testか、specか・・・

動物はCapibara、でもrailsのテストツールはCapybaraでしたね。どーでもいいけど。

FactoryGirlがFactoryBotになった。名称変更?
授業教材がこれで使えなくなったな。毎年書き直し、だったけれども。なんて話は、これもどーでもいい。

railsのgeneratorを使うと、Factoriesがtestの下に生成される。

spec/rails_helper.rbに
config.fixture_path = “#{::Rails.root}/spec/fixtures”
なんていうのがあったから、ダメ元で
config.factory_path = “#{::Rails.root}/spec/factories”
と書いてみたけど、ダメでした。

rails generate factory_bot:model hogehoge
create test/factories/hogehoges.rb

だもんなぁ・・・factoriesだけtestの下で、あとは全部specの下。気持ち悪い。

確か、一個前のバージョンまでは spec/factories/hogehoges.rb だったのに、generatorが使えなくなった?configはどこ?手作業修正?
改めてFactoryGirlの記事を見ると、 test/factories と spec/factoriesが半々な気がする。FactoryBotも同様だろう。さてと。

とっても、ヌルヌルして、ベタベタして気持ち悪い。気持ち悪いけれども、テストの自動化ツールだから、いわば賄いメシみたいなもんで、外に出す環境じゃない。

僕らは、結果を出してナンボ。最短、最速で確実に結果を出すためだったら、この程度のことは目をつぶるしかないだろうな。と言うよりも、ブランクのテストファイルはたったの4行だから、この程度は手作業でプランを組んでも全然支障はない。誤差30秒。ってことは、手作業でspecの下に作ればいいだけの話。

気持ち悪さよりも、結果を出すことだけが最優先。わかってます。はい。

それに、ブーイングが来る訳じゃないしね。


上記の記事を書いて、5分。何気なく開いたページを見て、ふと試してみた。

config/application.rbに

config.generators do |g|
g.test_framework = “rspec”
g.helper_specs = false
g.fixture_replacement :factory_bot, dir: ‘spec/factories’
end

で、解決した。どなたか存じませんが、ヒントを投げてくださった方、ありがとうございました。

単純素朴な疑問

喫煙者数の推移

喫煙者数は随分と減ってきた。ということは、肺がんの患者数も相当に減っているに違いない。

がん統計

ところが、がんの患者数はそんなにも減っていない。むしろ増えている。

喫煙者数が減っている時期にも、肺がん患者数は相当に増えている。

本当にタバコだけが原因なの?この統計は、どう説明するの?

なんてことを言ったって、どうせ聞く耳持たないんだろうけれど。喫煙者数が減ったのにがん患者が増えたってことは、逆に喫煙者を増やせばがん患者は減るんじゃないのか?このデータ。いや、ただ単に書いてみただけ。どうせ聞く耳持たないだろうし。


こういう話題を書くときは、「コメント」を受け付けられるようにしたいんだけれども、コメントを受け付けるようにした途端に、バイアグラのリンクだとかが大量に流れ込む。Captchaを使えって?すみません、面倒臭い。そのうちやります。

喫煙バッシングの記事をいくつか読んで見たけれども、問題にしている数字は数パーセント。そりゃ、その程度の弊害はあるだろうさ。ところが、この喫煙者の減少に伴う肺がん患者の増加のデータは、明らかに他に原因があることを示唆していると私は思う。ただひたすら喫煙者をバッシングする理由は何か?

たぶん、本当の理由を見つけられない医学の怠慢をごまかして、世間を欺き、多くのガン患者の方々に「恨むんだったら喫煙者を恨めよ」と、責任転嫁しているだけだろうな、という気がする。受動喫煙はまだしも、三次被害って、なんだよ。そんなに問題なら、肺ガンの患者数が、もっと劇的に減ってるはずじゃないのか?このデータが示している増加の原因は、なんなのさ。と言いたい。きちんと説明してから喫煙を問題視すべきじゃないのか?

なんて言ったって、無駄だろうな。もはや学問じゃない感じだし。

選択肢

時々僕は、自分が「正常」なのかわからなくなる。
え?おかしいに決まってる?あ、そうですか。そうやって決めつけていただけると、安心したりして。

そもそも僕がブログを始めたのは、もう20年近く前。部屋の中での独り言とか、部屋の中で書いたものが勝手に表に出て、 勝手に解釈された。きちんと「真意」というか、ある意味で自分の日常生活についての「言い訳」をしないと、メンタル的にも持ち堪えない気がした。
勝手にのぞかれ、勝手に聞かれて、勝手に情報を外に流されるくらいなら、自分から表に出した方が、余程精神的には落ち着く、というのが発端だったから、私生活をここまで書くか、というハードルはかなり低かった。というよりも、そこまで自分の「真意」とかを説明しないと、勝手に書かれて、勝手に解釈されて、職場でもまったく落ちつかなかった、というのが最初だった。

未だに、元に戻っている気がしない。なぜそんなことになったか?そんなこと知るか。僕が始めたんじゃない。自分なりの解釈はしているけれども、必死で納得しよういう心理はあるけれど、やはり何かおかしい。

だけど、そもそもが「個人」にこんなことをやって許されるくらいなら、それ以前に、公職にある人間はことごとく私生活まで表に出すべきだろうと、それは思う。私生活が無理だとしても、公金を扱う場面はガラス張りにすべきだ。これは今でもそう思っている。おかしいでしょう?一個人にやってることと、公職の人間がやってることが、逆じゃないのか。私人が公権力を相手にしたら、勝ち目がないのに、公権力側は嘘で固めて数億を動かす。

「家」というのは、衣食住の「住」だとすると、英語ではShelterだったと思う。シェルター。退避場所。外での危険から逃れて、自分の安全や安心を守れるはずの場所。そこがおかしくなった。
タバコに頼るのは言うまでもなく、あとは酒を飲んで「どーでもいい」気分になってから寝るとか、他に選択肢は思いつかなかったな。

いや、喫煙については、すごいことになりそうだ。長いこと付き合ってきた「戦友」が、いなくなるのか。
余談ながら、お袋は肺ガンで死んだけれども、お袋が死ぬまでの約2年間は、僕は千葉にいてお袋は独居状態だった。少なくともその2年間、受動喫煙なんて全くなかったのに、肺ガンを発症して死んだ。親父とお袋の部屋で、数ヶ月寝泊まりした途端に、僕も肺がおかしくなった。カビが原因だと思う。ヘビースモーカーの僕が、タバコでは全然平気だったのに、たったの一ヶ月でおかしくなり始めた。タバコだけじゃねぇだろと言いたいけれども、目的は喫煙者バッシングだから、いや、別居状態でも十年以上の受動喫煙が、なんて言われるんだろうな。いいですよ、悪いのはタバコだけってことにして、他の原因には全部目をつぶったらいい。それが肺ガン患者のためなんでしょ。前にも書いた。お袋がうるさいから、僕は真冬でも窓を全開で寝ていた。僕がプッツンした時の行動パターンの定番で、「うるさいな、わかったよ」と言って窓をバーンと全開にする。それが日常になった。お袋は、あのカビ臭い部屋で締め切って暖房をつけて寝ていた。何でもかんでも、タバコのせいにしないで欲しい。とは思うんだが、僕がタバコを吸ってるだけで、原因は受動喫煙とかになるんだろうな。

何を言っても無駄、かなと思う。世の中常に悪者探し。一度「あいつは悪者だ」と決めつけたなら、あとは何をやってやりたい放題。文句を言わせてすらもらえない。あの盗聴・盗撮、やってることが尋常じゃないだろうと言いたかったのに、主犯は公安関係なのか、マスコミなのか、全くブレーキが働く気配もなかった。

在日に間違えられたのか、革マル派だったか中核派だったか、あの手の過激派に間違えられたか、じゃぁ何?そういう人たち(悪!?)には、こういうことをやっても許されるっていうのが、世間の「常識的感覚」だったのか。どう考えても、誰かがそれを「おかしい」と思っている様子すらなかった。

と、思っていたら、二階幹事長が何か発言したって?「子供を産まないのは幸せだと、勝手なことを言ってる」って?ほぉ。

30代になったばかりの頃、もし、あの盗聴とか盗撮が始まらなかったなら、僕はどんな人生を選択していただろうか、なんてことも思った。あの状況では、結婚なんて考えられなかった。どなたか、新婚のご家庭で、私生活を根こそぎ盗聴・盗撮されても平気って言う方、いらっしゃいますか?
誰かが子供を持てなくなるようなことを平気でやってる方々が、何をおっしゃるのか。

なんだか、次から次へと、選択肢をもがれているような気がするなぁ。特に、公権力にある人たちは、一方的だよなぁ。「悪」を設定しさえしたら、あとは錦の御旗。

と言いつつ、僕の事務所は「喫煙可」です。とりあえず、仕事はできる。昔は昔。どうやって自分を引き戻すか。

いや、僕の「感覚」がもう、どうしようもなくおかしくなってるとして、それはもういいから、あとはどうやって「普通に」仕事をするか、そこが問題で、それができなければ、ますます選択肢が狭くなる。

さてと、もう忘れよう。

coffee script

読めない!自分が書いたコードなのに。
じゃなかった、何処かからサンプルを持ってきて、完璧に理解しないまま使ったコード、というのが正しい言い方か。全然、板についていないなぁ・・・
いつになったら、「道具」として使いこなせるのか、もう僕には、新しい言語をマスターするだけのアタマがなくなったか?トシか?焦るなぁ。

いや、J2EEでconfigurationのiniファイルのON/OFF設定だけで誤動作する、あのconfig地獄から比べたら、余程こちらの方が「意味のある停滞」だという気がする。だって、JSPだとかJ2EEの時のconfig設定は、一旦回避したって次のバージョンアップでまた条件が変わってしまうから、覚えること自体にまったく意味がなかった。ロジックに入って行くまでが大変だったし。

