世界の警察官

先に言い出したのは、オバマさんだったか。
「世界の警察官をやめる」と宣言したオバマ大統領
https://diamond.jp/articles/-/75884

http://www.news24.jp/articles/2019/06/27/10457300.html
(また、ソースはFOXニュース?わからんが)

二つの話題を混同すると、話がややこしくなる。「アメリカは世界の警察官か」という話題と、「日米安保」と。

二つ、大きな問題があったと思う。
誰がアメリカに「世界の警察官」であれ、などと頼んだんだろうか?欧州も、最初は「仲間が多い方がいい」くらいの感じだったのかなぁ。わからんけど。日本の場合には、是も非もない、占領されていたんだから。「守ってやるから、いうことを聞け」というのがアメリカの立場だったんじゃなかろうか。

第二に、その「警察官」の善悪の判断はどんな根拠に拠ったんだろうか。アメリカが「悪」だと決めつけたならそれは「悪」であり、「警察官」として好き勝手やって来た、それが大筋だったんじゃないかと思う。
利害が対立したら、「自分にとって都合の悪い相手」は必ずいるはずで、それを「悪」と決めつけることには根本的な誤りがあると思う。良かれ悪しかれ、お互い様だけれども。
「悪の枢軸」だとか「悪魔の手先」だとか、アメリカ自身も随分と言葉を量産してきた気がするけれども、「私が警察なんだから、私が悪だと決めたらそれは悪だ」なんて感じが随分と見え隠れした。決めつけられた側からしたら、たまったもんじゃない。

「日米安保」については、一番焦っているのは、アメリカの国防総省だろうなぁ。極東での米軍のプレゼンスが危うくなり、「地域防衛の拠点」というよりも、世界的な補給網が壊れる。「世界の警察官」というのは建前で、覇権主義を維持するためのコストが「警察官としての振る舞い」だったんだろうと思う。そこに目をつけたのが中国で、一帯一路をはじめとして、強引な借款などで実質的にアメリカに対峙できるだけの世界規模の「補給網」を構築しようとした、というのが本音じゃなかろうか。それなのに、アメリカが一方的に降りるって、アメリカ側から言い出した。
「その他大勢」からみたら、こんな危いまでも、好機はないかも知れない。中国の「方針転換」さえあれば、ということなのだが。

ロシアや中国が従来の「国是」を転換しないまま、アメリカが「警察官」を降りたとすると、確かに相当な混乱はあり得るかも知れないが、プーチンさんや習近平さんが、そんなに理解力がないとは思えない。トランプよりは相当にマトモな気がする。

「日米安保の解消」は、米軍基地返還の必要条件ではないが、十分条件だったと思う。安倍総理は「安定」が大切だと発言していた。裏を返せば、自分には流動的な事態に対峙できる能力がない、ということで、つまり、沖縄の米軍基地返還につながる動きなど、自分が総理の間に起きてもらっては困る、ということじゃなかろうか。それでは、って言って、枝野さんや志位さんがどんなシナリオを描いて、中国やロシアにどんな働きかけをできるか、それも未知数だけれども、「絶対に何もしない」と明言している人よりは、「可能性があるならば、試して模索する」人の方を僕は選びたい。

ただ、残念ながら、これもトランプさん、何も理解せずに、理解できずに表面的なことで「世界の警察官」を降りると言いだし、「日米安保は解消すべき」と言いだしただけだから、特に「日米安保」については国防総省を説得できるかどうか・・・そのうちに、「気が変わる」のが関の山だから、確かに「米軍基地の全面返還」を考える限り、こんなにも美味しい話はないんだけれども、時間の問題で国防総省に説得されて、前言撤回するんだろうな、とも思う。

なんてことを、朝っぱらから書いていて、今日の授業、どうするつもりだべ。


教材は、ありました。という訳で蛇足。

そもそも、日本に「軍隊を絶対に作らせない」ように強硬に主張したのは、アメリカでしょ?それが、朝鮮戦争の際/後に、どうしても「日本軍」が欲しくなった。日本側は「警察予備隊」(でしたっけ?)で十分というハト派と、なんて話が多分あって(ざっくりと読んだ話を不正確に再生しているだけ、正確なところは別のページでどうぞ、)要するに、「日本に軍隊は持たせたくないが、いざという時に、アメリカを支援する組織も必要」という、アメリカのご都合の経緯で「自衛隊」が生まれた、ように理解している。もし朝鮮戦争がなかったら、おそらく自衛隊は存在しなかったんじゃなかろうか。また、占領の終了も遅れたかも知れない。

どなたか、トランプさんにこの辺の「歴史」のレクチャーをしてあげて欲しいなぁ。朝鮮戦争当時、トランプさんはまだ、新聞が読めるお年ではなかったはずだから。読めたとしても、読んだかどうかわからないけれど。

ぬるま湯

以前は数ヶ月に一度とか、せいぜい月一程度だった玉川温泉に、最近は週一くらいで足を運んでる気がする。あの泉質の良さは、入ってみないとわからない。いわゆる「美人の湯」っていう感じなのか。いや、決してそっち系の趣味はありませんが。

思い出しちゃった。青年海外協力隊の訓練所の、訓練の打ち上げの後、女性隊員二人にオモチャにされて、散々顔をメイクされた。「美人じゃないの」とか言われたんだけども、鏡を見て、あまりにも気色悪かったからすぐにメイクを落とした。あまり思い出したくない。誰だっけ、あの二人、一人はアフリカのSE隊員で、一人はマーシャル諸島の医療系隊員だったと思うんだが・・・結構記憶が飛んでるなぁ。顔は思い出せるんだけど、名前がどうしても出てこない。

温泉はいいですよね。あまり熱くない。特にこれからの季節、玉川温泉は湯の温度を下げて、ぬるま湯にゆったり浸かるってなサービスを始めてくれる。暑い季節にはこれが一番。ぬるま湯にゆっくり入ると、疲れが取れる。

弊社のサーバが、不調のまま。特にSSLの認証が1年以上切れているから、「悪意のあるサイト」とかいう警告が慢性的に出ている。なんとかせねば、とか思いつつ、実を言えば、結構私自身が今、メンタル的にコンディションが良くなくて、仕事に集中できないわ、やる気が起きないわ、どないしよーってな感じで。男性更年期か?それはないと思うんだけど。(根拠は明示しませんが。)まずいよなぁ。基本的には、現実逃避の、逃げグセがついちゃった感じで。頑張っても、頑張っても、状況が好転しない。メンタル的なサポートもない。自力だけで踏ん張らないと。とは思うんだけれども、時々、というか、しょっちゅう、あ、もう、どーでもいいやー、っていうのが頭をもたげる。
全く評価されないのは慣れてる。ある意味で、もう50年近くこの感情と戦ってきたかもしれない。
ですがね、会社の場合にはお金を払ってもらって初めて評価してもらったことになるから、とにかく踏ん張って、結果を出し続けるしかないんだけれども・・・
なんか、魔法の呪文が欲しいなぁ。

学校の非常勤講師、確かに収入の支えにはなるけれども、これだけで将来設計を、ってのは無理。(研究を志しても、ポスドクでこれで苦しんでる人も、多いんだよなぁ。)非常勤講師をやっちゃってるから、孫請け以下の開発者派遣でも、求人条件に引っかからない。週3でいいです、なんて会社、まずないし。でも、臨床工学(というよりも、医用工学)からは意地でも離れたくない。加えて、法政大学の情報系も、大学の専任の先生方との接点は、失いたくない。どちらもやめてしまったら、これまでずっと自分の「メインテーマ」にして来たものを失うことになりそうで、どうしても「辞める」という決断が下せない。だったら、今のまま、売れようが売れまいがとにかく、全力でコーディングし続けるしかないでしょうに。わかっちゃいるんだけれども・・・
ぬるま湯っていうのは、本当に居心地がいい。ここから出てしまったら大変だ、ということはわかっているのに、どうしても抜け出せない。もう後10年間しか続けられない、ぬるま湯。

松尾くんと僕との、言ってみれば「有限会社シグナリス」の持ち駒になるようなアプリ、仕事、毎回毎回の請負ではなくて、自社ブランド商品を、何としても複数持ちたい。

頑張らねば、と思いつつ。今日は内湯。子供の頃は、7人家族だった。おじいちゃん、おばあちゃん、親父、お袋、姉貴と僕と、弟。ウダウダしていて7番目とかに風呂に入ると、もう、垢が浮いていて大変だったけど、なんとなくあの頃に戻りたい気がする。井戸の水をバケツで組んで、風呂桶に入れて、薪をくべて湯を沸かした。薪のくべ方が下手だと、風呂場に煙が充満する。なんだかんだと言いながら、親父もお袋も、僕は好きだった。家族みんなが好きだった。
よくわからんけど、今は、一人入るごとに風呂の湯を全部抜いて、浴槽を洗わないと気が済まない人がいるから、何かがおかしい、どこかで何かを間違った気がしてならない。

とにかく、風呂に入って、気分転換しよう。やっぱりぬるま湯がいい。

話題は全く変わりますが、「日米安保条約」も、「核の傘」も「ぬるま湯」だと僕は思います。出る勇気がない。トランプが金払えっていうなら、払ったっていい。日本は、「核の傘」ではなく、自分の外交努力でそれが不要な環境を整えるべきだと、僕は思う。アメリカ人の命を危険に晒しても、日本が平和ならいいと思っているのが安倍かなぁ。「日米安保条約破棄」が「現実的ではない」なんていうのは、単にぬるま湯から出てくないだけ、だと思う。だから自衛隊員を海外に派兵したい?その前に、武器の流通を止めろ、と僕は思う。武器をバラまいて、兵士を派遣して、それって、軍需産業が喜ぶだけじゃないのか、と思うんだが、安倍はそうは考えていないらしい。
少なくとも沖縄には基地返還を望む声も多い。雇用優先という人もいるみたいだけど。どっちが多いかは沖縄の問題で、僕にはどうでもいい。米軍のプレゼンスは、極東から消えてもらう、絶好の機会が到来していると思う。それなのに、それを「現実的ではない」と決めつけるのは、外交力がないから、だと思う。移転コスト?沖縄に沖縄人の土地が戻るなら、「日本国」で負担したっていいじゃない。あとは自分たちでやる。

じゃぁ、野党に外交力があるか?はっきり言って、私的には、鳩山は論外。民主党が政権を取った時、鳩山が首相になったのが、致命傷だという気がする。鳩山も麻生と同じで、自分がどれだけズレているか、自覚がないと思う。その鳩山は、もういませんよね。じゃぁ、誰が?「外交」で推薦したい人物、一人いる。協力隊で僕の同期、語学クラスで一緒だった、K君。コスモ石油の関連会社で、今社長をやってると思う。例えば、ですけどね。彼ばかりじゃない、協力隊のOB/OGを漁ってみたら?結構、武力に頼らない「安全保障体制」を提案できる人材も人物も、いると思うんだが。政治家の二世とか三世とかはダメだと思う。三世なのにマトモでいいな、と思うのは、ルパンだけ。協力隊のOB/OGのネットワークは、舐めたもんじゃない。プーチンさんのKGBのネットワークと比べてどうかはわからないけど、中国にだって、インドにだって協力隊は人脈を持ってる。

何としても、何万発もの「核」が存在しているのに、それを「これで守ってもらってるから安泰」なんてボヤいてたり、何かあったら赤字国債を発行すれば済むなんて思っている、そういう「ぬるま湯」志向を「骨太」なんてぼやいている人には、どいて欲しい、そんな気がする。

なんて、ごちゃごちゃ書いてみた。けど、実は、このテンションの低さは、「草津の湯でも」かな、なんて自覚も持ってる。目を見ているだけで「元気」を充電できちゃう人と、出会う機会があったからなぁ。
いい歳して、30年前、どころか、50年くらい前と同じことを言ってるかも。全然、成長してません。ガキのままです。Rad Wimpsを聞いて、いい歳してときめいちゃうなんて、俺も、バカなのか、クソジジイなのか、ガキなのか、使えねぇ奴だ、としか、言いようもない気がした。よくわからんけど、書きたいことを書いてみただけ。

このページの主題?ご自由にお読みください。

抑止力

NHKラジオ、7時のニュース。アメリカ宇宙軍の話題が解説されていた。
「仮想敵」は、中国やロシアなんだろうか。どんなシナリオ?
人工衛星への攻撃?そのNHKで、昼前の「子ども電話相談室」(かな?)小学生の女の子が、宇宙デブリの質問をしていた。(ような気がする。あまり集中して聞いていなかったけど。)
考えるべき問題は、宇宙ゴミの方が先じゃないかなぁ、と思うんだが、何かと言うとすぐに「戦争」の話題になる。軍需産業主導で政治が動いているような気もする。
そのアメリカにベッタリの安倍。アメリカの「同盟国」でありつつ、中国やロシアとも仲良くしたい?マジ?「全方位外交」は「等距離外交」だと思いませんか?でなきゃ、無理だって。

アメリカは、将来中国やロシアとどんな関係を構築したいんだろうか。平和的な相互補完関係ならば、もはや戦争を考える「必要性」がなくなるはず、だと思う。凄まじい勢いで、世界が小さくなっている。
「秘密裏の軍事行動」が可能だった時代の頭の方々が、問題解決の最終手段としての「戦争」を常に俎上で議論する。次の世代に人たちが世界を動かすようになるまで、あらゆる「旧世代による行動」は凍結した方がいい、ような気がする。「旧世代による『常識』的な判断や行動」とは何か。

「テロ組織にも三分の理」があると僕は思っている。理由もなく「テロ組織」が発生した訳じゃない。発端は、主には「資源」が目的なのか、経済的な「搾取」が果たしてなかったのか、少なくとも過去20年くらいは「世界の所得格差」と「不均衡構造」に問題の根があったと自分は理解している。そこに、ブッシュ親子の中東への軍事介入があって、それが「テロ組織」を産み落としたような気がする。産みの親と育ての親がそれぞれいた。(細かいところは、調べたり再確認してません、悪しからず。)武器を供給して太らせた育ての親も、確かにいたんだろうと思う。確信を持ってはわからないから、何も書かないが、当事者は自覚があるに違いない。「国益」のために企業が「海外進出」し、都合が悪くなると国家がバックアップして、国家予算から軍隊を出して現地人を黙らせる。大植民地時代からの発想が、未だに生きている。ナチスドイツの支配下に置かれたフランスのレジスタンスも、「非合法組織」だったと理解している。「結果合法」が、「自衛のための戦闘能力」の擁護論につながる。フランスが「軍事大国」を是とする理由もわかるけれども、「今後」を考えて欲しい気がする。

南スーダン、ソマリア、コンゴ、イエメン、オマーン、シリア、アフガニスタン、どうなっちゃうんだろうとも思うけれども、間違いなく「両陣営」が揃って武器の供給を止めれば、犠牲者の数が減る、と思う。犠牲者の数が減れば、多少は落ち着いて「議論」する環境が出来てくる。

無論、武器だって爆弾だって、そこそこの材料があれば作れるから、戦闘行為そのものがなくなるとは思えないが、「生活再建」の外からの援助があれば、時間はかかるにしても、きっと収束に向かうと信じたい。収束しないのは、絶えず武器を供給し、その金を支援する誰かがいて、武器を売ることで儲かる誰かがいて、戦争があると「嬉しい」人たちがいるからだと、(図式を単純化しすぎているかもしれないけれど、)私は思う。武器の供給を止めて、つまり、武器貿易を非合法化できたなら、平和が訪れる地域も少なくないような気がする。自国の「軍需産業」を潤すために、国民の税金を海外での「政府支援」などのために投下している国が、いくつもあるんだろう、とも思う。死ぬのは他国の人間だから。自国の人間は潤うだけ。その仕掛けに気付いたら、「テロ」だってやりたくなるさ。

こうした背景しかなかったから、「核兵器」というリーラルウェポンを「持っている」ことが「抑止力」になる(報復を避けるために、攻撃しない、持ってれば攻撃されない)という、根拠があるんだかないんだかよくわからない「伝説」に繋がったんじゃないかと思う。
安倍とか、(おっと、名前が出てこない、相模原の方の、ムーミンみたいな顔をした元防衛大臣の自民党総裁候補、えぇっと、これで通じなかったら、気にしないでください、)あの方々とか、「核の傘」を固く信じているんじゃなかろうか。

ところが、トランプ大統領が土壇場で「イラン人150人を殺すのは、バランスが取れない、嫌だ」として、軍事行動に抑止がかかった。確かに「バランス」という話題もあるけれども、アメリカ人が(しかも、トランプが、)イラン人を「人間」として認知したということは、素晴らしいことだ、と自分は思う。
これこそが、本来あるべき「抑止力」なんじゃないか、という気がする。さすがは、腐っても民主主義国家だ。

サウジアラビアと、イランと、中国と、ロシア、アメリカの若者が、ともに日本のアニメの話題で盛り上がる。これは現実に可能だと思う。日本にはその程度の「平和貢献」しかできないだろうけれども、それでいいじゃないか、とも思う。ゲームだって構わない。国籍が何であれ、相手も同じ人間だという共通認識がまずあれば、きっと、現在のような「戦争」が、少なくとも一定レベルの経済水準に達した国で起きることはなくなる、と信じたい。

この表現は、誤解があるな、とも思った。僕が知っているパプアニューギニアは、20年前の姿まで。今はわからないが、当時はまだ「一定レベルの経済水準」には達していなかったとも思うが、それでもあの国には、「戦争」は忌避したいという何かがあった。僕が覚えているだけで20以上の宗派が入り込んでいたけれども、紛れもなくキリスト教国家で、戦争が良くないことだという共通認識があった。ブーゲンビルでの独立戦争はあったけれども(当時、僕の知っている多くのPNG人は、ブーゲンビルは、ソロモン諸島の一部だ、という人が多かった。同様に、イリアンジャヤはパプアニューギニアと同族だ、という声もあったけれども、)いずれも、旧植民地の宗主国が勝手に引いた国境線が、今に紛争の根を残している。ただ、パプアニューギニアの人たちは、部族間抗争など騒ぎが多い割には、マクロには平和主義的な人が多かった気がするし、戦争なんてとんでもないという感覚の人が圧倒的な多数だったと自分は記憶している。
だから、「一定の経済水準に達した国では、戦争が起きなくなる」という言い方には語弊があるが、少なくとも、「お互いが同じ人間だ」という共通認識があれば、間違いなく、戦争は減る、と思う。

こうした、「お互いが同じ人間」という共通理解が「抑止力」になる、と強弁したいんだが、例外があるんだよなぁ。

ロシアは、プーチンさん個人が「ソ連」を引きずっているだけで、既に民主主義国家としての形態は整えていると思う。プーチンさんも、思考回路が古いだけで、能力は優秀だし「悪い」人じゃない、と思うんだが、ウクライナなんかには、あの人の思考回路は迷惑だろうなぁ。でも、ロシアはそんなに心配していない。「仮想敵」として扱うべき必然性はない、ような気がする。ウクライナも、長い目で考えて欲しい気がする。

サウジアラビアと、イランと、中国と、ロシア、アメリカの若者が、ともに日本のアニメの話題で盛り上がる。これは現実に可能だと思う。と書いたけれども、もし、ある国の若者が「アニメ」の話題で盛り上がり、海外の友人とネットを通じて知り合ったりして、それが結果的に「共産党による支配に悪影響を及ぼす」と国家が判断したならば、「アニメ」を禁止しかねない、そういう国が、確かにあるよなぁ、なんて思った。そうなってしまうと、「誰もが、お互いが同じ人間だという共通認識を持つことが、いずれ抑止力になる」なんていう議論は消し飛んでしまう。その国の場合、ある民族以外は「人間」だと認めていない節があるし、従って「お互いが同じ人間」という土俵に立つことすら難しい。
えぇっと、そんな国あるの?僕にはよくわかりませんが、たぶん、サウジアラビアは違うと思います。

そう考えてしまうと、二国間でしか問題を考えようとしないアメリカ、とか、21世紀に入ってすら、国境線を軍事行動で変えようとした(変えた?)ロシア、あるいは、共産党支配の某国とか、その三カ国を除外して、「将来の地球のあるべき姿」を論議する、なんてことに実効性があるの、なんてことになってしまう。
そう言われてしまうと・・・おっしゃる通りです。机上の空論です。僕も、そう言わざるを得ない。

僕は、もうすぐ60才。ジジイ直前。年寄りが「常識的」に考えようとしたら、こうなる。
だから、今30才台、40才台くらいの人たちが政治や経済で世界を動かす「主力」となるような、20年後くらいまで、年寄りによる行動は、「自制」出来ないものでしょうかね?トランプなんて、未だに下手するとKKKを支持するかもしれない。若い人たちの中にも、人種差別主義者はいるかも知れない。だけど、世代が下がれば、率は低下すると、信じたい。
アメリカの場合には、未だに小学校に上がった時点で人種によって「通うべき学校」を分けている地域があって、その辺から人種差別意識が「再生産」されたりするケースもあるらしい。人種の坩堝と言われるアメリカですらそうなんだから、楽観視なんかしていないけれども、問題を指摘する誰かがいたなら、誰かが問題意識を共有して、少しずつでも変わってくると、信じたい。

アメリカ、ロシア、そして某国の三ヶ国を除外したら、実効性がない、そうかも知れない。それでも、合意できる国から「その他大勢連合」で、「お互いを人として認める」ことを共通認識にし、「相互補完関係」こそ安全保障上の「抑止力」になると、信じた若者が集まって、世界が変わらないかなぁ、なんてことは思う。

日本の場合だけ、かもしれないけれども、かつて、国籍の異なる両親を持つ子供は「ハーフ」と言われた。半分だけ日本人。それを「ダブル」だと考えようということを誰かが言い出したのは、もう20年とか30年くらい前のことだったと思う。二つのアイデンティティを持てるから「ダブル」。そして今はその「ダブル」が日本人の数パーセント(以前、数字を見たんだけれども忘れた。1%なんてとっくに超えたと理解している)に達している。今後、世界でも「ダブル」とか「トリプル」なんて、どんどん増えるんだろうと思う。

今現在「国境線」で揉めている地域が、一体いくつあるのか。日本だって、北方領土、竹島、尖閣諸島など色々とあるけれども、もし、「お互いが人間」の世界になったなら、そうした場所は「お互いが奪い合う場所」ではなくて、「どちらにも帰属する場所」として、「ダブル」で、両方が交流できる場にならないものか、と思う。
スーダンと南スーダンの間にもあるみたい。カシミールあたりにもあったかも知れない。根強い「独立運動」がある場所も広義で含めるならば、ブーゲンビルや、イリアンジャヤも。「お互いが人間」なんて認識を持たない、「共産党員以外は人間じゃない」みたいな国もどこかにあったから、カシミールはとりあえず除外して、「お互い人間でしょ」と言い合える国民どうしの国の間ならば、「ダブル」となり得る地域、として考えられないかなぁ、なんて思う。

楽天的過ぎますかね?それに、何でもかんでも「若い人たちに期待」って、全部次の世代に押し付けている気もした。ただ、このジジイも、気力が残っている間は言葉を発し続けようと思う。(その気力が、時々根こそぎ萎えている感じがすることがあって・・・いつまで続けられるか、わからないけど。)足を引っ張らなきゃ、いいんですけどね。


このページをアップしようと思って、直前のページをみたら、気付いてしまった。”In God We Trust”が”In Got We Trust”になってる。あはは。これが私の英語力の限界です。最初に書いた時、目にして気づかないんだもの。ってか、指が勝手にGodをGotと書いた。意味なんかないです。誤植です。すみません。

ついでに言えば、今日本人の「ダブル」が何パーセントか、間違いなくこの数字は目にしたことがあるのに、今出てこない。ムーミン顔のあの政治家の名前も。情けね。老けた。あ、今出てきた。石×さんだ。やめよう。見苦しい。以上。

やっぱり、武器の移動は禁止しませんか?

時間差?
今日?昨日?一昨日?よくわからないけど(最近、時間の感覚がメチャクチャ狂ってる、)トランプ氏の(今日は、敬語で通す。いつまで続くかわからんけど)「自分の決断で、150人を殺す可能性がある。それは嫌だと思った。」と言う言葉を聞いて、時間差で、じんわりと嬉しくなった。良かった。普通の方で。大統領としてその決断ができる方ならば、その一点において、僕はトランプ氏を尊敬します。

日本の安倍なんかの場合、まったくそうした実感を持たずに、武器を扱おうとしている。あるいは自衛隊を捉えようとしている。自衛のためならば、人を殺すことが許されるのか。おそらく現場の緊張感などまったく理解できずに、信念を持たれている。自衛のためであっても、自分の命(肉体)/自国の国民を守るためであっても、誰かを殺したなら、普通の感覚があったなら、いくら法律が「正当防衛」とか「任務遂行」として認めてくれても、おそらくその個人は、まともな感覚があったなら、死ぬまで(肉体を抜けるまで)自分を責め続ける。今僕は、そうした「まともな感覚」を持たない人たちのことは議論していない。「まともな感覚」を持った方々は、まともなままで生涯を過ごされるべきだ。その一点で、このページを書いている。

お金は、あれば使っちゃう。使えば、楽しいことができる。時間はあれば、ついグータラと無為に過ごしたくなる。そして武器は?持っていれば、使いたくなる人たちがいる。名指しは避けるけれども、間違いなく、いる。

トランプ氏の「150人を殺すから、最終的な承認をしなかった」と言うあの発言は、そっくりそのまま、イランのハメネイ師や、ロウハニ大統領にもぶつけたい。「イラン」と言う国家のプライドを保つことが大切だ、と言うことは、十分に理解する。日本だって、似たようなことをやって来たんだから。「サムライ」なんか、ある意味では馬鹿そのもので・・・(個別の事例を記憶から引き出す手間が面倒なので、ここでサムライの話は止めますが)プライドを保つと言うことがどれほど大切か、イランの方々に言われるまでもない。ただ、「権力」を手にした方々が指示や命令を出せば、下っ端は平気で人殺しの現場に出て行く。それだけは、忘れて欲しくない。日本兵の遺骨をパプアニューギニアで掻き集めながら感じたこと、それだけは、今言葉にしなかったなら、彼らからシバかれそうな気がする。

「武器」を渡して、「勝手に使え」と言うやり方をすれば、その武器が一人歩きして、本当に、何の罪もない一般市民の命を奪い、あるいは、「大義」など無関係に、個人の欲望のままに、誰かの財産を奪い、性欲を満たし、その証拠を隠滅するために人を殺す、という事態を招く。最悪の現場において、「これがなければ、思いのままのことは、何もできない」あるいは、「あれがあったから、何も抵抗できず、防げなかった」という、決定的な役割を果たすのが「武器」だと、私は理解している。
ただ単に、「アメリカ」と言う(これも、歴史の行きがかり上、発端は「利権」がらみなんだろうけれども、)「憎むべき宿敵」に、敵対してくれる勢力だから、と言う理由だけで、武器を流し、資金を提供していたのならば、(細かいところは知らないし、まだ、読んでいないけれども、)150人どころか、殺傷だけで1000人を殺し、1万人の人生を狂わす「犯罪行為」に加担していることになる、と私は考える。イスラム教の教義を私は知らない。アッラー様が、人を殺すことを是とするかどうかも、知らない。知りたくない。そこから先は、ハメネイ氏やロウハニ大統領が考えるべきこと、だと思う。(私が、何を書いたって、無関係の通りすがりの人間の一言ですからね。適当に無視してください。)ってか、個人のWEBページ。

アメリカほど、わかりやすい国はないかもな、なんてことも、ふと思う。
自衛のために銃火器を自由に持てるようにしろ。なるほどねぇ。今度は、どこの高校とか大学で、何人が殺されるんだろうか。もう、僕自身(だけじゃなくて、子孫はいないから、子供の心配はまったくないけど)や、親戚が、アメリカに移住する、なんて話はないから、勝手に武器を野放しにしてろ、なんてことは思う。だいたい、あれば使いたくなるのが、人間だから。ボルトンさんとか、あと誰でしたっけ?面倒だから調べないけど、想像力の欠落。脳みそがない奴ほど、殺したがる。

トランプさんも、わかりやすい。ストレートでいい。どうか、その延長で、もし「核兵器」なんて使ったら、どんな結果になるか、ご自身にどんな責任が(歴史上、どれほど長い間語り継がれる責任者になるのか、)是非とも想像して欲しい。けれど、良かった。嬉しい。今回の発言で、もうイランでの核使用がないことの、確信は、ほぼ持てた気がする。(100%じゃないけど。)

想像力の欠落っていったら、安倍。だいたい、足元の日本人が・・・(中略)・・・そもそも、麻生を財務大臣にした時点で・・・(後略)
最近、サバ缶が値上がりしていて、嫌だなぁと思ったけど、イワシとかニシンの缶詰はなかなかいい。でしょ?麻生さん?

読み返しながら、つい追加した段落だから、流れが通るかわからないけれども、さらに馬鹿らしいと思うのは、どなたも「輪廻転生」なんてご存知ないでしょ?今はイラン人でも、前世ではアラブ人だったとか今は北京人だけど、前世では韓民族だったとか、そんな事例はゴロゴロ。よほど、前の母国に恨みがあったのか、今回はスーダン人に生まれたけれども、エチオピアに対して・・・みたいな、とりあえずは「輪廻転生」は、万人に共通の自然科学的原則として理解して欲しい、なんて思いつつ、「自然科学的」の場合には、根拠の立証が必要なのかなぁ。無理だ。やめる。

習近平さんからも、プーチンさんからも、あの「150人のイラン人が」の発言は、絶対に出てこない。習近平さんの場合には、香港、台湾、ウイグル、チベット、ご自身の一言で一体何人が虐殺されるか、なんてことは、まったく想像できないだろうなぁ。想像力がないんだろうなぁ。ってか、実際に殺される側の「一人」になったイメージで、その人を殺す命令を出している自分、ってなイメージを持てないんだろうなぁ。(これができなくて、政治家になったら、肉体抜けてからが大変だと思うけど。)プーチンさん。KGB出身でしたっけ。「人間的な感情は捨てろ」なんて言う教育を受けてこられたのかなぁ。犠牲者なのか、主体的にそう言う立場に立とうとしたのか。わからんけど。日本に手を出さないなら、どうでもいい。

あの時、何人殺された。いや、そんなことはない、殺されたのは何人だ。
そう言う議論が、絶対に出てくるんだから。そうして、その不毛な議論が、憎悪と、先入観と、排斥感情と、排除の制度と、そういった諸々の「口実」になってくる。それが、実際の「紛争」が終わってから、何十年と続く。だから、やめろ、と思う。そもそも、最初から「武器」は使わずに、徹底的な、お互いの主張だけをぶつける「議論」だけで結論を出したらいいんだ。それができない脳みその持ち主が権力中枢にいたりするから(誰とは言わない)すぐに、戦争になりかける。
武器を流通させてる国家が、宗教を看板に掲げているなら、心の中であざ笑う。武器を流通させている国家の通貨(紙幣やコイン)に、「神」の文字が刻まれているならば、虫唾が走る。”In Got We Trust”なんて、まさか武器の流通とそんな「言葉」を共存させている国なんて、ないよなぁ。他の国の通貨には縁がないので、どうでもいい。

トランプ氏の「150人のイラン兵を殺すから、やめた」の一言を、そのまま、ハメネイ師や、ロウハニ大統領、ネタニヤフ首相や、サウジアラビアの皇太子(あそこは、誰が実権を持ってるのか、いまひとつよくわからないし、読んでる暇がない)などに、ぶつけたい。

決して、トランプ大統領をヨイショする気はない。今夜限りです。トランプさんが大好きそうな、ワン・ナイト・ラバー、ってな感じですかね。(あたしにゃ、縁がないけど。)トランプちゃん、大好きよーって、今夜だけは言って、あ・げ・る

以上。(ゼイ、ゼイ)

土砂降り

今日の「いきいき百歳体操」の会場に向かう、ちょうどその頃、バケツを引っくり返したような、道路が、場所を選ばないと足首まで浸かりそうな川になっていた。帰る頃には、傘がいらなかったけど。

平成クラブ(老人会)会長さん、始まりのご挨拶、「こんな天気の中でもお集まりいただいて」とかおっしゃっていた。

いつもだったら、「日頃の皆さんのお心がけで」なんておっしゃってるのに。

こういう天気の時には、このフレーズ、使っちゃいけないんだぁ。勉強になるなぁ。

きっかけとか口実とか

トランプ大統領、ドローンを落とされてよく抑制できたなぁ。
(なぜか、大統領と、職名をつけている。)

高校時代の友人が言ってた。昔、親に天体望遠鏡を買ってもらって、最初にやったことは天体望遠鏡を空に向けるのではなくて、地上すれすれに向けて、よその家の開いている窓を覗き込むことだった。へぇ、こんなに大きくクリアに見えるんだ、と感激した後で、もしかしたら自分は、とても良くないことをしてるんじゃないかと・・・
普通の人がどうするかは知りませんが。うちのあたりだと、昔は近所に民家はなかったから。駅から徒歩10分の我が家から、駅のホームの灯りが見えた。だから、やりたくてもできなかった。従って、この話題は私じゃなくて、本当に友人です。

確かに、高層マンションの窓際からだったら、相当に色々と見えそうだけれども、だいたい漫画とかドラマじゃないんだから、そうそう都合よく、女性が着替えているシーンだとか、殺人現場のその瞬間なんか目撃できるはずがない。宝くじの一等が当たる確率と比べてどうか、なんて、計算する気にもならないけど。

で、「別に、減るもんじゃなし、いいじゃないか」なんて考えますかね?普通。女性でなくたって、覗かれていることがわかったら、抗議するとか文句を言うとか、これが高層マンションじゃなくて、普通の2階建ての家の窓なんかだったら、水をかけられるとか、怒鳴られるとか、何かあるだろうな。

「イランの領空内ではなく、国際空域だった」って、そう言う問題じゃないような気もする。一触即発の準戦争状態なのかも知れないが。Google Earthならよくて、軍事偵察衛星は許せない?その辺の境界も、よくわからんが(わからんことだらけ。)

裏取引でもいいから、何らかの口実を見つけて、イランの経済封鎖を解除できないもんだろうか。例えばイランが、シリア政府のバックアップをやめるとか、オマーンとかイエメンなどの武装組織へのバックアップをやめるとか、アメリカやサウジアラビアが納得できる何らかの「条件」をイランはまだ持っている気がする。アメリカによる核合意の一方的な離脱は、イランが核合意を順守してきたかどうかが問題なのではなく、アメリカやサウジアラビアなどが当事国となっている紛争地域での、イランの関与が眼に余るから、と言うのが本音ではないか、と言う気がする。だとしたら、「交渉」の材料はあるはずだとも思う。本音と口実が乖離しているのがトランプの特徴のような気もするし。

こんな文章があった。

https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2019/06/uae-2.php

「サウジアラビアやUAEやエジプトは、民主主義という価値観を持っていない。スーダンの今後に求めているものは、アメリカが求めるそれとは懸け離れている」と、ジョニー・カーソン元米国務次官補は言う。

テロ組織がイランを逆恨みしないか?わからん。中東の方々の普通の価値観が、私にはおそらく理解できないから、これ以上は、私のごとき素人が考えても無駄だと思う。
ただ、イラン国内では、国民による意見として、海外の紛争に介入するよりも、国内経済の立て直しにもっと力を入れて欲しいと言う声があるみたいだし、うまい具合に、トランプに提供する「材料」はあるような気がする。

10年後、20年後に向けての「潮流」は間違いなく来ている。「アラブの春」は再来するかも知れない。だからこそ、トランプが民主主義的に大統領に選ばれた、ってのは、世界にとって「反面教師」なのか「悪夢」なのか、よくわからないが・・・最近「未知数」ってな気もしてきた。何が起きるか、見てみよう。

最大の問題は、トランプの顔を立てることか。トランプがアメリカ国民に向けて、「どうだ、我々はイランに勝ったぞ、でも、我々は寛大だから、経済封鎖を解除してやる」なんて公言する「口実」を何か見つけられるかどうか。
岸田さんだったら、その辺で探りを入れて、トランプ大統領とか、ポンペオ国務長官だとか、(ボルトンはもう降りたんでしたっけか?北朝鮮に何か言われたみたいだが、)ロウハニ大統領とか、その辺の条件を裏で擦り合わせて、何か出せたのかなぁ。
問題はポンペオ?戦争することしか考えてない?一応、トップはトランプだろうと思うんだが。

おっと、こんな時間か。以上取り急ぎ。
(って、メールじゃないんだから。)

経済封鎖解除

トランプ以前の世界は、良かれ悪しかれアメリカ中心に動いていた気がする。
だからこそ、トランプが大統領になってから、全てが崩れて悪影響が出ている。

ということは、今こそ世界からアメリカの影響を排除すべきなのではないかと思う。
少なくとも、トランプには世界の国々に対する敬意などカケラもないいし、配慮する気もない。だったら、世界もアメリカを「その他大勢」と同格に扱うべきなのだと自分は考える。好機じゃないのか。

「一方的な離脱」「一方的な破棄」が積み重なった。
どうあるべきか、なんていう議論は一切ない。だったら、一方的に離脱した相手は無視して、残りの国で世界としてどうあるべきか、という合意形成を重ねていくべきだ。
国連の「安全保障理事会」の常任理事国。常任理事国がいるから、「それ以外」の国は軽んじられる。ただ、常任理事国っていっても、「安全保障」に関するものだけ、じゃないんだろうか。

世界には、解決しなければならない問題が山積している。例えば、環境問題。ここでも、アメリカは国際的な合意からの一方的な離脱、だろうか。環境問題を解決するには、技術的な課題も多い。アメリカ以外の国で、合意に留まった国の中で、情報共有、技術開発、技術の相互供与を進めたらいいんじゃないだろうか。

イランとの合意の一方的な破棄では、イランの経済封鎖が始まった。イランと取引をする国には、アメリカが経済制裁を科すと。どの国も、それで従わざるを得なかったんだろうか。改めて今思う。イランに対する経済制裁は正当だったのか?正当でなかったのなら、これも本来あるべき姿に戻すべきじゃないかと思う。アメリカが「経済制裁」を科す、と?貿易を停止するならば、ご自由にどうぞと、もし、日本、欧州、中国、ロシアなどが足並みを揃えて、アメリカとの「貿易停止」を掲げて、やるならやれと、主張したなら、果たしてどうなっていただろうか。

トランプは、今後も「世界との協調」には背を向け続けるだろうと思う。だったら、ご自由にどうぞと、アメリカ以外で協調したらいい。G20でも「合意」形成にアメリカだけが反対する場面が出てくるんだろう。
だったら、「アメリカを除くG19は、以下の点に合意した」という共同声明の発表だって、いいんじゃなかろうか。いや、安倍総理が、絶対にアメリカ側に回るだろうな。だったら、「アメリカと日本を除くG18は、以下の点に合意」だっていいいと思う。(議長国?無視したらいいんじゃないか?)

トランプが政権に就いて早々に始まったイランへの経済封鎖。何らかの根拠があったのか、今こそ改めて議論すべきじゃないかと思う。せっかく、ペルシャ湾での騒ぎが起きて、改めて議論するきっかけにはなっている気がする。筋が通らない「主張」は排除すべきだ。

こうあるべき、という将来の地球の姿へのビジョンがなければ、これだけ世界中で「情報発信能力」が高まっている時代に、どの国の指導者も尊敬は得られない。「筋が通らない」おかしな主張に、力関係で屈して、例えば、正当な根拠が見当たらないのにイランへの経済封鎖に協力する、こうした理不尽がまかり通り続けたなら、それこそ、第二のイスラム国のような「力を振りかざして、相手を恐怖で支配しようとする」そんな勢力を、どの国も非難できなくなる、そんな気がする。(トランプは、イスラム国を真似たのか?)

環境問題、自由貿易協定、核のない世界、所得格差の拡大、世界が連携すべき課題は多い。どの課題も、各国が協調しなければ実現できない。米中の貿易戦争など、原因があるのは二国間の問題ではなく、産業革命以来の構造的な問題が根底にあって、貿易不均衡の問題は簡単には解決しない。トランプにはそれが理解できない。だとしたら、国際的な合意形成の枠組みからアメリカを外しても、無論それが最善ではないのは明らかだが、ベターな選択肢として考えるべきなんじゃないかと思う。

今、その作業に着手しなければ、手遅れになる。インターネットで「世界」を隣に感じている若い世代に、大いに期待する。大きな枠組みの中で捉えて、世界を変えていって欲しい気がする。

その「練習問題」というか、「最初の課題」として、トランプの「一方的な離脱」によって出ている悪影響を、優先順位の高いもの(時間的な猶予の少ないもの)から順に解決すべきなんじゃないかと思う。

理不尽な苦痛、という意味では、イランの経済封鎖解除の優先順位は高いような気がする。

書き忘れていた。インターネット世代の悪い特徴もあった。「いい点」としては、視野が広い。世界を一つだと感じている点だろうか。「悪い点」としては、誰かが声高に主張した内容を、根拠を吟味せずに鵜呑みにしてしまう点、だろうか。アメリカが「イランは悪の枢軸だ」と繰り返し主張したものだから、根拠など一切確認せずにそれを鵜呑みにしているアメリカ人も多いだろうし、日本人も多いだろうし、世界にもそうした「根拠のないプロパガンダ」を鵜呑みにする人は多いと思う。

時々、ものすごい誤解に基づいて感情的になっているサイトを見かけたりするけれども、そうした「悪質な情報」をどうやって排除するか、というのも次の世代の人たちの課題なんだろうか。
そうした意味でも、トランプの主張をどう扱うかというのは、いい練習問題になるかもしれない。

別に、イランから1円ももらった訳じゃないが、(いや、何かくれるんなら、ありがたく頂戴するが・・・冗談ですけど、)理不尽だと思うから、イランへの経済制裁は解除を急ぐべきだと思う。

でもなぁ、地球環境問題。アメリカが参加しないと結局世界全体への効果は、結構低下する。それでも、中国や、東南アジアで環境問題が進展すれば、アメリカ抜きでも全体としては好ましい方向に向かう気がする。

核なき世界。アメリカのように、すでに核を持っている国が合意形成に反発する。確かに厄介な事態だけれども、まさしく「トランプをどうあしらうか」が、いい練習課題になるような気がする。

そういうG20になればいいのに、と思う。

バグバグ

武具 Bug 武具 Bug 三 武具 Bug 合わせて 武具 Bug 六 武具 Bug
早口言葉ですね。なんだか、朝から絶好調(!?逆だろ?)
(勝手に朝から、頭の中でループしてる。)
こういうエンドレスループは抜け出したいなぁ。

午前中、愛ちゃんじゃないんだ。子育て奮闘中か?
今更のように、スマイルサミットとか聞いて、あれ?いつの間にって、
相当前に番組が変わってるよね!?
つくづく、信じがたいくらいの時間スケールで、過去を引き摺る自分の性格、自分でも呆れる。時間のインデックスの崩壊。
若年性痴呆症の初期症状か?昔っからだよね?生まれた時から痴呆症?

穴田川、足し肉、レタ者?(何、この歌?割烹料理店のCM?)
こういう聞こえ方をしちゃうところが、絶好調の証?

ただ今、初期化中(38%完了)
しばらくお待ちください。
38%完了のまま、平気で1時間とか経っちゃう。
どこぞのOS並みのハイスペック。

午前中いっぱい、ラジオを聞いて過ごすか?

鬼丸さんが登場する前には、歯車が噛み合ってくれることを期待しつつ。
いえ、決して鬼丸さんが嫌いな訳じゃないんですけどね。
面白すぎて仕事にならないから。

係長

細かい文章校正作業、疲れる。ってか、疲れた。
なんて言ってらんない。日付が変わる前に、とにかく仕上げないと・・・。修羅場だ。

でも、気分転換です。

昔、サラリーマンになりたての頃、誰だか先輩社員に聞いた話。
いい係長、ってのは、自分の係のことだけではなくて、周囲の係との連携も取って、無論自分の係の立場も主張しながら、全体のバランスが取れるように打ち合わせの結論を出していく、ものらしい。そして、いい会社だと、そういう人が課長とかに出世する。
課長になったら、今度は自分の課のことだけではなくて、(中略)

いい社長さんってのは、自分の会社のこともしっかり考えながら、地域社会とか、社会全体のことも考えられる人、ってことになるんだろうし。

イスラエル、ゴラン高原の入植地「トランプ高原」と命名
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO46178590X10C19A6EAF000/

ネタニヤフ首相、パラスチナ人のこともきちんと配慮出来るなら、国際社会からも「優れた国家指導者」認定されるんだろうけれども、ただなぁ、世界を見渡しても、そんなに出来た人、どれだけいるんだろうか。

逆もあったな。悪い係長は、係のことを考えるどころか、自分のことしか考えないから、そういう係長の下で働く係員は、慢性的に上司の仕事の尻拭いをさせられる。
悪いCEOってのは、会社の金を仕事に見せかけて個人の口座に送金させ、ベルサイユ宮殿で結婚式を上げる。
救い難い大統領は、自作自演だけのために同盟国の商船を犠牲にする。(ちゃんと意味があって形容詞を使ってますからね。)

我慢できない人は、是非、Nack 5のゴゴモンズ、鬼丸師匠にネタを投稿して、鬱憤を晴らしてください。
鬼丸師匠のぶった切り方が半端ない。頭の中でぶった切ってから、頑張って耐えてお仕事頑張ってくださいね、なんて思わず応援したくなるような投稿が・・・

ちょっと待った。今日は、ラジオを切った方が、仕事になるんじゃね?(気づくの遅いよ。)
そんな訳で、鬼丸師匠、さようならぁ〜〜
(^^)/~~~

今年は、梅の採果タイミングを誤った。

ページのトップに、あまり「変なこと」を書きたくないので、タイトルだけこれにしてみました。
意味は?書いた通り。一週間遅れただけで、「完熟」から「腐敗」に進んだのが多すぎて・・・
orz

本文は、以上

「宗教国家」ってなんなんだろうと思うんだが、アッラー様にせよ、エホバ様にせよ、そもそも「憎悪」なんて一切容認されていないと、自分は理解している。(あの方々は、いわゆる「創造主」ではないから、多少は気楽に書いている。上には上。この「階層構造」は、一般の方の想像を絶するくらい細かく厳しいと、私は理解している。)それはさておき。サウジアラビアにしても、イスラエルにしても、イランにしても、本当にあの辺の国家は「宗教」国家なのか?嘘でしょ?

「憎悪」の意識なんて、感じない人は何も感じないんだろうけれども、向けられただけで凍り付く程に痛い。「侮蔑」もそうだし、「嫉妬」もそうだし、そんなもん向けられていたら、そばに居たくないし、職場なんかで毎日顔を合わせる人の中に、そういう人がいたら、最悪としか言いようがない。そういう感覚は、お持ちの方も少なくないんじゃなかろうか。憎悪には至らないまでも、嫉妬というか、職場なんかでその類の感情を向けられたら、とてもじゃないけれども、僕はそこには居られない。こんな鈍感な私ですら、そんな感じ。防御だけで済めばいいけど、万一僕が排斥感情を持ってしまったら、なんてこともあるから。そういうのはやめて欲しい、の一言なんだが、結局会社とか辞めるのが、一番無難な選択ですね。

「上」に戻って意識体の世界に合流しようとしたなら、上の方々は何も隠しようもない意識だけでやり取りされているから、この地上からそんな意識を持ったまま上に戻ったなら、誰一人として近づけないと思う。

イエス様もそうだけれども、あのクラスの上の方々は、下の方の意識体の世界には降りては来られない。あの方々が我々レベルの意識体の世界に降りてこられたなら、単純に「物理的な」仕掛けで、僕らのエネルギー体は丸ごと吸収されてしまい、人格そのものが消えてしまう。周波数とエネルギーレベルが異なる波動の吸収現象、って、ご存知ない方も多いかも知れない。物理的には実験できるはずだと思うが、僕はそう理解している。だから、結果として、イエス様だとか、アッラー様だとか、あのクラスの方々が、「憎悪」とか「嫉妬」とか、そういう意識を持つな、と、どれほど厳しく「宗教指導」されたのか(面倒なので、調べていないけれども、)あのクラスの方々にとっては、もっと「大きな話」が大切なのに違いないが、我々レベルだと、創造主の実在を信じる、信じない以前に、そうしたマイナスの感情の方が余程切実な問題だという気がする。
だいたい、大半の方々は、それでいわゆる「地獄」に長逗留しているんだから。せめて、肉体を持っている間に、「憎悪」の意識を向けられたら、とても「痛い」し、だから、「自分は誰も憎悪しないようにしよう」とか、理解できればいいのに、とは思う。あまり、そういう類の人たちに関わりたくないから、他人を憎悪したり侮蔑したりしたいのなら、どうぞ、ご勝手にとしか言いようがないけれども、そういう実情はあると思います。

で、思うに、大統領を非難した記者が、麻薬所持か何かの疑いをかけられて逮捕された国があったな。どこでしたっけ?ちょっとでも政府の悪口を言うと、すぐに当局に拘束される国。それこそ、何万人という「政治犯」を量産している国も、近くにあったような気がする。イスラエルは、イランを「憎悪」してるでしょ?そういえば、王室のことを何か書いた記者が、トルコあたりの大使館で生きたままミンチにされた、そんな国もあったみたいだし。そういう「憎悪」が、上では一切受け入れられないということを、ちゃんと「宗教」なんてのが教えているんだろうか、と思うに、なんとか教を国家の看板に掲げているところが、そんな感じの国ばっかりだから、とても疑問だ。特に西アジアか。

「憎悪」の感情があるならば、(上からは排斥されるにしても、)まだ私個人は、感覚的に理解できる部分はある。(僕も、相当に汚れていますからね。)ところが、おそらく、イスラエルにいい顔をしたくて、是が非でも戦争を始めてイランを「滅ぼしたい」人がいる。最悪だと思うのは、そこにイランに対する直接の「憎悪」の感情がないということだろうか。単に単細胞なだけ。人を殺す、核を使う、戦争を起こす、ということが、どんな意味を持っているのか、全く理解する能力がない。それなのに大統領になっている。「最悪」という言葉を突き抜けている気がした。本人がどうこういうよりも、完全にサタンのロボットでしょう?僕にはそうとしか感じられない。しかも、その国の共和党員とかってのは、そういう、戦争を起こしたがる政治家ほど、支持しようとする。軍需産業にどっぷりなのか。終わってる気がする。

「目覚めよ」とか言いたい気もしたが、そういえば、そういうタイトルの雑誌をバラまいている「なんとかの証人」とかいうキリスト教系の団体もあったなぁ。その方々が本当に目覚めているのか、疑問だ。目覚めているっていうのならば、質問。イスラムと共存するつもりはありますか?同じルーツの「教え」だという事実を、認めるつもりはありますか?きっと、両方とも答えはNOだ。これ以上は、突っ込みたくない。ここにあるのは、「憎悪」というよりも「固陋」とか「蛮勇」の方が近いのかなぁ。(日本語の、語彙力のなさを痛感。)

価値観の異なる人間が、居て当然。そういう人間と接点を持つためにこそ、この物質世界が創造された。肉体を抜けたら、イエス様だのアッラー様だのに触れるなんて絶対に無理。近づいただけで吸収されてしまう。あらゆる「意識レベル」の人間が知り合って、握手とかって相手の手を握ることすら出来るのが、この世界。
自分より上だと感じた相手がいたのなら、真似したらいい。自分より下だと感じた相手がいたのなら、理解に努めたらいい。(相手より上、ということは、少なくともそれだけ肉体を持った回数も多くて、下に落ちている時間が短かったんだろうから、)下の相手は、一度は自分も経験して歩んだ道を、今回課題にして歩んでいる、というだけなんじゃなかろうか。おそらく、下の相手ほど、理解しようとしたなら、できるはず、なのに。
話が逸れまくってる。あの大統領のメンタリティ。
「憎悪」がある訳でもなく、とにかく「力任せに、一切持論を修正せずに押し通す」だけの判断で、戦争を始めたがってる。あんな感じの意識の人が、大統領になれるんだ、というのが、新鮮な驚き。国民の過半数が、あの人をいいと思った?のかなぁ。「憎悪」の方が、まだよかった。

日本だって色々あっても、国家の関与がほとんどないのは、救いか。

タイムセール

今日もほとんど仕事にならなかった。情けない。
何を考えてたかって? ヒ・ミ・ツ!
(何書いてんだか・・・って、女のことしか考えてねぇ、って、とっくにバレバレなのに。)

タイムセールで、120円の野沢菜漬けを半額で売ってた。ラッキー・・・って・・・。
どうだ、麻生め、こんな喜びはあんたにゃ理解できまい。

ここ数ヶ月、立て続けに「要件定義仕様書」を4通書き上げた。一つもゴーサインが出てない。都合、A4用紙で140ページくらい書いて、ほとんど「実装設計仕様書」に格上げ出来るくらいに細かく書き込んだのに。
いずれも、もう、商談がまとまる直前みたいだったところが、今のお客様、製造業ばっかりなもんで、米中の貿易戦争に、今度のペルシャ湾騒ぎで、一気に話に急ブレーキがかかっているらしい。
忘れてました。そうでした。私もトランプの直接の被害者。私の「動機」は十分。

ですけどね、超低空飛行は慣れたもんで、まだ若干は耐えられる。
そう思っていたら、感触としては前向きなところが多いので、「実装設計」についての請求を出してもいいよ、と営業窓口の方におっしゃっていただいて、なんとか凌げそうだ。深謝。

一昨年だったかなぁ、同じように「要件定義」どころか、プロトタイプまで2件書き上げて、要件定義を含めると都合5件、8ヶ月以上かけてプロトタイプも含めた都合5本のソフトの「仕様」をまとめたのに、一件も商談が前に進まない、ということがあった。あれは誤算だった。ただ、どこぞの業界と違って、人に仕事をさせておいて平気で「タダにしろ」とか言い出す人はいない(まだ出くわしていないだけ?)し、成約前に完成度の高いプロトタイプ、もしくは、ほぼ実物をイメージできる要件定義仕様書を提示するのは、僕自身のポリシーだし、あの時はとにかく耐えた。(耐えてばっかし。)とにかく、去年に比べたら、相当に好転している感じはあったのに、あのペルシャ湾騒ぎはなんだよ。

今、おつきあい頂いている営業さん、これまで書いたソフトは全部お金にして下さった。こういう感じになってくると、絶対に期待には応えたいという感じになってくる。信頼関係は大事ですね。うまいことバランスを取って、いずれ医療系に戻りたい「つもり」だけはあるんだが。

それだけじゃなくてね、もう、本当に、青二才の頃から憧れてたのは、ヒヨコのエプロンをかけて、竹ボウキで道を掃きながら「浪人さん、頑張ってくださいね」みたいに、キラキラした目で応援してくれる管理人さんタイプ・・・(こういう書き方して、通じる相手が何人いるか自信がなくなったので、やめる)の人に、まっすぐ視線を向けられたら、それだけでもう、エンジン全開で、1日で5千行くらいはプログラム書けるぞ、なんて思っているんだが・・・(大言壮語はやめましょうね。でも、エンジン全開が、半分くらいになってない?歳食ったね・・・)

なんてことを、ヤオコーのタイムセールで半額になった(売れ残るのって、揚げ物系が多いんだよなぁ)のを冷凍してある、停電さえしなけりゃ1週間くらいは籠城できそうな冷凍庫の中身を思い出し、今から何か食って寝ると、また絶対太るよなぁ、なんて思いつつ・・・大した仕事も出来てないのに、ひたすら事務所にだけは居た今日1日を虚しく振り返っている私でした。(って、今日は土曜日か・・・全然、関係ないけど。)
いや、半額商品の買いあさりだって、とても意味があるお仕事だとは思うけれど。(なんだか、「チビのミー」は女性の憧れらしいんだが・・・男目線だと、全然可愛くはない。ツンしかなかったら、終わってる。)

明日、小川町は午前中は雨が上がっているみたい。梅の実の取り残し(今年は、1週間タイミングを見誤った)を片付けて、(木登りなら、絶対に自信があるけど、脚立はちょっと、怖いなぁ・・・)それとあと、原稿の赤入れと、教材用のプロトタイプの書き上げを、片付けます。(自分への宣言)
と、明日に先送りして、今日は上がることにしました。
(全然仕事になってねぇのに、言い訳だけは口をついてポンポンと出てくる。)

ダメですってば。「やります」って、一度でも言葉にしたことは、キッチリと結果を出さないと。結果を出してナンボ。システム屋としての生存価値を賭けて(大げだだなぁ・・・)絶対に結果は出す。
わかってます。ちゃんと納期には間に合わせて、やります。

相互信義の原則

なんか、こんな感じの表現だったような気がする。
契約書を締結する際に、あれこれ書いた最後の方に、「この契約書に書かれていない問題が起きた場合には、双方信義の原則に基づき解決するものとする。」だとか(細かい言い回しを忘れたなぁ)、「紛争の際には東京地方裁判所を第一審とする」だとか、普通に書かれている。
うちの場合、だいたい、先方が提示した契約書にそのままサインするケースがほとんどだけれども。

もう、何度となくメンタル的に潰れて、仕事の上でも結構ご迷惑をおかけしたG社のHさん。医療関係の仕事をご一緒にさせていただいていた。
最初、「基本契約を締結しますか?」と言ったら、「別にいいよ。信頼関係がなくなったら終わりだし、信頼関係があれば、一緒にやっていけるでしょ?」みたいな感じで、さらっと受け流してくれて、結局契約書なんかなしで、ずっと一緒に仕事させていただいていた。
こういう考え方があるんだよな、と思う。実際そちらの方が大事じゃないか、なんてことは思う。

日本の外務省は「全方位外交」の舵取りをうまく頑張ってると思う。「敵」なんて要らない。全ての国と「相互信義」の関係が成り立つならば、平和条約だって要らない、と思う。互恵的な結論に導こうとする努力がある限り、戦争などという選択肢は俎上に上らない。

平和条約を締結したって、どこかの大統領みたいに直前に「一方的に破棄」されて、「宣戦布告」されたりなんかしたら、平和条約なんて屁の突っ張りにもならない。(若い方へ:慣用句です。念のため。)
安全保障体制を謳いながら、平気で同盟国の商船を危険に晒して、それを経済封鎖の口実に使おうとする。これほど「同盟国」となるのに危険な国が他にあるだろうか、とすら思う。核の傘が必要だとか、「強固な同盟関係」だとか、相手を見て物を言え、と思う。トランプが「一方的に破棄」した国際的な約束事が、一体いくつあるか、数える気にもならないけれども、アメリカにとっての日本なんて、この程度の存在だという事実がアリアリと見えているような気がする。トランプだからそれが表に出ただけであって、あの国の姿勢は昔から変わらない。

日本は、イランとも、ロシアとも、中国とも、サウジアラビアとも、イスラエルとも、パレスチナとも、どことも同じように「信義」を重んじて付き合うべきで、確かに「武士道」なんて通じない相手もいるだろうけれども、基本的には何かあるまでは、義を貫く国であって欲しい。
確かに、日本に対する敵意しか向けてこない国が、間近に二つもあるけどなぁ・・・
義を貫くのは「何かあるまでは」ということであって、何かがあったなら、その距離感はきちんと見直す必要があると思う。なんてことを安倍総理とか自民党に言っても無駄なんだろうなぁ。
信頼関係を重んじる国、紛争解決の手段としての戦争を放棄する国が多数を占めてくれば、いつか自衛隊だって要らなくなる。いいキッカケだと思うんだがなぁ。


今日は、仕事になってない。全然。全く。小林克也さんの声だけが虚しく流れている。
意識が切り替わらない。活字を目で追っても、意味が頭に入ってこない。コレだよ。かなわん。

どうでもいいけど、菅田将暉さんて、多才なんだなぁ。歌詞は米津玄師さんか?まちがいさがし。
あの歌詞、突き刺さる。
真っ直ぐに向けられた視線っていうのは、両極端に凶器かも知れない。良かれ悪しかれ、どちらの場合にも、こちらを壊しにかかって来る気がする。レモンの方は、多少は響いたにしても、年の功で鈍感に受け流したんだが。

今更ながら、自分がいかに「壊れ物」か思い知ったような気がする。
ちょっとしたことで、すぐにこれだもの。5時を回ってしまった。今日はもう、仕事するのは諦めた。

マッチポンプ

https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2019-06-13/PT1VF96JIJUP01
タンカー攻撃、イランに責任と米断定-ポンペオ国務長官が発表

案の定、アメリカから「犯行声明」が出た。これを発表するために、誰かに攻撃させたんだろうと思う。
アメリカの軍需産業がらみか、と思っていたけれども、こんなにも幼稚でわかりやすい仕掛けを考えて、しかも実行するなんて、トランプしかいないだろうなぁ。発案者はトランプか。

国際関係というものを全く理解していない。なぜこれが、「アメリカによる犯行声明だ」と断定できるか、間違いなく、トランプには理解できない。理解できないから、こういうマッチポンプを仕掛けるんだろうと思う。

イランにとっての、最大の誤算は「アメリカ大使館襲撃事件」がこんなにも長く尾をひくとは思っていなかったこと、だろうか。また、実際にロシアにそそのかされて、シリアとか結構あちこちにチョッカイを出したりしていたから、仕方ないのかもしれないけれども。

たぶん、安倍総理も「アメリカの陰謀」なのは、理解してるだろうとは思うんだが。


安倍総理の名誉のために、一つだけ補足をしたいと思った。

「歴代総理中第1位」のページ(http://www.signalysis.co.jp/blogs/tech/2019/06/10/190610/)

在任期間が長ければ、累積値が大きくなるのは当然。本当に総理としての資質を責めるならば、全てを「率」で比較する必要があるだろうと思った。GDP下落率などは擁護のやりようがないとして、自殺者数は自殺率、自己破産者数は自己破産率のような、「単位期間あたり」の数字にしなければ、このページもこのままでは「喧嘩の道具」には使えないと思った。(擁護してるのか、責める野党を応援してるのか、よくわからんが・・・)

何にしても、事実は事実。フェイクはフェイク。数字は数字。


なんだか、とてもよくわかった。世界にトランプは要らない。
はっきりと、言葉にしておく。
憎悪を伴わない、道義的に純粋な怒り、というのが可能かどうかしばしば自問自答することがあったけれど、本当にしばらくぶりに「怒り」を感じた気がする。排除すべきはトランプだと、明確に意識する。そして、日本は当事国だ。条件は十分。
(こういう、馬鹿げた言葉をWEBなんかに書き込むと、事が終わってから居たたまれなくなるから、書きたくないんだけれども、言葉にする以外に僕には方法がないから。)


