禁煙ハラスメント

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO43964980Z10C19A4ACYZ00/
長崎大、喫煙者不採用へ 「学生らの健康守る」

住みにくい世の中になった。

以前、LGBTの人たちは、「性的な嗜好がフツーじゃないのは、ビョーキだから、最初からわかっていたら雇わなかった、雇っちゃったんだから、治療を受けて治せ」みたいな扱いを受けていたと記憶している。今は、その矛先が喫煙者に向いている気がする。

某K都知事なんて(都知事って書いた時点で、イニシャルにしても意味ないなぁ)禁煙について話す時は、何だか勝ち誇ったみたいに、喫煙者なんて人間じゃないみたいな言い方をしているような気がする。ほとんど、ハラスメントというか、差別じゃないかという気がする。僻みかもしれないけど。あの発言を聞くたびに、どんどんと不快になってくる。

確かに、受動喫煙で不快な思いをしてきた方も多いんだろう。その反動で、「これまでのツケを一気に返してやる」みたいな勢いで、追い込んでくる。諦めるしか、ないなぁ。

去年の12月だったか、今年の1月だったか、専門学校の2年生に「先生、今日飲みませんか」と声をかけられた。H君。留年組だけれども、どちらかと言えば、僕はそっちの方と気が合う。僕自身が、浪人に留年にと、親に迷惑をかけまくりましたからねぇ・・・「いいよ。」と二つ返事。
「え、先生飲むんですか、俺も一緒に行っていいですか」という学生が他に3人。いいよ。(ただ、手持ちがなかったので、支払いはカードで・・・)念のために書き添えれば、留年組だから2年生でも未成年でないことは確認済み。

話を聞いた。たぶん何か言って欲しかったんだろうと思うから、自分なりの言葉はかけたけど、もっぱら聞き役。みんな、話したくて仕方なかったみたい。そんな気もしたからの二つ返事。
今日、結構クサクサしていて、何だか話をしたくなったんです。H君、高校時代の担任とひどく相性が悪かったらしい。お前なんか、大学に行けるはずがない、行っても無駄だ、なんてことを高校の担任に言われたらしい。それなら意地でも大学なんか行くか、でも、やっぱり資格は取って、と思って専門学校に入った。「先生、俺、やればできます。実際、簡単だと思ってます。」それはわかってる。実力があるのは、ちゃんと把握している。他の3人も同じ。「先生、俺も行っていいですか」のO君。親とどうもうまく行っていない。二人とも、確かに問題行動は目立つけれども、アタマの素材が悪くないことはとっくに把握している。他の子も、色々あったみたいで。
学生の分際で酒を飲むなんて。なんて言うんだろうな。某大学の学長。飲まなきゃやってられない、そういう育ち方をしている奴は、いくらだっている。

だいたい、僕がそうだったから。会った瞬間に波長が会う感じはわかる。
気分だけでも「俺だって、生きていて意味があるんだ」と思わせてもらいたかったけれども、世間なんてそんなに甘くない。目立てば足を引っ張られるし、目立たなければバカにされる。間がなくて、そのどちらか。必死で仕事したって、アラを探して中傷する奴がいて、とにかく金を払いたくないから「タダにしろ」とか言い出す医者がいる。モチベーションの維持に苦しんでいるのは、未だに昔と同じ。どこか組織に所属したって、自分が必要とされている人間だなんて、思えた試しがない。バカにされるか、邪魔にされるか。だから、自分には自営業しかないと、なんども思いつつ、この「モチベーションの維持」という壁が、最大の僕の課題だ。

どこかの大学。千葉キャンパスから撤退する、っていうことで、まだ最終学年が残っているのに、専任教員は僕一人を残して、他の教員全員を池袋に移した。どこまで人件費をケチるんだよ。
実質的にコース主任の仕事を押し付けられることになったのに、あくまでも平の講師にしたかったのか、大学は辞令なんか出さない。その癖、父母面談がらみでは学長名で「各学科長、コース主任が責任を持ってなんちゃら」とかいう書類を事務が私に回してきたから、突き返した。「済みませんが、私は辞令をもらっていないので、コース主任を名乗って父兄に対応すると身分詐称になりますので、この書類は他の人に回してください。」ただ、事務をいじめるつもりは毛頭ないから、無論、職名を名乗らずに父母とは応対したし、僕一人だったけれども、臨床医学まで含めて学生の受験指導して、千葉の最終学年の国家試験合格率は、10人近く(それでも10人程度だ)専任がいた池袋と同じだった。とにかく、意地でも責任を持って、最後の一人まで単位を取らせて、卒業させた。
ただ、こういうやり取りばかりしているから、科研費を申請したら「悪いことをするに決まってる」とか言われて、科研費申請のコンプライアンス手続き書類そのものを「不受理」にされた。やるよなぁ。それに比べたら、長崎大学の嫌がらせなんて、可愛いものか。もっともらしい顔をして、はみ出した奴を除外しにかかる。心が広いねぇ。

