暖房22度

エアコンが効かないなぁ、と思って良く見たら暖房22度。
どうりで、スイッチ入れたのに、うんともすんとも言わない訳だ。
昔お袋が、11月頃にエアコンが効かない、壊れた、寒いとかボヤくので、よく見たら冷房28度だったことがある。
笑えない。ってか、昨日一日これで過ごしたんだから、結局エアコン、要らないんじゃね?

対照的なのが母屋で、ついこの間まで暖房30度に設定していた人が、そろそろ冷房18度に設定するような気がする。
温度計を見ると、1月2月は27度とか28度なのに、7月8月は22度くらいに下がっている。
そういう部屋にしばらくいると、私の方が体調を崩す。
今事務所は、エアコンなしで28度だけれど「暑いのに体が慣れていない」というよりも、この「寒暖差」には慣れてるから、たぶん、私は大丈夫でしょう。

昨日から、頭がモワッとして、ということもあるけれども、書きたいこと、言いたいことが山ほどあるような気がして、とにかくモヤモヤしている。こういう時は、全部吐き出すに限る、なんてことも昨日はふと思ったが、相変わらず今でもモヤモヤ。

そして、書こうとして冷静に考えてみると、どれもこれも、どこかで偉い人が言っていたこととか、何かの記事で読んだとか、そんなのばかり。そもそも、これまでもそうした主張があったのに、何も変わらなかったのなら、今更私が何か書いても意味あるの?なんてあたりに落ち着きそうだ。

仕事最優先、生活再建最優先。
いや、ちょっと騒ぎすぎた感が・・・黙ります。
沈思黙考、無芸大食。

国産

最近、運動していないんで、せめて移動だけでも(田舎だと、用足しにも車がないと結構大変)自転車を活用しようと思い、一ヶ月ほど前に自転車を買った。Made in China.

これが・・・快適というよりも、しばらくジョギングとか走っていなかったせいか、ちょっと回転をあげただけで猛烈な息切れ。(喫煙者ですからねぇ。)でも、それは1週間で解消。いわゆる有酸素運動を半年以上していなかったから、という感じだろうか。自転車でスピードを出して用足しするようになって、酸素の取り込みの方は相当に良くなったみたいで。よかった。
本当は、ジョギングとかで走りたいんだけれども、何というか、脊柱管狭窄症ってやつに、ちょうど1年くらい前に三脚から落ちたダメージが加わって(この表現が間違っていました。正確には、三脚の脚をきちんと固定して、揺すったりして安定を確認するという作業を怠ったまま上に乗って作業をしたために、ちょっと重心を移動した時に三脚そのものが倒れて、顔から地面に落ちて首に変な力が加わって首を痛めた、というのが正しいんだけれども、長ったらしく書くのが面倒で、三脚から落ちた、と説明はしていたが、話を戻して、)落ちた直後は、足の感覚が全くない上に、動かそうと思っても足が全く動かなくて、人生終わったと思った。ところが、救急車を呼んでもらっている間に、歩ける程度にまで回復して、(ドクターヘリまで呼んでもらってしまって、申し訳なかった気がするけれども、)今では、最低限の日常生活には困らない状況にはなっている。(説明が、長いなぁ。)こういう体をくれた、親父に感謝。(お袋、ごめんなさい。)
話の枕の説明が、やたらと長い。(僕のページを訪れる方は、それを承知で呼んでくださいませ。嫌なら、さっさと別のページに行ってください。)これでも、一旦書いた文章を、20行以上削った。実は、ちょうど、ほぼ1年前の出来事だと思い出した。
話を戻して。

この自転車。とっても快適だったんだけれども、ネジに被せてあるプラスチックのカバーが買った二日目に外れて落ちた。一ヶ月乗っていたら、タイヤの空気弁が緩んできて、走っているうちに空気が抜けかけた。(ただ、これは、締め方が不十分だったのか、メカニカルな問題ではなく、いわゆる「使用方法の問題」に分類されるだろうとは思ったが、)ギリギリ、パンクは免れた。結局、空気入れも(持っていたはずなのが、いずれも壊れて捨てたか、見つからなくて、)880円で、Made in Chinaを買って、空気を入れたら、もう何の問題も無い。昨日今日はかなり快適に使っている。