トップページは更新しない。せっかく蓋が出来てるので、蓋の下に書く。
表には出さざるを得ないと思うけれど、できれば目立ちたくない。変な更新の仕方だなぁ。(僕だって、変な人に思われたくないもの。)

ひたすら考えた。結論として、どうやら、どなたかに読み切られていたかなぁ。
トランプを揶揄すれば、日本に手を出してくる。そして実際に手を出してきた。手を出されないなら出来なかったことが、お陰さまで出来るようになった。結果的に僕も、どなたかの掌の上で踊っていたかも知れない。(いや、お釈迦様はもう今、どうしようもない状況だから、お釈迦様じゃないけれども。)

僕も、今のままのシナリオの一部を読めた気がした。今現在のトランプにその気があるかないかは別にして、今は完全に下からの意識に支配されているから、時間の問題でイランに対して戦術核を使う気がした。開戦させてしまったら、おそらくそうなる。罪もない人が大勢殺される。
核だから良くないということも無論あるけれども、「経済制裁」だって、イランは制裁されるようなことは何もしていない。結果的に、経済が回らなくて、罪のない人が命を落とす状況は作られている。貧困を作るのは悪政だ。だが、その悪政が国内の悪政だけとは限らない、そんな時代になった。麻生なんかにも似たようなところがあるけれど、基本的にトランプは絶対に政治家になってはならない人物だった。

かつて、ルシフェル(サゥタン)に完全に意識を操られたボナーモという国王がいた。圧政を敷いた。城の秘密を守るために、築城の際に城の仕掛けを作った職人たちを全員殺して壁に塗り込んだ人物だった。この時、それを予知したラファエル様がトーマス・アルフォンヌ・デーモンとして肉体を持たれた。医者と神父をされていた。デーモン様は、というよりも、ラファエル様はルシフェルに意識を乗っ取られた国王を止めるために、城に忍び込んでその国王を殺した。その国王殺しの罪で、「人の形をした悪魔」として、デーモンの名前が残ることになった。ただ、実際にはそれは冤罪で、その時殺された国王の方がサタンの化身だった。デーモンを悪魔の代名詞とするのは、完全に誤り。
せっかく読み手がいるみたいなので、ラファエル様の名誉のために、余計な話を書いてみた。勝手にやってます。どこまで落ちようが、覚悟の上。落ちたいだけ落ちるのは、私の勝手。(たぶん、慣れてる。「子泣き爺」の戦い方だね。)
無論、僕みたいな下っ端のそのまた下っ端に、ラファエル様と同じことが出来るとは思えない。ただ、小渕が盗聴法を成立させた時は、最後まで意識を送り切った。もしあれが間違いだったならば、罪は最後まで受ける。覚悟はとっくにできてる。人として「誤り」だと僕自身が考え抜いた上で確信できて、かつ、僕自身や、あるいは、日本に対して敵意が向けられるなら、僕は何度でも同じことをやる。

ニュースも見ていた。サウジアラビアもか、と思った。シーア派だのスンニ派だので、同じイスラムを信じる者どうしが憎悪の意識を持ちあう。こんなことは、アッラー様は一切容認されていない。その点だけは、私ごときにもわかる。もし、今回の件にサウジアラビアが絡んでいるのならば、僕は意識を送る範囲をサウジアラビア王室にも広げる。無論、事実関係の見極めをつけるために、限界まで自分の意識を追い込もうとも思う。確信が持てないならば、何もしない。こういった類の「誤り」が許される立場じゃない。
「神が実在して、『悪』を止めようとするならば止めているはずだ。それが止められないならば、神など実在しない。」この認識は間違っていると、私は理解している。ただひたすら忍耐強く、「自分で気付く」ことを待たれている。唯一、モーゼ様だとか、イエス様だとか、ああした方々が肉体を持たれた時にのみ、神の名において奇跡を起こされて、神の実在を伝えようとされた。それが、ちょっと時間が経つともう、そんなもんいるか、となってしまう。神様が直接我々に干渉される時は、我々全員が「一旦初期化」される時だと思っていた方がいい。だから「自分で善悪を判断しろ」と、どれだけ多くの方々が伝えて来られたのか。
宗教を看板に掲げながら、神を、神の思いを送ったアッラー様、エホバ様(どちらも同じ方でしょ?)を、その思いを受け取ったムハンマド様を、そういった方々をないがしろにする国家が、多すぎる。ただ、今、師匠が肉体を持たれている日本に直接手を出したのでない限りは、僕には何も許されていないように自覚している。逆に言えば、一度でも手を出してくれたのならば、これほどやり易いことはない。

「能書きが多い」ってか?ゴチャゴチャと、何を書いているんだ、と?
だから、何度も書いてる。僕は「チンドン屋」です。ドンチャンドンチャンと、鳴り物入りで、どなたかの存在を世間に知らせたい。大人しくしていたら、チンドン屋じゃない。これだけ書いて、何を伝えたいか伝わらないなら、それは僕の実力不足もあるんだろうけれども、伝わらない原因が、相手に「どなたかを尊ぶ意識がないこと」だったとしたなら、そこから先は僕の責任じゃない。
ティッシュ配りの方のように、僕の仕事はティッシュを渡そうと必死で試み続けるだけ。受け取らない、すぐ捨てる、どうぞご自由に。でも、渡し続けるのが僕の役割。(「仕事」じゃないな。仕事になんか、全然なってねぇ。)

トランプ様。よくぞ日本に手を出してくれました。イランがやったと強弁する?どうぞご自由に。僕は別ルートで情報を仕入れているから。少なくとも僕は、あなたが主犯だと確信してます。一民間人が、個人の(会社の)ブログで何を吠えたって、世界中にそんなのは五万とあるだろうから、気にされることはありませんよね。どうぞ、イランのせいになさって下さい。
お膳立てして下さったのがどなたなのか、一旦は落ちて、そこからまた上に戻って、「答え合わせ」する楽しみの材料が、また一つ増えたかも知れない。

ステレオタイプ

トランプはイランに対して、何をしたいんだ?と思った。
黙っていようと思ったけれど、後悔するのが嫌だから、俺が何か書いたからって、だから何だとは思うけれども、吐き出しておく。
安っぽい性格ですね。スネてみたところで、お湯を注いで(お湯じゃなくて、氷を入れる奴じゃねぇか?)3分たつと復元してる。鍛えられましたからね。

アメリカがイランを徹底的に敵対視し始めたのは、テヘランのアメリカ大使館占拠事件が契機だろうか。伏線としては、第四次中東戦争に至るイスラエルとイランの対立、なんだろうか。一度はイスラエルと国交を結び、親欧米国家になりかけたところにイスラム革命が起きて、そのために、アメリカが介入し、その辺からシーア派イスラム指導者層とアメリカとの対立が今に至るようになった、という私の認識がもし間違っていたら、このページ、無視してください。それとも、トランプにとってはやはりイスラエル絡みだろうか。

ただ、その伏線はもっと昔、日章丸事件の頃に遡るんだろうか。どこの会社だか、昔何かで読んだ内容をほとんど忘れているけれども、ブリティッシュ・ペトロリアムだの、ロイヤル・ダッチ・シェルだのがペルシャ湾周辺の石油開発を行った。ところがその利益はほとんどがヨーロッパに吸い上げられた。その反動で、最終的には中東の油田の多くが「国有化」されて、現在の「アラブの金持ち」の原資になっている、と自分は理解している。日章丸事件の背景にも、この流れがあったと、自分は理解している。

こうした利害関係があるところに、冷戦の真っ只中で、ソビエト連邦の介入なんかがあって、複雑な中東の対立関係が醸成されたんじゃなかろうか、と、自分は理解している。
こう言っちゃなんだが、そもそも、イスラム国はアメリカのイラク戦争が種を蒔いていると思うし、タリバンなどはアフガニスタン介入のその後。ソビエトのアフガニスタン侵攻なんかは、朝鮮半島への南下政策や、プーチンによるクリミア半島への南下政策と同じように、ある種のあの国の「伝統」で、言ってみれば世界の混乱の大半は、米ソが種を蒔いているような気がする。

だいぶ時代が流れた。だから、欧米が中近東の油田の大半を支配していた頃の欧米への激しい憎悪は、今はもうだいぶ薄らいでいるんだろうと思う。それでも、無視できない歴史的事実だと思う。

僕は、スティーブン・スピルバーグ監督の作品は好きだ。でも、そのスピルバーグ作品のBack To The Futureの第1作。ドク(ブラウン博士)がデロリアンを改造する資金を借りた相手。ドクがお金を返済しなかったか何かで、貸主に襲われる。その襲撃する貸主は、中東系のアラビア人風のターバン(っていうのかな、呼び名がわからなくてすみません)を被っていた。当時、誰も「そういうものだ」と思っていた「アラブのテロリスト」を戯画化したもの、だと自分は感じた。「テロリスト」と言えば、枕詞に「アラブの」が付く。いや、最近北アイルランドもまた、賑やかになりつつあるのか、よく知らんが、どう考えたって、ひどい「ステレオタイプ」だと思う。

そうして、細かい歴史的な経緯なんて理解していない一般の大多数の人は、マスメディアが垂れ流すこうした「ステレオタイプ」を鵜呑みにして、アラブ人を見かければ「テロリスト」だと決めつける、そういう風潮が顕著だった。
9.11以後、(今はよくわからないけれども、)アメリカ国内ではイスラム教徒がこの「勝手な思い込みによる決めつけ」で、理不尽な迫害を受けたと、自分は理解している。

話の枕が長いけれども、トランプの「世界理解」は、まさしくその次元だ、ということを強調しておきたい。(たぶん、ここがこのページの主題。)トランプの頭の中では、イランは無条件に「悪いやつ」だった。だから、「悪いやつをやっつければ、自分の評価が高まり、大統領選再選の可能性が高まる」と、その程度のシナリオしかなかったのだろうと思う。
歴史を振り返ってみなさいな。欧米が、中東で何をやって来たか。

なんて言いつつ、「歴史?ふん、そんなもん、勉強して来なかった」ってのが、たぶん、トランプ。彼は、安倍総理との会談の中で、「日露戦争」を知らなかった事実がバレたらしい。そうでしょうね。一般的なアメリカ人が、そんなに日本史に詳しいとも思えない。クイズです。アメリカとも、ロシアとも、中国とも戦争をした国が、世界の中で一つだけあります。それはどこでしょうか。下手すると、日本人でもこれに答えられなかったりするかも知れない。いや、バカにしている訳じゃないけど、でも可能性が高そうなのが「ゆとり世代」で、(やっぱ、バカにしてるか)なんせ、20年前でも、二十歳前後の若い人たちに行った街頭インタビューでは、第二次世界大戦では、日本とアメリカとイギリスの連合軍が、ドイツ、フランス、イタリアと戦ったと答えた人が4割以上いた、と(数字は不正確ですが、確かこの前後)記憶しているが、歴史理解なんて、そんなもんだろうと思う。
ましてや、トランプの頭の中では、中東=アラブのテロリスト→イラン=悪いやつ、何ていう方程式が成立しているに違いない。下手すると、トランプには、アラブ人とペルシャ人の違いがわからないかも知れない。誰か、恐る恐る、聞いてみませんか?

おそらくだけれども、アフガン危機の時に、ソ連は、あわよくばアフガニスタンからさらに南下して、パキスタンを支配下に置いて、朝鮮半島でもない、クリミア半島でもない、「不凍港」を手にする戦略を立てていたんじゃないか、という気がする。イランに擦り寄ったのは、南下作戦を西側から妨害されないため。インドには介入される懸念はそれほどない。ただ、パキスタンまで南下する前に、アメリカが介入して阻止した。そこまではいいんだけれども、後が悪い。放置したから、無法地帯がひとつできた。きっかけを作って産み落としたのはソ連だけれども、それを育てたのはアメリカだと思う。タリバンの産みの親と育ての親。

僕がパプアニューギニアにいた頃に聞いた話。モツ語圏のオロ州だったと思う。シェブロン(アメリカの会社ですよね)による石油開発があった。目先の「お金」を地元に落とすものだから、誰もが先を競って権利を売りたがった挙句に、一度は村が潤ったのに、油田の規模が小さく、僕の同期の隊員がダルに入った頃には、残ったのは残骸と汚染と、昔と変わらない貧困だけだった、ということがある。伝聞である。細かいところは調べていないから、なんとも言えないけれども、シェブロンという固有名詞は、たぶん誰に聞いても確認できると思う。これがアメリカのやり方なんだ、と僕は理解している。

パプアニューギニアのケビエンの周辺だったか、マヌス島周辺だったかで聞いた話。中国人のバイヤーが、ある日突然現れた。(PNGナショナルがいう「中国人」は、マレー系の華僑だったりすることもあるので、なんとも言えない。)その中国人バイヤーは、「なまこ」を一匹1キナ(100円)で買い上げる、と、村人に触れを回した(1キナは覚えているけれども、一匹だか、1kgだか、その辺の記憶はかなりいい加減。)そうしたら、もう、こんな降って湧いた儲け話はない、超大金を手にする機会だもんだから、もうみんな競って海岸に出て、ナマコを探して、数日の間に、海岸からナマコが一匹もいなくなった。そのバイヤーは、二度と現れなかったらしいけれども、ナマコも一匹もいなくなった、らしい。(「小さいのは取るな、」なんていう「再生可能性」への配慮は、「中国人」には一切期待できないようで。)この「搾取」がトラウマを残したのか、「いい思い出」を残したのか、そこまではわからないけれども、聞かされた自分には、やはり「搾取」だと思った。自分よりも弱い相手には、畳みかかって、マウンティングしたがる。むしり取る。貪る。絶えず、自分より弱い相手を探して、金儲けしようとする。それが人間なのか。

多かれ少なかれ、過去100年、200年のトラウマを引きずっている国は多い。そうしたトラウマが、ステレオタイプとなって残ってしまう。Googleを中心とする世界規模の「検索エンジン」が登場して、もう10年以上経つんだろうか。だいぶ「ステレオタイプ」は緩和されてきたような気がする。「ゆとり」をバカにしたかも知れないけれども、いいんですよ。別に、太平洋戦争で日本人がアメリカ人と戦った、なんてことは、もう知らなくてもいい。知らなきゃならないことは、どちらも人間だ、って、それだけで十分じゃないか。そうは思う。

だけれども、トランプくらいのジジイになると、これまでずっと「アラブのテロリスト」という烙印を押した相手(彼の頭の中では、アラブ人もペルシャ人も同じ)が、普通の人たちだという理解に切り替わらない。それを喜んでいるのは、冷戦構造の中でずっと大儲けしてきた軍需産業でしょうね。春が再び訪れた、くらいの勢いなんだろうか。ドンパチ始まりそうな、こんな「絶好のチャンス」を逃してたまるか。極めて個人的な感想として、前回はトランプだったけれども、今回はそっち系の気がする。武器を流すパイプくらい、敵にだって持ってるんじゃなかろうか。だって、儲かるもの。アメリカ本国へのリスクは少ない。違うかなぁ。誰かをけしかけたでしょう!?
どうせ派手にやるなら、エア・フォース・ワンでも撃ち落としたらいいのに。あ、それをやっちゃうと、せっかくのキンタマ鶏(途中を省略しました。金の卵を産む鶏の略)の首を締めてしまうから、コールサインがエア・フォース・ツーの時に是非どうぞ。

こういう、ステレオタイプが支配する世の中って、嫌ですよねぇ。
どこかに、「日本人は、みな残忍だ」ってな教育をやってる国があるし。その国で土下座した誰かがいるみたいだけれども、「事実」を「事実」として検証の上で理解してからやって欲しい。
オードリー・ヘップバーンは、確かに綺麗だ。ローマの休日、みたいなデート、一生に一度でいいから、してみたかったな、なんて、もういいや。諦めた。で、そっちの話題じゃなくて、「ティファニーで朝食を」の方に、なんだか、訳のわからない日本人が登場する。「ユニオシ」でしたっけ。部屋の中に提灯をぶら下げてる奴、そんな日本人いねぇよ。(いや、中にはいるかも知れんが。)そもそも、「ユニオシ」なんて名前の日本人、いるか?あの名前、どこから来たんだろうか。もう、昔の映画だから、どうでもいいけど、「名画」にだって、そういうシーンがテンコ盛り。もう、やめませんかね?いや、人として、その人の個性として、その国の国民性を人として描くのなら、別に仕方ないと思う。だけど、ステレオタイプはいやだ。

このページの文章が、まとまってたかどうか、そんなことは知らん。
吐き出した。ゲロよりは、マシかってな程度だろうか。また書いちゃったよ。だけど、また黙ろう。
以上

仰視角15度

防衛省、実地調査せずグーグルアース使う 幹部が認める
https://www.asahi.com/articles/ASM6864RMM68UBUB004.html

このニュース、すごいな。

15度って、スキー場の「緩斜面」と「中斜面」の間くらい?
見上げるほどではないけれども、自転車で登ろうとすると結構キツイ角度?

ベタ踏み坂の江島大橋が勾配5%とか6%で、角度にすると3度とか4度
http://gazoo.com/my/sites/0000986428/horibonpapa/Lists/GazooAssetLibrary/E37782BF-B0EC-45BB-AF32-E42696950DE9.JPG?1391175300861
http://gazoo.com/my/sites/0000986428/horibonpapa/Lists/GazooAssetLibrary/E37782BF-B0EC-45BB-AF32-E42696950DE9.JPG?1391175300861

車を運転していたら、結構な傾きを感じる角度かも。3度とか4度で。(最大勾配じゃない?)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B1%9F%E5%B3%B6%E5%A4%A7%E6%A9%8B
https://tomari.org/main/java/koubai_keisan.html

遥か遠くにある山の仰角15度ってのは、アルプスの麓みたいな圧迫感があるんじゃなかろうか?
数字がおかしいって、気づかない?

1983年頃、(今は廃止された)国立療養所中野病院の放射線科の医局で、ポジトロンCTの画像解析の研究をやっていた。画像表示では「疑似カラー」を使っているから、「数字」と「色」の対応を組み替えると、見かけの色なんて幾らでも変えられる。
わかりやすい例で言えば、サーモグラフィ画像
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/0/0c/Infrared_dog.jpg
この例では、35℃を白、30℃をオレンジに設定しているから、色の白だとかオレンジだとかにはほとんど意味がなく、数字の方を気にしないといけない。

その頃、かなり若い精神神経科のお医者さんだったかなぁ、確か「この、赤い色の面積を求めると、フロンタール(前頭葉)の萎縮が・・・」みたいなことをおっしゃっていて、そこまでは、フンフンと聞いていたんだけれど、コンソールを操作して、擬似カラーの設定を操作しながら、結構「赤い色の面積」にこだわって画像を作られていた。結局、色とγ線カウントとの対応の異なる画像を比べながら、何か結論づけようとされていたのを隣で見ていて、余計なことを言いそうになるのをグッと堪えていたんだけれども(当時は、ウブでしたから、)あのまま学会発表のデータを作ってしまうと、とんでもない結論になりそうな気がして、気が気じゃなかった。(こういう時は、指摘してあげるのが親切だったのかなぁ。)
そもそも、炭素11の二酸化炭素を光合成でグルコースにする、っていう中野病院方式だと、「定量的議論」がかなり困難で、なんて感じの話に収束していたっけか?昔の話なんで、かなり忘れている。

その後、30年以上生きて来た結論としては、何か思っても横から口を出さずに、失敗するのを黙って見ているのが、一番無難。口を出す時は、迂回して、忠告を聞いてもらえそうな人間関係のルートを探してからでないと、こちらが痛い思いをする、ということ。それが面倒臭ければ、どんな結果になろうと、黙って見ているメンタルが必要、ってことだろうか。こういう場面で口を出して、僕自身が痛い思いをする、なんていう失敗を、延々と繰り返して来た。バカですねぇ。私。

「見た目」に騙される人は、結構多い気がする。本当は数字を気にしないといけないのに、特に擬似カラーなんか使った場合には「色設定のルール」がきちんとしていないと、例えば、「オレンジの面積が多い場合には、○×の病気を疑う」みたいな、結構ナンセンスな判断をしがちな気がする。
その後、画像がらみでお医者さんと仕事をすることはまずないし、見かけるのはモノクロが多いから、たぶん大丈夫なんだろうけれども。

とにかく、画像化とか、擬似カラーだとか、「わかりやすい表現法」はそれなりに騙されやすい、っていうか、人を騙す道具に使える、っていうか、医者も自衛官も含めて、技術系の要素の強い職種の人間は、本来は「数字そのもの」をきちんと扱えないと、いけないんじゃないか、っていう気がする。

この話は、前も書いたけれども、「人口30万人の地域で、15万人がレイプされた」みたいな数字が出てくると、逆に「嘘つけ」と指摘しやすくなる。けれども、気づかなければ、「日本軍はなんて破廉恥なんだ」みたいな議論がまかり通る。

仰視角が15度、ねぇ・・・

インピーダンス処理

なぜ逆走? 新交通システム事故 全国にリスク拡大も
https://news.yahoo.co.jp/pickup/6325417

心電計の場合、電極が外れると心電図信号がフラットになる。
電極が付いている状態で、心電図信号がフラットになる、ということは、心停止を意味する。
「心停止」と「電極外れ」とで、ことの重大さが異なるのは明らかだと思う。(説明は、要りませんよね?)

ただ、心電計の場合には、見分けがついている。電極が外れれば、インピーダンスは無限大になる。インピーダンスが一定の(どのくらいかなぁ、僕はハード屋じゃないんで、thresholdの設定はわからないけれど、その)値未満で、信号がフラットなら、「心停止」と判断を確定できる。インピーダンスを見たなら、電極外れ、もしくは断線はすぐにわかる。

言いたいことは一つ。センサにしてもアクチュエータにしても、信号伝達系のインピーダンスなり、ループバックの自己チェックなりが正常でない限り、システムを動かさないのが正解だと僕は思う。その、断線をチェックする機構を持っていないこと自体が、明白な設計ミスだと僕は思う。医療機器なら考えられない。

自動運転の電車がその程度の回路設計だったとしたなら、航空機も似たようなものじゃなかろうか。いつ落ちても不思議じゃない。航空機の場合、エンジン出力が停止しても(つまり、「制御系」が自動停止して、その結果エンジンが止まっても、)手動でパイロットの操縦で誘導できるならば、助かる確率はゼロではない。「ハドソン川の奇跡」がいい例だと思う。
大した「自動化技術」がないくせに、軍事需要が少なくなったからって、航空機に新製品を投入したがるどこかの会社。責任を全部トランプとか安倍に押し付けるのは、賢いかも。やめとこ。

パプアニューギニアにいた頃、アメリカ平和部隊のボランティアが使っているパソコンの具合が悪いから、見てくれ、なんていう話があって、移動するのに飛行機を使った。彼がいたのはLumiで、彼、確か数学教師だったかな。運賃、もしかしたら自腹だったかなぁ、だけど、一度遊びに行きたい場所だったから行った。あの時、航空運賃代、もらってたっけか?忘れた。どうでもいい。
ニューギニアでは、というよりも、セピックでは道路が通っていない場所があまりにも多くて、飛行機で点と点を結ぶような移動が多かった。小さい子供が、最初に生活の中で目にする乗り物は、まず、飛行機。次に自転車やバイク、その次に自動車。電車は見たこともないまま一生を過ごす人も、相当数いるだろうと思う。飛行機こそ日常の足。オーストラリアなんかも、似たような感じかな?30年経った今、どれだけ変わっているんだろうか。
ナショナルのパイロットが、遊んでくれた。「ちょっと見てな。」アイランダー型小型機の操縦席の窓を開けて、手を外に出したら、飛行機が旋回運動を始めた。いや、わかるけどね。サービス精神には感謝するけど、俺、一応は「客」だから。ってな感じ。のどかで、あの空気が良かった。たぶん、最低限のフラップの操作ができるなら、おそらく妙なコンピュータ制御よりも安全性が高い、そんな気がする。それは無論、電車でも、自動車でも同じだと思う。

センサ系とアクチュエータ系の、ループバック検査で、断線を検出できないほどの「自動化」は、少なくとも日本じゃ、認可すべきじゃない、と私は思う。

最近、どんなニュースを見ても、ついつい、ニューギニアとかオーストラリアを思い出してしまう。この歳でも仕事さえさせてもらえるなら、永住しちゃおうかなぁ。なんてね。どっちがいいか、って聞かれると、本気で迷う。どちらかといえば、ニューギニアの方が好き。
僕がニューギニアに移住する、って言ったなら、絶対に首を縦に振らないのが誰か、知ってるし。下心丸見えか。

PHP 7 + ZendFramework2.5

臨床工学技士国家試験の学習システムのサーバが、落ちたまま。もう2ヶ月経った。

原因は、どうやら、PHP5からPHP7への切り替えで、僕がサーバ会社からの「予告」メールを見落としていたのがいけないみたいだ。

Sessionが張れない。その原因は、Session Constructorが戻って来ない。その原因は、Session Storageを確保しに行ったまま、どこかで固まっている。そこから先、トレースに四苦八苦。
logを吐かせようとしても、logを吐かずに固まってる。

結局、Frameworkを更新して、プログラムを入れ直しする、しかなさそうだ。作業が遅れた。実際に、このシステム、無償で使う人がほとんどで、有償でお金を払って使う人がほとんどいないから、決済代行の手数料分、ほぼ赤字運営なので、いっそのこと「有償」サービスをやめてしまおうか、とも思っているが、それ以前に、今サーバそのものが停止状態だから、復旧させなきゃならない。

このシステム、1年前は、httpsの設定にレンタル会社側のミスもあって、SSL接続ができないままになっていた。その2年前は、突然データベースサーバのサービス提供会社が切り替わって、そこそこのプログラム修正を余儀なくされた。使い勝手が悪すぎるので、レンタルサーバを引っ越します。

その結果、このブログも、会社のページも、転居。ドメイン名も新たに取り直すかも知れない。この作業にどれほどの「優先順位」をつけられるか、今のところ別件が入って来ていないので(あるけれども、どちらかと言えばメンテナンスに近い仕事なので、つい優先順位を下げてしまっている)着手しているけれど、いつになるかわからない移転計画。

WordPressで動いているこのページ、コアはPHPのはずなのに、生きているっていうことは、学習システムが落ちた原因は、やっぱりFrameworkかなぁ。
こういう作業が、一番疲れますね。サーバを移転する前に、まずFrameworkの更新です。迷惑をかけている「有償」のお客様が一人しかいない、というのが、情けないところで・・・

そろそろ・・・

よく「気分屋」だとは言われた。ただ、自分でもどこに何のスイッチがあるのかわからない。
歳を取っても全然変われませんね。

あの元農水事務次官の事件のニュースの後、何だか、どこかスイッチが切れたような気がした。
私生活が盗聴だの盗撮だのでダダ漏れしていた、あれも結構キツかったけど、案外こっちの方が根深かったのか。一つ前に書いたあれ。この部分:『僕が高校の頃から、酒は飲むし、タバコは吸うし、ってな具合になって来た頃、親父は「よほどお前の首を絞めて殺そうかと思った」らしい。酒飲んで、タバコ吸ったくらいで、殺されてたまるか、と思った。』
殺されてたまるか、っていうよりも、結構、意地になってタバコも酒もやめなかったんだったりして。わからん。

PTSDとか何だとか、そういうのはどうでもいい。何があろうが、生きていかなきゃならないこと自体は変わらない。
ただ、なんとなく、完全に力が抜けた。
「頑張る」なんて言ったって、誰のために、とか、何のために、という部分のイメージが全く湧かない。
自分のために、それならば、もうそろそろいいかな、なんてことも思ってしまう。
いやいや、師匠ほどではないにしても、「そろそろ、上がろうかな」なんて本気で言葉にしたら、一気に老衰したりするかも知れないから、これは禁句。だから、これは冗談。

考えるとしたら「自分のために」なんだろうけれども、どうありたいか、その辺から相当にボケてしまった。イメージを再構築する?全くイメージできてない。
何か、書けるから書こうと思っていたけれども、そもそも、タバコを吸う人間なんて、汚いし、臭いし、近づきたくないだけらしいから、そんな人間の書く文章なんて、読んでも仕方ないでしょうに。なんていう気分は、相当に大きいかも。
結局、親父の一言に絡んでるだけなのかも知れないけれども、人格を全否定されたような気分が、どうにもならない。特に今はもう、都内を歩いていても、立ち止まれる場所がほとんどありませんからね。

師匠のお言葉の、コアの部分は既に一気に書いたし、もうこれ以上書くのは(内容の理解が間違ってるっていう)リスクばかりで、重複するだけ。もう「チンドン屋」の看板は下ろしてもいい頃かも知れない。ってか、今度こそ、看板を下ろします。もう無理だ。

最低限、生活のための仕事は続けられるように、ネジを巻き直すけれど、なんていうんだろうか「張り合い」みたいなものが、何となく、なくなった。結果がどうだったかの答え合せは、もし無事に上に戻れたなら、その時までとっておきます。
こういう終わり方になる、なんて、想像もしていなかったけれど。


改めて
本当に、何か疲れちゃった。
どれだけ言葉を、ってか、駄文を吐き出したんだろう。
最初の1989年の盗撮されていた頃に「広告用紙」の裏に書きなぐった奴、次が、Aling Kapの時の2000ページくらいで、つなぎのYahoo Blogとアメーバピグは10ページも書いてない。で、このURLの「裏」の消しちゃった「aling kap」は500ページは書いたか。師匠のお名前を表に出しちゃったので、バレた時点で消した。(変な話だ。お名前を表に出すのが目的だったのに。)もう僕の管理下にないけど、物理世界と精神世界のマッピングに関する持論は展開した。ネットだからどこかに残っていることを期待。もうあと、何百年か手付かずだったら、次に自分で引き継ぐ。そのつもりもあって、書いた。そして、打ち止め。

もう、こうした話題を書くのは終わり。もう、十分だよね。もう、いいよね、って、誰に話しかけているんだか。 –> (ま、自分か。)

この後は、俺みたいな病的な人間じゃなくて、健康健全な方々に任せればいいだけさ。

二国間

仕事頭になってない。電車の中では、ニュースサイト三昧だった。

池袋駅のゴミ箱が使えなくなってた。G20対策らしいが・・・テロ対策?
誰が、何のために、テロを働くのか?
G20はそんなに誰かから恨まれてるのか?

数日前にラジオで、元事務次官が子供を殺したニュースにコメントして、鬼丸師匠が「身につまされる」みたいなことを言ってた。
その話を聞いて、思わず思い出してしまった。僕が高校の頃から、酒は飲むし、タバコは吸うし、ってな具合になって来た頃、親父は「よほどお前の首を絞めて殺そうかと思った」らしい。酒飲んで、タバコ吸ったくらいで、殺されてたまるか、と思った。
どうもあの頃から、「帰りたい場所」ってのがない。
どう記憶を掘り起こしても、母に甘えた記憶がない。小学生の頃から、僕が親父に説教される時に母は必ず父に便乗した。そういう場面でお袋の顔を見ると、頭の中にムソルグスキーの「禿山の一夜」の旋律が流れた。でなければ、ハチャトゥリアンの「剣の舞」。僕の母のテーマミュージック。
確かに、攻撃的な性格だけれども、モノに当たったことはあっても、人に当たったことはない。誰かに噛み付くにしたって、無差別に噛み付いている訳じゃない。殺されなければならないほどの性格か?俺は?

社会人になってからも、何かあっても一服して気分を取り直して、「しゃあねぇ、頑張るか」って感じで、タバコは手放さなかったけれども、ビバリーヒルズ州でタバコ販売を禁止?ニュースを読んでて何だか、笑ってしまった。
何だか、どこまで行っても、否定されるか、拒絶されるか、無視されるか、この歳になっても「自分の居場所」を見つけられないのが、あまりにも情けない。タバコ絡みではニュースを見聞きするたびに切なくなってくる。タバコだけじゃない、私もよほどの能無しか、でなきゃ余程性格がねじ曲がっているんだろう。いや、わかってるよ、全然関係ない?だけどね。もがいてみても、何一つ好転しない気がして。何だか切なくて、笑うしかない。
確かにタバコは自傷行為の一種かも知れないが、もしタバコがなかったら、僕は今より数倍直截的に攻撃的だったろうと思う。

東京に出た日、だいたい私はブラリーマンである。電車に乗る前に、池袋駅周辺の公園で、一服してしばらくボケーっとしてから、ちょっとばかり気合いを入れて「さてと、帰るか」と電車に乗り込む。実家に親父とお袋がいた頃も、今も大差がない、と気づいて、何だか情けなくなる。ところが、その池袋周辺の公園では、公園そのものが工事中で喫煙所撤去だし、ボケーっとする場所もない。ここでも居場所がなくなった。
ゴミをポケットにねじ込んで、電車に乗ろうと池袋駅の改札を抜けたら、ゴミ箱に蓋がされていた。いや、全然関係ないよ、ビバリーヒルズなんて縁がないし、公園の喫煙所撤去とG20は関係ないよ。わかっちゃいるけど、ここでもかよ、と思って、つい笑ってしまった。もう、笑うっきゃない。今後はどの辺をさ迷うかなぁ。
ゴミ箱の口が塞がれてるのを見て笑う、なんて、変な奴だ。

それはそうと、ニュース三昧で思ったこと。

あぁ、そうかと思ったのは、トランプの「二国間交渉戦略」。これ、南沙諸島の件でフィリピンが国際司法に訴え、その判決を中国が無視した後の中国の交渉戦略。
https://www.nikkei.com/article/DGXLASGM12H6C_S6A710C1MM8000/
南シナ海、中国の主権認めず 国際司法が初判断

ベトナム、フィリピン、台湾、マレーシア、ブルネイなどが中国と合同で協議して結論を出せば、中国に不利な結論が出るのは目に見えている。だから、「合同協議」を迂回して、すべて「二国間交渉」に持ち込んだ。二国間の交渉ならば、力関係で相手に自分の主張を通して、「多数決」で押し切られるのを防ぐことができる。中国の国力を考えたならば、どの相手に対しても思い通りの主張ができる、という判断だったんだろう。そして、今アメリカがやってるのは、まさしくその「二国間交渉戦略」かも知れない。

多国間交渉に持ち込むと、アメリカのエゴは通らない。エゴを通すためには、すべてを二国間に置き換える。なるほど、中国のやり方をパクったのか。と気づいた。(だからなんだ?)

イランの核保有を認めない。その一点には同意するけれども、だからと言って、アメリカやロシアが核を保有していていい、ということにはならない。アメリカやロシアにも核保有を認めない。それなら平等だろう。
アメリカが今は、あのトランプが大統領。そうなると、ロシアや中国がしっかりしてくれないと、世界が相当におかしなことになる。中国は、サウジアラビアにミサイルを売りたい?何をさせたいんだ?習近平氏はプーチン氏との会見では「国連を重視」する姿勢を見せた。そうして欲しい。国際司法も尊重して欲しい。

トランプが今中国に対してやってる手法は、かつて習近平が南沙諸島でやった手法じゃないかと思う。「二国間」で問題を解決するべきなのか、「多国間」にすべきなのか。

確かに、「多国間」なら良くて「二国間」は良くない、なんて法はない。ただ、二国間だと「力の論理」がまかり通る。10年前の中国は、「力の論理」で押されることに反対していたはずなのに。いつの間にか立場が変わったのか。

「核保有」の問題だって、本質的には「多国間」で考えるべきだと思う。日本のように「核の傘」にしがみつくのは、全く未来志向ではない、と思う。けど、変わらないだろうなぁ。

なんてことを考えていたって、1円にもならないのに。

今日こそ、僕は、サーバを復旧する。ただそれだけ考える、ことにする。できるかなぁ。

補足

与正氏も健在確認=正恩氏とマスゲーム観覧-北朝鮮
https://www.jiji.com/jc/article?k=2019060400238&g=int

こんなことを書いている場合じゃないんだが、いや、「こんなこととは何だ」とか怒られたって、仕事が・・・
いいです。毒を食らわば皿まで(「毒とは何だ」とか言われたって、こういう慣用句ですから)。

何と言っても強烈に印象に残っているのは、これか。

張成沢は巨大機関銃と火炎放射器で消し炭に? 金正恩が実行した残忍、冷酷無比の処刑
https://www.j-cast.com/2013/12/16191859.html?p=all

こうした判断を下した金正恩氏、地獄のどの辺に落ちるかという話題になると(私の理解が間違っているかもしれないが、)「まだわからない、案外深いところには落ちない可能性もある」ということになると思う。
何故ならば、まだ生きているから。生きている限り、どちらにも転ぶ可能性はある。

肉体を抜けてしまうと「脳」がないから、死ぬ直前の「意識」が向かっていた方向から向きを変えるのは容易ではない。例えば、登戸の犯人の方、そろそろ「覚醒」して、「まだ死んでいない」と勘違いして、延々と死ぬ直前の行動を繰り返すんだろうと思う。ただ、私の理解では、明らかにあの人の場合「ついで」に人を殺していて、最終目的は自殺だし、「最後に死ぬんだ」という強い意識があるから、おそらくその行動を繰り返す。
もし、自分では死ぬ気がなくて、憎悪だけを発散してあれをやり、例えば警官に抵抗して射殺され、強い憎悪を持って肉体を抜けていたら、かなりの確率で悪霊になっただろうと思う。何れにしても「死んだ」瞬間の意識の状態で固まるから、それがここから先、まず自分が死んだことに気づくまで何万回でもあの「自殺」を繰り返すんだろう。ようやっと自分が死んでいることに気づいたら、次は、自分のしたことの結果として、自分に対してどういう意識を送られているか、どんな意識を送られていたかに直面する場面もあるだろうし、そこで拷問にあった挙句に、ようやくどこに行くべきかわかって、いわゆる「地獄」に自分の居場所を見つける。「地獄」に辿り着くまでに2ステップ。今度はさらに自分の間違いに気付くまでは上には戻れない。「脳」がないのに、「意識」と「感覚」だけでその作業をやって、答えをださなきゃならない。その間に、地上でどれだけの時間が流れるか。それがもう「固定化」してしまっている。あの人も、数千年じゃきかない気がする。

ところが、生きていると、もう一瞬一瞬で「心」は動く。何かを考えていて、「あ!」と気付く前と気付いた後とでは、心の状態が全く違う。脳の影響をかなり受けているから。
麻薬だの武器だのの販売で、自分の行動の結果として誰かが死んだとしても、そんなことは気にもかけずに生きていて、そのまま死んだとしたら、たぶん、相当に深いところに「吸い寄せられて」いくんだろうな、と理解している。ところが、「自分の行動は誤っていた」と気付いて、自分のやったことの結果として、誰がどうなったか、誰がどんな思いをしたか、きちんと痛みを感じ取って、自分の何が誤りで、どうすべきだったかまで答えを出してから死んだとしたら、もうそれほど「深い」ところには吸い寄せられない。
すでに、600時間以上師匠のお話を聞いているけれども、これが僕の理解です。私は理解力がないから、間違っているかもしれないけど。とにかく「自分で気付く」ことがどれだけ大切か、という話は、さんざん聞かされている。さらに「脳」があるうちならば、比較的気付きやすい、ということなんだろうか。
私の理解は、「我々の誤った行動」は「罰せられる」のではなく、「誤りに自分で気付き、二度と同じ過ちを犯さないように自分の意識に刻み込む」ために、「気付くまでの場」が用意されている、ということだ。私の理解では、最も上にいらっしゃる方が「罰を与えようとしている」とは感じられない。ただ、無限の愛をもって「行動を改めてほしい」と望んでいらっしゃるだけのように、私は考え、そして感じている。(個人の感想です。)

これも、長時間講演を聞いての、私の理解。何か犯した「罪」に対して、神が「裁く」というのは、神に対する罪を犯した場合(例えば「神の教え」として適当なことを説く、など)だけで、それ以外は、基本的に自分で自分を裁くことになる。「上」に戻れて、上に住んでいる意識体は、生まれたばかりの赤ん坊と同じで、一切心に汚れがない。だから赤ん坊には霊体さんが見えているし、「自我」が出始めた頃から、周囲にいる霊体さんの姿も見えなくなってくる。
上では「悪い」ことも考えないし、「嘘」もない。そういう意識体が暮らしている世界だから、地上で経験を積んだばかりの霊体が上に戻ろうとしても、自分を守るためについた嘘だとか、他人に対して発した侮蔑とか憎悪とか物欲、支配欲だとか、そういったものがこびり付いている霊体に上がってこられると、不快でたまらず、完全に無視されたり、近づこうとしても逃げられたり、とにかく阻害される。よほど図々しい人でない限りは、普通は素直にまっすぐ地獄に行くらしいけれども、その「地獄」という場所は、仏教で言うような「罰を与える」場所ではなく、本人が自分の誤りに気付くまで「隔離」されている、ある種の「隔離病棟」のような場所であるらしい。(前にも、何度かこの話を書いた気がする。)意識体は、自分と似た意識同士が引き合う性質があるらしく、汚れ方の似通ったものが集まって生活する。(ソリトンみたいなものか?共鳴する定在波。)殺人とか詐欺だとかは、もう何万年も前から「先客」のいる場所があるので、普通に「吸い寄せられて」行くだろうな、とも理解している。
ついこの間、講演会の事務局で師匠から直接お話を聞いた人から、また聞きで話を聞いた。こう言う「又聞き」を書くことは、とても危険なんだけれども、もう「毒を喰らいついで」なので書いてしまえば、「詐欺」は、他人の「身ぐるみを剥ぐ」ような行為で、この行為について何の反省もないまま肉体を抜けると、いわゆる「地獄」でそれを繰り返す。着ているものがなければ、お互いがお互いを襲って、相手の皮膚を剥ぎあって生活しているらしい。どうやら、「行動」が「意識」だけの世界で端的に現れるように「病棟」も設計されているらしく、自分としては殺し合う生活とか、皮膚の剥ぎ合いとか、そういうところには行きたくない。

「人を殺す」なんていうのは比較的わかりやすい。高射機関砲で、とか、犬で、とか、とにかく「いいか、悪いか」がわかりやすい。ところが、実際に一番多いのは、何気ない一言で誰かを傷つけて、自分ではそれに気付いていなかったり、何気ない行動で多くの人がとんでもない迷惑を被っているのに、本人は全然気付いていなかったり、こういうのは、「落ちた」後もなかなか気付けないもの、らしい。肉体を抜ける瞬間に、生まれてから死ぬまでのすべての出来事についての「記録」を、ほんの数十秒の間にすべて「再生」して見せつけられる、ものらしい。自殺だとか、例えば不慮の事故などで「自分が死んだことに全く気付ける状況ではなかった」ために浮遊霊になってしまったようなケース(核で亡くなった方も含む)、とかを除き、その「記録」を見て、自分の一生を振り返り、「自分を守るための、ほんのちょっとした嘘」程度でも、上では受け入れてくれないから、どんな生き方をしたか把握してから下に落ちる。落ちた後、似たような「汚れ方」をした人たちが集まって、生きていた時の行動と同じようなことを繰り返すことになるようだけれども、そもそも、「脳」があって、誰かから指摘されてもなおかつ気付けないような迷惑行動を、「脳」なしでは、そう簡単に気づけたりしない。で、結局長居する人が多い。
軍隊なんかで直接手を汚した場合なんかよりも、指示を出して大勢を殺させた方が、汚れに気付きにくい、ということもある。例えば、「欠陥住宅」を知っていて荒稼ぎし、その結果誰かの命が奪われた、とする。仮に「法律」が裁かなくても、そうした「行動」は上にも筒抜けだし、自分が「建築」したのでなくて「指示」しただけだったとしても、その「指示」した者が一番「汚れ」を体に擦り付けることになり、なおかつ気付きにくいんだろうと、自分は理解する。

子どもだからって言ったって、自分の発した言葉で誰かが激しく傷ついた。言った本人はその点に全く気付かず、そのまま大人になりました。忘れていたまま死にました。その場合の「深さ」は、もしかしたら、金正恩氏が「気付いて、悔い改めた」後に行く地獄の深さよりも、はるかに深いかもしれない。
この辺は、私にはわからん。ただ分かるのは、自分で全く自分の行動の結果に気付いていない場合には、そのまま肉体を抜けたら大変だろうな、という程度か。

ただ、私の理解では、この辺の「人間どうしの関係」に関する「地獄」は、本人が気づけばすぐに上に戻ることができる。ということは、多くの宗教が言うような「神が罰を与えた」ものではなく、「自分の汚れに自分で気づいて、意識体の汚れを落としてから上に戻るための、洗浄室」のような場だ、というものだ。
それでは、神が直接罰を与えるのは、という話題には言及しない。こればかりは怖い。ちょっとでも誤りがあったなら、大変なことになる。既に書いたけれども「これが神の思いです、などと適当な自分の解釈を教える」のは、明らかに「神の思いに背く行為」に該当するから、だからそこのところは書いても大丈夫だと自分は理解しているが、それ以外は微妙だし、私の判断じゃないから、一切触れられない。

金正恩氏の「残虐行為」は、見た目は確かに派手で、激しく人道に背いた行為だと理解はしているものの、一旦「気付いて」軌道修正した場合に落ちる先と、学校や職場などでネチネチとイジメて誰かの心に傷を残し、やった本人が全く気付いていない場合に落ちる先を比べた場合、もしかしたら後者の方が深いかもしれない、というのが、これまで講演を聞いた範囲での私の理解です。(間違っているかもしれないが。)

僕自身は、師匠の講演会の内容を取りあえずは「脳」で記憶して、その記憶に頼って、とにかく「どうすべきか、どうあるべきか」を考えながら行動するように、している。(ということに、しておく。)

結局脳に蓄えた知識は、火葬されたらすべて消えるから、肉体を抜けたら何も残らない。ただ、実際に行動し、例えば、僕が何かをしたら周囲がどう思ったか、どういう結果になったか、どうすべきだったか、自分の感覚として感じ取り、考え抜いて、それを経験として、ある意味で自分の行動パターンになるまで意識の中に取り込めたら、それは単なる「知識」ではなく、肉体を抜けても持ち帰れる自分の一部、つまり意識体としての「エネルギー」の一部になれる。
それを繰り返していけば、いずれはミカエル様、ガブリエル様くらいのエネルギー・レベルにまで上がれるはず、なのだけれども、遠いね。少なくとも、地球にいる間じゃ無理でしょうね。地球の寿命も尽きた頃に、また次の移住をして、もう後4〜5回移住して、それこそ百億年とかで上がれたら、それでも速い方なんでしょうね。でも、コツコツ続けるしかない。できれば次は400年後くらいに、また出て来たいから、あんまり深いところには落ちて潜りたくない。(そのためには、こうして書くことを「やめる」のが一番なんだが・・・無難な選択、っていう奴で。)

こんなところでいいかなぁ。これで主題は網羅したかなぁ。駄文だよねぇ、長文だし。切れ味悪いなぁ。
だって、書きたくて書いているっていうよりも、書かないでいると落ち着かなくて、仕事に集中できないから、吐き出すために書いているだけで。まとまりがないのは、どこが「主題」か、自分でもわかってないから。
これで、勘弁してください。

今回いくつ経験できたか、だけれども、さすがに今回は師匠の直近に出られた。ラッキーなのか、計画して来たのか答え合わせは肉体を抜けてからの楽しみ、ということで、あとどれだけ未知の経験を積めるかが問題だ。
一応、こうして書いているこのページも「僕自身の一つの経験」として、積み重ねたうちに入っていればいいんだけれど。
(もしかして、逆に自分で墓穴を掘ってる可能性も、ゼロではないし・・・)

このページ、さっさと「仕事がらみ」の話題で「蓋」をして、一番表には出てこないようにしたいんだけれど、仕事に集中できてないお陰で「仕事がらみ」の話題が見つかりそうにない。

いいよ、もう。どこまで落ちるかわからんけど、とにかく、行けるところまで行く。
そして、これだけは強調しておきたい。僕は「チンドン屋」です。本来、「一人でも多くの人が知っておくべきお話」をされているのは、師匠の方で、本当なら直接聞いてもらうのが一番、なんだけれども、30年来の行きがかり上、書いているだけ。
僕自身は、と言えば、もっと普通に、痴漢とか浮気とか着服とか、普通に悪いことをしたい人間だし(いや、そういうのは「普通」じゃないし、しなくていいから。酒とタバコだけでもう十分でしょうが)、全然偉そうなことを書いていい人間じゃないし。疲れるからやめたいんだけれど。なんかもう、こうして、つい書いちゃうんだよなぁ。
終わり。

クイズ・トランプ

問題1 イギリスの空港に降り立ったトランプは、赤い絨毯を歩こうと思ったところで、歩を止めた。実はその赤い絨毯は、次のうちどれであったか。
a. まだ固まっていない山羊の血
(オカルトかよ。)
b. 日本人のどこかのジジイの赤い褌
(どんなサイズや)
c. 黄色い星の部分が巧妙に折りたたまれた中国の国旗
(歩を止めないか?)
d. 日本人のどこかのババアの赤いステテコ
(私自身の、発想の貧困)

問題2 次の中から、イギリス市内の道路を通るトランプに、人々が投げようと思わなかったものを三つ選べ。その理由を、50字以内で示す、必要はない。
a. 卵
b. トマト
c. パンティ
d. 手袋
e. 片方の靴
f. 漬物石
g. 金の延べ棒
h. ウンコ
i. タオル
j. ブーケ
k. 黒板用のチョーク
l. 槍
m. 椰子の実
n. パプアニューギニアのセルカンバン
o. 開けたてのシュールストレミングの缶詰
p. 日本のくさやの干物
q. ドラゴンズ・ブレス・チリの乾燥粉末250g入り、クラックボール

問題3 イギリスでの歓待を受けたトランプが、最初にぶつやくツイートを答えよ。
a. アベ・シンゾーは、ああだった、こうだったという愚痴
b. 女王陛下の年齢についてのコメント
c. イギリスでは車が右側通行だったことを知らなかった故の素直な驚き
d. アメ車が何台走っているか、数えた上での絶叫

面倒臭くなった僕は、オモチャを片付けもしない子供のごとく、書き散らかして、思う存分遊んだ充実感から、もう寝ます。あとは、適当にどうぞ。

データエラー

人工知能の誤動作を目的とした敵対的データと戦うコンペ

人工知能の誤動作を目的とした敵対的データと戦うコンペ

内村先生がFacebookでこのページの話題を掲載していた。

機械学習でAIがパンダと認識できるパンダの写真に、ちょっとしたノイズを乗せただけで、ギボン=テナガザルという認識になる。

しばらく前、取引先の方からAIを採用することの打診があった。使えるデータ数を伺ったところ、200未満。
この程度のデータ点数で学習させたAIは、富士山と、バナナと、ゴキブリと、トランプの見分けがつかないだろうと思う。(いや、このケースでは、3種類見分けられれば合格か。トランプの写真を流すと、「これはゴキブリです。」ゴキブリの写真を流すと「これはトランプです。」無論、ゴキブリはゴキブリ、トランプはトランプ。問題ないじゃん。)
お客様には、学習に使えるデータ数が少なすぎる、という点にご理解いただいたと思うのだが、まだ諦めていただいた訳ではないような・・・

AIはAIでも、明らかにエキスパートシステムと呼ぶべき話題もあるし、ルールベースで処理すべきものもあるし、それどころか、通常のアルゴリズム処理のことをAIとおっしゃっている方も中にはいらっしゃるので、対応が難しい。

こんな話もあった。

【電通】AIプロジェクトの1/3は失敗する。失敗例から導くAI活用の勘所

【電通】AIプロジェクトの1/3は失敗する。失敗例から導くAI活用の勘所

自動運転、AI万能みたいな話もあるけれども、今一番気になるのは、若いプログラマやSEの方々が、コンピュータのハードウェアとか通信信号の特性などを知らな過ぎるということ。僕らの時代は、「情報工学」が「電子工学」とか「通信工学」とかなり重複した領域にあって、正直、どこの切り口で話題を持ってこられても、僕らの世代のエンジニアならば、そこそこ対応はできる。10年下の世代。「情報工学」が「電子工学」から分離されてきた。つまり、コンピュータチップの中身を知らないでプログラムだけを学んでいる世代だと思う。さらに10年下。今40代前後で、おそらくは現場のプロジェクトの中核を担当している「ベテラン」SEの方々は、「通信」とか「電子工学」とは切り離された、純粋培養的な「情報系」だと思う。

FAXの「ピーー、ブロロブロロロ」みたいな(擬音が難しい)あのアナログな、どこで信号化けが起きるかわからない通信品質の時代の、僕らの時代のプログラマが必ずやっていた、チェックサムとか、フロー制御、そんなものは、今の世代では、必要ないと思っているか、知らないという人も少なくないような気がする。データが化けないのが当たり前。それを前提にシステムを構築することの怖さを、多少は知っていてもいいかも知れない。ことによると、航空機の制御システムだって、ソフトウェアのリーダーがハードウェアの信頼性を盲信して開発している可能性がある、と思う。チップの集積度が極限まで高まっていて、情報の「1/0」を担う電子の個数が限界まで減ってきている。その分、従来だったら問題にはならない程度のサージで、データ化けが起きている可能性もあると思う。

サーバ系の場合なんかは、オーバロードが原因のケースもあるだろうから、ついこの間、どこかの航空会社のチェックインシステムが落ちたのとは原因が別のように思うけれども、負荷の制御とかも「ロジック構築」とは別の話題で、得手不得手があり、ロジック構築に強い中堅のリーダー的SEが、負荷分散とか、データエラーに強いとは限らない気がする。むしろ、僕が出会ったことのある「スーパー」SEは、みんな生粋のロジック屋だったような気もする。

AD変換後の信号処理系なんかだったら、サンプリング周波数を上げておいてから、3点か5点程度のメディアンフィルターを通せば、たったその程度の処理で結構例外的な雑音に強いシステムになる。
これは前にも書いたかも知れない。条件分岐には必ず「すべての条件」を網羅させる必要がある。仕様書上、1と2と3しか発生しないはずのデータには、「それ以外」の時に必ず、JavaなんかだったらExceptionを投げたり、警告を画面表示して入力に戻したり、トラップを入れる。プロとアマチュアの違いはこの辺のトラップに隙があるか、ないかだと思うのだけれども、「新人教育」なんかしていても、一度痛い思いをしないと、説明していてもなかなか聞いてもらえない、なんていうことがあるんだろうなぁ。
若い頃の自分を思い出すにつけ、ちょっとロジックに強くなってくると慢心して、聞く耳持たない新人もいるだろうし。

「自分の担当したシステムで、怪我人が出ました。」そうならないように、僕らよりもちょっと若い程度の50代くらいのベテランが、システムに「合格」をつけなくて、やり直しさせようとしても、営業畑とか、あるいは経営トップとかが「あいつが絡むと、納期が割れる」とかなんとか言って、信頼性優先のベテランを外そうとしたりする。そうやって客先でトラブルを起こすシステムは、相当数あると思う。こういうのは、全部技術系以外に原因があったりする、ような気がする。いや、純粋に技術的なミスもあるんだろうが。

一事が万事。人手不足か?「お金」というものがどこに消えていくのか、化粧品ってことはないだろうけれども、接待交際費なのか、よくわからないけれども、システム開発なんて、アウトソーシングでいい、支出を削れ、ってか?社内の「検収受け入れ部門」ですら、人材派遣で賄って、極限まで人件費を絞ろうとか、なんだか、そんな話ばっかり聞いていると、飛行機が落ちようが、自動運転車が暴走しようが、不思議はないような気がしている、今日この頃です。

でも、大半のケースで、最終的な責任を取るのは経営トップで、技術にまで責任が降りてくるのは稀だとも思うし、僕には関係ないからどうでもいいんだけれど。

医療過誤なんかでは、患者側、病院側、双方の立場でそれぞれ、そこに特化した弁護士さんとかもいるらしい。
こういう技術トラブルの訴訟で、経営トップに責任を押し付けられた技術屋さんとか、そういう人たちの駆け込み寺になれるような、その辺の分野を専門に扱ってくれる弁護士さんとかも、いて欲しい世の中になるかも。
責任のなすりつけあい。「信頼性なんてどうでもいいから、納期に間に合わせて、いつまでに入金があるように、納品しろ!」みたいな、経営トップの「指示」を全部ボイスレコーダとかに記録しておかないと、会社社会では責任を押し付けられた「被害者」になっちゃうかもね。世間一般の技術屋さんたち、相当に理不尽な「首の切られ方」をするケースも、今後は出てくるのかなぁ。

ドライブレコーダみたいな訳にはいかないかも知れないけど。ボイスレコーダなんて、案外必需品になったりして。言い訳はできると思いますよ?「指示を正確に理解するため録音してます」とか。職場は「私生活」の空間ではないから、その程度は許されるかも。

ソフトパワー

http://www.1242.com/lf/articles/180073/?cat=politics_economy&pg=cozy
安倍総理のイラン訪問の歴史的な意味

飯田)硬球は危険。

ほんの100年くらい前まで、世界中かなりの国で男尊女卑がある意味「当たり前」だった。
15年くらい前、だろうか、青年海外協力隊のOB会の会報、だったかニュース誌だったかで、「国家」や「公式」な表現の中で男女産別をしているものがどのくらいあるか、というアンケート調査があったと思う。

パプアニューギニアの国家(たぶん今でも全曲歌えると思うが、一応ググった。)
O arise all you sons of this land,
Let us sing of our joy to be free,
Praising God and rejoicing to be
Papua New Guinea.

Shout our name from the mountains to seas
Papua New Guinea;
Let us raise our voices and proclaim
Papua New Guinea.

———————

Now give thanks to the good Lord above
For His kindness, His wisdom and love
For this land of our fathers so free,
Papua New Guinea.

Shout again for the whole world to hear
Papua New Guinea;
We’re independent and we’re free,
Papua New Guinea.

1番: all you sons of this land: 「息子たちよ」かな?
2番: For this land of our fathers so free, 「我らが父祖の地」かな?
日本語訳は別に必要ないと思うが、要するに、息子と父親しか出てこない。娘も母親も顔を出さない。

欧米の場合には、むしろ「母なる」の方が多いのかな?よくわからんが。
歌詞はどうであれ、欧米でも「女は黙ってろ」が当たり前だったと思う。
しばらく前に、イギリス映画でそんな感じのを見た。女性参政権を主張した最初の女性の話、だったかな?まだ200年経ってないんじゃなかろうか。アメリカだって、(もしかしたら)今だって大差ないかも。

なぜ、そうなったか。要するに、ざっくりと、男の方が腕力が強いから。腕力の強いものが支配する、それが当たり前だったから。だと思う。
すみませんが、「細かい話」はしてません。悪しからず。

現代は「人は皆平等」が当たり前になってきて、建前上は世界中で「男女同権」になって来ている。
そうなってくると、「腕力で解決」するのは、「パワーハラスメント」だとかなんだとか、「暴力的な解決」は絶対的な「悪」になりつつある、ような気がする。

ところが、国家間の紛争、部族抗争となると話は別。未だに「軍事力」は「問題解決の主要な手段」だと見做されているようで、「軍事的手段によらない解決」を主張したら「非現実的」と言われるんだろうなぁ。

一旦「現実的な解決策」から離れる。

「殺すことなかれ、奪うなかれ」など人としてのあり方の基本中の基本で、「銃を取って戦え」などという「神」は、全部偽物だと私は理解する。
私の理解では、「6番目の天使だったルシフェルは、サタンとして生まれた時にその統治の治世で徐々に物質社会の欲に染まり、支配欲が昂じて6つの霊能力を駆使した。何が起きるか予知し、敵国の王の心を読めるから、百戦百勝の状態で残虐の限りを尽くし、6つの大罪を犯した。あまりの惨状にこの時は天も動き、サタンの肉体を奪い、その魂を地獄の最深部に幽閉したが、その強大な意識はその時以来地上にも漏れ出し、多くの人の心を迷わせている。」(「」内部、398文字、原稿用紙一枚以内。666文字にしろってか?この段落全体がそうです。悪趣味じゃないか?遊ぶなってば。)

おっと、ツールの都合で全角1文字は2文字にカウントされちゃうんだっけ。ってことは、実際の文字数は全然違う、というのがオチ。

武器を駆使して敵国を支配する、など、サタンの意識以外の何物でもない。その文脈で、サタンに意識を支配されていない国家指導者が、一体何人いるか。イっちゃってる方は高射機関砲で幹部を処刑したりするんだろうが、そこまででなくても、軍隊を動かして国益を発動した時点で、相当に染まっていると私は思う。
例えば、新疆ウイグル自治区の「訓練所」。内実はわからんが、世界中に「実態」を公開できるような施設ではなさそうだ。そもそもが国家が「神の存在」を全否定している、そういう思想の国家もある。
だからどうだとか、こうだとか、論評する立場にはない。そもそもが「神」を信じることが共産主義思想への反逆であるならば、「サタン」の存在も認めるはずもなく、サタンにとっては一番支配しやすい国家なのかも知れない。しつこいようだが、だからどうだとか、こうだとかは書かない。内政干渉はしませんから、どうぞご自由に。
結局、部族間の争いにしても、その「部族」が「国家」にまで大きくなって、国家間で争う場合にしても、「争い」と言えば「戦力」が問題になる。その状態は、まったく「神が望む状態」からは乖離していると、私は理解する。

日本の憲法第9条を、私は固く支持する。「紛争解決の手段としての戦争を、永久に放棄する。」なんとか、未来永劫にこの理念を貫いて欲しい。少なくとも、この部分は、神の思いに沿っていると私は理解している。(相対的に、という程度かも知れないが。)
それでは、近隣に「野獣」がいたらどうするのか。(こういう表現が、聖書にもあったなぁ・・・)
結局、私自身は「自衛隊」の必要性そのものは「否定」はしていない。現時点で必要性はあると理解している。「専守防衛」が貫ける限りは、あくまでも数十年以上のタイムスパンでの「経過措置」として、否定しきれない気がする。(この段落、0点をもらうかも。少しでも点数を上げるなら、殺されて(肉体を破壊されて)も自分はそれを受け入れる、べきなんだろうが、さすがに現実的にはこれは主張できない。)このあたりから先、「各論」になると私自身もブレまくっているから、(例えば、ミサイル攻撃に対する敵基地攻撃能力とか)今日は、これ以上この話題に深入りはしたくない。

では、「現実的」に考えたら、どうなのか。
軍事力という「ハードパワー」による戦争が現に行われている国。冒頭に引用したニッポン放送のWEBサイト

サウジアラビアはいま、イエメンでイランに支持された武装勢力と本当の戦争をやっています。

ハードパワーだけで、本当に問題解決ができるんだろうか。もし、ハードパワーだけに頼るならば、(一切の知力を除外するとして、例えば、頭が悪くても金だけは持ってる大金持ちが国家権力を掌握しているような場合、)資金力のある方が戦争に勝つ確率が高いんだろうか。
単純に、軍事力で優位に立てば、国家間の優劣が決する、という思想。その思想で、宇宙空間に進出して、宇宙を軍事利用する、宇宙軍創設だとか、サイバー空間部隊だとか、確かに「歴史的」にはそうした「戦闘能力獲得」の流れが顕著だったとは思うが、だったら、なぜ、簡単に「勝敗」が決しない?
サウジアラビアは、相当に経済力を持った国だと思うが、イエメンの武装勢力に勝てない?それは、イエメンの武装勢力をイランがバックアップしているから?そのイランをロシアがバックアップしているから?あるいは、大量の死者が出る地上戦をバックアップできないから?結局、ここも代理戦争なのか?もし、金にモノを言わせて軍事力で押し切ったらどうなる?

