自主規制

さすがに、一つ前は削除。自主規制。

いや、ネットの世界だから、一度書いたら実質的には「削除不能」だけれども。それを承知で書いて、そして消して・・・確信犯。

トランプの真似をしてみたけれども、あまりにも下品だから、やめた。本家のトランプは、自分で読み返して恥ずかしくならないんだろうか。という感覚がないから、ああやってトランプ流の発言を繰り返せるんだろうなぁ。あれがアメリカ合衆国の大統領。

それにしても、と思う。遺骨情報収集を手伝い、遺骨収集を手伝い、遺族会の慰霊の旅に同行して、あれ以来、時々人格が変わってるかもしれない。トランプがらみのニュースを見聞きするたびに、スイッチが入りやすくなる。気をつけねば。


フィリピンのニュースを聞いてから、遺骨収集当時の記憶がなんだかすごい勢いで意識の表の方に湧き上がってきていて、自分でもメンタルの収集がつかない。そうして思い出してみると、記憶違いが随分あったかもしれない。

田所会長に、なんだか「そこ、違ってるよ」と言われている気もして、僕が職場からの人脈で探したのではなく、田所会長のところに手紙で届いた、その手紙の送り主の村に行く算段を立てていた際に、職場の人たちに、第一次産業局の誰それは、どこそこの村の出身だとか、そうした話を聞いて、という流れだった、と思い出してきた。20年前の記憶だ。結構自分に都合よく化けているかもしれない。

なんせ、システムエンジニア隊員だったのに、任期中、コンピュータが壊れていた期間が1年以上あって、開店休業状態だった。職場には金がない、JICAを通じて手配するにしても、手続きには時間がかかる。結局、タウンのあちこちから「コンピュータが壊れたけど、見てくれ」的なお呼出がかかったりで、かろうじてSE隊員ぽい仕事はしていたけれども、他にすることがない感じだった。田所さんから「遺骨」の話が流れてきて、やっと「すること」が出来たような隊員生活だったことも、なんだか思い出して来た。

当時は、随分と感情移入していた。「あの辺で、銃撃されて倒れたから、この辺に埋めた」という話を聞くと、リアルにその状況を想像してしまい、居ても立っても居られない感じで、突き動かされるようにのめり込んでいた。

田所さんも懐かしい。噂では、渥美清さんのいとこらしいけれども(結構似ている)、ついにご本人に確認する前に、お亡くなりになった。ご冥福をお祈りしつつ、昨日今日と、ものすごい勢いで、当時のことを思い出している。田所さんがもし、あのフィリピンのニュースを聞いたら、何をおっしゃるだろうかと、考え込んでしまった。田所さんは、戦争当時の記録をかき集めて、部隊の移動と遺骨情報を照合してから僕に現状確認してくれと言って来ていた。なんだかね、田所さんの手柄を僕が横取りするような書き方をしてしまった気がした。記憶っていうのは、本当に化けるなぁ。