豚コレラ

最近に限った話じゃない。仕事に集中したいのに、どうしても雑念ばかりが湧いてくる。どうせ、吐き出さないと仕事には集中できない。だから、拾い上げて吐き出して、掃除をしたい。

豚コレラ。
ユーラシア大陸の東側に大規模に広がったアフリカ豚コレラは、日本の豚コレラとはウイルスの種類が違うみたいだけれども、いずれにせよ、世界的にパンデミックの様相を呈している。
前置きするなら、僕の主張は、科学的でもなんでもないけれど。

イスラム法では、そもそも豚を食うことを禁止していたと思うが、豚以外でも、生物を食する時にはハラールの掟を遵守することになっていたはず、だと、理解している。僕は、ハラル自体はよく知らない。ただ、その「教え」を伝えた元々の神(というか、アッラー様)の思いは、こうではないかと、理解している部分がある。

人間には、生存に必要なあらゆる環境が準備されていた。地球の大地、動植物、大気に水。どれか一つだって、人類が創造して創って準備したものがあったか、という話題がある。豚だってそう。牛だって、鶏だって、あらゆる生き物を、人類は「利用した」だけだと僕は理解している。その、「調った環境」を調えてくれた方への感謝があったのか、という話題。同時に、そうした他の命に対する敬意は持っているのか、という話題。

感染した豚を殺して、処分する。数日前の朝、だったと思う。テレビのニュースで、感染して死んだ豚が路上に散乱していた光景を見た。YouTubeの画像をテレビが拾ったものだったと思う。これで、感染拡大が止まる訳がない。
理想的には、全部集めて焼却処分なんだろうけれども、それが無理ならば、殺処分して土中に埋めるという対応になるんだろうか。そのプロセスも、これも、ネットのニュースによれば、「殺処分」の手続きがおざなりで、国によっては途中で息を吹き返した豚もそのまま土中に「生き埋めにした」というのを読んだ。事実だとしたら、「生き埋め」されても、踏み固めたりしていないならば、感染したまま息を吹き返して、地中から這い出し、「お役所」的な仕事をあざ笑うかのように、生き延びて、野生化して、野生のイノシシにウイルスを感染させ、さらに広がるという事態につながる気がする。こうした状況で、願わくば(苦痛がないような殺し方が理想だと思うが、)確実に殺して、それ以上の感染が起きないように「目的」をきっちりと果たすべきだと思う。

豚に限らず、「家畜」化された生き物でも、肉になるために「殺処分」される際には、「なぜ?」「どうして?」という意識は持つみたいだ。自分に非があるとは思えない。「どうして?」という思いのまま、殺されて肉になっていく。それでも、人間という他の生命の役に立つということで、納得してもらえているかどうかは別にして、運命を受け入れてもらってはいるみたいだ。その辺の意識を拾える方にも、怖くて聞く気になれない。確か、こんな感じのお話が以前あったような・・・

もしかしたら、生き物の命そのものへの感謝があるならば、そうした「殺処分」の手続きだって、やり方が違ってくるのかも知れない。その微妙に違ったやり方の中に、それ以上の感染拡大を防ぐ鍵があるのかも知れない。

私自身の理解では、人間が、人間以外の創造された生き物への感謝を持たなくなって来ている、そうした人間の意識に地球意識が反応して、警告、あるいは、もはや、警告以上のメッセージを出してきている、なんていうこともあるのかも知れないとは感じることはあるけれど、こんなことを声高に主張したら、どんな新興宗教だと、非難されるに決まってるから、そこは一応触れては置くけれども、強くは主張しない。考え方、感じ方はその人自身のものだから、生き物をどんな殺し方をしたって人間の勝手だとお考えになる方々を非難するつもりもない。

でも、もしかしたら、昔から言われたりしたこと、伝わったりしてきている考え方の中には、こうした事態に正しく対応するための「知恵」みたいなものが、含まれていたりしないだろうか、なんていうことも感じた。書きたかったのは、その部分だけ。

実を言えば、一昨日も、道路を走行中に、対向車があってはみ出せない状況で、視界に道路を横断中のカマキリが見えて、その時は確か後続車はなかったら、減速してやり過ごす(というより、緊急停止する)方法もあったのかも知れないけれど、左には田んぼ(20cm避けたら脱輪する)で、すれ違うのがギリギリくらいの道路幅で、ハンドルも切れず、(なんせ、カマキリの歩く速度だから)多少の減速くらいでは間に合わず(猫だったらあっという間に走り去ってくれる、)ほんの2〜3秒の判断だっただろうか、結局、「あ、間に合わない、たぶん右の車輪が・・・」という状況を経験した。
正解はたぶん、急ブレーキをかけて停車する、なんだろうけれども、距離的に30km/hからでも止まり切れなかったと思う。(一応、40km/h制限の生活道路で、通り抜けの車は結構スピードを出すけれど、僕は地元民なので、そんなにはスピードは出していない。バイパスは別だけれど。)

結構、こうやって意味もなくやっちゃってるんだよな、という自覚はある。確かにあるんだけれども、豚肉も、鶏肉も、重要なタンパク源だから、意味があってそうなっちゃってる生き物に対しても、もっと敬意を表してもいいのかも知れない、なんていうことは思った。YouTubeで、道路に散乱した豚の死骸を見て、また、殺処分の手続きがいい加減で、などというニュースを見聞きして、ちょっと、やるせない気分になった。

はい、偉そうなことは何一つ言えないことは、十分に理解してます。
でも、生き物の命に対する感謝とかは、もうちょっとあってもいいかも知れない、とは感じます。他人にどうこう言える話題じゃないので、少なくとも、自分だけは気をつけますという話題でした。

視力

敵わないなぁ、と思うのは、視力の低下。

この時間になってくると、モニター画面の12ポイントの設定の文字がぼやけてくる。
朝は、なんとなく平気。気合を入れて凝視すると、それでも、かなり近距離でもピントが合うから、まだ僕の目のレンズはそんなに固くなってないのかな、とは思う。
この辺には、こんなコードがあるはず、という記憶に頼ってプログラミング。実際、ロジックを辿ってるから、ブラインドタッチとコードの流れとで、画面にはほとんど頼っていないけれど、でも、やっぱり、目薬は欠かせないかなぁ。今、サンテ40プラスのお世話になってます。目薬を使うようになってから、結構見えるようになった。

実を言えば、大学を辞めた頃から比べると、比べ物にならないくらい視力が改善している。いや、厳密に言えば、落差が激しくなったのか。
昔ながらの「日付」の窓がある腕時計の、日付が、時間帯によっては読める。スマホの9ポイントくらいの記事も普通に読めたりする。ところが、この時間は、モニターの結構大きい文字も、滲む。もともと、乱視がすごい。左目だけだと、月が5つに見えるもの。でかいのが一つに、少し右下側に一つ、ずっと薄い影がさらに周囲に三つ。左目だけだと、交通信号の矢印の向きが、わからない。ただ、右目はそんなに悪くないので、右目に頼って道路標識も信号も、細かいところは把握している。
そのくせ、200mくらい先でも、人の輪郭は完璧に見える。かなり先のマンションの通路の人影が、結構はっきりと見えてる。全部裸眼。その一方で、スーパーの買い物で、食品の成分表示を読むのに、手を思いっきり伸ばさないと読めない。100均の1度のメガネだけで、完璧にピントは合うんですけどね。どういう視力なんだろう。

そう、思いつつ、全く衰えていない気がするのが動態視力かも知れない。雨上がりの道路を運転していて、勘弁してよ、と思うのは、道路を横断するカエル、ミミズ、カマキリ、などなど。軌道の読めない蛾やトンボもそうだし、対向車の都合でビームを落とすと、そのカエルを踏み潰すか、かわせるか、視界に入ってから、たぶん1秒もない。対向車があるのに、急ハンドルは切れないし、特に先週はカマキリが多かった。昼間は、比較的遠くから見えているから車輪の位置をずらして、(相手が、変な動きをしなければ、だけれども、)なんとか自然にかわすことができるものの、夜は無理だった。過去一週間で、カマキリ、カエル、種類までは見えなかった甲虫の類を、合計で4匹は踏み潰している、と思う。猫と違って、踏んでもわからない。(本当に、ごめんなさい。合掌)

猫は・・・今日も、直前横断を食らった。急ブレーキで、間に合って、無衝突で左に走り去ってくれたけど(親父から相続したもう15年乗ってるBMWだけれど(18年物だけど)、さすが、急ブレーキと操作性能抜群なのは、ありがたいです、)でも、神経に良くない。いや、どんなに視力が悪くても、猫は見えるか・・・。
俺、ミミズも、カエルも、カマキリも、蛾も、全部見えてるもんなぁ。かなわん。視力の悪い人が羨ましい。動体視力は、それこそ、20代の頃、高速道路の走行中、前の車が窓から投げ捨てたタバコの、4桁の製造番号が読めたもんなぁ。(たったの一度だけ、だけれど。確か、セブンスターだった。)今ではそれは無理だけれど、それでも結構、動くものは見えてる。

嘘だと思うなら、試してみます?実験台になるのは構わないけど、上カルビの定食くらいは食いたいなぁ。なんて、挑発してみても、裏であれこれやっても、表立っては誰も働きかけてこないのが、この日本という国だね。裏では結構やられたけど、表面的には無風状態だったなぁ。だから、平然とネットにあれこれ書くようになった。この段落、滅茶苦茶、話が逸れた。

問題なのは、止まってる、目の前40〜50cm先にある画面。これがクリアに見えないと(いや、実際には見えてなくても、デバッグの時に細かいところが確認できないと)、商売上がったり。それなのに、夜間道路を走行していて、「また今日も、轢き殺しちゃった」という罪悪感が、かなわない。気がつかなければ、平和なのに・・・

温泉銭湯に行って戻って、一息ついての愚痴でした。

弁当100食

季節になった。来週の地区民体育大会の弁当。キャンセルは4日前、10月2日までに、と。

台風は2日から3日にかけて接近。ってことは、台風は関係ないか。
当日の天気、一週間後だけれども、午前中はセーフで、午後の降水確率60%。予想降水量は0mm。
ってことは、実施の確率が高いのかなぁ。悩ましい数字だなぁ。

今日は、結局ラグビーの実況、ずっと聴いちゃった。どうせ仕事になんかならない。
せっかくなら、テレビで見れば良かった、っていうのは、結果がわかってからの感想。こういう結果になることがわかってたら、かぶりつきでテレビで見てたのに・・・こんなもんだよなぁ。

弁当もねぇ。
もう、土砂降りの雨になる予報だったらキャンセル出来るけれど、実施になって弁当がないとやはり立場がない。
雨天中止になった時は、弁当100食を受け取りに行って、慰労会で配ることになる。いつも色々と動いてくださる主婦の皆様方は、喜んで下さるから、キャンセルしなくてもいいっちゃ良いんだけど。
だけど、中止の可能性が高いなら、弁当100食は、金額的には大きい。年間予算の2%くらいですからね。

あ、書いてて思い出した。どうせ「払い済み」にするなら、9月中か。月曜日に払いに行こう。
(追補:ヤオコーさんから、受け取り方法の確認の電話があった。10月中の支払いだと、消費税10%になっちゃうんですよね、と確認したら、「こちらは、お持ち帰りですから・・・」あ、そうか。ややこしい。面倒臭い。コンビニのイートインなんかも、確かあれこれと面倒だったみたいだ。設計の原則:ルールは単純なほど良い。)

ちなみに、今年はもう、走りません。普段全然運動をしなくなった。体を動かすのは、町内の用足しで自転車で走り回るくらい。

その代わりに、砲丸投げに出ることにしました。(出てくれる人がいないから、仕方ない。)とりあえず、4mでも、5mでも、前に飛べば良いや。(アキレス腱切らないように、それだけは注意。)たまに、荒川方面まで自転車で(意味もなく)走り回ってるから、たぶん大丈夫かなぁとは思うけれども、切っちゃったら、周囲から何を言われるかわからない。でも、4m飛ばなかったりして。最近、マウスより重いものを動かしたことがない。箸より重いものを持ったことがない、ってのは冗談だけれども、マウスより重いものっていうと、結構実感がある比喩だったりして。

この種目が終わったら、飲み物の買い出しに、焼そばの材料の受け取り、弁当の受け取りで、地味〜〜に荷物運びで、延々と肉体労働。
これも、今年で5年目になった。来年こそ、任期の最後になって欲しい。

地球の話

エコーが重い。何か、とんでもないことを書いちゃったんだろうな、と思う。たぶん、アレだな。
という、結果になる度に思う。一線を越えてしまったか。セーフか。

書いても書かなくても、同じことで悩む。例えば、グレタ・トゥーンベリさんに援護射撃したとしても、しなかったとしても、これで良かったのか、悪かったのか、同じように悩む。結局、同じ結論にたどり着く。何かをしなかった後悔より、してしまった後悔の方を選ぶ。
毒を食らわば皿まで。(「毒」とはなんだ、という突っ込みもあると思うが、慣用句だし。)師匠の講演会に参加していた結果として、自分自身は現在、こういう考え方をする、という部分だけならば、間違いなくセーフ。ただ、自分自身が経験しようがないこと、例えば地球の話については、猛烈に、グレーゾーンのような気がする。
師匠の講演会に参加する以前、僕自身が自分のブログで自分の感じたことを書いていた、その内容の踏襲だったら、これは僕自身が感じたこと、もしかしたら受け取ったかも知れない話題だから、これは「アウト」にして欲しくない。ただ、その部分にはやはり、誤解が多すぎた気がする。全部捨てて、更地の状態で考え直したなら、もはや持ち出すことはできない。

ただ、会員以外、一般の参加者がいる講演会でもお話になられた内容である限り、僕は、状況に応じ、僕自身がこの話題を今持ち出すべきだと考え抜いた限りは、書くことを選ぶ。その結果として、あとあと(つまり、肉体を抜けた後、という意味で)どうなろうが、あらゆる結果を受け入れるしかない、自分なりにショック対応姿勢を取って、覚悟を決めて突っ込むしかないんだろう、と思った。たぶん、僕が肉体を抜ける直前、要するに死ぬ間際に考えるべきことは、「さてと、覚悟を決めて地獄に落ちるぞ。一刻も早く、また浮かび上がるぞ」と、それだけかも知れない。
能書きが長い。(要するに、怖いんだ。)

まず、原油。
原油は、地球を肉体とする意識体からみた、肉体(要するに、地球だよなぁ)において、人間に例えると「リンパ液」の働きをしている、と、自分は理解している。
ここで質問です。人間にとって、リンパ液はどんな役割を果たしているでしょうか?
ちょっとググると、「下水管」という表現が出てくる。それだけだろうか。

リンパ液の70~80%は胸管を通って左静脈角(左の鎖骨下静脈と内頸静脈の合流部)から静脈系に入る。

とある通り、リンパ液は回収されて血液に戻る。本当に「排泄」するだけならば、わざわざ静脈に戻さず、腎臓辺りで腎盂とかに流れ込むように人体設計されていたっておかしくない。だけれども、リンパ液はまた、利用されている。
たぶんまだ、人間は人間自身のことを理解していないんだろうな、とも思う、おそらくは、「免疫系」の部分だろうな、という気がする。

