ストレスと恐怖と

夜9時には眠くて、テレビをつけたまま眠っちゃって、目が醒めてしまった午前4時。
これぞ、ジジイの証!

やることが多い。細かく分解したToDoが20項目を超える。今日中に、なんてつもりのがそのうち二つ。次に急ぐのは、定期試験の問題作成か。専門学校は、大学より一ヶ月遅い。
やり方のわかる仕事でも、規模が大きくなり数が増えると、面倒臭いと言うか大変と言うか、手をつけるのがシンドイと思うことがなくはない。だけれども、「面倒」だとか「大変」だとか思った瞬間に、「あ、負けてる」と思うようになった。気持ちで負けると、仕事は仕上がらない。
昨日、学生のプログラミング発表会があった。性格の明るい子、暗い子、色々で「プレゼンテーション」としては評価は分かれるけれども、コンテンツはどの子も素晴らしかった。「楽しい」と感じられるなら、面倒なプログラミングも苦にならない。それが仕事となってしまうと、同じことをやっていても、ハードルがものすごく高くなる。「仕事だ」から「やらなきゃならない」になり、それが「面倒臭い」となったら、それだけで勢いが止まる。
勢いだけで仕事をして、勢いだけで言葉を発している僕にとっては、もうこれは致命傷で、どんなに面倒臭いと思っても、コンスタントにアウトプットを出せるように自分を仕向けるのが、自己管理の第一歩だ、なんてことに気付いたのは、「ジジイ」にまで至らないまでも、もう「いい歳した大人」になってから、だったかも知れない。

これって、子供の頃、親に褒めてもらった経験があるとか、ないとか、そういうのも関係していて、人によってはもっと早いのかも知れないけれども、少なくとも僕自身は、自分自身で「面白い」と思えなくなると、いい歳した大人になっても、何もできない傾向は強かった。

スキーで言えば、急斜面に挑む、って言うか、なけなしの格闘経験で言えば、柔道で試合に臨むとか、そういう時にも、もしかしたら似たような気持ちがあるのかも知れない。
この場合には、「面白い」と思えるかどうか、よりも、「恐怖」とのちょっとした戦いもあるような気がする。未知の相手に挑む。不思議と、多少なりとも経験を積んでくると、相手が未知であっても、例えば、初めてのゲレンデであったり、初めて組む相手であったりしても、それほど恐怖は感じなくなったりして、自分はどうすべきか、冷静な判断っていうか、「ここは、あのコブを右から回る」とか、「この人は、押されると弱そうだ」とか、「冷静な判断」ができるようになってくる、ような気がする。

さてと、長すぎる前戯、もとい、長すぎる話の枕。(いかんなぁ、午前4時とかだと、ついこういう単語が・・・)ここからが本題。

日本には軍隊はない、と信じている。自衛隊は、言ってみれば「護身術」というか、身を守るためのものであって、攻めるための組織ではない。それは憲法で定め、ちょっとでも外に出ようとすると、鬱陶しいくらいの議論が国内で湧き上がる。それでいいと僕は思っている。あくまでも、Self Defence Forceであって、それを看板にしているのは日本だけだと思う。仮に、国連のPKOに参加するに障壁があったとしても、むしろ誇らしいことだと自分は考えている。個人の考えです。
PKOったって、戦闘やめさせるのに武力が必要っていう前に、武器の流通を止めろ、と。蛇口を全開のままで、水を汲み上げるポンプを世界中から集める、っていう発想が間違ってると思う。水商売の方々に議論が翻弄されているんだ。いかん、話を戻す。

自衛のためであっても、いざという場面に遭遇した際には、冷静に状況分析して次に何をすべきか判断し、あって欲しくはないけれども、いざとなったら命をかけてでも戦うという行為をしなければならない人たちだと思う。敬意を評したい。恐怖や、ストレスを感じる前に、やるべきことを冷静に判断し、戦わなければならない。

ところが、徒にやれ「恐怖を感じるほどの距離」だとか、「威嚇だ」とかいう感情的なリアクションをもし自衛隊が口にしたとしたら、「あんたら、自分たちの職業をわかっているのか」と言いたい気がする。「この腰抜け」と。

マスコミに出てきて「怖かった」とか「恐怖を感じた」とか、ごちゃごちゃ言う前に、なぜそうした状況になったのか、なぜ相手がそこにいたのか、それを冷静に分析すべき立場だろうと、自分は考える。そうした分析ができないのなら、そうした職業を名乗るな、と言いたい。それで給料をもらうな、と言いたい。
戦闘状況になるなどは、絶対に避けるべきだ。それを避けるために外交がある。いかにして、他国と友好関係を築くか、自国の感情のままに相手を翻弄する、それは外交ではなく、幼稚な自己主張だと自分は思う。

翻って、外交機関に「友好構築」という機能を委ねた上で、国防の最前線では、可能な限り抑制的に、ちょっとでも危険的な接触があっても、感情的になるのではなく冷静に、なぜ、その場でコンタクトが起きたのか、分析すべきなのだと思う。自国の民間人が相手国のEEZを犯していないか、原因は色々とあるはずで、その分析もせずに「恐怖した」とか「怖かった」とか、そんなことをマスコミで発表するような「腰抜け」とか「能無し(脳無し)」は、日本には要らないと思う。
日本の自衛隊の話です。念のため。外国の軍隊のことだったら、腰抜けとか脳無しの方が、ありがたい。

いずれにせよ、仕事として行うなら、相手の立場を尊重し、というよりも、歴史も事態の背景も、すべて正確に相手を理解して、友好関係を築くことを外交の主目的とすべきだ。どんな仕事でも似たようなことが言えるという気がする。そもそも、相手を正確に理解せずに戦うなど、目隠ししてコブ斜面に挑むに等しい。独裁者は平気でそれをやるから、やたらと自国民が死に難民が増える。

子供の頃はとにかく、相手の主張に耳を傾けることができなかった。自分は、どれほどジジイになってから、多少なりとも相手の立場を理解できるようになったのか、自分はとにかく遅かったけれども、やっぱりガキには難しいんだろうな。
それでも、職業としてその立場についたら、面倒なことでも「面倒」だと考えずに出来るようになるのが、大人、なんだろうな。なんてことを、自分に言い聞かせている。

ToDoが多すぎる。目がさめちゃった。(朝が早いのは、ジジイの証!)
今日の仕事、始めようか。
ほんと、「暇」がない。時間に余裕があったら、あのニュースを耳にした次の瞬間に、このページを書いていたんだけれども・・・