実際にそれをやった国があると思う。ロシアのウクライナ侵攻。詳細を理解していないので、細かい話題は書けないが、言いたいのはその後の「バッシング」だ。欧米日は経済制裁を実施した。「国連」までは巻き込めなかった、国連外交だと親ロシア(結局反米国家か?)も多いから、だったのか。それでも、その経済制裁は今現在かなりロシアを苦しめているらしい。

いくつもの「もし」がある。もし、この条件が加わったら、もしあの条件がなかったら。色々とあるんだろうが、単純に「馬鹿力」だけで押し切れる時代になっていないのは、間違いないと思う。相互依存性が高まるにつれて「経済制裁」も容易でなくなる、という状況があり、予想もしなかった「一般市民による不買運動」が政治を動かす場面もあり、宇宙軍だとか、空母だとか、戦闘機だとか、そうした軍事パワーだけでは「国家」の総体を優位な状況に持ち込める保証がないのが、現代ではないか、という気がする。
(相変わらず、話の枕が長いね。)
あたかも、かつて「腕力の強い男」が「力の弱い女」を支配していた時代が、変わりつつある状況に似ている気がする。

ソフトパワーでハードパワーを封じ込める「知恵」が必要な時代になっているような気がする。

余計な話題を随分と書いたけれども、ぶっちゃけ、「神の実在」なんて信じていない人たちに「サタンの影響」なんていくら書いたところで信じないだろうし、何の効果もないんだろう。それならばそれでいい。ご自由に、としか、書きようがない。

平均的なデータとして「腕力」では劣る女性が、男性と対等な「権利」を行使できるような社会にしよう、という動きが定着している現代、「軍事力」という「暴力」で「国益」を主張することを、一切認めない、そうした「ハードパワー」を「ソフトパワー」で封じる流れに、転じさせるべきではないか、と私は考える。

そのためにも、有益な手法の一つは「武器の移動」を禁止することだ、と考える。
またしても余計なことを書くようだが、自分の手を汚さなくても、自分たちの作った「武器」が他人の命を奪ったならば、仮にこの社会で罰せられることがなくても、厳然として罰せられる「場」が存在していると、私は理解している。そうした文脈で、かつては「武器輸出三原則」で、日本人が「罪」を犯す危険性はほとんどなかった。武器に転用可能な「汎用的」なパーツを作るのと、武器を作るのとでは意味が異なる。ところが、安倍があっさりと「武器輸出三原則」を覆した。壊した。これから先、日本人も、「個人の判断」で「そうした会社に勤めることを辞める」以外に、罪から逃れることはできなくなると、私は理解する。
国家が「制度」として「個人が罪に落ちるリスク」を低減させていたのが、個人が自己判断で「転職」するなどして、「自分で罪に落ちるリスクを回避する」ことが必要になるとしたなら、安倍のやったことは、数百年のスパンで「人としての成長」を考えるならば、もしかしたら大切なプロセスなのかもしれない。(経済とも、軍事とも異なる切り口での、モノの考え方ですが。)
実にいいことをしてくれた。自分の判断で武器を作っている会社を辞めないならば、地獄で苦しむことになる。それで自ら気が付くチャンスを多くの日本人に安倍が与えてくれた。半分皮肉だけれども、半分本音でもある。

いずれにせよ、「核兵器の存在」を容認したり、アメリカの核の傘に入ってい続けることなど、論外だと思うが、話がそれるのでやめておくけれども、安倍総理がずいぶんと、日本人を地獄に落ちやすくしてくれた。(話が逸れるなぁ・・・)落ちてから考えるのも、結果的には有益かも知れない。(ポジティブ・シンキング)

ロシアは、カラシニコフ自動小銃の製造を停止し、その企業の雇用などを別の業態にスライドさせるべきだ。なんて言われたって、儲かってたまらないビジネスを手放す気にはならないだろうなぁ。従業員なんて、死んでからが大変だと思うのだが。それは、アメリカの軍需産業も同様。いや、ロシアやアメリカだけじゃない。イスラエルも、中国も、世界の「軍需産業」のベスト10なんていうサイトがあったけれども、そうした企業で働くことは、ルシフェル様にお近づきになれる片道切符だという気がしなくもない。一度落ちたら、そう簡単には上がってこれない深さがある。
信じないならば、どうぞご自由に。

昨年のニュースでは、こんなのがあった。
襲撃によるアフガン民間人死傷者、2017年は約2300人 過去最多
https://www.afpbb.com/articles/-/3162569

その一方で、先月こんなニュースが流れた。
アフガニスタンの民間人死者、半数以上は軍が原因=国連
https://www.bbc.com/japanese/48048550

誤爆が多いのは、疑心暗鬼だからだと思う。誰も信じられない。全員が敵に見えてしまう。不安に駆られて、つい焦ってボタンを押してしまう。そんな感じじゃないのかなぁ。そうやって「誰も信じられない」状況に人を置くこと自体が、犯罪行為だと思います。そうやって人を戦わせる。サタンの常套手段。
かつてはベトナム戦争で、その後はイラク、今はアフガニスタン。帰還した米兵でPTSDなどの心の傷を負った人が少なくないらしい。治療を受けていない、そこそこ社会生活を営んでいて、カウントされていない人も少なくないだろうから、統計の数字は拾わない。
ただ、むしろ「心を病む」ほうが正常だと私は思う。こういう表現は信仰心の強い一部のアメリカ人には通じやすいと思うが、サタンに心を委ねてしまえば、もはや人を殺すことへの苦悩はなくなる。武器を売り捌いて金を儲けることへの疑問も、一切なくなる。そちらの方が「生きていく」上では楽だろうとも思うが、全く正常な状態ではないし、カラシニコフの従業員同様に、後が怖い。この辺の表現、タリバンには通じないかなぁ。

せっかくだから、と思うんだが、全世界の人口の半数を占める女性の方々に、単に「女性の権利」の主張を行うだけではなく、「ハードパワー」に依存した、いまだに暴力全盛の「軍事事情」を「ソフトパワー」に転換するための、主導的な役割を担って欲しいような気がする。

ニュース映像でトランプの顔を見るたびに、あるいは習近平、プーチン、安倍、この文脈ではみんな同じで、「男はダメだよ」なんて言葉が、ついついチラついてしまう。21世紀は女性の時代。それでいいんじゃないかなぁ。

スペルミス

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO45510210R30C19A5EA1000/
供給網寸断に懸念 トランプ氏、メキシコにも制裁関税

工場をアメリカに移転させるための安易な政策
なんだか、やってることが滅茶苦茶だなぁ。混乱しかもたらさない。

俺、英語圏の人の英語を添削できるほど英語力ないんだけど、
トランプさん、綴りミスしてない?英語力なさすぎ。

Greatの綴りを間違ってる。正しくは
Make America Greed Again.
だと思う。

時期尚早

僕自身は、自分の考えなのか、誰かの意識を受け取ったのか、それとも、メディアの何かで読んだのか、さらに言えば、何か(そろそろリタイアだけれど)学術論文を斜め読みして印象だけ残っていたのか、一切区別がつかない状態で、ふと、唐突に何かを書きたくなった時に書くことにしている。

いいのか悪いのか、わからん。とりあえず表現の自由、ということで、ご勘弁ください。
読んですぐなら引用元を明示できるけれど、最近だともう、一週間経ってしまうとどこから仕入れた情報かすらも、思い出せなくなっている程、最近は記憶力の衰えが著しい。
(古い記憶ほど、あの時誰が、鼻くそをほじくったとか、なんとなく覚えているんだが・・・)

キャッシュレス決済。やはり時期尚早だと思う。経産省が先走りすぎていないかという気がする。
WEB関連の情報セキュリティ。あまりにも穴が多すぎる。メール配信のプログラマ向け無料情報配信で見ていると、そのセキュリティホールの存在を認識していないWEB関連の技術者も結構いるように感じる。発注者はそれを知らない。人手不足を抱えているのに、発注側は「世間体」もあるんだろうか、経営トップがWEB対応を急ぐようなケースも少なくないんだろうと思う。「金は出したぞ、さっさと仕上げろ」みたいな。

HTTPや、TCP/IPは、そもそものプロトコルが、大した「悪意」の存在を想定していないと思う。中継ノードにウイルスが仕掛けられていたら、などというリスクを想定して、HTTPSが導入されたのか。それにしたって、大手のインターネットプロバイダに全幅の信頼を寄せなければ、「悪意排除の確認」などは取れない。結構規模の大きいサービスプロバイダに連絡をとって、クレームをあげても、即答できる技術者がもしかしたらいないのか、と思えるケースが以前よりも増えた。業者を選ばないと、悲惨な結果になりそうだと、最近痛感している。

加えて、決算を扱う会社の社員が不用意にメールを開いたらどうなるか、なんていうリスクもある。「新人にはWEB決算を扱う業務を一切任せない。」そんなことができるほど余裕のある会社は、どれくらいあるのか。わかっていたって、引っ掛かる奴は引っ掛かる。結果的にクレジットカードの決済情報が外部に漏れたりする。急速に広まっている「キャッシュレス決済」にしても、中小零細の小売店に「端末」を置いた際に、(そもそも、手数料負担がいずれは経営に響く、なんていう議論もあるし、)なんだかそこにも、「悪意」を排除し切れない落とし穴が、いくらでもありそうな気がしてならない。いや、細かい仕様は調べていない。そんな、「大きなお金の動き」を扱うような仕事は、僕らのような会社には来ないし、元請けさんが人をかき集めているんだろうけれども、実装設計のレベルでセキュリティホールが発生する余地も、直感的に言って、かなりあるような気がする。
僕らのように還暦間際で週3日しか作業できないSEに仕事が来ることはあり得ないだろうから、そんなことをする機会はないと思うけれども、(それに、やっても1円にもならないし、)設計仕様書を見て検証しただけで、ここにも、ここにもセキュリティホールがある、なんていうシステムが世の中のあちこちに出来てしまうケースは、結構あるんじゃないの、という気がしてならない。
そういうのは、仕様文書が外部に漏れれば、見る人が見たらすぐにわかるだろうけれども、バレなくたって、「手当たり次第」がハッキングの定石だと僕は理解しているので(やったことは、ありませんが)見つけたならラッキーで、(もし僕が犯罪者なら)一つのセキュリティホールから、手に入る最大の収穫を手にしようとするだろう、と思う。そういう一般的な心理、役人にはわからないかなぁ。

それほどの状態にある根本的な問題は、やはりHTTPとか、プロトコルの問題だという気がする。

公開鍵暗号については、それが破られて、破られた結果として大規模な不正アクセスや、金銭的な被害が発生した、という話は、あまり見聞きしていない。(僕が知らないだけかも、とは思うが。)

主文です。じゃなかった、主題です。
昨今頻発している「オレオレ詐欺」とか「フィッシング詐欺」とか「標的型攻撃メール」のような従来プロトコルに乗った犯罪事例を研究して、また、スキミングだとか、小売店ぐるみの情報詐欺だとか、そうした「犯罪手口」をきちんと研究して整理統合し、その上で、パスワード認証や、生体認証などの従来技術も組み合わせ、必要ならば、公開鍵暗号の認証局のようなものを、もっと簡便に、誰でもが登録できるようにして、(一文が長いな、すみません、全部が並列です、)その上で、公開鍵暗号くらい破るのが困難な「通信プロトコル」の立案、それこそ、十年がかりくらいで、若い人たちにも応募させて、コンペティションなんか応募させて、心理的攻撃、物理的攻撃、論理的攻撃、あらゆる攻撃に強い「経済価値交換プロトコル」みたいなのを、立案し、普及させてから、「キャッシュレス決済」を大々的に推し進めるべきじゃないんだろうか。(あ、やっと一つの文章が終わった・・・)
そういう新プロトコルを、情報系の学生、心理学専攻の学生、社会学専攻の学生、などなどにオープンで公募して、(僕らのような、半化石化した頭じゃなくて、まだこれからの若い人たちの創造力に期待して、)「これなら、仕掛けがわかっていても侵入できない」ようなプロトコルとして、(国際的な標準化も含めて)まず、普及させるべきじゃなかろうか。

おそらく、経産省なんかは、お隣の中国ではあんなに「キャッシュレス化」が進んでいるのに、日本はこんなにも遅れている、と、それを気にしているんだろうか。
いいじゃない。下町の商店街だったら、小銭を出して買い物したって、どこが悪い?それが海外の観光客に対して恥ずかしいことなの?日本の通貨は、偽造が困難だし、偽の日本円は、紙幣にしてもコインにしても、そう簡単には偽造出来ていない、と僕は理解しているし、自動販売機だって、昨今のものは、ちょっとした「偽造」などは、簡単にはじいている、と理解している。自国が発行している通貨に対して、もっと信頼を置いたっていいんじゃない?

第一段階:まず、そう簡単には、心理的、物理的、論理的な攻撃で情報を抜き取られない、通信プロトコルを考案する。

第二段階:そうした通信プロトコルを、それほど経験を積んでいないSEやプログラマでも、信頼性の高い状態で実装できるような、言語環境や、統合開発環境を、国の機関(JISには期待できんかなぁ、国立情報学研究所?非常勤講師仲間でいたなぁ、ほら、そこのあなた!)で、開発者に無償提供する。この段階で、「開発者」がウイルスを仕込むリスクを下げるために、必要ならばそのソフトウェアプラットフォームに開発者自身を公的に認証しなければ、決済ができない仕掛けを(第一段階の)プロトコルで仕組んでもいいかもしれない。

第三段階:こうした(WEB技術に頼らない)決済メカニズムが(無論、見た目はWEBであってもかなわないし、決済のための通信プロトコルはバックグラウンドであって、表面的にはWEBであっても、そこは、トータルに見て信頼性が担保できるなら、どうでもいいとは思うが、)ある程度普及して、観光客が利用するような宿泊施設、交通機関、飲食店などにも(クレジットカードと同じような感覚で使える程度に)普及して、(いや、クレジットカードを普及させる、ってのなら、それでもいいんだけれども、僕は交通系カードってか、Suicaだけでも十分な気がしているが、)とにかく、その決済の過程で、一切の不安がない状態で安く一般に普及させる、ということが大切だと思う。(今だと、スキミングとかの不安はある。)

第四段階: こうした「キャッシュレス決済」のプラットフォームが、十分に「初期投資」を回収できて、あとは、それこそ町の駄菓子屋のおじいちゃんでも、おばあちゃんでも、操作できるような簡便なキャッシュレス端末が、手数料が今現在の銀行金利程度の水準で抑えられるようなコスト負担で使えるようになった、ならば、そこで初めて国が「キャッシュレス化」の大々的なキャンペーンを打っても大丈夫な状態になるんじゃないかな?

なんて、思った。表現はまとまってなくて、ごめんなさい。学術論文を書いている訳じゃないんで。思いついたことを一気に書いてアップして、忘れる、ってのが今の私のスタイルだから。内容がまとまってない文章を読むのが嫌なら、読まないでもらって結構。

経済産業省は、中国のキャッシュレス化があまりにもすごい、日本は遅れている、ってな感じで、焦っている。だけど、裏を返すと、中国では「現金」への信頼性が日本ほど高くない、っていう指摘もどこかで読んだ。焦りすぎていると思う。

その焦りに便乗したのは、一攫千金を狙った金融機関系のIT企業なのかなぁ。ですけどね?焦って、でっかいセキュリティホールが見過ごされたりしているかもしれないシステムを導入してしまったら、その改修費用とか、あるいは、末端の小売店での「無過失」による情報流出なんかで受けた損害を償却したら、3年間は利益見通しがゼロ、なんて事態は簡単に起き得るような気がする。

焦りすぎている気がする。もっと、練りに練って、どんな悪意のある攻撃にもビクともしないくらいのプロトコルとか、開発プラットフォーム、運用システムが出来ることを確認してから、キャッシュレス化の「普及促進を図」った方がいいように、僕は思う。

でも、「ポイント還元制度」はもう決まっちゃったんですよね?だったら、推進するしかない?中小零細の小売ビジネスいじめ、じゃないのかなぁ。そうならないように、間に合わせのシステムをあちこちにバラまく。その結果、オリンピックの年とか、翌年とかに、「システムの不正侵入等による被害規模は、数兆円の桁に達することが発覚しました」なんていうニュースが流れたら、僕はたぶん、だから、2019年6月30日に、時期尚早だって書いたでしょ!?なんて、偉そうに突っ込ませてもらおうかと思う。加えて言えば、こうしてイメージが湧いてくるっていうことは、たぶんもう、そっちに転んじゃったんじゃないか、という気もしている。

あんまり言いたくないけれども、早稲田出身で、オリンピック関係では偉い人の、元総理大臣のMさんなんかは、「数千億円ぐらいで、ガタガタ言うんじゃない。そんな『はした金』は、(国債を発行すれば(若い連中に借金を背負わせれば))何とでもなる。」なんて言う発言をするに違いない。あの人なんか、国債発行万能主義(若い人に借金を負わせるなんて、全然問題ないぞ主義)だから、その不正流出損害規模が数兆円に届いても、たぶん、同じことを言いそうな気がする。

なんで、もっと丁寧に、時間をかけて事を進められないんだろうかと、僕は思う。

相変わらず、文章がまとまっていませんけどね。すみません。誰も読まなくたって、僕は気にしませんから。これで吐き出した。
以上。

github / mariaDB

githubの使い方、チームプレイのやり方を忘れていた。

先週の授業、偉く手こずってしまって、
git pull upstream master
のコマンドが出てこなかった・・・(情けね)

gitはもう、ルーチン化した自分一人の使い方に馴染んでしまっていて、Version管理ツールというよりバックアップツール化している。今年から、チームで仕事をすることになるはず、なんだが・・・

国家試験学習システムのサーバが、1ヶ月以上落ちたまま。
(あれぇ、もう2ヶ月?ヤバい)

もしかして、MySQLの有償化に関係する?mariaDBへの移行?設定の問題?やめてほしいよなぁ。Javaが有償化して、mySQLが有償化して。

思うにね、IEEEとか、あるいは日本だったら産総研?工業技術院?とか、公的な機関が「公共財」としての言語環境やDBMS環境を海外の公的機関とも連携して維持する、なんていう形で、無償で使える言語とか、DBMSとか、担保して欲しいよなぁ、なんてことは昔から思ってる。

WindowsがPCでは圧巻だった。僕がMicrosoftを嫌いだった理由。玄関を一歩出たら、そこは有料道路、みたいなのが情報環境だったし、今でもそうだと思う。Androidは、ユーザから見たら無償だけれども、携帯価格に含まれているということだろうか。その辺は確かに仕方ないんだけれども・・・

なんて、他人のせいにしているが、新しい技術についていくのが必死で・・・「変化」が激しすぎるし、すぐに有償化だとか、バージョンアップだとか、何だか、もうちょっと「安定」なプラットフォームが欲しいと、ボヤいている今日この頃。

空振り

結局、モヤモヤの正体が終わってから分かった。
そうだった。こういう得体の知れない思いが際限なく湧き上がってきて、それに不安のようなものがあって、居ても立っても居られないような感じになること。一言で表現できたな。「変な胸騒ぎがする。」今更一言でまとめたって、だから何なの?

一晩寝て起きたら、消えてた。とりあえずは、仕事に集中できそうな・・・ありがたい。

本当は、こういうことを書いてちゃいけないのかも知れない、とも思う。こういう「占い師の真似事」なんて、相当にリスキーで「人の心を惑わす行為」は、人としてやってはならないこと、なのだろうと思う。だから、毎回葛藤している。
でも、何かの役に立てば、とも毎回思うのだが、仮にピンポイントで5W1Hが分かったとして、だからって、どうにかなったんだろうか。ニュース報道を見ていたら、どうしようもなかったとしか、言い難い気がする。

モヤモヤの中に、包丁のイメージも確かにあった。だけれども、僕自身の経験で包丁の話題って言ったら、協力隊でニューギニアに赴任した直後、生活のための買い出しで買った包丁がとにかく切れなくて、肉でもなんでも、手でちぎった方が早いくらいの包丁だった。そもそも僕には、包丁のああいう使い道のイメージが全くないし、イメージを送られてきたとしたって元々僕がそんなイメージを持ててないから、結局正しくは受け取れなかったに違いない。役立たず。
だったら黙ってろ、とも思うんだが、ひょっとして、もしかして、何かの役に立つかもとも思うから、結局言葉にして出してみている。

なんとかして絞り出そうと思って、自制心を取っ払って、それこそ、喉の奥に指を突っ込んで吐き出すみたいに、湧いてきたものを全部汲み上げて、一気に言葉にしてみて、組み立ててみようと試みたところが、的外れも甚だしい。撃沈。
それにしても、本当に、使えねぇ奴だよなぁ。

いや、こういうことを「書き続けよう」という自分自身の姿勢についても、もう30年以上葛藤している。
意味ないじゃん。もう、やめたら?何度も思ったよ。どうせ正確には受け取れない。でも、何か湧いてくる。世間はそれを聞きたかったから、盗聴器を仕掛けたんでしょうね?こんなにも的外れなのに。
やがて、何故か、師匠のところに流れ着いた。「本物はこちら」

そうして、結局思う。師匠が伝えようとされている内容は、万人が知っておくべきことだ、と僕は考える。
だから伝えたい。でも「制約」があった。上っ面の理解だったら、黙っていた方がいい。自分が苦労して、掴み取った内容だったら、どんどん人に伝えなさい。自分で理解できていないならば、伝えてはならない。そうなると、葛藤が別の形に変わってくる。僕は理解できているんだろうか。
その理解度。自己評価では70点くらいかなぁ、と思えた内容は書く。学校では、60点以上が合格ですからね。でも、師匠に採点されたら20点とか30点かも知れない。でも、だからって、このままずっと黙ってる?
きっと、この葛藤は、死ぬまで(今回の肉体を抜けるまで)続きそうだ。黙ってる?書く?
でも、師匠みたいな方が肉体を持たれている、その場に居合わせていられる。ここでじっとして何もしないでいたら、それこそ何万年も何億年も、ずっと後悔しそうな気がした。

間違っていてもいい。地獄に落ちてもいい。師匠に「もう来るな」って言われて破門されてもいい。とにかく、自分なりに考え抜いて、これは書こうと決めたら書こう。空振りしたけれども、気にしないことにする。

じゃぁ、破門されたら?それはちょっと・・・とりあえず、考えないことにします。

自衛

https://www.buzzfeed.com/jp/yoshihirokando/noborito-1
川崎市登戸駅付近で小学生ら刺される 目撃者「こんな事件が起きるなんて…」

仕事をするにはあまりいいコンディションではないな、と思うのは、「言葉」が際限なく湧いてくる感じがあって、なんだか得体の知れない意識が流れ込んでくるような感じもあって、収拾がつかない、そんな気がすることがある。

一気に吐き出そうと思ってやめた。吐き出したところで、またたぶん次が湧いてくる。統合失調症かという勢いで、もう、支離滅裂。何よりも怖かったのは、ふと、ルシフェルに「様」をつけて何かを書きたくなった瞬間だろうか。今現在のルシフェルに「様」をつけるべき理由などないし、確かに、モンゲール・アウル・サウタンとして肉体を持たれる前のルシフェル様は偉大な方だったに違いないけれども、現在のルシフェルには、残虐性、支配欲、何を取っても崇めるべき理由など何一つない、と理解している。師匠の講演会で聞いた内容なのか、自分で感じている内容なのか、見分けがついていないのも怖い。

師匠の講演会で何度となく聞かされている話題。上からも意識は注がれている。春の光のような暖かい意識、が注がれているのと同様に、地下からもおぞましい意識が吹き上がっていて、どちらの意識を拾うか、どちらに共鳴するかは、我々自身の意識次第、自分が自分としてどうありたいかという思い次第、のようだ。実際、そんな感じもしている。

死にたいと思ってフラフラと自殺の名所などを通りかかると、そこに居ついている地縛霊(自分が死んだことに気づいていない自殺した人の霊)の意識に引き摺り込まれて、全くその気がなかったのに自殺してしまう、そんなことも少なくないらしい。ちょっとしたことで腹を立てて、その怒りに固着すると、簡単に下からの意識に共鳴して、自我が弱ければ、後になってから「なんであんなことをしたんだろう」と、自分でも説明しようのない行動をしてしまう。

僕自身何度もあるのは、言葉の暴力だろうか。本気で言葉だけで暴力を振るおうと思った時に、自分がどんな表現をするか、気づいていない訳ではない。一応は、なんとか踏み止まっているだけ。手は出さないし、凶器も使わないけれども、場合によっては言葉だけの方が罪が重い状況もある。ほとんど凶器のような言葉も、何度も使っている。
師匠の講演会のお陰、というべきだと思うが、私は「私」だと、「私はこうありたい」とその部分だけは譲らないように心がけていて、自然にそういう状態でいられたなら、使うべきではない言葉は、口にする前に、文字にする前に、なんとか踏み止まっていられるような、そんな気もしている。全然、100%ではないけれども。もし、言葉にしちゃったら、もう弁解してもどうしようもない。甘んじて「ディジタルタトゥー」として世間一般の裁きを受けるだけでしょうね。常に「こうあるべき」を意識していなかったら、言葉を発し続けるなど、やめるべきなんだろうけれども。これはこれで、修行の一つかもしれない。

師匠のお陰、ということならば、一年前に三脚からおかしな落ち方をして首を痛めたのに、数分で足の感覚が戻り動くようになったあたりも、もしかしたら、とは(その時から)思ってはいたが、こういう余計な話を持ち出すと、本題が伝わりにくくなる気がしたから、この話は書かなかった。ただ、心の持ち方を常に意識するということは、僕自身が自分自身の問題として気にしている限り、言葉にしても一応は「許される範囲内かな」と思ったので、書いた。

表題は「自衛」です。ただ、ここでいう「自衛」は、こうした凶器を振り回す人から自分の身を守るための「自衛」ではなく、自分自身がそういう人にならないための「自衛」です。

本当に怖い。上からの意識だけを受けられているならばいいけれども、下からの意識も常に湧き上がっている、そんな気がする。残虐性も、支配欲も、実は「正当化」するための論理パスがいくらでもある。一見すると、世間一般からの常識にも外れてはいない、現実的な対応として有効にも思える結果を導きそうな「論理」を展開して、ある種の残虐性や支配欲、さらには物欲、我欲、などなどを正当化することができるな、と感じる瞬間がある。そうした意識を拾わないでいることができるかどうか、という自問自答もある。
「相当な間違い」をおかしそうな場合には、師匠も講演会の中で結構分かりやすいメッセージを投げて下さっている気がするけれども、「ちょっとした間違い」程度だとニコニコと笑って見ていらっしゃって、「結果」が出てから「ほらな」みたいな・・・いや、きっとこっちが「ヒント」に気付かなかっただけ、なんだろうけれども。

「あんなことをするような人じゃないのに。」そういうケースもあるだろうな。9割方の普段は「いい人」なのに、残りの1割で瞬間的な感情に流された時に、下からの意識に共鳴したら、「信じられない」ほど大胆に、こうした行動を取ってしまうケース、というのは今後増え続ける。
登戸の事件、犯人は亡くなったらしいが、「自分の意識がこう動いた」その「結果は、こうなった」という事実と、その犯人はこれから向き合うことになるんだろう。生死はあまり関係ない。死んでも全然終わりじゃない、ってことを知らないだけだと思う。「こう思ったから、こうなった」その因果関係を、すべての人が「魂に刻んで」理解できるまで、今後は上からも「余計な干渉をしない」ことになる、ようだ。なまじっか、表面的な調和を保つために、「そういう考え方はやめなさい」という意識を送る方が上の方にいて、それを受け止めて思いとどまらせる、のではなく、身にしみて「こういう考え方をしてはならない」と本人に痛感させて、自分自身の考え方、感じ方を改めてさせていく、「急がば回れ」ということなんだろう。上からは誰も止めるような意識は送って寄こさないから、結果として、自分で気付かなければ「信じがたい」行動をとってしまう人が増える、ということになる。私はそう理解している。
「絶対にそうならない」と確信を持って言える人は、少ないと思う。下から上がってくる意識、目に見えたら鳥肌ものだけれども、逆に染まってしまっている人たちにとっては、エネルギーの源でもあるようだし。バイタリティに溢れて、エネルギッシュに(結果を想像できるならば、明らかな)悪事を(そうとは気付かずに)働き続けている人の、なんと多いことか。

あぁあ、また書いちゃった。まさかこれ、下から送られた意識、じゃないよなぁ。まさかね。もしそうだったら、もう、真っ逆さま。(ダジャレを言ってる場合じゃないだろ。場をわきまえないで、申し訳ございません。)結局、自分の仕事の論理に頭が全然切り替わっていなくて、(朝、タイミングを逸して、)困ったものだ。

ご家族を奪われた方には、どうか「怒り」に身を任せることだけは、なさらないように、と思う。本当に申し訳ないけれども、言葉が見つからない。
ただ、犯人のことを考え、犯人に意識を向けたなら、その意識は犯人に届く、肉体を抜けたからこそストレートに意識が犯人に届いてしまう、そういう考え方もある、ということだけは申し添えたい。その意味では、犯人の「これから」にも、少しだけ同情してしまう。これから「意識」を受け続ける拷問が始まる。これ以上の逃げ場もなく、ご家族の方々の意識に晒され続ける、そんな気がする。鈍感な人なら、肉体に収まっていた方が楽だっただろうに、と自分は思う。
不適切な発言を繰り返しているかもしれない点については、深謝します。ただ、ご家族の皆様の心の痛みだけは、僕自身も無防備に受け止めたいと思う。

暖房22度

エアコンが効かないなぁ、と思って良く見たら暖房22度。
どうりで、スイッチ入れたのに、うんともすんとも言わない訳だ。
昔お袋が、11月頃にエアコンが効かない、壊れた、寒いとかボヤくので、よく見たら冷房28度だったことがある。
笑えない。ってか、昨日一日これで過ごしたんだから、結局エアコン、要らないんじゃね?

対照的なのが母屋で、ついこの間まで暖房30度に設定していた人が、そろそろ冷房18度に設定するような気がする。
温度計を見ると、1月2月は27度とか28度なのに、7月8月は22度くらいに下がっている。
そういう部屋にしばらくいると、私の方が体調を崩す。
今事務所は、エアコンなしで28度だけれど「暑いのに体が慣れていない」というよりも、この「寒暖差」には慣れてるから、たぶん、私は大丈夫でしょう。

昨日から、頭がモワッとして、ということもあるけれども、書きたいこと、言いたいことが山ほどあるような気がして、とにかくモヤモヤしている。こういう時は、全部吐き出すに限る、なんてことも昨日はふと思ったが、相変わらず今でもモヤモヤ。

そして、書こうとして冷静に考えてみると、どれもこれも、どこかで偉い人が言っていたこととか、何かの記事で読んだとか、そんなのばかり。そもそも、これまでもそうした主張があったのに、何も変わらなかったのなら、今更私が何か書いても意味あるの?なんてあたりに落ち着きそうだ。

仕事最優先、生活再建最優先。
いや、ちょっと騒ぎすぎた感が・・・黙ります。
沈思黙考、無芸大食。

国産

最近、運動していないんで、せめて移動だけでも(田舎だと、用足しにも車がないと結構大変)自転車を活用しようと思い、一ヶ月ほど前に自転車を買った。Made in China.

これが・・・快適というよりも、しばらくジョギングとか走っていなかったせいか、ちょっと回転をあげただけで猛烈な息切れ。(喫煙者ですからねぇ。)でも、それは1週間で解消。いわゆる有酸素運動を半年以上していなかったから、という感じだろうか。自転車でスピードを出して用足しするようになって、酸素の取り込みの方は相当に良くなったみたいで。よかった。
本当は、ジョギングとかで走りたいんだけれども、何というか、脊柱管狭窄症ってやつに、ちょうど1年くらい前に三脚から落ちたダメージが加わって(この表現が間違っていました。正確には、三脚の脚をきちんと固定して、揺すったりして安定を確認するという作業を怠ったまま上に乗って作業をしたために、ちょっと重心を移動した時に三脚そのものが倒れて、顔から地面に落ちて首に変な力が加わって首を痛めた、というのが正しいんだけれども、長ったらしく書くのが面倒で、三脚から落ちた、と説明はしていたが、話を戻して、)落ちた直後は、足の感覚が全くない上に、動かそうと思っても足が全く動かなくて、人生終わったと思った。ところが、救急車を呼んでもらっている間に、歩ける程度にまで回復して、(ドクターヘリまで呼んでもらってしまって、申し訳なかった気がするけれども、)今では、最低限の日常生活には困らない状況にはなっている。(説明が、長いなぁ。)こういう体をくれた、親父に感謝。(お袋、ごめんなさい。)
話の枕の説明が、やたらと長い。(僕のページを訪れる方は、それを承知で呼んでくださいませ。嫌なら、さっさと別のページに行ってください。)これでも、一旦書いた文章を、20行以上削った。実は、ちょうど、ほぼ1年前の出来事だと思い出した。
話を戻して。

この自転車。とっても快適だったんだけれども、ネジに被せてあるプラスチックのカバーが買った二日目に外れて落ちた。一ヶ月乗っていたら、タイヤの空気弁が緩んできて、走っているうちに空気が抜けかけた。(ただ、これは、締め方が不十分だったのか、メカニカルな問題ではなく、いわゆる「使用方法の問題」に分類されるだろうとは思ったが、)ギリギリ、パンクは免れた。結局、空気入れも(持っていたはずなのが、いずれも壊れて捨てたか、見つからなくて、)880円で、Made in Chinaを買って、空気を入れたら、もう何の問題も無い。昨日今日はかなり快適に使っている。

Made In Chinaでも、こうして一旦トラブルを経験して、そのリカバリ方法を見つけて、長い付き合いが始まると、いずれは「僕の自転車」になってくる。ここで、このページの本題を書いてしまおう。(訳が分からなくなる前に。)
かつて、Made in Japanは、アメリカなんかでは「安かろう悪かろう」の代名詞だったらしい。それがいつの間にか、Made in Japan自体がブランドになった。先輩方がコツコツ努力されたんだろうなぁ。今僕が乗ってる自転車のMade in Chinaも、この後大きく崩れなければ、たぶん「僕の自転車」で、今後10年、20年と「相棒」になってくれるんだろうと思う。そして、Made in Chinaが好きになると、そのうちにChinaそのものが好きになってくる。逆に、壊れて買い換えるようだと、「あ、結局中国製だもんね。」になる、と思う。たぶん、これは僕の先人たちの業績なんだろうけれども、かつての日本人の先輩方はひたすら誠実に、質の高いものを作り続けた、それがMade in Japanの今に繋がったんだろうと思う。
親父から相続したBMWは、しばらく前、「頼むから、ディーラーさんに着くまでは持ちこたえてくれ」と思って走らせて、着いた後、ディーラーさんで状況説明していたら、力尽きたように、駐車場にエンジン・クーラントの水たまりを作った。もう17年乗ってるのかなぁ。親父が乗っていた時期を加えると、車そのものは20才近い。なんだか今では、こっちの「気持ち」に「わかってるよ」と答えてくれそうな気すらする。Made in Germany, Hergestellt in Deutschlanedですけどね。Made in Chinaが、自信を持って「中國製造」を押し通す時が来るのか。

僕が小学校4年生の頃に親父が一式調えてくれた工具。ラジオペンチに、ニッパー。今でも使っている。当時のハンダはもう50年選手だけれども、まだ現役。ついさっき、電子回路の部品の取り付けに使った。基本的に僕はソフト屋で、ハード屋じゃないから、ハンダも、ペーストも、そんなに使わない。当時のニッパーとあわせて、もう、50年来僕の「相棒」で、いてくれている。拒絶とか否定の言葉ばかりいきなり聞かされたりすると、もう、何十年一緒にいても「相棒」には思えないんだろうな、とも思うけれど、それはさておき。
ニッパーは、とにかく力任せに金属を切るのに使ったこともあったから、さすがに50年経った今は刃こぼれが酷くて、細かいものの加工には使えない。代りが二つある。細かい作業は、もっぱら新しいのを使っているけれども、でも、今でも50年来の相棒のニッパーには、「力任せに何か金属を切る」場面には登場して貰っていて、結構仕事もしてもらっている。
このMade in Japanは、刃物で、日本製の刃物はかなり優秀なのかも知れない。以前、ニューギニアで生活を始める際に、スーパーマーケットで(一番安かった)ブラジル製の包丁を買った。ところが、包丁のくせに野菜を切るのに「ノコギリ」のような使い方をしないと切れない。今にして、「日本製の刃物」の凄さは、痛感する。で、この歴史。実は、もう千数百年以上の技術を脈々と引き継いでいる。

おそらく、中国にも似たような技術のルーツはあったに違いない。それなのに、中国の場合には、敵対する民族を滅ぼす際に、相手の技術的なルーツも根こそぎ消し去って存続してきた。同じことを今中国共産党がやっている。共産党に理解できないものは、ことごとく消し去ろうと、それが基本的な中国共産党のやり方なんだろう。ファーウェイを尊重する?極めて一過的な発想で、およそ、5000年近い歴史がある国家のくせにその技術的な伝承がなされないのは、今現在の中国共産党の体質が引き継ぐ、中国国民の気質が「技術の伝承」を阻害してきたんだろうと、僕は思う。

アメリカ?それは、トランプさんに体現していただければ、すぐにわかると思います。確かにアメリカはすごい。短距離ランナーとしての瞬発力には、目を見張るものがある。けれども、国家の歴史そのものがせいぜい数百年で、長い視野で物事を考える資質がが、アメリカ人全般的に欠けている気がする。(学者は、学問領域で長い視野でやってるけど)トランプなんて、せいぜい最大でも10年程度の損得しか考えない。それを、せいぜい5年か10年程度のスパンで判断する人が選挙で選んだ。アジアの感覚で言えば、アメリカからはただひたすら、「いいものを吸い上げればいい」というそれだけだろうと思う。(油に沸いている中東は、アメリカに染まっている気がするが。)

案の定、そろそろ、訳がわからなくなってきた。
明日は、師匠の講演会はない。今日、熊本でやってたんだろうなぁ。結構頻繁に、大阪、九州、仙台、新潟、などなどの遠隔地でも講演会をされているから、「遠征」には僕は行かない。本当は「おっかけ」したいところだけれども、仕事の都合、加えて、金がない。で、あ、明日の日曜日は師匠の講演会がないんダァ、なんて思うと、ついア×コ×ルが入って来る。(盗聴盗撮されても平然としていられるのは、慢性的に緊張感が抜けてなくて、唯一、×ルコ×ルとかニコチンが入った時だけ、ふわっとできるから、かも知れない。)変われない。破門されるのも、時間の問題。ってか、そもそも思い残すことが何もない。

相当にお酒が入っていても、(既に、9%チューハイで1Lくらいかなぁ)論理の展開だけはできるんだけれども、収束ができなくなる。(この状態では、ソフトは書けない。駄文は書けるけれど。)っていうか、そもそも、「主題」はもう書いたかも知れない。あ、思い出した。これが「きっかけ」だったんだ。(一旦、こうして壊れないと、中からの本音がなかなか出てこない。でも、ボトルで焼酎を買ってたら、最後まで論理をまとめることができかったかも。って、まだ書いてないけど。)

アメリカで、「こんまり」さんが人気らしい。(ここで、起承転結の「転」です。)
アメリカの場合には、単なる片付け術ではなくて、「すべてのものは、使ってもらうために存在している」というあたりの「発想」が、インパクトを与えているらしい。何を今更、なんだろうかとも思うが、使うつもりのないものを、所有する必要があるの?
「絵画」だって、見ていて自分が癒されるならば飾ればいいんだろうけれども、「値段が上がるのを期待」とかで所蔵するならば、それは「モノ」としての本来の価値は一切評価せず、「お金」のように「モノ」を扱っているだけ、なんだろうな、と思った。(そういうつもりでいると、遅かれ早かれ、モノの側が裏切って来るかも知れない。ってか、信頼を得られなくて、持ち主を捨てにかかるかも知れない。クルマでもね。)
この辺、おそらく日本人とアメリカ人には、相当に「感覚」に開きがある。

この話題、広げようと思うと、果てしなく広がる。「国土」はどうなんだ。「所有」とはいかなる概念なのか。

「使う」ことが出来るならば、「所有」する必要なない。
けれども、「自分の自転車」なんかを持って、愛着を持って来ると、意思疎通が出来るような気すらして来る。
で、基本的には「所有」しなければ使ってはならない。

「こんまり」さんの片付け術。僕ら、「断捨離」なんて考えて、不要なものを捨てて、生活空間をスッキリさせたい、なんて思っているけれども、こういう「モノが要らない」人が増えると、「経済」学的には明らかに問題があると思う。無駄を承知で、バカバカとモノを買って、消費して、捨てて、「品質が高い」モノを欲しい人は、それを長く使い続ける以上に、二つ目、三つ目を買わせようとする。だって、作って、売った以上はもう、相手のモノで、使われなくたって構わない。それが、合法的に「社会が潤うコツ」だったんじゃなかろうか。

ひどい話では、「武器」を売るためには、世界のどこかで殺し合いをしていてくれなきゃならない。それに乗っかっている多くの国々。安倍もトランプと話が合う訳だ。その辺の感性が全く一緒だもの。殺された人間よりも、金儲消したい「投票者」の方が大切。
「武器」という「モノ」を活用しようと思うと、こうなる。

経済学者が、カネのことしか考えない。そうなったら、もはや、政策提言なんて、出来ないんじゃないか?価値は色々あろだろう。「健康で長生きする」こと。「仕事で他者を牛耳ること」うまく、「今後を導ける経済理論」なんて、存在していないんじゃないかなぁ。
極めて個人的に、「国債発行無制限は、正しい」という理論は、違うと思うが、それ以外は全くわからん。
結局思う。「カネさえ儲かればそれでいい」という理論を経済学が支持する限り、トランプは消せない。

はい。「起承転結」の「結」まとめの言葉。
いや実は、書いていて思った。主題が三つか四つある。言いたかったことは、実は三つも四つもあった。自分でも、よくわからなくなった。(いや、シラフだとそもそも、こんな文章書くきになれない。酔いすぎると、論点が定まらなくる。

泥酔した私には、ページのまとめができそうにないので、これで終わります。一切読み返ししてない。文章や、論点の乱れは、本当にごめんなさい。読み捨ててください。

Fake Heat

トランプさん、明日来日か。

https://www.bbc.com/japanese/46354080
トランプ米大統領、米政府の気候変動報告「信じない」

https://www.huffingtonpost.jp/entry/weather-news-extremely-hot-day-may_jp_5ce7668be4b0a2f9f28c648e
5月に、35度超えの猛暑日? 運動会での熱中症対策と応急処置法は…

地球温暖化は嘘だそうだから、暑いなんて一言も言えないだろうね。
だって、まだ5月だから、5月は涼しいに決まってる。暑いなんて一言でも言ったなら、「だって、まだ5月ですよ?暑いはずありません」って切り返したいところだなぁ。

これでもしゴルフ場で熱中症とかになったら、それは「地球温暖化」のせいじゃなくて、ご自身が体温調節できないほどに老化しているだけ、ってことになるんでしょうね。そういうことに、しておきましょうね。

おからパウダー

三日連続で朝ドラを身損ねた。

月曜日は仕事があるから仕方ないとして、昨日と今日。布団の中でテレビを見ていて、つい眠ってしまって、ふと目が醒めると博多華丸さんのギョロ目が・・・

筋肉量を落とさずにダイエットするには、おからパウダーがいいらしい。なんてことをNHKでやったら、買いに行っても売り切れてるんだろうなぁ。広瀬すずの代わりに博多華丸・大吉で目覚める朝。

布団に潜るのが連日午前2時、3時。でもちょっと、寝すぎているかも知れない。

ダメ。ちゃんと起きて着替えて、きちんと正座して連ドラを見なきゃ。

分からず屋

俺、一体何を書いてるんだろうか?
なんて事を気にしていたら、30年前に発狂していたと思う。今更・・・

数日前から、得体の知れないPingがLAN内のWindows機に飛んで来ていたような気がする。
LANブートの設定を外していなかったら、突然Windows機の電源が入った。買いっぱなしの中古機。
納品するソフトのテスト用にしか使っていないから、ウイルスさえ残されなければ、ログインされてもほとんど困らない。
ただ、インターネットルータのFirewall設定見直さないと・・・侵入されたのかなぁ。さすが、スノーデンさんのお仲間はすごい。入間あたりから飛ばしてきたのかなぁ。

面倒くさいから明日見直す。今日はもう疲れた。
ただ、不快なので一応、牽制球だけ投げておこうかと思った。

もしかして、とは思うんですが、僕自身は、今時のあちこちのコンピュータに侵入出来るほどの技術なんて持っていない、と何度も書いた通りで、その気になれば出来たかも知れない当時だって、一線は超えてない。
面白いから時々そんなそぶりをしても、実は出来ない。
それっぽい結果が出た時の種明かしも、以前書いた通り。

こんな話を書いたところで、どうせ信じない人がほとんどだと思うけれど、僕らの「意識」なんてのは、それこそ数百億の「ヒト」の意識体に見守られている、とも言えるし、「監視されている」とも言えるし、要するに全部筒抜けだ、ということを、多少は気にしていてもいいんじゃないかと思う。あなたも肉体を抜けたら、きっとわかります、なんて言ったって、どうせ通じないし。
で、そういう方々のうちどなたかが、僕らに意識を送ってくれることも少なくないみたいで、実際にそういうのを受け取っている方々も、結構いらっしゃるはずだとも思うんだが、こちらも、何を書いても絶対にトランプには通じないと思う。

僕自身は、師匠の「言葉」を、可能な限り正確に、私自身の方法で「ちんどん屋」的に喧伝できたらいいかな、と思って、無手勝流で書いている。方法と内容が正しければ、今後も上からのサポートがあるだろうし、間違っていたらそのうち僕も原因不明の病気か何かでいなくなるだけだろうし、どっちでもいい。とにかく自分が正しいと信じたことを続けるだけ。
そうこうしていると、唐突に、トランプは今回、あわよくば何発かのミサイルをシリアの時のようにイランに打ち込むつもりかもしれない、とか、その口実を、あたかもイランが仕組んだかのように見せかけて騒ぎを起こせと、諜報機関に指示を出すかも知れない、とか、そんな意識が飛び込んでくる。「そんな気がした」程度しか受け取れないけれども、あとは、「今ここで、何かを書かなければ」と僕自身が判断したら、それを言葉にして、こうしてWEBに書くだけ。ただそれだけ。もっとクリアに受け取れていたなら、もっと断定的に書いてる。できないから、あやふやな書き方しかしてない。ただそれだけ。
だから、実際にトランプから騒ぎを起こせという指示が出ていたのかどうかは、実のところ「知らない。」
ただ、こういう綱渡りを30年続けてきて、そこそこ結果がハマってるのならば、まだ僕もそんなに大きく間違ってはいないのかな、とは思う。
なんてことを書いたって、トランプが信じるとは思えない。

トランプが、神の実在をカケラも信じていない。それだけはわかる。そういう方々が今普通に生活している方々の中でも3〜4割くらいはいると思う。しかも、軽々しく「神」という単語を口にして自爆テロなどを行う、とりあえず毎週礼拝は欠かさない、そんな人たちの中にも、実は神など全く信じていない人が少なくないことも、たぶん、上には筒抜けだろうと思う。
日本人でも1〜2割はいる気がする。一方で、神なんかいるはずがないと公言しつつ、意識の深層では信じている方々も少なくないと思う。だから1〜2割。
でも、そんなところにツッコミを入れるのは僕の役割じゃないし、越権行為は絶対にしたくない。後が怖い。ちんどん屋はちんどん屋。形骸化した宗教の「形」を壊して文字通りの「骸」にするのは、その役割を持った方々。

権力を手にした方が「人として超えてはならない一線」を超えた時、あとあとどうなるか、間違いなくご存知無いだろうけれども、どこかで聞いたことはないんだろうか。トランプの取り巻きが大好きな銃火器を使う街のチンピラ、程度なら、そこそこの深さで留まれるみたいだけれども、権力を手にしてからだと、ちょっと表現しがたい。
そう言う意味では、今回は、トランプに助け舟を出したとも言えるんだけれどなぁ・・・トランプは単純なバカだけれども、凶悪ではない。行先の見えてる、もはや「凶悪」の域に達している国家元首は、超大国も含めて少なくない。人の住んでいる場所に、火薬などを積んだ何かを発射するように命じたことのあるような方々は、そう簡単なことでは挽回できない、数万年のロスは覚悟しておいた方がいいように思うけれども、どうせ信じてはもらえないだろうから、気にしないでください。ってか、どうせ人間なんて、死んだらそれっきり、だと思ってるでしょ?議論が噛み合うはずがないから、黙って見ています。どうぞ、ご自由に。

そして再び、ついさっき、目の前で起きたこと。
もしかして、僕がアメリカの諜報機関に侵入して、トランプが出した指示を読んだかも知れない、なんて、トランプは考えたんだろうか?イスラム国の時にFacebookでやったアレ。種明かししたと思うんだが。人の言うことを信じてないから、僕がコンピュータを使ったと考えた?買いかぶってくださって、どうもありがとうございます。面白いから、このまま買いかぶってくれたままでも、一向に構わないけれども、頼むから、僕の私生活の邪魔はしないで欲しいなぁ。日本の公安だかマスコミだか知らないけれど、私生活を根こそぎ表に出されて、好きな誰かをその生活に巻き込むとか、そんな中で子作りするとか、そこまでの神経を持ち合わせられなかったお陰で、今知人に「お子さんは?」なんて聞かれても「いませんから。」としか答えられない。もう、僕の人生はそれでいいけれど、生活だってそんなに楽じゃないんだから、頼むから私生活の、特に仕事の邪魔だけはやめて欲しい気がする。

いや、トランプほど面白いオモチャはないかな、と言う気もする。おちょくったり、突っ込んだりする題材に、事欠かないもの。経済が破綻したって僕には縁がない話だし、安倍が取り入ってるから、日本を敵視することは当面なさそうだし。暇がないから全部にツッコミは入れないけれども、ツッコミどころ満載のツイート。
本気でイランの軍事拠点に何発かミサイルを撃ち込んで、イスラエル寄りの婿殿の機嫌を取ろうかとか、次の大統領選の「材料」にしようかとか、思っていた、としたなら、恐れ入る。そうやって殺される人たちに、家族がいる、なんてことを、カケラも想像できない脳みそのなさ。今後はもっと、オモチャで遊ぼうかなぁ。

さすがに怖いから、今、ルーターの電源を切っていて、最新のニュースは見ていないけれども、あのロケット砲攻撃の犯行声明は出たんだろうか。どんなテロ組織も、出しようがないんじゃないのか?
いっそのこと、アメリカの国家予算から数億ドルを親イランのテロ組織に渡して、「犯行声明」を出してもらったらどうでしょうか?そうしたら、イランを攻撃する大義名分が調うんじゃない?名案だと思いませんか?

「正式な終わり」って何?

https://www.bbc.com/japanese/48331539
If Iran wants to fight, that will be the official end of Iran.
Never threaten the United States again!

Official End of Iran?
この「正式な終わり」って、どういう状況のこと?
仮に戦争で疲弊しても、ペルシャ人が生き残っていれば、おそらくイランを再建する。
ということは、一人残らずペルシャ人を殺すっていう意味か?「大量虐殺」宣言、としか思えない。
そんなことをしたら、Officialに終わるのはアメリカの側じゃなかろうか。

で、Officialって、どういうこと?国連かどっかから「イラン」を「国家としては認めない」なんていう決議を出す、っていう意味か?既に国家として存在している国に、どんな機関がどんな”Official”な判断を出せるの?意味がわからない。

あるいは、軍事力で植民地として支配する?っていう宣言?そうしたら「イラン」という国家は消滅するかも知れないなぁ。でも、このケースでもやはり、今時そんなことをしたらOfficialに終わるのはむしろアメリカのような気がするし。
何よりも、まともな植民統治ができるとでも思っているんだろうか。誰が統治者に従う?

“Never threaten the United States again!”
この感嘆符。感嘆符を見るたびに思い出す話題がある。

かつて教員だった頃、「文章表現法」の授業で、(ちょっとネタに困って)漫画雑誌の紙面から一ページを抜き出して、登場人物の「セリフ」を全部抜いて、「この状況で、登場人物の状況を説明しながら「会話」でつないで、物語を作ってください」みたいな課題を出したことがあった。十数名の少人数の授業。
課題の意図にきちんと答えてくれたのは女子学生が数人。
「難しいし、よくわからない」といって、ほとんど白紙で提出した学生が3割くらいいたかなぁ。
「先生、俺この漫画読みました」と、そのオリジナルのストーリーとセリフを書いた学生が数人。
そして、絶句したのは、2〜3名の学生の課題提出だった。
「ズーン!!」「ドヒャー!!!」「ドドドドド」「ギュイーン」みたいな、なんだか場面にあっているんだかいないんだかよくわからない「擬音」というか「擬態語」というか、それしか書かれていない答案。
細かいところは、全く覚えていないけれども。そして、何よりも気持ち悪かったのは、感嘆符(!)の多さ。
「ギュイーン!!!!!!!!!!」みたいな感じ。
課題の出し方を誤った、と実感した。そもそも、「難しくてわかりません」って、「創造」とか「想像」の放棄も困ったものだけれども、表現力のなさ。その表現力のなさを補う感嘆符の多さ。
この時は、(もう、どういう表現だったか忘れたけれども)この「ギュイーン!!!!!!!!!!」みたいな提出物を見た後、鳥肌がしばらく止まらなかった。
想像力とか、表現力とか、期待した私が悪かったのか。それでも偏差値的には「平均」的なはずだったんだが。

トランプのツイッターでの感嘆符を見るたびに、この「ギュイーン!!!!!!!!!!」を思い出す。脳味噌の代わりに糠味噌が詰まっているんじゃないかと。要するに、品がない。ちょっと鳥肌が立ちそうなツイートで、だから僕も、余程の場面でないと感嘆符は使いたくない。学生相手だと、またちょっと違うけれど。

品がない、というか、そもそもがあの”Official”にしたって「意味不明」な勢いだけの言葉を発している。単に品性を疑わせるだけではなく、知性も疑わせる。

そもそも、米大使館近くに打ち込まれたというロケット弾。犯行声明が出ていない。「テロリスト」の誰かが本気でやったのならば、犯行声明を出してナンボじゃなかろうか。だとしたら、あのロケット弾は、アメリカの自作自演じゃないかという気がする。

トランプは、ユダヤロビーとか軍需産業ロビーの言いなりなんだろうか。
漫画の中だったら大量虐殺しても誰も困らないけれども、アメリカの大統領が、漫画と現実の違いを理解していないっていうのは、恐怖以外の何物でもない。

イスラエルもなぁ。今日本と韓国がどういう状況になっているか、興味ないだろうけれども、イスラエルとパレスチナが将来的にどうなるか、多少は他山の石にならないだろうか。

いや、トランプには「他山の石」なんていう極めて難しい知的作業を期待しないけれど、イスラエルとか、サウジアラビア、イランなどには期待したい。

ちょっと、話題に出遅れた。でも、まだロケット弾の犯行声明は出ていないみたいだし、どうせトランプの自作自演でしょ?

