東アジア

【パクリ?】令和の由来が万葉集だけでなく、本当の出典が中国古典「帰田賦」の可能性

パクリ、っていうのは違うんじゃないのかなぁ。そういう解釈をしてしまう、っていうことは、日本人が日本の文化を忘れているんじゃないか、なんてことも思う。

自分にはそんな芸当は出来ないけれども、英語での会話の中にシェイクスピアの一節を盛り込んだりすると、知っている人が聞けば、「おぉ」って思うかも知れない。一種の知的な「遊び」だと思う。
身近な例で言えば、「埼玉県人には、××でも△□しておけ」みたいな言い方をすれば、知っている人は、あの映画を思い出してニンマリするかも知れないし、知らない人は、真顔で怒って「埼玉人をバカにするな!」なんてことになるかも知れないし、引用したり、パロったりする遊びっていうのは、お互いの知識の確認行為みたいなものだろうと思う。

あるいは、有名な歌の歌詞の一部をさり気なく会話の中で引用したりすると、文化を共有するものどうしならば、通じ合える。ビートルズの歌詞の一部だとか、嵐だとか、ぶっちゃけ、AKB48の歌詞の一部を引用されても僕には全くわからないけれども、同世代どうしならば、たぶん、そういう会話が楽しめる。それと同じじゃないか、という気がする。

万葉集が成立した時期は、黙々と「詩」を書いて、それを出版するのではなく、お互いがどれだけ教養があるかを確かめ合って、それを愛でて、交流の時間を持つために「歌会」を開いて、お互いの歌を詠んだりする。それを記録したのが、様々な歌集だったんじゃなかろうか。その「歌会」の際に、有名な古典を引用すれば、「あ、あいつ、あの詩を知っているな」とか思うし、知らずに論評したりすると「なんだ、元歌を知らないのか」みたいに馬鹿にされたりもする。生活感覚としてそれがわからなくても、やはり、知識としては知っていて欲しい気もする。

万葉集の成立した時期から考えたならば、「帰田賦」(これは初めて知ったし、賦なんていう詩の様式も、漢文で習ったかどうか、覚えていないけれど)は、数百年前の古典であって、例えば、自身の著作の中に、例えて言えば、(しつこいようだけれども)シェイクスピアの有名なセリフをさり気なく紛れ込ませたり、今で言えば、サラダ記念日を盛り込んだり、そういう「知的な遊び」として「帰田賦」を模した前文を書いた、としたなら、それは「中国の古典の影響を受けた、日本人の創作」ということでいいんじゃないか、という気がする。

宮中の「歌会始」なんて、今でこそ皇室行事にしか残っていないけれども、万葉集の当時は、文化的な遊びとして、広く庶民も行なっていて、千数百年前の日本で、農民や漁民が中国の古典を読んでいた可能性があるとしたら、それはそれで、誇っていいことじゃないか、とも思う。江戸時代の「縁台将棋」とかで、「有名な誰それが打った手」なんてのを披露したり、そういう模倣は「パクリ」というよりも、知識が広いことをお互いに確認し合う行為、だったんじゃなかろうか。
それにしても、当時の伝統を、今でも引き継いでいる「文化の継承者」としての皇室の存在感を、改めて感じてしまったけれども。

ただ、中国の文化的影響を除いては、日本文化は語れないとも思う。遣隋使やら遣唐使。日本で使っている漢字の読み方が、なぜこんなにも多いか。千数百年の間、中国からの文化的な影響を受けてきたから、漢音だけではなく、呉音、宋音、唐音などなど、本家の中国では「漢音」しか残っていないのに、日本語の中に歴代の中国の「音」が片っ端から残っている。
こう言っちゃなんだけども、中国人だって、呉音、宋音、唐音なんて、そう簡単には読めないでしょ!(すみません、呉と宋と唐の順番がわかりません。)

日本語の「漢字」では「生」という文字の読み方が、どうやら一番多いらしい。

「生」という漢字には150種類以上の読み方があるそうですが、ふつうに知られているもの以外に、どんな読み方があるのですか?


