コーディング規約

見出しの重複は、もう気にしないことにした。もしかしたら、同じ見出しで以前書いたのがあるかも。

PEP-8(ja)

を首っぴきしながら、コードの修正をかけている。事情があって、「綺麗なコード」でなければならない状況になった。10人が10人、なんてのは無理だとわかっているけれども、10人中9人までには、突っ込まれない程度に綺麗なコードにすべく、書いたプログラムを全部読み返している。文章の推敲みたいな感じか。ロジックの美しさの追求、的な・・・。

めげそう。「もういいや」って言いたくなる。どうせ自分が恥を書くだけ、ってことも言っていられない立場になったもんで、「お手本」を示すってのは大変なことだな、と思う。仕方ないよなぁ。教員もやってるもんなぁ。

親父が昔ボヤいていたことを思い出す。「教員ほど割に合わない商売はない。給料は安いのに[注:年金を考えると事情は違うな、と今は思う]、交通事故を起こせば絶対に新聞に名前が載るし、」ってな話。事情が似てるのは、警官も同じだろう。

ただ、中途半端な「地方」公務員レベルだと、故意ではなく事故でも、何か起こせば名前が出るのに、国家公務員レベルになると、もう税金の使い道が不透明でもまるで表に出て来ない(新聞も遠慮?)、それに文句も言えない、ってか彼らが「忖度」しなけりゃならない状況を作った議員さんたちの「パワハラ」は隠蔽、「トカゲの尻尾きり」なんて話もあるけれども、元国税庁長官を「尻尾」とするあたりが、すごいな。めっちゃ、話が逸れた。

皮肉な話だ。「俺は、絶対に教師にだけはならない」と親父やお袋に豪語していたのに・・・蛙の子は蛙か。

つい、この間書いた話題(ファイルのバイナリ・オープンの話題)のサンプルプログラムでは、Camel(ラクダ型)とSnake(蛇型)が混在していた。これ。

iRet = fopen_s( &fd, file_name, “rb” );

fopen_sは、Microsoftの仕様、だけれども、file_nameはSnake型、iRetはCamel型。この混在は汚い、とアップした直後に気づいたけれども、もういいや、と、修正しなかった。

Camel型とは、コブがあるみたいに単語を繋げる「変数名」などの定義方法の呼び方で、thisNameIsDesignedInCamelStyleという感じの書き方。Snake型とは、全部小文字、下線で単語を繋げる「変数名」などの定義方法で、this_name_is_designed_in_snake_styleみたいな感じ。だから、file_nameを使うなら、i_retとすべきだろうし、iRetで統一するならfileNameだろう、ってな、実に細かい話。

コーディング規約の冒頭部分に、これが書かれていた。

一貫性にこだわりすぎるのは、狭い心の現れである

僕も、そういう顔を前面に出すことはあるけれども、細かいところをきっちりとしないと、技術屋としては「気持ち悪い」ことがある。前述の、スタイルの混在なんかもそうで、とにかく、読んでいて気持ち悪い。誤字脱字だらけのレポートを読まされている気分になる。

ところが、一気に書き上げたプログラムは、ロジックとしてはほぼ「問題ない」状態でも、部分的に見ると、WEBの参照なんかしょっちゅうやってるから、スタイルの一貫性のなさが浮き上がってくる。

加えて、昔僕が書いていたC言語のスタイルは、こうだった。

for( i=0; i<limit; i++ ){
printf( “%d, “, func_a( i ) );
}

引数がわかりやすいように、”(“の後や”)”の前に空白を入れる。ところが、Pythonのコーディング規約では、(例文はC言語だけれど)こんな感じになる。

for(i = 0; i < limit; i++){
printf(“%d, “, func_a(i));
}

何が違うかと言えば、スペースの入り方。それだけ。「こんな細かいところで」と思う方もいらっしゃるだろうけれども、仕事で朝から晩までプログラムを読んでいると、スタイルの違うコードは、すごく気になって、直したくなることがある。余計な時間がかかる。

僕が嫌いな作業は、これ。役所に出す書類で、例えば住所として『小座加市石頭1-2-3』とか書いて提出すると、「ここはダメですね。『小座加市石頭1丁目2番3号』と書き直して下さい。書類を全部書き直して下さい。」みたいに言われて、やる作業。とっても嫌いな作業なんだけれども、プログラムのソースコードについては、似たような石頭SEは(僕も含めて)かなり多い気がする。

その「突っ込み」をさせたくないための、コードの見直しだから、もう、ちょっと修正しては一服、ちょっと修正しては散歩、ちょっと修正してはゲーム、もう逃げまくり。嫌いな作業というか、面倒臭いというか・・・

Nack5の3月後半のパワープレイ、だったかな。NakamuraEmiの「かかってこいよ」
この歌、自分に対して、の歌だったんだな。とっても「痛い」歌だ。ここんとこ、負けっぱなしだもん。

それを聞いてたもんで、大ボケをかました。高田延彦さんのフレーズは、「かかってこいやー」じゃなくて「出てこいやー」でしたね。なんか、桜が満開のページで、勘違いして(ごちゃ混ぜになって)書いてた部分があった。どうでもいいから、訂正しないけど。ボケの止まらない私。話を戻して。

あれですね。イスラム教の元となるアラーの言葉を伝えたムハンマドが 「内なる敵と戦え」と言った、その「内なる敵」とは「心の中の弱い自分」だというのが、言葉を発した方の真意だった。いい世の中だ。「神の言葉」として伝えられた内容と、同じテーマを、日本人の若い女の子が噛み砕いて歌にして伝え、それをラジオ局が3月後半に集中的に流してくれている。これでいいんだよ、と思う。
本家では、同じ宗教の他の宗派のことを意味する、とか、勝手な解釈をした方がいらっしゃった。その結果として、「神の意において、人を殺せ」なんていう宗教的な「命令」が出たりして、なんだかすごいことになってるみたい。いや、喧嘩を売る気はない。もし喧嘩をするなら、ムハンマド様がその言葉を受け取った時の状況までひっくるめて、直接上の意識を引っ張ってきて、反論できないまでに状況証拠を拾い集めて突きつけて、「それは違うよ」っていう結論まで誘導しなけれりゃ、不毛な「宗教論争」の題材を増やすだけだと思う。だけど、僕は日本人だし、埼玉県人だし、Nack5が好きだし、パワープレイで流れたあの歌が実は、「神の思いにかなっていると僕は思うよ」、とだけ、自分のブログで、自分の考えとして書いてみるだけで、それ以上は話を広げたくない。でもね、この点は、たぶん間違ってない。(このページの本題は、ここ。長文だなぁ・・・)

この情報源は書かない。ただ、絶対に間違いのない「表現」として書くならば、「神の意のままに、」と叫んで人を殺す行為。あれは「自分への冒涜」だと感じている方がいらっしゃる。これだけは、間違いない。その「証拠」?提示のしようがない。「霊」がいるとかいないとかで、大槻教授と論戦して、勝ち目がないと思うのと、同じ理由ですが。

ただ、「かかってこいよ」もそうだけれど、ブログでも、文学作品でも、映画でも、こういう感じ(あ、上の方のどなたかが、同じことをおっしゃってた、ってな感じ)を受けるのも、少なくない。そこは、日本のいいところかなぁ。無論、そうじゃないのも多すぎるけど。

ここんところ、頭を抱えている。「形式を整える」ってのは、若いプログラマには絶対に「頭のどこかに置いておいて欲しい話題」だけれども、本質的には論理が完璧じゃないと、プログラムとしては不合格、だろうなぁ。
でも、「形式」だけで判断する人も、世間には滅茶苦茶多い。

だとしたら、ほとんど意識しなくても「形式が整う」ように、アプリを作れる、って癖をつけるのは、とても大事で、若い子たちには、そのスキル:「見た目が汚くても、機能として完璧に動作する」ことよりも、「規約に準拠したプログラムを書く」ことが、優先するように思える。

このページは、一体、なんの話題を書いてる!?