原油の話になる度に、師匠は「地球にとっては、リンパ液を抜かれるような事態」という表現をされている。僕自身も、その辺の地球さんの意識を受け取れたらいいんだけれど、それは無理だろうなぁ。それができるっていうことは、イエス様だとか、モーゼ様だとか、アッラー様だとかと同格になるっていう意味で、「格」が違いすぎる。
ただ、「何かが起きるよ」というアラートは、その辺の上の方の方々から段階的に漏れ伝わってくるみたいで、上の方からの意識をもっとクリアに受け止められたなら、あそこに行ってはいけないとか、この便のフライトに乗ってはいけないとか、たぶん、わかるのかも知れない。おそらく、すべての人類が「我欲」をなくしていられたなら、誰もがそれらのアラートは受け止められるはず、なんだろうけれども。僕自身も含めて、無理でしょうね。

リンパ液を抜かれた挙句に、人類は、それを燃やして大気中の二酸化炭素を増やし、あるいは、ナフサを原料としてプラスチック製品を大量に作った。その「還流」が正しく処理できず、ごく最近分かったことは、多くの海洋生物を汚染しているということなんだろう。どう考えても、原油を使った結果がすべて、地球環境の破壊につながっている。

「環境正義」という言葉が出てきたけれども、しばらく前は「環境過激派」という表現があった。
「すぐに、行動を改めろ。」確かに、一理あるんだけれども、今現在生活している人たちの「産業構造」を転換しない限り、「すぐ」は無理だと思う。だからと言って、もう一刻の猶予もない事態に直面している。それなのに、「アクションプラン」が何一つ出てこない。ということは、「今、原油に頼って生活している人がいるから」という理由でモラトリアムを永遠に続けようという無策を露呈していることになり、それだったら、どんなに過激でも、騒ぐしかないという気持ちは、すごく理解できる。
何よりも、地球自身は「もう、警告しても無駄」という状況らしく、何をどうされるのかはわからないけれども、過去、何度となく文明が根こそぎ海に沈められてきたように、その段階に入ったのかも知れない。それでも、「できることから始める」ことで、少しでも地球環境がすべての生物にとって快適なように、改める必要はあるんだろうけれど・・・

次に原子力。
原子核の崩壊系列は既知、だと思う。

崩壊系列
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B4%A9%E5%A3%8A%E7%B3%BB%E5%88%97

系列をまたいでの反応は、まだ発見されていないんじゃないかと思う。結論として、最終的に「それ以上の崩壊をしない」レベルまで分裂反応を「利用し尽くす」ことができないならば、使うべきじゃない、と思う。やってることは何か。
エネルギーの正体は、全然理解していないけれども、とにかくそのエネルギーで水を沸騰させて、タービンを回して、って、発電そのものの原理は「水力発電」と大差ないじゃないのか、と僕は言いたい。(この部分は、書いてもセーフ。師匠からの知識じゃないから。)

問題なのは、その挙句の「廃棄物処理」で、「高濃度廃棄物」のうち、崩壊系列にまだ乗っている物質については「再処理」なんていう話題が出てくるけれども、それらが付着した「低レベル廃棄物」などについては、どう扱っていいのか、全くわからないままに、野積みか?結局大量に発生したものを、ただ単に「集積」しておくだけで、どうにもできていない。
地層内処分って、地球さんはどうお感じか、ってな話題かも知れない。いいです。地球にも「意識」がある、なんていう話題そのものが、誰にも通じるとは思えないから、無視してもいい。その代わり、もし地球さんに「意識」があったなら、それ相応に、対応策を講じると思う。そういうものを作っている元凶を根絶やしにするのが、一番確実だと、僕なら判断する。

熱帯雨林の破壊。
これ、僕と同じ埼玉県小川町に住んでらっしゃる大崎先生が、パプアニューギニアとか、フィリピンの「焼畑農業」について、研究されて、あれこれと論文を書かれている。先生の論文については論評しないけれども、人が人の手で耕せる範囲を焼いて、それこそ数十メートル四方程度の面積を伐採し、焼いて、畑を作ったりしている分には、ほとんど影響は出ない。
ヒステリックに、そうした小規模な焼畑農業まで「全面禁止」とか騒ぐのは、やはり「環境過激派」と僕は呼びたい気がする。彼らは、ずっと昔からそうした農業のやり方を続けて来たし、人が人の手で自然から「生きる糧」をいただく、そうした行為は地球にとっても、それこそ「想定内」なんだろうと思う。

問題なのは、重機を使っての大規模な「森林開拓」だろうと思う。一気に農地を広げたい。その農地で、換金可能な作物を大量生産したい。アマゾンなんかに関して言わせてもらえば、すでに開拓済みの農地を適正に分配すれば、貧民層がなくなる程度の国力を持てるだろうに、富裕層を恐れて手をつけることができず、それでジャングルに目をつけたということなんじゃなかろうか。要するに、政治家としての能力のなさを露呈しただけ、だと僕は思う。トランプと似たり寄ったり。

トランプもそうだけれども、ボルソナーロ大統領なんかも、もう「つける薬」がない領域かも知れない。
あの辺の「右派」は、トゥーンベリさんなんかを本気で「口撃」しているらしく、大人気ないっていうか、16歳の女の子相手にムキになって、こき下ろすなんて、「負け」を認めたも同然な気がする。という、人間対人間の話題とは無関係に、地球意識は完全に次の手を打っていると、僕は思う。私はそう感じる。だから、そう書いている。書いていて怖いけれども、ここは、引き下がれない。あの子だけを矢面に立たせている訳にはいかない、という気がする。

そして、最後に「死の商人」
直接的ではない。けれども、地球意識は「命を育む意識」だと、僕は理解している。
食べるための「釣り」ならば、許される。だけれども、「生き物の命を、ありがたく食事にさせていただく」なんてことはカケラも考えずに、「スポーツ・フィッシング」とか称して、大量に魚を釣り上げて「釣果」を競うような釣りだとか、あるいは、生活に悪影響を及ぼす鹿とか猪を、必要最小限度、銃で「駆除」する、とかではなく、楽しむためにハンティングを行う、これは、上の意識からはとても認められない行為、だと思う。さらに言えば、毛皮とか、ハンドバッグの皮だとか、ワニの
養殖だとか、家畜化とかをしてならばまだしも、野生生物を乱獲する、これも認められない行為だと思う。

どんな生物であっても、人類とは「共生」関係にある、と理解している。猛毒を有する生物も同じ。生き物の命を奪うならば、それなりの敬意を表して、無駄のないように、必要最小限を自分たちのためにいただく、その意識がなくなったならば、そうした命を育もうとする地球にとっても、退っ引きならない事態に到達していると感じられる、気がする。猛毒の蜘蛛や蛇。人間の生活圏に入り込んだら、捕獲して、別の野生生物の生活圏に放すのが理想だと、私は理解している。(この辺、そんな面倒なこと、やってられるか、っていう人も少なくないだろうな。オーストラリアの蜘蛛とか、沖縄の蛇とか。)

話を戻して、野生の生き物の生命に加えて、他ならぬ人類同士が、平気で殺し合いをする。目的は何?「天然資源」?

天然資源って、誰のもの?原油や、ウラニウム鉱石は天然資源。じゃぁ、空気は?海水は?動くものと、動かないものとの違いは何?使う権利の裏腹に、それを使って汚してしまった時の責任は、誰が負うの?話が逸れた。自分のものにするために、相手を殺して、あるいは滅ぼして、あるいは、自国の領土にして使いたい?

なぜ、資源が欲しい?快適な生活を維持するため?その快適さは、本当に必要なの?また話が逸れそうなので、停止。

全ての生き物、全ての資源、誰が提供してくれた?直接的には、地球じゃないんだろうか。さらに言えば、創造主。どういう使い方を、「想定」されたんだろうか。
殺しあって、奪い合うなんていう事態は、「想定外」かも知れない。そんな使い方しか思いつかない人類ならば、要らないと判断されるかも知れない。僕はそう思う。

「死の商人」に話題を振った。ここから先は、グレタ・トゥーンベリさんへの「宿題」かな。

コラム:戦争に備える平和国家スウェーデン
https://jp.reuters.com/article/apps-sweden-idJPKCN1IX3CI
(日本語サイトで、ごめんなさい。時間の都合で、英語サイトは省略)

「誰かが攻めてくるから、自国を守る必要がある。」そうした考え方は、確かに「常識」だと思う。スェーデンにだって、軍隊はある。というよりも、誰かに完全に「心を許す」のは難しい。
このサイトのスウェーデンの場合は、ロシア。今、日本の場合には、心を許せない相手といえば、代表格が韓国・北朝鮮で、次が中国、その次がロシアだろうか。
「国を守る」という大義名分があるから、軍需産業は成立していた。ところが、一部(?)の大国は、戦争を煽ることによって軍需産業を潤し、持ちつ持たれつで、政権維持を図る。それだけに飽き足らず、海外でも「紛争」のタネを蒔いて、武器を輸出しようとする。それが実際に起きている。

一方的に、「軍需産業」を悪役に仕立てることは、難しい。人と人とが信じられない社会があるから、「自衛」が必要だという発想になる。その代表格がアメリカ。あの国は、国内での対立によって産業が成り立っていると思うし、トランプはそれを煽っていると僕は言いたい。アメリカ人同士で勝手に殺し合いをしていればいい、とすら思う。話が逸れた。あれが「軍需産業」の象徴だと僕は思う。アメリカのことは、とりあえず忘れる。放っておく。(上ではもう、意識されてないとも思う。)

人と人とが信じあえる状況を作ることが先決だとして、次に、これまで「自分を守るため」の武器を作っていた「産業」を、どう転換していくのか。ここが解決できなければ、「平和」なんて訪れない。
この問題を解決するのに、トゥーンベリさんが国連で演説した「今は、影も形もない、未来世代がもたらす将来の科学」は、要らない。今現在、誰もが知りうる範囲の「知識」と「知恵」だけで、答えは幾つだって、提示できると僕は思う。その「産業転換」が実現しないのは、大人たちの「勇気」がないから、というだけだと、僕は思っている。それだけのことだから、トゥーンベリさんの世代が動いてくれたなら、ただ単に「軍需産業」が潤うだけのために、どこかで人が死ぬような世界は、変わっていくと思う。

再び、話題を「環境問題」に戻す。

今の時代の、先進国の誰もが、同じように「快適な生活」を享受している。これは実は、「軍事力によって安全を担保されている」のと、実態は同じだと思う。地球環境に猛烈な負荷をかけて、その挙句に、目先の「快適さ」を実現している、と僕は思う。夏場に「エアコンを止めろ」とは言えない。冬場に「暖房を止めろ」とも言えない。料理については、「加工済み食品」に頼り過ぎているのは問題だと思うけれども、高齢者の独居世帯なんかを考えたなら、程度によっては止むを得ないかとも思う。

「電力」に依存する生活は、もしかしたらもう、後戻りできないかも知れない。だとしたら、いかに「再生可能なエネルギー」を一つでも多く見つけ出し、実用化するかというのが、鍵かも知れない。
「電力」と言えば、水力、火力、原子力、程度だった。理由は、「その程度しか、学者から選択肢を提示できなかったから」だと思う。そこに、風力発電、地熱発電、波力発電、太陽光発電、などが加わり、まだまだ、工夫されていない「発電メカニズム」なんて、ゴロゴロ転がっているとも思う。圧電素子を使うっていうのは、どうやら、今の段階ではコケたみたいだ。新宿駅なんかで実験をしていたのを、通ってみたことがあるけれども、素子の問題かも知れない。自然界にあるピエゾ素子に頼りすぎ、かも知れない。人間の、ミオシンとアクチンみたいなタンパク質を利用したメカニズムは、実用化できないか?あれは、圧電素子と同じで、逆が可能だと思う。とにかく、ベンチャーの宝庫だとも思う。

何らかの「産業転換可能な、次の産業構造」を提示した上で、サウジアラビアとか、イランとか、多くの原油に依存する中東諸国を説得して、「こういう産業構造にできませんか?」と、それを提示できなければ、「温室効果ガス」の排出は抑制しきれないと、僕は思う。
確かに、今は、しつこいようだけれども、トゥーンベリさんがおっしゃった「今は、影も形もない、未来世代がもたらす将来の科学」かも知れないけれども、これは、二酸化炭素を吸収させるよりも、より、現実性の高い「転換先」の例かも知れない。
無論、サウジアラビアとか、イラン自身が自分たちの学問力で、「脱原油」を果たしてくれたなら申し分ない訳だけれども、今の地球は、「助け合い」がなければ未来がないところまで来ていると、例えばトゥーンベリさんも感じていられる訳だから、あれだけ、過激に国連で発言した訳でしょう?だったら、「具体策」を提示しなきゃ。それが、グレタ・トゥーンベリさんへの宿題。

ちょっとばかり愚痴になるけれども、日本の若い子たちとかって、例えば大学の授業で、「日本の国債残高」なんていう話題を説明したとして、「国民一人当たり、こんな金額になるんだよ」なんていう話をしても、寝ていたり、スマホをいじっていたり。(いや、教える人間に問題があるってのは、棚に上げてますが。)国家予算が、どういう具合に配分されて、どれだけ新たな国債が発行されて、なんてのには興味ないみたいで、年金が目減りする上に、「借金」は積み増しされて、僕らみたいなジジイじゃない、「若い君らが、まともに背負うことになるんだよ」なんて言っても、気にもしていない感じ。
仮に、「電気がなくなったら、スマホで現実逃避することだって、できなくなるんだよ」なんて言っても、おそらく聞く耳は持ってくれなかっただろうな。それが、現実に電気が来なくなって、スマホも通じなくなって、遊べたゲームがどれだけあったか、(あるいは、スマホで遊ぶ余裕があったか、)是非、教えて欲しい気もする。そこまでいかないと、何も考えないっていうのが、人間なのか。本当は、もっと日本の若い子たちに期待したいんだけれども、「声を出す」のが苦手な人が多いみたいだからなぁ。「匿名」だったら、平気で誰か他人を攻撃したりするくせに。

またしても、話題が逸れるけれども、スマホの世界。「匿名」っていうのは、よほどのことがない限り、やめるべきだね。自分の顔と名前を晒して、その上で自分の意見を述べる。なぜ、匿名にしたがるのか、僕には感覚的に理解できない。そんなに悪いことをしたいのか?上には筒抜けなのに。って、何の話を書いているんだか。話を戻す。日本の若い人たちへの苦言、っていうか、愚痴。もっと、顔と名前を出して、声を出そうよ。誰かに何か言われたって、気にしなきゃいいだけ。
もう1段階、話を戻して、そうだった。トゥーンベリさんへの宿題。