そもそもが、序盤なんてこんなもんだろ。2時間悩んで読み解けなかったら、本の執筆の方に仕事を切り替える。時分割多重。

なぜ、こんなページを書いてるかって?
一所懸命仕事をしているポーズ?はい、そうです。その通り。

あるいは、単なるグチともいいます。それが何か?
(吐き出し続けないと、メンタルがもたない。)
咳をしても一人。いや、咳してないけど。

喫煙所の全面撤去

サラリーマン時代、営業さんに散々ご迷惑をおかけした僕の問題行動。
システム開発の納期を聞かれて、「あ、それ、1週間で作れます。」ってな返事。
そうなんだ、実際に作れたんだけれども、前提があった。僕のメンタルのコンディションがベストなら、っていう前提で、ま、そんなこと、滅多になかったけれど。
営業さんだって、真には受けないから、多少そこに余裕をみて、お客さんに2週間とか、3週間とかで約束する。そこで、納期がかかった途端に、僕がメンタル的に潰れる。最悪ですよね。こんな迷惑な開発屋はない。本当に、どれほど多くの営業さんたちにご迷惑をおかけして来たことか・・・

今にして思えば、親父の「まったく、オメェはダメなんだから。」の口癖が、今でも時々なんだか僕のエネルギーを吸い取ってくる(あ、責任転嫁)。

20年位前かな、ハマったゲームに、「テトリスもどき」で、コインが上から降ってくる奴があった。対戦型。1円玉が5枚接しているとで5円玉になる。そうして上から降ってくるコインを最終的に500円玉にするとかするとそれが得点になり、自分のところで1円が5円、5円が10円、10円が50円、みたいな「連鎖」が起きると、対戦相手には「赤字」のコインが降ってくる。一枚でも赤字が混じっていると、それが「減点」になるような「対戦型」のゲーム。確か、こんな感じだった。

そのゲームで、どうしても勝てない相手がいた。「美味しんぼ」の「海原雄山」をモデルにしたキャラで、口癖が「バカめ」だった。こちらに赤字のコインが降ってくる時の「雄山」のセリフの「バカめ」が、最初のうちは気にならないんだけれども、ゲームが進行してくると、相手も「連鎖」を作って、雄山のセリフの「バカめ」が響いてくる。「バカめ」「バカめ」「バカ」「バ」「バ」「バカ」「バカめ」「バカめ」みたいな感じで、赤字連鎖ごとにこのセリフが流れる。この「雄山」にだけは勝てなかった。やってるうちに、だんだん思考停止を起こして来て、コインをどこに落としていいのかわからなくなって、壊滅的になって、負ける。セリフに負けた。どうしても、親父の「まったくオメエは」に重なった。この「雄山」が出てくると、一度も勝てなかった。で、ついにそのゲームをやめた。

情けないなぁ・・・、弱いなぁとは思う。完璧に思考停止に陥る。お袋が教員の共稼ぎで、「産休」後はお婆ちゃん子で、記憶を探る限り、子供の頃誰かに抱きしめられた感覚がない。後から聞いた話だけれども、ばあちゃんは「子供を押し付けやがって」と、お袋とは冷戦状態で、僕らともそこそこ距離を取っていたらしい。結果、心を開放して、なんの緊張感もなく誰かの体温を感じる、なんていう経験は、ついにほとんどすることなく、このトシになってしまった。(ツッコミ無用)ソープとかの使い方を、適当に覚えりゃ良かったんだろうけれども、意味もなく「真面目」だったりしたからなぁ。

で、僕にとっての「最後の砦」は、やっぱりタバコかなぁ。「酒」もあったかもしれないけれど。全部、メンタル的な「充足」ではなく、肉体が欲する方の欲望、だったのかなぁ。

可能な限り、過去の記憶をさらってみて、そこに師匠の講演会の内容を被せてみる。赤ん坊じゃないんだから、誰かに甘えて、それで「安らぎ」を得る、なんて、そんな妄想に頼れるほど、若くはない。「そういうのがあれば、もっと頑張れるかもしれないのに」なんてことを思っていた時期も、かなり長かったけれども・・・

人それぞれ、生まれ方も育ち方も違うわけで、少なくとも僕は、タバコの「一服」がなかったら、ほぼ間違いなく、どこかで40分とか1時間とか電車を止めてたと思う。東京都もそうだし、WHOもそうだけれども、どうしてそんなに「喫煙」を「悪」と決めつけるんだろう。そりゃぁ、あなた方は、もっと恵まれた育ち方をしたのかもしれないけれども、本当に、タバコの一服以外に「社会的に容認」されているrefuge(なんて訳すんだろうか、逃げ場?安息の場所?)のない人間だっている、っていう理解は、どこにもないの?喫煙者差別じゃないかと思う。「法律的には容認」されているのが、「社会的には容認されない」なんて状況なのか。

あれですかね?心理学的には「代償行為」とかいう奴?記憶を探る限り、他には何もなかった。失恋?挫折?そんなもん、数えきれない。親は「優しく容認」なんてことは一切してくれなかった。親に抱きしめられた記憶?ないなぁ。タバコを取り上げられたら、生きていくのが、キツイなぁ・・・田舎はいいけど、東京都はなんだか「お綺麗で、お上品で、家庭環境も恵まれた方々だけが住んでいい場所」になりつつあるような気がした。東京にある学校の非常勤講師の仕事、やめるかさぁ、そのうち・・・。

それでもね、冒頭の「営業さんに迷惑をかけた」記憶。いや、もう親父は死んじゃったから、今はそこそこ大丈夫。盗聴とか盗撮がなければ、実家に戻ることもなかったんだろうけれども、それも今となっては、無い物ねだり。そういう世の中なんだから、受け入れなかったらどうしようもない。結果的に実家に戻った。盗聴や盗撮とは別の、親父っていうメンタル的な「アレルゲン」に、自分が気付けなかっただけ。でも、終わった話。

今は、そこそこ、仕事はできている。納期は・・・一つだけ、本を書くっていう「初めて」の経験で、若干想定外で(いわば、業界知識の欠落があって、)書き直しに四苦八苦しているけれども、一通り並行作業はできている。頑張れるとは思うんだけれども、「喫煙所の全面撤去」は、キツそうだな。

いや、一切トラブルさえ起きなければ、そこそこ持ち堪えるとは思うけれど、何かあった時(システム関係で、トラブルが一切ない、なんてことはまず想定できないけれども、)納入先が東京都内、なんていう仕事は、請けること自体が無責任かもしれない。

生きにくい世の中だ。喫煙者差別じゃないか、と思うんだが・・・だいたい、差別する側の方々ってのは、自分が絶対に正しいと思っているから、差別される側の心情なんて、理解する気もないんだろうなと思う。「お前ら、生きている資格はない」とか言われているような気もする。死んでもいいや、なんてことは、数えきれないほど考えたことがある。

もっと違う育てられ方をしたかった、と、つくづく思う。あるいは、公安関係に文句をつける、なんてことを、なぜやっちゃったんだろうかとも思う。お上に文句をいうような人間は、生きる資格がない、のか。

仕事には、影響させたくない、とは思うんだが・・・しんどい世の中だ。


書いちゃってから、1時間も経って、唐突に続きを書かなきゃと思った。僕の心の闇を曝け出しちゃって、どうも申し訳ありませんでした。

心の闇をまったく持たない、「文科省/厚労省推奨」の方法だけで心の問題を維持管理できる方々だけの世の中で、僕みたいに心に闇を抱える人間は存在しない方がいい?

いろんな宗教が言ってたな。心をキレイキレイにしなさい、と。どこがどうキレイで、何がキレイの基準なのか、僕にはよくわからない。教えて欲しいな。あなたにとってのキレイは、僕には無意味だったりする。僕の喫煙を毛嫌いしていたお袋が肺ガンで死んだけど、自分が自分の寝室のカビとか化学物質をキレイにしなかっただけじゃないかと、数ヶ月前体感して理解した。責任転嫁も甚だしい。お袋があまりにもうるさいから、僕は真冬でも窓を全開して寝ていた。おかげで、暑さだけじゃなく、寒さにも滅法強くなった。あんたは、なんだよ。と、お袋に言いたいけど、これは八つ当たりだな。

苦しいときに逃げ場を見つけたらいけないんだ。それだったら、いわゆる医療における麻酔なんて、「悪」じゃないのか?全ての手術は麻酔なしで行うべきじゃないのか?痛みを誤魔化しているだけでしょ、神経伝達をブロックして?なんでやめない?ココロがキレイなら、痛みなんて耐えられるはず、なんでしょ?タバコを全面的に悪だと決めつけるなら、医療の現場から麻酔をなくすべきじゃないのか?違いを教えて欲しい。私のごときバカの能無しにもわかるように。私のココロの痛みを、客観的に示した上で、違いを説明して欲しい。

師匠は、汚れることも、苦しむことも、何一つ否定されない。神は、汚れて、苦しんで得た結果の価値を認め、結果を得る過程で逃げることすら許して下さっていらっしゃる、と私は理解する。あちこちの宗教では、許されないらしいけど、神は許してくださると、私は理解する。メンタル的な部分が基本だとは、一応理解するけれども。目先のキレイキレイ優先は、私の価値観とは相容れない気がした。一方的だもの。差別でしかない気がする。

結局、私は、私が生きたいように生きるだけだけれども。無論、大前提として、受動喫煙で誰かに迷惑をかけることは、可能な限り回避するし、でも、都内だってこの場所でこの時間なら、誰にも迷惑をかけないという時と場所もあると、断言できるのに、それすら認められない。喫煙はそれだけで「悪」なんでしょ?キレイキレイはキライ。

HAML – 永遠の35才!

