確かに日本は反省すべきだ

あれこれとニュースを見ていて思うことがある。
日本は、少なくとも過去を悔いて、反省すべき点が3つはあると思う。

まず第一に、日清戦争の後、下関条約で清国に朝鮮の独立を認めさせたこと、だろうか。清国から賠償金を取るだけで十分だったのではないかと思える。朝鮮はそのままの状態で、中華人民共和国の少数民族の一つとなっていても良かった、と韓国は主張している。韓国では1894年の時点では既に、日本の干渉が好ましくないことだったと論じている。明らかな、日本の誤りだったと思う。

第二に、日露戦争の後、ポーツマス条約で、ロシアに韓国での日本の優越権を認めさせたこと、だろうと思う。という以前に、そもそもが、朝鮮半島が絡まなければ、すなわち、ロシアが「不凍港」として朝鮮半島を欲していたのならば、黙ってロシアの好きにさせていたなら、日本人の兵士に余計な犠牲など出なかった。今を思うなら、あれほど無駄な死に方をした日本人はいなかったのではないだろうか。

第三に、何と言っても、韓国併合だろうと思う。
—イザベラ・バード、『朝鮮紀行』講談社〈講談社学術文庫〉、1998年、pp.343 f(@wikipedia)

朝鮮人官僚界の態度は、日本の成功に関心を持つ少数の人々をのぞき、新しい体制にとってまったく不都合なもので、改革のひとつひとつが憤りの対象となった。官吏階級は改革で「搾取」や不正利得がもはやできなくなると見ており、ごまんといる役所の居候や取り巻きとともに、 全員が私利私欲という最強の動機で結ばれ、改革には積極的にせよ消極的にせよ反対していた。政治腐敗はソウルが本拠地であるものの、どの地方でもスケールこそそれより小さいとはいえ、首都と同質の不正がはぴこっており、勤勉実直な階層をしいたげて私腹を肥やす悪徳官吏が跋扈していた。このように堕落しきった朝鮮の官僚制度の浄化に日本は着手したのであるが、これは困難きわまりなかった。名誉と高潔の伝統は、あったとしてももう何世紀も前に忘れられている。公正な官吏の規範は存在しない。日本が改革に着手したとき、朝鮮には階層が二つしかなかった。 盗む側と盗まれる側である。そして盗む側には官界をなす膨大な数の人間が含まれる。「搾取」 と着服は上層部から下級官吏にいたるまで全体を通じての習わしであり、どの職位も売買の対象となっていた。

この状態の韓国を併合するのに、どれほどの負担を日本国民が負ったのか。かつ、その結果についての現在の韓国の対日姿勢を考えるならば、この「致命的な誤り」についての歴史的教訓を、日本は深く考えるべきだ。

すなわち、朝鮮半島にいかなる事態が起きようとも、日本は干渉すべきではない。無論、日本人が拉致されている以上、拉致問題だけはなんとか政府の責任で解決すべきだろうと思うが、それ以外については、人道的な支援も含めて、一切朝鮮半島には関わるべきではない、その教訓を日本は刻み付けるべきだ。

明らかに日本には、歴史的に反省すべき誤謬が多い。そう思う。

これらを考えるに、まさかそんなことはないと思うが、仮に韓国が財閥支配だの、官僚による恣意的な政治だので経済的な危機に陥ったとしても、一切日本は関与すべきではない、ということになるのだろう。まさか「支援要請」など来るとは思えないが、仮に来たとしても、それに応じようとしたら「韓国併合」の伏線となった朝鮮王朝への干渉と全く同じことになり、100年後に糞味噌に日本を貶す材料にされてしまう。一切、関わるべきではない、その「歴史的な教訓」を日本は学び取るべきだと思う。

イザベラ・バードの著書は、日本語でアップしてもあまり説得力がないので、原典を入手して、今後韓国政府が何か発言したら、英文の原文を抽出して(「蕎麦に入れ歯」にならないように注意しつつ)アップしようか、なんてことを思うが、余計な支出だよなぁ・・・やめとこ。

そんな暇があるなら、イザベラ・バードの「日本紀行」の方の原文を読む方が、はるかに楽しそうだ。あれこれ、思うことはあるけど。

あるバグの話

僕が大学生だった頃の話だから、たぶん、15年前くらいのことだろうか。
(ツッコミ無用)

アメリカのある放射線治療器で、プログラムのバグで患者が死んだ、そのバグの話が、何かの雑誌に掲載されていた。なんで読んだか覚えていない。指導教授の内山先生が「新医療」という雑誌を購読されていて、研究室ではフリーアクセスで、あれこれ読めたけれども、それだったか、なんだったか。

どういう状況かと言えば、操作画面で、まず、放射線の線源を選ぶ。アルファ線照射とか、ガンマ線照射とか、切り替えられる画面だったらしい。次に、線量を入力する。その線量を入力した後で、Enterキーを押さずに下向き矢印[↓]を押して画面移動をすると、線源が切り替わってしまうという現象が起きてしまったらしい。つまり、医師(か、または日本だったら放射線技師)は、画面上はガンマ線の線量としてある値を入力した、ところが、その線量のまま内部的にはアルファ線照射に切り変わってしまう、という現象が起きてしまった、らしい。

今改めて、そのストーリーを思い出してみて、一般的な機器設計を考えたなら、おそらく、画面上の入力は生物学的効果比(RBE)を乗じた線量当量(Sv;シーベルト)ではなく、線源線量/照射線量(C/Kg)か何かで設定したもので、たぶん、ガンマ線やベータ線のつもりがアルファ線に切り替わった、という感じの現象が起きたに違いない。結果的に、患者に致死量の放射線が照射されてしまった、ということのようだった。

コンピュータプログラミングの経験のある人なら、このストーリーを聞いて、どんなプログラム構造だったか、すぐに見当がつくに違いない。if/else、あるいは、switch/caseなどの「条件分岐」の「組み合わせの想定漏れ」か、あるいはトラップの入れ忘れ、などが重なったに違いない。

このプログラムを書いた方を擁護するならば、当時のコンピュータは、マイクロコンピュータで主記憶32kバイトとかだったし、数千万円もする、こうした医療機器制御用のミニコンピュータでも、プログラムが利用可能なメモリサイズの上限が十数キロバイトとか、今では考えられないほどプログラミングの制約が大きかった。テスト手法なども限られていた。時代が違う。
ただ、当時は「殺人プログラムの危険性」として有名な話だったと記憶している。

JRのチケット発行システムのバグ、も、なんだかこれに近いロジックのチェック漏れじゃないかと感じた。なんだか、バグを出したプログラムの論理構造が眼に浮かぶような気がする。Javaかなぁ。

CやJavaのプログラマの場合、古い人なら大体経験があると思うけれども、

if( 条件 )
{
 条件が成立した時に実行するプログラムX
}

なんていう構造は、よく書くだろうけれも、ついうっかり、これが

if( 条件 );
{
 条件が成立した時に実行するプログラムX
}

とかになっていると、このプログラムXは、条件が成立しなくても常に実行してしまう。たった「;(セミコロン)」一つで、使い物にならないソフトになる。(システムを壊すのは、極めて簡単。たったの一文字書き換えれば、見た目エラーにならないのに、動作はおかしくなる。)こんな程度のバグが見つからずに、数日徹夜したりもした。これだけ抜き出せば簡単そうに見えるけれども、数千行ある中からこの部分を特定するのだから、それほど簡単じゃない。(これは一例ですが。)
最近のIDE(統合開発環境)はだいぶ賢くなってくれていて、こうした凡ミスに警告を投げてくれたりもするんだけれども、「間違い方」によっては、文法エラーにもならないし、見かけ上は「まともなプログラム」で、新人とかだと、全く、論理を辿れないケースもあるかも知れない。

わかりにくい変数名や、紛らわしい変数名は使うな、なんてことを言い出すのはベテランだけ。若手にはなかなかその理由すら通じなかったりする。これは経験の問題かも知れない。

最近、小学生からプログラミング教育を、なんて、やっているけれども、あれは「才能発掘」には役立つだろうけれども、早くからプログラミングの発想法に馴染めば、プログラミングの才能が伸ばせるか、と言えば、私は懐疑的で、論理展開の能力は、素質が半分以上を占める気がする。
大学生の場合だと、1年生でも恐ろしくセンスのいいプログラムを書く学生が毎年3%とか5%とかはいるけれども、長くやってればセンスが身につくとは限らない。だから、「新人だと、なかなか原因がわからない」という表現は、あまり正しくない気がする。センスがない人だと、たぶん中堅でもバグの原因はわからなかったりする。
論理展開能力は「議論」とかしてみたらすぐにわかるし、素質がある人なら「プログラミング学習で身につく文法知識」とかマスターするのに一ヶ月かからない。むしろ、読書(濫読)の方が役立つような気もするんだが。あるいは、ジグゾーパズルとか。
話を戻して。

そんなことがあるから、最近、僕は大学院の授業では、TDD(Test Driven Development; テスト駆動開発)とか、BDD(Behavior Driven Development; 動作駆動開発)に、軽く触れている。平たく言えば、「システムテストを最初に網羅的に書き上げて、そこからプログラムを組みましょう」という、従来とは真逆のアプローチのこと。今までは、仕様書が出来上がってから、システム開発が終わりに近づいてから、必死で「テスト手順書」とかを書き上げた。(この手順書も、「役に立つテスト」にするには素質が必要だという気もする。)そうではなくて、最初に、プログラムの振る舞い(Behavior; 動作)を先に規定して、そこからプログラムに入っていく。そんな方法。
ただ、あまり面白味がないし、地味だし、なぜ大切かは、たぶん院生くらいじゃまだわからない。結果だけ早く欲しがる「経営者」ウケは、あまりしないだろうし。昔っから「急がば回れ」って言うんだけれども。

