本音

Twitterが面白いことになっているかも知れない。
一般人から国家元首まで、誰もが思う存分に本音をさらけ出してくる。
(一部の国は、例外か・・・)

これが、実はとても大切なことなのかも知れない。
本音を隠して、建前だけで議論していても、本質的な相互理解は出来ない。
第一段階は、きっと、まず本音を晒すことなんじゃないだろうか。

第二段階で、初めて内容が問題になってくる。
事実に基づいているか。根拠は何か。
国家元首レベルでの書き込みに、事実誤認や、事実への理解不足があれば、その国の教育が問題になるのかも知れない。民主主義国家では、国家元首のレベルは国民のレベル、ということが言えるかも知れない。
事実なのかFakeなのかの判断や検証は、マスメディアの責任もあるだろうし、個人で虚偽の内容を拡散したら、法的な措置が取られるべきことも、今後のインターネットの課題なのかも知れない。

表現には、その人の「価値観」が如実に現れる。美味しいものを食べることが何よりも大切なのか、子供の成長を見守ることが嬉しくて仕方ないのか、美しい景色を見た感動が貴重なのか、他人を見下すことに人生を賭けているのか(あ、すみません、私、これに該当したりするかも)。
不特定多数の他人の反応を知ることが出来るのも、ネットの面白さかも知れない。(但し、叩かれた時にメゲない面の皮の厚さは、大切かも。私の面の皮は、カカト並みだったりするかも・・・ひび割れてたりして。)いずれにしたって、擦り合わせて、どこに収束するか、ぶつかってみなければわからない。(コブしか生まれねェよ、っていうCMもあったけれど。)

問題はその次、なんだろうなぁ。書いてみて、あまりにも反論が大きかったら、表現方法が間違っていたか、相手への無理解があったか、あるいは、世間の受け止め方への無理解があったか、そもそも、自分自身のものの考え方、感じ方に誤りがあったか、自分が常識を知らなすぎたか。そこまで考えてみて、初めていい結果につながるのかも知れない。炎上するのも貴重な経験。

誰もがそうした「軌道修正」をやりやすいように、一度や二度炎上したからと言って、「退場」させるのではなく、リセットした状態でまっさらの状態で、新しい書き込みでまた新たな判断をする、なんてことも、大切なのかも知れない。

なんてことを考えつつ、最近私も、毒を吐きすぎていて、自家中毒を起こしそうな気もする。蛇も、自分を噛めば自分の出す毒には侵されるらしいから、吐いた毒がブーメランの如く自分に返ってこないうちに、そろそろ、撤収しようか。(どうせまた、何かあると黙っていられなくなるに違いないけれど・・・)

でも、やっぱり思うなぁ。国家元首のツイートには、未来の地球のあるべき姿なんて話題が欲しい。せめて、自国の将来の姿でもいいし。責任転嫁したって、何も変わらないのに。
こうやって、他国の国家元首でも平然とこき下ろせるっていうのは、この「新しい時代」の面白さかも知れない。
誰もが、自国のことを考えるように、普通に他国のことを考えられたらいいのに、なんてことは、思う。やっぱり、いつか地球は一つになって欲しい。(今だって、地球は一つだろうに・・・)

やはり、最大の問題は、根拠と、表現方法、なんだろうか。


蛇足になるけれども、日本の輸出規制。
日本で製造されたフッ素が、どこかを迂回して北朝鮮に流れ、北朝鮮でサリンが製造されて、北朝鮮はそのサリンで外貨を獲得し、購入したシリアが民間人に使用して、国際社会の非難を浴びた、なんていう事例があったとする。どこが責任を負う?シリアだけ?製造元の日本はどうすべきだったか、ということを考えた時に、「輸出規制」という一つの「解」が出てくる、と思う。輸出規制は製造元の「解」であり、輸出先での迂回阻止の具体策の説明が日本側にあったなら、その辺の協力体制が取れていたならば、起きなかった事案だと思う。その段階で、日本の主張を全て「言いがかりだ」と決めつけて、何も変わらなかった、たぶんその経緯について、日本側の認識が通じていないか、通じていてもはぐらかされているか、どちらかのように、自分には思える。
どの「事案」についても、主張は一貫していると思うんだがなぁ。