事故の顛末

救急搬送で、しかもドクターヘリで川越の埼玉医大まで運んでいただくという状況に陥ってしまい、昨日(6月3日の日曜日)は地区の「河川清掃」の際に、近隣の皆様に「ご心配」いただくという状況になりましたので、改めて、自分で報告させていただきます。

6月2日(土曜日)夕方、梅の実を採集していた際に、三脚から落ちました。より厳密に言うと、三脚の支柱が、三点支持の形で角度が取れない狭い場所で、ちょっと不安定だったのだけれども「大丈夫だろう」程度のつもりで三脚に上って作業している時に、バランスを崩して三脚が倒れた、と言う事故です。木に上っていたのなら、たぶん、そもそもが不安定な状態なので、両足と片手のどちらかではバランスを取って、結構筋力を使いながら作業をしていたと思うので、落ちたりするほど、まだ年は取っていなかったと思う。三脚で、普通に「乗っているだけ」と言う感じだったのと、あまり「足場」に神経を使っていなかったのと、だいぶ汗をかいて、去年「汗疹」で散々懲りたこともあって、レスタミンを3錠飲んでいた、というのが、おそらくは決定的だったように思う。
レスタミンの「注意書き」には「服用後は、乗物または機械の操作をしないでください」と書いてあった。実際、頭がぼーっとしていたということはあると思う。

三脚が倒れて、落ちる際のほんの1秒程度か、何が起きているのか、全くわからなかった。(これが自動車だったら、急ブレーキなどは間に合わないと思った。)落ちる直前、運良く、お隣のSさんが犬の散歩で、我が家の前を通りかかっていた。たぶん、落ちて十秒もしないうちに、Sさんが「大丈夫ですか?」と駆け寄って来て、声をかけてくれた。顔から落ちて頭を打っていて、何が起きたのか、Sさんに声をかけられて、「あ、落ちたんだ」と気づいた。意識は飛んでいなかったとは思うけれど、(ずっと、意識は清明でしたが)状況把握は出来ていなかった。ところが、起き上がろうとしたら、足の感覚がない。足を動かそうとしても足がどこにあるのかわからない。どうやら、右足が南天の枝と三脚の隙間に挟まって、捻れていたようで、ある意味上の方で足が引っ掛かって、体重全ての直撃落下が避けられたみたい。Sさんが、ちょっと待って下さい、と右足を抜いてくれた。足の感覚が全くなかったので、「すみませんが、救急車を呼んでもらえますか」とSさんにお願いした。顔から血が出ていたので、Sさんは、ご自宅にタオルを取りに行ってくれて、そのまま救急に連絡を入れてくれた。僕は、足を抜こうと、立ち上がろうと試みていたけれども、どうにも足がよくわからない。(足を抜いてもらったのがどのタイミングか、覚えていない)足を抜いてもらった後、僕が庭で喫煙する際によく使っている「椅子」を近くに持って来てくれて、「座って待っててください」と言ってくれたのだけれども、立てない。
ただ、30秒から1分くらい、もがいていたような気がするけれども、そうこうしているうちに、ぼんやりと足の感覚が戻って、かなり危なっかしい感じではあるけれども、何とか立ち上がれた。最初「あ、やっちまった」と思ったのだけれど、「立てた」「歩けた」で、とにかくホッとした。ホッとしたけれども、救急には連絡をしてもらっていて、前述のような大騒動になった次第。
携帯電話は持っていた。ただ財布を持っていなかったので、救急が来る間に母屋に財布を取りに入った。伝い歩きではあるけれども、歩けた。

Sさんに寄せて来てもらったイスに座って、そのまま待った。
改めて思うけれども、顔面強打、後で見たら左足に打撲痕、結果から言えば、今左手にかなりの「痺れ」が残っていて、左肘から左の小指に向けて、時々痛みが走る。ただ、こうしてキーボードを叩いていても、支障はない程度に仕事はできる感じではある。ただ、その直後は、まだ全身が変な感じで、イスに座った後はとにかく待とうという感じで、ボーッとしていた。

その後は、救急搬送での救急車の中での救急の方の会話から「え?ドクターヘリ?」と思った。小川日赤あたりかと思っていたのだけれども、一度は僕も想定した「最悪の事態」を、救急の方にも想定していただいたんだろう。落ちて1時間も経たない間に、川越の埼玉医大の救急に着いていた。ドクターヘリでそばにいた方に、「もう今、川越ですか?あっという間ですね」と話しかけたら、「空は渋滞がありませんから」とのご返事。埼玉県の救急体制に、がっつりとお世話になりました。川越の埼玉医大でMRI検査までしていただいて、結局入院せずに、午後9時過ぎかな、自分で歩いて病院を出ました。嫁には連絡が取れず(土曜日は、携帯を忘れたらしい)、弟が迎えに来てくれた。

