脚色

間違えそうな予感がしていると思っていた。そうじゃなくて、どうやら既に間違っていたみたいで・・・
厳密に言えば、「厳密に正確な内容を書く」ことよりも、「伝わりやすさ」を優先した。そのために、「これを書くと、読んだ人が、『何言ってんだ、こいつ』と思いそうだ」と思った内容を、あえて、言い換えて書いていた。微妙にそれをやっていたつもりだった。ただ、改めて思い返してみると(読み返してはいなくて、記憶の断片を辿ってみて)もはや「微妙」の域を超えていた、ような気がするので、一気に、脚色した部分を訂正したい。

大河ドラマなんかでは、脚色はよくやっていると思う。ただ、あれは、エンターテインメントだから許される。相当に脚色があっても「これはフィクションです」の一言は出てこない。つい、そのノリでやっていたけれども、師匠の言葉については、それはたぶん許されないと思い返した。

まず、「南無」の意味について書いたくだり。微妙に、「嘘」にならない程度に書いたつもりだけれども、「南無」が、「私は〜に従います」の意味を持つ古代サンスクリット語だというのは、師匠の講演会で聞いた内容で、そんな予備知識は私には一切ない。(勉強会の他の会員の方が、さりげなく、チクっと伝えてくれたけれども、私は意図して微妙に100%師匠の講演会の内容だということを伏せて書いた。)事実として、私はOxfordのDictionary of World Religionを持っています。1998年ごろ買った。「なんでこんな本を、俺は買うんだろう」と思いながら、結構な金額の本を買って手元に持っている。何の為に?20年後の今は、使い道がわかったけれども、誰にそそのかされて「書いたい衝動に駆られた」のかは、自分でもわからない。ただ、古代語に関する知識は、全て師匠の講演会からきています。白状しておきます。結果的に、師匠が講演会で話されている「過去の宗教」に関する「知識」は、Oxfordの研究成果と矛盾しないで、かつ、それ以上に詳しいと私は思う。けれども、勝手に脚色したことは認めます。オリジナルは、師匠の講演会です。

次、6次元。僕自身は、「6次元はプロフェッショナル」だと書いた。ただ、師匠が講演会で伝えた内容は「6次元は、医者とか弁護士、あるいは大学教授だとかの専門職」という表現だった。これは、師匠の著書にも書かれている。私が講演会で聞いて理解している内容は、「6次元の人たちは、ただひたすら、自分自身の『高度な専門性』を追求することを目的として肉体を持っていて、いわゆる専門職に就く」だろうか。「プロフェッショナル」という言い方をすると、例えば、ビル清掃でも、食品製造でも「やり方」次第ではプロフェッショナルには違いがある、と私は理解している。微妙に、そうした方々が含まれてもいいように、表現を変えてしまった、けれども、やはり「専門職」と「プロフェッショナル」では指し示す範囲が大きく異なる。ということは、私は、師匠の言葉を誤って伝えたことになる。これは、もはや「脚色」ではなく、「明らかな間違い」になると思う。
こういう意図的な「脚色」とか、無意識のミスが蓄積されて、「経典」の解釈だとか、あるいは、イエスや釈迦の直近にいた方々の言葉など、伝言ゲームで、ほとんど原型を止めなくなった。その「原型をとどめなさ具合」も、講演会では何度か聞いている。間違いなくこれは、僕の「やっちまった」だと思う。

その次。これはたぶん、僕の指導霊さんが僕に意識を送ってくれたのかも知れない。間違ってるよ、と言われた部分。「今は、指導霊とか、守護霊とかが、間違った思いを持っても、止めるように、あえて静止しない」と、書いてしまった部分。言い訳を順にすれば、正しくは、「今現在は、指導霊とか守護霊とか、上での仲間がそばについている人は、2割程度まで減っていて、7〜8割はもう、守護霊も指導霊も、ついていない」というのが、師匠の講演会で、何度となく伝えられている内容。それを僕は、「ついていても、誤った行為を指摘しない」と読める書き方をした。
これは、意図的に「脚色」しました。

なぜか。
なぜ、かつては、ほとんどの人に指導霊や守護霊がついていたのに、今は7〜8割も指導霊や守護霊が「離れる」ことになったのか、というその「経緯」を書かなければならなくて、その「経緯」を書けば、「何言ってんだコイツ」と思われるかも知れない、それが怖かったから、脚色した。冒頭にも書いた「伝わること」を最優先したかった。

地球系霊団では、同じ意識レベルに属する8体の「霊体」(=ヒト)がグループを作っていて、ローテーションで順番に肉体を持っていた。

中には平気で僕みたいに掟破りして、肉体の意識を残したまま次の肉体に割り込んだ霊体さんもいるみたいだけれども。過去世の記憶を持って生まれた子供。それはそれとして、意味あるものとして拾い上げたい。「意識体の世界が実在していることの証明」として。それは別にして・・・

もし、グループの誰かが肉体を抜けた後地獄に落ちて、いつまで経っても上がって(戻って)これなかったなら、他のグループのメンバーが困る。ただ待つだけで、肉体を持てない。だから、自分の仲間が、できることなら地獄の深いところには落ちないように、そばに付いていた。ただ、ここに来て、そのルールが変わった。誰かが地獄に長居して、いつまで経っても上に戻ってこなかったとしても、どんどんと、次が降りても構わない、ということになった。そうならば、肉体を持っている「仲間」のそばに付いていて、「それはやめなさい」とか「じきに、こういうことが起きるよ」と、肉体を持っている人にそうした意識を送る必要はなくて、仲間であっても「落ちるなら落ちろ」と、ある意味で見捨てて、次に「自分自身が肉体を持つことの準備」に専念したらいい、ということになった。
通常なら、肉体を持つサイクルは、数百年になる。数百年も経ったなら、物質世界の状況は相当に変わっている。「今、『地上』はどうなっているんだろう」ということを知るために、言わば「下見」を兼ねて仲間に「指導霊」として付いていた、ということがあったらしい。そして、今でも「下見」はしているにしても、グループのメンバーが、「地獄に長居」するようなことをしでかそうとしても、自分たちはもう待つ必要がなくなったから、指導霊とか、守護霊とかして、ずっとついていて「見守る」必要がなくなった、ということだと、聞いている。これが私自身が理解した「守護霊や、指導霊がついていない人が、今はもう8割」の理由だった。そこを、僕は「イエスの再誕が近いからか」なんて感じで、脚色した。

なぜ「グループのメンバーが地獄から上がってくるまで待たなくても良い」なんてことになったんだろうか。理由は、「責任ある誰かが、決めたから」だと聞いている。そのように「霊界」に改革があった。誰が改革したのか。ここを書きたくなかった。

師匠は、勉強会での内容では、10次元「地球意識」とも、その上の「太陽系の意識」とも、さらにその上ともコンタクトができている。「創造主」ともコンタクトができる。その結果として、物理世界の物理法則も講演会で聞いている。師匠は「創造主」に極めて近い方だと、こんなこと、書いても普通に万人に「そうか、そうか」なんて、絶対に伝わらないだろうとも思った。だから、脚色した。
伝わり方を優先した結果の、私の暴走。「そんな馬鹿げたことがあるはずは、そんな奴がいるはずがないだろう」と、思う人が多いだろうと、勝手に「伝わらないだろうな」と思ったから、脚色した、けれども、私が聞いて、納得して理解している内容は、その「実在界の改革を行った」のは、師匠だ、ということだった。ここを僕は伏せて書いていた。伝わらないと思ったから、脚色した。

要するに、師匠は、イエスや、モーゼ、釈迦、アッラーよりも上、創造主に近い方だ、と言っているのに等しい。だから、書きたくなかったけど、脚色が過ぎると、私自身がヤバイことになる。だから、このページを書いた。読み手のあなたが信じる、信じないは、ご自由にどうぞ。私は、私自身の近未来を守るために、このページを書いた。

理由の説明が違うだけで、守護霊や、指導霊が付いていない人が、今はもう8割。そこは、事実として知っておいた方が、ある意味で「自分の意識と、自分の身を守る」のに役立つのではないかと思って、最初に書いた。その時に、勇み足で脚色をしてしまった。
突然に「プッツン」して、とんでもないことをする人の数は、まだまだ増える。

じゃぁ、指導霊が守護霊が付いている残りの2割は何なのか、ということになる。これも聞いている。残りの2割は「使命を持って肉体を持っている方々」。使命を持って肉体を持っている方々が、「結果」を出せないと、地球の未来が変わってくる。あるいは、そうした「使命を持って肉体を持つ」方々の親、だとか、教師、だとか、周囲の方々も通常は関係してくるから、守護霊がついている可能性は高い、と私は理解している。
この部分、脚色をしてしまった。

「神の思いを、誤って伝えること」は、自殺と同程度に罪が重い。それを「やっちまった」としたなら、気付いた時点で、速攻で「訂正」をかけるしかない。
もし、この訂正が間に合わなかったら・・・私が落ちるところまで、落ちるだけ、でしょうね。
他の「宗教家」の方々への皮肉ではありません。悪いけどそんな人たちがどうなろうが、僕の知ったこっちゃない。上から聞いた内容を聴き伝えているだけの真面目な方々の罪は、それほど重くはないと思うけれども、問題は「自分のオリジナル」を創作しちゃった方々だろうな、と思った。その創作には、伝言ゲームにおける「記憶違いのミス」も含まれる。その怖さを知っておくべき。
僕は、ただ、自分の落ちる深さが、少しでも浅ければいいなと思って、このページを書いた。以上。

確率

ついこの間(先々週かな)専門の3年生相手に説教してしまった。こんな感じ。
僕ら、教員はつい、合格率とかの数字を気にする。合格率90%。おぉ、すごいじゃない。なんて言って、10人のうち9人には「合格」という100%の現実があっても、落ちちゃった一人には「不合格」という100%の現実がある。確率というのは「事前」の予測だけれども、合格率のような数字は「事後」で、どんなに合格率が高くても、落ちちゃったら本人には「落ちた」っていう100%の現実がある。そうならないために、今、なんちゃら、かんちゃら。

強盗殺人で殺される確率。低い。でも、偶然、万が一、その被害者になってしまったら、そこには100%の現実がある。その現実が悲惨であればある程、あらゆる手段を用いて可能性が0となるように回避できるものは回避し、回避できないものは対策すべきなのが、賢明な判断だと思う。その「悲惨さ」がわからないならば、仕方ない。でも知っていて何も手を打たない、回避できるリスクは完全に回避することを試みない、のは、理性の弛緩だと思う。それは、交通事故でもそうだし、飲酒運転なんかは「根絶」とかいうのが、社会のコンセンサスだろうか。

そうは言いつつ、広島に原爆が落とされても、まだ大本営は戦争継続を考えていたらしい。大本営に完全に戦意を喪失させるためには、長崎は、不可避だったんだろうか。悲しい現実。人間の愚かさ、なのか。

そして、福島原発。人は死んではいない、のかな?甲状腺癌や、避難先での生活環境不適応はどうなの?そして、生活基盤を失った人がどれほどいるのか。あれってのは、「悲惨な歴史」ではないのかな?福島原発だけでは、経験としては不足なんだろうな。広島の原爆のように。

伊方原発。再稼働を認めたらしい。裁判所の判決文、笑った。日本列島は、どこで直下型地震が起きても不思議じゃないからね。リスク管理の考え方で言えば、万が一のリスクが大きすぎる場合には、そうした選択肢を絶対的に排除すべき、なのだと、私は理解している。飲酒運転と同じ。裁判所は、人口密度が低ければ、飲酒運転してもいい、なんて感じの考え方らしい。だから笑った。

日本人の理解力には、長崎の犠牲が不可避だったんだろう。福島の次は、どこなんだろうか。愚かさが、哀しい。

Android Studio

どうでもいいけど、atomあたりに集約できないのかなぁ。

どちらも無料だから、Androud Studioはありがたい。ですけどね、IDEごとに操作が異なると、この歳になると、「指が勝手に動いてくれる」モードの切り替えにも、すごく手間取っちゃって・・・

若い人たちにお願いしたい。IDEの操作コマンド、ctrl-Fみたいなショートカットや、コメントアウトのショートカットなどなど、「標準規約」を作ってもらえないだろうか、なんて思う。

「コーディング規約」もなぁ。規約レベルでプラットフォームにimportできると、キータッチ数は減るし、出来上がりも見栄えがいいし、とってもありがたいんだけど。

わがままで、ごめんなさい。自分でやるには、歳を取りすぎた。

6次元

書きたいという衝動に駆られている。
間違うかも知れないとか、今(仕事もせずに)こんなことをしていていいのか、とか、多少は意識をよぎるけれども、今日は、衝動に流されることに決めた。
だって、そういう生き方をしたくて、大学をやめたんでしょ?と自分に言い聞かせつつ。

6次元というのは、師匠の講演会の一つの「キーワード」かも知れないと考えている。
これまた、「キワもの」扱いされそうな話題だけれども、いわゆるUFO(未確認飛行物体か?)で地球に移住して来た人類(現在も、意識体としてはほぼ全員がここで暮らしている)は、全員が6次元以上だった。理由は単純で、UFOには6次元以上でなければ乗れない。アメリカにはUFOの残骸があるらしいけれども、「地球上には存在しない物質」で出来ている、そうな。(実際に存在するのか、都市伝説なのかも、師匠の講演会で話題として取り上げられたことがある。あの人は、知らないことがない人だから。隠し事しても無駄だし・・・)

