昭和の日

5連荘が終わった。授業、納品、そして昨日は講演会。で、明日までに一本、要件定義仕様書を書き上げないといけないから、あんまり今日もまったりとは出来ないんけだけれども。えぇと、今日は昭和の日の振替休日でしたっけか。

ラジオを聞いていたり、夜寝る前に家でついているテレビを眺めていて、思ったことがある。「人生一度きりなんだから、」という言い回し。いや、普通の人が口にするのは構わないと思うけれども、坊主がそれを言わないで欲しいなぁ、と思った。特に仏教なんて、基本思想に輪廻転生があったと思うんだが・・・そもそも、説法するご本人が信じていないってことなんだろうか。逆効果っていうか、何というか・・・

今年3月に卒業した専門学校の子たち。「役に立った」と言ってもらえたのが、何よりも嬉しかった。その波及効果なのか、今年の2年生の授業を受ける姿勢が、最初から違う。これも、何よりもありがたい。本気で聞いてもらえないと、授業をしていても空回りで、疲れが倍加する。学生が本気で聞いていてくれると、何だかエネルギーを分けてもらっている気がして、あまり疲れないという不思議。(毎回が、ライブパフォーマンスだと思ってやってるから。)これって言うのは、「今」本気で聞いていれば、それが2年後、1年後の国試に直結して役に立つと言う「原因」と「結果」の関係を理解してくれているから、自発的に「本気」になってくれている、っていうことなのかな、とも思った。
「自発的に本気」って、何だか変だな。他人に言われての「本気」って言うのは、何だか本物じゃない気がするし。「頑張れ」なんてのはあまり言いたくない。国家試験に合格して、社会人っていう次のステップに進むのも自分、足踏みするのも自分。だから今何をするべきなのか自分で考えろ、っていう突き放され方を、講演会の師匠からされている。(我々は、マゾかも知れない。)

同じことが、仏教でも言えると思った。師匠の講演会の他の会員さんのことは知らない。ただ少なくとも僕自身は、今は「次がある」ことを確信しているし、「前」のことも、「今回」のことも、漠然とではあるけれど感じてきたような気はしている。(それがあるので、火がついたように師匠の話題を書き始めた。)

「今回」については、公安だかマスコミだかの盗聴・盗撮とそのリークに関して、数十年に亘ってグチり続けてきたけれども、もしかしたら、僕自身が生まれる前に自分で仕掛けをして来たのかも知れないし、僕が自分で頼んだのかも知れないし、上でどなたかが仕組んだのかも知れない。いずれにせよ、こうして「師匠の言葉の到達範囲」と言う結果を得てみると、グチるのは完全に的外れだと、ようやっと理解しつつある。(まだ、腑に落ちてはいない。)何度となく、一瞬で背筋が凍って固まる場面があって、最初は職場の同僚、次は仕事で知り合ったMIT関係者、その次は、ニューギニアで知り合ったイギリスVSOの関係者、などなど。僭越ながら、今僕は、師匠の言葉を世界中に届かせる自信がある。でも、自力でこの状況を作った、訳じゃなさそうだ。そして、当然、前回のこともあるし、次回もある。その前後の脈絡が漠然と見えて来たから、少しでも次回のポジションを下げたくないので、女子学生に手を出すわけでもなく(いやいや、それが普通でしょ、)自治会の定期預金を解約してポケットに入れて逃げるわけでもなく(逃げたって、3年以内には絶対に底をつくだろうな)一応は真面目なふりをして生きている。(だからぁ、「ふり」じゃ、ダメなんだってば。意識が問題だから。)

話を戻す。次につながることがわかれば、みんな本気になるんだな、なんてことを感じることのできた4月だった。だからこの話題を書いてもいい、と思った。余程のことがない限り、人はみんなまた、次も人として肉体を持つ。そう言う仕掛けが出来上がっている。ただ、生き方次第で落ちもするし、上がりもするし。だから、「他人を傷つけることはやめましょう」とか「他人を責めるような思いを持つのはやめましょう」とか、いろんな宗教で説いているんだろうし、「手段」としてそれは正しいと思うけれども、その一方で「人生は一度限り」とか、坊主がそれを言うなよと言う冒頭の話題で、「手段」だけいくら力説したって、「目的」が示されなければ、誰も本気にはならない。「手段」だけを示された結果として、本気になった人が「目的」として考えることと言えば、うまいものを毎日食べ続けることだったりする。いや、確かに坊主が本気で「人生一度きり」と思ってるなら、坊主自身がそういう生き方してるのも仕方ないかも知れないけれども、テレビでも、ラジオでも、「人生は一度っきりなんだから」と言う慣用句を耳にするたびに、「それは違うぞ」と毎回突っ込みたくなっている、そんな今日この頃でした。「今回の人生は、今回限りだけれども、次に繋げるために」という読み替えをして欲しいな、と思う。ある意味で、毎回が「予選大会」の一試合、一試合なのに、「決勝最終戦」であるかのような選択をしてしまう。そういうことになってしまった一因は、坊主とか、(他の宗教のことはよく知らんが)宗教関係者にも責任はあるんじゃないのか?と思えた。

で、標題の件ですが・・・何でしたっけ?
あ、そうそう、「昭和の日」。昨日が「昭和の日」だった、っていうだけで。
じゃなかった。
テレビで、「元号」を公表するのは来年の2月ころ、なんて言ってた気がした。(正確じゃないかも知れないが)そんなもん、システムの改修が間に合わないんじゃないか?「わかっていたなら、元号テーブルを書き換えるだけ、」だとしても、例のM(明治)/T(大正)/S(昭和)/H(平成)/X(次の元号)っていう略称なんかは、もし文字が被っていたら最悪だし、被っていなくてもIF/Elseみたいな構造で扱っているプログラムも少なくないと思う。そのテストは大変じゃなかろうか。「昭和から平成」への切り替えの時も、情報系は大騒ぎだったと思うが、今は当時にも増して情報ネットワークが入り組んでいる。どこかのサーバが落ちた時の影響が他に及ぶことを考えたなら、少しでも早い方が社会的な混乱は少なくできるような気がした。
いや、それを見越して、システムの「トラブル対応需要」が高まることを前提に、そっち系の仕事もスポットで受けられるように今から営業活動のベクトルを変えていく、っていう手もあるかな。

おい、標題関連の話題が、最後に一段落だけ、って、どういう神経だ?>>自分
それに、他に明日までに考えなきゃならないことがあっただろう!>>自分

って、何を明日までに考えるんでしたっけか?あ、そうそう。玉川温泉に行くのは、今日にしようか、それとも明日にしようか、決断しなければ。(考えるべきこと、って、これで合ってたっけ?)

今年の正月、玉川温泉の営業予定を確認しようと思ってネットで見ていたら、「お湯に垢が浮いていて」とか書いているアホがいた。あそこは毎日換水していて、陽の光が当たる露天風呂でお湯の表面に浮かぶ細かい湯の花がキラキラしてきれいで、それのことでしょ?お肌スベスベの、とってもいい温泉だと思うんだけれども。(私のお肌がスベスベになっても、何のメリットもないが・・・)ネットって言うのは、何も知らない奴があれこれ書いていたりするからなぁ。(って、自分のことか?いや、俺は間違ってたらどうなるか、責任はとるぞ。じゃなかった、取らされるぞ。)

かくして、5連荘後のお休みで、思考のカーソルが飛びまくっている私でした。集中できんぞ。(専任教員時代は、12連荘とか、19連荘なんて仕事もしていたのに、完全にネジが外れてる。元に戻らん。)

ヘッドフォン、ハードロック、爆音!全開!

国税の追徴金の話

サラリーマン時代の話。当時の僕は「ソフトウェア開発2課・課長補佐」だった。課長のいない課長補佐。管理職待遇だったおかげで、残業代はゼロ。管理職手当は、管理職の中の一番下。係長なら残業代が出たんだけれども。そっちの話は別にして、その時は、社長が「部門別採算性」がどうとか言い出して、研究開発部門も売り上げを立てろ、とか言い出していた。社内での付け替えルールも何も決めずに。たぶん、思いつきなんだろうなぁ。

幸いなことに、製品の組み込みソフトも書いていたけれど、血圧計のデータをパソコンに取り込んで解析するアプリも書いていて、そちらは外に対して売っていたから、「売り上げ」は立てられると思っていた。ところが、問題が起きた。PC-9801シリーズというパソコンのシリアル通信ポートから、血圧計に漏れ電流が流れ込む。アナログ系のオプションは、(何人も過労死していた会社だけれども、その後亡くなられたSさんというアナログの神様みたいな人に回路を書いてもらって)3万円位のバー・ブラウンのアイソレーション・アンプを使ったオプションボードを作りブロックしていたけれども、シリアル系はどうしようもない。結論として、光ファイバーのRS-232Cケーブルを高かったけれども買って、ある意味で部品としてソフトの出荷時に必ず付属品にするようにしていた。

ある日、国税の(税務署の?かなぁ)査察が入った。各部門長に聞き取り調査がある。その光ファイバーのRS-232Cケーブルの伝票が国税の目に止まった。「これは何ですか?」と。「アプリケーションの商品の一部で、」みたいな説明をしたと思う。ただ、商品として定価を付けている訳ではなく、医療機器の漏れ電流対策で買った「部品」なんだけれども、伝票は「研究開発」前提のいつもの購入伝票で買っていた。不確かな記憶だけれども、その時の国税は「これは商品なんですね?」と僕に確認したから、「はい、商品として売る際の付属品です」という答え方をしたと思う。

