそぎ潰すくらいの突破口を開きてぇ。

ってか、仕事しなきゃ。あともう一人。その学生の将来まで引っくるめて、どうメールを書いたらいいのか、シミュレーションしきれてねぇ。もう、頼むから、バレなきゃいい式の政治家には、消えて欲しい。元総理も含めて。


ホテルでの懇親会をごまかし切ろうと思うなら、ホテルマン全員に、ボーナス相当ぶんくらいの口止め料を支払ったら良かったのに。「不正」をしようと思うなら、そこまで徹底すりゃ、バレなかったんじゃないかなと思う。

ここ、ちょっと加筆修正。

人は、誰でも金さえ受け取れれば魂を売るか、って言ったら、そんなことはないと、僕は思う。ですけどね、この書き方、ホテルマン(マン、と書いてますが、ホテル業界で働く女性も含めて、)が、金さえ受け取れたら魂を売る、みたいな書き方をしてしまった。でも、違うね。口止め料をそもそも受け取ろうとしない人も、いるだろうな。そこのところは、訂正します。「口止め料を支払ったら良かったのに。」の表現は、「口止め料を支払う算段をしたなら、中には事実を誤魔化す口裏合わせに協力する人もいたかも知れないのに。」という表現に改めます。追補は、以上。

ウィズコロナ

米議会指導部、9000億ドルの追加経済対策で合意=上院共和トップ
https://www.newsweekjapan.jp/headlines/world/2020/12/305739.php

過去最大 国の来年度予算案を閣議決定 一般会計総額106兆円超
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20201221/k10012775301000.html

緊急避難的に「国民一人当たり」とか、「失業者一人当たりの給付額に上乗せ」などというアドホックな対応。
いつまで続けられるんだろうか。

日米に共通するのは、「いつか、コロナ禍が収束し、元のように航空機を飛ばし、大勢の人が大都市を行き交う活気あふれる経済活動が再開される」という大前提に基づいているような気がする。
本当に、以前の状態に戻るの?というのが、最大の疑問。

ここから続くいくつかの段落は、説明の「根拠」が万人に受け入れられるものではないと思うが、少なくとも「私はこう考える」という意見を述べる。(元の論拠に戻る、という段落までは、読み飛ばしていただいて、結構です。)

コロナは、意識体としての地球が生み出した、と理解している。その目的は何か。
ヒトという生命体は、永続的に存在する「意識体」が実体であって、物質世界はその「意識体」が、他の意識体と交流して、進化のための経験を積む場所として創造された。従って、創造された意図から考えたなら、他者との共存とか、各人が他者のために何ができるかというスキルを高めるとか、そうした目的を持って人々が肉体を持つことが、当初想定されていた。
ところが、まず「意識体」としての存在を忘れて、「今肉体を持っている間に、可能な限り貪欲に欲望を満たす」ことに終始するヒト、あるいは、「何のために、こうして肉体を持ったのか、など、考えたこともない」ヒトが、あまりにも増えた。物理的にも、人間の数が増えすぎている、ということがある。だから、まず、地上に生息している人数を減らすこと、は、明らかに目的の一つだと思う。
コロナ禍に限った話じゃなく、地震、台風、干魃、大寒波、熱波など、異常気象と呼ばれる事象や、人にとっては「害」となる動植物の異常発生など、ありとあらゆる「選択肢」を行使して来ていると、私は思う。

だいたい、昔から、「天災」が起きると、こういうことを言う人物が現れて、危険思想視されたりしていたから、あまりこういう切り口では、この話題に触れたくないのが本音ではあるけれども。
加えて、師匠ならいざ知らず、私には「創造主の思い」などという大それた切り口で何かを語ることなどできないから、既存の宗教であれ、教育であれ、社会慣習であれ、哲学であれ、言及できる範囲の手段で、「人は、人としてどうあるべきなの」という問いかけを継続すること、しか、できないんだろうな、とも思う。二重の意味で、あまり書きたくない切り口ではあるけれども、話を戻す。

つまり、「コロナ禍」が収まるのは、当初の目的を達成した時、つまり、狭義の目的では、地球の人口が適正人口にまで減少した時であろうし、広義の目的では、人々が、本来の自分たちのあるべき姿に気づいた時、ということになる。つまり、私たちは「意識体」としての実体を持ち、それは永続的に存在し、地上で肉体を持って行う行動は、自分が「人類」という集団の中で、どう振る舞うべきか、何ができるかを考え、できることを行うことで、自らの霊格を高めること、という本来の目的が達せられた時、ということになる、と思うのだけれども、狭義の目的である前者についてはともかく、広義の目的である後者については、そんなことを「声を大」にして叫べば、何を馬鹿なことを言っているんだと、失笑されるのが関の山かな、とも思うし、「ぶっちゃけ、無理じゃね?」なんて思えてしまう。そういう意味では、相当に人口が減るまでコロナ禍が続かないと、収束しないだろうな、という気がする。

この下、また、通常の論拠に戻ります。

感染力7割増し、欧州各国でもコロナ変異株 英国から
https://www.asahi.com/articles/ASNDP2BWPNDPUHBI001.html

結局、COVID-19は、 COVID-19aとか、COVID-19bとか、現状から複数の変異種を派生しながら推移し、それこそ、COVID-19c-2についてはA社のワクチンが効果的、だとか、COVID-19f-3は重症化率が極端に高いだとか、人類がワクチン開発するよりも、変異の速度の方が速い状況が続くような気がする。

だとしたら、一時金支給などというアドホックな、一体何回行えば済むのか、無尽蔵の財源がなければ実現できないような施策ではなく、産業構造の転換、痛みというよりも、産業界にとっては激痛を伴うような構造転換の、痛みを軽減するためのパラダイムシフトにこそ、税金を投入すべきではないか、という気がしてならない。

以上、昼休み終わり。

加湿

冬場に流行するインフルエンザ。ウイルスの感染には湿度と深い関係性があります。
https://www.uruorich.jp/guide/guide03.html

https://www.uruorich.jp/common/pdf/influ_english.pdf
Influenza Virus Transmission Is Dependenton Relative Humidity and Temperature

わかりやすいのは、これか。

加湿による効果
https://www.corona.co.jp/aqua-air/sp/nanorefre/kashitsu.html

できることを、とにかく徹底的に。

救急搬送が、どの病院でも受け入れてもらえない。結果的に、コロナ前なら何の問題もなく助かった人が亡くなる。その現実は、ほぼ確定的に訪れると思う。(個人的な予測です。)
問題は、そうした医療崩壊に伴う死者をいかに、可能な限り低く留めるかだと思う。

できること

マスクを装着する、帰宅後の手洗い、(Go Toを含めて)不要不急の外出を避ける、室内の換気、などに加えて、この時期は「加湿」も有用ではないかと思えた。

体感的に、湿度が50%を超えると、冬場の「バチッ」とくる静電気放電が激減する。(実験はしていませんが、私の事務所での体感です。)電気湯沸かし(電気ポッド?)の蓋を開けて放置しておくと、

(1) バチっとくる静電気放電が激減する
(2) 紙が帯電して、ひっついてこなくなる
(3) コーヒーのミル(手回し)で、豆を挽いた後のコーヒーの粉が、あちこちに(静電気で)付着しにくくなる。空気が乾燥していると、とにかく粉が飛散してやっかい。

などのことがある。色々なモノが湿気を帯びて、電荷を逃しやすくなり、静電気による現象をおこしにくくなるんだろうと思った。湿度60%なら、ほとんど、静電気に悩まされることはない。

様々なモノが湿気を帯びていることによって、ウイルスの生存期間(感染性を保つ時間)が減少するのは、引用したこのグラフがわかりやすいかも知れない。

私は事務所での加湿は、電気ポッドの蓋を開けて行っているけれど、この対策には、ほとんどコストがかからないと思う。この、ほとんどかからないコストで、ウイルスの生存期間を大幅に縮小できるのならば、もっと大々的にPRすべきではないかと思えた。

体感的に(理由はわからない)湿度40%と60%とでは、室内の感じが全く違う。静電気のバチッもないし。

ただ、湿度をどれだけ上げても、夜暖房を切れば室温が下がり、飽和水蒸気量を超えた分は、窓の結露などで空気中から取り除かれる。そこから再び「加温」を行うなら、空気中の湿度は下がったままの状態になる。ただ、一晩くらいなら様々なモノの表面がそこそこ湿気を帯びていて、それらが「除菌」の効果を持つならば、毎日、暖房のスイッチを入れるのと同時に、電気ポッドの電源を入れて、蓋を開けたらいいだけではないか、と思う。すべての居室に電気ポッド(加湿器)を一つ。そんなに金はかからんでしょ?昔だったら、ストーブの上に水を入れたやかんを置いていた、だけだったと思う。

これで、「家庭内感染」を少しでも減らせることができるなら、そうした専門家のお墨付きがもらえたなら、もっと大々的にPRして欲しい。

自縄自縛

食後の一服、ならぬ、食後の一筆にしては、ちょっと重いかも。

https://www.asahi.co.jp/webnews/pages/ann_000201449.html
コロナ死者30万人が中国なら「欧米は批判したはず」

相変わらず、理解してないなぁと思った。

その場合、欧米からは「中国の政治体制が原因で多くの死者が出た」との批判が強まり

このコロナ死者30万人の原因の一部には、明らかにトランプの悪政があると思う。外からアメリカを見ていて、トランプだけを責めるというよりも、この責任はトランプを選んだ人たちにもあるな、とも思う。だから、欧米の感覚では「アメリカの政治体制が原因で」ということは言わずに、選ばれたトランプと、トランプを選んだ人たちとの両方の責任だとも考え、「アメリカの政治体制」については特に問題視していない。(いや、トランプが選ばれたということは、その選び方には問題があるのかも知れないけれど)

ところが、中国の場合はどうかと言えば、政府を非難する人がいたら逮捕するでしょうに。非難されることによって、アメリカだったなら、多少は軌道修正する(例えば、あれほど理解力のないトランプですら、たまにはマスクをつけていたし、)とか、決定を見直したり、ということもある。それが、中国だったら、非難する人を逮捕し、有罪にしたりする。だから、中国の政治体制が非難されていると、まったく理解できていないんだろうな、と思った。

どう考えても、この記事は、中国が墓穴を掘っているとしか思えない。

というよりも、墓穴を掘っても、埋めちゃいさえしたら、「そこには墓なんかない」ということにして、数字の誤魔化しなんか平気でやっちゃう国だから、墓穴を掘っても平然としていられる、ってことだろうなぁ。

地域金融機関の再編後押し  “新制度 地域経済の下支えに”
https://www.nhk.or.jp/politics/articles/statement/48265.html

この映像じゃないんだ。つい昨日、NHKのニュースでみた映像。
麻生さんが下を向いた時に、完全に、口元と先に「シールドがない」状態になっていて、これで飛んでる飛沫は記者席に降りかかっているのかなぁと、思ったんだけれども、その時のニュース映像を拾い出し、コマを止めて、その部分を静止画としてこのページに貼り付ける手間は、省きます。

三原じゅん子副大臣「マウスシールド効果薄い」に…「麻生大臣に言ってあげて」
https://news.yahoo.co.jp/articles/6d5c4f81531e990559548ef0e5a1aabdac9bc9cb

引用するなら、こっちだったか。でも、マウスシールドから口が完全に外れている昨日の画像は、インパクト大きかった。

「マスク会食」ではなかった 菅首相ら8人でステーキ 参加の森田実氏「静かに食事」
https://mainichi.jp/articles/20201216/k00/00m/010/276000c

この人たち、本当に新型コロナのことを理解しているんだろうか。

「自分たちは大丈夫、たぶん感染してないから」と、平気で大人数で会食っていうか、宴会をやっちゃう方々が、結果的に「運悪く」クラスターになって、それを家庭に持ち帰ったりして感染を拡大させてる。「運悪く」感染していた人が気づかずに、遠方に移動して、あるいは、都会に出てきて「運悪く」感染した人が地元に戻って、地方にもウイルスを拡散させてる。

「あぁ、運の悪い奴もいるんだなぁ、でも俺たちは大丈夫」って、宴会しちゃう人たちに、「頼むから、もしかしたら自分たちも感染しているかも知れないから、会食は控えて」と「国民にお願い」する立場の人が、結局は、「でも俺たちは大丈夫」って考えてた、ってことだよなぁ、と私は思いました。

そんなもんなんだよ。そうやって、Go Toに行ったって、(俺たち政治家みたいに)全然気をつけない人たちも中には大勢いるから、Go Toの完全停止は正解なんだよ、って実証したかったのかなぁ。

食後のデザート、って感じじゃないなぁ。
デザートのつもりで、チーズケーキをホールで食っちゃった気分。胸焼けしそう。
(そんなこと、やったことあるのかって?ないです。でも、試してみてもいいから、チーズケーキをホールで下さい!)


追記

昨日見た7時のNHKのニュース映像、右半分はマウスシールドでは口がシールドされていなかった麻生さん、左側にも誰かが映っていて、その人は完全にマスクを外していた。ということは、ある程度の距離があったのかも知れないけれども、演台に設置されたシールドは胸くらいの高さしかなかった。顔の正面はまったくシールドされていないシールドって、何のために、何の目的に設置したんだろうかと思った。

明らかに、新型コロナがどのように感染するかを理解していない人たちが、新型コロナ対策の陣頭指揮を取っているなあ、という、日本のお寒い現状。

もう、今朝なんて、氷点下3度まで下がってたもんね。事務所の室温も夜中に空調を切った後、今朝9時には、5度まで下がってた。もう、「お寒い」なんて感じじゃない、冷たい日本の現状。

deprecated

誤って、gitで松尾くんのbranch をマージ。

本番系の動作確認したら、大量のエラー。で、強制的に git reset –hard XXXXX…

夜中、眠い頭でpullしてmergeして、たぶん、勢い余って、昨夜寝る前最後の作業で github に pushしていた。気づかず、本番系でも pull。gunicornの更新をしなかったので、かろうじて 、ギリギリのところでセーフ。

commit logがグチャグチャになってきた。SourceTreeで確認しようと思って開いたら、login error。(え?何か攻撃されたか)

This API is no longer supported.
For information about its removal, please refer to the deprecation notice at: https://xxxxx.xxxx.xxxx….

でっかく出てきたよ…

Deprecation notice –

更新するの?いや、その前に本番系のソースを修正しなけりゃ・・・理屈の上ではきちんとなってる。ただ、GUIでの確認ができない。結構、こういうのって不安なんだよなぁ。こうなりゃ、力任せ。コマンドラインで、revert(これ、誤操作)したり、resetしたり、本番系でもゴチャゴチャとコマンドを叩いて、無理やり元に戻した。ああ、やり方が汚い!

本番を更新して動かしたら、いきなりエラー。勢い余って settings.py が開発系のものに挿し変わってしまった。慌てて、settings.pyだけバックアップから差し替え。

上書きされたsettings.pyを戻すまでの約1分間、お客様のお使いになるサーバが落ちてたと思うけど、なんとか更新。復旧した、というべきか(バレてないかなぁ)。

で、これから deprecatedだというAPIの更新かなぁ。余計な仕事が増えた、っていうか、世間に追いつくのに仕事をしなけりゃならないのに、今気づいたというべきか、増えたんじゃなくて、元々湧いて出ていた仕事に気付いていなかっただけか・・・

最近、抱え込むトラブルのうち、私に責任があるのは約2割で、相手のミス、不整合などが2割、そして、残り6割は「バージョンアップ/最新版へのシフト」対応などだと思う。

バージョンアップに追従するつもりはないんだけれども、多くのバージョンアップが不正アクセス対策を含んでいるから、環境を最新版に更新しないと、海外ハッカーなんかの攻撃で、致命傷を受けかねない。ってことは、振り回されてる感が半端ないけど、バージョンアップに食らいついていくしかない。

胃が痛い。ってことに、ついさっき気づいた。パニックってた感、ハンパないけど、サーバだけは、なんとか「まとも」な状態には戻したのかな?理屈の上では、たぶん大丈夫。だと、思うんだけど・・・

も〜お〜、勘弁してよ〜〜。おか〜さ〜〜ん!(はなまるき味噌・・・)

あれこれ

質より量。アイディアというか「思い付き」は、数を出す時は、とにかく必死で数を出してみる。(質は問わない。問題発言も含めて、質ではなく数で勝負。そこから、エッセンスを抽出して絞り込み、ブラシアップすればいい。その元になるバルクです。)
35年近く前に読んだ記事、記憶は不確かだけど、ソフトバンクの孫さんが若い時(いや、当時は孫さんもすごく若かった)、一日1件のビジネスのアイディアを出すことを自分に課していて、それをノートに書き溜めていた、とか、いなかったとか・・・。確かそんな記事を読んだような、うろ覚えの記憶があるんだけれども・・・
50は(時間的に)無理だと思うけど、このページを書き終えるまで、2時間以内に書き終えるとして、それまでに20。出せるかどうか、とりあえずの2時間チャレンジ。

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO66225620T11C20A1EA2000
コロナ「第3波」、家庭内感染多く 職場・会食を経由

1. 埼玉県知事の大野さん、埼玉では確か、熊谷のホテルヘリテイジを借り上げて、軽症患者などの宿泊施設としていたと記憶しているけれど、今ホテルのホームページを見たら、7月7日に営業再開となっていた。再び借り上げる、なんてことは出来ないんだろうか。
おそらく埼玉でも、「外で活動している若年-中年層が、外で感染」 –> 自宅待機 –> 家庭内感染、なんていうケースが結構あるんじゃなかろうか。だとしたら、こうしたケースでのクラスター発生を抑えるために、再び、ホテルヘリテイジさんとかにお願いしたり、あるいは、今後1〜2ヶ月の間に、現在よりも70%〜150%程度感染者が増える(最悪期で、現在の、170%〜250%程度の数まで感染者が増える)ことを想定し、可能な限り家庭内感染を減らすために、特に観光客の受け入れなどで苦戦している宿泊業などに契約することは、できないだろうか。
財源?国が確か、地方交付税交付金の積み増しをするとか、言っていたような・・・。

2. 結構、先入観偏見があるかもしれないけれども、「外での飲み会、なんかで感染してしまい、その結果、自宅で高齢の家族に感染させてしまった若い人」が、もし県内にいたら、(そして、もしその人が後悔していたなら、)その人にインタビューして、そのインタビューを元に「気を付けましょう」というスポットCMのようなフィルムを作成して、テレビ埼玉で流す。(あんまり、見ないかなぁ。)Nack 5でその音声を流す。(先入観偏見ですが、テレビ埼玉より、Nack 5の方が影響が大きい気がする。)
財源?大して金はかからないんじゃない?

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20201213/k10012761661000.html
新型コロナ 国の感染者データ集約システム 入力が現場の負担に

3. 埼玉県内で、経営の苦しい「旅行業界」あるいは、他の業界でも、コンピュータの入力端末の稼働状況が悪く、従業員に「させる仕事がない」感じで、解雇あるいは自宅待機などを余儀なくなっているような事業所があったなら、スポット契約で、感染者データの入力業務を委託する。当然、業務委託料を支払って、仕事としてデータエントリーを扱ってもらう。
無論、その際に「守秘義務契約」を結ぶとか、あるいは、「個人情報」の部分を「切り離す」処理は、守秘義務契約を締結した別の事業者に業務委託し、個人情報が切り離された部分を、国のシステムに入力させるように、特に守秘義務契約を締結しない業者に委託するなどして、2段階にする、とかで、医療現場の負担を軽減し、かつ、仕事のない業界に仕事を回すようにする。
財源?通常のデータエントリーって、そんなに高くはなかった気がする。受託する側にしてみたら、単価は安くでも「仕事がないよりまし」かも知れない。(ものによっては、「こんな仕事なら、受けない方が良かった」なんていうくらい、買い叩かれる場合もあるかもしれないけど・・・でも、ある意味失業対策っぽい業務委託だからなぁ・・・。金額の水準はわからん。)
でも、現場の負担は軽くなるでしょ?

https://www.niigata-nippo.co.jp/news/national/20200429540613.html
看護師への差別、新潟県でも
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO63330990S0A900C2CE0000
看護職差別2割の病院で、山形 「ばい菌扱い」も

4. 上述の記事にあるような「差別」をされて、精神的に追い詰められて離職したような看護師を、埼玉県で受け入れる。「期間限定」(なんだか、昔の東北地方の方々の、冬の出稼ぎみたいな感じかも知れないけど)になるかも知れないけれども、住宅を手配し、埼玉県内の看護師の不足している、特に、コロナ患者を受け入れている病院などに「危険手当」をつけて、派遣する。きっと、今後不足すると思う。
結果として、新潟だの山形だのの看護師が不足したって、別にいいじゃんか。そこの県民の方々は、看護師が近くにいない方がいいんでしょ?感謝されたりして。(あ、すっげぇ皮肉。でも、半分本気で書いてる。)

5. 2で書いたような、若い方々に訴えるショート動画を作成し(これも、県が発注するか?)若い方々が多く遊ぶようなゲームの、ゲーム内CMとして流す。無課金でゲームを遊んでいると、画面に広告が表示されたり、「広告を閲覧すると、ゲーム内アイテムが手に入る」みたいな仕掛けがあるから、そこに、特に、若い方々への呼びかけを意図した「公共広告」を流す。

そろそろ、苦しくなってきた。まだたったの5つ。

6. 2で書いた、テレビ埼玉とかNack 5を想定した、呼びかけのCM。公共広告機構なんかで、全国ネットでも流してもらう。
(これを、1件にカウントするか?いや、カウントします。)

7. 今日、昼前のNack 5の由紀さおりさんの番組で、由紀さんが話されていた。食事の時に口を押さえるのに、ちょっと大きめのハンカチとか、タオルとかを用意しておいて、マスクは外してしまって、マスクケースに置き、お話しする時はタオルやハンカチで口を覆っていらっしゃるとか。お仕事柄、そうした場面が多い分、気を遣ってらっしゃるのか。「扇子で口元を隠す、なんていうのも優雅で」と、由紀さんはおっしゃてましたが、由紀さおりさんなら絵になるとしても、オッサン連中の飲み会で、オッサンが扇子を出して口元を隠しながらダミ声で会話をする絵柄は、ちょっとあんまり、想像したくない。
それはさておき、ちょっとお洒落なマスク置きだとか、ちょっとお洒落な「食事中に口元を覆う目的のタオル、のようなもの」を考案して(具体的に考えないのは、私にはセンスがないからです・・・)女性の雇用を看板に掲げているNPOなんかに県とかが発注し、どうしても営業せざるを得ない、中小零細の飲食業のお店に配布する、なんてのは、どうだろうか。
(冒頭にも書いたとおり、質よりも手数で攻めてます。)

