僕が、自称右翼の方に中傷雑誌をばら撒かれた話

標題が長いな。でも仕方ない。他山の石にして下さい、ってことで・・・

自称右翼の方、安原さんと言います。故人。責める気はない。僕のどこが悪かったかは、事の発端を僕が作った時点で理解していたし、どっちかと言えば好きなタイプかも知れなかった。安原さんの気持ちはわかるけれども、僕はその状況下で最善の策をとったつもりで、現地事情を理解していない安原さんには、僕がなぜそれが「最善の策だ」と判断したかを理解してもらえないことも承知で、あえて、やった。その結果もかなり覚悟していて、その上で、日本国内で、僕の悪口を散々書き連ねた雑誌をばら撒かれた、という話です。

埼玉県の加須市に、西村さんという方がいらっしゃる。パプアニューギニアのポポンデッタに拠点をお持ちで、戦友会の方。音信が途絶えていて、もうお亡くなりかと思っていたら、今年に入って、「西村さん、まだお元気でしょ?」という噂を聞いた。戦友会っていうことは、太平洋戦争に行かれて、パプアニューギニアから生還して、まだ存命。いや、確認していないけれども、もしそうなら、100才近くて、まだ海外で自活されてる?西村さんと、僕と、安原さんしか知らない状況があった。西村さんにはご理解いただいていたけれども、安原さんにはたぶん、通じていないと当時から思っていた。でも、自分を理解してくれる人が、たった一人でもいてくれたと思うと、それだけは、間違いなく心の支えになる。胸を張っていられる。

安原さんも、戦争遺族だと伺っている。お父さんを戦争で亡くされたとか。その後、日の丸を掲げて、大音響で街中で軍歌を流す、そちら系の活動をされるようになったらしい。ニューギニア方面遺族会の田所会長にあれこれ頼まれるようになって、遺骨収集に巻き込まれた。ポポンデッタ方面で見つかった遺骨の回収の事前確認で、西村さんとコンタクトを持った。西村さんの部隊は大半がポポンデッタで戦死されていて、戦友の遺骨を一柱でも多く収集したいという思いで、一旦は日本で事業を軌道に乗せられてからも、定年するくらいからニューギニアに足を運ぶようになり、ニューギニアに拠点を持たれるようになった、と聞いている。この話は、7割方、正確なつもり。
安原さんは、安原さんの支持者の方から集めたお金を投じて、西村さんの活動を支援し、その(日本兵の遺骨を収集したという)「成果」を、ご自身が主催されている活動で、雑誌などに編纂して、そこから先は知らないけれども、そちら系の活動をされるつもりだったのだろうと、私は理解している。
社屋の玄関先で大音響で軍歌を鳴らされ、スピーカーであることないこと言われると、ついついお金を支払っちゃう大企業の方は、多いらしいから・・・そっち系でも商売になったんだろう。

西村さんは、日本からユンボを持ち込んで、ポポンデッタ周辺の「道路整備」の事業を展開するつもりだった。そのポポンデッタ周辺の、海岸から内陸に向かう道路沿いでは、少なくない日本兵が餓死している。「道路に沿って地面を掘れば、絶対に日本兵の遺骨は出てくる」と西村さんはおっしゃっていた。問題は、その道路を掘るための州政府の許可を得て、合法的に「道路工事」を展開する手順だった。現地の人を雇用すれば、州政府の許可も得やすくなる。そうして、現地の人を雇用し、「日本兵の遺骨が見つかったら、届けて欲しい」と、そちらの方が西村さんの主眼だったのは確認するまでもない。ただ、現地の人を雇用するとなれば、お金の支払いが発生する。安原さんは、そこをご自身が負担する、自分にもこの話に噛ませて欲しい、と申し出て、話がまとまる寸前だった。
西村さんのご助言で、僕は、州政府と、周辺の村村の部族長を説得するための「契約書」の英文原稿を作成し、持ち込んだパソコンと電池で動作するプリンタとで、現地で印刷し、何度となく推敲していた。「これでいきましょう」という最終段階で、西村さんが、ボソッとおっしゃった。「これは、もしかしたら、現地の人にお金だけ巻き上げられる結果になりませんかね。」