それが、「不正経理」の指摘を受けた。結果的に、その部分に購入した価格を超える「追徴課税」が課せられた、と経理部の人に後から聞いた。

今にして思う。あれは、良くても仕入れた価格をそのままで顧客に転嫁していたか、もしかしたら転嫁していなかったかも知れない。経理部の人には、「あれは商品かとの問いに、YESと答えたから、在庫の【資産隠し】の扱いになった」と言われたけれども、「ちょっと待て」と言いたかった。資産て言ったって、確かに高いケーブルは使ったけれども、事故を防ぐための「部品」として仕方なく仕入れたもので、相手によっては価格に転嫁できない場合もある、っていうか、転嫁させてもらえない相手の方が(医者は偉いから)多い。それなのに、そうした、その「聞き取り調査した部門長」を立ち会わせずに、一切事情を知らない経理部門に「これは在庫隠しです」と決めつけて、「処分」を決定して、確か、(たかだか、と言えない事もないけれども、)まとめて買って、確か15本か30本で、購入金額150万程度だったケーブルに対して、300万近い「追徴課税」を課してきた。
僕が作ったアプリの定価、なんて、そもそもが20万円ですよ?当時。(今でも似たようなこと、やってる。)部門別採算性?毎回、営業さんたちと喧嘩しながらカスタマイズして、午前2時頃にやっとビール飲んで寝るのがホットする瞬間なのに、そのビール飲んだ時刻とかが会社の女の子たちになぜか漏れていて、しかも、そんなして書いたアプリだって(そもそもが、医者の研究支援の部門だから、毎回のカスタマイズで)年間ようやっと10本がいいとこ。せいぜい200万円の売り上げに、こんな税金の取られ方をしたら、利益なんか出せるかよ。社内付け替えのルールも決めずに研究開発部門に利益を求める社長も、そもそもがおかしいと、今は思うし、今なら貸借対照表も損益計算書も、作れる程度にはなってるから、あれの経緯はまずかったと理解できているけれども、(なんだか、全部吹き出して来た。盗聴とか盗撮の話題は、切り離す。社長の無茶話も、切り離す。会社の女の子の会話ももういい。今回の主題は、国税の監査。(査察?)わかんね、どうでもいいけど、確か国税。)

「決定」を通達する場面で、なぜ、その説明をした当事者の私を立ち会わせない。申し開きをする場面を奪っておいて、なぜ、何もわからない経理部に決めつけた結果だけを通達する?
これが国税の手口だと、その時に知った。

そして、そうやってかき集めた、ほとんどヤクザの言いがかりに近いようなやり方でむしり取っている税金が、あの「おっぱい触らせて」の退職金になる。

幸か不幸か、今の僕の会社は、そもそもが国税の興味を引くような会社じゃないから、ウチに来たって全然意味がないけど(それはそれとして、公安関係とマスコミ関係に、言いたいことは山ほどあるが)いつか、もし、なんとか頑張って国税が興味を持つようになった時に、国税の監査が来たなら、「そうやって税務調査した金は、おっぱいを触る退職金になるんでしょうねぇ」と、来るやつごとに、顔を合わせるごとに、皮肉を言いたいと、僕は思った。

思い出した。そうだ、あの頃、寮に帰ると向かいの家の窓から(昔の馬鹿でかい)カメラレンズがこっちに向いていて、その後メニエル氏病を発症して、一時期両耳が聞こえなくなったんだったっけか。「午前2時にお酒飲むなんて、非常識よねぇ」なんて、こっちをチラチラ見ながら聞こえよがしに話す女子社員がいた。(トラウマになってるよ。何回書いたか。)もういい、書いて忘れる。たぶん、忘れられると思う。忘れられるんじゃないかな。ま、ちょっと、覚悟しておこう。

一円でも、退職金を支払ってみろ。国税が来るたびに、「おっぱい触らせて、って言って、いくらもらえるの」って言い続けてやる。10回でも、100回でも。皆さん、ぜひ、ご一緒に!

っていうより、その前に、黒字にしろよ、自分に給料払えるだけ、仕事しろ! —–>>> 自分

麻生発言

際限がない。寝る前に、家に戻ってついているテレビを見ていたら、別の麻生発言が流れていた。最初のうちは、対外関係も大切な時期だから、麻生さん、辞める必要はないと思っていたけど、なんか、だんだん腹が立ってきた。

処分が決まる前に辞任を認めると、退職金が支払われるんじゃないのか、という記者の質問に、「じゃぁ、誰が給料を支払うの?国民の税金でしょ?野党が支払うって、言ってるの?」などと話されていた。ドヤ顔。

言い換えれば、こういうことでしょ?「国民の税金から、給料の額程度であっても、無駄な支出をしないために、辞任を認めるんだ。」と、そういうことでしょ?それだったら、ましてや給料の額よりもはるかに大きな退職金を支払うなんていう無駄な支出は、認めるべきではない、という判断の根拠を、麻生発言は提供しているんじゃないのか?なぜ、記者は即座にそこを切り返せずに、口ごもる。情けない。

こういうと、退職金は、勤務していた全ての期間の功労に対して、なんていう意見も出るんだろうが、かつてこういうことがあった。

どこの大企業だったか忘れたけれども、部長待遇だった人が数百円の文房具を万引きして、懲戒解雇で退職金が一円も支払われなかった、と。これが民間の感覚だと思う。数百円の文房具の対価が問題なんじゃない。お願いだから、数百円支払うから、退職金満額を支払って下さいと泣きついても、たぶん、「あの会社の部長が万引きした」というニュースに対して、その会社は懲戒解雇にせざるを得なかったんじゃないかと思う。

あれでしょ?おっぱい触ったって、減るもんじゃなし、なんて感覚なのかな?数百円の文房具よりも軽い、と思ってるんだろうな。でも心は磨り減ってる(自分を、女の肉体、単なるモノとして扱われて、人間として扱われていない、っていう感覚なんだろうか。)。麻生さんだけじゃなく、官僚集団がみんな、国民に心がある、なんて、思っていないんだろうな。

最後の方、後からちょっと加筆した。ついでに書き加えるならば、「あんたのしたことは、悪いことだ」とわからせるために、グーはいかん(死刑もよくない、)として、だったら、言葉で責め立てるのは許されるかって、それも表現次第では「暴力」になる。だったら、残った手段は、お金を没収するくらいしかないんじゃないのか?国税庁なんて、しょっちゅうやってると思うんだが。

言った、言わない

書き込みが多いな。(仕事に集中できていない証拠。いや、今日は教材作成がメインだったから・・・と言い訳。)
いや、何言ってんだこの人と思った麻生発言。改めてNHKの7時のニュースで聞き直した。

ハニートラップを避けるため、(これは、男性教員「あるある」だと思うが)女子学生と二人きりで部屋の中にいるような状況は、絶対に作らない、止むを得ずそうなる場合には、ドアを全開にして廊下から見える場所に着席する、などなどがある。何もしていないのに女子学生から「先生にこんなことされました」と言われるのを避けるため、注意をしている方も多いと思う。(逆の人も、いるみたいだけど。)
いえね、気に食わない男性教員を辞めさせるために、捨て身のトラップを仕掛けてくる女子学生がいる、と言う話は聞いたことがある。

言った、言わないの押し問答はもう、何回経験したかわからない。ボイスレコーダに記録しなくたって、相手の記憶には残る。記憶が不確かなら、ボイスレコーダの存在は両方にとってメリットがあるような気がする。
それこそ、こうしたハニートラップを避けるためならば、男性教員側がボイスレコーダなどを用意しておけば、やましいことをしていない限り、まず申し開きはできる。「事実の記録」は、かなり重要だろうと思う。

そうしたら麻生大臣、「はめられた、なんて言う話もある」って、何言っているんだろうか?音声データがあるのに、どこにどう、「はめる」余地があるんだろうか?自分の言っていることの意味がわかっているんだろうか。それとも、痴呆が入って来ている?

相手の承諾を得ないで音声データを記録する、ことが違法?それでは、ドライブレコーダはどうなの?事故が起きた時に、ドライブレコーダのデータが証拠として提出されました。「私に許可なく、映像を記録したのは違法です。」と言う論理は成り立つんだろうか?許可をとってる人なんて、いないでしょう?ましてや、事故を起こして相手と交渉する時、なんて、まずほとんどの場合で初対面だろうし。どうやって許可を得る?

むしろ、ビジネスの流れとしては、訴訟回避などのため、電話音声を原則記録する、なんて言うのが主流になってくるような気すらする。無論、相手が顧客なら予めなんらかの形での周知は必要だろうけれども。

そもそも、記録されて困るような発言をする、相手に記憶してもらっていたら困るような発言をする、相手に記録も記憶もされないことを前提に、責任ある人が発言をする、そんなことがあっていいのか?

それとも、記録されては困る、だから記録を廃棄する、それが行政の基本姿勢で、かつ、行政にそうした判断をさせている政党がどこかにあるのか?だから「許可なく録音はどうこう」と言う発言が出たのか?
発想そのものがどっぷりと「記録させない」に固まっていて、あれこれと行政に、記録されては困る指示を出し、記録を廃棄させる側に染まっているから、何気なくああした発言(許可なく録音)が出てくる、それが自民党体質を露呈した麻生発言、自民党関係の発言ではないか、と僕は思った。

再び、元に戻って。あの音声データが残っている状態で、どこにどう、「はめられた、なんて言う話」が出てくる余地があるんだろうか。赤信号を無視して突っ込んで来て、それで、ドライブレコーダを記録していた相手に「お前、はめたな」ってボヤくのと、同じじゃないか?

ハラスメント

大学から、給料明細と一緒に「ハラスメント相談室」からのレターが入っていた。
A4用紙一枚のペラペラで、字が小ちゃくてよく読めないような奴。(あ、単に俺が老眼になってるだけか・・・。でもこのフレーズ、流行りそう。)

専門学校の方からも、総論の中にそれに類する言及があったように思うけれども、ただ単に「学生の人格を尊重し」の一言だったかな。各論よりも総論。そもそもが、相手を尊重するという意識のない人には、どれほど「各論」を書いたって無駄な気がする。どちらも、すごく働きやすい職場で、基本姿勢が自分は好きかな。
「総論」のところで「相手を尊重する意識がない」人に、「各論」レベルで「注意事項」を列挙しようとしたなら、もう、100ページくらいの冊子が作れんじゃなかろうか。誰が読むかよ。A4一枚ペラペラ、以前に、一言で十分な気がする。

でも、相手がどう感じるかだから、難しいよなぁ・・・セクハラはねぇ、これはもう年頃の女性が大勢いるから、下手な冗談は言えない。大学の専任教員の経験も一応はあるから、一応「あ、これはマズイ」ってな表現には、フラグが立つ程度には慣れてきてはいるけれども。それと、アカデミック・ハラスメントに関して言えば、「単位を出さないぞ」なんていうのが該当するらしいけど、これも大丈夫。原則、僕は全員に単位を出したい方なんで。
いや、僕自身が学生だった頃には、多くの先生方にお目こぼしをいただきましたし。僕らがいた早稲田のキャンパスの近くには、「サボール」(ロシア語で「大聖堂」らしいが)という名前の雀荘があって・・・(以下省略)
そして、パワー・ハラスメント。そもそも、非常勤講師ですから。何の権限もない雇われなので、関係ない気はする。

