閻魔様

いないってば。そんな人。閻魔大王なんて信じてるのは、日本とあとは中国?
似たようなストーリーってのはあるのかなぁ。キリスト教圏では、「最後の審判」でってな話か?どなたかが「全ての真実を知っている」という前提で、裁きを下す方を想定したんだろうか。イスラム圏の場合には、やはり、アッラーだろうか。えぇと、アッラーの神様、ちょっとした嘘をついたとかついていないとか、そんな細かいところに首を突っ込んでいらっしゃるのかどうか、僕は知らない。存じ上げない。

でも、もっと怖い話は、あるみたいで。

師匠の受け売り。我々が肉体を持っている間に経験した全ての事柄が、事細かに全て記録されている。「想念帯」という、それこそ我々が肉体に入った(受精卵レベルで)起点から、肉体を抜けた瞬間までの、ドライブレコーダーみたいなものが、僕ら自身(意識体)に付属して、存在している。人は、肉体を抜ける直前に、肉体を持っての記録として、ほんのわずかの時間に(40秒くらい、とか聞いたかなぁ)一生分の記録を再生して見る。意識の世界だから、言語表現も映像表現も、直接的に意識が拾うから、とてつもないスピードで全編を再生する。余談ながら、「想念帯とは何か」について、僕に突っ込まれても、そんなには正確には師匠の講演内容を再生できません。結構、講演中も寝てますから。この辺の話が好きな会員さんとかなら、かなり正確に説明できると思うので、詳細の解説は私以外の、師匠のフォロワーにお願いします。

個人的な、無理無理の解釈。DNAの二重螺旋には、凄まじい密度で遺伝子情報が畳み込まれる。三次元空間内で、一次元的な表現が畳み込まれる二重螺旋。ソリトンみたいな、「波動粒子」みたいな構造が、畳み込まれるのかなぁ・・・。そもそも説明が無理だと思うので、もう「自然科学的な解釈」はギブアップしたい。
200年前の誰かにドライブレコーダを見せて、説明しようとしても無理だと思う。いや、言わせてもらえれば、ドライブレコーダで使われている、固体ディスクの動作原理を説明できる現代人が、一体何パーセントいるのか。俺はできるぞ!あんたはどうだ、って、何を威張っているんだか。説明できないなら、それでも現代人か、っていう理屈は通じているんですよね?「想念帯」なんて、そんなのマヤカシだ、嘘八百だ、って、それを2000年後の最先端の知識を持っている方に主張してみたらどうだろうか。いや、その時の「最先端の知識」も、我々現代人の延長のはずだけれども・・・(何を言いたいのか、訳が分からなくなってきた。毎度のこととして)あなたに説明できないから、じゃぁ、ドライブレコーダなんてインチキだと言えるか、それと同じくらいに、想念帯だって存在するんだ、って、喧嘩するには、無理があるか。理解できない範囲を理解できた例えで説明するのは、無理だ。

話を戻して、誰も他人を裁かない。神ですら、裁かない。神の場合にはただ、見守るか諦めて全てを消し去るか、どちらかだと理解する。裁く、という概念を導入しなければ、ヒトは自分を律しえないとお考えになったどなたかが、「裁き」という概念を持ち込んだんだろうなぁ。その文脈で師匠の講演内容を解釈するなら、自分を裁くのは自分でしかない。

意識体の世界は、心がそのまま相手に見えている世界。お互いにそうした状況で、お互いに存在を認め合っている世界。だから、複雑な思考を理解できる人とできない人とでは、住む世界が異なる。言葉でお互いを理解し合うのがこの世界。概念が通じるかどうかで限界はあっても、少なくともお互いの存在は確認できる。この肉体の世界での意思疎通では言葉が全てだけれども、意識体の世界では、「心」=「思い」=「意識」がすべて、ということになる。

もともと、同じ世界にいた仲間たちのところに帰ります。「肉体経験が終わった。」あれですよね、西城秀樹さん、本当にお疲れ様。そしてありがとう。多くの人にそう思ってもらえたなら、安心して元いた世界に戻ろうとする。さて、想念帯(ドライブレコーダ)の記録は、自分なりに全部再生チェックをするから、自分自身で嘘をついていたことを忘れていても、肉体を抜けた後「意識体100%」になったら、もう全てを自覚せざるを得ない。嘘を言葉で伝えて誤魔化せるのは、肉体の世界だけ。肉体を抜けたら、もう誤魔化せない。さて、嘘をつきました、そのまま「あの嘘は、仕方なかった」と自分は思い、周囲の意識体には、その後の結果までくくりついて見えている状態で、上に戻りました。周囲はどう思うか。心を全て晒し合う状態で共存していたところに、肉体を抜けてホヤホヤの人が戻ってきた。ご都合で、かなりはた迷惑な嘘をついてきたことすら、筒抜けになっている。肉体を持っていた時の癖で、ご本人は隠せると思っている。どうなるでしょうか?相手にされない。居場所がなくなる。どこに行こうか、似たような人たちがたくさんいるところ。それが俗にいわゆる「地獄」だろうか。(様々な描写方法ができると思う。すみませんね、群盲象を撫でるみたいな説明で。師匠の講演内容から必死で再構築しているんだけれども。文句があるなら、直接師匠の講演を聴きに来て下さい。)