それは、同じ質問を、書いている私自身も自分に投げかけておこうと思う。

事実と真実(2)

どうも、論点がはっきりしなかった。

極論した方が論点がはっきりするかも知れない。言いたかったのは、こういうことです。

文化系(というより、「事務系」というべきか?)の方々は、真実を重視しない。事実しか扱わない。だから「形式」だけ整っていれば、それを強引に「真実」とみなす。結果として真実などどうでも良くなる。つまり、嘘がまかり通る。

「道徳教育」とは、自ら真実を明らかにすることではなく、形式的に整えること。何か悪いことをしたなら、「しました」というのではなく、「お答えできません」と言えば、それでことが済んで、真実とは別に「事実」が一人歩きする。それが事務屋の本性かな、と思った。首相もそれを率先している。というよりも、総理はそれすらも他人に任せている。

技術屋が原発のリスクを100並べ立てても、「重厚長大」大好きな事務屋が大金を大企業に落とせるから、都合の悪いことは100を100全部隠して(わかりません、といえばそれで済む)強引に成立させる。それが、自民党の推し進める「道徳教育」の真髄か。という気がした。

自分じゃ1円のリスクも責任も背負わずに、他人の金を動かす。なんとなく、だけれども、俺、安倍総理よりもウシジマくんの方が正義の人、信用できる人に思えてならない。

論理の飛躍?いつものことです。隙間を埋めるように長文を並べたら、一万字くらい2時間で書いちゃうから、誰も読まないでしょ?

事実と真実

現象として(客観的な事象として)起きてしまった「事実」というのは、言ってみれば、自然科学の観察対象だし、客観的に検証可能だから、「俎板に載せる」ことをしやすい。それは自然科学も同じ。

ただ、何かが起こってしまう前に原因がどこにあって、何が引き金になったか。「事実」に振り回されずに「真実」(明確な因果関係)を探求できなければ、自然科学に従事する人間として恥だと思う。

端的に言って、「データの偽装」を敵視する考え方は、自然科学側の人間の、「真実」の方に重点を置く考え方だと僕は思う。一方で、こう言っちゃなんだけれども、「データ」なんて取り方さえ「工夫」(あるいは、誤魔化し)すれば、あるいは測定者が現象の本質を見抜いていれば、ある程度は加工できる。大きめの数値を出す、小さめの数値を出す、現場で仕事をしていて、多少理解力があれば「合格する」数値を出すことは可能で、そういう方法を取るとデータの偽装を「偽装行為」というべきか「検査手順書の不完全性」というべきか、難しくなる。例えば、引っ張り方をちょっと緩める、ツマミを戻すタイミングを一呼吸ずらす、そんな程度で「合格する計測値」を出すことは難しくない。

個人的に、議論としては全然難しくはなく、「なんのために技術基準が定められているか」と、そこに「目的」の焦点が定まっているなら、「いいデータが出るような測定方法をする」こと自体がアヤカシでしかないことは明白だと思う。つまり、技術屋が何かミスをしたり、あるいは意図的にデータ偽装すれば、何かの時に大勢の人が死ぬ、あるいは、数百億円の損失を出す、そうした事態も起きることがある、という自覚があるか、ないか、(それ以前に、そのリスクを理解しているかどうか、)そこが問題なのだと思う。その点が理解できていなければ、経済産業省だの、国土交通省だのがどれだけ大騒ぎしたって、問題の本質的な解決にはならない。「ルール」は守ってました、都合が悪いので黙ってます、それで退職金がいくらだって?なるほどね、日本人が目指すべき姿ね。ルールが整っていない、ってそれ以前に、役人の人間性がダメなんじゃないのか?

政治家や財務省関係者なんか、「金を動かすだけなら、人が死ぬことはない」なんて、確信しているから、平然と「証言を控えさせてもらいます」なんていう「真実の隠蔽」ができるんだろうな、と思う。いわゆる「腹芸」が成り立つ世界。具体的にいえば、「忖度」したのは自分じゃないという立場だろうか。パワハラで、末端を潰しても自分だけは大丈夫、生き残れる、ってな象徴みたいな事件だ、と思う。技術屋がそれをやったら、人が死ぬことがある。あ、僕の理解不足でした。他人が死ぬことなんて問題でもなんでもなくて、自分の金が何より大事。それは、安倍総理の「武器輸出」で、かなり理解できていたつもりだったけれども、忘れてた。何よりも、自分の収入と立場が大事、ね。

もしこのまま「形式的」な辻褄合わせが成り立ってしまうなら、例えば今後「自分のミスなので黙っていました」の結果、新幹線が脱線して数千人が死んだとしても、あるいは(しつこいので中略)何が起きても、「お手本は内閣総理大臣と、国税庁長官でした」で、「ミスをしても、自分の法的責任が関係するので黙ってていて構わない」が「日本人の道徳」としてまかり通るんだろうか。それなら、一切、技術系の人間の責任を責めることはやめて欲しいと思うな。仕事によっては、結果はとてつもなく悲惨なことになるかも知れない。だけれども、未来のそういう仕事をする人間の模範が、「自分の都合で黙っていていい」という、そういう道徳的なお手本を示している人が、国家の中枢にいる」という事実だとしたら。(ま、黙秘権、っていうやつね。それが道徳教育の目標。)

もう、なるようになれ、でいいのかな。みなさん、自動車を買う際には自分で「設計仕様書」を読むようにしましょうね。飛行機や新幹線乗るときも、自分が利用する機体や車体の製造番号とか確認する習慣をつけないと。だって、都合の悪いことは黙っていても、「合法」なら構わないんだから。

模範

昨日だったか、一昨日、たぶん過去2〜3日のニュースで、確か(ラジオの聞き流しなんで、あまり正確には覚えていないけれども)埼玉県警(だったと思う)から、こんな話題が流れていた。

小学校1年生が交通事故に遭遇する率が、小学校6年生に比べて遥かに高い。子供は大人の真似をするから、赤信号で渡るなど小学校1年生が真似をしたら危険な行為は、大人も慎んで欲しい、というような内容だった。