UFO自体は、6次元以上の人ならば、誰でもが「作り出すことのできる乗り物」だけれども、「霊道」が開いていなければ無理。つまり、自由に「意識体」の世界と意思疎通できる程度に、一切の「汚れ」がなく、我々が陥りがちな「我欲」などは一切持たず、肉体を持っていてもその状態を維持できる6次元以上の人、という、極めて「ハードルが高い」状態でなら、実現可能な乗り物、ということになる。
UFOに拉致された人、というのがテレビに出ていた。テレビを通じての言動を見る限り、私でも6次元ではないと感じた。師匠は断言されていた。6次元に届かない人がUFOに乗るなんて、絶対に無理。意識体そのもののエネルギーが足りないから、UFOが移動したなら、そのまま取り残される。今も、池袋なんかに出かけたなら、ごちゃごちゃといる(いわゆる「成仏」できない)「浮遊霊」さんたちが、肉体を持っている人をすり抜けてしまって、意識のコンタクトが出来ないから、肉体を持っている側も「浮遊霊」さんたちも、どちらも気づかない、それに近い「すり抜け」で、UFOが飛んでも4次元、5次元の方は、乗れない。

詳細は師匠の著書を見ていただきたいけれども、地球系霊団を指導されて来た9次元の方々(俗名:モーゼ、アッラー、イエス、釈迦、孔子、ゼウス、アルキメデス(=ニュートン)、ゾロアスター、マイトレーヤ(=クザーヌス)、と、僕が俗名をよく知らない、アケメーネ、敬称略)10名を中心に、地球での独自の「霊団」を造ろうという話になったんだそうな。その際に、地球に移住して来た6次元以上の「霊体」(=ヒト)を元にして、5体の分身を作られた。言い出しっぺはアッラー(アール・エル・ランティー様)だそうで、実現したのは、他の星系でも経験があったゼウス(セオリア様)だそうな。その際に、実は創造主も関与されていたらしい。

こうした経緯で、6次元以上をベースに、その5倍の人数の4次元の「ヒト」が地球生まれとして誕生した。通常ならば、まず「霊体」としての基本的な教養を叩き込まれてから肉体を持つはずだったのに、地球系霊団の創造という「先」を、焦るともなく、何も起きないだろうと考えてしまって、どんどんと肉体を持たせてしまった、という経緯があるらしい。その結果、「意識体の世界」が「実」であり、肉体の世界は「仮」だという認識が反転してしまい、物質世界だけが世界だという認識が広まった。

この辺は、エンジニアとして耳が痛い話で、原子力開発なんてその際たるものだと思う。肉体の表面に「イボ」を造ってしまった。それを人類は「地中深くに埋めたらいい」と考えて、表皮を掘って真皮のあたりに埋め込もうとした。何も起きないだろうという、安易な発想。もし、そんな「寄生虫」がいたとしたなら、僕らヒトはどうするだろうか。それが「地球」なら、地球という意識体はどうされるだろうか。大陸ごと沈めること、くらいしか手段を持たれない。発生源となった大陸を沈めると同時に、その時の津波で、関係する施設を持つあらゆる大都市を水没させる、その程度しか、出来ないけれども、もう、その流れには、完全に乗っていると思う。もう、以前書いちゃった。埼玉県で言えば、川越のあたりまで津波が来る。他の県は知らない。(肉体を持っている師匠は、埼玉県民ですので・・・)たぶん、極転移は、その後だろうな、という気がする。

ロンドン、パリ、シドニー、メルボルン、以下省略。海抜50m以下の大都市は、「その時」におそらく全滅する。オランダ?大洋州の国々?国ごと?ごめんなさい、僕は聞いた話を書いているだけです。ただ、一石二鳥なんだろうなぁ・・・、あんな高次元の方の意識は、私にはわかりません。もしかしたら、鳥とか魚とか虫とか、その辺の生き物は、地球の意識をある程度直接に受け取っているのかも知れないけど。(生物学者に聞いてください。)それは「天災」ではなく「人災」だと私は思う。ただ、いくつかの「文明」というか「文化」は消失しても、それを造った「ヒト」の意識体までは滅びない。それを「教訓」として、次に活かせ、ということだと思う。何も活かせなかったのが、アトランティス大陸、ムー大陸、ゴンダアナ大陸、などなどなんだろうか。せめて、北アメリカ大陸だけは、そこから「教訓」を導き出して、人類の未来を考えるべきだと僕は考える。
国連のどなたかが、「アメリカ抜きで世界の問題は解決できない」とか話されたらしい。(元情報は検索しない。)そうじゃない、アメリカ抜きで世界の問題を解決するように、というのが、トランプ(あれは、たぶん4次元)を大統領にしたアメリカに対する、せめてもの「世界」の賢明な対応策だと、僕は考える。できる、と思う。どこの国も、負担が大きくなるから逃げているだけだ、とも思う。
話が逸れまくった。

6次元の世界では、ひたすら「専門性」を追求する。プロフェッショナリズムというのが表現として妥当なんだろうか。師匠の著書では、「大学の教授」(の一部)だとか、大企業の社長(のごく一部)なんかには、6次元が多い、らしい。極めて個人的に、随分昔に「展示会」で手厳しいお言葉をいただいた、20年前の「緑十字(ミドリ安全?)」の社長さんなんかは、間違いなく6次元以上だろうと、記憶を再生しながら思った。イチロー選手?井深大さん?6次元以上の方は、お会いしたらすぐにわかる。(自分自身が6次元以上でないと、わからないのかな?)そして、落ちない条件も、なんとなくわかる。「自分のこの判断によって、自分のこの行動によって、他人にどんな迷惑が及ぶか」という部分に、ものすごく神経が行き届いていらっしゃる方々。それを自分に課している「厳しさ」が、時には周囲を巻き込む。もしかしたら、その部分こそ、この「物質世界」を想像された、(あまり使いたくない表現だけれども)「神」が意図された部分かも知れない。

そうして、6次元までの「ヒト」をカバーしたならば、2σ(シグマ:標準偏差)というんだろうか、おそらく世界人口の95%以上は、カバーできる。その方々に、師匠の言葉ではなく、僕自身の言葉として書くならば、「自分は、周囲の人間を幸せにできるか」を、常に自問自答して欲しいと、伝えたい。6次元の方々には、実力を伴ってそれを実現する力があるはずで、そこに「私欲」を紛れ込ませたなら、今世間に話題を振りまいているパワハラの象徴のような、スポーツ団体のトップだとか、官僚組織の上層部だとかの醜態が浮き上がる。あれらは、仮に人間の社会で制裁を受けなくても、ご自身の「エネルギーレベル」が落ちて、次からはおそらく、4次元、5次元からのやり直しになると、私は思う。4次元、他人への気配りなど思いもよらない、ただただ、自分自身が生きるために必死な方々。日本とか欧米のような国ではなく、生きることに必死になる環境でしか、生まれ直しはできない。5次元、他人への気配りなどはできるけれども、エネルギー量が足りなくて、専門性のある仕事には就けない。専門性のある仕事についてしまうと、周囲に迷惑を及ぼしたり、職種によっては誰かを死なせたりもする。そうして、結局さらに落ちる。その(この世界特有の)シビアさが、肉体を持っている社会での基本ルールだと思う。機会は万人に「平等」に与えられているのに、だいたいが「我欲」で落ちる。

師匠の講演会からの表現で言えば、「創造主は、空気を人類に与えた。殺人犯だって、空気を吸うことができる。これこそが、創造主の与えた平等だ」という表現。この言い回しは、伝え方を間違っていないと思う。この言葉は、何としても伝えたい。ところが、そこに「我欲」が加わる。「土地の権利書」って、人類には「土地」は創造できない。「浮島」?大地と、その恵みがあってことその「浮島」でしょう?と思う。いや、論点がボケてるのは、わかってる。「6次元」のキーワードを中心にして、ただただ、書きなぐりたいだけ。

少なくとも、6次元まで上がれれば、いずれ「地球」が、その「肉体」としての寿命を迎えても、他の若い星系に移住はできる。ヒトに「寿命」があるのと同じく、地球にも寿命があることは、ご存知なんだろうか。ご存知ない方も少なくないかも知れないけど。トランプとか。でも、あるんです。あの人、「そんなのはフェイクだ」とか、言い出しそうだけど。もういいや。遅いし。

まとまりがつかない。「物質的な充足」は、むしろ、自身の次元を落とす原因になる。どんな形でも、「周囲のヒト」との接点を大切にし、「自分には何ができるか」を常に考え続けることは、ヒトでも、その集合体の「国家」でも、大切なことなのかも知れないと、つくづく思う。

偉そうなことは書けないと、自覚はしている。師匠は、講演会でしばしば「アルコールが入ると、実在界(霊界)からの意識を受け取れなくなるし、酔っ払っていい気分になりたい浮遊霊を惹きつけるから、ろくなことにならない」というお話をされていた。それなのに僕は、書かなきゃという衝動と、書いたら怖いという恐怖心と両方があって、恐怖心を消したくて、ここまでに7%以上の濃度のアルコールを1.2Lは飲みました。白状しておきます。気が小さい私です。「神様」は怖いです。蚤の心臓。ガラスの心。小心者の私は、割とアルコールには頼って生きているかも知れない。一つ前のページの、「重力の定義」もそうだったけれども(実は、一つ前から、だけれど)この6次元の話題を言葉にするのにも、凄まじい葛藤があって、「もしおかしなことを書いたらどうしよう」を忘れるのに、かなりの量のアルコールを飲んだ。情けないよなぁ・・・でも、とりあえず、誰にも迷惑はかけてない。内容に間違いさえなければ、何もまだ、問題は起こしていない。まだね。

終わる。怖い。でも、たぶん、続ける。どうか、「神様」は「実在」だと、まず、知って欲しい。それだけは伝えたい。変な新興宗教じゃない。申込書に、住所氏名を書く必要はない。年会費をいくらだとか、(桁外れな)額を請求されることはない。というよりも、僕のこのブログを読むだけなら、タダだし。

以上。

キログラム原器

キログラム原器の質量がマイクログラム単位で変化しているらしい。

臨床工学の「生体計測装置学」の授業の定番、「7つの基本単位」で(標準テキスト最新の第3版だけれども、どれだったか「古い」定義が掲載されていたのを、調べていて見つけたけど、どれだったっけか?)、長さ(メートル)も、時間(秒)も、アンペアも、ケルビンも、モルも、カンデラも、全部物理現象から厳密に「定義」できているのに、キログラムだけは「キログラム原器」が基準になっている。

質量の変化は計測できるのに、その元となるキログラムの量を、物理学では「定義」できていない。ということは、要するに「力」も、「エネルギー」も、現在の物理学では厳密に定義できていない、ということになるんだろう。この点についての「異論」はないと思います。定義できないから、原器を使っている。

僕の大学の時の卒業論文は、「ポジトロンCTの画像解析」だった。東大の斎藤陽一先生から、僕の指導教授の内山明彦先生に、学生を一人つけてデータを処理したいと「論文テーマ」を分けていただいて、僕はそのテーマを最終的には選んだ。第一希望ではなかったけれども。思えば、最初の就職先も、派遣国のパプアニューギニアも、第一希望が通ったことは一度もない。でも、結果的には、これで良かったと思える経験を随分してきた。ということは、いかに僕自身の「判断」が未熟なのか、ということだろうな。遅すぎないうちに、適切な方向に「転んで」流されまくってきて、良かったと今では思うけれども。

ポジトロン(陽電子)は、電子と質量が同じで、プラスの電荷を持つ反物質である。と、そこから始まって、理解するまで随分と勉強した気がするが、本当に理解できているんだか、なんなんだか。そして今では「電子」には「意志」がある、という話が量子論から出てきている。無論、「ヒトの意識」などとは全く違う種類の「意識」からの「意志」だろうと思うが、そうなってくると、なぜ「電子」は存在できるんだろうか、という疑問が湧いてくる。

雷雲の中では、プラズマ放電で大量の「陽電子」が発生していることが「発見」されたらしい。ということは、何もない空間にエネルギーを加えることで、「電子」も「陽電子」もペアで発生しているんだろうか。興味は尽きない。そして、発生した電子の質量は、エネルギーを、光速の二乗で割れば出てくる。(m=E/c 2)。この電子の質量は、(ということは、電子の発生に必要なエネルギーも)、環境によって変化するんだろうか?疑問だ。もし変化しないのならば、電子の質量はキログラムの「定義」になっていてもおかしくない気がするんだが、そうでないということは、例えば、磁場や、光量、温度などが異なると電子の質量も変化するんだろうか。(勉強不足だ。違う分野を歩んじゃったから、結構物理学も基本のところがわかっていない私。)

ただ、そうして考えてくると、俄然、師匠の講演会の内容のうち、自然科学系「物質世界の成り立ち」について触れられていた部分が興味深くなる。全て、現在の「自然科学」の話題と矛盾しない。それどころか、極め付けは「重力は、引力ではないよ、圧力だよ」という部分。ナンジャラホイ、なんだけれども、畳み込まれた空間のエネルギーが3次元という物質世界に投影された時に、どうやって「物質化」しているのか、その部分で「力」がどのように「質量」に働いているのか、あるいは「物質」が「力の作用先」として「質量」という性質をなぜ持つんだろうか。きっと突き詰めれば、何種類もの「力」の統一理論なんかも、いつかはクリアになってくるんだろうか。なんてことを、私は個人的に考えている。
特に、「霊」については、師匠は「意識を持ったエネルギー体」と表現されている。「神」についても言及はされているけれども、「高次元の意識体」という表現もよく使われている。そもそもが、「神」だの「霊」だのという単語を使うから、話がいかがわしい方向に向かう。「神」におすがりしたって、何かお願いしたって、何も叶わないと思います。ただ、僕らの「指導霊」さんたちは仲間として、時々ヒントだとか、手助けだとかしてくれている気がするけれども。(ただただ感謝。)「霊」ではなく「意識を持ったエネルギー体」、「神」ではなく「高次元の、僕らヒトのはるか上位に位置する意識体」と言い換えると、時々師匠の講演会は「物理の授業」のように聞こえることもある。私と同じバックグラウンドを持っている方々にも、参加願いたいけれども、無理だろうなぁ。何かさらに「新しい発見」があった頃には、僕も師匠も、もう肉体は持っていない気がする。それから興味を持っていただいても、もう間に合わない。