お金を払って仕事をしてもらう、って言ったって、途上国の場合「勤勉さ」は日本とは異なるし、責任感も違う。適当にその場に絡んで、お金だけ請求してくることはよくある話、だと自分は理解している。これは、国によって、部族によって、状況は異なると思うけれども、ポポンデッタではその可能性が高いと、現地に住んでいる西村さんはおっしゃった。僕もそれは、同感した。加えて、遺骨を届けてくれた場合の謝礼にしても、掘った場所を現認できないと、現地人の遺骨を持ち込まれても、受け取りを拒んだり、謝礼を拒むこともできなくなる。無事に、思惑通り日本兵の遺骨を大量に収集する、よりも、現地人に金づるとして、毟り取られる方が多いんじゃないかと、現地での居住経験のある西村さんと、僕とは、合意した。

ここから先が、僕の悪い癖、というか、配慮もなく、癖が出てしまった部分。
仕事をしていて、ミスタイプだとか、そういう印刷資料は、修正版を作成したあとは、即時、破り捨てるのが僕の癖だった。実際、サラリーマンだった時に、ミスが残っている印刷物を、「裏紙」にしようと取っておいて、机の上にあったそちらのミスタイプの方を客先に出してしまったことがあった。営業さんに、平謝り。一度その経験をしてから、裏紙にできるもったいない紙でも、ミスタイプのものは、すぐに破り捨てる、という習慣を持ってしまっていた。

西村さんと話をしながら、「この文面は、明らかにやめた方がいいですね。」という結論に落ちつき、この、州政府だとか、現地の部族長だとかと、交渉する素材となるはずだった「英文契約書」(文責は全て僕にある)は、ボツにすることにした。スポンサーとして、お金を出すけれども、成果は日本に持ち帰るぞ、という安原さんの目の前で、僕は、一旦は印刷して、あとはサインし、相手のサインを求めるだけ、という契約書の印刷物を、破り捨てた。
その、破った瞬間の、安原さんの視線を僕は忘れない。その時はまだ、恨めしそうな目つきをしていただけだったけれども、その後、慰霊のツアーに同行しつつも、なんら「遺骨情報」も、「日本兵の遺骨の帰還」も、実績を残すことなく帰国した後の安原さんは、僕を恨むことに全精力を費やしたみたいだった。

僕自身には送られてこなかったけれども、ニューギニアがらみで僕と知り合った方々、一体どうやって調べたんだろうというくらい、あちこちに、僕の悪口を山ほど書いた雑誌を郵送して、送りつけたらしい。

ご苦労様です、と思う。だって、公安調査庁だか、マスコミだか知らないけれども、明らかな盗聴と盗撮で、僕の私生活を根こそぎ周囲にリークされて、なんだかもう、メンタル崩壊寸前みたいな状況で協力隊に参加した、その挙句の出来事だから、こんなもん、一度経験したら、屁みたいなもんで、当の本人にはそれこそ、蛙の面に小便くらいにしかなってない。そんな雑誌のバラマキのために、一体いくらお金を使ったのか、もったいないというか、ご苦労様というか・・・

若い皆さん、色々と、イジメを経験しなさい。一度経験して、乗り切ったら、信じられないくらい、強くなれるから。何か言われてもされても、「え?だから何?」だもの。誰もが乗り切ったら、そうなれるって。

安原さん、気持ちはわかる。だけど、それはあなたの理解不足。そしてほら、今現にこうやって、たぶん、あなたのお仲間が、フィリピンで騙されている。ちょっとくらいは感謝して欲しいな、ってな直談判は、僕が肉体を抜けてから、先立ってる安原さんと何とか接点を持って(たぶん、間にメッセンジャーが入ることになるんだろうけれども)安原さんに納得してもらえるように、話はつけようと思っている。

誤解を招く行動があったとしたら、安原さんの目の前で、契約書類の「ほぼ完成原稿」を、破り捨てる行為、だったと思う。「自分が心血を注いだこの契約書を、この小林が、破り捨てやがった、」と思っていたんでしょうね。だけど、言わせてもらえば、この英文を必死で考え抜いたのは僕で、西村さんと同じく現地事情を知っていたのは僕で、だから言いたかった。安原さん、生活してみて下さい、と。で、実際にその後、安原さんは西村さんのところでしばらく住んでいたらしい、と聞いている。そして、元々あった持病を悪化させて、その後何年もせずに、お亡くなりになった、と聞いている。

安原さんの遺志を継いだ方が、僕への悪口三昧のWEBページを作った。僕はそれを、僕自身への戒めとして、あってもいいと思っていたけれども、嫁がそれを見つけて、中傷だと騒ぎ立てて、WEBの掲載事業者に噛み付いて、掲載を削除させた。別にあっても僕は気にしなかったのに。理由がわかっていたし、安原さんが懐かしくもあったから。