Rubyでは、結構この辺が定着してきている。Pythonの場合は、ごめんなさい、まだ勉強中。ただ、CとかJavaだと、いわゆる「レガシー」に縛られ過ぎていて、身動きが取れないんじゃなかろうか。きっと、JRでも金融機関とかでも、CobolとかJavaとか、その辺のあまりコード生産性が高くない言語に「レガシー」とかでこだわって、人海戦術で何千万とか何億とか投下して、その上に、テストだけでも何千万とかを上乗せして、力技で解決しようとしているんだろうか。話を聞いてみると、「方法」を洗練させたり、新しいプラットフォームを試すような「冒険」を避けて、レガシーの焼き直しとか、とにかく人海戦術で人を掻き集めて、力技で大金を投入してシステムを仕上げようとしているような、なんだか方向性が違っているような気もする。私には関係ないから、どうでもいいけど。

今日、実は新規案件のお話を伺ってきた。最初「初回お試し」のつもりで格安で仕上げたら、その「初回お試し」料金が定着しちゃって・・・。今回も、高い金額を言ったらたぶん「開発そのものを諦める」感じだから、まあいいかなという金額で、要するに頼みたい側が払える金額で作る、そんな感じになるんだろうけれども。僕がそう言う性格だから、これはこれで、もういい。
もし、同じシステムを大企業が受けたとしたら、たぶん、新人を交えて3人から5人くらいのプロジェクトになるんだろうか。頭数が複数になったら、まず意思疎通に時間が取られる。新人教育なんかも兼ねて、会社としてペイする金額で受注したとしたら、(あまり、こういう墓穴を掘るような話題は書きたくないけれども、)僕が一人で2ヶ月で仕上げる仕事を、3人から5人で短くても4ヶ月くらいでやる感じになるだろうか。給料水準も違うし、大企業の場合には「退職金積立」だの「年金積立」なんかの分もコストに加算して、しかも「利益」を出せる水準で見積もりを出すとしたら、当然、アノくらいの金額になるんだろうな、という予想がつく。試算すると気が滅入ってくるから、やめよう。「年金」かぁ。働けなくなったら、もうあんまり面白くないから、そこまでで、もういい。

そろそろ、非常勤講師を辞めて、システム屋に専念したい、そんな気もしているけれども、やっぱり、大企業との「格」の違いは痛感する。同じものを納入しても、たぶん、金額の桁が違う。いや、それでも、あの大学の教員をやっていた頃よりは、まず気分的に楽だし、仕事が安定すれば、今の方がいいように感じるから、ベストかどうかは別にして、ベターな選択肢だったと納得はしているが。

こういう言い方は、なんだか、やっかんでいるみたいで、あまり良くないかも知れないけれども、大企業が力任せの開発を続けていれば、もう限界に来ているから、たぶん今回みたいなバグの話は今後も増えるような気がする。そうなってくれば、新しいプラットフォーム、新しい環境に挑戦している若い世代にもチャンスが回ってくるような気もするし、僕も、どちらかと言えば、次にチャンスをつかむグループに食い込みたい。新陳代謝が起きようとしている時だとしたら、「特定の条件で、画面がフリーズする」なんていう話を聞くと、「なるほどなぁ」という感想しか出てこない。
(やっぱ、やっかんでるじゃねぇか。)

さてと。これから日付が変わるまでに、一気に基本設計を書き上げる。SEは、一に体力、二に気力。三、四がなくて、五に素質、かなぁ。(個人の感想です。)

活け造り

欧米人が拒絶するものに、日本料理の「活き造り」がある、らしいと聞いている。残酷だと。生きている魚を目の前で捌いて、食べる。ただ、これにだって、理由があると、書きたくなった。あんまり書きたくない韓国の話題。「牛の反芻」が始まっちゃって、眠れん。派生的に、あれやこれやと、思考のカーソルが飛びまくってる。

江戸時代の日本。冷蔵庫なんかなかった。動物性タンパク質、と言うと、哺乳動物が中心なんだろうけれども、仏教の影響で、江戸時代の日本では「四つ足」の生き物を食べる習慣がなかった。それでも、ウサギなんかは食用にされていたらしい。但し、あれは四つ足。そこで詭弁を弄して「あれはトリの仲間だ」と、お互いに言い聞かせて食用にした。だから、ウサギの場合には、一頭、二頭ではなく、一羽、二羽と数える。そう理解している。
クジラは「四つ足」ではない。あれはもう、日本人にとっては、骨も歯も、何から何まで使えないものはない程、捨てるところがない程、食料から生活必需品にまで、活用されていた。肉が貴重だったのは言うまでもない。その日本の食文化。牛や豚のように「飼育」している訳じゃないから、資源保護に問題がある、と言う視点ならば、理解できる。けれども、捕鯨に反対する理由が、可哀想だからと言うのならば、なぜ牛や豚は可哀想じゃないのか、その違いが僕にはわからない。似たような反論をする知人は、大勢知っている。ただ、反論と言っても、日本人どうしで話をするだけだけれども。
鯨肉は、だいたい加工食品として流通していた。一体から採れる量が多いから、その場ですぐに加工する必要もあったのかな?たまにしか食べなかったけれども、鯨肉は「ご馳走」だった。小学校の給食にも良く出た気がする。誰かが日本人のソウルフードだとも言っていた。資源保護のためならば分かるけれども、残酷だという指摘は、どうしても納得できない。

ちょっと話が逸れた。

江戸時代以前の日本。魚は貴重な、日常的には唯一と言ってもいい動物性タンパク源だった。ところが、魚は傷みやすい。獲れてから時間が経てば、腐り始める。刺身で食える、なんていうのは、海に近い町でしか経験できない贅沢だった。古い魚を食えば、中る人だっていただろう。鮮度がいいか悪いか、目利きもいたに違いないけれども、庶民は、魚売りを信じるしかなかったんだろうな、という気がする。腐った売れ残りの魚を買って、食あたりで死んだ人なんてのも、いたんだろうなという気がする。

地方によっては、サメなんかも食用に工夫したらしい。サメの場合には、死ぬとすぐにタンパク質の分解が始まって、アンモニアが発生するらしい。そのため、とても食えたものじゃなくなるらしいんだが、それを何か工夫して食用にした地域があると、うろ覚えに覚えている。アンモニアのお陰で内陸に運び込んでも、腐りにくい。それが珍味になった。どこの何だったか、思い出せないけど、ググるのはやめておく。いずれ、もっと老けた時の楽しみに、ということで。記憶違いならそれはそれで、何が化けたか、図書館とかに籠って探す楽しみとかもありそうだ。
アンモニアって言えば、ニューギニアで食べたコウモリの燻製のアンモニア臭が、って、話が相当に脱線してるだろう。

埼玉県は海なし県。うちが貧乏だったから、ということもあるんだろうけれども、大学に上がる頃まで魚は塩鮭の切り身くらいしか食べたことがなかった。安心して食べられるのは、塩漬けにした鮭くらいで、他の魚は値段が高かったから買わなかったんだろう。干物もあまり食べなかった。肉もたまにしか買ってこない。その代わり、我が家の裏に養鶏場があって(風向きによっては、鶏糞の匂いが家に充満したけれど)卵は一籠50円で(たぶん、20個とか30個くらいか?子供の頃の記憶なので、誇張があるかも知れないけれど)いつも僕が買いに行った記憶がある。卵かけご飯は朝食の定番。鮭の切り身だって、たまにしか食べなかった。だから、成人してもかなり長い間、魚はうまく食べられなかった。ほとんど経験がないもの。大学時代も仲間と居酒屋に行く、なんてことはなかったなぁ。誰かの下宿に転がり込んで、レッドとかで、ほとんどツマミなしで潰れて寝るまで騒ぐだけ。
話を戻して。

鮮度の高い魚が買えない庶民は別にして、多少「格式」の高い割烹とかなんかでは、刺身にする魚の鮮度が高いことを、はっきりとわかりやすく伝える必要もあったんじゃないか、と想像する。一番わかりやすいのは、客の目の前でまだ生きている魚を捌くこと、だったんじゃないだろうか。たぶん、だけれども、魚の「活き造り」の文化は、まだ冷蔵庫とか冷凍庫、冷凍車両などが普及するはるか以前から、「鮮度の高い魚」を提供していることの「証明」のような行為だったんだろうと、私は推測している。生きたまま運ぶんだから、コストがかかり、金持ちじゃないと食べられない。刺身を食う行為も、港町を除けば、ステータスシンボルだったかも知れない。暇があったら調べて、確認してみたいけれども・・・

オーストラリアのどの州だったかな(ニューサウスウェールズ州だったかな)「残酷な方法で魚介類を調理すること」を法律で禁止している州がある。あれなんか、中国料理を標的にしているんじゃないか、なんていう噂もしていた。ロブスターなどのエビとかカニとかを、生きている状態からいきなり揚げたり焼いたりするのは、法律違反。同様の法律は、欧米でも地域によってはあるらしい。あまり調べていないけれども。ただ、中華料理の場合でも同様の事情はあったんじゃないか、という気がする。なぜそういう習慣が定着しているのか、理由を調べれば、必ず理由があるはずだと思う。鮮度とか別の理由があるのに、「残忍だ」と括られるのは、釈然としない。

日本の刺身も、盆栽も、みんな「残酷だ」という議論を聞いたことがある。中華料理で、生きた魚を気絶させて、胴体だけを揚げる。魚が息を吹き返すと、口はパクパク動くのに、体は揚がっている。確かに、やりすぎのような気がするけれども、鮮度が高いものを料理したことだけははっきりと伝わる。この鮮度のアピールが理由だったんじゃないかと思う。

確かに、冷蔵庫も冷凍庫も普及している今現在は、流通が良くなって埼玉でも鮮度の高い魚は買える。でも、それならすぐに冷凍したり氷水に入れるのは残酷ではないのか?残酷でない殺し方って、何?牛や豚の屠殺、一撃で脳天を割るんでしたっけか?麻酔はしないの?

