各論

各論を書くのって、難しい。
ってか、おやじギャクのキレが悪い・・・「各論を、書くのって・・・」ダメだな、こりゃ。シャレになってない。

嘘をついた方々は、どなたも追い詰められているみたいで、往生際が悪いなぁ。なんだか、どのニュースも見苦しいというか、聞き苦しいというか。いつまで続くんだろう。日大は完全に自爆している気がする。
安倍総理も、もうあと一つか二つの新事実で、完全に自爆状態じゃなかろうか。
米朝会談までは、持ちこたえてほしいものだと思うが。シームレスな外交を切に祈る。

昨日のいわゆる「閻魔様」の話。例えの書き方が悪いなぁ・・・とんでもない誤解を招きそうな例えを書いた気がした。エネルギーレベルの違う意識体どうしの話。エネルギーレベルの小さい波動は、エネルギーレベルの大きい波動に吸収されてしまうから、近づけないし、「次元」が異なれば物理的な状態の「自由度」が異なるはずだから、そもそも「住む世界が違う」ということになる。イワシとマグロはないよなぁ・・・。単に食いたかっただけじゃないのか?

なんだか、とっても残尿感のあるページの終わり方になってる。キレが悪い。だったら、消せばいいって、そうやって「明らかな間違い」でないのを消してしまうと、「一旦表に出してしまった言葉」を訂正する際に、かえって面倒なことになるから、むしろ残しておいて、そこから「誤解があった部分に修正をかける」方がやりやすい。そもそも、嘘は書いていないし、比喩の展開があまり適切ではなかっただけだから。
嘘の場合にはね、嘘を誤魔化すために嘘を展開すると、次第にとんでもない化け物が育つ。経験がない訳じゃないから、わかるけれども、生きる選択肢を狭めるだけだから、やめた方がいい。若い方々はね、是非、何らかの立場を持ってから嘘をつくとどうなるか、よく見ておいたらいいと思う。

相変わらず「いっちゃってる人」的な話題。さらりと自然体で話を流してもらえたらありがたいんだが・・・

師匠がよくおっしゃる。「なんでみんな、霊を怖がったりするの?一人残らず、中身は霊だよ。」いえ、霊を怖がっている訳ではなく、突然霊が現れました、突然物陰から人が現れました、たぶん、どっちも怖い。そういうものではないのかと・・・霊は確かにいます。怖がるのは変でしょ?皆さんも中身は霊です、と、この話はもう、10回以上聞いた気がする。さらりと、あ、いるなと、それでいいんじゃないか、と。

「あの世」とか、天国とか地獄とか、いつの間にかどちらも誇張されすぎて伝わっているような気がする。どちらかと言えば、いわゆる「天国」の方が退屈な世界だという気はする。誰も「汚れ」がないし、見られて困るような心は持たないし、ある意味で裏も表もない。「意識を向ける」「意識をそらす」ということはあるように理解しているけれども、意識を向けて、相手がこちらに意識を向ければ、意思疎通はストレートだから、飾りはない。

天国ってのは「退屈」な場所だろうなと思う。「刺激」というのがないから。天国が退屈だという方にとっては、地獄はとても楽しい場所かも知れない。この世でこだわっていたモノゴトに、肉体を抜けてもこだわり続けている。それが意識の中で具現化されてくるから、いわゆる「血の池地獄」のような世界もあるし、ひたすら奪い合う世界もある。でも、本人たちはたぶん、熱中してやっているんだろうなぁ。
肉体を持って知覚できるこの世界は、刺激に満ちている。ここで「欲」の使い方を間違えると、とんでもないことになる、というのも、勉強会のメインテーマの一つで・・・。

私の立場で強調したいことは、たった一つ。医学的知識が、白人にも黒人にも、我々黄色人種にも、同じように当てはまるように、「霊」に関する現象も、生まれる前、死んだ後の世界も、自然科学的に「当たり前の自然現象」として存在している、と、それを示したかった。(できてないけれど。)「超常現象」とかいう言い方はおかしい。知覚できない人が多すぎるから、「いっちゃった人」の話になるか、でなければ、「宗教」にされてしまうか、どちらかなんだろうけれども、そうではない、いずれは自然科学の教科書で、「霊が知覚できない人」向けに「こうなっています」というのを教わるような、そうした話題に過ぎないと思う。
言わせてもらえば、波動方程式やらマックスウェルの方程式を解いて、量子力学的な世界の説明を出来る人など限られていると思うけれども、「素粒子が存在する」ことを疑う人はほとんどいない。そこが「自然科学」の「常識」に与えられた「世間の評価」だと私は思う。

