学ぶべきこと

最近、思うことがある。
かつて(今でも?)ビジネスに軸足を置く社会人の基本として、日経新聞を読む、というのは(すべてではないにしても)よく言われたことだったような気がする。
何が起きているかを、経済の視点で読み解く。発注総額の大きい大企業の幹部が何を言ったか、経済規模の大きい国家の首脳部が何を発言したか、資源を有する地域で何を起きているか。当時も今でも、日経新聞はそうした情報を伝えることに軸足を置いた新聞だったと思う。
過去形にしてごめんなさい。僕個人が、人間的にもまるで仕事にならなくなって、購読してたって読まないだろうって親に言われて、確かにと思って購読をやめたのが、もう二十年近く前か。そのあとはよくわからないけれども、最近でも、農協窓口の待合席やら、ネット配信やらで目にすると、懐かしさは感じる。
この段落で言いたかったのは、日経がどういう新聞かという話題じゃなくて、「大企業の幹部」とか「大国の国家首脳部の発言」とか、そっちの方です。

軽いと言ったら、どこかの国家元首の発言だろうか。ほとんど何も考えていないんじゃないか、っていう感じで、ツイッターにホイホイあれこれ書いていて、その度に世界が振り回されている。

主題。学ぶべきこと。どんな環境だって、必ず「学習教材」は転がっている。
なんだか、そんなことを思う。今にして思うと、糞みたいな経験が自分の中で熟成して、気付いてみると信じがたいほど、他人には真似のできない「貴重な経験」になっていたりする、そんな素材はあるような気がする。

人生を儚んで自殺を考える年寄りには、同情しようとは思わないけれど(これまでに、いくらだって考える機会はあったはずだし・・・)「年寄り」と言われるくらい生きてきたのなら、どんなに体が衰えたって生き抜く知恵くらいは持てていて欲しいという期待もあるし、そっちには言及しないけれども、若い子たちの「自殺」には、やはり思う。とりあえず、耐えてみなよ、と。ゴミみたいに扱われて、プライドがズタズタになったって、必ずきっと挽回できるチャンスはある。なんだか、そんなことは思う。その「プライドズタズタの経験」が、時間が経ってみると「すごくいい貴重な経験」に化けたりする。これは私だけじゃなく、経験している人は多いと思う。「ここにいるのは、私じゃない。私の仮の姿なんだ。」なんて自分に言い聞かせるのも、結構有効かも。
って、これも実は主題じゃない。

「超大国」の国家元首が、ツイッターで何かを発言をしたって、「ああいう人」の発言っていうのは、適当にあしらうのが、案外「正解」じゃないか、っていう気がして来た。空母がスエズ運河を超えたらしい。まったくなぁ。イランには、なんとか、過敏な反応はしないで欲しいと思う。「政策判断」として「核開発」を選択したくなる気持ちは、わからんでもない。そもそも、「核を持っていい国」と「持ってはいけない国」が存在すること自体がおかしいと僕は思う。「核を持っていい国がある」という前提が崩れない限りは、「誰もが持とうとしてもいいはずだ」という論理は正しい。日本政府のアメリカべったりには、×吐が出るけれども、日本政府には頼らずに「被爆国日本の国民」が動く、というのが、これも「正解」なんじゃないかと思う。民主国家日本の国民には、政府を変えられるはず。実際に変えることができるまで、「有志」が発言を続けるしかないと思うし、そうした日本のNPOが国際機関で認められるならば、とにかく地道に、コツコツと、自らの信じる「筋」を貫き通し続けるしかない、と僕は思う。
って、これも実は主題じゃない。(言いたいことがありすぎて、収拾がつかない。僕の悪い癖だ。)

日経新聞で、どこかの国家元首が、こんなことを発言していたと報道された。それを受け止める感覚と、ツイッターでどこかのアホが何かを言っていたと、それを読んだ感覚とを、同じに受け入れるべきじゃない。何を言おうが、あくまでも「個人の感想」だとして流すのが正解、だと僕は考える。いや、むしろ今こそ、そうした対応を徹底すべきだ。国家元首が何かを発言するならば、公式な場で、その国の国家元首の「公式な発言」として記録に残る場所で発言したものだけを、publicなものとして認識し、それ以外は「個人の感想ですね」と受け流すように、情報の受け手側が意識改革すべきなのかもしれない。

かつて、フェアチャイルドは、(細かいストーリーは忘れたけれども)いち早く何だったか(戦争の勝敗だったかなぁ)情報を掴んで、それで一気に大財閥となる足場を築いた、と理解しているんだけれども、そのストーリーはググらないとわからん。記憶にない。その中身の知識を、僕は持ってないけれども、気にしないでください。(金儲けにそもそも、あまり興味がないので。いい生活はしたいけど。)
そんな「歴史的な教材」があったものだから、いち早く「ビジネスに有益な情報」を入手することが、ビジネスマンとしても「大切なこと」になった。これは多分、全世界の共通認識だと思う。だけれども、考えるべきは、あのアホの存在だと思う。あのツイッター投稿に振り回されて、そこに何らかの「ビジネスのチャンス」を見出せるかどうか。どう考えたって、気にすること自体がマイナス材料にしかならないような気がする。(そもそも、内容そのものに、長い目で見てプラスになる要素がほとんどないんだから。)
だとしたら、「政府の公式な場での発言」以外は、スルーする、っていうのが、あのアホ以外にとっての「防衛策」であって、「賢明な対応」であるような気がする。