いきいき百歳体操

区長さんと、前区長さんに強く勧められて、参加した。
名前からして「えぇ〜?」と思っていたんだけれど、結局、これは続けようと思った。
毎週土曜日の9:30〜11:30

会場に着いたら、前民生委員のSさんに声をかけられた。
にっこりしながら、「初めての参加?」「はい。」
次の一言。「少し太った?」
すかさず、否定した。
「少しじゃないです。」

「半年後の私」という目標宣言みたいな欄には、たった一言
[ やせる ]

老人会の会長さん、というか、前区長。「今日から、男性陣が二人加わります。」とのご紹介。
副区長のMさんも、区長とかに強く言われての初参加だった。お互い、素直ですねぇ・・・
いかんせん、女性ばっかし。見渡す限り、女性ばかり。
男性は、私ら二人を足しても全部で5人だったかな?そして、私が最年少。出不精の人が多いんだよなぁ。私はデブ症だけど。
ちなみに、私はまだ「平成クラブ」(地区老人会)の会員資格は満たしていない。
まだあと数ヶ月。時間の問題だ、とは思うが。
残りの30人近く、多いときは40人近く参加があるらしいけれども、ほとんどが女性。
この地区の女性は、皆さん元気だ・・・
名前がなかなか出てこないんだけれども、4年も会計をやってると7割方、見覚えがある。(名前を覚えるのが、苦手)

太極拳みたいな動き、なんだろうか。重りをつけてゆっくり動かす、というのが予想外に効く。
先週の地区役員会で区長さんとかに言われてしぶしぶ、今日いきなりの参加だったので
重りの個数が足りなくて、私の重りは一つだけ。
ちなみに区長さんは10個つけているらしい。一個500gかな?
「女性でも、7つとかでやって人いるよ。」おっと。

すみません私、とにかく腕力、筋力、体力がないもので・・・
育ちがいいから、箸より重いものは持ったことがないし。

前平成クラブの会長Wさんが、終わってから、やはりニコニコしながら話しかけて来た。
「結構、効くだろ?」
確かに。普段使わない筋肉を使っている感がすごい。
ってか、こわばってる体をほぐすにも、かなりいいかもしれない。

ちなみに、納期直前の私は、もう、机に張り付いたまま指先と目しか動かさない状態が連日続くから、
これはやはり、毎週参加したいと思った。
その「納期直前」には、血圧が180/90とか、もうヤバイんじゃないかと思っていた。
けれど、今朝、体操前に言われて測ったら
(人前で血圧測って、高血圧がバレるなぁ、と思っていたんだけれども)
138/80mmHg
相変わらず、下が高いけれども、まあまあかなぁ。
全身運動をほとんどしていないから、下が下がらないのは仕方ないかも。
納期前はやっぱり、血圧がどうしても下がらない。
で、どうせまた、次の仕事に取り掛かると、また跳ね上がる。
仕事のリズムと時間帯がうまく噛み合わなくて、ジムやめちゃったし。

ターゲットが高齢者だから「いきいき百歳体操」なんだけれども、
これは、案外デスクワークの中高年にもかなり有効な体操かも知れない。

一年くらい前、「だいたい、なんでもかんでも『いきいき』とかつけたがるのは、行政もセンスがない」みたいに、揶揄したことがあった。
ネーミングのセンスがない、とは、やはり思っているけれども、でも、中身は結構よく考えられていて、これは続ける価値があると思った。

試してもいないのに、けなすのは良くないと、反省いたします。
でもなぁ、「いきいき百歳体操」に毎週参加します、なんて、
あんまり自慢げに人に話せる話題でもないような気がする。

恥ずかしいから、ここだけの話、ということにしておいてください。

いけにえ

そこまですごいか、と思った。
https://allreviews.jp/review/3290

トランプは「どこで戦争を始めれば、最も強い大統領としての支持を得られるか」を模索し、今はイランにターゲットを絞っている気がする。駐イラク米国大使館関係者に「退避」を支持したのは、ブラフではないような気がする。
「アメリカにとって悪い奴をやっつける、カッコいいアメリカ大統領」になるのに、何をしたら効果的か、程度の発想しかないような気がする。(小学生程度の言葉遣いしかできない人だから、こういう表現をした。)イランは完全な濡れ衣で、誰が見ても言いがかり以外の何物でもないとしても、トランプが一度口にした「嘘」を撤回することはあり得ない。だとしたら、イランは完全にアメリカに「宣戦布告」されたに等しい状態になっている気がする。どう見ても「侵略」だと僕は思う。
ただ、多くの政策が裏目に出て(裏目に出て、というよりも、最初からわかっていたことのような気がするが、本人が思い込んだら誰の忠告も聞かないだけだったのが、忠告された通りになって、ということか)大統領選に「成果」を謳えるものがない。そこでの切り札が、どこか「いけにえ」を見つけての戦争であり、イランは格好の標的にされた形のような気がする。

何か混乱の糸口があったら、イランが自重しても、イラン以外の「反米」勢力が勢いづくような気がするし、イエメンの親イランの勢力がドローンでサウジアラビアのパイプラインを攻撃したのなどは、ほんの「前兆」にしか過ぎないような気がする。
アメリカが「掃討作戦」を展開してきた相手、アフガニスタンにもパキスタンにもいると思うが、一斉に彼らが活気付くのが一番困る。大義名分を待っていたのかもしれない。そうした大義名分を掲げると、(過半数のアメリカ国民がトランプを選んだように、)社会に不満を持つ世界中の若者が、例えば、イスラム国のような過激な主張に憧れ、そうした団体に流れる。トランプの「過激思想」が、他の「過激思想」の燃料になってくる気がする。結果として、新たな「難民問題」がどこかで発生し、すでに飽和状態のヨーロッパには、EU分裂の追い風にもなるだろうし、いい結果など何も考えられない。
(悲観的で、ごめんなさい。)

イランも、サウジアラビアも、政府として動く場合には抑制的に、原則としては「戦争」を回避するような動き方をするだろうと思う。個人的には、戦争が「最後の手段」だとしても、今の時代デメリットの方がはるかに大きい気がする。そうして彼らが「戦争」を回避したとしても、トランプは「虚偽の口実」を作ってでも開戦する気がする。そんなのは簡単だ、アメリカの工作員が「イランが先に仕掛けた」状況を作って、それがバレたとしたって、シラを切ればそれで済む。そういう大統領なんだろうと、つくづく思う。

今、イランがトランプによる「いけにえ」になるのを看過すると、火の粉は全世界に降り掛かるような気がする。

学ぶべきこと

最近、思うことがある。
かつて(今でも?)ビジネスに軸足を置く社会人の基本として、日経新聞を読む、というのは(すべてではないにしても)よく言われたことだったような気がする。
何が起きているかを、経済の視点で読み解く。発注総額の大きい大企業の幹部が何を言ったか、経済規模の大きい国家の首脳部が何を発言したか、資源を有する地域で何を起きているか。当時も今でも、日経新聞はそうした情報を伝えることに軸足を置いた新聞だったと思う。
過去形にしてごめんなさい。僕個人が、人間的にもまるで仕事にならなくなって、購読してたって読まないだろうって親に言われて、確かにと思って購読をやめたのが、もう二十年近く前か。そのあとはよくわからないけれども、最近でも、農協窓口の待合席やら、ネット配信やらで目にすると、懐かしさは感じる。
この段落で言いたかったのは、日経がどういう新聞かという話題じゃなくて、「大企業の幹部」とか「大国の国家首脳部の発言」とか、そっちの方です。

軽いと言ったら、どこかの国家元首の発言だろうか。ほとんど何も考えていないんじゃないか、っていう感じで、ツイッターにホイホイあれこれ書いていて、その度に世界が振り回されている。

主題。学ぶべきこと。どんな環境だって、必ず「学習教材」は転がっている。
なんだか、そんなことを思う。今にして思うと、糞みたいな経験が自分の中で熟成して、気付いてみると信じがたいほど、他人には真似のできない「貴重な経験」になっていたりする、そんな素材はあるような気がする。

人生を儚んで自殺を考える年寄りには、同情しようとは思わないけれど(これまでに、いくらだって考える機会はあったはずだし・・・)「年寄り」と言われるくらい生きてきたのなら、どんなに体が衰えたって生き抜く知恵くらいは持てていて欲しいという期待もあるし、そっちには言及しないけれども、若い子たちの「自殺」には、やはり思う。とりあえず、耐えてみなよ、と。ゴミみたいに扱われて、プライドがズタズタになったって、必ずきっと挽回できるチャンスはある。なんだか、そんなことは思う。その「プライドズタズタの経験」が、時間が経ってみると「すごくいい貴重な経験」に化けたりする。これは私だけじゃなく、経験している人は多いと思う。「ここにいるのは、私じゃない。私の仮の姿なんだ。」なんて自分に言い聞かせるのも、結構有効かも。
って、これも実は主題じゃない。

「超大国」の国家元首が、ツイッターで何かを発言をしたって、「ああいう人」の発言っていうのは、適当にあしらうのが、案外「正解」じゃないか、っていう気がして来た。空母がスエズ運河を超えたらしい。まったくなぁ。イランには、なんとか、過敏な反応はしないで欲しいと思う。「政策判断」として「核開発」を選択したくなる気持ちは、わからんでもない。そもそも、「核を持っていい国」と「持ってはいけない国」が存在すること自体がおかしいと僕は思う。「核を持っていい国がある」という前提が崩れない限りは、「誰もが持とうとしてもいいはずだ」という論理は正しい。日本政府のアメリカべったりには、×吐が出るけれども、日本政府には頼らずに「被爆国日本の国民」が動く、というのが、これも「正解」なんじゃないかと思う。民主国家日本の国民には、政府を変えられるはず。実際に変えることができるまで、「有志」が発言を続けるしかないと思うし、そうした日本のNPOが国際機関で認められるならば、とにかく地道に、コツコツと、自らの信じる「筋」を貫き通し続けるしかない、と僕は思う。
って、これも実は主題じゃない。(言いたいことがありすぎて、収拾がつかない。僕の悪い癖だ。)

日経新聞で、どこかの国家元首が、こんなことを発言していたと報道された。それを受け止める感覚と、ツイッターでどこかのアホが何かを言っていたと、それを読んだ感覚とを、同じに受け入れるべきじゃない。何を言おうが、あくまでも「個人の感想」だとして流すのが正解、だと僕は考える。いや、むしろ今こそ、そうした対応を徹底すべきだ。国家元首が何かを発言するならば、公式な場で、その国の国家元首の「公式な発言」として記録に残る場所で発言したものだけを、publicなものとして認識し、それ以外は「個人の感想ですね」と受け流すように、情報の受け手側が意識改革すべきなのかもしれない。

かつて、フェアチャイルドは、(細かいストーリーは忘れたけれども)いち早く何だったか(戦争の勝敗だったかなぁ)情報を掴んで、それで一気に大財閥となる足場を築いた、と理解しているんだけれども、そのストーリーはググらないとわからん。記憶にない。その中身の知識を、僕は持ってないけれども、気にしないでください。(金儲けにそもそも、あまり興味がないので。いい生活はしたいけど。)
そんな「歴史的な教材」があったものだから、いち早く「ビジネスに有益な情報」を入手することが、ビジネスマンとしても「大切なこと」になった。これは多分、全世界の共通認識だと思う。だけれども、考えるべきは、あのアホの存在だと思う。あのツイッター投稿に振り回されて、そこに何らかの「ビジネスのチャンス」を見出せるかどうか。どう考えたって、気にすること自体がマイナス材料にしかならないような気がする。(そもそも、内容そのものに、長い目で見てプラスになる要素がほとんどないんだから。)
だとしたら、「政府の公式な場での発言」以外は、スルーする、っていうのが、あのアホ以外にとっての「防衛策」であって、「賢明な対応」であるような気がする。

今の時代を生きるすべての人が突きつけられている現実は、「真贋を見抜く目」だと思う。例えば、スパム。
Amazonを語って「アカウントが凍結されました」なんてのが、つい一昨日もメールの「スパムフォルダ」に分類されて入っていたのを見つけた。この辺になると、僕個人はまだ、一応は情報技術の専門だから多少技術的にどうこう出来るけれども、普通に生きている一般の方には、簡単には見分けがつかないと思う。「この情報はフェイクだ」と真贋を見抜く心眼が必要なんだと思う。「あの大統領は、存在そのものがフェイクだ」と、それを見抜けなければ、世界の未来が危うい。そこまで来ている気がする。そう思いつつ、曲がりなりにも大統領としての権限を振るっているならば、(いや、その国にもフェイクじゃない国民が多数存在していることは、無論承知しているけれども、トップがフェイクだから、仕方なく、)「あの国は、フェイクの塊だ」と、そうした外交上の対応を前提として、適切にしてかつ、適当にあしらう以外に方策がないような気がする。そうした経済行動を取らざるを得なくなるような気がする。

段階的に、徐々にというよりも、凄まじい勢いで「国家」が風船の如く軽くなっていく気がする。あのアホを見ていて、そう思った。本気で世界の未来のことを考えている方々も少なくない国連機関で、国家首脳部よりもNPO, NGOの中心人物を招くようにシフトしているのが、その象徴なような気がする。この流れを定着させるべきだ。地球という「人」の集まる集団は、「国家」の集団である以前に、「人の集まる共同体」であるべきなのだと、僕は思う。
こんな言葉を書いている僕自身が「歯の浮くような表現」かもしれないと思いつつも、猛烈な勢いで「現実味を帯びつつある」ことに、期待を隠せない。地球は一つであるべきで、どこかの国だけ”First”なんていうのは、巨視的に排除すべきだ。協調性を持つ意思があるならば、無論受け入れるべきだろうけれども、そうでないならば、すべての歯車を外すべきだ。

「あのアホのツイッター」を、どう効果的に無視できるか。その具体策は何か。それは、なんともわからないけれども、「公式発言」でない限りは、マスコミが「シカトする」なんていうのは、結構効果的かも。(こういう具体策は、イジメにあった当事者でないと、なかなか思いつかないかも。)何を言おうが、マスコミが扱わない。唯一、あそこ、何でしたっけ、ブラックハウスじゃなくて、何とかっていうあそこの公式な場で発言した内容だけを報道するようにしたら、かなり、状況が好転する気がする。

で、面白いことに、そんなことはあり得ないと思うけれども、こんな極東の一個人が書いているブログを、あのアホが読んだとしても、おそらく全く「ツイッター投稿」の癖は変わらない、なんだか、そんな気がする。ムキになってツイッター投稿を増やしそうな気もする。

急務といえば、経済もそうだけれども、地球温暖化対策。これはもう、あのアホの国を抜きにして具体的な行動施策を決めるべきだ。核廃絶。なんとか、ロシアや中国に、再考を促したい。日本だって、考えるべきだ。ロシアや中国から日本国内に向けて、いつでも発射可能な核弾頭が一体何発あるのか、ロシア政府や中国政府に確認した上で、あのアホべったりを貫いているのか。日本のあれが言いそうなことはわかる。そんなことがあったら、あのアホが片っ端から「反撃ボタン」を押すはずだから、そんなことはあり得ない。そう信じたい気持ちはわかるけれども、そこまで人間的にあのアホを信じ切れるのか。「100%一緒」はご都合であって、万が一「発射されたミサイルの標的が日本だけだ」と国防総省が計算で出したなら、その後の自国の立場を優先して、日本を見捨てる、そういう人間性の持ち主があのアホだということを、日本側のアホは理解してない。僕はそんな気がする。人間性として、信じ切れる相手じゃない。シロアリ駆除の営業さんの口車で騙される独居のおばあちゃんと、日本の山口県選出のあのアホが、重なって見える。信じたいんだよねぇ。信じていたら、安心していられるような気がするから、ついつい、乗っかっちゃうんだよねえ。笑えない笑い話だけれども、自虐的に笑うしかない。

ロシアに対する欧州を軟化させるには、旧ソ連を引き摺った「どの国家を支援すべきか」のリストの見直しをプーチンさんが行うべきだ。EUが過激になっているのは、難民の流入だと自分は理解する。その原因のかなりの部分に、ロシアが関与している。民主的ではない、という理由で、アメリカは難民算出国を「危険国家」として扱う。危険国家として扱われた国家元首が、ロシアや中国に泣きつくから、ロシアなどはその国を支援する。その流れが旧ソ連以来続いているとしても、切らなければ、ロシアはEUとは和解できない。
そもそもが、カラシニコフの輸出を止めろと思う。大量破壊兵器の輸出を止めろ、以前に、そう思う。「柔良く剛を制す」なんていう考え方をプーチンさんはご存知なのかなぁ。そういう考え方に基づくならば、ロシア固有の文化には(いや、東欧もそうだけど)、日本人以上に西欧の多数を引きつける郷愁を持った文化的慣習が少なくない。それは何百年を経て形成されたもので、時間が気づきあげた財産だと思う。「ソビエト連邦」の「共産主義」なんて、そんな何百年もの歴史は持っていないと思う。
ヨーロッパに振り向いてもらえないならば、北方領土を餌にして釣り上げられてくれそうなあの山口のアホ、を相手にするんじゃなく、イタリアの血を引くあの世界的なアホすらも、(白人中心だから)今のところ手を出そうと思っていない欧州に、もっと目を向けて、和解の糸口を探るべきなんじゃないか、という気がする。

なんてね。俺、何を書いてるんだろう。気にしないでください。勝手に手が動いたから、書きたいことを書いただけ。ちょっと、暴走しただけ。

環境構築

動かん!うー、互換性の問題か?

設定で、焦っているから、いかんのか?

Pythonもいい言語なんだけど、時々こう、時間をいっぱい損する。

って、なんだか、「うー、互換性」のあたりから、問題解決と全然別のことを必死で考えてるような気がしてきた。

つまらんダジャレを連発してる奴は・・・(自重します。)

(さっきから、日本茶でラリってる気がする。)


果てた。頭から火を噴きそうな気がする。まだ9時だけど、もう寝る。

統合開発環境も、とうとう迂回は着かんき。よう。(もう、グダグダ)

明日は師匠の講演会だ。なんか、こう、ええんかい?

けどなぁ・・・何とかしないと。お金の話を聞くのが、おっかねぇ。

うるせぇ、オヤジギャグじゃなくて、ジジイギャグだ。文句あるか!

事実誤認があったみたいで・・・

ニュースのまとめサイトの流し読み
日経が、米中決裂の原因の詳細を報じていたらしい。
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO44472600X00C19A5MM8000/
そっちか。僕はてっきり、著作権とかブランド保護とか、そっちが原因だと思った。

ニューギニア方面遺族会の田所会長が主催するツアーで、ツアー・アテンド的なお手伝いをやってた時の話。もう20年以上前。
田所さんのしていたベルトがブチっと切れた。田所さんの体型がねぇ。ほとんど球形だったから。今ではもう、あまり他人のことを言えないけど。「小林くん、ベルトが切れちゃったんだけどさぁ。」はいはい、買ってこいってことね。雑貨屋で探す。”Yves Laurent Saint”と書かれているベルトがあった。イブ・ローラン・サン?どこかで聞いたことがあるような。1キナ(当時のレートでほぼ100円)。これでいいか。旅先の一時しのぎだし。
その翌日、見事にスコールに見舞われた。慰霊で村に入っていたから、どうにもならない状況で突然(と言っても、30分くらい前から雲行きが怪しくなっていたけど、)土砂降りの雨に降られて、皆さんズブ濡れ状態。用意のいい方は、カッパを出していたかな。田所さんとか僕なんかは、変に現地慣れしている自負があったから、傘もカッパも持っていなかった。現地の連中なんて、いきなり石鹸を持ち出して、土砂降りの雨の中で体を洗い始めていたし・・・
そうしたら、田所さんのベルトがまた切れた。「小林くん、切れちゃったんだけどさあ、これ紙だよ」え?確かによく見ると、紙を何層にも重ねていかにも「革」っぽく見えるようにはなっているけれども、切断面を見たらどう見ても紙だ。”Yves Laurent Saint”の紙でできたベルト?100円?いや、ちょっと待て、例のあのブランドなら、Yves Saint Laurentだろ?あ、そうか、とやっと気づいた。(鈍くてごめんなさい、状態)どこの国とは言わないけれども、あの国の格安商品か・・・
結局その後、カーキ色の布製の5キナ(約500円)のベルトを買い直して、それで帰国してもらったけれども、あのやたらとロゴが似ている”Yves Laurent Saint”は、いまだに記憶に焼き付いてる。

こんな感じの粗悪品の話題はいくらだってあるんだろうけれども、事務所に帰ってラジオをつけたらNHKで「中国のスーパーコピー」の話題をやってた。終わり間際の数分だったけれど。今はもう、「本物」と見分けがつかないくらい精度も品質も高いコピーが出回っているらしい。そんな話も聞いていたから、てっきりこっちが「決裂」の原因かと思った。こっちの話題は、仮に中国政府が本気を「見せた」としても、イタチごっこが続くんだろうなぁ。ぶっちゃけ、「コツコツと努力して、ブランドイメージを築き上げる」なんていうのが、馬鹿らしくなる。なんとかならんのか。でも、そっちじゃなかったらしい。

日経が報じていた「助成金」の問題。引用したサイトが、ニュースを読んだサイトと違う気がするけれども、前々から日本もEUもクレームを出していたらしい。それならば、アメリカはもう米中の個別交渉に切り替えている訳だから、アメリカとは無関係に日本やEUはWTOを通じて問題解決を図り、WTOにその能力がないならば具体的なWTOの改革に言及すべきなんだろう。
周主席がどれだけ経済政策で国際問題と国内問題の調整をつけられるか、相当な力量が試される話題なんだろうけれども、トランプみたいな単なるアホとは、周主席は違う気がする。

確かに、面倒臭いだろうと思う。国際機関の「あり方」を論じるなんて、時間がかかりすぎるかも知れないけれども、そちらの制度や機動力を整備していかなかったら、ゼロサムどころかマイナスサムの駆け引きにしかならないと思う。ちょうど日本政府は、WTO改革に言及するつもりらしいし。

トランプは”Only Amerika Wins”を考えているんだろうけれども、明らかなマイナスサムゲームで、長期的には全体的なマイナスがアメリカにフィードバックされて、アメリカも負け組に加わる気がする。
あたしゃ、経済はど素人だから、どれだけ的を外しているかわからないけれども、

ちょっとばかし、論点を外した気がした。あたしにゃ、全然関係ないから、どうでもいい話題ではあるんだが・・・
きっと死ぬまで、全ての話題を「人間の実体は、霊体」っていうそこに落とし込むつもりで、それができる限り書き続けようと腹をくくってはいるけれども、さすがにこの話題は落とし方がよくわからなかった。

アメリカン・ヒーロー

映画の予告編に食指を伸ばすと、ついハリウッド映画も多くなるけれど、一つ前にも書いたかなぁ、マーベルのあのアメリカン・ヒーロー・シリーズ、スーパーヒーローの活躍っていうのが、ただ腕力を奮うのと破壊するのと、そんなのばっかしで、アメリカのスーパーヒーローっていうのは、なんだか、スーでパーなだけな気がする。いや、日本語の語感での表現で、すみません。どうしても、トランプに被ってしまう。スーでパーな大統領。
こんな私でも、ご本人を前にしたらきっと、「あなたって、本当にスーパーな方ですね」とかなんとか、ヨイショするとは思うが。(私にそんな機会があるとは思えん。古坂大魔王さんに、この一言、言ってもらいたかったな。)

本質的にトランプは有色人種を見下している気がする。立場上、安倍総理にしても習主席にしても、礼儀だけは守っているように見えるけれども、白人が中心の欧州とアジアとでは明らかに基本姿勢が違う気がする。もっとくだけた言い方をするなら、アジアを舐めてる。

ちょっと話が逸れる。
最近、あちこちのシステムダウンの話題をよく聞くけれども、とにかく開発の頭数を揃えての人海戦術なんていう気がする。たぶん、「不測の事態」に備えた細かいトラップを入れている余裕がないんだろうと思う。
数日前、教科書に掲載するプログラムの説明で、i==0 (iが0と等しい)とするのが一般的な「判定式」なのに、僕はi<=0(iが0以下)という判定条件を書いた、その説明を追記した。論理的には、i==0が終了条件なのだけれども、マシンが暴走したらどんな値をとるかわからない。「暴走させない」ことを考えたなら、この不等号を入れることで、少なくとも、そのロジックの部分ではマシンのフリーズを回避できる。「論理的にはあり得ない」けれども、「不測の場合には危険性がある」から、それを回避しただけの不等号で、その説明を教科書に書き込んだ。
学生の書くプログラムを読んでいて、こういう「万が一を想定したロジック」なんていうのは、わからないんだろうなと思って、教科書にこれを書いた。組み込み系のソフト屋のサガです。何があっても暴走はさせない。落雷なんかでサージが入ると、ビットが書き換わるなんていう現象は普通に起きる。そういうことを意識しないソフト屋がほとんどだと思う。だから、割と簡単に落ちるシステムが乱立してきている。まだ、チェックインのシステムだからフライトのキャンセル程度で済んでるけれど、これが原子炉の制御だの、航空機の管制システムだのだったら、どうなることやら。いずれこういう事故は急増すると思う。

今日やっていたニュースでは、トランプは、イランが「常識的な対応」を取ることを想定して、あえて挑発しているという解説があった。僕もそう思う。そもそも、イランは何も「合意への違反」をしていない。濡れ衣を着せられて、怒りも半分、困惑が半分という感じじゃなかろうか。だから、トランプはアジア人を舐めてるんだってば。気にするなって言いたいけれども、経済制裁されたら、黙ってもいられないだろうし。手始めは、同じく有色人種が多いメキシコやら中南米だった。次は中国で、今度はイランか。将棋で言えば、全部の歩を一つずつ前に進める、それこそが最良の手だと信じている、それがトランプ。それを見越して、すかさず擦り寄った安倍総理は、甲乙丙丁で言えば、乙くらいだったのかもしれない。バカはヨイショするに限る。(話が逸れるなぁ。)

現実の戦争には至らない、だからそのギリギリまでは脅しをかけて、国内向けに「スーパー大統領ぶり」を発揮しようと、そういう魂胆なんだろうと思う。ただ、仮にイラン政府が抑制的な対応を取ったとしても、現場レベルになったら何が起きるかわからない。頭にきた誰かが一発発砲したら、たぶんそこから一気に何かが起きる。トランプもツイッターをそういう使い方してるけれども、今は「見せる」ための行動も少なくない。トランプも自分だけじゃないと知っておくべきだ。誰かが頭にきて、ミサイルのボタンを押したら、もう取り返しがつかなくなる。だから、真に国民のことを考える賢明な国家指導者だったら、そうした事態を回避するし、単に自分の選挙対策だけのために空母を動かすなんてことはしない。「万が一」を回避する慎重さ、よりも、見てくれの派手さを優先する人が増えている気がする。昨今のシステムダウンが多いのと同じで、トランプが表層的なアピールで空母を動かしたのと同じ感覚で、表層的なアピールで、「アメリカの空母にミサイルを打ち込むボタンを押す俺」みたいな動画をSNSに投稿するアホなイラン人が(イランの方、失礼!)一人もいないと確信できるんだろうか?

マーベルの映画と一緒。とにかくどこかに「とんでもない悪」がいてくれないと困る。そういう「悪」を退治することで、初めてヒーローになれるから、逆に言えば、「悪」をデッチ上げない限り自分の存在をアピールできない。迷惑極まりない破壊の権化。どっちが?映画で、街を散々破壊し尽くした後の損害賠償請求のストーリーは取り上げないのか?そこまできちんと対応してこそ、アメリカン・ヒーローじゃないのか?いや、破壊するのは、エイリアンとか「悪役」だけ、っていう設定もあったな。
スーパーヒーローが、きちんと損害賠償のお金を支払って、きちんとゴミ拾いのお掃除をして、街を綺麗にしました、そこまでマーベルの映画で見てみたい。

もう、しつこいくらい書いている。人間の実体は「意識体」であって、「意識」の世界では「監視カメラ」も「盗聴マイク」も要らない。地球人がただむやみやたらと、エイリアンを残忍な侵略者として描いていることは、筒抜けだってことくらいは、知っておいても損はないと思う。そういう描かれ方をして、どんな気分か、理解できないだろうなぁ。想像力の欠如。トランプに「想像力」があるとは、とても思えないが。

ブッシュが湾岸戦争を始めた。イラクのフセイン大統領が大量破壊兵器をなんちゃら、っていう口実だったと記憶しているが、結局何一つ見つからなかったんでしたっけか?今回、アメリカの国防司令部(でしたっけか?)が、重大な兆候を掴んだ、とかニュースで言ってて、ついブッシュを思い出した。
で、今回の「イランでの危険な兆候」なんてのは、アメリカの議会に証拠を提示して説明するんだろうか?空母を動かしておいて、その根拠を議会で説明できないとしたら、どこまでスーパーな人なんだろうかと思う。
アメリカほどの強大な国力のある国の大統領に、あの単細胞動物を選んだのはアメリカ国民の責任だと僕は思う。自国の議会で、なんとかして欲しい。

研究・開発

展示会なんかに出かけた時に、「職種」を書く欄があると、だいたい僕は「研究・開発」にチェックを入れる。だって、好きなんだもん。「経営職」は嫌い。(いや、その職種の方々嫌いっていう意味じゃなくて、自分がそれを名乗るのが嫌い、っていう意味で。)

あと5分で日付が変わる。疲れた。でも、結構充実感はあるかも。生まれて初めて、「本を書く」という仕事にお声がけいただいた。感謝。プログラミングに似て、机にかじりつく時間が長いから、とにかく「運動」してない。お陰で、6kg近くリバウンドした。この話をしたら、「食べなきゃいいのに」とか言われたんだけれども、食わないとだんだん頭が働かなくなる。食ってしばらくして、自分でも違いに気付くくらいにチョコレート一粒で文脈だのロジックだのの「見え方」が違ってくる。だけどなぁ、リバウンド・・・

今日、ちょっと面白い画面を見つけた。これ

このタイムスタンプの、「作成日 明日 0:34」って、なぁに?タイムマシンか?って、たぶん、スキャナの時計が狂っているんだろうけれども、昨日とか一昨日はともかく、タイムスタンプの「明日」ってのは初めて見た。

厳密には僕がやってるのは、研究じゃなくて、開発。本当は、研究をやりたかったんだけれども、親父にゴチャゴチャ言われるのが嫌で、早く社会人になりたくて、大学に残るなんていう選択肢は選ばなかった。でも、結果正解だったかも知れない。たぶん、僕の場合「生きていてやりたいこと」と、「何のために今回生まれたか」は全然違う。前者は研究・開発でも、後者は違うと自覚している。僕は、チンドン屋。客寄せパンダ。実を言えば、舞台回しの方々に辻褄合わせのサポートしてもらっているから、今に至る「目立つこと」が出来てる。師匠のことを知ってもらいたくて、とにかく目立つように、というのが30年も前に漠然と「思い出して」きたことだったような気がする。
でも、もしかしたら、それも違っているかも知れない。タイミングを合わせたかったのは、もしかしたら、エル・カンターレ様の方だったかも。仮にそうだったとしたら、師匠の方に流れ着いて、大正解だったのか。この段落、話題が通じない人が多いだろうなぁ。気にしないでください。いずれにしたって、今現在が人類史上でとてつもない「変化点」だっていうことに気づいていない人があまりにも多いのが残念。チンドン屋として失格だなぁ。「目に見えるモノの世界は、実は仮の世界」なんて、通じてないでしょうね。何よりも、今僕が書いている本は「プログラミングの教科書」だし。

話題変わって、アメリカ vs 中国。トランプさん、何がわかってないかって、アメリカの人件費。平均的な生活水準が高いっていうことは、人件費が高いっていうことで、それだけで企業にとっては進出意欲が削がれる理由になる。日本が「高度成長」を成し遂げたのは、昔は人件費が安かったから。物価も安かった。僕の記憶にある限り、日本は「30 円で腹一杯になれる国」だった。その「人件費の安さ」を競争力にしたのが中国で、十分にフェアな貿易戦だろうと思う。アメリカ人が「平均賃金を下げる」決断さえすれば、すぐにだって、対抗できる話題だと思うけれども、そんな決断、絶対にしないだろうな。

で、今の日本は、もはや「人件費の安い国」ではなくなった。人件費に頼る国際競争力は、もうない。だから、あの分野が韓国に抜かれ、この分野が中国に抜かれ、そういう状況に陥っている。人件費だけがメリットだったなら、日本は今やもう、タイにも、インドネシアにも、ベトナムにも勝てない。こんなことは、高校生にもわかる話題だと思うが、トランプさんには理解できないか。あんたのゴルフ場をああして、こうしたら、それだけでアメリカの一般市民はなんちゃらかんちゃら、なんていう話題、どうせ、聞く耳持たない。そもそも、自分が大統領になったこと自体が、アメリカや世界の悲劇だと、気づいていないあたりが・・・トラジェディってのは、そんなもんか。
それなら、人件費が高くなっちゃっても経済が成り立つにはどうしたら、っていうのが「研究開発」で仕入れたノウハウなんだろうと思う。今、アメリカはその一点に力を置いている。(その所得分配がうまくいっていないから、仮に中国が著作権を重視する方向に転じても、アメリカ国内の格差は埋まらないと断言してもいいけど。)

中国が理解すべきことは、今中国が「技術移転」を掲げている政策は、日本が衰退した以上に短いタイムスパンで、いずれ他の国が真似る。中国企業がアフリカ、南米、大洋州、アジア、などなど、あちこちに進出した際に、中国が行なっている政策を他の国が採用してならない理由などない。今度は中国が「模倣される」のではなく、「ノウハウの供出を強制される」側に回る。そういう、タイムスパンがどんどん短くなっている。

「後進国」の発展を阻害する最大の要因は、「教育」だったろうと思う。知恵さえあれば、結構「モノ」がなくても工夫はできる。教育の最大の効果はそこにあると思う。それが、今やGoogleなんかのおかげで、もう全世界、使い方次第で、学校なんか行かなくたって、一つのビジネスを立ち上げるくらいの知識はタダで手に入る。そこに、「技術移転」の中国モデルを加えたら、後進国にとっては、鬼に金棒じゃないか?いずれは、ここ数十年のアメリカ、ここ十数年の日本、そして、今まさに中国が「こちら側」に来ようとしているけれども、アメリカも日本も中国も、まさしく「カモ」になるんだろうな、という気がする。中国の場合には、都合の悪い情報は流れないように操作しているけれども、他の国はそうじゃないから、あらゆる知識が手に入る。「都合が悪い」と見える情報の中にも、次の時代に必要不可欠なものが紛れていたりする。僕らにしてみたら、情報を遮断して中国が次の世代に「時代遅れ」になってもらった方が、都合がいい。

アメリカなんかねぇ。価値観を変えなきゃ国民の不満は収まらないだろうな。盗みに来た奴がいたら、「あげるよ」くらいの気分になれなきゃ、気持ちが休まることもなかろうに。アメリカンヒーローってのは、ただ腕力が強い奴、ばかりな気がする。「悪いことをする」奴を力で潰す。「そんなことして、いいの?別に、欲しけりゃあげるけど。」くらいの応対をするアメリカンヒーローなんて、映画にならないだろうな。最近、マーベルの映画の登場人物が、全部トランプに見えて困る。映画が楽しめないじゃないか。

って、本題は何でしたっけ?毎度、支離滅裂な私でした。

ゴジラ映画

ゴジラはもう、破壊しまくる人類共通の敵。

それはさておき、ふとした錯覚かもしれないけれども。
ついこの間のニュースを聞いていて、対イラン制裁の話題だったか、なんだか、中国とインドとイランが一枚岩になったような錯覚に陥った。日本政府は別だろうけれども、日本の経済界もそれに近いんじゃないだろうか。
加えて、対中国制裁の関税引き上げ。株価の下落で損失を被る人たちの中に、アメリカ人やアメリカの企業は、どれくらいいるんだろうかなぁ。そうした自国の損失も顧みずに、世界を一つにまとめあげる力量があるトランプ大統領ってのは、もしかしたら、ものすごいポテンシャルの持ち主なのかもしれない。
もしかしたら、イスラエル以外の、イラン、サウジアラビア、インド、パキスタン、中国、日本、韓国、ロシア、EU、トルコ、北朝鮮、オーストラリア、ニュージーランド、メキシコ、カナダなどなどを、共通の利益でまとめ上げるだけのポテンシャルを秘めている、アメリカ史上最高の大統領かもしれない。それだけ多くの国々に「共通の利益」を見出せるだけの存在たり得るトランプ氏は、すごい。

表題に何を書いたか、忘れた。

所有権登録

「太鼓の達人」の太鼓が盗まれたとか。
あれだけ防犯映像が流れてるなら、割とすぐに捕まりそうな気がするんだが。
白昼堂々の犯罪?嫌な世の中だ。

例によって、下手な鉄砲数撃ちゃ当たるかも、ってなアイディアネタだけれども。

RF-IDのタグを使う。よく、量販店なんかで万引き防止で使ってるやつ。
それを、個人購入できるようにして、WEBサイトか何かで売る。
買った人は、盗まれたくないもののどこかに、こそっと埋め込む。
「貼り付ける」だとすぐに剥がされるかも。
そのRF-IDのタグをスマホか何かでスキャンして、
「何でも所有権登録」のサイトに自分のものだと登録しちゃう。
(そういう、WEBサービスのサイトを立ち上げる。新ビジネスかな?)
盗まれたなら、その「何でも所有権登録」サイトに盗難情報を設定する。
オークションサイトで物を買った人が、スマホでスキャンして、もしも「盗難届」が出ていたなら、オークションサイトでお金を振り込んだりした先の買った相手を(リアルな住所や送金先口座はわかるはずなので)通報できる。
お金を取り戻せるか、とか、細かいところは詰めてない、かなり荒削りな「発想」だけだけれども。「仮想通貨で支払え」なんて言い出した時点で疑えるし。
なんか、こんな感じの「仕掛け」で、色んなものを盗んでオークションサイトに売りに出す、なんてのを防げないもんだろうか。

確か、犬とか猫なんかのペットで、IDを埋め込んで、なんていう話を聞いたことがあるような気がする。高いものなら最初から「公式所有権登録サイト」を立てておいて、所有権移転は元の所有者でないとできないような仕掛けが考えられれば、こういう無差別な「転売目的」の窃盗を抑止できないかなぁ。
国によったら、生まれたばかりの赤ん坊にIDを、なんてことも冗談抜きにあるかも知れない。

でもなぁ。何でもかんでも所有権って、世知辛い気もするし。
領土問題なんてのも所有権争いかぁ。でも、パソコンとか家とか所有しておきたいものもあるしなぁ。考えてもわからん。
ってか、考えること自体に意味がないのかも。
「太鼓」と家とパソコンと国家の領土と、ペットと赤ん坊と、全部を一緒くたに考えるなと、誰かに怒られそうだ。

内政干渉

ベネズエラの紛争で、アメリカがグアイド氏を支援し、(ぼーっとニュースを聞き流していただけだけれど)クーデター失敗に関連してアメリカが「ロシアによるマドゥーロ政権支援」が原因だとみなしたのか、ロシアを内政干渉だと非難し、ロシアは逆にアメリカの方こそ内政干渉だと非難した。

単純に考えて、故郷を離れた難民(日本語のこの呼び方、なんだか好きじゃない、「避難民」と呼ぶべきで、原発事故で故郷を追われた人たちと立場的には全く同じだと思うんだが)が発生している限り、故郷に住み続けるのが困難だと判断する原因を作った政権は、国際社会から批判されても仕方ないんじゃないかと思う。その文脈で、ベネズエラの問題については、私個人は、アメリカの介入は、現地の人たち(既得権益層以外の方々)には歓迎すべきことなんじゃないかと思う。

構図はかなり単純な気がする。「既得権」を維持したり、拡大するためには、「既得権を持たない人たち」からさらに搾り取ることになり、その結果住みにくい社会になる。そうした人たちが「民主化」を叫ぶと、おおむねアメリカなどはそうした「民主化勢力」を支援する。そうすると、「既得権の代表」みたいな国家元首は、「反米」であるロシアや中国に擦り寄って、ロシアや中国は(まぁ、アメリカよりも自国を選んでもらったら、国際的にも親派が増える訳で、乗らない手はないんだろうが)当然、その「既得権層」を支持する。武器も提供するだろうし、「恩」を売って反米の仲間を増やそうとするのか。

ところが、パレスチナなんかでは、「避難民」側から見た構図が逆転する。アメリカが既得権層を支援する側に立っている。よくわからんが、イランなんかは、その構図に巻き込まれているような気がしないでもない。

アメリカとロシアの「代理紛争」が世界中にどれだけあるんだろうか。「民主化」の流れに逆らって、頑なに既得権を手放そうとしない多数の国家元首を、ロシアなどは割と条件反射的に支援しているように感じるが、なんだかプーチン大統領もソビエト時代の「残像」に縛られているような気がする。「反米」であることに、一体どれだけ意味があるのか。中国の場合には、あそこは「民主」国家じゃない。中国が覇権主義を捨てるなんてことは、そう簡単には想像できないけれども、ロシアは、中国よりも遥かに民主化の程度が進んでいると思う。(プーチンさんご自身が、既得権に居座っていて、民主的な選挙を妨害している感じはするが、)例えば、ベネズエラにしても、シリアにしても、民主化という大きな潮流の中で舵を切って、「圧政を行う政権は支援しない」側に回ることはできないものかと思ってしまう。
無論、冷戦時代からの「親ソ」としての長い付き合いで、今更、寝返ることはできない、今更「友好関係を覆す」ことはできない、という仁義みたいなものもあるんだろうけれども、ただ、今の世界規模の「情報共有」の潮流の中で、ごく一部の人だけが潤うような「既得権」層の支持を続ければ、今ロシア全体が民主国家として成熟しようとしている流れに逆らう、というよりも、ロシアという国そのもののイメージを大きく損なうように感じる。

電気系の人でないと比喩が通じないかもしれないけれども、電気回路ではオームの法則というのがあって、電流は抵抗に反比例する。社会には「変化抵抗」というのが存在し、「こんなに便利なものができた」という事実を知ったとしても、「今までの習慣を変えたくない」という心理的な抵抗があって、そのために、すぐには「いいきっかけ」が変化には繋がらない。特に、既得権益が大きければ大きいほど、社会の変化抵抗が大きく、変化の流れは微々たるものに留まる。ということは、圧政が展開する国で変化を起こそうとしたら、従来の既得権を無効化するような、気の長い取り組みが必要なんだろうけれども、現在の世界規模の「情報化」とか「グローバル化」は、その現象自体が既得権を壊すための武器にもなる、と自分は思う。今、社会そのものを変えるためには、絶好の「時代」なのかもしれない。無論、情報技術そのものがいずれ「既得権化」する可能性はあるし、GAFAなどはすでにそうなりつつあるかもしれないけれども、「対抗するサービス」を立ち上げて、成長させるスピードも、ちょっと見た感じ、信じがたいほど速い。何れにしても、ものすごい流動化が起きている。

願わくば、ロシアにも変わって欲しい気がする。昔のように、国連の議決で「親ソ」の票を投じてくれる国の数を増やすことよりも、ロシアというのはいい国だと思ってくれる、特に「ソビエトの存在」を知らない世代の、そういう若い人たちが世界中に増えることの方が、ロシアという国家の長期戦略に有利なんじゃなかろうか。未だに「冷戦」時代の意識から抜け出せていないような気がする。

「既得権益の堅持」も過ぎると、国民への「犯罪行為」になってくる。それが極限まで行き着けば、どこかの国とか、さらには、イスラム国とかボコハラムみたいな、もはや「行政」というより「犯罪集団」としか言いようがない様態を呈してくる。まさか、ロシアだって、ボコハラムまでは支援しないだろうと思うが、「自称平和を愛する一般人」なんて括りに属しそうな私なんかの目で見ていると、ロシアによるベネズエラ支援、シリアの政権支援は、ボコハラム支援に結構近い。

もう、「内政干渉」と声高に叫んでも、聞く耳を持ってもらえない時代になりつつあるような気がする。

ただ、この「内政干渉」の話題は厄介で、日本も確か、国連の人権委員会だったかに、「女帝を認めないのは、男女差別だ」とか指摘された気がするなぁ。政府は「内政干渉だ」とか反発したけれども、他人に指摘されて軌道修正するのが嫌ならば、自分から動く方が賢明だという気もする。

「勉強しなさい」なんて親に言われると、「今やろうと思っていたのに、やっぱりやめた」みたいに口答えする。(いや、かつての私のことです。)「干渉」されるのが嫌なら、先に動くに限る。

おみくじ

令和になっちゃったか。昭和の人間、なんてのがなんだか化石みたいで・・・

テレビをつけてみると、まるで「元日」みたいな騒ぎらしい。

おみくじなんて引きに神社に行くんですかね?
ところで、「大吉」を入れていない神社があるらしい。出るのは「凶」とか「大凶」とかが、多いらしい。でそれを引いた人はどう読むか。今が「大凶」だから、これ以上悪くはならない。これから先は、良くなるだけ。そういう解釈をするんだそうな。

話は全く変わるが、しつこいようだが、話の枕と全く関係はないけれども、新天皇が最初に迎えられる国賓は、トランプ大統領だそうな。

トランプ大統領の訪日を、心より歓迎いたします。

脅し文句

悠仁さまナイフ事件、犯人逮捕のニュース速報。
最初に一言。子供に罪はないでしょう?仮に親が重罪人だったとしても、子供は無関係だと思う。「犯罪者の子供が謝罪すべき」なんていうのは、法治国家の考え方ではないし、あの話題はそもそも事実認定がおかしい気がするし、そういう国は法治国家として扱うんじゃなくて、放置国家でいいんじゃないかと僕は思う。まだまだエスカレートする。無益な争いは避けて、逃げるべきだ。全社撤退すべきだ。というのが話題の本題じゃない。

別に皇室に肩入れする気は毛頭ないけれども、まず第一に、外交機関としての皇室は世界最強だと思う。どんなに少なく見積もっても、間違いなく1500年は、中国とかの記録を含めて記録文書を伴って、歴史を辿れる。探せば、というか、既に確認されている古書の内容の突合を繰り返すだけでも、1700年くらいは辿れるだろうと思う。自称2700年くらい?それは、検証は無理だと思うが、「神話」の一部は事実らしいから、エンジニア的な感覚の1500年ではなく、文系的な感覚では紀元前200年位までは遡れるかも。こんな外交機関を持っている国は、全世界で他にない。どこの「王室」も、大抵が衰退したり処刑されたり、なんやかやで途絶えている。海外から滅ぼされるよりも、自国民から見放されたケースが多いと理解している。(そんなに詳しくないけれど。)実際には傍系(側室の系列)でかろうじて血がつながった場合もあったみたいだけれど、そもそも、血がつながっていること自体が、世界的には、唯一と言っていい国だと自分は理解している。なぜ、わざわざ、廃止する必要があるのか。
もったいない。

ただ、お気の毒なのは、皇室の方々で、今上天皇(平成天皇)がしばしばお言葉にされていた「国民の象徴としての役割を、必死で考えて、それをどのように」といった感じの内容のお言葉。聞いていて涙が出る。「血」が問題ならば、逃げようがないでしょうね。逃げようがない状況で、桁違いの重責を背負ったまま、一生通じて過ごされる、その辺のストレスに耐えられている皇室の方々には、ただただ敬意を表するし、やはりお気の毒という気持ちの方が強い。今上天皇には、ただ、「お疲れ様でした」と思う。普通だったら、亡くなった身内・親族なんかの霊体さんに伝えたい言葉だけれども、まだ生きていらっしゃる。どうか、重責から解放されて、生きるということを楽しんでいただけたらと、切に願う。顔が割れてるから、遠山の金さんみたいなわけにはいかないでしょうが。(あれは、下っ端の奉行だったっけ?)

思えば、協力隊の壮行会で、青年海外協力隊は今上天皇が創設されたとのことで、僕ら協力隊員には陛下にお目にかかる機会が与えらえる。僕の同期、平成4年度3次隊の同室の仲間は、グランドスラム達成(天皇陛下、皇后陛下、皇太子殿下のお三方と話を)したぞ、と(2段ベットが8個ある)16人部屋に戻って、着替えながら吹聴していた。別の彼はミクロネシア隊員だったかなぁ、皇后陛下は、お話をされる際に、ほんの15cmくらいまでお顔を近づけてお話しされるらしく、「その気になったら、唇を奪える距離だったなぁ」などとほざいていた。僕は、どなたとも直接は言葉を交わさなかった。あのえらく格式の高い部屋の壁を背にして、「恩賜の煙草」をふかしながら、陛下も、皇后様も、皇太子殿下も、何をお感じなのかなぁ、なんてことを考えながら、煙をふかしていたら、宮内庁の方に声をかけられた。「どうされました?」みたいなお言葉だったかなぁ。想定内だったんだろうなぁ。あの頃は、盗聴やら盗撮やらに苛まれて、何か相当な勘違いをされていたみたいな時期で、いや、他人の心なんて読めませんてば。本当にそんなことができたら、今頃もっといい暮らしをしてる。でも、ほんの数メートルの至近距離で、陛下にも、皇后様にも、皇太子殿下にもお目にかかれたのは、いい思い出だと思います。
でもやはり思う。あのストレスフルな状況で、「個人の感情」を一切表に出さない状況で「国家の象徴」の重責を担われている方々。私自身は、やはりお気の毒という同情の方の気持ちが強い。

ふと思う。今上天皇が一番気にされているのは、もしかしたら秋篠宮殿下ではないか。あの微妙なお立場。詳細は書かないけれども、適当に察してください。
ただねぇ。僕ら下賤の民から見上げていたならば、皇室の方のどなたであっても、世間一般には、その方が気をかけてくれていたならただ嬉しいと感じる方は多いんじゃないのかな。加えて、海外にだって、堂々と「日本からの敬意の象徴」として通じる。何を誇りと思うかは、本人次第。桁違いの「誇るべきもの」をお持ちの方が、その価値をご理解なされないのは、さびしい。心が満たされないなんて、満たされている方が、全世界的に少数派だと思う。
今上天皇の秘められた「反骨精神」(今回の、生前退位がいい例だと思うが)のような、前例を覆すような気質を、一番引き継がれているのが秋篠宮殿下じゃないかな、という気がする。それが表に出すぎているだけのような気がする。ちょっとしたことで週刊誌なんかは騒ぐから、きっとご心配なんだろうなぁ。親が一番心配するのは、「跳ねっ返り」なんだろうけれども、きっと大丈夫だと思う。でも、どうかゆったりと、ご安心してご退位ください、と思う。

表題って、なんでしたっけか?あ、そうでした。
話の枕が重すぎたし、長すぎた。

「ナイフを置く」、なんていうのは、いわゆる「殺し文句」というか「殺すぞ」みたいなセリフの代わり、なんだろうか。
これだけ、全世界に宗教なんてのが広まりながら、同様に全世界でこの「殺すぞ」みたいな「脅し文句」がまかり通ってる。宗教関係者の方々、情けないと思いませんか?

殺されたって、肉体を抜けるだけで「そのかた、ご本人」は霊体となって、遅くとも一週間程度の間には覚醒して、次の段階に移って、いずれは上に戻る。宗教ってのは、「人間の実体」は「肉体」じゃない、って、どこの宗教でも教えているんじゃないかと思うのに、一様に全世界で「殺すぞ」とか、さらに言えばどこぞの宗教団体なんか「殺してやったぞ」みたいな犯行声明が出たり、全くもって何も知らないのかと思う。「魂の永続性」と「殺すぞ」のセリフとが、完全に自己矛盾しているって、気づいていませんか?

世界中の宗教指導者は、一体何を教えているのか。何も感じられないなら、宗教指導者の看板を下ろしたらどうだと思う。そこいら辺の宗教関係者に喧嘩を売ってる自覚があるから、一応この話題も師匠に頼らずに、喧嘩したい人がいるなら受けて立ちますけど、喧嘩したいのは師匠とは無関係な私個人ね。スーダラ節の無責任男ですが、喧嘩は大好き!(しまった、バイアグラのBotが貼り付けるリンクが鬱陶しいから、書き込みを止めていたっけ・・・。訪問者がコメントの書き込みができない状況になってる。でも、意見を求めたって、バイアグラの値段を描いてるbotの書き込みしかないから、文句がある人の書き込みが止まってしまっている。)で、話題を戻して
映画もそうだし、テレビドラマもそうだし、「殺してやる」みたいな「殺し文句」(あれ?)。毎度のことながら、意味ねぇだろと思いながら見ている。

皇室の方々なんて、本当にあの方々は、生きているだけでも精神的な重労働だろうと思う。その方々の重労働を、国家としての「カードの一枚」として(冷たく)扱うならば、皇室の廃止なんて、国際社会での、願っても今からでは手に入らない貴重な「切り札」を一つ失うだけだと思う。あの方々がうらやましいなら、代わってあげたら?その代わり、Your Highnessみたいな、舌を噛みそうな英語を、文法的にも正しく使いこなし、食事中は一切姿勢を崩さず、そういう「日常」を一生続ける覚悟があったなら、ということであって、それができないなら、「テメェなんか、さっさと引っ込め」ということになるんだろうなぁ。あの方々は、そう言われないために、相当な努力をされている。

石窟寺院だとか、宗教的な遺跡だとか、破壊したがる宗教団体もいたなぁ。確かに、偶像崇拝には全く意味がないと、共感する。でもねぇ。ああいうのは、後から手に入れようとしても手に入らない、貴重な「観光資源」だから、「今生きている人たち」が潤うためには、貴重な「資源」を壊しちゃいかんと、僕は思う。
こう言っちゃなんだけども、頼ったって、神様は助けてなんてくれない。自分の力で努力して困難を克服するために、この物質世界を創造されたのだから、「頼る対象」としての「偶像」なんてのは全く意味がないけれども、今生きている私たちが先人に思いを寄せる「象徴」としては、今生きている私たちが「観光資源」として生活を成り立たせるために存在する「貴重な素材」として、わざわざ壊す必要なんて、何もないと思う。それをねぇ。何かと壊したがる人たちがいるんだよなぁ。
この段落、どうか、皇室に言葉を被せないで欲しい。説明の都合上、イスラム国が破壊した貴重な文化遺産を引き合いに出しただけなので、皇室の方々の場合には、どなたも生きていらっしゃる。モノとヒトとは違う。

なんだか、この表題。訳が分からなくなった。でもやっぱり、主題はこの表題か。

このまま行きます。「いい加減にしろ」というのが本音。

ファンキー!

朝から、原稿の校正作業。
その後、区切りをつけて、組み込み系のロジック(ほとんど終わっているけれども、細かいデバッグやトラップ組み込み、そして画面の化粧)。
なかなか頭が切り替わらなくて、小林克也さんのファンキーフライデー、流しっぱなし。

投稿ネタ。商店街の福引で1等から5等まで「ハズレなし」の張り紙で、商品をよく見たら、5等の「商品」は「会長さんのスマイル」とのことで・・・。
思わず聞き耳を立てた後、脱力。他にも笑えるネタは多かったけど・・・ダメだ、このまま引きずり込まれそう。

このタイミングで、ラジオのスイッチを切りました。克也さんごめんなさい。
どんどんと、バグを埋め込みそうな気がして・・・

大同団結

いつの頃からかは忘れた。都合の悪いことは、全部自分に都合のいいように考える。
腹立たしい奴、なんて、それはごもっとも。ただ、僕自身はもっと若い頃から、こういう考え方を身につけたかった。

スリランカのテロ。犠牲者の方々に、追悼の意を表します。そう書きつつも、これから僕は真逆の内容を書くと思う。

ああしたテロ行為が起きるたびに、国家間の連携が強まっていく。わが国には関係ないと思っている国が、こうした国家間の連携の輪に加わっていく。そのこと自体は、たぶん望ましい方向なんだろうと、私は考える。あなた方の死には、貴重な犠牲としての栄誉が向けられるべきなんだ。そこを言いたい。

ニュース報道では、スリランカの大統領派と首相派の不仲が報じられ、海外の諜報機関からのテロの可能性が伝えられていたにもかかわらず、情報共有が不十分だったらしい。これだって、チャンスだ。一応は、大統領も首相も、自己の保身よりも国民の生命財産の保全を大切に考えるならば、こうした「外敵」からの攻撃時には一致団結することが必要だと、思い知るべきなのかも知れない。かつ、具体的にこうした被害が出てしまわなければ、何がどう問題なのかなど、一切考えようとしない。(他人のことは言えません。僕もそうだし。車で人を撥ねていないのは、ただ運がいいだけ。)日本も、原爆を投下されるまでは「本土決戦」だとか「竹槍で機銃掃射に立ち向かえ」とか、盛んに喧伝していたらしい。広島、長崎の犠牲のおかげで、数え切れない日本人が(軍部という、これも日本人でもある指導者の導いた)戦争の惨禍から、死ぬことを免れた。広島や長崎の犠牲者に捧げる思いの中には、「あなた方のお陰で、私の両親や祖父母が、生き延びることができました」という思いがあっても、いいのかもしれない。
変わる機会になるべきなんだ。

どこかの国の財務大臣みたいに、既得権益最優先で国家間経済の流動化に全く目を向けようともしない、そういう元総理大臣を担いでいる国とかは、たぶん、経済政策で遅れをとる。それは治安も同様で、軍事行動最優先の防衛族に棹差させれば、かえって治安は危うくなる。もうバカらしいから、噛み付かないし、そういうのを選んでるのはその国の過半数の国民だから、いいんじゃないとしか言いようがないけれど。

それにしても、「イスラム国」ってのは、一体どれだけ「罪」を犯したら気が済むんだろうか。
また、訳の分からねぇことを書く奴だと思われるんだろうけれども(あ、ご存知ありませんでしたか、無視してくれたら、それが一番ありがたいし、慣れてる)思うがままに書くなら、まず第一に、「神の名において」人を殺す、なんて、神を冒涜している以外の何物でもない。 イスラム国に賛同するならば、「インシャラー」ではなく「インシサタン」と叫ぶべきだ。(アラビア語は知らないので、音のつながりの不正確さについてはご容赦。)第二に、イスラムを名乗るなら、「寛容」の精神を貫けと思う。イスラム教徒以外は皆殺ししてもいい、なんて考え方は、ムハンマド(様)すらも冒涜していると僕は思う。あの方に対して、失礼だ。第三に、自爆攻撃。イスラム教ってのは、「自殺」については何も教えていないのか?命の大切さを何も教えていないのか?この歳になると、今更コーランを全文読むなんて面倒なことをする気力もないし、「年金」が大してあてにならないから、仕事が忙しくて、申し訳ないけれども、読まずに書いている。ただ、僕にできることは、異教徒であっても「神」を信じる方々ならば、その意思を尊重したいと、ただそれだけ。これは僕の考え方であって、師匠とは一切関係ない。もし、あなた方の信じる神が命の尊さを教えているのならば、自爆攻撃など「罪」以外のなにものでもない。僕はそう考える。

その一方で、「自爆攻撃」に「自分の生きている意味」を見いだ出したい人たちの気持ちも、わかるような気もする。生活苦って言っても、世界水準での「生活苦」は、日本人の想像を絶しているところにあると思う。失うものが何もない。失いたくないモノを、持たせてすらもらえない。奪われ続ける苦悩。そこにつけ込んだのがイスラム国だとしたら、テロリズムの根絶は「貧困の根絶」に他ならないと思う。Ass Holeみたいな財務大臣には決して理解できないところに、テロリズムを正当化するルーツがあると思う。僕だって、私生活を根こそぎリークされて、切れた時には、こんな世の中全部潰れちまえと、何度思ったか知れない。あの時の僕に爆弾が手に入っていたなら、たぶん僕も「自爆テロ」をやっていたかもしれない。それでも、そちら側に流れなかったのは、たぶん、僕の「今回」以前の蓄積のお陰、なんだろうか。
アメリカの映画にあったな。「殺してやる」の発言が、殺意認定になるかどうか。頭に来た時にその言葉が出ることがあっても、それを行動に移すかどうかは全くの別問題。日本では、その言語表現に対する社会的な寛容があると思うから、ここまで言葉の限りに思いを吐き出しているんだけれども。
世界中の「イスラム国が食指を伸ばしそうな地域」に、富裕国が先に手を伸ばしさえしたなら、おそらくはイスラム国の根を断てる。言葉にするのは簡単。それがどれだけ困難な大事業になるかは、一応は理解しているけれども、それしかないんじゃないのと思ったから、書いた。

さらに言えば、根底にあるのは、「ちょっとばかし他人の上に立った人間の、ささやかな自己満足感」だろうか。どこの都知事だとか、どこの大学学長だとか言わないけれども、およそ「反論できそうもない相手」を「根こそぎ」にしたがっている、と、その「根こそぎ」にされそうな側にいる私は感じた。(「禁煙ハラスメント」の話題ですが。)
自分の決断で、他人を思うがままにできる、ってのは、快感なんだろうなぁ。そこに「大義名分」があったなら、申し分ない。

そうやって、湾岸戦争を始めたのが、パパ・ブッシュじゃないかと僕は思う。(あれ、息子だったっけか?ごめんなさい、もう僕には痴呆が入ってます。)あの湾岸戦争と、その後の捕虜の扱いがイスラム国を産んだ、なんて、NHKだったかBBCだったか忘れたけど、テレビ番組で特集をやってたのを見た記憶がある。一方的に「あいつら悪人だ」と決めつけて、それが容認されたなら、何をやっても許される。そんなバカな話があるか。やられた側が本気で怒ったなら、イスラム国みたいになる。あの組織(イスラム国)を立ち上げた人たちを決して容認するつもりはないけれども、やられて、対抗したくなった側の気持ちで言えば、僕は理解できる気がする。僕だって、誰かを呪い殺したくなって、それをブログに公言した過去がある。頼むから、人間の尊厳を尊重して欲しい。かろうじて、自己の尊厳を保つために、なぜ、何をどうしているか、せめてその程度の「声」に耳を傾けて欲しい。そういう「声」を抹殺しようとするならば、僕はあらゆる手段で、誰彼構わず噛み付くと思う。
ちょっとばかし偉くなったからって、他人を思うがままに支配しようとするな。そう主張したい。被害妄想かも知れないけれども、頭ごなしの、他人からしてみたら全然大した騒ぎでもない「禁煙ハラスメント」に、僕は過剰反応したけれども、ああした発言をした人たちに共通した優越感というか、支配層意識を感じてしまったから、それがどうしようもなく苦痛に感じた。

でもなぁ。優生保護法ではないけれども、あの都知事も、あの大学学長も、僕らを去勢するとまでは言っていなかったから、せめてその点だけは、感謝しておこう。人間として、生かしておいてくださって、ありがとうごぜぇやす。都知事殿。(いや、もう、今更子供を育てられるとは思わんから、失うものは何もないし、愛おしいものも何もないし、むしろ喧嘩をし続ける方が、よほど生きがいは感じられるような気もするんだが。誰が最適だと思います?読者の皆様方。)人生やり直すにも、もうタイムアウトな気がしているし。

一番厄介なのは、そういう「頭ごなし」の政治をやる人たちが、当のご本人は「正義感」に溢れていたりする、なんてことだろうか。
わかりやすいのは、トランプだろうなぁ。ご本人は「正義感」を持っているみたいだけれども、如何せん、視野が狭すぎる。極めて個人的に、イランにはただただ、同情する。イラン危機の種を蒔いたのはアメリカ。石油が大事だったのか、なんだか。アメリカの歴史教科書でその経緯を教えていること祈る。イスラム国の産みの親も、アメリカだと僕は思う。イラクのクウェート侵攻は明らかにイラクが悪い。ただ、対イラク戦争への流れは検証しなければ、また同じことがきっと起きる。だいたい、なぜ、アメリカは、そこまで世界に干渉したがるのか。軍需産業のご都合でしょう?パックスアメリカーナで、武器で世界を支配していれば、潤う。だから、トランプみたいなバカは大歓迎。
DVDで、Man Downというアメリカ映画を観たけれども、誰にどんなメリットがあるのか。あのMan Downみたいにアメリカ国民のメンタリティを犠牲にして軍需産業、全米ライフル協会が潤うのなら、頼むからアメリカ国内で留めて欲しいと思う。世界に輸出するな。
あの、トランプも、America Firstではなく、America Onlyで、殺し合いの輪を閉じておいて欲しい。経済は、アメリカ抜きの世界が潤うように、Ass Hole以外の財務大臣が日本を導いてくれることを祈りたい。

このページ、一体どんな話題を発端にして、何を書こうと思ったのか、訳がわからなくなった。
慢性的に、こんな調子です。時間の問題で、師匠の講演会でも、そろそろ師匠に破門されるかも。酒飲んでこのページ書いてる。泥酔に近いかも。怒りが、どうにもならない。さっさと忘れたいのに、ニュースを見聞きすると、際限なく言葉が湧いてくる。抱えていると気が狂いそうになるから、全部吐き出している。

そうだった、もう一つ書きたかったんだ。数日前の夕方のNHKのニュース。なぜ、日本で「議員のなり手不足」になってるのか。確か、フィンランドだったか、スウェーデンだったか、ノルウェイだったか、北欧のどこかの国の教育の話題を取り上げていた。小学校の頃から、子供達には「自分の意見を述べる」ことを優先している。社会を良くするためには、まず、誰もが「自分の意見を堂々と述べられるようになる」ことが大切。日本は真逆。子供が自分の意見を述べて、それが文部科学省の「カリキュラム」を脱線するような事態になったら、教員が責められる。だから、子供を黙らせて、「授業」を継続する。文科省の枠にはまらない子供は、叩き潰すのが文科省の方針、じゃないかと僕は思う。その挙句に、「選挙に行きましょう」とか「代議士になりましょう」だとか、政治家のなり手がない、とか、政治家になりたがる奴は利権目当て、金儲け目当てだけだろう、とか(あ、これ、当たってるかも、)そんな議論、意味がない気がする。
異端は叩き潰すのが、日本の慣習。
こういうニュース、聞いた瞬間に、何か奥があると感じつつも、その場ではあれこれとの話題が結びつかずに、固まる悪い癖が僕にはある。こうして話題にするのに、何日かかったんだろうか。他人と会話していても、「あれ」と思うと、いきなり固まる悪い癖は、昔から全く消えない。けど、ラジオのニュースだから、会話じゃないから、日常生活には実害はないかな。

って、表題はなんでしたっけか?「大同団結」?なんなんだ、このタイトル?