HAMLってなんだよ ( ˘ω˘ )
るびぃ用のびゅう てんぷれえと えんじん?
HTML abstraction markup language
なんじゃらほい。

Ruby on Railsで、初めて「商用コード」を書いている。
Ruby on Railsで大学の授業を持って、7年?いや、そろそろ8年目?
それでも、商用で、Rubyで書いたコードでお金をもらう、ということは、これまでなかった。
結局、CかC++か、Visual Basicか・・・あるいは、Java, PHP

今回Ruby on Railsに踏み切ったのは、納期。VBで固めると、たぶんスムーズに捗って2ヶ月半。C#でも似たような感じだろうな。コード量が多い。対外的には4ヶ月と言うと思う。
Railsにテンプレート合成をやらせれば、3週間以下には圧縮できる。わかっていても、踏み切る勇気がなかった。「慣れた環境」から出たがらない自分。対外的には、工期2ヶ月。

より正確には、書いたのは初めてじゃない。IoTのコードで、2台のRaspberry PiのDuplex構成、2台のRaspberry Piをマスター/スレーブで二重化して、どちらかが生きていれば必ず応答するIOTのプロトタイプで、Ruby on Railsで外部インターフェースを固めたシステムのプロトタイプを、ほぼ3ヶ月がかりで書いた。
そうしたら、「プロトタイプを作って見せてください」と言ってきた会社さんが、その後「なしのつぶて」で、蒸発してしまった・・・。ただ働きという言い方も出来るけれども、うちは、自前で自由に使えるコードとして、多重化ラスパイのコアコードを書いて持ってます。ご用の方は、ぜひお声がけを!何とか、別に活用したい!IoT、かなり自信ができました。セキュリティも一通り理解してます。

でも、3ヶ月分の仕事が一円にもならなかったのは、かなり痛かった。いや、もっと辛いことあったから、この程度は気になっていないけれど・・・
ただ、いずれにせよ、これが「初めて商用を意識して書いた」Ruby on Railsのコードになった。
そして、今回は間違いなく「お金になる」システムを、Ruby on Railsで書き始めた。

で、Ruby on Railsを本格的に商用に使おうとした途端、何か調べるごとに、新しい言語、新しい環境、新しいエンジン、新しいgemの話題が出てくる。タフだ。無論、使わない選択肢もあるけれども、使わないのがもったいない話題も多い。

コードがかなり短いからなぁ・・・短さ、半端ない。erbからhamlに切り替えると、こうなるって、いや、ただもう、coffeeだけでも辟易しているのに・・・

知らない人が見たら、なんの話かと思うだろうな。
以下、全部、「言語」とか「環境」とか「エンジン」だとか、なんだかんだの「部品」の呼び名です。

ruby, rails, gem, yaml, haml, coffee, erb, scss, sass, dom, dojo, haiku, capibara, jenkins, rspec, factory …

それぞれが「独立した世界観」を持って、文法規則を定義し、用法やサンプルを書いていて・・・やっと、一つの世界観に馴染んで来て、次を調べるとまた新しいのが何か出てくる。いや、もう、いいけどさ。
毎週、1言語! あはは。(ヤケクソ)

この仕事を続けるなら、僕は35才!年齢を聞かれたら、35才と答えることにしました。

定年までもうあと、25年間は新しい技術を吸収し続けて、新しいものを作り続ける。その覚悟でやらなきゃ、突っ込めない。腹をくくったよ。コーディングの全盛期は無理でも、35才ならたぶん戻せる。と、思う。

ただまだ、HAMLのコードを見ても、なかなかHTMLがイメージ仕切れない。やっとcoffee scriptに目が慣れて来たのに、また新手のコーデイングスタイル。

!!! が、<!DOCTYPE html>になる?
え? なんだよこの、変態!
日々是絶叫

暑くて快適!

パプアニューギニアに赴任した後、最初はハイランド地方で語学研修があった。
標高が1000m以上あったと思う。結構、夜は冷え込んで、赤道直下とは思えない涼しさだった。
その後、任地に赴任。南緯2度。海岸から50mの職場。Vanimo半島。

赴任して最初の1週間、とにかく暑いと思った。これが2年間続く。参ったな、と思った。
日本の冬が恋しかった。まるで冷蔵庫の中のような気温。冷房の必要がない。あの寒さがとにかく恋しい、と思った。

ふと、「待てよ」と思った。日本の冬。春が恋しい、夏が恋しかった。ガンガンに暖房を効かせたような暑さ。裸になっても汗をかく程の暑さ。夏の熱気が恋しいことがなかったかい?あっただろう。

で、行って戻って、ここは「常夏の国」一年中暑い。どうだ、羨ましいだろう、冬の自分!ここはいいぞ、とにかく暑い。寒さなんか、カケラもない。ここは快適だぞ!

ってな訳で、ずっと「快適」なつもりで2年間の任期を過ごしました。
冬なんて、寒くてろくなもんじゃない。暑いのが一番。

って、んなはず、あるかいな。暑いものは暑い。でも、こう考えると少しは「これもいいかな」ってな気分になったり、ならなかったり・・・

いいんです。手に入らないものは、酸っぱいブドウ、ってなことにして、納得できれば勝ち!

世界を一つに

ワールドカップが盛り上がっている。日本人女性におかしなスペイン語を話させたとかいう話題で、コロンビア外務省が「お互いをリスペクトする」ことを主張する声明を出したらしい。いいね。ありがたい。そこまで気を遣っていただいて、かたじけない。

以前、インドネシアを旅行していたら、日本人旅行客が多い地域で、「タカイヨ、タカイヨ、カッテ、カッテ」と声をかけて来た現地の売り子の男の子がいた。誰か日本人が、嘘を教えたんだろうなぁ。日本人旅行客はニヤニヤしながら素通りしていたけれども、こういう「イタズラ」というか、恥ずかしいことだとは思うけれども、日本人も結構やってるような気がするし・・・偉そうなことは、たぶん、何も言えない。

「イタズラ」と「イジメ」の境界が、なかなかみんなわからない。相手の立場になって考えるだけ、なんだろうけれども・・・

師匠の講演会の話題。
人間の実体は「霊体」。キリスト教も、イスラム教も、ユダヤ教も、仏教も、「死後の世界」の存在を説く、つまり、肉体が朽ちてもそれで終わりじゃないよ、というところまでは、少なくとも「共通」していると思う。さらに「その次」について何も説いていないだけ。このままずっと、何も変わらないのかなぁ・・・。そうした「宗教」の「教え」については僕などは何もコメントする立場じゃない。僕はただ、師匠の講演会の内容で、自分が確信を持った内容について、書き続けるだけ。

仏教や、ヒンドゥー教では「輪廻転生」を教えている。ただ、おそらくシャカが直接言及した記述は記録されていないだろうに、仏教では「あらゆる生き物の生命を、尊重しなさい」という教えと、輪廻転生とが混ざってしまって、人間がブタとか、ミジンコにも転生するような教えになってしまった。ヒトの持つエメルギー量は、ヒトの肉体でしか受け入れられない。つまり、ヒトはヒトとしてしか、転生できない。この辺、いつか「生物学」で証明されてくれたら、嬉しいんだけれども、何百年先になるんだろうか。

で、ヒトは、何度となくヒトとして転生して、「経験値」を高めていく、説明が楽なのでRPGを引用するなら、「経験値」が上がってくるとヒトも「進化」する。その経験を積むのに、貧乏人も金持ちも経験し、記憶力の優れた肉体を経験したかと思えば、記憶力に劣っている肉体も経験する、場合によっては異性の肉体も経験し、障害のある肉体も経験し、スーパー金持ちも経験し、それによって「次につながる何か」を蓄積することで、ヒトは進化する。そのたった一つ上に上がるだけのプロセスでも、何万年とかかかる。目に見える一つの文明が滅亡しても、文明の興亡をまたいで、ヒトは転生し続ける。その過程では、日本人として生まれることもあれば、コロンビア人として生まれることもあるだろうし、生活環境そのものも、様々なものを経験し、それが済まなければ、なかなか「上の段階」には進めない。ということになるんだろうと思う。

何が言いたいか。例えば、習近平氏が前回はベトナム人で、次回はアメリカ人、ということだってあり得る。ドナルド・トランプ氏が次回はブルンジとかマラウィに生まれることだって、あり得る。「自分は、これを知らなかった」と自覚したなら、次に何を学ぶか、肉体を抜けて、地獄(Cleaning Chamber)を抜けた後のプア、じゃなかった、ピュアな魂なら、今回の反省からそうした課題を設定することは十分に考えられると思う。っていうか、僕がトランプなら、たぶん次は間違いなく経済的に恵まれていない環境(ブルンジや、マラウィの方、ごめんなさい)を選ぶと思うんだが、そういうバランス感覚がないから、ああいう大統領なんだろうなぁ・・・

僕だって、日本ばかりで生まれた訳じゃないと思うし、誰だって、みんなそう。たまたま、今は僕は日本人。その辺がわかってくると、生き方だって変わるはずだとは思うんだが、でも、やっぱり思う。人口の半数以上は、今現在、目先のことに必死で、こういう長いタイムスパンの自分を考える余裕がないのかもしれない。多くの宗教が説いているように、神様だって実在している。輪廻転生をイメージするのが無理でも、最低限、神の実在だけ、確信してもらえたなら、世界も随分変わるだろうに、とは思うんだが。