ただ、面倒だと思うのは、特に学生の不正行為とかあった時に、どこまで強く言えるか、だろうか。
親父も教師だったけれども、親父の時代の教師は、厳しかった。手も出たし、グーも飛んできた。親父曰く、パーだと鼓膜を破る危険があるから、グーなのだと・・・。勘弁してよ(って言う前に、改めろってか?)そりゃぁ、反発もしたけど、基本的には愛情が豊かな人でしたからね。そこは通じていた。
今は、手を出せない分、言葉だけで相手にわからせたい。その時に使う「言葉」が難しい。言葉で残した傷の方が、手を出してつけた傷より一般的には深い。でも、愛情がないグーは単なる暴力で、愛情の有無は客観的には検証できないからなぁ。

この部分では、小中学校なんて、大変だろうなと思う。高校になると、生徒も多少は大人になってきているだろうけれど。

専任教員時代、本来禁煙の「学生ホール」でタバコを吸いながら、お札を(中には万札も)テーブルに投げながらトランプで遊ぶ学生集団があった。「先生、絶対に一人で注意しちゃダメですよ」と他の先生に言われたけれども、そもそも人と接する時に「最初から相手を否定してかかる」という意識を僕自身持っていないから、僕の側から話しかけても何の問題も起きなかったし、結局彼らは素直に片付けてくれた。むしろ、その「最初から色眼鏡で見たがる」先生がそばにいると、その方がやりにくい。そっち系の学生は、全然平気だったんだけれども。(似たような学生生活、してたからなぁ・・・。お父さん、ごめんなさい。)

ただ、不正行為に対応する時だけは、専任の先生に相談しながら進めるしかないと思った。怖いのはモンスター・ペアレントで、いつも、言葉の使い方一つでどこに転ぶか、かなりの神経戦になる気がした。「子供の将来にとって大切なのは、悪いことを悪いとわからせる大人の存在だ」ということを、理解していない父母が増えている。そこのところが、「どうなっちゃっているんだろう」と思う。そして、役所は「総論」よりも「各論」、形式重視、責任回避、みたいな感じらしいし。

麻生さんが、また何か言ったらしい。そもそもがあの人は、男も女も、金持ち以外を人間だと思っていないんじゃないか?
麻生さんなんかにも思うが、「相手の人格を尊重しましょう」の一言だけでいいんじゃないか、っていう気もする。

えぇと、大学からのレターなんで、一応ファイルしときます。

EntityFramework6.npgsql

Visual Studio 2017にインストールできない。
NuGetのパッケージマネージャが、何かエラーを吐いているんだけれども・・・
バージョンが合わない?

Npgsql.EntityFrameworkは、インストールできた。たぶん、別物なんだろうなぁ・・・
と思っていたら、Npgsql.EntityFrameworkCore.PostgreSQLなるパッケージがある。
これも、インストールできない。そうなんだけれども、ネット検索で出てくるのはインストールできないパッケージばかり。

.NETのバージョンか?
それとも、インストール出来るものを使うしかない、のかな?

環境構築作業は、これがあるから・・・

月曜から憂鬱

銀河系宇宙

法政大学の非常勤講師仲間で、サイエンス・ライターの内村先生が、先週、今週と量子論の話題を振ってこられた。すみません、講師室でもプログラムを書いていたもので、つれない返事をしてしまった。確か先週は「シュレーディンガーの猫」の話題だったか。
きっかけは、スティーブン・ホーキング博士が亡くなられたこと、だったのだろうか。そのお返事、という訳ではありませんが・・・

私には、自然科学的に数式を辿って「定量的」に議論するだけの数学の実力はありません。ただ、「定性的」に、感覚的にはある程度はイメージ出来ているかも知れない。そこに、師匠の講演会の話題を重ねたらどうなるかを、書いてみたい。ある意味で、書く機会を伺っていた、とも自分なりに思う。自然科学的な立場と、師匠の講演会の内容を重ねる作業は、たぶん、私の立ち位置で行うべきことだ、という気もした。

このページの文責は、全て私にあります。師匠の講演会の内容も、記憶に頼っているので、間違って覚えている箇所があるかも知れない。内容によっては、間違っていたなら、それこそインチキ宗教の教祖で、デタラメの「神の思い」を説いて幽閉されている方々と同じところに、僕も隔離されるリスクはあると思うけど、そこはもう、腹を括った。

スティーブン・ホーキング博士によれば、僕らが住んでいる宇宙は、ビッグ・バンで形成された。学問的な評価としては「正しいもの」とされている、と理解している。
銀河系宇宙を創造された、我々から見た創造主は、数百億年前に、さらに上位の意識体から生まれた。そして、数百億年(ここ、講演会では数字を話されていたけれど)の準備期間を経て、現在の宇宙を創られた。その年代は、ビッグ・バンと同じ時期です。

創造された宇宙は、創造主ご自身の肉体とも言える。つまり、その中に存在する意識体も、物質世界の生き物も、全て神の一部、とも言える。創造主は、意識体を創造し、創造した意識体がご自身に近付くように、そうしてヒトを創造された、と私は理解している。(その目的は、講演会で聞いているけれども、会員も含めて、一切他人に話すことは許されていない。)つまり、ヒトの実体である「意識体」は「人格霊」だけれども、その「ヒト」としての意識の「核」は、神ご自身の一部である。世間では「性善説」とか「性悪説」とか、諸説言われているけれども、「性善説」が正しい。人は本来「善」である。ちなみに、「地球意識」は「意識体」ではあるけれども、「人格霊」ではなく、ただひたすら地球という惑星の調和を保ち、生命を育むという意識だけを持たれている。人格霊ではないけれども、「意識体」として、例えば人間のような生物が地球の環境を乱し、その影響が看過出来なくなったなら、痕跡すら残さず大陸ごと沈めるということを、何度もされている。我々の文明で、「最古の人間」が数百万年などと言われているが、「ヒトの肉体」の痕跡すら残さずに消された文明は、いくつもあった。だから、我々自身がこの地球で、数億年、数千万年にわたって、それこそ恐竜の時代にもヒトとして肉体を持ち、ヒトとしての経験を積んできた、ということは、その痕跡が残っていないだけ、と理解している。(自然科学的には、証明不能。但し、この「説」を否定できる根拠もないはず。「不存在の証明」が一番難しい。)

スティーブン・ホーキング博士は、「量子」に「心」があるという考え方に否定的だった。「生物」は全て「化学的」な存在である、と信じていらっしゃったらしい。(悪いんだけれども、「存在の証明」は簡単。ここに存在する、という反証の実例が、たったの一つあればいい。)「意識」とか「心」は、どうやら存在するらしい、と感じているヒトは少なくないと思う。ただ、「あなたに心はありますか?」と問われた時に、「はい、あります。」と答えて、「じゃぁ、証明して下さい」と問い返された時に、証明できる方が、どのくらいいらっしゃるか・・・。つまり、ヒトですら「心」があることを客観的に証明する手段を持っていない、と、私は考える
前にも書いた。それならば、犬は?犬を飼ってらっしゃる方は、犬にもヒトに近い「意識」のようなものがあるに違いないと、感じていらっしゃるだろうと思う。おそらくその推測は正しい。それでは、鳥は?魚は?ミミズは?ゴキブリは?となった時に、最後は単細胞生物に行き着く。ミドリムシは?ミジンコは?粘菌は?無論「意識」はある。その「意識」は「人格霊」としての意識ではなく、無論「地球意識」とも違うし、同じ意識レベルの意識体同士ならば「意思疎通」が出来るにしても、おそらく僕らヒトは、ゴキブリと意思疎通することが出来ないし、「粘菌」とも意思疎通は出来ない。(ただ、彼らは「神の意識」は感じ取るかも知れない。)たぶん、「粘菌」だって「ヒト」に「意識」の存在を感じていないかも知れない。ウイルスやプリオンは「生物」ではない、と私は理解している。それではインフルエンザウイルスに「意識」はあるのか。答えはYES。ウイルスによっては「地球意識」によって生み出されている。地球上の生物の世界のバランスや調和を保つため、と聞いている。
さらにその下。原子には?電子には?というのが、京都大学の先生が本に書かれた内容だったと思う。意識も、意志もある。「シュレーディンガーの猫」の理論実験では、原子核の崩壊で、「半減期」つまり確率1/2の現象の結果を扱っていたと理解しているが、先に結論を書くならば、核物質は自分の意志で崩壊している、と私は理解している。神ならば、核物質とも意思疎通できるから、「シュレーディンガーの猫」が生きているか死んでいるか、100%言い当てることができる。(それ以前に、もしこれが理論実験ではなく、実際にそんな実験をしたなら、猫にそんな危険な実験をした実験者が死んでいる、という結論もあるかも知れない。)
電子は、確率的にエネルギーポテンシャルの谷を超えてトンネル効果の現象を起こすのではなく、自分の意志でポテンシャルの谷を超えている。確率が極めて小さいなら、「中にはそういう変わった奴もいる、」ということだと思う。私は今、そう理解している。ミクロに砕いていった全て、素粒子よりも小さい粒子が存在する。いずれ地球系人類の手で発見されるのか、あるいは、地球外の方々にご教授願うことになるのか、あるいは、銀河系宇宙のどこでもまだ「証明」はされていないのか、知らないが、いずれにせよ、「これがもっとも小さい粒子」というモノは存在する(その呼び名も、講演会では聞いている)が、その大きさは素粒子よりも小さい。

なぜ、全ての「モノ」に「意識」があるのか。それは神によって全てが創造されたから。(そう考えた根拠は、書いてはならない範囲だったと記憶しているので書かない。)いずれにせよ結果として、電子も、ミドリムシも、全てが神の意識に沿うように自発的に動いている、と私は理解している。それは「ヒト」も、原則的にはそうだと理解している。

