もうちょい南

もうちょっと南に落ちていたら、中国・台湾の漁船が大量に出ていたんじゃないのか?(サンマにはちょっと早い?)

ちなみに、前回の2発が落ちたあたりには、北朝鮮の漁船がいたはずだと思う。

当たらなかったんだ。残念、ハズレだね。台湾船に当てちゃいかんが。

北朝鮮がミサイル発射、日本上空通過:識者はこうみる
http://jp.reuters.com/article/northkorea-japan-finance-idJPKCN1B907D

サンマ争奪戦 ~どう守る“日本の秋の味覚”~
http://www.nhk.or.jp/gendai/articles/3701/1.html

sanma

 

あれこれ

面倒くさいから、書こうか、書くべきじゃないんか、とか、そういうことを考えるのはやめた。思いついたら、とにかく書くだけ。と、アップする前に眠ってしまった。朝起きたらミサイル発射・・・。再び、面倒くさいからほとんどそのまま。

花咲徳栄。
少し前のページで、埼玉に夏の甲子園優勝旗が「来たぞー」って時に、高校名を間違えた。埼玉徳栄って書いた。
花咲徳栄の高校関係者の皆様、高校名を間違えてごめんなさい。加須市の皆さん、ごめんなさい。こう言っちゃなんですが、僕は学生の名前も間違ってばかりで、固有名詞を覚えるのはとにかく苦手で・・・埼玉栄がどこかに引っかかっていて、埼玉・花咲徳栄→埼玉栄→埼玉徳栄になっちゃったかも・・・。申し訳ない。腹は切りませんけど。とりあえず、気になっていたので、訂正とお詫びを兼ねて・・・

クルド人の独立国家。
煽っちゃった。ごめんなさい。独立を問う住民投票は時期尚早だと思う。
とにかく、「国土面積が広い」ことが「優れた国家」だという錯覚が根強い。その錯覚に基づいて、「国家が分断して、自国の一部が別の国家になる」ということに抵抗感を持つ人が、圧倒的多数だと思う。
煽っちゃったけれども、僕自身の感覚の時間軸は、たぶん相当にズレている。気長に主張を続ければ、必ず実現するとも思う。

ただ、たった今、インターネットの普及が現在進行形で劇的に世界を変えている今、「文化」の違う相手を「一つの国家にしておく」ことが不自然だという感覚は、徐々に、だけど、確実に世界中に浸透していると感じる。10年単位で。イギリスからのスコットランドの独立の動きとか、スペインからのバスクとかカタルーニャの独立だとか、申し訳ないけども、僕は、どんな文化がクルド民族らしいのか、カタルーニャらしいのかとか、そういうことは全く感覚的には理解できていないけれど(ごめんなさいって、謝ってばっかり)、「違いがあるんだから、それぞれが別々の道を生きようよ」という流れが、あるなら、「それならわかった。仕方ない、別れよう。」ってなる時が来てもいいんじゃないかとも思う。(なんだか、別の話みたい・・・誤解のないように。)でも、「無理して一緒にいるのは、やめようよ」ってなことになるのに、そんなに時間がかからない気がする。

「観光」なんていうのは、確実に「武器」にできると思う。人は、日常の”mannerism”に飽きる。だから日常を抜け出すために、普段とは違う「文化」を求めるものだと思う。イラクやトルコの「国内」に、「非日常」の、イラクやトルコの文化とは異なる「生活空間」があることを知れば、そこに足を運んで、「違い」を「楽しむ」ことができると思う。それは、中国の「新疆ウィグル自治区」だとか「チベット」とかも同じだと思う。そうした「非日常」の中から、違いを理解して来たなら、クルドの人たちが、チベットの人たちが、ウイグル族の人たちが、あの人たちは自分たちとは違う価値観で生きているんだと、自分たちとは「違う社会を求めているんだ」と、ゆっくりと、自然に理解して行けたなら、きっと、(とりあえずは、イギリスや、スペインで、)例えばトルコ全土の住民投票でクルド独立を問うたとしても、”those area”の”independence”を認める票が上回る、それが自然だという状況に持ち込むことは、可能だと思う。というよりも、それが「平和的な独立」を世界中で実現するための「一般的なプロセス」になって欲しいと強く思う。

北朝鮮。
言いたいことはただ一つ。日本人拉致被害者を返せ。それだけ。目的は、ただそれだけ。
その目的を実現するためには、金正恩に「実権」から降りてもらうしかないかな、と数年前に思った。
私なんか、市井の一ブロガだから、何を書いたってどうせ関係ねぇだろ、ってな感じで(別のサイトで)煽ったけれども。とにかく、動き始めたな、という気がする。中国やロシアなど、まだ自分たちが北朝鮮をコントロールできるつもりでいるかもしれない。ただ、金正恩は自分以外の存在が何を求めているかなど、全く気にしない。
言いたいことはただ一つ。日本人拉致被害者を、日本に返せ。それだけ。ただ、日本が何を言おうが聞く耳など持たない。無論、中国もロシアも日本の立場など考えもしない。金正恩が動くことで、ようやっと事態が動き始めたと思う。アメリカも中国もロシアも、ようやっと本気で動き始めた。その意味で、ここまでは理想的な展開かも知れない。難しいのはここから先の舵取りか。
北朝鮮上空からの物資投下なんて、手っ取り早いと思うんだが、結局根気よく締め付け続けるしかないんだろうな。再三繰り返すが、拉致問題を解決するためには、金正恩を排除する以外の選択肢はないと思う。どこかで臨界点を超えた時に、「国連軍」が再結成されるまで、これ以上の日本人の人的被害を出さない(拉致の過程で殺された人が何人もいるはず)こと、だと思う。

アメリカンヒーロー。
ハリウッド映画なんか見ていると、最後は殴り合いの格闘技。あるいは、銃での殺し合い。見飽きた。
北朝鮮が口にした「悪の総本山」(日本語訳)でしたっけか?あ、当たってるかも、と、思った。だって、そういう殺し合いの暴力を描いた映画を、世界中に輸出して、そういう思考回路の人たちを煽っているんだもの。似た者同士だとは思うが。

1945年から1980年頃にかけて、世界中で多くの植民地が独立した。今、世界が一気に「小さく」なって平準化し、価値を共有して共通点が目立つようになったからこそ、世界とつながる中で多くの国が「独自性」を求めるようになっているのかも知れない。だとしたら、これから数十年かけて、「独立国家の誕生」の第二波が来るのかも知れない。

寝る。と、一通り書いてから朝読み返すつもりで寝ちゃったんだっけ。ミサイル?知らね。仕事しよ。

一次データ認証制度/プロトコル

ロシア人がスターリンが何者かをあまり知らなかったらしいのには驚いた。

プーチンのおかげで高まるスターリン人気
http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2017/08/post-8294.php

ヒットラー以上の、ポルポトに匹敵する独裁者じゃないのか?と思っていたら、記事を読んでどうやらこの辺りに原因がありそうだと思えたのは、これ。

70年代にモスクワで育ったジャーナリストのマーシャ・ガッセンは、スターリンについて「学校では教わらなかった」と言う。「まるで存在しなかった人物のよう。スターリン時代は丸ごと歴史から消されていた」

歴史を直視して、ありのままを教え伝えることの大切さ。

前にも「僕は、朝日新聞頭だった」と書いたけれども、日本の教科書は「正しい歴史を伝えていない」という主張を、比較的そのまま信じていた。ところが、インターネットであれやこれや、資料が取れるようになってみると、最も象徴的なのが「強制連行」だったけれども、日本の教科書などかなり「まとも」で、「日本の歴史教育は嘘を教えている」と騒いでいる中国や韓国の「歴史」の方が、よほど「史実に基づいていない」という「現時点での理解」に振れている。そうか、ロシアもか、と思った。共産圏と軍事政権の「教育」における「歴史」は、全く信じるに値しない。それが現時点での私の結論。韓国は今は「民主化」しているけれども、軍事政権時代の「歴史の捏造」が全く改められることなく現在も生きている。

こんな話

小池百合子都知事、関東大震災朝鮮人犠牲者追悼式への追悼文断る
http://www.sankei.com/life/news/170824/lif1708240029-n2.html

があったけれども、これは私は、小池都知事の判断を支持する。数字がどこまで「盛られて」いるのかわからない。6000人という数字。いや、数字さえそれなりに「根拠がある」なら、これは日本人の恥ずかしい過去だと思うし、絶対に忘れてはならない事実だと思うけれども、「数字の捏造」の可能性があるなら、そもそもがその行事自体に関わるべきじゃないという判断も、(それがベストかどうかは別にして)自分にとっては支持できると思った。(東京都民じゃないが・・・)公的な立場の人がそこで6000人を追悼したならば、仮に「捏造」があったとしても、その「捏造された史実」を認めたことになる、という論理は、(いや、理系的にはよくわからないけれども、これまで世間で聞かれる「慣例」的な根拠としては、)有り得てしまうから、危険なので、関わるべきではないと思えた。

ここまでは、「話の枕」であって、本題ではない。「起承転結」の「起」の次の、「承」に移ろうか。

こうした「歴史的事実の捏造」は、今後どうなるのだろうか。今のように、誰もがYouTubeや、Facebook, Twitterなどに動画などをアップできる時代、現場の映像は、ことごとく「歴史的な証拠」として記録を未来につなぐことが可能だろうから、例えば、「天安門事件」の当時にYouTubeがあったなら、「今現在」の中国の「歴史」にも相当に影響を与えていただろうなと思う。

映像記録もそうだし、リアルタイムにアップされ続けている「一人一人のつぶやき」は、重要な歴史資料になり得るだろうと思う。ただ、あまりにも数が多すぎて、そこから「史実」を抽出するのは、逆に資料が多すぎて困難、なんてことになるかもしれないけれど。

ただ、技術屋のはしくれとして思った。今でこそ、リアルタイムにとか、一旦写真にしたものをアップする、なんていう手段を使う過程で、「偽造する」ことはそう簡単ではないとは思う。ただ、ここにAIとか使えば、例えば、ドライブレコーダで交通事故を起こして、100%自分が悪いのに、まるで相手が信号無視して突っ込んできたみたいに「記録」を改ざんして「証拠にする」なんていうことが、簡単にできる時代が10年もしたら来るだろうと思えた。もしかしたら、そんなに時間はかからないかも知れない。それができる技術屋は、今や世界中にいる。
ドライブレコーダに限らず、「防犯カメラの映像」に、犯人に仕立て上げたい人を写り込ませて、それを警察に提出することだってできるし、今の技術でそれは簡単にできる。

いや、僕の師匠の講演会。YouTubeなんかに投稿されている「心霊映像」の、半分以上は「編集」で「作り上げた偽物だよね」という話があって、ということは、裏を返せば、何割とかは、本物が存在している、ということになる。その本物と偽物の見分けがつく人が、どれくらいいるんだろうかなぁ。僕には自信がありません。いや、わからない人に「霊の存在」を証明する手段はないと思っているから、技術屋としては深入りはしないけれども、僕には「真実」を100%見抜く能力は、悲しいながら、ありません。「皆さん、全員が中身は霊だよ、」という話もあるんだが・・・それはさておき。(このあたりで、「起承転結」の「承」は終わり。)

今はまだ、「誰にでもできます」という時代ではないと思う。だけれども、こうした「動画投稿」だとかが、「捏造」の温床になる危険性は孕んでいると思う。現実問題として、警察や裁判所は、映像の「真実性」をどの程度、あるいは、どんな根拠を持って認定しているんだろうか。「捏造できる人がいない」という前提に立っていないか?だとしたら、いずれは裏をかかれる時が来ると思う。(こういうことばっか書いてるから、犯罪者扱いされて、人生を壊されたんだろうけれども・・・いや、今はもう公安・警察などを恨んじゃいませんし、仕方ねぇかなと思うことにはしているが、またしても話が逸れたか・・・。)

もし、「犯罪抑止」の視点で「防犯カメラの映像」だとか「ドライブレコーダの記録」などを警察や司法で使いたいならば、その「一次データとしての正確性」を認証するメカニズムが必要になると私は考えた。
いくつか考えられる範囲で言えば、「記録デバイス」などが公的機関などの認証キーを用いて「編集不能」な形で保存する機能を持つこと。あるいは、リアルタイムで「公的な記録システム」にデータ伝送し、ローカルな保存ではなく、クラウドに記録データの本体を置き、そのクラウド側のシステムに「公的な認証メカニズム」を組み込むこと。(これは、トラフィックが膨大になる上に、サーバのキャパシティが実現可能な範囲を超えるように思えるから、実現はできない気がする。いずれできたりする世の中になったりするかも知れないが・・・)決定的な「具体策」は思いついていないけれども、何らかのこうした「公的な、一次データとしての証明」のメカニズムは必要だと考えた。それができなければ、「防犯カメラの映像」も、「ドライブレコーダの記録」も、裁判の証拠として使えない時代がすぐに来てしまうと思えた。

もし、テロリズムなどの国際的な犯罪に対応するならば、こうした「公的な機関」が国際的に中立なものでなければならない、と考える。なぜならば、例えば、共産党政権の某国政府だとか、元共産党政権で現在はスターリン崇拝者が増殖している某国だとかの場合には、自国の政権に都合のいいように画像データを書き換えた上で、改めて、タイムスタンプを改ざんして「これは、間違いなく一次データです」と認証するシステムを作ることなど、朝飯前だろうと思えるから。言わせてもらうなら、すぐそばの売春婦の国でも事情は同じ。「事実の偽装」など、国家レベルで平然と行う国もある。というよりも、国家にその「認証」を任せていたら、少なくとも「国家がらみの犯罪」については、技術的にには、「改ざん」してから「一次データです」としてデータベース保存する、なんて、朝飯前だろうと思えるから。SSLの認証局以上に、客観性や中立性が担保されている「国際的機関」が必要になる気がする。

リアルタイムにAIで「記録映像を捏造する」なんてことは、論理的には可能だと思う。目の前で人が殺されているのに、何も起きていない画像を配信する。(そういや、キアヌ・リーブスの「スピード」で、バス内のモニター画像を編集して、犯人にループ画像の映像を流すなんてのをやってたなぁ、もうずっと昔。)

ある意味で、「ブラックボックス化」されて「封印」されて、「無編集」であることを製造段階で「証明された」撮影機材、以外は、「裁判の証拠」などにはならない、そういう時代は、すぐそこに来ているような気がした。

えぇと、どこまでが「転」で、どこが「結」か(途中で寝ちゃったので)わからなくなったが、これで思ったことは書き尽くした気がする。スッキリしました。

紫の上

さても、少し前のページの補筆。素人による日本文化論(文学論)。

The Tale of Genji
https://en.wikipedia.org/wiki/The_Tale_of_Genji

源氏物語。約1000年前の日本文学の名作。Kindleのおかげでタダで読めるようになってから、とりあえず真ん中あたりまでは丁寧に読んだ。(まだ、最後までたどり着いていないけれども・・・一応、要約だけは高校時代に定期試験前にさらってはいます。)

もしかしたら、だけれども、日本の遊郭の文化は、この源氏物語の影響を受けているかもしれない。(いや、文学の専門家はそんなことはおっしゃらないかもしれないけれども・・・)
どの部分かと言えば、源氏が幼い若紫(紫の上)をまず養女にし、教養を授けて躾けて成長させ、何年もかけて「理想の女」に育て上げてから自分の妻にした、という部分です。気の長い話。まず形式的に養女にして教育してから、自らの妻にする。いや、もっと露骨な言い方をすれば、時間をかけて「育てて」から性的な対象とする。江戸時代の遊郭で、今で言えば幼稚園か、小学校低学年くらいの幼女を「買い取って」遊郭で躾けて「完璧」に仕上げてから「上玉」の商品として客を取らせる。何か、源氏物語の影響を受けているような気がしてならない。いえ、素人考えですが。(後でも書くが、誰でもって訳じゃなかったと思うが。)

なぜ、この話題を持ち出したか。少なくとも、この仮説が間違っていなくて、遊郭でこうした行為が広く行われていた根の部分に「源氏物語」の世界観が存在していたとしたなら、おそらく、「女をこうやって育てる」という考え方は、少なくとも昭和初期までの日本には、日本文化の一つとして根付き、(主に男によって)受け入れられてきたのではないか、という部分を主張したかった。