いや、師匠の講演会の講演内容、要所要所を、全文世界に書きたい気持ちはあるけれども、「行動し、考え抜いて自分が確信しなかったら、他人に伝えてはならない」と釘を刺されているから・・・(だから、なかなか書けなかった。)

ちなみに、三週間経って思う。僕の頚椎損傷、やっぱり、かなりダメージは受けています。今、時々、右手が動かなくなる。チョークを持つ指が硬直して、何度となく持ち直したりしているし、足の感覚もおかしい。(でも、こうした話題を書くときは、完璧にブラインドタッチで指が動く、その辺が不思議。)リハビリは自分でやります。方法はわかる。けれども、もしかしたら、上に守ってもらえていなかったら、車椅子生活の、重度障害者になっていたかも知れない。結果として、何事もなく日常生活をしているから、そんなに「深刻な状況」には見えないけれど・・・ただひたすら、神様には感謝するだけ。

国境線にしたって、「国家」意識にしたって、自分自身の帰属だってその都度変わる。この「その都度変わる」ことを前提に、発想できたらいいのにと、ワールドカップに思う。

父の日、後遺症

コーディングと執筆の単調作業。メリハリがつかない。気分転換に書いてます。

数日来(月曜日に、関西の大地震があってラジオの内容がシフトしたけれど、)父の日のニュースを聞き流していた。

僕はもう、父親になることはないだろうな。それはともかく。世間では、父の日をスルーされた父親も多かったみたいで・・・。何というか、ラジオはね、傷口を舐め合うみたいなところもあるから。

僕の耳にこびり付いている親父の口癖は、「まったく、オメェはダメなんだから。」だろうか。
どういう場面で言われるか。例えば、国語のテストで、送り仮名を間違える。例えば、「行う」なんていうのを「行なう」と書いてしまって、一つ間違えて、国語の点数が95点だったりすると、ニコニコしながら「まったく、オメェはダメなんだから。」というこのセリフが飛んでくる。
算数で、計算ミスが何箇所かあったりしても同様。
100回、1000回聞いたかもしれないこの口癖。じゃぁって、ミスしなくても「そうか」の一言だし。

今にして思うと、呪縛になって、親父が死んだ今でも時々聞こえてくる。そうすると、悪い意味で力が抜ける。決まって、「あぁ、俺はダメなんだ。」みたいになってくる。言葉による呪縛の恐ろしさ。

世間のお父さん方、こういう口癖は、やめましょうね。子供の一生を、きっと台なしにする。

今年に入ってのある日、ひょんなことから、親父が懇意にしていたOさんの息子さんと出会った。「親父がお世話になりました」と言ったら、そのOさんの息子さんも親父のことを覚えていた。「きっと、親父が喜ぶと思うので、遊びに来てください」と言われたので、昨日、自治会の用足しで町に出た後、その足でそのOさんの事務所に顔出しして来た。
あ、Oさんだ、と僕も覚えていた。Oさんも「ずいぶん、雰囲気が変わったな」と・・・。だって、親父に連れられてOさんの事務所に遊びに行ったのは、小学生の頃。10才前後の僕と、50代後半の今を比べて、変わるのは当然。だけれども、僕の中でのOさんは、重なった。お元気そうで何よりだった。それよりも、何よりも、親父が懇意にしていた理由がよくわかった。親父のことを、僕自身も次から次へと思い出した。僕の爺ちゃんのことも覚えていて、僕自身の家族の昔の話で、僕もあれこれと山ほど思い出した。だけれども、その一方で、昔話だけではないのが、やはりOさんのすごいところ、なのかなと思った。

親父が息を引き取る数日前、僕が親父に語りかけた最後の言葉は、「お父さん、僕はあなたの息子だったことを誇りに思うよ。」だった。親父、泣かせてごめん。尊敬はしていた。それは間違いない。

だけどなぁ・・・「まったくオメェはダメなんだから」の口癖だけは、やめて欲しかったと思う。
いまだに、時々、悪い意味で体の力が抜ける。特に、親父がまだ生きていた40代の前半までは、何をやっても「詰め切れない」ところが、自分にはあった。決まって、肝心なところで力が出なくなる。集中力が壊れる。

今は、親父の代わりが、ね。「そんなことはない」「何で、そんなこと言うの」「絶対無理」などなどで、取り付く島がない。もっと早くわかってりゃなぁ・・・
かなり「言葉」だけで左右される。なかなか、ドッシリとは構えられない。軽い輩だなぁ・・・

結局、何とか気分を切り替えるのに、最後に頼るのはタバコかなぁ・・・とにかく一服してリセットする。
長生きしたいとは思わない。自分のやるべきこと、出来ることをやり切れたと納得できるなら、もうそれで十分。積極的に死のうとは思わないけれども、生きるだけのために生きたいとは思わない。
でもタバコは、ねぇ・・・確かにこれだけ肺を痛めていたら、いいはずがないのは、わかっちゃいるけれども、そろそろね、仮に「あぁ、俺はダメなんだ」が大前提でも、それなりに踏ん張る他の方法を見つけないと・・・本当にいい歳をして・・・情けねぇ。まったく俺はダメだ、って、違うってば!(という、自分の中での掛け合い漫才)。
とにかく、一息入れてっから、落ち着いて考え直そう(振り出しに戻る)。

埼玉県の秩父方面に、とてつもない方がいらっしゃる。僕が「師匠」と呼んでいる方。
その方が講演で話される内容は、直接薫陶を受けている僕らが実践し、守って行かなければいけないんだろうと思う。もしかしたら、数十年単位、数百年単位で、少しずつ、ジワジワと広がって、読まれて、今後千年単位で残るかも知れない言葉の数々。
その師匠の存在を、一人でも多くの方に知っていただきたい。これはこれとして、すごい「目的」にはなり得る。

それとは別に、以前「心臓発作の予知・監視・通報システム」なんていうのを、人生のメインテーマに掲げたりもしていた。埼玉県のドクターヘリのお世話になりながら、そう言えば、あれ、どうなったっけか、なんてことも思い出したりしていた。

さてと、また、延々と続くコーディング、執筆の「単純作業」に戻ります。

クロロキン

抗生物質は、使い方が難しい。

パプアニューギニアにいた頃、マラリアの予防薬兼治療薬として、クロロキンを常備していた。予防薬として使うときは、毎週1回1錠欠かさず飲んで、一定の血中濃度を維持する、ということになるんだろうか。治療薬として使うときは、(記憶がもう、薄れている)初回2錠だか4錠だか飲んで、6時間後にさらに2錠とか、そんな感じで、最初の二日間に合計10錠とか結構な量を飲むべし、と言われていた。結局、僕はマラリアは発病はしなかった。ハマダラ蚊には結構刺されていたと思うけれども、村に入ったりすることがわかっている時には、事前に「予防用の服用」をした。ふだんタウンにいる時は、部屋の中で蚊取り線香を焚き、寝床には蚊帳を吊って、防蚊対策を完璧にしてクロロキンは服用していなかった。

ただ、僕みたいなクロロキンの使い方には、批判があることは知っている。中途半端にクロロキンを使うと、クロロキン耐性のマラリア原虫を鍛えるだけだと、そういうことだろう。とりあえず、僕は薬より自分の体力とか免疫力を信じたかっただけなんだけれども、使う以上は、完璧に使わないと、「集団的な免疫学」的には良くない。それはわかっていた。自分だけよけりゃ、それでいい、ってなことにはならない。予防接種を受けている人が多ければ、パンデミックは避けられる。そういう理論だと、自分は理解する。

肺炎的な症状が出たから、1回医者にはかかって、地元の内科の先生に肺のレントゲンを見てもらい、それから耳鼻咽喉科で、声帯とか喉を見てもらった。後は自己判断でビクシリンのジェネリックなのか、カンピシリンをネットで海外から取り寄せて、自己判断で、クロロキンみたいな使い方をして、とりあえず、一週間で肺炎の症状は押さえ込んだ。お医者さん曰く、タバコが原因で、肺ガンの一歩手前、みたいなレントゲンの診断。僕に思い当たったのは、部屋の中のカビ臭や防虫剤などの薬品臭。お袋がその部屋で肺ガンになったから、カビだと思った。あとは、ニューギニア的な自己投薬、自己治療。
咳は全く出なくなった。声帯は完璧、声は完全に出るが、まだ若干鼻声。肺(胸部全体)の痛みも完全になくなった。今週は、合計で2kmくらい泳いだけれども、息は全く上がらない。呼吸器、循環器は、ほぼ正常。これで明日、10km程度、ゆっくり時間をかけて走りきれれば、循環器はたぶん問題ないと思う。

ところが、微熱が下がらない。僕の平熱は36.2度。なのに「体温を測ったほうが良いかな」という感じがした時に計ると、36.8度とか37.2度ある。食事をしたりすると、一気に発汗して発熱して(風邪の時に、汗をかくと熱が下がる、っていうあのパターンで)ものの40分もしないうちに、大量の汗をかいて、体温が平熱に戻る。それが、仕事をしたり、あまり体を動かさないでいると、じわじわと熱っぽくなって、微熱が出て、「食べる」とか「体を動かす」とか、なんらかのトリガーがかかると、発汗し、一気に体温が一旦上がって、また平熱に戻り「あ、体は正常だ」みたいな状態に戻る。この繰り返し。

ずっとダイエットというか、摂取カロリーの総量を抑えていたためか、3月頃から5月頃にかけて、仕事の忙しさでほとんど全身運動もせず、タバコの本数も増えて、部屋はカビ臭く、一気に肺の状態が悪くなった。それに気づいて、寝場所を変えて、とにかく食って、薬を飲んで、考え抜いてコンディションを整えて、医者にも診てもらって、今ようやっと、マスクなし、(抗生物質以外の)薬なしで、日常生活していても、疲れない、困らない、普通でいられる状態に戻して、気づいてみたら4kg増量していた。
気合いを入れて食わないと、「汗をかいて、熱が出て、体調が元に戻る」にならない。減量と、仕事と、体調のバランスを、どうとるか、悩ましい。いや、デブに戻るのはどうでも良いとして、あと、「微熱」だけがどうにも解決していないのが、気にくわない。