すみません、気にします。基本的に、車が来ていなけりゃ、「なんで待つの」というのが僕のスタイルだけど、確かに子供が見ていたら良くないよなぁ、って、コンビニまでタバコを買いに行って戻ってくる間、ほとんど人とすれ違わないのがこの辺だから、誰が見てるんだ、なんてことも思うが・・・。

今日のニュースだったか。(いや、違う、Nack5のゴゴモンズで三遊亭鬼丸師匠が突っ込んでいたんだっけ)申請のあった道徳の教科書が、全部認められたとかなんだとか。

僕の意見じゃなくて、鬼丸さんのコメント(正確じゃないかも知れないが)は、「だいたい、悪いことをする悪ガキなんて、道徳の教科書なんてものに書いてあることは(大人の見ているところでは)完璧にこなした上で、悪いことをする訳だから、道徳を学校なんかで教えたって意味ないんじゃないの」みたいな感じだったと思う。(鬼丸さん、なんで俺のガキの頃のこと知ってるんだろ。)

さてと。内閣総理大臣。あるいは、国税庁長官。偉い人だよなぁ、立派な人なんだろうなぁ。これが世の中なんだよ、って模範。

「いじめたのは君か」「発言を差し控えさせてもらいます。」道徳教育に意味があるかないか、そういう意味でもいい模範かもね。

桜が満開ですか

今日のNHKラジオのニュース、正午も、午後7時も、「桜の満開」がトップニュースだった。平和でいいなぁ・・・

20年位前だろうか、こんな下手くそな短歌をブログに書いた。

パプアニューギニアでの遺骨収集をお手伝いし、靖国神社で千鳥ヶ淵戦没者墓苑に納骨する式典に、この時は「遺骨収集団の団員」として参加した、後、どのくらい時間が経ったかわからないけれども、当時よく足を運んだスナックのマスターが東大構内で開いた「花見の会」に参加した後、書いた。


サクラサク
サケノサカナニ
サルノサマ
サシツササレツ
サルモマタヨシ

アテモナク
アルキアルキテ
アケニシモ
アサキユメミツ
アトモノコサス

コトダマノ
ココロノコヘノ
コレアリテ
ココノサクラノ
コヘニカシコミ

イザヨヒニ
イザリテメデリ
イノチバナ
イサミイサメリ
イザチドリフチ


素直に読めば、たぶんこうなる。(自分で書いてて、たぶんって何だ?)

桜咲く酒の肴に猿の様
差しつ差されつ猿もまた良し
肴(あて)もなく歩き歩きて明けにしも
浅き夢見つ跡も残さず
言霊の心の声の之在りて
此処の桜の声に畏み
十六夜に[/いざ酔いに]躄て愛でり命花
勇み勇めりいざ千鳥淵

ただ、ニューギニアでの遺骨収集を被せると、こうなる。こう読んで欲しかった。

桜咲く酒の肴に猿の様
刺しつ刺されつ去るもまた良し
当てもなく歩き歩きて明けにしも
浅き夢見つ跡も残さず
言霊の心の声の之在りて
個々の桜の声(肥え)に畏み
十六夜に[/いざ酔いに]躄て愛でり命花
勇み諌めりいざ千鳥淵

結構無理があるのはわかっていたけど、強引にこじつけた。
見ればわかる通り「サアコイ」=「さあ、来い」で頭を揃えた。
日本軍の「勇ましさ」。どなたかの「かかって来いやぁ」的な軍部の「勇敢さ」のつもりだった。(きっと、通じていなかったと思うけど。)

第1句:花見で酒飲んで馬鹿やってるのを見ながら笑って、そういうのもいいじゃん。
とも読めるように書いたつもり。だけど、「刺しつ刺されつ去るもまた良し」は、当時の日本軍の銃剣。補給線を絶たれていたから、食料だけではなく弾薬も尽きていた。あとは銃剣に頼るのみ。現地(パプアニューギニア)の方には日本軍に協力した村だけではなく、連合軍に協力した村があった。外から来た日本軍や連合軍の都合で、パプアニューギニアの方々は自国民同士が戦って命を落とした、そうした方々もいた。殺し合いしながらでも、「去る」=撤退すると言う判断も、良かったんじゃないのか、と思えた。そういう目線で見ると、戦争ってのは「猿」並みの脳みその方々がやってることじゃないか、と。(ア×ド大統領とかね。)

第2句:第1句に「酒の肴」を書いたから、それに引っ掛けて「アテ」(関西弁の酒の肴)を書いた。花の下でゴザを広げての宴会も楽しいだろうけれども、何かを飲み食いする訳でもなく、照明の当たった桜並木を延々と夜が明けるまで歩いたのに、それが葉桜になったら、「あの時の桜並木は何だったんだろうか」と思えるくらい、季節が移り変わっていく。(そうは読めないか・・・)と解釈して欲しいな、と。
ただ、「当てもなく歩き歩きて明けにしも」は、ニューギニアでの日本軍の「転進」(=撤退、退却のこと。日本軍は退くと言う言葉を忌み嫌って、「転進」と称して、向きを変えて前に進むんだ、と言い換えた。)では、連合軍の偵察機に発見されるのを恐れて、夜間にひたすら行軍した、そうした場面もあったらしい。夜が明ける頃には疲れ果てて、日本のことを思い浮かべながら、力尽きてその場に倒れ込んで命を落とした日本兵も少なくなかったと聞いている。そうした日本兵のご遺骨は、もうどこで収集していいかもわからない。痕跡すら残さずに土に帰ったんだろうな、と言う気がした。

第3句:これはほとんど、言い換えようがない。「桜」→「玉砕」→「さあ来い、散ってやるぞ」という感じから、これしか言葉にならなかった。
「桜の樹の下には屍体が埋まっている」(梶井基次郎)の連想。千鳥ヶ淵、靖国神社周辺の一本一本の桜の木、平和な桜の風景の下には、「無縁仏」となって「誰の骨かもわからないご遺骨」が数万柱/数十万柱ある。だからそれを「個々の桜」と書きたかった。全ての人たちに、その人の人生があったんだ。

第4句:「十六夜に/いざ酔いに」は、そのレトリックしかなかった。「いざりて(躄て)」は、食糧や弾薬の補給線を絶たれて、幽鬼の如く歩き続けて、ついに力尽きた日本兵の「いざり」が目に浮かんでしまった。歩けないほど酔っぱらった酔っ払いに引っ掛けてもいたけれども、本意は、力尽きて歩くことも出来なくなった旧日本兵の惨めな姿。「命花」は、桜の花の散り方って、やっぱり(また来年もあるけど)「今年の私の命は、ここまで」っていう雰囲気をどうしても醸し出してる気がした、それを書きたかった。
「勇み諌めり」って、もう他意はない。「勇み」はダメって、諌めているんです。桜が。
「さあ来い」って言って、戦争始めたら「いざ千鳥ヶ淵」って、多くの罪のない日本人が兵役に駆り出されて、無縁仏の戦没者墓苑に眠ることになった。あそこには、他に何がある!

