若気の至り

思い出すのは、20年くらい前の(と、言いつつ、法政大学に情報科学部が出来てからで、親父がまだ生きていた頃のことだから、17年前か16年前か・・・)ことだろうか。
仕事の話をいただいて、打ち合わせの帰りで千歳空港にいた時に、携帯に電話をもらった。留年だったか、卒業だったかがかかっている学生に、単位を出す話。単位を出さなければ、留年が決まる。もし単位を出したらどうなるか。その学生の名前が、どこまでリークするのかがわからなかった。
当時、主には盗聴だとかに相当に神経が参っていて、電話の会話もFAXも、常に第三者への漏洩を意識していた時期だった。確かに、「気のせい」だったかも知れないけれども、一度そういう環境にどっぷりと浸かってしまうと、なかなか元には戻れない。
誰が仕掛けたのか、どういう経路でどこにどう流れたのかが、全くわからないまま。当然、一旦はニューギニアに逃げて戻ってみても、あるのかないのかがわからないから、疑心暗鬼のまま。確信したのは、海外まで流出していたこと、だけ。

週刊誌なんかで時々見かけた、議員さんだとかの「学歴詐称」問題。十何年、何十年も経ってから、学生時代の「悪事」だとか、わからないだろうと思って適当に書いている学歴なんかが表に出て、職を追われたりした人もいたようだ。学生時代に遡って、そんなことが将来起きるなんて、絶対に想像できないんだろう。「学歴詐称」の方は、後からやった「悪事」なんだろうけれども、過去、こうだったら良かったのになぁ、的な、やるべきことをやらなかった後悔が「自分はここを卒業していたかった」的に、誤魔化しに繋がっているのかも知れないから、遡れば過去にも原因がある、ような気がする。

最悪の場合、「あの人は、お情けであの科目の単位をもらった」というのがライブ中継で外に流れる訳で、そもそもが、その盗聴や盗撮が続いているのかどうか、自分では確信を持てない、そこに遡ってしまった。結局「安全策」としては、単位を出さない方の返事をした。その後が、自分の出した結論に迷いが出て、思い出す都度、盗聴・盗撮がまだあるのかないのか、そこに戻ってしまう。行き着いた先は強烈なフラッシュバックで、状況証拠だけではあったけれども、初めて「間違いない、漏れている」と確信した後の激しいストレス状況、過呼吸だの、メニエル氏病だの、めまい、不眠、過度の飲酒、そして泥沼のフラッシュバックで、ほとんど「廃人」って感じだったかも知れない。
落ち着いてちょっと考えてみて、そんなこと知っていて誰もがスルーするかも知れない。気にもかけないかも知れない。その一方で、誰かが重箱の隅をつついて、面白おかしく蒸し返すかも知れない。どっちに転ぶかなんて、わからない。その時は結局僕が「落第させた」から、彼には一切の「不正行為」は残っていないはず、だと思う。盗聴されていたのなら、その経緯だって全部表に出ていたはずだ、と思うのだが・・・いかん、また疑心暗鬼の泥沼、フラッシュバックの入り口。

相手が誰だろうが、ほとんど言いたいことを言ってしまう僕の行動パターンは、昔から全く変わらない。ただ、その代償が高くて、30代の前半から、ほとんど「人生終わった」感は拭えない。今でも相変わらずこうしてブログに、思う存分書きたい放題書いているけれども、子供がいるとか、何らかの地位についているとか、守るべきものがある人は、あまり僕の真似をしない方がいいかも知れない。(ってか、普通の人は、なにがあっても黙ってるみたいだから、余計な心配か。)

毒を食らわば皿までというか、結局自分のこともほとんど外に晒しているけれども、ガキの頃(小学校時代)にまで遡ったら、読んだ人全員がドン引きするようなことで、書いていないことも、まだまだある。周囲を巻き込んでいる自覚も、無論ある。軽いフラッシュバックには、しょっちゅう悩まされる。でも、露悪趣味にはなりたくない。

バカッターのニュースが最近よく流れるけれども、あれもなぁ・・・軽い気持ちのSNS投稿なんだろうけれども、あれもね、何十年も経ってから「あのお店を潰したのがあいつだ」なんて話が蒸し返されたりするのが、この社会。チェーン店の制服を着てのバカ投稿は、「テロ行為だ」なんて話もあるけれども、それ以上に厳しいのはたぶん、「社会からの制裁」だろうと思う。まともな会社への就職などはたぶん難しい。僕だって、平気でそういう投稿をする(僕みたいな)危険な奴は、絶対に雇いたいとは思わない。あのSNS投稿だけで、人生の選択肢の三分の二以上を自分で潰している。それが、若い頃にはわからないんだろうなぁ。必然的に、個人事業のような仕事を選ぶしかなくなる。そうやって、個人事業になれば、社会からの信頼、信用を失ったり、根拠のない風評を立てられることがどれほど致命傷になるか、いやというほど実感する。