地球は、銀河系宇宙の中ではもっとも新しい「ヒトの住む星」であるらしい。「地球」への移住が始まって、やがて地球オリジナルの人類を作ろうということになった。それが数億年前。(細かい数字は、無論聞いているけれども、自然科学的には証明できないんだから、どーでもいいでしょ?)この後の詳細は、師匠の著書に書かれている。私は引用しません。ただ、経緯としてはこういうことだと思う、という私の理解を書く。
神は、全ての「ヒト」に自らの意志で行動し、その結果として成長することを望まれた。だから、「予め、高い意識レベルの方々と同じように動く」ようなプログラムはされていない。ヒトとしての必要最小限の「意識」だけを最初に与えられた。他の星系では十分な時間をかけて「意識体」として成長させ、そこから初めて、例えて言えば日本の自動車教習所の「路上教習」というか、実際に肉体を持って「高次元意識体」の方々との接点を持たせ、成長させて来た。だから、多くの星系で「性善説」そのままの調和の保たれた進歩を遂げて来た。(スターウォーズとか、あんなことが起きると考えるのは、地球人だけ。)
ところが地球では、「意識体」としての自覚が不十分なまま、いきなり「路上教習」というか、つまり、「肉体を持って、直接高次元の方々との接点を持たせて」という導入を行った。(実験的?だったのかも知れない。理由は知らない。)その結果、どうなったか。

肉体を持つ世界では、肉体を維持するために、食料を食べる。セックスして子孫を残す。地球という星は美しい星である。肉体を持って、美味しいものを食べて、セックスの快楽を味わい、美しい装飾物を身に付け、そうした「物質的」な諸々のものに、特に地球生まれの、まだ「意識体」としての教育が不十分な若い霊体さんたちが染まった。肉体を抜けて、意識体の世界に戻っても、その「物質世界」の余韻に浸るようになった。その「物質至上主義」が徐々に「意識体」の世界を侵食するようになった頃に、ゼウス(セオリア様)、アッラー/エホバ(アール・エル・ランティー様)、イエス・キリスト(アモール様)、モーゼ(モーリア様)、孔子(セラビム様)などの(他にも大勢いらっしゃるけど、名前を書いても普通の方はご存知ない)地球系霊団を指導される方々が、ある決断をされた。(ここ、誰が、の部分で講演内容の理解を間違えてるかも知れない。)肉体を持った方々がいきなり意識体の世界に戻らないように、中間的に、肉体を持っていた世界の悪影響を抜いてから戻すための「洗浄室」のような空間を用意された。それがいわゆる「地獄」である。今では、ほぼ100%の人が肉体を抜けたらまず、その「地獄」に行く。そこで、物質世界に染まった「悪影響」を拭い去ってから、また上の世界に戻ってくるように、緩衝空間が出来上がった。

この「地獄」だけれども、意識体はその性質として、「エネルギーレベル」が近い、あるいは「興味が似通っている」意識体どうしが集まりやすい「性質」がある。その結果として、例えば、嫉妬深い人はそういう人たちが集まる。食べることが何よりも好きな人たちは、そういう空間ができて集まる。「勤行」が大事だと思っている人たちの空間は、今ではかなり広がっていて、かなり長いことそこに滞在してひたすら勤行だけを行い、全く上に戻ってこない人が多くなっている。セックスが好きな人はそういう意識体同士で集まってひたすらセックスしていられる。最近では、一人引きこもってゲームだけに没頭している空間もできた。他人の悪口を言い合うのが好きな人は、朝から晩まで、悪口の言い合いを楽しみ・・・、着飾るのが好きな人はその意識の中で派手なドレスを友人に披露し合い、こう言っちゃなんだけれども、「地獄」を「天国」と勘違いする人が少なくないのは、わからんでもない。現実には「地獄」に滞在しているのに、そこを「天国」と勘違いして、肉体を持っていたときの「快楽」に延々と浸っている意識体が少なくない。それが地球の実態である。死ぬことは全然怖くありませんよ、という解釈も成り立つけれども、そうやって「天国」だと思っている空間で朝から晩までセックスして、ゲームしている間に、他の人は何度も肉体を持って経験を積んで、上の意識体レベルに上がって行く。その間に、ヒトとしての進化に、格段の差がつく。
自分の行なっている行動が、神の思いに沿っているか、自分で気付け、と言われても、一部の宗教はそうした「教育」をしているかも知れないけれども、なかなか難しいのかも知れない。特に「教義だから、とにかく守れ」と言われて従っていても、心の中から、自分自身の意志で「こうしてはいけない」と気付くかどうか、と言われると、肉体を抜けた時に自力で気付ける人は少数派らしい。
その結果として、ほぼ全ての人が、まずは地獄に落ちて、地上の時間に換算して、数十年滞在するのが通例であるし、長い人では数万年、地獄=「洗浄室」に滞在している結果になっている、と聞いている。実際、居心地がいいらしいですよ。だって、朝から晩までXXX(お好きな言葉をどうぞ)をして、いられるのだから。

人間には「脳」がある。脳科学では「意識」とは神経活動の結果、とされているらしい。(その「脳科学」で「念を飛ばす」行為を証明して欲しいと思うけれども・・・。僕には、「創る」ことはできなくても「壊す」ことはできる。あなたが神経活動以外の仮説を信じないなら、証明してもいい。あなたの近い人に対して。いや、書いてみただけ。もう懲りてるから、絶対にやらないけれど。コントロールが悪いし。)
この「脳」は、中に住んでいる「意識」に対して様々なトリガーを上げてくる。その結果として、肉体を持っている人間の意識は、瞬間的に切り替わることがある。1秒前まで本を読んでいたのに、そのトリガーが入った瞬間に、本の内容を忘れて全く別の方向に「意識」が向く。そんなことは日常茶飯事。ところが、「意識体」に戻ると肉体の脳がないから、肉体を抜ける前に向けていた方向に「意識」が固着する。だから、脳がなくなると、地獄から抜け出すのは、我々が想像する以上に難しくなる。「これは正しい、これは間違い」という判断を、肉体を持っている間に自分自身の「意識体」に刻み込むしかない。特に現代のように「刺激」の多い時代では、落ちないことがとても難しくなっている、と私は理解している。

ヒトという「意識体」も神によって創造された。当然、意識体の世界は、そのエネルギーレベルに応じてはいるものの、神の思いが行き届いた世界であり、物質世界の「欲望」などは持ち込めない。ところが、ヒトの肉体が受け入れることのできる「エネルギー」には、限りがある。イエス・キリスト様とか、指導集団の方々の霊体さんが肉体に収まる時には、ご自身のエネルギーの全てを肉体に収めることができずに、ごく一部だけを肉体に降ろされる。それほど、肉体には制約がある。ましてや、我々レベルになると、最大でも元々我々自身の「意識体」が持っていたエネルギーレベル程度がその上限になる。
その中に、「ひたすら、うまいものを食いたい」とか、「また激しいセックスしたい」とか、そんな「意識」が大きなウェイトを占めているならば、その分、本来持つべき「意識」のエネルギーを持てなくなる。そういう状態で肉体を抜けるとどうなるか。意識体の世界に持ち帰れるのは、「神の思いに沿う」部分のエネルギーだけで、余分な「思い」は、全部「洗浄室」で落とされることになる。落とさなければ、上には帰れない。そうなれば、当然、「肉体が持てるエネルギー総量」から、「雑欲」を差し引いた分だけが「自分の意識体のエネルギー総量」となって、汚れて、染まった分だけエネルギー密度が落ちて、スカスカになり、ヒトとしての「意識体のエネルギーレベル」が落ちることになる。
一つ前か、二つ前のページに書いた。その話題の「補遺」である。

あまりにも「ヒトの実体は意識体である」ということを知らないまま、肉体を持てるようになった地球生まれ、地球育ちの霊体さんが増えて、その方々の意識レベルが上がる前に、元々「ヒトの実体は意識体である」と知っていたはずの方々までが、肉体を持つ度に染まって、エネルギーが落ちていくものだから、中間的な指導集団が崩壊しつつあるのが現状かも知れない。

さらに言えば、ちょっと前には「神は死んだ」などと言い出す哲学者が登場し、殺人者が「神は偉大だ」などと叫ぶ、もう、危機的状況になっている、というのが現在の地球だと、私は理解している。これは、はっきりと言いたい。人を殺す際に「神は偉大だ」などと叫ぶ行為は、明確に神を冒涜している。この部分は確信を持って言える。神は、あらゆる生き物が調和を保って生き続けることを望まれていると、私は理解している。

肉体を維持するために必要な行為は、神への感謝を忘れない限り許されていると理解している。牛を殺して食する。鯨を殺して食する。どちらも同じ。魚も、ミドリムシ(ユーグレナ)も同じ。コメも小麦も同じ。セックスしなければヒトは肉体のレベルで次の世代に引き継げない。ただ、目的と行為が合致しているのか。欲望の占める割合がどの程度なのか。
そもそもは、人間の肉体の耐用年数は5000年以上あった、らしい。意識体の世界に戻りたい、次の誰かが肉体を持ちたいと思った時には、中に入っている霊体だけが入れ替わるという行為を、我々もやっていた。まだ「意識体」が物質世界に染まっていなかった頃、地球への移住をしたばかりの頃の話。入れ替わる時には、新しく肉体を使いたい意識体が足の側から入って、帰りたい意識体が頭の方から抜けた。
その後、食べるという行為や、セックスという新しい肉体を産み出す行為が、意識体の中で「本来持つべき思い」を圧迫するほどに大きくなって、結果的に、中間指導層の崩壊を招いた、と私は理解している。(あの某事務次官が題材です。)多くの宗教が、「食べる」という行為やその対象(豚とか四つ足)、「セックス」などに多くの制約をつけるようになったけれども、その境界線とかルールを明文化してもほとんど意味がない。本来的に問題とすべきだったのは、「意識の中で、どの程度を占めているか」が現実的な問題の本質だったのではないかと、私は考える。上に戻ってくる際に「落ちる」ヒトの数を、減らしたい、という趣旨で。しかも、もっとも大切なのは「本人の自発的な意志がどうだったのか」という部分であって、宗教の教義に従って、理解していないけれども、あれは食べないとか、こういうセックスはしない、とか、そこはもう、本末転倒の議論だと思う。「神が人に自由を与えた」、というその部分を、「宗教」が理解していない、と私は考える。