Made In Chinaでも、こうして一旦トラブルを経験して、そのリカバリ方法を見つけて、長い付き合いが始まると、いずれは「僕の自転車」になってくる。ここで、このページの本題を書いてしまおう。(訳が分からなくなる前に。)
かつて、Made in Japanは、アメリカなんかでは「安かろう悪かろう」の代名詞だったらしい。それがいつの間にか、Made in Japan自体がブランドになった。先輩方がコツコツ努力されたんだろうなぁ。今僕が乗ってる自転車のMade in Chinaも、この後大きく崩れなければ、たぶん「僕の自転車」で、今後10年、20年と「相棒」になってくれるんだろうと思う。そして、Made in Chinaが好きになると、そのうちにChinaそのものが好きになってくる。逆に、壊れて買い換えるようだと、「あ、結局中国製だもんね。」になる、と思う。たぶん、これは僕の先人たちの業績なんだろうけれども、かつての日本人の先輩方はひたすら誠実に、質の高いものを作り続けた、それがMade in Japanの今に繋がったんだろうと思う。
親父から相続したBMWは、しばらく前、「頼むから、ディーラーさんに着くまでは持ちこたえてくれ」と思って走らせて、着いた後、ディーラーさんで状況説明していたら、力尽きたように、駐車場にエンジン・クーラントの水たまりを作った。もう17年乗ってるのかなぁ。親父が乗っていた時期を加えると、車そのものは20才近い。なんだか今では、こっちの「気持ち」に「わかってるよ」と答えてくれそうな気すらする。Made in Germany, Hergestellt in Deutschlanedですけどね。Made in Chinaが、自信を持って「中國製造」を押し通す時が来るのか。

僕が小学校4年生の頃に親父が一式調えてくれた工具。ラジオペンチに、ニッパー。今でも使っている。当時のハンダはもう50年選手だけれども、まだ現役。ついさっき、電子回路の部品の取り付けに使った。基本的に僕はソフト屋で、ハード屋じゃないから、ハンダも、ペーストも、そんなに使わない。当時のニッパーとあわせて、もう、50年来僕の「相棒」で、いてくれている。拒絶とか否定の言葉ばかりいきなり聞かされたりすると、もう、何十年一緒にいても「相棒」には思えないんだろうな、とも思うけれど、それはさておき。
ニッパーは、とにかく力任せに金属を切るのに使ったこともあったから、さすがに50年経った今は刃こぼれが酷くて、細かいものの加工には使えない。代りが二つある。細かい作業は、もっぱら新しいのを使っているけれども、でも、今でも50年来の相棒のニッパーには、「力任せに何か金属を切る」場面には登場して貰っていて、結構仕事もしてもらっている。
このMade in Japanは、刃物で、日本製の刃物はかなり優秀なのかも知れない。以前、ニューギニアで生活を始める際に、スーパーマーケットで(一番安かった)ブラジル製の包丁を買った。ところが、包丁のくせに野菜を切るのに「ノコギリ」のような使い方をしないと切れない。今にして、「日本製の刃物」の凄さは、痛感する。で、この歴史。実は、もう千数百年以上の技術を脈々と引き継いでいる。

おそらく、中国にも似たような技術のルーツはあったに違いない。それなのに、中国の場合には、敵対する民族を滅ぼす際に、相手の技術的なルーツも根こそぎ消し去って存続してきた。同じことを今中国共産党がやっている。共産党に理解できないものは、ことごとく消し去ろうと、それが基本的な中国共産党のやり方なんだろう。ファーウェイを尊重する?極めて一過的な発想で、およそ、5000年近い歴史がある国家のくせにその技術的な伝承がなされないのは、今現在の中国共産党の体質が引き継ぐ、中国国民の気質が「技術の伝承」を阻害してきたんだろうと、僕は思う。

アメリカ?それは、トランプさんに体現していただければ、すぐにわかると思います。確かにアメリカはすごい。短距離ランナーとしての瞬発力には、目を見張るものがある。けれども、国家の歴史そのものがせいぜい数百年で、長い視野で物事を考える資質がが、アメリカ人全般的に欠けている気がする。(学者は、学問領域で長い視野でやってるけど)トランプなんて、せいぜい最大でも10年程度の損得しか考えない。それを、せいぜい5年か10年程度のスパンで判断する人が選挙で選んだ。アジアの感覚で言えば、アメリカからはただひたすら、「いいものを吸い上げればいい」というそれだけだろうと思う。(油に沸いている中東は、アメリカに染まっている気がするが。)