師匠の講演会での話題。今現在、「指導霊」とか「守護霊」がついていない人が、激増している、らしい。昔だったら、指導霊さんが「そんなことはやめなさい」と意識を送り、微かながらそれを受け取って、冷静になって、激情にかられての暴挙は働かない、そうした時代もあったのに、今は、「止める」方がいない。ある意味で見放されているんだろうか。自分のやってしまった行動の結果を、本人が実際に経験して自覚しなければ、進化にも理解にも至らない。だからこそ、もう敢えて「止めない」ようになって来た。それすらも、イエスの再誕に向けての準備の「始まり」なんだろうか、と、私は理解している。(違っているかも知れない。私の言葉を差し引いて、師匠の言葉だけ残したいのが本音なんだが。やはり注釈は必要な気がするから、仕方なく自分の考えも書いている。)だから、今後益々、激情にかられて「あんな程度のこと」がきっかけとなって人を殺したり、そうした事件は増えていくのだろう。「今後、そうした事件は増えるよ」ということは、師匠も講演会の中でおっしゃっていた。「なぜなのか」を多くの方に考えていただくように、「伝える」ことは、チンドン屋の仕事の一部かも知れない。そう思って書いた。(間違った解釈が存在しないことを、ただただ祈るのみ。)

話を戻す。
なぜ、「物質」は存在するのか、そこからアプローチしなければ、もしかしたら質量は定義はできないのかも知れない。

そして、いかに僕らはこの「世界」についてモノを知らないか、思い知らされている話題だった。

ギャップ

師匠の講演会の受け売り。
ヒトの意識体は、(たぶん、物理的にもマッピングされた形で、)4次元から9次元まで、6つの次元に存在する。あの人は何次元、という言い方は、具体的な固有名詞も含めて何度も講演で聞いているし、そのうちの一部は師匠の著書にも書かれている。既に、このページのバックナンバーでも書いてしまった話題で言えば、田中角栄氏は7次元。そして、9次元は別格。イエスキリスト、釈迦、アッラー、モーゼなどなどの方々は、最初から人類を指導するために、直接創造主によって創造された意識体、だと聞いている。それ以外の、我々その他大勢は、全ての人が4次元として、意識体として「生まれ」て、何度も肉体を持つうちに、経験を積んで、「進化」を重ねていく。ただ、同時に「退化」もあって、次元が落ちることもある。

この段落は、師匠の受け売りではなくて、私の考え。
超ひも理論では、3次元から上の空間は11次元目まで「畳み込まれて」いると読んだ。もう僕のトシでは無理だと思ったし、数式を辿る元気も無いから、直感だけで読んだけれども、畳み込まれている次元、ということは、コンボリューションだろうか。多重積分の結果が、次元の落ちたベクトル量になる。そこで起きる現象は、システムエンジニアの発想で言えば、マッピングとか、キャスティング。日本語にしたなら「投影」であって、そこから英語に戻したなら、プロジェクション。つまり、3次元の物質世界は、より高次元のエネルギー空間からの「投影」によって構成されている、その結果として、4次元から8次元という次元の異なる「意識体」が相互に意思疎通し、言葉を交わして、一緒に生活できる。

直前の段落の「私の考え」を受けて、師匠の受け売りから「私が考えた結論」は、(師匠も講演会で、ほとんど同じ内容のことを話されているけれども、結論に至るプロセスに私の考えがあるので、こうした微妙な書き出しをしているけれど、)創造主は、全てのヒト(すなわち、創造主と同じように、「地球」の意識とも違う、「電子」の意識とも違う、自分たち中心の表現で申し訳ないけれども、創造主と同じ「人格霊」としての意識を持つ意識体)を、最初は4次元として創り出しておいたけれども、まず自力で8次元までは進化して欲しい、とそれを意図して、投影(プロジェクション)によるこの3次元世界を創造された。と私は理解している。

そして、この話題の本題。何を「きっかけ」にして、このページを書いたか。ツタヤのレンタルで「マディソン郡の橋」を借りて、今見ていて、クライマックスか?クリント・イーストウッドと、メリル・ストリーブの朝の会話を見ていて、ふと重なった。(僕が、どういう生き方をしてきたかは、書かないけど。)
メリル・ストリーブの演じるフランチェスカのモデルは、おそらくは4次元か、5次元。クリント・イーストウッドの演じるロバートは、たぶん6次元。
この会話の断片。「地球を家とする」とか、「人生を数日で生きる」とか、あれやこれや、DVDを見ていて思った。心から理解し合えるはずがない。違うのだから。ただ、6次元なら4次元や5次元の感覚に「共感」を持つことならできるはずだ、とそう感じた。

この段落は、師匠の受け売りがベースで、私流の解釈が加わる。
4次元は、まず「肉体を持つ」ということがどういうことか、その経験をするために肉体を持つことを課題とする次元。この1文は、私なりの見解で表現を私の流儀で書き加えるけれども、5次元はいわゆる「いい人」で、「自分がこうしたら、この人がこう困るだろうから、こうしてあげよう」という気配りが、完全に身についている人。5次元以上は、当たり前のようにそれができる。けれども、4次元から見たら「偽善者」だとか「上から目線だ」とか「鼻につく」とか、自分にはそうした感覚がないから、5次元以上が当たり前のように周囲に気配りすることが、不快でたまらない。ここに、「感覚」的に埋めることのできないギャップがある。極めて、個人的な経験の記憶から。
6次元は、一言で言えば「専門職」だと師匠から聞いている。どんな仕事でも「プロフェッショナル」を目指すレベルで、一つの仕事で「極める」ことを毎回課題とする次元。ところが、「一番、誤りやすいのは6次元」だと師匠は講演会でおっしゃる。(以下、私の解釈)まず、他人を見下すようになる。わかりやすい例が官僚だろうか。あの人たちは「社会運営のプロ」だと思っているらしく、自分たち以外を「指導されるべき下賤の民」だと思っているのかもしれない。

これも師匠の受け売り、からの、私の表現。(いちいち、面倒臭いから、皆さん、直接師匠の講演会を聴きに来てくれたら話が早いのに・・・)創造主から見て、最も良くない「欲」は、「他人を思い通りに動かしたい欲」らしい。いわゆるパワハラか。創造主は、6次元の人が4次元や5次元の人に対して、「先輩」として、あるべき姿を見せながら、指導することを期待されたのかもしれない。ところが、ほんのちょっと専門性を高めると、すぐに大上段から振りかぶって、押し付けて、思い通りに動かそうとして・・・ってな具合で、どうも、「振り出しに戻る」人も少なくないようで。個人的に考える。「気配り」すらできないなら、4次元からやり直せ、ということなんだろうか。あるいは、「気配り」ができない時点で、意識体のエネルギーレベルが落ちて、5次元にすら戻れないことになるのか。「あ、この人たぶん」ってなことは、最近時々感じる。大丈夫。落ちても、よほど欲にまみれていなければ、また肉体は持てるから。

7次元まで上がると、そう簡単には落ちない。全ての人を平等に見ている。極めて個人的に、私は天皇陛下ともお会いする機会があった(青年海外協力隊の隊員は、みんな謁見しているみたいです)し、ソニーの創業者の井深さん、MITの教授、あの人、この人、普通のサラリーマン、そして、あの人、この人(アゲイン)、路上生活者、ヤクザ、元ヤクザ、自称右翼、パプアニューギニアの元強盗、などなど、誰とあっても自分も変わらないし、自分からの相手への接し方も変わらない。それだけは自信を持って。だとしたら自分の次元は、ということも考えるけれども、そして、8次元のあり方を描写できない時点で、だいたい見当はついてる。

私は「チンドン屋」なので、師匠の講演内容を、少しでも多くの人に伝えたい。その手段は人(勉強会の会員)それぞれ。直接会いに行く人もいる。私は、WEBページを使っている。
他にも、盛り込みたい話題、派生的に言及したい師匠の講演内容(だって、もう600時間は聴いてる)もあるけれども、論点がボケるので、これで終わる。

ギャップは、あります。それは当然。そのギャップを埋めるために、僕ら全てのヒトは肉体を持ってる。この点は、伝えたいと思った。

「マディソン郡の橋」を見て、こんな感想文を書く奴、絶対に他にはいないだろうな、とも思ったけど。

以上。

続編は是非、安部さんに

安部総理が、引退後は映像制作に関わりたいといってると、ラジオで小耳に挟んだ。(この表現、正しいか?)
これか。

是非、「怒り」という映画の続編を、作ってもらいたいね。まず全部見てからね。キャストにも圧倒されたけど、監督の才能にも凄みを感じた。

ロケ地はやっぱり、沖縄だろうな。

パスワード忘れた

ウエルシアはよく使ってる。地元に3軒もある。ポイントサービスのついたレシート受け取ったので、アプリをインストールした。どうせなら、割引情報使いたい。

ログインして登録していったら、「ご登録のTカードIDは、別のYahoo IDに登録されています。」とか出て来た。

Yahoo IDは、昔使っていたのと、ゴミメールに辟易して作り変えたのと、二つ持ってる。昔のだ、と思って、昔のYahoo IDで入り直した。

「パスワードが違います。」

なんとか、メールアドレスでログインした。パスワード変更をかけようとした。そうしたら、「現在のパスワードを入力してください」よく使うパスワード、「控え」をみると20位を使い分けていて、片っ端から入れたのに、全部違う!何を使ってましたっけ?「秘密の質問」意味ないじゃん。お袋の旧姓なんてもちろん覚えているし、ログインだってしてる。パスワードを忘れたから変えたいのに、「現在のパスワードが違います。」

ウェルシアアプリ、使うの諦めました。削除しました。割引情報?いいです、要りません。正価で買います!

どうせ、バカですよ〜だ。

平成35年

早々と免許更新を済ませてきた。平成35年まで有効、となってた。

考えてみれば、平成年号の場合も突然だったから、人によっては昭和66年くらいまで有効の免許を持ってた人とか大勢いたはずで、世間に「こういうものだよ」という共通認識があれば全然問題にはならないんだろうな、と思った。

ダイソーで来年のカレンダーも買った。もはや和号は入っていない。こうしていずれ、和号も形骸化するのかもね。なんだかもう、要らなくない?

情報屋さんたち、大変だろうなぁ、と他人事のように・・・

願わくば、ライブラリとかプラットフォームが賢く変換してくれて、何も考えずに最新版をダウンロードして更新をかけたら、勝手に新年号が表示されるようになりました、と、なっていますように。

夏時間ほどではないにしても、2ヶ月前の発表?何考えてんだとは思うけれども、夏時間が震度8クラスだとして、和号の対応も震度6強くらいのインパクトはあるんだろうか。

平成35年だって、平成40年だって、いいじゃない。それくらいの寛容が欲しいな。まず、役所がそれでも書類を受け付けることが何より大事だと思う。帳票系はやたらと手間がかかる。

バカな政治のおかげで、現場のプログラマがバタバタと倒れる、なんてことがありませんように。
合掌( -人- )

スパン

一つ前のページ、一気に過不足なく書き上げようと思っていたけれども、なかなかうまくいかない。
無駄に長かったか、と思いつつ、やはり授業と同じで、伝わる書き方と伝わらない書き方はあると思う。枕が長すぎるかも知れないけれども、80点。ただ、明らかに「結」の部分は失速した。書き尽くせなかった。もう、書きたいと思った文章は出てこない。一発勝負でコケた。

要点は一つ。地球も意識体で、「地球規模」の現象は人間の「意識のあり方」によって起こされている、と、それを伝えたかった。

それだけ書けばいいだろ、と思いつつ、いきなり「公式」だけ板書して「これ覚えて」ってやったって、ダメでしょ、と、ただそれだけの理由。自己満足でなければいいんだが・・・

問題は、タイムスパンだ。地球規模の現象だと、200年先など「もうすぐ」の話だけれども、僕らの感覚では「もう自分は間違いなく、ここにはいない」未来の話で、無関係と思われたなら意味がない。地球のスピンが変わるというお話も、どのくらいのタイムスパンなのかがわからない。何も起きなければ、このページも、単なるアホだ。もう開き直っているけれど。最初は数百年以内、だと理解していたけれども、もしかしたら、もう始まっているのかも、と思ってしまった。間違っていたらどうしよう。

あれね。ラジオで誰かが言ってたなぁ。持ち物に「死後裁きにあう」とか書いてあったら、絶対に盗まれないって。(そんなことを持ち物に書く人だと、思われたくないから、だと私は解釈したんだが・・・)僕も「近づきたくない人」にはなりたくないんだが・・・。それがあるんで、必死で「自然科学的になんちゃら」の伏線を張って、一応は自然科学系の人から突っ込まれても、反論できるだけの内容を、と思ってはみても、それはそれで煙たいし・・・、どう書いたら説得力があるんだ?って、もういいや。もう書いちゃった。

師匠が再三話された内容を、私自身の言葉で書けば「人間が心を変えなければ、こうした過去に例を見ない自然災害は無くならない。」ということだろうか。逆に言えば、人類が心を改めれば、自然災害もスケールダウンする。私はそう理解している。