超ひも理論。「宇宙」を11次元として定義すると、重力、ファンデルワールス力、電磁力など、様々な力の物理的な定義を説明しきれる理論、として、私は理解している。この「宇宙は11次元」の「11次元」という数字も、師匠の講演会では出てきている。
銀河系宇宙(物質的)は11次元。「地球意識」という意識体は、10次元の意識体エネルギーを持っている。そして、ヒトの人格霊は4次元から9次元まで、進化の度合いに応じて、それぞれのエネルギー空間に住んでいる。そちらは師匠の講演会内容だけれども、超紐理論では、4次元から上の途中の次元は「畳み込まれている」と理解した。その「畳み込まれた」一番下が3次元であり、時間を加えた4次元は、畳み込まれる上のエネルギーレベルの「意識体」の意志によって、その「投影」結果が3次元、4次元の現象として発現する、と理解する。ということは、モーゼ(モーリヤ様/9次元)が海を割ったり、聖徳太子(アルトーメ様/8次元)が空中浮揚したりしても、次元の高い方の「霊道が開いて(意識体としての能力が全開して)」いたら、起きていても全く不思議ではない、と自分は理解している。ところが、モーゼ(様)に関して言えば「集団催眠」なんていう話も出てくるし、聖徳太子に至っては昨今の教科書で実在しなかったことにされちゃったり・・・。モーリア様に関して言えば、おそらく、「奴隷も人間なんだ」ということが、出エジプト記の文脈のみならず、現在の全世界でも当たり前のこととして受け入れられれば、ご自身の実績が消し去られても文句はないだろうし、アルトーメ様も、日本が一つになって、神の思いを受け入れる国になっていれば、文句はおっしゃらないんじゃないか、とも思うけど、わからない。ご本人に伺ってみないと。「聖徳太子なんていたはずがない」なんていう、その文部科学省主導の消され方に、案外不快感を持たれていたりして・・・。

「霊能力」とか「超能力」なんて、案外、普通に物理的に証明できる話題だったりするかも知れない。ただし、その前提を受け入れたならば、人類が神の思いに背いているならば、すぐに消されるという事実も受け入れる必要があるかも知れない。高次元の方々が「奇跡」を行われても、それが伝説として伝わった頃には、「錯覚」にして片付けられちゃう。そして、誰もが物欲の世界にどっぷりと戻る。それを繰り返すのなら、もう、地球系霊団は消されても文句を言えないのかも知れない。

師匠の講演会から帰って、一気に書いた。もう、5時間も書いてるか。書き尽くしたとは思っていない。だけど、書きたくて、それでも溜めていたものを、一気に吐き出した。8割くらいは、吐き出した気がする。

僕は、チンドン屋です。目立ってナンボ。だから、目立つような話題を拾って、そういう言葉を発する。(それにしちゃ、このページは長すぎる・・・)幸いなことに、というべきだろうけれども、僕は霊道は開いていない。だから、当然「神の思い」なんてのは受け取れない。ただ、師匠は霊道を開いていて、神の思いを話して下さってるから、僕はそれを記憶して、自分なりに噛み砕いて書けばいい。確かに(意識体としても、幽閉されかねない)リスクはあるけれども、楽な立場と言えば言えないこともない。(怖さを忘れた時が、一番危険なんだが・・・)

改めて。文責は僕にある。師匠の講演会は、勉強会の会員ならば、今回「書くことを許されていない」として書かなかった部分も講演会で聞けるし、過去の講演会CDも買うことはできる。僕は、行ける週に参加して記憶している内容に、自然科学の内容を被せて書いただけ。ここに書いたのは僕自身の解釈であって、師匠の講演会の内容を解釈されるのは、参加した方各人の自由だと、僕は考える。

ある意味で、「非常識」な話題も書いてはいるけれども、僕自身を個人攻撃されるのは全然構いません。全力で迎撃させてもらいますが。ただ、師匠の講演会そのものに「インチキ」などという言いがかりをされる方は、僕がその喧嘩を拾います。「暴投」して他人を巻き込むことも厭わない覚悟で、僕が知りうる限りの自然科学の知識を駆使して頭ごなしに、使える限りの言葉を発して喧嘩するから、その覚悟で喧嘩を売ってください。

Entity Framework

DBとVBの接続。今度の仕様追加、現在の「ファイル」でデータを管理する方法では無理だ。DBを使うしかない、という流れになった。
今更、Visual Basicなんて、とは思うが既存システムの刷新だから仕方ない。久々のODBCか、と思ってあれこれ検索していたら、「今時、ODBC接続なんてないですよ。それに、既存システムでないならC#使いましょう」なんて書かれていた。
すみませんねぇ、VBで。
それに、出来ることならsqlite3で書きたかったけれども、postgreSQLを使うことになりそうだ。書き込み速度がどうなの、という不安。言語も、書きおろすとしたら、今なら僕はPythonを使う。同じソースで、MacでもLINUXでもWindowsでも動く。
で、今の開発機、セットアップするキャパ、残ってたっけか?開発機を更新するのが先か、納期が先か。何を調べて、何を決めなきゃならないのか、ToDoを作らなきゃ。

「レコード数100万は楽にいくと思うけれども、大丈夫?」って質問があった。どっちも1億件程度のレコード数なら楽勝のようで・・・レコード数100万件に対応できないDBMSなんて、あるのかなぁ・・・ましてや、その100万件のレコードを扱わざるを得ないシステムを、ファイルだけで管理していたことに、多少は驚いている。

今から、Entity Frameworkのお勉強。2日で覚えて1週間で実装します!週三日授業を持ってるのに?またもう、無茶な目標設定ばっかするから・・・突っ張るのもいい加減にしろ>>自分、とは思うが、今のところ、他に選択肢がない。それに、学生の頃からたぶん全く変わっていない自分流。突っ張って、突っ張って、自分を追い込んで、ストレスに負けたらそこまで。このスタイルは、変えられそうにない。
いえね、単価を上げられないから、手数とスピードで量をこなして勝負するしかない。新しいものに対応できない、としたら、「生涯現役」は無理だろうなぁ。愚痴?えぇと、バケツに向かって絶叫しておきます。

話が変わって、情報系の学生のお話。
ある先生が、「データベースの巨人、って言ったら、何ていう会社か知ってる?」と情報系の1年生に質問をしたらしい。その先生が期待した答えは、当然O社だけれども、学生はGoogle!と答えたそうな。

O社のデータベースを使わざるを得ないようなお仕事、には、どうも縁がないなぁ・・・。非常勤講師を持っていること自体が、最初は「収入に保険」をかけたつもりが、今は完全に裏目に出て、単価の高い仕事を受けられない原因になっている。じゃぁ、非常勤講師は辞めるか、って言ったら、多くの人と接点を持つ、お金ではない僕の人生経験としては、かなり貴重な環境のようにも思えて・・・
でも、この状況で、それを判断基準にするかさぁ>>自分。

本当に、何やってるんだろう、バカか、アホか、俺は、などとボヤきつつも、とにかく頑張る。Entity Frameworkのコンセプト、構造、実装方法をなんとか頭に流し込む。宣言した!のめり込んで、前に進む。頑張ります。今から覚えて、納期に間に合わせます。

米山元知事、痛いなぁ・・・

米山さん。何だか、妙に共感しちゃって痛い。
僕も長らく結婚できなかったですからねぇ。

ただ思うに、生きて肉体を持っている間に、自分のしたことの結果を受け入れて、周囲にどんな迷惑をかけたのか理解して、次からは(人は、余程の落ち方をしなければ何度でも人間として肉体を持てるのだから)何をしてはならないのか、もっと言えば何を思ってはいけないのか(意識の方が本体)、それを自分自身の意識に痛みと一緒に刻めれば、それだけで十分に生まれて来た成果になると、僕は思う。特に、自分が何を口にして、どんな行動をとって、その結果として誰をどんな風に傷つけたか、それを理解出来ないまま肉体を離れると、元いた世界に戻っても、周囲が誰も相手にしてくれない。その意味では、米山さんの判断は大正解じゃないかな、という気がした。

何だか、師匠の受け売りになってしまった。これこそが、僕自身が書き続けなけりゃいけない話題なんだろうとも思うけれど。(そうして、もし僕の理解が間違っていたら、僕自身が大変なことになると、わかっちゃいるけど、やめられない。自分で決めて来た。たぶん。)
僕らの生まれる前にいた場所と、死んだ後に戻る場所は、概ね同じ。「概ね」というのは、肉体を持っている間の経験で、意識体としてのエネルギーの密度が高くなれば、元いた世界では波長が合わなくなって上の世界に上がるし、器が小さくなって肉体を去ればエネルギーが粗くなって、元いた世界には戻れなくなる。無理やり戻っても意思疎通が出来ない。そう理解している。大きくなって肉体を去るか小さくなって肉体を去るかは、生き方次第、と理解している。

ちょうど、ラジオが混信するように、波長が近ければ、上下の近いエネルギーレベルの方とは意思疎通出来るけれど、意識レベル、エネルギーレベルが違いすぎると全く意思疎通できない。だから、意識レベルの低い方は意識レベルの高い意識体の世界を知らないし、意識レベルの高い方は低い世界がわからない。それが、肉体に入ることで、あらゆる意識レベルの方とコミュニケーションが取れるようになる。それが肉体を持つことが大切な経験となる理由の一つだと、自分は理解している。

意識レベルの高い方でも、低い意識レベルに同化して肉体を離れれば、落ちるし、その逆もある。おそらく、神様の意図としては(それこそ、こういう書き方をして間違っていたら、僕自身どこまで落ちるか、どこに幽閉されるかわからないけれども)意識レベルの低い方々が、世間に数多くいる意識レベルの高い方の生き方とかを吸収して、最終的には全ての人が、例えば、レオナルド・ダ・ビンチ(ガブリエル様)とか、マルチン・ルーテル(ミカエル様)くらいの霊格にまでなるように、あらゆる意識レベルの人が混在できる世界を用意されたのだろうか、とも思う。それは理解するのだけれども、現実にはその逆のことが起きてしまっているのかも知れない、という気もする。