どうしたらいい?僕は、喫煙者だから、昨今の「喫煙」に関する世間の風当たりは、直撃で食らってる。
だけど、東京なんて、事務所にこもって、エアコンをガンガンにつけてる方が、ちょっとだけ先の未来の全ての人にとっては、よほど、悪影響が大きい。と僕は感じる。ここから先、「環境災害」で亡くなる人って、無論、ジジババの方が多いだろうけれども、案外若い人たちも相当数に「環境適応」できずに亡くなったりすると思う。誰に責任がある、っていうか、みんなに責任がある。だって、みんな「快適」が好きなんだもの。発展途上国なんて、みんな怒ると思うな。先進国が散々エネルギー資源を使って、自分たちは「快適」な生活をしてきた。なんで、そのツケを、私ら後進国まで払わなけりゃならないんだ。
そう言った、諸々の不平不満、現在「快適」な生活を提供している企業が、「仕事を変えるのは大変」という、ただ単に「面倒臭い」だけの愚痴、などなどを、これから解決しなきゃならない。
言わせてもらうなら、ここまで喫煙者を悪者扱いして、徹底的に喫煙を排除しようとするのならば、エアコンとか自動車の使用をなぜ、徹底的に排除しない?ほれ、「産業界への悪影響が大きいから」でしょ?何かをするから、何もしない方への本音が、筒抜けになる。

本当に、「若い人たち」への「宿題」です。どうやったら、実現可能な「代案」を提示して、「今が快適なら、将来世代が死のうが関係ない」ってな、ジジババを、説得できるか。考え抜いて欲しいと思う。自然科学的には、すでに幾つも「案」は出ていると思う、問題は、それを普及(ペネトレーション)させるための、社会科学的な知識かも知れない。
トゥーンベリさん、学校を休むのは、週一回ではなくて、月一回程度に抑えて(あ、いや、きっと、あの教師の授業だったら、休んでも親が教えてくれるし、大丈夫、みたいな目論見はあったのかも知れないけど、)何より、大人を「止める」ための議論ではなくて、「動かす」ための議論ができるように、是非、勉強して欲しいなと思う。

大変だと思う。願わくば、「死の商人」たちに、「あなたたちは、人を殺す道具じゃなくて、こういうものを作れば、誰かが生きるための役に立つ」と、代案を提示する若い人に、出て欲しい。だいたい、トランプを見ればわかるように、ジジイもババアも、もう考える気力がないから、今まで金儲けしてきたやり方を変える気なんて、一切ないし、アメリカなんてもう滅びるだけの大国だから、フロンティアなんてない。そういうジジイ、ババアを説得できるだけの「代案」を出すのに匹敵する知識がなければ、「環境破壊」を前提とするビジネスの主体を動かすことは、できないと思う。

本当に、中傷するしか能がないトランプみたいなバカは多い。ただ単に負けないだけなら、全部無視したらいいだけだけれど、できれば、相手の言質を拾って、根こそぎ情勢をひっくり返すような力強さを持って欲しいな。さらに言えば、相手に「勝った」と思わせておきながら、実は、相手に「こちらの意図する行動」を取らせるような、こちらは「負けた」と見せかけて、実は、本来の目的を達成できるような、メンタル的な逞しさを身につけて欲しいと、願う。

改めて、最後に一言。グレタ・トゥーンベリさん、負けるな。

グレタさん

グレタさん “大人”の批判「理解できない」
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20190926/k10012100071000.html

やっぱりなぁ、というか、目立ち過ぎれば矢面に立たされるのは、洋の東西を問わないか。
グレタさん、負けるな、とだけ、エールを送りたい。

僕は・・・あまり自分のことは思い出したくないけど、30年とか前は、地味に変質者扱いされてたし。でなきゃ、訳のわからないことばかり言ってる変なやつ。
(当たってるかどうかは、自分じゃ判断しませんので、どうぞご自由に。実は、当たってたりして。)
自分は自分。気にしなきゃ、いいだけかもね。

というよりも、何が起きても気にしない人が多すぎるから、グレタさんの表現が過激になる気持ちは、痛いほどわかる。
今、内部告発がしやすい時代だから、これまであちこちで隠してきたものがどんどんと表に出てきているでしょ?嘘をつくな、誤魔化すな、役人とか政治家が私利私欲で動くのはやめてくれ、そして、何でもかんでも、将来世代にツケを回せばいい、という発想も、頼むから、やめてくれと、その最後の部分がグレタさんでしょうね。日本の若い人たち、ツケを回されても怒らないから、図に乗る年寄りも多いのかなぁ。外国の話題なぁ、と思いつつ、実は結構嬉しい。こういう人がいるんだよね。とにかく、嬉しい。

30年前に遡って、僕の書いた文章、結構過激だったと思う。なんの権力も持たない一個人が、言葉だけを発し続ける。プライドなんかもう、ズタズタだったけれども、奪われるものは何もなかったから、生きていさえすれば、こっちの勝ち。言葉を発することだけは、可能だもの。特に、インターネットが普及したこの時代。今だってそうだよ。潰したいなら潰してみな。WEBサイトなんから、どこからだって立てられる。
実を言えば、とにかく、なんだかすごく、嬉しいんだわ。僕は、応援するったって、これも言葉だけ(あと、「思い」と)だけれど、個人的には、若い人たちが自分たちの世代の主張を、もっと前面に押し出すべきだと思っている。
その理由の一つは、後述する。

ただ、グレタさんに、この部分には耳を傾けて欲しいかな、と思う話題を一つ。

「気候正義」は正義なのか?
https://blogos.com/article/406216/

この人の主張は、かなり理解できる。「正義を振りかざすことの危険性」だと思う。
自分にとっての正義は、他者にとっては正義とは限らない。

グレタさんの場合は、「正義」というよりも、これから先何が起きるかについて、今出来ることをして欲しいと必死に訴えているのだと、僕は理解している。
そして、おそらくグレタさんが一番訴えたい相手は、限られている。温室効果ガスの排出など、フェイクニュースだと決めつけている、あの御大。あるいは、アマゾンを全部畑にしたいあの人。あるいは、石炭火力の業界に背中を向けられないあの人。などなど。高校生が、国家元首どもを相手に、よくやったと、拍手したい。嬉しい。
だけれども、その人たちを相手に発言しつつ、先鋭化し過ぎれば人が離れていくのも事実で、16歳という今はいいけれど、今後は、表現方法を工夫していくことも大切かも知れない。上述のページを書いた方。考え方は、9割り方グレタさんに近いと思う。けれども、先鋭化しすぎた部分に反応されている。
でも、大丈夫だとも思う。トランプさんなんかよりも、はるかに現実を捉えているもの。

そして、後述すると約束した部分。
実は、僕自身多少ショックはあった。なんとなくそんな感じはしていたけれども、間違いないんだなと確信してしまった。

僕は、軸足を自然科学に置きたい人間だけれど、それでもやはり、自分の直感とか感覚を最優先している。だって、自分が感じたものを無視したなら、もはや僕自身が僕自身であることを否定することから始めなきゃならない。
大槻教授に(いえね、早稲田の電通1年の時の物理学Aでは、ちゃんとAを頂いたから、文句はありませんが、)何を言われようが、自分が感じたものを否定することだけは、自分自身に賭けて、やはりできない。少しでも、自然科学で説明可能な形で現象の説明は試みたいけれども、やはり僕は、自分の感覚を信じている。
そして思う。地球は意識体であって、本来は「育む」意識を前面に押し出していた。それが、僕が子供の頃からは「警告」に変わってきたような気がする。その「警告」が、現在は「人類排除」にシフトしている気がした。もう、警告しても通じない、だから排除する。そこまで来てしまった、ということを、認識した。
地球意識は、「人格霊」ではないと、理解している。「意識体」ではあっても、それは「細胞」とか、むしろ「植物」なんかは近いかも知れない、植物の場合には自己の生命と遺伝子を残すことに専念しつつ、動物のような自己主張はあまりしない。「我」を放散して自己主張する人類と違って、地球は「すべての生き物を総体としてみた場合の、最適環境」を常に模索されていると、自分は感じる。それを、人類が壊し始めた。今は加速している。

僕ら、年寄り世代は、さほど環境が恵まれていない時代に育った。そのお陰で、多少環境が悪くても、まだ生きていられる。ところが、グレタさんもそうだし、大半の「先進国」の20代、30代の人たちは、深刻な自然災害からライフラインが止まった際に、真っ先に「滅亡」する年代だと、僕は理解している。
お気の毒に。年寄りにも、トランプ周辺にも、通じていませんって。あの辺の人たち、そもそも、本気で「そんなことはない」と思いたくて、自分で自分を騙している。

結果として、例えば、この間起きた千葉の停電。あの程度のインフラ破壊は、序の口だと思う。
根拠はありません。ただ、そんな気がするだけ。すみませんねぇ。自然科学に軸足を置く、と言いつつ。基本的に、僕は感じたまま。
トゥーンベリさんを非難するのは、アメリカのトランプ支持層なのかな。だとしたら、僕もそうだけれども、地球さんなんかも、ハリケーンカトリーナ程度じゃ、不十分だったのかな、という解釈をすると思う。「まだ、わかっていないんだね。」というのが警告。ただ、もう、「警告」の段階を通り過ぎた。「適正人口」という感覚を地球が持っていてくれるならありがたいけれども、徹底的に「排除」する段階にシフトしていると、自分は理解する。だって、トゥーンベリさんの国連演説に、非難があるんでしょ?「そんなこと言ったって、無理」って言いたい。「あ、どうせ、そう来るだろうね。」という感覚は、先読みされてる。つまり、台風も、ハリケーンも、熱波も、干ばつも、洪水も、あらゆる天災がスケールアップして、人類の排除にかかる。

原発事故で福島に警告が投げられたけれども、原発なんて稼働している国は、心した方がいいと思う。日本はね、師匠もいるし、僕もいるし(あ、僕は関係ないです、便乗しただけです、ごめんなさい、)抑制された形での「警告」が多かった。チンドン屋の私は、それを「言葉」にして、とにかく発散するだけ。

原子力は、「副生成物」の処理が、学術的にも、全く目処が立っていない。それなのに、大量の汚染物質を量産していて、一度でいいから、「地球は、どう感じているか」を考えてみて欲しいと、僕は言いたい。福島は最後じゃない。次があるのは間違いないと感じるけれども、日本であって欲しくない。なんて思うのだけれども、日本の学者に言わせれば「想定外のことは起きない」らしいから、原発を受け入れちゃった自治体の方々は、福島からの避難民の方を「先輩」と仰いで、何か考えた方がいいかも知れない。また日本、っていう場合だってあり得る。
その、福島からの避難民を散々「いじめ」た地域の方々。大丈夫?「人の心」が半分以上、自然災害を大きくしている。因果関係は証明できないけれど、自分はそう感じる。(こういう、学術的には証明できない話題を、遠慮なく書くために、俺は、大学の専任教員を辞めたんだ。)

東京だって、50m規模の津波が押し寄せる、という事態が、起きると思う。地形によるけれど、70m程度まで、増幅されて水没するかも

(うっかりしていた。以前、破門を覚悟の上で、書いてしまったことがあった。何年後に起きるか、も。WEB管理の都合で、消してしまったページのどこか。)
50m?欧州の場合には、高さ70m規模になるかも知れない。日本の場合には、到達まで12時間とか24時間とか、猶予があるとして、欧州の場合には、猶予時間はおそらくその三分の一だと思う。距離の都合で。
トランプの登場で、僕も確信した。たぶんこれは、決定事項だ。
僕が理解しているのは、埼玉の場合、水没するギリギリが川越のあたりまで、といddうことだろうか。欧州の場合にどうかは、適宜計算してください。東南アジア、南アジア、オーストラリアについてはどうか?すみません、どうせ「そんなことが起きるはずがない」という話題なので、無視してください。仕事をクビになるのは、嫌だし。

それ以外については、自分なりに感じてはいるけれども、明確にいつどこで、なんて言葉には出来ない。でも、スケールアップすることは間違いない。
それを感じている人は、たぶん、僕だけじゃない。僕なんかよりも、もっとクリアに感じている人もいるかも知れない。
ただ、僕自身がそうだったように、そこに「個人の我」が紛れ込んでくると、感じること自体が不確かになるし、言葉にして伝えようとしても、それこそマスコミ報道に流されたようなおかしなものになってくる。これは、痛切に自分でも反省すべき点だと思うけれども、もし「我」に流されていると感じ取れたなら、ひたすら沈黙して、一切の主張をしない、ということも大切なのかも知れない。

それはともかく、トゥーンベリさん程度の主張じゃ、屁でもねぇ、痛くも痒くもない、無視してやりたいようにやるさ、という方々がいらっしゃることは間違いないとも思うので、そうとなれば、やはり、当面は、某国で、カトリーナの2倍規模とか、暴風雨でどこぞの国の高さ40mのキリスト像が倒されるとか、あるいは、人口数千万人のどこぞの国の首都で、45度の最高気温だとか、氷点下30度を記録する、だとか、もはや「警告」ではない、というローラー的な「駆除」が始まっちゃうのかな、という気はする。あれだね、地球が育もうとしているあらゆる生命に対する人類の扱いと同じ扱いを、地球は人類に対してしようかな、という、ただそれだけのことかも知れない。感謝すべき。何を、誰あるいは何に対して、どんな理由で?考えたこともないだろうな。

書き出しは、なんでしたっけか?(きっと、また死んだ親父に怒られる。勢いに任せて書くな、ってか?)
グレタ・トゥーンベリさん。
登場が嬉しい。でも、とにかく負けるな、と伝えたい。16才だもの。過激でいいんだよ。受け取る側が勝手に中和してくれる。ただ、ここから先、世間の排斥感情は半端ない。魔女狩りで殺されることはないと思うけれども、精神的には相当に叩かれるだろうなぁ。気にしないで!

