禁止の理由

何かを「禁止する」ためには、必ず理由を説明するべきだ、と思う。

理由があるのに説明をしないならば、それは禁止する側に怠慢がある、と思う。

子供が、高い塀の上を歩いている。「やめなさい」怒鳴る。引き摺り下ろして殴る。(昔は、よくあった。)それでは通じない。「落ちたら怪我をするから、やめなさい」その一言がなぜ言えない。「落ちたら、怪我をする」が理解できない子供もいる。怪我をしたら(例えば骨折したら)どれだけ大変かを理解できない子供もいる。(昔は、そんなことはなかった、気がする。なぜなら、普通にそういう遊び方をしてたから。でも、僕の同世代でも、都会育ちは違ったみたいだけど。)
とにかく、禁止する理由があるならば、理解できるように説明する努力をするのは、大人の責任かもしれない。いや、大人じゃないや、禁止する側の責任、だろうな。文脈上。

私自身が感じるところは、神は、すべての判断を個人に委ねられ、「正しい判断」をするように求められ、かつ、すべての人が「正しい判断」をすることを期待されている、ような気がする。私の理解である。判断を誤ったならば、その責任はすべてその人にある。そこには、「禁止」はあり得ない。

ただ、前提条件が異なれば、判断も異なる。
「聖なる動物」であったり、「汚れた動物」であったり、逆に、ある国の「愛玩動物」が別の国では「食用として飼育」されていたり、色々とある。絶滅危惧種であったり、(例えば「ふぐ」みたいな)毒があったりというのを除けば、どこに「禁止」すべき根拠があるのか、少なくとも自然科学的には理解できない側面が多い。個人としての思想や信条を一方的には否定したくない。だから、意味がないとは言わないが、私には根拠があるようには思えないケースが少なくない。
その一方で、イスラム教の「ハラル」には、感じることはある。教義とは異なるだろうとは思うけれども、すべての生き物には神が与えた命がある。自らの命が他の命を助けるために使われるならば、それは神の思いに背くことではない、と自分は理解している。「無益な殺戮」ではない、神の思いを真摯に受け止めて、生きていた命の尊厳を理解し、その上で、この命を、私自身の血肉として食用にいただく。植物までも含めて、日本語の「いただきます」にはその思いがある、と自分は理解している。と同時に、イスラム教のハラルも、それに近いものなのかな、と感じてはいる。(結構、違うところもあるとは思うが。)話題が逸れた。

一方で、はっきり言って、根拠のない「禁止」もすごく多い気がする。
別に、若者ウケを狙おうとは思わないけれども、髪の毛を染めるのが、なぜ悪い?
病院実習に学生を送り出していた教員だった頃には、僕もそれを言っていた。理由は、年配の患者さんとかには、茶髪の人は「本人が、見かけだけを気にするような、チャラい人間」だと感じて、医療行為を受けることに不安を感じることがあり、施術側との信頼関係を損ねる可能性が極めて高いから、病院としては、絶対にやめて欲しい、だろうな、という点だった。あくまでもビジネスの視点で、学生に文句を言われたら、こう説明した。(僕にそう言われた当時の学生が、今、覚えてくれているかどうか、わからないけど。)
一応は、理由は説明した。

けれども、もし彼らが、病院で実習を受けない学生だったら、髪の毛を染めようが、膝上50cmの超ミニスカートを履こうが(すみません、僕の妄想です、)禁止すべき理由がない、とも思う。(推奨すべき理由もないが。)

髪の毛を染めちゃ、いけません。靴下は、何cmまではOK。柄物のTシャツは、学生服の下でもNG。こういうのはなぁ・・・それで学業に専念できない?だったら、自由な服装でいる家では、どうせ学業に専念できないんだから、宿題出したって意味ないでしょ?とか、思うところは、多々あった。理由を説明していたとしても、その理由が、納得できるものかどうか、ってのもあるんだろうか。

国家転覆罪。
国政の文句を言ったら、即逮捕。一般的に、優良企業なんてのは、顧客からのクレームで鍛えられて、高品質のサービスを提供するようになって、成功したなんていう事例が、すごく多い。文句を言われたら(文句を言うことに生きがいを感じているような人たちは別にして、)それを成長のきっかけにした会社がある、なんて話は、結構多い。
ところが、「体制批判」が重罪になるような国もあるし、組織だってあるし。
会社なんかだったらなぁ、どこかで現実的な見極めをつけて、転職するなり、逃げ方もあるけれども、それが自分の生まれた国だったら、どうなんだろうか、とも思う。

日本だって、かつては色々とあったと思うな。例えば、とっても馬鹿らしいと思うのは、正露丸のラッパのマーク。輸入車のクラクションに、「ラッパのマーク」がないから、車検を通すために正露丸を買って、「ラッパのマーク」の部分を切り取って、クラクションに貼り付けないと、車検が通らないから、数千万円する車でも、正露丸を買わないと公道を走れない、ってな、あれ。(こればっかりは、僕には縁がないから、本音9割、冗談1割の笑い話として、聞いたことのある話を引用してみました。)でも、過去形で書いたけれども、今どうなんだか。これも、縁がないから、今がどうか、知らないけど。

とりあえず、日本だったら、そういう時に文句を言っても、国家反逆罪にはならなかった。もちろん、死刑にもならなかった。
ところが、そんなことでも文句を言ったら、文句を本にして書いただけでも、下手すると死刑になっちゃったりする国も、未だにあったりするんだよなぁ。

どこの国の話題とは言わない。そう言うのに、文句を言う若い子達を脅迫するために、軍隊を出動させて、映像を色々流している国とかあったりする。他人事なら笑い話で面白いけれども、そんな国に生まれちゃった人たちには、ただただ、同情しかない。かわいそうな人たち。それが十何億人いるんだか。

でもね、デモをするにしても、とにかく、主張をするのは、堂々と続けたらいい、と思うけど、誰も傷つけない。誰の命も奪わない、加えて、必死で生活している人たちには迷惑をかけない、そこだけは気を遣って欲しい気がする。

トップが、争点の法案を抹殺すれば、すぐに収まるだろうに、とも思うんだが、それができない体質っていうのは、「一切理由を説明できないのに、禁止だけはする」みたいな体質なんだろうと、そんな気がする。