あれこれ

久々の、4コマ連チャン。6時間ぶっ通し。話し通し。龍角散のど飴のお陰で、声は全く枯れなかった。今日も元気で、タバコがうまい。喉も痛くない。後半、まずまずの出だし。龍角散に感謝。(そっちか?)

でも、老けたなぁ、と自分でも思った。前期、2コマ連続の3時間過ぎ辺りから、なんだか、低血糖みたいな感じで、頭が働かなくなってくるので、コマとコマの間の休憩時間に、あれ「Soy Joy」とか「一本満足」とか「Kit Kat」とか、あんな感じの手軽に200kCalくらい取れる奴を食べるようにしたら、大丈夫にはなった。
けれども、食べなきゃ持たないんだもん。スタミナなくなったなぁとは思う。ラクダ並みのコブが、体の前面にあるのに。

一週間、ひたすらコーディング。そして金曜日は授業。今日は暴走するかも。

訳の分からないことが、多すぎる。言いたいことが山ほど。
訳がわからん、と思っても、だいたいプログラミングの上の問題は、調べていけば解決するけれども・・・

香港オフィス街、会社員らが「覆面禁止」に抗議デモ
https://www.afpbb.com/articles/-/3247955

中国本土の「顔認証」はすごいらしい。どこからどこまでが真実かは、確認しようがないけれども、街中あちこちに「監視カメラ」があって、それらがサーバに直結していて、「指名手配犯」がどこかの駅を歩いていたら、すぐに連絡が行って逮捕されたとか、そんなニュースをどこかで聞いたあやふやな記憶がある。
その「指名手配」が、窃盗とか殺人だったらまだわからんでもないけど、「政治犯」だって含まれるみたい。
だから、香港のデモで顔を隠したって、それは「正当防衛だよなぁ」なんていう気もする。

そもそもが、中国共産党の批判をしたら、それだけで「犯罪扱い」されるんでしょ?よくわからんけど。そもそも、そこがおかしいと思う。

批判や非難を受け入れない「体質」というのは、絶対的な腐敗につながる。それは、個人でも組織でも同じだと思う。よくいるよなぁ、ちょっと「そこ、違ってるんじゃない」とか指摘すると、まるで全人格を否定されたかのように怒ったり、あるいは、その後、裏には回って嫌がらせをしたりする人。僕の場合、世間ってのはそういうものなんだと気づくのが遅すぎた。相手に合わせた指摘の仕方が問題。個人だったら、そういう対応も可能かもしれない。でも、言わせてもらおう。器が小さいんだね。

だけれども、組織なんかでも、一切下からの意見を受け付けないところがある。
勤めた職場がそうだったらもう、「チャイコフスキーの弦楽セレナード ハ長調 第1楽章」が流れる、と。(曲名が出てこなくて、ググっちゃった。)
だけど、自分の生まれた国、となったら、そういう訳にもいかないだろうし。

粉飾決算で潰れた会社は経験している。僕は潰れる前に、パプアニューギニアに逃げた。じゃぁ、粉飾決算している国家は?顕在化が遅れる、というよりも、例の貿易戦争のせいに、問題のすり替えが起きるかも知れない。その「問題のすり替え」をそのまま信じる国民が多ければ、香港のデモも「原因」にされてしまうかも知れない。大変な騒ぎだと思う。

顔と実名を晒して、堂々と意見を述べる。それは大切だと思うけれども、後々のしっぺ返しが面倒だ。特に、国家規模で「政治犯」に仕立て上げられたら、もう、なぁ。「国家こそ絶対」だとか信じ切って、好き勝手やる人たち、絶対にいるもの。

これは、香港の民主化運動を国際社会がバックアップするしか、ないんだろうな。グレタ・トゥーンベリさんに世界中の若者が連携したように、香港の若手のリーダーがもし、中国当局に拘束されたりしたなら、中国製品の不買運動を展開する。そういうバックアップは可能かも知れない。(中国製品を避ける、ってのは、全世界規模で結構大変かも知れない。アメリカなんか、どうなることやら。)世界中の若い経済学専攻の人たち、今から知恵を絞るべきだね。「中国の民主化」は、世界の若者が動かす。なんて、どうかしら。いや、「歴史を動かす」んだよ!?

