減災井戸

防災ではなく、減災だと思うけれど、もっとあちこちに手漕ぎの井戸があってもいいんじゃないかと思った。

僕の家の庭には、井戸が掘ってある。ただ、電気のポンプが、今は(千葉に住んでいた長期間の留守の間に)壊れてしまっていて、使えないけれども、水道が止まっても電気があれば水には困らないはずだった。加えて、手漕ぎのポンプを設置すれば、電気、水道が止まっても困らないよな、とは思っていた。
無論、いざという時はご近所にも使ってもらうつもりでもいたけど。(こういう話は、修理してから書け、とも思うが。)

https://product.rakuten.co.jp/product/-/f02165f4ecd80202b1a49b2ae1c1979d/?scid=s_kwa_pla_flo
手漕ぎの井戸ポンプ

こういうのが、地域に何箇所もあっても良かったんじゃなかろうか。

ニューギニアでは、戦時中日本兵が、至る所で井戸を掘ったみたいだ。結構あちこちで、逃げた先の村で井戸を掘ったり、地下壕を掘ったりした話は聞いている。「日本人は、あちこちで穴を掘りまくった」らしい。井戸は、天然の濾過器を通しているから、川の水よりも安全、という認識だとも思う。
井戸水どころか水道水ですら、そのままでは危険だから飲めない、という人には、買って来た水が底をついたら、何も飲んでもらわなくて結構だけど。土のついた野菜は、食べ物じゃないみたいだし。話が逸れた。
だけど、千葉の場合にはわからないけれども、小川町あたりだと、数km歩けば、上流にほとんど民家がない「源流」に近づけるから、川の水でもそういう水なら煮沸すれば100%安全だと僕は思っている。ニューギニアでは、僕自身が天水(テンスイ;雨水)と川の水を煮沸して、口にしていた。おっと、ここは日本だっけ。だけど、日本にいて水に困るなんて・・・。よほど、心がけが悪いんじゃないかなぁ。

加えて、乾物。お米だって、乾物。保存に電気は要らない。野菜は、ぬか漬けがあれば理想なんだろうけれども、電気が止まっても、数週間は持ちたえる程度の食材は、簡単に、かつ、普通にスーパーで買って備えることができて、日常の料理にも使える。乾燥食材の活用。魚や肉の缶詰が、一日一人一缶程度の相当量があれば、流通が止まっても、しばらくの間は生活に困らない。人間の体は、いざとなったら多少の野菜不足には持ちこたえる、と思う。

電気が止まった直後の冷蔵庫の食材の「延命策」。
カセットコンロなんかで、思いっきり塩分を加えて、煮込んでしまう。水分を少なめにして加熱時間を短くし(カセットコンロのガスの節約)、思いっきり塩辛い「佃煮」とは違うけれども、「そのままでは食えない程、塩っぱい」ものに変身させる。そうすると、赤道直下だって、しばらくは腐らない。
どの家にもエアコンがついてる日本の都会の方では、夏の外気の温度は、ジャングルのある熱帯よりも5度以上は高いと思うから、赤道直下よりも、東京なんかの方が環境は過酷だもと思うが。
ジャッグル、森のある熱帯では、日陰に入ると30度を超えることが稀だったけれど、こちらでは当たり前に35度超え。という話は別にして。

そうやって、塩漬けにしてしまい、ご飯を炊いたりするときに、少しずつ加えて、塩分量がちょうどよくなるようにして食べる。こうすれば、長期間停電しても、気にならないし、冷蔵庫の中の食材を捨てずに済むと思う。

僕のは、生活の知恵。もし、料理の専門家なんかが同じ視点で、この方法を助言するならば、いざ、数日の停電に襲われても、冷蔵庫の中の食材を無駄にせず、あるもので美味しく快適に生活するための工夫は、結構あると思う。

ただ僕も例外的な人間なのかなぁ。まず、たぶん、発汗の量がハンパない。夏場は人間ナメクジだもの。外にいると、普通に頭のてっぺんから、足の指の先まで汗で濡れてる。エアコンを止めても大丈夫だけれども、そうすると、半日で汗を拭いたタオルが絞れるほどになる。子供の頃から、ほぼ成人する頃まで、エアコンには縁がなかったですからね。夏は汗をかくのが当たり前、というのが僕の体。皆さんたぶん、こんなには汗をかかない。(僕なんか、外にいると「一番近寄って欲しくないオヤジ」だから、あまり自慢にはならないけど。)

昔と今とでは、夏の温度が違う。だから、同じことを今の子供にさせるのは難しいにしても、1日30分でも1時間でもいいから、炎天下で遊ばせるような「外的刺激」を加えてあげたなら、体を「猛暑仕様」に作り変えられると思う。特に、子供の頃が大切だという気がする。今の30代より下の人たち、大人になってからだと、いくら刺激を加えても、もうそう簡単には汗腺は増えない。結局、エアコンのない場所では生きられない人も少なくないみたいだから、せめて、子供には「猛暑適応可能な体」を持たせてあげることも、大切だという気がする。

手漕ぎポンプで井戸水をバケツに汲んで、それを風呂に運んで満たすのは、子供の仕事だった。風呂場は家の外、井戸から5mくらいしか離れていない場所にあって、家の中からも、外からも風呂場に入れる作りだったと思う。
薪を割って、薪をくべて風呂に入る。火のつき方が悪いと、浴室内は煙なのか、湯気なのかわからないほど、白いモヤでいっぱいになった。小学校低学年の頃の記憶である。

我が家も、水だけは困らないはずだったんだけども、電気のポンプは、手漕ぎポンプよりも壊れやすいのかもしれない。

脆くなったね。人間も、モノも。こういうのが、技術の進歩、なんだろうな。

コメントを残す