これも思う。日本語の「いただきます」の一言には、生き物の命をいただく、その命に対する感謝とか、畏敬の念も込めている、そんな話も聞いたことがある。鯨だって、あらゆる部位を「無駄にしない」(無駄にしたら「もったいない」)それが、鯨の命への敬意だと、それは当たり前のように(少なくとも昔は)日本では親から子へ教えていたことのような気がする。

何にせよ、「事実誤認」に基づく「誤解」は、訂正可能になったなら、誰かがいつか、きちんと訂正していかなければならない、そんな気がする。

話題の発端は何?「従軍慰安婦の強制連行」は、事実無根で、おそらくは北朝鮮の対日工作が発端だと(数多くの状況証拠は、日本国内では広まってきたが、)それが話題の発端だった。あれなんか、まことしやかに、国連でのアピールまであって、決議まで出たんだっけか?金日成の亡霊の仕業か?ってな話題が、どこに脱線したんだか。世界中に売春婦の銅像を建てまくる国なんて、歴史上、初じゃないだろうか。

かくして、脱線に次ぐ脱線で、元の話題が何だったか訳が分からなくなるのが、私でした。

程度の問題

戦時中の高級売春婦の話題が、またとんでもないことになっているみたいで。
あの人たちが、(細かいところは忘れたけれど)中尉とか大尉クラスの士官クラスの収入を得ていた、なんていう話題は、ものすごく事実認定が容易なのに、もはや全く話題にすらならない。
哨戒機へのレーダ照射問題を見ていて、そういうやり方なんだと理解した。都合の悪い話はすり替えて、一切触れなくなる。やめとこ。事実認定の話まで遡って何回書いたか。くどい。

やはり天皇陛下への謝罪要求なんて、日韓関係はもう修復不能としか思えない。マッカーサーですら、皇室に手をつけるのは避けたらしいのに。
占領軍の賢明な判断だったんだろう。もし皇室を断罪していたら、日本中で生麦事件のようなテロが起きて、治安維持のために占領軍のアメリカが日本の民間人に向かって発砲したり、どう考えても「占領政策」は失敗していたと思う。結果的に、日本が再び「主権」を取り戻すのが、何十年も遅れたりもしたかも知れないし、当然、日米が友好関係を構築することもなかっただろうと思う。
それほど微妙な問題だ、ということを、全く理解していない。かの国会議長は「なぜ、こんな騒ぎになっているのか、まったく理解できない」とか仰ったらしい。理解できないんだから、理解しなくてもいいんじゃなかろうか。いかに自分たちの主張だけを繰り返して、相手を理解しようとしていないか、その典型だと思う。

例えば、車どうしで接触事故を起こしました。10:0で、こちらが悪かったとする。(そういうことに、しておく。)一度は示談が成立したのに、後になってから「やっぱり不十分だ」と騒ぎ出し、ついには、「お前の親が、一千万円俺に支払ったら、納得してやる」とか言いだしてきた、なんだか、そんなレベルの気分がする。
韓国の国会議長?なんだろうか?本当に?「程度」っていうものがわかっていない。「それをやったら、解決する」とか言ってるが、確かにそれだけの額を受け取って、新車が買えるくらいの補償をされれば、受け取った側は、「とりあえずは納得した」とか言うだろうが、そんな額を請求された側がホイホイと応じる、とでも思っているんだろうか?
そういえば、日本にもそう言う人たちがいる。道を歩いていて、肩が触れたら(というよりも、向こうからぶつかって来て)お前が悪い、謝れ、財布を出せ、金さえ出したら許してやる。そういう人に関わっちゃったら、もう、どうしましょ、だよなぁ。
そういう相手だという前提で、今後は付き合うしかないんじゃないだろうか。もはや、友好国ではないし、修復不能だろうと言う気がする。

そもそも、100歩譲って、と言うか、あり得ないとは思うけれども一万歩くらい譲って、陛下の謝罪があったとしたって、彼らの方は、ほんの三歩歩いたあたりで「謝罪が不十分だ、新天皇も謝罪しろ」とか言い出すか、何をしたって収束なんかしそうにない。この要求が、どれほど異常なレベルか、あの国会議長は理解できないとおっしゃる。

普通、国会議長なんて務めるくらいの政治家だったら、こうした交渉ごとのレベルとか、程度とか、さじ加減とか、見極めができないものなのか?自分たちに都合の悪い「事実認定」を一切せずに、一方的にエスカレートさせる。本当に目的が「沈静化」だとして、本気で理解できないとしたら、余程能力がないのか?そうでないとしたら、もう一つ可能性はあるような気がする。

私の仮説ですが、話題が持ち上がったタイミングは、ちょうど日本で「北朝鮮は素晴らしい国だ」と喧伝を始まった時期、のように思う。そもそもが「従軍慰安婦の強制連行」は、金日成が仕掛けた巧妙な対日工作で、見事に花を咲かせて、完全に韓日の分断には成功した、ように見える。
見た感じ、文大統領よりも金正恩氏の方が賢い。韓国の動きは、完全に北朝鮮の思惑に沿っていると思ってもいいのかも知れない。だとしたら、かつての韓国ではない、北朝鮮を相手にしていると考えて、透かしてみて、文字通りの「傀儡」を相手にしていると考えるべきじゃなかろうか。韓日関係を分断することが最重要であって、それ以外の選択肢には韓国政府は決定権を持てない、そういう相手だと思って付き合うしかないんじゃないだろうか。


最初は、タチの悪いジョークだと思っていた。
韓国の人は、黄河文明よりも1000年古い5000年前に韓国で文明が発祥し、それが中国にやインダス地方にも伝わった、と信じている、と。そんな遺跡があるなら、見てみたいけれども、根拠を示す必要がないのが韓国流。だと、言いたくなった。
韓国の人は、日本のものを、何でもかんでも、韓国がルーツだと言うよ、と誰かに聞いた時に、そんな中傷をするな、と思ったんだけれども、どうも実際にそうらしいと理解してきて、特に最近、僕自身も相当に嫌韓に傾いている。そう言う発言ばかりが、やたらと日本でも流れる。

日本で教科書問題(戦争をどう次の世代に教えるか、で、右と左で喧々囂々の議論)が起きた頃、それならば、中国や韓国はどんな歴史を教えているんだ、と言う話題を目にして、何だか、海外でもひどい教え方をしていると思ったこともある。アメリカですら、「歴史」は、「戦後軍事裁判の正当性」に誘導するために作られた世論に基づいていると感じる。

大学時代、学習塾でバイトをしていた頃、確か社会科を教えていた先生が、早稲田の政経の人で、国際政治学専攻だったと記憶している。その人と飲んだ時に、言われたことがある。政治では、「何が事実か」なんて、問題じゃない。相手にどう信じ込ませるか、世間をどう誘導するか、世間一般にどう受け入れさせるか、そちらが問題なんだ、そうだ。理系の自分は反論した。「事実に基づいていないなら、いつかはバレるんじゃないか。」「そういうところが、理系だよな」その時は、こちらも折れなかったけれども、今ならすぐに折れるかも知れない。
「学識がある」のが少数派で、ない方が多数派だとしたら、その多数派に、いかに「思い込ませて、誘導するか」が政治の根幹なのかも知れない。
これも昔何かで読んだ話題で、金日成は、愚鈍だったからソ連が傀儡にするのに都合がいいと思って、祀り上げた、と。ところが、結果だけから見たら、かなり優れた「政治家」だったのかも知れない。(いや、「政治屋」と呼ぶべきなのか?)
話が逸れた。

教科書問題に話題を戻すなら、相当に左寄りで政府に批判的な人も加えてもらって、その上で日本で「日本史」として通用している内容と、韓国の教科書の内容を比べる、なんてことを、一度やってもらったらいいのに、とも思うんだが、もうたぶん、遅いんだろう。
欧米ですら、第二次世界大戦後の「戦争裁判の正当性」を演出するために創作された「歴史」が、結構紛れ込んでいて、特に学習能力の高い有識者ほど、それを事実として信じている、そんな気もする。

文大統領が、韓国で教えられた内容が事実だと信じ切っていたとしても、それは仕方ないのかも知れない。
ただ、明らかに迷惑だ。自力で修正できないのならば、文大統領が大統領で居続ける限り、日本との関係修復は不可能だと思う。
日本も、悪いことを悪かったと謝ることはすべきだ。ただし、事実に基づかない話題に関して、なぜ謝る必要があるのか、その「事実認定」に遡った時点で、もはや、議論は成立しなくなる。もう、そう言う国だとしか言いようがない気がしている。いや、捕鯨問題の欧米だって、同じかも知れない。日本の言い分に耳を傾ける欧米人は、少数派だと思う。鯨が可哀想だ。それなら、牛や豚は可哀想じゃないのか。完全なる決めつけ、だと思う。