一方で、神、天国、地獄などの単語は、宗教によって全く異なる説明が与えられている。師匠の講演会はそれらを再構築したものではなくて、上位の意識体から送られたものを、私たちが理解できるように伝えてくれているから、「改めて、神、天国、地獄の説明をし直している」と、私には感じられた。私は「無宗教」の人間だから、こだわりがないだけの話で、これも30年来同じことを主張し続けているけれども、私は「無宗教」だが「無神論者」ではない。このフレーズも、もう何十回となく書いた。最初に書いたのは、たぶん1991年か1992年だと思う。だから逆に、すんなりと受け入れられる。
別に、既存の宗教に対してどうこうというつもりはない。少なくとも、否定するのは私の役割ではないから、「こういう違いはある」という書き方はするけれども、それ以上のことは書かない。そもそもが、「既存の宗教」では全く説明のできていなかった部分が、相当に合理的に、繋がっている、繋げられるように、説明を書いたつもりだ。生まれる前と、死んだ後の世界は同じ。師匠の講演内容の説明は、もっと細かい。
この部分が、いずれきちんと「客観的なメカニズム」として受け入れられたなら、「生きていることの意味」がかなりはっきりしてくるのではないかな、と思われた。

最近、結構若い方々でも、僕のこのシリーズを読んでくださっている方が増えているような気がする。この「師匠の受け売り」シリーズ。しかも、海外でもね。しっかりと書かねばと思う。
不思議だなぁ、インターネット。

イスラム教や、カトリックを信じている方、ご自身の信仰を継続されても、問題はないと僕は考える。そんな中で、もし「なぜ人は生きているのか」とか、「なぜ不平等が存在するのか」など、きちんと答えてもらえていない問いがあるならば、師匠に投げると全部、各論レベルで細かい答えが返ってくる。
「なぜ人は生きているのか」は「なぜ人は肉体を持つのか」と読み変えます。肉体を持たなくたって、霊体としてはすでに「永遠の命」を持っていて、一時的に肉体を持っているだけだから。なぜ肉体を持つのか。エネルギーレベルの異なる様々な人たちの混在する世界を経験して、「考え方」の「視野」を広げ、そうすることで自分自身のエネルギーレベルを上げることが出来る。そのために、肉体を持っている。
その肉体を持つ際の課題が、人によって千差万別だから、条件だって様々。貧乏だとか、能力の有無だとか、そうした条件そのものが課題の一部だというケースがほとんど全てだと私は理解している。

イエスも、ムハンマドも、そもそも最初から、現在の師匠のように「生き方」や「人は霊である」ことを教え、伝えられた、と師匠から聞いている。それを「伝え続けた」方々が、いつの間にか「宗教組織」を作り上げてしまった。「国家」にまで組み込まれてしまった。
神も、天国も地獄も、知覚的ない人が圧倒的多数だから、「こうです」と言われたら「あぁ、そうですか」としか言いようがない。師匠のお話は、十分に「万人に理解できるもの」だけれども、それを私なりに、チンドン屋の流儀で書いているだけ。

話を「盛って」いないか?って言われると、そこはね。はい、盛ってます。でも、どこをどのように、どの程度というのは、書きません。これも、師匠にはバレてる。上にもバレてる。っていうよりも、僕は、上にそそのかされた気がする。実際には私がやったことではないことも、一部をさも、私がやったように書いている。だから、しつこいようだけれども、「どこをどのように」というのは、書きません。細かいことを言えば、他にも色々とあるけれども、でもね。上には全て意識を晒した上でやっていることだから、「嘘」だとは思っていません。「脚色」だとは思っています。(師匠のお話には、その「脚色」すらない。)

「嘘をついて」一番困るのは本人だから。それはたぶん、肉体を抜けた後で気づく。基本的には、つきたくない。

話が飛んで、中国が主張する「領海」を、米軍の艦船が通過したらしい。「航行の自由作戦」か。
国境なんてものは、いらないでしょ?というのが、上の意識だそうで・・・「そりゃまぁ、そうだ」という程度のご理解をいただければありがたい。でも、現実問題としては、それは難しい。

そこで、わたしら如きが「色」をつけて、あれこれと考え方を当てはめて説明しようとすると、きっといつか、それがとんでもない「間違い」の元になるんだろうと思う。この辺なんて、もっとも書きたいところの一つだけれども、書いたが最後、とてつもない「罪」を犯すことになる領域の一つでもあるような気がする。
そうとなれば、もう「原則論」を繰り返すしかない。「国境なんてものは、いらないでしょ?」僕ら、青年海外協力隊OBの立場だと、それなりに「こじつけ」はできるけれども、いずれ、インターネットなんてものが「国境」を無価値化してくるのを待つしかないだろうな、とも思う。

ICTがこのまま発展を続けると、いずれかのフェーズで「国境」が障害になってくる。もし、わたしに何かできることがあるとしたなら、「国境」が「障害」となるような、新しい概念やサービスを提唱すること、だろうか。一切、「神」とかいう概念を持ち出さずに。

閻魔様の話は、明らかに「書き損じ」た。でも、いずれ、修正する必要があるならば、修正するために残す。
終わる。以上。(今、仕事がもう、グダグダで、当面は書きません。)