そして、もう一つ日本文化の底流にあったのは、これだと思う。

Bushido
https://en.wikipedia.org/wiki/Bushido

武士道は、たぶんだけれども儒教精神に基づく。虚飾を嫌い、質素を尊び、忠誠を説く文化だと私は理解している。旧日本軍の中にも、この武士道は深く浸透していたと、実際に元日本兵の方々と知り合う機会を得て感じた。一方で、現実には暴力行為も少なからずあったからしい。それは否定しない。全ての人間が理想的な振る舞いをする社会など、考えにくい。

卑近な例としては、3.11の大地震/大津波の後、略奪などの社会的な混乱は全く見られなかった、その一方で、東北の津波の被害現場で、廃墟と化した街の空き家に、金庫などを収奪する人たちが現れたというニュースがあった。わかりやすい。皆無ではない、けれども、日本人のマジョリティはそちら側には走らなかった、と言いたくて引き合いに出した。

同じように、旧日本軍の中にも、理不尽に部下に暴力を働く「上官」たちが多くいたことは、様々な文学(創作物)で読めるけれども、同時に底流に武士道があったことも読み取れると私は思う。美しく描きすぎるのもおかしいが、やはり少数派は少数派でしかない。そうした国民性があったからこそ、関東大震災でも、東京大空襲でも、阪神淡路大震災でも、東日本大震災でも、略奪行為は相当に少なかったと私は理解している。(正確なところは、別のサイトで確認していただくとして・・・私は自説を自分のブログで書いているだけ。)

韓国であれこれと主張されている話で、「従軍慰安婦の強制連行」の、「強制連行」の部分は、朝日新聞が広めた一人の作家の虚構だと、すでにほぼ、十分な証言が得られていると思う。右寄りの方々の言葉を借りれば「捏造」である。幼女、童女を日本人のバイヤーが買った。(たぶん、「誰でも」って訳ではなく、不細工な女の子は買っていないと思う。商品の仕入れと同じ。「性的な対象」なだけではないから。)それは、おそらく事実としてあったと私は考える。但し、本人にとって「強制」でも、「商取引」だったと私には思える。同様に、朝鮮戦争の際に「ジープで女の子を連れて行った」話も、事実としてあったんだろうけれども、「日本軍」はそこには関与していないとも思う。時間が経ちすぎているから、様々な話が入り混じったけれども、ちょっと旧日本軍の話として考えにくい話題が展開されて、どう見ても「フィクション」にしか思えないのは、当時の日本人の生活感、行動規範とかけ離れている描写が少なくない点で、それは、(たぶん、朝日新聞の記者などにも、日本文化の源流を全く知らない人があれこれ書いているということもあるからだろうけれども、)海外での創作(フィクション)が加わったからだと思える。そうした海外での創作という状況が、顕著になったのが映画「軍艦島」で、軍艦島については、現実に韓国からの徴用工だった方からも「脚色が過ぎる」旨の指摘を得ているらしい。日本人からしたら、違和感があり過ぎる。それなのに、日本文化を知らない人が見たら、「事実」に見えてしまうことが数多く描かれ、そして主張されている。特に、明らかに「一次資料」として残された内容と矛盾するストーリーが横行している部分で、日本人にとっては「どう考えたって、おかしいでしょ」が、海外の方々に通じないことが我々から見た苛立ちの原因となる。
「論理的な正しさ」や「事実に基づく主張の正当性」が、必ずしも通用しない。それは、トランプ大統領の就任で証明された気がする。だからこそ、余計に危機感を抱く。そうした「嘘も百遍言えば本当になる」が「本当」になっちゃった今となると、日本政府の「放置」を責め立てる「右翼」の主張に、どうしても共感してしまう。

愚痴っても仕方ない。

どんな物事も、いい方に考えなきゃ。韓国が大量の売春婦像を世界中に立てまくっているお陰で、海外から日本への注目が集まっている。(韓国人が、どれほど日本からJICAなどを通じて金を受け取っていても、金をもらったことを一切認めないのは、相当にわかりやすい周知の事実。これも「慰安婦」は「売春婦」だと説明する材料にしやすい。)一方では、大震災などの際に略奪が起きなかった事実は、かなり知られているようで、それとあの「売春婦像の碑文」に書かれた内容とのギャップにも、やはり注目されているんだろうか。
そもそも、日本人がどんな人種か、なんてことは考えてもいなかった、知りもしない海外の方々が、先にあの碑文を読んだとすると、それがまかり通ってしまう。日本人の有志の団体が今、対抗措置を講じて、双方の動きがそれなりに注目が集まっている今こそ、その「注目が集まっている」という部分をチャンスと捉えて、海外の認識を改めていただくべきだと考える。主張しなければ、何も変わらない。
チャンスだと思えるのは、今主張すれば、もしかしたら、戦争中の「日本兵による残虐行為」だとして戦後裁判で処刑されたりした多くの日本兵の、冤罪も晴らせるかも知れないという部分である。「注目されていない」としたなら、話題にすら上らなかった行為が、注目されている今だからこそ、表に引っ張り出せる「好機」だと思えるのである。中国や韓国がくれた「千載一遇のチャンス」だと認識して、今こそキャンペーンを張るべきではなかろうか。幸いなことに、中国も韓国も「慰安婦問題」だの「南京大虐殺」だのに対して「歴史的な根拠」を示すこともなく一方的に主張するばかりで、その「主張を続ける」声の大きさ」は衰えることもなく、多くの海外の方々の「注目」を集める絶好の機会となっているし、今後もなり続けるだろうと思う。それを利用すべきだ。彼らは絶対に「国際司法」に話を持ち込まない。持ち込めない。だけれども、騒ぎ続ける。この流れを利用しない手はない。「注目される」ということは、やはり「チャンス」だと思う。

もう一つかぶせるならば、どんないいことも、どんな悪いことも、「これが日本の文化だった」という部分をどんどんと表に出して、相手に伝えて、その一例として私は源氏物語の「紫の上」を引き合いに出したけれども、世界に「日本」を理解してもらう好機とすべきだと、私は考える。

客観的にみて「誤っている」考え方は、改めるべきだ。50年以上前に日本では売春は非合法化された。他にもし改めるべき部分があるなら、今後改めたらいいと思う。それだけのことじゃなかろうか。

以上。

お手並み拝見

ここんとこ、完全に右に寄っちゃってるなぁ・・・
世界的な傾向として、右傾化傾向にある、なんて論評を読んで、トランプのことだね、イギリスのEU離脱のことだね、なんて他人事みたいに思っていた。ところが、気づいて見たら僕自身がベタベタに右寄り。インターネット、Google,(YouTube),  Facebookなどなどで、一気にグローバル化が進んで、アイデンティティを喪失しないための自己防衛なのか、その「自己防衛」で攻撃されて(?)、こちらも自己防衛で右傾化せざるを得なくなっているのか・・・。

でも、「右傾化」が「軍事行動容認」に傾くのだけは、注意深く回避しないと大変なことになるんだろうなとは思う。今現在の状況では、もう、自衛隊に頼るというのはかなり強力な「選択肢」の一つになっていると思うんだが、その自衛隊は、「平時」では「存在しないことが望ましい」存在であるという主張は、理論としては私自身も理解しているし、以前はそういう議論を展開したこともある気がする。(今、勝手に右に寄ってるけれど、この文脈では、僕は結構左に寄っていた気がする。)ま、あたしゃ、節操がありませんから。

課題は、今現在の状況で「自衛隊」に頼らずに、というよりも、「軍事力」に頼らずに「日本を守りきる」という「目的」をどうやって実現するか、だろうか。
武力に依らずに対抗できる強力な「道具」は、おそらくは「言葉」であり「知恵」だろうか、と思う。

「商店街入り口に植木鉢」有効…豪が車テロ対策
http://www.yomiuri.co.jp/world/20170823-OYT1T50027.html

このニュース、すごいなと思った。例えば、大きめのプランターを歩道の途中や、歩道と車道の境界などに置いていけば、確かに自動車テロには効果的だと思う。日本の「歩行者天国」のような、時間帯によって、という環境では、大きめのプランターに車輪をつけて(キャスターをつけて)簡単に移動できるようにしたものを規制のある時間帯に車道で、車の移動を遮るような形で十数メートルごとに並べたりしていけば、突っ込んでくる車があったとしても物理的に動きを阻止できる可能性が大きいと思える。すごい「知恵」だなと思う。
「武力頼み」なら、銃を構えた警官を配備することになるんだろうが・・・あるいは、情報戦でアジトを突き止めて、武装警官が突入し、なんていうのも有効だろうけれども、これなら、より確実に被害を軽減できる。「武力に依らずに問題を解決する」手段の一つだと思える。北朝鮮情勢が緊迫する中で、こうしたアイディアが出てくるというのは、すごいことだという気がする。

確か、共産党とか朝日新聞とか、「防衛予算の増額」なんかには猛反発したり、そうした記事を書いたりしていたと思う。今こそ「チャンス」じゃないかという気がする。武力によらずに、言葉や知恵だけで「北朝鮮情勢を収束させる」ことができるのか。できるなら、これまでの主張が正しかったことが証明できる。もし、言葉(「記事」)によっても「知恵」によっても、共産党自身や朝日新聞自身には、問題解決に近づけることができないならば、状況に応じては、防衛予算の増額とか、自衛隊の存在そのものとかに対して「理解を示す」必要があるような気がする。いや、無論、「自衛隊」に依らないばかりか、「言葉」にも依らず「知恵」にも依らない、それ以外の「解決策」を提示できるのならば、それでも「左寄り」の方々の主張の正しさの証明はできると思うけれども、何よりも今、この情勢において、(「赤旗」なんかも含めて)「言葉」だけ、あるいは、知恵だけで問題を解決することが「課せられている」ような気がする。それができないならば、右寄りの方々に「あんたら黙れ」と言われても、反論できないんじゃなかろうか。

僕は、傍観します。(関わっている時間的な余裕がないし・・・/その割には、こうして書いているけれど。)傍観しながら、「左寄り」の方々が、「一切、軍事的な手段に依らずに」事態を沈静化できるかどうか、お手並み拝見、という感じで見ていきたい、という気がした。以上。

祝!埼玉・夏の甲子園初優勝!

いやぁ・・・やりましたね!

埼玉徳栄!おめでとうございます。

なんか、素直にすごく嬉しい。だって、57年間生きてきて、夏の甲子園の決勝で埼玉勝利なんて初めてだもの。

えぇと、それだけ。

いや、ついさっきから、gccの(char)NULLのキャストでエラーが出ちゃって、NULLがヌルヌルして、とっても気持ち悪い現象が起きていて、この書き方やめて’\0’にしました。LINUXはご無沙汰だから、なんかスタイルを忘れてしまった。ここはとにかく、動きゃいい。確かに、LINUXではこんな感じだった気がする。

ここは動いた。今日は上がり。あとは寝るまで、チャンネル変えながらスポーツ番組の高校野球を見続けるだけ!

(ラジオの途中経過すら聞いてなかったから・・・)

新しい放送局の提言

眠る前、テレビを見ていたら、例によって「グルメ番組」のオンパレード。

僕の親父は、胆管癌で死んだ。亡くなる半年くらい前から、思うように食べられなくなって、ある意味で「食べる」楽しみを奪われていたかも知れない。ウィダーインゼリーだとか、ヨシケイさんのおかずだとか、柔らかい食べ物をと思って、出来ることはしたつもりだったけど、お袋が無頓着で、親父はひたすら我慢。

ついに亡くなる三ヶ月前に入院したけれども、退屈しのぎに見ているテレビが、時間帯によってはどこのチャンネルに合わせても「グルメ番組」ばっかりだと、散々愚痴っていた。「食べることができない」人にとってのグルメ番組は、ある意味での拷問かも知れない。

この放送局なら、「グルメ番組フリー」で、食べ物関係は一切番組にしないから、「安心してご覧ください」みたいな、要するに、特定のメンタル的なアレルギーも含めて、例えば、「人が死ぬシーンを見るのが何よりも嫌だ」という(割と僕もそうだけれども)人が、もし少なくないならば、「このチャンネルでは、一切殺人描写は放映しません、」とか、「このチャンネルでは、一切強盗とかレイプなどの描写はありません。」みたいに、トラウマとか病気とか、色々ある人が安心して見られる「放送局」があってもいいかな、と思った。
無論、今だからいわゆる「テレビ」ではなくて、インターネット放送局でもいいかも知れないけど。

あるいはね、一つ前に書いたページに関連するけど、「不快」なニュースは見たくない。だから「コリアフリー」のニュースチャンネルがあってもいいんじゃないかな?なんてことをふと思った。要するに見なきゃいいんだけれども、ニュースはやっぱり見たいし、だけど見てると目に飛び込んできちゃうんだもん。結構、不快かも知れない。

上位互換性

産経新聞の引用は不本意だが・・・

徴用工の懸念 韓国・文在寅大統領は黙殺 額賀福志郎日韓議連会長と会談 日韓合意も「国民受け入れられない」と主張
http://www.sankei.com/world/news/170822/wor1708220006-n1.html

大韓民国2017
これがまた、大韓民国2012との上位互換性を全く保っていない。旧バージョンで作成したファイル、じゃなかった、合意事項なんて、全部無効だから(「再交渉」って言ったって、あの売春婦像の増殖状況を見たら、実質的な破棄、すなわち無効だろうと思う)バージョンアップされたら、過去の作業なんて、全部一からやり直し、という感じだろうか。

要するに、旧バージョンと契約を締結して、例えば「借款」しました、って言ったって、次のバージョンになったら、もうファイルが開けなくなるんだから、「借金?そんなもん、納得できないから知りません」ということになる訳だし、通貨スワップだろうが、平和交渉だろうが、補償だろうが、バージョンが変わったら全部無効になる。最たる例が、大韓民国1963のバージョンとの「基本条約」だろうか。あれなんて、もう完全に形骸化して、Windows 10にMS-DOS2.5あたりのバッチジョブファイルを読ませるような騒ぎになってる。
大韓民国は、政権が変わったらもはや「別国家」として対応しなければならない、ということなんだろうと思う。それならそれで、いいじゃない。そういう対応をしたらいいだけ。
つまり、大韓民国1963の頃に作成した全てのファイル、というか「作業」は、もう意味がない。新しいバージョンに合わせて、仕事をし直すしかない。但し、今後の労力を考えるなら、そういう上位互換性のないシステムは、使わないのが一番だと、僕は思う。

「未来志向」って言ったって、おそらく次のバージョンになったら、また全部引っ繰り返る。もはや、関わりを一切持たないのが「正解」じゃないんだろうか。だって、継続性がないんだから。それが日本にとっての「未来志向」だと僕は思う。
きっと、平昌オリンピックだって、会場のいたるところにあの売春婦像が立ち並ぶ。世界にアピールしたいんだろうから、きっと売春婦像に囲まれてスポーツ観戦することになるんじゃなかろうか。大韓民国2017はあの売春婦像の増殖には一切歯止めをかけないつもりらしいから・・・

村山談話も、河野談話も、あまり好きじゃないけど鳩山さんの発言にしたって、政権が変わってバージョンが変わったら、すべからく「日本は心のこもった謝罪を一切していない」ことになっちゃった。だとしたら、文政権にまた何か謝罪したって、次にバージョンアップしたら、また「なかった」ことにされてしまうのは目に見えてる。意味ないでしょう?こんなOS使って仕事したって。じゃなかった、こんな国と関係を持ったって。
そもそもが、大韓民国1963との「条約」が、今では完全に無効化されている。大韓民国2017での司法判断を見る限り、「法律」に関する概念が、諸外国は知らないけれども、日本とは明らかに異なる。「契約」の概念が成立しない。ということは、「契約」したってバージョンが変わったら意味がない、ということだろうか。つまり、交渉するだけ無駄。

大韓民国1948が、およそ、対外的には証明できないような「歴史教育」を始めた。なぜかわからないが、そのカーネル部分だけはずっと生き続けているから、通信プロトコル(一般的な「外交儀礼」=プロトコルの意味も含めて)が一切成立し得なくなっている。言葉も事実も通じない。顕著なのは、竹島(大韓民国のいわゆる独島)の領有権問題を「国際司法裁判所」に申し立てることに、大韓民国が旧バージョンから一貫して執拗に反対している、ということだろうか。対外的な「客観性」が存在していないから、だから国際司法に問題提起することに反対している、という現実を、あの国の国内では誰も理解していない。あるいは、理解している人がいたとしても「親日派」だとレイベリングされて沈黙せざるを得なくなる。なんで「国際司法裁判所」に問題提起できないのか、なんて発想は、ないんだろうな。
現実を直視するならば、北朝鮮もそうだけれども、大韓民国など朝鮮半島の人間と「外交交渉」など成立しない、という前提で全てを考えるべきではないかと、私は思う。「交渉」したって意味がないもの。どさくさまぎれに書けば、日本人拉致被害者は、金正恩が死ななきゃ帰ってこれない。その前提で考えるべきだと、個人的には私は思う。