20年前、これを伝えたくてこの(下手糞な)4連の短歌を書いたんだけれども、たぶん、通じてなんかいなかっただろうなぁ。(表現力が、未熟ですから。)
でもね、何となくだけれども、一体いつの頃だったか、たぶん今のロシアや中国みたいに、政府の批判をしたらすぐにでも殺されかねなかった時代に、こうやって、レトリックだけで「表の意味」を押し通して、「裏の意味」を誰かに伝えたい、っていうことを、延々と続けたことがあった気がする。
肉体の記憶は、死んだら朽ち果てるけれども、経験したことは次の自分に引き継げる。だからこそ、「体験」しなけりゃ、生きている意味がない。(それがどんな苦痛でも。)下手糞は自覚してるけど、「その時」の経験がなかったら、こんな言葉は出てこなかっただろうと思う。たぶん、何度でもできる。その成果が、この下手糞な「短歌」だったと思う。(で、この程度かよ。)

安倍総理が、どこかのテレビ局の「表現の自由」にイチャモンをつけた。どうぞ、ご勝手に。僕は、安倍さんにしか当てはまらない表現で、「表の意味」と「裏の意味」を、誰もが読み解けるように二重に被せて、(長文は無理だな、たぶん)「表の意味」だけで「どこに問題があるんだ」って声高に主張して、モリカケみたいに押し通すだろうな。強権を押し通す政府と、どう戦うか、ってな戦闘は、安倍さんもやって来たから、「表の意味」だけで押し通す「正義」には長けているんだろう。

その、安倍総理が「武器輸出三原則」を政府決定だけで覆した。他国の人間を殺しても、日本が金儲けできりゃそれでいい、ってな発想か?僕は、その安倍総理を忘れない。何度でも書き続ける。米中露よりはマシかも知れないけど、それでもやっぱり腐ってる。
自衛隊を「国連軍」に預けたらそれは「正義」だって、そういうのは、トランプ並みの(いや、トランプよりマシだったかも知れないけど)大日本帝国陸軍の方々が、その類の主張を散々展開していた。この情報化の社会なんだから、武力を武力で封じる前に、まず武器を規制しろって言いたい。どこかの国みたいに、学校教員はみんな銃を保持していて、変な奴がいたらすぐに撃ち殺しても「合法」って、世界中をそうしたいのかと、僕は思う。ダメでしょ、絶対に。個人的にはそう思う。

以上、終わり。


書き忘れた。僕は、ブログに書いたことは、個人的には慢性的に「著作権放棄」です。

引用しようが、転用しようが、使いまわそうが、クソ味噌に貶そうが、どうぞご勝手に、ってなスタンスだから、「表現の自由」だけ保証してもらえるなら、引用も転用も一切文句はつけません。商売のネタは、自然言語じゃなくて「人工言語」の方で頑張る。(つもり)

自動技術

覚悟していたよりもスンナリと、プログラム本体機能の実装を終えた。
「開発環境設定」だとか、「オープンソースのライブラリ設定」だとかが絡むと調べることが多すぎて、全然プログラミングが先に進まないんだけれども、ロジックだけなら、たぶん、まだ衰えていない。(と思いたい。)

次はオプション設定が色々とあるので、それに取り掛かろうかと思いつつ、今日はもう電池切れ。もう寝るけど、ちょっとばかり気持ちに余裕ができたので、暴走。

自動運転の車が死亡事故を起こしたらしい。

「お任せ」ってのは、なんか自分は抵抗がある。ソフトウェアもそうで、自動化ツールは今は僕も多用しているけれども、仕掛けを理解しきれるまでは安心して使えない。基本的に僕は、疑り深いんだろうなぁ。納得できるまでは、委ねることができない。

いや、「心の勉強会」の師匠もそうで、語りとかペテンだったら、絶対に噛み付いてやる、とか思っていたけど、隙がない。桁が違った。それが納得できるまで1年以上かかったかも知れない。僕は、スロー・スターターです。

話を戻して、車に乗る以上は、自分が責任を持ちたい。それなのに、「お任せ」にしたがる。なんか、似たような話を聞いたような気がするな、と思ったのは、薬の話。「医者がこの薬を飲めと言った」から、一日何十錠も飲み続ける、って方に、「なんの薬ですか」って聞くと、「わからんけど、医者が言うから。」って。悪いんだけど、「バカか、あんた」とか言いたくなった。そりゃぁ、医者のお世話になるのは自分が大変な時だから、「藁にもすがる」気持ちは良くわかるけれど、薬ってものを理解しているんだか、いないんだか。「自動車にお任せしているから」って、それで人を殺したら、気分が悪いと思うんだが。仮に、自動車メーカーに全責任を押し付けられるとして、でも、やっぱりなぁ。僕だったら、嫌だ。気分が悪い。そんなことになるなら、自分で運転して納得したい。しかも、薬だったら殺すのは自分の肉体だからね。
薬について言えば、最低限、抗生物質だとか、抗炎症剤だとか、抗菌薬だとか、免疫抑制剤だとか、なんだとか、かんだとか、多少は理解してから自分の体に入れるべきじゃないか、と思うんだけれども。「医者が言ってるから」って、自分自身の体に責任を持っていないんだろうか。という気がしたのを、思い出した。

いや、今のジジババにはもう遅いと思うけれども、中学校の理科なんかで「化学」や「生物」を扱うなら、「薬の知識」も早いうちに教えておいた方がいいんじゃないかと思えてならない。化学反応を扱う職業に就く人の数は限られているけれども、化学薬品(食品添加物も含めて)を体内に入れている人は、生産する方々の人数に比べて桁外れに多いと思う。もしかしたら、人口の9割9分を超えているかも知れない。食品添加物だってピンキリで、神経質な人は食品添加物って言うだけで大騒ぎする割に、騒ぐ意味のない薬品にただ騒ぐだけの人がいて、一方で全く無頓着な人もいて、どちらとも議論が成り立たない位に、知識がなかったりする。それなのに、薬の知識が高校でもたぶん教えられてはいない。
ついでに言えば、メタボ(これは、metabolism;代謝のことだけれど)って言葉は知っていても、代謝とは何か、薬と絡めて説明できる人は、一般にはあまりいないんじゃないかと言う気がする。やっぱりなぁ、「お任せ」ってのは良くない気がする。

って言うのは、あくまでも自分で考えた話、感じたこと、だと思っていたけれども、ちょっと待てよ、と。
これも、どこかで似たような話を聞いたな、ってのは、やはり師匠の講演会(心の勉強会)だった。

念のため、何度でも書くけれども、ブログにする前、もう20年近く前から「僕は、神の実在は確信している」と書いてます。そう感じているから。同時に、霊的な存在も「だって、いるじゃない」と言う立場は貫いてる。(自然科学的に証明する手段がないから、こうして、ボソっと呟くだけだけれども。でも、他に感性を共にする方々が大勢いることを知って、ようやっと安心できた感じかなぁ。)大槻教授に論駁できる自信は、ありませんからね。(早稲田の1年生の時、大槻先生の物理学ではAをもらったけれども。)そして、同じ学科の1年下に、上祐君がいたんだよなぁ。(不確かな記憶だけれども、たぶん、会って話をしたことがある。)

