補足

与正氏も健在確認=正恩氏とマスゲーム観覧-北朝鮮
https://www.jiji.com/jc/article?k=2019060400238&g=int

こんなことを書いている場合じゃないんだが、いや、「こんなこととは何だ」とか怒られたって、仕事が・・・
いいです。毒を食らわば皿まで(「毒とは何だ」とか言われたって、こういう慣用句ですから)。

何と言っても強烈に印象に残っているのは、これか。

張成沢は巨大機関銃と火炎放射器で消し炭に? 金正恩が実行した残忍、冷酷無比の処刑
https://www.j-cast.com/2013/12/16191859.html?p=all

こうした判断を下した金正恩氏、地獄のどの辺に落ちるかという話題になると(私の理解が間違っているかもしれないが、)「まだわからない、案外深いところには落ちない可能性もある」ということになると思う。
何故ならば、まだ生きているから。生きている限り、どちらにも転ぶ可能性はある。

肉体を抜けてしまうと「脳」がないから、死ぬ直前の「意識」が向かっていた方向から向きを変えるのは容易ではない。例えば、登戸の犯人の方、そろそろ「覚醒」して、「まだ死んでいない」と勘違いして、延々と死ぬ直前の行動を繰り返すんだろうと思う。ただ、私の理解では、明らかにあの人の場合「ついで」に人を殺していて、最終目的は自殺だし、「最後に死ぬんだ」という強い意識があるから、おそらくその行動を繰り返す。
もし、自分では死ぬ気がなくて、憎悪だけを発散してあれをやり、例えば警官に抵抗して射殺され、強い憎悪を持って肉体を抜けていたら、かなりの確率で悪霊になっただろうと思う。何れにしても「死んだ」瞬間の意識の状態で固まるから、それがここから先、まず自分が死んだことに気づくまで何万回でもあの「自殺」を繰り返すんだろう。ようやっと自分が死んでいることに気づいたら、次は、自分のしたことの結果として、自分に対してどういう意識を送られているか、どんな意識を送られていたかに直面する場面もあるだろうし、そこで拷問にあった挙句に、ようやくどこに行くべきかわかって、いわゆる「地獄」に自分の居場所を見つける。「地獄」に辿り着くまでに2ステップ。今度はさらに自分の間違いに気付くまでは上には戻れない。「脳」がないのに、「意識」と「感覚」だけでその作業をやって、答えをださなきゃならない。その間に、地上でどれだけの時間が流れるか。それがもう「固定化」してしまっている。あの人も、数千年じゃきかない気がする。

ところが、生きていると、もう一瞬一瞬で「心」は動く。何かを考えていて、「あ!」と気付く前と気付いた後とでは、心の状態が全く違う。脳の影響をかなり受けているから。
麻薬だの武器だのの販売で、自分の行動の結果として誰かが死んだとしても、そんなことは気にもかけずに生きていて、そのまま死んだとしたら、たぶん、相当に深いところに「吸い寄せられて」いくんだろうな、と理解している。ところが、「自分の行動は誤っていた」と気付いて、自分のやったことの結果として、誰がどうなったか、誰がどんな思いをしたか、きちんと痛みを感じ取って、自分の何が誤りで、どうすべきだったかまで答えを出してから死んだとしたら、もうそれほど「深い」ところには吸い寄せられない。
すでに、600時間以上師匠のお話を聞いているけれども、これが僕の理解です。私は理解力がないから、間違っているかもしれないけど。とにかく「自分で気付く」ことがどれだけ大切か、という話は、さんざん聞かされている。さらに「脳」があるうちならば、比較的気付きやすい、ということなんだろうか。
私の理解は、「我々の誤った行動」は「罰せられる」のではなく、「誤りに自分で気付き、二度と同じ過ちを犯さないように自分の意識に刻み込む」ために、「気付くまでの場」が用意されている、ということだ。私の理解では、最も上にいらっしゃる方が「罰を与えようとしている」とは感じられない。ただ、無限の愛をもって「行動を改めてほしい」と望んでいらっしゃるだけのように、私は考え、そして感じている。(個人の感想です。)