ところが、今日も、ラジオでゴゴモンズとか聞いていると、ジジイババアの悪行がすごいみたいで・・・年をとって、マナーなし、礼儀なし、やりたい放題の話題がザクザク。嫌だなぁ、そういうジジイにはなりたくないなぁ。そういうババアには絶対にならないけど。

日本人の悪行。野生生物の輸入なんかもそうだろうけれども、臓器目当てなのか、人身売買などもマスコミがあまり扱わないだけ、のようにも思う。あるいは買春ツアー。オレオレ詐欺のような詐欺行為。ブラックで、社会的な役割を放棄したような企業などなど、日本にだって、知ったら日本人でいることが嫌になるような話題が結構ある。まず知るべきだと思うんだが。

アメリカ?ノーコメント。

他人の存在を自らに利するためだけに認識するような、文明のあり方。ネット社会のダークサイド。「国益」には土地だの地下資源だのが絡む。世界的な右傾化傾向。「まず自国の利益を考える。」そのこと自体は間違いではないと思うが、相手の存在とか立場を考えなければ、共存はできない。みんなが国粋に走ったら、地球規模で何が起きるんだか。日本は、というよりも、安倍総理は武器輸出三原則を廃棄した。この流れも、もう元には戻せないと思う。稀有の、上から大切に思われる資質だったのに。もう、壊れてもいい普通の国だ。

インターネットがこれだけ世界的に普及して、いわば黎明期。今、師匠の言葉を伝えなければ、時期を逸すると思った。かなり焦ってはいるが、焦って間違ったら、取り返しがつかないから、慎重であれと、一応自重はしている。
でも、僕なんかより、インターネットの普及による「悪弊」の拡散の方が、明らかにパワーも大きい。今後トランプのような国家元首が、ゾロゾロと出てくるのかも知れない。イエスが再誕する頃(師匠の著書に、書いてあったかなぁ、講演会だけだったかなぁ・・・)どんな世の中になっているか、聞いている。あまり楽しい話ではない。

サバイバル。モラルが喪失した社会で、自分が正しいと思う行動を貫くことが難しい時代になる、と理解している。が、やはり、もしかしたらもう始まっているのかも知れない。サバイバルと聞いて、ナイフを振り回す方の発想に走ったなら、その時点で終わっている。
こうして「師匠の受け売り」を書き続けることは、言って見ればオプションで、自分自身が流されずに生きることがはるかに大事なのは、理解しているが・・・

あれやこれや、思い出すと、全く自信がないけれども。師匠に出会う前は、ひどいもんだった。偉そうなことは何も書けない。ただ、少なくとも今からは、なんとか頑張るしかなかんべ。

焦ってるかも知れない。だからこそ、しばらくこうした話題を書くのは自戒しようという気が、すごくした。ちょっと勢い余って間違えそうな、悪い予感。加えて、仕事が気になる分、意識が分散してる。

長々と書いたけれども、要点はたった一行で冒頭に書いた。以上。

スピン

かなりの長文になると予感します。

授業で、MRI(核磁気共鳴)の解説をするたびに、「原子核のスピン」を「実演」するために水筒かペットボトルを持って、摩訶不思議な手首の動きをしているんだけれども、なかなか笑いは取れない。
考えてみると、原子核のスピンを倒す、なんてことがそれなりの磁場をかけて、電磁波を照射してなんてやりながらも、人為的に出来るなんて、すごいことかもしれないとも、時々思いながら話している。

ポジトロンCTで使用するγ線は、電子と陽電子の結合による消滅エネルギー。電子と中性子や陽子とでは質量が桁違いに違う。(2000倍くらいか?)実は、陽子線治療は、陽子の衝突のエネルギーなのか、陽子が衝突して核種が変わることによるエネルギーなのか理解していないけれども、陽子や中性子のレベルになると「消滅エネルギー」ではなく、核反応で核種が変わった際の差分を取り出すだけで、いわゆる「核分裂」「核融合」のエネルギーを取り出している。それだけ質量が大きい、ということだろうし、原子核一個を「消滅」して全部エネルギーに変えられたとしたなら、およそ、人類にコントロールできるようなエネルギーにはならないと思う。核分裂反応ですら、直接エネルギーを取り出すのではなくて、水を沸騰させる程度の使い方しかできていないのだから。

師匠の講演会の受け売り。もっと賢い方法は、1000年以内に人類も獲得する。ようやっと宇宙人が人類にコンタクトできる(宇宙人と聞くと戦争しか考えない思考回路が大幅に改善される)状態になって、外部の知識でそうした技術は地球にも伝わる。だから、処分方法が見つからない「原子力」に頼って核廃棄物を量産するのではなく、当面はそれ以外のsustainable energyに頼ったらいいのに、と思うんだが、根拠を証明できないから、聞く耳を持ってもらえないでしょうね。かくして、どうしていいかわからない借金を子孫に押し付ける行政がまかり通る。

話を戻す。「簡単には消滅させられないエネルギーレベルの物質」という文脈で書くならば、原子核の自転スピンを倒すのに、「こんな程度のエネルギーなの」という思いと、「数テスラというとんでもないエネルギーだな」という思いと、その両方がある。
ここまで、話の枕。以下が本題。

師匠の講演会の受け売り。ごく近い将来、地球の自転軸が傾く、と聞いている。このページの主題は、これです。似たようなことを書いているページは、世間にごまんとあるし、「あぁあ、また始まったよ」という方は、ここで読むのをおやめください。別に読んでくれなくてもいい。

師匠の受け売りがベースだし、その部分だけは絶対的に「正確」でなければならないと理解している。ただ、今日これを書こうと思ったのは、ふと、この話題を書かなきゃと思ったからで、自分自身の「理解」が相当に入り込んでいる。私の言葉を書くときは「私はこう考える/理解している」という書き方をする。その部分は、師匠の言葉と切り分けて欲しいと願う。師匠の言葉とは確度の桁が違う。(これも、話の枕か。)

地球物理学では、北極や南極の調査で、過去何度も地球の磁場の北極と南極が反転していることが確認されていると理解している。その反転の時期には、一時的に磁場や地球をカバーする電離層が弱くなる。
これは私の考えだけれども、地球内部のマントルの流れが変わるのだろうと思う。その結果として、磁場が反転する。まだ我々が知らない周期運動を地球はしているのかも知れない。

師匠によれば、かつて文献(聖書にもあったかな?講演内容を忘れた)に記されているような、「星が流れた」ように、夜空の星が「流れる」現象が起きて、地球のスピン、自転軸そのものが傾く。その時に空を見ている人たちは、星が一斉に動いていった、という感じだったんだろうか。思うに。ってか、感じるに。どういう動き方をするかは、私は理解していないけれども、日本は亜熱帯になる。現在、紛れもなく「文明」が非常に進んでいるあたりが、北極になる。(具体的な国名も聞いたけれども、それは書かない。)恐竜の絶滅の時にも、これに類した現象が起きた。隕石説は誤りだよ、と聞いている。(隕石の落下がなかった、などとは聞いていない。)あくまでも、因果関係の話。

で、私はそれは、まだまだ先の話だと思っていた。ただ、師匠の講演会ではなく、別の自然科学系の方から聞いた話。地磁気の磁気レベルが、近年異常な変化をしている、らしい。(データを見ていないから、知らない。)加えて言えば、「磁北」そのものの移動が激しくなっている、らしい。これも、根拠は確認していない。ごめんなさい、論文を書いている訳じゃないので、暇がない。昨今はほぼ積ん読になってる、IEEEとかAAASの学術雑誌を見たら、何か誰かの論文があるかも知れない。(もう、論文を書く立ち位置にはないのに、興味だけで学会会員を続けている。高い「趣味」のコストだ。あ、学会って言っても、例のナムミョーナンチャラじゃないです。)
それと、昨今の地震発生の頻度。明らかに、マントルの動きがおかしいよな、と思った。そこに、今日聞いてきた師匠の講演会の内容の一部が重なって、あ、これ、今日書こうと思った。
もしかしたら、地震発生とか、何か関連があるのかも知れない、と思った。

トランプ大統領が、「地球温暖化なんて、うそっぱちだ。温室効果ガスなんて、フェイクだ」とかなんとか言ってたらしい。自分に理解できないことと、自分に都合の悪いことは、全部「フェイク」にしちゃう人の言うことだから、聞き流して、ただただ、あの「迷惑」を低減するだけのために、全世界が協力すべき時、なんだろうけれども、ただ一点、トランプの言い分で「これは正しい」と思えた部分がある。

僕の師匠、たぶん、「ヒト」よりも上のレベルの意識体の意識やら、宇宙だの人類だのの「設計」レベルからの話題を、矛盾なく講演会で話されている。システムエンジニアの私が「矛盾なく」と必死で考え抜いて、10年がかりで結論しただけで、私がエンジニアとしてポンコツなら、信ずるに足りない話題だけれども。そう言う意味では、「×」と言ってもいい、と、漢字一つの単語を持ち出したい気分はあるけれども、この単語を持ち出した途端に、新興宗教だとか騒ぐ人たちがいるから、その単語は持ち出さない。取って喰いやしないから、直接話を聞いてくれたらすぐにわかるのに。そもそも、「私の病気を治してください」とか言って「おすがり」されても、「自分を救うのは自分しかいない」とか、突き放されるだけなので、宗教だと思って参加してくれたなら、お生憎様だろうか。

僕にとっては、そんな畏敬すべき方と、あのトランプで、主張に「共通点」がある、などと書くこと自体、不本意なんだが・・・

「温室効果ガスは、それほど現在の地球的規模の異常現象の原因ではない」と言う点が、その共通点。

トランプに根拠を聞いても、あの人は自分の発した言葉の「根拠」など一切提示できないヒトだから、今更確認しようとも思いません。アメリカ人の皆様方、ごめんなさい。大変失礼させていただきます。

師匠の講演会から私が考える「根拠」は、「地球も意識体」だから、「ヒト」とは意識レベルが異なるけれども、「意識」を持って人類に対処しているよ、と言う部分。
せっかく、起承転結の「転」まで来たのに、ここで一旦話題がそれる。

これまで、「人間」の実態は「意識体」であって、肉体は「意識体」すなわち「霊」の乗り物だと書いて来た。過去のページで、随分、これを書いてます。意識体が肉体を抜けてしまうと、「肉体」からの刺激は受け取れない。

だとしたら、死んでまもない霊体さんたちとかが、肉親に合図を送ったり、あるいは、迷ってしまった霊体さんたちが、時には酔っ払いに、時には職場でブチ切れた人たちに、時には家の中で鬱々としてこもる人たちに、憑依したり、あるいは、死ぬ直前に憎悪の意識だけに固着して、ポルターガイスト現象を起こすほどの悪霊になってしまった人たちの存在を、どう説明するの、と言うのが、自然科学的に考えて、おかしいと思いませんか?自然科学的なアプローチ、「現象」に対する「説明」の「整合性」の問題です。疑問に思わないだろうか。(え?それ以前?)

だって、「脳」がなくなったら、見ることも聞くこともできない。なぜ、この「物質」の世界で「モノ」を認識できるのだろうか。その答えは、やはり、師匠の講演会にあったと理解している。まず第一に、「意識体」は「意識」とは交信できる。「目」も「耳」も伴っていないから、いわゆる「見る」ことも「聞く」こともできないけれども、それを見ている人の意識は感知できる。僕自身が左耳はメニエール氏病で聞こえないから、状況によっては隣の人の話が全く聞こえていないこともあるけれども、分脈と表情から、ほぼ完全に何を言っているかわかるような経験は、何度もしている。それと同じだと思った。霊体さんたちは、生きている人の意識から、情報を得ている。

第二は、形ある「モノ」には全て「意識」がある、と言う講演内容だろうか。実証するには?前にも書いた。テレビ番組で、失踪したタクシーがどこにあるか、アメリカからの霊能力者が途中まで霊視した。その続きを師匠が講演会で話題にしていた。狭山湖に沈んでます。どうやって辿ったか。道路も、空間も、痕跡が残っている。人間は「嗅覚」と解釈しているけれども、警察犬は匂いだけではなく意識の痕跡も辿っている、とも、聞いた記憶がある。本当に狭山湖に、あの失踪したタクシー運転手とタクシーがあるかどうか、宝くじが当たったら、私が金を出すから、調べてください。机にも、椅子にも意識がある。無論、「人格霊」のような「意識」ではなく、どんな意識なのか私には想像できないけれども、「意識」として扱えるものがある。共通の説明でいうならば、「独立した自由なエネルギー体」の存在、だろうか。
話が収束しなくなるから、「独立」とか「自由」とかに突っ込まないでください。興味があるなら、師匠の講演会のCDをどうぞ。会員限定ですけど。お金さえもらえるなら、ってか、チーズケーキにコーヒー程度で、私が個人的に、師匠の講演内容を説明します。暇があれば。

超ひも理論では、宇宙は十三次元。縦横高さの三次元の上は、超ひもが絡み合った数フェムトメートル、数アトメートルあるいはそれ以下の近傍に次元そのものが畳み込まれている。人間としてのエネルギーレベルが上がると、「次元」が上がる。つまり、物質世界を説明する論理にマッピングされる形で、ヒトのエネルギーが説明できる。その「エネルギー体」の存在は普遍的であり、「ヒト」は創造主ご自身の「意識体」に近い「意識」として存在しているけれども、机も、椅子も、原子も、電子も、素粒子も、それぞれのレベルで「エネルギー体」にマッピングされる形で、それぞれの「意識」を持っている。これは京大の先生も推測されていた。上も同様で、地球は地球の「意識」を持っているし、その上の「銀河系」も銀河系レベルの「意識」を持たれている。銀河系宇宙が「肉体」を持とうと思って準備されて、始めたその瞬間にビッグバンが起こった、と私は理解している。僕らは、銀河系宇宙の意識に内包されている、と理解している。ビッグバン宇宙は、今現在合計で18個は存在している可能性があり、地球が帰属する「銀河」の外は、我々には計測することすらできない、と、私は理解している。この「師匠の受け売り」の部分は、突っ込まれたって、答えようがないけれども。