やり切れない話題を思い出した。僕がどうしても「心臓発作の予知」だけは、仕上げたくて、「科研費」の申請を出すために、コンプライアンス規定に法って、兼業届を出した。だって、「会社の経費」でパソコンなんかを買っていたから、かろうじて大学の仕事も続けられていたんで、会社を畳むつもりなんか毛頭なかった。研究開発だけは、今でも降りる気は無い。
ところが、その「兼業届」を却下されたその理由が、「自分で会社をやりながら、科研費を申請するなんて、絶対に悪いことをするに違いない。だから却下」だそうで、やり切れないと言うか、なんと言うか・・・あの時に気分に似ている。
言わせてもらえば、まだ俺は何も悪いことなんて、してないでしょうが。まだ何もしてない。なぜ、まだ何もしてないのに、悪いことをするなんて、決めつけるんだ。この一言に尽きるだろうな。
(あんまり、まだ、まだ、とか言うなよ。)

こういう、思い込み、とか、決めつけ、とか、多すぎる気がする。インターネット時代。フェイクニュースもそうだろうか。噂の拡散。事実認定よりも、「面白いかどうか」が問題。あるいは、見た目がそれっぽいから本物だと信じる。あるいは、売春婦だったおばあちゃんたちが可哀想。可哀想な人に同情したから、自分たちはいい人。みんなと一緒に騒いで、いい人になった気持ちを味わいたい。そういった群集心理はあると思う。いや、韓国の人を責めているんじゃない、一般論として日本だってこれは多いし、世界中で同じかも知れない。

蒸し返したくないけれども、あまりにしつこいから、繰り返せば、従軍慰安婦は売春婦であって、一回の行為にも、日本兵は相当な金を支払っていた。(情けないよなぁ、本当に男って。他人のことは全然言えないけど。)そういう「史料」はいくらだって、ある。男の情けなさを象徴するように。
決して、売春婦という職業を見下すつもりはない。親に売られた、他に金を稼ぐ手段が見当たらない、特に昔は事情は様々だったと思う。(いや、現代でもその事情に大差がないという話もある。)泥棒をするよりも、よほどまともだと思う。むしろ、プライドを切り売りしているんだから、正当な対価だと言えなくもない。ただ、洋の東西を問わず、そうした職業を見下す文化は少なくない。そちら側の感覚も、「常識」的にはわからなくもない。要するに、何が正しいとか、悪いとか、そういうことじゃなくて、ただ人間ていうのはそういう生き物なんだ、と、それだけじゃないか、という気もする。
話が逸れた。

ただひたすら、その場の雰囲気に流されて、事実関係を確かめもせずに、騒ぐのだけは自戒したい。特に、インターネット社会で、これは怖い。フェイクニュースのいくつかには、僕も騙された。騒ぎはしなかったけど。フィッシング詐欺も、会社のサーバにウイルスを仕掛けるためのメールも、まさしく思い込みで騙される人間の心理を突いている。
元々の李承晩政権が、将来を見通して、当時の「歴史教科書」を作ったとは思わないけれども、一方でそういうのを信じ切っている人たちとは、もはや会話が成立しないんじゃないだろうか。信じたのが詐欺ならば、自分に実害があるから、すぐに間違いだったと気づく。だけれども、間違っていたって、自分に実害がなければ、軌道修正は困難だ。

大元の事実を、証拠に基づいて確認する、たったそれだけで解決する問題も、相当に多いんじゃないか、っていう気がする。だけど、感情的になって、事実確認を迂回して騒いだら、もう、どうにもならない。

無題

本当にだらしない。情けなくなってくる。

学校に行く直前まで、パーツをいじくり、電車の中では別件の編集作業したり、レポート採点したり、で、学校では授業。複数の仕事をパラレルに時分割しているうちに、仕事のファイル、道具が机の上で混ざってくる。デスクトップに全然関係のない窓が散乱。書きかけのメモ。90日経過したからパスワードを変えろ、と。その時のメモが書きかけで開きっぱなし。ヤバいだろ、開きっぱなしでいたら。半田付けして、リード線の補強にペーストを塗って半田を流したら、ペーストが瞬時に蒸発して弾けた。飛んだ先に、自治会会計の通帳が剥き身で置いてあって、ニアミス。やべ。なんで片付けてない?Aの件での電話の応対で開いたファイル、得点がギリギリ足りない学生からのメール応対で開いたpythonのプログラムファイル。見積書を出す都合で引っ張り出した法人印も戻してない。それをスキャンしてPCに取り込んだUSBも、ハンダゴテから5cmくらいのところにあった。ヤバすぎるだろ。

ひどすぎる。のに、ふと、気づいてしまった。割り込み中に別の割り込み。一つも収束させないまま次の作業。ちょっと、片付けないと、と思いつつ、あれもこれも、納期、締め切りギリギリで・・・。電話やメールの後、その前にやってた作業に戻れてない、のが、まず過ぎる。今日は祝日。電話もメールもない。それで気付けたか。

俺、めちゃくちゃ変なことを書いたかも。レンタルサーバのSSLから半年間吐かれている接続エラーのログは、WEBから落としてバックアップ。レンタルサーバが「システムを更新」してから、SSH接続どころかtelnet接続もできなくなった。唯一、ftpだけで管理している。データベースのブラウズも作り直し・・・直しかけのまま8ヶ月中断。そのログと、Raspberry Pi接続で、ssh-agentに吐かせたログの所在は、全然別。あれもこれも、ごちゃごちゃにデスクトップに開きまくって、頭までおかしくなった。ヤバい。客先ごとの応対、変に混じってないよな?ってか、いい加減にログも掃除しないと、要らないのが多過ぎるだろ?何で見てすぐに気づかない?

とにかく明日、一件仮納入したら、まず、机を片付けよう。それと、どの仕事がどこで中断しているか、手が空いた時にどこから再開したらいいのか、メモを残してデスクトップの窓を全部閉じて、一旦Macをシャットダウンすべし。通帳、印鑑も定位置に戻すべし。えぇとですね、印鑑の保管場所は、トイレの便器洗いブラシの下です。嘘ですが。

もしかして、以前学生に(偉そうに)5Sが大事、整理、整頓、清潔、清掃、躾が製造業の基本だぞ、なんて・・・偉そうに・・・語ったかも。訳のわからんことを書いたのが、ブログだけで済んで良かった。ヒヤリ事故だ。偉そうに、よくもあれこれ書くよなぁ・・・メチャクチャ、メンタルがおかしい。血圧も高いけれど、テンションも異常で、頭の中で全部の仕事や、トラブルが混ざってる。いや、でも、今止まったら、止めたらもう後が無い。

so-netさん、ごめんなさい。完全に勘違いから来た八つ当たり。発端となったミスはso-netだけど、何の連絡もなく処理をしてくれないのはComodoの責任。その両社を選んだのは私の責任。

午後4時半かぁ。今日も当然走りには行けない。ヤベェ、何とかしなきゃ、と思って、不安心理でゾワゾワして、このページを書き始めた、その直前、俺、何の作業してたっけか?(あ、ハンダゴテのプラグ!)

Raspberry Pi

ようやっと、2台目の環境構築が終わった。納入機。結局わかったことは、microSDは、16GBと謳っていてもメーカーによって微妙に容量が異なる。運悪く、開発機の方が大きかったから、disk imageのサイズが噛み合わなくて、Raspbianのイメージ焼き付けからやり直しになった。ただ、結果的に余計なものを「入れてから消す」つもりだったのが、最初から「納入用の必要最小限の環境だけ」になったので、良かったんだろう、と思う。開発機のコピーからの消し忘れは、怖いですからね。

たぶん、ちょっとでも時間に余裕がある時「開発済みアプリ」のデモ用に、貸出用も作る。今の所、メインの開発マシンはMacBookAirだけれども、将来性は大きい。だって、たったの6千円で10年前の10万円のパソコンと同じ機能を実現できるんだから。

だから、学校教育はLINUXにして、MicrosoftじゃなくてOpenOffice(今だったらLibreOffice)にしろ、って言ってるのに。確かに、モニター+マウス+キーボードがないとどうしようもないから、一概に比較はできないけれども、コスパはこっちの方がはるかに上。パフォーマンスは、まだイマイチだけれど、人間の思考速度で、ワープロ、表計算、プレゼンテーションを扱うだけならもう遜色ない。操作性もそんなに違わない。操作画面のレイアウトが違うだけ。
それでも、ポケットに入れられるし、microSDだけ持ち運ぶなら1cm角ない大きさだから、腕時計の裏側にセロテープで貼り付けたって違和感がない大きさ。

伸び代が全然違う。なぜそう言い切れるか。取材する暇がないから根拠は示さないけれども、僕の主張の根拠を詳細に示したなら、たぶんそれだけで本が一冊書ける。暇がないから書かないだけ。

25年前くらいだと、LapTop PC(膝乗せPC)で仕事をするって言ったって、そもそも重さが違うから、江戸時代の石抱きの刑

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/0/0e/Ishidaki.JPG
みたいな重さの「膝乗せパソコン」で仕事する感じだった。しかも、電車の中で使っていて、うちみたいに「池袋に出るのに1時間半」だと、片道分のバッテリーすらもたない。ところが、それが今はもう、ポケットに入るんだから。

以前、情報系の雑誌で「スーパーマーケットで、気軽にパソコンを買い物カゴに放り込む時代が来る」なんてことを書かれていた。15年くらい前だろうか。

早くもバッタモンが出てきた。橙パイね。詳細はご自由にググってください。某国の悪口にしかならないから、書かない。コアになる技術は圧倒的に日本が強いんだから、高品質でありながら、そこそこの低価格っていう路線で、ガラパゴス化を避けながら、まずは、日本の情報教育向けに試作してみたらいいのに。学校とかだって、人数分10万円のPCを揃えるよりも、モニターなどを込みで2万円程度に抑えられたら、情報教育のコストを下げられると思う。
ただ、日本ではMicrosoft教徒があまりにも多いから、どうせ聞く耳を持ってもらえないとも思うが。っていうより、どこなんだろうか、PanasonicとNECか?富士通も?そういう大企業と、経産省とか文科省あたりの癒着なんて、あるのかないのか。私立大学の判断は、性能ベースだと思うが、官公庁とか、教育機関となるとどうなのかな?なんとか商会とか、「政商」は多いですからね。(おっと、やっかみ!)