どれだけ必死で言葉を伝えようとしても、通じない人はいくらだっている。そういうのは、もういいから、無視しなさい。

確かに、今後10年以内のレベルで、異常気候で亡くなる個体数は、東アジアでも、20代、30代の若い人が少なくないと思うし、欧州でも高齢者ばかりではなく、若い世代が「絶滅」しそうな勢いで無くなったりするかも知れない。あなたはそれを直感したとしても、そうならないかも知れないし、ましてや他人になんて、伝わるものじゃない。
結果が出てから、しかも、もうどうにもならなくなってから、初めて行動に移すのが「大人」だと、それだけは知っておいたほうがいいかも知れない。

継承とOverride

オブジェクト指向でのプログラミングと言えば、継承とオーバライドをいかに効率的に使うか。

そうなんだけれども、その言語体系、開発環境の基本コンセプトが理解できていないと、いま一つ使いきれない。

この辺、ちょっと各論の細かいところで松尾くんと意見調整が必要かも。
いやぁ、社員はたった一人とか、同じ会社だとか言いながら、もう20年もやっていて、「初めて」ではないけれども、プログラミングの細かいところでの打ち合わせが必要になってくるのは、しかも、自社で基本的に全ての方針を決定できる開発案件での連携は、実質的にこれが初めてかも知れない。

「わかりやすく、読みやすい」という意味ならば、松尾くんの考え方に賛成。
「理論的に、スマートに、かつ、ロジックがきれい」なアプローチは、僕が提案できて、雛形を提供できるならば、僕の意見を通したい。けれども、まだ雛形を提供できる程使い込んでいないから、彼の意見を通す形かも知れない。

実を言えば、既に売り出している「Pythonによるプログラミング」(オーム社)の執筆中に、共同執筆者の佐々木先生と意見が分かれた部分があった。

MVC(Model / View / Controller)によるメソッドの分類の部分。これは、Ruby on Railsなどでも、特定のメソッド(Method)を、Modelに組み込むか、Controllerに組み込むかで、考え方が異なってくる部分だと思う。
性質に属するもの、Modelに関連しているものは、全てModelに組み込み、それらを呼び出すもの、複数モデルにまたがるものだけを、Controllerに組み込む、というのが佐々木先生のお考えかな、と僕は理解した。

僕は、ORマッピングの考え方で、ObjectをデータベースRelationに落とし込む部分の、必要最小限のコントロール機能、いわばSQLに直結する機能はモデルに組み込むが、それ以外のデータを処理する部分は、全てControllerに組み込む、というアプローチで、最初この部分を執筆した。ただ、最終的に佐々木先生からご指摘があって、佐々木先生のお考えで、メソッドの分類部分を書き換えた。

この辺は「哲学論争」になる。どちらが正しいとか、主張し出しても、おそらく結論は出ない。なので、この本では佐々木先生のお考えで執筆。別に、どっちでも良いといういい加減な私。

後日、本になった後、現在開発中のシステムの設計に関連して、松尾くんに「小林さん、なんでこの機能がモデルにプログラムされてるんですか?」と、指摘された。僕は佐々木先生のお考えを紹介した。松尾くんに言われてしまった。「おかしいでしょ?モデルは、SQLになるものだけを書くんじゃないですか?」
う〜ん、やっぱり。現場で場数を踏んだ松尾くんは、たぶんそう感じる。現場のプログラマはそう考えるかも知れない。佐々木先生は、コンピュータの言語設計の方がご専門だから、この辺、言語設計の上で、もっと言ってしまえば、オブジェクト指向の考え方の根幹に関わる部分の解釈では、僕自身も佐々木先生のお考えが正しいと理解する。その一方で、実装屋の考え方で言えば、ORマッピングでのモデル=SQLドライバという考え方が、直感的に使いやすい。ってか、僕も松尾くんも、SQLに引きずられている。だからこうなっちゃうのかも知れないけれども。でも、やっぱり、使いやすい感覚はある。
考え方が分かれた。結局、自分では「本来のオブジェクト指向の考え方」に沿った形で教科書を出しておきながら、実装している自分のシステムでは、モデル=SQLドライバという感じで、実装した。

Djangoの場合には、MVCではなくて、Model / View / Templateだから、MVTと呼ぶべきなのかも知れないけれども、有限会社シグナリス的には、シグナリス的Django実装として、Model=SQLドライバ的な実装にすることにした。

「シグナリス的Django」も、松尾くんが今年になってよく口にする言葉で、言ってみれば、我が社(有限会社シグナリス)の、「必殺技」を開発しましょうというもの。初代ウルトラマンで言えば、スペシウム光線(古すぎて、通じない?)を、っていうか、ドラゴンボールで言えば、カメカメ波(もっと他に、知らんのか?)っていうか、これでも古いか、それじゃぁ、ワンピースで言えば、(・・・新しすぎて、私が全くわからん。学生が研究室に持ってきた単行本を、断片的に2冊分くらいは読んだか、っていう程度で・・・)あ、そうそう、必殺技って言えば、宇宙戦艦ヤマトの「波動砲」ね。(これが一番、知名度低くないか?)とにかく、「必殺技」。それを、我が社の切り札に育てましょうと、そういう修行の時だから、形には多少こだわってる。と言いつつ、繰り出しやすい技にしなければ、とも、思う。技に入る前に、呪文を5秒も唱えていたら、倒されてんじゃね?

で、冒頭の継承と、オーバライド。認証系の実装で、彼としばらく調整が必要になりそうだ。っていうか、今回もたぶん、松尾くんの意見を全面的に通すかなぁ。
システムを使うユーザのクラスに、抽象化された認証ユーザを継承させるか、それとも、一対一のリレーションを張って、継承クラスではない一般クラスとして実装するか。
5年後を考えたなら、このシステムをメンテナンスするのは、僕でも松尾くんでもない可能性が、ない訳じゃない。いや、無論、僕らのどちらかが、このシステムのメンテナンスを永遠に続ける、なんてことも考えられるけれど。
だとしたら、かなり初級レベルに近いプログラマでもメンテナンスできるようにしなければ、なんてことも、今、考えておくべきなのかなぁ、なんて思うと、必然的に答えは見えてくる。
なんてことを、こうして言葉にしてまとめてみて、やっと決心がついた。
自分対自分の、独り言の、別バージョンかなぁ。

Railsにしても、Djangoにしても、結構哲学的に深いものがありそうな気がする。というよりも、「オブジェクト指向」的な考え方は、実社会に投影しても、継承させて、オーバライドさせるのか、独立性をより高めるのか、案外そのまま「考え方」が通じてしまう側面がありそうな気がする。だとしたら、「オブジェクト指向的社会学」なんて、成り立ったりするかも知れない。ちょっと、面白そう。図書館から何冊か本を借りてきて、温泉宿か何かに篭って、一気に何か「本」みたいなのを書いてみようかなぁ・・・
なんて、この脱線は、完全に有限会社シグナリスにとって、無益かつ有害な脱線になりそうだ。

ちょっと何か考え始めると、すぐに脱線するんだもの。まだ、ワンピースを1巻から全部読んだ方が、ましかも。
(そんなこと、しません、てば。それどころの騒ぎじゃないだろ。今日中に、画面を3枚は動かさないと。)

地球連邦

 

https://www.jiji.com/jc/article?k=2019092200112&g=int
国連で若者気候サミット=「私たちを止められない」

すごいなぁ、こういう時代になったんだ、と思う。
世界各地で400万人、というのが驚く。
うっそぉっとも思ったし、内訳はどうなってんだとも思ったけれども、それにしたって、仮に一桁サバを読んでいたってすごい数字だとも思った。

何故なんだろうと思うにつけ、彼らの切実さに共感する部分もある。
ちょっとだけ自然科学に興味を持って、データとか予測とかを読んでいたら、彼らがこれから生きなければならない人生の時間で、地球がどうなるか、自然災害のスケールアップを目の当たりにして、どれだけ彼ら自身の問題として「地球環境」を考えているか、想像に難くない。
大人が無頓着すぎる。長生きしねぇつもりのジジババが、多すぎるんだろうな。

「共通認識」が持てれば、行動を共にしたり、「大同小異」で協力する環境を作りやすい。
彼らが将来の地球を構成する「中心」になってくれたら、希望のある未来が想像できるかも知れない、なんてことを思う。だって、トランプさんとか、プーチンさんとか、周さんとか、ジョンソンさん(名前を思い出せなくて、ググっちゃった)とか、ニュースを見聞きしていたら、「分断」しか思いつかない。あの人たちを見てたら、将来の地球には希望が持てない。

日本産のアニメの「宇宙もの」で、よく「地球連邦」なんて出てくるけれども、案外、そういう時代が遠くないのかも知れない、なんてことも思ったりした。
でもなぁ、やっぱり、道は相当に遠いかも知れない。(どっちだよ。)

入り口は見えてる。ただ、違いだって少なくない。そのちょっとした「違い」が、これまでは人種差別の元凶になっていた。それが昂じると戦争になる。物欲にまみれて、「あの資源が欲しい」とか、「あの土地は我々のものだ」とかで、今でも殺し合いをやってる。いや、実際の殺し合いにまでいかなくても、殺し合いの道具をチラつかせて、相手とか周囲を恫喝する。加えて、宗教だの、一つの宗教だってその中の宗派の違いだとかで、テロリズム。思想信条で、なんとか主義国家では、個人の権利は制約されるとかで、拷問。そうした行為を非難すれば、国家間対立。

若いうちは、「理想」的な「あるべき姿」を考える。それが、既存のビジネスの都合、いわゆる「大人の事情」だとかにまみれてくると(食うに困って、どこかの会社に就職したら、たぶんそこに染まり、)そうなると、多少「地球環境がおかしくなったって、今自分の働く会社が儲かりゃ、それでいいじゃないか」という発想をするようになる。
敢えて書けば、現実に妥協したとしてもそれは仕方ないのかも知れない。そうなったとしたって、自分責めるべきじゃない。
ただ、一度でも「あるべき姿」を考えたことがあるならば、そういう人がいつか、単なる「若者」ではなくて、責任ある大人になった時に、具体的な解決策を提示して、あるべき姿を模索し、社会を変えていく原動力になることができる、とも思う。
「できる」っていうことは、「やらない」という選択肢もある訳で、そういう大人の方が圧倒的に多かったんだろうなぁ。若い頃「きれいごと」を言っていた人が、いざ管理職というか、社会を動かせる立場になった時に、今度は「きれいごと」をいう若い人を潰す側になる、なんてのも、よくある話かも知れない。
そもそも、それ以前に、「あるべき姿」なんてことは一度も考えなかった大人も、少なくないに違いない。トランプなんて、「偉くなること」と「金持ちになること」しか考えてなかっただろうな。仮に「偉くなった」としても、どうやって「相手を自分に従わせて、服従させるか」という発想しかしない、そこに「自分の力で誰かを幸せにする」なんて発想はないし、「金持ちになった」としたってせいぜい思いつくのは「景色のいい部屋に住む」とか、そんな程度だろうなとも思う。考えたことすらないなら、何も起きるはずがない。

でも、「できる」から、そういう立場になった時に「行動する」人も、出てくるに違いない。400万人も集まったのならば、その中の1000人でも100人でもいいから、いつか大人になった時に、「このままでは、地球はおかしくなる」という未来の「現実」を直視し続けて、社会を変えていって欲しいな、なんて思ったりする。100人いたら十分。1000人もいたら、もう申し分ない、そういう数字だと思う。
「お前は、アメリカの民主党支持者か」とか言われそうだけれども、オバマさんとか、アル・ゴアさんなんかに、彼ら若者を徹底的にバックアップしてもらいたい気がする。

さらに話が膨らんで、例えば「死の商人」。世界のどこかで人殺しが起きて、その道具を売ることで、自分が儲かればそれでいいと思っている人たち。若い人は、それが「悪いことだ」と、考えることができると思う。ところが、年寄りは、他人が死んだって自分が儲かりゃそれでいいと、考える人が少なくない。400万人の中100人でも、それはおかしいと考えたならば、そうした会社を解体して、もっと「誰も殺さないビジネス」に作り変えることが、いつかきっとできると思う。トランプだの見てたらわかると思う。

宗教でも、歴史でも、価値観でも、すべてについて、自分の所属する社会の価値観だけではなく、他の人たちの「価値観」との接点を見つけて、変えることができるところから、どうか変えていって欲しい。

よくある質問なんだろうな。もし「神様」がいるならば、なぜ、手をさしのべてくれないんだ。いや、絶対に干渉はしてくれないと思うな。「自分で気づくこと」を大切にして下さってる。僕はそう考える。そのためには「答え」を教えちゃダメなんだろうとも思う。(日本での受験対策では、考え方以前に、答えの丸暗記を学生に求めてたりも、してはいるんだが・・・)答えだけ教えたって、答えを導き出すプロセスを自分で理解しなければ、意味がない。神様は、「意味のない」ことはなされない、と僕は理解している。偶然は一切ありえない。すべての出来事に意味がある。その意味に気づくことができれば、「世紀の大発見」もあるんだろうし、気づかなければ、何回人間として生まれても、殺し合いしかできない人間で居続ける。
どうか、若い人たちには、「今」の感性を捨てずに、今後、どんな「仲間との違い」を突きつけられても、「仲間との利害の対立」に直面しても、地球全体の問題は地球全体で解決するしかない、ということに、気づいて、行動していって欲しい気がする。

僕ら、若かった頃、どんなアニメや、「原作のドラマ化」なんて見ていても、自分がその中の一人になることなど、想像すらできなかった。だけれども、今回の400万人の中には、僕がまだ十代の頃漫画で読んだ「地球連邦」の設立に、直接関与することができる人も、出てくるんだろうか、なんてことを考えると、やはりちょっとワクワクする。

老婆ならぬ老爺の僕は、老爺心で最後に一言書き加えたい。
仮に、理想と現実とのギャップを埋められない「現実」に直面しても、あるいは、かつての「理想」を完全に忘却してしまった自分にふと気づいて、たまらなく自分が情けなく汚れて見えるようなことが、仮にあったとしても、絶対に自殺だけはしないで欲しい。
絶対に、自殺だけはしないで欲しい、ということと、そして、神も創造主も実在していることは、どうか確信を持って欲しいと願う。僕らの心の中身なんて、全ては上に筒抜けで、「あるべき姿」を考え続けて悩み、現実と奮闘を続けていたなら(その前提のもとで)ありえない「偶然」が連続することだって、あると思う。心の全てを上に晒す覚悟ができていたならば、見られて恥ずかしくない心を持ち続けていられるならば、「偶然」なんて普通に起きると思う。そうなった時に、おそらくいつか、「神の実在」を確信することができると、僕は感じています。

若い人たちが、いつか地球を変えてくれる。なんだか、ちょっといい夢を見させてもらった気がします。
400万人の方々に、お礼を言いたい。どうもありがとう。ちょっと嬉しかった。

ここで、ページを閉じれば、まとまりがつくのに、悪い癖での僕の蛇足。
地球も意識体だと、僕は感じています。地球の意識は、あらゆる生命を育み続ける、僕ら「人格霊」とはちょっと違った意識、だと理解している。(さすがに、そこは僕なんかじゃ、たぶん感じきれない。)だから、僕らが、人間を含めた他の生命を、ないがしろにするような行動をとったり、それ以前にそうした思いを持ったりしたなら、地球の意識が僕ら自身を排除しようとする。昨今の自然災害のスケールアップは、そこに関係しているかもしれない、とも、理解している。だから、逆に言えば、多くの人が「他人」とか、他の地球の生命体(植物も含めて)に対して一定の敬意を持って接するようになれば、それだけでも「自然災害」のスケールは、変わってくる、とも思う。
ぜひ、自然科学の分野でも、実際に起きた「自然災害」と、SNSなんかに書き込まれた「僕らの意識」との因果関係を調べたなら、何十年後かには、なんらかの相関関係が「発見」されるかもしれない。

若い方たち。どうか、自殺だけはせずに、また、他の生命体への一定のリスペクトも忘れずに、どうか、地球を変えていって欲しいな、なんて「期待感」を表明させていただきます。

Rails 6

新学期の教材準備

Ubuntuのバージョンが古くなってたので、入れ替えを画策。Railsを入れ直したら、バージョンが6になってた。

今の教材、全部5で書き直してあるけれど(4から5に上がった時に、結構手直し、)今度は6?

