勝者の歴史

なんというんだろうか、トラウマというか、フラッシュバックというか・・・
(結局ここのところから自分でなんとか克服というか、消化しない限り、僕は元には戻れないというか、「仕事に専念」なんて、難しいんだろうかと思い知った気もしている。
なぜ僕は、あんな私生活が根こそぎ外に漏らされる事態になったのか、何が悪くて、僕はどうすべきだったのか、答えが出ないまま放置。何を思っても一切言葉を発さない、それが「正解」の一つだとは思うけれども、本当にそれが正解だったのか、どうしても納得できない、考えても思い出しても、糸口が見つからない・・・)

それはさておき、体からまた、力が抜けるような気分で、書くことはきっと、僕なりのセラピーなんだろうと思いつつ。

イラク首相が現地入り、「大きな勝利」 モスル奪還作戦
(https://www.cnn.co.jp/world/35103981.html 2017/07/10引用)

まだ、ISが掃討された訳ではなさそうで、加えて言えば(他のサイトでも指摘されていたけれども)ISに共感する人たちが全世界に散っている。こういう状況下では「爆弾テロ」の多発がもっとも懸念される、と僕も思った。
一度何かが起きれば、もう元には戻らない。未だに麻原彰晃を尊師と仰ぐ方々は多数いるようだし。
相当の時間がかからないと、いや、いくら時間が経っても、もうIS前には戻らないんだろうな、と思った。

なぜISが生まれたか。ここには、相当にアメリカの「ミス」があったと僕は思う。イラク戦争後、「勝者の論理」で敗者側の立場、言い分、宗派間の微妙なバランスなど一切考慮せずに、表面的な「勧善懲悪」の大舞台ストーリーに仕立ててしまった。そこからISを設立する強いモチーフが生まれたんだろうと思う。(そう言う流れの主張をNewsWeekのページで読んだ気がする。)同じ失敗を繰り返すべきじゃない。

ISの兵士が投降するとは思えないけれども(投降と見せかけて自爆に巻き込みそうだ・・・)・・・
ただ、もしも彼らが捕虜になったとしたなら、可能な限り人として接して欲しい気がする。

遡って、あることがどうしても思い出される。(厳密に言えば、僕が経験している訳じゃないから直接思い出している訳じゃなく、戦友会の方々とか、遺族会の田所会長だののお話を思い出している、ということだけれども、)太平洋戦争の後のBC級戦犯の裁判。有無を言わさずに有罪にされて、裁判で処刑された方々が相当にいらっしゃったと聞いている。しかも、そうした「戦後裁判」を有利にするために、時には事実を捏造した事例すらいくつもあり、それらの「捏造された事実」の方が今になっても延々と蒸し返されたりしている。1945年当時、連合国側(アメリカ、イギリス、中国、オランダ、オーストラリアなど)は、日本人憎しで裁判を進めるため、日本側の証拠のある主張など一切採用せずに、一方的に「事実」や「状況」を認定して裁判を進めた。(と聞いている。)
南京大虐殺にも、それに近い状況がある(数百名の殺害はあったらしいが、それがいつのまにか数十万人に膨れた)と、聞いたり、読んだりしているが、僕がそうした日本側の根拠に基づくことを、こうして書けば「妄言だ」と言われるんだろうなと、思いながらも、書いている。悪いけれども、僕にはわからない。当時いた訳じゃないから。
ただ、技術屋として言わせてもらえれば、もはや戦後裁判ですら遥か過去のことなのに、改めて当時の話を蒸し返すのならば、具体的な根拠とか当時の証言などは、連合国側からのものだけではなく、両方の側から集めて整理して事実や数字を出すべきだと思うのだけれども、「歴史」に公正性は期待できないのかも知れない。歴史は常に「勝者」によって語り継がれる。

わかりやすい例で言えば、今でこそ「和食」が世界で知られるようになったけれども、捕虜に「ゴボウ」だとか「納豆」だとかを食わせた食事係の兵隊が「木の根や腐ったものを食わせて虐待した」として死刑にされたケースもあったらしい。「申し開き」をしても聞いてもらえなかったとしたなら、どれほど悔しかったんだろうかとも思う。名誉を回復できない方が、どれほど多いか。戦勝国アメリカに対する恨み節・・・が、さぞかし大きかと思いきや、日本人はそれを「忘れる」ことにした。たぶん。
しつこく言い続けていれば「右翼」とラベリングされる、と思う。