いいネーミングが必要かも。Pocket Computer(ポケコン)とか、Nail Size Memory(爪の大きさのメモリ)とか。とにかく、通勤、通学も楽になるのに。
最近、僕もようやっとスマホでの入力速度が、多少速くなった。Bluetoothでスマホと連動させてもいいかも知れない。

でも、僕の言うことを鵜呑みにすると、たぶん、大半の人にとって「怖い」ことになるかも。みんなが裸になる。

20年もしないうちに、「統計」がアンケートを取るのではなく、必要な情報が直接収集できるようになる、と思う。嘘をついたら、すぐにバレるようになる。検索エンジンが、よりインテリジェントになる。googleに匹敵するシステムが、インドや、東欧などでも作られるかも知れない。自分を飾らない、本当のことを正直に口にできる人なら、全然困らなくても、何かと誤魔化して、都合の悪いことはひた隠しにして生きているような人とか、そういう会社にとっては、生きにくい世の中になるかも。というよりも、死活問題だろうな。嘘や誤魔化しで世間を欺いて「業績」を上げて、高い給料、高い年金を手にしている人は、少なくないと思うし。そういうのを大事にするなら、時代遅れの技術にしがみつくのが賢明かも知れない。「脳みそを鍛えるために、パソコン禁止、社員はそろばんを覚えろ!」って、なったりなんかして。

裸になったって、気にすることないのに。みんな似たようなもんなんだから。誹謗中傷?子供がたくさん傷ついてる「学校裏サイト」?大丈夫。過渡期だから。嘘を拡散した人は、「あいつが嘘を拡散した」と逆に元を辿れるようになるから。きっと最後まで抵抗するのは、政府機関とか大企業だろうな。結果的に「情報化」にも乗り遅れて、何て言うんだろうか”Erosive Revolution”(浸蝕性革命?)とでもいうのか、そのResistance(抵抗勢力)とは「自分たちのやっていることを、世間に公表できない勢力」みたいな扱いで、見下されるようになるのかも。その丸裸化は、安倍にやらさずに、野田さんにやって欲しい。

Raspberry Piを手にして、果てしなく妄想が広がった私でした。寝る!

ハードウェア

寝て起きて、Raspberry Pi+AD変換カードを眺めた。
よくみると、結構美しいんだよなぁ。

ソフトウェアは、目に見える形がない。画面のコードだけ。触ることができない。それに比べて、ハードウェアは、触ることができる。
加えて、制御デバイスとか、形のある機械部品って、なんだか個性があって独特の雰囲気がある。

なんだか、ホッとした。こいつを動かす。命を吹き込む。

人が絡む制度は、自力じゃどうにもならないことが多い。迂回するしかなければ、迂回する決断が必要かも。淡々と決めたらいいだけだ。
だけど、ハードウェアもソフトウェアも、自分が間違っていなければきちんと動作する。作ってる人間が壊れてたら、どうにもならん。
ふんばんべ。
メンタル崩壊寸前。なんて言ってられん。

絶望的なサービス品質

僕の、というよりも弊社のこのサイト、実はSSLを立てている。ところが、「更新」手続きの際に、ちゃんとお金を払って、認証キーの再発行を申し込んだのに、レンタルサーバの会社(so-netです)が「古い認証キー」を送ってきた。それで海外の認証局にそのキーを送って、設定した後になってから、so-netは「実は間違ったキーを送りました」と連絡してきた。

その海外の認証局に、「更新されたキー」を登録したら、ところが、全く更新してもらえない。夏休みごろ、ちょうど仕事の納品が重なって、そちらのやり取りに手が出なかった。ここに来て、クレジットカード決済の関係で、国家試験の学習サイトの有償サービスのリンクのエラーがどうにもならなくて、SSLの会社(Comodoという会社です!)に設定を急ぐように依頼した。

散々、so-netとComodoとやり取りした挙句、会社の実在証明で、法務局の法人登記簿謄本のpdfを送ったら、「日本の代理店に送って確認する」とかなんとか返事が返ってきたものの、もう2週間以上、放置されていて、全く手続きが進まない。「クレーム」としてあげると、返事は返ってくるものの、手続きは全く進まない。

結局、1年契約のSSLの認証サービスなのに、もう半年以上、「正しい暗号キー」が設定されないまま、放置されている。

国家試験の学習システム。無償で使う人がほとんどで、実際には商売には全くなっていない。僕自身が教材に使うくらいかなぁ。だから実害が少ないといえば、少ない。だけれども、金を払って「認証局」に暗号キーの認証を依頼した以上、使えるようにして欲しい。

最近ちょっと、イライラがMAXなので、so-netとComodoの実名を出してボヤいてみた。so-netのレンタルサーバは、基幹サーバを全部海外に移転したらしく、IPで辿ったらトルコの住所が出てきた。データベースも、リスポンスが極めて悪い。確かに安い。だけれども、必要最小限のことしかできないし、してくれない。

以前使っていたレンタルサーバの会社、こっちの方が安いとか嫁が言い出して、勝手に一番安いso-netに切り替えてくれたもんで、使い勝手、リスポンス、サービス、最悪になった気分だ。ブチ切れないと、直接文句を言えない僕の性格が良くない。「口出しするな」となぜ言えなかったのか。これも、俺が悪いのか。

大学教員だった頃、サーバの設定に時間をかけることなど、思いもよらなかった。毎年、空きの出た科目の担当を任されて、毎年教材をゼロから作る作業で、臨床工学関連など、気づいて見たら、臨床医学以外は全部の科目を担当していた。流石に、臨床医学は医者でなきゃ無理だからか。暇なんてない。毎年ゼロからの教材作成。だから、30科目近く自分で教材を作った。(お陰様で、臨床医学も含めて、臨床工学の国家試験対策は、全科目担当できる。ありがたいことです。今だから言えるけれども。)それなのに、あの大学では、直属の上司からの「准教授推薦」を3回も蹴られた。こんな感じのブログを書いてましたからね。文句をいう奴は、徹底的に叩き潰す。それは、組織として当然と言えば当然か。黙らせる奴は黙らせる。黙らせられないと思ったら書類を書き換える。それが日本社会。
会社の仕事なんて、全然できなかった。あ、それもやめた理由だったな。大学が忙しすぎて、会社の経理を嫁に任せたら、子供のいない専業主婦なのに、300件程度の領収書の処理に半年以上かけて、しかも、税務署に法人決算の申告をするのに、書類作成に数年がかりで、申告書があまりにも出せないもので、青色申告を取り消された。その時点で、どんなに忙しくても、会社の経理は自分でやる、と決めるべきだったけれども、大学が忙しすぎた。

そもそも、大学の専任教員時代以来、給料の管理も全部嫁に任せていたら、何故か今はもう、実家のあれが壊れても、これが壊れても・・・やめよう。この続きは、適当にご想像を。

結局、現時点で、自分でサーバを立てるなど思いもよらず、レンタルサーバにしても、認証設定を自分でできるように、サーバの言語、RubyにしてもPythonにしても、Rails, Django、あれやこれや、自分で設定できる環境で設定できるような、たぶん、サクラインターネットなら出来るのかな?検索しても、ほとんどそんなところが出てこない。自分でアプリを立てるとしたら、海外のサーバに丸投げしているようなレンタルサーバは、少なくとも自分は、もう絶対に止めることに決めた。

そもそもが、日本の法務局なんて、相変わらずハンコ主義か。ハンコなんて簡単に偽造できるのに。まともな電子化対応ができていない。認証局を国内に探せばよかったんだろうけれども、海外の方が一桁安かった。だから海外の認証局に申し込んだんだけれども、法務局の法人登記簿書類を海外の認証局では扱えない、というのは、(まさか、法人登記簿を要求されて、もしかして、日本の法務局も、英文の登記簿謄本を発行してくれるのかも知れないけれども、)自分でも盲点だった。わかったよ。日本国内では通じる「法人の実在証明」も、海外では通用しない。クレームあげても、蕎麦屋の出前の返事と同じか。「今、日本の代理店に頼んで、登記簿を調べてもらってます。」3週間もかかるか!?いや、うちの嫁は、領収書がたかだか数百枚の法人の決算書類を作るのに、数年がかりだから、相当に忍耐強くはなってるけど。

なんやかやで、日本は本当に遅れているというか、情報系に関して言えば、大企業ほどサービスが悪い気がする。というか、何をすべきか、もしかしたら理解している人間がいないんじゃないのか?責任者ほど、技術をわかっていない。セキュリティなんて、海外任せでいいと思ってるんだろうな、日本の役人は。国内で探すしかないとしたら、国内の認証局は、やたらと値段が高いんだろうなぁ・・・で、海外で探すと、このザマだ。

女の子が親に殺された事件がらみで、国連に「日本の法的不備」を指摘されたらしい。基本的人権についての日本の法律の不備は、昔から言われているけれど、それだけじゃない、情報系に関して言えば、とにかく、仕事の壁は、官公庁じゃないか?目先、役所の窓口で何を言ったって、門前払いだもん。いや、わかるよ。あんた「役人」の仕事をしてたって、「役人」でしかない。その名前以外、一切の能力を持ってない。どうしたらいいか。海外を焚きつけて、大元の官庁をビビらせるしかないんじゃないか?

