只今、暴走中

開き直って、書く。昨日の講演会の第2部(自分の考えを話す、勉強会のメインか)の最中に、トラブルの電話が入った。講演中だったら受けられなかったから、どういうタイミングなんだろうとは思う。ソースコードを頭の中で広げて、戻ってからは直接読んで、確認しないといけないんだけれども、コードがどうしても辿れない。意識がこっちの話題に食われてしまって、全然集中できない。

開き直って、書く。
神とか言うと、白い服着てヒゲを伸ばして、杖をついて、みたいなイメージを持ってる人が多いんだろうけれども、要するに巨大な意識体だから、ご都合で人間の肉体を使うだけであって、そもそも形なんかないんだろう。と言う以前に、銀河系宇宙を肉体としている人格霊、と言う理解以外、イメージが追いつかない。これ以上の詮索は無用、かも知れない。

師匠の講演会。話題の振れ幅が半端ない。実際に、エネルギーがどうとか、波動がどうとか、そう言う話題もあって、自分は自然科学系の頭で理解しようと試みて、必死でマッピングしている。こうして自分なりの理解を書いておけば、もし誤りがあるなら、少なくとも師匠が肉体を持っていらっしゃる間ならば、訂正が間に合うように、改めて講演の中で取り上げてくれるに違いない。そうした意識を送ってくださる、桁違いのエネルギー体がいらっしゃる。ご自身が宇宙を創造されたならば、我々人類が「自然科学」と称して必死で解き明かそうと考えている内容の、十の何十乗倍もの知識をお持ちだろうし、それを伝えたいともお考えかも知れない。

それならば、なぜ、少なくとも今回の文明では、せいぜい「雑欲に支配されてはなりません」程度の内容しか残っていないんだろうか。と考えていたら、ふと気づいた。イエス・キリスト様が重力場がどうこうとかお話になったとして、当時の方々はそれをどう聞いただろうか。基礎となる(自然科学の)知識が追いついていないから、説きようがなかったんじゃないだろうか。ムハンマド様に光量子仮説を伝えようとしたって、そんな単語すら存在していなかっただろうとも思う。その時代時代で、理解可能な最大限のところを伝えて来られたんじゃなかろうか。そうして、今現在、多くの方の「神」のイメージが出来上がり、今に残るから、やたらと古臭いものだけが残っている。
そして昔と同じように、今は今で、今の人類が受け入れ可能な「自然科学」の知識の上限ギリギリいっぱいのところで寸止めして、師匠の講演会の内容の中に紛れ込ませていらっしゃる、そんな気がした。古いイメージで考えること自体、間違っているような気もする。我々は、宇宙を何%知っているか、もしかしたら、十の数十乗分の一程度、近似したら0%の知識しかないのかも知れない。
何百年か、何千年か先、もし現在の文明が滅びることなく、争いもなく、調和を保って、自然科学的な知識もいくつものブレイクスルーを経て膨らんだならば、きっとその時は、その時の人類に理解できる「さらに先」の知識が伝えられたりもするんだろうか。それで、何十倍か何千倍かに知識の量が膨らんでも、やっぱり近似したら0%だったりするのかも知れない。

僕自身、ギリギリ目一杯背伸びして、昔科学雑誌で読んだり、せいぜいブルーバックス程度の「読み物」として仕入れた知識で解釈を試みているけれども、これが限界。師匠の講演会、勉強会で聞いた話題に被せて書くなら、神の肉体についての知識と言う文脈にどうしてもなってしまう。これで、もし間違っていたなら、たぶん僕は、二度と人間として肉体を持てない。ヤバいことになる。なので、お願いですから、「意識を量子論で語れるか」と言う程度に留めて、神なんていう、必死で僕が持ち出している単語は使わない、聞かなかったことにして欲しい、なんてことも思うんだけれども、何という自己矛盾。どっちなんだよ。
考え抜いた末に書いたつもりでいて、実は単に暴走しているだけかも知れない。

とも、考えたけれども、「神」なんていう単語を持ち出してそれを受け入れてくれるほどサバけている物理系の学会なんかがあるとは思えないし、そんな無謀なことをする学者もいないだろうし、杞憂であって欲しい。ただ、ちなみに、チャールズ・ダーウィンさん、「進化論」が訂正されるまでは地獄から出て来れない。理由は聞いている。「肉体」の進化では確かに、類人猿とか「雛形」を利用しているけれども、「意識」まで肉体に付随するものとして神の関与を否定するような生物学の常識を作り上げてしまった。その罪らしい。そういう方もいらっしゃる。ヤバイんだよなぁ。決して踏み込んではならない領域に、僕はもう、踏み込んだかも知れない。余談ながら、ヒトの意識体は「神格霊」とも言える、神の一部が最初から入れられている(性善説が正しい)けれども、それ以外の動物には入れられていないから、ヒトだけが別格だと聞いている。ダーウィンさんはそれを否定する「常識」を作られてしまった。他山の石。怖くはないけれども、畏れはある。

もういいです。腹は括った。いつか肉体を抜けて、帰ろうとしたら、ペナルティでエネルギー体として解体されちゃって、他の方々のエネルギーとして「部品」に戻されちゃって、「そんな人は、どこにもいません」なんてことになったりしても、いいです。(肉体の有無にかかわらず、こうして「僕」という意識が存在している、ということは、まだセーフ。と思いたいけど・・・)神という文脈から離れて、自然科学という枠の中だけで精進するならば、いつか人類は、我々の立場での上限いっぱいの「知識」を上から受け取って、科学を発展させる人が現れるに違いない。いわゆるUFOの話も、講演会では何度も出ている。書きたい、伝えたい話題は山ほどあっても、さすがにUFOに関しては、私の実体験とか、必死で考え抜いても「聞いただけ」の話としてしか書けないから、思わせぶりに話題を持ち出すだけ持ち出しておいて、何も書かないということになるんだろう。
こうして、唐突に「常識」が頭をもたげたりするから、やりにくい。暴走するならしたままの方が、気が楽。

今度こそ、リセットしてプログラムを読める状態に戻りたい。ここ数週間で、何回地雷を踏んだかわからないのに、肉体を抜けるまではわからんからなぁ・・・「お前はもう、死んでいる」っていう感じなのかもなぁ・・・

それにしても、連休中はコーディングの稼ぎ時だったのに・・・ものすごい誤算だ。どうしましょ。走りに行っても、今は逆効果な気がする。温泉も効果なし。クライアントさんに呼び出されて、「このプログラムをなんとかしろ!」と詰められたら、間違いなく効果はあると思うけれども、その前になんとかしたい、のに。
集中できない・・・干上がっちゃうよ。(■■さん、お願いです、助けてください!)いや、「自力で解決しろ」とか言われそう・・・