錯覚

ラジオを聴いていて、と言いつつ、あまり集中して聞いているわけでもなく、ふと「あれ、韓国の人かな」と思った。日本語のザジズゼゾの音が、微妙にジャジジュジェジョになる。もしかしたら、「これか!」と思った。この文章を書き始めて、ラジオは止めた。Nack5の中村あゆみさんの番組の後、韓国観光公社が番組を持ったんだ。

日本人は、RとLの使い分け、聞き分けが苦手。今時の子供は、かなり小さい頃から耳を慣らしているらしいけれども、脳がこの辺の音を当たり前に認識するためには、たぶん、小学校では遅い。2歳児くらいから「言葉」としてその音に接しないと、難しいと思う。

僕は絶対音感を持ってる。一時期微妙に半音ズレていたのが、最近またきちんと聞き取れるようになった。たぶん体調管理とか蝸牛管の関係だと思うけれども、それはそれで別の話題なので切り捨てて、話を戻せば、対数計算ができる電卓があれば、聴いた音のスペクトルピークを五つくらいまでは数字で出せると思う。実証実験には応じます。(ただ、暗算は苦手。対数の電卓は欲しい。)高校時代、陸上部の仲間だったFくんと、B組のT君なんかと、たった一度だけだけれども、試したことはあった。親父が音楽の教師で、3歳からピアノをやらされていて、そのお陰と言うべきか。一度だけ、小学校の低学年の頃、親父の「研究授業」でサンプルAにされた記憶がある。今でもね、四重和音くらいはチョロいもんだけど。
ところが、これが6歳になると難しいらしい。親父の受け売り。

以前いた会社で、MITのDKくんが日本に来た時に、ずっとアテンドした。雑談の中で彼の子供の頃の話をしてくれた。アメリカのテレビドラマで、clawを持った登場キャラが現れる子供向けの番組があって、その話を親とする時に、clawの発音がどうしてもcrowになる。それを親が笑ったので、一生懸命発音してもどうしてもうまくいかない、と言ってた。あ、たぶん僕の発音のことを言ってるのかな、とも思ったけれど。
何が言いたいか。「大人の発音」が出来ない音は、「幼児の発音」に聞こえる、と言うことで、日本人が英語圏で(英語圏に限らず、RとLが完全に別な音の、日本以外のかなり多くの国で、)LとRがうまく発音できない時に、現地の人にはその音が「幼児語」に聞こえている、と言うことだろうと、思った。

今日、ふと思ったのは、日本語のザジズゼゾを韓国の方が発音する時に、音でジャジジュジェジョに聞こえるケースが多く、それがどうしても日本人の耳には「幼児音」に聞こえてしまう、もしかしたら、そんなところが、これは認めざるを得ないけれども、日本にいる朝鮮半島出身の方々を「見下す」差別意識の原因になっていたんじゃないか、と言うことだった。このページの主題は、この段落。

別にいいじゃない、と言うよりも、僕ら日本人が海外でRとLをゴチャゴチャに発音している時の、現地の方の「当惑」は、同情に値する。あるいは、非常に幼稚に聞こえている可能性が大きい。今でこそ、日本人が大勢海外に出て行っているから、「発音」とその日本人が幼稚かどうかは、切り分けて受け入れて頂いているに違いないが、20年前、30年前だったら、欧米人の耳には、日本人の話す言葉が相当に「幼児語」に聞こえていたに違いない、とも感じる。どうでしょうかね?それはもう、現地の方に聞いてみないとわからないけれど。

オーストラリアで3週間ほどぶらついた時に、日本人の旅行者に出会った。「日本の方ですか?もう、5日間も日本語の通じる人に会わなかったんですよぉ。」って、俺が任地にいた時は、1年近く半径160km以内に日本人はいなかったぞ。って、それは、どうでもいい。
彼の雑談。「バーで飲んでてね、仕事を聞かれたんですよ。Public Servantって答えたら、みんなから大笑いされちゃって。」(彼は、市役所の職員だそうだけど、それを名乗るなら、City Officerとかでしょ、とその時は答えたけれども、今ググったら、City Hall Officialsと出てきた。)「公園の便所掃除でも、やらされてるのか、とか言われたけれど」と、彼。公僕ねぇ。その彼が続けた。「選挙の度に大仕事になる」と言いたかったらしい。必死で説明しようとすればするほど、大爆笑だったらしい。僕の耳にも、彼のRとLはごっちゃ。選挙はelection。以下省略。

こう言う話をしだしたら、際限がない。タイ語にもザジズゼゾの音はない。タイの方の場合には、ダディドゥデドになるのかな?試しに、フランス人にハヒフヘホを発音させてみたらどうか。逆に、ようやっと英語のRとLを発音し分けられたとして、フランス語のRとドイツ語のRをきちんと発音できるか、と言う問題もある。巻き舌で舌の先端の方を緊張させるか、それとも、喉の奥を震わせるか。ちなみに僕は、ロシア語もスペイン語(rrの方)もドイツ語も、あの辺の言語のRの音はきちんと発音できない。

こんなのが、「民族差別」の原因になっていたとしたなら、哀しい。発音の違いで相手を差別する。じゃぁ、逆に差別される側にたったらどうなのか。今時、これだけ世界中で、あらゆる国の人々が自由に行き来して(軍事力に頼っている一部の国は除外して)身近に外国人と接する機会が増えた。もはや、「発音」が「差別」の原因になることもないんだろうか、とも思うけれども、僕らのごとき、ジジイ、ババアは手強いからなぁ。若い人たちの感性に頼るしか、ないのか。

どこかの「語学教育塾」だったかな、多国語を看板に掲げていた。「言葉」としての「音」は、かなり小さいうちから慣らさないと、脳はその「音」を「言葉」として認識しないと思う。英語だけじゃ不十分な時代になるかも知れない。どう言う教育方法がいいのか、それは僕の商売には関係ないので、どーでもいいけど。

ただ、これだけ人が入り乱れる時代になって、「発音」が差別の原因になる、そんなことがなくなるとしたら、そうした「錯覚」は過去の歴史に押しやって、もう忘れることにできないか。(過去を蒸し返すことに、全将来を賭けている人たちもいるけれども。)

あ、忘れてた。どこかの国の大統領、人種差別主義者に、肩入れしていたっけ。ため息。このページ、終わります。