そうあなたが思うなら、読んだことを忘れてください。気にしないでください。私も、書いたことを忘れます。

こうやって、本気でものを考え始めると、だいたい僕は、口が半開きになって、目も半眼状態になって・・・、本気でものを考えてる時に自分がどういう顔をしているのか、偶然(何か乗り物の車窓だったかなぁ)直視して、あ、俺、いつもこんな顔をしていたんだ、と気づいたのは、40代になってからだった。それまで、気にもしなかった自分の愚かさ。
おかげでねぇ、愛知県にある国立某N大学のなんちゃら学部の教授には、「あなたには、説明したってどうせ理解できないでしょうね」と面と向かって言われてしまった。ありがたいお言葉をいただき、感謝申し上げます。なぜ、そんな言葉をかけられ続けるのか、40代になるまで気づかなかった私は、バカとしか言いようがありませんね。トランプ並み。

ぜひ、このページをお読みになった皆様も、同じ言葉を私に投げてください。同様に感謝申し上げます。(これが、泥酔した時の、僕の仕上がり方、かも。)

表題?忘れてください。今日、何があったの?ニュースを読んだだけです。

寛容

ふと、思った。
自分が不快だと思う相手を叩く大義名分があったなら、徹底的に排除しても構わない。
そういうメンタリティが、存在している。

スリランカのテロリズムにも、小池都知事にも長崎大学の学長にも、全く同じように存在している。そう思った。
ということは、誰にも同じように、テロリストのメンタリティがあるんだろうなぁ。

嫌な世の中だ。

名画

直近の記憶。ツタヤレンタル。(アマゾンとか、オンラインにしない理由?歯止めが効かなくなるし。)
寝落ちする前の深夜だけに、自主規制。

いい映画だった。「ハクソー・リッジ」
沖縄での日本兵が、すごい描かれ方をしていたけれども、それは主題じゃない。アメリカ兵から見たなら、当然日本兵は、ああいう見え方をしただろうと思う。リアリティを追求した映像がすごかった。「きれいな絵」でヒーローを描きたがるアメリカ映画とは、一線を画していたと思う。
これが戦場だ、と思った。自分がその場にいたならと思ったなら、ホラー映画よりもはるかに、心を蝕む状況が伝わると思う。(経験しないと、わからないんだろうなぁ。僕も今世では経験してないけど。)
ネタバレしたくないので、これ以上は書かないけれども、実在の人物で実話だというデズモンド・ドス氏に感銘した。

もし、アベが憲法第9条を破棄したなら、僕はデズモンドのような行動を取りたい。(ってか、このトシだと、もう足手まといにしかならないか。それ以前に、足手まといにしかならないから、絶対に自分にはお声がかからない人たちが、何かと決断する。)
若い人たちにも、是非、心してこの映画を見て欲しいと思った。これが沖縄戦か、ということも考えた。ハクソー・リッジについては、以上。間違いなく、名画だと僕は思う。

片っ端から、ランダムに「レンタルリスト」に連ねているから、たまたま、ロシア映画の「パトリオット・ウォー」との2枚が届いた。映画の黎明期だと、こんなアプローチなんだろうな。
日本映画の「203高地」だとか、古くは「七人の侍」なんかもそうなんだろうけれども、「爽快感」の落とし所が「勝利」であるのに対して、ハクソー・リッジは、必ずしも戦闘の勝利は見ていて気にならない。(完全に、アメリカ側に感情移入していたけれども。)「戦闘勝利」は、オマケでしかない、そういう描き方だったと思う。

ここのところ、外国映画が重なってる。

韓国映画では、「THE NET」と、「トガニ」。重いけれども。(重いのばっかし)
イギリス映画では、「私は、ダニエル・ブレイク」(日本でもやってそうだ。ってか、「トガニ」も、日本でもありそうな話だけれど。)
アメリカ映画では、「ニュートン・ナイト」も、「リトル・ボーイ」も直近で借りた。なんだか、題材の重なる映画が続く。
スパイダーマンとか、X-menとか、「話題」に振り回されて、ハリウッドなんてあんなのばかりか、と思っていたけれども、ちょっと見直した。
どれも「名画」だと思った。

確か、「O嬢の物語」だとか「チャタレイ」とかも、レンタルリストに放り込んでいたはずなんだが、順番がどの辺なのか。(意固地だから、リストの順番は操作しない。)いや、「題名」だけ知っていて、中身を知らないのはイヤだから、借りただけです。それ以外の興味はありません。(キッパリ!)

師匠が講演会で「エンティティ」を話題にしていた。浮遊霊・地縛霊になる方たちは、生きている時の意識を引きずっているから、「教材」としての解き方は、その辺かなぁ、なんて考えているが、こういう話題を書いても、通じない人が多いから、ただ単に書いてみただけ。「ハクソー・リッジ」をそっちの(オカルト系の)視点で描写したら(見える人だったりしたら、)すごいことになってる。
ただ、私の場合には、エンティティ(Entity)とか言われると、もう、データベースに関する私のコンピュータ関連の授業教材の(記述の正確性の)ことしか思い浮かばないから、たぶん(数カ月以内には届くであろう)映画を観た後でも、その”Entity”という単語に対する反応は、コンピュータ・サイエンス的な視点以外ではあり得ない、という気がする。せっかくだから、その両方を足して2で割って、話題のオチに使ったとしても、コンピュータと霊界の両方の知識を持ち合わせている人が、どれほどいるか、足して二で割った時の「笑いのツボ」が通じる気がしない。

全く、余談ながら、ニューギニア戦では、遺族会の田所会長のお父さんが朝鮮半島召集の部隊だったから、慰霊の際に韓国のご遺族にも声をかけて、僕も慰霊を手伝った。全く同様に、沖縄戦で「残虐な日本兵」として描かれている中に、朝鮮半島出身の人もいたはずだし、同じ事情が、フィリピンでも、ビルマでも、インドネシアでもある。その辺の、もっとはっきり言ってしまえば、「戦争での非人道的な行為」を行なった「日本人」の中に、朝鮮半島出身の人が少なからずいて、逆にその「残虐な日本人」と戦った側には、朝鮮人も韓国人も、(その当時でアメリカ国籍を取得していた人などを除いて)一人もいなかった、という歴史的事実を、朝鮮半島の方々は、どの程度、歴史教育で教えられているんだろうか?すごく疑問に感じる「論説」を見ることがある。歴史について、どこまで正確に知っているんだろうか。
かなりの余談になった。この話題は、このページの主題じゃない。

「ハクソー・リッジ」みたいな映画をハリウッドが作るなら、少しは見直そうかな。
無論、全世界でニーズがあるから、だろうけれども、やたらと銃をぶっ放して、やたらと人を殺して、やたらと車をかっ飛ばして、それで最後はメデタシメデタシ、みたいな映画。そういうのばっかり観ていると、トランプみたいな頭の構造になっちゃう気がする。というより、ハリウッドがトランプを当選させた、そんな気もした。

「情報戦」が主戦場になるなら、人命を軽視した時点で「敗戦」が確定する。そんな時代になって欲しい。
(なんて書いても、プチトランプが世界には溢れているから、いわゆる「テロリスト」には話題が通じない気がするけれども。)

フラッシュバック

しまった、と思う。余計な話題に首を突っ込んだ。というか、ニュースに変な反応の仕方をしてしまった。
だいたい、長崎大学で全面禁煙しようが、どうでもいい話なんだが、禁煙条例の小池都知事を思い出して、過剰反応した。
なんだか、開き直った。池袋には繁華街があって、喫煙所が撤去されたら、路上の一角に集団で路上喫煙するために人が集まる場所ができていた。僕もそこに便乗することにする。路地が何本もあるから、どこがセーフか、そこは、ニューギニア経験で勘を働かせることにする。東京には分煙なんていう発想が、カケラもなくなった。

ニュースを聞いた後、なんだか体じゅうの力が抜けて、連鎖的に昔のことまで山ほど思い出して、なんとなく新鮮な痛みを感じてしまった。今もなんだか、胸のあたりに風穴が空いているような気分で、体に全然力が入らない。食欲もない。メールを読んでも、要件が頭に入らない。プログラムコードが、知らない外国語に見える。

思い出してみても、自分のどこが悪かったのか、どうすべきだったのか答えの出ない話題が多すぎる。考えてはいるんだけれども。

そもそも、その場で反論させてもらえたなら、僕自身はほとんど根には持たない。相手は根に持つかも知れないけれど、相手が根に持つのと、僕が引きずるのと、どちらを選ぶか、っていう話なんだろうか。

どこぞの大学の場合には、発端ははっきりしている。入職して最初の学科会議で、N学科長が「コマ割り」の話を学科会議で取り上げた。「僕は聞いていません。」って言ったら、「契約書に書いてあるはずだから」というので、「労働契約なんて、もらっていませんけど。」って返したら、「わかった、じゃぁ、調べておく」と言われて、次の時に「先生の契約は、週9コマで、前期後期で18コマになっています。」と言われた。「契約書なんて締結した覚えはないんですが」と返したら、「この大学では、契約書は事務が作成して保管する。」と言われて、そんなバカなと思った。条件提示もされていない、説明も受けていないのに、「契約書」が作成されて、事務に保管されているなんて、おかしいでしょう、と言ったら、「ここではこれが普通」と言われた。「先生は年俸契約で、70歳までずっと年俸500万円です」とも言われた。思い出してみると、細かいことの書かれていない「労働契約書」に捺印した記憶はあるんだが。知らない間に、こういうことになった、という話題を、ネットに書いたのが、そもそもの発端だろうなぁ。全部事実なんだけど。ただ、僕は最後まで、自分の記憶にない内容が書かれていたらしい「契約書」なるものを見る機会がなかったから、証拠の提示ができない。N学科長がご存知のはずだけれども、もう忘れてるだろうなぁ。いずれにしたって、昔の話だ。
それ以来、もう、あの学校では抹殺されたも同然で。ただ、直接文句を言う手段が一切なかった。
でも、おかげさまで、(非常勤もやってたから、)毎週22時間、一日平均で4.5時間、一応は意味のあることを話し続ける喉は鍛えられたと思う。しかも、10秒とか20秒、意識が落ちて、半分眠っていても、(立って歩きながら)それなりに意味のあることを話続けて、ふと目が覚めたと言うか意識が戻った時に、眠っていた間に話していた内容の続きを自然に話し続けて、眠りながら授業をやってたことがバレない、なんて言う特技も身につけられた。感謝するべきなんだろうなぁ。

教務委員会の議事録は、委員会が開かれる前に作成されているのが常だった。(今は知らない。)「大学側からこの説明があった。」それが最初から事務方の用意した議事録に書いてあって、意見を言う先生も決まっていたんだろう。教授会も似たようなものだったらしい。教務委員長が茶番だとかボヤいていた。そういう大学だから、講師の契約書なんか、「双方合意のもとで」なんてことがあるはずがない。それを言い出したら、とある医科大学の教授会について聞いた話では・・・やめとこう。病気になった人が最後に頼るのが病院で、その病院が、なんて話になったら、ヤバイ。でも、ドラマにはなってるか。結局、よくある話なんだろうな。
悪いけれども、禁煙外来なんて、まっぴらゴメン。製薬会社のご都合に乗るくらいなら、まだ間接税を支払い続けた方がいい。それに、もうすぐ還暦で、もう十分生きたよ。慢性的に完全燃焼してる。

逃げた訳だから、当然、慰謝料がどうこうなんて騒ぐ気はない。ただ、何かあると体じゅうの力が抜けるくらいの記憶の連鎖で、直近の話題として意識の表面に躍り出てくる。その都度、必死で吐き出して抜け出したい。どこかの大学には悪いけれども、たぶん僕は、死ぬまでこの辺の記憶の嘔吐を何十回でも繰り返すだろうと思う。(韓国の文句は言えないなぁ。でも、事実は事実として尊重して欲しいけど。韓国の人の気持ちは痛いほどわかるんだが、学校で教えている内容が事実じゃない。)

小池都知事は、「人を選別する」人だと思う。民主党が崩壊した選挙の前に、確かご本人がそんなことを言っていた。昨今、露骨に喫煙者を見下すような発言をされている。正直言って、耐えきれない。酒だのタバコだのに頼ってメンタルを維持しようなんて自分が、情けないとは、確かに思うけれども、暴力が許される訳じゃない、言葉すら発する機会を与えられない、どうやってかろうじて、社会生活を維持しようかと思った時に、僕には他に手段が見つからなかった。そんなことは、関係ないんだろうなぁ。「喫煙は悪」らしいから。何を言っても無駄、だと思ったら、僕自身が日常生活を取り戻すためには、たぶん、今からは一切この話題を避けて、言葉を飲み込むと思う。消化しきれなかった時、何をどう思ってしまうかわからないけれども、もう、結果については気にしないことにする。意識の中で何をどう思ってしまうかは僕の勝手。(僕だけじゃなく、誰しもが、何を思ったか上にはバレバレだけれども、普通、誰もそんなことは気にしないでしょ?)言葉にして吐き出した方が、まだ軽く済む気がするけれど。

一切の反論を許さない。そういうやり方が正しいと思うなら、それはご自由に。ただ僕は、ひたす持ち続けた怒りを中に籠らせて封じることで、かろうじて社会生活に順応してきた。限界で耐えきれなくなった時にどうなるかは、今は考えない。ただ、罪悪感を持ちたくないから、この話題は言葉にして吐き出しておきたかった。免罪符。
腕力も振るわないし、暴言も吐かない。だったら、法律には、一切触れませんよね。

禁煙ハラスメント

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO43964980Z10C19A4ACYZ00/
長崎大、喫煙者不採用へ 「学生らの健康守る」

住みにくい世の中になった。

以前、LGBTの人たちは、「性的な嗜好がフツーじゃないのは、ビョーキだから、最初からわかっていたら雇わなかった、雇っちゃったんだから、治療を受けて治せ」みたいな扱いを受けていたと記憶している。今は、その矛先が喫煙者に向いている気がする。

某K都知事なんて(都知事って書いた時点で、イニシャルにしても意味ないなぁ)禁煙について話す時は、何だか勝ち誇ったみたいに、喫煙者なんて人間じゃないみたいな言い方をしているような気がする。ほとんど、ハラスメントというか、差別じゃないかという気がする。僻みかもしれないけど。あの発言を聞くたびに、どんどんと不快になってくる。

確かに、受動喫煙で不快な思いをしてきた方も多いんだろう。その反動で、「これまでのツケを一気に返してやる」みたいな勢いで、追い込んでくる。諦めるしか、ないなぁ。

去年の12月だったか、今年の1月だったか、専門学校の2年生に「先生、今日飲みませんか」と声をかけられた。H君。留年組だけれども、どちらかと言えば、僕はそっちの方と気が合う。僕自身が、浪人に留年にと、親に迷惑をかけまくりましたからねぇ・・・「いいよ。」と二つ返事。
「え、先生飲むんですか、俺も一緒に行っていいですか」という学生が他に3人。いいよ。(ただ、手持ちがなかったので、支払いはカードで・・・)念のために書き添えれば、留年組だから2年生でも未成年でないことは確認済み。

話を聞いた。たぶん何か言って欲しかったんだろうと思うから、自分なりの言葉はかけたけど、もっぱら聞き役。みんな、話したくて仕方なかったみたい。そんな気もしたからの二つ返事。
今日、結構クサクサしていて、何だか話をしたくなったんです。H君、高校時代の担任とひどく相性が悪かったらしい。お前なんか、大学に行けるはずがない、行っても無駄だ、なんてことを高校の担任に言われたらしい。それなら意地でも大学なんか行くか、でも、やっぱり資格は取って、と思って専門学校に入った。「先生、俺、やればできます。実際、簡単だと思ってます。」それはわかってる。実力があるのは、ちゃんと把握している。他の3人も同じ。「先生、俺も行っていいですか」のO君。親とどうもうまく行っていない。二人とも、確かに問題行動は目立つけれども、アタマの素材が悪くないことはとっくに把握している。他の子も、色々あったみたいで。
学生の分際で酒を飲むなんて。なんて言うんだろうな。某大学の学長。飲まなきゃやってられない、そういう育ち方をしている奴は、いくらだっている。

だいたい、僕がそうだったから。会った瞬間に波長が会う感じはわかる。
気分だけでも「俺だって、生きていて意味があるんだ」と思わせてもらいたかったけれども、世間なんてそんなに甘くない。目立てば足を引っ張られるし、目立たなければバカにされる。間がなくて、そのどちらか。必死で仕事したって、アラを探して中傷する奴がいて、とにかく金を払いたくないから「タダにしろ」とか言い出す医者がいる。モチベーションの維持に苦しんでいるのは、未だに昔と同じ。どこか組織に所属したって、自分が必要とされている人間だなんて、思えた試しがない。バカにされるか、邪魔にされるか。だから、自分には自営業しかないと、なんども思いつつ、この「モチベーションの維持」という壁が、最大の僕の課題だ。

どこかの大学。千葉キャンパスから撤退する、っていうことで、まだ最終学年が残っているのに、専任教員は僕一人を残して、他の教員全員を池袋に移した。どこまで人件費をケチるんだよ。
実質的にコース主任の仕事を押し付けられることになったのに、あくまでも平の講師にしたかったのか、大学は辞令なんか出さない。その癖、父母面談がらみでは学長名で「各学科長、コース主任が責任を持ってなんちゃら」とかいう書類を事務が私に回してきたから、突き返した。「済みませんが、私は辞令をもらっていないので、コース主任を名乗って父兄に対応すると身分詐称になりますので、この書類は他の人に回してください。」ただ、事務をいじめるつもりは毛頭ないから、無論、職名を名乗らずに父母とは応対したし、僕一人だったけれども、臨床医学まで含めて学生の受験指導して、千葉の最終学年の国家試験合格率は、10人近く(それでも10人程度だ)専任がいた池袋と同じだった。とにかく、意地でも責任を持って、最後の一人まで単位を取らせて、卒業させた。
ただ、こういうやり取りばかりしているから、科研費を申請したら「悪いことをするに決まってる」とか言われて、科研費申請のコンプライアンス手続き書類そのものを「不受理」にされた。やるよなぁ。それに比べたら、長崎大学の嫌がらせなんて、可愛いものか。もっともらしい顔をして、はみ出した奴を除外しにかかる。心が広いねぇ。

師匠の講演会で、しばしば言われている。酒は飲んじゃダメだよ。アルコールは肉体だけではなく魂を、体の中の霊体の意識そのものを酔わせる。だから、アルコールが入ると、霊格の高い霊体さんたちとは意思疎通ができなくなって、意思疎通できるのは浮遊霊とか地縛霊とか、そんなのばかりになっちゃう。飲むなよ、と。それはわかっているけれども、僕はまだ酒をやめられていない。メンタルの管理が、全くできていない。ってか、そもそもが、霊格の高い霊体さんたちとは、意識の疎通なんてできた試しがない。時々、いらっしゃることは感じれる程度で。

俺って、生きていてもいいんだよな。十代の半ばから四十代まで、ずっとそんな感じだったし、酒もタバコも覚えたのは高校時代。あの高校に入れたのは、マグレとしか言いようがないけれども、あの国立東京学芸大学附属高等学校には、僕の時代には、酒もタバコもやってる奴らが(そうだなぁ、専門学校で、先生飲みませんかって、声をかけて来た学生とも、タイプは似ているなぁ)そこそこいた。他の仲間と僕とで、理由が同じかどうかはわからないけれども、酒もタバコもなかったら、メンタル的にとっくに潰れていたかもしれない、そんな気がする。

怒りを暴発させたことは何度もあった。それでも、これではいかん、と、自分を押さえつける時に、タバコに火をつけて、必死で気持ちを静めたことは何度もあった。それでも結局、モノに当たったことは何度もあるけれども、人には一切手を出していない。酒もそうだった。訳が分からなくなってしまえば、怒りだって、どうでも良くなる。そうなるまで飲んだことも、数えきれない。でも、さすがに、昼間っから酒を飲むなんてことはできなかったから、タバコにだけは逃げた。感情を抑えて、席を外して、タバコに火をつけたことなんて、数え切れない。他の逃げ道を知らなかった。本郷三丁目にある「ちどり」というスナックのマスター、ターちゃんに会うまでは、自分の感情をストレートに言葉にして、それを聞いてもらえたことなんて、なかったような気がする。説教されるか、無視されるか、バカにされるのがオチ。相手によったら、大学で教員をやってます、というその事実が、バカにする材料にされたりしていた。どういうあり方をしたって、他人を見下すことに必死な奴らがいる。

そしてタバコがねぇ・・・。もう、完全に犯罪者扱いというか、厄介者扱いだなぁ。仕事にすら就けなくなるんだものなぁ。

国立大学みたいに、キレイキレイなところは、汚い奴を全部除外する。でも、専門学校なんかには、僕みたいなハミ出しモノ、問題行動をすぐに起こす人間、親とか教師に厄介者扱いされて、それでも必死に生きようと、勉強しようとしている若い子たちがいて、僕なんかでも、そういう学生とはどうやら波長が合うみたいで、それでいいかな、と思う。いや、決して専門学校をバカにしている訳じゃない。汚いと貶している訳じゃない。必死に生きて、何が悪い。もがいて、逃げて、何が悪い。悪いと決めつけるなら、勝手に国立大学をやってろ、と思う。必死で、もがいているから、僕は専門学校も好きだ。やり切れない思いがあって、飲みたいなら、僕は付き合う。もう還暦寸前だけど。タバコだって、どんな悪癖だって、一方的にやめろとは言わないよ、僕はね。あんな、心の痛みがわからない人たちとは違う。

生きるってことは、疲れることだよなぁ、なんて思う。そのささやかなescapeを、refugeを、根こそぎ剥ぎ取ろうとする人たちがいる。なんだか、心が折れそうになる。本当に俺は、心が弱い。情けないよなぁ。今まで俺、どうやって突っ張って来たんだろうか。トドメを刺しに来てるよなぁ。

死にたいと思うことは、何度もあった。自殺未遂も何度もやってる。だけど死なない。土壇場で、死ぬな、生きろというブレーキがかかって、結局逃げ切れない。致命的な状態になる自殺行動には、絶対的な歯止めがかかる自分のメンタリティを自覚している。だから死ななかったし、今でも生きてる。なんで俺は、死ぬことに逃げられないんだと、悔しかった。ダメだ、死ねない。この状況でも、生きるしかないのか、と思った次の瞬間に、タバコに火をつけていた。それが何度もあった。

もう、東京みたいな人の多い都会では、仕事は出来ないかなぁ。ってか、させてもらえないんだろうなぁ。

と金

歩は、相手の陣地に入ると「と金」になって、横にも動けるようになるらしい。
将棋については、駒の動かし方と、この程度のことしか知らないけど。

歩と歩が真ん中辺で隣り合って、これから何か始まるのかと思っていたら、そのまま動かない。
片や、後ろから、飛車やら角やらが効いてるとアピールしてるみたいで、それはまだわかるとしても、もう片方は、全部の歩を前に一つ動かすみたいな、素人目にも訳のわからんことをやってる。いずれにしたって、何か構想があるようには見えない。

どっち道、前に進むしか動けない「歩」だという自覚がどちらにもないのか。

「と」と「金」が直接会って話をしたからって、それで「と金」になれる訳じゃないのに。前に進める覚悟がない、っていうよりも、展開について何の構想も持ってないのか。
自分は取られる覚悟で、他のコマを活かす覚悟で、それぞれが相手の陣地に入ったら、どちらも「と金」になれるのに。器っていうか、所詮は「歩」か。

ほや

生牡蠣は、結構いくつでも食べられる。
ほやは、これまで一回だけ食べたことがある。ただ、いくつでもっていう感じではなかったかなぁ。どこででも食べられる、っていう訳ではないから、慣れてないせいもあるかも知れない。

なぜか日本人は、「ナマ食」を好む傾向がある気がする。特に海産物。確かに僕も好きだけれど、もう少し簡単に流通させられる加工品、保存性の高い加工法を工夫してもいいような気がする。

そういう育ち方をしてしまっているから、仕方ないと思うけれども、二度目にアメリカに行った時のことを思い出した。アメリカの油に当たった。というか、注文した食事がことごとく脂っこくて(料理の英文名と自分のイメージとが結びつかなくて)、トドメを刺されたのはパスタだった。「もうダメだ、パスタなら軽くしのげるかな」と思って注文したのが、日本で食うのとは全然違っていて、パスタがオリーブオイルの中で泳いでいるような、本格的な(!?)イタリアンで、腹は減ってるから食ったけれども、すでに脂に耐えきれずに疲れ切っていた胃腸が、これでノックダウンした。でも、仕事の予定はある。ボストンの、とある有名大学との共同研究のコーディネータの方が、気を利かせて日本料理店に連れて行ってくれた。(たぶん、あの経費はコーディネータさん経由で、会社に回ったんだろうなぁ。)刺身があった。これなら食える。もう、30年前かなぁ。まだアメリカでは日本食がさほど注目されていなかった頃、マグロの刺身、アメリカ人から見たら、生の血の滴るような魚を、猛烈な勢いで口に運んでいた僕の姿は、きっと野蛮人そのものだったかも知れない。でも、あの時は相当な量の生魚で生き返った。

だから、「ナマ食以外」を強調するのは、日本人としてどうか、なんてことも思うんだけれども。

もっと新しい、流通しやすい保存食形態の魚介類が多くても、いいような気もする。立花萬平さんのように、試行錯誤をしていけば、何かきっとできるような気がする。

最近僕は、漬物にハマっていて、いわゆる「腸内フローラ」って奴で、乳酸菌ベースの、ぬか漬けのような、あるいは味噌漬けのような野菜を、瓶に移し替えて、事務所で、おやつ代わりにつまみながら仕事している。(こういう、好き勝手できるのが、自営業のいいところで・・・)だって、ポテトチップや「たけのこの里」なら良くて、瓶詰めした漬物がいけない、なんて法律はないでしょ!?
最近、乾燥冷凍の野菜スナックが結構多くて、豊作の時の野菜の値崩れを防ぐのに、こういう加工流通は、結構役立つんじゃないか、なんてことは思う。

寿司の原点は、なれずしのような発酵食品だろうか。もう一歩進めて、干物とはまたちょっと違う新しい保存食としての魚介類、なんて開発できないかなぁ。「ほや」は、乾燥させたら、あの独特な水っぽさの旨さが失われるかも知れない。でも、味噌とかチーズのような発酵食品と相性がいいようで、例えば、生牡蠣のパックみたいな感じで、もう少し、万人ウケする発酵させた「健康食」みたいに仕立てて、加工流通させられないものかなぁ。それができたら、韓国への輸出に頼らずに、国内向けに、もっと出荷の引き合いを増やせるんじゃないかなぁ、なんてことを思う。

フルーツでも、ナマ食よりも缶詰の方が美味しい、なんてのも結構あったりしたような気がする。(あれは、添加物の味だったのかなぁ?)

こういう突破口を開くのは、年寄りじゃなくて、高校生とか中学生とか、既成概念に縛られない人たちじゃないかな、なんて思う。例えば、ホヤをコーラで漬けるとか(いや、適当に書いてるけど、)「腸内フローラ」+「新鮮魚介類」、みたいな組み合わせで、何か保存食として「ホヤ」を食えたら面白いのに、なんてことを思う。

福島県沖の魚

房総半島から東北にかけての沖合では、親潮と黒潮のぶつかる潮目が、季節によって南下と北上を繰り返していて、いい魚が取れると理解している。

当時、3.11の後、いわき市出身の学生にボソッと、「しばらく光りものが食えなくなるかなぁ」とボヤいたら、そっちか!みたいな感じで苦笑いしていた。いやぁ、生活が大変になるだろな、ってのは十分に理解はしていたけれども、コトが深刻であればある程、軽く受け流す癖がありまして、申し訳なかった。理解してない訳じゃなかったんだけど。

現在、基準値を超える魚は出荷しないように、厳密に管理しているらしい。あたしゃ、イワシもアジもサンマも、大好物ですからね。回転寿司では、マグロとかハマチじゃなくて、最初はまず光りもの。いきなりケーキを頼む誰かよりもマトモだと思ってる。

まず、日本国内で普通に受け入れるのが先じゃないかな。風評被害からは、まだ十分に回復してないと思う。
でも、こんな美味いもん、わざわざ海外に輸出することはない、と思うな。食いたきゃ日本に来たらいいし。

トランプ vs 国際社会

あれぇ、数日前にも何かニュースが流れていた気がしたんだが、見つからない。
要は、このニュースの続報なんだが・・・でも、いいや。(本業が、金を稼いで食いつなぐのが、必死!)

https://jp.reuters.com/article/usa-golanheights-un-idJPKCN1R8213
国連安保理、ゴラン高原の主権問題で緊急会合 米国の孤立鮮明に

アメリカ以外に、認める国なんかないのは明らか。イスラエルのやり方を認めたら、戦争に対する歯止めが効かない。武力行使による国境線変更にどんな「意味」があるか、普通の頭なら理解できるはずで、理解できたら容認などできるはずがないんだが、アメリカは、というかトランプが明確な例外だと、証明されたということだろう。

約20年前、最初にブログとしてあれこれ書き始めた頃、僕が「国際社会」なんていう言葉を使ったら、どこかの評論家が、「国際社会」なんてものは存在しない、と、言っていた。つまり、国連だってただ単に、国家エゴがぶつかり合っているだけであって、そこに「コンセンサス」なんてものは存在しないし、「共通の価値観」も存在しない。確かに、そうだったかも知れない。

皮肉なことに、「国際社会」の「コンセンサス」とか「共通の価値観」を創出したのは、世界の破壊を意図した、アルカイダであったりイスラム国だったかも知れない。恐怖による支配があってはならない。それが「共通の価値観」になって、おそらく、9.11以後に「国際社会」が「社会」として成立したのかも知れない。やがて、「恐怖」は翻って、少しずつ「武力行使」へと認識が拡大して来た。明らかに、議論の中のパラダイムシフトを感じる。そのパラダイムを変えていないのは、おそらく、中国とロシアだけだろう。

厄介なことに、今回「恐怖」もしくは「武力行使」による国境線の変更を容認する国に、アメリカが仲間入りした、ということになる。そうなった時、この「武力行使」や「恐怖支配」による国境線変更があってはならない、という「コンセンサス」を、中国とロシアを除く世界の大多数の国は、アメリカと共有できなくなってしまった。

そして、アメリカ、ロシア、中国、というたったの3カ国で世界の面積の四分の一を占める大国が、いずれも、「武力行使」による国境線変更を容認している、もしくは、表向き容認していないものの、結果として軍隊を送り出して国境線の変更を主張している。ニワトリが先か卵が先か。そういう「武力行使」によって国境線を変更して来た国々だから、たったの三カ国で世界の面積の四分の一を占めるに至ったのかも知れない。国家の成り立ちを考えたら、当然の「その国の品性」なのかも知れない。野蛮。

幸いなことに、安全保障理事会でアメリカが孤立というニュースだった。

この「国際社会」も、主導するのは「国連」という舞台での「国家代表」による意志表明なんだろうと思う。
日本の場合には、これか。良かった。さすがに、安倍総理もここまではトランプに追従はしていないようで・・・
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO42904120W9A320C1EAF000/
官房長官「イスラエルのゴラン高原併合認めず」

今後は、この「国際社会」自体も変わってくるかも知れない。ウクライナへのソ連軍の侵攻がそうだった。民間人の持つ情報発信能力、SNSの役割、なんかだろうと思う。民家のすぐそばを走るロシア軍の戦車の映像が流れた。日本なんかだと「インスタ映え」程度しか使い道がないかも知れないけれども、紛争地では強力な「武器」になると思う。この、「恐怖」もしくは「武力行使」による国境線の変更が(南沙諸島のように、無人だった場合は別にして、)人が元々住んでいた地域、すなわち、難民が発生する可能性の大きい地域では、現実に何が起きているかを、世界中の「その他の地域」の人たちに発信すること、それ自体が「武器」になると思う。銃火器の輸出ではなく、状況によっては衛星電話を使うための資金援助とか、そうした「情報発信支援」が成功すれば、およそ、生活者としての基盤を奪われることを恐れるような、世界中の「普通の人」を味方につけることが出来て、それは、例えば、イスラエルの一般市民に対しても、相当な「反撃」(=説得力)になるんじゃないだろうか。
安倍総理は銃火器輸出を支援したらいい。安倍やら麻生に頼らない「世界平和」への貢献の方法が、ある。

トランプさんは、「普通の人」ではない、と思う。
普通の人は、ビルやゴルフ場を所有したりしていないと思う。
あの人には、「武力行使による国境線変更」が、普通の生活者にとってどんな打撃か、なんてことは、理解できっこない。

確か、アッバス議長が「国際社会の判断に委ねる(みたいな・・・、ニュースで聞いたんだけども、確認が取れなかった、忘れた、このニュースサイトを探したかった)」とか、発言されたらしい。パレスチナ・チャンネルを作って、どんどんと流したらいい。「自分がやられたら嫌なこと」を、平気でやっている「イスラエル」と、やられている「パレスチナ」の映像を、どんどんと流したらいい。そうしたら、おそらく、「国家代表」だけではなくて、世界中の「普通の人」が味方になって、いずれは「国際社会」を形成して、主導権を「国連」からさらに下に降ろして、「世界中の普通の人」が「国際社会」になってくる。

グーグルは、決してそこに顔を出してはならない。ザッカーバーグさんなんかは、たぶんわかっている気がする。それで(引いていて)も、主役になろうとさえしなければ、世界を一つにする「媒介」たり得た名誉を、堂々と歴史に残せるような気もする。

このページ、私なり、自分なりの精一杯の表現のつもりで、書いている。通じてくれる人が、一人でも多ければ嬉しい。でも、トランプさんには通じなくていい。理解力を期待しない。

本来ならば、武力行使による国境線変更なんて、あってはならない。それをアメリカに理解してもらうことが無理ならば、せめて、「イスラエル+トランプ vs それ以外の世界中の人々」という構図を、なんとか創り出すことはできないものだろうか。

有人宇宙空間飛行、なんかよりも、こうした紛争地帯の「普通の生活者支援」のために、衛星通信を使った「情報発信能力支援」なんてのに、名乗りを上げてくれる世界的な企業は、ないもんだろうか。世界を変えられるかも知れないのに。

東アジア

【パクリ?】令和の由来が万葉集だけでなく、本当の出典が中国古典「帰田賦」の可能性

パクリ、っていうのは違うんじゃないのかなぁ。そういう解釈をしてしまう、っていうことは、日本人が日本の文化を忘れているんじゃないか、なんてことも思う。

自分にはそんな芸当は出来ないけれども、英語での会話の中にシェイクスピアの一節を盛り込んだりすると、知っている人が聞けば、「おぉ」って思うかも知れない。一種の知的な「遊び」だと思う。
身近な例で言えば、「埼玉県人には、××でも△□しておけ」みたいな言い方をすれば、知っている人は、あの映画を思い出してニンマリするかも知れないし、知らない人は、真顔で怒って「埼玉人をバカにするな!」なんてことになるかも知れないし、引用したり、パロったりする遊びっていうのは、お互いの知識の確認行為みたいなものだろうと思う。

あるいは、有名な歌の歌詞の一部をさり気なく会話の中で引用したりすると、文化を共有するものどうしならば、通じ合える。ビートルズの歌詞の一部だとか、嵐だとか、ぶっちゃけ、AKB48の歌詞の一部を引用されても僕には全くわからないけれども、同世代どうしならば、たぶん、そういう会話が楽しめる。それと同じじゃないか、という気がする。

万葉集が成立した時期は、黙々と「詩」を書いて、それを出版するのではなく、お互いがどれだけ教養があるかを確かめ合って、それを愛でて、交流の時間を持つために「歌会」を開いて、お互いの歌を詠んだりする。それを記録したのが、様々な歌集だったんじゃなかろうか。その「歌会」の際に、有名な古典を引用すれば、「あ、あいつ、あの詩を知っているな」とか思うし、知らずに論評したりすると「なんだ、元歌を知らないのか」みたいに馬鹿にされたりもする。生活感覚としてそれがわからなくても、やはり、知識としては知っていて欲しい気もする。

万葉集の成立した時期から考えたならば、「帰田賦」(これは初めて知ったし、賦なんていう詩の様式も、漢文で習ったかどうか、覚えていないけれど)は、数百年前の古典であって、例えば、自身の著作の中に、例えて言えば、(しつこいようだけれども)シェイクスピアの有名なセリフをさり気なく紛れ込ませたり、今で言えば、サラダ記念日を盛り込んだり、そういう「知的な遊び」として「帰田賦」を模した前文を書いた、としたなら、それは「中国の古典の影響を受けた、日本人の創作」ということでいいんじゃないか、という気がする。

宮中の「歌会始」なんて、今でこそ皇室行事にしか残っていないけれども、万葉集の当時は、文化的な遊びとして、広く庶民も行なっていて、千数百年前の日本で、農民や漁民が中国の古典を読んでいた可能性があるとしたら、それはそれで、誇っていいことじゃないか、とも思う。江戸時代の「縁台将棋」とかで、「有名な誰それが打った手」なんてのを披露したり、そういう模倣は「パクリ」というよりも、知識が広いことをお互いに確認し合う行為、だったんじゃなかろうか。
それにしても、当時の伝統を、今でも引き継いでいる「文化の継承者」としての皇室の存在感を、改めて感じてしまったけれども。

ただ、中国の文化的影響を除いては、日本文化は語れないとも思う。遣隋使やら遣唐使。日本で使っている漢字の読み方が、なぜこんなにも多いか。千数百年の間、中国からの文化的な影響を受けてきたから、漢音だけではなく、呉音、宋音、唐音などなど、本家の中国では「漢音」しか残っていないのに、日本語の中に歴代の中国の「音」が片っ端から残っている。
こう言っちゃなんだけども、中国人だって、呉音、宋音、唐音なんて、そう簡単には読めないでしょ!(すみません、呉と宋と唐の順番がわかりません。)

日本語の「漢字」では「生」という文字の読み方が、どうやら一番多いらしい。

「生」という漢字には150種類以上の読み方があるそうですが、ふつうに知られているもの以外に、どんな読み方があるのですか?


「生」という漢字には150種類以上の読み方があるそうですが、ふつうに知られているもの以外に、どんな読み方があるのですか?
150通り、って、なんだよ!でも「生」の読み方が一番多い、ってのは、なんだか嬉しい気もする。人の生き方、なんて、なんだってアリで、それが「悪」かどうかは自分で判断したらいい。(数万年後には、それを繰り返して、誰もが「悪」ではなくなる。)そう考えると、単に読み方を探っただけで、こんなにも読み方が出てくる。「生」の凄さ。これは、すごいことだ。

埼玉県内の難読地名の、ベスト1は、たぶん越生町(おごせまち)だと思う。(英語にしたら、”Over the Life Town”か?)知ってるから読める。色々と聞いたことがあるけど、コシキマチ、とか、エッセイマチ(これ、ちょっと綺麗だな)とか、毛呂山町のケロサン町は笑ったけども、まず、知らなきゃ読めない。越を越後のエチ、生をショウと読んで、エッチシヨウマチだって、読めないことはない。(越生町のみなさま、勝手に町の名前で遊んで、ごめんなさい。)
m(_ _)m

日本と中国とが、切り離せる訳がない。それを言ったら、韓国だって同じ。奈良県の奈良って、韓国語でどんな意味がありましたっけか?「奈良時代」の「平城京」で、いつ頃から奈良の地名が定着したのか。(知らんけど)。それが韓国に逆流したとは思えない。僕の家からそう遠くないところに、高麗(こま)神社があるけれども、「高麗」は、コウライ、音としてはKoreaに近い。ってか、そのものじゃないかと思う。実は、神社の表札には小さく「句」の字が入っていて、「高句麗神社」とも読める。数百人単位の高麗人が日本にやってきて、帰化して、当時の「先端技術」を日本に伝えた。当時の人口密度から考えたら、大集団だ。日本と韓国だって、(韓国がどういう教育をしていたのか知らないけれども、)切り離せる訳がない。日本人のDNAの調査で、韓国人の9割にみられる遺伝的特徴が、日本人の4割にもみられる、なんて記事を読んだ記憶がある。(出典の提示ができなくて、ごめんなさい。雑読。これが僕が、学術論文を書けない最大の欠点。)
日本人が韓国人を見下すようになったきっかけは、朝鮮王朝の腐敗だと思う。直近の歴史で、日清戦争あたりでは王朝の腐敗して堕落した政治が原因で、一般人はそれこそ、犬か豚かみたいな泥まみれの生活を強いられた。(それは、日本の江戸時代にも、各地で起きているけれども。)その頃から、形勢が逆転して、日本が朝鮮を見下すようになった。ほんの100年か200年前程度の話であって、さらにそこから遡れば、日本側から見た朝鮮半島は、時代によって尊敬すべき国であったり、見下すような国であったり、変遷を繰り返していたと理解する。「王朝の腐敗」は、世界中どこの国でも、少なからず経験している歴史なんだろうと思う。
言葉を辿れば、文化的なつながりがわかる。もっと時間軸を長く取って、マクロに見るべきなんだ。
余談ながら、マリ王国の文化の片鱗。今でこそ、世界最貧国にグループ分けされているけれども、かつては一帯を支配した大王国だった。どんな文化があったのか、一度行ってみたい。アフリカだけど。行く機会、あるかなぁ。こんなことを言い出すと、世界中みんなそんな歴史がある。

昨今の、「ウリジナル」にはナンセンスが多いけれども、韓国も堂々と、是は是、非は非として、虚飾のない歴史、事実に基づく歴史を、誰もが知っているようにしたらいいのに、なんて思う。

文化的に、相手を模倣することが相手に対する敬意の表し方である場合もある。中国の著作権問題は、敬意の表明というよりも、ただ単に売れるからパクっているケースが少なくないと思うから、一概に容認は出来ないけれども、こうした表現上の模倣は、相手に対する敬意の表明として受け入れられないかな?

そもそも、「公式な歴史」が、きっちりと相互で検証可能な形で確認できて、日本でも韓国でも中国でも「同じ歴史的説明」ができるように、それぞれの立場からの「事実検証」をもっと緻密に進めるべきであって、そのプロセスに「政治」が介入するべきではないと、僕は思う。
なんだかんだと、東アジアは、一蓮托生で、僕の知っている「日本の歴史」が客観的に正しいなどと強弁するつもりはないけれども、少なくとも自分は自分の知っている範囲でしか語れない。その前提で、東アジアを、せめて文化的なところで、一つにできないかな、なんて思う。

そして、最後に(最後っ屁ってやつで)余計な一言。

前述の越生町には、「山吹の里」というのがある。
(太田道灌 山吹、で検索してみて下さい。)
七重八重花は咲けども山吹の実の(蓑)一つだになきぞ悲しき
この歌を、「片田舎の、貧しげな家の娘」が知っていた、ということに、僕は、日本人としての誇りを感じる。万葉集の「令和」も、その当時の日本人の教養を表すものだと、僕は考える。いわゆる「パクリ」などではない、と自分は思う。

文字の意味付け

バグの意味が取れずに、固まった。けど、5分ほど悩んで解けた。
良かった。

Pythonなのに、文字列を格納する変数名として str を使った。
JavaとかC++なんかで、
String str;
なんてよくやる奴。その後で、数値を文字列変換するのに str(value)を呼び出したところで、エラーが起きた。
TypeError: “str” object is not callable

試しに、idleで
if = 50
と入力したら、SyntaxError になった。これはありがたい。

でも、
str = “abc”
はエラーにならない。その直後に
print(str(12.34))
とやると、エラーになる。オーバーライドだろうか。ちょっとなぁ・・・

今はエラーになるけれども、初期のC言語の場合、「予約語」がないから、
if = do + for;
なんてプログラムを書いても、確かコンパイラが通してくれた。さすがに、ねぇ・・・これはなかったよなぁ・・・。

でも、わかった。Pythonの落とし穴が、また一つ。
ついうっかり、でも、文字列変数名に str を使ってはならない。 ← 自分への教訓です。

それはそうと、「令和」

令の意味
https://okjiten.jp/kanji686.html
「会意文字」で、象形から、人がひざまずいて神意を聞く事を意味
らしい。

⑧「よい」、「立派な」、「優れた」 (例:令名)
は、8番目に出てくる。

「ご令嬢」とか、「御令息」とか、そんな舌を噛みそうな日本語は、一度も使ったことがないけど(せいぜい、お嬢様、お坊ちゃん、程度だろうなぁ)、「麗しい」の意味は間違いなくある、にしても、やっぱり、「命令」の令の方が印象が強いかも。

ただ、そもそもの象形文字に遡ってのツッコミ、ですが、「ひざまずいて神意を聞い」ても、たぶん神様は何も伝えては来ないと思う。「自分で考えろ」ってなのが、たぶん「神意」で、何も伝えてはくれない上に、自分で考えた挙句の行動が、神意に背いていて、集団としてそれが眼に余るようになると、根こそぎリセットしてくれちゃうのが神様だと、自分は理解している。僕らがゲームで遊んでいて、展開が思うようにならなくなると、つい初期化して最初からやり直したりする、その感覚で僕は理解している。何度も起きてるでしょうに、と思うが、再スタートしたら痕跡は残っていないし、あるのは、やり直した張本人の記憶だけ、っていう感じなんだろうか。

だとしたら、「令」の字は、「上から命じられる」よりも、「尊いものをただ受け入れる」に近い気がするし、そう考えると、「麗しい」で解釈するのが近いんじゃないかな、とも思う。「麗しき和」だとしたら、すごい年号だな、とも思った。

どうでもいいけど、僕のプログラム、Pythonなのに結構あちこちで str を使ってしまったみたいで、scanして、一つ残らず書き直すのに、気が遠くなる。


日付が変わった。布団に潜った。これで今日1日を終わらす。

「令」がなぜ、命じるに転じたのか。

命の文字の意味
https://okjiten.jp/kanji51.html

命は、令に口がついた文字。神に「言い付けられた」のが「命」。
だから、「命じる」 = orderの意味に転じた。としても、本来の意味は、「神は、『生き続けよ』と命じた」その結果が「命」なんじゃなかろうか。

「命」が「神に言い付けられた」もので、「令」が「神の思いを受け入れた」ものだとして、そのどこから「命令」=orderの意味が派生したんだろうか。日本語のニュアンスとしては、「言われたままの指示に従う」かな、と思う。

思うに、僕らは「楽な方へ、楽な方へ」解釈しようとする。「言われたまま」に従うのは、(それで生活が成り立つなら)とても楽だ。サラリーマンが「大変だ」と言いつつ、自営業に比べたら「言われたまま」感は遥かに大きいし、労働関連の法律で、(安い労働力として国が認めた)外国人でなければ、労働基準法違反だ、と、ワーワーギャーギャー騒げば、間違いなく、金にはなって生活には困らない。だから、「言われた通りの指示に従えば、神の思し召しに従ったことになる」的な解釈が成立しちゃったんじゃなかろうか。

その典型が、宗教の戒律だと僕は思う。例えば、食事の前には、「三遍回ってワンと叫び、右手に箸を持って、天高く突き上げて、フギャーと叫んでから、食事しなければならない」なんてことを、偉そうな人が口にして、それで食うに困らないとなったら、意味など自分では一切考えずに、それに従うことで、「神の思いを満たした」ことにしようとする。それが宗教の戒律だと思う。
そういう「戒律」を誰かが適当に「課した」とすると、後になってその「原典」を研究している人が、「『フギャー』とは、純粋無垢な赤子のような清らかさを、持っていることを、言葉にしたもの」だとか、「三遍回って」とは、「全身を使って、仏・法・僧のそれぞれに向き合うことを意味する」だとか、「ワンと叫ぶ」とは、「犬の如き忠誠心を、神に言葉で示す」ことを意味する、だとか、なんだとかかんだとか、解釈をこじつけて、そうなった途端に、「誰も逆らえない宗教戒律」にまで成長してしまう。そういう「戒律」を欲するのが、人間の性なんだろうか、なんて思ったりしている。
別に、どこの宗教のどんな戒律を、否定しようとか、そういう意図はありませんので、あしからず。否定はしませんが、バカにはしているかも知れない。

今日のニュースで、海外メディアのどこだかが、「令」をorderだと伝えたらしい。そういう解釈をしたがるのが人間、なのかもなぁ。
「戒律」に従うだけで、自己満足できる人は、結構多いかも。そういう人が多いから、新興宗教が成り立つ。というより、この文脈では、昔からあった宗教も、新興宗教も、大差ない気がする。どうでもいいけど。

99%

ニュース配信に反応
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190331-00000032-kyodonews-pol
衆参同日選「99%ない」と菅官房長官

「『ない』と100%は言えない。『99%(ない)』とは言えるかもしれない」と述べた。

こういう言い方は、信頼できる気がする。

いつだったか、「120%あり得ない」なんていう政治家の発言を聞いて、残りの20%はなんなんだよ、とか思った。
なにをどう嵩上げして、120%?20%も何を嵩上げしたのか、そっちの方に興味がある。

もっとすごいのは、「120%、いや1000%あり得ない」なんていう政治家の発言もあった。10年くらい前かなぁ。こちらも誰だったか忘れたが。
事象の10倍を否定する?もはや、実数の世界では説明できないんじゃないか?でも、複素数でどういう計算したらこうなる?分母はなんで、分子はなあに?(あれ?確率論って、虚数を扱えたっけか?もしかして、あり得る?)

そもそもが、「虚」の世界の住人にとっては、こういう数字は当たり前なんだろうか?
水面下にあって目に見えない虚数軸が表に出てきて、実は目に見える世界、一般人に知らせている事象の10倍以上の「虚」の要素が表に出てくると、突然1000%という数字が表面化するんだろうか。あなた一体、10倍も何を隠しているんですか、と聞きたくなる。

こういう七面倒くさい屁理屈をこねる以前に、平気で数字を誇張して話す人は、そもそもが信頼できない気がする。
なんて言いながら、結構自分でも話を盛ってるなと、後から気づくことはあるけれども。いや、民間人は面白けりゃそれでいいんです。

衆参同日選挙なんて、全く興味はないけれども、菅官房長官の、この発言についてだけは、好感が持てる気がした。話題とは無関係ですけどね。

こくし

DBに国試の問題を取り込まなきゃ。スマホのメモで「こくし」と入力。

かな漢字変換:国士舘、国士舘大学、国士無双・・・と出てきた。

あれ、と思ってパソコンで入力:国試、酷使、国司・・・さすがに、PC側は使用頻度第一位は国試だったな。それにしても、スマホでも「こくし」を頻繁に使っていた、のは、4年前?5年前?今となっては昔のこと。

例年この時期、一喜一憂していたのだけれども、ここ数年静かだ。心穏やか。いや、責任の一端は確かにありますけど、一科目。あえて聞かないことにしておく。(ごめんなさい)
嬉しい予想外をかなり期待しているんだが・・・とにかくみんな、エンジンがかかるのが遅いんだもの。

国士無双かぁ。そんな単語もあったっけ。もう20年はご無沙汰している気がする。
基本的に、国士無双上がれる時ってのは、あんまり流れが良くない時だと思うけれども、逆転の発想ってな感じなんだろうな。十三不塔より綺麗。みんな上がってて!

史実

深夜のDVD劇場。最近の楽しみは、寝落ちするまでのこの時間。それなのに、こうして何か書いてる。貧乏性だね。

若干、仕事の進展はあった。というよりも、裏技かも知れないけれども、Python → C言語 → Pythonのリンケージを自由にできる技をマスターしました。ネットに素材が溢れている、っていうことは、相当に「時代遅れ」かも知れないけれども、Cが使えるなら、はっきり言って、パソコンのかなりコアな部分の機能もある程度自由にできる。かなり時代に追いついて来た気がした。これで、Ruby → C言語 → Rubyをマスターしたら、もうなんでも来いってな気分かも。C言語はやっぱり、母国語みたいな感じだからなぁ。
Java?あれはもう、有償になったっちゃたから、捨てます。いつからだよ、と思った。最新情報に疎い。それを言ったら、MySQLも有償になったし、アンチ・マイクロソフト陣営が、アンチ・×ラ×ルにシフトするかもね。優良なコンピュータ言語なんて、いくらだって創造できる。既存のものを囲い込んで、ビジネススケールを広げようとしても、逃げ道なんて無限にある。世界は自由な方がいい。

なんだか、いい映画を見ると、気持ちがほぐれる。創作者に拍手。レンタル料の一部が作者に流れる、本当に貧者の一灯だけれども、創作者の才能に敬意を評します。

誰もが必死に生きようとしている。傍から見たらボロボロに見えていたって、本人の内面は誠実で必死で、正直で、そういうのを拾い上げてくれるのは、政治じゃなくて映画なのかなぁ、なんてことも思う。相手の価値観や、真実を理解できたなら、憎悪なんて出来ない。それが人間性なんだろうと思う。その逆に、政治が憎悪を掻き立てようとする場合もあったりする。

ふと、最近のニュースを思い出す。あまり書きたくないけれども、この段落が主題。何が正義か、判断基準は「事実」についての知識だろうと思う。その事実が、虚構であったとしたら、そもそも何が正義かの判断が出来ないし、誤った行動をしかねない。だとしたら、教育で「事実」を捻じ曲げることは、戦争指導者が開戦を決意するのに匹敵する「犯罪行為」だという気がする。余談ながら、人道的には「戦争」は犯罪行為だけれども、国際法上は「紛争解決の手段」としての「戦争」を否定はしていないし、「合法的な開戦手続き」を定めてすらいる、と理解している。この辺の価値観も、大きく軌道修正すべき、という気がするなぁ。
話が逸れたが、教育されて信じ切っている内容に嘘があったならば、その嘘を信じ切って「正義」を貫こうとしている人たちを責める気には、とてもなれない。大元の「嘘」をなんとかしろ、と、自分の国だったら猛烈に主張したいところだが、他国のことだから、火の粉が降りかからないならばどうでもいいことだし、火の粉が降って来たなら、高圧で放水するしかないんじゃないか?残念ながら。

高校時代の世界史の、吉田トラ先生。世界史は苦手だった。僕のブログを読んでいただけたなら、一目瞭然。忘れられないのは、定期試験の答案の返却が授業中にあって、渡された答案用紙に13点(100点満点)とか書かれていた。受け取った直後にグシャグシャに丸めました。とら先生には失礼だったけれども。情けないとは思いつつ、あんな、人名とか、イメージの沸かないカタカナ語の羅列なんて、覚えられない。今でもそうだけれども、固有名詞を覚えるのはとにかく苦手。なんだかねぇ、ミハイロブナ・ヒポポタマスだとか、マルシェ・ドゥ・カルチエの惨劇だとか、そんな感じの意味のわからんカタカナ語なんて覚えきれる訳がない。世界史で90点台取るやつが、宇宙人に見えた。世界史に多少興味が持てるようになったのは、多少は人生経験を積んで、こんなことがあったからこうなった、というストーリーをあれやこれやの雑誌とかで読むようになってから、だっただろうか。もっとクリアに見えて来たのは、協力隊に参加してからだっただろうか。価値観の相違ってな奴だろうか。
歴史は、裏側から、反対側からも見て見なければ、正しい理解は出来ない気がした。

高校時代の日本史の黒羽清隆先生。黒羽先生の授業は、点数は悪かったけれども、面白かった。印象に残っているのは、大化の改新の嘘の部分。今、どういう日本史になっているのか知らないけれども、「蘇我蝦夷」なんていう人物の人名が実名なはずがない、という部分で、この辺は日本人とか中国人とか、漢字文化圏の人でないと通じないだろうけれども、「蝦夷」なんていう名前を普通つけないでしょ、という話題。それが、堂々と「日本の歴史」として教えられているのは、おかしくありませんか?という、なんだか、そんなところだけは覚えている。要するに、当時の政権が敵対する勢力に関する歴史的な公式記録を書き換えた、ということなんだろう。それを「ほう、そうですか」と丸暗記したなら、それが「事実」となる。ところが、その「名前」だけから、「おかしいんじゃない?」と気づいた人がいたら、その人にまつわる「歴史的な事実」そのものが、捏造であった可能性が指摘されるようになる。固有名詞を覚えるよりも、むしろ、どうやって歴史の捏造が起きたか、そのプロセスの方が歴史として面白い気がした。「大本営発表」がわかりやすい例だったけれども、超現代史ということなら、厚生労働省による「統計操作」、でしょうかね。歴史は繰り返す。ご都合次第で、政府の公式発表なんていくらだって書き換えられる。

その、政府による歴史教育を信じ切って、他国では通用しない「史実」を振りかざして国民が行動するようになる、そうなったら、もはや悲劇としか言いようがない。難癖さえつけられなければ、見ていて面白いから、みんな黙って見ていると思うけれど。無関係ならば、喜劇で済ませられるのに。
どこの国でも、ってか、どこの宗教でも、どこの会社でも、あるいはどこの学校でも、みんなそれに近いことをやってるような気がする。どこの学校だったか忘れたけれども、スカートの膝上何cmをめぐってバトルが繰り広げられた(かなり古いラジオネタで、どこの話だか忘れたけれども、たぶん埼玉県内の高校)みたいな話を聞くと、どーでもいいんじゃね?みたいに、つい思ってしまうが、当事者にしてみたら、どちらも必死なんだろうなぁ。これもどーでもいいけど、性差別をなくすのはいいにしても、男子高校生の膝上20cmのスカート姿は、かなり、見たくないなぁ。(個人の見解です。)

当事者心理、ってな奴なんだろう。一歩退いて、あるいは、45度とか90度視点を変えて見てみると、どこに答えがあるか結構見えてくるような気もするし、「史実」としてまかり通っている内容が、本当に事実としてあり得たかどうなのか、判断する基準になるような気がする。

ただ、ねぇ・・・モーゼ様が海を割った話。そもそも桁が違うことが時々起きていたりするのも「歴史」だから、本当に判断は難しいよなぁ、なんてことは思う。異論はあると思いますが。
私は「偏向」してますから、あまり気にしないで下さい。

道徳教育のお陰で、嘘をつくようになった

NHKの7時のニュース。
ガキの頃から、7時は必ずニュースを見ろと、染み付いちゃってるからなぁ・・・ニュースからずっと、ラジオをつけっぱなしていたら、表題の番組が流れてきた。教育評論家の尾木先生が話されてる。まさしく今、その会話が流れている。

どういうことか。「教科」として道徳に「点数」がつくようになった。その結果、少しでもいい点を取るために「いい子」になるための嘘をつく、という感じらしいけれども・・・。そもそも、道徳なんて点数をつける性質のものじゃないような気がする。

専任の先生に押し付けてしまったけれども、最終課題として、ある程度のオリジナリティを要求したプログラム課題に、「プログラムのコピー」をしたと思われるレポートを複数組(6組)見つけた。結果を伺ったら、大半は初犯だったけれども、他教科で前科のある2度目の学生もいて、その人たちの場合には停学処分が出ることになったらしい。

毎回、学生には言う。「演習」なんだから、自分でやり方を身につけなかったら、何の意味もないよ。他人の書いたプログラムをレポートで出すなんてのは、「お腹が空いたから、僕の代わりにご飯食べてきて。」「トイレが我慢できないから、私の代わりに行ってきて」みたいな話で、実力が身につかない。拙くてもいいから、とにかく自分でやれと。ここまでしか出来ませんでしたでも、ちゃんと中間点は出して、最後まで挑戦した限りはA+は無理でも、きちんとやってれば、場合によってはA評価だって出ているから、と、話している。けれども、だいたいそうしたコピーレポートを出す学生は、そもそもが話を聞いていない。
教師が「遅刻」の愚痴をこぼす時に、該当する学生はだいたい教室にはいなくて、真面目に時間通りに学校に来ている学生が「遅刻」した学生の分の愚痴を聞かされる羽目になる。結局この「自力でやれ」の比喩も、そもそも話を全く聞く気がなくて、いざとなったら誰かのを写す学生には、しても意味がない話のようで、それはわかっているんだけれども、でも毎年繰り返す。何か、こうした「わかりきった注意」に意識を引きつける方法はないか、と思うんだが・・・。
面白く話をするの、ってのは、苦手ですから。(学校ですので)

情報系の学生だから、社会人になってプログラムを組む場面になって「出来ません」なんて言わせたくない。できれば、「あ、自分にもこんなことが出来るんだ」と言う自信を身につけてから卒業して欲しい。教え方は決して上手ではないと思うが、質問があればその都度指導はしているし、演習中にこちらから話しかけたりもしている。それがずっとメインだった。

最近はもう一つ考えるようになった。バレなきゃ何をやってもいい、そういう「経験」を大学生にさせたくない。「不正」を行なったら処分があるということは、学生にもキッチリ経験させてから、社会に送り出したい。

そうしないと、それこそ、社会人になって結婚し、子供が大きくなって、大切な場面で安易に不正を働いて、一番お金がかかる時期に収入がなくなったり、再就職しようとしてもどこからも採用してもらえなくなったり、する、と思う。今年は、この話もした。テレビのニュースとか見ていると、偉そうな人たちが並んで頭を下げたりしているでしょう?バレなきゃ何をやってもいい、なんて思っていると、自分の中で歯止めが効かなくなって、いつかはああなるかも知れない。だから、「大目に見てあげてもいい」かも知れないとも思うけれども、僕は気づいたら全部ハネるから、覚悟しておいて。

「道徳」教育の、本末転倒がラジオで散々流れている。
まず、「ありのままの自分」がどうなのか、自分で気付かなければどうにもならないよなぁ。その「ありのままの自分」が、素直にやりたいことをやったら、結果的に「反道徳的」だった、それに気付いてしまった、としたなら、自分で軌道修正しなければ、「ありのままの自分」はたぶん変わらない。周囲に出来ることは、それが「反道徳的」だと知らせること、だけじゃないかと思う。そのプロセスに、道徳そのもので「点数」をつける、ということは、やはり逆効果のような気がする。誰も「ありのままの自分」を表に出せなくなる。結局、上辺を取り繕う術だけを身につけて、本質的な部分は変わらない、気がする。逆効果のような気がする。

ぶっちゃけ、「表向き優等生」は、ガキの頃は得意だった。「ありのまま」で居られない、なんてのは、生きていても居心地が悪いだけ。

なんて書いているうちに、8時になってしまった。際限がないので、ラジオを切る。

支払い義務と、執行責任

JICAの国際援助で、こんな話を聞いたことがある。

現地政府からの要請に基づいて、数百万円規模の少額資金援助を行った。
現地政府では、そのお金をどう有効に使おうか、どのように予算執行しようか、入念に検討する会議を開いたらしい。連日、ホテルで飲食を交えながら。

結局、中間報告の段階で、JICAからの支援金は残り三分の一になっていて、大半はホテルでの飲食を交えた「会議費」に消えたらしい。その後、JOCV(青年海外協力隊)に「プロジェクトマネージャー」という職種が追加されたらしい。僕が協力隊に参加した随分前の話らしいけれども。
使い方を誤った。三分の二は飲み食いしちゃった。だから、もう一度金をよこせ、という話にはならなかったらしいが。

日韓基本条約に基づく日本政府からの賠償金は、本来的には北朝鮮も含めたものでありながら、当時の韓国の軍事政権に支払われた。韓国側からの強い要求で、韓国政府が細かい支払先管理を行い、北朝鮮の分も管理する、ということで、日本側からの主張を韓国が押し切って、韓国政府への一括支払いという形で賠償金を支払ったらしい。
直接確認してはいないが(いちいち、国会図書館とかなんて、行ってられるか!)ネットの記事によれば、この辺の史料は結構調っているようだ。要するに、従軍慰安婦だろうが、未払い賃金だろうが、誰にいくら支払うか、そうした細かい部分は、当時の韓国政府が責任を持つからという条件の下で、日本からは一括して韓国の当時の軍事政権に支払った。この時点で、日本側の賠償責任は終わっている、というのが少なくとも、日本側の言い分、ということになるだろうし、文句があるのならば、その辺の史料を調えて、国際司法裁判所での仲裁を求めましょうよと、日本側からは提案していた、と記憶している。その、国際司法での仲裁を拒否したのは、韓国だった、とも理解している。

徴用工訴訟の原告、国連機関にアピール
https://www.sankei.com/world/news/190314/wor1903140034-n1.html

これは、願ったりかなったりではないか、という気がした。
「日韓基本条約に基づく賠償金」の性質について、条約交渉の経過史料を提出して、当時の韓国政府が分配責任を負うことを、客観的に精査してもらえると思う。

ただなぁ・・・国連の人権委員会も、証拠の提示がない一方的な主張だけを取り上げて、証拠を提出できる反論に耳を傾けない、なんていう実績があるから、何が起きるかわからないけれども。(とにかく、世の中は理不尽がまかり通る・・・)

そもそもが、韓国は日本の植民地だった。国連で中心的に活動する主だった国で、植民地を持っていた国は多い。1975年頃を境に、どんどんと独立していった。それでは、大戦当時、そうした植民地の宗主国が、本国以上に植民地に対して、手厚くしなければならない、なんていう判断があったかどうか。もし、韓国が何らかの証拠を提示したとしても、日本本国でも同様の状況があったとして、それを断罪するならば、国連を構成する大半の旧植民地支配国は、かつて植民地であった国家から、現代の基準に照らし合わせての損害賠償をされた際に、それを拒めなくなると思う。

言わせてもらえば、某国とか、某国なんかに比べたら、日本ははるかにフェアに朝鮮半島を扱っていた。軍事政権が「日本は悪だ」という教育をしてきたから、それが定着しているだけだと、私は理解している。

とにかく、国連には、事実と客観性のある史料に基づいて、判断して欲しいと思う。

想定外?想定内?