世界には色んな国がある。それは、ある程度は感覚的に理解するけれども、まるで一貫性のない国と関わりを持ってしまった、という前提で、日本も「反省」して、今後は関わらないことにするしかないんじゃないかと、個人的には思う。

こう言っちゃなんだけれども、平昌オリンピックなんて行こうものなら、行く先々で売春婦像の出迎えを受けそうな気がする。そのうちに、日本の「ゆるキャラ」みたいに、「売春婦像」とか「徴用工」の着ぐるみが、抱きついて歓迎してくれるかも知れない。もう、やりたい放題やったらいいんじゃないだろうか。日本は、忍耐強く「事実に基づく資料」だけを英語(だけじゃ、不十分かも知れない、スペイン語、フランス語、中国語、アラビア語、ロシア語などなど)に翻訳して、第三国に発信を続けるしかないと思う。

時代の変遷

午前中、シェルプログラミングをしていたのだけれども、インストーラを書きながらどうにも集中できない。

一度何かを書いてしまうと、(僕のページは、カウンタは持っていないけれど)エコーというか、何というか、体に絡みつくように何か意識の中にリアクションが戻ってくるような気がして、反応が大きい時はまったく仕事に集中できなくなる。
学校の授業なんかはでは、ノッてる時にはリアクションを皮膚感覚で感じながらやったりしてるから、便利といえば便利だけれど、こういう時はどうも、邪魔な気がする。

何となく感じるのだけれども、右翼系の方も、左翼系の方も、戦前、戦中の日本の社会をあまり知らずに書いているんじゃないかという気がする。これは、韓国の方が戦前、戦中の韓国の社会をあまり知らずにあれこれと騒いでいるのに似ている。特に、WEBに自由に書いたりする世代というのは割と若い人も多いだろうから、時間が経ちすぎたという以外にないかも知れない。

僕の両親は昭和一桁で、祖父祖母共に明治の生まれだった。子供の頃に聞かされたじいちゃん、ばあちゃんの話や両親が語った若い頃の話は、文字通り大正から昭和初期にかけての戦中、戦前の「世間」の話であるし、僕自身は「昭和中期」に育ったことになるんだろうか。「戦後文学」なんていうジャンルがあったくらいだから、文学作品だって明治、大正、昭和初期のものが少なくなかった。こういう作品群なんて、今WEBであれこれ書いている人たち、右の人も左の人も、読んだことがないんじゃないかなぁ。日本の社会も今とはかなり違っていた。

もしかしたら今でもそうかも知れない、それは私の目線ではわからないが、(自分のことで必死なもんで)女性の社会的な地位、という意味では、おそらく戦後もかなりの間、相当に低かったと思う。
儒教から来た「三従」で、
コトバンク – 三従
https://kotobank.jp/word/%E4%B8%89%E5%BE%93-70783

婦人は〈いまだ嫁せずして父に従い,すでに嫁して夫に従い,夫死して子に従う〉べきものとされた。

確か、恋愛結婚より見合い結婚の比率の方が圧倒的に高かった、と思う。(前のページにも書いたけれども、そうあるべきだと言って書いてる訳じゃない。そういう時代だった、と言いたいだけ。)

だから、女衒(ゼゲン)とコンタクトを取ったり、慰安婦を募集する新聞広告を見たりしたであろう「親」の権限は「絶対的」であって、そこで「親」が決めたなら本人がどんなに不服でも「売られて」しまったら文句も言えないような状況が珍しくなかった、そういう時代だったと、私は理解している。
少なくとも、昭和の初期、戦中まで、「親に逆らう」なんてことは相当な「大事件」だったという気がする。こんなこと、今の若い世代には想像できないだろうけれども。

そうした時代を生きていた人たちの、当時の生活感覚を知らなければ、何か「議論」が空回りしている気がしてならない。そうして、慰安婦のハルモニたちもそうなんだろうけれども、そうした時代は既に過去のものとなり「現在の社会的風潮」の中で生活する中で感覚がシフトして来ている、ように思う。

少なくとも、僕自身はもう、子供の頃感じていた「倫理観」とか「価値観」とかで、随分と変わって来た部分があるように思う。例えば「物に囲まれた生活」に憧れ、「物を大切にする=捨てない」なんていう「価値観」は、180度変わりつつある。確かに「大切にはする」んだけれども、リサイクルしたり、要するに断捨離とかで少しでも自分の周りの「モノ」を減らす方向に来ている。簡単に手に入るからこそ、本当に必要か考えて、本当に必要になった時に手に入れればいい、という感じになっている。貞操感も随分変わった。生涯、一人の相手しか知らなくていい、という価値観は、たぶんもうカビが生えている。というよりも、結婚したら「元に戻せない」部分も少なくないから、実際に、様々な感性が合致するか確認してからの結婚の方が無難じゃないか、と最近思えているし、社会全体がそうした考え方を受け入れているならば、貞操感が変わってもそれはそれで、より、誰もが「失敗の少ない人生」を選べることになっているのかも知れない。

但し、昭和初期、戦中、戦前を語る時、当時の価値観を根の部分で理解していなければ、議論が空転するように思う。戦前の遊郭など、「親」の(経済的な)都合で、無理やり「貞節な、社会的にもリスペクトされる女性としての生き方」を捨てさせられ、名誉は捨てて「実利」だけの世界に身を置いた人が大半だったろうし、特に「女性の行動パターン」は今と昔とでは随分違ったはずだと思う。何か「違う」ということしか、どこがどう違うとかは、私にはわからないけれども。何か、あちこちのサイトを読んでいて感じた違和感の正体が、エコーを感じてわかったような気がした。

自営業といえども、12時から1時が「昼休み」で、それは自分なりにきっちり守りたい。1時になった。30分書いて、分量的にはこんな程度が「適切」なのかなぁ?いや、こうやって頭の中で引っかかっている物を少しでも吐き出して、スッキリして仕事に集中したいだけ、なんだけれども、次から次へといろんなニュースについつい反応してしまう自分がいて・・・諦めた。

ここから後は、シェルスクリプトとインストーラを、このページと同じスピードで書きたい、いや、書くんだと、自分に言い聞かせながら、閉じます。

女郎うなぎ/遊郭、そして、慰安所

わが故郷小川町の名品。
女郎うなぎ 福助
(http://joro-unagi-fukusuke.jp/index.php)

ただ、「割烹」とある通りで子供の頃などは全く食べる機会もなく、(大学卒業→大阪→名古屋→東京→パプアニューギニア→地元(引き籠り)→千葉→今(低空飛行))という流れ方なので、コメントはしようがない。福助さん、すみません。ただ、地元の人間としては「これが有名」というのは知らないはずがない。

この「女郎うなぎ」の名前の由来は、かなり古い。
細川紙
(http://www.town.ogawa.saitama.jp/0000000261.html)
がユネスコに記載されて有名になったが、江戸時代には小川町が和紙、酒、絹などで「商業都市」として栄えた頃に遡る、と理解している。

以下、福助のホームページから転載

今からおよそ160年前、黒船の襲来した天保安政の頃の事です。当家の先代善兵衛の親友某氏が、宿望の「伊勢神宮」へ行った帰りに後日の思い出にと、江戸は吉原の廊に立ち寄った所、相手の花魁があまりにも気品高く美しいのでたちまち虜となってしまいました。そこで男は大枚を投じて身受けをして小川の町に連れ帰ったまではよかったのですが、我家には妻がおりますので思うにまかせず、思案に余り当家先代の善兵衛の侠気に委せたのでした・・・。

この吉原、そして花魁の文化、紛れもなく日本の文化である。念のために書いておくが、決して私は女性が春を売る文化が良いなどと言っているのではなく、かつてそうした文化があった、とそれを書きたくてこの話題を導入した。

さて、このページ、大半の女性にとっては相当に「不快」とも思える内容が含まれると思う。まさしく、そうした世間の(世界的な)女性の反発を煽るような「慰安婦」の説明に対する私なりの反駁もあって、「売春」の歴史についての記述のオンパレードとなる。

これも、念のために引用しておくなら、以下のようなことになっている。何を言いたいか。「今」とか「こうあるべき」と言う話をしているのではない。多くの人が「今」の基準を勝手に当てはめている「売春が合法だった過去」の話を書いている、と言う点だけは、理解しておいて欲しい。

Yoshiwara
(https://en.wikipedia.org/wiki/Yoshiwara)

The area was damaged by an extensive fire in 1913, then nearly wiped out by an earthquake in 1923. It remained in business, however, until prostitution was outlawed by the Japanese government in 1958 after World War II.

Oiran
(https://en.wikipedia.org/wiki/Oiran)

江戸時代は、日本全国各地から「女の子」が売られてきた。(そのために、地方色を消すために「ありんす」などと言う吉原言葉などが生まれたとされる。)多くは一家が食いつなぐために「前金」でお金を受け取り子供を差し出す。その際には、韓国やアメリカで増殖している売春婦像のような12〜13才どころか、10才に届かない「幼女」といってもいい年齢の女の子も売られていたらしい。但し、その年齢でいきなり客を取らせる(男に抱かせる)のではなく、まずその遊郭での手伝い仕事を覚えさせるところから始まり、「礼儀作法」その他、一通りのマナーを教え込んで、「十分に客を取れる状態」になってから客を取らせた、と理解している。また、こんな記述があった。

以下、Wikipedia(花魁)から引用

禿(かむろ)
花魁の身の回りの雑用をする10歳前後の少女。彼女達の教育は姉貴分に当たる遊女が行った。禿(はげ)と書くのは毛が生えそろわない少女であることからの当て字である。

留袖新造(とめそでしんぞう)
振袖新造とほぼ同年代であるが、禿から上級遊女になれない妓、10代で吉原に売られ禿の時代を経なかった妓がなる。振袖新造は客を取らないが、留袖新造は客を取る。しかし、まだ独り立ちできる身分でないので花魁につき、世話を受けている。

以下、Wikipedia(花魁)から引用
(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8A%B1%E9%AD%81)

花魁には教養も必要とされ、花魁候補の女性は幼少の頃から禿として徹底的に古典や書道、茶道、和歌、箏、三味線、囲碁などの教養、芸事を仕込まれていた。

彼女たちが「自分の意思」でそうした人生を選んだなどと言うつもりはない。おそらく大半は「親の都合」か、食うに困った親が泣く泣くバイヤー(女衒)に金で売ったか、どちらかだろうと思う。念のために書くならば、少なくともここまでは全て、江戸時代までの日本人の話で、大正・昭和の占領地の話題は関係ない。
推測するに、「売られた」自分の運命を受け入れた子の中には、上り詰めて「太夫」となって、どこかの大名家とか、豪商の元で囲われることを「希望」として持った人もいたに違いない。と言う話は、石森章太郎の漫画で読んだか・・・。

この辺、江戸文化に詳しい本職の学者先生の授業か何かの「レポート」として書いたとしたら、あちこち赤ペンが入るに違いない。私としては、「自分なりに、かなり自信を持って覚えているつもりの話題」を記憶の底から再生し、Wikiなどを参照しまくって書いているけれども、正確なところは、各自が「確かな日本の江戸文化」の資料などからご確認ください。

そして、注目すべき点は、福助さんのページにもあった「大枚を投じて身受け」という部分で、日本における「女郎さん」(売春婦)たちは、「高額商品」であり続け、いわゆる「立ちんぼ」(街娼)とは格が違った、という点だろうか。
12〜13才どころか幼女とも言える年齢から引き受けて「教育」して、高級商品に仕上げた後、特に太夫となると、豪商や大名などは、太夫を相手にできる(客になれる)こと自体が「社会的なStatus」となる。今の金にしたら、数千万円の「商品」となる。実際、江戸時代には「あの太夫を抱いた」などと言うことが、江戸っ子(男)の自慢話だったりもしたらしい。(本人にはそれだけの稼ぎがある、と。しつこいようだが、当時の女性がそれをどう受け止めていたか、ご存知の学者先生はいらっしゃると思うが、私は知らない。)

時代は下り、明治、大正、昭和に至る中で、吉原に象徴される遊郭の文化は日本文化の一断面として生き続けた。東京ばかりでなく、日本全国に「有名どころ」があったと理解している。大阪(大坂)は新町、京都は島原であるらしい。

しばらく前から、例の「慰安婦像」の関連で、結構あちこちのサイトを読んでいてふと気づいたことがある。従軍慰安所についての記述で、その「料金設定」とか、「娼婦自体が客を断れる」設定とか、「制度設定」としては、この辺が江戸の「遊郭」にかなり似ていると思えた点だ。
また、韓国の従軍慰安婦の方が日本に返金訴訟を起こした「預金通帳」の額も、「数千万円の高額商品」と被ると思えたけれども・・・

話はそれるがこのサイト
Fight for Justice 日本軍「慰安婦」―忘却への抵抗・未来の責任

2-8 文玉珠(ムン・オクチュ)さんはビルマで大金持ちになった?


には、こんな記述があった。

慰安婦の月収が1,500円ほどあっても、楼主に月750円を渡していました。また「多くの楼主は、食料、その他の物品の代金として慰安婦たちに多額の請求をしたため、彼女たちは生活困難に陥った」とあります。つまり慰安婦の生活は、「多額」の収入にもかかわらず楽ではなかったことが書かれています。その一因は業者による収奪ですが、それだけにはとどまりません。
(注:この後、インフレの話が続く。)

推測でしかないけれども、「遊郭」の経営サイドが「従軍」させることにビジネス上の利益を見つけ、そこに兵士たちの「不満解消」の糸口が欲しい「軍部」と利害が一致したため、「楼主」(遊郭の設営業者)のビジネスであるのに、まるで軍が主体的に行なっているように見えたのではないかと、私は思う。日本政府の「軍は(経営主体としては)関与していない」と言う主張は、おそらく正しい。おそらく、巧妙に「責任者」の立場は逃れていると思う。そして、「ビジネス」としての主体は、明らかに遊郭経営者であり、その文脈でも現在の日本政府の主張は間違っていないし、歴史を誤魔化してもいないと思う。

そして、多くの「ビジネス」と同じく、「楼主」の経営者としての人間性次第で、働き手である「遊女」にとっては、ブラックな「搾取される」現場もあれば、居心地のいい現場もあったに違いない。十把一絡げに、どちらかに結論を誘導しようとすること自体が誤りで、このページ、上の方を修正したり下の方を修正したり、右寄り、左寄り、両方のサイトを見ながら思うことは、どちらも部分的に正しい、部分的にはどちらも誤り、と言うことのような気がする。(個別に、このページはここに無理がある、と言うことはあれこれと思うけれども・・・際限がないので、引用を打ち切った。)
また、「楼主」によっては、吉原のような「上の上」をモデルとするか、地方にある「中の中」かで、事情は全く違っていただろうと思う。それは、今現在の「ビジネス」のあり様から推測する以外ない。一口に「高級ホテル」と言っても、「高級」の中でもピンからキリまである。一口に「うどん屋」と言っても、あるいは「ラーメン屋」と言っても、そして一口に「慰安所」と言っても、様々な違いはあっただろうと思う。

いずれにせよ、従軍慰安所の設置には、かなり古い職業として各地に存在していた「遊郭」の経営者が乗り出したのではないかと思える。(その設置に関する資料など、おそらくは東京大空襲でかなりが焼けているんだろうなぁ・・・)それが残っていれば、決定的だったのに・・・。

そして、これも「推測」に過ぎないけれども、「すぐに戦地に送るための頭数を揃える」と言うことになれば、「即戦力」すなわち、すぐに「商品」として店に出せる年齢でなければ、「採用」(仕入れ)しなかったのではないかとも考える。

で、ここでももう一つの「但し書き」がついて、江戸・遊郭の文化の流れを引き継いだビジネス、として考えるならば、昭和の初期まで、女性の初婚年齢は十代半ばだった、と言う事実も忘れてはならないかもしれない。

日本の童謡の「赤とんぼ」
http://j-lyric.net/artist/a00126c/l001059.html

十五で姐や(ねえや)は 嫁に行き
お里のたよりも 絶えはてた

ここで言う十五は「数え年」だから、今の満年齢ならば13〜14歳。18歳で結婚していなければ「行かず後家」と言われ、平均余命は40歳と言う時代の話なので、昭和初期の「遊郭」経営者が「即戦力」と判断する人の外見がどんなだったか、私にはわからないけれども、今「従軍慰安婦像」の幼い姿を見て「こんなに幼い子を」と言うコメントは、時代背景を考慮するなら「的外れ」だと私は思う。