なんだかもう、絶望的な気分になって来た。稼いでいるつもりなのに、やたらと宅配で化粧品は届くのに、何が壊れても修理が出来ない。

俺、どんな悪いことしたんだろ。

なんで、こんなにブチキレてる?いや、SSHでRaspberry Piと繋ぐのに、トラブったのが発端だった。暗号通信のログを見たら、so-netがらみのゴミが大量に出て来て、それでレンタルサーバの手続きが何も進んでいないのを思い出して、やっぱ、金がないとどうにもならんかと、思った思い出したのが、発端か。だって、自家中毒みたいにゴミが多いと、外部侵入のログの見分けがつかなくなるでしょうが。要するに、ゴミしか吐き出さない信じようとした相手が悪かった、ってことか。ってな発想で、稼いでいるはずの金がどこに消えてるのか・・・俺のタバコとか酒とか?いや、自分の小遣いは法政の非常勤で全部賄ってる。なんでこんなに、頼んだ覚えのない宅配が、俺の名前で届く?

仕事してたら、「今年の法人の決算書」を送らなきゃならない場面があるのに、なぜ、領収書が数百枚程度の会社の決算書類の作成に年単位で時間がかかる?大学と、専門学校の非常勤の他に、会社で請負のソフトを書いて、金の出入りも決算も、全部自分で処理するしかないのか。冷凍食品のレンチンなら、俺だって出来る。朝食の食器が、夜中に母屋に戻ってもそのまま。学校に着ていくワイシャツは、一旦洗濯機の前に置くとタンスに戻るのは2週間後。ここから先、どこまで「やらなきゃならないこと」を増やさなきゃならないのか?いや、洗濯機から取り出して干すのも、食器洗いも、仕事にしたら数十分。学生一人を相手にするのと大差ない。
アレはもう、とっくに諦めて、千葉にいた頃から大人の映像作品頼み。(このページ唯一の下ネタ絡み、だけれども、オトコとして肉体を持っていたら、解決しなきゃならない切実な問題じゃありませんか?)

余計なものを切り捨てないと、仕事だけじゃなく、やらなきゃ生活できないことが増えるだけのような気がする。どのイライラを、どこに、どう、ぶつけていいのか、全くわからなくなった。家庭内?行政サービス?国内の情報サービス?あれやこれや、ループしていて、思考停止状態かも。

真面目に考えて、単身で、会社の拠点を海外に移すのが、生活再建の必須事項か、なんていう気がする。無難な選択って、これしか残っていないかなぁ。
今のゴタゴタは、全部自分の選択ミス!全部俺が悪い。だったら、どうする。思いつかない。悔しい。バカだ。老けた。

10倍速?

microSDのバックアップ作成に失敗。その経緯。まず、Etcherでデバイス指定したら、数100MByte、容量が足りない、と言われた。管理領域を食われたか?と勝手に思って、ddで試す。

sudo dd if=/Users/watashi/Documents/raspi-bup.img of=/dev/diskN

Ctrl-Tで経過観察。遅い。あまりにも遅い。で、Ctrl-Cしてググる。そしたらこれを見つけた。

デバイス名にrを付けて/dev/rdiskNにすると10倍速く焼けます
bs=1mオプションを付けると10倍速く焼けます

速い!絶叫もの。数分で16GByteのmicroSDが焼けた。ラッキー!

と思って、ブートを試したら、kernel panicで起動しない。コピーエラーか。ビット落ち?それとも、キャッシュの誤動作?他のサイトを見ると、bs=1mオプションはつけていたけれども、/dev/rdiskNは指定していない。違いはなんなんだろうか。ざっくりと、直感的に、16GBのフラッシュメモリ(E2PROM)への書き込みが数分で終わる、なんて、ちょっと信じられない。速すぎる。

8GByteで50分かかった、とか書かれていたけれども、そちらのやり方でやるしかないんだろうなぁ。やれやれ。

いや、待て。公称16GByteは、本当にメーカが変わっても完全に同じ16GByteなのか?Etcherの指摘は、デバイスの違いか?それとも、原則可能と信じて試すか?

煮詰まった。ついググって、YouTubeで爆風スランプの Runnerを聞いた。何やってんだか。ついつい・・・

でも、ありがたいんだけれども、いいんだろうか。著作権?ご本人がアップしたのかなぁ。今、本当に、どういう時代なんだろうか。

走る、走る、俺たち。流れる汗もそのままに。の次。

いつか、辿りついたら。

そうだよな、いつかは終わる。マシンに仕事してもらいながら、別の仕事しよ。rを外してダメだったら、Raspbianから入れ直す。長距離走だ!

と思って見たら、JessieがStretchにバージョンアップしていた。スルーしていいんだか、いけないんだか・・・もう、後戻り出来ない。そうだよなぁ・・・

Electron

Raspberry PiのmicroSDの複製を作成するのに、Etcherが便利、らしい。調べて、インストール。

そしたら、「Electronのプラットフォームで作成された」らしく、いや、待てと。Electronって、どこかで目にした。調べてみたら、GitHubの一味か?

https://electronjs.org/

ChromiumとNode.jsを使っており、HTML、CSS、JavaScriptのようなWeb技術で、macOS、Windows、Linuxに対応したデスクトップアプリケーションをつくることができる。(WikiPediaより)

いつ頃から?Version 0.1のリリースが2013年、ネットの記事は2015年頃から。火がついたのは昨年あたりから?そうか、まだそんなに「時代遅れ」でもないのか。
(追記:わかった。いや、十分既に「時代遅れ」です >> 自分)

Ruby on Railsや、Python on Djangoは、MacOSでもWindows, Linuxでも動作する。でも、これらは純粋なサーバアプリだから、用途によってはElectronがいいのかも。これは、回避できない。

さてと・・・

「いつ見ても疲れた顔してる」あ、そうでしょうか。実際、気分的に相当疲れてるかも。Moving Goalpostじゃなくて、Sprung Goalsだからなぁ。モグラ叩き。「使いこなせていない新技術」が、また一つ増えた。


その後、ネットサーフィンして追記:

Apps built on Electron

With Electron, creating a desktop application for your company or idea is easy. Initially developed for GitHub’s Atom editor, Electron has since been used to create applications by companies like Microsoft, Facebook, Slack, and Docker.

Electronで開発されたとされるアプリケーションのリスト:
Skype, GitHub Desktop, Figma, Flow, Beaker Browser, Hyper, Kap
Now Desktop, Insomnia, Svgsus, Simplenote, Collectie, GitKraken
Ghost, WebTorrent, 1Clipboard, Discord, WordPress.com, Caret
JIBO, Visual Studio Code, Kitematic, Slack, Atom

いや、このリスト自体、試しておかなきゃと思うのがあって、手が出ていないというのに・・・。こういう考え方って、良くないよなぁ。最先端のものにすぐに飛びつく。あんた、どーゆーミーハーなんだよ >> 自分

なんて思いつつ、「知ってるよね?」「はい、名前は聞いたことがあります。」「ってことは、使ったことはないんですね?」これは怖い。でも、振り回されると一つも身に付かない。優先順位が大事、なんだろうなぁ。

で、どこから手をつけます?
それはもう、確実にお金になる仕事から、でしょうが!何を悩んでるんだ >> 自分

でも、焦る

焦る、焦る、俺たち。流れる冷や汗もそのままに・・・

派生的な影響

日付が変わったのに、現在もお仕事中。正確に言えば、コマンドを叩いたのが遅すぎたから、時間のかかる処理の応答が返ってこなくて、加えて、マシンの応答が鈍くなりすぎて(わかってます、4つくらいタスクを立ち上げたから・・・)それを待つのに、することがなくて、駄文を書き始めた。

テキストエディタは、軽くていいね。オペレーティングシステムの授業をやってた頃に、学生に何度も行った。「EmacsかVimは、使いこなせるようになれよ。そういうコマンドは、最悪の場合、オペレーティングシステムが起動しなくても、起動用ファイルの修復に使える、不可欠のツールだから。システム復旧を担うような立場になるなら、絶対に覚えておけ」なんて言いつつ、実はVimではなくて、MacのMiで書いてるけど。

夕方、NHKのラジオで言っていた。「外国人労働者の受け入れに伴って、日本国内で、外国人の子供たちの不就学が増加している。国は、地方自治体に全部押し付け。」いや、性悪説には根ざさない。悪いことをして生きようとする子供なんて、生まれてくるはずがない。ただ、生き抜くために、どうしようもなくて悪いことをするようになる子供は、たくさんいる。そう思う。(Ass Holeの糞には、絶対に理解できない)海外のそうした現状を知らない役人が、目先の「外国人受け入れ」に走って、派生的な影響を考えない。日本の場合、犯罪に走らなくても、仕事はある。その結果、日本国内なのに、小学生の年齢の外国人の子供が、工場で働いて、月収十数万円、なんていう話をNHKで流していた。犯罪に走らない、走らせない、それだけ仕事があるのはいいことだとして、じゃぁ、小学生の年齢の子供が教育を受けずに、もしかしたら日本語も話せずに、製造業で仕事をするって、何なの?それでいいの?と思う。日本国憲法は、外国人の教育には言及していない。憲法の改正が必要なら、こっちが先じゃないか?それなのに、安倍総理は軍事ばかり。政権政党の政治家の「あるべき姿の希求」への、感覚の絶対的欠落が、嘆かわしい。