今の時代を生きるすべての人が突きつけられている現実は、「真贋を見抜く目」だと思う。例えば、スパム。
Amazonを語って「アカウントが凍結されました」なんてのが、つい一昨日もメールの「スパムフォルダ」に分類されて入っていたのを見つけた。この辺になると、僕個人はまだ、一応は情報技術の専門だから多少技術的にどうこう出来るけれども、普通に生きている一般の方には、簡単には見分けがつかないと思う。「この情報はフェイクだ」と真贋を見抜く心眼が必要なんだと思う。「あの大統領は、存在そのものがフェイクだ」と、それを見抜けなければ、世界の未来が危うい。そこまで来ている気がする。そう思いつつ、曲がりなりにも大統領としての権限を振るっているならば、(いや、その国にもフェイクじゃない国民が多数存在していることは、無論承知しているけれども、トップがフェイクだから、仕方なく、)「あの国は、フェイクの塊だ」と、そうした外交上の対応を前提として、適切にしてかつ、適当にあしらう以外に方策がないような気がする。そうした経済行動を取らざるを得なくなるような気がする。

段階的に、徐々にというよりも、凄まじい勢いで「国家」が風船の如く軽くなっていく気がする。あのアホを見ていて、そう思った。本気で世界の未来のことを考えている方々も少なくない国連機関で、国家首脳部よりもNPO, NGOの中心人物を招くようにシフトしているのが、その象徴なような気がする。この流れを定着させるべきだ。地球という「人」の集まる集団は、「国家」の集団である以前に、「人の集まる共同体」であるべきなのだと、僕は思う。
こんな言葉を書いている僕自身が「歯の浮くような表現」かもしれないと思いつつも、猛烈な勢いで「現実味を帯びつつある」ことに、期待を隠せない。地球は一つであるべきで、どこかの国だけ”First”なんていうのは、巨視的に排除すべきだ。協調性を持つ意思があるならば、無論受け入れるべきだろうけれども、そうでないならば、すべての歯車を外すべきだ。

「あのアホのツイッター」を、どう効果的に無視できるか。その具体策は何か。それは、なんともわからないけれども、「公式発言」でない限りは、マスコミが「シカトする」なんていうのは、結構効果的かも。(こういう具体策は、イジメにあった当事者でないと、なかなか思いつかないかも。)何を言おうが、マスコミが扱わない。唯一、あそこ、何でしたっけ、ブラックハウスじゃなくて、何とかっていうあそこの公式な場で発言した内容だけを報道するようにしたら、かなり、状況が好転する気がする。

で、面白いことに、そんなことはあり得ないと思うけれども、こんな極東の一個人が書いているブログを、あのアホが読んだとしても、おそらく全く「ツイッター投稿」の癖は変わらない、なんだか、そんな気がする。ムキになってツイッター投稿を増やしそうな気もする。

急務といえば、経済もそうだけれども、地球温暖化対策。これはもう、あのアホの国を抜きにして具体的な行動施策を決めるべきだ。核廃絶。なんとか、ロシアや中国に、再考を促したい。日本だって、考えるべきだ。ロシアや中国から日本国内に向けて、いつでも発射可能な核弾頭が一体何発あるのか、ロシア政府や中国政府に確認した上で、あのアホべったりを貫いているのか。日本のあれが言いそうなことはわかる。そんなことがあったら、あのアホが片っ端から「反撃ボタン」を押すはずだから、そんなことはあり得ない。そう信じたい気持ちはわかるけれども、そこまで人間的にあのアホを信じ切れるのか。「100%一緒」はご都合であって、万が一「発射されたミサイルの標的が日本だけだ」と国防総省が計算で出したなら、その後の自国の立場を優先して、日本を見捨てる、そういう人間性の持ち主があのアホだということを、日本側のアホは理解してない。僕はそんな気がする。人間性として、信じ切れる相手じゃない。シロアリ駆除の営業さんの口車で騙される独居のおばあちゃんと、日本の山口県選出のあのアホが、重なって見える。信じたいんだよねぇ。信じていたら、安心していられるような気がするから、ついつい、乗っかっちゃうんだよねえ。笑えない笑い話だけれども、自虐的に笑うしかない。

ロシアに対する欧州を軟化させるには、旧ソ連を引き摺った「どの国家を支援すべきか」のリストの見直しをプーチンさんが行うべきだ。EUが過激になっているのは、難民の流入だと自分は理解する。その原因のかなりの部分に、ロシアが関与している。民主的ではない、という理由で、アメリカは難民算出国を「危険国家」として扱う。危険国家として扱われた国家元首が、ロシアや中国に泣きつくから、ロシアなどはその国を支援する。その流れが旧ソ連以来続いているとしても、切らなければ、ロシアはEUとは和解できない。
そもそもが、カラシニコフの輸出を止めろと思う。大量破壊兵器の輸出を止めろ、以前に、そう思う。「柔良く剛を制す」なんていう考え方をプーチンさんはご存知なのかなぁ。そういう考え方に基づくならば、ロシア固有の文化には(いや、東欧もそうだけど)、日本人以上に西欧の多数を引きつける郷愁を持った文化的慣習が少なくない。それは何百年を経て形成されたもので、時間が気づきあげた財産だと思う。「ソビエト連邦」の「共産主義」なんて、そんな何百年もの歴史は持っていないと思う。
ヨーロッパに振り向いてもらえないならば、北方領土を餌にして釣り上げられてくれそうなあの山口のアホ、を相手にするんじゃなく、イタリアの血を引くあの世界的なアホすらも、(白人中心だから)今のところ手を出そうと思っていない欧州に、もっと目を向けて、和解の糸口を探るべきなんじゃないか、という気がする。

なんてね。俺、何を書いてるんだろう。気にしないでください。勝手に手が動いたから、書きたいことを書いただけ。ちょっと、暴走しただけ。