あまり話を逸らしたくないが、医療とか統計に詳しくない方のために補足すれば、いわゆる「平均寿命」とは0歳児の平均余命なので、新生児死亡率を勘案すると、平均余命が40歳なのに60歳、70歳のおばあちゃんがゴロゴロいても、全然おかしくない。その「統計的な数字の読み方」に基づくこの段落の説明は、自分で解決してください。いずれにせよ、江戸時代から大正にかけての、35歳はもう老女だと言う時代背景だけは、忘れてこの「慰安婦問題」を語るべきではない。
現代の価値基準で過去の話を云々するから、どうしようもなく「誤解」が拡大するのである。

話題を変えて、こんな記述があった。

娼婦
(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A8%BC%E5%A9%A6)
また、世界各国の軍隊では兵士の強姦事件や性病、機密漏洩の防止のために売春婦を多数雇い入れる例がある。
(但し、Wikipediaでは「この記事は検証可能な参考文献や出典が全く示されていないか、不十分です。」のコメントがつけられていた。この「世界各国の軍隊」がどこを指すのか、このページだけからはわからなかった。)

英語版のWikipediaを見たら、こんな記述があった。

Prostitution
(https://en.wikipedia.org/wiki/Prostitution)

Originally, prostitution was widely legal in the United States. Prostitution was made illegal in almost all states between 1910 and 1915 largely due to the influence of the Woman’s Christian Temperance Union. On the other hand, prostitution generated much national revenue in South Korea, hence military government encouraged the Prostitution for the U.S. military.[80][81]

米軍と韓国。そうなると思い出すのは、慰安婦が日本軍の「ジープ」で「強制連行」された、と言う話。
ジープ
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%BC%E3%83%97

この車のデザインは、普通は一度見たら他の車とは混同しない。日本軍には「トラック」はあっても「ジープ」は存在し得ないと思う。このページには、こう書かれていた。

同年(1942年)中に日本陸軍がフィリピン作戦にてバンタムMk II(BRC-60)を鹵獲、内地に持ち帰る。これをコピーするようトヨタ自動車に命じ、1944年8月にトヨタ呼称AK10型として試作車5台が出揃い、御殿場で試験された。その結果、陸軍・四式小型貨物車として制式採用されるが、極度の資材欠乏と労働力低下から生産が間に合わず、ジープのような活躍の記録はない。また、このAK10型と戦後のトヨタ・ジープ、のちのランドクルーザーとの設計面でのつながりも一切ない。

以下のページを書かれた方の、以下の記述は、勇み足だと思う。
嫌韓流に告ぐ(57) すでにジープに乗ってた日本軍(慰安婦強制連行)
https://ameblo.jp/s080226/entry-11816738276.html

残念。戦争中すでに日本軍はジープに乗っています。
「大日本帝国の国家戦略 武田知弘著」より
ジープと断定するのはまずいが、日本はすでにトラックに乗っています。1933年、陸軍は熱河作戦の際に、初めて本格的な自動車部隊を投入しています。この熱河作戦では、日本製のトラックのほかに、アメリカのフォード、シボレーのトラックも大量に購入して投入されています。フォード、シボレーのトラックは、日本製よりもはるかに頑丈で性能も良かったため、日本軍に人気がありました。

私なんかも、ネットで無責任にあれこれ書いていて、悪いよなぁと思うけれども、やはり「ジープ」はないんじゃないかなぁ・・・。

以下、強烈に私の主張。

少なくとも、客観的に見たなら「昔からの『商慣習』通り」に、合法的なビジネスとして女の子を買った、そして、日韓併合下の朝鮮半島に「遊郭」が進出していたのならば、10代の女の子を「仕入れ」て、数千万円の高額商品とするために先行投資した可能性はあると思う。当時の日本国内(本土)で行われていたのと全く同じように、もしかしたら「慰安婦像」よりももっと幼い女の子が売られていても全くおかしくない。そして、そうした女の子たちが「自分の意思」でそうした人生を選んだかと言うならば、まず、9割以上(ほぼ100%?)が「泣く泣く」だと思う。
つまり、軍は関与せず、女衒も「強制連行」などしていない(正当に金を払って身柄を買っている)のに、本人にとっては「無理やり連れて行かれた」=「強制連行された」となる。

「強制連行」はなかった、そして、あった、それはどちらも正しいと言うのは上記の文脈である。女衒にとっての「正当なビジネス」は、女の子にとっては受け入れがたい。逆に、女の子にとっての「強制連行」は、女衒にとっては受け入れがたい。どちらも正しいし、どちらも誤っている。立場の違いによる表現の違いを一律に扱おうとするから、もう議論が噛み合うはずがない。

そして「従軍慰安婦」は「売春婦」。
はっきり言わせてもらえば、外務省も良くないと思う。

「慰安婦は売春婦」米アトランタ日本総領事の発言が韓国で波紋=「これが日本の考え」「日本が先に慰安婦合意を破棄」
http://www.recordchina.co.jp/b182584-s0-c10.html

なぜ、はっきりと「慰安婦は売春婦」だと言わなかったのか。それを裏付ける資料は多いのに、また「奴隷」だから「金銭的な支払いがなかった」資料があったと言う記事は、読んだこともない(ないと思われる)のに。
また、今と当時では、全く時代背景が違う。アメリカでは1910年から1915年にかけて非合法とされたが、それ以前は「売春は合法」だった。日本でも1958年に非合法とされるまでは「合法」だった。当時合法だったのだから、堂々と「慰安婦は売春婦」だとアメリカメディアに言えば良かったのだと思う。妙に否定したりした挙句に、発言テープを表に出され、それがこう言う形で韓国のメディアに流れる。
最低の展開だと思う。
「当時は合法だった」と言うこと。そして、その「合法的な手続きによって集められていた」と言うこと。この二点だけは、何としても外務省は主張すべきだったし、韓国人がどう思おうと、事実は事実として伝えるべきだった。金を受け取っている以上、「売春婦」とか「娼婦」という表現には何の誤りもないと私は思う。

ここまでの説明、「遊女」が売られる過程は、確かに「人身売買」としか見えない。ただ「遊郭」の客は金持ちなどの上流階級であり、いずれ「身請け」され(「楼主」(売春宿のオーナー)に、先行投資した費用、食費、その他その遊女の付加価値を全部支払ってもらって、前払いされた金額に対する契約を満了して「楼主」に対しては自由になって)富豪の家の妾となったり、場合によっては正妻となったり、そんな話は江戸、明治、大正時代の文学などにはゴロゴロと描かれている。
欧米人などがイメージする「奴隷」と同じだと考えたなら、それは大きな間違いだと私は思う。文化背景の違う国/世界の出来事を、自分の文化背景で使われる「言葉」で無理やり置き換えたなら、どうしようもない誤解が生まれる。

日本人がイメージする「遊郭」の(かつての)文化や、「遊女の身請け」などの数多くの「歴史的な背景知識」がなければ、おそらく日本人の主張は全く「感覚的」には欧米人には受け入れられないかも知れない。

こんなふうに問題にするのならば、もっと早く、慰安婦の方々が90歳とかになるもっとずっと前に問題にすべきだったのだ。そうすれば、もっともっと、数多くの証言が集められただろうし、資料だって集めやすかったと思う。

ところが、この「慰安婦問題」が問題になったきっかけは、
朝日新聞の慰安婦報道問題
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%9D%E6%97%A5%E6%96%B0%E8%81%9E%E3%81%AE%E6%85%B0%E5%AE%89%E5%A9%A6%E5%A0%B1%E9%81%93%E5%95%8F%E9%A1%8C
だった。

ところが、対外的にはこのフィクションがそのまま「事実」として広まってしまった。「強制連行はなかった」と、日本政府や日本人がいくら叫んでも、海外ではもはや「事実」から「フィクション」への「訂正」も「修正」も叶わない状況になった。
我々、今現在の日本人もその「被害者」だけれども、将来世代に多くの日本人が被害者となる。
朝日新聞や外務省にあれこれと文句を言いたいところはあるけれども、そちらが主題じゃない。
「問題」などはなかったのに、戦後40年以上経過してから、突然「問題」が現れたから、その「時間的なブランク」の間に世界は大きく変わってしまったのだ。

以前のページで、日本兵による食人があったこと、それを旧日本兵の方々からも直接聞いた話を書いたけれども、それは、絶望的な食糧不足の中で起きていたことも書いた。補給線を確保せずに前線に送り出された日本兵(ここでは日本兵と言っているけれども、朝鮮半島出身者も少なくない)には、どうしようもなく悲惨な死に方をしている人が少なくない。
それを、今現在の社会背景の中で「日本兵による食人」を解釈して、まるで「グルメ」であるかのような、あるいは「残忍性の象徴」のように扱おうとする、そういうとんでもない誤解が発生する。そこが我慢できない。

そもそもが、戦後裁判の「報復」の都合で、「日本兵は残虐」という「鉄板の形容詞」で(日本以外では)戦争が描かれる。そのバイアスがかかった上に、今とは全く違う「時代」の背景を無視して、70年前を解釈しようとする。
100年前の日本、100年前の韓国が、まるで今の日本、今の韓国と全く同じであったかのように昔の話を掘り起こす。アメリカですら100年ちょっと前は売春が合法化されていた。さらに遡ればアメリカでは「奴隷」ですら合法だった。親権者である「親」が子供を売った金を受け取る。あるいは、本人が「前払い」を受け取る。それが「奴隷」という概念と合致するか、議論はしない。私にはわからない。

過去の社会における価値観が、皮膚感覚で感じ取れないのならば、もはや感覚的な議論は全く意味がない。おそらく、何百年か前のアメリカ南部では、「いつか何人も奴隷を使う大農場主になる」ことを夢見た「真面目な人」もいただろうと推測する。今の我々が、その人を裁くことはできないとは思いませんか?

今後を変えたらいいだけだと思う。
今は、「奴隷」が非人道的であることには、全世界的に共通認識ができていると思う。同じく、「女の性」を商品として扱う「ビジネス」が許されないことも、表向きは全世界で共通認識ができている。

英文のWikipediaのProstitutionのページでは

Although illegal in modern Japan, the definition of prostitution does not extend to a “private agreement” reached between a woman and a man in a brothel.

なんて書かれていた。この「表向き」と「ビジネスの実態」をどう裁くか、それは今や未来の女性の方々にお任せします。私なんかが「少なくとも、昭和初期よりは今の方がいいでしょ」なんて書いたって、それで納得する女性がいるとはとても思えない。「今」や「未来」を女性にとって生きやすい形に変えたいなら、それは「今」の女性が頑張るしかないと思う。私は別に頑張りませんが。
いずれにせよ、100年前の人たちの価値観に対して、今の我々が何をどう騒いだって、もうどうしようもないとは思いませんか?

70年も経ってしまえば、もう当時の価値観を持って生きている人間など一人もいない。それなのに、70年前の時代の出来事を、当時の価値観、社会、文化的背景などを一切無視して今の我々に対して騒がれたって、しかも「事実」認定の時点で取り消しや謝罪がなされた記事を引用して騒がれたって、もはやどうしようもない。
「今」や「未来」を日本人にとって生きやすい形に変えたいなら、それは「今」の日本人が主張を続けるしかないとも思う。(だから書いているんだが・・・)

いわゆる左翼の方々のページも多々参照している。自分が相当に「右寄り」になっていることは理解するが、この話題に関しては、私は右に寄る。

やはり思う。世界中で増殖を続ける「売春婦像」の勢いを止めるのは、もう無理だろうなぁ。
せめて、「理解力」のある韓国以外の海外の方々に、日本の持っている歴史資料を一つでも多く読めるようにして、確かに、我々の人身売買の「歴史」はあまり誇れるものではないかもしれないけれども、ありのままに、「全て」を理解してもらうか、その「理解」が無理であるならば、例えば、今現在のアメリカ人に、かつて「奴隷制度」を持っていたことを責め立てて、何か意味があるのか、それと同じことを日本に対して行なったって、意味なんかないでしょう、ということを理解してもらうまで、外務省なんかには頑張って欲しいと思う。全員なんて、これも無理。6割程度の外国の方に、韓国の主張で捏造記事に基づくものが、全く訂正されていないことが通じれば、それでもう十分とするしかない、とも思う。
(朝日新聞には、もはや何も期待していませんが。)

この約18,000字、3時間かけて書く間に、引用先をあちこち拾って、上の方を修正したり、下の方を修正したり、途中に書き足したり、相当にいぢくった。結構、論理の乱れがあるかもしれない。謝っておく。すみません。

IP規制

前にも書いた。ドコモの担当者が「お盆休み」なのか、今週は「迷惑メール」が一日数十通入るようになって、「通報」してもどうにもならない。
最初の十数通は仕方ないにしても、基本的に最初の十通前後を分析すれば、あとは大半をブロックできるはずで、私が見つけたのか、私が見つけたのと同時期にどなたか別の方が発見されたのか、いずれにせよ、その方法を警察に通知したり、WEBに書いたりした後、一切メールアドレスを変えていないのに、全く迷惑メールが入らない日が何日も続くように、ある程度「平穏な日々」を取り戻した。

それでも、時々は迷惑メールが入る。ただ「通報」すれば程なくブロックされる。十分に無視できる程度の規模にはなっていた。

ところがねぇ・・・。やっぱりドコモさん、犯罪行為に繋がっている「セキュリティ上のリスク」のはずなのに、それほど本気でないのか、以前は5月の連休でもそうだったし、3連休なんかでも全くブロックしてくれない時もあったし、こういう「ちょっと休みが続く」時は、迷惑メールをブロックしてもらえない。来週の月曜日までは、無理かなぁ・・・。ゆーうつだぁ・・・

なんだか、土日は交番はお休みですぅ、みたいな、「通報」とかしたったって、使えねぇ会社だな、なんて思ったりもする。(一日100通を超える勢いで迷惑メール受けたことがある人には、多分ご理解いただけると思う。ピーク時は300通から400通入っていた。逃げずに、分析して、送信者を警察に通報したりもして、それで激減した点だけは、逃げなかった自分を誇りたい、とは思いつつ、全く仕事にならない事態をどうか理解してもらいたい。)

やっぱり、根こそぎ対応して欲しいとは思う。(相変わらずの長文です。興味ない人は読まんで結構でござんす。)

彼らはどういうやり方をしているか。
まず、IPアドレスを、まとめて取得する。255個程度、場合によっては、510個とか、1020個とか、連番でまとめて「IPアドレス」を取得しているようだ。
送信元のドメイン名にも、これらの一部がくくりついたりもするけれども、場合によってはyahooとかgoogleなどのフリーメールなど、メール送信だけできる全く別の送信メカニズムを使ったりするグループもあるようで、基本的には「送信元」を追いかけても、全くとは言わないが、ほとんど意味がない。

ちょうど、マルウェアやウィルスが「抜き取った情報」を伝送する、マルウェア本体、ウィルス本体に組み込まれている「送信先」に「本体」があるように、メールの本文に、「ここをクリック」と記された「リンク先」のURLの方に「恐喝用データ処理メカニズム」の本体が仕組まれている。
この送信元や、送信先に使われているURLに記されたドメイン名は、ほとんど「使い捨て」で、一日に5個とか10個とかが使い捨てられ、一つのドメイン名から5通ないし10通程度の迷惑メールが送出されると、二度とそのドメイン名は使われない。なぜ、そんなことをするか。ドコモでもそうだし、パソコンのメールソフトなどでは「ドメイン名」をブロックする単位として指定するから、ブロックされても構わないようにドメイン名を使い捨てるのである。
通常、ドメイン名などは「会社の看板」とか、「ビジネスの名刺代わり」で、大切に使うものという印象があるが、彼らが使い捨てるドメイン名は、彼ら自身と同じくゴミのような文字列になっている。大半は「お名前.com」で取得されていて、一個あたり数円とか十数円とか、使い捨て専用のような迷惑ビジネスのドメイン名取得をバックアップするサービスが厳然として存在している。追跡していくと、「お名前.com」の関連会社の名前しか出てこない。通常は表に出てこない部分(手の内は明かしませんが)から追跡すると、本拠地がわかることもあるけれども、実際には調べても調べても、使い捨てのゴミしか出てこない。