安倍総理の仕事は、業界団体の言いなりが基本。軍需がらみは、全部軍需産業の言い分を丸呑み。それで、武器輸出三原則をあっという間に閣議だけで潰して、日本を武器輸出国にした。アメリカがトランプになってからも、アメリカの軍需産業の言いなり。弱みを握られてますからね。貰うもの貰っちゃったから、仕方ない。金を握ったおかげで、弱みを握られた。本人は、キンタマ握られてる気分なんだろうなぁ。気持ちいいのかね?気持ち悪いのかね?ゴキブリ総理、もとい、5期ぶり総裁。モリカケ、統計不正、何にせよ、隠し事が多すぎる。「外国人労働者受け入れ」だって、日本人の労働者の労働環境すら本気で考えているとは見えない団体の言いなりだから、その子弟の生活だの、受け入れた外国人の待遇だの、本気で考えてるとはとても思えない。等閑、ただその一言。子供たちが可哀想だって、それ以前に、社会人でも孫請けレベルの僕らだって、十分に可哀想なクチだとは思うんだが。仕事の単価を上げたくたって、潤沢な資金のある中小以下の製造業なんて、どこにあるの?それでも、IoTだの情報化だのに対応するのに必死。僕には子供はいないから、単価はいくらだって下げられるけれども、だけど、一応はプロだから、もう少しリアクションのいいマシンで、せめて15万円くらいのハイスペックなコンピュータで仕事をしたい。
と、言いつつ、コンビニなんかで盛んに学生募集しているどこぞの大学では、専任講師の年間の研究費が10万円で、その中から、高校への営業訪問の交通費やら、その際の名刺代やら、全てを賄えってな感じだったから、自力で仕事の環境を構築できる自営に戻ったのは、たぶん正解だし、どうにもならないのは、僕の実力不足、自己管理力不足、なんだろうな。仕方ない、頑張ろう。体が壊れることも、もう怖くはない。後は、行けるところまで行くだけ。

「武器輸出三原則の廃止」にしても、(流石に「核兵器三原則」までは廃止していないけれども、)「外国人受け入れ」とか、あれや、これや、その結果どうなるという「派生効果」をあまりにも、考えていなさすぎる。というよりも、派生効果まで考える能力がない。目先、「支援団体」の言いなりになれば、政権は安定する。あの人は、日本の将来よりも自民党政権の持続、自民党所属政治家の「飯の種」しか考えていない。目先、業界団体の言い分を聞くことで、「このように、皆さんの言い分を聞いて、その通りにしました」と、それを成果に唄うばかりじゃないか、という気がする。
麻生元総理の失言なんて、わかりやすい気がする。あの人、「受け入れた外国人の子弟」がどうなろうが、日本の政治の管轄外だと思っている気がする。失言聞いてりゃ、よくわかる。そもそも、日本人の貧乏人の生活感覚なんて、「なんで俺が、そんなもん気に掛ける必要がある」ってな感じで、言葉の端々に、それしか現れていない。なんで、あんな政治家を選ぶんだろうか。利権主義だろうな。ぶら下がって、陳情すれば、横車を押してでも金儲けができる。地元の選挙民なんて、それしかないのか、という気がする。それが、安倍や麻生を選んだ選挙区民の人間性の限界か。(悔しい、キレのない毒舌。)

トランプを選んだアメリカ国民は、馬鹿だと思っていた。鉄鋼に関税をかければ、アメリカの自動車業界に致命傷を及ぼすくらい、普通に考えていたらわかりそうなもんなのに、「それがアメリカの自動車業界のため」とばかりに、実行しちゃうんだもの。このままトランプなら、いずれ、「アメリカブランドの自動車」を残すために、欧州や日本にアメリカの自動車業界が、ぶら下がるんじゃないか?
メキシコ国境に壁を作れば、不法移民を根絶できる?どういう発想だろうか。例えて言えば、床の上に一面、ゴキブリホイホイを敷き詰めれば、ゴキブリを根絶できる、ってな発想だろうか。ゴキブリに羽があるのを、絶対に理解できてない。ちょっと学習したら、上の方から出てきて、直接食い物に辿り着くと思う。ゴキブリの場合ですが。
あんなのを、大統領に選んじゃうんだから、とも思うが、日本の場合も大差ない。安倍総理の施策、波及効果を考えていないものが多すぎる。現場でそれを処理する官僚も、たぶん今は昔と違って、日本のことなんて考えてもいない。自分の退職後の年金とか、天下り後の、「2年いただけで、退職金数千万円」みたいな外郭団体の給料だとか、その程度の意識しかない人物が、大量に採用されているんだろうか。「官僚集団」という組織の自己防衛に最適な人物(=目先の金になるなら、国のことなんてどうでもいい、悪いことでも平気でします、的な人)に、つい目がいっちゃって、採用したりするのかも。自分はそうじゃない、と思うなら、どんどんと内部告発したらいいのに。もっと波風立てろ、と思う。大丈夫。馘首になって、退職金すらでなくたって、月額数万円で、100円ショップのおかげで、そこそこ「豊か」な生活をしている人は、いくらだっているから。政治のおかげで、そういう生き方を見つけた人は多い。
しかも、田舎に来たら、食うには困らない。「生きている実感」が欲しいなら、それだけは得られる気がする。

もう遅いんだろうな。消費税還元のポイント制度だとか、あれやこれや、武器輸出三原則と同じで、騒いだって、どうにもならないのか。安倍は、強引でしかないから。

ひどいのは、泉佐野市か?本来、別の自治体が「正当に」納付されるはずだった税金を、横取りする、それだけの施策だと思う。「還元」というのは耳障りはいいけれども、それだけ行政が使える「ネット(正味)」が減る、ということだと思う。そうした、ネットの目減りを覚悟してでも、財源に乏しい自治体が、自分たちの工夫次第では財政を整えられる、それを狙った制度なんじゃないか、と思うけれども、アマゾンなんて、あまりにもあざとい。制度の悪用としか思えない。自分さえ良ければ、それでいい、それでアマゾンを儲けさせてでも、かつ、日本国全体としての「税収」なんて知るか、泉佐野市さえ良ければそれでいい、でしょ?泉佐野市も含めて平均すれば、明らかに目減りする。トランプ並みに、「公共」という発想を欠いた施策だと思う。

もっと、もっと、「派生効果」とか、「マクロな視点」とかを、(もう、トランプとか、泉佐野市とか、いい歳して枯れかけて、理解力とか良心とかに期待できない人たちは別にして、)若い柔軟な、次世代の日本人には、「自分がこれをしたら、大きい視点で、こういうメリットがあり、一方で、(ここが大切だけれども、自分以外を含めたマクロでは、)こんなデメリットもある、」と、そういうことを、しっかりと学んで欲しい、という気がする。
教育こそ大事、なんて言いつつ、ぶっちゃけ僕自身も含めて、疲れたら手抜きするからなぁ。

って、なんだか十数分前に、(あの、スローなマシンが)処理を終えて、コマンドが入力待ちになってた。
あまりにも、あまりにも、やるせなくて、書きたいことがありすぎて・・・
もっと、視野を広げようよ・・・ってか、日本ではトランプみたいなのを、選挙で選ばない程度に、賢くなろうよ、なんて思う。

それはそうと、マシンに金をかけられないなら、体力と気力で仕事をする。やっと、応答するようになったもんね。他人はどうでもいい。頑張る。

3期目

やっと仕事が一区切り。これから僕はプログラマ。で、雑用を一気に整理。

どうやら、自治会の会計、3期目もやりそうだ。区長も腹を括ったらしい。皆さんねぇ、「あそこのあの人は?」「定年まであと○年」声をかけても、「悪いなぁ、仕事があるから」いや、それを言うなら、私だって、区長だって、仕事はあるんだけれども・・・

会計をやってると、嫌でも役場への申請書類だの、社会福祉協議会からの文書だの、目を通す。金の流れが把握できる。「会計が嫌なら、区長をやらない?」どうしてそうなるんだよ!「嫌です。まだ、会計の方がいい。」「はい、決まり。」ってな感じだったかなぁ・・・会計のバトンを渡したい人が、そもそもみんなまだ現役。だから、俺だって、現役なんだけど・・・

愚痴っても、仕方なかんべや。待てよ、あの人に3期ぶりに復活してもらう、とか、あの人に4期ぶりに復活してもらう、なんて方策もあるか、と見てみるけど、「もう、勘弁してくれ」だろうなぁ。もう一声、5期ぶりはどうだ?え?5期ぶり?

ふと、ピンときた。安倍→福田→麻生→谷垣→安倍ですよね?確か。安倍総理って、5期ぶりの復活総裁?5期ぶり総裁?あ、ゴキブリ総裁だ!なんてのに気づいてしまった。誰も何も言わないんだもの。でも、5期ぶり復活の際に、きっとマスコミなんかでこの表現出たんだろうなあ。なんだお前、今頃気づいたか、なんて言われそう。遅すぎた!でも、せっかく気づいたんだから、敬意を込めて、今後はゴキブリ総理と呼びたい。亥年ですしね。

それはそうと、3期ぶりのYさんや、5期ぶりのSさんに会計を頼んでも、ダメだろうなぁ。「Sさん、5期ぶり会計、ゴキブリ会計やりません?」喧嘩売ってるのか、って話ですね。新人発掘かぁ。地元の飲み屋に顔出ししても、リタイアした方とか10年も前に役員やったような方ばかり。目ぼしい方は、皆さんまだ現役。さて、どうする!