神社仏閣で、神仏に「お願い」したって、駐在している霊体さんたちも呆れるケースが少なくないみたいで・・・。なぜ病気になったか、なぜ経営不振に陥ったか、なぜ人間関係がうまくいかないか、自分で考えようともせずに「神様お願いします」って、そりゃぁ、駐在さんたちにはほとんどお見通しだから、自分で考えろとしか言えないケースがほとんど全て、のようで。「運が悪い」?って、もし本当に偶然としか思えない「不幸」が重なっていたなら、たぶんそれは「自分で決めてきた課題」なんだろうと思う。(僕も、納得するまで時間はかかった。)肉体を持って、自分で決めた課題をきちんと思い出せる人は、少数派だと思う。克服できちゃえば、そんなもん不幸でもなんでもない。どこかで抜け出すヒントはあったはず、解決するチャンスはあったはずなのに、それらを全部見落として、最後は「神様、お願いします。どうして助けてくれないんですか?神様なんて、いないんじゃないか!」って、無責任にもほどがある、ってお考えじゃなかろうかと、僕は思う。話が逸れた、って言うよりも、こちらが本題。

ただね、自動車の運転技術にしても、薬の知識にしても、そういうのは学校で教えられるとしても、自分のあり方を考える、なんてのは、学校じゃたぶん教えられない。個人的には、僕は、法政大学でも東京電子専門学校でも、感じたまま、伝えたいままに言葉にしているから、そう言う授業を最近できている気がするし、お陰様で、東京電子の卒業式では非常勤講師なのに謝恩会に呼んでいただいた。本当に、嬉しかったです。非常勤講師として、初めての経験でした。図々しく参加させていただいてけれども、一期一会、ほんの一言でも言葉を交わして、ましてや、それなりに名前を覚えるような関係になったなら、僕は一生のお付き合いとさせていただきたい。(女子学生もいたけど、変な意味じゃないです。)忘れるかも知れないけれど、ちょっと話題の口火を切ってもらえたなら、たぶん思い出す、と思う。(連想記憶、って奴で。)この話題は、間違いなく逸れているけれども、余裕がなくて書けなかったので、思い出した今書いた。謝恩会、呼んでもらって、本当に嬉しかった。
余談だけれども、東京電子で今年卒業した代は、2年生の時の夏休みに、「パルス・オキシメータを自分たちで作りたい」と、僕に話しかけてくれて、僕もArduinoとpython/djangoでプログラムを書いて、試作回路を作って提供して、基本データだけは取れる環境は整えた。(実は、生体計測はデータが取れるようになってからの、個人差の抽象化がとても難しい。)「ここから先は君らの課題だよ」とあとは投げたけれども、あの時のやりとりがなかったら、謝恩会に呼んでもらっても、非常勤講師の立場として、辞退していたと思う。初めて尽くしだった。改めて、ありがとう。(どさくさ紛れで、ごめんなさい。)やっぱり、自分で作って見なきゃ。

さらに思い出したことがある。論文博士の研究で、東京大学の松本先生にお世話になっていた頃のこと。博士課程の学生(僕は学生じゃなく、研究生だった)に、「プログラミングを教えてやって欲しい」と頼まれた。お安い御用と、時間を合わせて、自分なりに、考え方とか組み立て方とか、導入部分を説明した。そうしたら、その博士課程の学生はこう言った。「小林さん、今の部分ですけど、ツールを使ってこの部分をクリックすると、全部ワンタッチで出来上がるんですけど、もう少し、知らなきゃならないことを教えてもらえませんかね?」いや、返す言葉がなかった。公式暗記型か?違うって、自動化ツールは確かに使うけれども、「誰が書いても、同じようになる」部分にだって、根本的な思想がある。一つ一つの処理が、OSのどんな機能と関連しているか、Windowsがどんな設計思想を持っているか、それを理解できなきゃ中級から上のプログラミングは無理だよ、と言いたかったけれども・・・東京大学の博士課程の学生だから、ということも(当時は、その引け目は確かに)あったためか、何も言い返せなかった。(その場で何も言い返せなかった話題、ってのは、もう焼きついちゃって、何回でも記憶から顔を覗かせる。)

自動技術に頼るのは良くない、と僕は思う。そりゃぁ、自分の体に、「これだけ無理をさせるけど、頼むな」と言い聞かせれば、結構な無理も聞いてくれる。僕らの体も(細胞君たちが引き受けてくれて、とりあえずは僕と意思疎通できているから、かも知れないけれども)自動技術の集大成みたいな、「人間の肉体」っていう神様の贈り物みたいな高性能なハードウェアだけれども、それでも「自動技術」に頼って、バカやってりゃ、調子は崩れるよな、と思う。(実は、急に雪で冷え込んだ後、甘く見て薄着でいたせいか、激しく風邪をひいてしまった・・・)

自然科学ってのは、こういう、今僕が書いたみたいな「考え方」は全く持っていないと思うから、書いてる僕の方が「バカ言ってる」側の立場かも知れないけれども、心のあり方と肉体の病気の因果関係を指摘されているお医者さんも、少なくないような気がしている。
実は、ブルーバックスの新刊本で「量子論」と「意識」の問題を書いている本を買った。まだ「積ん読」から抜け出していない。近いうち、あれこれコメントしたい。(師匠だったら、どうおっしゃるか、僕が想像しながら書くだけの感じだけれども。間違ってたらその時は僕が地獄に堕ちるだけ。それでも、次に備えて、上がってきます。何度もやってるから、自信はある。あなたもそうでしょ?)「意識体の実在性」を、物理学の立場から攻められる、そういう時代になったことは、嬉しい。

話を本題(?)に戻して、それにしても、薬にしても、何にしても、他力本願ってのは、あまり良くないような気がする。

シーク・エラー

Windows環境のC言語プログラム

ftell(file_descriptor);が、-18を返して来て、固まった。ファイルの先頭からの位置が、マイナスの18バイト?何じゃこれ、という現象の原因と、対策のお話。

経緯:Windows機とLINUXとで通信させる。LINUXではC言語で書いたポート監視デーモンからruby on rails環境にDB経由でデータを渡して、タブレットでも通信データを読めるtapping用のミニアプリ(自分専用)を過去作成ずみ。(悪事にも使えるけど、そういう用途じゃないです。信号線の状態によっては、うまく動いていないけど。)

昨日は、そのtappingアプリを雛形にしたループバックの治具を作成中に、バグを出して3時間浪費。カーネルに近いCプログラムなので、file descriptorはグローバル変数としてstaticで宣言。serial.cというファイル内で共有させた。ところが、元はtapping用でポートを二つ開いている。それを切り替えるために、関数内でローカルに宣言されていた変数が残ってしまっていて、データが読めない、拾えないと悶絶した3時間。初心者がよくやる、多重宣言のミスです。恥ずかしい。

