身の丈

「身の丈にあった受験を」なんて言う発言だったか、聞き流していたので覚えてないけれど、それで大学入試の英語の制度変更が先送りになったらしい。
制度についての是非は、よくわからないから言及しないけれども、金銭面に関して「身の丈にあった」受験をするように、と言う発言は、むしろ「常識的」かも知れない気がした。ただ、制度設計する側が、想定すること自体に問題があったのだろうか。「身の丈に合わない挑戦ができる」ように、制度を設計するべき側がこうした発言をしたから問題なんだろうけれども。その文脈では、麻生大臣の方が遥かに問題発言は多い気がする。何を言っても無駄だと、突っ込まなくなっただけのような気もする。

採点する学校側でも、「身の丈にあった学生」しか受け入れられない、そんな気もする。もう、専任の立場は離れたから言いたいことを書けば、学生数に対する教員数で、もう、回せる下限ギリギリのような学校で、受入学生の質を高めたいとか言って凝った問題を作ろうとしたって、採点する頭数が足りなくなるだろうし、そうして、頭数が足りないことになって民間事業者に投げたら、採点の質が確保できませんて、そもそも教育の質が確保できないから外部委託って話になったんじゃなかろうか。
日本の人口あたりの、国による教育支出は、先進国で最下位らしい。その結果ではないのか。

民主主義国でなければ、国が国民の身の丈をどんどんと下げる。ミサイルを作る金はあっても、国民を飢餓から救う金はない。人口が減る一方だろう。
日本は民主主義国家だけど、戦闘機を買う金はあっても、凝った入試問題を採点する教員の頭数を揃える金がない。もう、質にはかまってられない、って話なんだろうか。

民主主義国家では、身の丈にあった政府しか持つことができない。これも、昔から言われていた「常識」であって、どこでどう、目くじらを立てる話になってるのか、僕にはよくわからない。「貧乏人は麦を食え」とか、あれも、誤った解釈が広まったと言う説を聞いたけれども。

「身の丈にあった生活」って大切だと思うな。僕らは、日本経済が回ろうが回るまいが、一円でも少ない支出で生活する。それだけのことだと思う。金なら、麻生さんたちが使ってくれる。安倍さんが掲げた「シャンパンタワー」は、全部途中で消えている気もするし。

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