ねぇねぇ、ばぁじょんあっぷって、なぁに?何のこと?おしえて!
ぼくには、よく、わかんないや。

貧者の核

激しく、思考停止状態。Set Up作業で、ダウンロードから、configuration, コンパイルと、とにかく待ち時間が長くて、ぼんやりしていたら、「雑念」にトラップされてしまった。

生物・化学兵器は、核兵器ほど開発にコストがかからないことから、「貧者の核」などと呼ばれていた。テレビのニュースのコメントで、かなりひっかかった一言。

軍事用のドローンによる攻撃で、「国家規模の軍隊の関与がなければ、難しい」と。確かに、射撃システムみたいなのは、実弾を使って試射を繰り返して誤差を調整して、なんてことがあるだろうから、素人が開発するのは難しいにしても、こうした開発プロセスの一部分が「素人には手を出しにくい」だけであって、技術的に「高度」だとは思えない。あまり、こういう話題をネットに書くと、真似する人がいたりするからよくないのかも知れないとは思うけれど、スマホなどで画像を撮影し、それをリアルタイムで認識して、相手のどこかにレーザ光を照射する、なんていうのは高校生くらいの知識があったら作れると思う。そのレーザ光が実弾を発射する火器に置き換わり、制御部分のパラメータを調節するだけの違いのような気もする。

ニュースを見ていて、イランが提供したドローンの可能性もない訳じゃない、とは思うけれど、ドローン自体が、コピーを作るのにそんなに難しい代物じゃない。零戦みたいに急旋回させてとか、そういう操縦でなければ、航空力学とか言っても、どこかの製品を「完コピ」すればそこそこの性能は出せるような気がする。それに、「安くてお手頃」の製品を大量生産する国もあるし。

https://news.yahoo.co.jp/byline/kimuramasato/20190916-00142885/

サウジ施設への攻撃で石油価格が20%急騰 爆撃用ドローンを輸出する「死の商人」中国の影

超大国は「核」に頼る。それ以外の国も、「大国」のステータスが欲しいから、核を持とうとする。でも、現実には核は使えない。化学兵器も、シリア政府(とされていた)が使って国際社会から猛烈な非難を浴びた。そもそも、自国民を苦しめて何になるのか、思考回路がよくわからないけれど、「紛争解決手段」の一つだと思っている人は、持とうとするのかもしれない。

サイバー攻撃。これは、ほとんどコストはかからない。ただ、踏み台PCなんかの「裏情報」が入手できないと、すぐにバレると思う。逆に、最初からその気があるなら、踏み台PCから、リモート制御ウイルスを投入済みのPC(大企業なんかでも、存在する可能性はあると思う)なんかに関する情報まで、仕込むなり、その踏み台を作る、リモート制御のスレーブマシンを作る、大量のスパムをばら撒くところから始めて、独自に「足場」を作るんだろうな、と思う。(そんな暇があるなら、子供たちの生活環境改善、教育水準向上なんかのプログラムでも書きゃいいのに、なんて思うが、そういう頭がないんだろうなぁ。)で、案外、ドローン攻撃も似たような特徴があるような気がする。

「国際社会」にリンクできない人たち。意図的にどこかの国や地域を、「テロ支援国家」として国際社会から切り離そうとする動き、は、こうしたドローン攻撃やサイバー攻撃を誘発するような気がする。とにかく、どんな国、どんな地域、どんな組織も、それが、ボコハラムのような集団であっても、忍耐強く国際社会からの「リンク」は保ち続けるしかない、それが、そう遠くない将来、ドローン攻撃が「気軽に使える、自己主張兵器」とならないための、鍵じゃないかという気がする。
イランの関与なんて、私にはわからないし、わかろうはずもない。ただ、イランは国際社会とのリンクを、拒否している国ではないと理解する。できればなぁ、シーア派とかスンニ派とかのトップが、同じイスラムとして和解する、なんてことになればいいのにとは思うが、難しいんでしょうね。そもそも、(アラビア語への翻訳がよくわからないけれど、)「敵」という概念は上にはないと理解している。それが「戦うべき相手」という意味ならば、私の場合には、背脂たっぷりのラーメンだったり、アイスクリームだったり、自分自身の怠け心とか、誰かを羨む妬みだとか、そういった諸々の自分の心を指している、と私は理解している。それが、戦闘行為を意味するように解釈されてしまったとしたなら、過去の時代背景を考えて、軌道修正するべきなんじゃないかな、という気もする。間違いなく、どこの国にもそうした時代はあっただろうと思う。「戦闘」の歴史を持たない国は、ないんじゃないだろうか。だけども、今は、もし何か兵器を使用して、民間人は言うまでもなく、「戦闘要員」を相手とした戦闘行為を起こしたとしても、全世界の「普通の人」の反応が、そうした国家やら、組織やらを拒絶して、まず、アイデンティティに対する攻撃が始まり、次には経済制裁などに移行すると思う。(あ、今、日本もやられてるなぁ。国際社会がどういう理解をしているかは、別だけれど。でも、いい実例かも知れない。)

「国際社会」が、真剣に対応を考えるべきは、案外、イエメンとか、コンゴとか、そういった国々かも知れない。それにしても、いろんな国家元首がいるなぁ、なんて思う。

「死の商人」、と言うか、武器輸出の最右翼は、欧米だった、というのは過去の理解で、今現在、もっとも多くの殺戮に関与しているのは、ロシアと中国かも知れない。

「環境破壊」と言う意味では、最右翼はブラジルか。PM2.5なんかでは、中国もすごい。原発事故の汚染水の海洋放出なんかでは、(確かに、濃度自体は科学的にはギリギリかも知れないけれど、)無作為と怠惰による放置という意味では、(韓国の主張には便乗したくないが、)日本も、環境破壊国のリストに加えたい。

「人権抑圧」では、これは最右翼は中国じゃないかと、僕の独断と偏見では思う。イメージ先行かも知れない。イスラム系のテロ集団による「人権抑圧」は、かなりのものかも知れない。相手が「宗教」だから、国連なんかもトーンダウンしているのかも知れないけれども、特に女性の人権に関しては、イスラム国家はどこも難しいものがあるような気がする。女性の人権だけに関して言えば、中国の方が開けている。

そして、世界に「混乱」招く引き金になった、という意味で言うならば、最右翼はトランプ大統領だろうなぁ。あれこそもう、カオスの象徴のように思えてならない。プチトランプが、特に英語圏で続々と登場してるんだろうか。イギリスもアメリカも、オーストラリアも、静観するしかないけど。
そこに、サウジアラビアでの石油施設攻撃で、直接的な行為者はイエメンの武装組織だとして、そこにドローンを売ったのが中国だとしたら、トランプを抜いて「混乱」の元凶として中国がトップの座に着くかも知れない。だって、トランプは、戦争を嫌がってるもの。っていうか、人殺しの責任者にはなりたくない人だと思う。その一点で、僕はトランプを、人間的に許せる。

中国がなぁ・・・。「死の商人」「環境破壊」「人権抑圧」そして「混乱」と、指4本で、世界のナンバーワンに躍り出たのかも知れない。あ、「環境破壊」は銅メダルくらいかな。でも、指4本で、満貫ですね。
かつては「貧者」だったのに。いや、「貧者」だったからこそ、なりふり構わず、この地位にのし上ったのか。

今回のドローン攻撃、「死者」が出なくて何よりだった。死者さえ出ていないのならば、あとは、世界中の国家元首の知恵次第で、禍を転じて、新たなる「調和」の取れた世界の構築に、踏み出せるのかも知れない。インターネット時代、国家元首の発言も一挙一動が、全世界の、世界に興味のある若い世代に見られている。

全世界共通で、若い世代の2%くらいは、強い関心を持ち、近い将来発言をしたり行動するようになる、と感じるし、それほど「強い興味」ではないにしても、3割くらいは、世界で何が起きているか、そこそこは理解していると思う。その3割が、同世代の残りの半数に影響を与えたりもするから、3分の2くらいの人は、普通に生活しながら、「世界」を身近な問題として捉える素養を持っていると思う。その3分の2にアピールできなければ、その国や地域、組織が、「全世界」から見下されることになるような気がする。国家元首も、大変だ。

どうして、壊したり、殺したりすることで、自己主張をしようとするんだろうね?僕なんかも、もう、壁に穴をあけたり(拳に怪我したりしたけど、)障子や襖を破ったり、周囲に食ってかかったり、こんな俺だって、生きてていいんだろう?って、もがきながら、誰彼構わず当たり散らしていた。それも、30代近くまで。そして、その挙句に引きこもり。「社会人です」なんて顔をするのが、おこがましいくらい。
その僕が、こうして何かを書いて、書いた内容がどこにどんな風に届いていると思います?サーバのログは、取ってない。エコーは、可能な限り「心」で拾おうと思っている。自分も含めて、誰も殺すな、それだけはとにかく主張したい。ただ、与えられた環境の中で、自分に何ができるか、考え抜いて、若い人には、どうか、世界を変えて欲しいと思う。大丈夫、本気で何かをやろうとして失敗しても、それは「今回」の結果というだけで、次に肉体を持った時にまたチャレンジできる。むしろ、その失敗の経験を魂に刻めれば、無風状態で「恵まれた人生」を過ごした人より、はるかに得難い「経験という貯金」を、次の自分に渡せる。(個人の感想です。)

どこかの国の「満貫」。マージャンだったら、結構「高い」手かもね。だけど、「死の商人」「環境破壊」「人権抑圧」「混乱」の4つで、数えて満貫、って、情けないと思いませんか?学校、家庭、あるいは子ども会みたいな小さい集まりから、町、県、国、そして、世界のどこかまで、自由に心のスケールを伸縮自在に変えていって、どうか、「どうなるべきか」とか、自分に何ができるかとか、考え続けて欲しいと思う。本当はね、どうせ学校で教えるなら、こういう授業をやりたいんだけれど、800nm以上の波長だったら赤外線だとか、それこそ冗談もなしに、こんな話しかできない。でも、こうしてネットでかけるから、それでもいいかな、なんて思う。

文章を書いていて、迷走状態が半端ない。これで終わる。ぶっちゃけ、今日は仕事にならなかった。
でも、世界って、きっといい方に変わるよね?こんな書き終わりを書けるようなニュースは、ほとんど今日は、聞いていなかったけれども。

ランダムに

まとまった内容を書ける頭じゃない。テキトーかつ、思いつくまま。

【罹災】
定年まで、地道に会社の仕事を勤め上げました。
ようやっと年金で、落ち着いて暮らせると思ったら、家が壊れちゃった、修復するのに金がない、もう人生おしまいだ。
そういう考え方もできるし、共感しようと思ったらできない訳じゃない、けれども、それは違うよと言いたい。

みんな、生まれてから死ぬまでだけが「人生」だと思ってる。そうじゃない。「誕生」と「死」は、永遠に続くことのできる「意識体」が、予め相談していた母親の受精卵に入り込むプロセスを経て、肉体を持っている世界で活動を開始し、様々な状況で肉体にそれ以上留まれなくなったら、肉体から抜ける、という、その二つのプロセスを、「肉体を持っている間」だけを認知しているから、そこに「始まり」と「終わり」を見出しているだけ、に過ぎない、と理解している。
客観的な証拠を提示できないから、強弁はできないけれども、(少なくない比率で、装っている方もいらっしゃるみたいだけれど、)現実に、純粋に「意識体」として存在している意識を、感じて、肉体だけが人間じゃないと感じていらっしゃる方も、世の中には少なくないと僕は感じる。

何のために「肉体を持つ」なんていう、ある意味でかなり不自由な条件での生活をしなければならないのか。目的は一つで、意識体としては全く異なるレベルで、普通だったら接点を持ち得ない、あらゆるレベルの人と「同じ人間」として接し、経験を積んで「意識体」としてのエネルギーレベルを上げて、進化を重ねること、だと、私は理解している。なぜ、そんな面倒臭いプロセスを課されているのか。これは僕の理解に過ぎないけれど、創造主ご自身は、我々すべての存在をご自身の肉体の一部、言ってみれば体細胞として持たれていて、感じとってもいられる。僕らが何故か自分の遺伝子を引き継ぐ子供を欲しがり、その子供の成長を自分と対比しながら見つめるように、ご自身の肉体である我々を見ていらっしゃる。
例えば、創造主が、(例が適切かどうかは自身がないけれども、)健全であるためには、普通に20kmを1日で歩けるようなご自身でありたいと感じられたなら、僕らが一日20kmを歩こうとするように、歩かれるかと思う。当然、その過程で、創造主の体細胞である僕らは、負荷を与えられて、時には痛みを猛烈に主張しながら、それでもその状況に適応しようとする。表現しきれない、端的に言ってしまえば、アスリートの筋肉細胞が悲鳴をあげつつも、鍛えられていつの間にか「この程度の負荷は、全然苦ではない」と感じるようになって、以前は「拷問」に思えた苦痛が、何も感じないほどに、「細胞」として成長を遂げる、そのプロセスを我々に課しているのか、と、私は理解している。意識体がスケールアップするためには、自分とは異なるレベルの意識と接し、どれ程上の方でも、どれ程下の方でも、相手を理解した上で自分のあるべき姿を模索して、適応して調整する能力を身につけるために、こうして「肉体」を持たされているのかな、と、自分は理解している。

細胞によっては、適応しきれずに、そのまま「再生」できない状況に陥るのかも知れない。一方で、周囲と連携しながら、とてつもない力を発揮できるように成長する細胞群もある。

運動経験のない方には通じにくいかも知れないけれども、自分が「楽だ」と思える生活をしていると、肉体がどんどんと衰える。それまで普通に歩けた距離を、苦痛に感じるようになったりする。逆に、少しずつ「大変だ」と思えるような距離を、走ったり歩いたりしていれば、これまで「大変だ」と思えた距離が、苦でもなくなる。この一回のウォーキングと同じことを、僕らは肉体を持つ都度、繰り返していると理解する。

新しいことを何もしませんでした、でも、楽でした、生活に困らないお金は十分あります、後は何を楽しんで生きようかな。
これは、自分ではウォーキングしているつもりでも、距離が短いか、平坦な道か、実はあまり意味がなかった人生かな、と私は理解する。
「こんな大変なことが起きてしまった、」それは、解決するべき課題、であって、肉体的な「楽」に固執したら難しくても、いつかは肉体を抜ける「自分自身」がどうあるべきかを考えたなら、たぶん、「ローンが残ってる家を、もう仕事をする年齢でもないのに、壊されて、住む家がない」としても、最適な答えは転がっている気がする。強制的に一ランク上に上がるための「課題」をつきつけられ、その課題をクリアできたなら、普通の言葉で言えば死んだ後、僕の理解で言えば「肉体を抜けた後」、きっとスケールアップして、それまでよりパワフルな自分を実感できるに違いない、とも思う。それを何百回、何千回繰り返せば、(無論、数千万年が必要だろうけれど、)それこそ、誰かと接していて、何を言われようが動じないどころか、瞬間的に切り返せる程度の(ここは、剣道か?)能力が身につくかも知れない。

全ては経験。その経験は、肉体が滅びても次に引き継げる。そこだけは、どうか理解して欲しいと願ってやまない。

—-

後三つは、書きたいと思った。何を言いたいか、言葉もまとまった。残り三つ。
だけど、時間との戦い、です。僕は僕の仕事がある。これで打ち切る。続きはまたいつか。

最後っ屁みたいに書くなら、今回の千葉の災害。情報収拾が全然出来てなかった。工夫がいくつも必要でしょうね。これは、全国的な課題。千葉県だけじゃない、埼玉も、日本国にも共通すると思う。昔だったら、「狼煙」なんかだって、あったんだから。今時だったら、「車を動かせる場所」の誰かが、「現地に入る」なんていうレベルまで規定してでも、何があっても情報取集できる仕組みを考えるべきだ。「のろし」レベルまで含めたなら、10通りくらいは案は出せると思う。
でも、眠いし、明日があるので、終わり。(ブログのトップページに被せるネタを、先出ししちゃった。)