肉体を持っている世界で、僕らは全ての「モノ」を認識できる。ということは、電子や原子の「意識」を知覚することはできなくても、その「肉体」を知覚することはできる。だから、(話を戻すなら)霊体さんたちも、普通に「見て、聞いて」ということができているのだろう、と私は理解している。この説明、もう何年も考えて、師匠の講演会の断片をかき集めて、自分なりの答えを出した。
僕自身は、1000通り程度の組み合わせの if / then / elseの条件分岐の組み合わせなら、数分で「見落とし」とか「処理の自己矛盾」を指摘できます。職業病です。「お前、それは間違ってる、宗教だ」と騒ぐつもりがあるなら、顔と名前を出して、どこでも公開の論戦をやるから、お待ちしてます。(あ、いや、実際に論戦するとなると、仕事の都合もあるし、時間もないし、面倒臭いし、頼むから喧嘩を売ってくれるなと思いつつ、書いてみました。)

話を、「起承転結」の「転」に戻す。

地球は意識を持っている。人類がどんな考えで、どんな生き方をしようとしているのか、「結果において」ご自分の自身の肉体の上で生息している人類を育もうとする地球の意識が、現状をどう判断されるか、ということが大きいと思う。

この段落は、師匠の受け売り。暴風雨が地球上のどこかを襲う。汚れを全部吹き飛ばして、きれいに戻したいという地球意識が働いている。集中豪雨もそう。地表の汚れを洗い流したい。つまり、僕らの「生活のための手段」は、すべからく、地球意識から見たら「ゴミ」に見えているのかもしれない。

僕は、そう理解した。

だから、「なぜ今、こんなにも地球規模の災害が多いの」という答えは、「人類の意識が、汚れ切っているから」ということになる。と私は理解する。
だから、トランプ大統領の、「温暖化ガスの排出量は、関係ない」という主張は、結果において、必ずしも間違いじゃない。問題なのは、人類の意識の汚染だ、ということになる。人類が意識を変えなければ、もっと悲惨なことが起きる。結論においては、トランプさんはその真逆を言いたいのだろうけれども。

日本の、自民党の選挙戦。「国土を防錆するためには」で、自衛隊に関する議論がかしましい。「土地は誰のものか」ってな話題だろうか。地球上の土地のすべては、「地球意識」の肉体の一部であって、そこを、「ここは日本の領土だ!」って、どうなんだろうか、というのが私の考えの中にはある。

例えばね、私が「蚤」に僕の肉体を解放したとする。その「蚤」が、彼らなりの意識レベルで縄張り争いを始めて、「ここからここまでは、僕の領土だ」とか騒いで、僕に噛み付いたとする。まぁ、自分が居住を許した「蚤」だからなぁ。そりゃ、我慢するよ。ただ、「ここは俺の」「ここはうちの」ってな意識があまりにも伝わってきたら、どう思うか。「う・る・せ・ぇ、全部俺の肉体だ」と言いたい。体表面の鑿を全部洗い流すよ。当然でしょ?そう思いませんか?
いや、「間借りしてます、住まわせてください」ってな感じで、下手に出てくれたら、「そうか、わかった、使っていいよ」ってな感じになるかもしれないけど、縄張り争いやら、騒がしいのは、嫌だよなぁ。と、思いませんか?自分が蚤に肉体を貸す、とか、地球意識になったつもりで、なんてな比喩が、そもそも、イメージしきれないのはわかっているけど・・・他に伝えようがあるか?伝え方を教えてよ。

領土問題。争うな、とまず言いたい。パレスチナとイスラエル。「人間」が決めたルールを、住民個人が申請して、「どちらのルールに従うか」を登録させるだけで、共存できないのか?どっちも「人殺し」は容認していないでしょ?その程度で十分。
日本とロシア。「領土」にこだわって、何のいいことがある?だって、地球が寝返りをうったら、あるいは邪魔だと思ったら、北方領土そのものが根こそぎ海に沈むことだって、あると思うな。それは日本列島も同じ。中国大陸だって同じ。僕がこれを言葉にして、本当にそれが起きたら、パフォーマンスとしては面白いけれども、たぶんそんなことは起きない。(いや、師匠じゃないから・・・ってか、師匠は・・・以下省略。どうせ信じてはもらえない)僕らがその上に生きている土地というのは、そういう性質のものだと、これだけ地震が続いても、なぜ理解できないのか。

たぶん、もうあと、180年から190年後の間に、どこかの大陸が沈む。地球意識も我慢ならないんだろうな。あれの登場は、決定打だと思った。(師匠じゃなく、私が、ね。)「不思議」なことに、カナダやメキシコの国境は、多少は巻き込まれても、そこそこ軽症で済む。そうした「偶然の不思議」に、「意識」の存在を感じることができないなら、もう、ダメだこりゃ、ってな話題かな。もう、黙ってるから、勝手にやりたいようにやって、って、僕は思う。
特に、アレのTwitter。どうでもいいや。僕の子孫があんたの土地に移住することはない。だって、子孫がいないもの。
200年単位だから、数世代後には語り告げるでしょ?もしも、それが起きたなら、地球にも意識があるとか、人間の実体は「意識体」だ、とか、そうした話題を語り継いで欲しい。

ようやっと、「起承転結」の「結」だ。

地球規模の災害は、続くよ、という話題でした。
師匠は、何もおっしゃっていない。(引用は、かなりを占めているけど。)ただ、僕自身は、地球意識がかなり過激(過敏?)になっている気がした。それを、書いていいかどうか、一度は書こうと思って、3時間くらいかけて、これとは全く別の長文を書いてから消した。今回は、残せそうだ。特には、「やめろ」と言われていない気がする。その辺の感覚は、自分を信じるしかない。

もしかしたら、地球自身がスピンを傾けて、安定な方向に「定例行事」を行おうとしているのかも知れない、あるいは、原因と結果が別で、地表を思い切って掃除しようとして、スピンを傾けるのかも知れない。そんなことはわからない。これまでは、「まだまだ先の話だ」と思っていたけれども、また、地球意識にとって「すぐに」は数十年先かも知れないけれども、いまの「異常気象」は、温室効果ガス、地球温暖化による、言ってみれば、温泉饅頭の表の薄皮程度の(例えが悪かったら、ごめんなさい)ほんの表皮だけ、というレベルではなくて、もっと内在的に、内側からの大々的な変化が起きつつある、ということは、あり得る、と、僕は講演会で聞いたという話題を伝えたかった。

誤差?まぁなぁ・・・。自動機械で機械部品を加工するときの精度が、マイクロメートル単位。で、道路工事の「ユンボ」で地面を掘るときの精度は、数cm〜数十cm単位。ミサイルの着弾点。GPSを使ったって、数メートル単位。で、地球が寝返りをうつ、そのタイミング?誤差?どうやって、計算すんだよ。

僕は、ただ単に、書くだけ。読んだ方々は、どう考えて、自分のあり方をどう変えるか、そこは、お任せします。
長文でした。誤植はあるだろうな。ただ、チェックするために読み返していると、アップロードする勇気が削がれる。今回は、アップしてもいいみたいに言われている気がするので、読み返さずに、一気にアップする。

スピン

かなりの長文になると予感します。

授業で、MRI(核磁気共鳴)の解説をするたびに、「原子核のスピン」を「実演」するために水筒かペットボトルを持って、摩訶不思議な手首の動きをしているんだけれども、なかなか笑いは取れない。
考えてみると、原子核のスピンを倒す、なんてことがそれなりの磁場をかけて、電磁波を照射してなんてやりながらも、人為的に出来るなんて、すごいことかもしれないとも、時々思いながら話している。

ポジトロンCTで使用するγ線は、電子と陽電子の結合による消滅エネルギー。電子と中性子や陽子とでは質量が桁違いに違う。実は、陽子線治療は、陽子の衝突のエネルギーなのか、陽子が衝突して核種が変わることによるエネルギーなのか理解していないけれども、陽子や中性子のレベルになると「消滅エネルギー」ではなく、核反応で核種が変わった際の差分を取り出すだけで、いわゆる「核分裂」「核融合」のエネルギーを取り出している。それだけ質量が大きい、ということだろうし、原子核一個を「消滅」して全部エネルギーに変えられたとしたなら、およそ、人類にコントロールできるようなエネルギーにはならないと思う。核分裂反応ですら、直接エネルギーを取り出すのではなくて、水を沸騰させる程度の使い方しかできていないのだから。

師匠の講演会の受け売り。もっと賢い方法は、1000年以内に人類も獲得する。ようやっと宇宙人が人類にコンタクトできる(宇宙人と聞くと戦争しか考えない思考回路が大幅に改善される)状態になって、外部の知識でそうした技術は地球にも伝わる。だから、処分方法が見つからない「原子力」に頼って核廃棄物を量産するのではなく、当面はそれ以外のsustainable energyに頼ったらいいのに、と思うんだが、根拠を証明できないから、聞く耳を持ってもらえないでしょうね。

話を戻す。「簡単には消滅させられないエネルギーレベルの物質」という文脈で書くならば、原子核の自転スピンを倒すのに、「こんな程度のエネルギーなの」という思いと、「数テスラというとんでもないエネルギーだな」という思いと、その両方がある。
ここまで、話の枕。以下が本題。

師匠の講演会の受け売り。ごく近い将来、地球の自転軸が傾く、と聞いている。このページの主題は、これです。似たようなことを書いているページは、世間にごまんとあるし、「あぁあ、また始まったよ」という方は、ここで読むのをおやめください。別に読んでくれなくてもいい。

師匠の受け売りがベースだし、その部分だけは絶対的に「正確」でなければならないと理解している。ただ、今日これを書こうと思ったのは、ふと、この話題を書かなきゃと思ったからで、自分自身の「理解」が相当に入り込んでいる。私の言葉を書くときは「私はこう考える」という書き方をする。その部分は、師匠の言葉と切り分けて欲しいと願う。師匠の言葉とは確度の桁が違う。(これも、話の枕か。)

地球物理学では、北極や南極の調査で、過去何度も地球の磁場の北極と南極が反転していることが確認されていると理解している。その反転の時期には、一時的に磁場や地球をカバーする電離層が弱くなる。
これは私の考えだけれども、地球内部のマントルの流れが変わるのだろうと思う。その結果として、磁場が反転する。まだ我々が知らない周期運動を地球はしているのかも知れない。

師匠によれば、かつて文献(聖書にもあったかな?講演内容を忘れた)に記されているような、「星が流れた」ように、夜空の星が「流れる」現象が起きて、地球のスピン、自転軸そのものが傾く。どういう動き方をするかは、私は理解していないけれども、日本は亜熱帯になる。現在、紛れもなく「文明」が非常に進んでいるあたりが、北極になる。(具体的な国名も聞いたけれども、それは書かない。)恐竜の絶滅の時にも、これに類した現象が起きた。隕石説は誤りだよ、と聞いている。(隕石の落下がなかった、などとは聞いていない。)あくまでも、因果関係の話。

で、私はそれは、まだまだ先の話だと思っていた。師匠の講演会ではなく、別の自然科学系の方から聞いた話。地磁気の磁気レベルが、近年異常な変化をしている、らしい。(データを見ていないから、知らない。)加えて言えば、「磁北」そのものの移動が激しくなっている、らしい。これも、根拠は確認していない。ごめんなさい、論文を書いている訳じゃないので、暇がない。昨今はほぼ積ん読になってる、IEEEとかAAASの学術雑誌を見たら、何か誰かの論文があるかも知れない。(もう、論文を書く立ち位置にはないのに、興味だけで学会会員を続けている。高い「趣味」のコストだ。あ、学会って言っても、例のナムミョーナンチャラじゃないです。)
それと、昨今の地震発生の頻度。明らかに、マントルの動きがおかしいよな、と思った。そこに、今日聞いてきた師匠の講演会の内容の一部が重なって、あ、これ、今日書こうと思った。
もしかしたら、地震発生とか、何か関連があるのかも知れない、と思った。

トランプ大統領が、「地球温暖化なんて、うそっぱちだ。温室効果ガスなんて、フェイクだ」とかなんとか言ってたらしい。自分に理解できないことと、自分に都合の悪いことは、全部「フェイク」にしちゃう人の言うことだから、聞き流して、ただただ、あの「迷惑」を低減するだけのために、全世界が協力すべき時、なんだろうけれども、ただ一点、トランプの言い分で「これは正しい」と思えた部分がある。

僕の師匠、たぶん、「ヒト」よりも上のレベルの意識体の意識やら、宇宙だの人類だのの「設計」レベルからの話題を、矛盾なく講演会で話されている。システムエンジニアの私が「矛盾なく」と必死で考え抜いて、10年がかりで結論しただけで、私がエンジニアとしてポンコツなら、信ずるに足りない話題だけれども。そう言う意味では、「×」と言ってもいい、と、漢字一つの単語を持ち出したい気分はあるけれども、この単語を持ち出した途端に、新興宗教だとか騒ぐ人たちがいるから、その単語は持ち出さない。取って喰いやしないから、直接話を聞いてくれたらすぐにわかるのに。そもそも、「私の病気を治してください」とか言って「おすがり」されても、「自分を救うのは自分しかいない」とか、突き放されるだけなので、宗教だと思って参加してくれたなら、お生憎様だろうか。

