経済の仮想化

コンピュータサイエンスで「仮想化」を言う時、「実体(Entity;エンティティ)を伴わない」という意味と、もう一つ重要な意味があると思う。それは「抽象化(Abstraction)」であり、「実体と切り離した本質だけを抽出したもの」というニュアンスがある、と自分は理解している。

システムを設計する際、「個々のデータ」という「具体的事実」と、そのデータに共通する「性質」という「抽象化=仮想化現実」の二つを頻繁に行き来しながら、ロジックを組んでいく。私の場合には、ですが。
具象(自他が経験した事例)や、お客様の求める要求仕様を最初から最後まで一気に眺めて、部分と全体とを完全に一貫させて、矛盾を取り除いてから、抽象化した性質(Characteristics / Attributes)を抽出できないと、システムとしては成立しない。とは思うのだけれども、なかなか難しい。

インターネットの普及に伴って、今、様々な物事の「仮想化」が高速に進展しているように感じる。このページで題材にしたいのは、「キャッシュレス決済」とか「インターネットモール」など。

昔は、商店が土日休みとか、午後5時で閉店とかで、最悪金曜日の夕方必要になったものが、月曜日の朝にならないと手に入らないとか、そんなのは当たり前だった。
我が家では、親父が心配性で、あらゆるものの「ストック」があった。米や味噌、醤油などの食料は言うまでもなく、トイレットペーパー、電球、蛍光灯、電池、さらには雨漏りの補修剤、まるで、今時のホームセンターを小さくしたような「保管スペース」があった。(今でもある。)僕も親父のことは言えないが、ストックしたものがどこにあるのか忘れて、また買ってくる、と言うことがよくあったようで、家の中のモノを整理して分類して一箇所に寄せると、あちこちから電池のストックが出てきたりしている。古い乾電池がどうなるか、皆さんよくご存知だと思うが・・・
ところが、これは明らかに「昔のライフスタイル」で、今の日本ではもう「蓄える」必要がほとんどない。コンビニがある。それどころか、ネット通販があって、以前だったら「仕方ない、来週の月曜日は秋葉原に買い出しに行くか」なんて、覚悟を決めて、半日がかりで買い出しした部品が、今時は「ポチッ」だけで翌日には手に入ったりする。それが前提の生き方も、「あり」だろうと思う。ここで使われるのは、大半がクレジット決済などの「キャッシュレス決済」だから、若い人たちにとっては「キャッシュレス」も、さほど抵抗感がないと思う。

問題は「年配層」だ。政府が、消費税の値上げに合わせて、キャッシュレス決済に合わせて5%のポイント還元だとかを考えているらしい。狙いはわからんでもないが、町の小規模な商店さんなどが、クレジットカードとか、交通系マネーだとかを扱えるかどうか。

「買い物」だけに絞って言えば、「インターネットモール」だけでほとんど困らない。それならなぜ、各地に「大型のショッピングモール」が次々と出店しているんだろうか?生活必需品をインターネットで買う、と言う習慣がないから、と言うこともあるだろうけれども、「生活している実感」はどこから来るんだろうか?もし生活必需品を全てインターネット購入なんかしたら、もう、物流は大混乱だろうな。食料品などは、外出困難者でない限りスーパーマーケットが中心なんだろうと思うけれども、決済にはクレジットカードを使う人が随分増えているように見える。案外、じわじわと「キャッシュレス化」は進行しているように感じる。年配層は、お金を使う側も、支払いを受ける側も、取り残されつつある。そしてその「生活している実感」も、「それしかない、という思い込み」から来ているとしたら、何が実体(Entity)で、何が仮想(Virtual)なんだろうか?家の中に山ほどストックを残した親父の人生は、何だったんだろうか?

「経済」と言う言葉の定義を僕は知らない。知らないけれども、見た感じ「価値交換、価値創造」に関する学問だとするならば、「商店」と言う「価値交換の場所」がどんどんと「仮想化」されている流れは止め難いんだろうと思う。間の「流通」を省いてコストを下げることも可能になっている。ここでの「仮想化」は”Virtualization”(本質の抽出)に近い行為なんだろうと思う。
結果として、ザルの中に小銭を入れて管理する個人商店とか、サバイバルが難しい時代になりつつあるのかも知れない。余談ながら、僕の会社は(今、サーバトラブルでHTTPSが使えないでいるけれど、)決済代行を使ってクレジットカードでの支払いも受け付けている。地銀や信用金庫さん、農協さんなんかが中心になって、そうした地元密着の「決済代行」を格安で提供したりしてくれたりとか、できないものだろうか。電卓型の画面表示(画面って、液晶タッチパネルを使えば値段が跳ね上がる。普通の「電卓」インターフェースや、7セグメント数値表示LEDで十分か?)で、金額を入力し、カードをかざすと、あるいはカードを差し込んで暗証番号を入力すると、その金額の決済が完了する。そんな感じの、個人商店向けの決済端末を、7〜8千円程度で提供できないものなんだろうか。数万円は高すぎる気がする。部品単価から計算したら、そんなもんじゃないかと思うんだが、何がコストのネックになっているんだろうか?インターネット接続には月額やはり千円程度はかかるかも知れないけれども、こういうのは、(金融機関さんにとっては、スケールメリットが全くない話だから、)もしかしたら地元の商工会とかが中心になって「格安端末」の自主開発とかやらないと、どうしようもないのかな?この流れは、止められないような気がする。