2期目のこの2年間、何も布石を打たなかった自分が悪いのか?今度こそ、少しは学習しよう。改めて、さて、どうする?

軽い気持ちで・・・

ようやっと、レポート採点の出口が見えた。

「締め切り」後も、レポート提出のフォルダは遮断しないよ、と公言していた。それどころか、大学の正規のレポート提出用のWebサイトを期日で遮断しても、メール提出でギリギリまで受け付けるよ、とも公言していた。確かにまだ、間に合う。

そういうのを言ってしまうと、締め切り後に出す学生が多数。昔は僕もその一人だったから、あまり偉そうなことは言えない。できれば落としたくないから、自分の点数がわかるようにハンドル名で成績を開示して、自分の点数を把握した上で、点数が足りなければ再提出してもらうように、フォルダを一旦閉じて数字を出してから、D評価とかE評価がついている学生には、とにかくレポートを出せ、あるいは出し直せと、促したくて、このやり方をしている。自分の成績にDとかEとかついているのに慌てた学生が、期限外に大量提出してきて、かれこれ400本くらいはプログラムを読んで、走らせて、スコアをつけただろうか。とにかく残り30くらいにはなった。

ところが、見覚えのある動作をするプログラムが、何組も・・・取り出して比べてみたら、ヘッダ部分の「番号と氏名」以外は、デッドコピーで、完全に同一のプログラムが何セットも出ている。僕らが学生だった頃も、そういうケースはあったと思う。三十数年前、まだ大学院生のTAとして採点をした時は、「手書きで書き写す際に、何が正しいか考えているはずだから、書かれている内容が正しければ、全く同じ文章でも、点を出せ」という感じの採点方法だった。だいたい、演算増幅器(オペレーショナル、アンプリファイアー、通称オペアンプ)の動作原理の説明なんて、似たような文章になることはあり得るし、教科書、参考書を読んで書けば、完全なる同一の説明も、出てくる。それはアリだった。ところが今は、読まずに、ファイル名を付け替えて、名前だけ書き直せば、簡単に他人書いたプログラムを自分のものとして提出できて、しかも、一切内容を「書き写す」ことすらせずに、「提出」ができる。これを容認するか、どうするか。自分が提出したファイルの中身を、本人がおそらく見てすらいない。それができてしまう時代になった。

数年前から、(過去の自分のことは棚に上げて)かなり厳しくするようにしている。理由は、世間であまりにも「ごまかし」がまかり通っていて、それが次から次へと表に出てきて、「偉い人」がテレビの中で頭を下げる景色を連日のように見ているから。僕と同世代もいる。きっと学生時代、「適当に書き写したレポート」で卒業単位をもらって、「世の中なんて、チョロいもんさ」とタカをくくって世渡りして来た人たちなんだろうか。だけれども、「社内ルール」を誤魔化して通しても、誤魔化したのがエアバッグのデータだったら、死者が何人も出た。ビルの杭打ちデータなら、大震災で倒壊して死者が出る危険性がある。新幹線のサスペンションの板厚の誤魔化しなら、脱線して数百人が死傷する危険がある。あれも、これも、日本の「安全神話」の根底を壊しにかかっている。「この程度の不正なら、許してあげようよ」は、通していけないんじゃないか、そんな気がして来て、シフトするようになった。

特に強く感じるのは、昔だったらとにかく手書きで、徹夜してでも必死で数十ページになっても「書き写し」てレポートを書き上げたのに、今は、数百行のプログラムをコピーして、名前だけ書き換えて出して来て、本人は読んですらいない、それは問題じゃないか、という点だった。中には、同じエラーを出すプログラムもある。走らせてすらいない。わかりやすいのは、「変数名」の綴りミス。ブロック崩しのブロックがbrockとか、テーブルがtabruになっていたり、これはもう決定的な証拠にさせてもらっている。レポートだったら、typoがあって、(僕のページも結構あると思うけれども、)「実際に試してたみら」なんて表現がそのまま、同じ場所にあったり。

僕ら教員が、「疲れた、面倒臭い」で、「ことを荒立てるのはやめよう」として、彼らの行為を看過したら、その中の何人かは「世の中なんて、チョロいもんさ」という事実を大学生としての経験で、学ぶに違いない。僕は、僕にできることをしたい。だとしたら、「ことを荒立てて」でも、その本人に「世の中そんなに甘くない」と、知らせるべきだとも思った。(思えば、それで公安に噛み付いて、以後の人生は訳がわからなくなった。)でも、誰かが「おかしいだろう」と気づいたら、もはや誤魔化しが効かない時代にシフトしつつある気もする。2チャンネル?WEB?WikiLeaks?あれや、これや、ほんのちょっとでも良心のある人が「これは変だ」と指摘したら、昔なら誤魔化しが通じたものが、根こそぎ表に出る、ある意味で「いい時代」になったとも思う。だからこそ、この程度の「ほんの出来心の」コピーレポート、コピープログラムの提出も、きっちりと、指摘はしておきたい。
いや、見落としがあるだろうことは、自分でもわかっている。僕が見落とした奴はラッキーで、成績がついた。見つかった奴は、アンラッキーで、この単位を落とした、あるいは、数ランク落ちた。そうだろうか。今、まだ学生で、大した実害もないうちに、単位を落とした程度で「学習」してくれたなら、そのほうがよほど、将来の損失を減らせると思う。どうか、指摘された学生の方に「ラッキー」だったと思ってほしい。気づいて、次からは誤魔化しをしない、少なくとも「技術者」としての責任を全うして、嘘はつかないで仕事をする、そうした感覚は持って欲しい。そう思う。

今は手作業でやっているけれども、「レポート」の一致度を測定するツールは、どこかの大学の先生が作ったみたい。多少の表現くらいは、自分なりの工夫で書き直せ、と思う。プログラムの一致度を測定するツールは、昔からある(瑕疵の検出目的のツール)。ちょっといじくって、数百通の提出レポートでも、すべての組み合わせを試して、一致度を測定してグループ分けするプログラム、くらいは、(今度、それを学生の課題に出そうかなぁ・・・)それほど難しくない。

偉そうなことを言うつもりはない。僕らだって学生の頃、先輩のレポートを必死で書き写した記憶はある。ただ、大学2年の頃(よくある、失恋だとか、目標喪失だとか、あれやこれやが重なって)万事にやる気をなくして、実験レポートをまとめなくなって、形だけ先輩のレポートを書き写して出すのが嫌になって、留年を決めたことはあった。(僕には子供がいないから、その辺の親の苦悩はわからないけど、金銭的には親父とお袋は、嘆いただろうなぁ・・・)納得いかなかったら、次に行きたくなかった。そんな妙なプライドはあった。で、留年した。そのお陰で、あのややこしいMaxwellの方程式を解く問題だって、今でも結構覚えている。僕は、それで留年を決めた。訳もわからずに、書き写しただけのレポートを出すのはやめた。自分がそうして来たから、ある意味で、こういうデッドコピーを出すなら、落とすぞと、本気で言える気がする。自分と照らし合わせても、ケンカの後ろめたさがない。

一旦、プログラムを読んで、レポートを読んで、ざっくりとは数字を出した。日付が変わってしまった。明日、もう一度、詳細の確認を取ってから、本人(たち)と、専任の先生に「不正」として連絡する。確か、運用ルールでは、1回目は「警告」で済ませるはずだと思う。2回目なら、今年1年間の全単位没収だっただろうか。

申し訳ない。僕には子供がいないから、子供の学費を払っている親御さんたちの「財布の痛み」は理解できない。だけれども、あなたの子供が「世の中なんて、ちょろいもんさ」と、平気で誤魔化しをして(いや、私もあなたも、時代として適当なチョロまかしなんて咎められない、甘い経験をして育ったかも知れないけれども、)あなたの子供たちは、はるかに厳しい時代を生きることになると思う。ネット社会である。僕らの時代の「セクハラ」の基準とか、「喫煙者への扱い」だとか、そういった、「そんな程度のちょっとしたこと」が、今どれほど厳しくなっているか、思い起こして欲しい。
だからこそ、仮にこれで「留年」が決まったとしても、遠慮なく落としたい。

ただ、これも追記すれば、過去の実績として、「黙って、成績を書き換える」なんてことは絶対にしなかったけれども、学生に背後霊のごとく張り付いて、点数を出せるだけの課題を消化させてから、合格単位を出したことは、昔専任をやってた大学でも、今の非常勤先でも、やったことはある。本人にその気があれば、ですけどね。

とにかくもう、言いたいことは一つだけ。誤魔化すな。ありのままを表に出せ。バグだらけでもいいから、「これが自分の実力です」と、そのままを提出しろ。なまじっか、他人の書いたプログラムを出すよりも、バグだらけの「自力で書いたプログラム」を提出した学生の方に、高い点数を出したい。その気持ちだけは、ずっとある。

一週間、ひたすら学生のプログラムを読み続けて、爆発したなぁ・・・日付が変わった。学生への「通告」は明日。ってか、まだあと30通くらいは、未採点が残ってた。終わる前に、我慢しきれなくて、ネットに書いちゃったけれども。