要するに、裁かれていると感じるのは自分。結果的に判断を下す際に裁くのは自分。周囲は裁いてなんかいない。単に無視するだけ。(いじめじゃないのかって?濡れ衣ならいじめでも、根拠があるならいじめじゃ、ないんだろうな。わからんけど。)

ちょっと、考えてみて欲しい。この説明は、日本人には通じても、ニューギニアの一部の部族の方々には通じない説明かもしれないけれども・・・、それでも日本人には通じると思うから書く。一日中仕事して、泥まみれ、汗まみれ、冷や汗まみれ、垢まみれで家に帰りました。自分は、とにかく風呂に入って、泥も汗も、冷や汗も、垢も、綺麗に洗い流しました。あとは明日に備えて寝るだけ、っていう時に、泥まみれで帰って来た家族がいました。その家族が「ただ今、帰ったよー」と、その泥まみれ、埃まみれの格好で抱きついて来たら、逃げませんか?ちょっと待て、その埃を落としてこい、と思いませんか?その埃が嘘。
汚れが落ちていて綺麗なのが当然だと思っているから、汚れているくらい当然自分で気づいているだろうと思うから、わざわざ指摘しない。汚れている側は、シカトされたと思うんでしょうね。嘘以外にも「埃」とか「汚れ」の種類があるんだろうけれども。「油汚れ」に「皮脂」に「醤油」「血液」「ペンキ」あれやこれや、様々な汚れがあっても、汚れを落とした側から見たら、十把一絡げに「汚い人」。

やがて、「元いた世界には、すぐには、そのままでは戻れない」と自覚して、汚れを落とすために作られた世界に滞在する。その決断を下すのは誰かと言えば、自分でしかない。閻魔様なんかいません、結果的に、いわゆる「地獄」しか自分には行く場所がないという決断を下すのは、自分だというお話でした。あるいは、アッラーの神様は、ジーザスは、そんな細かいところにはいちいち口を出しません、というお話でした。大丈夫。アッラーを欺こうと思ったら、そもそもがそんな細かいことは気にされていないから、騙せます。
ただ、記録は残っているし、周囲は知っているし、それを全く悪いことだと思っていないなら誰からも相手にされないし、アッラー(アール・エル・ランティ様)が黙っていても、自分でそれにいつまで耐えられるか、ってな話だろうと思う。

いや、自分はこんな低次元ではない、もっと次元が高いはずだ、と確信して、無理やり上に上がろうとして、できるんだろうか。私にはわかりません。ただ、イワシの群れを離れてしまった、「一匹オオカミ」ならぬ「一匹イワシ」が、マグロの群れに「仲間に入れて下さい」って行って、近づいて行くみたいなもんなんだろうか。うまい例が見つからないけれども、マイクロバブルみたいな小さいシャボン玉が(おぉ、物理の話題だ)濃度的に、表面張力のレベルでも安定している大きなシャボン玉に近づいた時、何が起きるか、っていう話に近いかも知れない。(イメージできない方は、是非実験して見て下さい。)答えは、聞いているけど書きません。

自分を大切に思うなら、背伸びは厳禁。いや、上に戻れば、たぶんみんな思い出すはずなのに。

結局行く場所がなくて、落ち着けるのは、同じような汚れを身にまとった仲間のいる場所。「地獄」ともいうけれども、「自分がついている嘘が心地よくてたまらない」という方にとっては、たぶん「天国」だと思う。どうぞ、いつまでもいて下さい。もう、戻ってこなくていいから。(いま、自分は嘘をついているという自覚のない、どなたかへ。)

忘れるところだった。「虚栄心」が根っこにあって、ただただ、自分を大きく偉く見せたいがために嘘をつき続ける人の末路は、もう一つあった。僕は聞いているし、多くの会員の方が、師匠の同じ話題を聞いていて覚えていると思います。
そもそもが、師匠の講演会の話題は、直接師匠の講演を聴きに来てもらえればわかる話で、私には説明する義理はない。興味がある方は、ぜひ、会員に聞いて下さい。あ、あの方々には、別の結末もあったな、とふと思い出しただけ。

師匠の講演会、あの人がそうだったんだよ、という実在の人物が、講演内容のエピソードから抽出した「検索語」の与え方を工夫するだけで、Googleで特定して「個人名」が得られてしまうところがすごいな、と思った。(要するに、エピソードは嘘ではない、ということで。)ちなみに、その方は、もはや「人格霊」としては存在していません。地獄よりも怖い世界。だと聞いている。

でも、誰も我々を裁かない。閻魔大王なんていない。アッラーも、イエスも、僕らを裁かずにじっとご覧になってる。
何よりも、自分で自分を裁けるんだから、とっても安心できますね。よかったですね。よかったですね。本当によかったですね。以上