災害復興

僕が学校を辞めて、自営業に戻った年だったか。なんとか仕事を見つけて、と思っていた時に、聞いた話があった。東日本大震災の震災復興予算の「消化」の話題。

なんだか、「こうした案件」として応募すれば認められるはずだから、という感じでお話を聞かせていただいて、細かいところを覚えていないんだけれども、「復興予算の適用対象企業」とか、「適用可能な事業」の一覧というのが出来ていたらしい。(細かいところは、確認もせずに、よく理解せずに書いている。)僕の専門は、コンピュータのプログラムだから(医療機器が専門だと名乗ることもあるけど、)津波で水没した会社の情報システム、という名目ならば、可能性はあったのだけれども、何かおかしな「拡大解釈」があって、「これで申し込んでも通るはず」なんていう文脈で、お話が伝わってきていた。

伝聞の伝聞。こういう「案件」に応募できる会社を探しているんだけれど、という感じのお話、だったのだけれども、どう考えても、「震災復興」に直接的には役に立たないでしょう?と思えるシステムの話題だった。なんか、1% でもかすっていたらOKだったみたいで。
必死で思い出そうとしたら、結構思い出せる気もするけれども、それを思い出して書いてしまうと、誰だったか今は思い出せない、真面目に仕事をしている友人に迷惑がかかる危険もあるので、これ以上は深追いしない。

思うに、「震災復興予算」というのが成立して、その「予算消化」が必須になってくると、ここから先は、よく分からずに勝手に想像して書いているけれど、その「予算消化」を押しつけられたお役所の部署では、ノルマみたいなものがあって、あと何千万円を助成金としてどこかに申請させなければならないとか、本来ならば、行政の担当者が実際の「必要性」があるかないかを判定しながら分配するべきなんだろうに、一旦「基準」とか「ルール」が成立すると、その成立したルールの解釈で、OKと判定可能なものは、片っ端から「ノルマ消化」で割り振っていたんじゃないか、と感じられた。

実際のところ、どうだったのかは調べていない。東日本の震災復興予算で支出されたものに、何があったのか、おそらく情報公開されているだろうから(どうかなぁ、)調べてみたらすぐにわかるに違いないが・・・責任も持たずに、煽るだけ煽って、ごめんなさい。

なぜ、こんな話題を書いたか。今日のニュースで、安倍総理が、「生活復興や生業復興までをパッケージで」という感じで、「予備費からこんな感じの金額を支出する」、なんていう話になっていたから。

これ、予算執行を決めるプロセスで、地元の自治会とか、商工会とか、現場の声を反映させる仕組みは作れないもんなんだろうか。無論「被災状況」とか「判断の根拠」とか、可能な限り情報公開して行うべきでしょう。そこに、市民オンブズマンとかの意見を反映させてもいい。

実は、昨日地元の中学校の同窓会に顔を出した。同じ日に、自治会の会合もあり、自治会関係者と同窓会の同級生がオーバラップして、誰それ君は、どこそこのあの店の息子で、親戚がうちの自治会の、なんていう話題がザクザク。自治会の方の二次会で、「ここに住んでたら、絶対に悪いことは出来ないよ。どこ行ったって、知り合いが繋がってるから。悪いことをするんだったら、他所の土地に行かないと。」なんて言われた。いや、別に、悪いことをしなきゃならない義理はないから。

昨日はなぁ、同窓会が始まって、一次会、その後、自治会の役員会(ここは、アルコールは残っていたけど一応は真面目な場、)その後、役員会の二次会、その後で、同窓会の三次会に合流。さすがに四次会には付き合えなかったけれども(体力の限界・・・)9時間以上飲み続けていたけど、小学校からの、それどころか、幼稚園からの知り合いが多数。10年以上、子供時代を一緒にした仲間が230人以上いて、そのうち101人が出席、っていう大騒ぎの同窓会。ざっくりと、親兄弟関係を含めたら、全人口の2〜3%と密な接点がある。実感した。僕の地元は、ド田舎だ。
僕を含めて、一旦は外に出たけど出戻った人たちも多数。なんだか、町全体が自分の「家」みたいな感じがあって、(こういう状況があるから、外から移住した人には溶け込みにくい感じがあるのかもしれないけれど、別に閉鎖的な訳ではなくて、単に昔からの知り合いっていうだけなんだが、)実際に、みどりが丘とか東小川なんかに移住して来た方とかとも、普通に仲間としてお付き合いさせていただいている場面もあって、こんなに自分のことを知っている友人が大勢いたんだということを、思い知らされた1日でもあったかも知れない。