最近日本でよく耳にする「意識高い系」という言い方。実際には、全然ポーズでも何でもなく、ごく自然な発想としてその「意識高い系」の所作が出来ている方々も少なくない(ポーズもいるけど、)と思うのだけれども、やっかみなんだろうか、気取ってるとかそういう扱いをされる人も多々いらっしゃるんだろうなぁ。この辺が意識レベルの違いが混在している現実で、当たり前のように「意識高い系」になっちゃっている方々には、是非、落ちないように、と思います。自然体で、自分が自分の筋を通していると思えるならば、何も気にする必要はないと僕は思う。ただ、どうしたら周囲に理解してもらえるのか、そこを体感して身に付けるのは、肉体を持っているからこそ出来ること、なのかも知れない。肉体を抜けて上に戻れば、周囲が皆「意識高い系」の方々で、何の苦労もないだろうけれども、そこの「苦労」を避けているとさらに上には上がれない、と僕は思う。(おぉ、何という「上から目線」!)通りすがりの低次元が、大変失礼いたしました。

この辺の話題、書きすぎるとどんな間違いをするかわからない。ここでやめる。
そもそも、僕自身が、自分の発した言葉、自分の思ったことによる結果を、まだ全部拾い尽くしている訳じゃない。ちょうど米山さんがやられたように、過去の自分のマイナスと、そこに到る経緯を咀嚼できれば、全然マイナスではなく、むしろ上に上がるチャンスになる。逆に、そのマイナスをマイナスとして認識できなければ、減点項目でしかなくなるし。僕は、まだ減点項目を潰しきれていない気がする。他人のことはどうでもいい。とにかく自分かな、と思っている。ごめんなさいの、マイペース。

で、ふとメールを開いたら、「仕様追加」みたいな要求のメールが三通入っていた。絶句。
頭を切り替えねば。

人はどうして変わっちゃうんだろ

医者の中には、ひどく傲慢な人がいる。全てとは言わないけれど。
私自身の経験。徹夜続きで仕上げたソフトを、納入後に「タダにしろ」と言われたことがある。
今は時間単価が下がってしまったけれども、SEとして一人月120万円とかで仕事できた時代、80万円で見積もった仕事を、まず20万円に値切られて、結局請求させてもらえなかったから、ほぼ一ヶ月分がタダ働き。
盗聴だか盗撮だかわからないけれども、私生活がすでにグダグダで、そこにこの仕打ちで、なんだか完全に打ちのめされて、仕事をする気力そのものがなくなった。2Lの焼酎を、三日で空にしていました。

そういう医者を育てたのは、主には製薬会社だと思う。新薬などを使ってもらうために、接待攻勢。いや、ドサクサ紛れで僕も医者のS先生に「連れてって」もらって、京都の祇園の一見さんお断りのお店に入ったことがある。S先生曰く、「大丈夫、XXX(某製薬会社)が払うから。」早稲田の卒業論文を書くのに、東大病院に出入りしていた頃だった。学生の身分ですよ!後にも先にも、あんなお店入ったのは一度っきり。
医療機器メーカーも同様で、まだMRIが珍しかった頃、半導体部門を売却したあのT社は、2億円のMRIの機器を某病院に2千万円まで値切られて納入したらしい。そこまで値引きに応じる理由は単純で、拠点病院に納入できれば、その傘下の病院にも同じ機械をほぼ「正価」で納入出来るから。医者の世界のピラミッド構造は、すごいらしい。だからトップを落とすのに接待攻勢する。
そういう経験をしてくると、傲慢な医者が出来上がる理由もわからないでもない。接待なんか、しなきゃいいんだよ。と思うけれども、営業のノルマってのがキツイのか、最初からそういう接待の予算が取ってあってのことなのか。

大企業なら「タダにしろ」でも大丈夫だろうけれども、零細の個人事業なんて同じことをやられたら、たまったもんじゃない。いい迷惑だ。今ならね、「それなら作りませんし、売りません」と突っぱねるところだけれども、若かったし、弱かったなぁ。泣き寝入りだもの。

某事務次官。あのセクハラ。(「おっぱい揉ませて」じゃなくて「おっぱい触らせて」だったみたいですね、一つ前のページ書き間違えた。いや、つい自分の本音が・・・)なんで、平然とそういうのを口にするようになったんだろうか、と疑問に思った。普通は、いきなり、ああした変貌は遂げないだろうと思えた。
それと、もう一つ。女性記者が所属するマスコミの会社は、なぜ社員を守って「うちの社員です。本人の代わりに、会社が証言します」と、会社自体が間に入ろうとしないんだろうか。これも疑問に思えた。

私の推測。これまでは、マスコミの会社自体が女性記者に、枕営業的な文字通りの「体を張っての取材」を命じていたんじゃないだろうか。事務次官になるぐらいだから、華々しいキャリアを歩んだに違いない。その過程で、マスコミの女性記者から近寄ってきて、極めて親しい間柄になって、その見返りに何らかの情報をリークする、なんてことが何度もあって、その結果として、ああした発言を平気でするように変貌を遂げたんじゃなかろうか、と思えた。ある種のハニートラップとも思える。マスコミの会社としては、どんな手段でもスクープが欲しい。これまでも、そうした命令を女性記者に出してきて、今回の女性記者はそうではなかったとしても(その覚悟、というか、その「業務命令」がなかったから、今回のように音声が週刊誌にリークしたんだろうけれども、)これまでは、マスコミの側から仕掛けたという経緯があるから、何も強気に出られないんじゃないか、と思えた。ただ単に、「相手が協力して欲しい取材先だから」だけじゃないような気がする。これだけの騒ぎになっているのに、マスコミの会社自体が沈黙しているのが、その証拠じゃないか、と感じた。推測に過ぎないけれども。

そもそもが、公金(国民が払った税金)の支出に関する行政判断の結果や、その判断の根拠などは、全て国民に報告する義務があるんじゃないのか?つまり、公文書は一切廃棄せず、行政の執行のために一定の期間は公表しないことが必要であるとしても、その一定期間を経過したならば、その後は公開するのが本筋じゃなかろうか。
それを、なんの根拠もなく秘匿するから、そこにハニートラップを仕掛ける背景が出来上がる。自分たちで「役得」を作って、それでその「役得」をつまみ食いする習慣がついたのが、あの事務次官じゃなかろうか。それが行政体質なんじゃなかろうか。

僕自身の私生活のリーク。まず、大家さんが「公安」などに協力して部屋への侵入を許したり、あるいは、公安自体が勝手に侵入してカメラだかマイクだか知らんけど、何か仕掛けをしなければ、外に情報は漏れない。明らかに公権力が何かを仕掛けて来たと自分は感じている。それが外部に流れた過程には、おそらくマスコミ自体も関与している。ふざけんな、馬鹿野郎と何度言いたかったことか。マスコミにしてみたら、公安が「こいつは、悪いやつだ」とレッテルを張ったなら、それを鵜呑みにして、個人の尊厳なんぞ糞食らえで公権力に尻尾を振って、個人の生活を壊しにかかる。中央官庁とマスコミの甘〜い関係。今回はセクハラ、ということになったんだろうけれども、以前は体を張って、あるいは女を売って、持ちつ持たれつの関係を展開していたんじゃないだろうか、と自分は思った。

30年くらい前になるだろうか。確かにあの頃僕は、近未来に起きることを、それとなく周囲に話したり、部屋で独り言として呟いたり、したこともあった。まるで、僕が直接他人の意識を読んだり、働きかけたりしたような、出来事もあった。(人が死んでるので、細かいことは書きたくない。被害者は丹羽なんとかいう議員さんでしたけどね。どこかに記録が残ってるなら、そっちを見て下さい。意識がどうこうという話題だから、僕との直接的な因果関係なんて、無論何もないけど、あれは僕の暴投。ごめんなさい、加害者の方は、「頭の中に声が聞こえた」とか話されていたそうで・・・)
ただ、どこまで主体的に自分から仕掛けたか、どこまで主体的に何かを予知していたか、と言えば、本当の仕掛け人が僕じゃないことは、その頃からわかっていた。僕は「チンドン屋」だと書いた。人目を引いて、発した言葉を、少しでも広い範囲に伝えるように努力するのが、たぶん僕が自分で決めて来た「生きている意味」で、そのための仕掛けを色々と手助けしてくれた方々は、別にいらっしゃる。具体的には、僕のFacebookの古い書き込みを見てもらえればわかると思うけれども、後藤健二さんが殺されたその瞬間に、眠っていた僕を叩き起こして、後藤さんが殺されたことを伝えてくれた方がいらっしゃった。これが「種明かし」で、今の僕には誰かのコンピュータをクラックする能力なんてない。Facebookのあの書き込み、数分の誤差はあると思うけれども、時刻は正確です。

じゃぁ、僕の伝えるべき言葉は何か。とりあえずは、好き勝手書いているけれども、「師匠の言葉」だけは、そう前置きして書いている。「師匠の言葉」と書いていない部分は、全部僕の言葉だから、無視してもらって構わないし、あまり残って欲しくない。だけど、師匠の言葉だけは、どなたにも、耳を傾けて(目を向けて?)欲しいと願っている。
例えば、この段落のこの後に続くのは師匠の言葉だけれども、「人間の実体は『意識体』であり、意識は肉体が滅びても永続的に存在する。」
ここからまた、僕自身の言葉に戻るけれども、「だから、今世さえ良ければそれでいい、という生き方は、自分自身の意識体の霊格を、何段階も下げる結果につながる。自分を守るための嘘は、やめた方がいい。」と僕は解釈している。
例えばだけれども、こうした言葉を発し続け、人目を引き続けるのが僕の役割だと思うから、確かに、盗聴、盗撮されてメンタル的にはかなりシビアだったし、実際に仕事にも支障が出たけれども、師匠と出会ってようやっと、何十年がかりでようやっと「自分の人生の居場所」を見つけた気がした。

「僕の人生の居場所」と言いつつ、別に師匠にお墨付きをもらった訳じゃない。師匠は誰かに「命令する」なんてことを絶対にしない。自分で考えて行動して、結果を出すことをただ黙って待ってる。無論、間違っていたり的外れだったりすると、かなり鋭い「警告」が飛んでくるけれども・・・そんな訳だから、僕が勝手に「ここが自分の人生の、立ち位置だ」と思ってるだけ。

言葉を発するついでに書くなら、師匠の言葉から私が考えるに、神が望んでいらっしゃるのは、全ての人が強制されることもなく自発的に自分の考えで行動しながらも、その行動が「神の思い」に背かないようになっていること、なんじゃないかな。この部分には私の考えがあるから、「師匠の言葉」とは分けて読んで欲しい。
きっと今後も、ただ「師匠の言葉」を伝えるために、ニュースなんかで「素材」があれば、結びつけて僕は書き続ける。素材がない時には、いわゆるブログで、読み手の方々の興味を持続させるために(広告は貼り付けないけど)、自分自身の持ちネタを使って書き続ける。これが「チンドン屋」の使命だと思っている。「居場所」まで辿り着いたので、もう、盗聴やら盗撮やら、それをまた世間にリークしたマスコミ関係(たぶん)の方々とかに、ウダウダと噛み付くつもりはない。