今日のは違った。ファイル伝送をパケットサイズに収めるために、テキストファイルを1行ずつ読み込んで、パケットサイズを超過する際はシークバックして(読まなかったことにして、)パケットサイズを調節するためのロジックを、テストしていた。[CR]+[LF]ではうまく動作していた。念のために、[CR]改行と、[LF]改行のファイルを試したところが、シークバックの移動後の位置が計算と全然違う。原因がわからず、fseekを呼ぶ前に、ftellで現在ポジションを表示させたら、表題の現象が起きていることがわかった。

原因:fseek, ftellを使うためには、バイナリでオープンしなければならない。(これも仕様には書かれているけれども・・・注意していないと、すぐに忘れる。)やっちまった。

つまり

iRet = fopen_s( &fd, file_name, “r” );

で開いたファイルでは、fseekもftellも正しく動作しない。

iRet = fopen_s( &fd, file_name, “rb” );

でなければならない、ということです。どなたかのお役にたてば。(自前のブログじゃなくて、Qiitaか何かに投稿すりゃいいに・・・)

反省点:1時間でも早くソフトを仕上げたかったので、1バイトずつの読み込みの関数を作る手間を省いて、fgetsを使った。これを使うために、テキストモードでファイルを開いた。伝送するファイルはテキストなので、大丈夫だと思った。その後で、パケットサイズの調整のためにfseekを使った。(ここで、バイナリオープンしなければならないことを、思い出すべきだった。)[CR][LF]改行のファイルではうまく動いていた(ように見えた)ので、気づかなかった。

念のため、[LF]改行のファイルを送ったところが、パケット境界でデータが5バイトもダブった。最初は何がおかしいかわからなかった。5バイト?どこからこの数字?いや、そもそも[CR]+[LF]のファイルでも、たったの1バイトだけ、理論上の位置とはズレていたのに、1バイトだったら、きっと[LF]か何かのカウント方法で、そういう仕様になっているんだろうと、深く考えていない自分がいた。何か起きる時、何かを見落とす時には、だいたいこの「まぁ、大丈夫か」の自分がいる。(いた。)

この、たったの1バイト、気にしないとヤバい結果になるんだよなぁ・・・。テストは、考えられる組み合わせを網羅しなければならない、という鉄則。基本に忠実に。とにかく、客先に納入する前に気づいて良かった。念のためのテストで、とんでもないバグを見つけて、そういう意味では結果オーライかも知れないけれども・・・。経験積んでる割には、未熟だよなぁ・・・

テキストオープンしたファイルでシークを使う。これも、ある意味、ど素人っぽいバグだ。反省しきり。

いきいき百歳体操

昨日、老人会から、お声がかかった。いや、入会しろってな話じゃなくて、会計の新年度予算に新規事業費を盛り込んでくれ、という依頼だった。
昨日の予定は、「小川ウォーク」で7kmくらいかな、歩いて、その後午後5時に、決算報告の準備と予算について、自治会総会準備のための役員会があり、さらにその後、老人会のメンバーが居酒屋で待ってるから、と・・・、午後少しだけ自分の時間があったものの、朝から晩まで自治会漬け。ただ、酒の席で話をするのは初めての方もいらっしゃった。

百歳体操。筋肉に負荷をかける体操らしい。「指導ボランティア」が必要で、講習会を受けてもらって、交代で参加者に指導にあたる人が必要だって、なんでその話を僕にするかなぁ。
およそ僕は、何かを断ったことがない。宴会幹事、バグだらけでみんな逃げたソフトの改修、パプアニューギニアでの遺骨の情報収集、同じくニューギニアの山頂の全滅陣地に卒塔婆を立てて欲しいという依頼、そして自治会会計。まぁ、たぶん、ね。

ただ、色々と話を聞いていて、民生委員の話が来ても、さすがにそれは断るだろうな。一人暮らしのお年寄りが急に具合が悪くなって、救急車を呼んで、付き添った。そしたら、受け入れ先が小川日赤ではなくて深谷日赤病院になってしまい、さて帰ろうとしたら救急車が帰ってしまって、足がない。仕方がないんで、旦那に迎えに来てもらったそうですが、それがダメだとどうなる?自腹でタクシー?ってな話を聞いた時点で思った。無理無理無理無理。
よほど経済的に余裕があって、家族も時間的に余裕があって、ってな状況でなければ、できない。民生委員さんが忙しいから、福祉委員という制度を作ったらしいけれども、手当は月額500円で、そういう金額はボランティアの範疇でしょうね。で、病院まで付き添ったら、どんなことになるのか。だいたい、「講習」も交通費は出てもそれ以外は自腹らしいから、ちょっとね、そういうのは、大企業とかを定年した悠々自適の方々に頼んでください。僕はたぶん、生涯現役で仕事を続けるから、平日や土曜日のスポットのボランティアなら出来るけれども、こちらは話が来てもたぶん断る、っていう以前に、女性でないと難しい場面もあるみたいだし、うちの状況は、役員さん方にも、もはや筒抜けだし。(僕は、自分のことは口が軽い。)

それにしても、「いきいき」とか「健やか」とか「ふれあい」とか「安心」とか、そういった類の枕詞がつくのが多すぎる。「亀仙人体操」とか、もっと別のネーミングはなかったもんかね?発想が役人だ。

決算報告の準備をしていて、「いきいき」の付く事業とか高齢者対応が多すぎて、去年は領収書の分類を間違えたのがあった。前区長に言われて、区分の訂正をやったけれど。うちの自治会は、高齢者対策の事業に、全部食い付いてるもんなぁ。それでも、会場利用料が1回1時間あたり200円とかだから、毎週実施したとして年額で計算しても最低2万円の水準。もしも、大企業みたいに、たったの1回ホテルの会議室を使うほどの予算があったなら、うちの自治会の高齢者関連の年間事業がほぼ賄える。これが「末端行政区」の会計だとしても、こういう「企画」を最初に考えたもっとずっと上位の自治体の方々は・・・(やめときます。)

安く済ませる、ってな発想そのものは責めない。ただなぁ、上の方の無駄遣いはやめて欲しいなぁ。口利き一つで数億ってな政治(安く払い下げた、ってことは、税金の無駄遣いでしょうし、そういうこと)をやっておきながら、上流階級ぶるのはやめて欲しいね。1円単位で、全ての支出だの、決定経過だのを表に出して欲しいね。特に、国政。話は簡単だろうに。ネットに貼り付ければそれで終わりなんだから。それなのに、やらない。理由は簡単で、自殺したり首が飛ぶ官僚が多すぎるから、だろうな。

どうでもいいけど、昨日の締めのカラオケも、また千春さんの「長い夜」だった。「お、十八番が出たな」とか言われてしまった。いや、ラジオでしょっちゅう聞いてる歌を歌いたいんだけれども、いざ歌おうと思っても案外歌えない。一人カラオケで練習する余裕はないし、昔十八番で歌ってたのは(そもそもが根暗だから、仕方ないんだけれども、)暗い歌のオンパレードで、今は歌いたくないし・・・

騙された!(危機一髪)