彼らの使っているシステムは、おそらく24時間に一回程度の頻度で、IPアドレスとドメイン名の括り付け情報を更新しているから、IPアドレスから逆引きされたドメイン名は、一日経つと変わっている場合がある。ちなみに、その「迷惑メール恐喝ビジネス」のメール送出部分のシステムはここ12年くらい全く更新されていなくて、おそらく開発した人はもう、この半グレ集団には関与していない。

結局、迷惑メールを自動判別する決め手となるのはIPアドレスで、一般的には「通報」されたメールでなければ「メール本文」を読むことはできないけれども、「お任せフィルタ」などでシステムにスキャンさせても構わないと「合意」してあれば、自分の携帯に届く前に、メール本文に書かれたドメイン名から誘導されるIPが、「迷惑メールグループ」のものかどうかが判別できる、という仕組みになり、推測するに、おそらくドコモさんはそれをやってくれている。

私のメールアドレスのように、彼ら「迷惑メールグループ」が「カモ」にしているメールアドレスが、逃げずに迷惑メールを受け続けて、通報し続けていれば、最初の半日程度迷惑メールが送られた後は、「お任せ迷惑メールブロック」でほぼ完全にブロックできる。

ただ、こうやって、ドコモさんとかが「休暇」に入ってしまうと、もうダメですね。おそらくは、手作業が入っている。なぜ「手作業が入るか」と言えば、迷惑メールは大量に入ってくるから、勢いに任せて「通報」していると、ヤマダ電気だとか、Facebookだとか、一応は受け取るつもりのあるメールも(迷惑メールに紛れて)「勢いで通報」してしまうこともあって、自動でブロックすると、こうした「迷惑メールではない」メールも、ブロックの対象になってしまうからだと私は考える。

日本人の携帯をターゲットにしている(おそらくは、日本人の半グレ集団だと思うが、その)人たちは、255個のIPの大半に、使い捨てドメイン名をローテーションで割り付けていくようだ。そして、おそらく、迷惑メールが全く送れなくなると、新たなIPを取得する、ということをしているようで、そのサイクルはだいたい3ヶ月程度だと推測する。
つまり、ドメイン名は毎日5個から10個を使い潰し、IPアドレスは、毎年に4000近くを使い捨てていることになる。彼らがこれまでに使い捨てたドメイン名は、おそらく万の桁に届いていると思う。一年で1000〜2000個のドメイン名を使い捨てて、それを10年以上続けている。恐喝で得た金で、3年くらい前にシンガポールに拠点を移した。グループにはIBMに関係する人とかもいたようにデータは読めた。(無論、資料と実名を出せます。)
IPアドレスだって、ドメイン名だって、限られた資源である。「迷惑メール送出用」に使われたIPアドレスとか、ドメイン名とかは、あらかたブロックの対象になるだろうから、二度と「まともなビジネス」や「まともな用途」には使えない。(ドメイン名の方はゴミみたいな乱数文字列が大半だけれど。)
結局、平和な日々を取り戻すには、こうした「半グレ集団」を根こそぎにする以外に、方策はないのではないかと思う。
今回私がまたメールを受信しているこのグループの拠点は、数年前に私が追跡した時と変わっていなければ、シンガポールと台湾だと思う。

レンタルサーバーなどのビジネスを行なっている会社は、大量のIPアドレスを取得するから、レンタルサーバービジネスを偽装されてしまったら難しいけれども、迷惑メールにくくりついている、という「通報」のあったIPアドレス(以下、汚染IP)で「営業」している会社には、何らかの捜査を行えないものだろうか。IPの「次」を取得する際には、「申請」があるはずで、以前汚染IPを申請した事業者から再び新たな申請があった場合、発行を拒否するとか、または物理的なサーバー自体を「監査」することはできないものだろうか。
IPを管理している団体は、最低でも「郵便物」などで(私書箱を使っていたとしても、監視カメラなどで「人」を特定できないかと思うし)「物理的なサーバの存在」を確認できる仕掛けを持つべきだと思う。犯罪抑止の観点からも、全てを「仮想空間内のやりとり」だけで済ませるというのは、危険すぎる気がする。

なんて言いつつ、国によってはルーズ極まりないだろうからなぁ・・・シンガポールや台湾が厳しくなったら、別の国に移転するんだろうし・・・。いっそのこと、最初からスーダンとかコンゴとかに行ってくれたらいいのに。

レンタルサーバーを借りた人が、こうした「迷惑行為」を行なっていた場合(迷惑行為というよりも、「送信停止には金を払え」という脅しをかけてくるのだから、犯罪行為になるはずだと思うのだが、)レンタルサーバーを貸した側は「善意の第三者」として、該当するユーザーのアカウントを削除するという対応が取れるはずだし、レンタルサーバーで営業している人自身が迷惑行為(犯罪行為と言いたい)を行なっていた場合には、行政指導なり、サーバーのデータから「恐喝」の証拠があったら逮捕するなり、して欲しい。迷惑メールを送り出す集団を撲滅して欲しいと思う。通信事業者は、あまりあてにならない。

こういう人たちは、シンガポールなり台湾なりで、有罪にして「労働」させたり、「罰金」を払わせたり、(「死刑」は反対だけど、)煮て食おうが焼いて食おうが、もう日本に戻さなくて構わないから、それができるように、国境をまたいで「国際IT犯罪の防止」ができるように、法整備、規約の整備、規約運用の整備をして欲しいと思う。

もしかしたら、と思うのだけれども、ウイルス配信で「恐喝ビジネス」を行なっているグループ(どこぞの国の関与が疑われている)に対しても、こうしたIP規制とか、IP監視は有効じゃなかろうか、という気もする。(いや、最近はもう、新しいプロトコルだとか、細かい仕掛けとかの知識が追いついていないから、もしかしたら的外れな考え方かも知れないけれども・・・)

毎度のことながら、私は手数で攻めているだけ。間違っていたなら、「あ、また馬鹿なこと書いてる」と笑い飛ばして無視してください。

継続性への責任

1945年8月15日、大日本帝国は終焉を迎え、その後日本国になった。
けれども、日本国は大日本帝国の責任を負っている。

三菱重工にまた賠償命令=元挺身隊員の訴訟―韓国
(https://news.yahoo.co.jp/pickup/6250145)

太平洋戦争中は、日本人も確か「勤労奉仕」とかで、学生も働かさせられていたように思う。実質的な「強制労働」だと理解している。国家に協力しないことは犯罪行為だったし、憲兵に目をつけられたら、死ぬほどの拷問を受けたのは日本人も全く同じ。というよりも、当時は韓国人も朝鮮人もなくて、皆日本人だった。韓国人や朝鮮人が日本人となった経緯については、また別の議論があるけれども・・・当時の「勤労奉仕」では、日本人も条件は相当に悪かったと理解している。

で、そうした「未払い賃金」があっても、敗戦で降伏した時点で日本は「独立国家」ではなくなったから、実質的に何もできなかった。再び独立して(厳密な意味では、皇室は「王族」のままで継続できたけれども、国家としては「アメリカによる占領」が終わった時が「日本国の独立記念日」なんじゃないかな、という気もするが、「大日本帝国の責任を負う」以上は「継続した国家である」という主張もできるのかな、とも思う。この辺のところの法的な解釈は、私にはよくわかりませんが、話が逸れそうなので、戻す。再び独立して、それほど時をおかずに、「日韓基本条約」が締結されて、こうした「未払い賃金」は「払い済み」となった、はずだと理解している。

日本国と大韓民国との間の基本関係に関する条約
(https://ja.wikipedia.org/wiki/日本国と大韓民国との間の基本関係に関する条約)

こうした基本条約の存在を、韓国国民に隠していたのは、李承晩政権なのか、ここも細かいところはよく理解していないけれども、いずれにせよ、軍事政権がこの条約を締結した。そして韓国は、その後民主化した。その「民主化韓国」と「軍事政権の韓国」は、いずれも一つの国家とみなしていいんだろうか?別の国家だとしたら、その条約が無効であっても構わないとは思うけれども、一貫して一つの国家であるのならば、政権が変わる前の条約なども国家としての責任を持って負うべきではないかと思う。一貫して責任を負う必要がない、というのならば、はっきり言えば、大日本帝国と日本国は、完全に別の国家なのだから、大日本帝国の責任を日本国が負う必要など全くないと私は思う。(一応、国際的な常識で考えて、それはないだろう、とは思いますが・・・)

じゃぁ、韓国はどうなのか。政権が変わるたびに、まるで、前の国家が滅亡して、新しい国家が生まれたが如く、過去の「基本合意」どころか「条約」すらも翻す。いっそのこと、政権が変わるたびに「独立記念日」を制定したらいいんじゃないか、と思えるくらいに、一貫性がない。破棄したいなら一旦「別の国家」として独立し直したらどうかとも思うが、もし、日本国に、大日本帝国の責任を負わせるのならば、大韓民国として李承晩政権が交わした条約の責任を、文政権も負うべきだと私は思う。そして李承晩政権がついた嘘の責任も負うべきだと思う。それが、一つの国家としての最低限のルールだと私は思う。

相変わらず、話の枕が長いなぁ・・・(こういうメールをいつも書いてる。だから同僚に嫌われる。誰か(♀)を好きになって手紙を書いても、手書きでも便箋20枚なんてすぐいっちゃうから、そもそもが読んでもらえずゴミ箱に直行するか、疲れられて相手にされないか、ラブレターなんて全く意味を持たなくなる。それが私の人生。って、なんの話だ?)話を戻して、ここからが本題。

韓国国民に、従軍慰安婦の未払い給与だの、今の金にしたら数千万円になる「日本郵政」の貯金が引き出せなくなっただの、そうした敗戦の混乱に伴う「債務」に相当する部分は、そもそもが、日本本土各地の空襲で記録が焼けたり、担当者が死んだり、混乱を極めて個別の把握が困難になり、結局日韓基本条約で「総括的」に韓国政府に支払われた。その中には、当然三菱重工だの、不二越だのの未払い給与も含まれていた、と条約を読めば解釈できると、私は思うし、国家として一貫しているのならば、韓国の司法も、まず対外的な「責任」を考えるべきじゃないかと思える。

ところが、そうした「前々々世の」じゃなかった、「前々々政権」とかの条約など完全無視という司法制度ならば、何が起きるか。

韓国人を日本企業が雇用した場合、何かあったなら(本人が直接受け取れなかったりしたら、)その間に入った相手(三菱や不二越の場合には韓国政府)との問題ではなく、雇用主と被雇用者との関係に転嫁されてしまい、「給与が未払い」だとして何度でも請求される、という事態が発生する。それを避けるための、もっとも賢明な措置は、日本企業は韓国人を一切雇用しないこと、に尽きるかなという気がする。韓国の司法は、それを期待しているんだろうか、と、それを言いたかった。

(最初っから、これだけ書きゃぁいいのに、実に回りくどい奴だ。だから嫌われる。前戯が長すぎる。って、それ以前の問題で・・・やめとこ。くどいだけじゃなく、品もない。)

今日、松尾くんと事務所で夕飯を食いながら話をしていた。僕と松尾くんは、遺骨収集絡みで接点を持った。いずれ、有限会社シグナリスでも、改めてパプアニューギニアに、慰霊訪問をしたいよね、なんて話していた。
とにかく稼いで会社が黒字になったら、最初の「福利厚生費」の支出で「社員旅行」を企画したなら、その行き先は、もう決まったみたいなもんだな。

(なんて、グアムになったりして・・・。)

お盆休みかぁ・・・

急に迷惑メールが増えた。今朝から30通くらい、ドコモとシマンテックに「通報」しているのに一向にブロックされない。

以前追跡した時に日本人の名前を何人も見つけたけれども、たぶん、シンガポールに拠点を置いて、台湾と韓国にサーバを設置しているグループだと思う。普段なら、彼らが新しくIPとかドメイン名とかを取得して大量送出を始めても、最初の10通くらいを通報するとたぶんドコモがマーキングして完全ブロックしてくれていたので、結構安心とか思っていたんだけれども・・・たぶん、相変わらず担当者は一人だけで、その人がお盆休みに入った、とか、そういうことなんだろうかなぁ。

1990年頃だったか、MITのKさんから聞いた話。4,3BSD(だったかな?)のX Windowのバグについて連絡があって、対応を急かされたら、開発担当が3週間の長期休暇で、連絡が取れないとかなんとかで、結局その担当者が休暇から戻るまでバグを放置した、なんていう話があったなぁと。

社会インフラとか言ったって、結局最後は個人の責任とかになるんだよなぁ。チケット販売のシステムが落ちて大騒ぎしたって、たった一人お休みしているだけで麻痺状態になったり・・・。

「迷惑メール」なんて大した問題じゃない、という認識なのか、そもそも携帯電話サービスは社会インフラじゃないという認識なのか・・・。担当者を増やして、シフトとか何かで対応に空きが出ないようにして欲しいな、なんてことを思いました。

今週一週間、きっと一日100通くらいを通報し続ける感じになるんだろうなと思う。まぁいいや。システム担当だって人間ですからね。のんびり休みたいことはあるだろうと思うし、僕みたいな自営じゃなくてドコモさんなんてところに勤めていたら相当にストレスあるだろうし。

きっと、休み明け、膨大な量の「迷惑メール」の通報が蓄積されているんだろうなと思う。その間、世間では「お休み」とか「行楽」とか、のんびりしたいのに、山のような迷惑メールに悩まされる人が日本全国に何人いるんだろうか、なんてことも思ったりするけれど。(そういう人は、お休み中には携帯もスマホも、持たなきゃいいんだ、きっと。)

でもまぁ、誰だって休みは取りたいし。担当者さん、お察しします。ごゆっくりお休みください。でも、お休みから戻ったら、迷惑メールのブロック、よろしくお願いします。

韓国併合記録映画

会社が土壇場だというのに、ネットニュースに反応している自分が哀しい。
というよりも、30年前公安委員会に文句の手紙を書いた後も、時事ネタに反応し続けた挙句に、私生活は根こそぎ表に出されたり、結局今は何というか、毒を食らわば皿まで、という気はしている。

「軍艦島」が「大ヒット」だというニュース。「あんなことがあったんだ、初めて知った」という韓国の若い人たちが多いと、ネットのニュースがどこまで現実を切り取っているかはわからないけれども、そうなんだろうな、という気がする。そして、徴用工の銅像のニュース。

極めて個人的には、結構いろんな場面で、事実と反することを言いふらされたり、当たり前の文句を言ってるつもりが「反組織的」と決めつけられたり、決めつけと言えば、思い込みと決めつけで好き勝手言われたり、まずもう、やりきれない感が強くて、未だに消化しきれないことも少なくない。私の立場で言わせてもらえば、「加害者」に相当する相手が、全く罪悪感を持っていない、自分たちが何をしたか、何一つ認識していないことが、やはり悔しい。釈然としない。個人的なものは諦めるしかないとは思うけれども、これ自体が「経験」なんだと、どうやって自分の意識を切り替えるか、模索してもなかなか答えが出てこない。

韓国の「通説」も、何だかあまりにも事実に反している内容を声高に主張して、韓国国内はもう仕方ないにしても、国際社会がその韓国の言い分を真に受けてしまうと、今何とかしなければ、日本人の次の世代の人たちに申し訳ない気がする。既に発言を続けて、単純極まりない事実だけを主張している方々も多いのに、そうした方々すらが「過去の犯罪の隠蔽」と見られる、それは違うという主張が一切通じないという現状に、やりきれない気がする。

「軍艦島」は、海外にも売り込みしているらしい。僕自身が以前読んだ話は、「軍艦島」は炭鉱という「当時の花形産業」のおかげで、島全体が豊かであり、本土とは比べ物にならないくらい生活水準が高かった、そうした華やかな歴史を持った島だったのが、「石炭」が時代遅れになると共に、歴史の中で廃墟と化した、というような取り上げられ方だったと思う。住んでいた方々が「差別などなかった」とどれほど主張された、そのお話は私が以前読んだ話とほぼ同じなのに、それが通じないらしい。どうしてなんだろう。どうして、誰かを悪者にするような話ばかりが、事実とは違っているのに広まってしまうんだろうか。