ランダムに

【福島原発の汚染水問題】
下手な鉄砲的な思いつき。二つ。
(1) これは、事故の直後にもネットに書いた記憶がある。
原発に流れ込む地下水を、ギリギリまで減らす。当時書いたのは、半径数100mだったか、距離をおいて、汲み上げた水をそのまま環境放出しても支障がない、全く汚染されていない状態の地下水を汲み上げて、それを海に流し、汚染領域に流れ込む地下水を限界まで減らす。
これだけ書けば意図が通じると思っていたのだけれど、確かに井戸は掘ったらしいけれども、汚染領域に掘ったらしくて、汲み上げた水を環境放出できる状況ではなかったらしい。細かくは見てない。
目的は、汚染水を減らすことだから、ボーリングに予算を投入して、原発に流れ込む地下水脈の主流をピンポイントで探り当てるまでトライして、とにかく、「ほとんど地下水の流入がない」レベルまで、「まだ汚染されていない地下水」を大量に汲み上げて、これ以上の汚染水の発生を減らすのが上策だと僕は思う。
※ 地下水脈がどこにあるかわからない?
地表の数カ所で、人工的な小規模地震を起こして、エコーの原理で地中の構造を把握する技術は、今、あるんじゃなかったっけか?
あらゆる知識や技術を投入して、汚染水の発生そのものを減らすべきだ。

(2) 汚染水を濃縮できないか?
100度に加温して、水分を蒸発させて、体積を減らしたらいい。
水蒸気に、放射性物質が含まれないか?除去方法は、いくらだって工夫できる気がする。a. 磁気で吸着する、b. イオン化傾向の異なるイオンを投入して、放射性の金属などをイオン化して、電極で吸着する、c. 原始的にフィルターを何枚も重ねるなどして、安全な水蒸気を大気中に放出し、水分を減らして、99%くらいの水分を全部飛ばす。
この問題の発端は、汚染水を格納するタンクをこれ以上増やせないこと、だと理解する。だとしたら、体積を減らしたらいい。
そもそも、「そのまま海に流す」ことを議論する程度の濃度だから、100倍どころか、1000倍に濃縮しても、およそ臨界には程遠い濃度のはずで、それならば、「濃縮液」にしてしまえばいい、と自分は考えた。1000倍に濃縮したなら、タンクの数は、1000個を1個に減らせる。

無論、それができない理論的な理由があるかどうかは知らないけれども、なぜ、「加工」することを考えないのか、疑問に思えた。

蛇足:FM Nack 5ので、松山千春さんが、小泉環境大臣に何か言ってた。環境大臣が「管轄外」とか言うなよ、と。僕も全く同感。
環境大臣が積極的に関与すべき。経済産業省だけの問題じゃない。縦割り意識が小泉さんまで汚染しているのが、悲しい。そうでなければ、火中の栗を拾おうとしない、逃げ腰。一番、小泉さんに「期待しない」政治家の姿勢。

【アマゾンの森林火災】
ボルソナロ大統領が、トランプの支援の申し出を受け入れた、と言うニュースを、今日聞いた気がしたのだけれど、検索不発。
ただ、何であれ、とにかく鎮火を願う。

あれ、アマゾンの森林火災だけで、ハリケーンだとか台風の最大風速が数パーセントとか数十パーセントとか増えそうな気がする。
土地所有者の権利問題を、アマゾンを焼けば済む的に安易に考えて、人工的に火をつけて火災を起こしたとしたなら、それこそ、バハマでも、千葉でも、ブラジルに損害賠償できるくらいの「因果関係」は、科学的には証明できそうな気がする。(いや、難しすぎるとは思うけど。)
因果関係がある、っていくら言ったって、トランプとおなじで、ボルソナロ氏は「フェイクだ」と叫ぶに違いない。地球を壊す気か、と思う。

それが、少なくとも、トランプからの「支援の申し出」を受け入れたのなら、まずは改善の余地があるのかも。白い猫も、黒い猫も、ネズミを捕る猫は全部良い猫だ。(誰の発言でしたっけ?中国のどなたか。)トランプのアメリカの支援だって良い、とにかく、さっさと消して欲しい。
でなければ、猛暑のフランスだけじゃない、ニューヨークでも、ブリスベンでも、どこの大都市だって猛暑による死者が出てもおかしくない状況になる。既に相当量の「二酸化炭素」が積み増しされた訳で、ハリケーンの規模も、猛暑の暑さも、あるいは、寒波の温度の低さも、もはや破壊的なレベルになるだろうと思う。次に試されるのは、オーストラリアや、ブラジル自身かもしれない。南半球に熱波到来。

【防災無線】
自治会の役員会で、「防災無線って、家のアルミサッシを閉め切っていたら、あまり聞こえませんよね」と、区長さんに僕から質問。そうしたら、答え。防災無線の音が届かない何軒かの家に、以前、「無線の受信機」で、「防災無線の専用受信機」を置いたことがあったらしい。
そうしたら、どこで調べたのか、その防災無線の周波数で「どこそこスーパーでは、本日なんちゃらが、3割引のセールです」みたいな、民間からの広告の電波が流れ込んできて、結局、通常電波での「防災無線受信機」は使えない、って言うことになって、暗号化した「スクランブル通信」のディジタル受信機しか使えない、って言うことになった、らしい。どんな宣伝の電波だったかは忘れた。不動産だったか、なんだったのか、とにかく、防災無線の受信機から、民間の宣伝文句が流れてきたらしい。
その結果として、ちょっと離れた場所に家のある方向けの防災無線の受信端末の価格は、一台15万円とか、そういう水準になってしまい、結局、導入困難ということになったらしい。通常の、暗号化しない無線通信なら、受信機なんて、どんなに高くても3千円とかで提供できるはず。色々と大人の事情で価格が上乗せされたって、5千円あったら足りるでしょ?それが15万円?

この話題の、「原因」の馬鹿らしさ。何処かの誰かが、「防災無線」のなんたるか、なんてことは全く考えずに、違法電波を流して、ビジネスの広告の電波を流す。今時のメールで、ちょっとメールアドレスをネットに公開すると、あっと言ういう間に、やれ、マンションの投資だとか、バイアグラだとか、出会い系の宣伝だとか、融資のご紹介だとか、わけのわからないメールが一日100通は舞い込むようになるのと同じで、いや、「防災無線」の電波で広告を流すなんて、はるかに悪質じゃないかと、僕は思う。

こういう、「いざという時に、人命を守るための手段」を、平然と、商売の宣伝に使う、そういう無神経なバカがいるから、公共の「防災無線」の専用受信機の値段が3千円から15万円に跳ね上がり、うちの町なんかではそんなのを配布するのは無理だから、「防災放送が聞こえないようなご家庭」の場合には、諦めてください、みたいなことになってしまう。状況次第で、諦めるってのは死ぬことだかr。あ
防災放送のスピーカーから音として流れていたって、ジジババがいます、エアコンを使ってます、アルミサッシを閉め切ってます、外からの音はほとんど聞こえません、なんていうご家庭は、明らかに 一台3千円の防災放送受信機が配布されるなら、「今、どこそこで、生活用水を配布してます」みたいな放送が3千円の端末で聞くことができる、はずなのに、バカな営業の違法無線を流す人がいる、というだけの理由で、一台15万円になって、結局、設置は無理、となり、今回のような「電気もねぇ、水もねぇ、」みたいな状況では、歩けば行ける距離で水の配布をしていても、情報が取れずに脱水して、死んだりする人も出るのか、なんてことを考えると、そういう違法電波を流す日本人の品性のなさが、情けなくなる。電波法違反じゃなくて、計画殺人罪(でしたっけ?)を適用したっていいんじゃないのか?なんて思う。

電波法違反を、懲役刑くらいに引き上げるべきだ。

まだ、書きたかったネタが二つほどあったけれど、眠いので終わり。

認証系

国家試験の学習システム。

システムダウンの原因は、もしかしたら、認証系かも知れない、気がしてきた。PHPが5から7になった。(いや、PHP自体がもう、レガシーじゃないか、なんて話があって・・・)Zend Frameworkを2から3にバージョンアップしたら、黙って固まるんではなくて、エラーを吐き出すところまでは復旧した。(こういうのは、復旧とは言わないけれど。)メッセージを見てみたら、どうも、Authenticationが落ちてる。

あれをやって、これをやって、もう何だか、時間の配分がごちゃ混ぜなので、追い詰め切れていないけれども。

そう言えば、Ruby on Railsでも、バージョンアップの度に、セキュリティ関連の機能の追加だの、仕様変更だのが相次いだ。きっと、Python / Djangoでも、今後しこたま似たような経験はするに違いない。一度きっちり整理したいんだけれども・・・

ただなぁ・・・。無料ユーザがほとんどで、お金を払って使ってくれる人はほとんどいない。競合サイトも出てきたみたいだし、「教える」という機能に特化して、元教員だから作れるサイト、っていう感じに出来なかったら、サイトを立てても意味がないかも。(今年の3年生を、見捨てるんか、なんてことも、ちょっと思ったりもするが・・・)

いや、授業中が真剣勝負。学生の顔を見ながら、その都度話題だの例え話だのを拾い出す方が、たぶん、一応は人間のつもりの僕の仕事。僕はコンピュータじゃない。どんなサイトを立てても、コンピュータは僕じゃない。

おぉ、何だかカッコがついたかな。名台詞だねぇ。これで、システムを復旧させない言い訳が出来たかな。(って、テメェ、逃げることしか考えてねぇ。だって、大変なんだもん、お金にならないし。いや、あんたにSEのプライドはないのか。ないよ、ってか、プライドで飯が食えるか。いや、今時認証系を使い切れなかったら、仕事にならんだろう。じゃぁ聞くけど、俺が立てたサイトにハッキングして、何が嬉しいんだよ。)
やめよう。この自問自答、ってか、自分vs自分の罵り合い、一晩中続きそうな気がする。面倒臭くても、なんとかするのが仕事だし、逃げ癖ってのは一度つくともう、際限がないからなぁ。でもやっぱり、しんどい。

首都機能分散

意味のないことは起きない。
というよりも、もっと言葉を選ばずに書けば、意味のない自然災害は起こさない、と思う。一体、どんな意味があったんだろうかと、ずっと考えていて、いくつも多重に意味を持たされたうちの一つは、きっと、人と人とをつなぐキッカケになれば、ということなんだろうか。その点は、他のほとんどの自然災害に関連して、「一つの解答」だと理解している。
こういうことが起きるうちがラッキーかも知れない。

多くの病気は、本人の心が原因となって引き起こされる、と私は理解している。(別に、他人には同じ「理解」は求めない。説明困難。っていうよりも、もう何度も自分の理解した範囲の説明は書いたけれど、説得力があったかどうかはわからない。だから、結果的に、他人には「理解」は求めない。)よく言われる反論。「それならば、あれだけひどいことをしていて、どう考えたってあの人の心は汚れまくっているだろうに、なぜあの人は病気にならないんですか?」もっともなご指摘。僕が得ている答えは、理解している範囲で書けば、かなりアバウトな表現だけれども、上からの意識(エネルギー)に多く棹させている人と、下からの意識(エネルギー)に行動を委ねている人と、ザックリと人は二分される。上からの意識は汚れを嫌うから、上からの、「神」と呼ばれる方々、さらには創造主からのエネルギーに、より意識を向けようとすればする程、むしろ心の汚れが病気の引き金になりやすくなる。逆に、下からのエネルギー、物欲、支配欲、憎悪、嫉妬、などなどに棹さしていると、より多く下からのエネルギーを受けやすくなって、少しくらいの悪想念では病気にならなくなる。後者の場合には、死んだ後が大変だろうとも、理解している。(しつこいようだが、他人に理解は求めない。でも、大昔から、似たようなことは随分と言われているとも思うんだが。)敬虔なキリスト教徒の方々が、もしサタンの思いに支配されたら、などとお考えになっている内容に、違いはあるけれども、かなり近いとも理解している。
その文脈で考えるならば、これだけ「試練」を投げてもらえる、ということは、それだけ、まだこの国には、見込みがある、ということなんだろうか、なんてことも考えたりしている。

あ、えぇと、仕事とか日常生活にこうした「思想」は持ち込まないので、気にしないでください。誰かに「信じろ」とも言わないし。この程度は、個人の「思想信条の自由」ということで。ご容赦を。

今回の千葉の大停電や、台風による罹災。首相官邸は組閣一色で、激甚災害の指定もなければ、かなりの無関心だったような気がする。過去形ではないと思うが。まだ内閣は動いていないような気もするし。千葉県民の皆様、お気の毒に。というよりも、千葉県庁自身の身動きが取れないでいるんだろうか。
僕が住んでいたあたりも、停電に断水に、大変みたいだ。今は他人事で、申し訳ない。逆もまた真なり。僕の居場所が罹災したとして、その時に何もなかった地域の人が他人事だと考えたとしても、文句を言うつもりもないので、悪しからず。

同程度の、大停電や、通信網の遮断、停電による給水停止が、もし東京23区で起きたら、どうなっていたんだろうか、なんていうことも考えた。
そもそも、自衛隊に対する災害出動の要請、なんてことができるの?どこに要請する?これが地震などによる罹災で、霞ヶ関、永田町周辺が壊滅的になっていたとしたら、あるいは、新宿や市ヶ谷あたりも壊滅的だったら、内閣不在とか、都庁機能の喪失、防衛省の機能喪失になるんじゃなかろうか。その時に、「激甚災害の指定」だとか、自衛隊の出動による生活支援、復旧活動などの総指揮は、どこが取るんだろうか。そういうシミュレーションは、済んでいる?

自衛隊なんかは、防衛省が機能停止しても、各地の駐屯地が自律的に連携して、首都復旧に動けるの?支援活動の指揮や、さらにその後に続く、道路復旧なら国土交通省?学校なら文部科学省?病院なら厚生労働省?それらの中枢が罹災して、例えば、中央官庁の各庁舎が完全に使用不能になっていたとしたら、どこが復旧計画を立てて、遂行する?大阪府知事がいきなり「暫定首相」を名乗りでる、とか・・・。いや、首相を始めとする責任者が生きていたなら、どこかに「事務所」を構えればいいだけ?なのかなぁ?わからんけど。「司令塔」が機能するためには、それなりの通信設備が必要だし、なおかつ、そこに情報を集めるソフト面での二次的、三次的なネットワークが、予め規定されていなかったら、場所だけ決めていたって「司令塔」にはなり得ないだろうし。そもそも、その「場所」だって、決まっているとも思えないし。

首都が罹災しました。そうすると、中央官庁が機能しなくなって、国家としての機能も停止する?