ニューギニアにいた頃も、2回ほど、「3ヶ月程度続いた微熱」に悩まされた。原因はわからない。何かの感染症か、と思う。微熱以外の症状はなかった。「ちょっと、熱っぽい」以外には何もおかしいところはない。その時に頼ったのも、ビクシリン。あの頃は、(手持ちが少なかったから)一日1カプセルを数週間飲み続ける感じ、だったかなぁ(いや、数日に1錠、だったかもしれない)。それで、いつの間にか、微熱など出なくなった。

悩ましいのは、今回の「カンピシリン」の「やめ時」だ。何か「常在菌」の類が、まだ体の中で異常増殖している、のは間違いない気がする。できることなら、薬には頼りたくない。僕自身の免疫力だけで立ち向かいたい。けれども、中途半端にやめてしまうと、耐性をつけるだけで、かえって(年を食っちゃった)僕の体力だけでは解決できない事態になるかも知れない。

通常の方法では、対処できない事態に陥った。そこで、強硬手段に打って出て、抗生物質を使った。だとしたら、そこから先は、完璧に「原因菌」を潰し切るまでは、その手段を継続する、というのがたぶん正解なんだろうと思う。

なんだかね、薬なんかに頼るっていうのは、情けない気もするけれども、この「微熱」が続く間は、カンピシリンを使い続けるかな。用法用量は、お医者さんに・・・、すみません、相談しません。僕は自分の体の感覚と、なけなしの自分の知識に頼って、自己判断でやります。「死」んだらその時はね、「あぁ、また体を、潰しちゃった」と、それなりに、次への経験値として活用しようかと、思っています。

救急搬送される、なんていう情けないことをやっちゃった。大元は、こちらの「肺の感染症」だったかな、と思う。

大山鳴動、ネズミ二匹。二匹のネズミは、頭の黄色いネズミと、頭の黒いネズミ。

なんのこっちゃってか、微熱にうなされて、悪夢でも見とるんかいな、って?以下、悪夢にうなされての、話題。と、読んでください。

頭の黄色いネズミが、サラミを見かけて、躍り上がった。これで選挙に勝つ素材が見つかる。浅はかだなぁ・・・頭の黒いネズミは、「見せサラミ」をちらつかせれば、チーズの塊にありつける事を、知ってる。結局は、その構図だったなと思う。

ここから先、比喩はやめる。とても失礼になる気がしたので・・・

拉致問題。頭の黒いネズミが、どういう対処をするか、が、「大山鳴動」の試金石か、と思っていたら、案の定、「スカ」だったと思う。要するに、「抗生物質の集中砲火」が効いたんだと思う。「これ以上、経済封鎖を続けられたら、もはや存続できない」と自覚したから、いきなり「方針転換」を顕示し始めた。「本心」なのか「デモンストレーション」なのかの見極めが難しかった。
もし「本心」なのなら、「どんな不利な過去があっても、曝け出して、提示し、議論した上で最善の策を講じる」という流れに身を委ねただろうと思う。「本心」はそうではなかったから、「拉致問題」を「解決ずみ」だと改めて主張した。

なぜか。

前回の小泉首相の交渉の際に、帰国できなかった日本人は、相当に「恣意的」な選別があったにせよ、「北朝鮮の政権の内情」を知っているから、などが理由になって帰国から除外された可能性が高い、と私は考える。その後、頭の黒いネズミの代になってから、「追加」があった。

あの頭の黒いネズミが、「拉致した日本人」をオモチャのように扱った、という事実があった。あの頭の黄色いネズミの国ですら、ハリウッドで「絶大な権力を持った人物」が行った悪事が「ことごとく表に出て」大騒ぎになったりしている。こんな事実を表に出すことはできない、と、当然当事者は考える。その結果として、隠せるものは隠す、という心理が働くのは不可避だと思う。あの、頭の黒いネズミは、「人としての恥」という概念を知っている。だからこそ、それを表に出した時の自分を受け入れられない。その結果として、「拉致問題」は、おそらく、あの頭の黒いネズミが生きている間には、解決しない、そんな気がした。

およそ、「権力」を欲するものは、自分に対する相対的な弱者を虐げて、それによって快感を得る。その典型が二匹のネズミで、「不都合な情報」は「もみ消す」以外の対処方法を理解し得ない。拉致日本人で、まだ帰国できない全員がそんな目にあった訳じゃない。おそらくは、ほんの数人が、あの頭の黒いネズミの「俺は、日本人など何とも思わない」的なデモンストレーションのターゲットとなって、その記録が消せない(関係者の口封じができない)状況にあるがために、「拉致問題は解決ずみ」という立場を変えることが出来ないのだと、私は知覚する。(間違っているかも知れないけれども。)
加えて、あの頭の黒いネズミには、その事実を日本側に伝える勇気もなければ、日本から「スルー」されて「自分の領国の復活」を成し遂げられるシナリオを描けるとも思っていない。仕方なしに、もはや、「拉致問題は解決ずみ」と、可能な限り「公式な主張」を避けて繰り返すしか、方策がない。

この上、日本が「拉致問題」を解決するために、どんな方策があるか、と考えるならば、ネズミの駆除しか、ないんじゃないかな、と私は思う。まだ、時間がかかる。心苦しいけれども、拉致被害者のご家族の皆様が、ご存命の間に、ネズミは駆除できない気がする。

きっかけは、え?そんな程度のこと?なんだと思う。
あの、誰だっけ、あの事務次官が、「おっぱい触らせて」とか話したのが、記録に残った。日本だから、あの記録は消しきれなかった。某国だったら、「おっぱい触らせて」と言われた人間が、翌日には死刑になっていただろうなと思う。そういう状況での話題だと、私は思う。その発端は、と言えば、「権力を持った人間」の、「そんな程度のこと」の「おっぱい触らせて」的な、(頭の黒いネズミの場合には、もっと違う流れのように感じるが、)結果的には「そんな程度のこと」なのだろうと、私は感じる。そうした全ての事実を隠蔽したいがために、拉致日本人問題は、「全て解決ずみ」という姿勢を、一切崩すことはない、という気がする。
哀しすぎる、と思うけれども。

横田めぐみさんのお父さんと、お母さん、もしかしたらだけれども、1990年代後半、僕がなにがしかの「能力者」みたいな扱いで、盗聴とか盗撮で、私生活を根こそぎ表に出されて、メンタル的に潰れて、自宅に戻っていた頃に、一度、この埼玉県小川町の我が家の前に、お見えになったことがありませんか、という気がした。ニューギニアから帰ったあとだったような気もする。たぶん、「藁にもすがる」思いで、僕のごとき「藁」にすがるために、はるばると、わざわざ、私の家までお越しになったことはありませんか、と、僕の微かな記憶が言ってます。ちょうど、僕が「用足し」で家から車を出そうとしていて、ちょうど車の進路にご夫婦で立たれていて、車を避けるように移動されたところを、僕はそのまま、「通りかかった人が、車を避けてくれたから」という感じでスルーして、出て行った。たったそれだけの、ほんの数秒の接点だったけれども、その時にお見かけしたご夫婦のお顔が、テレビで頻繁にお見かけする横田さんご夫婦のお顔のような気が、ずっとしていました。それ以前に、そのすれ違った瞬間に、何か、猛烈に訴えかけるような「意識」を感じたのは確かで、その時にも、「あれ、僕は、この方達と、何か話をしなきゃいけなかったのかな」という気はしていて、「まぁいいや」でスルーしていた、それは、その時以来、ずっと気にはなっていました。

残るシナリオは、なんなんだろうか、と思う。

「責めはしない」それだけは確かなものとして、安倍総理の発言ではないけれども、洗いざらい、全てを日本に晒して、今生きている日本人は、一人残らず返して欲しい、それだけは、私も思う。
日本は、あのハリウッドの国とは違う。損害賠償だとか、名誉毀損の訴訟だとか、あの「訴訟大国」とは体質が違う。日本人を返してくれさえしてくれたなら、一切、過去の経過を責めることはないと思う。ただ、心を開かないならば、一切の関わりを持たない国であり続けることも、確かかな、とも思う。

安倍総理が、「拉致問題」について外交で、諸外国の「協力」を求めている。それに対して、あの頭の黒いネズミの国のコメントは、「安倍が妄動して」みたいなことを流しているけれども、要するに「効果がある」ということでしょうね。お気付きの通り。今度も続けるしかない。淡々と、全世界の「理解」を求め続けるしかない。それが正解だと思う。

あの「総論賛成」の政治劇。各論が何も決まっていない。

マラリアの原虫だって、あいつらバカじゃないから、クロロキンを大量に投与されると、「もう、攻撃はしません」的に症状を出さずに「なりをひそめる」ことはある。そこで、クロロキン投与をやめると、一気に元に戻って、というよりも、第1波よりも悪質に、凶悪に、高熱やら全身痛やら、もう、とんでもないことになる。

って、なんの話でしたっけか?