ちょっと前に、こんなことを書いた。

缶詰の蓋の裏を舐めている時、ぼーっとしていて、危うく舌を縁で切りそうになった。
反省しました。考えとか行動とかを改めねば。
教訓:缶詰の蓋の裏を舐める時に、考え事をしていてはいけない。

覆面を禁止するってか。覆面しなけりゃ政府非難を言えないような、そういう政治体質を改めるべきだね。そっちを改めるんが、先だろう?
だけど、本土絡みは手こずるだろうな。逮捕者が本土に連行されたら、すぐに世界中で反応できるように、僕はもう何もしないけど(ズルくてごめんなさい、)シミュレーションをしておいたらどうかな。(いや、マジな話、年金受取額がヤバイから、必死で仕事しないと、あんまりいい見通しが立たない。疲れたらもう、終わりでいいんだけど。そんな訳で、若い皆様、頑張ってください。)

きっと、中国本土でも、「こうなって良かった」と、共感する若者が何人も出てくると思う。自国の政府非難をできないなんて、おかしいと思ってる人の人数、少なくないもの。だから、そこから、じわりじわり、じゃないかなぁ。中国政府が香港政府を動かした時が、その時かも知れない。

https://news.livedoor.com/article/detail/17183125/
ガンジー生誕150年記念日に遺灰盗まれる 肖像に「裏切り者」の落書きも

ガンジーさん、ご本人は何も気にされてないような気がする。問題は、ガンジーさんを尊敬している、今生きている人の側だろうか。
ヒンドゥー教の方々、ご自身の主張を「全世界」に通せると思うんだろうか。牛肉にかかる税率で揉めてる国と国だってある。牛が、食用に飼育されている国は少なくない。そういった国々と、インドは今後どうつきあうつもりなんだろうか。

別に、ヒンドゥー教にもイスラム教にも、何も物申すつもりはない。ただ、自分はこう思うという意見を述べるならば、人と動物の間で、「命」の尊さについての差はない。それは、牛や豚だけじゃなく、犬でも、木登りカンガルーでも、ゴキブリでも、カマキリでも、ミジンコでも、ミドリムシでも、すべて同じだと思う。
パプアニューギニアのセピックの一部の言語属では、「食用の犬」と「ペットの犬」を異なる単語で認識していた。同じ犬なのに、扱いが違う。同じくパプアニューギニアのマーケットでは、日本では動物園で「珍しい動物」として珍重されていたクスクス(木登りカンガルー)が、食用として45キナ(当時で5000円)くらいで売られていた。それって、「悪い」ことなの?何か、どこか、おかしいの?

どんな生き物の「命」にも、同じ尊さがある。その尊さを、僕らは「分けていただく」という感覚で殺して食用にするべきなんだろうと思う。イスラム法の「ハラル」の基本的な考え方は、そこにあると僕は理解している。それが、形骸化してしまったなら、「儀式さえしていれば、いくら何を食べてもいい」という捉え方をする方もいらっしゃるかも知れない。だけど、僕は「そうじゃないでしょ」と思う。人が、その人の置かれた環境で、自分たちの命を生き永らえるために、何かを殺して(仮にそれが、弱った仲間の遭難者であっても)、食用にする。それは、多くの動物たちが行なっているように、神によって認められた行為だと僕は理解している。ただし、人類にだけは、人類だけが神に近い存在だから、創造主への感謝と敬意を持った上で、「必要最小限」の殺生を行なって、その生き物の命、肉なり、脂肪なり、希少な栄養素なり、そうした人類にとっての「恵み」をいただく、そういう考え方をするべなんじゃないかな、と、私は理解している。
それは、ミドリムシだって同じだと、僕は理解している。今、多くの方が陥っている誤りは、宗教によって殺して食してもいい動植物を「決めて」しまい、あるいは「宗教」なんて関係ないなら全ての生き物を勝手に殺していいと考えて、それらはいくらだって、ビジネス化して殺して流通させても構わないと、そういう考え方になっている部分だと、僕は理解する。
そのビジネスも、人として生き続けるために必要な範囲を超えて、もっと潤い、もっと贅沢な生活をするため、ということになってしまったなら、殺す相手がミドリムシだったとしたって、それは許される行為ではない、と私は考える。(たぶん、説明しきれてない。あとから「先生、わかりません」なんて学生に言われそうな表現。だけど、今日はこれ以上は無理。)

たった、それだけのことを伝えずに、形式的に、牛だとか豚だとか、殺していい動物の種類を巡って、宗教どうしで争う。神の思いなんて、どこにあるんだろうかと、私は感じる。どちらの宗教も、ただビジネスとしての拡大を図って、あろうことか、殺人まで犯す。無論、どこぞの宗教団体のテロも同じだと私は思う。いい加減に、そういう宗教ビジネスはやめろと、私は思う。どこの宗教指導者も、アメリカのトランプ大統領と大差がない。(あ、「トランプさんは偉大だ」という意味です。全ての宗教指導者を、褒め称えている表現です。誤解のなきよう。)