だけれども、今のマスコミと中央官庁との関係、ってのは、ひどくイビツだと思う。まずは、公文書を全て公開しろ、と思う。加えて、マスコミも「取材」における倫理観をしっかりして欲しい。推測に過ぎないけれども、女性に枕営業を求めるってのは、世間一般の女性の方々の感覚から言って、どうなんだろうな、っていう気がするし、「取材」される側の人権なんて気にもしていなそうなのは、問題あり過ぎじゃないか。

冒頭に書いた、偉そうな医者とか、あの事務次官だとかは、犠牲者かも知れない。医者になる、あるいは事務次官になる、なれるっていうことは、それなりの霊格を持っていたんだろうとも思う。それだけの霊格に上がって来るまでに、何千万年、場合によっては何億年かかって(地球史の話題は、また別の機会ということで)それこそ何万回も輪廻転生を繰り返して来たんだろうに、それが、いとも簡単に数千万年分、落ちて戻ってしまう。次からはかなり長いこと、いくら頑張っても、なかなか評価されない、結果を出せずに、歯ぎしりしながら一生を終えるっていうレベルを、また何度も何度も繰り返すところから、やり直すことになるんだろうか。他人事ながら、自分を守るための嘘は、やめた方がいいと思うな。同情はしないけど。そういう人が多過ぎて、同情している暇がない。僕は、自分のことで必死。

現実に戻ろう。ようやっと、治具を書き上げて、シミュレータからデータを流し込めるように開発環境を整えた。他人のことは、どうでもいい。僕自身は、誠実に、コツコツと、仕事を仕上げたいと思った。落ちたくないもの。

諫早碑

何年前だろうか、ギロチンが落ちるように諫早湾の水門が閉鎖された映像が流れた。環境破壊だと猛反発があったにも拘らず、政府は自然を弄ることを決断した。あれは、行政判断だったと思う。
その時に僕は、この「諫早碑」という題名のページを書いた。探せばたぶん、原文がどこか残っていると思う。ブログの形にしてからのことだったと思う。部屋でつぶやいた独り言、ではないと思う。たぶん。
そして書いた内容のテーマはただ一つ。水門閉鎖を決断した責任者、行政の担当者の名前を碑に刻んで、永久にその名を残せ。という感じだったと、記憶している。

そして今、どうなっているか。水門を開けと主張する側からも、閉じろと主張する側からも、両方から国は訴えられているんじゃなかったっけか?

行政判断とは、個人としての判断ではなく、国民から付託された税金の執行であって、立法府、あるいは政府によって決定された(つまり、多数決の「付託」を受けた政府の)判断に粛々と従って行うものだ、と考えられる。つまり、決断したのはその時の政府の役人であっても、指示したのはトップ、時の内閣総理大臣であるのかもしれない。「誰が、あのギロチンを執行したのか」という、責任者の顔が見えない。行政府の責任者のようにも見えるから、あの時は僕はそういう文脈で書いたけれども、やはり最終責任者は、時の内閣総理大臣であり、担当官庁の事務次官、大臣だったのではないかと思える。

当時誰もが感じていた本音で書けば、時の内閣は、水門建設を行う土建業者からの利益を得ている議員の声に押されて、税金を使っての水門建設を強行するつもりだった。その「口実」を、中央官庁の役人に作文させて、あるいは、中央官庁の息のかかった御用学者に作文させた。議員を選んでいるのは国民であり、中央官庁は政府に従うだけだから、その手順には問題がないにしても、最初に結論ありきで「水門を閉じてもなんの問題がない」という結論を出すように、作文させた責任は、当時の政権政党にあると思う。そうした政権政党に忖度して「行政判断が正当である」という文書を作成させた役人は、時の政府のたいこ持ちになった責任があると、僕はその時も思った。だから、たいこ持ちの名前を碑に刻んで残せ、というページを書いたと思う。

構図は、全く変わっていない。と思う。

諫早湾の水門。そりゃ、土建屋にしてみれば、こんな金儲けの材料はない。金儲けって言えば言い方は悪いけれども、生活する側からしてみたら必死だから、農業が困ろうが、漁業が困ろうが、まず自分たちの業界が儲かることを最優先して、とにかく政治家に働きかける。そういう人間は山ほどいるし、仕事をしていたらそんなの当然だから(僕だって、状況によっては他人の迷惑には目をつぶる)、そんなことを「悪い奴らだ」なんて言っていたら、世の中悪人だらけで、そこに目くじらを立てるつもりはない。そこで、ジャッジを任された行政が「正しい判断」をするはず、なのに、忖度しかしない。そういう結果になっていると僕は思う。

Nack 5の土曜日の番組。大野勢太郎さんの番組内で、どなたかが力説されてたな、役人集団、確かに1%とかはおかしなことをやっていても、彼らは99%は素晴らしい仕事をしているんですよ、と。確かにね、ブラック企業どころじゃない、時間外労働を強いられたりしながら、仕事をして、かなりの部分で「成果」を出して来ているから、今の日本があるんだろうと思う。それは認める。ただ、その「行政判断」の執行プロセスが表に出ないのは、おかしいと思う。例えば、あの諫早湾のギロチン。(ごめんなさい、大半の方々が忘れていても、私にとっては昨日の事みたいに記憶が鮮明で・・・)誰の指示で水門を閉じたのか。誰がゴーサインを出したのか。事務次官か、担当課長か。そうしたものがどこまで表に出ているのか。今のように、開け、閉じろ、両方から国が訴訟を起こされている事態になれば、水門を作る前に「自然をあれこれ変えるな!」という主張にも、多少は耳を傾けてもらえるだろうと思うけれども、どうした判断ミスがあったのかを検証するためにも、そもそもが国民の税金で水門を作っている以上、それが諫早湾でのことであっても、埼玉県民の私にだって、文句をいう権利があり、判断プロセスを知る権利があると思う。

ってか、そもそもが、コケる前にいくら注意したり、文句を言っても、だいたいが聞く耳を持ってもらえない。典型が安倍総理で、最悪なのがトランプで。意気投合も、よくわかる。(あの方々は、とりあえず、拉致問題解決だけ推し進めてくれたら、それで十分。それだけで、73点くらいはあげましょ!?)火の粉が自分に降りかからなければ、どーでもいいけど、聞く耳は持たないし、判断の根拠は示さないし、そのプロセスは明らかにしないし。コケてから聞く耳持ってもらったって遅いし、コケる前は何いても無駄。そりゃぁ、今はもう十分わかってるけど、あの「諫早碑」を書いたときは、まだ、誰かに何か、期待していたのかなぁ。

でも、「税金の使途」である以上、判断の根拠となる行政文書は全てを開示すべきで、それができないのだったら、諫早湾の問題は、「閉じろ」という判子を押した責任者が、閉じても、開いても、両方から訴えられているその損害賠償責任を個人として負うべきであると思う。責任が個人にないのならば、なぜ、行政判断のプロセスを全面的に表に出せないのだろうか。

こう言っちゃなんだけれども、黙ってさえいれば、国民なんていくらだって欺ける、って思ってるんだろうか。だって、国家公務員試験の甲種なんて、合格できねぇだろう、テメェら。公表したって、どうせ意味がわかんねぇだろう!とでも思ってるんだろうか。

公表すると、プライバシーが、なんて、それならなぜ「宮内庁御用達」先は明かされているんだ?名誉だからか?公共機関が、税金からお金を支払った、ってことは、それだけ「信用できる」とされる訳だから、ボールペンに到るまで公表したって、納入業者は名誉なんじゃないか?それこそ、国、都道府県、市町村、自治会に到るまで、預かったお金の支払先、使徒を明らかにできないなんて変でしょ?細かすぎるからって、大丈夫、公表するのもコンピュータだし、読む方だってコンピュータを使うから、ボールペン一本の納入単価が100均より高くたって、バカな突っ込みを入れれば突っ込んだ人がネットで叩かれるだけ。明らかに理不尽でなくて、経緯を説明する書類すらも公表できれば、理解力がある人なら誰もが納得できる。隠すのは、「どうせ誰も納得しない、理解できない」と思っているからでしょ?要するに、納税者バカにしている訳だ。一般の国民を、国家公務員は。

いや、あの「おっぱい揉ませて」で、つい、書いてしまった。すごいね。ネットに音源が流れているのに、訴訟だって。いや、今時女の子たち、ボイスレコーダとか、スマホのボイスレコーダ機能とかって、仕事の上での必需品になってるみたいで、「そんなこと言ってません」なんて主張は無理すぎる。訴訟ってことは裁判所で、もしかしたら、参考人招致とか、証人喚問以上に、事細かに経緯とかを表に出されるんじゃないかな。思い出すのは、クリントンさんと司法研修生とのあれ。日本でも起きるんかな、って、ちょっと期待している。それに、ボイスレコーダのデータなら、「周囲がガヤガヤ」とか言ってたけど、全ての会話を全部活字にできるくらいの分析は可能だと思う。誰もやらないなら、僕に仕事をください!(いや、結構まとまったお金は欲しいから、安くは引き受けないけど・・・)声紋分析と、おっぱいを拒んでいる(訴えている)女の子の人物の検証と、簡単にできて、すぐに発言者が誰かバレる、と思うんだが。(今時はなぁ、法政の学生なんかにもすごいのがいるから、僕らに仕事のお鉢は回ってこないか・・・、残念。こんなプログラム書けたって、仕事のとっかかりにもならない、ってか。)

いや、「訴訟」って聞いて、ワクワクしちゃった。諫早湾の水門閉鎖の判断プロセスは、隠蔽しようと思ったら全部隠蔽できるような仕組みになっているのかもしれない。だけれども、あの「おっぱい揉ませて」は、他に何を言って、周囲が何を話していて、なんて、全部法廷記録として残る訳で、法廷記録の保存期間がせいぜい数年でも、一旦公表されたなら政府が廃棄したって、コメンタールの編集素材なんかとして、民間の出版社なんかにそれこそ、電子化されて数百年とか残るのかもな。

