アムネスティに物申す

人権は、とにかく尊重されるべきだ。あらゆる迫害は、コツコツと、排除していくべきだ。
この点については、同感だけれども、思うことがある。

ヒトは嘘をつく生き物だと、思う。自分を守るため、より自己の利益を拡大するために、時として平気で嘘をつく。
最初は戸惑いながらも、嘘をついているうちに、その嘘に固執して、「事実」など、どこかに消し飛んでしまう。
そうしたヒトの本性を、ご理解いただいた上での活動なのか、という点について、一言書きたいと思った。

根拠があって、書いている。第二次世界大戦に関連して書けば、裁判でどれほど罪のない日本人が裁かれたか、日本側にはそれなりの資料はある。一方で、民間人を焼き払うような空襲を仕掛けた側には、一切の咎めがない。そうした状況を受け入れてきた私たちの、上の世代がいた。そこは、蒸し返さない。ここを蒸し返していたら、どこかの国と同じ、低俗なところに日本が留まると思う。(あえて、「低俗」と書いた。)アムネスティが問題にしそうな、「非人道的な扱いを受けた」そうした日本人を探そうとしたら、80歳、90歳を超える方々の中にも、数十万人の該当者が挙げられると、僕は思う。相手となる「国家」は、今でも存続している。バカな大統領を担いで。

アムネスティが取り上げようとしているあの話題に関して、いささかの憤慨を感じつつ、書く。事実に基づいて物を言え、と言いたいところが、感情的になってしまっている相手には、何も通じない。それが日本の状況だと私は考える。そもそも「証言」が頻回に翻る。その都度、日本を責めるように内容が変わる。その「変遷の歴史」を指摘したって、聞く耳を持たない。もはや、なす術もない。願わくば、客観的な第三者に、せめて、その「証言の変遷の歴史」だけでも検証してもらえれば、多少は日本の立場をわかってもらえるかと考えるのに、最後に出てきた最も過激な内容にだけ、世界もアムネスティも反応している。この状況が、極めて苛立たしい。言葉を選ばずに書けば、嘘がエスカレートした極致にだけ、反応したがる人たちがいる。そうやって、乗ってくれる人たちがいるなら、嘘をつくことが快感にすらなる、というのは、私自身も経験したことがある。今改めて、自戒しているが、それが現状だと僕は思う。

欧米の歴史教育では、物理的には考えにくい数字を平然と扱った「教科書」で、日本人の過去を糾弾する。だいたい、歴史学者も社会科学者も、数字とか、物理的な状況解釈には無頓着で、同時に、学習する側はステレオタイプこそ楽な処世術で、そのあり得ない記述を「事実」として受け入れる。その影響が全く消し去れない状況があると思うから、私は不快に感じる。自国の過去の暴虐を正当化するために、根拠のない数字を「事実」として教える、そうしたカリキュラムを組む。再び、言葉を選ばずに書くなら、理系の感覚で言ったら、文系はバカか、と言いたい。そうやって、民族差別を助長する。

あの「協定」は、紛糾しそうなら、第三国の調停を求めるという記述もあったはずなのに、その部分を頑なに無視している他方の当事者がいる、と、日本側べったりの私は考える。客観的な事実を羅列されると、自分の主張が外には通じないことが明らかになることを自覚しているからだと、私は解釈している。そうして、感情的に、ヒステリックに叫び続けていれば、アムネスティのような団体が、乗ってくる。それが狙いかと、僕は思う。

思うに、300年前に遡ったら、欧州だって、いや、全世界で、「他人の子供」なんて、うまく捕まえて売り払って、その後、女なら性の奴隷になろうが、男ならひたすら肉体労働に酷使されようが、知ったことかで、人身売買が横行していたと思う。そうした行為が、「悪いことだ」と理解され始めたことは、素晴らしいことかも知れない。だからこそ、今こそ、どこの国も、まず自国の歴史を丁寧に調べてみたらどうか?当事者が生きていないから、どうでもいい、そういう問題か?どうでもいいなら、問題にするな。
次に、そうした事実がどこの国にもあったとして、「誰」が「誰」を捕まえて売り払ったか、というその「誰」が問題になるんじゃなかろうか。実際には、自分のご近所さんだったり、親族だったりする場合がかなりの比重を占めているだろうに、そういうのを全部「日本が」とすり替える。どこかの国の政治的な情報戦略が、という部分は、かなり否定されつつあるのに、感情的な騒ぎだけはしっかり残ってしまっている。まず、根拠を示せ、客観的な証拠を示せ、と言いたい。ご本人に、かなりの苦痛があったことは理解する。だからと言って、騒いで嘘をつくことが許されるとは思えない。苦しい経験をした者は、どんな嘘をついてもいいのか。

アムネスティは、どこを見ているんだと、僕は思った。以上。