何よりも日本人自身が、そうした「戦後教育」を受けた。そうなんだ、我々日本人は「残忍」なんだと繰り返し言われていれば、そうなのかなと思ってしまうが、東日本大震災の後で、暴動も略奪も起きずに、東京なんかでは交通機関が麻痺しても、みんな黙々と歩き続けていたらしくて、それが、昔から何も変わらない日本の風景だと私は思うのだが、なぜ、どうして我々はそんな「残忍」な民族にされてしまったんだろうか。
今では、世界でも多くの方が、大震災だとかが起きた時の日本人の「ごく、当たり前の一般的な振る舞い」を見ているはずなのに、なぜか歴史の記述になると、日本人は「冷徹で残忍」にされてしまっている。

日本軍が人肉を食べる映画!?アンジェリーナ・ジョリー監督映画が不安
(https://matome.naver.jp/odai/2140216168939357001 2017/07/10訪問)
どういう描き方をするのか、この話題は相当に気になった。いわゆる「南方戦線」では制海権を押さえられて、完全に食糧補給を絶たれていたから、パプアニューギニアで生き延びた日本兵は、友軍の兵士で先に力尽きた日本兵の肉も食べている。敗走に次ぐ敗走で、歩くのもままならない、銃口を頭にあて自決しようとしても、引き金を引くだけの体力がなくて死ぬに死ねないと泣く兵士がいて、そうした状況で、かろうじて生き延びるために人の肉も食べている。そうした「食人」の「状況」まで描いているのか、単に「日本兵は残虐だ」と描きたいのかが、とても気になる。

テレビ西日本の馬場明子ディレクターが、パプアニューギニアでの日本兵の話を取材してテレビ番組を作られた。僕も、この時に現地ガイドとして同行して、取材での通訳をやった都合上、90分番組のフィルムで何度も画面に出て、喋っている。(若かったなぁ・・・)
螢の木 ニューギニア戦線の鎮魂
http://www.michitani.com/books/ISBN978-4-89642-363-1.html
(余談ながら、当時ニューギニア滞在3週間の間、僕は髭を伸ばし続けて、ディレクターの馬場さんに「後で編集が大変だから、髭を伸ばすのはやめて欲しいんだけれど」と、やんわりと言われて、その意味が、後になって理解できた、という唐変木の私。)

彼ら、日本兵の多くは徴兵で、全く戦争などに参加したくなかったのに無理やり「兵隊」にされた方々で、元の職業は農家だったり、うどん屋だったり、テイラーの裁縫師だったり、様々なのに、どうかとすると十把一絡げで「日本兵は残虐」のステレオタイプで描かれ、さらには人肉食の部分がえらく強調されているようで、しかも「生きたまま食われた」なんて、どこでそんな話が出てきたのかと思う。
少なくとも、ニューギニア戦の現場で聞いた話とはかなり違う気がしたし、捕虜を虐待しなかった収容所だってかなりあったようなのに・・・というよりも、捕虜虐待の話が(間違いなく事実だろうけれども)一箇所でもあると、それが全てにされてしまう。

「人体実験」の部分も、戦後のどさくさで「事実」に反する「通説」がまかり通ってしまっているようで、「化学兵器」の研究をしていた事実はあり、いわゆる「治験」に相当する研究が進められていた(それも、相当に科学的な手順を踏んで)ということはあるという(日本側の)資料が残っているらしい。そうした部分については中国側などにも理解を得た上で「化学兵器の廃棄」を中国と共同で行なっていると、(いわゆる右翼系のサイトでは)書かれていた。私自身はその「根拠」となる資料を直接読むまでは、何とも言えない。ただ、資料に基づいて、一つでも「通説」に反論したい姿勢には共感している。確かに「あった」のかも知れないが、連合軍の裁判の場合には「あった」ことを裏付ける日本側の資料とかが見つからないものが相当にあるらしい。で、国際連合は「連合軍」が母体だよな、と言う「右翼系」の方の発言は確かによく耳にするけれども・・・

結局、この「日本兵は野蛮で残忍」というステレオタイプは、欧米などの教科書でも書かれているんだろうか。それを「後世の人たち」に正当化しておかなければ、戦後裁判の非公正さがすぐに明るみに出る、ということなんだろうか。
「小説」ということは、フィクション?ではないのか?フィクションなど、さらに尾ひれがついてどんどんエスカレートさせている国がある。

「慰安婦」問題を知ろう

日本政府に対する国際社会の声


のサイトから、海外の「議会決議」も拾った。

米国下院「慰安婦」決議(2007.7.30 可決)
オランダ下院「慰安婦」動議(2007.11.8 可決)
カナダ下院「慰安婦」動議(2007.11.28 可決)
EU議会「慰安婦」決議(2007.12.13 可決)
韓国国会「慰安婦」決議(2008.10.27 可決)
台湾立法院「慰安婦」決議(2008.11.5 可決)