他人の不幸って、特に、やっかんでる相手の不幸って、なんでこんなに楽しいんだろう。お金は欲しいから、みんな必死なのに、その僕らを助けるっていうよりも、足元を見ている人たちだもんなぁ。

禁輸措置

僕は、武器の輸出には反対。武器や、その原材料・部品の物流をチョークさせれば、大量殺戮をかなり抑えられると思う。そして、実際にそうした政策が取られていると思う。ただ、御都合主義で武器を輸出している国家も多いし、安倍総理も、強引に閣議決定だけでそっち側(大量殺戮を容認する側)に回った。(しつこいな。)

北朝鮮には、ミサイル部品となり得るような電子部品の輸出は禁止されている、という建前がある。(実際は、どこにどう抜け道があるか知らんけど。)シリアでの化学兵器使用に関して言えば、供給元、あるいは、ロシアが化学兵器を供与した、ある程度客観的に証明可能な証拠があるならば、ロシアに対して「化学兵器の原材料」の禁輸措置をとる、という方策もあるんじゃなかろうか。

ベンゼン環を持つ化合物、あるいは、ニトロ基を持つ化合物、なんてところまで広げてしまうと大変な騒ぎになるだろうけれど、最初は必要最小限ということで、直接的に神経作用のある「化学兵器の直接的原材料」から始めて、段階的に「化学兵器の間接的原材料」、さらに「化学兵器の間接的原材料の原材料」にまで「禁輸措置を広げる」なんていう方策は取れないものなんだろうか。

ドイツなんて、ナチスのユダヤ人迫害を歴史の教訓として、なんて言いながら、武器輸出額で世界の何位だ?ナチスと直接的な関係がなければ、他国の人間を殺してもいいのか、なんてことは思うけれども、個人的にはアメリカよりも親近感のあるドイツには喧嘩は売りたくないから、これ以上は書かないけれども。(親父から相続したBMWに、もう16年乗ってるけど、エンジンなんてビクともしてない。塗装もちょっと洗車すると綺麗なもんだし、エンジニアとしてドイツにはある程度の敬意を持ってます。個人的に。)

段階的に、そして最終的には武器の流通を大幅に国連などで制限すべきなのだ。カラシニコフの輸出をロシアにやめさせるべきだと僕は思う。それ以前に、喫緊の課題として、あの化学兵器の出どころが北朝鮮なら北朝鮮に対して、ロシアならロシアに対して、原材料となり得る、あらゆる化学物質の輸出を停止すべきだ。

もしもロシアが「そんなことをされたら、通常の産業まで影響を受けるから、やめてくれ」と言っても、出所がロシアなら「ロシア以外」で力を合わせて、ロシアを止めるべきだと僕は思う。

神事

土俵に女性が上って、救命活動したら「下りろ」と言われたと・・・

僕は、かなり長いこと言葉を発し続けている。1989年頃からかなぁ、アパートの部屋の中で独り言を呟いたら、それが表に出ている。アパートの部屋の中で広告紙の裏にボールペンで書き殴った文章が、全部表に出ている。しかも、まるで僕が「公表」したかのような扱いで表に出ていた。もう、面倒臭いから、喧嘩はしない。そういうことをやっていて、当然と思っている方々が、きっと未だにやっているんだろうな、とは思うけれども。役割分担がわからない。公安とマスコミ。だってね、特許絡みだとか、著作権絡みだとか、そういうものがどこまで表に出ているかわからない、電話で話をするのが怖い。そんな状態で、まともに仕事ができるか、ってな話で、完全にメンタル的に潰れていた時期が15年くらいはあったような気がする。まともな恋愛、結婚、子供のいる生活、全部今回は見送る。
その辺の恨みつらみは、主題じゃない。僕の人生は、もうどーでもいいです。今、厳しい状態だから、必死だけど。

一度でも発した言葉は、それが部屋の中での独り言にせよ、家の中で広告紙に書いた内容にせよ、あるいは、1990年代後半から始めたブログで、明示的に自分から世間に発し始めた言葉にしても、自分の言葉である以上は責任があると思う。だから、この枕を書いた。

で、いつ頃だったか思い出せないけれども、あまりにもその時に聞いた女性の主張がヒステリックだったので、「伝統は伝統として守ることに意味があるんじゃないのか?」という主題で、女性が土俵に上がることに否定的な見解を書いたことがあった。その時に(20年前か、30年前か思い出せないけれど、)書いた内容からは、宗旨替えします。
僕は、天邪鬼だから、「右」とか言われれば「左」と答えるし、そんな勢いだった気がする。

相撲は神事だった。確か、「神宿る島」とかって、世界遺産にも登録された島とか、女性の上陸は禁じられていたような気がする。理由は、女性が「不浄」だから、ということだったと、何かで読んだ気がする。
なぜ「不浄」か。確か神道系では、「血液」を不浄としていたように思う。女性は生理現象で月に一回は出血する、これを不浄とする神道系の「定義」がずっと尾を引いていると思う。
だから、怪我をして出血が止まっていなければ、男であっても神事には参加できない、そういう話をどこかで読んだか、聞いたかした気がする。(記憶が不確かだけれども。)

ここはもう、神道系が「血液を不浄」とするから「女性は不浄」という扱いを、どう見直すか、その一点じゃないか、という気がする。だってね。女性が不浄なら、その不浄な女性から生まれた人間は全員が不浄じゃないの?ってなことも、考える訳で・・・。「あなたのお母さんは女性ですよね?ってことは、あなたのお母さんは不浄ですよね?ってことは、あなたも土俵に上がっじゃいけないんじゃないんですか?」ってな議論を、展開しても、「うるさい、文句あるか、男は不浄じゃない」ってなことになるんだろうな、と思った。一応は俺、男だけど。
ぶっちゃけ、男であること以外に誰かに居丈高になれない方々が、男の優位性にしがみついている、ってな気もしないでもない。神道系の中枢に女性がいるかどうか、よく知らないけど。

たぶん、だけれども、どこかの宗教で「豚肉を食っちゃいけない」ってなのと同じで、この「女は不浄」も、滅茶苦茶根深い。(欧米のメディアの、いいカモだろうなぁ・・・)ただ、イスラムの(あ、書いちゃった)戒律では、「生きるか死ぬかの状況では、ハラールではない食い物を食って生き延びても、それは許される」とされていると、どこかで読んだ気がする。そういう意味では、日本の神道の方は、人命軽視というか、緻密さがないというか、イスラム教に比べたら、かなり・・・やめときます。

そもそもが、「神事」っていうことは、神様に関すること、なんだろうけれども、人間のやってる「神事」に、神様ご自身がどこまで関知されているのか・・・いや、言いたいことは原稿用紙200枚分くらい(8万字くらい)、あるような気がするけど、これもやめとく。

今はもう、治具のRubyに、テキストのPythonに、仕事のVisual Basicに、同じく仕事のC++に、もう、頭がグチャグチャで、こうして日本語を書いていると、なんとなくちょっと、ホッとする。

一週間が終わった。進捗状況?それはもう、僕自身の問題だから。
コケたら、他人に迷惑をかける、ってな状況は、ストレスはあるけど、人間、やっぱり、ストレスは必要なんでしょうね。


忘れてた。ぼちぼち、AndroidのJavaで、知識のリニューアルをしないと・・・。(歯車が噛み合うまでが、自分との決戦。勝負。)それと、誤解を招く表現。一応僕は、結婚してます。ただなぁ・・・、ま、Nack 5のゴゴモンズなんか聞いていると、よくある話みたいで・・・。家の中にいるのに、まるで埼京線の満員電車に乗ってるみたいな緊張感を強いられる、ってのは、一体なんなんだろ。記憶力ってのは、人生の障害物だと思う。追補終わり。

富裕層は脂肪層?

米中貿易戦争勃発か?ってなニュースで、トランプさんと習さんが並んだ映像を見ていて、ふと思った。富裕層ってのは、体脂肪みたいなもんなんだろうか?って。

体に取り込んだエネルギーが多すぎる時には、そのエネルギーを人間の体は体脂肪として蓄積する。これができないと、「体」としてはたぶんおかしなことになる。じゃぁ、個人と国家の間ではどうなんだろうかなぁ、と思った。答えは持ってないです。

でも、その「体脂肪」が多くて、「全身」が必要としている時に体脂肪が蓄えたエネルギーを適切に放出できるならば、体は長持ちできる。少しくらいなら、それこそ水だけ飲んでいれば歩き続けることができるし、心臓だって止まらない。それは、実感として感じることはあるけれども、じゃぁ、国の中の「富裕層」ってのはどんな「役割」があるかと言えば、たぶん、アメリカなんかだと、ただ全身をぶくぶくと太らせている以外意味がないんじゃないかなと、あるいは、その後を追ってるのが中国かと、そんな気がした。

つまり、米中の貿易戦争ってのは、既存のデブが新興デブに苛立っているってな構図かな、と思えた。北どこそこのどなたかも、トランプ、習に勝るデブだとは思うが・・・国内に富裕層を抱える一方で貧困層がいる、という中国は、ある意味で「共産主義的な理想」からは遠ざかっているとも思える。アメリカはと言えば、言いたくないけどデブの大国かもしれない。すみません、インパクトの強い見た目で判断してます。痩せてる方も相当に多いけれど。

たぶん、アップルとかアマゾンは、まだ筋肉なんだろうけれども、その筋肉が時間が経つと、あるいは時代に適応できないと脂肪になる。筋肉も多いけど脂肪も多い国。それがアメリカかもしれない。余ったエネルギーを脂肪ではなく筋肉にできる、それはたぶん、モチベーションの違い、なんだろうか。そのモチベーションが「脂肪になること」を目指すなら、きっと終着点は脂肪の塊なのだろうか。中国は、全てを国家が統制しようとするから、モチベーションは脂肪になること以外にはあり得ない。そんな気もした。

どっちもなぁ、どの程度筋肉があるんだか。

よくわからないけど、そんな気がした。日本の大相撲も、脂肪対筋肉みたいな取り組みが、結構あるように見える気がするけど、力士の体脂肪率は皆さんかなり低いらしい。数字を聞いたことがあるけど、たぶん僕よりも小さい。あの体型で・・・すごいなぁ。
でも俺みたいに、富裕層じゃないデブってのをモデル化できないから、この話題は忘れる。