映画には映画で、ということもあるけれども、韓国併合に関する「史実」を、歴史に忠実に再現する「映画」を作ったらどうか、と思った。映画としては異例でも、映画の場面のそこここに、歴史の「一次資料」の映像も交えて、パンフレットとか、ネットの映画の宣伝用サイトには学術論文並みに膨大な「歴史資料」の一覧を掲載する。韓国に対しての主張ではない、世界に対して「事実」を伝えるための手段として、そうした「映画」とか、「シリーズ」を作ることは、次の世代の日本人のために意味がある、というか、大切なことではないかと、ふと思った。相変わらず、私は口先ばっかり、言葉だけで何もできないけれど。ネットによるプロパガンダの時代に、映画とはとも思うけれども、国家のメディア戦略は立てるべきだ。
ケンカを(争いごとだとは思いたくないが)するなら、相手と同じ土俵に立つしかない、ということは間違いなくある。自分の得意な土俵で待っていたって、何も始まらない。自分が素人並みだとしても、あえて相手と同じ土俵に立つ以外に、相手と対峙することはできないと思う。

ただ、まるで「学術論文」みたいな映画が、多くの人に見てもらえるのか。エンターテイメント性を盛り込むのは難しいだろうな、という気がする。ただ、この場合には「事実」に忠実でない部分があったなら、いくら同じ土俵だとはいえ、意味をなさなくなる。ものすごく、難しい作業かも知れない。

北朝鮮情勢がかしましい昨今なのに、一体どういうことなんだろうか。北朝鮮の思惑通りに物事が進んでいる気はするけれども、米朝間の現状を見るに、今日本が自国の安全を守ることを最優先にするならば、確かに、北朝鮮の思惑通りだとは思うけれども、極力韓国とは距離を置くことがとにかく大切かも知れない。
北朝鮮の「予告」は、以前アメリカの独立記念日に合わせたように、日本の終戦記念日とか、北朝鮮が「戦勝記念日」だとしている日だとか、そういうタイミングじゃないか、という気がする。

悲しいことだと思うけれども、「濡れ衣」を着せられて苦しんでいる時に、仮に事情を知っている人間がいたとしても、おそらくは、わざわざご親切に濡れ衣を晴らしてなんてくれない。自力で「濡れ衣だ」と証明するか、少なくとも主張し続けなければ、相手の虚偽の言い分を認めてしまったことになると思う。その「虚偽」が「真実」としてまかり通ってしまうと、どうしようもない不利益が自分に降りかかってくる。僕は耐えきれずに騒ぐから、いつもどんどんと事態が悪化したのだけれども。でも黙っていたら、結局相手の言い分を認めたことにされてしまう、それが世の中だと思う。(自分がどうすべきだったのかは、たぶん、死ぬまで考え続ける。)
次の世代の日本人のために、行動できるならば行動する、一人一人が、自分にできることをする。それ以外になさそうな気がした。
ということは、僕はまた、こうした話題を書くんだろう。会社のページで・・・。毒を喰らわば皿まで。ネットの匿名性に隠れたくない、卑怯者になりたくない、だとしたら、もうこの流れは仕方ないと諦めるしかないと思った。韓国人にも知人、友人がいるというのに・・・

領空侵犯

北朝鮮が、ミサイルに日本の上空を通過させると発表しているらしい。
国際法上日本からの許可がない限り撃墜しても構わない、ってことにはなるんだろうけれども、できるもんならやってみろ、ということなんだろうか。

だとしたら、北朝鮮がやったことについては、同等のことを日本がやっても構わない、ということになるんだろう。飛行体を北朝鮮の領空上に侵入させる。撃墜できるもんならしてみろ、ということで・・・

積荷は何か。ジャンクフード。
カロリーが高くて、味が濃くて、食べ始めると止まらないというか、例えばポテトチップス、とか、メロンパンだとか(この間、コンビニでつい手を伸ばしてしまい、カロリーを見たら420kcalとか書いてあったので、そっと棚に戻した。猛毒です。目の毒。あぁ!もう、見たくない。シュークリーム(あ、これは結構日持ちがしないから、あまり向いていない)。カップ麺も、今の所避けているけど候補。濃厚なスープがって、食ったことがある奴は味を知ってるから、500kcalとかなってても誘惑には駆られる。刺激が強いって言えば、韓国の辛ラーメンは強烈だなぁ。北朝鮮の人もああいう味を好むかなぁ。焼き菓子の類でも、うまそうなんだけどカロリーが高い奴って結構あって、コンビニでも、スーパーでも今のところ、見て見ぬ振りをしながら通り過ぎるお菓子とか、パンとか、滅茶苦茶多い。ベイカリーの新しい店ができると・・・って・・・
なんの話でしたっけか?

そうそう、ジャンクフード。日本とかアメリカ、韓国ではカロリーが高い、糖質や脂質が多いため、糖尿病とか高血圧、高脂血症などなど、あまり推奨されない食べ物でも、絶対的なカロリーが不足している環境では少量でカロリーの摂取ができる。無論、パッケージには、韓国語とか英語、日本語であれこれ書いてあって、店頭で売ってる奴をそんまんま荷物として積んで、北朝鮮の上空を飛行させる。撃墜されたら、地上にばら撒かれるかも知れない。けど、いいんじゃないかな。撃墜されないなら、燃料切れになるまで北朝鮮上空で旋回していたらいい。(こういうのは、「通過」とは言わないね。中国国内の朝鮮族の元への贈り物、ってな口実が作れたなら、理想的か?)
積荷は選ばないとなぁ。とにかく、美味しい奴。癖になりそうなくらい、うまくて、カロリーが高い。申し訳ないけど、WFP推奨の「栄養バランスがとれた」なんてのはこの際、無視。とにかくカロリーが高いってのが条件で、日本のスーパーとかコンビニで、私の視界に入ると絶対的に無視したくなるような食べ物。それが基準。(私の中での基準。日本から、ああいう食べ物を、今後1〜2年くらいは追放してほしいなぁ・・・。体重が70kgを切って、解禁した途端に凄まじいリバウンドが来たし・・・。)だから、ああいう食い物は、全部海外に捨てて・・・って・・・
なんの話でしたっけか?

日本とか韓国とかアメリカでは、こういう食いもんが溢れているんだよぉ、ってなことを思いっきりアピールできるような積荷の「ジャンクフード」を大量に積載して、北朝鮮上空に、満遍なく飛ばす。そう、北朝鮮と全く同じ条件。撃墜できるもんなら撃墜してみろ、ってな感じだけれども、簡単に撃墜されちゃうかも。もう、日米韓の総力をあげて、大量に北朝鮮に飛ばしたらいいんじゃないかな。積荷は主に食い物。

いや、前提条件は、一応は日本も、「あんたんとこがやるんなら、日本もやるぞ」と事前に予告しておいた上で、北朝鮮が日本の領空侵犯をしたなら、あとはこれをやりたい放題できる、かな、ってあたりだろうか。
韓国なんかは、きっと、北朝鮮の人たちに直接語りかけたい話があるだろうし、そういうのはビラにして中に入れておいたらいい。「窓が開いちゃいましたぁ」なんて、飛んでる最中にどんどんビラが外に散ってしまったりするかも知れないけど、あのナス頭デブはどっちを嫌がるんだろうか。ビラか?それとも、食い物か?

それなら、いっそのこと、ビデオテープだとか、小型のラジオだとか、あるいは日常生活の便利グッズ、ダイソーを一軒買い占めて、その商品を全部貨物として、北朝鮮の上空に飛ばすとか・・・。一度でも北朝鮮に、「反撃ができるもんなら、やってみろ。日本は迎撃するだろうが、落とせるものなら我々の弾道ミサイルを落としてみろ。飛ばすぞ」と言わせて、日本からの警告を無視して弾道ミサイルで日本の領空侵犯したなら、しつこいようだけども、日本やアメリカから警告を出したという前提の下で、たったの一度でも領空侵犯したなら、(前回ミサイルが日本の上空を飛んだ時には、後から抗議しただけだったからなぁ・・・)そうなった時にはもう「了承済み」ということで、思う存分、北の上空からあれこれ落とせる。
論理的には、そういうことになると思うんだが、どこか間違っていますかね?

北朝鮮の方々のことを想像しても、楽しくなりませんか?空から、カップ焼きそばUFOとか、サッポロ一番の塩ラーメン、味噌ラーメン、カルビーのポテトチップス、山崎のメロンパン、(以下省略)とかが、降ってくる。朝鮮人民軍が撃墜すると、撃墜した場所に雨あられと食い物が降ってくる。
食い物だけじゃない、ラジオとか、ビデオとか、それに韓国からのビラも大量に・・・あとは何が欲しい?じゃなかった、何が要らない?
北朝鮮の方々が、「いつか、私たちの村の上空にも『南の反動分子の毒物』が配布されないかなぁ」と、皆さん期待するようになったりしたら、申し訳ないなぁ。かなりが「毒物」だと思うよ。うっかり食い続けたら、激太りするもの。その挙句には、糖尿病、高脂血症(以下省略)になる可能性が高くなる。毒です。だけど、きっと、みなさんなら大丈夫。だって、日本のお菓子とかは、日本に来た観光客の方々がお土産にするようなのも、かなりあるらしいし・・・。

で、ここまで読んで、「あ、この話、どこかで読んだことがあるぞ」とお気づきになった方がいらっしゃったなら、そうです。これは僕の、セルフカバーです。以前読まれたのは私のバックナンバーです。18年くらい前、金正日の時にも同じような話を書いた。けれども、思いっきり、世界とは無関係でしたね。ただ、今は(たぶん、イスラム国のおかげで)私のページもかなり拡散させていただいているみたいで、今回は結果につながりそうな気がする。日本人拉致被害者の帰国。そこにつながる、金正恩の××。

もう、見えてる気がする。やっとここまで動いた。金正恩は、絶対にグアムにミサイルを飛ばす決断を下す。だから、トランプさんとか安倍さんとかが(なぜ、いきなり「さん」付け?)「北朝鮮が行ったのと同等の行為を、我々も報復行動として行うが、それを覚悟の上でやれ」と、公式コメントとして明言してくれたなら、それで十分だと僕は思います。
無人飛行機を大量に調達して、ジャンクフードを大量にかき集めて、それを北の上空に飛ばす、なんてことは、民間だってできる。いや、韓国軍とか米軍とかが動いてくれるなら、北朝鮮の上空の超高度から直接こういうのをバラ蒔いたって、承諾済みってなことになると思うし。

で、そういう「食い物の空中散布」に対して、爆薬を積んだミサイルを撃って来たなら、その後は、大方が予測済みの通り。結果が早まるだけ。
サリンとかVXの液体を括り付けた風船「爆弾」を飛ばす可能性もあるけれども、気流を読み誤れば、北朝鮮国内だけではなく、中国やロシアにも届く可能性があって、中国やロシアの国内でその被害者出た際に、今時のインターネット社会で「当局の判断」と、被害者周辺がネットに開示するのと、どちらが先か、ってな世界環境になって来ている。どうなっても、そこから先の展開は、一点に絞られてくる。
さて、どれを経路を選ぶか、って、こんな馬鹿げた話を、また今夜も書いてしまった。

先制的報復?

北朝鮮、「グアム周辺への発射検討」=ミサイルで米軍けん制
https://www.jiji.com/jc/article?k=2017080900262&g=prk

北朝鮮「日本ごとき瞬時に焦土化」 敵基地攻撃能力巡り
http://www.asahi.com/articles/ASK8956DDK89UHBI01V.html

また、訳のわからない概念が・・・
「報復」っていうことは、相手から何かをされたという前提があって成り立つ訳だから、「先制」は有り得ないし、先制するってことは「報復」では有り得ないし・・・
こういう声明を発表する前に、誰も論理矛盾に気づかなかったんだろうか。要するに、あの国には、論理的に考えられる人間がいない、ってことなんだろうか。いや、そもそも、論理的に現実問題を考えれば、ミサイルだの核だのに明け暮れていたら国が貧しくなるだけだと、とっくに気づいていていいはずだから、要するに、バカしかいないと世界中に声明を出しているようなもんじゃないか、と私は思ったのだけれども。

それ以上に、この表現、別の面白い解釈が二つ。

日本は「専守防衛」だから、少なくとも相手が手を出して来なければ、日本の側からは武力を使えない、その方針を掲げることで、かろうじて憲法第9条の解釈を誤魔化している気がするが、殴られた時に殴り返してすら、憲法第9条には抵触するかもしれない。難しいよなぁ・・・。
北朝鮮というのは、日本の憲法第9条を日本人自身の手で放棄させるために存在しているのか?我々は、法治国家だから、放置国家の北朝鮮とは違う。中国といい、北朝鮮といい、憲法を改正しなければ国を守れないんじゃないか、という議論を突きつけてくるのは、いつも、「日本による侵略」を騒ぐ国ばかり。中国も北朝鮮も、絶え間なく日本に「武装の口実」を与えてくる。
鏡は自分の姿を写し出す、ってな感じで、自分たちの国家の姿を日本にかぶせてくるから、結局日本も「戦争」を「紛争解決の手段として永久に放棄」なんて感じの「理念」(目指すべき姿)を放棄得ざるを得なくなるのか、と思えてしまう。

ところが、ね!「先制的報復」なんていう概念が「北朝鮮による正論」としてまかり通るなら、少なくともその「概念が正しい」と考えている相手に対しては、同じ基準を適用して「防衛的先制攻撃」が成立する、ということになるかも知れない。法律の解釈とか、国際的な儀礼とかは、「相手の価値基準に合わせること」が根本にある、と私は考える。イスラムの慣習を持つ国に対しては、可能な限りイスラムの事情を考慮する。同様に、「先制的報復」なんてことを掲げる国には「防衛的先制攻撃」を掲げても、儀礼的には全く問題ないと私には思える。これは、「国際紛争を解決する手段としての武力の行使」ではなく、「相手が用いる対話の言語を使って、こちらも同じ言語で応えている」程度の意味しか持たないような気がする。
ボクシングマンガで読んだセリフ。「拳でしか語り合えない友がいる」ってな奴か。その国際儀礼版。(すみません、あたしゃ、外交官じゃないから。)

もう一つの解釈。
「報復」っていうことは、「自分が何らかの被害に遭遇した」ことが前提になる。それに対する「先制」で攻撃するぞと言っている訳だけれども、そもそも、「報復」が前提だ、ということは、先制してはいるけれども、報復が正当化されるだけの被害を自分たちは被っている、すなわち、言ってみれば、その「先制」が相手の攻撃を止められず、空振りに終わって被害を被るけれども、全力でバットを振って空振りします、みたいな感じで、もう、哀しいくらい敗北主義の一言に感じられた、というのが一点。
「全力で三振して来ます!」なんてセリフも、何かで読んだ気がするなぁ・・・。なぜか、そのセリフだけ思い出したけれども、野球マンガって、数はメチャクチャ多いですからね。

あとは、あれ。「明日僕は、昨日の君とデートする」ってな感じのタイトルの映画。(何だか、エンディングが近づいたら泣きそうな気分になった。切ない。)でもね、時間てな奴は、人と人とが接点を持つこの世界では、一方向にしか流れないから、過去に遡っての「先制」は有り得ない。切ない未来を予見させる一言。「先制的報復」

大元は、こっちか?