そう言えば、首都機能を分散すべきだ、なんて言う話は、30年前から何度となく書いた記憶がある。その都度、道州制で全国をブロックに分けて、ブロックごとの自律性を高める、だとか、単なる首都移転で、東京からどこそこに首都を写すとか、色々と議論を見聞きした。機能を分散しなかったら、移転した先のどこかに激甚災害が起きたら首都機能が停止する事態は全く同じことで、機能喪失は避けられないから、「移転」というのは全く意味がない議論だと思ったけれど。

とにかく、首都機能分散は、一度は議論されたことがあったように思うけれど、最近はめっきり、この議論を聞かなくなった。僕自身もここ10年以上、忘れていた。東日本大震災があったのに。

いざという時に、中央官庁のどんな権限をどこに移譲するのか、そうしたルールとかは、決められているのかなぁ。そう言う準備がきっちり整っているから、一切議論されなくなったのならば、一安心(?)ということになるかも知れないけれども、何かのニュースとかで見聞きした記憶がない。

僕はもう、完全に折り返しているし、そんなに長いこと生きる訳じゃないから、どうでもいいっちゃ、どうでもいい話題ではあるけれども。
千葉っていう「場所」が、東京をギリギリかすめた警告のようにも思えた。もし、これが警告だったら、もう、これ以上ギリギリの警告はないんじゃないかな、という気もした。ってことは、次は本丸だろうな。

無停電電源

誰かがWordとかで文書作成の作業をしている時に、コンセントに足を引っ掛けて、とか、何回かやらかしてる。たぶん、2回か3回。でも、たぶん、一つの職場ではせいぜい1回。

「済みません、配線組み替えますので、一旦元を落としますが、大丈夫ですかぁ!」なんて声を張り上げて、確認してから元のコンセントを抜いたのに、テーブルタップ、延長ケーブル、延長ケーブルで、予想外の死角で仕事をしている人が、「あ゛〜〜!」と呻き声をあげた事も、一度あった。まさか、そんな所に、ここの集合コンセントから引っ張ってるとは思わなかったし〜。本人も、まさか関係ないと思っていたみたいだし、一応、この時だけは「無罪」にしてもらえた気がする。
いや、「有罪」だとか言われたって、平謝りするしか、他に仕方ないんだけど。昼飯奢るったって、工場の一律ランチ、みたいのばっかりだったからなぁ。どうやってお詫びしたっけか。今は昔。

今日、落雷で、蛍光灯の「瞬停」が何回も起きた。結構激しい雷だった。こんな激しいのは、ちょっとここしばらく経験がない。以前、デスクトップで作業中に、たぶん、近くへの落雷でサージが入って、PCが突然リブートを始めたことが2回くらい、あった気がする。以来、ノートで仕事をするか、デスクトップにも無停電電源を入れていて、これくらいだったら大丈夫、という感じだけれど。

そう言えば、納入用のPCのスペックを聞かれた時に、DBサーバも、アプリケーションサーバも、比較的軽量の普通のPCでも動きますよ、とは答えたのだけれども、落雷のサージは考えてなかったなぁ。サーバ機は、電源回路のスペックも違うんだろうか。外付けの、瞬停対策で、0.5秒間は落ちない程度のレギュレータを、入れなくても平気なのか、それとも、そこそこのロースペックのPCで、レギュレータを組ませるか・・・。
サーバを謳ってたって、案外電源まわりとかは普通だったり、メーカによって、むしろ普通のPCよりもロースペックだったり、調べてみないとわからん。(長いこと生きてくると、やたらと疑い深くなる。嫌だねぇ〜。)

営業さんと相談しないと。
今後はきっと、こういう天気も増えるんだろうなぁ。もう、何から何まで、昔で言うところの「普通」じゃないもの。今後は、「数十年に一度」が普通になっちゃうような気もする。

やめたら?

https://news.tv-asahi.co.jp/news_international/articles/000164160.html
WTO提訴で日本勝訴も…韓国側も「勝訴」と主張

面倒臭い国だな、と思う。
相手の主張を聞く、とかいう発想がないし(特に自分より立場が弱いと思うと、同じ韓国人同士でも、すぐにマウンティングするし、)自分から何かを改める、という発想がないし。

日本側も、そもそも、韓国からの旅行客に頼る、とか、韓国との貿易に頼る、とか、その発想が間違ってない?
韓国との貿易を全面停止したら、一時的には苦しいかもしれないけれど、貿易問題は一気に解決しませんか、ってか、問題そのものが根本からなくなるとは思いませんか?その時点で、日本人は致命的に間違ってる。

日本人も、間違いは改めるべきだよ。

減災井戸

防災ではなく、減災だと思うけれど、もっとあちこちに手漕ぎの井戸があってもいいんじゃないかと思った。

僕の家の庭には、井戸が掘ってある。ただ、電気のポンプが、今は(千葉に住んでいた長期間の留守の間に)壊れてしまっていて、使えないけれども、水道が止まっても電気があれば水には困らないはずだった。加えて、手漕ぎのポンプを設置すれば、電気、水道が止まっても困らないよな、とは思っていた。
無論、いざという時はご近所にも使ってもらうつもりでもいたけど。(こういう話は、修理してから書け、とも思うが。)

https://product.rakuten.co.jp/product/-/f02165f4ecd80202b1a49b2ae1c1979d/?scid=s_kwa_pla_flo
手漕ぎの井戸ポンプ

こういうのが、地域に何箇所もあっても良かったんじゃなかろうか。

ニューギニアでは、戦時中日本兵が、至る所で井戸を掘ったみたいだ。結構あちこちで、逃げた先の村で井戸を掘ったり、地下壕を掘ったりした話は聞いている。「日本人は、あちこちで穴を掘りまくった」らしい。井戸は、天然の濾過器を通しているから、川の水よりも安全、という認識だとも思う。
井戸水どころか水道水ですら、そのままでは危険だから飲めない、という人には、買って来た水が底をついたら、何も飲んでもらわなくて結構だけど。土のついた野菜は、食べ物じゃないみたいだし。話が逸れた。
だけど、千葉の場合にはわからないけれども、小川町あたりだと、数km歩けば、上流にほとんど民家がない「源流」に近づけるから、川の水でもそういう水なら煮沸すれば100%安全だと僕は思っている。ニューギニアでは、僕自身が天水(テンスイ;雨水)と川の水を煮沸して、口にしていた。おっと、ここは日本だっけ。だけど、日本にいて水に困るなんて・・・。よほど、心がけが悪いんじゃないかなぁ。

加えて、乾物。お米だって、乾物。保存に電気は要らない。野菜は、ぬか漬けがあれば理想なんだろうけれども、電気が止まっても、数週間は持ちたえる程度の食材は、簡単に、かつ、普通にスーパーで買って備えることができて、日常の料理にも使える。乾燥食材の活用。魚や肉の缶詰が、一日一人一缶程度の相当量があれば、流通が止まっても、しばらくの間は生活に困らない。人間の体は、いざとなったら多少の野菜不足には持ちこたえる、と思う。

電気が止まった直後の冷蔵庫の食材の「延命策」。
カセットコンロなんかで、思いっきり塩分を加えて、煮込んでしまう。水分を少なめにして加熱時間を短くし(カセットコンロのガスの節約)、思いっきり塩辛い「佃煮」とは違うけれども、「そのままでは食えない程、塩っぱい」ものに変身させる。そうすると、赤道直下だって、しばらくは腐らない。
どの家にもエアコンがついてる日本の都会の方では、夏の外気の温度は、ジャングルのある熱帯よりも5度以上は高いと思うから、赤道直下よりも、東京なんかの方が環境は過酷だもと思うが。
ジャッグル、森のある熱帯では、日陰に入ると30度を超えることが稀だったけれど、こちらでは当たり前に35度超え。という話は別にして。

そうやって、塩漬けにしてしまい、ご飯を炊いたりするときに、少しずつ加えて、塩分量がちょうどよくなるようにして食べる。こうすれば、長期間停電しても、気にならないし、冷蔵庫の中の食材を捨てずに済むと思う。

僕のは、生活の知恵。もし、料理の専門家なんかが同じ視点で、この方法を助言するならば、いざ、数日の停電に襲われても、冷蔵庫の中の食材を無駄にせず、あるもので美味しく快適に生活するための工夫は、結構あると思う。

ただ僕も例外的な人間なのかなぁ。まず、たぶん、発汗の量がハンパない。夏場は人間ナメクジだもの。外にいると、普通に頭のてっぺんから、足の指の先まで汗で濡れてる。エアコンを止めても大丈夫だけれども、そうすると、半日で汗を拭いたタオルが絞れるほどになる。子供の頃から、ほぼ成人する頃まで、エアコンには縁がなかったですからね。夏は汗をかくのが当たり前、というのが僕の体。皆さんたぶん、こんなには汗をかかない。(僕なんか、外にいると「一番近寄って欲しくないオヤジ」だから、あまり自慢にはならないけど。)

昔と今とでは、夏の温度が違う。だから、同じことを今の子供にさせるのは難しいにしても、1日30分でも1時間でもいいから、炎天下で遊ばせるような「外的刺激」を加えてあげたなら、体を「猛暑仕様」に作り変えられると思う。特に、子供の頃が大切だという気がする。今の30代より下の人たち、大人になってからだと、いくら刺激を加えても、もうそう簡単には汗腺は増えない。結局、エアコンのない場所では生きられない人も少なくないみたいだから、せめて、子供には「猛暑適応可能な体」を持たせてあげることも、大切だという気がする。

手漕ぎポンプで井戸水をバケツに汲んで、それを風呂に運んで満たすのは、子供の仕事だった。風呂場は家の外、井戸から5mくらいしか離れていない場所にあって、家の中からも、外からも風呂場に入れる作りだったと思う。
薪を割って、薪をくべて風呂に入る。火のつき方が悪いと、浴室内は煙なのか、湯気なのかわからないほど、白いモヤでいっぱいになった。小学校低学年の頃の記憶である。

我が家も、水だけは困らないはずだったんだけども、電気のポンプは、手漕ぎポンプよりも壊れやすいのかもしれない。

脆くなったね。人間も、モノも。こういうのが、技術の進歩、なんだろうな。

迷走

時間がないので、簡単に。

日本が「経済制裁」をしたから、韓国がフッ化水素を内製化するだけでなく、他の酸化イットリウムなど次々時内製化し、日本企業に打撃を与えるだろうと、だから「経済制裁」は誤りだったと。

論点が迷走。それは韓国の主張。フッ化水素が不正に海外に流れ、例えば、サリンの原料となり、シリア市民の死傷に間接的に日本にも責任があるのではないか、輸出規制をきちんとすべきだと、それが元々の日本の主張。

韓国がフッ化水素を内製化した。それは今回の「輸出規制」の目的とは無関係。今後、海外でサリンが使われ、大勢の市民が殺傷されたとしても、日本のフッ化水素の輸出管理が行き届いていれば、日本は無関係だと主張できる。もし、韓国の輸出規制が不適切ならば、韓国における製造も輸出も、そこでは韓国がサリンの使用による市民の殺傷に、間接的な責任を負う可能性が高い、という、それだけの話じゃなかろうか。

いいじゃない、韓国の技術が進むことが、そんなに不快か?
僕は、韓国が嘘さえつかれなきゃ、あとはどうでもいい。嘘に塗り固めて、虚偽の主張を国際社会に押し通そうとする部分が不快でならないから、騒いではいるが、それ以外はどうでもいい。

以上

レガシー

国家試験の学習システム
サーバダウンから、半年経過。放置状態だった。
というのは、ほとんどが無償ユーザで、あまりにも改修が遅れたため、最後の有償ユーザさんに返金措置を取った。売上が小さかった分、返金も気になる金額ではなかった。だって、使いたい放題の月額が500円で(学生は、これでも高いとかいうから、自分の学生には原則タダで使いたい放題にしたけど。システムが落ちたら、タダの方が気が楽。)

結局、会社を支えることのできるプロジェクトには、育てられなかったかなぁ。
(まだ、試してないことがいくつもあるでしょ、と自分に言い聞かせつつ、思いついただけで試していないアイディアの残骸なんか、楽に50は意識の中に転がってる。ソフト屋だって、金がなきゃ試せないことは多いからなぁ。放置に、理由も言い訳もないけれど。)

原因は、PHPのサポート打ち切りで、レンタルサーバがPHPのバージョンを上げたこと。更新予告のメールを見落としてた。要らないメールが多すぎて、肝心なのに意識が向かなかった。もう、「お得情報」とかってのは、全部断捨離するしかなさそうだ。

そのPHP。元々はZendFrameworkで、今時だったらもっと別のプラットフォームがあるでしょ、ということはあるけれども、この程度のバージョンアップ対応に手が回らない現状で、移植作業などできようはずもない。できれば、PHPからruby on railsに移植しようと思っていたところが、有限会社シグナリスは、次期開発プラットフォーくのメインにPython / Djangoを採用すると、社員全員で相談して決めたから(あ、一度、こういう書き方してみたかったんだ、)移植するなら、Pythonだろうな。MySQLがまた面倒なことになってる。これも、MariaDBにするのかPostgreSQLにするのか、という問題があるし、考えなきゃならないことが多すぎる。

Python/Djangoは、ようやっとプラットフォームの全体が見えてきた。思い通りにプログラムする、という意味では、ぼちぼち、ギアがセカンドから3速に入ったかな、という感じ。もうちょいで、トップギア、オーバートップと、いけそうだ。
それはいいけど、Anacondaの設定がVirtualenvと競合している感じで、.bash_profileとかいじくってみても、どうにもすっきりした答えが出てこない。そのすっきりしない、残尿感たっぷりの不快な状態で、今度はXAMPPのバージョンを変えないとならないことが判明。

そうしたら、XAMPPが、仮想マシン化してるんだわ。これが。実体が仮想マシンの中にある、っていう状態がどうにも不快で、もがいてはみたけれども、時間がない、深追い厳禁。で、よくよく考えてみたら、Ruby on Railsでも、Windowsの学生には、VMWareを使わせて、Windows機でLINUXを走らせるようにしていた訳だから、仮想マシンの中でもいいじゃないか、という結論に至った。

この辺の環境だと、ググっても答えがない。いや、だから会社の次期プラットフォームは Python/Djangoにしようか、っていうことになったんだっけ。

ZendFramework の採用を決めたのは、もう6年か7年前。大昔のことかなぁ。レガシーの形容詞が付いているけれども・・・

いや、Ruby on Railsもレガシー?嘘でしょ、やめてよ。
死ぬまでとは言わないけれど、Python / Django,お願いだから、せめて5年、できれば10年は主流でいて欲しい。

今は昔。6502, 6809, 8080, Z80, 68000, 8086, 80286….  僕の育った時代。
遠い目 ー_ー;


XAMPPで、Zend Frameworkの入れ直し。

IPアドレス:  192.168.64.2 で debian の仮想マシンが入ってる。まんまの super userでインストールしようとしたら、

Do not run Composer as root/super user! See https://getcomposer.org/root for details

わかったよ。

useradd signalysis

で、ローカルユーザを作る。.bashrcを /rootからコピーして編集、しようとしたら、vi が入ってない。grepは生きてるのに?emacs, ed, edlin, vi, vim 全滅!テキストeditorがないじゃん。LINUX環境構築からやれってか?ごめん、そんな暇ない。仕方ない、sudoではどうだ?

> sudo php composer.phar require zendframework/zendframework

We trust you have received the usual lecture from the local System
Administrator. It usually boils down to these three things:

#1) Respect the privacy of others.
#2) Think before you type.
#3) With great power comes great responsibility.