師匠の講演会で、しばしば言われている。酒は飲んじゃダメだよ。アルコールは肉体だけではなく魂を、体の中の霊体の意識そのものを酔わせる。だから、アルコールが入ると、霊格の高い霊体さんたちとは意思疎通ができなくなって、意思疎通できるのは浮遊霊とか地縛霊とか、そんなのばかりになっちゃう。飲むなよ、と。それはわかっているけれども、僕はまだ酒をやめられていない。メンタルの管理が、全くできていない。ってか、そもそもが、霊格の高い霊体さんたちとは、意識の疎通なんてできた試しがない。時々、いらっしゃることは感じれる程度で。

俺って、生きていてもいいんだよな。十代の半ばから四十代まで、ずっとそんな感じだったし、酒もタバコも覚えたのは高校時代。あの高校に入れたのは、マグレとしか言いようがないけれども、あの国立東京学芸大学附属高等学校には、僕の時代には、酒もタバコもやってる奴らが(そうだなぁ、専門学校で、先生飲みませんかって、声をかけて来た学生とも、タイプは似ているなぁ)そこそこいた。他の仲間と僕とで、理由が同じかどうかはわからないけれども、酒もタバコもなかったら、メンタル的にとっくに潰れていたかもしれない、そんな気がする。

怒りを暴発させたことは何度もあった。それでも、これではいかん、と、自分を押さえつける時に、タバコに火をつけて、必死で気持ちを静めたことは何度もあった。それでも結局、モノに当たったことは何度もあるけれども、人には一切手を出していない。酒もそうだった。訳が分からなくなってしまえば、怒りだって、どうでも良くなる。そうなるまで飲んだことも、数えきれない。でも、さすがに、昼間っから酒を飲むなんてことはできなかったから、タバコにだけは逃げた。感情を抑えて、席を外して、タバコに火をつけたことなんて、数え切れない。他の逃げ道を知らなかった。本郷三丁目にある「ちどり」というスナックのマスター、ターちゃんに会うまでは、自分の感情をストレートに言葉にして、それを聞いてもらえたことなんて、なかったような気がする。説教されるか、無視されるか、バカにされるのがオチ。相手によったら、大学で教員をやってます、というその事実が、バカにする材料にされたりしていた。どういうあり方をしたって、他人を見下すことに必死な奴らがいる。

そしてタバコがねぇ・・・。もう、完全に犯罪者扱いというか、厄介者扱いだなぁ。仕事にすら就けなくなるんだものなぁ。

国立大学みたいに、キレイキレイなところは、汚い奴を全部除外する。でも、専門学校なんかには、僕みたいなハミ出しモノ、問題行動をすぐに起こす人間、親とか教師に厄介者扱いされて、それでも必死に生きようと、勉強しようとしている若い子たちがいて、僕なんかでも、そういう学生とはどうやら波長が合うみたいで、それでいいかな、と思う。いや、決して専門学校をバカにしている訳じゃない。汚いと貶している訳じゃない。必死に生きて、何が悪い。もがいて、逃げて、何が悪い。悪いと決めつけるなら、勝手に国立大学をやってろ、と思う。必死で、もがいているから、僕は専門学校も好きだ。やり切れない思いがあって、飲みたいなら、僕は付き合う。もう還暦寸前だけど。タバコだって、どんな悪癖だって、一方的にやめろとは言わないよ、僕はね。あんな、心の痛みがわからない人たちとは違う。

生きるってことは、疲れることだよなぁ、なんて思う。そのささやかなescapeを、refugeを、根こそぎ剥ぎ取ろうとする人たちがいる。なんだか、心が折れそうになる。本当に俺は、心が弱い。情けないよなぁ。今まで俺、どうやって突っ張って来たんだろうか。トドメを刺しに来てるよなぁ。

死にたいと思うことは、何度もあった。自殺未遂も何度もやってる。だけど死なない。土壇場で、死ぬな、生きろというブレーキがかかって、結局逃げ切れない。致命的な状態になる自殺行動には、絶対的な歯止めがかかる自分のメンタリティを自覚している。だから死ななかったし、今でも生きてる。なんで俺は、死ぬことに逃げられないんだと、悔しかった。ダメだ、死ねない。この状況でも、生きるしかないのか、と思った次の瞬間に、タバコに火をつけていた。それが何度もあった。

もう、東京みたいな人の多い都会では、仕事は出来ないかなぁ。ってか、させてもらえないんだろうなぁ。