この各国の決議にあるような

日本政府による強制軍事売春たる「慰安婦」制度は

の一文、当時の新聞には慰安婦を募集する広告が出ており、高給取りであり、強制的に収奪された方々の場合には、その人身売買の当事者は圧倒的に朝鮮人が多く、政府の関与ではなく民間事業者による行為だ、というあたりは、Wikipediaに出ていた。

軍慰安所従業婦等募集に関する件
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%BB%8D%E6%85%B0%E5%AE%89%E6%89%80%E5%BE%93%E6%A5%AD%E5%A9%A6%E7%AD%89%E5%8B%9F%E9%9B%86%E3%81%AB%E9%96%A2%E3%81%99%E3%82%8B%E4%BB%B6

ここに読める「状況」と、国連レポートとが乖離しているように思える。当時の状況を、少なくとも日本側の立場に基づいて、かつ、歴史的な資料に基づいて(両論併記でもいいから、)軍の関与があったのかなかったのか、反映させられないものかと思うが、2014年の国連人権委員会ではこう書いている。

Concluding observations on the sixth periodic report of Japan(CCPR/C/JPN/CO/6)
http://tbinternet.ohchr.org/_layouts/treatybodyexternal/Download.aspx?symbolno=CCPR/C/JPN/CO/6&Lang=En
ここ

14. The Committee is concerned by the State party’s contradictory position that the “comfort women” were not “forcibly deported” by Japanese military during wartime but that the “recruitment, transportation and management” of women in comfort stations was done in many cases against their will, through coercion and intimidation by the military or entities acting on behalf of the military.

上記Wikiからの記述は、以下の通りで

1933年、少女たちを誘拐し、売春宿に売り飛ばしていた朝鮮人誘拐団のトップが逮捕された事件[9]、1936年には農村の女性を騙して満州に娼妓として売却しようとしていた朝鮮人を逮捕[10]、1938年には17歳の二人の少女に満州での就職をもちかけて誘拐し、自分に親権があるかのように委任状を偽造して遊郭に売った朝鮮人紹介業者が逮捕され[11]、1939年には日本女性を騙して中国へ売り飛ばそうとしていた朝鮮人が逮捕[12]、 また同年には、1932年から各地の農村を歩き回って「生活難であえぐ貧しい農夫達」に良い仕事があると騙し、約150人を満州や中国本土などに売っていた朝鮮人が逮捕され、その朝鮮人から50名ほどを買った京城(現ソウル)の遊郭業者を警察が呼び出すと、それを察知してその女性たちを中国に転売した事件(朝鮮南部連続少女誘拐事件)が発生していた[13]。
以上のように、朝鮮人が女性を甘言・誘拐により、売春宿に売却しようとして日本の警察に逮捕された例が数多く報道されている。

つまり、明らかに国連人権委員会は、日本側の言い分、日本側が精査し軍の関与があったのか、なかったのかの日本人による議論の経緯やその歴史的な証拠などを一切鑑みることなく、一方的に「被害者側」の言い分だけに耳を傾けて、勧告を出していると、私には思われる。
Clearly, to me, UN Human Rights Committee did not examine the Japanese historical materials, and the discussion held by Japanese on the both standpoints of the participation of the military, but one-sidedly listen to the points explained by the “victims.”

朝日新聞などにも同じことを言いたいが、もしも、日本側の主張が、何らの捏造もない当時の資料に基づいた事実認識であり、それを誤りとする国連人権委員会の認識の方が誤りであったならば、国連人権委員会は、適切な決議を行なって、日本政府や、全ての日本人に謝罪すべきではなかろうか。
I want to say the same thing to Asahi Shimbun also, but if Japanese opinions are based on the facts led from primary historical materials, free from forgery, and the UN Human Rights Committee’s report were wrong in concluding that “Japanese government does not accept the historical facts,” when it had turned out that Japanese side did not lie, THEN, I hope UN Human Right Committee should apologize to Japanese Government and all Japanese people to resurrect our pride.