8. 県内の(県内ばっかしだなぁ・・・)飲食店の「コロナ対策」のスコアリングを、観光業・旅行業界などで、仕事がなくて苦しんでいる事業所に委託する。「自己申告」なんてのはダメですよ。東京都では「コロナ対策済み」を記す張り紙は、インターネットで自由にダウンロードできて、「自己チェック」でOKだったら、自分で貼って下さい、とかやってたらしい。
そんなやり方で、きちんと対策をしたお店を見分けることができると思う人は、右手と右足と左足を上げて下さい。ほら、一人もいない・・・。
ちゃんと、県がお墨付きを出していると、確認するために、場合によっては保健所などとも協力し、但し、保健所の業務負担を増やさないように、「人員」は旅行業などから確保して、旅行業界の方にお店を回ってもらって、きちんとチェックリストに従ってスコアリングし、対策が不十分ならば、きちんと指摘し、何度でも「再評価」してもらえるようにして、最終的に、「自己チェック」ではなく、県によるチェックが通ったお店だけに、きちんとシリアルナンバーを振った、県のお墨付きの「対策済みのお店です」というステッカーなどを貼ってもらう。当然、そのために必要な「人件費」は、「コロナ対策」の経費の枠の中から、支出して、業務を受託した旅行業などに支払う。

タイムアウト。20は無理だったか・・・。

大阪府の吉村知事が、「国が緊急事態宣言を出さないから、休業補償にも府の財源だと限界がある」ような発言をされていたと思う。(記事を探したけど、うまく見つけられなかった。ってことは、私の勘違いかも知れない。)
もう、国に頼るのは無理だと思う。とにかく、埼玉県、サバイバルして欲しい。

以上

複合要因

https://news.yahoo.co.jp/articles/cd77603a2bec282bffc6800be1c19f8f2c34d77b
辛坊治郎氏 GoToとコロナ感染拡大との関連で持論

7月末にGo Toが始まって、8月、9月の感染者数は激減している。Go Toが原因なら8月、9月増えなきゃおかしい

単独の要因というのは考えにくい。明らかに冬場になって感染が拡大しやすい条件が整っていることはある、と思うけれど、「感染拡大しやすい条件が整っているところに、GoToで人を移動させるのは、問題があるのではないか」という意見には、共感する。

解釈として、夏場はウイルスの生存期間が短いから、GoToがあっても感染拡大しにくかった、と考えるなら、今GoToで人を移動させると、複合的に条件が重なって、GoToが感染拡大を「助長」するという表現ならば、理解してもらえるのではないかと考えた。GoToに反対する多くの方の感じ方は、この辺りではなかろうか。「不要不急の外出は控える」のに「GoToなら無関係」だというのは、私には理解できない。

GoTo単体でウイルスが拡散する、などという人はいない。「一つでも、感染拡大を助長する要因は、取り除いてほしい」というのが、医療関係者の切実な声だと私は理解する。

日本の第2波、第3波の感染者数の増加のグラフと、韓国における増加のグラフがそっくりなんです。韓国はGo Toやってませんから。でも、11月ぐらいになってからグワーッと上がってきているのは同じなんです。

これは、「議論」になっていない。街中で偶然に似た顔の人を見かけた。だから・・・って、無関係としか言いようがない。日本からGoToを除いたら、もっと感染拡大率が低かったという可能性を否定する根拠にはならない。

ただ、以下の部分には共感する。

Go Toが問題だって言うのは政治的な背景もあるけど、みんながそう思い込んでGo Toさえ止めたら感染が止まるという発想は危険ですよ

可能性があるもの(可能性が高いもの、ではなく、少しでも可能性があるもの)を、一つでも多く取り除くというアプローチをしなければ、医療崩壊のリスクは相当に高いと、私は考えます。

不作為

不作為による殺人


不作為による殺人

 殺人罪は、不作為によって犯し得る犯罪の一つとして有名です(大学の法学部の授業でも、この「不作為犯」という項目を習うときは必ず取り上げられる犯罪の一つです。)。
作為とは「動作をすること」、不作為とは「動作をしないこと」を意味します。殺人罪は、何もしないことによって成立することがあるのです。
(中略)

不作為によって殺人罪が成立するというためには、殺意があることに加えて、以下の3要件がみたされなければなりません。すなわち、①作為義務の発生、②作為の可能性及び容易性、③作為義務違反という3要件です。

①作為義務の発生 –> やるべきことがある、という意味かなぁ。
②作為の可能性及び容易性 –> 決断するだけ?
③作為義務違反 –>

さて、①のように責任のある人が、②のようにいくつか簡単にできることがあったのに、何もせずにその場を放置したとき、これが作為義務に違反するということです。

ないのは「殺意」だけか。

https://www.tokyo-np.co.jp/article/73795
菅首相、Go Toトラベルの一時停止「まだ考えず」

確かに、観光業や外食産業など、大変かも知れないけれども、「転職」という生き残るための選択肢は存在する。「経済的な困窮で死に直面する」前に、生き残るための選択肢は無数に存在すると思う。
それに対して、受けられるべき医療行為が受けられないという状況には、代替策となる選択肢が存在しない。

GoToそれ自体に「直接的なエビデンスが存在しない」としても、「Stay Home」の効果を考えたなら、間接的な波及効果は歴然としていると思う。なぜ今、外出を促す必要があるのか?どうして、医療関係者の悲鳴に、聞く耳を持たないんだろうか。

どちらが優先度が高いか、理解できていないとしたら、それはそれで、大変な事態だとも思う。

一度経験したら理解できる、としても、その「一度経験」の間に、「助かるはずの命」が一体何人失われるのか、相当多くの国民が覚悟する必要があるだろうな。

非人道的

https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/63212
バイオで人体改造した超人兵器開発を目指す中国

中国っていう国は、一体どういう国なんだろうか。

https://news.tv-asahi.co.jp/news_international/articles/000198655.html
「山頂は電子レンジ」中国軍が印軍にマイクロ波攻撃

このニュース、インド側はフェイクだと主張しているらしいけれど。

https://www.cnn.co.jp/usa/35163440.html
米外交官狙った「音響攻撃」、原因はマイクロ波の可能性大 米専門家委員会

研究チームは被害者のうち、中国の広州に駐在していた外交官のマーク・レンツィ氏の脳を調べた結果も公表した。レンツィ氏は2017年に頭痛や難読、怒りっぽさ、記憶や睡眠問題などの症状に悩まされるようになり、磁気共鳴断層撮影(MRI)検査の結果、記憶や感情抑制、運動能力などをつかさどる脳内の20領域で、ボリュームが異常に低いことが分かった。

MASERなんだろうか。レーザー(LAZER; Light Amplification by Stimulated Emission of Radiationの略で、誘導放射による光の増幅の意味。干渉性が高い=光の位相が揃っている)光ではなく、Microwaveなので、MAZER、なんてのが、もう30年以上前から研究されてたな。
でも、mazerではない、単純なマイクロ波の照射、なのか。

電子レンジって・・・。昔「取扱説明書の書き方」で、あらゆるケースを想定せよ、という話題で、「濡れた猫の毛を乾かそうとして、猫を電子レンジに入れて、死なせた事故があった。そうした使い方をしないように、取扱説明書には、そこまで書かなければならない」という定番の話題があった。(これは、実は都市伝説で、そんな事故は起きていなかったらしい。知らんけど。)
あのぉ・・・猫を電子レンジに入れたら何が起きるか。想像してみるのは勝手だけれども、決して実行しないでください、とは思います。

それを、人間に対して行う?
中国側が「使った」と言っているんだから、使ったか使っていないか、いずれにせよ、彼ら中国人は「使ってもいい」と考えていることだけは間違いないと思う。(倫理感の欠落)

冒頭の記事、ラトクリフ長官の投稿記事の内容は、弊社が関係するWEBサーバーへの中国から攻撃のログを取って痛感したものと、極めて近い。

中国は、経済的、軍事的、技術的に米国と地球のその他の地域を支配するつもりだ。

データを見ていて、私もまったく同じことを感じた。中国は、あらゆる手段で世界の知的財産を窃取し、もしくは、サーバなどに蓄積されているあらゆる情報にアクセスして、時にはランサムウェアを仕掛け、時には預金を不正に引き出し、サイバー攻撃の目的にせよ、手段にせよ、全く「歯止め」などがない状態だと感じた。言葉を選ばなければ、「どんな悪いことでも、自分たちにとって金儲けになり、都合がよければ、なんでもやる。」という姿勢だと、痛感した。その延長で、「人が死のうが、後遺症で苦しもうが、あらゆる形の軍事力の行使に、なんの躊躇をする必要があるんだ」という空気が感じ取れてならない。

中国は核兵器を使うか?さすがに、世界であまりにも「核兵器の何たるか」が知られている以上、公然と核を使ったならどんな非難を浴びるか、自覚しているだろうし、倫理観など持っていなくても、使えば自分たちにとって都合の悪い状況になるだろうから、おそらく、余程のことがない限り、使わないだろう、と、私は考える。

マイクロ波兵器が「脳損傷」を引き起こすことが、徐々に明らかになっているとして、脳損傷ということは、その人は「人格障害」を起こしたり、周囲との人間関係がおかしくなったり、人生を狂わされる。普通の人間の感覚で言えば、そんなことをしていいはずがない。けれども、中国軍にその「普通の人間の感覚があるか」と言ったら、実際に使ったと公言した以上、ないと考えざるを得ない。
その文脈で、ラトクリフ長官の投稿記事に言及した冒頭の記事、まさしく、私が感じたことを列挙されている。

サイボーグ?最先端でしょうね。いかにも中国が「やってしまいそうな」話題だ。失敗したら、最悪の場合その兵士は亡くなる。成功して「最強のサイボーグ軍団」を作ったとして、それからどうする?国内待機?それとも、「圧倒的な軍事力で、周辺国を次々と併合する」んだろうか。「倫理的な歯止め」を一切もたない方々。

中国は、自らがトップでない世界秩序は歴史的に異常であると信じている。それを変え、逆転させることを企図している。

よくぞ、表現してくれた。私もそれを感じていた。彼らは、「世界を中国化し、共産党の指揮下に置くこと」しか考えていないように感じる。

冷戦中に活躍した才能のある情報分析者と運用者は、常にソビエト連邦とロシアに焦点を当ててきた。今世紀の変わり目に活躍した人々にとっては、テロ対策が最優先事項だった。

しかし、今日、我々は目の前にある事実を直視しなければいけない。つまり、中国が今後の米国の主要な国家安全保障上の焦点である。

日本も、考えて欲しいなぁ。

https://www.mod.go.jp/msdf/navcol/SSG/topics-column/080.html
米海軍が150kw級レーザーの射撃実験に成功-確実に実用段階に入ったレーザー兵器-

単純素朴な疑問として、レーザーは光であって、鏡があれば反射される。レーザー光が照射されることが想定されるなら、機体を「鏡」で覆うとか、そういう防御法は想定されないんだろうか。

あるいは、単純に考えて、ステルス技術が「電磁波を吸収しやすい物質」の研究であったなら、「電磁波を吸収しにくい物質」も数多く発見されていないか?電磁波の吸収がゼロに近い素材があったなら、マイクロ波を反射させる「鏡」なんかも、(例えば、マイクロ波が照射されることが想定されるなら、)考えられないか、なんてことを思ったけれども、本職の方々は、そんなことは想定済みなんだろうな。

なんとなく、ヒットラーのナチス・ドイツを、当時の周辺国の方々は、どう感じていたんだろうか、なんてことを考えてしまった。実際には、ヒットラーではなく側近が企てたことも多かったらしいけれども・・・え?ヒットラーではなく側近?だとしたら、あれこれ画策しているのが、習近平ではなく軍部なんていう図式も、ナチス・ドイツにも似ているんか?

とにかく、いやなニュースばかりだなぁ、なんて思った。以上

ディジタル

下の図で、青と緑と赤の、どれがディジタルで、どれがアナログでしょうか?

私の認識。ディジタルは、0か1か。さらに、コンピュータで扱う数字で言えば、ディジタルとは不連続な量(離散数学)を扱い、なだらかに変化し、継ぎ目のない量(連続量の数学)を扱うのは、アナログ。

つまり、上の図の、青と緑はディジタルで、赤い線はアナログ。

75歳以上の医療費2割負担「年収200万円以上」で決着…首相と公明代表が歩み寄り
https://www.yomiuri.co.jp/politics/20201209-OYT1T50235/

この議論は、一体何なの?と思った。どこかで線引きして、そこで例えば税率が突然ポンと変化する。
年収が200万円以上だと負担割合が2割、なのに対して、もし年収が199万9千円だったら1割。ということは、年収が200万円に近づいたら、仕事をしない方が得策、ということになる。
似たような議論は、扶養控除の対象となる所得金額でもあったな、と理解している。扶養控除を受けるためには、その方の年収の百何万円未満でなければならず、その金額に達してしまうと控除が受けられなくなるから、それ以上は仕事をしない方がいい、という制度。なんだかおかしい。

冒頭に書いた図で言えば、負担比率だとか、控除金額とかが、青とか緑の線で書いたような変化をしている。これを、何らかの数式(関数系)を定義して、赤い色のように変化させれば、負担割合とか控除金額がなだらかに変化するから、仕事をして収入を増やそうと思えば、一円でも多く稼げばいいだけになって、ある金額を超えると突然収入が減る、なんていうおかしな制度ではなくなる。

ただし、そうした制度を運用するためには、ソロバンだとか電卓で計算したり、あるいは、源泉徴収金額の算定みたいに何ページにもわたる数表で調べて、計算しなくても済むように「拾い上げる」なんていう、コンピュータがなかった時代のやり方を改めて、所得金額を入力すれば、直ちに、(赤い線で書いたような)数式で弾き出される「連続(アナログ)的」な負担割合だの、税率だの、控除金額だのが求められる、そうしたアプリなり、WEBサイトなりが必要になるんだろうな、と思う。

ところが、相変わらず、自民党と公明党(要するに、与党か)で、コンピュータなど存在しないかのような議論を戦わせて、何割負担で決着しました、なんてのがニュースになる、っていうことは、要するに、自民党にも公明党にも、コンピュータとはいかなる存在なのかということを理解している人が、一人もいない、っていうことなんだろうな、なんて思ってしまった。

書いたモチベーション?いや、ニュースを聞いていて、あまりにも馬鹿らしくなって、一言何かを言いたくなった。それだけ。で、だいたいこういうツッコミをすると、周囲から嫌われるんですけどね。

今現在の税制だとか、公的制度とかは、実はとてつもなくディジタル(離散的、不連続)であって、まったくアナログじゃない。それは、制度設計する人たちが、コンピュータによるディジタル技術を理解していないから。
ディジタル技術を理解していたなら、社会制度がアナログ(連続的、継ぎ目なし)になって、仕事をして稼ぎを増やすと、突然収入が減る、なんていう馬鹿げた社会制度は解消できる。

私なんか思うに、目指すべきは、アナログな社会であって、ディジタル技術は道具に過ぎないと思う。だから、ディジタル庁なるものができたとしたなら、実現を目指すべきは、ディジタル技術を使いながらも、非ディジタル的な社会制度を構築すること、ではないかと思う。実現するために、アプリなり、WEBサイトなりで、ワンタッチで税率を計算できたりすることが不可欠だから、ディジタル技術を使うことは間違いないにしても、ディジタル社会なんてものは、生きにくくて、面倒臭くて(ちょっと余計に仕事をすると、収入が減る、みたいな、訳のわからんことが頻発して)だから、解消して欲しいと願う。

もっとアナログな社会を実現してくれないなら、ディジタル庁なんて要らない、と私は思う。

変遷

我が小川町の「伝統産業」は、ユネスコの世界文化遺産にも登録された「和紙」、絹(養蚕業)、旧都幾川村(現ときがわ町)の林業にもリンクした木工業などだった。

和紙は言うまでもなく、日本の言語文化を一千数百年にわたって現在に残してきた、主要な記憶媒体だった。

令和・万葉集・仙覚律師と小川町 ①
https://blog.goo.ne.jp/ihcirot/e/d56189a186ab4ba805e964e543d6cfcd

万葉集研究の仙覚律師、「文永6(1269)年に我が国初の本格的な万葉集注釈書「萬葉集註釈」(仙覚抄)を小川町にて完成させる。」とされた、鎌倉から小川町に移住されたのは、和紙を求めてと、どこかで読んだ記憶があるけれども、自信がない。

その和紙が、いわゆる「洋紙」の普及で、「学問、文化」の主要な担い手から一気に退き、小川町の産業には大打撃を与えた。
それでは、「洋紙」は、今後も学問、のみならず、ビジネスを担う主要な要素であり続けるか、と言えば、ペーパーレスだの、オンラインだのという流れで考えるならば、数十年後に「遺産」にならないという保証はない気がする。

「絹」は、綿などと同じく、繊維産業の主役級の素材だったけれども、化学繊維の普及で第一線を退いた。僕が生まれた頃にあった、絹糸産業の廃屋は、今は、分譲住宅地に生まれ変わっている。もはや、基幹産業にはなり得ない。

建具などの主要な素材だった木材。今は、箪笥よりもプラスチックの衣装ケースだろうか。家屋の建造に欠かせない材料だった「柱」も、木材以外の材料に置き換わっている。

何が言いたいか。どれほどの「産業」であっても、いつ「遺産」になってもおかしくない、ということだろうか。

話題が変わる。

我が母校、早稲田大学は、産官学に多くのOB/OGを送り出している。論文博士での学位論文でお世話になった東京大学でも、産官学にOB/OGの層は厚いと思う。赤門の近くで、当時入り浸っていた飲み屋には、東大関係者も多く見えていたけれど、官公庁と企業の人脈の厚さというか、こうした「オフ」での情報交流は少なくないのかも知れない。結構有名な方も、学生時代から、よく店に来ていたらしく、有名なところで言えば、元宮城県知事の浅野さんなんかも常連だったそうな。ニアミスは一度だけあったみたいだけれど、残念ながら直接お会いすることはなかった。
早稲田も東大も、一応は日本の産官学を背負って立つ、学問拠点の一翼を担っていると思う。産業界に関して言えば、卒業生の多くは、既に一流の大企業となっている会社か、中堅企業以上に流れている、と思う。私自身、官公庁に勤務していた同窓生も少なくなかったけれど(もう、定年退職してるな)当然、官公庁と産業界では、こうした人的なつながりもあるんだろう、と、私は考えている。

政治家や、官公庁が何かの「判断」をする時に、意見を聞いたりする相手というのは、どうしても、そうした「大企業」中心になりがちなのは、やむを得ないのかも知れない。但し、そうした「大企業」というのは、「既に成熟した産業」であって、「新興分野」は少ない、と思う。誰が立案したのかは知らないけれども、アベノミクスのシャンパンタワーなど、そうした「既得権益」重視の典型例のような気がする。

結果的に、行政が何か立案する場合というのは、「既に成熟した産業」の保護に振れることが極めて多くなるように感じる。変化の乏しい時代ならば、それで概ね問題はない、としても、パラダイムシフトを起こすような大きな技術変革や、新型コロナ蔓延のような「転機」が訪れた際には、弊害にしかならないような「保守的」判断を産み出す現況になっているような気がする。

今日、こんな配信記事を読んだ。

訪日観光、来春にも実証実験 小規模分散ツアー、五輪後見据え 政府検討
https://www.asahi.com/articles/DA3S14721589.html

これ、ものすごいツッコミのツイートが流れていた。無謀すぎる。

新型コロナの”陰性証明”が約2万円~で買える? 世界各地にブラックマーケットが出現、逮捕者も
https://www.businessinsider.jp/post-224036

ロシアでは、早くもワクチン接種証明書についても偽造があった、という配信ニュースを読んだけれども、辿れていない。フェイクニュースかも知れないけれども。

僕は学者じゃない。一応学術論文を書いたことはあるけれども、生業としていないし。ただ、僕自身も含めて、学者の悪い癖というか、「誤解を招きやすい表現」というか。
「Go To トラベルは、それ自体が新型コロナウイルス感染を助長している、というエビデンスはない」という表現もその一つだろうか。「Go To トラベル」のコンセプトを、それ自体単体で全否定することは、データの提示が困難だ、という表現でも、やはり誤解を招くと思う。

今年の4〜6月、「おうちにいよう」=”Stay Home”で、人の移動を徹底的に押さえ込んだ結果、感染拡大をある程度抑制した、と言う方には、一定のエビデンス(相関のあるデータ)を提示できるんだろうか。そして、”Stay Home”が”Go To Travel”の真逆であることは、論を待たないと思う。
これだけ感染が急増している現場での、Go To Travelの継続は、無責任極まりない気がする。だれが机上で「訪日観光拡大」なんて言い出したのか。医療体制にトドメを刺す気がする。

医療体制「全国で崩壊の危機」 日本医師会長
https://www.asahi.com/articles/ASNCT5WJWNCTUTFL00H.html

なぜ、こちらのニュースを無視するんだろうか。今後2週間は、現在までの感染者数拡大の「ペース」は変わらない。その結果、「通常なら、当然のように助けられる命」が、数人奪われ、その数が、数十人、数百人と拡大した「医療崩壊」が起きた後、一体どのタイミングで、旅行業界、旅客運送、外食などの、今サバイバルできるかどうか瀬戸際にある業種に、引導を渡すんだろうか。
医療崩壊が起きたなら、高齢者などを中心に、不安が一気に増す可能性があると思う。「もう、十分生きた」などと医療サービスを諦める人と、諦めずにもがく人と、どちらが多いと、政府は考えているんだろうか。