こういう土地で、いざ災害で生活再建、事業再建となったら、僕らはたぶん(ごめんなさい、僕は今は、仕事が火の車で、あまり手伝えないけれども、)誰が優先とか、なんとなく「被災のひどさ」とか理解した上で、復興予算の交付申請なんかに適切な助言ができる立場にいる、そんな気がする。
その文脈で、「自治会」とか、「商工会」という単語を持ち出した。

ところが、もしこれが、トップダウンの役所指導で、「お前の町はいくら」なんていう感じで割り振られて、そこに「担当の役人」がいて、全てトップダウンで決められたら、冒頭に書いたような、およそ復興に無関係な「補助金申請」みたいな話が、どさくさ紛れにまかり通ってしまう、そんなことがあるんじゃないかと思えた。

というよりも、これまでの政府の「なんちゃらに、集中的に予算を投下して」なんていう話題は、だいたい、どこかに仕切っている「基幹企業」が何社かあって、名目だけ「なんちゃら」なのが、後はほとんど無関係なプロジェクトにもお金が回ってくる、なんていう「無駄」という見方もできるし、その「余裕」のお陰で世界に乗り出した会社も多くあったんかも知れないし、是々非々なんだろうけれども、政府が情報公開に乗り気でない、細かい予算執行をあまり情報公開していない理由は、この辺にあるんじゃないかと、僕は邪推している。

これも、ずいぶん昔から書いている。「予算」なんて、余らせたっていいじゃない。「予算執行のノルマ」なんていう感覚があったとしたなら、それこそが累積赤字の元凶だと思う。自治会会計をやっていて思う。工夫とかしたら、減らせる予算というのは確かにある。無理して使い切る必要なんて、全くない。それが、国家予算になると、使い切ることが義務みたいになるのは、絶対におかしい。
過去について、誰かを責めても仕方ない。今後金の無駄遣いをしないように、とにかく、徹底した情報公開と、例えば、市民オンブズマンみたいな形で、「一般の、ごく普通の方々が、政治に、というよりも、税金の使い道に、直接声を出だして、意見を出せる」そういう環境が、今の日本には、とにかく必要じゃないかと思う。

「若い連中が寝ちまってくれたらいいんだが」なんていう発言をした、今オリンピック担当をやってる森元総理なんかに言わせたら、「情報公開なんかされたら、自民党が潰れる。やめさせろ」ってな感じかなぁ。
逆に、その反動が出た、鳩山民主党も、ひどかった。
「一番じゃなきゃダメなんですか?二番じゃダメなんですか?」は、蓮舫さんだっけか?科学技術は、二番じゃダメな場合もある。そもそも、二番目だと特許が取れないし。でも、今の安倍政権はあの時の民主党に輪をかけて、基礎科学分野の予算を根こそぎ切ってる、なんていう話もあって、特に、科学技術の場合、「今すぐに役立つ」もんじゃないから、市民オンブズマンから突っ込ませたって、正解は出ない気がする。科学の基礎研究なんて、バクチだもんなぁ。

例えば、重力波の検出方法に関する去年のノーベル賞。あんなもん、成果を活用して実用化するのなんて200年先か、500年先かって話だという気がする。
それ以前に、制御し切るための絶対的要件に、人類の視線が向いていない。非科学的だと思われているから、書きたくない。何回か、具体的に書いちゃった記憶があるけれど。あれ?書かなかったっけか?民間人が月旅行に出かけたら、2割とか3割とかが原因不明で亡くなる、っていう話。書いていなかったなら、セーフかな?要するに、今の自然科学は万能じゃない、って言いたかった。
基礎科学の研究予算は、市民オンブズマンじゃ、難しいかもなぁ・・

