風習を変えねば

「不都合な真実」の続編を見ながら、次から次へと、突っ込みが・・・

死体を火葬しない文化が、どれだけあるだろうか。少なくともパプアニューギニアでは火葬しない土葬だった。アメリカのことはよく知らないし、ヨーロッパのことも知らない。(いや、過去世の記憶がもし正しければ、どちらもしてない。自信はないけど。)

疫学的には、たぶん、日本で火葬を法制化したのは、かなり正解だったと思う。感染症への不要な心配を減らす。ただ、現状の延長線だと、土葬された死体が過去になかった感染症の源になる危険性は、少なくないような気がする。そんな気がした。

いや、別に気にしてくれなくていいです。死体が多くの人々に免疫のない新たな感染症の根源となっていることが、実際に学術的に確認されてからでも、いいと思う。それでも遅くはない、とは、言う気は全くないが、学者は学者として生活を守る権利があると思うから。トランプの国民の人口の半数よりも、学者の生活が優先すると、私は思う。

相手はトランプだけじゃない。どこの国でも文化的慣習を変えるのは、極めて困難だと思う。(日本は、やったけどね。)


いや、最近ちょっと、考え方を変えたかもしれない。地球は全体としてもっと人口を減らすべきだ。目立つところでは、中国やインド。目障りなところでは、アメリカ。地球の「意志」は、我々の知識を凌駕している。その意志の元、導かれてトランプは大統領になったのかもしれない。