「ワクチンが普及すれば、新型コロナは恐る必要がなくなる」としても、そうなるまで、旅行業などがどの程度存続していられるのか。

本来ならば、「構造」そのものが変化していることを察知したならば、変化後の状態に合わせて「現状のままだと、明らかにフェードアウトする」ビジネス分野に対して、「業態のシフト」などを促すような政策を打ち出すべきなんじゃなかろうか。その方が、その分野で働く人たちに対しても、長い目で見たらよりよい結果をもたらす気がする。
ところが、「今のままの仕事のやり方」を一切変えたくない業界を延命させようとして、苦境に立たされている業界の人たちに対して、トドメを刺した上で、なおかつ、「本来なら、助かっていたはずの命」に対しても、その家族に対しても、一切の申し開きのできない状況に、政府を追い込むような気がする。

トランプのアメリカと同じように、政治や行政に起因する「コロナ関連死者」が、これから、もしかしたら、1ヶ月で2倍、のような勢いで、増えるような気がする。

劣化

http://j.people.com.cn/n3/2020/1204/c94474-9796051.html
習近平総書記「我々は新時代の貧困脱却目標を予定通り達成した」

かつての中国人は、確かにGDPなどは低水準でも、文化を重んじ、他者を尊重し、人として尊敬に値する言動の少ない方々だったと思う。追憶の中にのみ存在する人々。

https://news.yahoo.co.jp/articles/67e975c638606b5f23f411d03b18f0e12cce390a?page=4
中国はわずか14年で夫婦喧嘩殺人を衆人で傍観する社会に変貌した

今は、人が人を殺すのを平然と傍観する人たちの集団に変容した。

https://forbesjapan.com/articles/detail/19047
「イスラム国」戦闘員が使用の武器、ほぼ半数が中国製

加えて、誰かが誰かを殺すのを手助けし、それで金儲けをしている。ちなみに、中国はイスラム国に対する有志連合には、いかなる形でも参加していない。それもそうだろうな。イスラム国に武器を流して(より正確には、バレても言い訳できるように、イスラム国に流れることを承知で、迂回先に武器を売却して)いたんだから、掃討作戦に参加する訳がない。

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/57624
まるで巨大な赤ん坊…中国人が北欧で起こした「外交問題級わがまま」

平気で嘘をつき、騒げば自分の思い通りになると思っている。

https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2020/12/post-95114.php
オーストラリアの島を買って住民の立ち入りを禁じた中国企業に怨嗟の声

日本人は、海外に出て行っても、現地の文化、元々その土地に住んでいた方々を尊重する。これは、JICAでも日本企業でも同じことが言えると(100%とは言わないが、90%以上は間違いない)と思う。違うなぁ。自分たちの都合しか考えず、他者に対するリスペクトというものを持ちうるだけの精神性が欠落した民族なのか。

敬意を表すべき文化的な資産を持っていた国家、国民性があったのに、もはや片鱗も残っていないのか。
これほど短期間に、数億人の人間を(退化ではなく)劣化させるというのは、どんな政治土壌があるんだろうか。

いや、十数億人ではなく数億人と書いた理由は単純で、トランプのアメリカを見ているから。

半数近い人たちがトランプを支持した。思うところはあるけれど、ノーコメント。ただ、それでも、残りの半数は、トランプを選ばなかった。理性を持った人たちは、どれほど社会が劣化しても、必ず存在するんだなぁ、という希望を見出そうと、必死。
ということは、だ。これほど劣化が進んだ中華人民共和国であっても、まともな方々、人間的に尊敬できる方々も、一定数は残っているに違いない、と思った。だから、数億人と書いた。(でも、そうした方々は、おそらく迫害されている。)

これも、後世の「世界史」で語り継がれる「事象」だろうなぁ。民族浄化(ethnic clensing)ならぬ、民族劣化=Ethnic Degradation


「人としての尊厳」という言葉が、どうしても思い浮かんでしまう。

僕が青年海外協力隊で、「任地」として割り振られたのは、パプアニューギニアだった。ちなみに、第一希望はガーナ、第二希望はヨルダン、でしたけどね。

でも、良かったと思うのは、パプアニューギニアの人たちは、人の人としての尊厳をとても大切にする人たちだった、ということだと思う。隣接するインドネシアのイリアン・ジャヤ。インドネシア政府は、イリアン・ジャヤのパプア族を見下していると、当時、感じた。ただ、それでも、イリアン・ジャヤのネイティブは、パプアニューギニアと同じく、人としての尊厳を大切にしていたと思う。

比べて、中国。自国民ですら、人としての尊厳を一切認めようとしない、それどころか、中国国外に出ても、「尊厳」などとは無縁の素行を繰り返す。これほど劣った人たちはいない、と思えてならない。

中国政府や中国人と中国企業が、他国や、他国民の尊厳を認めないのならば、世界中で、中国人の尊厳を無視しても構わない、ということなんだろうな、と、結論している。

加湿 – 電気ポットでやってます

ニュースで言ってた。

学校の教室、暖房をつけたまま、換気のために窓を全開。空気が乾燥するので、濡れたタオルを使って・・・

っていうのを聞いて、思った。事務所、もう20年も前の旧式のエアコンで、ぼちぼち、エアコンだけだと湿度が20%とかに落ちる。そこで、大学にいた頃、学生にも使ってもらえるようにと買った2Lの電気ポットの蓋を開けることにした。

満杯に入れて、コンセントに繋いでおくと、ボコボコと、数時間で2Lが全部蒸発して空になり、部屋の湿度は60%くらいに上がっている。そんなに広い部屋ではありませんが・・・(う〜ん、加湿器を買っても大差ない金額かなぁ・・・)広い教室でも、2箇所くらいに置けば、結構湿度を上げられると思うんだけど。

加湿は大切だと思うなぁ。湿度が高いのと、低いのとでは、おそらくウイルスの拡散にも違いが出ると思う。特に、エアロゾル化したウイルス。飛沫に含まれる水分が蒸発しにくければ、空気中に浮遊している時間が短くなるはず、だと思う。そういう意味では、電気ポットなどで思いっきり加湿して、湿度を80%とかに上げると、換気が不十分でも感染リスクが下がったりしないかなぁ。シミュレーションとかしてみないと、何とも言えないけど。(暇ないし、面倒なのでやりません!)

ってか、十分に換気すりゃぁいいのか。すみません、根拠はないですが(敢えて、根拠にしてるのは、「エアロゾル化したウイルス。飛沫に含まれる水分が蒸発しにくければ、空気中に浮遊している時間が短くなるはず」ってとこだけですが、)思いついたんで書いてみました。

以上


追補

先に直感で書いた内容に、多少考察を加えてみた。

飛沫感染の場合、飛沫は遠くに飛ばないから、感染者の周囲数メートルの範囲にいた人しか感染しない。けれど、空気が乾燥すると飛沫の水分が蒸発しやすくなり、エアロゾル化し、空気中に浮遊する。(→換気が必要)
ということは、湿度を上げれば、飛沫のエアロゾル化を防ぐ効果があるのではないか?水蒸気が飽和するまで(湿度100%まで)湿度を上げれば、飛沫のエアロゾル化は完全に防げる。ということは、「適切な湿度」ではなく、100%近くまで部屋の湿度を上げれば、クラスターの発生をかなり抑える効果があるのではないか?(仮説です。)

また、飛沫が空気中で浮遊する程度に水気を失ったとしても、浮遊しているエアロゾルに付着している水分子が多ければ多いほど、マスクの隙間をすり抜けて気道に入り込む比率を下げて、結果として、マスク着用の防御効果を上げることが可能なのではないか?

などと思った。

湿度が低い方が、ウイルスの生存期間が長い、などと言われているのだけれど、そこの理屈を私はよく理解できていない。「生存期間」とか言うけれど、そもそもがウイルスは、細胞内に入らなければ増殖できない、分子構造を変化させない「物質」であって、「生存」しているの?という疑問を持ち続けています。「感染力を失う」という表現があった。こちらは理解できる。湿度が高いと、水の分子が付着したままになりやすい。水の分子がウイルスに付着していることで、ウイルスに空気中の他の分子が付着しやすくなり、生体細胞に侵入するためのスパイク蛋白部分に、別の分子が付着する、とか、で、ウイルスが「感染力を失う」んだろうか。ってことは、例えば、フィトンチッドだとか、別の何か、ウイルスが細胞に侵入するための蛋白部分を変化させやすい何かを意図的に空気中に浮遊させて、ウイルスの感染力を奪う、なんてことはできないかな、とも思った。

http://jsv.umin.jp/journal/v59-2pdf/virus59-2_215-222.pdf
4. コロナウイルスの細胞侵入機構

超音波振動のヴェイパライザで、次亜塩素酸みたいなのを空気中に浮遊させる、ってのは、危険だと読んだ。だけれども、空気中に浮遊していても、それほど不快に感じないもの、例えば、お香(線香とか、アロマテラピーのアロマオイル)だとか、香水の香りだとか、焼き鳥を焼いた時の煙の匂い、だとか、くさやの干物を焼いた・・・(適当に書いてます)だとか、種類によっては、何か特異的に、ウイルスのS蛋白を変性させる何かがあったりしないだろうか、なんてことも思った。そういうのが見つかったら、湿度を高めると同時に、その香りを蒸散させたらいい。

なんて思った。改めて、以上です。


追補の追補

書き終えてから、ふと思い出した。

フィトンチッドは、人間にとっては「森林浴」などで「心地よい香り」らしいけれど(やたらと森が多い場所に住んでるけど、あんまり感じたことがないんだが・・・)植物にとっては「生存競争」のために、撒き散らしている物質らしい。植物が密生している場所で、「俺のそばで、生育するんじゃねぇ」とばかりに、縄張り争いで撒き散らしている物質だ、と、私は理解している。(ぐぐるの面倒。間違ってたら、ごめんなさい。)

「警告」ばかりではなく「実力行使」もあって、種類によっては、周辺の枝を枯らしたりする。(これは、我が家の庭でも起きている。枝と枝が重なり合う場所、「蜜」な部分では、枝単位で枯れたりしている。)

これ、どうやって「実力行使」しているんだろうかと、猛烈に興味を持った。(答えを持って書いてる訳じゃない。純粋な疑問)結果的には、細胞分裂を止めている?どうやって?ってか、フィトンチッドは、相手植物の体内に侵入してるの?どうやって?気孔から?なんだか、ウイルスみたい、って思って。

面白いこと、色々とあるよなぁ・・・

無題

豪首相が激怒した中国報道官「フェイク写真」投稿
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/63103

米ブルームバーグ記者  モリソン首相は、『中国政府はこんなものを載せて恥ずかしい』と述べている。あなたはこれにどう論評するか?

(中略)

華報道官  あなたはいま、中国政府が『恥を感じなければならない』と言った。オーストラリア軍をアフガニスタンに派遣したのはオーストラリア政府であり、オーストラリアの一部軍人がアフガニスタンで犯した残虐な罪行こそ、オーストラリア政府は『恥を感じる』べきではないのか」

https://www.veoh.com/videos/v16009869ymWSJHYM
タリバンの武器入手経路

パキスタン国境経由

https://news.yahoo.co.jp/byline/kimuramasato/20191113-00150712/
アジア太平洋の武器輸出国は中国がトップ 国内軍需産業の基盤を強化 地域の軍拡レースに拍車

中国はパキスタンとテロ対策での協力を強化したのに伴って、中国の武器輸出も08年の2億5000万ドルから09年には7億5800万ドル超に急拡大した。

米国では長距離のドローン・システムは巡航ミサイル扱いで、規制対象でした。武器輸出管理法に違反するため米国が輸出できなかった中東・アフリカ諸国が中国の主な輸出先です。トランプ米政権は米軍需産業のロビー活動を受け、武装ドローンの輸出規制を若干、緩和しています。

アジア太平洋は世界の武器輸入の4割を占めています。中国の軍事的な台頭が軍拡レースに拍車をかけ、地域の緊張を増していることが背景にあります。

「イスラム国」戦闘員が使用の武器、ほぼ半数が中国製
https://forbesjapan.com/articles/detail/19047

http://honkawa2.sakura.ne.jp/9359.html
テロリズムによる犠牲者数の推移

https://www.afpbb.com/category/war-unrest?cx_part=sub_list

個人的結論: 全世界で毎年数万人の人々が、中国製の武器で命を落とし、その人たちの命で、中国は数億ドル〜数十億ドルを稼いでいる。世界の難民や貧困は、相当数、中国とロシアの両国によって産み出されている。(アメリカや、フランス、ドイツがそれに続くと推測される。)

反面教師

https://news.goo.ne.jp/article/recordchina/world/recordchina-RC_857205.html
中国の水力発電プロジェクト、インドの強烈な反発招く?―米華字メディア

水資源の問題は、人の生活の根幹に関わる。

晏氏が指したのは「二酸化炭素排出実質ゼロに向けて巨大な役割を果たす」「水資源や国土など国家の安全に関わる」「発電所稼働後にチベット自治区に200億元(約3150億円)以上の財政収入をもたらす」「クリーンで再生可能な電力の供給」「発電所開発、送電線や道路の開通に伴う南アジアとの協力のいっそうの円滑化」の5点で、記事はこの水力発電所の規模の大きさを説明するとともに、「南アジアにとって重要な水源であるこの川での水力発電開発はかねてより敏感な問題だった」と指摘。

確かに、中国単体で考えたなら、非常にメリットの大きいプロジェクトに違いない。
ただ、上流にダムができれば、下流の水資源に大きな影響がある。ちょっと考えたなら、わからないはずは、なかろうに。影響を受けるのは。インドだけではなく、バングラディッシュもか?

日本なんて、水資源はかなり豊かな国だけれども、江戸時代には水利権を巡って、村人入り乱れての殺し合い、言ってみれば「村規模」の「戦争」があった。(やくざ対やくざ、でも「戦争」っていう言葉が使われるらしいけど。)この話題、インドが中国と違って、大人(周辺国の事情を考えられるだけ、成熟した国家)だから、まだ、「戦争」にまでは発展しないだろうけれども、昔だったら、いつ戦争になってもおかしくない程の話題だという気がする。

なんだか、最近の中国の「性癖」を顕著に表している気がした。いい加減に私も、中国に噛みつくのは疲れた。よくもまぁ、次から次へと、周辺国に軒並み「迷惑行為」を思いつくものだと・・・

個人対個人だとしたら、こうした「自分の都合しか考えない人」っていうのは、一番、付き合いたくない奴だと思う。自分の都合だけで、面倒な仕事を相手(こちら)に押し付けて、さっさと消えちゃう奴、とか。(「先輩、すみません、私今日、彼氏に食事に誘われちゃって、いかなきゃなんで、この仕事、明日までにお願いできますかぁ。」的な・・・)あるいは、何か皆んなで話し合って、旅行とか面白い企画を始めたところが、途中から割り込んで、自分一人でいいとこ取りしようとする奴、とか。
誰に聞いても「あいつと付き合うのだけは、ちょっと、勘弁して欲しい」って言われるような奴。最近の中国は、そういうことしかしてない、気がする。
なんだか、書き疲れて、食傷気味。
ぶっちゃけ、人間で言ったら、「厄介なガキ(中坊=中学生)」程度の理解力(周囲と自分との調整能力が必要だ、という理解力が、中学生程度)しか持たない国家だ、という気がする。

少し前にも、書いたなぁ、こういう表現。

今は、世界中で、インターネットを経由して、自由に、思うがままに意見交流できる時代になった。(中国人は除く)
グレタ・トゥーンベリさんの言動に、世界中の若者が賛同した。すごいことだと思った。確かに彼女は、感情的になりすぎる。そうした非難を、本人は受け入れて、軌道修正しているみたいだし、彼女が感情をコントロールできるようになったら、素晴らしい仕事をするかも知れない。

そうした若い、自分たちの生きる未来を見据えた、若い方達の(たぶん、オンライン中心での)世界的な集まりの場、意見交流の場所があってもいいのかもなぁ、なんて思う。中国みたいな国を除いて、世界中から共感する若者が集まり、どうやったら、戦争のない世界を作ることができるか、どうやったら貧困に打ち勝てるか、どんな科学技術が、ほとんどコストをかけずに生活を改善できるか、そうしたディスカッションができるサイバー空間ができたらいいのに、なんて思う。おそらく、英語なんかを基軸言語にして、推測だけれども、Googleなんかでも、フランス語⇄英語、スペイン語⇄英語、日本語⇄英語、なんていうのはかなり高精度な自動翻訳技術が確立しているだろうから、世界中の相当数の若者が参入できる場が、構築できるに違いない。

いや、僕は今、日本の学生たちを思い浮かべちゃった、なので、ほとんど英語を使えないイメージで書いたけれども、ある程度自分の意思表明をできる若い人たちは、結構普通に英語を使いこなしているから、英語だけで自動翻訳の支援がなくても、若い人たちの意見交流の場所は成り立つと思う。(だったら、このページも英語で書け、ってか?あ、おっしゃる通りですが、僕自身は、英語で、正しい単語選択をしようと思ったら、辞書で確認したり、日本語で書くのの3倍以上の時間がかかる程度の英語力しかないので、面倒くさくて、日本語で書いちゃってます。どうも、すんません。)

いや、これほど、わかりやすくてスッキリした教材はないな、なんて思った。
今、中国がやっていること。対チベット、対新疆ウイグル自治区、南沙諸島、西沙諸島、香港での統制強化、台湾への軍事的圧力、尖閣諸島への軍事的挑発行動、対北朝鮮への制裁破り、中南米沖での海洋資源乱獲問題、借款に名前を借りた港などの公共施設の乗っ取り問題、すぐに崩落するような橋梁工事を相手国に借金を押し付けて建造する問題、自国民を海外に移住させ相手国の国籍を取得させて相手国の国会に進出し相手国の国政を操ろうとする問題、借款供与に名を借りて必要人員だとして自国民を移住させて中国人で街区を乗っ取っている問題、オーストラリアに対したように相手国を誹謗中傷する内容を国家中枢の人間がSNSに投稿する行為、あと、なんでしたっけ、あと4つ気になった気がするけど、思い出せない。老けた。列挙するのはこれが限界か。(きっと、次の機会に、きっかけがあったら、思い出すと思うけど、ダメだ、今出てこない。)

視点を変えたなら、これほど反面教師として最適な国家はない。どうやったら、全世界が平和になるか、貧困がなくなるか、今の中国ほど反面教師として最適な、素晴らしい国家はないな、と思った。

若い人たちが集まって、そうした議論をしたとして、例えば、今の国連事務総長なんかは、グレタさんを評価したように、拾い上げてくれるに違いない。ただ、国連の中枢には、安全保障理事会の常任理事国として、中国もいるし、自国の軍事産業を儲けさせるためには、あえて紛争を起こして武器を輸出しているロシアみたいな国もある。中国とロシア。あの2か国が国連に居座る限り、国連には限界が見えている。

だったら、若い人たちが、ジジイ、ババアばかりの国連を捨てて、自分たちで、「世界を一つにする」ための「議論の場」を構築したらいい。国連ほど「拘束力」を考える必要はないと思う。世界中の若者たちで議論を戦わせて、それを、相手国に押し付けることなく、自国に持ち帰って、自分の国の若い人たちを説得して、全世界で、協力・協調して、みんなが安心して住みやすい地球を作る。(創るでもなく、造るでもない、あえて「作る」、の字を使いましたが・・・)

日本語のフレーズに、「バカとハサミは使いよう」っていうのがある。ハサミ(scissors)は、ちょっとした力の入れ加減で、全然切れなかったりもする、けれど、力に入れ加減さえコツを掴んだら、本当に便利な道具になる。理解力のないバカが相手でも、説明の仕方、相手の動かし方によっては、役に立たせることができる、そういう、日本語の慣用句。

現在の中国を、どうやったら「便利なハサミ」として使うことができるか。反面教師として見据えることが大切だと思う。特に、中央集権的な国家機構を構築してしまった際に、どんな弊害が起きるか。これは、中国共産党に限った話ではなく、トランプをみたらわかるように、「民主主義国家」でも陥る罠だと思う。私なりに、必死に考え続けているけど、たぶん、答えを出す前に、私自身がクタばりそうな・・・

中国にしても、トランプのアメリカにしても、「バカにつける薬はない」ではなくて、「バカとハサミは使いよう」みたいなスタンスで、世界中の若者が建設的な議論を闘わせる、そういう世界になって欲しいと思った。

以上

力関係

今こうした議論を持ち出すと、どうしても「どさくさ紛れ」感が否めない。ただ、もしかしたら、議論するのに絶好の機会が訪れるんだろうか。

何かと言えば、新型コロナに対峙する医療環境での、看護師の地位。

臨床工学の国家試験問題の「関連法規」では、職能に関する問題も出ているけれど、医師以外の多くの職種で、「医師の指示の元に××を行うことができる」的な記述がかなり多い。日本の医療では、「医師」はオールマイティで、ほとんど全ての医療行為を行うことが出来るのに対して、いわゆるパラメディカル(医療関連職種、看護師、薬剤師、診療放射線技師、理学療法士、作業療法士、臨床検査技師、臨床工学技士、などなど)は、「医師の指示の下」で医療行為に従事する、という形が多い。

結果として、医療過誤があった場合でも「判断」が絡む場合には、最終責任は医師が負うケースが多くなるんだろうか。「総合職」として考えるならば、ある程度は「司令塔」機能を担う方が必要なんだろうと理解できる側面もあるけれど、海外の法令は、どうなっているんだろうか。(深入りする気がないので、調べません。悪しからず。このページの主題じゃないし。)

問題と思えるのは、医師と看護師の給与体系の違い、だろうか。勤務医の場合には、開業医とはまた違った実情があるみたいだけれども、医師と看護師は、どれくらいの差があるんだろうか。
「生活がかかっている」のは、医師も看護師も同じだろうし、特に新型コロナ対応では、直接患者と向き合う場で仕事をする、医師や看護師の「過酷な労働環境」には、大きな差がない、というか、むしろ看護師の方々の方が過酷な状況に置かれている気がする。
どういう先入観があるのかわからないけれども、「軽症から中等度の病床」に入院している方々の中には、看護師を小間使いのように思っている人もいるらしい。歌舞伎町のホストの方々を受け入れた病院では、看護師さんたちが「医療のプロ」としてのプライドをズタズタにされるような扱いを患者さんたちにされていた、ような記事も読んだ。加えて、医師とは給与水準が違う。「金で釣られる」とか言ってしまえば、耳障りが良くないけれども、給料が安ければ、疲労感は半端ない。特に、生活がかかっていれば、そこそこに、世間から「高級取り」と言われるだけの給料があるのか、平均的な企業の給与所得者と同程度か、それより下かという水準なのかで、「まだ、頑張れる」か、「もう無理」かの違いは、やはり、あるような気がする。