元々が「脊柱管狭窄症」というか、いわゆる「頚椎ヘルニア」持ち。埼玉医大の救急のDrが、頚椎の狭窄状況を診てくださったけれども、「事故」の影響以前に元々あった狭窄から、今回の事故で何か影響があって「左手の痺れ」の症状になっていると判断するのが妥当か、というご判断をいただいた。「歩けた」時点で「最悪の事態」が回避できたことはわかったのだけれども、とにかく落ちた直後、足の感覚が全くなかったので、ずっと不安はあった。「後になって何か出て来るかもしれない」ということもあり得ると思うので、今後1ヶ月くらいは念のため、首に固定具をつけておこうとも思っている。(見てくれの良し悪しの問題じゃない。それに、顔面に結構傷跡が残っているから、首に何かがあってもなくても、人相の悪さに大差なし。)埼玉医大のDrが、小川日赤への「紹介状」を書いてくれて、しかも、MRIのデータのDVDも持たせて下さった。深謝いたします。これを機に、(割と、どーでも良いや程度の投げやりな態度で付き合ってきた)首の脊柱管狭窄症とも、きちんと向き合った方がいいかな、と思い直しています。いや、本気で「足が動かなくなったらどうしよう」と考えるきっかけには、なった。

今回は、Sさん始め、小川救急の皆さま、埼玉医大の皆さまに、大変お世話になりました。
「30秒から数分で足の感覚が戻った」という経緯、もしかしたらだけれども、これも見えないどなたかにお世話になってしまったかも知れない、という気はする。それ以前に、落ちた際に直撃落下にならないような、右足が上に絡まった状態で頭部へのGがかなり緩和されていたのも、どなたかのお陰かも。親父がとても大切にしていた南天の木や梅の木だからなぁ・・・1m50cm程度の高さ、だけども、直撃していたら10G位は楽に頭にかかるから、間違いなく脳震盪を起こしていた。落ちたその時、ちょうど犬の散歩でSさんが我が家の前を通りかかっていた。なんという偶然。さらに言えば、松の枝とか、無造作に作業していると結構体に刺さっても不思議ではない枝が出ていた空間なのに、目に枝が刺さる訳でもなく、不幸中の幸いだらけで、この事故そのものに「どなたかのお陰」があったような気がする。ただ感謝。

余談ながら、会社のWEBページに私が出している私の家の住所を、Googleで入力すると、ストリートビューで表示されるのは私の家ではなく、お隣のSさんのお宅になります。えぇと、テロリストの方、私を襲うつもりでgoogleのストリートビューの表示を安易に信じると、そこは私の家ではなくてSさんのお宅なので、気をつけましょう。

お袋が家の中で動けなくなっていたのに気づいてくれたのは、2軒隣のIさんのおばあちゃんで、Iさんのおばあちゃんが「おかしい」ということでSさんのお宅のおばあちゃんと相談し、Sさんに救急を手配してもらったお陰で、お袋は救急搬送され「孤独死」は免れた。結局末期ガンがわかって、亡くなる2ヶ月前のことだったけれども、親子二代にわたって、Sさんに救急通報していただいてしまって、本当に大きな借りが出来た気がする。感謝に絶えません。

直接の原因になった気がするのは、「レスタミン」3錠か。頭がボーッとしていて、通常の反射神経とか判断能力とかが(三脚の足の固定を確認する部分も含めて)欠けていたのが最大の反省点。左手に痺れが残った程度で済んだのは、本当に幸運だった。車の運転だったら、他人を巻き込んでいたかも知れない。

ただ、それ以前に、そもそもが「もう、思い残すことがない」なんてことを書いたりもしていた。実際に、アグレッシブな、というかポジティブな「自分はこれをするんだ」という原動力みたいなものが、消滅しつつある「自分」というのが、最大の原因かなぁ・・・
こうして、一応は日常生活ができる程度の状況は保てている。30年来、左耳は全く聞こえない。左肘から小指にかけて、今かなりの「痺れ」が残っているけれども、こうしてWEBページを更新したり、プログラムを書くのには支障がない。今使える自分の肉体の「命」を、もっと大切にして、何が出来るか、もう一度丁寧に考え直すには、いい機会かな、という気もする。

心の勉強会。こういう状況で、かつて師匠からいただいたアドバイスは、「何をするか」ではなくて「自分はどうあるべきか」を常に考え続けなさい、だったかな。自分の言動の結果が、どれほど優れたものであったとしても、そこに至る自分の「心のあり様」次第では、上から見ていて、決して評価するに値しない場合だってある、と理解している。
「誰かのために生きる」なんて、おこがましい。何よりもまず、自分の心を汚さない様に。まず「自分を大切に」生きろ、と、理解する。その結果が、直接あるいは間接的に、自分の周囲の方にも、少なくてもマイナスな存在ではない様に、自分の在り方を考えたい。

いずれにせよ、しばらくは「言葉を発する」ことはやめて、丁寧に過去を振り返って、今現在や、これからの「自分の在り方」みたいなものをしっかりと考えていきます。

と、同時に、遅れまくっている仕事、自分にとってどんな意味があるのか、周囲との関わり方も含めて真摯に見つめ直して、きちんとした仕事の結果を出せる様に、自己管理に気をつけます。

ご心配いただいた皆さま、あるいは、助けていただいた多くの皆さま、本当に、ありがとうございました。