こんなことを書いている私を殺したい?どうぞご自由に。もう、言いたいことはその都度書き尽くしているから、何も思い残すことはない。年金をあてにせずに生き続けるために、仕事するのが、しんどいと思うこともあるから、いつだって構わない。改めて、どうぞ、ご自由に。生きていたら、今以上に言葉を選ばずに、書き続けると思うから、今のうちに黙らせた方がいいんじゃない?
話が逸れた。

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO50560820T01C19A0PP8000/
北朝鮮ミサイルは新型SLBM 河野防衛相が断定

https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/57807
中国建国70周年軍事パレードが示す本音と虚構

まぁ、よくやるわなぁ、と思う。
で、いつ、どうやって使うの、なんてことを思う。

実際に使うあてのないものに金をかける余裕がある、ってことを誇示しているのか?
国内に、貧乏人は一人もいない、ってことを誇示している訳?金の使い道を間違っていないとでも言いたい?どちらの国も、貧乏人が一人もいないと、信じている人が世界中にどれだけいるか、アンケートを取らなきゃ、指導者には理解できない?あ、そうかもなぁ。

実際、ああいうミサイルとかを使ったらどうなんだろうなぁ。それは核ミサイルも同じ。ってことは、トランプも、プーチンも同程度ってことなんだろう。だって、使うあてがあると思うから、備蓄してるんでしょ?「もしも」ね?
若い人たち、自分たちには何もできないと思ってる?「不買運動を徹底する」ってのは、できると思う。それは、それこそ部品レベルでも一切買わない、という意味で、「相手が自分たちを理解できないなら、徹底的に排除する」という応対は可能なような気がする。あんまり書きたくないけど、身近な「いじめ」なんかで、よくやってるじゃない。(あ、これは日本だけか?)
自分たちの視野を広げて、「自分の主張が正しいか」を自問自答しつつ、誰から何を指摘されても、それを受け入れた上で「自分は間違っていない」と信じるなら、突き進めばいいだけだと、僕は思う。その結果が、正しいか、誤っているか、きっと周囲のリアクションがある。「お前は間違っている」と指摘されたなら、決して中国共産党のようになることなく、自分の誤りを改めるべきなんだろうと思う。正しいと応援されたならば、例えば僕が、「君のやってることは、間違っていない」と感じたなら、僕は個人的に、全面的に言葉で応援するし、いけるところまでいけ、と思う。(でも、金がないから、できることは限られてるけど。)

問題は、ね。トランプさんにしても、習さんにしても、プーチンさんにしても、あの辺の方々に、若い人の声を尊重する意識があるかどうか、っていうあたりだろうな。いいじゃない、無視できるならしてみろと、いけるところまでいくのも、若い人たちの特権だと、僕は思う。
僕もね、もう、間違ってるか正しいか、あまり気にしないことにした。

この話題の展開、軍事パレードに対するリアクションとして、間違っていますか?間違っていると思う人、右手上げて。そして、左手あげて。次に左足あげて。右手降ろさないで、左手下げて。右手下げて。左足降ろさないで、右足上げて。
あとは、ご自由に。(決して、「右」がアメリカとは、僕は言いません。)

https://www.jiji.com/jc/article?k=2019093000824&g=int
旭日旗禁止求める決議採択=東京五輪で韓国国会

不思議だ。なんだこれ?

そもそも、韓国が旭日旗を忌避しだした発端は、どこかのサッカー選手が何かを言った、ってそこだけの問題で、それ以前は、何一つこうした話題も、記録がないんじゃなかったっけか?
あのサッカー選手以前に、旭日旗を問題視した「記録」が、韓国にあるのかどうなのか。少なくとも、日本にはそれ以前に旭日旗を「問題視」された記録がないみたいだ、と、僕は理解しているけれど。
「国際社会を説得」できる根拠を、持っていると、信じているんだろうか。あ、そうか。韓国国内では、自国独自の「歴史教育」をしているから、韓国人にとっての「歴史的事実」なんて、いくらでも、どうにもなるんだ。問題はそのあと。「国際社会」が韓国の主張する「歴史」を信じるかどうか、ですね。そこは、日本も頑張らなきゃならない。ある意味で、「韓国の主張する歴史」を国際社会に問う、とてもいい「試金石」になるみたい。

なんなんだろ。この盛り上がり。国会で、ほぼ全員賛成で可決?「記憶力」なんてものを、持ってるのかなぁ。記憶力のない人たちが、歴史を語る危険。
日本が、「韓国は、反日教育をやめるべきだ」と国会決議して、韓国にとって何か意味があるの?内政干渉、って言うだろうな。言わない?それなら、日本もやってみたらいいかも知れない。

疲れた。なんなんだろ、このページ。

きゃりーちゃんの、なんだコレクションを聴きたくなった。
持ってねぇけど、ダウンロードすっか?