そんなことを考えていると、東京女子医科大学で、大量の看護師が「離職願い」を出した、という話題は、あって当然なのかな、とも思えた。特にワンマン経営の私立大学/私立大学病院なんかだと、教職員を使い捨てのコマのようにしか考えていないところも、あると思う。(ある程度の実感を持って・・・)

さて、そうなると・・・(ここからが本題)
おそらくは、日本でも「医療崩壊」を起こす地域が出てくると思う。医師以上に、ローテーションを組む上で不足が顕在化するのは、看護師だと思う。
「どさくさ紛れ」だと書いたのは、もし「看護師の奪い合い」が起きるなら、給与水準も上がるのかな、という点だろうか。

勤務医が、家族に感染させないために、あるいは、少しでも疲労を回復するために、病院のそばのホテルに宿泊している、なんていう記事も読んだけれども、看護師は同じことをできるだろうか。医師は「疲れたから、タクシーで帰宅する」こともあるだろうけれども、看護師が「疲れたから、タクシーで帰宅」というのは、あまり聞かない。それほど、給与体系が違う。それなのに、もしかしたら医師以上に感染リスクが高い現場で、「医療行為に穴を空けないように」ビッシリと詰めて勤務しろ、というのは、おそらく、限界を超えて、無理だと思う。
もしかしたら、だけれども、看護師の奪い合いが起きて、看護師の給与水準が上がる、なんていうことも起きるだろうか。というよりも、保険点数の見直しで、パラメディカルの勤務と、医師の勤務との間の差を埋めるような、「根本」からの見直しをしなければ、医療崩壊に拍車をかける、とも思う。

「平時」には、見直しが捗らないんでしょうね。日本の保険医療制度の恩恵を蒙っているはずの一般の日本人も、看護師とかパラメディカルの「診療点数」が上がることには、平時だったら、無条件で反対したりするんだろうな。だからこそ、「有事」の今、一気に抜本的な見直しをはかるべきなんじゃないかな、と思った。(これが、主題です。)「有事」の今だから、ようやっと、話題を持ち出して、それを取り上げてもらえる環境が整った、と言えるのかな、と思った。

ここから先は、蛇足。

私自身は、最初、「Go To」を非難し、次に、「Go To」それ自体には、問題はないように思う、と書いた。あまりにも言葉不足。

移動そのものに、感染のリスクは高くないと、今でも思っているけれども、電車の中でおしゃべりする人はいる。会食中、飲食の合間でおしゃべりする際にマスクをしない人も、いる。こうした行為を、罰則規定を伴って「禁止」できるのならば、「Go To」で、リスクを高めることなく、飲食業とか観光業を振興することもできるんだろうけれども、現実には、リスクを高める行為を平然と行う人たちが、一定数存在する。だとしたら、やはり「Go To」は、アウトなんだと思う。

今から「Go To」を見直したって、その見直しの成果が現れるのは2週間後、以降だから、今後2週間は今現在の「上昇係数」が続くとして、続いたなら、どこかで医療崩壊は起きる、と思う。

本気で「国民の命を守る」つもりだったのなら、「自粛」とか「協力要請」ではなく、「禁止」だったんじゃないかな、とも思った。ところがねぇ、いざ「禁止」とかしたら、おそらく野党が「専横的だ」とか、なんだとか、クレームをつける。そのクレームを避けるために、「禁止」ではなく「自粛」とか「協力要請」にしたのだとしたら、保身に走っての責任回避なんだろうな、と思った。(ってことは、野党にも責任があるのかな?)

いざ、医療崩壊が目前に迫ったから、もしかしたら、この話題を持ち出しても、「聞く耳」をもってもらえる環境が調ったのかな、と思った。平時にこの話題を持ち出しても、日本医師会も、厚生労働省も、おそらくは、本気で話題と向き合わない。

この一点に関して言えば、確かに「助かったかも知れない命が失われる」結果になるかも知れないけれど、医療崩壊は、滅多に得難いチャンスなのだとも思った。

ビン詰め

最近、事務所の給湯室で(おぉ、一丁前に・・・)気分転換で佃煮とか作ったりしている。
いや、最近っていうか、もう、ここ数年かな。

なんというか、やっぱし「血液ドロドロ」が気になるもんで、玉ねぎのピクルスなんてのも作り始めた。
そうすると、保存容器が必要になってくる。百均に買いにいきましたよ。
ただ、ちょっと大きめのやつは、100円じゃなくて、200円とか、300円とかする。
ご多聞に洩れず、某国製で・・・

その後で、ヤオコーで漬物を見つけた。GurkenのキューネDillピクルス。(Gurken;ガーキンがキュウリって、違うよね、絶対。別の品種でしょ?似てはいるけど・・・)300円を切ってる。え?某国製のビンだけでも300円とかしたのに・・・。

某国製のこうした保存用のビンで、ちょっと神経質になってるのは、フタの瓶と接する部分が錆びてきちゃって、浮き上がってるのか、ちょっと「普通に」(力一杯じゃなく)締めると、開けるときに猛烈に力が要るようになってきたこと。さすがに、食品容器だから5-56をスプレイするって訳にもいかないし、フタの、ネジの部分にごま油を垂らして、潤滑油の代わりにならないかと思って使っていた。ただもう、限界。
もう、錆びて膨張して来て、寸法が変わってるからだろうと思うけれど、もう、ちょっと普通に蓋を締めることが難しくなった。私自身が歳食って、握力が落ちてるっていうこともあるのかも知れないけれど、もう、うっかり普通に締めてしまうと、次に開けるときには、「てこ」の原理で半径を広げて、滑り止めをかませて、相当に本気モードで開かないと、開かなくなった。
「日常生活における、握力トレーニング」!なんていう解釈も成り立つけど、蓋の内側の、ネジ部分のサビが、もうどうにも酷くて、ぼちぼち、捨てようか、なんていう気分になって来た。確かに、食塩を含んだものとか、お酢とか、いろいろ入れてたけど、そもそもが「食品保存容器」でしょ?サビが酷すぎる。

ところがね、桃屋のビン詰め。中身込みで買って来て、空き瓶として使っていて、何年使っても「蓋が固い」なんてことにはならない。ビンを100円で買ったと思ったら、もう、中身は激安ですよね。それどころか、キューネのピクルスなんて、某国製の同じサイズのビンをビンだけで買うよりも安い。ビン代と考えたなら、中身を買うのにお金をもらってるぐらいの感じ。

「世界の工場」らしい某国製の、粗悪品に関しては、相当に世界で話題になってるような気がするけど、ご丁寧に某国ではそういう情報は全部ブロックされていて、某国の方々は「世界の工場」に自信を持ってるんだろうなぁ。しかも、政府関係者なんかも、そういうネット情報は見聞きできないんだろうなぁ。見ようとしたら、逮捕されたりなんかして。だから、今後も改善されるなんてことは、たぶん起きない。

加えて、こんな話もあった。
じゃなかった、上記の話題と、以下の話題には、一切関係も脈絡もありません。全然話題です。某国は某国で、以下の話題の登場国のことではありません。

https://www.bbc.com/japanese/55127165
オーストラリア、「不快な」フェイク写真めぐり中国に謝罪要求

よくもまぁ、これだけ全世界に喧嘩を売れるなぁ。

https://forbesjapan.com/articles/detail/38446
激化する中国と豪州の貿易対立、500億円分の石炭が海で足止めに

これを、日本で受け入れ、なんていうと、地球温暖化に関して避難を浴びるかも知れないけれども、脱原子力という視点で言えば、暫定的に石炭火力に頼るというのも、「政治的」にはアリじゃないか、なんていう気もした。

保険ですよ、保険。某国が日本に「戦争」を仕掛けた時に、同盟国的に動いて欲しい相手でしょ?

外交なんて、土壇場まで「二又外交」もいいんじゃないかな?基本的には、世界中の全ての国と友好関係を維持したい。その中の、A国とC国の仲が悪い、なんていうのは、我々にとっては関係ない話題だと思う。但し、「いざ」という時にA国側に付くか、C国側に付くか、即断できるだけの腹はくくった上で「二又外交」を展開するべきだろうな。そうでなくて、小田原評定をやらかしたら、別のA国以外の同盟国の信用を一気に失うと思う。(いや、日本はそーゆー国だと、最初から割り引いて見られているかも知れないけど。)
日本が「自由主義」や「民主主義」に根ざす国家かどうか、それを問われることになると思いますが、どうなんでしょうかね。==> 「自由」「民主」「党」のみなさま。

もし、某国が軍隊に「戦争準備を進めよ」と指示を出すのならば、その某国が戦争体制になった際に、日本の製造業が影響を受けないように、その「戦争準備」に比例して、製造業をその某国から海外移転させるべきだ、なんて思うんだけど、その某国、工場を閉鎖する際に法外な要求を出して来ているらしい。その辺の事実の詳細を、世界中に公表して、これからその某国に工場を作ろうとする国に、「入る時は歓迎されるけど、出ていく時にこんなことがあるよ〜」というのは知らしめておく必要がある、と思う。そうすれば、これ以上某国に工場を建設して「被害」にあうことになる他国の企業を救うことになる。工場を作る前に、ちゃんと教えてあげないと。

相当なコストがかかったとしても、某国の政権が変わらない限り、今後リスクの程度はどんどんと高まる気がする。

だいたい、海外から何か指摘をされると、すぐに「内政干渉」だとか騒ぐ割には、自分たちは平気で内政干渉しているし、内政干渉どころか、平気で他国の主権を侵害している。
日本が尖閣諸島を国有化した際に、猛烈な勢いで騒いだけれども、そもそもが、日本人が居住していて、その居住していた日本人が「個人による所有」を登記していたものを、国が買い取っただけの、明らかに単なる国内法上の問題に対して、猛反発した。どう考えたって、内政干渉だと私は思う。そういうご都合主義で、自分たちは内政干渉していながら、他国に対してすぐに「内政干渉だ」と大騒ぎするのは、イカガナものか。

どうでもいいけど、以前は「安い」けれど、それなりの品質を維持していた某国製が、最近はもう、使っているとストレスが高まるくらいに劣化している。

再び話が変わる。

オーストラリア国防軍(ADF)は19日、特殊部隊所属の25人がアフガニスタンで39人を不法に殺したことを示す「信用できる証拠」があるとする報告書を発表した。

この報告により、オーストラリア軍には非難の声が集中し、警察による捜査も始まっている。

オーストラリアは「謝罪」を表明したんでしょ?加えて、犯罪行為があったならば、警察による捜査の対象にもなるんだろうと思う。
今の段階では、見守るしかないとも思う。これで開き直ったなら、非難されても仕方ないとは思うけれど。

「他民族」に対して(相手のことがよくわからない、という不安から)不適切な、というか、残虐な行為を行うこと自体は、程度の差こそあれ、普通の人にも見られる反応のように思うけれども。ただ、そうした行為に対して、自国民を投獄したり自国民を拷問したりすることが日常的な国に、何かを言われたくはないよなぁ、なんてことは思う。

ちなみに、グアンタナモに関して、アメリカは「謝罪」とかしたんでしたっけか?あれほど「自由」を看板に掲げている国、ですら、他国民の自由に関しては、あまり寛容でなかった気がする。どこもかしこも、似たようなもんなのかなぁ。こんな記事もあったけど。

https://www.cnn.co.jp/world/35103825.html
グアンタナモ収容、元少年に和解金9億円と謝罪 カナダ政府

話が、どんどんとおかしな方に転がった。

このページの主題。キューネのディル・ピクルス、一ビン食べ終わったけど、美味しかった。その上、空き瓶も使えるから、2度嬉しい、でした。書き出しから、この段落の間の全部は、ページの主題とは無関係です、ということで・・・

書き終わりも、どーでもいい話題だけれど。

某国駐在員とかが、「景色が美しい」とかで写真を撮影すると、たまたま、その景色に「秘密の軍事基地」が映っていたりして、そうなっちゃうと「スパイ」容疑をかけられて、もう、何年も拘束されたりする、なんてことが起きているらしい。
だって、「ひみつのぐんじきち」なんて、そんなもん、どこにあるかわからんから、そんなことされたら、景色の写真もまともに撮れない。怖い国だよなぁ、なんて思う。某国の話ですけどね。

観光客や駐在員が、安心して写真をとれるように、Google Mapか何かに、「ここに、ひみつのぐんじきちがあります」って、マークを表示しておいて欲しいなぁ、なんて思う。

Guacamole

ヤオコーの、お値打ち品ワゴンに、Spice for Guacamoleなるのが、50円で売られていた。なんか、気になる。50円ならハズレでもいいや、と思って買いました。

一口舐めてみた。この味、どこかで食べたことがある。ペペロンチーノとも違うし。

野菜コーナーでは、半額で埼玉県産のキャベツ半玉が、29円。トンカツ定食の千切りキャベツにしたら、3回分になりそうな質感。手でちぎって、フリーザーパックに入れて、そこにこのGuacamoleと、昆布だし、岩塩少々を入れてみた。結構いけた。これは当たり。「見慣れない商品」は、売れないんだろうなぁ。この味、絶対にみんな、どこかで食べたことがあるに違いないんだけれども。粉末のパスタ用ペペロンチーノ粉末と似た感じはあるけれど、パスタに使ってもいけるかも知れない。

なんて思って、中身をパッキンの効いた小瓶に移した。「お値打ち品」シールが商品名の上に貼ってあって、うまく剥がせなくて、いつもこういう時によくやる、ラベルをハサミで切って瓶にラベルとして貼り付ける、なんてことが出来なかった。という訳で、商品の裏側の表示を見ながら、綴りを確認。このGuacamole。味は知っているけれど、名前は初めて目にした。手書きラベル用に、綴りを確認しようとおもって、ググった。その成果が、このページの見出し。

見ていたら、何?”Apache Guacamole”  Apache?サーバ用のアプリ?

Apache Guacamoleを利用すると、以下のことができます。

  • 不要なアクセスを防ぐ
  • 情報漏洩等を防止
  • 複数人で画面共有、操作ができる
  • リモートワークでの作業を怠っていないか確認できる
  • 操作を動画で残せる
  • 問題発生時には操作履歴から原因を突き止めることができる

このためApache Guacamoleは、安心できるリモートワーク用のゲートウェイとして利用することができます。

めっちゃ、仕事に関係あるじゃんか。

某国の、2~3万人ほど居るとか言われる「ハッキング」作業担当者への対処方法、になるのかなぁ。

これって、使い方を覚えないといけなそうな、そんな予感がした。半額ワゴンどころの騒ぎじゃ、ないなぁ。でも、こういう環境の存在を知ったのは、偶然にせよ得難い体験だったかも。

もう、ハッキング防止技術は、WEBエンジニアの必須知識だからなぁ。
何この、Guacamoleって?だけじゃ済まない、けど、Apacheの方のGuacamoleを知る機会はとてもありがたい。

日中比較法学?

むかし、日本コーリンに居た頃、社長がサン・アントニオに工場を作るとか言い出したことがあった。

ある日、プログラムがどうにも思うように動かず、日曜出勤で会社に出たら、外からのお客さんとエレベータで乗り合わせた。

確か、先方から話しかけて来たように思う。社長が頼み込んで、会社の幹部の皆様方、専務とか常務とかの方々に、日米比較法学のレクチャーをお願いしたらしい、名古屋大学の先生だったと思う。
一言、二言、話しかけられたんだけれども、寝起きで、どうにも頭が働かない。こっちは、「(はい、ではなく)はぁ・・・」とか言いながら、ボーっとした顔でいたら、「まぁ、お話ししても、わかっていただけないとは思いますが」とかおっしゃる。
なんか、ちょっと、失礼じゃないかなぁとは思った。(慣れてると言えば、慣れてはいるけれども・・・。時々、電車の窓なんかに映った自分の顔を見て、緊張感のないアホ面してるな、と自分でもしばしば思うし。)

ただ、思うに、専務とか、常務とかも、無理やり社長に「日米比較法学」のレクチャーを受けさせられるハメに陥って、しかも日曜出勤で、結構、レクチャーの間、船を漕いだりしていたんじゃなかろうかと、そんな気はする。一方で、大学の先生の立場では、社長の依頼で引き受けたものの、「仕方なし」に受けてる社会人相手で、いい加減、教える方としてもやる気をなくしての、あのご発言だったんじゃなかろうかと、そんな気もした。

いうまでもなく、国が違えば法律が違う。日本のつもりでアメリカで振る舞えば、日本では当たり前の行動が、アメリカでの何かの法律に触れるかもしれないし、「当然取るべき行動」が、日米で違うということは十分にある、とは思う。アメリカ進出での相談相手だった、アメリカの弁護士のWOさんの助言、か何かがあって、社長の独断で、比較法学の先生を探して頼んだのに違いない。そんなことを考えていた。

あの時、エレベーターで乗り合わせた方との二言・三言の会話で、「比較法学」とかいう分野があるんだぁ、ということだけは学習させていただいた。

なぜ三菱自動車は中国で「悪魔の証明」を強いられたか?!
https://www.j-cast.com/kaisha/2020/11/27399757.html?p=all

「中国法」(小口彦太著)集英社
著者の小口彦太さんは、早稲田大学法学部教授を経て、早稲田大学名誉教授。江戸川大学学長。専門は中国法で、中国人民大学法学院名誉客座教授でもある。著書に「中国法入門」「現代中国の裁判と法」「中国契約法の研究」など多数。

 

「2012年、日本の尖閣の国有化。これは実際は国有化ではなく、所有権を民間から国に移したという、日本の民法上の所有権の移転であり、国家主権とはまったく関係のないものですが、中国側が誤解し、ついに日本が尖閣を国有化して日本領土にしたと思ったわけです。鄧小平さんが、棚上げ・共同開発しようと言ったのに、自分の領土にするとは何事だということで、あの強烈な中国側の反発になっていったのです」

これを読んで、腑に落ちた。日本が国有化した際の、中国側の論調が、どうにも理解できなかった。まるで、それまでは日本の領土でなかった場所を、日本が自国の領土にしたかのような、そうしたものの言い方で、「なぜ、そんなふうに、曲解するんだ」とずっと思っていた。ただ、この「法律の違い」から来る「勘違い」なら、理解できる。というより、やっと理解した。

日本側からすると「誤解」だが、中国側からすると「誤解」ではなかった、と指摘する。

中国では土地はすべて国有地であり、所有権の譲渡はあり得ない。この種の国有財産の権利は民法に由来する私権ではなく、憲法によって創設された公権であることを意味する。

このような中国法の枠組みからすると、日本政府による尖閣諸島の購入はあからさまな主権の侵害に映り、猛烈な反発を招いた。

なるほど。日本では、個人所有、会社などの法人所有、市区町村の所有する土地、県の所有する土地、国の所有する土地、土地の所有者にはバリエーションがあり、「個人所有」から「国の所有」に所有権を移転させた、だけだったにもかかわらず、中国側にとっては、「国が所有権を取得した」=「それまでは国に所有権がなかった」=「中国的な理解では、それまでは日本の領土ではなかった」ということになるのか、と合点がいった。

しかし、「国有化」は主権の問題だと、中国では挙国一致で対日批判が盛り上がった。鄧小平の「棚上げ」論の重しが取れた、と中国軍部は欣喜雀躍した。そして、今に続く日中間の緊張状態のタネになっている。

なるほどなぁ、って理解して喜んでる場合じゃない。
そもそも、この「個人から国への、登記上の移転」が、国内の所有者の変更に過ぎない、という点について、中国側の誤解を解いているんだろうか?まだ、ここに誤解が残っていたとしたら、そもそもが、議論が噛み合っていないということになるはずだと思う。

この、「中国軍部の欣喜雀躍」は、敵わんなぁ。誰か、誤解を解いてはくれんもんか。

青年海外協力隊の訓練では、バファバファという「異文化理解」のゲームを行う。元々は、US Peace Corps(米国平和部隊)で考案されたゲームらしい。文化が違えば、無論法律も違うし、習慣も違う。
頭じゃわかってるのに、いつまで経っても、ふと勘違いしていたのは、英語圏のバイバイ(さようなら)の動作で、日本の「おいで、おいで」とほとんど同じ。
パプアニューギニアで知り合った、SIL(Summer Institute of Linguistics=聖書を世界中の現地語に翻訳している団体)のボランティアから聞いた話では、アフリカ(だったと思う)のある文化圏では、”Yes”の時に首を横にふり、”No”の時に首を縦に振る、らしい。

協力隊の訓練所のレクチャーで聞いた話では、というのは真っ赤な嘘で、実はゴルゴ13の漫画で読んだ話で、後から訓練所で誰か他の訓練生から聞いた話だけれど、子供の頭を撫でる、という行為を、決してしてはならない国がある。(どこかが、思い出せない。)頭のてっぺんは、天=神につながっているから、頭を撫でるというのは、その人の神とのつながりを切り離そうとする、呪いの動作に相当する、確かそんな説明だったと思う。
ゴルゴ13の漫画では、東南アジアのある国に派遣された日本企業の駐在員が、現地の子供に、何かの時に「可愛いね」と頭を撫でたところを、周囲の大人たちが見ていた。現地の方達は、「あの日本人が、あの子供に呪いをかけた」と解釈し、その結果・・・の続きは、直接ゴルゴ13の漫画をお読みください。何巻かは覚えていない。確か、30年以上前に、どこかのラーメン屋か何かで、ラーメンが出るのを待っている時に読んだか、そんな感じなので、何巻かまでは、とても覚えていない。

この類の「異文化」の、慣習の違いは、数え切れないほどある。加えて、法律の違いもあるし、制度の違いもある。

まさか、とは思ったけれども、中国の政治家は日本の法律を知らない。
日本の政治家は、中国の法律を知らない。当然、大使館員とか大使の方々は、この辺の「違い」を理解しているんだろうけれども、「勘違い」にしては、あまりにも、結果が重大すぎる。

冒頭で引用したJ-Castの記事では、

小口さんは「中国法に対する不知のなせる業である」と厳しく批判している。

と書かれていたけれども、日本側だけが悪いのではないような気がする。それにしても・・・「尖閣諸島の国有化」を決断した際に、どなたか、この「中国法的解釈」で、どんな受け取り方をされるか、助言できる方は、いらっしゃらなかったのか。

インターネットで世界中がつながって来た。それこそ、どこの国の誰とでも「友達」になれる時代なのかも知れない。
そんな今だからこそ、国や文化が違う時に、どんな動作がどんな違った意味を持つか、どんな法律的な違いがあるのか、などなど、単に「言葉を翻訳する」だけではなく、解釈の違いについても、徹底的に洗い出す作業が必要なのかも知れない。Googleなんかの「自動言語翻訳」に、慣習的/法的解釈の違いの可能性がある部分には、アノテーションをつけて欲しいね。

勘違いから戦争が始まっちゃいました、じゃ、洒落にならない気がする。

ニュー・スタンダード


中国 習主席が軍事訓練の強化を指示(2020年11月26日)


台湾侵攻を想定か・・・中国が軍事訓練 街並み忠実再現(2020年9月29日)

「戦争準備への集中」なんていう言葉がまた出てきた。
どこから先が「虚」で、どこまでが「実」なのか、どうにも読めない。

日本の右派の論客が、「だから、防衛力をもっと強化すべきなんだ」という論調を強めている、気がする。
私は、「戦争」というものについて、もっと徹底的に研究すべきだ、とは書いたけれども、自衛隊による防衛力だけに頼るべきだとは書いていない。

例えば、医学は「人々が健康になるための学問」なのかな、と、私なりに解釈しているけれども、「健康」を科学するというよりも、むしろ「病気」についての研究の方が圧倒的に多いと思う。病気について熟知することで、治療して健康を取り戻せるようにしている、と考えたら、同じ発想で、平和を希求するなら戦争について研究すべきだと書いただけ。どこか、言ってることがおかしいでしょうか?