敵基地攻撃能力の保有検討へ 防衛省、北朝鮮脅威受け  18年夏メド結論、国内外から懸念も
http://www.nikkei.com/article/DGXLASFS04H6G_U7A800C1MM8000/
(う〜ん、有料登録していないので、全文は読めんかった。)

敵基地への攻撃能力持つべき? 小野寺元防衛相に聞く
http://www.asahi.com/articles/ASK47778GK47UTFK01N.html
(あ、こっちも有料記事だった。でも、こっちの方が結構読めた。どうでもいいや。俺、金ないし。)

単純に考えて、「専守防衛」に意味があるのは、敵が上陸作戦を試みているような場合、つまり、太平洋戦争の際の米軍の沖縄上陸のようなケース、だと思う。(海と陸がだけ前提の時代)

北朝鮮のような「ミサイル攻撃」が前提になるならば、日本人の生命・財産を守るべき責任がある日本政府の取るべき立場として、相手のミサイルの発射能力を奪わなければ、おそらくは守りきれない。だから「敵基地攻撃能力」を議論すべきだとは、思っている。けれども、記事の感じからしたら、「議論」の「結論」が出るのは何十年先か・・・。何十年どころか、数ヶ月先には「結論」ならぬ「結果」は出ている気はする。

毎週通っている心の勉強会。師匠が言っていた。
「私を殺すと言って近づいてくる人がいたとして、それは私には事前にわかるけれども、相手がそれを望むなら、どうぞと言って受け入れる、それが、神がヒトに対して求めている姿だから、私はそれを受け入れるだろうし、過去世で何度もそうやって受け入れて来た」ってな感じのお言葉。似たようなことを語っている宗教も、あったなと思う。(イエス様とかムハンマド様とか。)相手が振りかざしたナイフを、心と体を開いて心臓で受け入れる、そうして相手を受け入れる。(裏もあると、私個人は考える。その行為は、相手が死んだ後も相手自身の魂に刻まれて、何度となく反芻されるから、相手がその善悪を理解するための材料として、自分の身を提供するという、輪廻転生と魂の永続性に基づいた考え方、でもあるかなと、私は理解している。)
話を戻して、実際に日本は、核爆弾を受け入れて来た。そうして、アメリカを責める以上に、戦争行為を責めて、戦争に至るヒトの心のあり方を責めた。その日本人のあり方は、師匠が以前講演会で話してくれた「攻めようとする相手を、あえて受け入れる」という考え方に背いていないと思った。だから私は、日本人の基本姿勢は神の思いに背いていないと思った。無論、「相手に自分を攻める口実を与える」という「自分自身の非」を自ら知るべき、というオマケも付いて来ている、とは思うけれど。(こう言うのは、あのナス頭デブを挑発している私が書いていい表現じゃないかな、とは思うけれど。)

結局、言葉なんぞ、なんぼエスカレートしようが、ただ無視したらいいだけ、だとも思う。
「反動分子」だとか「傀儡」だとか「壊滅」だとか、とっくに聞き飽きてる。もう何十回聞いたかわからない単語を改めて並べられたって、ふ〜ん、っていうくらいしか感じられない。北朝鮮産のしじみの禁輸措置に対しても、今回と似たような言葉を使っていたし、言葉のインフレーションで、全然気にする必要はないと思った。

あれ、確か昔のボクシングマンガであったな。なんでしたっけか?正確には思い出せないけど、「ギャラクティカ・マグナム・スペシャル・ローリング・サンダー」とかなんとか叫びながらパンチを繰り出すやつ。(若い皆さん、ごめんなさい。時事ネタならぬジジイネタです。)本当のボクシングで、そんなもん叫んでいたら、その叫んでる間に何発パンチを食らうんだろうか。
あれと一緒。「反動分子」の「傀儡」を「壊滅」させ「日本を沈没」させて「完膚なきまでに」・・・面倒くさいからもう引用しないけれども、要するに、中身がスカスカだってなことだと、私は思った。
気にする必要なんて、何もないんじゃないでしょうか。
ってか、新しい表現がほとんどなくて、陳腐な表現の羅列。「新しく出て来た表現」は、「先制的報復」ってな、明確に墓穴を掘りそうな論理矛盾のある表現だったし。ミサイルは作れても、他人に訴える言葉を使いこなす能力がない。言葉を使いこなせるのは、人間だけだけれど。要するにバカ。想像力の欠落。もうちょっと、なんか目新しい表現ない?

一応、「現実的な対応」として、万が一にでも、ミサイルが日本の領土・領海内に着弾した際に、自衛隊は国を守る必要があるのか、もし、日本人として誰かに生命・財産を守って欲しいと思うなら、(私個人は、別に何も思い残すことがないし、子供もできなかったから、今死んでも全然後悔はないけれども、他の人はそうではなさそうだし、)具体的にどうしたら「守れるか」ってなところは、議論を煮詰めておくべきじゃないかな、と思った。
いや、「守る」と言う意識そのものが、敵に隙を見せている。これは、柔道とか剣道とか、日本の武道の根幹にあるような気もしたけれども、よくはわかりません。

っていうか、たぶんだけれども、北朝鮮問題は1年以上は長引かない。そして、北朝鮮の後は、金正恩が面白いくらいに「題材」となって、それなりに国際的な「危機回避」の枠組みが数年がかりで出来上がってくると思う。ポルポト以上に新鮮な「残虐者の象徴」。で、そうした挙句に、たぶん事後承諾的になるのかはわからないけれども、日本で「敵基地攻撃能力」についての「法的解釈による指針」が仕上がるのは、十年以上先になるような気がする。
全然、意味ねぇじゃん、とは思うけれども、それが日本の良さなのかもしれない。のどかな国だよなぁ。

ノスタルジーの世界とか、メルヘンの世界は、僕は大好きですから。ハリポタも全部見たし、ナルニアも見たし、ジブリは言うまでもないし。でも、ネズミの国は一緒に行きたい相手が身近にいないからパス。

長くなった。ごめんなさい。こう言う話題を書くから、今度埼玉県のビジネスアリーナに出展する際に、同業の零細企業に「費用折半」でもいいから、間借りさせてください、なんてな提案をしたいのだけど、いかんせん、会社のブログにこんなクソみたいな話題を書いちゃっているもんだから・・・。僕だって知人を巻き込みたくないし、個人としてだけではなく、「会社」としても、世間一般からは「関わりたくない相手」になりつつあるんかなぁ。
個人的には、明日ミサイルが頭の上から落ちて来ても、全然悔いはないから、満ち足りた気分で、このページを書き終えます。

古い奴だとお思いでしょうが・・・

これが、誰の歌の出だしか、知ってるだけであなたの年がわかります。

Raspberry Piのセキュリティ+耐久性が不安になって、カーネル回りの設定をいじり始めていたら、とにかくもう、あれが「非推奨で、今はこれ」、”… is obsolete!”的なのが多すぎる。昨日も、調べ物をしていて収束しなくて、根気が尽きた。今日も、そろそろ限界。コードを書けない、環境設定だけが延々と続く、このじれったさ!

nginx(エンジンエックス)を知らなくて、大恥かいたのは何年前か。いや、出てからまだ5年も経っていない頃だった思うが・・・PumaだのApacheだの、そんなに全部試せるわけないじゃないか!と思いつつ、当たり前のようにあちこちのブログで書かれていることの確認が取れていない(のに、教える立場も持ってる)という恐怖が先行して、片っ端から調べるものの、収束せずに、知らない別の話題が出てくる。でも、それらも今がピークで3年後には消えている環境がいくつあるんだろう。

今日の収穫は、Banana PiとOrange Pi。ナンジャコリャ、だけれども、ラズベリーパイの二番煎じか三番煎じで、バナナパイとオレンジパイが勢いをつけているらしい。何の話か。一応、コンピュータ関係の話をしてます。

腹立つよなぁ・・・「以前はこうだったらしいが、今はこう」の、「以前はこう」の方しか知らない。「今はこう」の方は、指が勝手に動いてくれない。(以前はこう、の方なら、暗闇の中でも画面を想像してコマンドを打てたのに・・・)

日陰育ちのひねくれ者、馬鹿な人間でございます。
三歩進んで二歩下がる。

今日は、あがり。いいさ、昔もこうやって「新しいこと」を覚えたんだ。ブランクが長すぎただけ。

中国に感謝

中国が最も大きな代償を払う、国連の対北朝鮮制裁決議で=王外相
(https://jp.reuters.com/article/northkorea-missiles-idJPKBN1AO069)

北朝鮮ICBM「新たな脅威」=中国軍の日本海進出警戒-防衛白書
(https://www.jiji.com/jc/article?k=2017080800376&g=pol)

アメリカの大統領がトランプでなければ、もっと違った展開だったんだろうなとは思う。その文脈で、中国が「責任を押し付けるな」とか、制裁の内容に関してアメリカを非難するのは、とてもわかる気がする。
結果的に、国連決議に賛同してくれたのは、ロシアともども、感謝すべきことかなと思う。(あたしなんかが感謝しても、全然意味なんかありませんけどね。)

防衛白書。北朝鮮が「脅威」なのは、日本領海に潜水艦で侵入したり、日本人を拉致したり、何十年も前から全く変わらない事実だと思う。「新たな脅威」って言ったって。なんだか今更な気もするし・・・。
それよりも気になるのは「シナリオX」で、いわゆる「最悪の事態」での中国やロシアとの連携のような気がする。いや、日本はアメリカとは緊密に連携が取れているだろうけれども、「万が一」の際に、日本海やら黄海やらで日ロ、日中の艦船が衝突するなんていう事態は絶対に避けて欲しいなと思う。共同作戦なんてのは絶対に無理だとしても、必要最小限の情報共有っていう奴だろうか。この海域に艦船何隻が何時間後に移動する、程度の・・・。この場合、相手に何を言われてもそれぞれがそれぞれの作戦行動を取るとしたなら、「通告」しかないんだろうな、という気もするけど。

それぞれの思惑なんて違うし、それぞれの国益優先の結論だって違って当然だけれども、現実問題としての衝突回避のメカニズムだけはしっかりと構築しておいて欲しいなと思う。個人的には、日本はアメリカの存在なしでも、対中国、対ロシアの「安全」を保全すべきだと思っている。直接的な国家の危機に際したなら、トランプの判断を待つ必要などないと私は思う。小野寺、安倍の判断で直接中国やロシアと「衝突を回避」できる手段を持っておいて、あるいは、既にそうしたメカニズムが存在するなら(別に、国民として知る必要はないかも知れないけれども)再確認して欲しいと願ってやまない。

「核を持たなきゃ、あるいは核の傘に入らなきゃ、自衛できない」なんて、「土用の丑の日にはウナギを食わねばならぬ」とか、「上元節には爆竹を鳴らさねばならぬ」とか、「ウォッカにストレート以外の飲み方は存在しない」とか、根拠があるんだかないんだか、なんとなく「ずっとそういうものだと思っていたから」というだけの話のような気がする。ウナギは絶滅危惧種に指定されていなかったっけか?大気汚染と爆竹とどちらを優先するかは、それは中国人が決める問題だから口は出さないけど・・・。いや、ロシア人とウォッカの関係は、私には全くわかりませんが・・・。それに俺、お酒なんか大嫌いだし。

こういう話題が一切通じない人は放っておいて、国益は国益、交渉は交渉としてとことんやり合うにしても、互いにリスペクトし合いながら共存するためにどうしたらいいか、話が通じ合うどうしとして、国境を接している中国やロシアと、いい関係が構築できたらいいな、と思う。

人工知能考

期せずして、面白い話題に遭遇した。
中国の、中国共産党を誹謗する人工知能。改めて考えてみると「人工知能元年」などと言われながら、日経関連の雑誌でも、こうした切り口はなかったな、と思えたのは、「人工知能」を育てるためには、「正しいデータを与えなければならない」という点だと思った。
「人工知能ショック」とも言うべき洗礼が待っている気がした。

囲碁や将棋の場合には、「ルール」が明確になっている。業界用語でいわゆる「ルール・ベース」で、「データ・ベース」(データを蓄積したもの)ではなく、「ルール」を蓄積したものを指す。囲碁や将棋などでは、これがまず基本にある。だから、昔は、そのルールベースにのみ基づいて、総当たり式に「最適解」を求める手法も研究されたりしていた。(と、理解している。論文なんてほとんど読まなかったけど・・・)
ところが、それではあまりにも効率が悪いために、「優れた棋譜」とか、人間による優れた指し手を研究して、囲碁では「定石」とかを覚えこませ、「ルール・ベース」に「ナレッジ・ベース」(知識ベース)を併用するようにした。ナレッジベースは、「データベース」とは異なり、「こういう場合には、こうする」「こういう時は、こうなっている」という、いわゆる専門家の「知識」を記号化したもので、昔は「エキスパート・システム」とか呼んだりしていた。現在の人工知能のカテゴリーの一つだと思う。

初期の頃、これらが応用されるフィールドは、囲碁や将棋などのゲームか、でなければ、工業分野に限られていて、工業分野では「正しく計測された数値」とか、「製品の不良」とか、数値であったり、「正誤」「善悪」がはっきりしているものにだけ適用されていたため、人工知能を育てるために与えるべきデータに、誤謬が入り込む余地は少なかった。

その応用のフィールドが広がり、例えば株式の売り買いなどにも適用されるようになった。けれども、「不安」のために投げ売りするとか、そうした人間の心理的な要素すら「定量化」しなければ、必ずしも「正解」を出せるとは限らない。だから、「人工知能」が大勝ちした、というニュースは流れていなかったと、理解している。人間と違って見落としや取りこぼしが少ない分、人間よりは成績がいいのだろうけれども、急激な変化がある場合には、AIも人間の振る舞いを予測しきれていなかったのだろうと思う。
というよりも、こうした「業界AI」は「与えるべきデータ」が偏っている場合が大半で、普遍性を持たせ得ない、というのが限界だと思う。

もう一つの限界がある。いわゆるHidden Layerの扱い、深層学習とか言われるdeep learningの話題で、私は、人間の脳や神経の発達から考えたなら、「Hidden Layer」がHiddenではなく、最表層となっている、まだ未成熟な新生児の脳の段階から学習は始まっていて、それは、例えば視覚認識であるならば、縦線と横線とを区別できる、などといった、極めて低次元な「認識」から学習していって、その上に新しい「学習層」を加えることで「発達」したのが「自然知能」だと思うから、Hidden Layerを「システムが勝手に学習するLayerだ」として扱う限り、人工知能は自然知能を超えることはないと思っている。
知人たちの誰も覚えてくれていないと思うけれども、僕は30年前から同じことを言っていました。10年前とか、20年前とか、何かが話題になるたびに、この話題を持ち出して書いた記憶があるんだけれども・・・残ってないだろうなぁ。ってか、こんな話題の記録が残っていたって、30年前に戻って研究できる訳じゃないし、極右だか極左だか、どっちかに間違われて(きっと、どっちにも見えるのかも知れないけど)訳もわからず、私生活が壊れていったのが25年くらい前だったから、もう今更、どーでもいーけど。

それでも、エキスパートシステムのような「膨大な経験則」に基づき、「望ましい状態」と「望ましくない状態」が明確に定義できて、正しいデータを与えられる限りは、AIもかなり正しい答えを出してくるんだろうと思うけれども、「望ましい状態」が定義しきれない応用範囲、例えば、「自然な会話や応対を学習させる」なんていう場合には、冒頭に書いた、中国共産党を非難するように、人工知能が学習をしてしまう。

ここで、人工知能に「中国共産党を非難してはいけない」というルールを加えたとする。ルールベースにそれを書き加えたなら、「普通の会話」が成り立たなくなって、全然自然な会話にならない「人工知能」が出来上がるだろうと思える。大半の会話は、直接的にそこに言及していなくても、微妙に因果関係として「中国共産党非難」にかする内容を含む発言を学習できないから、普通の会話をとり込む能力も激減し、その結果、幼稚な会話とか、共産党の公式発表的な内容しか話題にできない「普通の大人の会話」が全くできない人工知能になる可能性が極めて高いと思う。そうした「足枷」を外せば、報道にあった通りで、笑えるAIが出来上がる。

それでは、「産業応用」はどうなるか、あるいは、もっと幅広く「行政にも応用できないか」なんていう話題になった時に、AIはどうなるのか。一つ一つの工業製品を作る場合でも、単能的に「レンズの研磨精度をあげる」とか、それに特化したなら応用はできるだろうけれども、もう少しマクロな「工場全体の効率を上げる」なんていう目的になってくると、「与えられる学習用のデータ」に嘘偽りがあったなら、まともな判断のできないAIになると思う。要するに、地方の役人が、自分自身の責任を問われないために、中央政府に水増しした「工業生産量」の報告とかをしていて、それが「投下資本」と「経済実績」を学習するためのデータとしてAIに投与されたなら、もうアウトで、そのAIがまともな答えをだす可能性は極めて低くなる。と思う。どなたか、専門家の方は、シミュレーションしてみて下さい。

さらにね、例えば政治に応用する、なんてなった時に、「ありのまま」で学習させると、「こういう場合にはAさんに賄賂をいくら支払え」とか、「それならば、Bさんに女を抱かせればいい」とか、もう、人間社会の「悪いこと」を全部取り込んで「指示」を出してくるAIに仕上がると思う。逆に、習さんが「腐敗官僚の撲滅」とか言って頑張っていたように、「これはダメ、あれもダメ」で学習させたなら、それこそ、党の幹部だろうが、軍の幹部だろうが、片っ端から、「あなたは辞任すべきだ」なんていう結論を出してきそうな気もする。
一歩退いて、AIが役立ちそうな分野として「経済運営」を考えたとしても、与えられるデータが全て正しくなければ意味がないし、中国共産党の中央が「地方の正しい統計指標」を完全に把握しているか、と言ったなら、まず無理な相談だろうと思う。つまり、AIには出番がない、と思う。人間が嘘をつかないという前提がなければ、「人間」に関する活動に適用することは困難なのだと、私はAIを理解している。