僕にとっては、そんな畏敬すべき方と、あのトランプで、主張に「共通点」がある、などと書くこと自体、不本意なんだが・・・

「温室効果ガスは、それほど現在の地球的規模の異常現象の原因ではない」と言う点が、その共通点。

トランプに根拠を聞いても、あの人は自分の発した言葉の「根拠」など一切提示できないヒトだから、今更確認証とも思いません。アメリカ人の皆様方、ごめんなさい。大変失礼させていただきます。

師匠の講演会から私が考える「根拠」は、「地球も意識体」だから、「ヒト」とは意識レベルが異なるけれども、「意識」を持って人類に対処しているよ、と言う部分。
せっかく、起承転結の「転」まで来たのに、ここで一旦話題がそれる。

これまで、「人間」の実態は「意識体」であって、肉体は「意識体」すなわち「霊」の乗り物だと書いて来た。過去のページで、随分、これを書いてます。意識体が肉体を抜けてしまうと、「肉体」からの刺激は受け取れない。

だとしたら、死んでまもない霊体さんたちとかが、肉親に合図を送ったり、あるいは、迷ってしまった霊体さんたちが、時には酔っ払いに、時には職場でブチ切れた人たちに、時には家の中で鬱々としてこもる人たちに、憑依したり、あるいは、死ぬ直前に憎悪の意識だけに固着して、ポルターガイスト現象を起こすほどの悪霊になってしまった人たちの存在を、どう説明するの、と言うのが、自然科学的に考えて、おかしいと思いませんか?自然科学的なアプローチ、「現象」に対する「説明」の「整合性」の問題です。疑問に思わないだろうか。

だって、「脳」がなくなったら、見ることも聞くこともできない。なぜ、この「物質」の世界で「モノ」を認識できるのだろうか。その答えは、やはり、師匠の講演会にあったと理解している。まず第一に、「意識体」は「意識」とは交信できる。「目」も「耳」も伴っていないから、いわゆる「見る」ことも「聞く」こともできないけれども、それを見ている人の意識は感知できる。僕自身が左耳はメニエール氏病で聞こえないから、状況によっては隣の人の話が全く聞こえていないこともあるけれども、分脈と表情から、ほぼ完全に何を言っているかわかるような経験は、何度もしている。それと同じだと思った。霊体さんたちは、生きている人の意識から、情報を得ている。

第二は、形ある「モノ」には全て「意識」がある、と言う講演内容だろうか。実証するには?前にも書いた。テレビ番組で、失踪したタクシーがどこにあるか、アメリカからの霊能力者が途中まで霊視した。その続きを師匠が講演会で話題にしていた。狭山湖に沈んでます。どうやって辿ったか。道路も、空間も、痕跡が残っている。人間は「嗅覚」と解釈しているけれども、警察犬は匂いだけではなく意識の痕跡も辿っている、とも、聞いた記憶がある。本当に狭山湖に、あの失踪したタクシー運転手とタクシーがあるかどうか、宝くじが当たったら、私が金を出すから、調べてください。机にも、椅子にも意識がある。無論、「人格霊」のような「意識」ではなく、どんな意識なのか私には想像できないけれども、「意識」として扱えるものがある。共通の説明でいうならば、「独立した自由なエネルギー体」の存在、だろうか。
話が収束しなくなるから、「独立」とか「自由」とかに突っ込まないでください。興味があるなら、師匠の講演会のCDをどうぞ。会員限定ですけど。お金さえもらえるなら、ってか、チーズケーキにコーヒー程度で、私が個人的に、師匠の講演内容を説明します。暇があれば。

超ひも理論では、宇宙は十三次元。縦横高さの三次元の上は、超ひもが絡み合った数フェムトメートル、数アトメートルあるいはそれ以下の近傍に次元そのものが畳み込まれている。人間としてのエネルギーレベルが上がると、「次元」が上がる。つまり、物質世界を説明する論理にマッピングされる形で、ヒトのエネルギーが説明できる。その「エネルギー体」の存在は普遍的であり、「ヒト」は創造主ご自身の「意識体」に近い「意識」として存在しているけれども、机も、椅子も、原子も、電子も、素粒子も、それぞれのレベルで「エネルギー体」にマッピングされる形で、それぞれの「意識」を持っている。これは京大の先生も推測されていた。上も同様で、地球は地球の「意識」を持っているし、その上の「銀河系」も銀河系レベルの「意識」を持たれている。銀河系宇宙が「肉体」を持とうと思って準備されて、始めたその瞬間にビッグバンが起こった、と私は理解している。僕らは、銀河系宇宙の意識に内包されている、と理解している。ビッグバン宇宙は、今現在合計で18個は存在している可能性があり、地球が帰属する「銀河」の外は、我々には計測することすらできない、と、私は理解している。この「師匠の受け売り」の部分は、突っ込まれたって、答えようがないけれども。

肉体を持っている世界で、僕らは全ての「モノ」を認識できる。ということは、電子や原子の「意識」を知覚することはできなくても、その「肉体」を知覚することはできる。だから、(話を戻すなら)霊体さんたちも、普通に「見て、聞いて」ということができているのだろう、と私は理解している。この説明、もう何年も考えて、師匠の講演会の断片をかき集めて、自分なりの答えを出した。
僕自身は、1000通り程度の組み合わせの if / then / elseの条件分岐の組み合わせなら、数分で「見落とし」とか「処理の自己矛盾」を指摘できます。職業病です。「お前、それは間違ってる、宗教だ」と騒ぐつもりがあるなら、顔と名前を出して、どこでも公開の論戦をやるから、お待ちしてます。(あ、いや、実際に論戦するとなると、仕事の都合もあるし、時間もないし、面倒臭いし、頼むから喧嘩を売ってくれるなと思いつつ、書いてみました。)

話を、「起承転結」の「転」に戻す。

地球は意識を持っている。人類がどんな考えで、どんな生き方をしようとしているのか、「結果において」ご自分の自身の肉体の上で生息している人類を育もうとする地球の意識が、現状をどう判断されるか、ということが大きいと思う。

この段落は、師匠の受け売り。暴風雨が地球上のどこかを襲う。汚れを全部吹き飛ばして、きれいに戻したいという地球意識が働いている。集中豪雨もそう。地表の汚れを洗い流したい。つまり、僕らの「生活のための手段」は、すべからく、地球意識から見たら「ゴミ」に見えているのかもしれない。

僕は、そう理解した。

だから、「なぜ今、こんなにも地球規模の災害が多いの」という答えは、「人類の意識が、汚れ切っているから」ということになる。と私は理解する。
だから、トランプ大統領の、「温暖化ガスの排出量は、関係ない」という主張は、結果において、必ずしも間違いじゃない。問題なのは、人類の意識の汚染だ、ということになる。

日本の、自民党の選挙戦。「国土を防錆するためには」で、自衛隊に関する議論がかしましい。「土地は誰のものか」ってな話題だろうか。地球上の土地のすべては、「地球意識」の肉体の一部であって、そこを、「ここは日本の領土だ!」って、どうなんだろうか、というのが私の考えの中にはある。

例えばね、私が「蚤」に僕の肉体を解放したとする。その「蚤」が、彼らなりの意識レベルで縄張り争いを始めて、「ここからここまでは、僕の領土だ」とか騒いで、僕に噛み付いたとする。まぁ、自分が居住を許した「蚤」だからなぁ。そりゃ、我慢するよ。ただ、「ここは俺の」「ここはうちの」ってな意識があまりにも伝わってきたら、どう思うか。「う・る・せ・ぇ、全部俺の肉体だ」と言いたい。当然でしょ?そう思いませんか?
いや、「間借りしてます、住まわせてください」ってな感じで、下手に出てくれたら、「そうか、わかった、使っていいよ」ってな感じになるかもしれないけど、縄張り争いやら、騒がしいのは、嫌だよなぁ。と、思いませんか?自分が蚤に肉体を貸す、とか、地球意識になったつもりで、なんてな比喩が、そもそも、イメージしきれないのはわかっているけど・・・他に伝えようがあるか?伝え方を教えてよ。

領土問題。争うな、とまず言いたい。パレスチナとイスラエル。「人間」が決めたルールを、住民個人が申請して、「どちらのルールに従うか」を登録させるだけで、共存できないのか?日本とロシア。「領土」にこだわって、何のいいことがある?だって、地球が寝返りをうったら、あるいは邪魔だと思ったら、北方領土そのものが根こそぎ海に沈むことだって、あると思うな。それは日本列島も同じ。中国大陸だって同じ。僕がこれを言葉にして、本当にそれが起きたら、パフォーマンスとしては面白いけれども、たぶんそんなことは起きない。(いや、師匠じゃないから・・・ってか、師匠は・・・以下省略。どうせ信じてはもらえない)僕らが生きている土地というのは、そういう性質のものだと、これだけ地震が続いても、なぜ理解できないのか。

たぶん、もうあと、180年から190年後の間に、どこかの大陸が沈む。地球意識も我慢ならないんだろうな。あれの登場は、決定打だと思った。(師匠じゃなく、私が、ね。)「不思議」なことに、カナダやメキシコの国境は、多少は巻き込まれても、そこそこ軽症で済む。そうした「偶然の不思議」に、「意識」の存在を感じることができないなら、もう、ダメだこりゃ、ってな話題かな。もう、黙ってるから、勝手にやりたいようにやって、って、僕は思う。
特に、アレのTwitter。どうでもいいや。僕の子孫があそこに移住することはない。だって、子孫がいないもの。
200年単位だから、数世代後には語り告げるでしょ?もしも、それが起きたなら、地球にも意識があるとか、人間の実体は「意識体」だ、とか、そうした話題を語り継いで欲しい。

ようやっと、「起承転結」の「結」だ。

地球規模の災害は、続くよ、という話題でした。
師匠は、何もおっしゃっていない。(引用は、かなりを占めているけど。)ただ、僕自身は、地球意識がかなり過激(過敏?)になっている気がした。それを、書いていいかどうか、一度は書こうと思って、3時間くらいかけて、これとは全く別の長文を書いてから消した。今回は、残せそうだ。特には、「やめろ」と言われていない気がする。その辺の感覚は、自分を信じるしかない。

もしかしたら、地球自身がスピンを傾けて、安定な方向に「定例行事」を行おうとしているのかも知れない、あるいは、原因と結果が別で、地表を思い切って掃除しようとして、スピンを傾けるのかも知れない。そんなことはわからない。これまでは、「まだまだ先の話だ」と思っていたけれども、また、地球意識にとって「すぐに」は数十年先かも知れないけれども、いまの「異常気象」は、温室効果ガス、地球温暖化による、言ってみれば、温泉饅頭の表の薄皮程度の(例えが悪かったら、ごめんなさい)ほんの表皮だけ、というレベルではなくて、もっと内在的に、内側からの大々的な変化が起きつつある、ということは、あり得る、と、僕は講演会で聞いたという話題を伝えたかった。

誤差?まぁなぁ・・・。自動機械で機械部品を加工するときの精度が、マイクロメートル単位。で、道路工事の「ユンボ」で地面を掘るときの精度は、数cm〜数十cm単位。ミサイルの着弾点。GPSを使ったって、数メートル単位。で、地球が寝返りをうつ、そのタイミング?誤差?どうやって、計算すんだよ。

僕は、ただ単に、書くだけ。読んだ方々は、どう考えて、自分のあり方をどう変えるか、そこは、お任せします。
長文でした。誤植はあるだろうな。ただ、チェックするために読み返していると、アップロードする勇気が削がれる。今回は、アップしてもいいみたいに言われている気がするので、読み返さずに、一気にアップする。

人は変わる

いや、師匠の講演会の受け売り。何度聞いたことか。
霊体さんたちは脳ミソがもうないから、どこかを向いたらそこしか考えない。生きている人間の意識も、感覚や刺激を遮断したらそうなる。そこは、精神神経科の専門家に確認してもらっても、間違いじゃないと言ってもらえると思う。(説明の順番が逆か?)ところが、日常生活を送っている人間の意識は、1秒前と今とで違う、頑張るぞ、って言っているのが2秒後にはしなびたり。

国家は人の集まりで、人が変わるってことは、国家だって変わるっていうことかなと、私は思う。
何もかもが変わり続けているのに、柔軟に対応できないのは、何か、寂しいものがあるかな。
何を言ったって、過去の残像しか蒸し返さない、そういう相手に辟易している割りには、自分たちがそうだって気づかない。過去の残層しか見ないなら、今更話すことなんて何もない、と思うんだが。

ただ、国家の数は限られていても、人の数はとても全員とは話をしきれないほどたくさんいるから、面白いっちゃ、面白いかも知れない。過去の自分なんて全然知らない人と、知り合う機会がいくらだってあるからね。いくらだって新しい自分になれる。昔のことを、蒸し返されたって、無視し返したらいいだけ。(一応、シャレのつもりなんだけど・・・)

なんて話題を、つい書きたくなって、書いてしまった。どこかの誰かへ。時事ネタならぬ、ジジイネタでした。

CP932

半角カナでハマった。昨夜煮詰まって、ドロドロの頭で眠ったのが、今朝は比較的早い時間に解決したんで、一安心。

一難(パフォーマンスの悪さ)が去って、また一難(CSV::MalformedCSVError)、っていうよりも、こちらが本来片付けたかったトラブルの本丸。

結論:旧PC-9801時代から生き残っている半角カナの残骸:Shift_JISのencodingで対応しているものとばかり「錯覚」していたが、Code page 932はShift_JISの亜種であり、日本語版Windows拡張であり、Shift_JISのコードページには半角カナが含まれていないらしい。

Constant Encoding::CP932

MacJapanese, CP932, Shift_JIS の違いと Ruby での取り扱い

dest_str = src_str.encode(Encoding::UTF_8, Encoding::CP932)

で変換できる。たぶん、これで今回のトラブルは一通り解決した。若い人たち、PC-9801全盛期の文字コードなんて、知らないだろうなぁ。

ついでに書けば、既に絶滅したKI(Kanji-In), KO(Kanji-Out)付きのJIS漢字コードなんていうのもあった。なんていう昔話を始めると、延々と止まらなくなるのが「嫌われるジジイ」の典型で・・・。いいんです、WEBだから、嫌なら読まなきゃいいだけ。KI(嫌いIn)/ KO(嫌いOut)で括っておいて、そこだけ別処理すりゃ、大抵のことはうまくいく。

メモの文書を残す。予定表を更新する。1時間後の僕は、全然違う仕事のツールを開いている。そう決めた。という訳で、コーヒーを淹れよう!まだ10時ダァ!

