宿題代行

憂鬱になるようなニュース
「夏休みの宿題代行」が、頼む側も、引き受ける側も、エスカレートしているようで・・・何を考えているんだろうか?
小中学校の場合には、教師が「宿題」を出すのは、「休み中も勉強をするように」ということだと思うが、僕らが大学や専門学校で「課題」を出した時には、「これを自力で解決できるようになれ」という目的を持って出している。(小中学校でも、無論その意味はあると思う。)要するに、自力でやらなきゃ意味がない。
出口に「国家試験」がある場合には、自力で課題を解けなかったら、国家試験の問題を解けない、つまり合格できないということになる。学校の「合格率」なんていう数字もあるけれども、最終的な「受益者」というか、やらないことで損をするのは「本人」で、なぜそれがわからないんだろうか、と考えると、結構憂鬱になる。

いや、理屈ではわかっているんだろうか。「自分で宿題をやらない、誰かのコピーするっていうのは、言ってみれば、お腹が空いたから僕の代わりにご飯を食べて来て、とか、オシッコ我慢できないから、私の代わりにトイレに行ってきてっていうのと全く同じで、意味がないよ」という説明をすれば、一応はわかったつもりになるらしいけれども、本当に理解しているのか疑問だ。
国家試験が出口にある学科やコースの場合には、自力でやらなきゃ、自分が苦しむだけだよと、それをしつこくいうだけで、丸写しのレポートを見ても、そのレポートを0点にするだけで特にペナルティは課していなかった。けれども、プログラミングなどで、学校にいる間にその(宿題丸写しという)「原因」と(実力がつかなくて国家試験に落ちるという)「結果」の、因果関係を実感させることができない学科、コースの採点は、最近、思い切り厳しい方向にシフトするようになってきた。どうしても気になってしまう。「丸写し」がはっきりとわかったレポートは、全て「不正行為に関する正規の手続き」の方に回すように、最近、なった。

目先、「提出する」ことで、「形式だけ整えれば、それで済む」という発想は、僕は、出来ることなら根絶したい。というよりも、本人や、組織にとっても「いい結果」にならないことを、学生のうちから理解させたい。

延長上に何があるか、と言えば、東芝だとか、川崎重工のニュース。技術的に問題があった時に、書類の数字だけ書き換えればそれで済む、なんていう発想がどこから来るんだろうか?それを経営陣が知っててやってる?そこが信じられなかったけれども、あ、全員同じだと思った。子供の宿題を代行業者に頼む親。そうして、「目先」のつじつま合わせができない立場になったらどうするんだろうか?書類を偽装する?それ以外の発想が出てこないんじゃないか?そういう親が、そういう子供を量産する。

僕には実際の子供がいない。ただ、もし自分の子供が宿題をやらなかったなら、もし僕に時間の余裕があるなら、提出日のギリギリまで、ついて教えて、自分で考えながら答えを出すまでそばでヒントだけは出すかも知れない。(自分の子供がいないから、そんなことを書けるんだ、と言われたら、反論できないけど。でも、学校でも家庭教師でも、時間と体力に余裕がある時は、そうして来た。)それで最終的にできなかったなら、「先生、終わりませんでした。夏休みの前半、遊んじゃったので、自分が悪いんです。恥ずかしいです」と、堂々と教師の前で言え、と、その「結果」を「恥ずかしさ」という自分の心で受け止めるような場を作らせて、その結果と、原因を本人に考えさせたい。大事なのは、そっちじゃないのか?

宿題代行に頼んで、形だけ整えたって、それこそ、東芝だの、川崎重工だのの「書類ごまかし」の原体験を作るだけじゃないか、という気がする。そういうガキは、親がいなくなってから、退職金を全額、会社に与えた損害の賠償に当てるような生き方をすることになるんじゃないか?いや、そうなるべきなんだ。どこかで痛い目に合わなきゃ、社会が迷惑する。新幹線、人が乗ってる運行中に脱線しなくて、本当によかったと思う。

宿題代行を頼むような親。人間ドックを受診する際に「私、人間ドックの結果が、多分とても悪いから、健康そのもののあなたが私の代わりに人間ドックを受診してくれないかしら」なんて頼み方をするのかね?それで、自分の名前で出てきた「人間ドックの結果」が健康そのものなのを見て、大喜びするんだろうか?同じことだとは思いませんか?いや、この比喩が理解出来ないような方が、たぶん宿題代行を頼む。その理解力のなさも、日本の将来が憂鬱な理由の一つだ。
会社で、仕事を1000万円で受注しました。ところが、納期ギリギリまで遊んじゃって、納期に間に合いそうもない。仕方ないので、短納期で仕上げてくれる会社に2000万円で発注しました。そんな会社あるか?(いや、あるかも・・・)金で解決できる、と思ったら大間違いじゃないのか?表面を取り繕った「辻褄合わせ」で世の中なんてなんとかなるという「成功体験」(?)を植え付けるだけで、その挙句が、あの東芝、川崎重工、それ以外の数多の大企業の不祥事などなど、だと、僕は思う。(いや、そんな気がして来たから、最悪「単位没収」になるのを承知で、不正レポートは全部見つけ出して、学生のうちに「そういう行為はやめろ」とわからせたい。)

9月1日に、子供自殺が一番多いらしい。死んだって、何も解決しないよ。
親にどう怒られようが、学校でどんな恥ずかしい思いをしようが、もし宿題をやっていないことが憂鬱の原因なら、開き直って「間に合いませんでした。」と、堂々と教師に伝えて、同級生の前で「恥ずかしい」思いをしなさいと、僕は思う。それは貴重な経験で、そういう思いをしておけば、納期に間に合わずにクライアントさんの前で頭を下げる時にも、多少は苦痛が軽減する、じゃなかった、「次からは、きちんと間に合うように、工夫しよう」と(いつかは)自分で考えるようになる、はずだし、親も、教師も、子供が「自分で考えて、自分で間に合うように行動を自制する」ようになるまで、忍耐強く、ただ「そうか、わかった。次からは、間に合うようにやりなさい」と、ただ待つことが出来ないものか、なんてことは思う。
思いっきり、恥ずかしい思いをして来なさい、と言いたい。大事なことで、次からはその「恥ずかしさ」を経験しないように、自分自身に刻み込め、と言いたい。宿題代行なんて、最悪中の最悪だという気がする。

そういう経験を一切しないまま、社会人になり、辻褄合わせは部下に押し付け、時には書類を書き換えて、それでなんとかなる、なんてことを、子供の頃から親に仕込まれた日本人が増えたら、この国は、もっと悪くなる。日本製は不安だから買えない、そういう時代がきっと来る、そんな気がする。