でも、「復興予算の配分」なんていうのは、相当に、現場のニーズからの振り分け基準は正しい気がする。だって、「誰が見たって、こっちが先でしょ」というのがあるから。
「老い先短いジジイババアの一人暮らしは後回しにして、子供がいるこっちを先」なんていうのが、正しいかどうか、その辺は、自治体というよりも、自治会の判断で、禍根を残さないように決めてもらう、っていう選択肢もあるし、あるいは逆に、自治体の中で揉め事になるのはイヤだから、誰かに責任を押し付けて「優先順位」を決めてもらう、っていうのもあるだろうけれども、どちらにしたって、「全く関係のない第三者が、災害復興の名目で、予算をかっさらう」事態は防げるような気がする。

「老い先短いジジイババア」と書いたけれども、もう、他人事じゃないですからね。ただ、僕はもう、一番最後でいい。(本音は、これ以上生きていると、何を口走って、どこまで落ちるかわからないから・・・。さっさと引き上げて、次の準備に移りたい。)

「声を出すもの」を叩き潰そうとするのは、およそ「政治」の共通項なのかなぁ。なんでもかんでも、”Fake News”だと決めつける人もいれば、抗議デモを禁止している国もある。大統領批判を書いたメディア関係者が謎の死を遂げる国もあれば、ちょっとでも政府非難をした人間がいたら、そこを街ごと「武力制圧」して、街ごと根絶やしにしたがる大統領もいる。
こういうのは、可能な限り、客観的な事実を当事者が外部に曝け出して、あとは外から「声を出す」ことで現場を支援するなんてことも、できるだろうし。「内政干渉」するな、なんて騒ぐ国もあるけれど、内政干渉は出来ないにしても、不買運動はできる。

世界はどうなったら、住みやすくなるんでしょうね。僕は、行けるところまで行く、っていうか、書ける限り駄文を量産する。後は、若い人たちが、まずしっかりと勉強して「客観的な知識」をしっかりと身につけて(政府の発行する教科書を鵜呑みにしたら、外の世界からろくな見方をされないから、それは心した方がいいと思うけど、)その上で、誰もが気軽に、どんどんと自分の意見を発信したらいいんじゃないか、それしかないんじゃないかと、僕は最近思う。

って、これで終わりにしようと思っていて、書こうと思っていた話題が、一つすっかり抜けていたのを思い出した。ついでに書いちゃおう。

信玄堤、についての、配信ニュースの記事があった。水害に対するために「堤防」が有益なのは、間違いないとは思う。ただ、その作り方が問題なのか。
全ての水を、生活圏、経済圏からブロックする。その発想の限界から、信玄堤は築かれたらしい。つまり、堤防に切れ目があって、水を逃して、あえて水没を容認する領域を逃した。それが、あの知恵の真髄らしい。堤防を構築する際に、木の根とか「骨格」となるものを組み合わせた知恵は、知っていたけれど、「遊水池」の発想が信玄堤だとは、そのニュースまで僕は知らなかった。
埼玉、東京の「地下神殿」は、その発想の関連だったらしい。

地方では「地下神殿」の建造は難しいかも知れない。けれど、「遊水池の確保」は、案外、地方でもやりやすいのかも知れない。(地権者が「絶対反対」とか言って、大騒ぎする光景が、目に浮かぶ気もするが・・・)

20年か、30年前、「吉野川の堤防/水門」が話題になったことがあった。何メートルか嵩上げするために、予算がいくらいくら、何倍にも増える、という話題だったと思う。
あれは、その後どうなったんだか。
直感的に、だけれど、今後200年、意味があるものにするならば、80m〜85m位は必要な気がする。加えて、僕の直感は単に高さの話だけで、耐圧が何トンとかは、イメージできない。水門とか、堤防をその高さにするコストと、いざと言うときに捨てる覚悟をする避難訓練と、コスト的にどうなのなんてのは、横から口を出す話題じゃない。