つい昨日、国試対策の授業で、「血清中のタンパク質を2種類言ってみて」とか「グロブリンの役割は?」なんてのを、学生にあてた。感触は、まだまだ微妙だなぁ・・・。今日はだいぶいいけど、昨日はまだ耳鳴りがひどくて、答えても聞き取れてない。よく授業を成立させたもんだとも思うが、話を戻せば、一言で言って、グロブリンの役割は、免疫。体内にウイルスなどが侵入した際に、抗体を作って、特異的に防御する働きを担う。(細かい表現に、理解不足があっても、ツッコミ無用に願います。あくまでも国試対策程度のレベルで、私の本職は医用機器のプログラム作成で、医学じゃないもんで。言い訳終わり)
グロブリンは、特定の攻撃対象への防御ということになるけれど、貪食細胞である白血球は、ある意味で相手を選ばない、とも理解している。

じゃぁ、だからと言って、例えば新型コロナウイルスへの対策を、体の免疫機能だけに担わせるか、なんて言ったら、そんな無謀な議論をしている人は、一人もいないと思う。まず、体内に侵入させないために、マスクだの、手洗いだの、そちらがむしろ大切だということになっている、と、私は理解している。
言わば、自衛隊は、時に白血球であり、時にグロブリンであり、体内への侵入を許してしまった後の働きを担っている、と、私は理解している。ただ、今、徹底するように呼びかけがなされている大半の、大切なことは、体内に侵入させないこと、つまり、比喩として言えば、自衛隊の出番を作らずに、そうならないように、マスクに相当する外交、手洗いに相当する外交を展開すべきだ、と、そちらを強調したかったのだけれど、書き方が下手で、どうにも伝わらなかった気がする。(これだけ書いても、伝わってなかったりして・・・)

一昔前だったら、それこそ「戦場カメラマン」が戦争の悲惨さを伝えることで、世界から注目が集まり、戦争当事国が国際世論に抗し難くなって、それが終戦への緒になる、なんていう流れがあったように思う。
ところが、今はもう、一足飛びに、「進攻開始」から、おそらくは、生配信に近い映像が世界に流れるだろうし、そうなった時に、はっきり書いてしまえば、一気に世界の反中世論が高まって、中国経済の影響力という足枷があったとしても、強硬に中国への「制裁」を発動する、という流れになるんじゃないか、という気がする。

斜め読みで、こんな主張を読んだ。相手以上の軍事力を持っていれば、相手は攻めてこない。今、日中の軍事力は逆転して、日本の軍事力は中国に劣っている。だから、イージス艦、駆逐艦など、戦力を増強すべきだ。軍事力の劣った国は、攻め滅ぼされるというのが世界の常識だ。(かなり、はしょって書きました。論旨を損ねたら申し訳ないと思うので、どなたの論説かは書きません。)

そんなことを言ったら、中国より軍事力の劣った「中国の隣国」は、一体どれだけあるんだろうか。みんな、中国に滅ぼされるの?
中国の海洋進出。中国が「海洋拠点」を持つために、一番手っ取り早いのは、大洋州の小国を攻め滅ぼして、自国の領土にすることでしょうね。そんなことをしたら、どうなるか。国際社会で、「中国は、信頼できる、親交をもっても良い国家」という地位を回復するのに、50年はかかるだろうし、断交や禁輸などを回復するのにも相当に時間がかかると思う。今の情報社会で、それだけのリスクを取るメリットは、なんなんだろうか。大洋州の小国を滅ぼして自国のものとし(おっと、台湾も太平洋に浮かぶ小国だなぁ)、太平洋の「自国の領海」で堂々と軍事演習を行なって、軍部や国民が大喜びする。経済活動を捨てて、その「大喜び」を取るの?中国ってのは、そんなアホな国なんだろうか。

中国が台湾に侵攻しました。当然、アメリカは動くだろうし、そうなったなら、日本はアメリカの手前、中国との貿易は閉さざるを得なくなる。米兵の血を流しながら、日本は中国との貿易を続けるの?結果として、中国は、アメリカや日本、あるいは、西欧諸国という「顧客」を、相当期間失うことになるだろう、ということを、自分は考えているけれど、そうはならないという根拠が、私には理解できていない。

中国が沖縄に侵攻しました。現状の日米安保では、アメリカが動く。じゃぁ、日米安保なしなら、どうなるんだ!自衛隊だけで守り切れるか?だから、日米安保は死守すべきだ!そうなんですかねぇ?
第一次世界大戦の頃の発想で言えば、僕が日本の政治家だったら、インドに協力を求めると思う。カシミール方面から中国に侵攻して、中国に「2正面作戦」を強いるように、インドを焚きつけると思う。インドだけじゃなく、ベトナムにも協力を求めるかもしれない。中国はかつて、ベトナムとの国境でいざこざを起こした。ロシアへの協力要請は、難しいだろうな。それなら、新疆ウイグルでの内部蜂起は?ウイグル族への支援を約束して、協力を求められないか?あと、どれだけ外交(諜報活動)を展開できるんだろうか。
そうなったら、仮にアメリカが日本の支援に回らなくても、中国が相手にすべきは、日本の防衛力+インドの軍事力+xということになる、と思う。さらに言えば、東南アジア諸国が、日本やインドの側につくように、相当に、あの手、この手を考えることになるんだろうな、とも思うけれども、「中国の軍事力 > 日本の防衛力」だから、日本は危ない、というのは、あまりにも、軍事だけに偏った発想だと、私は思う。免疫グロブリンだけで新型コロナに立ち向かおう、という発想に思えてならない。

RCEPが中国主導で合意に達した。
そうも考えられるけれども、別の側面も模索できるんじゃなかろうか。
現在のように、中国が「戦争準備」に動くのならば、いざ、中国が「戦争状態」になった時に、日本の製造業は致命的な打撃を受ける。もはや、中国の工場は、放棄せざるを得ない事態も考えられる。それは、回避すべきじゃないのか?
だとしたら、RCEPを活用し、じわり、じわりと、中国国内の生産拠点を、東南アジアに分散させて、いざ、中国が戦争状態になっても、一切困らないように動くべきなんじゃなかろうか。それは、おそらく、中国に生産拠点を持つアメリカや欧州諸国にとっても同じだと思う。

結果として、現在の中国政府の動き方が続くならば、段階的に、かつ、速やかに、数年以内に中国国内の生産拠点を半減させるくらいの勢いで、中国の製造業を空洞化させるような、そうした動きを顕在化させることが、中国への牽制になる。

教育水準の格差は、凄まじい勢いで縮まっている。インターネットを用いた「学習環境」は、「学校」の整備が不十分な国にとっては、教育水準底上げの絶好の機会で、今後はどんどんと追い上げてくるだろうと思う。アジアや東欧ばかりではなく、アフリカなどへの工場移転も、現地雇用が考えられる環境が整ってくると思う。とにかく、中国への集中をやめて、分散させるべきじゃないかと思う。
ちなみに、日本の教育水準が「上の中」から「中の中」に転落するのに20年もかからないと思う。そう考える理由は、政治が日本の子供達に「教育を受けるモチベーション」を持たせることに失敗しているように見えるから。多くの発展途上国で、「教育」は「チャンス」であるのに対して、日本では「重荷」でしかなくなっている。東大信仰は相変わらずだし。「東大→官僚=安泰」に成功した人たちが行政や政治を動かしているし、大した変化は望めない。

結果、国内にビジネスの拠点をもって日本人を採用するよりも、海外で、日本よりも教育レベルの高い人たちを雇ってビジネスを展開する方が、企業にとって有利な状況になってくる、気がする。それを見越すならば、早期に「世界の工場、中国」を見切って、じわりじわりと、分散させていくべきだと思う。

私は、この話題を、年寄り向けには書いていない。日本の右派の論客に論駁するために書いている訳じゃない。
次の世代を担う若い方々に、軍事力に頼らない平和を、どうやって構築するか、私なんかには思いつかないような具体的なアイディアを出して、それを実現して欲しいから、そうした「平和」を考え抜くために、年寄りの一人として、こんな考え方もあるよ、というのを、提示したくて書いている。中国の超軍国化に対抗するための、5年後を考えての話題としてではなく、「戦争」という言葉が歴史の中にしか存在しない世界を、世界中の「今の若者」=「30年後には世界を動かすリーダーたち」が、協力して作って欲しいと願っての、30年後の世界を良くするための、玉石混淆の石かもしれない、「とにかく、一つでも多くのアイディア」の中の一つになれれば、と思って書いている。
あえて言えば、「核兵器のない世界」を実現するために、「日本が障害になっている」ところまで日本を追い詰めることができるような、具体的な、インターネット世代の「ニュースタンダード」を生み出して欲しいから、書いている。

論点を絞り込めているのか、絞り込めていないのか、自分でもよくわからない。勢いに任せて書いた。終わる。


追補

一つ、書き忘れたフレーズを思い出した。

最近の中国のプロパガンダは、イスラム国や北朝鮮のそれと見分けがつかないほど、軍事的扇情的になってるなぁ、なんて思った。ということは、作り手の脳味噌が、イスラム国や北朝鮮指導部と大差なくなってる、ということだと思う。

どこに挿入するつもりだったか?わからん。以上、私の統合失調症的ページの、追補、終わり。

ルール

むかしむかし、組織に属して仕事をしていた頃のこと。
(なんだか、組織とかいうと、ヤバそうな気がするけど、普通の会社とか、そういうところのことです。念のため)

机の上には、事務用品を置いてあった。使いたい時にすぐに使えるように、ハサミとか、ホチキスとかを置いていた。
ところが、いざ、使おうと思うと、なぜかホチキスがない、ということが起きた。引き出しとか探してもない。あれぇ、なくしたんかな、と思った。
その組織では、「支給品」で総務から貰えたんだったか、自腹で買ったんだったか、自腹で買って後で経費で請求するやり方だったんだか、忘れた。(けっこういろんなところで仕事をしてきたから、記憶が混ざってしまって、細かいことはあまり覚えてない。)いずれにせよ、新しいのを入手した。

そうこうしているうちに、何かの機会で同僚と話をしていて、ふと、その同僚の机の上を見ると、なんだか見覚えのあるホチキス。印をつけている訳じゃないから、偶然かもしれないと思ったけど、もしかしたらと思って、新しく入手したホチキスには、印をつけた。
また、ホチキスがなくなった時に、今度は真っ直ぐに同僚の机を確認したら、最初のホチキスの他に、印のついたホチキスも無造作に置かれている。そういうことだったか。

「あのさ、このホチキスなんだけど・・・」「あ、悪い悪い、針がなくなったんで、ちょっと借りた。」「そうか。使ってもいいけどさ、ちゃんと戻しておいてよ。」「すまんすまん、わかった、わかった。」(こういう時に、「『わかった』は一度でいい」なんていう切り返しも、今は覚えたけど。二回もいう奴ほど、実はわかってなかったりするんだろうなぁ。)かくして、二度ある事は三度あった。

その頃は、「なんて、だらしのない、調子のいい奴なんだ」と思っていた。

話が変わる。

ゴミ出しのルールが守れない人がいる。うちのすぐそばのゴミ置き場に、以下のようなポスターを出した。


区長(自治会長)と、「面倒ですけど、一月か二月くらいまでは、毎月作りますかね。それで効果がなかったら、もう、いくら続けても面倒なだけで、意味がないっていうか、無駄でしょうね。」なんていう話をしていたけれども、早くも「効果がない」感じのことが起きた。11月の分を剥がす時に、12月のは、もっと目立つ場所に張り替えようと思うけれど・・・

蛍光灯が無造作に置かれていた。回収日を過ぎて出されたものだから、この蛍光灯、たぶん12月3日までは、回収されることもなく、ゴミ置き場に放置されることになるんだろうなぁ。

このゴミ置き場だけれども、ある方の土地を借りて「ゴミ置き場」とさせていただいている。地主さんに「何とかならないかしら」と言われて、一応、対策はしてみたんだけれども・・・ゴミ置き場に隣接する我が家にとってもそうだし、地主さんにしてみても、いつまで経っても回収されないゴミがそこに置きっぱなしにされている景色というのは、はっきり言って、鬱陶しいし、これが生ゴミなんかだったら、たまったもんじゃない。ゴミ置き場のそばに住んでる身にもなってみてくれ、と、たったそれだけの「想像力」がないんかなぁ、なんて思う。

そして、なぜ、たったこれだけのルールが守れないんだろう?

さらに、話題が変わる。

どこかの国に大統領。地球温暖化に関する科学的な指摘は、すべてフェイクだと声高に主張していた。そしてまた、それを信じている人たちが多数いる。新型コロナ対策なんて、案外マスクをみんながきちんとつけているだけでも、随分と違うはず、だと思っていたし、結構立証されてきているみたいではあるんだけれど、その大統領は「マスクなんか不要だ」とばかりに、マスクをつけない人たちを集めて大規模集会を開いたりした。既に毎日かなりの感染者数が報告されていた国なのに、ここに来て(その、マスクなし大規模集会の影響が出始める2週間が経過して)高止まることなく、天井を突き抜ける勢いで感染者が増えているらしい。 もう、医療崩壊はほぼ確実。
報道によれば、感染して亡くなる方々の多くが、死ぬまで、自分が新型コロナに感染して死ぬんだということを理解していないようだ。ということは、死んでも、自分がなぜ死んだかわからなかったりして、迷ったりするんだろうな、と思うんだけれど、なんだかもう、つける薬がないような気がした。

こんな簡単なルール。なぜ、守らないんだろうか、と考えて、ふと、この辺の一連の話題が、あの大統領をみていて、つながった気がした。
わかった。

ルールを守れないんじゃない。致命的な原因が二つある。まず第一に、ルールの大切さを理解するための理解力が欠落している。同じように理解力の欠落している人々が、それを信じる。
第二に、理解したとしても、そのルールを「守る」という習慣、もっと言ってしまえば「能力」が欠落している。

人の机の上から、勝手にホチキスを持ち出して使う人。あるいは、元に戻すことができない人。元に戻すことができないというのは、「そのモノが、どこにあったか」という「空間認知能力」が欠落していることが原因だったのではないか、と考えた。その「モノ」の存在していた場所が、他人(つまり私)が仕事で使っている空間だ、ということも、「認知」出来ていなかった、だから、どこにあるモノでも(どこにあったか気にもならずに)、適当に手にとって使い、どこにあったか、覚えることすらできないから、結局元に戻せなかった。「戻さなかった」のではない、「空間認知能力」が欠落しているから、「元に戻せなかった」のだと、思い当たった気がする。

どうして、ゴミ出しのルールが守れない?ホチキス人間と同じだろうか。そこが「ゴミ置き場」だということだけは、理解できている。そこから先、回収日が決まっている、ということが「理解」できていない。回収されずに放置されたら、誰がどんなふうに不快になるかを、「理解する能力」がない。だから、張り紙などしても無駄なんじゃないか、と思えてきた。

どこかの国の大統領。どう考えても、重要な物事を理解する能力が欠落している。最初の頃は、「どうして、あの人は、学者の意見にしても、側近の意見にしても、他の人の意見を聞かないんだろうか」と、もどかしいというか、不思議だった。けれど、最近になって、ようやっとわかった。(私も、理解力がない部類だ。)あの人の場合には、他人の意見を聞かないんじゃなくて、「他人の意見を聞いて理解する能力が欠落している」んだと、そう考えたら、かなりの部分に合点がいった。納得した。そういうことだったかと、やっと物分かりの悪い私にも、理解ができた。

そのどこかの国の大統領のシンパが、日本にもいるらしい。日本では、その国で溢れているフェイクの書き込みを「これこそが事実だ」と、ご丁寧に拡散させたりした挙句、ファクトチェックで、「無関係」とか「フェイク」だと判明したニュースが流れても、一向に訂正せず、フェイクを真実だと信じて拡散させている。「なぜ、そんなことをするんだろうか」という問いは、愚問なんだと、ふと気づいた。それらの人たちには、フェイクとファクトを見分ける能力がない、ということなんだろう。だから、フェイクをファクトだと信じて、厄介な議論を展開して、フェイクを拡散させる。
それに近い現象が、安倍支持にも起きていたらしいけれど。

日本での、新型コロナの第三波。
色々と議論があるけれども、「移動そのものは、感染リスクにならない」という部分はある程度正しいと思う。鉄道も、バスも、かなり対策が徹底しているようだし、何よりも、通勤電車の中など、かなり「沈黙の世界」でもある。注意しなければならないのは、宵の口にほろ酔い気分の集団が乗ってきて、電車の中の「密閉空間」で大声で話をしているような場面に出くわした時、くらいだろうか。マスクをしていてくれたら、まだいいけれど、それでマスクをしていなかったら、私は、次の駅ですぐに降りる。おしゃべりしながら乗り込んでくる一団がいたら、1本遅れらせてでも、間に合う限り、その車両からは、すぐに降りる。
逆に、確か、今年の2月か、3月かに書いて、まだ私のブログのバックログに残って、掲示されているはずだけれども、パチンコ。営業しているパチンコ店が、袋叩きにされかけていたけれども、普通のパチンコの多くの客は、おしゃべりなんかせずに、黙々と打ったりしているんじゃないか、という気がしたから、「唾を飛ばす」可能性が少ないなら、問題は少ないんじゃないか、と書いたような気がする。今でも、考えは変えていない。

何が平気、どこが平気で、何が、どこが危ないか、それは「飛沫を飛ばす」という一点で考えたなら、すぐにわかりそうな気がするんだが、なんだかねぇ。「東京から来たのか。お前は危険人物だ、すぐに出ていけ」みたいな、どこかの大統領と同程度の理解力の人が、(その国では、半数近くがそうだったと判明した気がするが、)日本でも相当に大勢いるんだろうなぁ。「考えたらわかるでしょ」という指摘を、以前だったらしていた。そうじゃなく、「あ、考える能力がないんだ」と、最近は考えるようになった。結論として、そういう人については、諦める。他に何ができるというんだ。

ホチキス人間については、すぐにわかった。けれど、ゴミ人間は誰だかわからない。うちの近所の隣組でも、同様の問題が起きているらしい。ある隣組の組長さん、「当番を決めて、順番に午前4時から、見張りを立てましょうよ」とか、おっしゃられているそうな。(いやぁ、それはちょっと・・・)

Go To Eatが危ないか?
そうじゃない、食べる時、飲む時は仕方ないとしても、口に食べ物や飲み物を運んでいない時は、すぐにマスクをつける、みんながその点に注意するならば、相当規模に、クラスターの発生などを抑え込めるのではないか、という気がする。たったそれだけの「対策」で、感染拡大が抑え込めることが「立証」されたなら、もう、ワクチンなどなくたって、普通に、旅行、観光、外食を含めた「経済活動」を再開できるんじゃないか、それだけのデータも、整理すれば提示できる状況になっているんじゃないか、という気がする。

そうなんだけどねぇ。「何、食べる時ははずしても、すぐにマスクをしろ、だと?そんな面倒くさいことができるか。俺はやらねぇよ。」なんていう人が、絶対にいると思う。そういう人たちが一定数いる、ということは、普通に「経済活動を再開しましょう」なんていうことには、絶対にならない。

「感染経路不明」については、やはり思う。若くて無症状な「感染者」は、一定数増えているような気がする。仮説に過ぎないけれど、「飲み会」なんかで感染していながら、全員が無症状だったら把握はされないし、そうした方々の存在を仮定すれば、「感染経路不明」についても説明はできる気がする。その上で、やはり思う。感染していても、その方々がマスクをつけてくれていたなら、周囲のリスクはかなり低減する、はずだと思う。再び、マスクの徹底。外食の場、だけじゃない。コンビニの弁当を買って来て、教室や職場で食べるとか、そうした場面も含めて、「食べる時」以外、「おしゃべりするなら、必ずマスク」を徹底すれば、やはり、相当に感染拡大は防げる、それだけの状況証拠は、積み上がっているような気がする。

で、冒頭の、お願いだから、ルールを守ってよ。という懇願、に近い話題。
あぁ、無理なんだろうな、という気がしてきた。たぶん、新型コロナ対策もそうだ。

「どうして、協力してくれないの」「どうして、ルールを守ってくれないの」という主張は、しても、たぶん、無駄。
まず第一に、「そのルールを守ることで、普通に経済活動を再開できる可能性がある」という点を、おそらくは理解できない。第二に、理解できたとしても、「ルールを守る」能力がない。そういう人たちが、一定数いる。