東電の旧経営陣、改めて無罪主張し結審へ 強制起訴裁判
https://www.asahi.com/articles/ASM3D35LBM3DUTIL002.html

弁護人は「予見可能性が認められないことは明らかで、3人は無罪だ」と述べた。具体的には、「3・11以前にマグニチュード9クラスの地震を想定する知見はなかった」と強調。

ところが、原子力規制委員会では「今後起きうる可能性があることは、すべて想定済み」との立場を貫いていた、と記憶している。「予見可能性がある」どころか、すべて「予見して織り込み済み、だから原子力は安全」との立場だったと思う。だから再稼働の判断をしたんでしょ?矛盾していない?

「予見可能性が認められないことが明らか」なのならば、今後何が起きるかも予見できない、ということではないのか?予見しているのならば、いつ何が起きる、あるいは起きないと断言して、それが覆されたならば、それを「予見」した国の責任者、有識者などなどは、損害賠償額が何兆円になろうが、それぞれが個人で責任を分担するべきではないのか?それほどの責任を負っていることを自覚しての「今後起きうる可能性があることは、すべて想定済みとの立場」なんだろうか?逃げるなよ。国がその立場を貫くならば、この弁護人の主張は国の主張に矛盾するから、言い訳でしかない。東電の旧経営陣だけではなく、歴代の通産省の関係者、有識者も処罰対象ではないのか?

別に、3人は無罪でもいいけれども、だったら原子力は危険なんじゃね?

価値観の変遷

時代が変われば価値観は変わる。
昔は問題視されなかったことが、今は問題視される。逆に、昔は問題視されていたことが、今では誰も気にも留めない。

僕が高校に通っていた頃は、電車の中に普通に灰皿があった。駅構内禁煙どころか、電車の中ですら禁煙になっていなかった。
社会人になって数年、生命保険の勧誘の方(女性)が、女性のヌードカレンダーを配っていた。会社の机の上に置いておいても、特に誰も何も言わなかった。セクハラ、なんていう言葉すらなかった。

アメリカだってそうだっただろうと思う。
映画「疑わしき闘い」の1930年代アメリカ。約束の給金を払わない。「雇用者」に逆らった人たちが随分殺されている。字幕で最後に、「最低賃金法」成立のきっかけになったようだったけれども、「それ以前」は「最低賃金」とか「被雇用者の権利」なんていう「価値基準」はなかったのかも知れない。(あまり正確な記憶ではないと思うが、悪しからず)
そもそも、イギリスやアメリカだって、女性に参政権がない時代が長かった。100年前はどうだったんだろうか。誰かが声をあげて、世の中を変えてきた。
近世のイギリス人女性が参政権を獲得するまでの映画も見た。最近の映画だけれども、タイトルを忘れた。(毎回、寝落ち寸前のブツ切りだから、印象しか残ってないけれども、)勇気のある人がいたんだな、という感銘が残っている気がする。あれ、同じ時代にいて、同じ経験をしたとしても、同じ行動が出来たかどうか・・・自信はないなぁ。

1940年代の日本では、「赤紙」一枚で徴兵されて戦場に送られた日本人は大勢いた。徴兵を逃れたらどうなるか、誰もが知っていた。社会全体が「戦場に追いやる」という意味では実質的な「強制連行」だけれども、「強制連行」という表現はなかった。女子学生も「勤労奉仕」として、企業での労働力として駆り出された。賃金なんて、出ていたんだろうか。「徴用工」という言葉があるけれども、日本でも同じ時期に工場で仕事をさせられて、まだ生きている人は大勢いると思う。「私はあの工場で働いた。」結構、年配の方から聞いた記憶がある。韓国人だけではなく、日本人でも同じ経験をしていて、日本人の場合には「あれは、そういう時代だったから」と諦めているのだろうと思う。憲兵がどういう存在だったか、どんな時代背景だったかを知っているから、とても文句を言えた時代ではなかったという歴史認識」を社会で共有しているから、その企業を責めることの無意味さがわかっている。

テレビドラマの「おしん」は(実は、私は全く見ていない。噂は知っているが、見られる時間帯の放映じゃなかったけど、)世界的にも有名らしい。ただ、「おしん」が丁稚に出された、「丁稚奉公」とは、形式を整えた「人身売買」ではないか、という気もする。「金を払ったんだから、働け」ということになる。「おしん」が韓国の話ではないことは、韓国人もご存知だと思う。それでは、もしも「おしん」が働くことになった先が「花街」のような業界だったとしたら、これほどまでに世界で知られることになっただろうか、という疑問がある。ただ、実際には「おしん」と同じようなプロセスで、その後、戦時中に「慰安婦」と呼ばれるようになった職業についた人たちもいただろうと思う。戦後の混乱の中で、性病で亡くなった方も相当にいたに違いない。生き延びたとしてもおそらくは、大半が日本では沈黙していると推測する。

「私は慰安婦と呼ばれています」…裁判所に届いた手書きの手紙
https://japanese.joins.com/article/006/251006.html?servcode=A00&sectcode=A10

このニュースの「時代背景」を正確に理解しなければ、本人が「強制連行」と感じているその実態が、本当に強制連行だったのかはわからない。
少なくない人数の「おしん」が、強制的に連れて行かれたと感じていると私は思う。そして、子供の知らないところでは大人どうしの金の流れがあった、とも自分は理解している。「違法行為」があったという記録もある。摘発されたから、記録が残っている。いわゆる「人さらい」、現在で言えば「誘拐」。身代金要求の誘拐ではなく、転売目的の誘拐。それらは当時でも「違法」だったが、金を払えば「合法」だった。
当時には当時の「価値観」や「行動基準」があり、大半の人はそれを正しいと信じて生きていたと思う。

誰かが声をあげて、世の中を変えてきた。その変える前の社会に現代の人間が飛び込んだ時に、同じことが出来るか、今と同じテンションで騒げるか、私には疑問だ。周囲に流されていたら、何もできない。それ以前に、当時に生きていたら、周囲が「正しい」とする価値観を当然のごとく受け入れる人が大半だろうと思う。
同時に思うのは、「今現在の価値基準」に基づいて、過去を断罪して当時の人を極悪人の如く扱う、その無意味さ。そもそも、価値基準が変わってきたことに全く気付いていない。ということは、裏を返せば、今現在の社会の「価値基準」を理解していない、ということにもつながる気がする。流されているだけなのだから、過去に遡って生まれていたら、その極悪人のような行動をその本人も平気で行う、ということになるんだろう。

今から、ほんの数十年前、100年前に遡っただけで、今とは全く異なる「価値観」の世界に突入すると思う。それが「正しかった」などと言うつもりはない。人種差別、性差別、人身売買。まだ、完全に変わった訳ではなく、現在でも残っていると思うが、少なくとも「人種差別」「性差別」「人身売買」を容認しない「価値観」に変遷しつつあると思う。
それらが誤りだったと考えるならば、今後を変えればいいだけの話、だと思う。

ただ、韓国が日本に「謝罪しろ」を連呼する、国会議長だったかが「盗人猛猛しい」などと発言する。どこまで、当時の時代背景を理解しているのか、疑問だ。韓国が日本に「謝罪しろ」と叫んでいる「慰安婦」も「徴用」も、他ならない日本人自身のほとんどが、この日本国内でも経験していて、「過去の歴史」として押し流していた。

その同じ話題が韓国では、ほんの20年ほど前、民主化後に降って湧いて、正確な時代背景を知ることもなく、あたかも韓国人だけがそうした目に遭ったかのように理解して、「謝罪しろ」を連呼し始めた。そもそも、大半の日本人が謝罪なんてされていない。何よりも1945年8月15日の「玉音放送」(で、正しかったかな?)で、「これで、この悪夢のような時代が終わった」と感じたようだと、自分は理解しているし、祖父母や両親の話から、「終戦」はある種のリセットだったと感じている。

確かに、韓国の場合には好んで日本の統治下に入った訳ではないと思うが、そこの至る時代の伏線というものがあり、例えば朝鮮王朝の腐敗など、朝鮮側に起因する歴史的な要素が、どの程度加味されているのか、私には疑問がある。
日本人だって、軍部の独走を容認することになった政府には思うことがあったとしても、「治安維持法」以後、急速な社会の変化の中で何が出来たか、今、過去を糾弾して叫んでいる人たちのどれほど多くが、当時の社会にそのまま身を置いたとして、同じように声を出せるのか、それを考えた時に、日本人は「リセット」を「リセット」として受け入れたのではないか、という気がする。

何よりも、こうして自由に今の自分の価値観を叫べるような時代になった、それだけでも、凄まじい社会の「価値観の変遷」の恩恵を受けていると思う。変えてきたのは、過去の人たちであり、この「慰安婦だと名乗り出たおばあちゃん」のような、歴史の中で辛い思いをした人たちの、思いだとも思う。軽んじるつもりはないが、ただ、当時の時代背景を、正確に理解して欲しい、それだけは思う。

日本は、日韓基本条約に基づいて数億ドル(忘れた。ググれ!)の賠償金を支払った。それは「リセット」を完全に行うための措置だったと、現在の日本人も大半がそう理解していると思う。「個人請求権」は「消滅」ではなく「移行」だとするサイトも、すぐに出てきた。

現在進行している、「特許差し押さえ」などの動きは、日本にとっては「過去の清算」ではなく、「今現在を起点とする、新しい韓日関係の象徴」になるだろうと、私は思う。相当に尾を引くと思う。


嫌だな、と思うのは、発してしまった言葉の「反芻」で、牛の反芻の如く、4番目の胃袋から先に進むまで、何度となく意識の表層に湧き出てきて、仕事の邪魔をする。盗聴やら盗撮やらに苛まれたことは、抗いながらも、自分の中からのこれで相当に仕事の邪魔をされた。黙っていられない。だからますます泥沼にはまる。
ただ、後悔はしていない。理由がある。

きちんと脳が「認識」してくれてはいないけれども、僕自身の「意識」はたぶん、過去において「何かをすべき時にしなかった」痛烈な後悔を持っていて、「今、これを黙って流したら、絶対に、肉体を抜けた後に、『また、やっちまった』という後悔をする」という確信のようなものがある。大半の読者の方には恐縮だけれども、僕自身は自分に前世があったことも、おそらく来世があることも、ほぼ確信に近い感覚で認識しているので、やはり、今よりも今後のことを大切にしたい。だから、とにかく後悔したくない。肉体を持っている間に「後悔」しなくても、それで良かったのかどうかは、本当のところは肉体を抜けてみなければわからない。死んだらそれまで、とお考えの方は、そういう生き方をされたらいいし、どうぞご自由に。ただ、僕は自分で納得できるように生きたい。
肉体を抜けた後で、「何故こんな生き方になったか」それを振り返った時に出てくる思いは、アーメンと叫ぼうが、南無阿弥陀仏と唱えようが(以下省略)もう、どうにも出来ない。そして次回に繰り越そうとする。結局、出来るようになるまで似たような経験をする。自分でその伏線を張って、そういう時と場所に生まれてくる。

「なんで、こんな悲惨な目に遭わなきゃならないんだ」という思いをお持ちの方も、多いんだろうな。この記事のおばあちゃんもそうだろうし、最近ニュースでよく流れる、親に殺された心愛ちゃんも、拉致被害者のご家族の方々もそうだろうし。そして、ただ「なんでだ」と愚痴をこぼすだけだったとしても、間違いなく1回の人生分の経験値としては蓄積されていく、と、自分は認識している。もし、それだけではなく、可能な限り客観視して、自分がその当事者になってしまったという「偶然」(実は偶然ではなく必然だと思うが)以外の要素が、どう絡み合って、なぜそういうことになったのか、自分のような「当事者」が今後現れないためには、自分以外の誰がどう動いてくれたら良かったのか、そこまで膨らませることができたなら、おそらく、単なる「1回分」ではなく「5回分」にも「10回分」にも、経験値を膨らませられるんだろうと思う。何も慰めになっていないかも知れないけれども、逆に言えば、順風満帆で何の辛い思いもしなかった人生なんて「1回休み」みたいなものだから、何かあった方が、余程「人生」の価値がある。きっと肉体を抜けてから「この課題は卒業できる」という自信や確信につながるだろうし、周囲の人が「この人、こんなに恵まれた生活をしているのに、なぜ私の苦境を理解できるんだろう」みたいな、その回の人生では経験していない裏側への理解力みたいなものが格段に身に付いて、いわゆる「格の違い」につながってくるような気がする。(師匠の受け売り、みたいなもんですが、私の解釈が間違っていたら、ごめんなさい。疑問のある方は、ぜひ勉強会にご参加を。)
(偉そうに、よくもまぁ、イケシャーシャーとこんなこと書いてるな、とは思いつつ。反芻が終わるまでは、仕方ない。)

誘われちゃった・・・

朝、郵便受けを見たら元自治会長のSさんから、老人会の名前で封筒が。

3 月16日に会計監査。もうそろそろ、期末決算で伝票はもう出ないはずだと思っていたのに・・・。ナンジャラホイ。

開けてみたら、グランドゴルフ(ゲートボール)のお誘いでした。
「是非、ご参加ください。」
うわー、誘われちゃった!

でもなぁ、一応まだ仕事してるし、仕事辞めて昼間っから飲みとかにお付き合いできる身分でもないし・・・お誘いは、とっても嬉しい(!?)んですが・・・

どちらかと言えば、スキーに誘って欲しかったんですけど。(太って、ウェアが着られなくなってやめたのが30年前・・・)いや、トレッキングとかトレイル・ランニングでもいいけど、スキューバダイビングもPNGのマダンで潜って、マンタの群れを見たのがもう25年も前かなぁ。何もしてない・・・BBQすら、誘う相手が・・・誘うだけなら誘えるけど絶対に断られるし。興味あるのがアウトドアなんて、もう25年以上看板だけ。
もう、ゲートボールくらいしか、選択肢がない?
それは、ちょっと、なぁ・・・

なんて、朝っぱら書いてないで、しっかり頭を切り替えて、これからPythonでリング・バッファとsqlite3のデータベースとの同期を取る部分をコーディング。それが終わったら、今度こそ最終動作確認。

楽しみは取っておこう。(来世に?)

元祖「そこら辺の草」

埼玉県民にはそこら辺の草でも食わせておけ!
翔んで埼玉
http://www.tondesaitama.com/

いっやぁ・・・(照れ笑い)

「そこら辺の草」と言ったら、何と言っても埼玉県小川町の
「のらぼう菜」でしょ!
その名も「野良坊菜」=そこいら辺に勝手に生えてる菜っ葉。(諸説あるかも)

正統派「そこら辺の草」です。
元祖「そこら辺の草」、いや
本家「そこら辺の草」、とにかく
「そこら辺の草」!

ちなみに
JA埼玉中央 小川農産物直売所
http://ja-sc-market.org/ogawa/
では、3月23日(土), 3月24日(日)に
比企のらぼう菜部会(比企伝統野菜)
のらぼう菜の試食販売
「元祖そこら辺の草」の試食販売!

を実施するそうです。同日
詰め放題&いちご試食販売
も実施するらしい。
何の詰め放題か書いてないけど、いちごだろうなぁ?でも、潰れるんじゃね?

ただ、よそもんが来ると混むから、来るこたぁねぇだんべ。

錯覚

ラジオを聴いていて、と言いつつ、あまり集中して聞いているわけでもなく、ふと「あれ、韓国の人かな」と思った。日本語のザジズゼゾの音が、微妙にジャジジュジェジョになる。もしかしたら、「これか!」と思った。この文章を書き始めて、ラジオは止めた。Nack5の中村あゆみさんの番組の後、韓国観光公社が番組を持ったんだ。

日本人は、RとLの使い分け、聞き分けが苦手。今時の子供は、かなり小さい頃から耳を慣らしているらしいけれども、脳がこの辺の音を当たり前に認識するためには、たぶん、小学校では遅い。2歳児くらいから「言葉」としてその音に接しないと、難しいと思う。

僕は絶対音感を持ってる。一時期微妙に半音ズレていたのが、最近またきちんと聞き取れるようになった。たぶん体調管理とか蝸牛管の関係だと思うけれども、それはそれで別の話題なので切り捨てて、話を戻せば、対数計算ができる電卓があれば、聴いた音のスペクトルピークを五つくらいまでは数字で出せると思う。実証実験には応じます。(ただ、暗算は苦手。対数の電卓は欲しい。)高校時代、陸上部の仲間だったFくんと、B組のT君なんかと、たった一度だけだけれども、試したことはあった。親父が音楽の教師で、3歳からピアノをやらされていて、そのお陰と言うべきか。一度だけ、小学校の低学年の頃、親父の「研究授業」でサンプルAにされた記憶がある。今でもね、四重和音くらいはチョロいもんだけど。
ところが、これが6歳になると難しいらしい。親父の受け売り。

以前いた会社で、MITのDKくんが日本に来た時に、ずっとアテンドした。雑談の中で彼の子供の頃の話をしてくれた。アメリカのテレビドラマで、clawを持った登場キャラが現れる子供向けの番組があって、その話を親とする時に、clawの発音がどうしてもcrowになる。それを親が笑ったので、一生懸命発音してもどうしてもうまくいかない、と言ってた。あ、たぶん僕の発音のことを言ってるのかな、とも思ったけれど。
何が言いたいか。「大人の発音」が出来ない音は、「幼児の発音」に聞こえる、と言うことで、日本人が英語圏で(英語圏に限らず、RとLが完全に別な音の、日本以外のかなり多くの国で、)LとRがうまく発音できない時に、現地の人にはその音が「幼児語」に聞こえている、と言うことだろうと、思った。

今日、ふと思ったのは、日本語のザジズゼゾを韓国の方が発音する時に、音でジャジジュジェジョに聞こえるケースが多く、それがどうしても日本人の耳には「幼児音」に聞こえてしまう、もしかしたら、そんなところが、これは認めざるを得ないけれども、日本にいる朝鮮半島出身の方々を「見下す」差別意識の原因になっていたんじゃないか、と言うことだった。このページの主題は、この段落。

別にいいじゃない、と言うよりも、僕ら日本人が海外でRとLをゴチャゴチャに発音している時の、現地の方の「当惑」は、同情に値する。あるいは、非常に幼稚に聞こえている可能性が大きい。今でこそ、日本人が大勢海外に出て行っているから、「発音」とその日本人が幼稚かどうかは、切り分けて受け入れて頂いているに違いないが、20年前、30年前だったら、欧米人の耳には、日本人の話す言葉が相当に「幼児語」に聞こえていたに違いない、とも感じる。どうでしょうかね?それはもう、現地の方に聞いてみないとわからないけれど。

オーストラリアで3週間ほどぶらついた時に、日本人の旅行者に出会った。「日本の方ですか?もう、5日間も日本語の通じる人に会わなかったんですよぉ。」って、俺が任地にいた時は、1年近く半径160km以内に日本人はいなかったぞ。って、それは、どうでもいい。
彼の雑談。「バーで飲んでてね、仕事を聞かれたんですよ。Public Servantって答えたら、みんなから大笑いされちゃって。」(彼は、市役所の職員だそうだけど、それを名乗るなら、City Officerとかでしょ、とその時は答えたけれども、今ググったら、City Hall Officialsと出てきた。)「公園の便所掃除でも、やらされてるのか、とか言われたけれど」と、彼。公僕ねぇ。その彼が続けた。「選挙の度に大仕事になる」と言いたかったらしい。必死で説明しようとすればするほど、大爆笑だったらしい。僕の耳にも、彼のRとLはごっちゃ。選挙はelection。以下省略。

こう言う話をしだしたら、際限がない。タイ語にもザジズゼゾの音はない。タイの方の場合には、ダディドゥデドになるのかな?試しに、フランス人にハヒフヘホを発音させてみたらどうか。逆に、ようやっと英語のRとLを発音し分けられたとして、フランス語のRとドイツ語のRをきちんと発音できるか、と言う問題もある。巻き舌で舌の先端の方を緊張させるか、それとも、喉の奥を震わせるか。ちなみに僕は、ロシア語もスペイン語(rrの方)もドイツ語も、あの辺の言語のRの音はきちんと発音できない。

こんなのが、「民族差別」の原因になっていたとしたなら、哀しい。発音の違いで相手を差別する。じゃぁ、逆に差別される側にたったらどうなのか。今時、これだけ世界中で、あらゆる国の人々が自由に行き来して(軍事力に頼っている一部の国は除外して)身近に外国人と接する機会が増えた。もはや、「発音」が「差別」の原因になることもないんだろうか、とも思うけれども、僕らのごとき、ジジイ、ババアは手強いからなぁ。若い人たちの感性に頼るしか、ないのか。

どこかの「語学教育塾」だったかな、多国語を看板に掲げていた。「言葉」としての「音」は、かなり小さいうちから慣らさないと、脳はその「音」を「言葉」として認識しないと思う。英語だけじゃ不十分な時代になるかも知れない。どう言う教育方法がいいのか、それは僕の商売には関係ないので、どーでもいいけど。

ただ、これだけ人が入り乱れる時代になって、「発音」が差別の原因になる、そんなことがなくなるとしたら、そうした「錯覚」は過去の歴史に押しやって、もう忘れることにできないか。(過去を蒸し返すことに、全将来を賭けている人たちもいるけれども。)

あ、忘れてた。どこかの国の大統領、人種差別主義者に、肩入れしていたっけ。ため息。このページ、終わります。

穴馬

敵の敵は味方、ということなんだろうか。
「共通の敵」を前にすると、連帯感が生まれる、ものらしい。文政権と金正恩氏の北朝鮮にとって、明らかに日本はこの「共通の敵」であるらしい。
北朝鮮にとって、文大統領が頼みの綱であるとしたなら、北朝鮮メディアが日本のことを良くいう筈がない。残念なことに、拉致日本人の問題は「その存在を認めること」すら、希望薄な気がする。

文大統領の韓国、そして北朝鮮の両方に共通する「特徴」は、「事実」をメディアが公表することができない、という点だろうか。そもそも両者とも「歴史的な事実」など大して重要視していない。国民に「何をどう思わせるか」だけが重要という、日本にとっては非常に厄介な問題が、両国に共通している。韓国の場合、それは韓国が民政化する前の軍政当時からの教育が根付いた結果として、そう簡単に変えられるものではないだろうし、北朝鮮の場合には、「真実」を国民に伝えることなど、致命傷になりかねない。日本による両国への「関与」は、事実を拾い上げたら必ずしも「良いこと」だけではなかったが、両国にとって都合の悪い「歴史」は、何一つ国民に伝わっていないんだろうと思う。日本は永遠に「共通の敵」のようだ。

そこへ、このニュース
米に「北朝鮮亡命政府」、脱北エリートが樹立計画
http://japanese.donga.com/List/3/01/27/756266/1

最初、ニュース配信の見出しだけ見た際、中国がバックアップするのか?ついに中国も、北朝鮮を見限ったか、と思った。配信記事をよく読んでみたら、ワシントンで樹立するとなっている。となると、これはちょっと、無視できないと思った。
北朝鮮の人権問題は、世界的にも知れ渡っている。既に25年前、パプアニューギニアにいた頃に、州政府の同僚が何かの話題で「北朝鮮みたいな国」という表現を使っていて、え?と思ったことがある。PNGはオーストラリアの影響を強く受けているから、ピジン語の新聞や、英字新聞でも、確かに北朝鮮が問題の多い国だという認知は、PNGの知識層には広まっていたんだろうと思う。その国の「民度」の変化は、メディアが担う。マスメディアが使うフィルタによって、民度は高くも低くもなるように感じる。北朝鮮はニューギニア人から見ても「好ましくない劣った国」だった。

北朝鮮が、そう簡単に核を手放さない、としたなら、既に2回の米朝会談を終えた今、トランプも表立っては動けない上に、欧米もそう簡単には金正恩を容認できない、そのタイミングでの「時が来た」は、目を離せないかも知れない。
つまり、トランプ政権になって、一気に北朝鮮との距離が縮まった、その逆も起きる、ということではなかろうか。

韓国が文政権になった途端に、日本との慰安婦合意を覆した。トランプ政権になった途端に、京都議定書から離脱したり、大幅に流れが変わった。それでは、トランプが次期大統領にならなかったら、米朝会談の「成果」は次に引き継げるのか、これが問題だろうと思う。朝鮮半島の非核化に何も「具体的な動き」がなかったなら、引き継ぐべきものが何もない、ということになる。トランプ自身が、北朝鮮の譲歩を引き出せなければ、制裁の解除自体が次の選挙戦の足かせになる、と判断したんだろうか。この流れの中で、北朝鮮への経済制裁を解除すべき口実が何かあるのか。金正恩体制が継続することに、中国は何らかの「メリット」を見出しているのか。ロシアの場合は、どうなんだろうか。つまり、「北朝鮮の亡命政権」に北朝鮮の人材が集まってきたとしたなら、それでも金正恩体制の後ろ盾となるメリットが、中国にあるか、ロシアにあるか、ということになるんだろう。ロシアにとっては、アメリカに近い「新体制の国」が半島北側にあることは、好ましくないに違いない。「旧社会主義国の連携」は、「反米連合」に形を変えて、ロシアを核としてイラン、シリア、ニカラグアを連携させ、北朝鮮をその連携の輪に取り込もうとするんだろうか。そこに少し距離を置いて中国?

「敵の敵が味方」という論理ならば、金正男氏の長男を擁護する「北朝鮮亡命政府」にとっては、日本は味方になり得る存在、かも知れない。金正恩が、再び核やミサイルをチラつかせれば、明らかに「敵の敵」ということになるが、仮に日本にその意思がなくても、北朝鮮が勝手に日本を敵対視しているということは、日本の意思に関わりなく、日本は「亡命政府」にとって、敵の敵になる。
間違いなく言えることは、金正恩氏が拉致日本人を返す可能性は極めて低いが、「亡命政府」が金正恩から「政権」を奪い取った場合には、日本と友好な関係を築くために、拉致問題の全面的な解決に協力してくれる可能性が、極めて高いような気がする。つまり、日本にとっても「北朝鮮亡命政府」は、貴重な「交渉可能な相手」となるように思う。文大統領も、金正恩氏も、「歴史的事実」を持ち出しても、そもそも日本的な感覚で「史実」を正確に認識した上での交渉することが、もはや、両国とも両国国民の手前不可能な状況に陥っている。少なくとも「亡命政府」には、まだそれがない。「事実に基づいた判断」という西側諸国で一般的に「正しい」とされている感覚で交渉が可能だ、ということだろうか。

そして、トランプが次期大統領になりそびれて、北朝鮮がアメリカとの「終戦」の糸口を失った時、おそらく中国は「金正恩の北朝鮮」を堅持するためになりふり構わないバックアップを行うんだろうか。その北朝鮮が、再びミサイルや核の保有をチラつかせた場合、中国はどんな選択肢を取るんだろうか。
もしかして北朝鮮の「西側化」を受け入れ、アメリカとも良好な関係を持とうとして、切り捨てるか、それとも、あくまでも「特別扱いしたいのは経済関係だけ」とばかりに、「金正恩の北朝鮮」をバックアップして、ロシアを核とした「反米連合」に加担するか。
トランプ後に世界貿易はどうなるんだろうか。中国やロシアが、「経済」で世界に関わろうとしている時、日本に何ができるんだろうか?イギリスのEU離脱のような、各国の「揺れ戻し」は、続くんだろうか。

グローバル化する経済、全てがボーダーレス化に向かって動いているようにも見える。好ましいか好ましくないかに関わらず、変化に対しては変化抵抗がある。何かが変わろうとしても、「変わりたくない、変えたくない」という心理的な反応が必ず出る。機械系で言えばダッシュポット?オーバーシュートというのは、こんな感じの波形。


ステップ入力(ベースラインが、0→1に変化した)のを、インターネットの普及だとしたら、上向きのオーバーシュートは、氾濫する(信頼性の低いものも含めた)仮想通貨だとか、「行き過ぎ」の部分だと自分は見ている。下向きのアンダーシュートは、各国で起きている「内向き」の変化、各国の右傾化、などだと思う。
http://ysserve.wakasato.jp/Lecture/ControlMecha1/node15.html

イギリスによるEU離脱が、イギリスにとって「良い結果」をもたらすと思うか?ホンダの撤退はおそらく正解。グローバル化への逆行は、アンダーシュートとなって現れる。ただ、十数年、数十年かけて、オーバーシュートもアンダーシュートも落ち着いて、一定のレベルに安定していくに違いない。

「未来」を操作することなどできないかも知れないが、できることがあるとしたら、このグローバル化後の安定ラインに、どんな「要素」を付け加え、取り除くかという「人類共通の意思」の形成のようなものだろうかと思う。
例えば、グローバル化後の世界に「軍事的均衡」を関与させるか、させないのか、もし国境を超えた世界的なコンセンサスが持ち込めるのなら、人類が望むようになる、と思う。それは、例えば、草の根の運動のような民主主義が勝利するのか、各国政府、特に超大国の政府がしがみつく「軍事的均衡」という自国の優位性なのか、どう変わるかは、「望む」か「望まないか」だけの違いかも知れない。
また、「望む」多数派がどちらの多数派か、も、大切なんだろうな。トランプ政権は、アメリカにとってトランプを望むのが多数派だった。歴史は、そういう変え方もするんだろう。

歴史のことは歴史に聞け、なんていう言い回しがあったっけか?なんだか、あったような気がする。
北朝鮮の「亡命政府」は、もしかしたら、既に拉致被害者帰国の「穴馬」的な存在かも知れない。いつ、どんな形で、「対抗馬」となり「本命」になるのか、目が離せない気がした。

ボーダーレス

結果的に、シーケンス制御のプログラムを書いている。
いや、仕事を請けた時は「シーケンス制御」になるとは思っていなかった。仕様書を書いているうちに、これができたら便利かなと思っていたら、シーケンス制御になっちゃった。まぁいいや。使ってみて、喜んでいただけたなら。

オシロスコープで波形を見て、OK。実機接続が3週間前。ところが、ウンともスンとも言わない。

あれ?と思って電源周りの「接続」を見て、よく見たら、Raspberry Piは3.3V動作、制御デバイスは5V動作。そりゃぁ、動かんよ。なんで、こんな根本的なところを見落としているんだ!?いくらソフト屋だって言ったって、デバイス接続やってるんだから・・・粗忽すぎる。時々こういう、根こそぎコケるミスをやらかす私。orz

慌てふためいて、ネットで3.3V/5Vのロジック接続用のコンバータを購入。大半が「在庫なし」。Raspberry Piで外付け用の基板も「在庫」がなかったりで、「即日発送」で値段が安いところに飛びついた。ポチッ。しばらくしたらメールが入った。「本日発送しました。」よしよし、これでなんとかなる。2週間前。

3日経っても届かない。あれ、と思って「追跡」ボタンをクリックしたら、配達業者が「China Post」となってる。あっれぇ、もしかして、と思ったら、中国の業者だった。確かに発送は「即日」だったけれども、到着まで2週間。一昨日、届きました。ちなみに、元々の納期は昨日。画面をどう見ても、国内発送の業者としか思えない。どこかに中国からというのが書いてなかったか?Digi-Keyはアメリカから。それは既に知っているが、アメリカからでも3〜4日あれば届く。案外、国内の業者は在庫を持っていなかったりする。最近は在庫をあまり持たないのか。海外から手に入るからなぁ・・・それでも、2週間。

ちなみに、ボルテージコンバータは入荷が3月15日とか・・・他の業者も在庫なし。今日、秋葉原で探してみる。ってか、仕方ない、手持ち、2SC1815とかがあるから、作って、間に合わせしかないなぁ。つい、こういう場面では2SC372が、なんて言いたくなる。2SC372なんて、今時の方はご存知ないんじゃなかろうか。でも、これも、国内入手だと2SC1815がメインだったのに、海外ではまだ使ってる?よくわからんが。

もう、何がどこの国からなのか、ネットで見ただけだとわからなくなってきた。そういう時代なのかも。

ところがね、インドとパキスタンでは、戦闘機を落としただとか落とされただとか・・・国境線争いでしょうね。

軍事力に頼って、国土を広げる、もしくは領土を維持することの、メリットとデメリットを、それぞれ1200字以上、1600字以内で述べよ。

取り繕うのはやめようよ

なんか、プログラム疲れ。とにかく、一区切りはついた。明日は別のファイルの書き下ろしだ。

昨日、松尾くんと、元國學院大学の大崎先生と飲んだ。
食事だけでも良かったんだけど、昔の農協裏の(ローカルネタです)「栄楽」で集まった。一応は中華料理だけれども、宴会可能な大広間あり。母屋の改築が終わって、通常営業に戻った。
僕が栄楽のママを下の名前で呼ぶので、他のお客さんが「どういうご関係ですか?」とかママに聞いたらしい。そうですね、僕が生まれて間もない頃に、もしかしたら、僕のオムツを替えてくれたことがあったかもしれないのが、栄楽のママです。我が家とは関係が深い。だから、貧者の一灯。誰かと飲食する機会があれば、栄楽にしたい。
大崎先生もなぁ・・・80歳を過ぎても研究を続けたい、論文も書きたい筋金入りの学者。言いたいことも山ほどあって。他人みたいに思えないけれども、こっちも今、ソフト屋で必死だから。メッセンジャー既読スルーで御免なさい、その罪滅ぼし。
というのが、話の短い枕で・・・

松尾くんに言われた。「小林さんも、協力隊のOBなんだから、どんな国とでも仲良くするように・・・」というのは、たぶん、僕の韓国がらみのブログの書き込みへのリアクションだろうな。それはわかる。だけれども、仲良くしたいならば、「嘘」はやめて欲しい。身内だって、平気で嘘を吹聴する家族とは、付き合いたくない。いや、家族だからわかるのは、本人は自分のついている嘘を「嘘」だと理解していない、ということだろうか。「私はこう見られたいのよ」と、その虚像の構築に忙しくて、勝手に私が悪役にされている。これが被害妄想なのか、自信がないので、一番楽なのは僕自身を全否定することだけだけれども、やりきれない。とにかく、こっちに迷惑をかけるような嘘は大嫌いだ。
「強制連行」は、あったことを示す事実確認がなされていない。おそらくは、北朝鮮の対日工作による流言飛語だと、自分は解釈している。従軍慰安婦は、ほぼ全員が、当時としては合法な「サービス提供」の契約に基づいて、高給を保証されて仕事についた方々で、確かに中には、大人の勝手な思惑で「売られた」人もいたかも知れないが、手続き上は正当に合法な手順を踏んでいる、と理解している。無論「違法」な経過を経た人もいたようで、実際にそれを取り締まった当時の「警察による摘発」の記録も残っている。周囲の女の子を売って金にした被疑者の9割5分以上が、朝鮮人。数年分の記録を合計しても、日本人で摘発されたのは10人に満たない。こうした資料が全部残っている。裏を返せば、それ以外は合法だったと自分は理解する。それを「本人による自由契約」に基づく「高給が支給されたビジネス」であったことを一切無視して、国連で「人権問題」だとして発言する韓国の姿勢が、私は全く納得できない。「被害者の視点」って、高給を得ていた事実と、その「被害者」的な性質は、相殺不可能なのか?金がないから、生活できない、だから応募した。(当時の新聞広告が残っている。)それは本人の問題。「親に売られた」からその職に就いた。そこは被害要素だとして、その結果高給を得た。無論、本人にしてみたらプライドを売りまくっている訳だから、「金に換えられない」ものを失ったかも知れないけれども、金は得ていたはずだ。ライダイハンとは全く違う。
当時の逓信省だったか?進駐軍によって凍結されていた、今でいう郵便貯金の預金の返還を求めて、日本を相手取って「預金の返還」を求めた元慰安婦の女性がいた。この記録も、通帳の画像もネットに流れている。その事実と「被害者」という表現が、全く重ならない。

戦争被害を口にするならば、当時の朝鮮半島は日本の一部であり、戦後軍事裁判で裁かれた軍属には朝鮮半島出身者もいた(ビジネスとして軍から仕事をもらっていた人たちがいた)。半島出身の慰安婦は、半島出身の兵士と会話が弾んだこともあったらしく、「慰安婦の客」には半島出身者もいた、というのは、状況証拠しかなさそうだが、あの類の行為に直接的な証拠を残そうとする人なんて、ほとんどいないんじゃないですか?ニューギニアで遺骨収集した中には朝鮮半島出身者の遺骨も含まれていたのは確実だし、その結果として靖国神社のそばの千鳥ヶ淵戦没者墓苑に納骨された遺骨の中には朝鮮半島出身者の遺骨も含まれることは明白だ。その方々への首相の参拝すら、韓国では非難する。どうすべきなんだ?事実はどこへ行った?当時の日本のために亡くなった、日本人+朝鮮半島出身者への、(これは、日本的発想だが、死者には一切分け隔てせず)追悼を行うことを、韓国では非難する。松尾くんじゃないけど、僕も協力隊OBだから、国民性の違い、感性の違いは理解できる。日本では、そこに韓国人の遺骨があったとしても、弔意を示す、それが当然だとして、韓国では、そんなことはあり得ない?それが韓国だとしたら、確かに外国だから、感性の違いはあって当然だが、少なくとも、僕には理解できない。一度でも日本に関わったら、自分と同族の死者であっても、もはや切り捨てるべき存在なのか。事実はどこへいった。韓国では、流言飛語だけが「真実」なのか?何を「歴史」として教えている?「韓国人は世界一優秀な民族です」という李承晩の作文に基づく歴史か?

日本側が提示可能な、そうした史料の一切を妄言だとして切り捨てて、国連で演説し、その挙句に国連の人権委員が、歴史的な検証を一切行わずに、韓国の主張だけを取り上げる。これだから、文科系の人間は嫌いなんだ。根拠がなくても、声のでかい奴の言い分だけに耳を傾ける。騒いだ奴が得をする。僕が喧嘩を売りたいのは、韓国よりもむしろ国連かも知れない。国連大使資格者を、全員理系出身者だけに限定しろ!(あ、壊れた。)
逆に言いたい。ハリウッド映画なんかで、売春がどれだけ扱われている?裏のビジネスに絡んだ売春のない国が、どれだけある?アメリカの他にも、どこかの国の「飾り窓」だとか、今は根絶されていると言えるのか?今もアングラで行われていることと同じことが、当時もあった。なぜ、そうした主張に耳を傾けないのか。

仲良くしたいからこそ、嘘をつくなと言いたい。国連も、韓国の外相演説を取り上げるならば、なぜ、ライダイハンを取り上げない?ベトナムが騒がないから、だろうか。そもそもが、僕は韓国を嫌いにはなりたくないが、嘘が不快でならない。むしろ、根拠を一切示せない主張を真に受ける国連そのものが、最近信じられなくなっている。

僕は、こういう性格だから、ロクな生き方はしてない。だけれども、嘘を平気でつくような相手とは、仲良くなれるとは思えない。僕にも見抜ける程度の嘘を、「仕方ない」と僕が容認したとしたって、他人がそれを真に受けたら、僕がまともに火の粉を被ったりする。それが嫌だ。結局、嘘はつかないでくれ、としか、言いようがない。

綺麗事ばかり表に出そうとする。韓国は、こんなにも清廉潔白な国です、と国連で主張して、それならライダイハンはどうなんだ。確かに、日本の主張も「綺麗事」は少なくない。嘘で塗り固めた「答弁」なんかも、聞きたくもない。事実を知っている人間が、片っぱしから表に出したらいいだけなんだ。

私なんかもそうだけれども、人間なんてそんな綺麗なもんじゃないでしょ?みんな同じなんだから、飾るなよ、と思う。みんな裸になったらいいんだ、と思う。

この話題に反応した。

韓国外相が国連人権理事会で慰安婦問題に言及「被害者視点欠いた」
http://news.livedoor.com/article/detail/16074935/

fetchall/sqlite3

fetchall()(原文)

全ての(残りの)クエリ結果の row をフェッチして、リストを返します。

残りの、って何だよ。「残りの」って・・・

orz

独り言が多くなった。ウォー、フギャー、ブミャー+絶叫系
偶然誰かが事務所の前を通りかかったら、何だと思うか・・・

昨日松尾くんと会話。明らかに(僕の)単語の選択がおかしい。話してて気づいちゃいるんだが、歯止めがかからない。

終わるまで、人と会わないほうが良さげな・・・ってか、言葉を発さないほうが良さげな・・・

 

世界民主主義

https://japanese.engadget.com/2019/02/24/hololens/
マイクロソフト従業員がHoloLens軍事利用に抗議。「戦争をビデオゲームのようにしてしまう」

これを、確かラジオのニュースで聞いて、唸った。ここまで来たか!この時のニュースで、以下のニュースを知った。というよりも、正確には知らなかったことを知った。

https://japan.cnet.com/article/35117249/
「戦争ビジネス」に反対–グーグル従業員3100名がCEOに嘆願書

やっぱり思う。アメリカ人でクウェーカー教徒の友人Hさんは、世界でも名だたる電気機器メーカーに勤務されていたけれども、勤めている会社が軍需産業の大規模受注を決めことを知って、会社を辞めた。僕は、アメリカの場合と日本の場合は違うと、個人的には考えていた。(いや、考えることなんて、全部個人的だけれども。)アメリカの場合、「世界の警察官」の肩書の下に、世界中で好き勝手空爆している感があるけれども、(オバマさんの時にをれを降りたっけか?)自衛隊、もしくは防衛省納入は、少なくとも、他国の人命を奪うことはない前提だった。いや、過去形だ。安倍のアホが、閣議だけで日本を武器輸出国にした。財界の言いなり。
小泉さんは北朝鮮と直接交渉したのに、安倍総理は臨機応変の判断能力に全然自信がないから(官僚に睨みを効かせつつ、官僚のお膳立てに乗るしか能がないから)、そんな冒険は絶対にしない、つまり、拉致家族には適当な返事をするだけで、何も出来ないのが「5期ぶり」安倍総裁だと思う。それはさておき。

これも唸った。
http://news.livedoor.com/article/detail/16067136/
カトリック聖職者の性的虐待、資料を破棄 未作成の例も

民衆蜂起の例なんだろうなぁ。ここから先、一気に暴発するだろうと思う。これまで我慢してきた人たちが、我慢の限界に達して、一気に声を上げる。全世界に確固たるネットワークを築くカトリックの総本山が、性的虐待に動いて、正面から向かい合う姿勢を見せたのか、それとも、突き上げられて動かざるを得なくなったのか。

そしてこれ。
https://mainichi.jp/articles/20190225/k00/00m/040/205000c沖縄の県民投票

なんだか、有料ニュースらしくて、このサイトは全文読んでない。ただ、一番客観視している気がしたので、リンクさせていただいた。伝え方が、「あの住民投票は意味ない」みたいな読売と、鬼の首を取った派とで別れるみたいで。朝日は朝日、あれ、だろうし、読売は、あ、そうか読売ね、みたいな感じだし。そうなんです。ネットでしか読まないってのは、それなりのメリットがある訳で、新聞はネットで読むもんだ。と、含意は適当にご想像を!
でも、政府御用達のメディアなんか、要らんよ。反政府御用達も要らんけど。レガシーの新聞がそういうことをやってるから、僕らが今判断しなけりゃならないのは、「右」か「左」か、じゃなくて、真実か、それともフェイクか、なんていうレベルになっちゃった。「事実」か「そうでないか」というレベルで言うならば、国家の教科書が事実検証の過程を無視しているような国は別にして、日本の大手のマスコミだって、伝聞でしか記事を書かない若い記者が相当に増えているみたいで、記者がググって記事を書いたりしたやつを、わざわざ紙に印刷して配達員が午前3時頃から動いて、各家庭に配る?僕は個人的に、「もう要らねぇんじゃね?」と思う。

それはさておき、とにかくすごい勢いで世界が動いている。

中国だけは別。あそこは、国の図体が大きい癖に、国民の権利なんて一切考えていない。共産党の利益だけ。小さい国では似たような国が多いんだろうけれども、(イエメン、スーダン、コンゴ、ニカラグア)中国とロシアだけは、世界中で、人権無視の政権を支持している。
ただ、世界規模のこの「民主化潮流」は、アメリカの国防政策さえ動かそうとしている。「軍事は殺人だ」と言う認識が広まれば、アメリカの「切り札」は簡単にコケる。同時に、軍事優先のくせに(攻略)

宇宙の軍事利用?たぶん、あれだろうな。上空での核爆発による、電磁気障害。あれって、半導体素子のモールドの素材に何か混ぜ物をしたら、γ線レベルなら結構ブロックできるんじゃなかろうか。α線やβ線なら、ブロックは簡単。だから、いわゆるEMI対策の延長。一番の問題は中性子線だろうけれども、それはわからん。だけど、地上の電子機器を狂わすほどの中性子線を地上に降り注ぐような爆弾を実際に爆発させたら、全世界からその国との一切の経済関係を断ち切るくらいの(中国やロシアだけは、そういう国が大好きなんだろうけれども)リアクションがある、ように思う。それほどの人命損耗があると思う。自国優先?興味のない国が消えても、誰も気にしない?そうだろうか?
ユダヤ人迫害の「ナチス」の存在が消し飛ぶくらいに、全世界で「犯罪国家」扱いされるように思う。新しく何かが起きれば、興味の対象すらが上書きされる。

今日、ニューギニア以来の仲間と飲食を共にした。小川町在住で、國學院の先生だったO先生ともご一緒させていただいた。社員の松尾くんと僕は、ニューギニアで縁を深めた仲。その松尾くんと、ニューギニアで縁を深めたのがO先生で、そのO先生と僕はどちらも埼玉県小川町。そのO先生が、ボソッとおっしゃってた。「世界は、崩壊前夜ですよ。」

そうかもなぁ。イギリスのEU離脱?外から見ていたら、ホンダの判断はたぶん正解。トルコvs中国?あれは、世界の多くの国が(少なくとも、新疆ウイグル自治区の住民に関しては)トルコを支持すると思う。

まず、自分。それは間違っていないと思う。「まず、自国」それも間違っていないと思う。問題はそこから先だ。自国の国民、他国の国民、第三国の国民ですら、「国際世論」に動かされて、何らかの発言をするようになった。多くの政治家が、「そんなもん(インターネット上での話題など)、トイレの落書きだ」くらいの認識、だとしたら、たぶん、それは違う。「無責任な海外の世論」に、一つの国家の政治運営が危うくなる、そう言う時代が来ているとも思う。

大切なのは、どうやってフェイクを排除できるか。その一点にかかっているような気がする。「事実確認」を行わずに、マスメディアが騒ぐなら、確かに「世界は崩壊前夜」かも知れない。一方で、「事実の確認」を最優先するメディアが、情報享受者によって正当に認知されたなら、世界規模で「生活者」が「生きると言う価値観」を共有できる世界が構築できるかも知れない。そうなった時に、国境線の意味とか、宗教を含めたイデオロギーの違いとかが、どーでもいいことのように(誰にとっても)感じられる時代が訪れる、と、信じたい。(もっとも楽観視して、まだ最低でも2世代、50年くらいはかかるかも知れないが・・・)

とてつもなく面白い時代の節目に、今生きていることが、ものすごく面白いと思う。

自治会の位置付け

全然、自分の仕事がはかどらない。

昨日の自治会役員会で、自治会を抜けたい(回覧を回すのが面倒だ)という人がいるというので、どうしましょうか、という話になった。

結局、抜けたいなら抜けてもいいけど、ということで、念のため自治会を抜けたら何ができなくなるかまとめる話の流れになった。それで、これを書いた。区長が文章を叩いてくれるんだろう。相談役に目を通してもらって、自治会内規の改定になったら、やめてもいいけど、こういうことだけど、いいよね、という説得になるんだろうか。時間がかかって、間に合わないかも。

それにしても思う。「自治会」に一切の「法的根拠」なんて、どうやらなさそうだ。そもそもが「隣組」は、治安維持法の頃の住民の相互監視が元になった組織だと理解している。自治会の会費も、地区によって決め方がまちまち、行事も様々。だから役割も千差万別なんだろうけれども、だから「自治」会なのか。もうちょっと、何か法的な裏打ちがあれば、やりやすい気もするんだが、それとも法的な裏打ちがないからやりやすい?どっちなんだろうか?

頭が痛いのは、この素案の2〜4で、どうやらどこの自治会も頭を悩ませてるらしい。僕の書いた作文をアップします。いいアイディアがあったら、どこからどうやって情報を仕入れようかなぁ。

と、とりあえずこの件は、区長や相談役にこの文書を投げて、僕は忘れる。言い出しっぺの仕事は終わり!

自治会員便益

自治会会員の受益事項

「大塚二区自治会」は町の行政の下部組織であるが、その名の示す通り住民の総意に基づき、快適な生活環境を維持し、住民相互の交流を促進するために、自治会会員は自治会員総会にて承認された下記便益を享受できるものとする。

1. 自治会事業への参加と、自治会手配の支給品等の享受
(1) 地区民体育祭への参加と、体育祭会場での昼食や軽食(焼きそば)等の接受、及び、慰労会での飲食
(2) 蟹沢沼祭への参加の際の、食券接受等会場での飲食、並びに、ビンゴ等のイベント参加による景品の受取
(3) 防災訓練への参加と、参加時の飲料、非常食等の試食、区支給による防災用品の受取
(4) 75際以上敬老事業、食事会への招待(飲食及び景品接受)
(5) 独居高齢者食事会への招待(飲食店での飲食及び景品接受)
(6) 小川地区民ウォーキング参加時の、弁当飲料接受
(7) 道路愛護時の草刈機替え刃等の消耗品支給の受取
(8) 公園花植参加時の、茶菓の接受
(9) コミュニティ広場清掃時の飲料接受
(10)ゴルフクラブ、グランドゴルフクラブ、ソフトボールクラブ(区助成組織)等への参加
(11)老人会(区助成組織)への参加
(12)いきいきふれあいサロン(老人会お楽しみ会)への参加
(13)いきいき百歳体操参加時の飲料等の接受
(14)自治会行事に参加した際、万一事故等に遭遇した際の、自治会保険の適用対象

2. 行政連絡通知と申込代行
(1) 町からの案内回覧の閲覧と、広報等の受取
注:自治会による通知が受け取れなくても、本人が直接町役場等公共施設に出向き、案内を確認し、広報等を受け取ることはできる
(2) 健康診断等の案内
注:自治会は通知を行う(回覧を回す)だけで、自治区民であっても申込は本人が直接行う
(3) 赤い羽根募金、緑の羽根募金等の一括代行による「赤い羽根」等の募金証左の受取
(4) 社会福祉協議会の会員特典の享受
注:自治会に参加しない場合には、機材借出等の会員特典は得られないが、社会福祉協議会の施設は町民価格で利用できる

3. 自治会員名簿への掲載
(1) 災害時要安否確認住人名簿への掲載
(2) 災害時等に、自治会が一括して申請代行する必要がある場合の、世帯名簿への掲載
(3) 自治会プール金からの、災害時救援物資の支給
注1:非自治会員に対しても、自治会は人道的観点から分け隔てなく接する。但し、自治会名簿等に記載がないために、安否確認や一括申請から漏れること等による不利益全般に対して、自治会は一切の責任を負わない
注2:「住人名簿」は自治会員名簿であり、自治会費集金時に隣組長が作成する集金簿を通じて名簿更新を行うため、非自治会員の居住実態を自治会が把握するのは、困難である
注3:自治会参加を促すため、自治会規約に基づき生活困窮者等には区費免除の適用が可能である

4. 行政への要望伝達
(1) 防犯灯の新設や保守の申立
(2) ガードレールや道路破損等道路環境の改善の申立
(3) 上下水道管破損等町管理設備の補修要望の申立
(4) 異臭や騒音等の住民トラブルの解決申立
(5) その他生活全般における行政への要望事項の伝達
注1:自治会に参加しなくても、他自治体での裁判の判例に基づき、ゴミは自治会設置のゴミ置場に出すことができる
注2:自治会に参加しなくても、本人が必要な書類申請や認可確認等の事務手続きを直接行うことにより、同等の手続きを進めることはできる
注3:自治会もしくは自治会役員は、非自治会員の要望伝達を拒否することができる

本規程は、非自治会員が自治会を通さず、自助で行政の諸手続きを行うことを妨げるものではない。

 

若気の至り

思い出すのは、20年くらい前の(と、言いつつ、法政大学に情報科学部が出来てからで、親父がまだ生きていた頃のことだから、17年前か16年前か・・・)ことだろうか。
仕事の話をいただいて、打ち合わせの帰りで千歳空港にいた時に、携帯に電話をもらった。留年だったか、卒業だったかがかかっている学生に、単位を出す話。単位を出さなければ、留年が決まる。もし単位を出したらどうなるか。その学生の名前が、どこまでリークするのかがわからなかった。
当時、主には盗聴だとかに相当に神経が参っていて、電話の会話もFAXも、常に第三者への漏洩を意識していた時期だった。確かに、「気のせい」だったかも知れないけれども、一度そういう環境にどっぷりと浸かってしまうと、なかなか元には戻れない。
誰が仕掛けたのか、どういう経路でどこにどう流れたのかが、全くわからないまま。当然、一旦はニューギニアに逃げて戻ってみても、あるのかないのかがわからないから、疑心暗鬼のまま。確信したのは、海外まで流出していたこと、だけ。

週刊誌なんかで時々見かけた、議員さんだとかの「学歴詐称」問題。十何年、何十年も経ってから、学生時代の「悪事」だとか、わからないだろうと思って適当に書いている学歴なんかが表に出て、職を追われたりした人もいたようだ。学生時代に遡って、そんなことが将来起きるなんて、絶対に想像できないんだろう。「学歴詐称」の方は、後からやった「悪事」なんだろうけれども、過去、こうだったら良かったのになぁ、的な、やるべきことをやらなかった後悔が「自分はここを卒業していたかった」的に、誤魔化しに繋がっているのかも知れないから、遡れば過去にも原因がある、ような気がする。

最悪の場合、「あの人は、お情けであの科目の単位をもらった」というのがライブ中継で外に流れる訳で、そもそもが、その盗聴や盗撮が続いているのかどうか、自分では確信を持てない、そこに遡ってしまった。結局「安全策」としては、単位を出さない方の返事をした。その後が、自分の出した結論に迷いが出て、思い出す都度、盗聴・盗撮がまだあるのかないのか、そこに戻ってしまう。行き着いた先は強烈なフラッシュバックで、状況証拠だけではあったけれども、初めて「間違いない、漏れている」と確信した後の激しいストレス状況、過呼吸だの、メニエル氏病だの、めまい、不眠、過度の飲酒、そして泥沼のフラッシュバックで、ほとんど「廃人」って感じだったかも知れない。
落ち着いてちょっと考えてみて、そんなこと知っていて誰もがスルーするかも知れない。気にもかけないかも知れない。その一方で、誰かが重箱の隅をつついて、面白おかしく蒸し返すかも知れない。どっちに転ぶかなんて、わからない。その時は結局僕が「落第させた」から、彼には一切の「不正行為」は残っていないはず、だと思う。盗聴されていたのなら、その経緯だって全部表に出ていたはずだ、と思うのだが・・・いかん、また疑心暗鬼の泥沼、フラッシュバックの入り口。

相手が誰だろうが、ほとんど言いたいことを言ってしまう僕の行動パターンは、昔から全く変わらない。ただ、その代償が高くて、30代の前半から、ほとんど「人生終わった」感は拭えない。今でも相変わらずこうしてブログに、思う存分書きたい放題書いているけれども、子供がいるとか、何らかの地位についているとか、守るべきものがある人は、あまり僕の真似をしない方がいいかも知れない。(ってか、普通の人は、なにがあっても黙ってるみたいだから、余計な心配か。)

毒を食らわば皿までというか、結局自分のこともほとんど外に晒しているけれども、ガキの頃(小学校時代)にまで遡ったら、読んだ人全員がドン引きするようなことで、書いていないことも、まだまだある。周囲を巻き込んでいる自覚も、無論ある。軽いフラッシュバックには、しょっちゅう悩まされる。でも、露悪趣味にはなりたくない。

バカッターのニュースが最近よく流れるけれども、あれもなぁ・・・軽い気持ちのSNS投稿なんだろうけれども、あれもね、何十年も経ってから「あのお店を潰したのがあいつだ」なんて話が蒸し返されたりするのが、この社会。チェーン店の制服を着てのバカ投稿は、「テロ行為だ」なんて話もあるけれども、それ以上に厳しいのはたぶん、「社会からの制裁」だろうと思う。まともな会社への就職などはたぶん難しい。僕だって、平気でそういう投稿をする(僕みたいな)危険な奴は、絶対に雇いたいとは思わない。あのSNS投稿だけで、人生の選択肢の三分の二以上を自分で潰している。それが、若い頃にはわからないんだろうなぁ。必然的に、個人事業のような仕事を選ぶしかなくなる。そうやって、個人事業になれば、社会からの信頼、信用を失ったり、根拠のない風評を立てられることがどれほど致命傷になるか、いやというほど実感する。

宮沢湖で幼女の遺体が見つかった事件の時、「あいつ(私のこと)みたいなオタク」が犯人に決まってるとか書いていた女性評論家がいた。あの頃、僕は一切自分からは何かを表に出していない。盗聴だの盗撮だので、勝手に私生活が表に出されていただけ。頭に来てあれこれ書いた原稿は、新聞の折り込みチラシの裏面にボールペンで書きなぐって、自宅に置いていただけ。それがそのまま表に流れるってのは、どういうことなのか。(完全にフラッシュバック突入。)
確かに今は、自分からこうして書いているけれども。「痛くない殴られ方」ってわかりますか?相手が手を出しそうな時に、自分からぶつかって殴られる。まず第一に、自分から動けばタイミングがわかるから覚悟ができる。第二に、相手の手が伸びきらないうちにこちらから当たりにいくので、威力が激減する。叩かれそうになったら、叩かれる前にこちらから噛み付く。それが習性になって、体に染み付いてしまうと、今の僕みたいにロクでもない大人になるので、真似するのはやめましょう。(始まっちゃった。)

今回も、また同じような「単位を出す話」のメール。前勤めていた学校でもそうだったけれども、先生方、大変だ。
ただ、違う経緯が定着しつつあるかも。

まだ10年は経っていないけれども、前にいた大学でN君に卒業許可を出すために必要だったのが、ハードウェア実験の単位だった。学科長のE先生と相談で、夏休みにN君を呼び出して、池袋キャンパスの実験室を借りて、私とE先生のダブルキャストの付きっ切りで、実験させて、レポートを書かせた。何もしない状態で単位を出すわけには行かない。ただ、オリジナルの実験だと機材が準備できない。代替的に、秋葉原で「キット」を買って来て、半田付けさせ、回路図からレポートを書かせて、それで単位を出した。(確か、E先生のポケットマネーだったと思う。)
その時に買ったのが、ボロメータを使った「赤外線人感センサ」で、人が通りかかるとリレーのスイッチが入って、その時は「ピー」という音がなるだけの仕掛け。半田付けして、なんとか出来上がった。出来ましたね、と言っているのに、E先生、「全然音がしないじゃない。半田付けが悪いんじゃないの?」とかおっしゃる。「いえ、先生鳴ってますよ。かなり小さい音ですが。」N君、「先生、結構大きい音で鳴ってます。」完成?失敗?
どうやら全員正しいことを言っていた。種明かし。3000Hzくらいのかなり高い音。僕は、かろうじて「小さい音」として聞こえた。N君には、かなり大きい音で聞こえていたみたいだ。ところが、E先生、全く聞こえなかったらしい。僕が聞こえていたから、N君、失敗の濡れ衣を着せられなかったけれども、その後E先生は補聴器を使う決心をしたそうです。「あれがきっかけだったよ」と、その後のOB会でおっしゃっていた。何れにせよ、そんな感じで不足回分の実験レポートを出させて、「正規の評価方法」で単位を出した。

それを思い出した。数年前に同じような話があった時は、一日教室をお借りして、私の目の前でプログラムを書いてもらい、レポートも出してもらって単位を出した。そして今回。今回は、一応は自分でやるつもりだったけれど、代わりにF先生が付きっ切りで指導して下さったようで、今回も「正規の評価方法」で単位を出した。
(全員にこんなことやっていたら、身が持たないけれど・・・)
そう、一切不正行為はしていない。いい加減な評価もしていない。このやり方だったら、盗聴、盗撮されていても、私も学生の側も(全くとは言わないけれども)ほとんど恥じることはない。やるべきことをやって正当な評価を得た、出した。そういう単位の出し方になると思った。

そうなんだ、あの18年前も、この決断をしていたら良かったんだ。その答えが出たら、もしかしたら、このフラッシュバックから抜け出せるかも知れない。全部を表に晒しても、何一つ恥ずかしくない、そうなり切れれば、盗聴だって盗撮だって、何一つ怖くなくなる。とりあえず、これを「仮の答え」としておこう。もうこれ以上、泥沼で苦しみたくない。なんとなく、答えに辿り着こうとしていたのかも知れないけれど。

でもなぁ。あのバカッターにしても、何にしても、若い頃の「今」の行動が、後々自分にどんな悪影響をもたらすか、なんてことは、口で言われてもわからないんだろうなぁ。

念の為、他人に同じ基準は求めません。隠し事があるならば、こちらも深入りはしません。あの頃、何百回何千回「お願いだからやめて下さい」と口にしたか、わからない。
得た教訓は、公権力だのマスコミだのが、そんな懇願に耳を傾けるはずがない、ということだろうか。そういう疑いがかからないように、おとなしくひっそりと生きるのが一番?とは思わないが。

迂闊にも、フラッシュバックしかかった。これで少しは、前に進めるかな?