抗生物質とかは、やめどきが難しい。

微熱が出なくなるまでは、(今の僕の年齢では)飲み続けるしか、なさそうだ。

無断転載

とある「新聞」に掲載されていた、ジンバブエのジュニョル・カンディミレさんの詩を無断転載する。「世界女性の日」に発信されたメッセージにあった詩らしい。3月22日の日付。体調不良というか、気力が萎えていて、積みっぱなしになっていた。今日この詩に出会ったことに感謝。

朝っぱらから、こんな詩を読んで、ちょっとスイッチが入った。

「俺の目の黒いうちは」とか「絶対無理」とか、自分の使っている言葉の意味を知らないとしか思えない人たちがいる。そういう人たちの使う言葉も、こちらには言葉の意味がそのまま突き刺さるから、相手が意図していなくても、こちらはかなり傷付いたりする。
なかなか、慣れないなぁ・・・というよりも、全然慣れない。

「コンチクショウ」と思ったことがあった。そのスイッチが入った。僕は別に、ジリ貧になるために自営業になった訳じゃない。と思ったら、一ヶ月半続いた微熱が止まったよ。あら不思議。肺炎?たぶん、あと三日で完治する。気力の問題。

「社会を恨んでいた」とか言って、無差別殺人をしたガキがいた。勇気ある犠牲者の方に、哀悼の意を捧げます。そのガキに言いたい。恨む前にもっと社会を知ったらどうだ。
朝っぱらから、泣きそうになったよ。

以下、全文無断転載


I Am That Girl

I am that girl.
That girl who ought to be silenced,
That girl they warn their sons not to marry,
That girl who chose education over marriage,
Yes, I am that girl.

They said the pen is mightier than the sword,
I took that as the commandment for my journey,
A journey to the world of the not-to-be-known,
A world hidden from anyone who can be called a woman.
They silenced and pushed me into a deep dark forest,
A forest with no knowledge of the world,
The knowledge that is not allowed to be touched by women.

“So, they say”,
They screamed these words at me,
“You can’t”, “you won’t”, “you shouldn’t”,
They surrounded my existence with walls that hid me from my enlightenment;
I cried, I screamed, I tried to break down the walls, but they were too strong for me,
I tried to jump over, but they threw me back in as an outcast.
Why was I not allowed to gain knowledge?
Who is he that determines my fate?
The only crime I committed was to be a woman.
The punishment was to be someone’s slave all my life.
Will I ever be that girl?
My soul was tormented.
I searched for a weapon –
Something so small but so big.
I found a pen.
It became my voice,
A voice so loud that it broke the walls around me,
A voice that brought them down onto their knees,
A voice that I share with my fellow women who are still imprisoned in a world surrounded by darkness.
Yes, I am that girl.

時間対効果

朝鮮半島の非核化だとか、日本にミサイルが飛んでこないことの検証には、かなりの時間がかかる気がする。

コスト対効果、という考え方があるけれども、最も短時間に効果を出すために「最善」ではないとしても、何をすれば「最短」でそれなりの結果/効果が得られるか、「時間対効果」という視点も時には必要かも知れない。(有限会社シグナリスは、慢性的にこの判断に陥っているけれども・・・)

北朝鮮にとって、最も短期間に経済的な支援を獲得する方策として有効な手段の一つに、「拉致問題」を解決することによって得られる日本からの支援があるんじゃないか、という気がする。無論、北朝鮮がそう思わないなら話は別だけれども。

今後の展開として、中長期的には、日本からの投資も受け入れて、日本企業が北朝鮮で経済活動を行うような場面もあり得る。一気にそういう展開になったんだろうか。ただ、そうなった時に、前回の「拉致被害者帰国」の際のように、人骨ではない骨を送ってくるようなことがもし今後あったなら、そもそもがビジネスを行うような「信頼関係」は成り立たない。日本側が「北朝鮮はそういう国だ」と思えば、何も前には進まない。「信頼関係」ほど大切なものはないような気がする。

そもそもが、「なぜ拉致事件が起きたか」などは、金正恩氏の責任ではなく、金日成氏、金正日氏の時代の話であって、金正恩氏には「私は、この事件が起きた点については、無関係だ」と言い切ることができる立場にあると、私は思う。だとしたら、日本が、今更「北朝鮮」という国家の「過去の歴史的な責任」を蒸し返さない前提で、今現在、北朝鮮側が把握し得る限りの情報を日本に提供し、帰国可能な日本人がいるならば帰国させる、という措置を取ったならば、一気に日朝関係は改善する可能性があると思う。より具体的には、日本からの外務省関係者の派遣を受け入れて、その日本人官僚派遣グループが納得できるように現地踏査に同行して、この方の死亡は確認されたが、この方は帰国できる、と、日本側が納得できるように「拉致問題」を完全解決して欲しいと思う。それが出来れば、かなり短期間での日本からの「緊急支援」は可能になるんじゃなかろうか。

一方で、真逆のシナリオがあるとも思う。歴史問題は、厄介だ。日韓基本条約は、なんだか存在しなかったことにされてしまっている気もする。条約なのに。北朝鮮も同じ立場を取るんだろうか。もし、この条約が存在しなかったという立場を取るならば、日本側の拉致被害者や関係者の方々にとっては悲痛な結末が待っている気もするが、同時に、日本から北朝鮮への支援など一切行われないということは、日本人の国民感情として理解してもらう必要はあると思う。

日本国と大韓民国との間の基本関係に関する条約

もし、北朝鮮がこのシナリオ(日本は、一切朝鮮半島に賠償をしていないという立場)を選択するのならば、少なくとも「非核化」がIAEAなどによって(過去の「失敗」も考慮しつつ)今度こそ完全に成されたと結論付けられ、日本が「今後は、北朝鮮からミサイルが飛んでくることはない」と、決定的に納得できるまでは、経済封鎖も解除されず、当然、(少なくとも、日本からの)経済支援なども成されない、という展開もあり得ると思う。それなったら、経済制裁の解除に最短でも数年、場合によっては10年とか、かかっても、納得してもらうしかない。

こう言っちゃなんだけれども、日本人は「バカ」です。オレオレ詐欺を見たらよくわかる。「困ってるんですよ、お願いです、助けてください」とか言われると、つい真に受けて、お金を出したりする。それは肉親に限った話ではなく、「騙されている」ことがわかっていても、生活に困窮しているならば、金を出してやろうという方々は、戦後も数多くいらっしゃった。それが日本人の血脈だと僕は思っている。僕がこの国を大好きな理由の一つ。トランプなんかには、きっと理解できないだろうな。

もう一つ、加えて書くならば、「有限会社シグナリス」が会社として成立できたのは、いわゆる「在日」の方の企業から仕事をいただいたおかげだと、自覚している。仕事を通じての「結果」を僕は出せなかった。その方、その会社には、本当に申し訳ないと思う。その方、その会社に直接的にお返しはできないかもしれないけれども、日本に住む「在日」の方には、広い意味で恩返しができるならば、したい。何よりも、日朝関係がお互いの「信頼」に基づいたものになること、だけは、心から願う。

メンタル的には、極めて弱い私。当時は、盗聴・盗撮にも結構悩まされて、滅入っていた。逃げ場ばかりを探していた。高校受験(東京学芸大学附属高等学校の外部受験)に願掛けして、合格できたお礼で「高麗神社」への参拝を欠かさなくなった、あたりが、妙に公安関係の疑いの目を引き込んだ、なんてこともあったんだろうか。だって、毎年何があったって高麗神社には行っていたから。何が悪かったのか、僕にはわからない。いずれにせよ、盗聴・盗撮に苦しめられた頃は、仕事に集中するコンディションを作るのに、いつも四苦八苦していた。逃げてばかり。酒、ゲーム。

で、今はと言えば、実は4月の半ばから、肺炎を起こしていた気がする。専門学校の学生に、「授業でわからなかったことがあったら、自由に書いて」と言って毎回の授業でコメントもらっていた、その欄に、二週連続で「お大事に」とか「無理しないでください」とか書かれてしまった。(ありがとう。涙が出るくらい嬉しかったです。)それくらい、慢性的にひどい咳が止まらなかった。松尾くんが5月の連休中に会社に来てくれた時も、「咳が尋常じゃない」とか言われた。で、この「肺炎」の原因は、タバコじゃないです。

実は、自分だけ寝室を別の部屋に移した。両親が使っていた部屋に、一人だけねぐらを移した。それが4月の頭。ふだん換気していない、昔雨漏りがあった後、10年以上放置していたこともあって、かなりカビ臭く、しかも、私のスーツやらコートやらの「公的な」衣類のタンスでは、誰かが用意したこれでもかっていうくらいの「防虫剤」の匂いがあって、部屋中にカビと防虫剤の香りが充満していた、そんな部屋に、わざわざ、私だけ、寝床を移した。ところが、一ヶ月もそこで夜寝るようになってから、だんだんと咳がひどくなった。肺が痛くなった。5月の下旬にどんな感じだったかは、たぶん、専門学校の学生が目撃している。それで、風邪薬とか飲みながら、熱っぽいので風呂にも入らず、梅の実を採集するのに汗をかいて、汗疹の予防で薬を飲んだ後に、(もともとボーッとしていた頭が、さらに)ぼーっとして来て、三脚の足をきちんと確認せずに、落ちて、救急搬送される、なんていう事態に陥った。(情けない)

流石に、この肺の状態は自分でも何かおかしいと思って、ようやっと6月に入り、医者に診てもらった。胸部の直接レントゲン写真。お医者さんに「いつ肺がんになってもおかしくない」と言われた。っていうことは、一応は、肺ガンじゃなかったんだ、とまずは一安心。ちなみに、昨年の私の定期検診での肺の間接レントゲン写真は、かなりきれいだったから、タバコが原因なら、いきなりこんなに爛れるはずはなくて、これは、部屋のカビとかが原因の肺炎だと自己診断した。仕方なく、「家庭内家出」をやめて、しぶしぶ、嫁の隣の元々寝ていた部屋に戻ってから、一週間。
ネット通販で海外から買った抗生物質(ビクシリンのジェネリック?か、カンピシリン)と、L-カルボシステイン製剤が効いて来て、ようやっと、肺の炎症症状が収まりつつある。いざとなったら、ロキソニン(抗炎症効果を期待)も使おうかと思いつつも、なんとか二種類だけで、かなり体調が戻りつつある。今週一週間は、まだ肺炎のダメージが消えずに残りそうだけれども、今日はほぼ、8割方、復調しています。ようやっと、頭が働きつつあって、仕事になりそう。2ヶ月ほど、ロジックを組める感じでは頭が働かなかった。来週には、服薬も卒業したい。