これも、長時間講演を聞いての、私の理解。何か犯した「罪」に対して、神が「裁く」というのは、神に対する罪を犯した場合(例えば「神の教え」として適当なことを説く、など)だけで、それ以外は、基本的に自分で自分を裁くことになる。「上」に戻れて、上に住んでいる意識体は、生まれたばかりの赤ん坊と同じで、一切心に汚れがない。だから赤ん坊には霊体さんが見えているし、「自我」が出始めた頃から、周囲にいる霊体さんの姿も見えなくなってくる。
上では「悪い」ことも考えないし、「嘘」もない。そういう意識体が暮らしている世界だから、地上で経験を積んだばかりの霊体が上に戻ろうとしても、自分を守るためについた嘘だとか、他人に対して発した侮蔑とか憎悪とか物欲、支配欲だとか、そういったものがこびり付いている霊体に上がってこられると、不快でたまらず、完全に無視されたり、近づこうとしても逃げられたり、とにかく阻害される。よほど図々しい人でない限りは、普通は素直にまっすぐ地獄に行くらしいけれども、その「地獄」という場所は、仏教で言うような「罰を与える」場所ではなく、本人が自分の誤りに気付くまで「隔離」されている、ある種の「隔離病棟」のような場所であるらしい。(前にも、何度かこの話を書いた気がする。)意識体は、自分と似た意識同士が引き合う性質があるらしく、汚れ方の似通ったものが集まって生活する。(ソリトンみたいなものか?共鳴する定在波。)殺人とか詐欺だとかは、もう何万年も前から「先客」のいる場所があるので、普通に「吸い寄せられて」行くだろうな、とも理解している。
ついこの間、講演会の事務局で師匠から直接お話を聞いた人から、また聞きで話を聞いた。こう言う「又聞き」を書くことは、とても危険なんだけれども、もう「毒を喰らいついで」なので書いてしまえば、「詐欺」は、他人の「身ぐるみを剥ぐ」ような行為で、この行為について何の反省もないまま肉体を抜けると、いわゆる「地獄」でそれを繰り返す。着ているものがなければ、お互いがお互いを襲って、相手の皮膚を剥ぎあって生活しているらしい。どうやら、「行動」が「意識」だけの世界で端的に現れるように「病棟」も設計されているらしく、自分としては殺し合う生活とか、皮膚の剥ぎ合いとか、そういうところには行きたくない。

「人を殺す」なんていうのは比較的わかりやすい。高射機関砲で、とか、犬で、とか、とにかく「いいか、悪いか」がわかりやすい。ところが、実際に一番多いのは、何気ない一言で誰かを傷つけて、自分ではそれに気付いていなかったり、何気ない行動で多くの人がとんでもない迷惑を被っているのに、本人は全然気付いていなかったり、こういうのは、「落ちた」後もなかなか気付けないもの、らしい。肉体を抜ける瞬間に、生まれてから死ぬまでのすべての出来事についての「記録」を、ほんの数十秒の間にすべて「再生」して見せつけられる、ものらしい。自殺だとか、例えば不慮の事故などで「自分が死んだことに全く気付ける状況ではなかった」ために浮遊霊になってしまったようなケース(核で亡くなった方も含む)、とかを除き、その「記録」を見て、自分の一生を振り返り、「自分を守るための、ほんのちょっとした嘘」程度でも、上では受け入れてくれないから、どんな生き方をしたか把握してから下に落ちる。落ちた後、似たような「汚れ方」をした人たちが集まって、生きていた時の行動と同じようなことを繰り返すことになるようだけれども、そもそも、「脳」があって、誰かから指摘されてもなおかつ気付けないような迷惑行動を、「脳」なしでは、そう簡単に気づけたりしない。で、結局長居する人が多い。
軍隊なんかで直接手を汚した場合なんかよりも、指示を出して大勢を殺させた方が、汚れに気付きにくい、ということもある。例えば、「欠陥住宅」を知っていて荒稼ぎし、その結果誰かの命が奪われた、とする。仮に「法律」が裁かなくても、そうした「行動」は上にも筒抜けだし、自分が「建築」したのでなくて「指示」しただけだったとしても、その「指示」した者が一番「汚れ」を体に擦り付けることになり、なおかつ気付きにくいんだろうと、自分は理解する。

子どもだからって言ったって、自分の発した言葉で誰かが激しく傷ついた。言った本人はその点に全く気付かず、そのまま大人になりました。忘れていたまま死にました。その場合の「深さ」は、もしかしたら、金正恩氏が「気付いて、悔い改めた」後に行く地獄の深さよりも、はるかに深いかもしれない。
この辺は、私にはわからん。ただ分かるのは、自分で全く自分の行動の結果に気付いていない場合には、そのまま肉体を抜けたら大変だろうな、という程度か。