宮沢湖で幼女の遺体が見つかった事件の時、「あいつ(私のこと)みたいなオタク」が犯人に決まってるとか書いていた女性評論家がいた。あの頃、僕は一切自分からは何かを表に出していない。盗聴だの盗撮だので、勝手に私生活が表に出されていただけ。頭に来てあれこれ書いた原稿は、新聞の折り込みチラシの裏面にボールペンで書きなぐって、自宅に置いていただけ。それがそのまま表に流れるってのは、どういうことなのか。(完全にフラッシュバック突入。)
確かに今は、自分からこうして書いているけれども。「痛くない殴られ方」ってわかりますか?相手が手を出しそうな時に、自分からぶつかって殴られる。まず第一に、自分から動けばタイミングがわかるから覚悟ができる。第二に、相手の手が伸びきらないうちにこちらから当たりにいくので、威力が激減する。叩かれそうになったら、叩かれる前にこちらから噛み付く。それが習性になって、体に染み付いてしまうと、今の僕みたいにロクでもない大人になるので、真似するのはやめましょう。(始まっちゃった。)

今回も、また同じような「単位を出す話」のメール。前勤めていた学校でもそうだったけれども、先生方、大変だ。
ただ、違う経緯が定着しつつあるかも。

まだ10年は経っていないけれども、前にいた大学でN君に卒業許可を出すために必要だったのが、ハードウェア実験の単位だった。学科長のE先生と相談で、夏休みにN君を呼び出して、池袋キャンパスの実験室を借りて、私とE先生のダブルキャストの付きっ切りで、実験させて、レポートを書かせた。何もしない状態で単位を出すわけには行かない。ただ、オリジナルの実験だと機材が準備できない。代替的に、秋葉原で「キット」を買って来て、半田付けさせ、回路図からレポートを書かせて、それで単位を出した。(確か、E先生のポケットマネーだったと思う。)
その時に買ったのが、ボロメータを使った「赤外線人感センサ」で、人が通りかかるとリレーのスイッチが入って、その時は「ピー」という音がなるだけの仕掛け。半田付けして、なんとか出来上がった。出来ましたね、と言っているのに、E先生、「全然音がしないじゃない。半田付けが悪いんじゃないの?」とかおっしゃる。「いえ、先生鳴ってますよ。かなり小さい音ですが。」N君、「先生、結構大きい音で鳴ってます。」完成?失敗?
どうやら全員正しいことを言っていた。種明かし。3000Hzくらいのかなり高い音。僕は、かろうじて「小さい音」として聞こえた。N君には、かなり大きい音で聞こえていたみたいだ。ところが、E先生、全く聞こえなかったらしい。僕が聞こえていたから、N君、失敗の濡れ衣を着せられなかったけれども、その後E先生は補聴器を使う決心をしたそうです。「あれがきっかけだったよ」と、その後のOB会でおっしゃっていた。何れにせよ、そんな感じで不足回分の実験レポートを出させて、「正規の評価方法」で単位を出した。

それを思い出した。数年前に同じような話があった時は、一日教室をお借りして、私の目の前でプログラムを書いてもらい、レポートも出してもらって単位を出した。そして今回。今回は、一応は自分でやるつもりだったけれど、代わりにF先生が付きっ切りで指導して下さったようで、今回も「正規の評価方法」で単位を出した。
(全員にこんなことやっていたら、身が持たないけれど・・・)
そう、一切不正行為はしていない。いい加減な評価もしていない。このやり方だったら、盗聴、盗撮されていても、私も学生の側も(全くとは言わないけれども)ほとんど恥じることはない。やるべきことをやって正当な評価を得た、出した。そういう単位の出し方になると思った。

そうなんだ、あの18年前も、この決断をしていたら良かったんだ。その答えが出たら、もしかしたら、このフラッシュバックから抜け出せるかも知れない。全部を表に晒しても、何一つ恥ずかしくない、そうなり切れれば、盗聴だって盗撮だって、何一つ怖くなくなる。とりあえず、これを「仮の答え」としておこう。もうこれ以上、泥沼で苦しみたくない。なんとなく、答えに辿り着こうとしていたのかも知れないけれど。

でもなぁ。あのバカッターにしても、何にしても、若い頃の「今」の行動が、後々自分にどんな悪影響をもたらすか、なんてことは、口で言われてもわからないんだろうなぁ。

念の為、他人に同じ基準は求めません。隠し事があるならば、こちらも深入りはしません。あの頃、何百回何千回「お願いだからやめて下さい」と口にしたか、わからない。
得た教訓は、公権力だのマスコミだのが、そんな懇願に耳を傾けるはずがない、ということだろうか。そういう疑いがかからないように、おとなしくひっそりと生きるのが一番?とは思わないが。

迂闊にも、フラッシュバックしかかった。これで少しは、前に進めるかな?