危なかった。ここ

繰り返し拡散する「あなたのApple IDのセキュリティ質問を再設定してください。」メールに注意

やられた、どこかでApple IDを盗まれたか、と思った。結構用心深く入力したりしていたつもりだったので、外のサイトでの僕の入力ではない、としたら、と、瞬間的に最悪の事態を考えた。シグナリスのPPPoE接続のファイアウォールが破られて、僕のMacのパスワード(もちろんApple IDとは違う)を盗まれ、キーチェーンを根こそぎ抜かれ、そこからApple IDを読まれていたら、他の情報も漏れている、と思って、松尾くんに一声かけて、ルータを初期化した。まず、侵入経路を塞ごうと、思った。(この時点で、もう完全に騙されている。)

ところが、ルータの管理画面にログインできない。(その理由は・・・、説明の「読んでる場所を間違ってたから」で、松尾くんに、「何やってんですか」と・・・。完全にうわずってる。)サインインできた時点で、実はこういう事情で、ルータを初期化して設定を切り替えたい、と言って、冒頭の「Apple IDがなんとか」のメールを見せて、「どうやら、やられたみたい」と言ったら、「これは詐欺メールでしょ?騙されちゃダメですよ」と・・・

完全に騙されてました。ググったら、上記のサイト。それによれば、フィッシング詐欺のサイトらしく、クリックしても、とりあえずはウイルス感染のリスクはなさそうだ。でも、その画面でApple IDとパスワードを入力していたら、完全に、今度こそ本当に盗まれるところだった。

あれですね、当たり屋にぶつけられ、「いてぇ、いてぇ、」と大騒ぎされて、「やっちまった」と思ってしまったら、きっとこんな感じで「自分が騙されている」ってな発想は消し飛んでしまうのかもしれない。そうだよなぁ、完全に、Apple IDを盗まれたと思ってしまったもの。100%騙されてました。

完全に、平常心を失う、ってな感じだったかも知れない。

Apple IDのパスワードの変更のサイトは、僕のブラウザにショートカット登録してあるから、もしかしたら、Apple IDを切り替えるとしたら、そこのリンクから開いて、フィッシングサイト経由ではなく、正規のサイトで変更していた、かも知れない。
でも、わからない。結構焦っていたから、リンク先のフィッシングサイトで、入力しちゃっていたかも知れない。松尾くんに一言「詐欺メールでしょ?」と言われなければ・・・。危機一髪だったのかも知れない。真っ先にネット接続を遮断したから、松尾くんに声をかけてもらえるだけの時間を稼げた感じだろうか。フィッシングサイトでIDを入力しなかったのは、不幸中の幸い。

僕のApple IDでいくら、何を買えるのか、一ヶ月後とかに、想像できない金額の請求書が来ていたのかも知れない。

改めて、冷静に考えてみれば、シグナリスのルータは、某社のインターネット・サーバからの接続しか応答しないはずで、某社の社員が詐欺目的で入社した人でなければ、問題ないはず、だから、焦る必要はなかったはずなのに。海外なんかだと、犯罪目的で銀行に「正社員」として入社したりする人、あるいは、銀行の行員が犯罪グループに買収されて不正送金だの預金の抜き取りだのもあるようで、そうなると銀行の口座番号と名義を知られるだけでアウトだし。(そうとでも考えなければ、説明できない、「預金の盗難」が起きたと、アフリカの協力隊員から聞いたことがある。細かいところは、僕の勘違いかも知れないけれど。)とりあえずは、通信最大手である某社の内部統制がしっかりしていることを信じていても、大丈夫だろうとは思うけれども。(でもなぁ、最近は、日本だから大丈夫だろう、が、かなり危なくなって来た。黙ってりゃバレない式の大企業の年寄りも少なくないみたいだし。)

某社を疑って対策せざるを得なくなるのも、時間の問題かなぁ、なんて、それ以前に、自分が今回騙されたことの方を、よっぽど問題視すべきでしょうね。

150度

僕は戦争を知らない。という言い方は正確ではないと思う。日本という自国が戦争に巻き込まれた状態を知らない、という書き方が正しいか。
トランプも同様だと思うが、アメリカ人は9.11で初めて「自国が戦場になったら」という想定をし始めたという言い方を読んだことがある。ロシアや中国は結構あちこちで戦争をしているが、自国の領土が本格的に巻き込まれた状態の戦争、という意味では経験していないと思う。そうした意味では、安倍、トランプ、プーチン、金、文、習、どなたも大差ない気がする。

僕が生まれたのは、たぶん、30度付近。平和をプラス、戦争・対立をマイナスに取て正弦波(sinカーブ)を描いたなら、1945年の0度で、「世界大戦」が終結し、微分係数(平和の方向を目指す世論、動き)は最大化した。その後、局地戦は経験しながらも「世界大戦」という文脈では平和が続き、90度で「平和」はピークを迎えた。その90度は、9.11だろうか。微分係数がマイナスに転じたが、全体としては「平和」を維持している。微分係数の「マイナス」は、「紛争や対立」を目指すというよりも、「右傾化」であり、自国最優先、自国のためには他国との協調は不要だという立場だろうと考える。世界が少しずつ「右傾化」していても、平和が長く続いたから、その「右傾化傾向」を問題視する声は大きくならなかった。

微分係数のプラス、「平和」を目指す時に、協調は欠かせない。資源の奪い合いが戦争の直接・間接的な原因だった、という反省から、資源をシェアし、フェアな国際関係を維持するために、段階的にEEC、ECがEUへと進展した。「右傾化」とは真逆のベクトルが、「戦争」から「平和」への推進力になったと思う。今はその時の逆になっている気がする。

そしてトランプが登場した。少なくとも、彼は経済と「紛争」との因果関係を理解していない。経済人として経済を操作できるかと言えば、極めてミクロな因果関係しか理解できていない気がする。誰も彼を説得出来ないでしょうけどね。マスコミが彼にその辺を示唆しようとしたから、マスコミそのものが敵対視されたんだろうと思う。

実話を一つ紹介する。僕が勤務したことのある大学。「学主」という独裁権力の頂点に立つ人がいた。彼が学内を視察した。元々は「科学技術」を看板に掲げた大学だったから、情報系の学部の研究室では歴代のPC(PC-9801シリーズ)などが大量に(廃棄されずに)研究室に置かれていた。それを見た学主は「なぜ、あのパソコンを有効活用しようともせずに、新しいパソコンを買おうとするんだ、新しいパソコンを買ってはならない」という指示を出したらしい。要するに、眠っているPC-9801を有効活用すれば、新しいWindows XPパソコンなど買う必要がないはずだ、という主張である。(鶴の一声。)そして、実際に学内では「新しいパソコンを買う」という申請が容易には通らなくなった。苦しい言い訳をして、それは事務方だってPC9801で仕事ができるとは思っていないから、もっともらしい言い訳をしながら、万一学主にバレても、申し開きできるようなやり方で、実際には購入していたんだろうと思う。誰もが知る「笑い話」として、学内では話されていた。
そんなもんだろうとは思っていたけれども、誰一人として独裁権力の頂点にいた学主に、「パソコンのスペックは、猛烈な勢いで進歩していますから、もう10年、15年も前のパソコンなど使えません」という進言が出来なかった、YESマンしかいないんだな、と僕は理解した。(中傷?この理解が違ってるかも知れないけれども、勤務当時のその辺の噂を知る人は何人も今でも交流があるから、ツッコミがあったら証言だけは揃えられると思うんだが・・・)いや、悪かったのは学主じゃなくて取り巻きだとか、色々噂は聞いたけど、もう全てがどうでもいい。ただ「独裁権力は、絶対的に腐敗している」と言いたかっただけ。

