確かに日本は反省すべきだ

あれこれとニュースを見ていて思うことがある。
日本は、少なくとも過去を悔いて、反省すべき点が3つはあると思う。

まず第一に、日清戦争の後、下関条約で清国に朝鮮の独立を認めさせたこと、だろうか。清国から賠償金を取るだけで十分だったのではないかと思える。朝鮮はそのままの状態で、中華人民共和国の少数民族の一つとなっていても良かった、と韓国は主張している。韓国では1894年の時点では既に、日本の干渉が好ましくないことだったと論じている。明らかな、日本の誤りだったと思う。

第二に、日露戦争の後、ポーツマス条約で、ロシアに韓国での日本の優越権を認めさせたこと、だろうと思う。という以前に、そもそもが、朝鮮半島が絡まなければ、すなわち、ロシアが「不凍港」として朝鮮半島を欲していたのならば、黙ってロシアの好きにさせていたなら、日本人の兵士に余計な犠牲など出なかった。今を思うなら、あれほど無駄な死に方をした日本人はいなかったのではないだろうか。

第三に、何と言っても、韓国併合だろうと思う。
—イザベラ・バード、『朝鮮紀行』講談社〈講談社学術文庫〉、1998年、pp.343 f(@wikipedia)

朝鮮人官僚界の態度は、日本の成功に関心を持つ少数の人々をのぞき、新しい体制にとってまったく不都合なもので、改革のひとつひとつが憤りの対象となった。官吏階級は改革で「搾取」や不正利得がもはやできなくなると見ており、ごまんといる役所の居候や取り巻きとともに、 全員が私利私欲という最強の動機で結ばれ、改革には積極的にせよ消極的にせよ反対していた。政治腐敗はソウルが本拠地であるものの、どの地方でもスケールこそそれより小さいとはいえ、首都と同質の不正がはぴこっており、勤勉実直な階層をしいたげて私腹を肥やす悪徳官吏が跋扈していた。このように堕落しきった朝鮮の官僚制度の浄化に日本は着手したのであるが、これは困難きわまりなかった。名誉と高潔の伝統は、あったとしてももう何世紀も前に忘れられている。公正な官吏の規範は存在しない。日本が改革に着手したとき、朝鮮には階層が二つしかなかった。 盗む側と盗まれる側である。そして盗む側には官界をなす膨大な数の人間が含まれる。「搾取」 と着服は上層部から下級官吏にいたるまで全体を通じての習わしであり、どの職位も売買の対象となっていた。

この状態の韓国を併合するのに、どれほどの負担を日本国民が負ったのか。かつ、その結果についての現在の韓国の対日姿勢を考えるならば、この「致命的な誤り」についての歴史的教訓を、日本は深く考えるべきだ。

すなわち、朝鮮半島にいかなる事態が起きようとも、日本は干渉すべきではない。無論、日本人が拉致されている以上、拉致問題だけはなんとか政府の責任で解決すべきだろうと思うが、それ以外については、人道的な支援も含めて、一切朝鮮半島には関わるべきではない、その教訓を日本は刻み付けるべきだ。

明らかに日本には、歴史的に反省すべき誤謬が多い。そう思う。

これらを考えるに、まさかそんなことはないと思うが、仮に韓国が財閥支配だの、官僚による恣意的な政治だので経済的な危機に陥ったとしても、一切日本は関与すべきではない、ということになるのだろう。まさか「支援要請」など来るとは思えないが、仮に来たとしても、それに応じようとしたら「韓国併合」の伏線となった朝鮮王朝への干渉と全く同じことになり、100年後に糞味噌に日本を貶す材料にされてしまう。一切、関わるべきではない、その「歴史的な教訓」を日本は学び取るべきだと思う。

イザベラ・バードの著書は、日本語でアップしてもあまり説得力がないので、原典を入手して、今後韓国政府が何か発言したら、英文の原文を抽出して(「蕎麦に入れ歯」にならないように注意しつつ)アップしようか、なんてことを思うが、余計な支出だよなぁ・・・やめとこ。

そんな暇があるなら、イザベラ・バードの「日本紀行」の方の原文を読む方が、はるかに楽しそうだ。あれこれ、思うことはあるけど。