「生」という漢字には150種類以上の読み方があるそうですが、ふつうに知られているもの以外に、どんな読み方があるのですか?
150通り、って、なんだよ!でも「生」の読み方が一番多い、ってのは、なんだか嬉しい気もする。人の生き方、なんて、なんだってアリで、それが「悪」かどうかは自分で判断したらいい。(数万年後には、それを繰り返して、誰もが「悪」ではなくなる。)そう考えると、単に読み方を探っただけで、こんなにも読み方が出てくる。「生」の凄さ。これは、すごいことだ。

埼玉県内の難読地名の、ベスト1は、たぶん越生町(おごせまち)だと思う。(英語にしたら、”Over the Life Town”か?)知ってるから読める。色々と聞いたことがあるけど、コシキマチ、とか、エッセイマチ(これ、ちょっと綺麗だな)とか、毛呂山町のケロサン町は笑ったけども、まず、知らなきゃ読めない。越を越後のエチ、生をショウと読んで、エッチシヨウマチだって、読めないことはない。(越生町のみなさま、勝手に町の名前で遊んで、ごめんなさい。)
m(_ _)m

日本と中国とが、切り離せる訳がない。それを言ったら、韓国だって同じ。奈良県の奈良って、韓国語でどんな意味がありましたっけか?「奈良時代」の「平城京」で、いつ頃から奈良の地名が定着したのか。(知らんけど)。それが韓国に逆流したとは思えない。僕の家からそう遠くないところに、高麗(こま)神社があるけれども、「高麗」は、コウライ、音としてはKoreaに近い。ってか、そのものじゃないかと思う。実は、神社の表札には小さく「句」の字が入っていて、「高句麗神社」とも読める。数百人単位の高麗人が日本にやってきて、帰化して、当時の「先端技術」を日本に伝えた。当時の人口密度から考えたら、大集団だ。日本と韓国だって、(韓国がどういう教育をしていたのか知らないけれども、)切り離せる訳がない。日本人のDNAの調査で、韓国人の9割にみられる遺伝的特徴が、日本人の4割にもみられる、なんて記事を読んだ記憶がある。(出典の提示ができなくて、ごめんなさい。雑読。これが僕が、学術論文を書けない最大の欠点。)
日本人が韓国人を見下すようになったきっかけは、朝鮮王朝の腐敗だと思う。直近の歴史で、日清戦争あたりでは王朝の腐敗して堕落した政治が原因で、一般人はそれこそ、犬か豚かみたいな泥まみれの生活を強いられた。(それは、日本の江戸時代にも、各地で起きているけれども。)その頃から、形勢が逆転して、日本が朝鮮を見下すようになった。ほんの100年か200年前程度の話であって、さらにそこから遡れば、日本側から見た朝鮮半島は、時代によって尊敬すべき国であったり、見下すような国であったり、変遷を繰り返していたと理解する。「王朝の腐敗」は、世界中どこの国でも、少なからず経験している歴史なんだろうと思う。
言葉を辿れば、文化的なつながりがわかる。もっと時間軸を長く取って、マクロに見るべきなんだ。
余談ながら、マリ王国の文化の片鱗。今でこそ、世界最貧国にグループ分けされているけれども、かつては一帯を支配した大王国だった。どんな文化があったのか、一度行ってみたい。アフリカだけど。行く機会、あるかなぁ。こんなことを言い出すと、世界中みんなそんな歴史がある。

昨今の、「ウリジナル」にはナンセンスが多いけれども、韓国も堂々と、是は是、非は非として、虚飾のない歴史、事実に基づく歴史を、誰もが知っているようにしたらいいのに、なんて思う。

文化的に、相手を模倣することが相手に対する敬意の表し方である場合もある。中国の著作権問題は、敬意の表明というよりも、ただ単に売れるからパクっているケースが少なくないと思うから、一概に容認は出来ないけれども、こうした表現上の模倣は、相手に対する敬意の表明として受け入れられないかな?

そもそも、「公式な歴史」が、きっちりと相互で検証可能な形で確認できて、日本でも韓国でも中国でも「同じ歴史的説明」ができるように、それぞれの立場からの「事実検証」をもっと緻密に進めるべきであって、そのプロセスに「政治」が介入するべきではないと、僕は思う。
なんだかんだと、東アジアは、一蓮托生で、僕の知っている「日本の歴史」が客観的に正しいなどと強弁するつもりはないけれども、少なくとも自分は自分の知っている範囲でしか語れない。その前提で、東アジアを、せめて文化的なところで、一つにできないかな、なんて思う。

そして、最後に(最後っ屁ってやつで)余計な一言。

前述の越生町には、「山吹の里」というのがある。
(太田道灌 山吹、で検索してみて下さい。)
七重八重花は咲けども山吹の実の(蓑)一つだになきぞ悲しき
この歌を、「片田舎の、貧しげな家の娘」が知っていた、ということに、僕は、日本人としての誇りを感じる。万葉集の「令和」も、その当時の日本人の教養を表すものだと、僕は考える。いわゆる「パクリ」などではない、と自分は思う。