本当にね、独裁権力の頂点に理解力のない人がいると、とんでもないことになる。しかもそれが、学主程度なら、パソコンの代わりに電卓を使えば済む話だけれども、それが大統領だとか国家元首だとしたら、目も当てられない。トランプについては省略。プーチンが国家教書演説で新兵器を発表したとか。イギリスはEU離脱。習近平も巧妙に、北インド洋、西インド洋に艦船の補給基地を確保して、着々と武力の示威に走っている。そして金正恩。日本ですら、北朝鮮がミサイルに言及する度に、防衛力強化に対して、声を大にして異を唱えることが難しくなっている。金正日が仕掛けた「日韓分断」は完全に成功したらしく、「慰安婦の強制連行」が事実に反しているという日本の主張も虚しく、韓国の反日は止まりそうにない。「右傾化」の流れは、もう決定的かも知れない。微分係数は、θ=150度で、まだ最大じゃない。最大化した時に世界の平和情勢は、プラスからマイナスに転じるんだろう。

モデルとして似ている気がするのは、第二次世界大戦ではなく、第一次世界大戦に近い気がする。第二次世界大戦の発端は、ヒトラーのポーランド侵攻か。そうした「国家の意思決定」ではなく、第一次世界大戦は、「偶発的」なアクシデントから、ヒステリックな暴動、そして戦争に発展したと理解している。背景には、経済対立が色濃くあったと私は理解している。似ている。トランプの主張を重ねてみると、状況が似ている気が、なんとなくする。トランプが火をつけたから、アメリカでは人種差別主義者などが、かなり荒っぽい行動に出ている。それがアメリカ国内であっても、報復として海外のアメリカ人に何か起きれば、当時と類似した状況になる。

当時は「暗殺」レベルだったんだろうけれども、現代は「インターネット上での、なんとか」ですら、「偶発的なアクシデント」になる気がする。

その状況に加えて、ロシアは明確にシリアや北朝鮮をバックアップしている。今朝鮮半島で何か起きれば、60年前に遡って、それは米ソならぬ米露の代理になるんだろう。だから180度ではなく150度。

中国はわからないけれど、韓国の文大統領の「反省しろ」発言は、言質として使える。日本は、韓国に対して徹底的に距離を取るべきだ。アメリカの意に反するだろうけれども、30度の対極の150度でいいと思う。米韓が軍事的に協調しても、日本はあくまでも「日本に対する直接的な脅威」でない限りは、一切朝鮮半島には関与しない立場を貫くべきだと僕は考える。その状況になったなら、韓国が何を言っても、「日本は、朝鮮半島への関与に反省しているから、一切関与しない」と文大統領の発言を引用して(都合がいい時だけでいいと思うけれども)距離を取るべきだと思う。

あ、今、世界は、150度に突入している、なんていう気がしてならない。
「トラトラトラ」の再現は、絶対に避けるべきだ。だからこそ、金正日の、というよりもそれを活用している金正恩の「反日誘導」も利用し、文大統領の「振り回され外交」を活用し、朝鮮半島一切不干渉を貫くべきだと思う。仮に米露の仲介をできるポジションがあっても、それは中国に任せて静観すべきだ。敢えて何か主張するなら、拉致日本人の帰国だけでいいと思う。「不名誉」よりも、「日本人の安全」や、「日本的な平和主義」を貫いて欲しい気がする。

次の段階として、アメリカ、ロシア、中国からも距離をとるべき時期が来ると思う。ついでに言えば、イギリスとも距離は取った方がいい気がする。そうしたらどうなるか、まずはインド、そして大陸側の欧州諸国とは積極的に関係を維持し、かつ、「ナンバー1,2,3」を除外した世界に対して、JICAが行ってきたような、中国の「援助なるもの」とは異なり、現地の利益となる国際協力を継続し、トランプや金正恩に象徴されるような、(プーチンや習近平もその同格に堕ちたような)武力至上主義、とは、一線を画した、「国際協力主義」を日本には貫いて欲しい。

インターネットって、本当に面白い。きっと、毒にも薬にもなる。

心臓発作の予知

僕のメインテーマで、何度となくあちこちで書いてる。学位論文審査のPDFも、確かどこかにアップしてある。(僕の、東京大学の学位論文は、はっきり言って、ドサクサ紛れのハッタリです。)でも、メインテーマは全然変わってない。

大杉漣さん、急性心不全かぁ。こういうニュースを聞く度に、何かできるはずだ、と思う。ただ、はっきりしていることは、組織にいたら何もできない。どんな仕事をするかは、会社の命令が最優先だから、個人の興味なんて二の次。じゃぁ、大学は?年間の研究予算が20万円で(10万円から倍増した)専任だけで週に9コマ講義をこなして(実際は15コマ拘束)その採点とか、教材準備とか(毎年、担当科目が変わる)はっきり言って、研究なんか大学じゃ、できない。科研費申請は、僕が会社を自営でやってるから、書類ではねられた。(どういう価値基準だ!)で、自営業専念。

結局、金儲けが大変で、研究なんてできてないよなぁ・・・たぶん、心電図やRR、加速度、皮膚インピーダンス、などなどのマス・データを読むのは、マシン語を直接頭の中で逆アセンブルする以上に難しいかも知れないけれども、結構生体には法則性があるし、できる気はずっとしていて、だからどうしてもこだわりから離れられない。親父やお袋が生きている間は、プレッシャーというか、ストレスというか、ただ生きているだけで苦痛だった。そのストレッサーもいなくなった。今なら、かなり細かくコードやデータが読める。なのに・・・、という逆説。

焦るなぁ・・・。今度は誰の訃報を見聞きするんだろうか。でも、それはもう、全く関係ない。やりたいことができるかどうか、それだけかも知れないな。生活するだけなら、貧乏は全然平気なんだけれども・・・。頑張ろう。淡々と、ただ誠実に。

自動翻訳

Microsoftの言語仕様ページ

異なり、 AddStringメンバー関数をInsertStringを使用したリストは伴いません、 LBS_SORT並べ替えスタイルです。

英語で読まないと意味がわからない。難解だ・・・

自動翻訳のAIちゃんが、もうちょっと賢くなってくれないと・・・

でも、昔は、必要なページは数ページなのに、この類の正規の日本語ドキュメントを買おうとすると万単位で、しかも、バージョンアップの度に、買わないと開発できなかったりしたから、それを思えば、タダで読める分だけ有難い。Visual Studioそのものが、Community版はタダだから、これも非常に有難い。開発環境を整えるだけで数十万という状況だったことを思えば、うれし涙だね。合掌。