相互信義の原則

なんか、こんな感じの表現だったような気がする。
契約書を締結する際に、あれこれ書いた最後の方に、「この契約書に書かれていない問題が起きた場合には、双方信義の原則に基づき解決するものとする。」だとか(細かい言い回しを忘れたなぁ)、「紛争の際には東京地方裁判所を第一審とする」だとか、普通に書かれている。
うちの場合、だいたい、先方が提示した契約書にそのままサインするケースがほとんどだけれども。

もう、何度となくメンタル的に潰れて、仕事の上でも結構ご迷惑をおかけしたG社のHさん。医療関係の仕事をご一緒にさせていただいていた。
最初、「基本契約を締結しますか?」と言ったら、「別にいいよ。信頼関係がなくなったら終わりだし、信頼関係があれば、一緒にやっていけるでしょ?」みたいな感じで、さらっと受け流してくれて、結局契約書なんかなしで、ずっと一緒に仕事させていただいていた。
こういう考え方があるんだよな、と思う。実際そちらの方が大事じゃないか、なんてことは思う。

日本の外務省は「全方位外交」の舵取りをうまく頑張ってると思う。「敵」なんて要らない。全ての国と「相互信義」の関係が成り立つならば、平和条約だって要らない、と思う。互恵的な結論に導こうとする努力がある限り、戦争などという選択肢は俎上に上らない。

平和条約を締結したって、どこかの大統領みたいに直前に「一方的に破棄」されて、「宣戦布告」されたりなんかしたら、平和条約なんて屁の突っ張りにもならない。(若い方へ:慣用句です。念のため。)
安全保障体制を謳いながら、平気で同盟国の商船を危険に晒して、それを経済封鎖の口実に使おうとする。これほど「同盟国」となるのに危険な国が他にあるだろうか、とすら思う。核の傘が必要だとか、「強固な同盟関係」だとか、相手を見て物を言え、と思う。トランプが「一方的に破棄」した国際的な約束事が、一体いくつあるか、数える気にもならないけれども、アメリカにとっての日本なんて、この程度の存在だという事実がアリアリと見えているような気がする。トランプだからそれが表に出ただけであって、あの国の姿勢は昔から変わらない。

日本は、イランとも、ロシアとも、中国とも、サウジアラビアとも、イスラエルとも、パレスチナとも、どことも同じように「信義」を重んじて付き合うべきで、確かに「武士道」なんて通じない相手もいるだろうけれども、基本的には何かあるまでは、義を貫く国であって欲しい。
確かに、日本に対する敵意しか向けてこない国が、間近に二つもあるけどなぁ・・・
義を貫くのは「何かあるまでは」ということであって、何かがあったなら、その距離感はきちんと見直す必要があると思う。なんてことを安倍総理とか自民党に言っても無駄なんだろうなぁ。
信頼関係を重んじる国、紛争解決の手段としての戦争を放棄する国が多数を占めてくれば、いつか自衛隊だって要らなくなる。いいキッカケだと思うんだがなぁ。


今日は、仕事になってない。全然。全く。小林克也さんの声だけが虚しく流れている。
意識が切り替わらない。活字を目で追っても、意味が頭に入ってこない。コレだよ。かなわん。

どうでもいいけど、菅田将暉さんて、多才なんだなぁ。歌詞は米津玄師さんか?まちがいさがし。
あの歌詞、突き刺さる。
真っ直ぐに向けられた視線っていうのは、両極端に凶器かも知れない。良かれ悪しかれ、どちらの場合にも、こちらを壊しにかかって来る気がする。レモンの方は、多少は響いたにしても、年の功で鈍感に受け流したんだが。

今更ながら、自分がいかに「壊れ物」か思い知ったような気がする。
ちょっとしたことで、すぐにこれだもの。5時を回ってしまった。今日はもう、仕事するのは諦めた。

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