なんてことを、考えていた。ということは、つまりだ。やはり、十把一絡げで、なんだか的が外れている気がするけれど、Go Toが全て悪い、なんていう議論になって、Go Toをやめました、(それでも、一定数の人は、ルールを守ることができないから、)でもやっぱり、感染拡大が続きます、もう、医療現場に後がない、ってなって、緊急事態宣言イコール?「ロックダウン」でしたっけか、「外出自粛措置再び」なんていう流れに、なっちゃうのかなぁ。

白状します。昔書いた内容を、消しません。Go Toキャンペーンについては、僕はかなり「危険だ」と思っていた。ただ、実際に旅行に行ってみて、(時期的に、「密」がなかったけれど、)どこにリスクがあるのか、と思ってしまった。全然、問題ないじゃない。試さないうちに、想像で物を書くのは、危険だなぁ、なんて自省。

Go To Eatにとって不幸なのは、これからどんどんと気温が下がり、どんどんと空気が乾燥して、屋外の紫外線量も少なくなり、そういう時期に重なってしまったこと、だろうか。どっちが原因なのか、よくわからない感じになったけれども、まだ今のところ、Go To Eatで感染しました、という数字は出ていない気がする。
管総理の「Go To Travelでの感染者は、何人に過ぎない」とかいう主張、別に、筋が通ってない、なんてことはないと思った。人命を軽んじてる?なんでそういう受け取り方するかなぁ。筋が通っているように自分には思える。反対のための反対はよくない。

何を書いてるんだか、訳がわからなくなった。でも、全然、楽観的な結論じゃない。

学校で、専任教員をやっている時も、何度か感じたことがあったけれども、「いくら言っても、無駄」っていうことは、あるのかもしれないなぁ、なんてことを、改めて感じたりなんかした。

民主主義の崩壊

ツイッター「特定意見を検閲する意図ない」 米大統領選
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20201118/k10012717971000.html

アメリカの在外公館の外交官が、相当に憤慨している、というか、困っているらしい。

かつてのアメリカは、民主主義の国であって、「都合の悪い言論/運営」に権力が介入するような独裁国家にはかなり厳しい姿勢を示し、外交官らが「民主主義」を輸出しようとしていた。
ところが、現在のアメリカやアメリカ合衆国大統領は、その独裁国家、独裁者さながらに、SNSに干渉している。

SNS側の「コメント」は、多くの人に虚偽の情報を拡散しないための「良心の発露」だと私は思う。
フェイクが、フェイクだとアノテーションされないままに拡散した社会は、混乱を極める。
その、フェイクをフェイクだと、事実確認、ファクトチェックを行うためには、一定の「理解力」が必要になる。最大の問題点は、アメリカ合衆国大統領には、理解能力が欠落している点だという気がする。

アメリカの精神科医が、トランプ大統領の精神状態について警告
https://parstoday.com/ja/news/world-i36147

理解力がない、ことに加えて、自分を美化すること以外に興味がないから、彼にとっては自分に都合の良い「ストーリー」は、それが自分が創造したものであっても「事実」であり、都合の悪い事実は、すべてフェイクになる。結果として、「非民主的な国家の独裁者」と大差ない言動をしている。そうした「事実無根」の事象に、共和党が振り回されている。
加えて、共和党員の大半がそれを信じている。これが、おそらくは海外の一般の良識ある方々には、まるでナチスの親衛隊のように見えてくる。そんなアメリカの言うことなど、徐々に、どの国の人々も、耳を傾けなくなるだろうという気がする。これまで、数十年かけて築いてきた「民主主義の旗手」は、もはや完全に世界の人々の信頼を失うか、もしかしたら嘲笑の対象にすらなりかねない、そんな結果になるだろうと思う。
トランプに失望した、というよりも、トランプを支持するアメリカ人のあまりの多さに対する「失望」の方が、大きいのではないか、という気がする。民主主義など、こんなもんなんだと。

NHKのニュースでは、こんなことも言っていた。

アメリカでツイッターやフェイスブックによる投稿への対応に保守派から批判の声も上がる中、こうした人々の間では新しいソーシャルメディアを利用する人が増えています。

その1つが「パーラー」と呼ばれ、言論の自由を掲げ、原則として利用者の投稿内容をチェックしないとうたっていて、アメリカの過激な極右団体のメンバーが支持の拡大のために利用してきました。

つまり、どんなフェイクや、思い込み、例えば「コロナ対策には、消毒薬を飲用すれば良い」と誰かが投稿しても、運営側は削除も、アラートも付けない。それが拡散して、実際に消毒薬を飲んだアメリカ人が増えれば、当然、遺族はそのSNSを訴えるだろうと思う。ところが、共和党は、SNSの運営側によるファクトチェックにクレームをつけている。それで、共和党寄りの最高裁が、ファクトチェックに対して「言論の自由に反する」などと判断を下したなら、そこから先は、誹謗中傷の書きたい放題が許され、虚偽の内容に基づく誹謗中傷でリアルなビジネスが破綻しても、拡散したフェイクを間に受けたユーザが、消毒薬を飲んでバタバタと死んでも、発言者はおろか、 SNSも責任を負わされることがなく、「事実」とか「真実」などというものが消し去られた社会になって、相当に、アメリカが「面白い」ことになるだろうなぁ。
勝手にやってろ、とは思うけれど。

そうしたアメリカの姿を見たら、もはや、誰もアメリカを「優れた国」だなどと考えなくなる。
それは、もしかしたらある意味で、アメリカ自身がアメリカの「虚像」を打ち砕き、現実のアメリカの姿を世界に見せつけるために、とても大切なプロセスになるのかもしれない。

そうして、アメリカを反面教師とする国は、ある意味で健全な民主主義、「事実」を「事実」として適切に社会的に扱えるような民主主義の制度を模索するかもしれないし、中途半端な経済力でアメリカを見倣う国は破綻し、経済崩壊を起こすだろうし、中には中国の「海外領土」になって、国民全員に共産主義が押し付けられて、アフリカでも義務教育で中国語教育が行われたりなんかして、どう考えても、混乱しか起こさない気がする。

私は、個人的には、まずプログラマ、システムエンジニアとして、ドーシー氏にもザッカーバーグ氏にも、敬意を表したいし、ビジネスを行う立場で「ファクトチェック」を徹底する姿勢には、全面的に共感する。不適切な投稿を繰り返す会員は、排除しても良いくらいの「システム利用の合意事項」に、会員は合意しているはずなのだから、現状では相当に寛容な対応をしているように思われる。それを理解できる共和党関係者がいないんだろう。特に、トランプ周辺には。私など、「利用許諾」に基づく対応をしたなら、トランプのアカウントなど、すぐに消してもいいくらいだと考えるんだけどなぁ。
大丈夫、歴史は正当な評価を下すだろうと、私は考えます。

日本で言ったら、かつての2チャンネルかなぁ。初期の頃は、あそこへの書き込みで、アホなことを書いているトランプみたいなユーザを、DQN扱いして嘲笑う程度に、参加者の全体の「健全な良識」が高かったから、大きな混乱が起きなかったのかもしれない。初期の頃は、ある程度コンピュータを使いこなしていなければ、書き込みだって出来なかったようにも思うから、トランプほどの馬鹿なユーザはいなかった。
もし、今、初期の頃の2チャンネルが登場したら、たぶんこれからアメリカで起きるようなことが、先に日本で起きていたかもしれない。
あえて言わせてもらうなら、相当に「民度」が違うのかもしれない、なんてことは思った。

いや、日本の欠点というか、日本人の欠点なんて、山ほどあるのは承知。だけど、アメリカの民度の低さは、もしかしたら「民主主義」を致命的に崩壊させる引き金になるかもしれない、そんな気もした。

厄介な隣国

嘘でしょ、というニュースを拾ってしまった。

https://www.jiji.com/jc/article?k=2020111500201&g=int
中国、「戦争準備」本格化 制服組トップ、態勢転換に言及―台湾などの緊張にらむ

これに関連し、許氏は今月上旬に発行された5中総会の解説書で「受動的な戦争適応から能動的な戦争立案への(態勢)転換を加速する」と訴え、中国軍が積極的に戦争に関与していく方針を示唆した。

最近、習近平氏がおかしい。なんだか、全く余裕がないような気がする。何をそんなに焦っているのか、とも思うし、外交上の失政(孤立化)は言うに及ばず、どんどんと過激になっている。
思うに、真珠湾攻撃の数ヶ月前の日本の軍部、っていう感じなんだろうか。

なぜ、尖閣諸島に執拗にちょっかいを出すか。
もし、尖閣諸島に中国軍の前線基地を建設したなら、台湾侵攻がかなり「やりやすく」なるから、なのかなぁ。素人考えですが。
逆にもし、自衛隊や米軍の基地が尖閣諸島にあったとしたら、沖縄本島にあるのと比べて、中国軍の動きに対する探知能力が飛躍的に向上する、かなぁ。(再び、素人考えですが。ド素人が勝手に書いているので、テキトーにお読みください。)
いずれにせよ、経済的にというよりも、軍事的に位置関係を見たら、尖閣諸島は、どちらにとっても重要な「拠点」になりそうな気がする。

いずれにせよ「戦争立案」なんていう単語を平気で使う人たちに、「日本は、太平洋戦争を反省してない」などとか、言われる筋合いは、カケラもないような気がする。

なんだか、正気を失っているんじゃないか、ということで言えば、他ならぬ某国の大統領。大統領の権力の象徴と言えば、ブラックボックスか。あの人が、いつでも核のボタンを押せるっていうことには、ずっと恐怖は感じる。

で、居座ったり、バイデン氏に適切な引き継ぎを行わないまま、任期が切れたりしたら、中国はどう動くんだろうか。っていうよりも、案外その「隙」を狙ってたりなんかして。何か、陽動作戦を起こして、アメリカの出方を見たり・・・

陽動作戦を起こすとしたら、台湾?っていうよりも、既に領空侵犯を相当な回数行っているらしい。

台湾、中国軍事圧力に反発 中国軍、防空圏に侵入増
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO63738130R10C20A9FF8000/

で、そんな中で日本は、アメリカに「尖閣諸島が日米安保の・・・」とかいう確認だけなんだろうか。そんなことはないだろうな、表に出して騒がないだけで、当然、中国の動きには神経質になっているに違いない。

台湾は、日本にとっても大切な「隣人」(公式には、「隣国」という立場は取れないのか・・・)だと思う。私の理解では、中華民国の方が中華人民共和国よりも歴史が長い、のだけれども・・・じゃぁ、中国が台湾に「軍事侵攻」を行った時、日本は何ができるか?って言えば、私の理解では、少なくとも戦闘行動への支援は「何もできない」と思う。自衛隊は「専守防衛」のはずで、尖閣諸島に「侵攻」したならともかく、台湾に対しては、おそらく何もできない。

ただ、尖閣諸島に自衛隊の前線基地を作って、レーダー探知などあらゆる「後方支援」を行うことは、可能なんだろうか?だからって、「尖閣諸島に、自衛隊の基地を作れ」って、そんなの、自民党のタカ派よりも過激な発想かも知れないし。(私が、自民党のタカ派より過激?そういう理解は、やめて欲しい気もするが・・・)

こうして、さかんに台湾を挑発し、インドでも、尖閣でも、国境線を書き換えることにやっきになっている隣国中国に対して、一体どんな「外交圧力」が可能なのか、そちらを考えなかったら、日本は「核の傘から抜け出せ」なんていう議論を提起する資格はないんだろうなぁ。(→→野党)

現実問題に即した、代案の提示。こんなやっかいな命題への「回答」が、トランプの居座りで、もしかしたら現実味を帯びてくる?あり得ない話じゃないような気がする。ことによったら、習近平氏、トランプよりも短絡的な判断をしそうな気がする。(もはや私は、習近平氏の正気をあまり信じていない。)っていうよりも、人民解放軍に自身を支援してもらうために、超えてはならない一線を超える判断をしかねない程、追い詰められている、そんな気もする。

中国がやたらと喧伝する「最新兵器」。おそらくは、カシミールでの戦闘とか、新疆ウイグル自治区あたりを睨んでの「中国軍のプロパガンダ」のビデオが、なにかのニュースで流れていた。テレビで見たか、ネットでみたか、思い出せないけど。それに、ドローンだの、なんだのが出ていた。

ふと思ったんだが、ドローン攻撃なんかの場合、ドローンの上空から「紐」というか「糸」のようなものを大量に降らせる、なんていう防御法はないんかなぁ。(しつこいようですが、素人考えです。しかも、下手な鉄砲100打ちゃ当たる式の、手数の勝負の思いつき。)なんかね、爆発すると「糸」が降ってくるような花火というか、なんというか。それで紐とか糸を降らせる。糸とか紐の構造、材質とか相当に研究の余地はあるだろうけれど、うまく降らせれば、ドローンはうまく飛ばないんじゃないんかなぁ、なんてふと思ったりした。
潜水艦の動きをとめるのに、ロープを流したりするんじゃなかったでしたっけ?漁船なんかが、放置された網というか、ロープのようなものを巻き込むと、結構やっかいなことになると、誰かに聞いたことがあるような気がする。(青年海外協力隊で、パプアニューギニアにいた時に、漁業隊員から聞いた話、だったような気がする。)
プロペラを「かご」のようなもので囲んでも、プロペラが空気を引き込まなければ推力は得られないから、糸とか降らせたりすると、けっこう回避の難しい防御法になるような気がするんだけどなぁ・・・わからん。適当に書いてるだけ。

それと、AIによる「自動攻撃」。画像も含めたセンサーが、AIの入力データになると思うのだけど、画像なんかの場合、下手な「画像認識」だと、ダミーの「写真」でも本物と認識したりするから、ダミーターゲットのハリボテというか、ポスターなんかでも、人間ではあり得ないような誤認識が起きたりなんかして。てか、そもそもが学習データは「画像」で与えたりして、3Dモデルの学習データだと、開発コストがかさみすぎる気もするし。
アルゴリズムによる認識でも、騙されやすいポイントはある。AIも同じで、例えば「ポスターの写真」と「本物」を見分けるように、データを使ってAIに学習させたとしても、逆に本物にポスターっぽい偽装を施すと案外簡単に騙されたりする、そうした落とし穴は、結構あるような気がする。

それ以前に、そもそもが、「まともな精神構造」の人間だったら、「自動機械による、人間への攻撃」なんていうことは、考えないんじゃないかと、私は思いたい。そういうことを平気で国のトップが公言するような国は、政府関係者の脳味噌が、片っ端から腐ってると、私は思う。

半分は冗談で書いているけれども、日本はどんな「最先端技術」であっても、「攻撃」ではなく「防御」に特化して、研究を進めて欲しい、そんな気がする。

とにかく、東アジアの隣国と言えば、某国と、某国と、某国、そして、台湾という隣人がいて。台湾以外は、なんだか、面倒臭い国々ばかりのような気がしなくもないんだが・・・台湾とかって、貴重な親日の友人ですからね。防御技術の提供ならば、いいんじゃないかなぁ。「防御のための技術」も「武器」になるんかなぁ。わからん。
ただ、安倍元総理が、潜水艦を売りたい一心で、武器輸出三原則を、閣議決定だけで覆してしまった。ってことは、かりに「防御の技術」が「武器」であっても、提供は可能ってことになったんだろうか。

トランプなんて、シリアで戦術核を使おうとしたんでしたっけか?正確には記事を読んでいないけど。いやだなぁ。側近だか米軍関係者だかが、核の使用だけは思いとどまるように説得した、っていう記事、あの人の場合、(私の記憶がいい加減だってこともあるけど、)「なんでもあり」の上に、どれがフェイクなんだか、もうよくわからない。

もし、中国が「能動的な戦争立案」を考えているとしたならば、具体的に、どこを相手に、どんな戦術/戦闘を想定しているのか、という疑問も湧いてきた。その戦術/戦闘方法に、「核兵器」の使用は含まれるだろうか、含まれないだろうか。いずれの場合でも、「核の傘」が「能動的な戦闘立案」を妨げるだろうか。

台湾がアメリカの「核の傘」に入っているかは、私は知らない。(調べる気もないけど)核の傘に入っていようがいまいが、核以外の兵器を用いた戦闘行動なら、核によって応戦されることはない、と、中国は「敵を信じ切っている」と考えることができるんだろうか。

核兵器廃絶のためには、まず日本が「核の傘」がなくても安全であることを、特に自民党などに納得させる必要があり、そのために具体的にどう外交を展開するべきか、考える必要があるような気がする。その際、結果的に、平和を求めれば求めるほど、戦争というものが、なぜ、どのように発生し、どのような展開で拡大し、どのような形で収束するのか、戦争そのものを徹底的に理解しなければならない、そんな気もする。
中国とか、北朝鮮は(あぁ、せっかくここまで「某国」だったのに・・・)日本の「平和主義」に対して、「戦争」について研究することを、突きつけているんじゃないか、という気もした。

ですけどね、お願いだから、トランプのアメリカに頼るとか、それがバイデンさんであっても、アメリカに「おんぶに抱っこ」はやめて欲しい気がする。この4年間、アメリカに「おんぶに抱っこ」っていうことは、トランプに「おんぶに抱っこ」してもらっていた、ということな訳だし。やっぱり、基本は自助努力で、つまり、自衛隊が「専守防衛」である以上は、徹底的な「外交攻勢」で、「戦争」から日本を守り切って欲しいと思う。

(なんか、話が妙な方向に転がってしまった・・・。収束しないので、ぶった切る。)

以上


追補

日本に「見えない戦争」を仕掛け始めた中国
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/62895

暇がないんで、斜め読みしかしてないけど、(日本の)野党の皆さんには、是非、真剣に読んでいただきたいと思う。

自民党の議論では「戦争」は「兵器によるもの」としての認識しかない気がする。野党の場合、それ以前に、「平和は希求すれば実現するもの」という認識しかない、ような気もする。そうじゃない、と私は考えます。


戦争がなぜ起きるのか、という問いから派生する「問い」は、人間はどこまで愚かなのかという「問い」なんだろうか、と、思った。国家の中枢に近い人物が、人間を殺し続ける機械の開発を公言した中国。愚かと言うよりも、いかに人間が「おぞましい存在なのか」という問いかも知れない。

トランプ大統領は、紛れもなく世界を滅ぼす武器を手にした権力者であり、かつ、自然科学など、(学者のいわゆるところの)物の道理を説いても一切理解しようとしない人物であると思う。その彼を、無条件に信奉する人々が、あれほど先進国と言われたアメリカで、過半数に近い数存在する。これは、恐ろしいことでもあるし、教育がいかに無力かという、前述の「問い」への答えかもしれない気がした。

アメリカと中国という超大国の、トップの「人間としての質」が、この程度。加えて、それを支持する人々。

自分の頭で考えない、誰かがいう「甘い言葉」にすぐに踊らされる。人間の本質。これも、戦争への最短距離なんだろうな。

ゴミ出し問題

論点:環境省とか、公的な機関で、以下のようなパンフレット作成に使える「アイコン」とか「イラスト」を、無料素材として提供して欲しい!

いきさつ:ゴミ出しの日程を守らない人がいて、慢性的に回収されないゴミがゴミ置き場に放置されている。ゴミ収集の場所(ゴミ置き場の土地)を提供してくれている方が、「何とかして欲しい」とおっしゃられて、「監視カメラの設置、検討中」の貼り紙と同時に、以下のようなポスターを、ゴミ置き場に設置した。

ぶっちゃけ、面倒臭い。毎月作らなきゃならない。けど、これなら言葉が通じない人にもわかるはずだし、カレンダーに重ねているから、これを見て「今日じゃない」と気付いてくれたなら(それだけの、マナーとか良心を持っている人なら)抑止力になるかな、と思った。

そうなんだけど、12月分も、ってな話で、よく見たら(自分で作っておきながら、今更何なんだ!)燃えるゴミのイラストに、「サンプルだよ」と、著作権がらみの主張が入ってる。おかしいなぁ、「イラスト フリー」で検索したのに・・・有償の素材が混じっていた?

という訳で、冒頭の「お願い」

環境省とまでは言わない。日本全国、似たような問題はあるんじゃないか?こういうポスターにつかえる素材を、用意してよ、ってな話題でした。全部「無料」素材、のつもりだったんだけど、イラストの元ネタを書かれた方、ごめんなさい。著作権侵害、してますよねぇ、こうやってブログにアップしちゃったら・・・

借金王

お金を貸してくれる相手がいる、っていうことは、信用があることの証だと、以前聞いたことがある。

けれども、多少無理があっても借りさせる、なんてことも結構あるみたいで、それが、サラ金、闇金ってことになってくると、「あの人は信用があるから、お金を貸してくれる人がいる」なんてことは、全く言えなくなってくるんだろうなぁ。

トランプ大統領は、プーチンさんからも金を借りているらしい。それも400億だって?(正確に聞き取ってる自信がない。)当然、ドルじゃなくて円換算なんだろうと思うけれど。っていうニュースを、これまでどこでも読んでない。知られている事実なのか?それとも、今のところ誰にも知られていない話題?