親父が死んだ後、僕が今回の「家庭内家出」で夜眠った部屋で、お袋は親父の死後2年後に、肺ガンで死んだ。これほどのヘビースモーカーの私が、肺がんにはなっていないのに、潔癖症で、私を毛嫌いしていたお袋が、肺ガン、っていうのは、皮肉だと思ったけれども、今回よくわかった。親父とお袋の寝室は、今カビがひどい。僕ですら体調を崩した。親父が亡くなって、気力を無くしたお袋が、ろくに換気もせずにこの部屋にいたなら、体調を壊すのは当然、という気もした。とりあえず、タバコが原因じゃないと体感できて、一安心。

今回は、僕自身激しく体調を壊したし、それでなくても多くの方々に、ご迷惑をかけながら生きている。コンディションさえよければ、僕を活用してもらったら、結構結果を出せるような気がするのに、と思いながら、なんだかなぁ・・・頭数としてしか期待されていないような気もする。でも、頭数でもいい、自分にできることは、しっかりとやり遂げたい。

「有限会社シグナリス」が会社として成立できたのは、とある「在日」の方の会社のおかげです。少なくとも、僕はその恩は忘れたくない。

「直接的な責任」を持たない相手に、昔の話を蒸し返して、ゴチャゴチャ言い合うのは、やめませんか?「拉致」があったとしても、それを命じたのが金正恩氏でないならば、金正恩氏を責める事はできないと思う。

冷麺の本場は盛岡!

僕の断筆宣言は、禁煙宣言に限りなく似て・・・(いや、禁煙なんて、今やもう・・・)

トランプ大統領が何か言ったらしい。
北朝鮮への経済支援は日中韓の役割?トランプ大統領が示唆=韓国ネット「ほとんどが韓国負担になるだろう」「そもそもビジネスマンのトランプが…」

その韓国。

韓国全経連、日本自民党に「韓日通貨スワップ」再開を建議

このニュースは一体何?韓国は、継続的に北朝鮮を支援する心算らしい。ということは、日本が「韓日通貨スワップ」などを再開したら、それは自動的に北朝鮮を支援することになる。

と思っていたら、これ。

「日本は疎外、孤立」「拉致解決済み」…北が牽制、韓国も「北を疑うな」

この辺のニュースを足して3で割ると、どうなるんだろう。
(平均するなよ^^;;)

拉致日本人に関して、日本側にとって納得のいく答えが出なければ、通貨スワップの再開なんて、あり得ないだろうな。逆の言い方もできる。拉致日本人が帰ってくるならば、トランプのいうこともあながち的外れではないかも知れない。どっちに転ぶか、わからん。

冷やし中華の恋しい季節になった。コンビニで、つい食指が伸びそう。すき家のキムチ牛丼もいいけど、コンビニの冷やし中華は捨てがたい。そうなんだけど、コンビニで冷麺って滅多に見かけないんだよなぁ・・・

冷麺の本場は盛岡!それ以外の冷麺は要らないかもね。だからコンビニにないのか。いや、冷やし中華があれば十分。中国に「冷やし中華」ってあるんかなぁ・・・あったとしても、コンビニの冷やし中華で僕には十分。

どうでもいいけど、今日1日で、左手の痛みが、だいぶ取れて来ました。この感じでいくと、痺れもあと三日くらいで取れるかなぁ。希望的観測。

親父もなぁ、中学校の教員だった時、授業中に盲腸が破裂して、すぐに生徒に「自習課題」と「宿題」を出してから、校長室に行って病院に行く旨を伝えて、自分で車を運転して病院に駆け込み、破裂した盲腸の始末をしてもらったらしい。馬鹿みたいに痛みに鈍感なのは親父譲りか。単に慣れただけなのか、痛みそのものが取れたのか、自分でもよくわからないあたりが、親父譲りのバカかも知れない。

ガチガチと仕事して、ただ冷麺を食うだけのために盛岡まで日帰り旅行、なんてことが、気楽に出来る程度に、稼ぎたいもんだね。

事故の顛末

救急搬送で、しかもドクターヘリで川越の埼玉医大まで運んでいただくという状況に陥ってしまい、昨日(6月3日の日曜日)は地区の「河川清掃」の際に、近隣の皆様に「ご心配」いただくという状況になりましたので、改めて、自分で報告させていただきます。

6月2日(土曜日)夕方、梅の実を採集していた際に、三脚から落ちました。より厳密に言うと、三脚の支柱が、三点支持の形で角度が取れない狭い場所で、ちょっと不安定だったのだけれども「大丈夫だろう」程度のつもりで三脚に上って作業している時に、バランスを崩して三脚が倒れた、と言う事故です。木に上っていたのなら、たぶん、そもそもが不安定な状態なので、両足と片手のどちらかではバランスを取って、結構筋力を使いながら作業をしていたと思うので、落ちたりするほど、まだ年は取っていなかったと思う。三脚で、普通に「乗っているだけ」と言う感じだったのと、あまり「足場」に神経を使っていなかったのと、だいぶ汗をかいて、去年「汗疹」で散々懲りたこともあって、レスタミンを3錠飲んでいた、というのが、おそらくは決定的だったように思う。
レスタミンの「注意書き」には「服用後は、乗物または機械の操作をしないでください」と書いてあった。実際、頭がぼーっとしていたということはあると思う。

三脚が倒れて、落ちる際のほんの1秒程度か、何が起きているのか、全くわからなかった。(これが自動車だったら、急ブレーキなどは間に合わないと思った。)落ちる直前、運良く、お隣のSさんが犬の散歩で、我が家の前を通りかかっていた。たぶん、落ちて十秒もしないうちに、Sさんが「大丈夫ですか?」と駆け寄って来て、声をかけてくれた。顔から落ちて頭を打っていて、何が起きたのか、Sさんに声をかけられて、「あ、落ちたんだ」と気づいた。意識は飛んでいなかったとは思うけれど、(ずっと、意識は清明でしたが)状況把握は出来ていなかった。ところが、起き上がろうとしたら、足の感覚がない。足を動かそうとしても足がどこにあるのかわからない。どうやら、右足が南天の枝と三脚の隙間に挟まって、捻れていたようで、ある意味上の方で足が引っ掛かって、体重全ての直撃落下が避けられたみたい。Sさんが、ちょっと待って下さい、と右足を抜いてくれた。足の感覚が全くなかったので、「すみませんが、救急車を呼んでもらえますか」とSさんにお願いした。顔から血が出ていたので、Sさんは、ご自宅にタオルを取りに行ってくれて、そのまま救急に連絡を入れてくれた。僕は、足を抜こうと、立ち上がろうと試みていたけれども、どうにも足がよくわからない。(足を抜いてもらったのがどのタイミングか、覚えていない)足を抜いてもらった後、僕が庭で喫煙する際によく使っている「椅子」を近くに持って来てくれて、「座って待っててください」と言ってくれたのだけれども、立てない。
ただ、30秒から1分くらい、もがいていたような気がするけれども、そうこうしているうちに、ぼんやりと足の感覚が戻って、かなり危なっかしい感じではあるけれども、何とか立ち上がれた。最初「あ、やっちまった」と思ったのだけれど、「立てた」「歩けた」で、とにかくホッとした。ホッとしたけれども、救急には連絡をしてもらっていて、前述のような大騒動になった次第。
携帯電話は持っていた。ただ財布を持っていなかったので、救急が来る間に母屋に財布を取りに入った。伝い歩きではあるけれども、歩けた。

Sさんに寄せて来てもらったイスに座って、そのまま待った。
改めて思うけれども、顔面強打、後で見たら左足に打撲痕、結果から言えば、今左手にかなりの「痺れ」が残っていて、左肘から左の小指に向けて、時々痛みが走る。ただ、こうしてキーボードを叩いていても、支障はない程度に仕事はできる感じではある。ただ、その直後は、まだ全身が変な感じで、イスに座った後はとにかく待とうという感じで、ボーッとしていた。

その後は、救急搬送での救急車の中での救急の方の会話から「え?ドクターヘリ?」と思った。小川日赤あたりかと思っていたのだけれども、一度は僕も想定した「最悪の事態」を、救急の方にも想定していただいたんだろう。落ちて1時間も経たない間に、川越の埼玉医大の救急に着いていた。ドクターヘリでそばにいた方に、「もう今、川越ですか?あっという間ですね」と話しかけたら、「空は渋滞がありませんから」とのご返事。埼玉県の救急体制に、がっつりとお世話になりました。川越の埼玉医大でMRI検査までしていただいて、結局入院せずに、午後9時過ぎかな、自分で歩いて病院を出ました。嫁には連絡が取れず(土曜日は、携帯を忘れたらしい)、弟が迎えに来てくれた。