テーマ展示

朝飯の時間が決まっていない。もうちょっと稼いでいたら、朝は決まった時間に、ガストとかでベーコンエッグ+トーストか、半熟卵でTKGにして・・・。
現実には、朝からラーメン。朝からラーメンってのもなぁ・・・。任意の食事が、ラーメンか、蕎麦か、パスタである確率が70%以上みたいな気がする。しかも日によって朝食も夕食も数時間って単位で前後にシフトする。どなたかのご都合次第、気分次第だからなぁ。朝は、決まった時間に食べたい。グチグチ・・・

テレビをつけて見たら、スッキリだったかな、「3年A組」の富田望生ちゃんって子が出ていた。役作りで、2ヶ月で15kg増量ってのがすごい。役次第で、太るのも痩せるのも自由にっていうのが、信じられない。役者魂かぁ。すごいよなぁ。で、食事休憩で「今日のごはんは豚骨ラーメンで、富田さんは最初から替え玉を・・・」なんてテレビでやってた。そのラーメンの出前、っていうのがページの主題。あれ、どこからケータリングしたんだろうか。バイパス沿いの台湾ラーメン?駅前の天龍さん?そう言えば、池田の踏切のとこにも台湾ラーメンがあったなぁ。

ロケは、埼玉県小川町の旧上野台中学校でしょ?番組も結構話題になっているらしい。扱っているテーマも、世間の興味にかみ合っているのか。(最近の日曜日は、あの放映時間にもまだ事務所にいたりするからなぁ。たまにしか見ていないけれども・・・)

せっかくですからねぇ。番組が終わってからも、旧上野台の校舎の一部分に、教室を三つくらい確保して、例えば、一つは「3年A組」のテーマ展示、とか、もう一つには、「ロケ弁」でケータリングに使ったお店から「出前」できるような「出前食堂」にしたり(事前に予約してあれば、待ち時間なしで食べられます、的な感じで)、あるいは、「三代目清水屋のおからドーナツ」なんてのは、簡易自販機販売、なんてこともできるかも。(清水屋さんの社長の許可なく、勝手に書いてます。小学校からの同級生だけど。)もう一部屋は、小川町とか比企郡、近隣紹介、なんてのはどうでしょうかね。小川町だったら、世界遺産の細川紙?酒蔵めぐり?穴八幡?(いや、列挙しようと思ったけど、案外、これと言った決定打がないかも・・・)あと、花和楽の湯とか?笠山登山?お隣、堂平山の天文台、玉川温泉も捨てがたい。嵐山渓谷はBBQ可。秩父高原牧場は東秩父村(埼玉県唯一の「村」)?皆野町?どっちだ?細川紙の紙漉き体験?ときがわ町の西平にある木工品の直売所なんてのは、案外穴場だと思うが、一応小川町ではなくてご近所。お隣とは言え、寄居町とか江南、川本方面が、いま一つ詳しくない。ごめんなさい。

話題になってる番組のロケ地、だったら、仮に「一過性」だとしても、乗らない手はない、そんな気がする。テーマが「自殺」だとか「いじめ」だとか、「教育制度」だとか、あれこれ含んでいるのならば、そう一朝一夕では本質的な問題は解決しない。だから、テーマの「パネル展示」などを行なって、「考えさせる(なんでしたっけ?Let’s think!だったっけか?)」テーマ展示を行うことは、あながち無意味とは思わないし、アトラクションではなく、ただ静かに、そこに「展示場所」があり、車で来た時に無料で休憩できる場所があり、そんな感じの場所を、廃校になった中学校の一角に用意して、シルバー人材センターかどこかから、一人か二人だけ「管理人」に日替わりで常駐してもらう、そうした仕掛けを用意するのに、そんなにコストはかからない、そんな気がした。

なんてことを書いてみても、行政はきっと「校舎の中を勝手に徘徊されたら困るから、施設全体をロックアウト」みたいな感じなのかなぁ。何か、いい工夫はないだろうか?せっかくチャンスが降って湧いているのに。今のところ前髪が見えているけど、後ろから見るとつるっ禿げかも知れないのに。

確かに日本は反省すべきだ

あれこれとニュースを見ていて思うことがある。
日本は、少なくとも過去を悔いて、反省すべき点が3つはあると思う。

まず第一に、日清戦争の後、下関条約で清国に朝鮮の独立を認めさせたこと、だろうか。清国から賠償金を取るだけで十分だったのではないかと思える。朝鮮はそのままの状態で、中華人民共和国の少数民族の一つとなっていても良かった、と韓国は主張している。韓国では1894年の時点では既に、日本の干渉が好ましくないことだったと論じている。明らかな、日本の誤りだったと思う。

第二に、日露戦争の後、ポーツマス条約で、ロシアに韓国での日本の優越権を認めさせたこと、だろうと思う。という以前に、そもそもが、朝鮮半島が絡まなければ、すなわち、ロシアが「不凍港」として朝鮮半島を欲していたのならば、黙ってロシアの好きにさせていたなら、日本人の兵士に余計な犠牲など出なかった。今を思うなら、あれほど無駄な死に方をした日本人はいなかったのではないだろうか。

第三に、何と言っても、韓国併合だろうと思う。
—イザベラ・バード、『朝鮮紀行』講談社〈講談社学術文庫〉、1998年、pp.343 f(@wikipedia)

朝鮮人官僚界の態度は、日本の成功に関心を持つ少数の人々をのぞき、新しい体制にとってまったく不都合なもので、改革のひとつひとつが憤りの対象となった。官吏階級は改革で「搾取」や不正利得がもはやできなくなると見ており、ごまんといる役所の居候や取り巻きとともに、 全員が私利私欲という最強の動機で結ばれ、改革には積極的にせよ消極的にせよ反対していた。政治腐敗はソウルが本拠地であるものの、どの地方でもスケールこそそれより小さいとはいえ、首都と同質の不正がはぴこっており、勤勉実直な階層をしいたげて私腹を肥やす悪徳官吏が跋扈していた。このように堕落しきった朝鮮の官僚制度の浄化に日本は着手したのであるが、これは困難きわまりなかった。名誉と高潔の伝統は、あったとしてももう何世紀も前に忘れられている。公正な官吏の規範は存在しない。日本が改革に着手したとき、朝鮮には階層が二つしかなかった。 盗む側と盗まれる側である。そして盗む側には官界をなす膨大な数の人間が含まれる。「搾取」 と着服は上層部から下級官吏にいたるまで全体を通じての習わしであり、どの職位も売買の対象となっていた。

この状態の韓国を併合するのに、どれほどの負担を日本国民が負ったのか。かつ、その結果についての現在の韓国の対日姿勢を考えるならば、この「致命的な誤り」についての歴史的教訓を、日本は深く考えるべきだ。

すなわち、朝鮮半島にいかなる事態が起きようとも、日本は干渉すべきではない。無論、日本人が拉致されている以上、拉致問題だけはなんとか政府の責任で解決すべきだろうと思うが、それ以外については、人道的な支援も含めて、一切朝鮮半島には関わるべきではない、その教訓を日本は刻み付けるべきだ。

明らかに日本には、歴史的に反省すべき誤謬が多い。そう思う。

これらを考えるに、まさかそんなことはないと思うが、仮に韓国が財閥支配だの、官僚による恣意的な政治だので経済的な危機に陥ったとしても、一切日本は関与すべきではない、ということになるのだろう。まさか「支援要請」など来るとは思えないが、仮に来たとしても、それに応じようとしたら「韓国併合」の伏線となった朝鮮王朝への干渉と全く同じことになり、100年後に糞味噌に日本を貶す材料にされてしまう。一切、関わるべきではない、その「歴史的な教訓」を日本は学び取るべきだと思う。

イザベラ・バードの著書は、日本語でアップしてもあまり説得力がないので、原典を入手して、今後韓国政府が何か発言したら、英文の原文を抽出して(「蕎麦に入れ歯」にならないように注意しつつ)アップしようか、なんてことを思うが、余計な支出だよなぁ・・・やめとこ。

そんな暇があるなら、イザベラ・バードの「日本紀行」の方の原文を読む方が、はるかに楽しそうだ。あれこれ、思うことはあるけど。

あるバグの話

僕が大学生だった頃の話だから、たぶん、15年前くらいのことだろうか。
(ツッコミ無用)

アメリカのある放射線治療器で、プログラムのバグで患者が死んだ、そのバグの話が、何かの雑誌に掲載されていた。なんで読んだか覚えていない。指導教授の内山先生が「新医療」という雑誌を購読されていて、研究室ではフリーアクセスで、あれこれ読めたけれども、それだったか、なんだったか。

どういう状況かと言えば、操作画面で、まず、放射線の線源を選ぶ。アルファ線照射とか、ガンマ線照射とか、切り替えられる画面だったらしい。次に、線量を入力する。その線量を入力した後で、Enterキーを押さずに下向き矢印[↓]を押して画面移動をすると、線源が切り替わってしまうという現象が起きてしまったらしい。つまり、医師(か、または日本だったら放射線技師)は、画面上はガンマ線の線量としてある値を入力した、ところが、その線量のまま内部的にはアルファ線照射に切り変わってしまう、という現象が起きてしまった、らしい。

今改めて、そのストーリーを思い出してみて、一般的な機器設計を考えたなら、おそらく、画面上の入力は生物学的効果比(RBE)を乗じた線量当量(Sv;シーベルト)ではなく、線源線量/照射線量(C/Kg)か何かで設定したもので、たぶん、ガンマ線やベータ線のつもりがアルファ線に切り替わった、という感じの現象が起きたに違いない。結果的に、患者に致死量の放射線が照射されてしまった、ということのようだった。

コンピュータプログラミングの経験のある人なら、このストーリーを聞いて、どんなプログラム構造だったか、すぐに見当がつくに違いない。if/else、あるいは、switch/caseなどの「条件分岐」の「組み合わせの想定漏れ」か、あるいはトラップの入れ忘れ、などが重なったに違いない。

このプログラムを書いた方を擁護するならば、当時のコンピュータは、マイクロコンピュータで主記憶32kバイトとかだったし、数千万円もする、こうした医療機器制御用のミニコンピュータでも、プログラムが利用可能なメモリサイズの上限が十数キロバイトとか、今では考えられないほどプログラミングの制約が大きかった。テスト手法なども限られていた。時代が違う。
ただ、当時は「殺人プログラムの危険性」として有名な話だったと記憶している。

JRのチケット発行システムのバグ、も、なんだかこれに近いロジックのチェック漏れじゃないかと感じた。なんだか、バグを出したプログラムの論理構造が眼に浮かぶような気がする。Javaかなぁ。

CやJavaのプログラマの場合、古い人なら大体経験があると思うけれども、

if( 条件 )
{
 条件が成立した時に実行するプログラムX
}

なんていう構造は、よく書くだろうけれも、ついうっかり、これが

if( 条件 );
{
 条件が成立した時に実行するプログラムX
}

とかになっていると、このプログラムXは、条件が成立しなくても常に実行してしまう。たった「;(セミコロン)」一つで、使い物にならないソフトになる。(システムを壊すのは、極めて簡単。たったの一文字書き換えれば、見た目エラーにならないのに、動作はおかしくなる。)こんな程度のバグが見つからずに、数日徹夜したりもした。これだけ抜き出せば簡単そうに見えるけれども、数千行ある中からこの部分を特定するのだから、それほど簡単じゃない。(これは一例ですが。)
最近のIDE(統合開発環境)はだいぶ賢くなってくれていて、こうした凡ミスに警告を投げてくれたりもするんだけれども、「間違い方」によっては、文法エラーにもならないし、見かけ上は「まともなプログラム」で、新人とかだと、全く、論理を辿れないケースもあるかも知れない。

わかりにくい変数名や、紛らわしい変数名は使うな、なんてことを言い出すのはベテランだけ。若手にはなかなかその理由すら通じなかったりする。これは経験の問題かも知れない。

最近、小学生からプログラミング教育を、なんて、やっているけれども、あれは「才能発掘」には役立つだろうけれども、早くからプログラミングの発想法に馴染めば、プログラミングの才能が伸ばせるか、と言えば、私は懐疑的で、論理展開の能力は、素質が半分以上を占める気がする。
大学生の場合だと、1年生でも恐ろしくセンスのいいプログラムを書く学生が毎年3%とか5%とかはいるけれども、長くやってればセンスが身につくとは限らない。だから、「新人だと、なかなか原因がわからない」という表現は、あまり正しくない気がする。センスがない人だと、たぶん中堅でもバグの原因はわからなかったりする。
論理展開能力は「議論」とかしてみたらすぐにわかるし、素質がある人なら「プログラミング学習で身につく文法知識」とかマスターするのに一ヶ月かからない。むしろ、読書(濫読)の方が役立つような気もするんだが。あるいは、ジグゾーパズルとか。
話を戻して。

そんなことがあるから、最近、僕は大学院の授業では、TDD(Test Driven Development; テスト駆動開発)とか、BDD(Behavior Driven Development; 動作駆動開発)に、軽く触れている。平たく言えば、「システムテストを最初に網羅的に書き上げて、そこからプログラムを組みましょう」という、従来とは真逆のアプローチのこと。今までは、仕様書が出来上がってから、システム開発が終わりに近づいてから、必死で「テスト手順書」とかを書き上げた。(この手順書も、「役に立つテスト」にするには素質が必要だという気もする。)そうではなくて、最初に、プログラムの振る舞い(Behavior; 動作)を先に規定して、そこからプログラムに入っていく。そんな方法。
ただ、あまり面白味がないし、地味だし、なぜ大切かは、たぶん院生くらいじゃまだわからない。結果だけ早く欲しがる「経営者」ウケは、あまりしないだろうし。昔っから「急がば回れ」って言うんだけれども。

Rubyでは、結構この辺が定着してきている。Pythonの場合は、ごめんなさい、まだ勉強中。ただ、CとかJavaだと、いわゆる「レガシー」に縛られ過ぎていて、身動きが取れないんじゃなかろうか。きっと、JRでも金融機関とかでも、CobolとかJavaとか、その辺のあまりコード生産性が高くない言語に「レガシー」とかでこだわって、人海戦術で何千万とか何億とか投下して、その上に、テストだけでも何千万とかを上乗せして、力技で解決しようとしているんだろうか。話を聞いてみると、「方法」を洗練させたり、新しいプラットフォームを試すような「冒険」を避けて、レガシーの焼き直しとか、とにかく人海戦術で人を掻き集めて、力技で大金を投入してシステムを仕上げようとしているような、なんだか方向性が違っているような気もする。私には関係ないから、どうでもいいけど。

今日、実は新規案件のお話を伺ってきた。最初「初回お試し」のつもりで格安で仕上げたら、その「初回お試し」料金が定着しちゃって・・・。今回も、高い金額を言ったらたぶん「開発そのものを諦める」感じだから、まあいいかなという金額で、要するに頼みたい側が払える金額で作る、そんな感じになるんだろうけれども。僕がそう言う性格だから、これはこれで、もういい。
もし、同じシステムを大企業が受けたとしたら、たぶん、新人を交えて3人から5人くらいのプロジェクトになるんだろうか。頭数が複数になったら、まず意思疎通に時間が取られる。新人教育なんかも兼ねて、会社としてペイする金額で受注したとしたら、(あまり、こういう墓穴を掘るような話題は書きたくないけれども、)僕が一人で2ヶ月で仕上げる仕事を、3人から5人で短くても4ヶ月くらいでやる感じになるだろうか。給料水準も違うし、大企業の場合には「退職金積立」だの「年金積立」なんかの分もコストに加算して、しかも「利益」を出せる水準で見積もりを出すとしたら、当然、アノくらいの金額になるんだろうな、という予想がつく。試算すると気が滅入ってくるから、やめよう。「年金」かぁ。働けなくなったら、もうあんまり面白くないから、そこまでで、もういい。

そろそろ、非常勤講師を辞めて、システム屋に専念したい、そんな気もしているけれども、やっぱり、大企業との「格」の違いは痛感する。同じものを納入しても、たぶん、金額の桁が違う。いや、それでも、あの大学の教員をやっていた頃よりは、まず気分的に楽だし、仕事が安定すれば、今の方がいいように感じるから、ベストかどうかは別にして、ベターな選択肢だったと納得はしているが。

こういう言い方は、なんだか、やっかんでいるみたいで、あまり良くないかも知れないけれども、大企業が力任せの開発を続けていれば、もう限界に来ているから、たぶん今回みたいなバグの話は今後も増えるような気がする。そうなってくれば、新しいプラットフォーム、新しい環境に挑戦している若い世代にもチャンスが回ってくるような気もするし、僕も、どちらかと言えば、次にチャンスをつかむグループに食い込みたい。新陳代謝が起きようとしている時だとしたら、「特定の条件で、画面がフリーズする」なんていう話を聞くと、「なるほどなぁ」という感想しか出てこない。
(やっぱ、やっかんでるじゃねぇか。)

さてと。これから日付が変わるまでに、一気に基本設計を書き上げる。SEは、一に体力、二に気力。三、四がなくて、五に素質、かなぁ。(個人の感想です。)

活け造り

欧米人が拒絶するものに、日本料理の「活き造り」がある、らしいと聞いている。残酷だと。生きている魚を目の前で捌いて、食べる。ただ、これにだって、理由があると、書きたくなった。あんまり書きたくない韓国の話題。「牛の反芻」が始まっちゃって、眠れん。派生的に、あれやこれやと、思考のカーソルが飛びまくってる。

江戸時代の日本。冷蔵庫なんかなかった。動物性タンパク質、と言うと、哺乳動物が中心なんだろうけれども、仏教の影響で、江戸時代の日本では「四つ足」の生き物を食べる習慣がなかった。それでも、ウサギなんかは食用にされていたらしい。但し、あれは四つ足。そこで詭弁を弄して「あれはトリの仲間だ」と、お互いに言い聞かせて食用にした。だから、ウサギの場合には、一頭、二頭ではなく、一羽、二羽と数える。そう理解している。
クジラは「四つ足」ではない。あれはもう、日本人にとっては、骨も歯も、何から何まで使えないものはない程、捨てるところがない程、食料から生活必需品にまで、活用されていた。肉が貴重だったのは言うまでもない。その日本の食文化。牛や豚のように「飼育」している訳じゃないから、資源保護に問題がある、と言う視点ならば、理解できる。けれども、捕鯨に反対する理由が、可哀想だからと言うのならば、なぜ牛や豚は可哀想じゃないのか、その違いが僕にはわからない。似たような反論をする知人は、大勢知っている。ただ、反論と言っても、日本人どうしで話をするだけだけれども。
鯨肉は、だいたい加工食品として流通していた。一体から採れる量が多いから、その場ですぐに加工する必要もあったのかな?たまにしか食べなかったけれども、鯨肉は「ご馳走」だった。小学校の給食にも良く出た気がする。誰かが日本人のソウルフードだとも言っていた。資源保護のためならば分かるけれども、残酷だという指摘は、どうしても納得できない。

ちょっと話が逸れた。

江戸時代以前の日本。魚は貴重な、日常的には唯一と言ってもいい動物性タンパク源だった。ところが、魚は傷みやすい。獲れてから時間が経てば、腐り始める。刺身で食える、なんていうのは、海に近い町でしか経験できない贅沢だった。古い魚を食えば、中る人だっていただろう。鮮度がいいか悪いか、目利きもいたに違いないけれども、庶民は、魚売りを信じるしかなかったんだろうな、という気がする。腐った売れ残りの魚を買って、食あたりで死んだ人なんてのも、いたんだろうなという気がする。

地方によっては、サメなんかも食用に工夫したらしい。サメの場合には、死ぬとすぐにタンパク質の分解が始まって、アンモニアが発生するらしい。そのため、とても食えたものじゃなくなるらしいんだが、それを何か工夫して食用にした地域があると、うろ覚えに覚えている。アンモニアのお陰で内陸に運び込んでも、腐りにくい。それが珍味になった。どこの何だったか、思い出せないけど、ググるのはやめておく。いずれ、もっと老けた時の楽しみに、ということで。記憶違いならそれはそれで、何が化けたか、図書館とかに籠って探す楽しみとかもありそうだ。
アンモニアって言えば、ニューギニアで食べたコウモリの燻製のアンモニア臭が、って、話が相当に脱線してるだろう。

埼玉県は海なし県。うちが貧乏だったから、ということもあるんだろうけれども、大学に上がる頃まで魚は塩鮭の切り身くらいしか食べたことがなかった。安心して食べられるのは、塩漬けにした鮭くらいで、他の魚は値段が高かったから買わなかったんだろう。干物もあまり食べなかった。肉もたまにしか買ってこない。その代わり、我が家の裏に養鶏場があって(風向きによっては、鶏糞の匂いが家に充満したけれど)卵は一籠50円で(たぶん、20個とか30個くらいか?子供の頃の記憶なので、誇張があるかも知れないけれど)いつも僕が買いに行った記憶がある。卵かけご飯は朝食の定番。鮭の切り身だって、たまにしか食べなかった。だから、成人してもかなり長い間、魚はうまく食べられなかった。ほとんど経験がないもの。大学時代も仲間と居酒屋に行く、なんてことはなかったなぁ。誰かの下宿に転がり込んで、レッドとかで、ほとんどツマミなしで潰れて寝るまで騒ぐだけ。
話を戻して。

鮮度の高い魚が買えない庶民は別にして、多少「格式」の高い割烹とかなんかでは、刺身にする魚の鮮度が高いことを、はっきりとわかりやすく伝える必要もあったんじゃないか、と想像する。一番わかりやすいのは、客の目の前でまだ生きている魚を捌くこと、だったんじゃないだろうか。たぶん、だけれども、魚の「活き造り」の文化は、まだ冷蔵庫とか冷凍庫、冷凍車両などが普及するはるか以前から、「鮮度の高い魚」を提供していることの「証明」のような行為だったんだろうと、私は推測している。生きたまま運ぶんだから、コストがかかり、金持ちじゃないと食べられない。刺身を食う行為も、港町を除けば、ステータスシンボルだったかも知れない。暇があったら調べて、確認してみたいけれども・・・

オーストラリアのどの州だったかな(ニューサウスウェールズ州だったかな)「残酷な方法で魚介類を調理すること」を法律で禁止している州がある。あれなんか、中国料理を標的にしているんじゃないか、なんていう噂もしていた。ロブスターなどのエビとかカニとかを、生きている状態からいきなり揚げたり焼いたりするのは、法律違反。同様の法律は、欧米でも地域によってはあるらしい。あまり調べていないけれども。ただ、中華料理の場合でも同様の事情はあったんじゃないか、という気がする。なぜそういう習慣が定着しているのか、理由を調べれば、必ず理由があるはずだと思う。鮮度とか別の理由があるのに、「残忍だ」と括られるのは、釈然としない。

日本の刺身も、盆栽も、みんな「残酷だ」という議論を聞いたことがある。中華料理で、生きた魚を気絶させて、胴体だけを揚げる。魚が息を吹き返すと、口はパクパク動くのに、体は揚がっている。確かに、やりすぎのような気がするけれども、鮮度が高いものを料理したことだけははっきりと伝わる。この鮮度のアピールが理由だったんじゃないかと思う。

確かに、冷蔵庫も冷凍庫も普及している今現在は、流通が良くなって埼玉でも鮮度の高い魚は買える。でも、それならすぐに冷凍したり氷水に入れるのは残酷ではないのか?残酷でない殺し方って、何?牛や豚の屠殺、一撃で脳天を割るんでしたっけか?麻酔はしないの?

これも思う。日本語の「いただきます」の一言には、生き物の命をいただく、その命に対する感謝とか、畏敬の念も込めている、そんな話も聞いたことがある。鯨だって、あらゆる部位を「無駄にしない」(無駄にしたら「もったいない」)それが、鯨の命への敬意だと、それは当たり前のように(少なくとも昔は)日本では親から子へ教えていたことのような気がする。

何にせよ、「事実誤認」に基づく「誤解」は、訂正可能になったなら、誰かがいつか、きちんと訂正していかなければならない、そんな気がする。

話題の発端は何?「従軍慰安婦の強制連行」は、事実無根で、おそらくは北朝鮮の対日工作が発端だと(数多くの状況証拠は、日本国内では広まってきたが、)それが話題の発端だった。あれなんか、まことしやかに、国連でのアピールまであって、決議まで出たんだっけか?金日成の亡霊の仕業か?ってな話題が、どこに脱線したんだか。世界中に売春婦の銅像を建てまくる国なんて、歴史上、初じゃないだろうか。

かくして、脱線に次ぐ脱線で、元の話題が何だったか訳が分からなくなるのが、私でした。

程度の問題

戦時中の高級売春婦の話題が、またとんでもないことになっているみたいで。
あの人たちが、(細かいところは忘れたけれど)中尉とか大尉クラスの士官クラスの収入を得ていた、なんていう話題は、ものすごく事実認定が容易なのに、もはや全く話題にすらならない。
哨戒機へのレーダ照射問題を見ていて、そういうやり方なんだと理解した。都合の悪い話はすり替えて、一切触れなくなる。やめとこ。事実認定の話まで遡って何回書いたか。くどい。

やはり天皇陛下への謝罪要求なんて、日韓関係はもう修復不能としか思えない。マッカーサーですら、皇室に手をつけるのは避けたらしいのに。
占領軍の賢明な判断だったんだろう。もし皇室を断罪していたら、日本中で生麦事件のようなテロが起きて、治安維持のために占領軍のアメリカが日本の民間人に向かって発砲したり、どう考えても「占領政策」は失敗していたと思う。結果的に、日本が再び「主権」を取り戻すのが、何十年も遅れたりもしたかも知れないし、当然、日米が友好関係を構築することもなかっただろうと思う。
それほど微妙な問題だ、ということを、全く理解していない。かの国会議長は「なぜ、こんな騒ぎになっているのか、まったく理解できない」とか仰ったらしい。理解できないんだから、理解しなくてもいいんじゃなかろうか。いかに自分たちの主張だけを繰り返して、相手を理解しようとしていないか、その典型だと思う。

例えば、車どうしで接触事故を起こしました。10:0で、こちらが悪かったとする。(そういうことに、しておく。)一度は示談が成立したのに、後になってから「やっぱり不十分だ」と騒ぎ出し、ついには、「お前の親が、一千万円俺に支払ったら、納得してやる」とか言いだしてきた、なんだか、そんなレベルの気分がする。
韓国の国会議長?なんだろうか?本当に?「程度」っていうものがわかっていない。「それをやったら、解決する」とか言ってるが、確かにそれだけの額を受け取って、新車が買えるくらいの補償をされれば、受け取った側は、「とりあえずは納得した」とか言うだろうが、そんな額を請求された側がホイホイと応じる、とでも思っているんだろうか?
そういえば、日本にもそう言う人たちがいる。道を歩いていて、肩が触れたら(というよりも、向こうからぶつかって来て)お前が悪い、謝れ、財布を出せ、金さえ出したら許してやる。そういう人に関わっちゃったら、もう、どうしましょ、だよなぁ。
そういう相手だという前提で、今後は付き合うしかないんじゃないだろうか。もはや、友好国ではないし、修復不能だろうと言う気がする。

そもそも、100歩譲って、と言うか、あり得ないとは思うけれども一万歩くらい譲って、陛下の謝罪があったとしたって、彼らの方は、ほんの三歩歩いたあたりで「謝罪が不十分だ、新天皇も謝罪しろ」とか言い出すか、何をしたって収束なんかしそうにない。この要求が、どれほど異常なレベルか、あの国会議長は理解できないとおっしゃる。

普通、国会議長なんて務めるくらいの政治家だったら、こうした交渉ごとのレベルとか、程度とか、さじ加減とか、見極めができないものなのか?自分たちに都合の悪い「事実認定」を一切せずに、一方的にエスカレートさせる。本当に目的が「沈静化」だとして、本気で理解できないとしたら、余程能力がないのか?そうでないとしたら、もう一つ可能性はあるような気がする。

私の仮説ですが、話題が持ち上がったタイミングは、ちょうど日本で「北朝鮮は素晴らしい国だ」と喧伝を始まった時期、のように思う。そもそもが「従軍慰安婦の強制連行」は、金日成が仕掛けた巧妙な対日工作で、見事に花を咲かせて、完全に韓日の分断には成功した、ように見える。
見た感じ、文大統領よりも金正恩氏の方が賢い。韓国の動きは、完全に北朝鮮の思惑に沿っていると思ってもいいのかも知れない。だとしたら、かつての韓国ではない、北朝鮮を相手にしていると考えて、透かしてみて、文字通りの「傀儡」を相手にしていると考えるべきじゃなかろうか。韓日関係を分断することが最重要であって、それ以外の選択肢には韓国政府は決定権を持てない、そういう相手だと思って付き合うしかないんじゃないだろうか。


最初は、タチの悪いジョークだと思っていた。
韓国の人は、黄河文明よりも1000年古い5000年前に韓国で文明が発祥し、それが中国にやインダス地方にも伝わった、と信じている、と。そんな遺跡があるなら、見てみたいけれども、根拠を示す必要がないのが韓国流。だと、言いたくなった。
韓国の人は、日本のものを、何でもかんでも、韓国がルーツだと言うよ、と誰かに聞いた時に、そんな中傷をするな、と思ったんだけれども、どうも実際にそうらしいと理解してきて、特に最近、僕自身も相当に嫌韓に傾いている。そう言う発言ばかりが、やたらと日本でも流れる。

日本で教科書問題(戦争をどう次の世代に教えるか、で、右と左で喧々囂々の議論)が起きた頃、それならば、中国や韓国はどんな歴史を教えているんだ、と言う話題を目にして、何だか、海外でもひどい教え方をしていると思ったこともある。アメリカですら、「歴史」は、「戦後軍事裁判の正当性」に誘導するために作られた世論に基づいていると感じる。

大学時代、学習塾でバイトをしていた頃、確か社会科を教えていた先生が、早稲田の政経の人で、国際政治学専攻だったと記憶している。その人と飲んだ時に、言われたことがある。政治では、「何が事実か」なんて、問題じゃない。相手にどう信じ込ませるか、世間をどう誘導するか、世間一般にどう受け入れさせるか、そちらが問題なんだ、そうだ。理系の自分は反論した。「事実に基づいていないなら、いつかはバレるんじゃないか。」「そういうところが、理系だよな」その時は、こちらも折れなかったけれども、今ならすぐに折れるかも知れない。
「学識がある」のが少数派で、ない方が多数派だとしたら、その多数派に、いかに「思い込ませて、誘導するか」が政治の根幹なのかも知れない。
これも昔何かで読んだ話題で、金日成は、愚鈍だったからソ連が傀儡にするのに都合がいいと思って、祀り上げた、と。ところが、結果だけから見たら、かなり優れた「政治家」だったのかも知れない。(いや、「政治屋」と呼ぶべきなのか?)
話が逸れた。

教科書問題に話題を戻すなら、相当に左寄りで政府に批判的な人も加えてもらって、その上で日本で「日本史」として通用している内容と、韓国の教科書の内容を比べる、なんてことを、一度やってもらったらいいのに、とも思うんだが、もうたぶん、遅いんだろう。
欧米ですら、第二次世界大戦後の「戦争裁判の正当性」を演出するために創作された「歴史」が、結構紛れ込んでいて、特に学習能力の高い有識者ほど、それを事実として信じている、そんな気もする。

文大統領が、韓国で教えられた内容が事実だと信じ切っていたとしても、それは仕方ないのかも知れない。
ただ、明らかに迷惑だ。自力で修正できないのならば、文大統領が大統領で居続ける限り、日本との関係修復は不可能だと思う。
日本も、悪いことを悪かったと謝ることはすべきだ。ただし、事実に基づかない話題に関して、なぜ謝る必要があるのか、その「事実認定」に遡った時点で、もはや、議論は成立しなくなる。もう、そう言う国だとしか言いようがない気がしている。いや、捕鯨問題の欧米だって、同じかも知れない。日本の言い分に耳を傾ける欧米人は、少数派だと思う。鯨が可哀想だ。それなら、牛や豚は可哀想じゃないのか。完全なる決めつけ、だと思う。

やり切れない話題を思い出した。僕がどうしても「心臓発作の予知」だけは、仕上げたくて、「科研費」の申請を出すために、コンプライアンス規定に法って、兼業届を出した。だって、「会社の経費」でパソコンなんかを買っていたから、かろうじて大学の仕事も続けられていたんで、会社を畳むつもりなんか毛頭なかった。研究開発だけは、今でも降りる気は無い。
ところが、その「兼業届」を却下されたその理由が、「自分で会社をやりながら、科研費を申請するなんて、絶対に悪いことをするに違いない。だから却下」だそうで、やり切れないと言うか、なんと言うか・・・あの時に気分に似ている。
言わせてもらえば、まだ俺は何も悪いことなんて、してないでしょうが。まだ何もしてない。なぜ、まだ何もしてないのに、悪いことをするなんて、決めつけるんだ。この一言に尽きるだろうな。
(あんまり、まだ、まだ、とか言うなよ。)

こういう、思い込み、とか、決めつけ、とか、多すぎる気がする。インターネット時代。フェイクニュースもそうだろうか。噂の拡散。事実認定よりも、「面白いかどうか」が問題。あるいは、見た目がそれっぽいから本物だと信じる。あるいは、売春婦だったおばあちゃんたちが可哀想。可哀想な人に同情したから、自分たちはいい人。みんなと一緒に騒いで、いい人になった気持ちを味わいたい。そういった群集心理はあると思う。いや、韓国の人を責めているんじゃない、一般論として日本だってこれは多いし、世界中で同じかも知れない。

蒸し返したくないけれども、あまりにしつこいから、繰り返せば、従軍慰安婦は売春婦であって、一回の行為にも、日本兵は相当な金を支払っていた。(情けないよなぁ、本当に男って。他人のことは全然言えないけど。)そういう「史料」はいくらだって、ある。男の情けなさを象徴するように。
決して、売春婦という職業を見下すつもりはない。親に売られた、他に金を稼ぐ手段が見当たらない、特に昔は事情は様々だったと思う。(いや、現代でもその事情に大差がないという話もある。)泥棒をするよりも、よほどまともだと思う。むしろ、プライドを切り売りしているんだから、正当な対価だと言えなくもない。ただ、洋の東西を問わず、そうした職業を見下す文化は少なくない。そちら側の感覚も、「常識」的にはわからなくもない。要するに、何が正しいとか、悪いとか、そういうことじゃなくて、ただ人間ていうのはそういう生き物なんだ、と、それだけじゃないか、という気もする。
話が逸れた。

ただひたすら、その場の雰囲気に流されて、事実関係を確かめもせずに、騒ぐのだけは自戒したい。特に、インターネット社会で、これは怖い。フェイクニュースのいくつかには、僕も騙された。騒ぎはしなかったけど。フィッシング詐欺も、会社のサーバにウイルスを仕掛けるためのメールも、まさしく思い込みで騙される人間の心理を突いている。
元々の李承晩政権が、将来を見通して、当時の「歴史教科書」を作ったとは思わないけれども、一方でそういうのを信じ切っている人たちとは、もはや会話が成立しないんじゃないだろうか。信じたのが詐欺ならば、自分に実害があるから、すぐに間違いだったと気づく。だけれども、間違っていたって、自分に実害がなければ、軌道修正は困難だ。

大元の事実を、証拠に基づいて確認する、たったそれだけで解決する問題も、相当に多いんじゃないか、っていう気がする。だけど、感情的になって、事実確認を迂回して騒いだら、もう、どうにもならない。

無題

本当にだらしない。情けなくなってくる。

学校に行く直前まで、パーツをいじくり、電車の中では別件の編集作業したり、レポート採点したり、で、学校では授業。複数の仕事をパラレルに時分割しているうちに、仕事のファイル、道具が机の上で混ざってくる。デスクトップに全然関係のない窓が散乱。書きかけのメモ。90日経過したからパスワードを変えろ、と。その時のメモが書きかけで開きっぱなし。ヤバいだろ、開きっぱなしでいたら。半田付けして、リード線の補強にペーストを塗って半田を流したら、ペーストが瞬時に蒸発して弾けた。飛んだ先に、自治会会計の通帳が剥き身で置いてあって、ニアミス。やべ。なんで片付けてない?Aの件での電話の応対で開いたファイル、得点がギリギリ足りない学生からのメール応対で開いたpythonのプログラムファイル。見積書を出す都合で引っ張り出した法人印も戻してない。それをスキャンしてPCに取り込んだUSBも、ハンダゴテから5cmくらいのところにあった。ヤバすぎるだろ。

ひどすぎる。のに、ふと、気づいてしまった。割り込み中に別の割り込み。一つも収束させないまま次の作業。ちょっと、片付けないと、と思いつつ、あれもこれも、納期、締め切りギリギリで・・・。電話やメールの後、その前にやってた作業に戻れてない、のが、まず過ぎる。今日は祝日。電話もメールもない。それで気付けたか。

俺、めちゃくちゃ変なことを書いたかも。レンタルサーバのSSLから半年間吐かれている接続エラーのログは、WEBから落としてバックアップ。レンタルサーバが「システムを更新」してから、SSH接続どころかtelnet接続もできなくなった。唯一、ftpだけで管理している。データベースのブラウズも作り直し・・・直しかけのまま8ヶ月中断。そのログと、Raspberry Pi接続で、ssh-agentに吐かせたログの所在は、全然別。あれもこれも、ごちゃごちゃにデスクトップに開きまくって、頭までおかしくなった。ヤバい。客先ごとの応対、変に混じってないよな?ってか、いい加減にログも掃除しないと、要らないのが多過ぎるだろ?何で見てすぐに気づかない?

とにかく明日、一件仮納入したら、まず、机を片付けよう。それと、どの仕事がどこで中断しているか、手が空いた時にどこから再開したらいいのか、メモを残してデスクトップの窓を全部閉じて、一旦Macをシャットダウンすべし。通帳、印鑑も定位置に戻すべし。えぇとですね、印鑑の保管場所は、トイレの便器洗いブラシの下です。嘘ですが。

もしかして、以前学生に(偉そうに)5Sが大事、整理、整頓、清潔、清掃、躾が製造業の基本だぞ、なんて・・・偉そうに・・・語ったかも。訳のわからんことを書いたのが、ブログだけで済んで良かった。ヒヤリ事故だ。偉そうに、よくもあれこれ書くよなぁ・・・メチャクチャ、メンタルがおかしい。血圧も高いけれど、テンションも異常で、頭の中で全部の仕事や、トラブルが混ざってる。いや、でも、今止まったら、止めたらもう後が無い。

so-netさん、ごめんなさい。完全に勘違いから来た八つ当たり。発端となったミスはso-netだけど、何の連絡もなく処理をしてくれないのはComodoの責任。その両社を選んだのは私の責任。

午後4時半かぁ。今日も当然走りには行けない。ヤベェ、何とかしなきゃ、と思って、不安心理でゾワゾワして、このページを書き始めた、その直前、俺、何の作業してたっけか?(あ、ハンダゴテのプラグ!)

Raspberry Pi

ようやっと、2台目の環境構築が終わった。納入機。結局わかったことは、microSDは、16GBと謳っていてもメーカーによって微妙に容量が異なる。運悪く、開発機の方が大きかったから、disk imageのサイズが噛み合わなくて、Raspbianのイメージ焼き付けからやり直しになった。ただ、結果的に余計なものを「入れてから消す」つもりだったのが、最初から「納入用の必要最小限の環境だけ」になったので、良かったんだろう、と思う。開発機のコピーからの消し忘れは、怖いですからね。

たぶん、ちょっとでも時間に余裕がある時「開発済みアプリ」のデモ用に、貸出用も作る。今の所、メインの開発マシンはMacBookAirだけれども、将来性は大きい。だって、たったの6千円で10年前の10万円のパソコンと同じ機能を実現できるんだから。

だから、学校教育はLINUXにして、MicrosoftじゃなくてOpenOffice(今だったらLibreOffice)にしろ、って言ってるのに。確かに、モニター+マウス+キーボードがないとどうしようもないから、一概に比較はできないけれども、コスパはこっちの方がはるかに上。パフォーマンスは、まだイマイチだけれど、人間の思考速度で、ワープロ、表計算、プレゼンテーションを扱うだけならもう遜色ない。操作性もそんなに違わない。操作画面のレイアウトが違うだけ。
それでも、ポケットに入れられるし、microSDだけ持ち運ぶなら1cm角ない大きさだから、腕時計の裏側にセロテープで貼り付けたって違和感がない大きさ。

伸び代が全然違う。なぜそう言い切れるか。取材する暇がないから根拠は示さないけれども、僕の主張の根拠を詳細に示したなら、たぶんそれだけで本が一冊書ける。暇がないから書かないだけ。

25年前くらいだと、LapTop PC(膝乗せPC)で仕事をするって言ったって、そもそも重さが違うから、江戸時代の石抱きの刑

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/0/0e/Ishidaki.JPG
みたいな重さの「膝乗せパソコン」で仕事する感じだった。しかも、電車の中で使っていて、うちみたいに「池袋に出るのに1時間半」だと、片道分のバッテリーすらもたない。ところが、それが今はもう、ポケットに入るんだから。

以前、情報系の雑誌で「スーパーマーケットで、気軽にパソコンを買い物カゴに放り込む時代が来る」なんてことを書かれていた。15年くらい前だろうか。

早くもバッタモンが出てきた。橙パイね。詳細はご自由にググってください。某国の悪口にしかならないから、書かない。コアになる技術は圧倒的に日本が強いんだから、高品質でありながら、そこそこの低価格っていう路線で、ガラパゴス化を避けながら、まずは、日本の情報教育向けに試作してみたらいいのに。学校とかだって、人数分10万円のPCを揃えるよりも、モニターなどを込みで2万円程度に抑えられたら、情報教育のコストを下げられると思う。
ただ、日本ではMicrosoft教徒があまりにも多いから、どうせ聞く耳を持ってもらえないとも思うが。っていうより、どこなんだろうか、PanasonicとNECか?富士通も?そういう大企業と、経産省とか文科省あたりの癒着なんて、あるのかないのか。私立大学の判断は、性能ベースだと思うが、官公庁とか、教育機関となるとどうなのかな?なんとか商会とか、「政商」は多いですからね。(おっと、やっかみ!)

いいネーミングが必要かも。Pocket Computer(ポケコン)とか、Nail Size Memory(爪の大きさのメモリ)とか。とにかく、通勤、通学も楽になるのに。
最近、僕もようやっとスマホでの入力速度が、多少速くなった。Bluetoothでスマホと連動させてもいいかも知れない。

でも、僕の言うことを鵜呑みにすると、たぶん、大半の人にとって「怖い」ことになるかも。みんなが裸になる。

20年もしないうちに、「統計」がアンケートを取るのではなく、必要な情報が直接収集できるようになる、と思う。嘘をついたら、すぐにバレるようになる。検索エンジンが、よりインテリジェントになる。googleに匹敵するシステムが、インドや、東欧などでも作られるかも知れない。自分を飾らない、本当のことを正直に口にできる人なら、全然困らなくても、何かと誤魔化して、都合の悪いことはひた隠しにして生きているような人とか、そういう会社にとっては、生きにくい世の中になるかも。というよりも、死活問題だろうな。嘘や誤魔化しで世間を欺いて「業績」を上げて、高い給料、高い年金を手にしている人は、少なくないと思うし。そういうのを大事にするなら、時代遅れの技術にしがみつくのが賢明かも知れない。「脳みそを鍛えるために、パソコン禁止、社員はそろばんを覚えろ!」って、なったりなんかして。

裸になったって、気にすることないのに。みんな似たようなもんなんだから。誹謗中傷?子供がたくさん傷ついてる「学校裏サイト」?大丈夫。過渡期だから。嘘を拡散した人は、「あいつが嘘を拡散した」と逆に元を辿れるようになるから。きっと最後まで抵抗するのは、政府機関とか大企業だろうな。結果的に「情報化」にも乗り遅れて、何て言うんだろうか”Erosive Revolution”(浸蝕性革命?)とでもいうのか、そのResistance(抵抗勢力)とは「自分たちのやっていることを、世間に公表できない勢力」みたいな扱いで、見下されるようになるのかも。その丸裸化は、安倍にやらさずに、野田さんにやって欲しい。

Raspberry Piを手にして、果てしなく妄想が広がった私でした。寝る!

ハードウェア

寝て起きて、Raspberry Pi+AD変換カードを眺めた。
よくみると、結構美しいんだよなぁ。

ソフトウェアは、目に見える形がない。画面のコードだけ。触ることができない。それに比べて、ハードウェアは、触ることができる。
加えて、制御デバイスとか、形のある機械部品って、なんだか個性があって独特の雰囲気がある。

なんだか、ホッとした。こいつを動かす。命を吹き込む。

人が絡む制度は、自力じゃどうにもならないことが多い。迂回するしかなければ、迂回する決断が必要かも。淡々と決めたらいいだけだ。
だけど、ハードウェアもソフトウェアも、自分が間違っていなければきちんと動作する。作ってる人間が壊れてたら、どうにもならん。
ふんばんべ。
メンタル崩壊寸前。なんて言ってられん。

絶望的なサービス品質

僕の、というよりも弊社のこのサイト、実はSSLを立てている。ところが、「更新」手続きの際に、ちゃんとお金を払って、認証キーの再発行を申し込んだのに、レンタルサーバの会社(so-netです)が「古い認証キー」を送ってきた。それで海外の認証局にそのキーを送って、設定した後になってから、so-netは「実は間違ったキーを送りました」と連絡してきた。

その海外の認証局に、「更新されたキー」を登録したら、ところが、全く更新してもらえない。夏休みごろ、ちょうど仕事の納品が重なって、そちらのやり取りに手が出なかった。ここに来て、クレジットカード決済の関係で、国家試験の学習サイトの有償サービスのリンクのエラーがどうにもならなくて、SSLの会社(Comodoという会社です!)に設定を急ぐように依頼した。

散々、so-netとComodoとやり取りした挙句、会社の実在証明で、法務局の法人登記簿謄本のpdfを送ったら、「日本の代理店に送って確認する」とかなんとか返事が返ってきたものの、もう2週間以上、放置されていて、全く手続きが進まない。「クレーム」としてあげると、返事は返ってくるものの、手続きは全く進まない。

結局、1年契約のSSLの認証サービスなのに、もう半年以上、「正しい暗号キー」が設定されないまま、放置されている。

国家試験の学習システム。無償で使う人がほとんどで、実際には商売には全くなっていない。僕自身が教材に使うくらいかなぁ。だから実害が少ないといえば、少ない。だけれども、金を払って「認証局」に暗号キーの認証を依頼した以上、使えるようにして欲しい。

最近ちょっと、イライラがMAXなので、so-netとComodoの実名を出してボヤいてみた。so-netのレンタルサーバは、基幹サーバを全部海外に移転したらしく、IPで辿ったらトルコの住所が出てきた。データベースも、リスポンスが極めて悪い。確かに安い。だけれども、必要最小限のことしかできないし、してくれない。

以前使っていたレンタルサーバの会社、こっちの方が安いとか嫁が言い出して、勝手に一番安いso-netに切り替えてくれたもんで、使い勝手、リスポンス、サービス、最悪になった気分だ。ブチ切れないと、直接文句を言えない僕の性格が良くない。「口出しするな」となぜ言えなかったのか。これも、俺が悪いのか。

大学教員だった頃、サーバの設定に時間をかけることなど、思いもよらなかった。毎年、空きの出た科目の担当を任されて、毎年教材をゼロから作る作業で、臨床工学関連など、気づいて見たら、臨床医学以外は全部の科目を担当していた。流石に、臨床医学は医者でなきゃ無理だからか。暇なんてない。毎年ゼロからの教材作成。だから、30科目近く自分で教材を作った。(お陰様で、臨床医学も含めて、臨床工学の国家試験対策は、全科目担当できる。ありがたいことです。今だから言えるけれども。)それなのに、あの大学では、直属の上司からの「准教授推薦」を3回も蹴られた。こんな感じのブログを書いてましたからね。文句をいう奴は、徹底的に叩き潰す。それは、組織として当然と言えば当然か。黙らせる奴は黙らせる。黙らせられないと思ったら書類を書き換える。それが日本社会。
会社の仕事なんて、全然できなかった。あ、それもやめた理由だったな。大学が忙しすぎて、会社の経理を嫁に任せたら、子供のいない専業主婦なのに、300件程度の領収書の処理に半年以上かけて、しかも、税務署に法人決算の申告をするのに、書類作成に数年がかりで、申告書があまりにも出せないもので、青色申告を取り消された。その時点で、どんなに忙しくても、会社の経理は自分でやる、と決めるべきだったけれども、大学が忙しすぎた。

そもそも、大学の専任教員時代以来、給料の管理も全部嫁に任せていたら、何故か今はもう、実家のあれが壊れても、これが壊れても・・・やめよう。この続きは、適当にご想像を。

結局、現時点で、自分でサーバを立てるなど思いもよらず、レンタルサーバにしても、認証設定を自分でできるように、サーバの言語、RubyにしてもPythonにしても、Rails, Django、あれやこれや、自分で設定できる環境で設定できるような、たぶん、サクラインターネットなら出来るのかな?検索しても、ほとんどそんなところが出てこない。自分でアプリを立てるとしたら、海外のサーバに丸投げしているようなレンタルサーバは、少なくとも自分は、もう絶対に止めることに決めた。

そもそもが、日本の法務局なんて、相変わらずハンコ主義か。ハンコなんて簡単に偽造できるのに。まともな電子化対応ができていない。認証局を国内に探せばよかったんだろうけれども、海外の方が一桁安かった。だから海外の認証局に申し込んだんだけれども、法務局の法人登記簿書類を海外の認証局では扱えない、というのは、(まさか、法人登記簿を要求されて、もしかして、日本の法務局も、英文の登記簿謄本を発行してくれるのかも知れないけれども、)自分でも盲点だった。わかったよ。日本国内では通じる「法人の実在証明」も、海外では通用しない。クレームあげても、蕎麦屋の出前の返事と同じか。「今、日本の代理店に頼んで、登記簿を調べてもらってます。」3週間もかかるか!?いや、うちの嫁は、領収書がたかだか数百枚の法人の決算書類を作るのに、数年がかりだから、相当に忍耐強くはなってるけど。

なんやかやで、日本は本当に遅れているというか、情報系に関して言えば、大企業ほどサービスが悪い気がする。というか、何をすべきか、もしかしたら理解している人間がいないんじゃないのか?責任者ほど、技術をわかっていない。セキュリティなんて、海外任せでいいと思ってるんだろうな、日本の役人は。国内で探すしかないとしたら、国内の認証局は、やたらと値段が高いんだろうなぁ・・・で、海外で探すと、このザマだ。

女の子が親に殺された事件がらみで、国連に「日本の法的不備」を指摘されたらしい。基本的人権についての日本の法律の不備は、昔から言われているけれど、それだけじゃない、情報系に関して言えば、とにかく、仕事の壁は、官公庁じゃないか?目先、役所の窓口で何を言ったって、門前払いだもん。いや、わかるよ。あんた「役人」の仕事をしてたって、「役人」でしかない。その名前以外、一切の能力を持ってない。どうしたらいいか。海外を焚きつけて、大元の官庁をビビらせるしかないんじゃないか?

なんだかもう、絶望的な気分になって来た。稼いでいるつもりなのに、やたらと宅配で化粧品は届くのに、何が壊れても修理が出来ない。

俺、どんな悪いことしたんだろ。

なんで、こんなにブチキレてる?いや、SSHでRaspberry Piと繋ぐのに、トラブったのが発端だった。暗号通信のログを見たら、so-netがらみのゴミが大量に出て来て、それでレンタルサーバの手続きが何も進んでいないのを思い出して、やっぱ、金がないとどうにもならんかと、思った思い出したのが、発端か。だって、自家中毒みたいにゴミが多いと、外部侵入のログの見分けがつかなくなるでしょうが。要するに、ゴミしか吐き出さない信じようとした相手が悪かった、ってことか。ってな発想で、稼いでいるはずの金がどこに消えてるのか・・・俺のタバコとか酒とか?いや、自分の小遣いは法政の非常勤で全部賄ってる。なんでこんなに、頼んだ覚えのない宅配が、俺の名前で届く?

仕事してたら、「今年の法人の決算書」を送らなきゃならない場面があるのに、なぜ、領収書が数百枚程度の会社の決算書類の作成に年単位で時間がかかる?大学と、専門学校の非常勤の他に、会社で請負のソフトを書いて、金の出入りも決算も、全部自分で処理するしかないのか。冷凍食品のレンチンなら、俺だって出来る。朝食の食器が、夜中に母屋に戻ってもそのまま。学校に着ていくワイシャツは、一旦洗濯機の前に置くとタンスに戻るのは2週間後。ここから先、どこまで「やらなきゃならないこと」を増やさなきゃならないのか?いや、洗濯機から取り出して干すのも、食器洗いも、仕事にしたら数十分。学生一人を相手にするのと大差ない。
アレはもう、とっくに諦めて、千葉にいた頃から大人の映像作品頼み。(このページ唯一の下ネタ絡み、だけれども、オトコとして肉体を持っていたら、解決しなきゃならない切実な問題じゃありませんか?)

余計なものを切り捨てないと、仕事だけじゃなく、やらなきゃ生活できないことが増えるだけのような気がする。どのイライラを、どこに、どう、ぶつけていいのか、全くわからなくなった。家庭内?行政サービス?国内の情報サービス?あれやこれや、ループしていて、思考停止状態かも。

真面目に考えて、単身で、会社の拠点を海外に移すのが、生活再建の必須事項か、なんていう気がする。無難な選択って、これしか残っていないかなぁ。
今のゴタゴタは、全部自分の選択ミス!全部俺が悪い。だったら、どうする。思いつかない。悔しい。バカだ。老けた。

10倍速?

microSDのバックアップ作成に失敗。その経緯。まず、Etcherでデバイス指定したら、数100MByte、容量が足りない、と言われた。管理領域を食われたか?と勝手に思って、ddで試す。

sudo dd if=/Users/watashi/Documents/raspi-bup.img of=/dev/diskN

Ctrl-Tで経過観察。遅い。あまりにも遅い。で、Ctrl-Cしてググる。そしたらこれを見つけた。

デバイス名にrを付けて/dev/rdiskNにすると10倍速く焼けます
bs=1mオプションを付けると10倍速く焼けます

速い!絶叫もの。数分で16GByteのmicroSDが焼けた。ラッキー!

と思って、ブートを試したら、kernel panicで起動しない。コピーエラーか。ビット落ち?それとも、キャッシュの誤動作?他のサイトを見ると、bs=1mオプションはつけていたけれども、/dev/rdiskNは指定していない。違いはなんなんだろうか。ざっくりと、直感的に、16GBのフラッシュメモリ(E2PROM)への書き込みが数分で終わる、なんて、ちょっと信じられない。速すぎる。

8GByteで50分かかった、とか書かれていたけれども、そちらのやり方でやるしかないんだろうなぁ。やれやれ。

いや、待て。公称16GByteは、本当にメーカが変わっても完全に同じ16GByteなのか?Etcherの指摘は、デバイスの違いか?それとも、原則可能と信じて試すか?

煮詰まった。ついググって、YouTubeで爆風スランプの Runnerを聞いた。何やってんだか。ついつい・・・

でも、ありがたいんだけれども、いいんだろうか。著作権?ご本人がアップしたのかなぁ。今、本当に、どういう時代なんだろうか。

走る、走る、俺たち。流れる汗もそのままに。の次。

いつか、辿りついたら。

そうだよな、いつかは終わる。マシンに仕事してもらいながら、別の仕事しよ。rを外してダメだったら、Raspbianから入れ直す。長距離走だ!

と思って見たら、JessieがStretchにバージョンアップしていた。スルーしていいんだか、いけないんだか・・・もう、後戻り出来ない。そうだよなぁ・・・

Electron

Raspberry PiのmicroSDの複製を作成するのに、Etcherが便利、らしい。調べて、インストール。

そしたら、「Electronのプラットフォームで作成された」らしく、いや、待てと。Electronって、どこかで目にした。調べてみたら、GitHubの一味か?

https://electronjs.org/

ChromiumとNode.jsを使っており、HTML、CSS、JavaScriptのようなWeb技術で、macOS、Windows、Linuxに対応したデスクトップアプリケーションをつくることができる。(WikiPediaより)

いつ頃から?Version 0.1のリリースが2013年、ネットの記事は2015年頃から。火がついたのは昨年あたりから?そうか、まだそんなに「時代遅れ」でもないのか。
(追記:わかった。いや、十分既に「時代遅れ」です >> 自分)

Ruby on Railsや、Python on Djangoは、MacOSでもWindows, Linuxでも動作する。でも、これらは純粋なサーバアプリだから、用途によってはElectronがいいのかも。これは、回避できない。

さてと・・・

「いつ見ても疲れた顔してる」あ、そうでしょうか。実際、気分的に相当疲れてるかも。Moving Goalpostじゃなくて、Sprung Goalsだからなぁ。モグラ叩き。「使いこなせていない新技術」が、また一つ増えた。


その後、ネットサーフィンして追記:

Apps built on Electron

With Electron, creating a desktop application for your company or idea is easy. Initially developed for GitHub’s Atom editor, Electron has since been used to create applications by companies like Microsoft, Facebook, Slack, and Docker.