ただ、私の理解では、この辺の「人間どうしの関係」に関する「地獄」は、本人が気づけばすぐに上に戻ることができる。ということは、多くの宗教が言うような「神が罰を与えた」ものではなく、「自分の汚れに自分で気づいて、意識体の汚れを落としてから上に戻るための、洗浄室」のような場だ、というものだ。
それでは、神が直接罰を与えるのは、という話題には言及しない。こればかりは怖い。ちょっとでも誤りがあったなら、大変なことになる。既に書いたけれども「これが神の思いです、などと適当な自分の解釈を教える」のは、明らかに「神の思いに背く行為」に該当するから、だからそこのところは書いても大丈夫だと自分は理解しているが、それ以外は微妙だし、私の判断じゃないから、一切触れられない。

金正恩氏の「残虐行為」は、見た目は確かに派手で、激しく人道に背いた行為だと理解はしているものの、一旦「気付いて」軌道修正した場合に落ちる先と、学校や職場などでネチネチとイジメて誰かの心に傷を残し、やった本人が全く気付いていない場合に落ちる先を比べた場合、もしかしたら後者の方が深いかもしれない、というのが、これまで講演を聞いた範囲での私の理解です。(間違っているかもしれないが。)

僕自身は、師匠の講演会の内容を取りあえずは「脳」で記憶して、その記憶に頼って、とにかく「どうすべきか、どうあるべきか」を考えながら行動するように、している。(ということに、しておく。)

結局脳に蓄えた知識は、火葬されたらすべて消えるから、肉体を抜けたら何も残らない。ただ、実際に行動し、例えば、僕が何かをしたら周囲がどう思ったか、どういう結果になったか、どうすべきだったか、自分の感覚として感じ取り、考え抜いて、それを経験として、ある意味で自分の行動パターンになるまで意識の中に取り込めたら、それは単なる「知識」ではなく、肉体を抜けても持ち帰れる自分の一部、つまり意識体としての「エネルギー」の一部になれる。
それを繰り返していけば、いずれはミカエル様、ガブリエル様くらいのエネルギー・レベルにまで上がれるはず、なのだけれども、遠いね。少なくとも、地球にいる間じゃ無理でしょうね。地球の寿命も尽きた頃に、また次の移住をして、もう後4〜5回移住して、それこそ百億年とかで上がれたら、それでも速い方なんでしょうね。でも、コツコツ続けるしかない。できれば次は400年後くらいに、また出て来たいから、あんまり深いところには落ちて潜りたくない。(そのためには、こうして書くことを「やめる」のが一番なんだが・・・無難な選択、っていう奴で。)

こんなところでいいかなぁ。これで主題は網羅したかなぁ。駄文だよねぇ、長文だし。切れ味悪いなぁ。
だって、書きたくて書いているっていうよりも、書かないでいると落ち着かなくて、仕事に集中できないから、吐き出すために書いているだけで。まとまりがないのは、どこが「主題」か、自分でもわかってないから。
これで、勘弁してください。

今回いくつ経験できたか、だけれども、さすがに今回は師匠の直近に出られた。ラッキーなのか、計画して来たのか答え合わせは肉体を抜けてからの楽しみ、ということで、あとどれだけ未知の経験を積めるかが問題だ。
一応、こうして書いているこのページも「僕自身の一つの経験」として、積み重ねたうちに入っていればいいんだけれど。
(もしかして、逆に自分で墓穴を掘ってる可能性も、ゼロではないし・・・)

このページ、さっさと「仕事がらみ」の話題で「蓋」をして、一番表には出てこないようにしたいんだけれど、仕事に集中できてないお陰で「仕事がらみ」の話題が見つかりそうにない。

いいよ、もう。どこまで落ちるかわからんけど、とにかく、行けるところまで行く。
そして、これだけは強調しておきたい。僕は「チンドン屋」です。本来、「一人でも多くの人が知っておくべきお話」をされているのは、師匠の方で、本当なら直接聞いてもらうのが一番、なんだけれども、30年来の行きがかり上、書いているだけ。
僕自身は、と言えば、もっと普通に、痴漢とか浮気とか着服とか、普通に悪いことをしたい人間だし(いや、そういうのは「普通」じゃないし、しなくていいから。酒とタバコだけでもう十分でしょうが)、全然偉そうなことを書いていい人間じゃないし。疲れるからやめたいんだけれど。なんかもう、こうして、つい書いちゃうんだよなぁ。
終わり。