確率

ついこの間(先々週かな)専門の3年生相手に説教してしまった。こんな感じ。
僕ら、教員はつい、合格率とかの数字を気にする。合格率90%。おぉ、すごいじゃない。なんて言って、10人のうち9人には「合格」という100%の現実があっても、落ちちゃった一人には「不合格」という100%の現実がある。確率というのは「事前」の予測だけれども、合格率のような数字は「事後」で、どんなに合格率が高くても、落ちちゃったら本人には「落ちた」っていう100%の現実がある。そうならないために、今、なんちゃら、かんちゃら。

強盗殺人で殺される確率。低い。でも、偶然、万が一、その被害者になってしまったら、そこには100%の現実がある。その現実が悲惨であればある程、あらゆる手段を用いて可能性が0となるように回避できるものは回避し、回避できないものは対策すべきなのが、賢明な判断だと思う。その「悲惨さ」がわからないならば、仕方ない。でも知っていて何も手を打たない、回避できるリスクは完全に回避することを試みない、のは、理性の弛緩だと思う。それは、交通事故でもそうだし、飲酒運転なんかは「根絶」とかいうのが、社会のコンセンサスだろうか。

そうは言いつつ、広島に原爆が落とされても、まだ大本営は戦争継続を考えていたらしい。大本営に完全に戦意を喪失させるためには、長崎は、不可避だったんだろうか。悲しい現実。人間の愚かさ、なのか。

そして、福島原発。人は死んではいない、のかな?甲状腺癌や、避難先での生活環境不適応はどうなの?そして、生活基盤を失った人がどれほどいるのか。あれってのは、「悲惨な歴史」ではないのかな?福島原発だけでは、経験としては不足なんだろうな。広島の原爆のように。

伊方原発。再稼働を認めたらしい。裁判所の判決文、笑った。日本列島は、どこで直下型地震が起きても不思議じゃないからね。リスク管理の考え方で言えば、万が一のリスクが大きすぎる場合には、そうした選択肢を絶対的に排除すべき、なのだと、私は理解している。飲酒運転と同じ。裁判所は、人口密度が低ければ、飲酒運転してもいい、なんて感じの考え方らしい。だから笑った。

日本人の理解力には、長崎の犠牲が不可避だったんだろう。福島の次は、どこなんだろうか。愚かさが、哀しい。