冒頭に書いた、日経関連の雑誌や記事でも、あまりこうした切り口は見かけなかった、というのは、AIを応用するためには、「嘘のない真実」だけをAIに学習させなければ、意味がないという点で、逆に言えば、AIを活用しようと考える限り、それまで「嘘」で塗り固めたような会社とか、国家とかは、それらの全ての「嘘」をとっぱらわなければならない、ということになる。もっと端的に書けば、「嘘をつかない」か「AIは使わない」かの二者択一になるんだろうと思う。

これは、はっきり言って、中国の隣国としては、とてもありがたい。誰もが正直に振る舞ったなら、悪いけれども中国共産党は機能しないでしょう?AIを活用できないならば、それなりに世界から遅れをとる。じゃぁ、現状のままAIを適用していったらどうなるかと言えば、軍部に支払う給料がなくなるとか、アメリカの大統領に賄賂を渡すようにAIが指示してくるとか、自転車が通っただけで落ちるような橋の図面を出してくるとか、AIを使ったコンピュータシステムは社会のインフラを壊しにかかるから、もう、中国が日本の領海やら領土やらに侵入してくる心配など、何もなくなる。唯一心配するとするなら、(中国の金持ちは、みんな、アメリカとかカナダ、オーストラリアなどに逃げるんだろうけれども、)金を持たないボートピープルは・・・、ってなところだろうか。

こういう視点での、人工知能の「社会的なインパクト」というのは、やはり無視できないような気がしたニュースだった。

企業の財務報告書の虚偽を見抜く能力、これは、真面目な公認会計士さんとか、税理士さん、あるいは、税務署の職員の方々など、半端なく優れていると理解している。それは、膨大な量の「正しく報告された財務報告書」によって学習し、かつ、「粉飾された財務会計書」を「粉飾された」というアノテーション付きで学習し、その両方の結果によって、正しくない財務会計報告を見た瞬間に、「あ、これは粉飾ですね」と見抜く能力を身につけている、ということなんだろうな、と思う。財務会計については、この「正しい財務会計報告」と、「粉飾のあった報告書」をアノテーション付きでAIに学習させ、かつ、簿記などに相当する「ルールベース」をプログラムしておいたなら、最強の「財務会計監査」システムが作れるに違いない。
ただし、その大前提は、これまで膨大な量の「嘘のない会計報告」が蓄積されている、ということになると思う。そうした「正しいデータ」がなければ、AIは誤動作しかしない。

幼稚園児が幼稚園に通うようになったら、いきなり「ウルセェ、このクソババア」という言葉を覚えて帰ってくるようになった。こういう話は、結構あるらしい。(あたしゃ、人生棒にふって、子供をも持てるとは思わんけど・・・、でもまぁ、酒とタバコがあれば、それで十分かな・・・。それはさておき。)こういう場面で、「そういう言葉は、悪い言葉だからね、使っちゃダメなんだよ」と教える親と、そのままにしておく親とで、子供将来は分かれるような気がする。人間の子供の場合でも、そこで「理由」まできちんと教えられるならば、「正しい回路」の成長は期待できるものだと、私は理解している。実は、人工知能でも全く同じことが言える訳で、囲碁や将棋のように「ルールベース」が明確で、自由度が大幅に制約されているならば別だとして、自由度がほぼ無制限に大きい「一般社会の人間関係」などえ、大量のデータを流しさえしたなら学習すると思ったら、それは大きな間違いだと思う。AIに一つ一つの事象について、「これは覚えてもいい」「これは覚えちゃダメ」というのを教え込まなければ、何かと相談すれば、「賄賂を送れ」みたいな指示しかしてこない、能無しのAIが出来上がると私は思う。

鏡よ鏡よ、鏡さん

悪いけれど、笑った。
AIが「共産党は無能」と批判=中国ネット大手、サービスを停止-香港紙 (https://www.jiji.com/jc/article?k=2017080200817&g=int)

人工知能が政権批判。さすがにねぇ・・・逮捕、監禁しようがなかろうし。

昔から色々と「お話」はあるよなぁ。「世界で一番美しいのは、だぁれ?」→「あんたじゃないよ。」とか、
「王様は裸だ!」とか、
幼児の発言で「××さんって、バカなの?ママがいつも言ってる。」とか、正直な発言ってのは、往々にして抹消させられる。

「対話」を学ぶ人工知能だから、きっと、ネットでの発言を学んだんだろうか。それならまだ、笑い話で済ませられるけれども、政治の実態、因果関係、効率性などなどをAIに学習させて、この話題が出てきたとしたら、かなり本質をえぐっているんだろう。
いや、僕らとか、劉さんとかが非難をしても、どうせ聞く耳を持たないだろう中国共産党も、人工知能に言われちゃったら、多少は考えるんだろうか。それとも、AIだったら初期化しちゃう?

そうか、これほど簡単に黙らせられる相手もいないんだろうな。
習さんには申し訳ないとも思うが、私の思考パターン、行動パターンは、極めて単純。以下のような感じ。

日本人拉致被害者を返せ!  –>> 北朝鮮
金正恩が、全く聞く耳を持たない。> それなら、金正恩を排除したらいいじゃん。
どうやったら金正恩を排除できる? > 経済を破綻させたら、クーデターが起きるんじゃないか?
どうやったら経済が破綻する? > そりゃぁ、GDPの大半をミサイル開発に費やせたらいいだろう。
でも、ミサイル開発の資材購入に必要なカネは、中国との貿易で稼いでいるみたい。
中国は、北朝鮮を守る。 ∵ 緩衝地帯として必要。 → 中国が変わらないと、日本人被害者、帰らない。
→ 中国共産党の体質を変えるしかないんじゃないか? → 変わらんだろう。
→ だったら、中国に民主化革命に起きてもらうしかない。
これが結論か。ってなところかなぁ。

風が吹けば桶屋が儲かる、ではなくて、拉致日本人に帰国してもらうには、中国に民主化革命が起きてもらうしかない、ってな話題だろうか。

という訳で、僕も延々と書き続けよう。とは思うけれども、仕事の都合で頻度はかなり下がるか。
でも、まだ8ヶ月くらいは、有限会社シグナリスも持ちこたえる。
そこから先は・・・社長に「ブログ癖」をやめてもらわないと、かなわんなぁ・・・
それまでに、拉致日本人、決着つくかなぁ。
いや、つくかなぁじゃなくて、つくように言葉を発するしかないんじゃない?そういう性格なんだから。

 

共産主義

日本は共産社会だと思う。
なんていうと、日本共産党がどうこうってな話になるんだろうけれども、本来的な共産主義は、生産能力の有無と分配をリンクさせずに、いわゆる能力主義ではなく、(多少の勾配はつけるにしても)能力が高い人間も、能力が低い人間も、平等に分配を行うことで、極端な貧困を回避するという、そうした社会モデルだと思う。古代ギリシアのゼウスの統治がその源流だと理解している。
端的に言えば、「外回り行ってきまぁす」なんて言って営業車で外に出るとパチンコ屋に直行し、適当に時間を潰して帰社し、「頑張ったんですけど、先方に会えませんでしたぁ」なんて言い訳を毎日繰り返すスチャラカ社員も、サクサクと毎月数千万円・数億円の契約を取ってくる有能な営業マンも、そんなにも差をつけない、そういうシステム、特に会社社会のその「均一性」は、いい意味でも、悪い意味でも、日本的な共産社会の特徴だと私は思う。必ずしも、捨てる必要はないんじゃないかな、という気分はある。一人の人間だって、好調な時もあれば、絶不調の時もある訳だし。特に、スペシャリストと呼ばれる職種では、高いレベルで安定させられる人もいるだろうけれども、そうでない僕みたいなのもいる。スチャラカ保険はありがたい。

いや金が全てだ、金をどれだけ持ってるかが人間の価値だ、なんていう、アメリカ的というか、中東的というか、中国的というか、金は稼げる時に一気に稼ぐんだと、そういう価値観もあるんだろうけれど、そういうことではなくて、生きている間にどれだけ他人の生活を助けることができたかという、死んでも消えない価値の方に、結構な昔から日本は価値観の比重を置いていたような気がする。そのために、いわゆる「共産社会」的な社会システムが出来上がってきたんじゃないかな、という気がしてならない。極めて個人的には、実際に我々は肉体を抜けた後の価値のために肉体を持っていると、私は信じている。(今は、ということだけれども。)たかだか、数十年の肉体を持っている間だけの時間軸ではなくて、前回はどうだったか、前々回はどうだったか、千年単位で過去に遡り、千年単位で先を予想したとしただけでも、どの程度の差がつくかが見えてくる。それを、さらに数万年単位に広げたならば、個人個人の生まれついての能力の差として歴然と「生き方の違いによる結果の違い」として見えてくると思う。(私には、個別に誰がどうこうというのは見えないけれども・・・)その差があるから、生まれた時点で私にはこれとこれとこれができるけれども、あの人はあれとあれができる、という持って生まれた能力差があると、思う。

ずいぶんと、バラエティに富んだ「各種」の集会に顔を出した。明らかに公安調査庁の尾行が付いていた頃だったかなぁ・・・。やめときゃいいのに、ついつい、極右とか極左っぽい団体の、街頭での勧誘ビラを見て、「あ、これ面白そうですね」などとわざわざ引っかかって、集会に顔を出して、尾行してきた人の顔色をみる。今にして思えば、本当にやめときゃ良かったと思う。
親に構ってもらえなかった、というか、何をやっても結果をコミットしてもらえなかったガキの頃からの鬱憤があってなのか、ついつい、相手の興味を惹きそうな行動を取りたがる性癖があって、(たぶんまだ抜けてない)その相手が国家の公安だったってのは、ある意味最悪だったかも知れない。そういう三十代前半。
でも、極右も極左も面白かった。はっきり言って、因果関係を全く理解していない、(知識が偏っていて、論理を組み立てられていない)人たちの集団だと思った。聞くだけだったけれども。原因として列挙している内容と、「だからこうする」という結論の間に、歴然とした論理の飛躍があって、しかもその部分を独自の思想で埋めている。一般人はそれを理解していて、そういう方々を表向きのレイベリング(ラベリング?なんていうんだろう、レッテル貼り?)に基づいて、日本の政治体制は語られているんだろうか、なんて考えて見ても、答えはまだ見つけていないし、見つける気もない。言わせてもらえば、最近は、ネットで結構突っ込む人たちがいるから、一般でも外から見えやすくなってるけれども、似たような論理の飛躍を口にしている政治家は山ほどいるし。因果関係を事象としても捉えていないし、数字としても捉えていないし、あまりにも馬鹿らしい「論理」がまかり通っている気は、今でもする。

ようやっと、本題。習近平さんや、プーチンさんは、どんな共産社会を目指しているんだろうか。習さんの場合、中国共産党のドグマが大前提なんだろうけれども、どんな状態を目指しているんだろうか。
「共産社会」をモデルとして掲げて、近代において最初に実装したのは、ロシアのスターリンだったんだろうか。中国はそれを模倣した。異論はないだろうと思う。同様に、それを目指したのはカンボジアのポルポト。何のことはない、「共産主義」を掲げながら、やっていることは独裁政治に他ならない。「1984」の世界である。
論理的に考えない「国民」も、相当に多い。それを実感させたのが、アメリカの大統領選挙だった。掲げている理念が何物であるのか、考えることなく、伝える手段と雰囲気だけに流される。おそらくは、それと同じように「共産主義」は席巻したんじゃないかという気がする。ナチスもそうなんだろう。少なくとも、共産主義には社会の不公平に対して不満を抱く労働者階級には(特に、貴族階級が搾取階級だった時代には)アピールする内容だったのだろうと思う。資本主義の下でも、アメリカがそれと似た状況に陥った、しかも、その貴族階級のシンボルのようなトランプが当選した、というのは、一体どういうことなのか、私には理解できていないのだけれども・・・

そうして、今現在、最も問題だと思えるのは、プーチンさんも、習さんも、自分たちがその「共産主義」の亡霊に支配されていることに気付かず、スターリンやポルポト、あるいは毛沢東などと同じような立場に立とうとし、世界から見たら明らかにポルポト以下の国家指導者を支援する立場に立っていることだろうか。「共産主義国家」対「自由主義国家」という対立構図の亡霊の下で、構図だけ維持しようとする。言わせてもらえば、アメリカのトランプはもはや、「貴族支配」を打破した「自由主義」の理念など残骸も残っていないし、共産主義国家の対立軸ではありえない。それぞれの過去の残像が違うだけで、中身は毛沢東と大差がないと私は思う。そうした残像に支配されて、プーチンさんや習さんが、緩衝地帯としての某国の存在を護持することにこだわるのは、やめるべきだと、それを強く主張したい。
なんというか、500年とか1000年とか続く伝統の「ケンカ祭り」(架空ですが)で、理由はよくわからないけれども、A町とB町が激しく神輿をぶつけ合う。なぜそういうことになったのかはわからないけれども、歴史と伝統っていう奴で、毎年一回「敵対」して儀式的にケンカする、なんていう構図に似ている気がする。

某国は「共産主義」的なのか。つまり、全ての富を人民に分配するシステムを確立し、その「革命」のためには武力行使、すなわち戦闘すらも厭わない、そういう、共産主義の理想に燃えている国なのか。え?「富の分配」が、あの国にあるの?と、私は思う。富は全部指導者様の皮下脂肪になっているんじゃない?「富の再分配」がないならば、そうした某国を護持しようとする中国には、共産主義の理念など語る資格はないと私は思う。共産党の看板を下ろすべきだ。「共産党」の名前が涙を流して泣くんじゃないか?共産国家とは独裁国家である、というアンチテーゼの方こそ真実であると、習さんは証明したいのか。緩衝地帯?アメリカと対立する必然性なんかあるのか?

ロシア。いや、僕がプーチンさんの悪口を時々書くと、「プーチンさんは親日でしょ」なんて話が時々聞こえてきて・・・。それはそれで、とても嬉しい話だが・・・。ロシアが旧ソ連の体質を引き継ぐ限りは、欧米から干渉されるべき問題点がある。それは、国民の人権を認めないという点において、スターリン、毛沢東、ポルポトなどと同じ軌道が見え隠れするという点だと思う。僕は文系じゃない。歴史とか、政治の学者だったなら、過去の「マスコミ」報道で(一応は、マスコミが「公平だった」と仮定して)、国家を責めていたのか、政権指導者を責めていたのか、あるいは、国家を礼賛していたのか、政権指導者を礼賛していたのか、それらのニュアンスが調べると何か見えてくると思う。注意深く報道を読んでもらえたなら(AIとか使わないと、文脈を読み取るのは難しいと思うけれども、)ポルポトなどはわかりやすい。国外からはカンボジアという国家を非難する以上に、ポルポト個人を責める報道が多かったと私は記憶している。現在のアメリカの場合には、アメリカがどうかよりも、トランプが何を言っているのかの方が、圧倒的に多い。ただ、中国やロシアについては、習さんがどうか、プーチンさんがどうか、よりも、中国がどうか、ロシアがどうかという文脈の方が多いように感じる。その理由は、政治に自由度が少ないから、習さんでもプーチンさんでも、結局は「型」にはめられるから、ということではなかろうか。

中国もロシアも、「共産主義」を掲げた状態から次に進めていない。ロシアは、形式的には多少違うにしても、体質的にはやはり「ソ連」としての残像を引きずりすぎている。中国に至っては、全世界で「共産主義国家」がどういう目で見られているかなど、気にもしていないだろうと思う。(こういう偏見に基づく意見はあまり書きたくないが、そもそも、他人からどう見られるかを気にせずに、マイペースを貫くのが中国人かもしれない。)多少は気にしたら、もっと、周辺から受け入れられる答えが出てくるだろうに。言わせてもらえば、あのプーチンさんですら、基本的には「残像」の中で国家の将来像を描いている。

世界は、もっと、国境を細かく区切る時代に突入していくだろうと私は思うけれども、(そこの住人がどう思っているかが問題なのであって、方法論としてはおそらくは、イギリスが先鞭をつけるのか、スペインか、そんな流れだろうかと思うが、)クルド人の扱いでトルコやイラクの「民主化度」が問われ、時間の問題でロシアや中国もそのまな板に乗る、と思う。世界からどう見られるか、国民と国家はどういう関係にあるべきなのか、その価値判断の論理検証の土俵に乗れなかったなら、ロシアによるアメリカ人外交官の国外退去程度では片付かないほど、難しい問題になると思う。

歴史とか伝統とかを尊重しつつ、建設的に将来を考える選択肢は、絶対にあるはずだと、私は思う。