ある人に言わせれば、「突っ込みどころ満載の話題を、根拠もなく書いている」のが私のページだそーで、今更やめるつもりはない。

「根拠もなく」なんて言えば、ISに後藤健二さんが殺されたのは、日本時間で午前4時47分だった、っていう話題。(自分が書いておきながら、記憶があやふやで・・・)これなんか、根拠の示しようがない。敢えていうならば、上には一切の隠し事ができないっていうこと、だとしか、言いようがない。
「名誉毀損だから、ページを削除しろ」っていうことなら、いつでも削除します。はい。でも、一度は公開しちゃいますが。

トランプ教の信者、簡単には目を覚さないと思う。バイデンは不正を行なって選挙に勝った、とトランプが主張する限り、信じきっているんだろう。アメリカがどこまで「壊れる」か、未知数だ。
そんな中で、トランプのあちこちからの借金が表沙汰になった時、信奉者はどう思うんだろうか。

プーチンさんからの借金?細かい話はわからない。以下は、完全に私の推測。
おそらく、トランプが共和党の大統領候補として有力になってきたあたりで、ロシアの情報機関がトランプの身辺を調べ上げて、どうやら金に困っているようだと、そういう相手はある意味で御し易いと判断したのか、プーチンさんの側から働きかけて、金を貸したのに違いない。(個人の推測です。)最大の問題は、その金の出どころで、これがプーチンさん個人のお金ではなく、ロシアのお金、ということになると、焦げ付いたあたりで、プーチンさんの問題になるのか、ロシアの問題として逆流するのか、そういうことになるんかなぁ。
それとも、そもそもが、情報機関なんて膨大な裏金を持っていて、数百億がドルだとしても、まったくバレずに処理できる、そういう世界なんかなぁ。ロシアの場合、プーチンさんが公金をトランプに貸し付けたとしても、「これは、正当な情報工作活動だ」ということで、問題なく押し切れるのかも知れない。事実は小説よりも奇なり、なんてことなんだろうか。

そもそもが、これ、マスコミなんかで取り上げられるような形で、表に出るんだろうか?もし出たとしたら、どの程度のインパクトのある話題になるんだろうか。ロシアでも騒ぎになったりするんだろうか?
FBIとかCIAは?首を突っ込んだりしないんだろうなぁ。ってか、アメリカの諜報機関よりも、ロシアの方が一枚上だった、っていうことになるんだろうか。

なんてことを書いていると、僕自身が年を越せなかったりして・・・いや、もう、相当に体もガタが来てるし、あれもこれも、ボロボロですからね。何の思い残すこともないけど。(だから書いてるってか?いや、そんなことも、ないけど・・・)

こうなったら、トランプ自身の悪事や、アメリカへの裏切り行為が、トランプ教の信者たちも呆れるような形で、しかも、誰もが疑いを持てないような形で、表に出てこない限り、アメリカの混乱は収束しないんじゃないか、っていう気がする。
アメリカが一つになってくれないと、日本にとっては、中国が結構厄介な存在だからなぁ、なんていう気がした。

このページ、いつまで掲載しておくか、わかりません。

センブリ

テレビの罰ゲームで
よくオーバーなリアクションをしている苦いお茶
体にいいというコメントも聞いて
もしかしたら ボクの知ってるアレかなと思った

アマゾンからセンブリが届いた
すぐに煮出した

舌に絡みつくような苦さ
この味 覚えてる
やっぱりそうだった
これだ

食卓には おじいちゃんがいた
おばあちゃんもいて おかあさんもいた
おとうさんもいたかな
いたかも知れない

おじいちゃんが胃を壊して
苦い薬を飲んでいた

おばあちゃんが やかんに薬草を入れて
長い時間煮て 煎じて
やっと出来上がった黄色い薬が お茶碗に注がれていた

「お前も飲むかい」と聞いたのは
おじいちゃんだったか おばあちゃんだったか
うん と答えた

おふくろが笑っていた ような気がする

にが〜い と言ったけれど
たぶんボクは あまり表情を変えなかった
舌にまとまりつくような苦さは しばらく残った
その後ボクは 三ツ矢サイダーを飲んだ ような気がする

この時と
ものすごく似た景色も思い出した

夕食の前に
おじいちゃんが コップに入った ちょっと黄色っぽい
だけど あの苦い薬よりはずっと薄い色のお水を飲んでいた

あの「お前も飲むかい」を思い出して
ボクはコップに手を伸ばして 飲もうとした

おばあちゃんが あわてて
「それは お前は飲んじゃダメだよ」と
コップを取り上げようとした

こういう場面で いつも意固地になるボクは
コップの水を すぐに一口飲んだ
苦くはなかったけど 変な味がした
すぐにお腹のあたりが 熱くなった
じきに 顔もポッポと熱くなった

この時は おばあちゃんが
ちょっと不安そうに でも笑っていた ような気がする

良薬は 口には苦かったけれど
心には とても甘かった

ボクの命は
おとうさんやおかあさん
おじいちゃんやおばあちゃん
そのまた上の ひいおじいちゃんやひいおばあちゃんから
受け継いだ命

ボクも胃は あまり強くない
でも これでまだ がんばれるよ

もうあと何年かしたらボクは
あの時のおじいちゃんと 同じトシだよね

ネオ・リパブリカン

イスラム国は、完全に消滅したのか?
日本人も「生贄」的に犠牲になったイスラム国の急激な拡大には、歯止めがかかった。
支配地域も相当に狭くなっていて、対イスラム国の掃討作戦は「おおむね成功」の状況なのかも知れないけれども、「完全に終わった」というニュース報道は見聞きしていない。
日本ではあまり報道されないだけ、なのかも知れないけれども。

と思っていたら、ウィーンで起きたテロは、「イスラム国の信奉者」によって起こされたらしい。
こうした形では、「イスラム国」は、過激な行動をいつ起こしてもおかしくない存在として、相当に長い間「生き続ける」ような気がする。たったの一人でも信奉者が残っていれば、いつ増殖してもおかしくない。

同じことは、オウム真理教についても言えるのかも知れない。
地下鉄サリン事件を知らない、知ろうとも思わない人たちが、未だに、新たな「麻原信奉者」として微増を続け、団体も存続しているらしい。「過激なテロ行為」を起こす性質は継承していないようだけれども、マインドコントロールなど、あまり好ましくない「団体」としての性質は、まったく失われていないようでもある。これも、消えるまでに、相当に長い時間がかかるのか、というか、最近新たにメンバーに加わった若い方が、老衰するくらいまで、団体は存続するのかも知れない。そして、どこかでまた、「急拡大」を繰り返すんだろうか。

昨日今日のニュースを見ていて、フェイクの多さに驚いている。呆れるほど多くのフェイクニュースが流されているようで、おそらくは、「根拠のない主張」を繰り返すトランプの支持層が、「証拠がないなら、証拠をつくってやれ」とばかりに、画像を合成したり、簡単には検証しにくい「主張」を「事実」として流したり、している気がする。
見ていて、もはや「理性による歯止め」など失っているような(というか、元々あったかどうかは知らないけれど、)トランプの発言を、すべて真に受けて、直情径行する方々が、全米でおそらくは、数十万人規模で現れているのかも知れない。

最大の疑問は、これらの方々が、「選挙の結果が完全に確定した後」に、「元に戻るか?」という点である。なんとなく、だけれども、一度イスラム国を信奉した方々が、もう元には戻らないように、オウム真理教の信者が信者であり続けるように、熱狂的にトランプ支持に染まった方々は、「アメリカは不正がまかり通る国だ」とするトランプの主張から抜け出すことなく、永続的に「バイデンは、不正によって大統領になった、この国は病んでいる」という主張を持ち続け、「今現在」の抗議行動に「復古」するかのような「行動規範」に染まったまま、アメリカ社会に存在し続けることになるような気がする。それらの方々にとって、アメリカは「不正によって成立している国」であり、つまり、いわゆる「反社会的な行動」は、彼ら自身の規範によれば、「社会の不正を正す、正しい行為」ということになるはずである。

こうした方々は、うまい表現が見当たらないけれど、「非トランプ的」な共和党員、共和党支持者とも一線を画し、それら「臆病で行動しない共和党員」からは分離して、いわば「ネオ・リパブリカン」のような「我々こそが、真の共和党員だ」という自負のもと、kkkのような極右団体とも結びついて、根深く、アメリカに存在し続けることになるような気がする。

アメリカがそういう国になってしまうと、アメリカとビジネス上の関係を持たざるを得ない日本などにとっても、相当に厄介なことになりそうな気がする。そうなって欲しくはないし、そうはならないかも知れないけれども、今、を含めて、今後数日、数週間のメディアやSNSの役割は、とても大きい気がする。特に、フェイクな投稿に対する扱い、大統領自身の根拠のない発言を、どう伝えるか。
拡散したフェイクニュースのプラットフォームが、どうやって「フェイクの打ち消し」を拡散させるか。完全にフェイクニュースの悪影響を除去できるのか。
コメントなしで、大統領の発言を大統領の発言として「事実をありのまま」に伝えたとしても、その大統領発言は、そのまま伝わる。報道しない、という選択肢は、報道機関にとっては存在意義を問われる問題にもなるかも知れない。

ここまでくると、仮に例えばトランプの過去の違法行為/脱法行為などが暴かれて、「有罪」ということになっても、そもそもが「冷静に事実関係を把握し、理解する」ということの出来ない受け手にとっては、そうした法の裁きそのものが「バイデンによる陰謀」と解釈され、ますます、ネオ・リパブリカンの「教祖」としてのトランプの地位を確立させることになる気がする。一度そうなってしまったなら、(というか、もう、そうなっているのかも知れないけれど、)人種差別主義者と結びついた極右思想団体が、根深く今後のアメリカ社会に存在し続けることになるのかも知れない。

銃規制に賛成していた民主党支持者が、自衛のために銃を買っている、というニュースが流れていた。責められない。
アメリカは、かなり怖い国になりそうな気がする。


追補:

たとえバイデンが勝っても「トランプのアメリカ」は続く
https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2020/11/post-94920.php

そういうことだよな。と思った。
僕が思った「ネオ・リパブリカン」は、リパブリカンから分離独立するのではなく、現在のリパブリカンが「ネオ・リパブリカン」化して、逆に、従来の(理性的な、というと語弊があるかも知れないが)リパブリカンがフェード・アウトして、もしかしたら消滅する、と、そういうことだろうか。

いずれにせよ、「トランプの共和党」は、ネオがつくにしても、つかないにしても、残るだろうな、という点では、私も同意見。

アメリカが、「イスラム国が居座りに成功した後の世界」という感じになってくる、そんな気がした。

ただ、思う。
あっしにゃぁ、かかわりあいのねぇこって、ござんす。

ググり文化

私は、いつたい何をやつているのだらふ・・・

なんも考えてません。目の前の事象に反応しているだけ・・・
時にプログラム、時にレポート採点、時に教材作成、時に授業、時に自治会会計、etc etc.

腹減った。3分待つ。スマホでニュース配信。で、ちょっと前のニュースを思い出して、書いてる。

レポートを読んでいて、「あれ?」と思うことがある、それ自体は昔からそうなんだけど。
理解が皮相的というか・・・

国試対策の授業中に学生にあてて、答えさせる。正解!よくできました。
そこまではいい。念のため、と思って、関連する大元の項目を質問すると、理解してない。
端的に言って、土台となる知識は欠落しているけれど、その結果の「応用」部分は暗記科目的に正解を出せる。確かに、点数を稼げればそれでいいんだけど・・・
なんだかなぁ。

やっぱり、何となく、知識が浅いというか、項目間の関連が断ち切れているというか、何かうまく表現できなかったのだけれども、少しだけ、この記事を読んで、なるほど、という気がしたのがあったので、拾ってみる。

なぜ若者は、それでも「安倍晋三」を支持するのか
「批判する奴は陰キャ」という暗黙の認識
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/73403

頭があまり働いていないので、引用が長いし、多い。つまみ食い的な文脈の斜め読み。下記の引用の段落区切りは、原文では、結構間が飛んでます。下の文章の主旨を歪めていないか、不安。

現代ビジネスの主要な読者層も40代以上の中高年層と聞いているので、にわかには信じがたいかもしれない。もしスマホにTikTokが入っているなら、試しに「安倍総理」とか「安倍晋三」と検索して確かめていただきたい。(中略)寄せられるコメントも、批判的なものは極めて少なく、「親近感が湧いた」「かわいい」「応援してます」というような、肯定的なメッセージが多く目につく。(途中省略)

若者は安倍総理個人だけではなく、政党としても自民党を支持する傾向が強い。

彼らの多くは「マイクロ共同体主義」とでもいうべき人生観を持つ。すなわち「自分と自分の仲間内だけがうまくいけばそれでよい」という最適化戦略を取っているのだ。(途中省略)

しばしば若者たちにとって自民党は「リベラル」な政党と映り、こうした社会規範や時代の方向性に批判的な態度を取る野党側の方が、むしろ「保守」として見えてしまうことすらある*3。

そしてもう一点重大なのは、若者たちにとって「批判」の捉え方が、一般的な理解とはまったく違うということだ。(途中省略)

自民党や安倍政権に批判的な中高年層(とりわけインテリとされる高学歴な人びと)にとって、「批判すること」とは、よりよい方策や建設的な結論を導出するために必要不可欠な営みだろう(途中省略)

一方、若者たちはそうは考えない。「批判ばっかりする奴はウザい」などと考えている。(途中省略)

若者たちの視点からは、安倍総理は他人の批判をせず、粛々と政策を実行する側であり(政権与党のトップなのだから当然そうなるのだが)、野党はそれにゴチャゴチャと外野から「批判」をぶつける人びととして観測される。若者にとってどちらが「自分たちに親しい側の人間」に見えるかは、想像に難くない

という流れ。

要するに、「文句ばかりをいう野党」は、陰湿な「保守」と理解され、文句も言わずに頑張っている政権与党は、社会をよくしようとする、愛すべき「リベラル」である、と、感じている若者が多い、ということか、と私は理解した。

中身を理解していない、「雰囲気」だけは理解し、そこから全ての結論を出している、ということになるんだろう。というよりも、「雰囲気」を掴んだ段階で「理解」した気分になっている、そうした若者が相当数いる、ということなんだろうか。

例えば、だけれども、専門用語の説明を求めたとして、仮に「おはぎ」というものを食べたことのない学生に「『おはぎ』とは何か、説明しなさい」と求めたとする。
そうすると、たぶん、Googleなんかで拾ってきた「あんこの原料となる小豆は、主産地が北海道で収穫量の8割は北海道である」とか、「ごはんを炊く際には、はじめチョロチョロなかパッパで」とか、なんだとか、かんだとか、「そんなこと、聞いてないよ、ごはんをアンコで包んだ甘い食べ物で、とか、書いてくれりゃいいのに。でも、食ったことなけりゃ、わからんか」ってな、一体、何の説明をしているんだ、的な、そんなこと、聞いてないよ、的なレポートが出てきたりする。

何か、ネットで拾った余計なことは山ほど書いてあるのに、本質的な、知っていればたったの一言で済みそうな一言がなくて、文章の繋がりも何もなく、ネットページのコピーが羅列されて来たりする。そういうレポートの比率が、だんだんと増えてきているような気もする。全くのバツにも出来ないし、そのレポートを読んでも、理解してるのか、してないのか、どうにも判断に困る。たぶん、わかってないんだろうなぁ。

本人、これで、わかった気分になってるのかなぁ。私にとって疑問なのは、彼らのメンタルというか、世界がどう見えているんだろうか、という部分だろうか。断片的な知識の羅列。その中に、自民党も、安倍元総理も含まれていた。
カワイイなら、それは善。叩く人たちは悪。なんかなぁ。そういう若者に、「もっと選挙に行こう!」と叫ぶことの危険さ、に、なんだかちょっと、怖くなった。迂闊なことは言えない。

見え隠れするのは、彼らが「ネット」からどういう扱いを受けて来たか、という来歴だろうか。「学校裏サイト」なるものが存在し、誰かが誹謗中傷を始めると、そこに「いけにえ」が生まれる。下手に庇ったりすると、意に反して自分も標的になる。そういう育ち方をしてしまって、「非難するものは絶対に悪」というメンタルが形成されてしまったんだろうか、(全員とは言わないけれど、)なんとなく、そんな気もしている。だとしたら、気持ちはわからんでもない。
その結果がこれ、

彼らの多くは「マイクロ共同体主義」とでもいうべき人生観を持つ。すなわち「自分と自分の仲間内だけがうまくいけばそれでよい」という最適化戦略を取っているのだ。

加えて、「知識の習得」って言ったって、確かにネットを効率的に使いこなして、知識と知識の間のリンクをきちんと繋いで、ネット情報を深く理解している子供(いずれは、学生、そして、いずれは大人)も、少なくない一方で、考えて「知識」と「知識」をつなぐことを諦めてしまって、「知識」の断片をネットから引っ張り出せた段階で、「あ、わかった!」となってしまっている子供の比率も、増えている、そういうことじゃないか、という気もする。

なんだか、アメリカのトランプ支持が笑えなくなった。トランプさんは、頑張ってる。ガムシャラに何かを主張し、一目散に突っ走ってる。それがいいんだ、ってか?何か、似てる気がした。

さらに、怖いと感じたのは、「リアル」と「バーチャル」な境界が、どんどん不鮮明になっている感じだろうか。
事件の関係者として、誰かの名前が上がった。適当にググって、別人を「悪い奴だ」と断罪して、ネットで誹謗中傷する。書いてる本人は、事件の関係者ではないし、その誰かの知人でもないし、赤の他人でしかない、まったく「ひととなり」を知らない誰かを、「知ってる」かの如く悪人として断罪する。
おそらくは、「学校裏サイト」なんかでも、それをやって来たんだろうか。

ある意味で、ネットでどれだけ叩かれても、叩かれている「自分」は、「リアルな自分」ではなくて、「バーチャルな自分」であって、自分とは無関係だ、というところまで達観してしまえば、根拠のない誹謗中傷を浴びても、ある程度は耐えられる気もするけれど(ただ、浴びすぎると感覚が麻痺して、体が動かなくなったりもするけど、)、現実に起きてることは、それによる「風評被害」ではないけれども、「実害」であって、お店を閉店に追い込まれたり、事業をたたまざるを得なくなったり、メンタルにどうこうという問題を突き抜けて来た気がする。

この「わかったつもり」の錯覚、これだけグーグル検索とかが便利だと、弊害の方も、徐々に鮮明になって来たような気がする。

ネット中傷、電話番号開示へ省令改正 投稿者特定が迅速に
https://securitynews.so-net.ne.jp/news/sec_30262.html

「表現の自由」なんてことも確かにあるけれど、虚偽の内容の拡散は「表現」とは違う、ような気がする。そもそも、私は(このページでは顔はだしていないけれど)自分がどこの誰か、特定できる状態で書いているけれど、投稿内容によっては書いた本人の個人情報も晒すという措置は必要な気がする。

僕らの世代は、「バーチャル」の元となる「リアル」を、ある程度経験した上でグーグルとかを使うから、「便利」なんだけれど、「リアル」が欠落したところで、バーチャルな世界から流入する大量の「情報」に晒されて、善悪の価値観さえ、我々の世代と共有できない若者が、もし、増えてくるとしたなら、ネットのあり方とか、相当に議論しないと、危険かもしれない、そんな気がした。

なにか、漠然とした不安感というか、モヤモヤしたものを、言葉に出来たか、と言えば、たぶん、半分もできていない。

まぁ、いいや。書いて吐き出して、とりあえず、目の前の仕事に集中するだけ。(このページを書いた私の目的は、私自身のカタルシスです。ごめんなさい。)

よくある話、なのに・・・

朝っぱらから、疲れた。一応、仕事疲れだけれども・・・

コンピュータではよくある話の計算誤差。

https://blog.apar.jp/program/8900/
小数計算の誤差 0.1 + 0.2 が 0.30000000000000004 になる理由

0.01 を 100回足すと、1にならない
https://www.nishishi.com/blog/2007/06/calc_001_100jav.html

電卓だと、この辺の誤差は「有効桁」で丸めるから、紙の上の手計算と同じ結果になる。
けれども、コンピュータだと、この二進化変換誤差の対応をしていないと、電卓よりも不正確。

「電卓で計算していただければ、おかしいのはすぐにわかります。」
言われちゃった・・・何年、プログラマをやってんだか。
バグではない、配慮漏れの見落とし。(でも、やっぱ、バグか・・・)

こういう話題は、コンピュータの授業では、ほぼ「持ちネタ」の如く、新人プログラマに教えたりする。
それなのに、自分では配慮できてない。

「切り捨て」して整数化したら、明らかにおかしい数字が出ちゃった。
21600 x 1.4 = 30239

紺屋の白袴。

念のため、最も簡単な対策

——————–
方針を決めないことによる「数値の誤差」もある。

数量 × 単価が、 1.5円、 2.5円、 3.5円になる 3 項目の「売上」があったとする。
個別に「切り捨て」した場合の、項目別の「売上」は、 1円、 2円、3円。合算すると 請求額は 6円。
合算すると 7.5円なので、合算してから「切り捨て」すると 合算請求額は 7円。
合算してからの「四捨五入」だと、 合算請求額は 8 円
一方で、個別に「四捨五入」すると、 2円、3円、4円になるから、合算すると、請求額は 9円

なんと、同じ「元データ」から、処理方式の違いで、 6円、7円、8円、9円と4種類の合算請求額が得られる。

どれを採用するかは、「決める」問題だし、「適当に処理」って訳にもいかない。
ってか、最初にこれ、確認してたっけか?