基本のキ

sqlite3が遅い、と、ボヤいた。この調子だと、一週間走らせておいても終わらない。ググった。ここを見つけた。

【SQLite】で限界を極めろ!

そうでした。
uniqueに設計したcodeに、uniqueの宣言をしてなかった。
indexも作ってなかった。余りにもお粗末。
基本中の基本、基本のキでしたね。以前使ったDB設計ではスキーマを考えた時からindexはここに、ってやってたのに。

そう言えば、と思う。Ruby on Railsを実戦投入したのは、これが初めて。入門編みたいなところをうろちょろしていたから、ちょっと込み入ったSQLは全く書いてなかった。
やっぱり思う。商用のコードを書いて初めて、細かいところの理解が深まるし、この設計はダメだとか、ここは最初からこうしようとか、見えてくる。やっぱり経験か。ちょっと情けないけど、かなり実戦勘をつかんだから、よしとしよう。

migrationを一つ増やし、add_indexして、フィールドもunique指定してから、走らせ直した。これまで、トロトロと、数秒かかりでリレーション先をfetchし、なんだか、一件アップロードするのに数秒かかっていたのが、コンソール画面が見えないような猛スピードでかっ飛んでって、残りの3千件のデータが、一服して戻ってくる間にアップロード完了してた。

すっごぉい!なんだか、プロの仕事みた〜い。うっわ〜!

めでたし、めでたし。Windows版のsqlite3開発関係の方、カラんで、本当に申し訳ありませんでした。
m(_ _)m

ということは、Mac版のsqlite3は、自動でindex作ってくれているっていうことなんだろうか。改めて、有り難さを実感してしまった。

とにかくこれで、先へ進める。

学校現場でLINUXを

今、Macでこの文章を書いている隣で、WindowsのPCが必死でDBにCSVをアップロードしている。
プログラムはなんとか正常動作している・・・のだけれども、突然遅くなった。Windows版のSQlite3のリアクションが1秒にやっと1件フェッチするくらいにまで遅くなっている。普通だったら、1秒に最低でも数百件のレベルでしょ?いくらWindows Homeだとは言え・・・Professional版とか、Server機なら経験上数千とか、テーブルによっては数万件は処理できる。それが1秒に1件。画面表示を目で追えるほどのスピードに落ちてる。

LINUXでもMacでも、こんなことは経験したことがない。なんてことを書いている間に、2〜3秒に1行の速度に落ちた。1秒で数千行走るはずのコマンドなのに。
たぶん、SqliteのWindows版のdllが、うまくWindowsのキャッシュと整合していない、そんな気がする。
これ、SQLiteの無料版を出している方は責められない。だって、MacでもLinuxでも、こんなこと経験したことないもの。

もう、何年も前から同じことを書いている。学校現場でコンピュータを教えるなら、LINUXにすべきだ。たぶんだけれども、30代以上の年寄り連中は、マイクロソフト命で、それしか知らない。コンピュータって言えば、アイクロソフトだけ使えりゃいいと思ってる。ところが、今の20代以下は、たぶん、Android(スマホ)は使いこなしても、PCはあまり得意じゃないと思う。僕も、取引先の全てがWordやExcelを標準にしているから、自社ライセンスの残骸が残っているWindows機でかろうじてWordやExcelで読めることの最終チェックはしているけれど、もう、編集環境はLibreOfficeに切り替えた。OpenOfficeの後継版。理由は単純で、OSもタダだし、ツールもタダ。GUIも大幅に改善されてる。

僕は一人だから、せいぜい4万円程度か?安くなるだけだけれど、学校に100台PCを導入するなら、それだけでライセンス料が最低でも400万円は変わる。1000台なら4千万円。そこに、IT系の会社の中間マージンが入るから、1000台入れているところは楽に1億は余計な金がかかってると思う。
20代以下の子たちに教えるなら、LINUXベースにすべきだ。それだけで、人口2万人単位の自治体でのIT関連支出を、5千万円から1億円くらいは節約できる気がする。リスクを取らない日本人。モトは税金だろうに。金持ちばかりが、頭を使わなくても金で解決できると思ってる、そんな人たちばかりだからなぁ・・・確かに、教える側も楽じゃないけど、20代の子たちに主導権を渡そうよ。

LINUXは難しい?何言ってんだ。AndroidはLINUXがコアだって、知らないのか?スマホを使いこなしているなら、そんなこと言うな、と言いたい。

なんてことを、僕ら下賤の民じゃなくて、大学の教授クラスの人が文科省に言っても、聞く耳は持たないんだろうな。なんだか、ニュースを見聞きしていると、文科省に喧嘩を売るのは、トランプに喧嘩を売るより意味がない(売られた喧嘩の論点すら理解できない)そんな気がしている。

憂鬱だ。画面とにらめっこしている間に、もう1時になる。(Macの日本語処理が、「1時」を「1痔」と第一候補に出してきた。これはこれで、憂鬱。)明日は6時起き。(6痔起きじゃねぇぞ、どこの国が作ってる言語処理のコアだ!?)そういう喧嘩が通じない文科省。日本はもう、ダメじゃね?


追記です。

ロシアは確か、あの独裁者プーチンがWindowsを捨てる大統領令を出している。理由は確か、国家セキュリティだったと思う。僕は、(独裁者は嫌いだが)賢明な措置だと思う。

ライセンス料の理由で、情報教育にWindowsから離れる決断をした国も・・・あったかなぁ、希望的観測か?

金さえ払えばそれで済む、ライセンス料を無条件に受け入れる金持ちで、国家レベルで情報せキュリティに無頓着な(そのくせ、一切内部情報を外に出そうとしない)この国は、やっぱり、衰退の一途か。

うぎょぎょ

コーディングしていて、マイナーなバグを出して、2秒以内に原因がわかった時は、たぶん、ブニャーかフギャーで、2秒考えても原因がわからない時が、ジェジェジェ、じゃなかった、うぎょぎょ、か。

あれ、絶対にジェジェジェの2番煎じ狙いだと思う。(染まりやすい奴・・・)

律くん、退職願を出しちゃったね。
僕も何度かあのシーン、あったな。でも思えば、やっぱり、死ぬまでに少なくとも二つは、やりたかった。

一つは、あの盗聴や盗撮が始まるきっかけになった、まるで僕に予知能力でもあるかのような偶然が頻発したことがきっかけで、何かをしなきゃということだけは感じていたその何か。(仕掛けたのは僕じゃない。)何をどうしたらいいのか、全く方向性が掴めなくて迷走しつつも、たどり着いてみてわかった。師匠の言葉を、一人でも多くの人に伝えたい。そのためには目立つ必要もあったし、相手の覗き心、じゃなかった、好奇心を煽る必要もあった。「伝える」だけじゃなく、できることなら結果も出したい。
オマケがいくつもついていることもわかって来た。師匠の言葉を「正確に」伝えなければならなそうだ。もし間違っていたら、とてつもなく怖いことになる。でもそれは腹を括った。「結果」を出せるか?知らん。落ちるところまで落ちても、行けるところまで行くさ。

もう一つは、あれ、だ。あれを実現したくて、自営業が最短距離だと確かに思ったし、結局それで大学も諦めた。昔だったら、大学という場所が一番実現しやすかったのだろうけれども、今の大学は昔の大学じゃない。でも、辞めたからって、ジリ貧にはなりたくない。

何度も何度も、自分から「退職」した。
サラリーマンやら、専任講師も、金の心配がない点だけは楽かも知れないけれど、人間関係とか大変さも確かにある。ただ、辞めた以上は、今の方が明らかに経験量が多い、という状況は作りたい。肉体が死ぬ5秒前に「ああ、これで良かったんだ」と確信を持って肉体を抜けたい。そして、出来ることなら、エンジニアとして「あれ」を実現してから死にたい。でも、こちらは、出来なかったからといって後悔はしない。誰かが実現したらいい。そのための素材を一つでも多く残せればいい。

どうでもいいけど、佐藤健って、かっこいいよなぁ。亀梨和也とか、若い奴ら、とにかく、なんて言うんだろう。若い連中の言い方だと、とにかくカッケーっての?(何、このジジイは、張り合おうってのか?ベクトルが違うだろう?)個性派の俳優も多いし、日本映画も結構面白い。

でもやっぱり、自分はベクトルが違うよな。鈍臭くていいから、最後に「納得した」と思いたい。最後の2秒前に「うぎょぎょ」は避けたいね。

アイヌ語

日本の地名には、アイヌ語起源が少ない、と以前何かで読んだ。
北陸、島根、鳥取、近畿の地名でも、アイヌ語で解釈するとそのまま地形を表現するものが少なくなく、アイヌの方に地名を聞いてもらっただけで、それはこんな地形でしょうと答えてもらったその描写が、そのまま当てはまるケースが多くあった、と、何かで読んだ記憶がある。例えば、能登半島の能登。あれもアイヌ語起源だと読んだ記憶がある。別の場所かも知れないけれども、「せり立った山が海に落ち込む場所」という意味を、数文字の地名で表現している場所もあったと記憶している。

該当する地名は、関東にも、東北にもある。四国は知らない。不確かな記憶だが、確かそう読んだ。もしかしたら、縄文文化と弥生文化のせめぎ合いが何か関係しているのかもしれないけれども、僕にはわからない。

DIG(Disaster Imagination Game)の、講師の方が、「地名に気を配るように」とおっしゃっていた。例えば僕の住む自治会町内の地名の「蟹沢」は、通常の住所に出てこなくても、昔から使っている地名。沢ガニが住む渓流が流れている、と言えばそれも当てはまるけれども(但し今は、ドブとも言えるかも・・・)「蟹は、ハサミを持った生き物」というニュアンスを解釈すべきだ、というのは、歴史とか文学というよりも、言語学なのか人類学なのか、考えるべき対象だろうと思う。(すいません、いつどこで何を読んだのか、あるいは読まずに妄想しているのか、自分でもよくわからない。)

厚真町?アツは、今ちょっとググったら、Attusiで「オヒョウの木の皮の繊維で織った布、着物 」とか出て来たけれども、言葉には「語幹」があって、その配列で意味が形成される。さすがにちょっとググっただけでは無理かと思ったけれども、北海道に多くあるアツで始まる地名、厚岸とか、厚真、まだあったな、思い出せないけど、もうちょっと語源を辿って調べると、昔からの災害の歴史が地名に刻まれているんじゃないかと思った。いや、厚岸の地名、確かにアイヌ語の解釈の意味を聞いた記憶があって、なるほどこの地形か、と感銘した記憶がある。なんだろ、これはタモリさんに聞くしかないのかなぁ。思い出せん。ボケた。

いや、この意見は僕の意見じゃなくて、誰かの借り物だと自覚しているけれども、そうした主張をされていた学者が、確か何か本を書かれていたと思う。(使えねぇページだなぁ・・・。あれね、説明するのに、「あれを、こうして、チャチャっとこうすると、あれがピヨーんとなって、そこをパパパっと片付けると、あれがこうなるんだよ、わかっただろ」みたいな説明。通じてねぇよ、ってな話だけれども・・・)

そう言えば、「君の名は」の映画に、アイヌのカップルが描かれていたな、と思い出した。なんて書くと、「そうそう」というのは、僕以上に、ジジイ、ババアです。「何それ、『君の名は』の映画に、アイヌ人なんて出てる訳がない」っていうのは、若い人。なんか、その間に中央構造線みたいなギャップがあるよね、とは思う。どうでもいいけど、あの「君の名は」でのアイヌの方の描写、あんまし好きくない。

なんの話でしたっけ、って、地名をアイヌ語で解釈して見たら、もっと日本全国の地名を見直して見たら、ってな話題でした。昔の人が鳴らして来た警鐘を、地名もろとも、僕らは無視している、そんな気がする。

生まれた時からどんぶりめし

久々の半田屋。

半田屋さんのサイトから画像を引っ張ろうと思ったのに、ないんだもん。仕方ないから、数多のブログの中から、トップに表示された、仙台女☆オトクごはん さんのサイトから勝手に拝借。

すみません、ソフト屋のくせして、著作権意識が希薄で・・・でも、著作権だろうが特許だろうが、盗聴・盗撮して先に発表したらいくらだって勝手に取得できる訳だから、アメリカはなんで今更中国に文句言ってるんだろうって、不思議でならない私。いいじゃん、もう、勝手にどんどん使ったら!

この画像です!(写真のクオリティ高いね!いよ!仙台女さん!)