日本の家屋は、「地震に対して、徹底的に耐える」のではなく、力を分散してとにかく壊れない、という構造らしいが、私が思うに、都市計画は、今現在想定される「最大限の被害」の、さらに2倍くらいのマージンを見て、現時点で想定される「最大限の被害」が、10段階評価のレベル6位、「過去経験した最大の被害」が、10段階評価のレベル4程度になるくらいの「最悪」を想定し、もう、「資産の犠牲」は織り込んで、「このレベルの時は、この地域は全員退避」というのを想定すべき、そこまで来ているような気がする。江戸川区だったかは、それをやったらしい。

人間の場合、「受けているストレス」を100%ブロックできるような「堤防」を築こうとして、そういうことが、実社会で生活していく上で可能なのか。普通、ベントというか、圧力抜き弁というか、(なんて言いましたっけか?ガス抜き?)メンタル的なそういうのがあると、かなりのストレスでも耐えられる、そんな話題があるような気がする。
ところが、「河川堤防」の場合には、100%ブロックする、という発想で設計されているらしい。今回の台風に関して言えば、どうなんだろうなぁ。今よりも、全ての河川の堤防を5mとか10mとか嵩上げしないと、全部、防ぎ切れないんじゃないか?これが、前述した「10段階評価の6」程度の被害想定になり、実際には、シミュレーションの想定を8あたりまで引き上げないと、「将来子孫の、人命は守れない」気がする。そんな金が、どこにある?

「遊水池」という発想をせずに、「高機能堤防」に拘ったのには、理由があるに違いない。堤防の工事に金がかかるような「学会からの助言」があったなら、大義名分を持って、税金を「堤防建設」に投入できる。その堤防は、金がかかるものであればあるほど、潤う業界がある。

それよりも、どこかの「地域」を、あえて、いざという時には犠牲になる場所として覚悟して決めておいて、「遊水池」として、住民が住めない場所に指定(段階的に)しておく方が、遥かに、低コストで実現容易な治水対策ではないか、という気がした。
今回の台風では、「彩湖」が役に立ったんだって?ていうか、最初からそのつもりで設計された「湖」だった?賢い!と思う。逆に、高坂の「ピオニウォーク」は、1階が水没したと聞いた。
僕は、バーベキューに付き合ってくれそうな身近な人がいないから、行ったことはないけれど、あの辺は「親水公園」的に、結構整備されていた気がする。裏を返せば、浸水危険地域だったらしい。

田園調布は、高級住宅街だと、僕だって知ってる。ただ、あの辺の「地名変更前」の地名には、「沼」という字があったらしい。「沼」だと住宅が売れないから、「田園調布」に名前を変えた。今回は、浸水被害にあったらしいけれども、序の口なんだろうなぁ。イメージが悪い「地名」を、かっこいい地名にする、っていう発想は、危険だという実例じゃないかな?

高い金を出して「地下神殿」を作らなくても、徹底的にシミュレーションを繰り返して、どこに「遊水池」を設けるか、という判断で、トータル的なリスクを低減する方策は、あるような気がする。

10のうち10を、完璧に守りきる、という発想だと、防災は難しい気がする。犠牲にできる1を想定できただけで、リスク対策は、格段にしやすくなる。
じゃぁ、人命はどうなの、っていうツッコミが絶対にあるだろうなと思うけれども、飢饉を何度も経験して来た日本の文化では、いざという時に「守るべき命」としての優先度は「10のうちの1」が、最下位だったと思う。もう、僕らのことです。それを言うなら、麻生元総理も、森元総理も、みんなそうだね。

何を書きたいんだか、訳がわからなくなった。嘘だァ、もう6千字?ラグビーが南アメリカに負けてっから、書き始めたんだけど。こんなに書いちゃった?駄文を!
なんだかもう、昨日今日と、行事の数が半端なかったから、脳味噌がアルコール漬けになってる気がする。ダンボールとかのゴミは、片付けてから書き始めた。自治会の会計絡みのパソコン入力は、済んでる。ただ、仕事がなぁ・・・訳がわからなくなった。しばらくは、仕事オンリーで黙々と。

以上