軽い気持ちで・・・

ようやっと、レポート採点の出口が見えた。

「締め切り」後も、レポート提出のフォルダは遮断しないよ、と公言していた。それどころか、大学の正規のレポート提出用のWebサイトを期日で遮断しても、メール提出でギリギリまで受け付けるよ、とも公言していた。確かにまだ、間に合う。

そういうのを言ってしまうと、締め切り後に出す学生が多数。昔は僕もその一人だったから、あまり偉そうなことは言えない。できれば落としたくないから、自分の点数がわかるようにハンドル名で成績を開示して、自分の点数を把握した上で、点数が足りなければ再提出してもらうように、フォルダを一旦閉じて数字を出してから、D評価とかE評価がついている学生には、とにかくレポートを出せ、あるいは出し直せと、促したくて、このやり方をしている。自分の成績にDとかEとかついているのに慌てた学生が、期限外に大量提出してきて、かれこれ400本くらいはプログラムを読んで、走らせて、スコアをつけただろうか。とにかく残り30くらいにはなった。

ところが、見覚えのある動作をするプログラムが、何組も・・・取り出して比べてみたら、ヘッダ部分の「番号と氏名」以外は、デッドコピーで、完全に同一のプログラムが何セットも出ている。僕らが学生だった頃も、そういうケースはあったと思う。三十数年前、まだ大学院生のTAとして採点をした時は、「手書きで書き写す際に、何が正しいか考えているはずだから、書かれている内容が正しければ、全く同じ文章でも、点を出せ」という感じの採点方法だった。だいたい、演算増幅器(オペレーショナル、アンプリファイアー、通称オペアンプ)の動作原理の説明なんて、似たような文章になることはあり得るし、教科書、参考書を読んで書けば、完全なる同一の説明も、出てくる。それはアリだった。ところが今は、読まずに、ファイル名を付け替えて、名前だけ書き直せば、簡単に他人書いたプログラムを自分のものとして提出できて、しかも、一切内容を「書き写す」ことすらせずに、「提出」ができる。これを容認するか、どうするか。自分が提出したファイルの中身を、本人がおそらく見てすらいない。それができてしまう時代になった。

数年前から、(過去の自分のことは棚に上げて)かなり厳しくするようにしている。理由は、世間であまりにも「ごまかし」がまかり通っていて、それが次から次へと表に出てきて、「偉い人」がテレビの中で頭を下げる景色を連日のように見ているから。僕と同世代もいる。きっと学生時代、「適当に書き写したレポート」で卒業単位をもらって、「世の中なんて、チョロいもんさ」とタカをくくって世渡りして来た人たちなんだろうか。だけれども、「社内ルール」を誤魔化して通しても、誤魔化したのがエアバッグのデータだったら、死者が何人も出た。ビルの杭打ちデータなら、大震災で倒壊して死者が出る危険性がある。新幹線のサスペンションの板厚の誤魔化しなら、脱線して数百人が死傷する危険がある。あれも、これも、日本の「安全神話」の根底を壊しにかかっている。「この程度の不正なら、許してあげようよ」は、通していけないんじゃないか、そんな気がして来て、シフトするようになった。

特に強く感じるのは、昔だったらとにかく手書きで、徹夜してでも必死で数十ページになっても「書き写し」てレポートを書き上げたのに、今は、数百行のプログラムをコピーして、名前だけ書き換えて出して来て、本人は読んですらいない、それは問題じゃないか、という点だった。中には、同じエラーを出すプログラムもある。走らせてすらいない。わかりやすいのは、「変数名」の綴りミス。ブロック崩しのブロックがbrockとか、テーブルがtabruになっていたり、これはもう決定的な証拠にさせてもらっている。レポートだったら、typoがあって、(僕のページも結構あると思うけれども、)「実際に試してたみら」なんて表現がそのまま、同じ場所にあったり。