なんて、今回はそれ以前の問題だったなぁ。

こればっかりは、明らかに私が悪い。やっちまったぁ。どこの「ど」シロートだよ、ってなバグだ。

疲れがどっと出た。
どどどど、どどどど、どらえもーん!
(意味ねぇ・・・頭が ワラ、笑、藁)

地下水系

道路陥没 地下深くでトンネル工事 因果関係不明 原因調査へ
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20201019/k10012670771000.html

地面の下にも川がある。地下水系。しかも、地表水と違って、立体的に流れている。

水が、地上の荷重を支えることがある。行動成長期、昭和40年代だったか、東京の下町で工場用水として地下水を汲み上げすぎて、周辺が数メートルの地盤沈下を起こしたことがあった。
(グーグル検索省略/私の記憶に頼ってます。間違っていたら、ごめんなさい)

逆に、その反省から地下水の組み上げをやめた結果として、東京駅の地下ホーム、総武線快速のホームでは、地下水がレールを押し上げたり、壁面から漏水したり、なんていうトラブルが起きたことがあった。
(グーグル検索省略/私の記憶に頼ってます。間違っていたり不正確だったら、ごめんなさい、以下同様。)

この地下水系は、福島の原発の、おそらくは格納容器のクラックから流入しているのか、汚染水がなんだか、ものすごい数のタンクになって、冷凍土の壁を作るなんていう話が失敗したんでしょ?増え続けている。流入を止めたらいいのに、そもそもが、地下水系を考えずに、見えているものだけを信じて、あんな危険なものを作ったと僕は思う。難しく考える必要はない、地下水系の立体地図を作って、流入する地下水を組み上げたら、かなり状況は改善する話だと思うんだが。ゼロとは言わない。冷凍壁があれば、全体の流入を減らしただけで、完全な壁が作れるだろうに。そんなことも思う。

この地下水系は、地震などでどこかの岩盤などにクラックが生じれば、簡単に流れを変える。
源泉が無限に供給されると思ったら、大きな間違いだと思う。これはググった。

温泉偽装問題
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B8%A9%E6%B3%89%E5%81%BD%E8%A3%85%E5%95%8F%E9%A1%8C
地下の状態が変化すれば、当然源泉の性質だって変わる。出なくなることだってあるだろうし。本当なら、地震の都度、源泉の泉質を改定すべきなんだろう。

こういう、目に見えないモノを体系的に扱おうとするのが学問なんだろうと思うけれども、日本では学問よりも政治の方が格が上らしいから、問題点をいくら指摘したって握り潰されるか、政府に提言するはずの組織からはじき出されるか。せっかく、学問が人の生活に直結するところで役に立つはずの機会を、政治の都合だけで奪われる。なんて、文句言ったって、どーせ何も変わらない。

大深度地下だから、地表付近には影響ないと思われた、って、その報道に、嘘でしょ、と思った。
そもそも、水なんて、ほんの数ミリメートルのクラックができただけだって、時間の経過で大空洞を作ると思う。不自然な振動、荷重分散の変化(水そのものが荷重を支えている)、などなど、下に変化が起きたら、簡単に上に影響すると思う。

あれですね、土木工学系の学会と、地質学とで、一切のリンケージがない、ってことか。これは、学問の側の不備なんだろうな。学際的な議論の場が、たぶん、全く用意されてないし、誰も用意する気がない。だって、土木にとっては地質学の突っ込みなんて、邪魔なんだろうし、(あれ、地下に活断層があったって、原子炉は安全っていう議論。あれは、地質学vs原子力工学か?)学問分野全体の整合性、なんてのは、あんまり聞いたことがない。

そういう意味でいうと、臨床工学は、かなり学際的、なのかなぁ。電気工学/電子工学/コンピュータ/応用化学/機械工学/生理学/解剖学/臨床医学/関連法規/公衆衛生学、もう、どれだけあるのかってくらい、関係してる。おかげで、この分野には長いもんで、医学系の話題ですら、相当に突っ込んだ議論になっても、そこそこついていける。

地下水系については、そういう「必要性」がなかったんかなぁ。原子炉の汚染水、地盤崩落、あれやこれや起きても、「本質的なところ」に踏み込んでの知識を持ち寄る習慣がない?自分とこの学問分野で閉じていた方が楽だし。ってか、「これこそ、行政の判断だ!」って言って、頭ごなしに学術的な判断を潰せる、政治体制ってのが確立されている日本だから、そもそもが、問題が起きたって、考える必要が何もないのかも。決して責任を取ることのない、行政担当者が、学問も、政治も押し切って、国を動かす。自分たちは絶対に表に出ず、責任も取らない。自民党なんて、それを容認。アホくさ。

あ、偉そうなことは言いません。電気系の学者から質問されると、医学用語を持ち出して、煙に巻いて、反論を封じる。逆に、医学系の学者から突っ込まれると、電気回路だの、コンピュータだのの用語を持ち出して、適当にまくしたてて、相手の発言を封じる。もう30年も昔、こういうやり方をよくやってた気がした。
「お前に、偉そうなことを何か書く資格があるのか!」なんて言われたら、「あ、ありません、ごめんなさい」と黙るしかないんかも。

なので、以下、沈黙

あれこれ

色々なニュース

菅首相、推薦リスト「見てない」 会員任命で信条考慮せず―学術会議会長と面会も
https://www.jiji.com/jc/article?k=2020100900705

野党が問題にすべきは、こちらじゃなかろうか。
菅総理が目にしたのは、「何者かが6名を削除したリスト」であって、その6名を削除したのが誰であったのか一切表に出てこない。

つまり、日本では総理よりも「権限」を持った人間がいて、国民の「選挙」という洗礼を浴びることもなく、総理に流す情報を加工している、ということになる。

総理自身が6名を削除する、以上に、なんだか背筋が寒くなるような事態だと思うんだが、どうしてその部分については誰も(マスコミは)騒がないんだろうか。

これ、官僚集団が総理をコントロールしていて、その事実をマスコミも知りながら、指摘すると行政機関から必要な情報を得られないから、誰も突っ込まないんだとしたら、致命的に滅茶苦茶おかしい、民主主義ではない「密室独裁政治」ではないか、という気がした。誰がこの国を牛耳っているのか、誰も知ろうとしない。

どうやら、私自身は「総合的、俯瞰的に判断して、6名の推薦を除外した。」と菅総理が発言された、と理解していたけれど、どうやら、「学術会議の会員には、総合的、俯瞰的に活動していただくために、・・・」という趣旨の発言だった、というのが、その後の議論の展開から受け止められる表現だった。(それでも、具体的な説明がないことには変わりない。)ただ、この部分には、私の誤解があったかもしれない。その点については、お詫びいたします。


トランプ「胎児の細胞」利用した新薬で保守派総スカンの危機
https://www.news-postseven.com/archives/20201011_1603424.html?DETAIL

ポストのこの記事、正確性はどの程度なんだろうか。わからん。いくつかのサイトを辿ってみた。

President Trump Received Experimental Antibody Treatment

解説:トランプ米大統領に投与、モノクローナル抗体とは
https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/20/100600577/

ポリクローナル抗体(polyclonal antibodies)ではなくて、モノクローナル抗体(monoclonal antibodies)であったらしく、ポストの勇み足、だったのか、それとも、大統領側の誤魔化しだったのか・・・。よくわからん。

ただ、もし胎児の細胞を利用した抗体カクテルの使用だったとしたら、これでキリスト教関係の支持者の支持を、一気に失うことになるんだろうな、と思った。


余談ながら、師匠の受け売り。ヒトの意識体は、受精卵の受精後3ヶ月程度のいわゆる「安定期」になると、完全に胎児と一体化して、ヒトの意識体を宿したヒトの肉体となる。つまり、意識体の世界から見ても、受精後3ヶ月程度を経過した胎児は、完全なるヒトであって、妊娠中絶は殺人と同じ行為だ、というのが、(こういう表現を用いて誤解を生じるのは嫌だけれども、)意識体の世界の共通認識であるように、私は理解している。私が使いたくて使えなかった表現は「妊娠中絶は殺人と同じだというのが、神の思い」という表現で、確かに、今この文に書いてしまっているけれども、それは、私の理解に過ぎない、ということを申し添えます。

再び師匠の受け売り。いわゆる「水子の霊」は、まったく汚れがないから、迷ったり、誰かに祟ったりすることなどあり得ない、と私は理解している。但し、ヒトとして生まれれることなく、まだ肉体がヒトになる途中の段階で強制的に成長を止められてしまうために、中絶された胎児から抜け出した意識体は、すぐには受精卵の中に入り込む前の状態には戻れない。別の意識体によるケアが必要になるため、主に妊娠中絶した母親たちが、いずれ肉体を抜けた際には、真っ直ぐに次の段階には移れず、そうした「ヒトになれなかったヒトの意識体」をケアするための役割(赤ん坊を育てるような行為)を担うことになる、と、私は理解している。もし、そのための空間を「肉体を持った際に、こびりつけてしまった汚れを落とすための空間」いわゆる「地獄」の一種だと考えるならば、「妊娠中絶した女性は、全員が地獄に行く」という表現もできる、と、私は理解している。

私は、トランプは好きではないし、トランプを指示するキリスト教系の団体についても、「短絡的すぎるだろう」という認識は持っているけれども、妊娠中絶を頑なに認めまいとする姿勢は、意識体の世界の認識に合致していると、私は理解している。

こういう、トランプを応援するようなことは書きたくなかったけれども、また、リベラル派の女性を敵に回すようなことは書きたくはなかったけれども、私自身にとっては、トランプがどうこうよりも、上がどういう意識、思いを持たれているか、の方が重要に思えたので、蛇足として書いてみた。

以上

専門職公務員

学術会議会員は特別国家公務員 研究予算配分に影響力
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO64645000V01C20A0PP8000/

公務員だから、公務員の人事権は総理にある、と。但し、公務員でも一般職ではなくて、専門職ではないか?専門分野の内容について、学術的に高度な判断が必要だから、日本学術会議の推薦に基づくのではなかろうか。その推薦に従わない、ということは、管総理が、日本学術会議のメンバーよりも、専門分野について高度な知識を有している、ということを、暗に語っていることになると、私は理解する。

だいたい、学問が導き出す内容なんて、普通に考えて理解できないものが少なくない。「パイ中間子は、粒子でありながら地球を貫通する」なんて言われて、「はい、そうですか」なんて、誰が簡単に言えるか?「粒子が地球を貫通する」なんていう話を、普通の人がしていたなら、「なに、こいつ馬鹿を言ってるんだ」と、普通だったら考えるだろうと思う。ところが、学問的な裏打ちのしっかりしている集団が、「この人は正しいことを言っている」と判断するからこそ、推薦される人がいるんだろうと思う。それを、素人判断で、「こんなバカなことを言ってる奴は、学術会議に相応しくない」とか言って、小柴先生とかの任命を(パイ中間子じゃなくて、ニュートリノだけど)管総理は拒めるんだろうか。もう、言ってることを鵜呑みにして、ハイハイと任命するしかないでしょうに。判断するの?

通例、学者の値踏みは学問の内容そのもので行われるべきで、その人がいつも貧乏ゆすりをするとか、そういう「素行」のようなものでは評価しない。だからこその専門職公務員なんじゃなかろうかと思う。それなのに、任命を拒んだ、っていうことは、総理がその学者以上に学問的な見識があると主張していることになると、私は思う。是非、教壇に立って、その辺のレクチャーをお願いしたいものだ。

自然科学ではなく、人文科学だから、総理にも学者以上の見識がある?そう言えば、「人文科学なんて学問じゃない」なんていう発言をどこかで聞いたこともあるけれど、それを言ったら、人文系の学者は怒るだろうなぁ。

人文科学系の場合には、自然科学のような定式化された検証が困難なものが少なくない。そうした基本的な性質があるから、客観性を担保しようとした場合には「両論併記」で、ほぼ相反するような両方の意見を含めた形で全体を構成する必要があると、私は考える。バランスを取ることによって、自然科学のような客観性の担保を行なっていると私は考える。それを、一方の考え方の人間だけを、現政権に都合が悪いからと言って排除するならば、それはむしろ、人文科学としての完全性を損なう行為で、総理が日本学術会議の推薦を断った時点で、その分野の学問的な完全性を破壊している行為になると私は考える。

なんていう指摘をしても、管総理は「総合的、俯瞰的」という返事しかしないだろうな、ってかできないだろうな。

素人が専門職の人事に口を出して、そこに「総合的、俯瞰的」という表現を使うこと自体がおこがましい。具体的な説明ができないならば、せめて、総理が任命しなかった方の帰属する学問分野について、「総合的、俯瞰的」に、その学問体系を解説するレクチャーをどこかでして欲しいものだ。

やれるもんなら、やってみろ。それができないなら、2度とこんな真似をするな。2度と口を開かずに、総理の職を全うしろ。どうせ、のらりくらりと、押し切るんだろうし。安倍みたいに。

内容がないよ〜

世耕氏「首相は極めてきちんと説明した」 日本学術会議会員任命見送り
https://news.yahoo.co.jp/articles/4a869f7deb7509a34a2238a27e7c62528b734781

極めてきちんと説明した。政策に関して単純な前例踏襲は認めないのが、菅首相の政治姿勢そのものだ

これまでの人は正しいことをやっていたのに、悪いことをしました。「前例踏襲はしたくなかった」道を外すんだったら、前例踏襲しないことがいいことだとは全く言えない。この説明も、理屈になっていない。

NHKのニュースでは、この人この後、「あの説明で大半の国民が納得したと思う」とか発言していた。人をバカにするにも程がある。

どこが「きちんと」なんだか。あれだな、学生のレポートで、表紙に名前が書けていれば、C評価を出しちゃうやつ。それが当たり前の世界になってきたのか。法政じゃ、一度もそんなことはしなかった。東京電子でもこれはやってない。じゃぁ、どこでやったんだ、なんて話は、聞かないで欲しい。本当に最後の手段だったんだから。その最後の手段が、安倍でも管でも常態化しつつある。

甘いなぁ。バカらしいのは、「丁寧に説明します。」とだけ、丁寧な口調で繰り返すパターン。「説明の口調」が丁寧なだけで、説明の中身は全くなくて、ただ「今後も丁寧に説明を重ねていきたい。」と、そのセリフを重ね続ける。安倍と一緒じゃないか。

パワーバランス

一体、どういう形が理想型なんだろうか。無謀を承知で、そこからの発想をしてみる。

核兵器は禁止。これは、核兵器禁止条約が出来たことで一歩前進した。

「圧倒的な軍事力」による「力の政治」の解消。とにかく、課題はこれに尽きるんだろう。
アメリカも、太平洋戦争の、特に真珠湾攻撃以来の「残像」を引きずっている。それが「圧倒的な軍事力」への強烈なモチベーションになっているに違いない。自国の領土を攻撃された稀有な出来事でもあったに違いない。

日本も、太平洋戦争の、特に最後の年を中心に、いまだにトラウマや残像を抱えている。軍事政権に全てを委ねる結果になってしまったトラウマ。「圧倒的な軍事力」によって「圧倒」されたトラウマ。結果、それらが絡み合って、軍事はアメリカに一任し、完全に核の傘に落ち着くことで自国の安全を守ろうとし、その50年来の構造から全く発想が更新できていない。

友好国としては兄弟のような関係でもいいと思うが、もし、日本が「強固な日米同盟」を解消し、日本は日本独自に安全や平和を模索する、とした時に、中ロ、特に中国は、どう対応するだろうか。というよりも、「対応」ではなく「方向転換」するか、じゃなかろうか。

アメリカも、太平洋戦争の残像を引きずっている。そのアメリカの「圧倒的軍事力」と、冷戦構造の「対共産圏包囲網」で世界が二分されていた頃の残像で、ロシアも、中国も「軍事拡大路線」から一向に抜け出せない。
ロシアなど、冷戦構造が壊れた後は、あちこちに紛争を起こしては武器を売る「死の商人」と化している。

アメリカも、中国も、ロシアも、どこも残像しかみていないような気がする。その上で、どこも「軍事路線からの離脱」を謳えない。ある意味で、完全なチキンレースのような気がする。

日本は、特に自民党は大手商社などと密接な関係を維持していて、ある意味でその辺りに「窓口」があるんだろうか。「脱軍事」を看板に掲げることがあり得ない事情がそこにある。幸いなことに、中国やら北朝鮮やらは挑発をやめない。どうせ、彼らは何も変わらないという「安心感」があって、安倍の慢心はその辺にあったんじゃなかろうか。

チキンレースに邁進する超大国と、その狭間で利権に括りついた日本と、どこでどう、「理想的な世界」を目指して舵を切るか。結構、日本は「キー」となる動き方のできる立ち位置にあると思うんだが、はっきり言って、年寄りには無理だろうと思う。この時代である。若い世代の方々、とにかく横の連携を広げて、下からチキンレースをやめさせ、極東から、いずれは中東まで、イスラム圏はイスラム圏、極東は極東、どの国も固有の文化を尊重しつつ、危険なパワーバランスを崩して、安定な形に変えていって欲しいと願ってやまない。

そのためには、今回管総理が任命しなかったような人材こそが、一つの駆動輪になるような気がする。
アメリカは論外として、共産圏でも地球的な視野を持つ政治家に出て欲しいものだとは思うけれども、そもそもが「地球的な視野」と「共産主義思想」とは相容れないか。

この話題、書くのをやめたと言いつつ、また書いている。数日来、耳鳴りがやまない。周辺の音があまりはっきり聞こえず、訳のわからない「雑音」だけが耳で響いている。なかなか仕事にも集中できない。結果的に、朝っぱらからこんな話題を吐き出してしまった。
書くべきことを書き尽くせば、きっと、僕の耳鳴りは止まります。仕事に集中できん。

責任問題

管総理が、日本学術会議の被推薦者を任命しなかった件。

任命に関して、総理の判断が入る、ということは、学術会議が出した結論について、仮に誤りがあって、国家的な損失に繋がったとしても、どれほど高度に学術的な判断が要求される問題であっても、その「学問的な判断の責任」を総理が負う、ということになるんだろうな、と思った。

とことん、責任を負ったらいいと思う。

極めて個人的に、僕が以前勤務していた大学で、科学技術研究費の申請に関係する書類を出したら、不受理にされて、その際に、「不受理の理由」を僕に伝えてきた事務方の職員の方が、「悪いことをするに決まっているから、書類を不受理にしました」と理由をきちんと教えてくれた。まぁ、書類を出したのは私本人ですから、本人だけに伝えるというのは、ある意味、筋が通っているのかな。そして、僕は、その事実を何回でも書くだけ。事実を事実として書いた結果、どんな波及効果があるかは関係ない。すべては世間が判断するに違いない。「あぁ、こいつだったら、確かに悪いことをしそうだ」と、そういう判断になるかも知れないし。(だから、お願いだから、自治会の会計をもう5年もやってる私を、辞めさせて欲しいんだが・・・)

どーいう波及効果があるんかなぁ。その大学は、そういう大学だと、その事実だけはきっちりと世間に伝わるんだろうか。僕のページなんか、誰も読んでないかも知れないし。誰かに読まれていたとしても、どんな効果があったとしても、事実は事実なんだから、いい結果だろうが、悪い結果だろうが、その責任は、その「悪いことをするに決まっている」という判断を下したその人(たぶん、トップの取り巻きなんだろうけれども、)が負うことになるに違いない。私には関係ないから、もう、どーでもいい。ただ、折に触れて、きっかけがあったなら、「事実の蒸し返し」はするかも知れない。

「まだ、引きずっているのか?」って、全然、引きずってません。ただ、面白いから、何度でも蒸し返しているだけ。

このまま、意固地になって撤回しなかったら、何か、ちょっとでも問題が起きた時に、「それは、管総理の責任だ」と、結構面白いことになるかも知れない。いかんせん、自然現象でも、科学技術の問題でも、もう、最前線の専門家でも予想もしきれない展開が少なくないし、政治学っていうんだろうか、海外の政治家でも、想像もつかないような方が選ばれてトップになったりするご時世だから、全責任は管総理っていうことで、いいんじゃないだろうか。

日本学術会議は、学問における専門家集団だと思うけれども、「任命責任」をすべて総理が負うことになったんだから、気楽に、純粋に学問的に、ご自身の意見を述べるだけで、国家がどうこうなんていう問題は、一切考えなくてもいい、っていうことに落ち着けて、黙って、この国の行末を見ていたらいいのかも知れない。是非、15年後位に、この話題を思い出して欲しいな。

このページで、僕は、僕にできることは全部やった。納得したので、この話題はもう吹っ切る。

総合的、ふかん的

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20201005/k10012649301000.html
菅首相 学術会議の任命見送り「学問の自由とは全く関係ない」

何ら、具体的な説明をしていないような気がした。
要するに、総論であって、各論についての説明がない。

個別の人事に関することについてコメントは控えたい

質問をはぐらかしている。公人が公人の人選について税金の使い道として不適切と判断したのならば、というよりも、適切と判断する場合も不適切と判断する場合も、具体的な根拠の説明は必要ではないのか?判断しないならば、説明の必要はない。判断する以上は、根拠の具体的な説明が必要だろうに。公人になるということは、不適切と判断され、その根拠を晒されても、ある意味「税金の投入」がある以上、やむをえないと思うし、説明しないことの方がはるかに問題が大きい気がする。やり方が独裁政権みたいだ。

判断基準を明確にできないならば、今後、誰を推薦していいか、判断に窮すると思うんだが、そういうことは考えないんだ。適当にご都合で、気分次第で、この人はダメ、この人はいい、そういう「任命」行われるのに、推薦する側には一切の具体的な根拠を示さない。「丁寧に説明していく」って、安倍がよくそのフレーズを使った割には、すべてシラを切り通した。柳の下の二匹目のドジョウを狙ってる訳だ。

あれと一緒だなぁ。「前向きに検討した上で、善処します。」要するに、何もしないと言っている。日本人相手だったら通じる常套句。「検討」したけれども、検討の結果「善処」したら、何もしないことになった、と。じゃぁ、その前の「前向き」ってのは何なの?ってことになるはずで、このフレーズをそのまま外国語に翻訳すると、ほぼ「やります」と同義になる気がする。その場しのぎのごまかしの常套句。

理由を聞かれたら、具体的なことは何も言わずに「総合的、俯瞰的に検討した結果、こうなりました」と、質疑応答で、済ませてしまう。流行りそうだなぁ。都合の悪いことを聞かれると、全部「総合的、俯瞰的に・・・」
さらに突っ込まれたら、「相手のあることであって、相手の名誉に関わるから、コメントは控えます」と。なるほど、立派な言い分だ。都合の悪いことは、一切説明しないための常套句になるかも。

そもそもが、原発なんかで顕著だけれども「専門家会議」と称する政府の召集する会議は、「学問」の看板を掲げていながら反対意見を述べそうな人間は一切選ばないのが慣例。都合のいい人間を集めて、都合の良い「助言」だけを聞くのが政府の「専門家会議」というか、学問に対するスタンスだから、ワンマン組織がイエスマンだけで側近を固めるのに似て、リスクの回避とか、緊急時に選択肢を増やすとか、そういった機能は一切持たなくなる。「優秀な人材だけを選びました。」と。根拠を示さなければ、誰もが優秀になる。要するに、日本学術会議をイエスマン集団にする結果だけを招くわけで、国勢を衰退させるだけの結果になると思う。

農家なんかで、作物や家畜を一種類/一品種だけに集中させると、想定外の病虫害などが起きた時に、全滅する。異なる意見を取り入れることの重要性、もっとはっきり言えば、自分と意見を異にする人間を受け入れる度量がないから、こういう判断を平気で下す。

「国民の税金を使っているから」ということならば、私も一応は国税は滞納していないと思うけれど、税金を払っている一人として、「この人に日本学術会議で仕事をしてもらいたかった」と思う場合に、なぜそれが認められなかったのか、具体的な根拠を示してもらうように要求するのも、納税者の権利のような気がする。それとも、「寄らしむべし、知らしむべからず」なんだろうか。

このまま押し通したなら、モリカケサクラに続いて、都合の悪いことを誤魔化す常套句として「総合的、俯瞰的に判断した。」っていうのは定着するかもな。