おぉー!いや、知ってるよ、rootは怖い。その気になったら一瞬でシステムを壊せる。でもねぇ。#3って、これ、スパイダーマン?こういうセリフは、トランプさんに聞かせてあげて!

めげた。このインストールはrootで強行。これがなぁ・・・。あとあと、実行権限があるだの、ないだので、なんだかんだと warningの嵐の原因になったりするんだわ。経験上。いや、後で文句言って来なけりゃ、別に構わないんだけど。

でも、本当に XAMPPって、初心者向けの開発環境なの?なんだか、自信をなくしてきた。けどなぁ、今日こそカタをつけたい。

そろそろ、蕎麦が茹で上がるか。

部品

https://www.jiji.com/jc/article?k=2019090600595&g=int
日本製品の不買条例案可決=「戦犯企業」を特定-韓国・釜山市議会

時々、ハードウェア絡みの仕事もしたりする。今はWEBアプリがメインだけれども、組込み系が一番馴染んでいる。
で、ハードウェアをあれこれ構成していると、ほんのちょっとしたユニットでも、数十点の部品リストが出来てくる。
モジュールになっているものもあるけれども、そのモジュールに使われている部品なんかを辿ると、もう、簡単に100点は超える。いや、基板に実装されている部品を辿ったら、簡単に1000を超えるだろうな。

韓国がいわゆるところの、戦犯企業だけれども、273社あるらしい。

http://harc.tokyo/wp/wp-content/uploads/2018/11/107.pdf
韓国政府作成「戦犯企業」273社実名リスト

それが、重工業、素材メーカーなど、実に幅広いけれども、素材メーカーなんかが含まれている、ということは、そのメーカーが生産した素材を利用した部品、モジュール、なんていう話になると、273社からの関連製品は楽に1万品目は超えそうな気がする。さすがに10万品目は超えない、かなぁ?横浜ゴム、なんてリストに入っている。っていうことは、現代自動車も部品レベルでは絶対に使っていそうな気がする(後から出てくる住友電工の関連企業にはダンロップがある)し、コマツってことは建設機械?ユンボとか、パワーショベルなんかあるんかなぁ。油圧計の部品メーカーも含まれていたっけ?味の素の製品を利用している食品。「辛ラーメン」とかは、関連素材、派生素材も一切使ってない?あれは使ってないかも。
住友電工!?光ファイバーとか、通信ケーブルも不買対象か?産業機器に人工ダイヤモンドなんかは、結構使われていないか?結構幅広くセラミック製品もあったと思う。住友電工は遠い昔の古巣だけれども、あそこの素材を使った製品は、それだけで楽に1万は超えると思う。
日本曹達、日本碍子、日本なんちゃらは多いなぁ。え?日本カーバイトとか、パナソニックや日立製作所、三菱電機、三菱マテリアルが含まれている?ってことは、もう、その辺の電子部品を使っていない電子機器なんて、ないんじゃないのか?それぞれの会社が、1万点近い部品を他社に供給していそうな気がする。っていうより、日立製作所、三菱電機なんて、本体が実質的に資本で子会社にしている企業が滅茶苦茶多いし、下手すると、日立製作所関連だけで10万点くらいいかないか?その部品を使ったモジュールってなると、あ、部品からモジュールの段階では逆に数は減るか。
部品関連は電子部品なんかが片っ端から対象に含まれていそう。素材の種類によっては、細かいところは説明しきれないけれども、表面弾性波素子なんかだとあのメーカーだとか、CCDならあのメーカーだとか、色々とあるから、スマホは、韓国産、中国産も含めて、間違いなく全製品が不買対象になりそうな気がする。そもそも、素材企業が含まれている時点で、電気製品、ガス、水道関連(パッキンとか、その辺に戦犯企業製はないのか?)全部使わずに生活しろ、ってなりそうな気もする。

こうやってみていくと、下手すると100万品目にも届くかも。(抵抗とかコンデンサは、1Ω、2Ω、なんてのをそれぞれ1品目として数えて、だけれども、特定の会社を迂回するのは、そっちの方が難しい。いや、抵抗値とかが違うのは「一品目」でカウントしても、100万はいきそう。)
インバータはあのメーカーだとか、レギュレータはあそこ、だとか、韓国や中国のメーカーも含めて、冷蔵庫、エアコン、電子レンジなどのほぼ全ての家電、欧米の車も含めた全ての自動車、産業用機械、通信ケーブル、道路舗装用のアスファルト(の、製造用の薬品)だとか、本当に不買したり、あるいは、買うんだったらシールを貼るっていうことなら、どなたか、頑張って、50万品目とか、それが500万品目になっても、「釜山市では買ってはいけない、製品の一覧」を作成してあげたら、親切じゃないかなぁ。そういう作業は、日本側の方がやりやすいと思う。
読み返して、校正しつつ、あの部品。あのユニット、などなどと、書き直すたびに数が増えてくる。

どうしても買わざるを得ない、とかしたら、例えば、道路を走っていたら1kmごとに、道路に「戦犯企業の関連製品(アスファルト)」の巨大シールとかが路面に貼られていて、電車でも自動車でバスにでも、全部に「戦犯企業シール」が貼れれていて、釜山市に乗り入れる飛行機にも「戦犯企業シール」が貼られていて、家電製品はもちろん全部に「戦犯企業シール」が貼られていて、文房具や食器、衣類にもプラスチックや繊維の原料に関連企業の素材が使われていたら貼られていて、韓国の人って、そういう生活が、楽しくて仕方ないんだろうなぁ。

「戦犯企業の製品」なるステッカーを貼らずにスマホを持ち歩いていたら、それだけで条例違反。ってことは、どれだけ多くの人が釜山市の条例を守るのか、見物できるかも。要するに、韓国での法律とか、条例とか、条約・協定なんてのが、どんなものかは、조국氏(日本語のフォントが出てこない・・・)をみていたらよくわかるのか。

部品なら、気にしなくて構わない?それなら、素材メーカーには条例なんて意味がないし、市民の方々も気にせず「戦犯企業」の製品を間接的に買えるということですね。めでたしめでたし、かな。

좋은 하루 보내세요

ご自由に

面倒臭いと思うことがある。
いや、コンピュータ相手だったら全然面倒ではない、というか、とりあえず「筋が通って」いるから、粘る甲斐があるのだけれども。

> 吹けば飛ぶような会社
意味ですが、一吹き、ふっと吹いてあげると空に舞い上がるように、ちょっとだけ背中を押してあげれば、どんどんと空に舞い上がって急上昇するような、素晴らしい会社の意味です。
本当か、嘘かは、読み手の皆様のご判断にお任せいたします。

つまり
> 吹かなくても飛んでる会社
とは、背中を押されるまでもなく、自力でどんどんと空に舞い上がるような、素晴らしい会社のことです。
しつこいようですが、本当か、嘘かは、読み手の皆様のご判断にお任せいたします。

勝手に勘違いしている人に「いや、こういう意味でしょ?」と力説しても、聞く耳を持ってもらえないと、途中で馬鹿らしくなって「どうぞ、ご自由に」と、諦めてしまう。
それが何度も重なると、もう、その人には会話を切り出せなくなる。
どうでもいいけど。っていうのは、そういう人とは、必要最小限以上の接点は持ちたくないし、持たなくなる。

なんだかなぁ、日本人の知らない歴史を、誰もが「常識」としている地域もあるみたいだし。
それを、A新聞社が受け売りで社説とか書くと、某NYT紙とかがそのまま社説に引用して、20万人の慰安婦の存在がアメリカに報道され、さらにそれを全世界のメディアが引用する。本当ならば、日本大使館なんかには、その都度、根拠を示してクレームをつけてもらいたいんだけれども、日本大使館も、税金を使ってるくせに、もう、面倒臭いらしくて、何も騒がない。この間、かろうじて、オーストリアの新聞の社説に、大使館が「投書欄」経由で抗議したらしい。(確か、オーストリアだったと思う。)何もしないよりは良かったんだろうけれども、今まで「どうぞ、ご自由に」で来た日本政府が、方針転換だろうか。

段落を一つ加筆:(この段落)
婉曲的に書いていると、通じないかも知れないので。
アメリカ在住の日本人。同じコミュニティに韓国人がいて、それなりにお付き合いしていたところが、突然「慰安婦像」が登場した。主張はご存知の通り。日本軍がトラックでやってきて、大勢強制連行したという「後方撹乱の情報操作/流言飛語」そのままの主張で、結果としてコミュニティでも学校でも、日本人の子どもたちが、あるいは日本人が非難されるようになった、というニュースがあった。それに対して、日本政府は何も対応してくれない、というコメントも読んだ。どこまでが事実かはわからないけれども、日本に住んでいる我々自身が不快に感じている以上に、海外のそうしたコミュニティに住んでいる日本人にとっては切実な問題だろうと思う。
日本の在外公館は、議員団の海外視察のアテンドなどには本気で動くものの、こうした「名誉毀損」に対しても、あるいは、バックパッカーの盗難被害などに際しても、殊の外冷淡に扱うと、20年前は聞いていた。今は知らないが、変わっていないのならば、今後はきちんと対応して欲しいと切に願う。
以上、加筆終わり。(話題がつながらなくなっている、とは思うが。)

どれだけ自分が正しいと思っていても、今時はgoogleもあるし、一応は調べてみて、相手の言い分にも耳を傾けることは、大切なことなんじゃないかな、と思う。両方向で。
もう、年寄りはどうしようもないと思うこともあるけれども。

一応、今でもまだ、パートタイムで教員を続けてるんだよなぁ。
若い人たちにも、ネットを効率的に使って、時には「調べる」ということも行なって、一応は日本人どうしとして会話が成り立つようには、なって欲しいな、なんてことを思うことも、時にはある。(そう感じることが、そんなに、いつでも、っていう程ではないけれども。)

反面教師、っていうこともあるのかなぁ。日本で「正しい」とされていることが、本当に相手側から見て正しいのか、反論する時は「相手の根拠」を十分に検証する習慣が大切、っていうことは思う。特に、今の若い世代の方達。もう、世界中の誰と、どんな形で接点を持つかわからない。使える情報ソースは全部使って、少しでも客観性の高い事実と根拠に基づき、どこかに「感情的になって煽っている要素」があるならば、年寄りの主張は割り引いて考えて、自分たちの社会の年寄りよりも、これから付き合う同世代の海外の人との相互理解を、優先して欲しいと願う。

若い人たちならば、なぜやりやすいか。理由は簡単で、「責任世代」じゃないから。年寄り世代には、「感情的な扇動」を行なった人たちが少なくない。それは、右も左も同じ。その「責任」が残っているはずだから、自分の責任を回避しようと思うと、相手の主張が正しいと理解できても、自分の主張を一切曲げようとしない。年寄りにはそういう傾向があると思う。けれども、若い人たちは、「過去についての責任」が一切ない分、柔軟に両方の立場を理解しやすいと思う。

その若い方達に、なんというか、「この程度は知っておいてよ」という表現が通じないと、がっかり来たりする。
年寄りは年寄りで、もうちょっと柔軟ならいいのに、と思うことが多々あるし、若い人たちは若い人たちで、もうちょっと、社会のこと、一般常識(確かに、疑うべき常識も多いけれど)とか、知っておいて欲しい、とか思うこともあるし。

その挙句、人間相手には主張することが面倒臭くなって、「どうぞ、ご自由に」となりがちなのは、やっぱり、ジジイになった証明なのかなぁ。

コンピュータ相手なら、「面倒」なのが仕事だし、気にならないんだけれどなぁ。

いつの間にか・・・

https://www.facebook.com/profile.php?id=100005173809591
https://www.facebook.com/profile.php?id=100005173809591
旧友の久々の投稿。

こういう話題を拾い上げると、「今時の若いもんは」となるんだろうけれども、感覚的にいって5割以上は普通に社会常識を持ってる。安心していられる。
たったの5割、と思うかも知れないけれど、表面的には「社会常識で問題ない」のだけれども、「いざという時に、ちょっと危ないかも」が、やはり全体の4割位はいる気がする。

この「ちょっと危ない」は、例えば、病院実習先で技士さんの指導を受ける際に腕組みをするな、とか、部屋に入ったら帽子を取れ、とか、言って見れば就活の際の「礼儀作法」的なものも含めると、細かいところが徹底しきれていないなぁと、感じることはある。
専門学校では、やはり死活問題だからということがあるんだろうか、学生がきっちり指導をされている感じが伝わってきて、実は時々感動している。大学では、ここまで手が回らなくて、実はこの投稿の山口さんと同じ感じの逸話は、ボロボロと・・・

残りの1割は、やはりすごい。

ラジオのネタだったか、誰かから聞いた結構古い話だったか忘れたけれども、新卒の営業君を連れて、取引先に挨拶回り。社長さんに挨拶して紹介し、新人君に挨拶を促したら、「社長さんすか?ご苦労さんっす。」
相手の社長さんが出来た方なら問題ないにしても、これ、中小零細の社長vs中堅企業以上の営業職、なんていう構図だとすると、結構、根に持つ方もいらっしゃるかも。僕なんかも、こういう言われ方をしたら、やっぱり、「ん?」ってなる気はする。引きずりませんけどね。吹かれなくても飛んでる会社だから。
この類の話は、もう話のネタに困らないくらいラジオでも流れてるかも。

人間として平等、っていうのとは、話が別。人としては対等で、僕ら、学生どころか幼稚園児が相手だとしても、一応は人としての敬意を持って接する。だけど、この話はそれとは別で、目上の人に関しては、相手の積み上げた人生経験とか責任に対して、人として以上に、一定の敬意を持って接することを、自然にどこかで学んだ気がする。
韓国ほどではないにしても、日本でも目上の人への敬意とかは、昔はキッチリしていた気がする。
いつの間にか、日本がすごいことになっちゃったのかも。

誰に、教える責任があったんだろうか。まさか、大学?
できれば、親、とか、高校くらいまでに、とか。高校生のバイトでは、バイトを雇った方々が同じ苦労をされているのか。だとしたら、せめて中学校までに、とか、小学校で、とかなりそうな気もする。
けれど、小中学校の先生方、そこまで手が回るか、ってこともあるんだろう。
じゃぁ、家庭で、って、下手すると親の世代がこうした「社会常識」を持っていなかったりもする訳で・・・このままいったら、どうなっちゃうの、っていう感じはする。

細かいことを言い始めたら、キリがない。一言で言って、周囲の人の立場や気持ちを考えて、言葉を使ったり、行動したりしようね、と、ただそれだけだろうか。そこから先は、周囲に「きちんと出来ている人」はいくらだっているだろうから、見て真似をするなり、自分で学んで工夫するなり。
結局、本人にそこのところがわかっていなければ、どうしようもない気がする。「各論」に入ると際限がないから、小学校なんかでも、ここ「周囲の人の立場や気持ちを考えて、言葉を使ったり、行動したりしようね」と、そこだけしっかりと、子供に伝え続けて欲しい気がする。そこから先は、本人の問題。親や大人が「気に病む」必要はないんでしょうね。本人が切り捨てられるだけ。

そこだけ、出来ていたなら十分かも。普通の頭ならば、兵器で家族を殺された人がどう思うか、それを知った上で兵器の製造で生計を成り立たせるなど、出来るはずがない。それでも続けるようなのは、人間扱いする必要がないとも思う。