それと、ここ

(d) Education of students and the general public about the issue, including adequate references in textbooks;

ここで言う adequate references in textbooksと言うのは、何のことなんだろうか。
欧米で、世に溢れているであろう「日本人は残虐で・・・、慰安婦は一日に20回から30回サービスを提供し、日本兵は人を食い・・・」的な教科書に、慰安婦は強制連行されたと追記しろ、と言うことだろうか。

欧米の教科書っていうのは、一体日本に関して何を書き、どんな日本側の資料を根拠として日本人について書いているのか、気になる。たぶん、根拠もなく決めつけた教科書が未だにまかり通っているから、いつまで経っても、何かがあると、例えば、アンジェリーナ・ジョリーのような人が、人肉食を扱う映画を作るだとか、そう言う話が出てくるんだろうか。
あの人の場合には、歴史家ではなくエンターテイナーだから、面白くてヒットすればいいんだろうけれども、正直な話(実際に見て見ないことには何とも言えないが、)ニューギニア戦で亡くなられた方々が、相当に不快に思われるだろうなという気はする。

日本史の授業で、黒羽先生がおっしゃっていた話を思い出した。
蘇我入鹿や蘇我蝦夷の親子。蘇我の「蘇」とはチーズを意味する。入鹿はイルカで海の動物、蘇我蝦夷のエミシは、大和民族とは別民族で、北の異民族、蛮人の意味合いを込めた言葉でもある、と先生はおっしゃった。果たして、そんな名前の人が実在していただろうか、「自分の名前」に動物とか蛮族を連想させるものをつけていただろうか、つまり「蘇我入鹿、蘇我蝦夷と言う名前は、本名ではなく、後の世に歴史を残した人が悪口のようにつけた、今で言えば「臭屋のカバ夫」みたいな名前を、歴史を編纂した人物が勝手につけた(おそらくは、敵対していた側が名前を付け替えた)結果ではないか。
つまり、「歴史書」が真実であるとは限らない、勝者の側が書き記した歴史を読むならば、敗者の側の記録も克明にたどらなければ、真実には辿り着けない、と、そんなお話だったように覚えているんだけれども、もし僕の勘違いがあったなら、きっといずれ、同級生に文句を言われると思います。

ただ、日本史に登場する人物の名前で、あまりにも「人名らしくない」普通、高貴な方々の名前には使われない漢字が当てられているような場合には、名前だけではなく事実すらも「捏造」を疑うべきだ、と言うことは、今も昔も共通かも知れない。
そうして、蘇我入鹿さんとか蘇我蝦夷さんなんかは、もう、永遠に「名誉」を晴らす機会も、本名を知ってもらう機会すら失ったのかも知れない。歴史なんて、そんなもんなのかな、とも思ったけれども。

欠席裁判なんて、サラリーマン時代は、いくらでも経験したな、とも思う。
本人の(私の)いない場所で、あることないこと言いふらしてくれた同僚Nがいた。(しつこいな、まだ覚えている。)いや、僕も悪い。こういう性格だから。
大学なんかでも似たようなもんで、そこはそれ、「権力」に擦寄らなかったら(平気で上の文句を口にしていたりなんかしたら、)まぁ、ロクな目には合わない。そういう体質の強い組織っていうか、ワンマン経営とか同族経営の企業とかだったら、日常茶飯事かも知れない。ただ、明らかにサラリーマン社会では「私は誤り」なのだと、その点だけは自覚している。

いや、日本が韓国にどれだけ主張し、どれほど歴史的な資料を提示しても、「妄言だ」とか「捏造だ」とか言って、取り合ってもらえないんじゃないかと言う気がするし、欧米人から見たら「日本人は野蛮で残忍で」という教育が根底にあるなら、結局「敗戦国の主張」は一切顧みられないのかも知れない。

盗聴や盗撮。僕の何が悪かったのか知りたい。悪いことをしていないと思っているのなら、誤ってくれなくてもいい、私のどこが悪かったのか、それを教えて欲しい。それがわからなければ、僕は次に行けないかも知れない。
あれも、これも、相手がどうしてそんなことをしたのか、相手側の理由がどうしてもわからないことが多すぎる。

アンジーは、なぜ、あんな映画を作ろうと思ったんだろうか。理由が知りたい。ニューギニア戦で、有無も言わさずに戦争に駆り出されて、食糧補給がなく、食えるものは何でも食った(友軍の日本兵の死体を食う前に、死体から湧いていたウジがコメのように見えて、それも食った)という状況に置かれて、結局ご自身も力尽きて亡くなった方々が、その映画を見て、納得できるような作りになっているんだろうか。

それ以前に、「徴兵制」を敷いている国家に対して、国民を無理やり兵士にして、状況によっては戦場で他人を殺させ、本人も死なせる危険性が大きい、国家が行なっている「徴兵」という行為について、国連は「人道的に問題がある」としないんだろうか。国連人権委員会が徴兵制を問題にしないのならば、なぜ、国連人権委員会はそれを問題にしないのか。よく言われている通り、やはり政治的だからだろうか。

もう、負け犬の遠吠えなんて、見苦しいだけだから、もう書くのはやめたら・・・とは思うのだけれども・・・

そうして、世界はインターネットの時代に、IS後に、もう突入している。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です