僕ら教員が、「疲れた、面倒臭い」で、「ことを荒立てるのはやめよう」として、彼らの行為を看過したら、その中の何人かは「世の中なんて、チョロいもんさ」という事実を大学生としての経験で、学ぶに違いない。僕は、僕にできることをしたい。だとしたら、「ことを荒立てて」でも、その本人に「世の中そんなに甘くない」と、知らせるべきだとも思った。(思えば、それで公安に噛み付いて、以後の人生は訳がわからなくなった。)でも、誰かが「おかしいだろう」と気づいたら、もはや誤魔化しが効かない時代にシフトしつつある気もする。2チャンネル?WEB?WikiLeaks?あれや、これや、ほんのちょっとでも良心のある人が「これは変だ」と指摘したら、昔なら誤魔化しが通じたものが、根こそぎ表に出る、ある意味で「いい時代」になったとも思う。だからこそ、この程度の「ほんの出来心の」コピーレポート、コピープログラムの提出も、きっちりと、指摘はしておきたい。
いや、見落としがあるだろうことは、自分でもわかっている。僕が見落とした奴はラッキーで、成績がついた。見つかった奴は、アンラッキーで、この単位を落とした、あるいは、数ランク落ちた。そうだろうか。今、まだ学生で、大した実害もないうちに、単位を落とした程度で「学習」してくれたなら、そのほうがよほど、将来の損失を減らせると思う。どうか、指摘された学生の方に「ラッキー」だったと思ってほしい。気づいて、次からは誤魔化しをしない、少なくとも「技術者」としての責任を全うして、嘘はつかないで仕事をする、そうした感覚は持って欲しい。そう思う。

今は手作業でやっているけれども、「レポート」の一致度を測定するツールは、どこかの大学の先生が作ったみたい。多少の表現くらいは、自分なりの工夫で書き直せ、と思う。プログラムの一致度を測定するツールは、昔からある(瑕疵の検出目的のツール)。ちょっといじくって、数百通の提出レポートでも、すべての組み合わせを試して、一致度を測定してグループ分けするプログラム、くらいは、(今度、それを学生の課題に出そうかなぁ・・・)それほど難しくない。

偉そうなことを言うつもりはない。僕らだって学生の頃、先輩のレポートを必死で書き写した記憶はある。ただ、大学2年の頃(よくある、失恋だとか、目標喪失だとか、あれやこれやが重なって)万事にやる気をなくして、実験レポートをまとめなくなって、形だけ先輩のレポートを書き写して出すのが嫌になって、留年を決めたことはあった。(僕には子供がいないから、その辺の親の苦悩はわからないけど、金銭的には親父とお袋は、嘆いただろうなぁ・・・)納得いかなかったら、次に行きたくなかった。そんな妙なプライドはあった。で、留年した。そのお陰で、あのややこしいMaxwellの方程式を解く問題だって、今でも結構覚えている。僕は、それで留年を決めた。訳もわからずに、書き写しただけのレポートを出すのはやめた。自分がそうして来たから、ある意味で、こういうデッドコピーを出すなら、落とすぞと、本気で言える気がする。自分と照らし合わせても、ケンカの後ろめたさがない。

一旦、プログラムを読んで、レポートを読んで、ざっくりとは数字を出した。日付が変わってしまった。明日、もう一度、詳細の確認を取ってから、本人(たち)と、専任の先生に「不正」として連絡する。確か、運用ルールでは、1回目は「警告」で済ませるはずだと思う。2回目なら、今年1年間の全単位没収だっただろうか。

申し訳ない。僕には子供がいないから、子供の学費を払っている親御さんたちの「財布の痛み」は理解できない。だけれども、あなたの子供が「世の中なんて、ちょろいもんさ」と、平気で誤魔化しをして(いや、私もあなたも、時代として適当なチョロまかしなんて咎められない、甘い経験をして育ったかも知れないけれども、)あなたの子供たちは、はるかに厳しい時代を生きることになると思う。ネット社会である。僕らの時代の「セクハラ」の基準とか、「喫煙者への扱い」だとか、そういった、「そんな程度のちょっとしたこと」が、今どれほど厳しくなっているか、思い起こして欲しい。
だからこそ、仮にこれで「留年」が決まったとしても、遠慮なく落としたい。

ただ、これも追記すれば、過去の実績として、「黙って、成績を書き換える」なんてことは絶対にしなかったけれども、学生に背後霊のごとく張り付いて、点数を出せるだけの課題を消化させてから、合格単位を出したことは、昔専任をやってた大学でも、今の非常勤先でも、やったことはある。本人にその気があれば、ですけどね。

とにかくもう、言いたいことは一つだけ。誤魔化すな。ありのままを表に出せ。バグだらけでもいいから、「これが自分の実力です」と、そのままを提出しろ。なまじっか、他人の書いたプログラムを出すよりも、バグだらけの「自力で書いたプログラム」を提出した学生の方に、高い点数を出したい。その気持ちだけは、ずっとある。

一週間、ひたすら学生のプログラムを読み続けて、爆発したなぁ・・・日付が変わった。学生への「通告」は明日。ってか、まだあと30通くらいは、未採点が残ってた。終わる前に、我慢しきれなくて、ネットに書いちゃったけれども。