当時僕は、大学の教材を(駄作中の駄作も含めて)ネットに全部掲載していたから、僕の名前で検索すると、いつもトップに僕のページがリンクで出ていた。その後、何番目かに、Googleにも安原さんのサイトが拾い上げられていた。わかってますって。小林は悪いやつだ、とんでもないペテン師だと。だって、自覚があるもの。僕がしてきた悪いこと、あれと、これと、相手(被害者)を巻き込むと申し訳ないから書かないけれども、結構ある。別に悪口三昧のページだって、当然のことでしょ、とも思う。削除させなくても、よかったのに。だって、表向きだけ削除したって、上には全部筒抜けで、何百億っていう霊体さんたちには全部(その経過の意識が)見えていたはずだから、ジタバタしたって、どうしようもない。(いや、見る見ないは本人次第だから、何百億ってことはないとも思うが。)

安原さんには、あとでじっくり、伝えたい。あなたの同業者が、フィリピンでやらかした。細かいところまで相手を知らなければ、安易に思い通りの結論なんて得られない、その点だけは、どうかわかって欲しいと、僕は思っている。考えている、じゃなくて、そう思っている。

若い皆さん、イジメってのは絶好の経験だと思って欲しい。見てよ、僕なんか。あの頃、それこそマ×ターベー×ョンまで全部、会社内の周囲に筒抜けだったかも知れないと思えて、苦痛そのもんだった。当時、メニエル氏病で左耳が聞こえなくなり、今でも左耳は聞こえない。メンタルが一度は崩壊して、今でも戻っているんだかいないんだか。それこそ、魔女裁判で十字架に括り付けられ、石をぶつけられた方が余程楽だったという気もする。心の痛みの方がキツイと知った経験だったかも知れない。

イジメの経験も、耐えなさい。必死で記憶を探せばきっと、その「キッカケ」とか「原因」とかは、たぶん見つけられる。間違いなくあると思う。それを自分で見つけて、イジメる相手を責めずに、耐えぬき、「キッカケ」とか「原因」を挽回する機会があるならば、自力で挽回に挑戦してみなさい、と言いたい。
ただ単にイジメられているだけの経験だって、それはそれで、得がたいものだと思う。耐え抜いて、ワンランクアップして、強くなったら、僕みたいになって、「あんたんとこに、街宣車回したる」みたいな脅しを受けたって、「ご自由にどうぞ」ってなくらいに、神経が太くなれる。(嘘だと思うなら、私をご自由にお試しください。お代は無料。)逆の言い方をすれば、イジメられなかったら、いつまで経ったって、ほんのちょっと「テメェ」みたいに息まれただけで、ビビっちゃう情けない大人になるだけかも知れない。(そういう大人も、見ていて、可愛らしいけれども。いい子、いい子(ナデナデ)。大企業の社長さんも、ナデナデ。)

安原さんから「あんたんとこに、街宣車回すぞ」という電話をもらった後、ご近所迷惑かなと思って、田所さんに電話した。ニューギニア方面遺族会の田所会長も、元ヤクザだから(戦争遺児で、自分の才覚だけで、戦後を生き抜いた方だけれど)、情報を提供してくれた。他のグループに「街宣車を動員する」ことを依頼するには、一千万近く金が動くらしい。それだけの金を動かすのは、大企業をビビらせて、キンタマのない総務課あたりから、一千万以上を回収する目処が立ってなかったら、そんな博打は打たない、と聞いた。ついでに言えば、そもそも、大した金を持ってないあんたんとこに、街宣車を回したって、一円にもならないから、誰も動かない。安心しろ、と。大きなお世話だ。

その時に、田所さんは、警察庁に問い合わせてくれたらしい。安原さんのところが、「右翼団体」に登録されているかどうか。登録はないから、安原さんは「自称右翼」だよ、と教えてもらった。なんだか、右翼も暴力団も、境界線が曖昧なのが今日この頃。

死にたいと思うほど、心を痛めるのは、人間として健全な証だと僕は思う。僕だって、自殺未遂経験者だから。

耐え抜いて、生き抜きなさい。ツッパれ。きっと君も、桁外れに強くなれる。そうやって、悩む君は、抱きしめてあげたいほど愛おしい。特に、女の子なら。(あ、すみません、ごめんなさい、ベキバキ!)そう、大丈夫、上には全部見ている人たちがいるからね。肉体を持っている誰かが一人もいなくたって、真実を知っている人は、上にいます。その人たちに、胸を張れないなら、自分で見つけて、改めればいいだけの話、だと、僕は思う。そして、自分に一切の非がないと思ったら、突っ張り通して、遊んじゃえ!