案の定、そろそろ、訳がわからなくなってきた。
明日は、師匠の講演会はない。今日、熊本でやってたんだろうなぁ。結構頻繁に、大阪、九州、仙台、新潟、などなどの遠隔地でも講演会をされているから、「遠征」には僕は行かない。本当は「おっかけ」したいところだけれども、仕事の都合、加えて、金がない。で、あ、明日の日曜日は師匠の講演会がないんダァ、なんて思うと、ついア×コ×ルが入って来る。(盗聴盗撮されても平然としていられるのは、慢性的に緊張感が抜けてなくて、唯一、×ルコ×ルとかニコチンが入った時だけ、ふわっとできるから、かも知れない。)変われない。破門されるのも、時間の問題。ってか、そもそも思い残すことが何もない。

相当にお酒が入っていても、(既に、9%チューハイで1Lくらいかなぁ)論理の展開だけはできるんだけれども、収束ができなくなる。(この状態では、ソフトは書けない。駄文は書けるけれど。)っていうか、そもそも、「主題」はもう書いたかも知れない。あ、思い出した。これが「きっかけ」だったんだ。(一旦、こうして壊れないと、中からの本音がなかなか出てこない。でも、ボトルで焼酎を買ってたら、最後まで論理をまとめることができかったかも。って、まだ書いてないけど。)

アメリカで、「こんまり」さんが人気らしい。(ここで、起承転結の「転」です。)
アメリカの場合には、単なる片付け術ではなくて、「すべてのものは、使ってもらうために存在している」というあたりの「発想」が、インパクトを与えているらしい。何を今更、なんだろうかとも思うが、使うつもりのないものを、所有する必要があるの?
「絵画」だって、見ていて自分が癒されるならば飾ればいいんだろうけれども、「値段が上がるのを期待」とかで所蔵するならば、それは「モノ」としての本来の価値は一切評価せず、「お金」のように「モノ」を扱っているだけ、なんだろうな、と思った。(そういうつもりでいると、遅かれ早かれ、モノの側が裏切って来るかも知れない。ってか、信頼を得られなくて、持ち主を捨てにかかるかも知れない。クルマでもね。)
この辺、おそらく日本人とアメリカ人には、相当に「感覚」に開きがある。

この話題、広げようと思うと、果てしなく広がる。「国土」はどうなんだ。「所有」とはいかなる概念なのか。

「使う」ことが出来るならば、「所有」する必要なない。
けれども、「自分の自転車」なんかを持って、愛着を持って来ると、意思疎通が出来るような気すらして来る。
で、基本的には「所有」しなければ使ってはならない。

「こんまり」さんの片付け術。僕ら、「断捨離」なんて考えて、不要なものを捨てて、生活空間をスッキリさせたい、なんて思っているけれども、こういう「モノが要らない」人が増えると、「経済」学的には明らかに問題があると思う。無駄を承知で、バカバカとモノを買って、消費して、捨てて、「品質が高い」モノを欲しい人は、それを長く使い続ける以上に、二つ目、三つ目を買わせようとする。だって、作って、売った以上はもう、相手のモノで、使われなくたって構わない。それが、合法的に「社会が潤うコツ」だったんじゃなかろうか。

ひどい話では、「武器」を売るためには、世界のどこかで殺し合いをしていてくれなきゃならない。それに乗っかっている多くの国々。安倍もトランプと話が合う訳だ。その辺の感性が全く一緒だもの。殺された人間よりも、金儲消したい「投票者」の方が大切。
「武器」という「モノ」を活用しようと思うと、こうなる。

経済学者が、カネのことしか考えない。そうなったら、もはや、政策提言なんて、出来ないんじゃないか?価値は色々あろだろう。「健康で長生きする」こと。「仕事で他者を牛耳ること」うまく、「今後を導ける経済理論」なんて、存在していないんじゃないかなぁ。
極めて個人的に、「国債発行無制限は、正しい」という理論は、違うと思うが、それ以外は全くわからん。
結局思う。「カネさえ儲かればそれでいい」という理論を経済学が支持する限り、トランプは消せない。

はい。「起承転結」の「結」まとめの言葉。
いや実は、書いていて思った。主題が三つか四つある。言いたかったことは、実は三つも四つもあった。自分でも、よくわからなくなった。(いや、シラフだとそもそも、こんな文章書くきになれない。酔いすぎると、論点が定まらなくる。

泥酔した私には、ページのまとめができそうにないので、これで終わります。一切読み返ししてない。文章や、論点の乱れは、本当にごめんなさい。読み捨ててください。