もしかしたら、と思う。地域の個人商店などは、「価値交換の場所」としての意味を失ったとしても、「ショッピングモール」が存在できるような理由となる「人と人との触れ合う場所、生活の実感を提供する場所」としての意味があるのならば、生き残れるような気もする。ただ、それが出来るためには地域にある程度の人口密度が必要で、シャッター街が出来たような場所ではもう、淘汰寸前なのかも知れない。
それでも、一軒でも多くサバイバルして欲しいと考えるなら、低価格なキャッシュレス決済の端末の普及は、必須な気がする。本当に、サバイバルだよなぁ。

両極端があるのが寂しい。何十億の年俸をもらっていても不足に思っているらしい、カリスマがいたみたいだ。その一方で、100円の利益を出すのに、どれだけ売らないとならないか、悩んで、売上を実現できなくて、自殺する人もいる。どちらも、違うでしょ、と思う。人生なんて、今回が最後じゃないんだから。

ただ、「人は、何のために生きているか」と言う話題は持ち出さない。もう書かない。聞かれたら、答えは持っているし、過去随分書いてきたし、きっと話し始めたら止まらない。ただ、より「効率よく」多くの人が自己実現していくためには、「無駄を省く」ことは良いこと、なんだろうと考える。この過渡期、考えるべきこと、やるべきこと、できることは多いようにも感じる。

個人がインターネット経由で簡単に買い物をする、一見中間マージンを省いて「効率化」しているように見えながら、実はものすごい「非効率化」が進んでいる部分もあるような気がする。例えば、東京のAさんが、大阪のネット商店からXという商品を買った。その全く同じXを、大阪のBさんが東京のネット商店から買っていたら、そのXという商品は、同時に、一つは東京から大阪へ、もう一つは大阪から東京へ、と逆向きの物流に乗って移動する。相殺すれば物流コストを削れるのに、それぞれが個人購入だから、この「無駄」が見えてこない。と思う。
かつては、「問屋」などの「中間業者」があったために、ある程度この物流の最適化がなされていたのかも知れない。この問題を解決するためには、「個人の購買」の情報までどこかに寄せなければならず、明らかにプライバシーの侵害がある。何らかの施策を行わないと、二酸化炭素の排出量とかにも相当な悪影響を及ぼしそうな気がする。同じことが世界規模でも起きるんじゃなかろうか。

「箱物信仰」の行政トップの思考なのか、東京オリンピックの後は大阪万博が決まり、どちらも「経済効果」が謳われている。でも、潤うのは土建屋だけ?じゃないか、と言う気がする。確かに、納入する企業などの裾野では恩恵に被るところもあるだろうけれども、やはり、そう言う経済団体がバックアップしている政党が今「一強」状態だから、どうにも流れは止められないのかもしれない。

「経済が仮想化」する中で、仮想化できない領域は何だろうか、と考えてみると、例えば、医療、福祉、保育、教育など、「ヒト」に対するサービスを提供する経済活動じゃなかろうか。この領域は、「価値交換」の中間プロセスが最初からない。消費税など、当初はこれらの領域に税金をより多く投入できるように、というようなお話だった気がするが、何だか優先順位を一番最後に下げられて、大都市圏の箱物ばかりに資金投下されているように感じて、すごく「変な感じ」がする。なぜ消費税を上げなければならないか、の、議論の発端がどこかに置き忘れられている気がした。その消費税を上げるショックを緩和するために、キャッシュレス決済で5%の還元?どういう思考プロセスなんだろうか。部分最適化?

僕が一番苦手なのは、この「部分最適化」で、悪い癖で、一旦全体の流れを耳にすると、どうしてもその全体の中でしか部分が考えられない。だから結局、こういう議論の仕方をしてしまう。「この部分だけを切り取って、考えてください」という課題を持たされても、ダメだよなぁ、つい、全体との繋がりがくくり付いてしまって、部分の切り出しがどうしても出来ない。
そういう人間が書いている話題だから、もしかしたら、致命的な間違いがあるかも知れないが、その点はご容赦願いたい。

昨今のニュースを聞いていて感じた違和感を、言葉にしてみた。