元々が「脊柱管狭窄症」というか、いわゆる「頚椎ヘルニア」持ち。埼玉医大の救急のDrが、頚椎の狭窄状況を診てくださったけれども、「事故」の影響以前に元々あった狭窄から、今回の事故で何か影響があって「左手の痺れ」の症状になっていると判断するのが妥当か、というご判断をいただいた。「歩けた」時点で「最悪の事態」が回避できたことはわかったのだけれども、とにかく落ちた直後、足の感覚が全くなかったので、ずっと不安はあった。「後になって何か出て来るかもしれない」ということもあり得ると思うので、今後1ヶ月くらいは念のため、首に固定具をつけておこうとも思っている。(見てくれの良し悪しの問題じゃない。それに、顔面に結構傷跡が残っているから、首に何かがあってもなくても、人相の悪さに大差なし。)埼玉医大のDrが、小川日赤への「紹介状」を書いてくれて、しかも、MRIのデータのDVDも持たせて下さった。深謝いたします。これを機に、(割と、どーでも良いや程度の投げやりな態度で付き合ってきた)首の脊柱管狭窄症とも、きちんと向き合った方がいいかな、と思い直しています。いや、本気で「足が動かなくなったらどうしよう」と考えるきっかけには、なった。

今回は、Sさん始め、小川救急の皆さま、埼玉医大の皆さまに、大変お世話になりました。
「30秒から数分で足の感覚が戻った」という経緯、もしかしたらだけれども、これも見えないどなたかにお世話になってしまったかも知れない、という気はする。それ以前に、落ちた際に直撃落下にならないような、右足が上に絡まった状態で頭部へのGがかなり緩和されていたのも、どなたかのお陰かも。親父がとても大切にしていた南天の木や梅の木だからなぁ・・・1m50cm程度の高さ、だけども、直撃していたら10G位は楽に頭にかかるから、間違いなく脳震盪を起こしていた。落ちたその時、ちょうど犬の散歩でSさんが我が家の前を通りかかっていた。なんという偶然。さらに言えば、松の枝とか、無造作に作業していると結構体に刺さっても不思議ではない枝が出ていた空間なのに、目に枝が刺さる訳でもなく、不幸中の幸いだらけで、この事故そのものに「どなたかのお陰」があったような気がする。ただ感謝。

余談ながら、会社のWEBページに私が出している私の家の住所を、Googleで入力すると、ストリートビューで表示されるのは私の家ではなく、お隣のSさんのお宅になります。えぇと、テロリストの方、私を襲うつもりでgoogleのストリートビューの表示を安易に信じると、そこは私の家ではなくてSさんのお宅なので、気をつけましょう。

お袋が家の中で動けなくなっていたのに気づいてくれたのは、2軒隣のIさんのおばあちゃんで、Iさんのおばあちゃんが「おかしい」ということでSさんのお宅のおばあちゃんと相談し、Sさんに救急を手配してもらったお陰で、お袋は救急搬送され「孤独死」は免れた。結局末期ガンがわかって、亡くなる2ヶ月前のことだったけれども、親子二代にわたって、Sさんに救急通報していただいてしまって、本当に大きな借りが出来た気がする。感謝に絶えません。

直接の原因になった気がするのは、「レスタミン」3錠か。頭がボーッとしていて、通常の反射神経とか判断能力とかが(三脚の足の固定を確認する部分も含めて)欠けていたのが最大の反省点。左手に痺れが残った程度で済んだのは、本当に幸運だった。車の運転だったら、他人を巻き込んでいたかも知れない。

ただ、それ以前に、そもそもが「もう、思い残すことがない」なんてことを書いたりもしていた。実際に、アグレッシブな、というかポジティブな「自分はこれをするんだ」という原動力みたいなものが、消滅しつつある「自分」というのが、最大の原因かなぁ・・・
こうして、一応は日常生活ができる程度の状況は保てている。30年来、左耳は全く聞こえない。左肘から小指にかけて、今かなりの「痺れ」が残っているけれども、こうしてWEBページを更新したり、プログラムを書くのには支障がない。今使える自分の肉体の「命」を、もっと大切にして、何が出来るか、もう一度丁寧に考え直すには、いい機会かな、という気もする。

心の勉強会。こういう状況で、かつて師匠からいただいたアドバイスは、「何をするか」ではなくて「自分はどうあるべきか」を常に考え続けなさい、だったかな。自分の言動の結果が、どれほど優れたものであったとしても、そこに至る自分の「心のあり様」次第では、上から見ていて、決して評価するに値しない場合だってある、と理解している。
「誰かのために生きる」なんて、おこがましい。何よりもまず、自分の心を汚さない様に。まず「自分を大切に」生きろ、と、理解する。その結果が、直接あるいは間接的に、自分の周囲の方にも、少なくてもマイナスな存在ではない様に、自分の在り方を考えたい。

いずれにせよ、しばらくは「言葉を発する」ことはやめて、丁寧に過去を振り返って、今現在や、これからの「自分の在り方」みたいなものをしっかりと考えていきます。

と、同時に、遅れまくっている仕事、自分にとってどんな意味があるのか、周囲との関わり方も含めて真摯に見つめ直して、きちんとした仕事の結果を出せる様に、自己管理に気をつけます。

ご心配いただいた皆さま、あるいは、助けていただいた多くの皆さま、本当に、ありがとうございました。

真実とか・・・

師匠の講演会で、「映画は、人の心の動きを学ぶのには、最適の教材だよ」みたいな話もあって、単細胞な私は、ここのところ、ツタヤのレンタルは音楽CDではなくて、映画なんかのDVDにはまっている。

色々と見てはいるけれども、ね、「真実」が上に筒抜けになっている、という前提では、成り立たない映画が大半だな。「嘘」なんて、上で笑って見てるよ。で、ご本人はバレてないつもりで上に戻ってからも、同じ「自己主張」を続けたりすると、呆れられて、誰からも相手にされななくなる。しかも、そうした「嘘」の原因は、大半が物欲、色欲、名誉欲、などなどだから、戻りたかった世界で相手にされなくて、他にはどこにも行くところがなくて、仕方なく向かった地獄(欲望全開)で長逗留して、仮に運良く何かのきっかけで「自分は間違っているかも」と気づいたとして、垢を落としきって上に戻った頃には、意識体としての「正味」がスカスカになっていて、元いた場所にはもう、戻れない。あぁ、落ちた、ってなパターンか。

やっぱりね、人間の実体は「意識体」で、今現在こうして肉体を持っている数十億の地球系人類の他に、霊体として存在して、(地獄にいたり、この世界に浮遊霊としてとどまっている方々は除外して)上に戻っている数百億の意識体から、見られているということを、知っておいても、損はないんじゃないかな、という気はする。

だいたいそもそも、嘘ついて、いい思いしたって、せいぜいその有効期限は肉体を持っている間だから、僕と同様にジジイと呼ばれる世代の方なら、せいぜいが数十年でしょ?ところが、その数十年の快楽のために、過去、何億年と積み重ねてきた進化するために積み上げたステップが、一気に数段階落ちることになる。人間の実態は、「霊体」だって、知っておいて、損はない知識だと思うんだけどなぁ。そもそもが、総理大臣とか、大統領とか、そんな「経験」を積めること自体が、極めて限られたチャンスになる。有意義に上の思いに沿って結果を出せれば、これでようやっと一階級昇級なんて感じなんだろうけれども、やることが派手だから、3階級くらい下に落ちてやり直せ、っていう話題が多すぎる。しつこいくらい書いているかも知れないけれども、中間指導層の壊滅的な崩落現象。

いや、否定したって構わない。だけれども、普通の倫理観で言ったなら、アメリカだって、日本だって、パプアニューギニアだって、嘘をついていいなんていう「文化」はないと思う。(アメリカや、ニューギニアに関して言えば、アモール様、イエス・キリストの功績かも知れないし、日本の場合には、多くの先人が執拗に言葉を伝えられて来た。日本の場合には、その成果かも。)でも、平気で嘘をつくバカが、何人もいる。わかっていないのか、それほどに、現世的な欲、ってのは、美味しいのかなぁ。あのバカ、今後10億年くらいは、人の上に立つ立場では、肉体を持てないだろうな。

いや、ニュースを見聞きしているほとんどの日本人が感じているのと、同じことを、上の方々も、つまり、どなたかが上に戻った時に帰りたい場所にいらっしゃる方々も、知ってはいる。しかも、心、すなわち「意識」がどうだったか、というレベルで、見ることのできる方々だから。こうして、肉体を持っていれば、「俺の支払った税金が、どうだ、こうだ」という議論になるけれども、上の方々の視点で言えば、「あぁ、あ」としか言いようがない。

素直であれ、正直であれ、っていうのは、イエス様も、ムハンマド様も、あれほどの方々にとっても、伝えようとして伝えても、結果的に誰も従っていなかったりする、どうしようもなかったことだから、私ごときにどうこうできるとは思えないけれども、無駄な空砲を打ちまくる僕の気質をご存知だったどなたかの人選なのか、それとも、師匠の追っかけを自認する私が、鉄砲玉のごとく、後先考えずに肉体を持ってしまった結果なのか、よくわからないけれども、言いたいことは、きっちりいうぞ、書くぞ、と思って書いた。

いや、書く。人を殺すのは、やめようよ。人のものを奪うのは、やめようよ。嘘をつくのはやめようよ。誰かを傷つけるのは、やめようよ。なんてね。意味ねぇなぁ。だって、イエスや、ムハンマドすら、必死で伝えられて、結果が出せなかったことを、俺ごときが書いたって、結果出せるわけ、ないじゃん。あのへんの、泥棒だらけの国を、見てみろってば。安倍どこが恥ずかしいんだ?

なんかもう、バカらしくなるようなニュースが、多すぎませんか?みなさん、安倍総理を見習わなくても良いから、宮川くんは見習おう。僕は、そう思った。若い人に期待するしかない。お願いだから、僕の言葉じゃなくて、師匠の言葉として、僕が伝えている言葉には、耳を傾けて欲しい。