Electronで開発されたとされるアプリケーションのリスト:
Skype, GitHub Desktop, Figma, Flow, Beaker Browser, Hyper, Kap
Now Desktop, Insomnia, Svgsus, Simplenote, Collectie, GitKraken
Ghost, WebTorrent, 1Clipboard, Discord, WordPress.com, Caret
JIBO, Visual Studio Code, Kitematic, Slack, Atom

いや、このリスト自体、試しておかなきゃと思うのがあって、手が出ていないというのに・・・。こういう考え方って、良くないよなぁ。最先端のものにすぐに飛びつく。あんた、どーゆーミーハーなんだよ >> 自分

なんて思いつつ、「知ってるよね?」「はい、名前は聞いたことがあります。」「ってことは、使ったことはないんですね?」これは怖い。でも、振り回されると一つも身に付かない。優先順位が大事、なんだろうなぁ。

で、どこから手をつけます?
それはもう、確実にお金になる仕事から、でしょうが!何を悩んでるんだ >> 自分

でも、焦る

焦る、焦る、俺たち。流れる冷や汗もそのままに・・・

派生的な影響

日付が変わったのに、現在もお仕事中。正確に言えば、コマンドを叩いたのが遅すぎたから、時間のかかる処理の応答が返ってこなくて、加えて、マシンの応答が鈍くなりすぎて(わかってます、4つくらいタスクを立ち上げたから・・・)それを待つのに、することがなくて、駄文を書き始めた。

テキストエディタは、軽くていいね。オペレーティングシステムの授業をやってた頃に、学生に何度も行った。「EmacsかVimは、使いこなせるようになれよ。そういうコマンドは、最悪の場合、オペレーティングシステムが起動しなくても、起動用ファイルの修復に使える、不可欠のツールだから。システム復旧を担うような立場になるなら、絶対に覚えておけ」なんて言いつつ、実はVimではなくて、MacのMiで書いてるけど。

夕方、NHKのラジオで言っていた。「外国人労働者の受け入れに伴って、日本国内で、外国人の子供たちの不就学が増加している。国は、地方自治体に全部押し付け。」いや、性悪説には根ざさない。悪いことをして生きようとする子供なんて、生まれてくるはずがない。ただ、生き抜くために、どうしようもなくて悪いことをするようになる子供は、たくさんいる。そう思う。(Ass Holeの糞には、絶対に理解できない)海外のそうした現状を知らない役人が、目先の「外国人受け入れ」に走って、派生的な影響を考えない。日本の場合、犯罪に走らなくても、仕事はある。その結果、日本国内なのに、小学生の年齢の外国人の子供が、工場で働いて、月収十数万円、なんていう話をNHKで流していた。犯罪に走らない、走らせない、それだけ仕事があるのはいいことだとして、じゃぁ、小学生の年齢の子供が教育を受けずに、もしかしたら日本語も話せずに、製造業で仕事をするって、何なの?それでいいの?と思う。日本国憲法は、外国人の教育には言及していない。憲法の改正が必要なら、こっちが先じゃないか?それなのに、安倍総理は軍事ばかり。政権政党の政治家の「あるべき姿の希求」への、感覚の絶対的欠落が、嘆かわしい。

安倍総理の仕事は、業界団体の言いなりが基本。軍需がらみは、全部軍需産業の言い分を丸呑み。それで、武器輸出三原則をあっという間に閣議だけで潰して、日本を武器輸出国にした。アメリカがトランプになってからも、アメリカの軍需産業の言いなり。弱みを握られてますからね。貰うもの貰っちゃったから、仕方ない。金を握ったおかげで、弱みを握られた。本人は、キンタマ握られてる気分なんだろうなぁ。気持ちいいのかね?気持ち悪いのかね?ゴキブリ総理、もとい、5期ぶり総裁。モリカケ、統計不正、何にせよ、隠し事が多すぎる。「外国人労働者受け入れ」だって、日本人の労働者の労働環境すら本気で考えているとは見えない団体の言いなりだから、その子弟の生活だの、受け入れた外国人の待遇だの、本気で考えてるとはとても思えない。等閑、ただその一言。子供たちが可哀想だって、それ以前に、社会人でも孫請けレベルの僕らだって、十分に可哀想なクチだとは思うんだが。仕事の単価を上げたくたって、潤沢な資金のある中小以下の製造業なんて、どこにあるの?それでも、IoTだの情報化だのに対応するのに必死。僕には子供はいないから、単価はいくらだって下げられるけれども、だけど、一応はプロだから、もう少しリアクションのいいマシンで、せめて15万円くらいのハイスペックなコンピュータで仕事をしたい。
と、言いつつ、コンビニなんかで盛んに学生募集しているどこぞの大学では、専任講師の年間の研究費が10万円で、その中から、高校への営業訪問の交通費やら、その際の名刺代やら、全てを賄えってな感じだったから、自力で仕事の環境を構築できる自営に戻ったのは、たぶん正解だし、どうにもならないのは、僕の実力不足、自己管理力不足、なんだろうな。仕方ない、頑張ろう。体が壊れることも、もう怖くはない。後は、行けるところまで行くだけ。

「武器輸出三原則の廃止」にしても、(流石に「核兵器三原則」までは廃止していないけれども、)「外国人受け入れ」とか、あれや、これや、その結果どうなるという「派生効果」をあまりにも、考えていなさすぎる。というよりも、派生効果まで考える能力がない。目先、「支援団体」の言いなりになれば、政権は安定する。あの人は、日本の将来よりも自民党政権の持続、自民党所属政治家の「飯の種」しか考えていない。目先、業界団体の言い分を聞くことで、「このように、皆さんの言い分を聞いて、その通りにしました」と、それを成果に唄うばかりじゃないか、という気がする。
麻生元総理の失言なんて、わかりやすい気がする。あの人、「受け入れた外国人の子弟」がどうなろうが、日本の政治の管轄外だと思っている気がする。失言聞いてりゃ、よくわかる。そもそも、日本人の貧乏人の生活感覚なんて、「なんで俺が、そんなもん気に掛ける必要がある」ってな感じで、言葉の端々に、それしか現れていない。なんで、あんな政治家を選ぶんだろうか。利権主義だろうな。ぶら下がって、陳情すれば、横車を押してでも金儲けができる。地元の選挙民なんて、それしかないのか、という気がする。それが、安倍や麻生を選んだ選挙区民の人間性の限界か。(悔しい、キレのない毒舌。)

トランプを選んだアメリカ国民は、馬鹿だと思っていた。鉄鋼に関税をかければ、アメリカの自動車業界に致命傷を及ぼすくらい、普通に考えていたらわかりそうなもんなのに、「それがアメリカの自動車業界のため」とばかりに、実行しちゃうんだもの。このままトランプなら、いずれ、「アメリカブランドの自動車」を残すために、欧州や日本にアメリカの自動車業界が、ぶら下がるんじゃないか?
メキシコ国境に壁を作れば、不法移民を根絶できる?どういう発想だろうか。例えて言えば、床の上に一面、ゴキブリホイホイを敷き詰めれば、ゴキブリを根絶できる、ってな発想だろうか。ゴキブリに羽があるのを、絶対に理解できてない。ちょっと学習したら、上の方から出てきて、直接食い物に辿り着くと思う。ゴキブリの場合ですが。
あんなのを、大統領に選んじゃうんだから、とも思うが、日本の場合も大差ない。安倍総理の施策、波及効果を考えていないものが多すぎる。現場でそれを処理する官僚も、たぶん今は昔と違って、日本のことなんて考えてもいない。自分の退職後の年金とか、天下り後の、「2年いただけで、退職金数千万円」みたいな外郭団体の給料だとか、その程度の意識しかない人物が、大量に採用されているんだろうか。「官僚集団」という組織の自己防衛に最適な人物(=目先の金になるなら、国のことなんてどうでもいい、悪いことでも平気でします、的な人)に、つい目がいっちゃって、採用したりするのかも。自分はそうじゃない、と思うなら、どんどんと内部告発したらいいのに。もっと波風立てろ、と思う。大丈夫。馘首になって、退職金すらでなくたって、月額数万円で、100円ショップのおかげで、そこそこ「豊か」な生活をしている人は、いくらだっているから。政治のおかげで、そういう生き方を見つけた人は多い。
しかも、田舎に来たら、食うには困らない。「生きている実感」が欲しいなら、それだけは得られる気がする。

もう遅いんだろうな。消費税還元のポイント制度だとか、あれやこれや、武器輸出三原則と同じで、騒いだって、どうにもならないのか。安倍は、強引でしかないから。

ひどいのは、泉佐野市か?本来、別の自治体が「正当に」納付されるはずだった税金を、横取りする、それだけの施策だと思う。「還元」というのは耳障りはいいけれども、それだけ行政が使える「ネット(正味)」が減る、ということだと思う。そうした、ネットの目減りを覚悟してでも、財源に乏しい自治体が、自分たちの工夫次第では財政を整えられる、それを狙った制度なんじゃないか、と思うけれども、アマゾンなんて、あまりにもあざとい。制度の悪用としか思えない。自分さえ良ければ、それでいい、それでアマゾンを儲けさせてでも、かつ、日本国全体としての「税収」なんて知るか、泉佐野市さえ良ければそれでいい、でしょ?泉佐野市も含めて平均すれば、明らかに目減りする。トランプ並みに、「公共」という発想を欠いた施策だと思う。

もっと、もっと、「派生効果」とか、「マクロな視点」とかを、(もう、トランプとか、泉佐野市とか、いい歳して枯れかけて、理解力とか良心とかに期待できない人たちは別にして、)若い柔軟な、次世代の日本人には、「自分がこれをしたら、大きい視点で、こういうメリットがあり、一方で、(ここが大切だけれども、自分以外を含めたマクロでは、)こんなデメリットもある、」と、そういうことを、しっかりと学んで欲しい、という気がする。
教育こそ大事、なんて言いつつ、ぶっちゃけ僕自身も含めて、疲れたら手抜きするからなぁ。

って、なんだか十数分前に、(あの、スローなマシンが)処理を終えて、コマンドが入力待ちになってた。
あまりにも、あまりにも、やるせなくて、書きたいことがありすぎて・・・
もっと、視野を広げようよ・・・ってか、日本ではトランプみたいなのを、選挙で選ばない程度に、賢くなろうよ、なんて思う。

それはそうと、マシンに金をかけられないなら、体力と気力で仕事をする。やっと、応答するようになったもんね。他人はどうでもいい。頑張る。

3期目

やっと仕事が一区切り。これから僕はプログラマ。で、雑用を一気に整理。

どうやら、自治会の会計、3期目もやりそうだ。区長も腹を括ったらしい。皆さんねぇ、「あそこのあの人は?」「定年まであと○年」声をかけても、「悪いなぁ、仕事があるから」いや、それを言うなら、私だって、区長だって、仕事はあるんだけれども・・・

会計をやってると、嫌でも役場への申請書類だの、社会福祉協議会からの文書だの、目を通す。金の流れが把握できる。「会計が嫌なら、区長をやらない?」どうしてそうなるんだよ!「嫌です。まだ、会計の方がいい。」「はい、決まり。」ってな感じだったかなぁ・・・会計のバトンを渡したい人が、そもそもみんなまだ現役。だから、俺だって、現役なんだけど・・・

愚痴っても、仕方なかんべや。待てよ、あの人に3期ぶりに復活してもらう、とか、あの人に4期ぶりに復活してもらう、なんて方策もあるか、と見てみるけど、「もう、勘弁してくれ」だろうなぁ。もう一声、5期ぶりはどうだ?え?5期ぶり?

ふと、ピンときた。安倍→福田→麻生→谷垣→安倍ですよね?確か。安倍総理って、5期ぶりの復活総裁?5期ぶり総裁?あ、ゴキブリ総裁だ!なんてのに気づいてしまった。誰も何も言わないんだもの。でも、5期ぶり復活の際に、きっとマスコミなんかでこの表現出たんだろうなあ。なんだお前、今頃気づいたか、なんて言われそう。遅すぎた!でも、せっかく気づいたんだから、敬意を込めて、今後はゴキブリ総理と呼びたい。亥年ですしね。

それはそうと、3期ぶりのYさんや、5期ぶりのSさんに会計を頼んでも、ダメだろうなぁ。「Sさん、5期ぶり会計、ゴキブリ会計やりません?」喧嘩売ってるのか、って話ですね。新人発掘かぁ。地元の飲み屋に顔出ししても、リタイアした方とか10年も前に役員やったような方ばかり。目ぼしい方は、皆さんまだ現役。さて、どうする!

2期目のこの2年間、何も布石を打たなかった自分が悪いのか?今度こそ、少しは学習しよう。改めて、さて、どうする?

軽い気持ちで・・・

ようやっと、レポート採点の出口が見えた。

「締め切り」後も、レポート提出のフォルダは遮断しないよ、と公言していた。それどころか、大学の正規のレポート提出用のWebサイトを期日で遮断しても、メール提出でギリギリまで受け付けるよ、とも公言していた。確かにまだ、間に合う。

そういうのを言ってしまうと、締め切り後に出す学生が多数。昔は僕もその一人だったから、あまり偉そうなことは言えない。できれば落としたくないから、自分の点数がわかるようにハンドル名で成績を開示して、自分の点数を把握した上で、点数が足りなければ再提出してもらうように、フォルダを一旦閉じて数字を出してから、D評価とかE評価がついている学生には、とにかくレポートを出せ、あるいは出し直せと、促したくて、このやり方をしている。自分の成績にDとかEとかついているのに慌てた学生が、期限外に大量提出してきて、かれこれ400本くらいはプログラムを読んで、走らせて、スコアをつけただろうか。とにかく残り30くらいにはなった。

ところが、見覚えのある動作をするプログラムが、何組も・・・取り出して比べてみたら、ヘッダ部分の「番号と氏名」以外は、デッドコピーで、完全に同一のプログラムが何セットも出ている。僕らが学生だった頃も、そういうケースはあったと思う。三十数年前、まだ大学院生のTAとして採点をした時は、「手書きで書き写す際に、何が正しいか考えているはずだから、書かれている内容が正しければ、全く同じ文章でも、点を出せ」という感じの採点方法だった。だいたい、演算増幅器(オペレーショナル、アンプリファイアー、通称オペアンプ)の動作原理の説明なんて、似たような文章になることはあり得るし、教科書、参考書を読んで書けば、完全なる同一の説明も、出てくる。それはアリだった。ところが今は、読まずに、ファイル名を付け替えて、名前だけ書き直せば、簡単に他人書いたプログラムを自分のものとして提出できて、しかも、一切内容を「書き写す」ことすらせずに、「提出」ができる。これを容認するか、どうするか。自分が提出したファイルの中身を、本人がおそらく見てすらいない。それができてしまう時代になった。

数年前から、(過去の自分のことは棚に上げて)かなり厳しくするようにしている。理由は、世間であまりにも「ごまかし」がまかり通っていて、それが次から次へと表に出てきて、「偉い人」がテレビの中で頭を下げる景色を連日のように見ているから。僕と同世代もいる。きっと学生時代、「適当に書き写したレポート」で卒業単位をもらって、「世の中なんて、チョロいもんさ」とタカをくくって世渡りして来た人たちなんだろうか。だけれども、「社内ルール」を誤魔化して通しても、誤魔化したのがエアバッグのデータだったら、死者が何人も出た。ビルの杭打ちデータなら、大震災で倒壊して死者が出る危険性がある。新幹線のサスペンションの板厚の誤魔化しなら、脱線して数百人が死傷する危険がある。あれも、これも、日本の「安全神話」の根底を壊しにかかっている。「この程度の不正なら、許してあげようよ」は、通していけないんじゃないか、そんな気がして来て、シフトするようになった。

特に強く感じるのは、昔だったらとにかく手書きで、徹夜してでも必死で数十ページになっても「書き写し」てレポートを書き上げたのに、今は、数百行のプログラムをコピーして、名前だけ書き換えて出して来て、本人は読んですらいない、それは問題じゃないか、という点だった。中には、同じエラーを出すプログラムもある。走らせてすらいない。わかりやすいのは、「変数名」の綴りミス。ブロック崩しのブロックがbrockとか、テーブルがtabruになっていたり、これはもう決定的な証拠にさせてもらっている。レポートだったら、typoがあって、(僕のページも結構あると思うけれども、)「実際に試してたみら」なんて表現がそのまま、同じ場所にあったり。

僕ら教員が、「疲れた、面倒臭い」で、「ことを荒立てるのはやめよう」として、彼らの行為を看過したら、その中の何人かは「世の中なんて、チョロいもんさ」という事実を大学生としての経験で、学ぶに違いない。僕は、僕にできることをしたい。だとしたら、「ことを荒立てて」でも、その本人に「世の中そんなに甘くない」と、知らせるべきだとも思った。(思えば、それで公安に噛み付いて、以後の人生は訳がわからなくなった。)でも、誰かが「おかしいだろう」と気づいたら、もはや誤魔化しが効かない時代にシフトしつつある気もする。2チャンネル?WEB?WikiLeaks?あれや、これや、ほんのちょっとでも良心のある人が「これは変だ」と指摘したら、昔なら誤魔化しが通じたものが、根こそぎ表に出る、ある意味で「いい時代」になったとも思う。だからこそ、この程度の「ほんの出来心の」コピーレポート、コピープログラムの提出も、きっちりと、指摘はしておきたい。
いや、見落としがあるだろうことは、自分でもわかっている。僕が見落とした奴はラッキーで、成績がついた。見つかった奴は、アンラッキーで、この単位を落とした、あるいは、数ランク落ちた。そうだろうか。今、まだ学生で、大した実害もないうちに、単位を落とした程度で「学習」してくれたなら、そのほうがよほど、将来の損失を減らせると思う。どうか、指摘された学生の方に「ラッキー」だったと思ってほしい。気づいて、次からは誤魔化しをしない、少なくとも「技術者」としての責任を全うして、嘘はつかないで仕事をする、そうした感覚は持って欲しい。そう思う。

今は手作業でやっているけれども、「レポート」の一致度を測定するツールは、どこかの大学の先生が作ったみたい。多少の表現くらいは、自分なりの工夫で書き直せ、と思う。プログラムの一致度を測定するツールは、昔からある(瑕疵の検出目的のツール)。ちょっといじくって、数百通の提出レポートでも、すべての組み合わせを試して、一致度を測定してグループ分けするプログラム、くらいは、(今度、それを学生の課題に出そうかなぁ・・・)それほど難しくない。

偉そうなことを言うつもりはない。僕らだって学生の頃、先輩のレポートを必死で書き写した記憶はある。ただ、大学2年の頃(よくある、失恋だとか、目標喪失だとか、あれやこれやが重なって)万事にやる気をなくして、実験レポートをまとめなくなって、形だけ先輩のレポートを書き写して出すのが嫌になって、留年を決めたことはあった。(僕には子供がいないから、その辺の親の苦悩はわからないけど、金銭的には親父とお袋は、嘆いただろうなぁ・・・)納得いかなかったら、次に行きたくなかった。そんな妙なプライドはあった。で、留年した。そのお陰で、あのややこしいMaxwellの方程式を解く問題だって、今でも結構覚えている。僕は、それで留年を決めた。訳もわからずに、書き写しただけのレポートを出すのはやめた。自分がそうして来たから、ある意味で、こういうデッドコピーを出すなら、落とすぞと、本気で言える気がする。自分と照らし合わせても、ケンカの後ろめたさがない。

一旦、プログラムを読んで、レポートを読んで、ざっくりとは数字を出した。日付が変わってしまった。明日、もう一度、詳細の確認を取ってから、本人(たち)と、専任の先生に「不正」として連絡する。確か、運用ルールでは、1回目は「警告」で済ませるはずだと思う。2回目なら、今年1年間の全単位没収だっただろうか。

申し訳ない。僕には子供がいないから、子供の学費を払っている親御さんたちの「財布の痛み」は理解できない。だけれども、あなたの子供が「世の中なんて、ちょろいもんさ」と、平気で誤魔化しをして(いや、私もあなたも、時代として適当なチョロまかしなんて咎められない、甘い経験をして育ったかも知れないけれども、)あなたの子供たちは、はるかに厳しい時代を生きることになると思う。ネット社会である。僕らの時代の「セクハラ」の基準とか、「喫煙者への扱い」だとか、そういった、「そんな程度のちょっとしたこと」が、今どれほど厳しくなっているか、思い起こして欲しい。
だからこそ、仮にこれで「留年」が決まったとしても、遠慮なく落としたい。

ただ、これも追記すれば、過去の実績として、「黙って、成績を書き換える」なんてことは絶対にしなかったけれども、学生に背後霊のごとく張り付いて、点数を出せるだけの課題を消化させてから、合格単位を出したことは、昔専任をやってた大学でも、今の非常勤先でも、やったことはある。本人にその気があれば、ですけどね。

とにかくもう、言いたいことは一つだけ。誤魔化すな。ありのままを表に出せ。バグだらけでもいいから、「これが自分の実力です」と、そのままを提出しろ。なまじっか、他人の書いたプログラムを出すよりも、バグだらけの「自力で書いたプログラム」を提出した学生の方に、高い点数を出したい。その気持ちだけは、ずっとある。

一週間、ひたすら学生のプログラムを読み続けて、爆発したなぁ・・・日付が変わった。学生への「通告」は明日。ってか、まだあと30通くらいは、未採点が残ってた。終わる前に、我慢しきれなくて、ネットに書いちゃったけれども。

未来志向

日本戦犯企業からの製品購入 条例化で制限へ=韓国・ソウル市議会
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190129-00000062-yonh-kr

あ、いや、Yahooより、こっちにリンクを貼ろうかな。
http://blog.esuteru.com/archives/9260702.html

これが「未来志向」か?未来って言葉の意味をわかってるのかな?
っていうより、語るべき未来を持てないと、「未来志向」がこうなる、っていうサンプルか?

日本を「仮想敵」扱いして準備してきた韓国軍
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190130-00055339-jbpressz-int

そうか。納得した。そういうことか。
合点、合点、合点!

現在の日本人で、朝鮮半島に恨まれるようなことをした人間(責任者)が一体何人いる?責任のあった立場の人なんて、もうみんな死んでるし、その世代が補償金を払ったはずなのに、なぜこれほどまでに恨まれなきゃならんのか。

友好国ではなくて敵国なのなら、北朝鮮と同様に、武器に転用可能な電子機器一切、武器を製造可能な工作機械一切の禁輸措置を取るべきじゃないか?

すぐやれ!って思う。

最近、僕は、発言を聞いただけだと、北朝鮮と韓国の区別がつかない。
双子っていうか、さすが同一民族だなぁ。

最近驚いているのは、僕は自分なり、かなり左寄り、いわゆるリベラルだと思っていたんだが、こんなに右寄りにシフトした発言を、書かずにいられない自分を再発見したこと。

データの読み方

専門学校の3年の授業が終わった。今日が最終回。
みんな国家試験対策で本気になって、言い方は悪いけれども、ようやっと話を聞いてもらえるというか、これまでも試験対策に役立つ事をずっと話してきた、ということが通じてきた、というべきか・・・。どこの学校でも、学生のマジョリティは、「何のために勉強しているのか」という根本的なところで、答えを持っていない、そんな気がすごくして、今日もその思いが強かった。けれども、ようやく学生と同じ方向を向いて授業を出来たというか・・・

言い方は悪いんだけれども、どうしてもっと早く、「今日聞いた話は、今日吸収するんだ」ということに気付いてくれなかったのか、その「残念感」はあるものの、最後の最後に同じ方向を向けて良かったかな、なんてことは思う。本当に、試験が目の前にならないと、なかなか本気にならないんだよなぁ。

一度やってみたい授業は、「科目」とか「課題」に囚われず、「何を学ぶと何がわかるようになるのか」「何を勉強したらいいのか」「何をしたいなら何を学んだらいいのか」「何をできるようになるには、今何を学べばいいのか」そこのところを話してみたい、そんな気がする。僕の引き出し。青年海外協力隊の経験、自分で会社をやろうとしている経験(未だに「やろうとしている」という言い方しかできないのは、引っかかるが・・・)、医療機器メーカーでのサラリーマン経験、その前の「社会人一年生」経験、学位を取るために「研究」を志した経験、自営業での「開発」の経験、その他諸々、一度、とにかく「シラバスに則った授業」という形で学生に接する前に、「君らは何をやりたい?」「どうありたい?」「どうなりたい?」「どう生きたい?」そこから始めて「だったら今、学校という場所をどう活用したらいい?」「何を学んだらいい?」そこにつなげる授業をやってみたいと、今日すごく感じた。

2年生に喝を入れた。最近、「説教めいた話」もするようになった。一言で言えば、俺も老けた。でも、真剣に聞いてくれるから、話した。「そもそも、君らは、金を払って学校に来てるんでしょ?だったら、『先生の授業、わかりにくい』とか『先生の話し方、退屈だ』とか、言っていいんだよ、遠慮せずに。極論すれば、『金返せ』っていう資格があるんだよ。」なんてことも話した。ただ、その前に、金返せって言いたくなるほど、「何かを身に付けたい」と思って学校に来ているかどうか、そこに問題があったりする。黙って座れば、ピタリと当たる、じゃなかった、黙って座っていれば、ひとりでにスキルアップする、そんなことはあり得ない。能動的に、これを身に付けたい、今の3年生がいい例だけれども、絶対に国家試験には受かりたい、それでいい、何か強烈なモチベーションがなければ、あまりにも、受動的すぎて、日本の持っている教育制度も悲しくなってしまう。そのモチベーションを持ってもらうことこそが、全てに先行すべきなんじゃないか、そんな気がすごくした。

大学でも、「プログラムを書けるようになりたい」というモチベーションを持っている学生は、レポートを読んでいて伝わるものが何かある。一喜一憂して、感情移入しながら読むっていうのは、あまりいいことじゃないのかも知れない。淡々と、成績評価して点数をつけていく、そういう作業の仕方をしないと、身が持たない気もするし、その方が客観的に説明しやすい評価になる。だけれども、「プログラムを書けるようになりたい」と本気で課題に取り組んだ学生には、やはりそれなりに・・・甘くなったりしているかも知れない。うまく説明できない。微妙な言葉の使い回しで、そんな気がする、それだけなのだけれども。(でも、やっぱり、読んでいてい疲れる。)

テニスの大坂選手の一言に、すごいと思った。「感情のスイッチを切った。」なんていう一言をどこかの番組で耳にした。(耳にしたんだから、ラジオか。)それはそれで大事。だけどなぁ。この場合、どっちがいいんだか。

表題は、なんでしたっけ?
昨今統計問題でモメているけれども、教育で欠けているものに、「データの読み方」なんていうのがないかい?なんてことも感じている。数字やデータから何を取り出すか。どんな数字から何がわかるか。逆に言えば、何を知るためにどんな数字が必要か。大学の科目によってはそういう授業も展開されている気がするけれども、さらに抽象化した言い方をすれば、「情報をどう捌くか」という辺りが大切なんじゃないか、とも思う。

子供たちが日々接するネットの情報や、周囲の友人知人からの情報から、実はこんなことが抽出できる。裏サイトみたいなところで流れる情報も、読み方を変えれば、こんなことがわかる。そうした「情報に対する免疫」みたいな部分を、もっと教える必要があるんじゃないか、そんな気もしてならない。料理方法がわからなければ、勉強だって「意味のない暗記競争」になってしまう。何か、統計問題で世間が揉めているのを聞いていても、ふーん、っていう感じしか湧かないのは、「何か大変なことが起きた」という騒ぎの大きさと、具体的に「何がどう大変な事態なのか」という意味付けの希薄さと、その辺のギャップがあるから、なのかも知れない。情報にしても、データにしても、意味付けっていうのは大切。ただ、一人ひとりにとっての「意味」は、その人の価値観に根ざしたもので、漠然と流されて生きていたら、意味なんてない、ということは、データも情報も統計も、どれにも共通で、一定の「価値観」にかざさなければ、何も意味は出てこない、そんな気もする。

もう、何度も蒸し返している。週刊朝日だったかが「日本軍によるレイプ被害が、10万人以上」(確か、十数万人だったと思うけれども、正確な数字を思い出せない)なんていう記事を掲載した時、ニューギニア方面遺族会の田所会長に、すぐにFAXを流した。あまりにも、あり得ない数字だ。僕はニューギニアの州政府にいたから、日本軍の動線沿いの人口データを持っていたし、人口増加率などの数字の推移も把握していた。重ねてみると、人口増加率から遡って当時のラバウル、ポポンデッタから、MoMaSe(モロべ、マダン、セピック)地域の人口を逆算したら、概算で50万人から100万人。そのうち、日本軍の動線に重ならない地域を除外すると、総人口でも15万人から、多くても40万人の範囲、とか、ざっくりとそんな数字を試算した。(今は、細かい根拠の数字を思い出せない。)結論から言えば(極論すれば、かなり誇張して書くけれども、)人口30万人の地域で15万人がレイプされた、という報道が流れたら、どう判断するか。「え?日本軍て、そんなに残虐だったんだ!」というのが世界の反応か?あなたもそう思いますか、という疑問である。バカバカしくて、ここから先は書く気にならない。
ところが、そういう数字が流れても、「ほら、日本人はこんなに残忍だ」というのを、雑誌に書く記者がいる。あちこちで演説する人がいる。南京大虐殺の100万人という「書籍」から流れ出た数字で、世界は「やっぱり日本人は残忍だ」と信じたらしい。欧米でも。未だに、それを口にして記事を書いている人がいるみたいだし。
データの読み方の教育が必要なのは、日本だけじゃないのかも知れない。加えて言えば、フェイクニュースへの免疫も、(僕自身も含めて)あまりない。悔しいけれども、ローマ法王がトランプ大統領への支持を口にしたというニュースを、僕は信じてしまった。迂闊にも。バカだよなぁ–> 自分!「日本人のうち、生きていて面白くないと思っている人が2億人もいる」なんて誰かが書いたら、「そうか、日本人てのは、なんて不幸な民族なんだ」なんて結論を出したりするんだろうか。

データの読み方っていうか、情報の捌き方、っていうか、その辺のところが、今一番大切なんじゃないか、なんてことを、学生と接していて、すごく感じたりした。なんだか、もっと、そちらにシフトした授業をやってみたい、なんてことを、すごく思った。生体計測っていう科目の都合上、出そうと思えば数字満載の授業もできる。ただ、国試対策だと「暗記科目」ではある。その辺にギャップはあるけれど。
そう言えば、大学にいた頃、「フレッシュセミナー」なんていうホームルームみたいなコマがあって、結構そういう授業をやったことがあって、その時に担当した学年が、その時既に僕は大学教員を辞めていたのに、謝恩会に呼んでくれたりした。嬉しかったです。とっても。

ただまだ、漠然と、具体的にどういう展開で話が出来るか、なんて、そこまで具体的に見えている訳じゃないけれども、なんとなく、最初に学生に伝えるべきだったことは、こちらなんじゃないか、なんて、そんな気がすごくした。勉強内容を伝えきれたかどうか、以前に、もっとずっと早くから、どういう姿勢で授業に出てきてくれと、そちらで伝えることができたはずの事を、僕は伝えなかったのかも知れない、なんだかそちらの方が、妙に思い残された、そんな気がした最終回、だった気がする。

漠然としすぎていますが・・・

いずれにせよ、もう少しで3月までは会社の仕事に専念できる。プログラマ100%で仕事に集中できる。もう一踏ん張りで、頭を切り替えたい。
これも数字だけれども、年金が全然頼れない。だから生涯現役のつもりで会社中心に戻そうとしているんだから・・・現実を見据えて!

忖度

ニュース配信を見たけれども、不思議なくらい、レーダ照射だの哨戒機低空飛行だのの話題が止まった。一体何が起きたんだろう?よくわからんけど。

日本は、こういう事態での「情報発信能力が低い」とか、よく言われる。自分が思うに、根底にあるのは、やっぱり武士道っていうか(海外ウケを狙って書くなら、サムライ・マインドっていうか、)あれ、忖度だとか、惻隠の情だとか、敵の事情を慮って、トドメを刺しにいかないことを上策とする、というか、逆の言い方をすれば「詰めが甘い」ということになるんだろうか。サムライどうしならそれでもいいとして、相手がサムライ(同じ文化的ルーツを持つ相手)でなければ、それは通じない。その認識が欠けているのかも知れない。

思い出すのが、未だに問題がくすぶっている従軍慰安婦問題。
軍による強制連行は、現地で調べた結果として、「そんなことは、ここでは起きたと聞いていない」という証言があって、「起きた」事実を必死に探したのに見つからなかった、という報道があってすら、「起きた」ことが無条件に史実となって、拡散した。もはや、止める術がない。海外に濫立する慰安婦像は、自分の親に金で売られた気の毒な女の子たちの像だと自分には思える。日本でも同じ状況は江戸時代以来綿々と続いていた。ただ、海外に濫立している像の「金で我が子を打った親」は、少なくとも日本人じゃない。その事実を、アジアの文化を知らない海外の人たちには、伝えようがない。加えて、日本国内のイデオロギー対立が盲目的に、「事実検証」の過程をサボって「起きた」「起きた」と騒いだ結果が、今なのだろうと思える。
左系の記者には、歴史学者級の検証責任は求められていない。あ、そう言うことか。でも世間には、メディアの記者と歴史学者の見分けがつかない。

類似の事例は、南京大虐殺だと思う。最初は、「あぁ、日本はそんなにひどいことをした歴史を隠していたんだ」と、素直に信じていた。ただ、パプアニューギニアでの遺骨収集を手伝った後、ニューギニアでの「レイプ被害」の、朝日新聞系の雑誌の記事を読んで、数字に違和感を感じた。

二つの話題が重なるので、先にパプアニューギニアの話題を書くなら、僕が遺骨収集を手伝っていた頃、「日本兵による戦時中の被害を申し出る、申し込み用紙」なる紙切れがばら撒かれていて、「お前、これを預かってくれるか」という感じで現地の人に話しかけられた。その「申し込み用紙」を見たら、「肉親が殺された」「家財を焼かれた」「レイプされた」などのどれかにチェックを入れて、あとは、補償を受けたい人(またはその親族)の住所氏名を記入すれば、補償金を受け取れる、的な文章が書かれていて、その時は「なんじゃこれ」と思って、「悪いけど、俺には関係ないから」と突き返しただけだったのだけれど、帰国して、雑誌の記事を読んでから、あ、あれか、と思った。合算した数字を見たら、それこそ、赤ん坊からおばあちゃんまで、根こそぎレイプされていなければ成り立たないような数字が、日本の雑誌に掲載されていた。これが海外に逆流したのか、とも思った。
いや、ゼロとは言わない。実際に、母親が日本兵にレイプされたという知人がいる。彼の話をとことん聞いた。「夜な夜な、日本兵が家まで来て、母親を連れて行った。ある夜、母は股関節が外れた状態で、まともに歩けない状態で、日本兵に家に連れて戻された。」そうした話も聞いている。ゼロじゃないのは知っている。凄惨な現場だったのだろうと思う。ピジン語でよければ、当時の会話の一部は再生できる程度にまだ記憶している。いずれにせよ、数字は数字としておかしい。

話題が一つ前に戻るけれども、韓国の従軍慰安婦問題。「強制連行」があったとしている人の誰一人として、「現地踏査」の強制連行の現場を説明していない。慰安婦の方々を責めたくないから、あまり書きたくなかった。韓国では、「貞節」は大切なものとされ、一度でも「レイプ」などされたら社会から受け入れられなくなる、と聞いている。それは日本も同じだったから、理解できる。だから、かなり長い間慰安婦の方々は、売春を恥じて社会から距離を置いて生きてきた。その「売春」が親によって強制されたものだとしても、結果が全てだった。そこに、「強制連行」の話題が降って湧いた。(金日成の情報戦略だと思う。)故郷に帰りたい、もう一度社会に戻りたい、その一心で嘘をついて、(日本のWEBサイトでは、慰安婦の方々の証言の二転三転を取り上げているけれども、)もう一度生まれ故郷に戻って、もう親はいないにしても、少なくとも後ろ指を指されない状態で、社会に戻りたい、その一心で、必死で「報道」から流れてくる話題に話を合わせた。その慰安婦の方々の「証言」を切り捨てたくない。自分を自分として生きるために、必死の方々なのだから。だけれども、それを「日本」という国家に対する「敵対心」の根拠とされることには、自分としては抵抗したい。
あなた方、韓国の社会が、慰安婦のような人間を隣人として受け入れないから、日本を悪者にして彼女たちは嘘をつくことになったんでしょう?と言いたい。「強制連行」の事実があったのか、現地踏査で、もう一度徹底的に聞き込みを行なって、証言を集め、その上で今後の議論を進めて欲しいと思う。あれは、金日成氏の戦術が成功した事例だと、私は考える。加えて言えば、李承晩の教育施策で教えている内容が、どの程度歴史的事実と合致しているか、徹底検証して欲しいと、韓国には願う。
話を戻す。

そういう(パプアニューギニアでの経験での)「疑い」の目で、南京大虐殺の数字を見ると、100万人が殺されたという数字どころか、20万人だって、どう考えても多すぎる、と思った。
逆に、「殺す側」の立場で考えてみたらどうなるか。ヒロシマに原爆を落として14万人。東京大空襲では、東京が焼け野原になった。それで死者は10万人以上、とされている。正確な数はわからない。それほどに焼け尽くされた。(相手はアメリカ、ですけどね。)
カンボジアのポルポトが虐殺した数が、4年間に300万人以上。これは確かに多い。で、南京にいた日本兵の数が、約20師団で10万人、らしい。ざっくりと。この辺は(ネットでは)日本人が山ほど書いているけれども、10万人の兵力で20万人を殺す?仮にそれを「ノルマ」として課せられたとして、どうするか。いや、雑誌ベースなら、大した弾薬、経験もない10万人の兵隊が、100万人を虐殺?どの程度の期間で?どんなゲームの世界設定?と思える数字を、全米が信じた?
映画の宣伝で「全米が興奮」とかあるけれども、「全米」ってどんな単細胞なんだ?

当時の南京市民に「日本兵が虐殺を始めた」という噂は立たなかったのか?普通なら逃げると思う。局所的に数百人が殺されることはあったとして、そうした噂が広まったなら、誰もが必死に逃げようとして、20万人も殺される事態にはならないんじゃないか、と思えた。そもそも、20万人という人口が、10万人の日本兵に囲まれるように居住していたならまだ可能だと思うけれども、そんな都市の人口分布が、あの広大な面積のある中国の都市に存在するか?という疑問もある。で、そうなっていたとして、日本側の「行くぞ」で、一斉に南京市民が殺される事態になった?それがあり得たというのが中国とか、在外中国人の主張だと思うが、一度シミュレーションしてみたらどうなんだろうか、と自分は思う。山羊や羊だって逃げると思う。それを人間が逃げなかった?それなのに、100万人とかいう本が出版されると、欧米人はすぐにそういう数字を信じる。従軍慰安婦もそう。フェイクでもなんでも、叫んだもの勝ちなのか、とそんな気がする。

東條英機はポルポトとは違う。確かに「戦犯」には違いなく、日本が勝つと信じて戦ったのは間違いないとして、それでも虐殺のために戦争を継続したのではなく、ただ状況判断や、視野の広さが至らなかったのだろうと自分は思う。
視野の広さというならば、韓国の文大統領だって大差がないと思う。今回韓国の軍部に何を言わせたか、それを見たら、ほとんど違いが見えない。あれは、韓国の軍人が気の毒だ。私たちゃ、腰抜け集団です、ってのに匹敵する発言をテレビで流している。つまり、シビリアンコントロールで、大統領が逆らえない軍人に記者会見させた。
国家指導者なんて、誰もが一応は「国益」を必死に考えて動いている訳で、誰が「戦争犯罪人」か、なんて、結果だけの問題だという気がする。歴史の流れで、東條英機に全責任を押し付けられていたりするけれども、私にはトランプの方がよほど「国家反逆罪」の首謀者に思える。文大統領だって、大差がない。「戦争」しないから、「敗戦の将」にならないだけ、じゃないかな?

いわゆる「極東裁判」は、ほとんど「見直し」はされていない。今時、「和食」として納豆やゴボウを食ったことのある外国人も多いと思うが、その納豆やゴボウを「捕虜」に食わせた料理当番の当番兵は、極東裁判で(腐ったものや木の根を食わせた、として)「捕虜虐待」で死刑にされた、と聞いている。(細かいところは、調べて書いていない。)少なくとも、そうした話題が日本では語り継がれるほど、極東裁判は欧米に一方的に「善悪」を押し付けられ、一方的に「あれは犯罪」とされ、時には、欧米側を正当化するために、一方的に日本側の「悪行」を(裁判で)「認定」された。「南京大虐殺」の「発端」は、その裁判資料にある、と、自分は理解している。そこにつけ込んだ中国共産党が、話を膨らませて、「南京大虐殺」に仕上げて、「反日」で世論操作に使った。いい迷惑だ、と思う。全ては「敗戦国」になってしまったから、というのが発端にある。と自分は理解している。

せっかく、韓国がチャンスを作ってくれた。
今回、韓国が全世界に(6ヶ国語で?8ヶ国語で?)日本による「挑発行為」を発信したけれども、どう見てもあれは、韓国軍による、北朝鮮への瀬取りの支援だったんじゃないか、と思う。それを、ああして「自分たちには非がない」的に情報発信して、哨戒機が写真撮影することを必死で妨害しようとした。
それを、頭ごなしには叩かない、その日本の「忖度」の感覚が、(そんな、冒頭にも書いたサムライ・マインドというか、惻隠の情というべきか、日本的な感覚が)海外には通じないという事実は、僕らは自覚すべきなのかもしれない。
通じていないならば、「なぜ反論しなかったか」を世界に知らしめるべきだと思う。

重ねて言えば、せっかく、韓国がチャンスを作ってくれた。
今回日本は、韓国の攻撃用ロック・オン・レーダの周波数も何もかも、詳細を(韓国メディアにどれほど叩かれても)公開しなかった。それが、韓国の国益を損なわないためだという日本側の論理は、おそらく、韓国のメディアには通じないのかもしれない。それでも、公開しなかった。それが、日本側の「倫理観」としては間違っていなかったと、その日本側の「サムライ」的な感覚に基づくことだけは、何としても、全世界に伝えるべきだと、自分は思う。
今回の「レーダ発射」では、日本は何もしていない、何かしていたのは、韓国軍で、それは北朝鮮への競取りの支援だ、と、それは事実を世界に伝えるべきだと、僕は思う。立場が悪くなったら、日本的な「忖度」などやめて、韓国軍の機密情報だろうが、全部世界に公表すべきだ。サムライ・マインドなんて、どこにも通じないと思う。

僕がニューギニアに行ったのは、青年海外協力隊員として。システム・エンジニア隊員として、州政府の教育局に就いた。いや、パソコンにデータを入れるだけですよ。任務は。日本では、VAX/11も使ったし、日立製作所の独自テープフォーマットを、バイナリレベルで読んで画像を取り出すみたいな、「力技」を余儀無くされる状況で卒論も書いた。それなのに、おそらくはCOBOLを使ったことがない、っていう理由だけで、データ入力だけすればいい任地に割り振られた。それはそれで、「運命」だったんだろうな。そんなところにも、僕の「鬱憤」の鬱々とした文句の源泉はあるけれども、それはさておき、パプアニューギニアでは、太平洋戦争での、数えきれないほどの「遺骨」とか、「全滅の現場」に立ち会った。彼らが「望郷」の思いだけを残したのか、「怨念」まで残したのかは、なんとも言えない。
だけれども、彼らが「人」として残した思いに感情移入すると、なんとも黙ってはいられない感情が吹き上げてくる。そして、(もしかしたら、千鳥ヶ淵墓苑にも、すでに大量に納骨されてしまったに違いない、)日本人ばかりではない、韓国人、北朝鮮人(当時は、どちらも日本兵だった、だから、大量に千鳥ヶ淵にいる、)そして、ニューギニア人、オーストラリア人、フィリピン人などなどの、どさくさ紛れのその遺骨達の、その主の思いを重ねるに、もう、「戦争」は言うまでもなく、トランプだとか、文だとか、あの辺の「対立」を煽るだけの国家元首は、どうにかしてくれと、その辺の思いが吹き出して、自分として曰く御し難い。感情が吹き出した。Out of Control.かな。

僕は日本人だ。だから、日本人としての立場で物事を考える。だけれども、日本的な感覚で物事を考えても、海外には通じない。それがとにかく悔しい。フェイクを叫び続けること自体が、悪だ、そんな感覚よりも、執拗にフェイクを「事実だ」と叫んで、世界がそれを信じれば、事実なんていかようにでも書き換えられる、そうした現状が、悔しい。従軍慰安婦、そして南京大虐殺。

書いていて、気づいた。今日は、相当に僕自身「壊れて」いる。もう、収取がつかない。書くのをやめる。アメリカンコミックみたいな状況を簡単に世界が信じることが、僕には信じられない。

要するに、「サムライ」なんて時代遅れだね。これが結論かな。「忖度できる」そんな日本文化は、要らないだけ、だと思った。

CMさま様

採点シーズン。疲れた。

飯食って、ぼーっとテレビを見てた。難しいのは嫌だ。バラエティ、かな?アフリカのヒョウの密漁。なんか、このまま尻に根が生えそうな感じ。え?原因は?対策は?ワクワク・・・って、いいところで CM

CMが1本、2本、3本・・・なんだかイライラしてくる。次もCMだったら、もう立って事務所に戻ろう。次もCM。いや、もしかしたら、次は続きをやるかも。で、やっぱりCM。なんだか、イライラしてきた。やることあるんだもん。で、そこで踏ん切りをつけて、事務所に戻った。ってな具合にはいかず、椅子から立ってトイレ行って戻ったら、続きをやってた。フェイクのヒョウ皮を儀式に使ってもらうことで、ヒョウの密漁の「需要」を絶ったらしい。めでたしめでたし。そしたら、次のトピクス?いや、つい見ちゃう。え?15歳の男の子の失踪?どうしたんだろう?ってなところでCM。

既に、椅子からは立ち上がってたので、そのまま事務所に戻った。あれ、CMがあんなに長くなかったら、ずっと続きを見てたかも。テレビの前にかじりつかないためには、CMって結構いいかも。

レポート採点の再開。そうしたら、こんな記述に出くわした。

課題の目的:ゲームの開発をマスターすることである。

ちが〜〜う!違う、違う!

いや、どうせなら楽しく学んでもらいましょう、ってな視点で、ブロック崩しだの、マインスイーパだの、ゲームを題材にしたプログラミング課題満載ではあるけれども(僕が構成したんじゃなくて、専任のS先生です!)、別にゲームの開発をマスターしてもらいたくて、ゲームを課題に掲げているんじゃない!

だからって、減点はしないけれども・・・最終レポートだから、「構想力」だとか、「物理モデルの設計」だとか、色々あるんだから・・・なんか、勘違いしてるよなぁ・・・

一喜一憂の採点作業。いいレポートを読むと、疲れが吹き飛ぶ。でも、逆もあるし。CMは流れないから、気分転換では、当然一服。コーヒー、紅茶、お茶でお腹がガボガボ。

なんか、こう、CMみたく、受動的なブレイクが欲しいね。
ついでに、CM見てあげるんだから、いくらかお金にならない?

経済制裁

早朝からNHKラジオ。
韓国の軍部が「新指針」。冷静になるようにと、日本側、とのニュース。

朝鮮半島周辺で今問題なのは、北朝鮮による「瀬取り」だと、韓国はわかっているのか?
【韓国レーダー照射】北朝鮮の瀬取り支援疑惑浮上…韓国、日本が金融制裁なら通貨危機に発展も
https://biz-journal.jp/2019/01/post_26230.html
これだ、と思う。

さらに言えば、ことの本質は北朝鮮経済の危機的状況、なんだろうとも思うが、駆け引きに明け暮れて実質的な進捗がなければ、経済制裁を解除するキッカケがない。そこに遡らずに、目先、北朝鮮の瀬取り支援という形で「経済支援」をしている韓国の現状を、証拠映像とともに国際社会に出すしか、現時点では方策がないような気がする。

引用した記事にあった

また、たとえば文大統領が「SDNリスト」(アメリカの経済制裁の対象となる人や国、法人のリスト)入りすれば、韓国内の文大統領の銀行口座などは凍結され、それに応じなければ韓国の銀行はドル決済ができなくなって経営危機に陥ることになる。

これは、あり得るシナリオじゃなかろうか。

僕は政治家でもなければ、評論家でもない。一個人として思うことは、拉致日本人の帰国だけ。次に、北朝鮮の人たちがこれ以上飢えることがないように、経済封鎖解除の口実を北朝鮮が作ること。望むとしたら、その程度だろうか。韓国が前者に興味を持たないのは仕方ないとして、後者について言えば、韓国の行動は、問題の本質的な解決から遠ざかる方向に向かっている気がする。

ストレスと恐怖と

夜9時には眠くて、テレビをつけたまま眠っちゃって、目が醒めてしまった午前4時。
これぞ、ジジイの証!

やることが多い。細かく分解したToDoが20項目を超える。今日中に、なんてつもりのがそのうち二つ。次に急ぐのは、定期試験の問題作成か。専門学校は、大学より一ヶ月遅い。
やり方のわかる仕事でも、規模が大きくなり数が増えると、面倒臭いと言うか大変と言うか、手をつけるのがシンドイと思うことがなくはない。だけれども、「面倒」だとか「大変」だとか思った瞬間に、「あ、負けてる」と思うようになった。気持ちで負けると、仕事は仕上がらない。
昨日、学生のプログラミング発表会があった。性格の明るい子、暗い子、色々で「プレゼンテーション」としては評価は分かれるけれども、コンテンツはどの子も素晴らしかった。「楽しい」と感じられるなら、面倒なプログラミングも苦にならない。それが仕事となってしまうと、同じことをやっていても、ハードルがものすごく高くなる。「仕事だ」から「やらなきゃならない」になり、それが「面倒臭い」となったら、それだけで勢いが止まる。
勢いだけで仕事をして、勢いだけで言葉を発している僕にとっては、もうこれは致命傷で、どんなに面倒臭いと思っても、コンスタントにアウトプットを出せるように自分を仕向けるのが、自己管理の第一歩だ、なんてことに気付いたのは、「ジジイ」にまで至らないまでも、もう「いい歳した大人」になってから、だったかも知れない。

これって、子供の頃、親に褒めてもらった経験があるとか、ないとか、そういうのも関係していて、人によってはもっと早いのかも知れないけれども、少なくとも僕自身は、自分自身で「面白い」と思えなくなると、いい歳した大人になっても、何もできない傾向は強かった。

スキーで言えば、急斜面に挑む、って言うか、なけなしの格闘経験で言えば、柔道で試合に臨むとか、そういう時にも、もしかしたら似たような気持ちがあるのかも知れない。
この場合には、「面白い」と思えるかどうか、よりも、「恐怖」とのちょっとした戦いもあるような気がする。未知の相手に挑む。不思議と、多少なりとも経験を積んでくると、相手が未知であっても、例えば、初めてのゲレンデであったり、初めて組む相手であったりしても、それほど恐怖は感じなくなったりして、自分はどうすべきか、冷静な判断っていうか、「ここは、あのコブを右から回る」とか、「この人は、押されると弱そうだ」とか、「冷静な判断」ができるようになってくる、ような気がする。

さてと、長すぎる前戯、もとい、長すぎる話の枕。(いかんなぁ、午前4時とかだと、ついこういう単語が・・・)ここからが本題。

日本には軍隊はない、と信じている。自衛隊は、言ってみれば「護身術」というか、身を守るためのものであって、攻めるための組織ではない。それは憲法で定め、ちょっとでも外に出ようとすると、鬱陶しいくらいの議論が国内で湧き上がる。それでいいと僕は思っている。あくまでも、Self Defence Forceであって、それを看板にしているのは日本だけだと思う。仮に、国連のPKOに参加するに障壁があったとしても、むしろ誇らしいことだと自分は考えている。個人の考えです。
PKOったって、戦闘やめさせるのに武力が必要っていう前に、武器の流通を止めろ、と。蛇口を全開のままで、水を汲み上げるポンプを世界中から集める、っていう発想が間違ってると思う。水商売の方々に議論が翻弄されているんだ。いかん、話を戻す。

自衛のためであっても、いざという場面に遭遇した際には、冷静に状況分析して次に何をすべきか判断し、あって欲しくはないけれども、いざとなったら命をかけてでも戦うという行為をしなければならない人たちだと思う。敬意を評したい。恐怖や、ストレスを感じる前に、やるべきことを冷静に判断し、戦わなければならない。

ところが、徒にやれ「恐怖を感じるほどの距離」だとか、「威嚇だ」とかいう感情的なリアクションをもし自衛隊が口にしたとしたら、「あんたら、自分たちの職業をわかっているのか」と言いたい気がする。「この腰抜け」と。

マスコミに出てきて「怖かった」とか「恐怖を感じた」とか、ごちゃごちゃ言う前に、なぜそうした状況になったのか、なぜ相手がそこにいたのか、それを冷静に分析すべき立場だろうと、自分は考える。そうした分析ができないのなら、そうした職業を名乗るな、と言いたい。それで給料をもらうな、と言いたい。
戦闘状況になるなどは、絶対に避けるべきだ。それを避けるために外交がある。いかにして、他国と友好関係を築くか、自国の感情のままに相手を翻弄する、それは外交ではなく、幼稚な自己主張だと自分は思う。

翻って、外交機関に「友好構築」という機能を委ねた上で、国防の最前線では、可能な限り抑制的に、ちょっとでも危険的な接触があっても、感情的になるのではなく冷静に、なぜ、その場でコンタクトが起きたのか、分析すべきなのだと思う。自国の民間人が相手国のEEZを犯していないか、原因は色々とあるはずで、その分析もせずに「恐怖した」とか「怖かった」とか、そんなことをマスコミで発表するような「腰抜け」とか「能無し(脳無し)」は、日本には要らないと思う。
日本の自衛隊の話です。念のため。外国の軍隊のことだったら、腰抜けとか脳無しの方が、ありがたい。

いずれにせよ、仕事として行うなら、相手の立場を尊重し、というよりも、歴史も事態の背景も、すべて正確に相手を理解して、友好関係を築くことを外交の主目的とすべきだ。どんな仕事でも似たようなことが言えるという気がする。そもそも、相手を正確に理解せずに戦うなど、目隠ししてコブ斜面に挑むに等しい。独裁者は平気でそれをやるから、やたらと自国民が死に難民が増える。

子供の頃はとにかく、相手の主張に耳を傾けることができなかった。自分は、どれほどジジイになってから、多少なりとも相手の立場を理解できるようになったのか、自分はとにかく遅かったけれども、やっぱりガキには難しいんだろうな。
それでも、職業としてその立場についたら、面倒なことでも「面倒」だと考えずに出来るようになるのが、大人、なんだろうな。なんてことを、自分に言い聞かせている。

ToDoが多すぎる。目がさめちゃった。(朝が早いのは、ジジイの証!)
今日の仕事、始めようか。
ほんと、「暇」がない。時間に余裕があったら、あのニュースを耳にした次の瞬間に、このページを書いていたんだけれども・・・

庇(かば)い手

高校2年の時、体育祭の行事で騎馬戦があった。僕は馬の上に乗って、相手と取っ組み合いする騎手っていうのかな?その役だった。
3年生の馬と組み合って、押し倒した際、地面に相手が後ろ向きに倒れる直前、相手の後頭部が地面に直撃しないように、とっさにかばい手というのか、相手の頭の下に手をついて、体重もそれで支えるような落ち方をした。(当時はまだ軽かったし、当時はまだ反射神経も良かった・・・)

ところが、それをみていた3年生の審判が、僕らの方が先に地面に落ちたから、負けだ、と主張した。だって、手を出さなければ、後頭部直撃でしょうが、と食い下がったけれども、ルールはルールだと、お前らの方が先に地面に触れた、と、押し切られて、負けた。
馬になった仲間に、ごめん、相手を頭から落としてやれば良かったんだと、何度も謝った。その時の、何とも釈然としない、モヤモヤした気分をまた思い出してしまった。昨日のことのように。

そもそも、今は、こんな「危険」な競技は、運動会ではやらない、みたいだけれど。

ニュース配信
韓国紙「日本が稚拙な世論戦」=レーダー電波音公開方針で
https://www.jiji.com/jc/article?k=2019012100223

韓国は、遭難者を探索するためのレーダ照射だと主張する。
だったら、「音」に変調をかけたものではなく、日本側が受信したレーダの波長、パターンの全てを公開しても、韓国軍への実質的な迷惑は一切ないはずだと思う。下手な「加工」をせずに、そのまま出しても、韓国の主張に沿うならば、一切韓国軍の、つまりは同盟国の軍事情報を漏らしたことにはならないんじゃなかろうか。

今更、攻撃用の照準のレーダだと主張を変える可能性などないと思う。だったら、日本の選択肢は二つに一つ。黙って、相手の言い分を呑むか、そうでなければ、そのままの情報を出してしまったらいい。

こういうモヤモヤは、ずっと尾を引く。日本側が黙って終わったなら、このまま同盟関係を続けるなど、国民感情としてもう無理じゃなかろうか。無理して続けても、いざという場面でこういう過去の「事件」が必ず顔を出してくる。
それだったら、韓国の主張する通り、「遭難者の探索用レーダ」だとして、受信した周波数情報、パターン情報まで全て暴露しても、懸念材料などないだろうと思う。一切、韓国軍には迷惑をかけない。
そのパターンや周波数を見た他国の関係者が、それをどう判断するか。軍事用のレーダだとわかっても、きっと黙っているでしょうね。何も起きない。その上で、日本側の主張を続けたらいい。そうしたら、日本側も溜飲が下がるんじゃなかろうか。

余談ではあるけれども、こんな記事も目にした。
韓国艦のレーダー照射、本当に海自P-1哨戒機は「脅威」だったのか? 検証する
http://news.livedoor.com/article/detail/15843502/

直線距離で522m、豆粒大にしか見えないはず、らしい。P-1の長さは38m。対する韓国艦は135mらしい。やや誇張すると、ビルが大きく見える距離に自動車で近づいても、ビルから自動車はそれほど大きく見えない。4倍の大きさの差でも、似たようなことは言えるはず。522mに対する135mの視野角と、522mに対する38mの視野角の違い。それを韓国は「脅威を感じる距離」だと主張し、謝罪を求めている。さらに、その主張を何ヶ国語にも翻訳して世界に発信したらしい。

今後韓国の軍隊は、他国の船舶に対して、哨戒機などを500m以上に接近させることは一切ない、それをやった途端に、相手国から謝罪を要求されるべき「危険な行為(と自認する軍事行動)」を行なったことになる。
なぜ、そんな、自らの首を絞めるような強弁をしたんだろうか。しかも、全世界に発信してまで。

遭難者の探索用のレーダを照射しただけ、だったなら、「脅威を感じるほどの距離を飛行したから」などという主張は不要だったんじゃなかろうか。この主張があったなら、次に続く文章は、「だからレーダを照射した」のような気がする。「だから遭難者探索用のレーダを照射した」?それだけなら、「脅威を感じる距離」などという主張は不要なはずなのに、どういうことなんだろうか?

日本の選択肢は、二択。庇い手で「負け」を取るか、でなけりゃ、相手の後頭部を地面に叩きつけるか。
もう、後者でもいいんじゃないか、という気がする。ニュースを見ているだけで、ストレスが溜まる。そういう日本人は、僕だけ?

ホゲ、フガ、モゲ・・・

以前ベテランのSEさんから、こんな話を聞いた。
「プロジェクトで新人のプログラマを受け入れて、この部分をプログラムしてみろと、仕様書を渡して書かせて、コードレビューをして絶句した。hoge, fuga, mogeが満載・・・」

プログラマの皆さんにはお馴染み。
javaなどの「サンプルプログラム」では、「意味のある変数名に置き換えてね。」という意味を込めて(?)あえて全く意味のない「変数名」として、hoge(ホウグではなく、ホゲ)、moge(モゲ)、fuga(フガ)などを使って、ネットの記事を書いたりする。

だって、
hoge = moge + fuga;
「ホゲはモゲ足すフガ」なんて、読んでるだけで肩の力が抜けて、いいじゃないですか!?
亜流で、hogehoge(ホゲホゲ)とか、funga(フンガー)とか、色々、様々。そりゃ、アイディアというか「まとめ」記事をネットに書いてもらえるだけでありがたいから、変数名なんて、その方のお好きなように、っていう感じだろうか。
こんなサンプルプログラムに、credit.balance(貸方残高)なんてのを書かれた日には、サンプルプログラムを読んでるだけで血圧が上がる。いいの?なんて思ったりもする。

英語圏では、foo, bar, zotらしいんだが、本場(?)のstackoverflowでは、何の仕事を請けてるか一目でわかるような、生々しい変数名がそのまま「お悩み相談」に出ていたりして、なんか、直截的すぎる気がする。そういや、季節柄、ネットの「相談」サイトに、入試の問題がそのまま、しかも試験中に出ていたことがあったよなぁ。
仕事が止まるよりも、相談して前に進む方がいいんだろうけれど。話を戻して。

あのね、新人プログラマの皆さん、ホゲも、フガも、モゲも、SEやプログラマの皆さんが日々絶叫するセリフ、といういう以上の意味はなく、本番用のプログラムを書く時には、与えられたミッションの中で、ちゃんと仕様書に定義されている変数名を使いましょうね、なんていう一言は、例年の授業では、絶対に話していた。
Kさんという、あのベテランSEさんの「お話」(思い出)をシェアして、「あまり、年寄りをいじめないでね(余計な仕事を増やすんじゃねぇよ)」というお話を、授業でもしていた・・・それなのに・・・

ふと振り返ってみて、今年はこの話、一度も持ち出さなかったような気がする。
プチ「やっちまった」、半期分授業の反省?でした。

内包表記

Pythonだと、この書き方ができる。
>>> def is_valid(a):
>>> △△△△return True if (a % 3) else False
(↑未だに、WordPressでの空白挿入がわかってない… orz)

通常だと4行で、
1行目:もし、aが3で割り切れないなら
2行目:     Trueを返し、
3行目:そうでなければ、
4行目:     Falseを返す。
だろうか。(なぜかこっちは、空白が挿入できてるのに… orz)

C言語なら
return (a%3 ? true : false);

(追記:そもそもreturn (a%3)とかで十分、ってな議論は承知。if / elseを1行にまとめる話を持ち出したかっただけ。)

最初、「え? ( ? : )構文が使えないの?」と思っていたけれど、その悩みはすぐに解決。

いずれにせよ、1行か。この、Pythonの後置ifが、今一つしっくり来なかった。
なんだか、トークンの並びが(慣れてないせいか)不自然な気がした。

ところが、これにさらに内包表記を組み合わせると、こんな書き方ができる。
value = [v for v in range(10) if is_valid(v)]

なんだか、これも慣れるまでは変態的な書き方な気がして・・・
でも、慣れてしまうとすごく便利かも。内包表記を使わなければ、4行
1: value = []
2: for v in range(10):
3:     if is_valid(v):
4:         value.append(v)
プログラムがすごくコンパクトになる。と思っていたら、後置ifにelseが加わると、内包表記の語順が変わる。よく言えば「変幻自在」なんだろうが、ぶっちゃけ、失礼を承知で言わせてもらえば、Pythonは変態的だ!

>>> value = [v if v%3 else “hoge” for v in range(1,10)]
>>> print(value)
[1, 2, ‘hoge’, 4, 5, ‘hoge’, 7, 8, ‘hoge’]

でも、たった1行でこれだけの表現なら、やっぱりCの時代から比べたらスゴイことなんだろう、という気がする。時短ですね。でも、この変態的構文に慣れるまでが・・・「慣れ」なんだろうなぁ。

CやJavaなら、もう枯れているというか「新しい」ことがほとんどないから、一旦教材を作ればそのままずっと使える。ところが、Pythonは3.7から@dataclassが使えるようになり、今その辺がホットらしくて、ごっそりと教材の書き直しを余儀なくされた。

Railsなんてもう、毎年作り直すぐらいの勢いで教材を書き換えている。この辺の代謝の速さには、いささか辟易している。
ずいぶん前は、before_filterが使えなくなって、before_actionになり、しばらく前はFactory GirlがFactory Botへと名称変更になった。「推奨コード」も、どんどん変わる。ボーッとしていると、”XXXX” is now obsolete.”(あんたもう、時代遅れだよ!)なんてメッセージが出てくる。

そうなんですけどね、前述の例題。
「3の倍数の時は『hoge』、そうでない時は普通に1, 2, 4, 5とする」という例題。
これ、元ネタが何かと言えば、あの方。単なる例題としてみれば、課題としては「こうしろ」という指示を出すだけだから、別にどうってことない例題だけれど、元ネタが何か知っている人に言えば、同じ例題でも、ちょっとだけ楽しみながらプログラムを書いてもらえる。そんなつもりで例題設定した。

そうなんですけどね。とっても失礼な話題の持ち出し方だが、これって、落ち着いて考えてみると、「だから何?」「だから、それがどうした」みたいな話題な訳であって、「3の倍数だけ”hoge”にする、それはわかったけど、何か特別な意味でもあるの?」みたいに受け取られてしまうと、結局「例題のための例題」でしかなくなってしまう。

オペレーティングシステムで使うコマンドの、tarは、”Tape Archive”で「テープ」ってなんですか?ってな質問があったとしたら、「昔はね、磁気テープってのにデータを保存していたんだよ」ってなことになり、未だにコマンド名としてはTapeは生きている。新しそうで、意外と古臭いものが生き残っている世界。そんな中で、この「3の倍数」は、今どうなっちゃったのか・・・いつまで、この「例題」に「特別な意味」を嗅ぎ取ってもらえるのか、わからない。

もしかして、もう既に「3の倍数の時だけ・・・」って、何ですかそれ、って人、いたりして。

コンピュータがらみのこの業界も、新陳代謝が激しくて、しんどいな、とか思うけれども、もしかしたら、あの「3の倍数」の業界の方々も、大変なんだろうなぁ。そもそも、冷静に考えてみると、あれって、一体なにが面白かったんだろう、なんて気分にもなってくる。不思議。

で、既に賞味期限切れの話題を持ち出して教材に埋め込んで、あわよくば授業で笑いを取ろうとしているあんたは、何なんだと、言われてしまうと・・・

やっぱり、そこに来るよなぁ・・・