この子がかわいい!半田屋さんで、安く腹一杯食べるぞ、と決めた瞬間から、この子の顔がチラチラと脳裏をかすめた。癒されるでしょお?ねぇ?今日は、本気で疲れて、本気で腹減った。

今日は、納品。え?あ・・・Windows環境にRubyの最新版、2.5を入れたら、Sqlite3のgemが対応していなくて、Rubyの2.4で再インストールすればいいことに気づくまで3時間を浪費。加えて、therubyracerの残骸が何か悪さしているのか、と、「あさって」の方向を勘ぐって、Gemfileをいじくり過ぎたら、bootstrapがコケて、画面がグシャグシャになった。さらに、Windowsの「外字」トラップが不十分で、railsのエラー画面を出してしまった。あはは。タイムアウトで仕切り直し。でも、一応は動作するものをセットアップはして来た。使ってる雰囲気は出る程度に、WEBサーバ君が動作してるはず、です。

そんな訳で、疲れて、腹減って、思いっきりどんぶりめしちゃんに癒してもらいたくなった、ってな訳で、当初は370円のカツ丼だけのつもりが、レバー野菜炒め、唐揚げ、酢の物をつけて、700円も食ってしまった!さすがに、どんぶり飯する勇気がないです。でも本音で言えば、あとこれに、チャーハンと餃子とハンバーグと天玉蕎麦、つけたかったな。それでも多分、1500円くらい。豪遊!(そして、慢性的激太り)

一件完成!

某社向けのシステム、何とか仕様書通りに動作させた。

分野:業務効率化のWEBアプリ
ルーティングのパス:182
マスター+テーブル数:17
(データの9割以上が、他のシステムからCSVでimport)
コントローラ:19
app/views下のグループ数:21
印刷帳票群:4
工期:仕様策定の打ち合わせを含めて、2.5ヶ月

6月19日: 最初に「こんな感じのシステム」というお話があった、仕様書の初版執筆。
8月6日: 何回かのやり取りで「実装仕様書」が8割方Fix。
8月9日: 開発用のデータを一通り受け取った。
8月23日: 8割方の動作の時点でデモ。
8月30日: 仕様の最終確認、最終仕様Fix。
9月4日: 本日、コーディングと一通りのパスを通したランテストを終えた。

相手さんも中小企業、本当ならこの後「テスト手順書」と「テスト結果報告書」や、テスト用のコード(BDDなら最初に書くべき)を用意する必要があるんだけれども、もし「テスト関係」の文書を求められたら、今回の3倍の金額を請求すると思う。テストスクリプトを書かないから、トラブったらその都度対応という方法しかできない、けど、業務アプリなので「安さ優先」ということなら、ご理解いただくしかない。

けれども、たぶん、トラブらないと僕は思ってます。(かなりの数、トラップを入れてあって、トラップの発火とリカバリ動作はその都度テスト済み。)

さすがに疲れた。特に一昨日から二日風呂に入ってないので、自分の悪臭が自分でわかる。他にも仕事を走らせているので、これだけに専念していた訳じゃないけれども、まだまだいけるかな。ってか、他にも「期限」のある仕事が二つ。ふんばんベェ。

「うまい、安い、早い」の牛丼みたいだけれども、うちはそういう商売で活路を開きたい。生涯現役。

小仙波の伯父さん

母の兄弟姉妹の最後の一人が、亡くなった。葬儀に参列。
母の母は、本家の僕のいとこのお父さんのお母さんとは違う人だと聞いていた。母の兄弟姉妹、母の二人の妹は、二人とも母にすごく似ていて、法事で顔を合わすたびにドッキリするほど似ていた。三人とも母親は同じ。ただ、比較的母と親しくしていて、僕も子供の頃何度となく連れて行ってもらった旭町の伯母さんとは、母親が違うと聞いていた。母の本家の伯父さんはかなり若くして亡くなられていて、その本家の伯父さんと、旭町の伯母さんとは母親が同じらしく、母のすぐ上の兄である今日亡くなられた小仙波の伯父さんと、私の母とで、母親が同じかどうかが、ずっと疑問だった。こうした話を、父も母も、全くしてくれなかった。母が実家に寄り付かなかった理由が何かあったのかも知れない。
今日、本家のいとこに聞いて見たら、歴史的な話をしていただいて、長年の疑問が解けた。要するに、昔は女性にとって出産が命懸けの大事業で、出産で命を落とす女性が少なくなかった、ということらしい。大正時代どころか、明治時代を感じさせるストーリー。小仙波の伯父さんは、母にとっては両親ともが同じ兄にあたる方だった。
結局、今日わかったことは、僕の祖母は、父方の祖母も、母方の祖母も、どちらも後妻で、その前妻にあたる方はどちらも出産で命を落としていた、ということだった。昔は「家」を継続させることが至上命題で、後妻を娶るのが当然だったという時代背景もあるらしい。

この歳になってみると、親戚とのお付き合いというのは、面倒臭いというよりも、自分とルーツを共有する数少ない人たち、という気がしてくるんだが、そう感じてしまうのは、子供がいないからかも知れない。よくわからん。

それにしても、今日の葬儀は、自分にとっては初めてのパターンだった。なんだかすごく違和感があった。

古代サンスクリット語で、Namの意味は「〜の仰せの通りにいたします」の意味だと理解していた。英語だと、followとかobeyに近い。この状況で、これは変だろうと、すごく違和感があった。

念のために、Oxfordの辞典(Editted by John Browker, The Oxford Dictionary of World Religions, 1997)でちょっと調べてみたら、色々と書いてあったけれども、こうあった。(P678、全25行のうち6行を抜き出した。)

Names of God are approximate characterizations of some aspect of his nature, but Nam lies behind these approximations. How can Nam be known? Nam is within us, yet how can Nam be reached? Nam is at work everywhere, permeating the whole of space.

ヒンドゥー教、シーク教の調査に基づき、古代サンスクリット語から現代サンスクリット語に引き継がれた意味についての解説、ということになるんだろうか。
これは、私自身の解釈だが、古代サンスクリット語では「〜の仰せの通りにいたします」の意味だったのが、定冠詞的に、言ってみれば英語のTheなどのように、優れた指導者の名前や、教典の名称がその後に続く。その結果として、時代を経てNamそれ自体が「神性」を意味する単語としてサンスクリット語に引き継がれた、そんな気がする。

もしやと思ってAmenを調べてみたら、こうあった。(P56、冒頭のみ)
Amen (heb. “So be it.”) An individual or congregational endorsement of a prayer or blessing.

実はこれも、古代アラム語では「神の意に沿うように振舞います」で、ヘブライ語に引き継がれた(とここに書かれている) “So be it.”に意味が近い、と聞いている。南無も、Amenも、教えが解かれた当初は「神の(仏の/あなたの)思いに沿うように、教えられた通りに行動いたします。」(FollowとかObeyが近い)の意味で唱えられていた。言わば、決意表明だった。それが、何世代も何十世代も経るうちに、意味が失われて形骸化したのではないか、という気がする。

そして、日本の仏教での南無の解釈は、「おすがりします、助けてください」であるらしい。これはわかりやすい。室町時代など、戦乱、飢饉など苦難の中での衆生救済が前面に出て来た、ということなんだろう。おそらく、Amenも同じように変遷したような気がする。

師匠の受け売り。肉体を持っている間にできる「経験」は、肉体を抜けてからとは桁違いに多い。サラリーマンの通勤。電車の中で隣に誰かが立っている。そこでちょっとした「気を使う」だけでそれも「経験」だし、道を歩いていてちょっと体をよじって、相手とぶつからないようにする、それも「経験」。あれも経験、これも経験。肉体を抜けたら全く出来なくなる貴重な経験。その経験を、なんども繰り返すことで、ある時突然、自分のエネルギーレベルが上がる。肉体を抜けてしまうと、自分と同じ意識レベル、エネルギーレベルの人たちとしか意思疎通できない。考え方も同じ、行動パターンも同じような人たちばかりが集まっていると、ほとんど新しい「経験」はできない。だから、肉体を抜けている間は「進化」はできない。それなら、何をどう心がけて生きて(肉体を持って)経験したらいいんですか、と、それが解かれていたのが仏教の経典で、そうした古代サンスクリット語に忠実に翻訳は、ほとんど残っていない、らしい。

だとしたら、先週肉体を抜けたばかりの人に「蓮華経という素晴らしい教えの通りに行動いたします」と、いくら唱えても、もう遅いはずなんだが・・・。鎌倉時代、室町時代、隣人を殺して食って生き延びた時代なら、衆生救済でも良かったのかも知れないけれども、戦乱も飢饉もない現代の、このタイミングではもう、意味がないでしょうと、感じざるを得なかった。それが「違和感」の理由だった。

なんだか、思った。納期の直前まで、プログラムも書かずに「私は納期を守ります」「私は納期を守ります」と唱え続けていれば、立派なシステムエンジニアになれます、みたいな・・・。ついに納期が来ちゃいました。客先でも「私は納期を守ります」「私は納期を守ります」と唱えたら、「ご苦労様、請求書出しといて」と言っていただける。そういうのって、すごくいいなぁ。憧れる。だから広まるんだ。これで日本のプログラマ不足は問題が解決するね。

こんなことも思い出した。昔、アメリカ人の部下がいた時、来日して間もない彼が別れ際に「お大事に」と僕にいった。「え?俺ってビョーキか?」とまず思ったんだが、たぶん英語の”Take Care!”を日本語にしたら「お大事に」と書いてあったんだろうと理解。言葉の意味が変わった瞬間。

えぇと、これで僕の小仙波の伯父さんの葬儀がどんなだったかが、たぶんバレた。伯父さん、ごめんなさい。

でも、伯父さん以前ボヤいていた。母の一番下の妹が統××会で結婚して、しばらくしたら何十万円だかの壺を売りに来た。ウチにも来た。親父とお袋の対応を覚えているけど、それは書かない。その前後の法事で伯父さんにあった時に、「ウチにも壺を売りに来たんだよ、参っちゃうよなぁ」とかボヤいていたのに。別に、いいだけど。なんだか、故人の話ばかりだ。やめよう。(もう俺も、そういう歳か。)

蓼食う虫も好き好き。蓼食わぬ虫はギスギス。

今日から僕は納期まで、もうプログラムは書かずに毎日「私は納期を守ります」「私は納期を守ります」と、唱え続けようかと・・・

withyou 〜きみとともに〜

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「こんな姿になっても…」若者へ樹木希林さんが直筆メッセージ

昔からの本を読むと およそ 同じことを言っている
自殺した魂は 生きていた時の 苦しみどころじゃ ないそうだ
本当かどうかは わからないけど
信用している

僕も、この点は師匠を信じてます。
死んでしまうと脳がなくなる。魂(=意識=心)だけになる。方向転換は容易じゃない。死ぬ直前の苦悶が延々と続く。と、理解している。

脳があるうちに、誰かの言葉に耳を傾けたほうがいい。


読み返して気づいた。

僕も、この点は師匠を信じてます。

どこか、信じていない点があるのか?そりゃぁね。宗教じゃないから。仮に「神様の言葉」として伝えられたって、実際に試して、僕自身の心が共鳴し、行動が改まるまでは信じているなんていう言葉は、容易には使えない。

そういう意味に解釈していただけると・・・

turbolinks

javascriptがどうしても発火しない。絶対にイベントは発生しているはずなのに。
だって、onLoadで拾ってる。トレースのためのalert表示を見る限り、実行パスは通っている。
ああしたり、こうしたり、悶絶。javascriptをわざわざcoffeeに書き換えても、同じこと。いや、気休みだと思っていたけど。

ダメだよな、俺。つくづく、javascriptを理解していない。とりあえず、javascriptは授業で扱ってないから何とかなってるけど、教壇に立つ資格ないよなぁ・・・いかんいかん、こうやって、だんだんと、自分を責め始める。
賽の河原の石積み。「ひとおつぅ、積んではぁ、ちちのたメェ・・・」ってな、積んでは崩し、積んでは崩れ・・・

で、ふと「rails javascript 動かない」で検索したら、turbolinksに関する記事がザクザク。
僕が今使ってる最新環境では
jquery-turbolinks (2.1.0)
△△railties (>= 3.1.0)
△△turbolinks
turbolinks (5.2.0)
△△turbolinks-source (~> 5.2)
jquery-turbolinks を turbolinksの前に書け、と状況は変わらん。明示的な再ロードでないと、javascript Eventが発火しない。
(↑ WordPressのインデントの取り方、わからんかった。全角スペースも消される。意図しない動作が多い。全てを理解するには、時間がかかりすぎる。苦肉の策。↑△は空白)

もしやと思って、application.jsの
//= require turbolinks
を削除。そしたら、見事、問題解決!しかも、「再ロード」のデータベースアクセス時間がほぼ半分に!
もしかしてだけど、もしかしてだけど、オイラの、じゃなくて、「キャッシュを見てスクリプトを実行しない誤動作」が発生しないときは、jquery-turbolinksと、turbolinksとで、処理が重複する、ってなことが起きていないか?という気がした。気がしただけ。調べてない。
結果的に、jquery-turbolinksは残したけれども、turbolinksだけを削除したら、動作時間が早くなり、正常動作するようになった。明らかに、この使い方は「非推奨」だろうと思うのだが、今回はこれでいく。納期に間に合わない。悶絶すること、半日。いや、今回は半日で済んだ。ネットのおかげ。

「発情期の野良猫」状態で、フギャー、ウギャーと騒ぎながらコードを組みつつ、そのうちに、「賽の河原の石積み」で完全に沈黙し、突然、ルンルン気分で、スキップでも始めそうなくらい陽気な気分になり、そしてまた、「野良猫状態」に陥る。

これを繰り返しながら、完成品に近づけていくことを、「スパイラル・モデル」と言います。(嘘です。)

初心者の相談から、ベテランのコメントまで、数多くの情報をネットに書き込んでくれている、不特定多数、数多くのプログラマ、システムエンジニアの皆様に、深謝いたします。おかげさまで、賽の河原を抜け出しました。
改めまして、合掌。(-人-)