福袋

起き抜けに、昔の話を思い出した。
一応、「会社」形態を維持してはいたものの、無気力でほぼ「引き篭もり」状態だった約20年位前。たぶん、2001年新春の出来事。
親父も、お袋もまだ生きていた。

正月、スーパーで値引されていた「生牡蠣」をお袋が買ってきた。夕食に3人で食べた。二切れ残った。
翌朝、「お前たちがお食べ」と、お袋は自分では食べずに、親父と僕に一切れずつ出してくれた。
僕が猛烈な腹痛に襲われたのは、その日の昼ごろから。親父にも同じ症状が出ていたらしい。激しい腹痛で、何度となくトイレに行った。
ただ、親父も僕も、その程度だと病院には行かない。僕は、翌日にはなんとか回復した。親父は、体力が戻らなくて、よく飲んでいたドリンクを飲んだりしていた。

自販機なんかでも売っている「元気ドリンク」、リアルゴールドとか、ドデカミンだったかな、あの手の「黄色い」ドリンクをコップに開けて飲む、なんてことも親父は時々していた。お気に入りは確かリポビタンDだった。
親父は、若干体調の復調が長引いて、三日目頃だったか、お袋が「機転」を効かせて、親父に「ドリンク」を勧めたらしい。親父はそれを口にした後、一口飲み込んでから吐き出した。「これはなんだ。」

お袋が親父に見せたのは、黄色い液体が入ったスプレイ。見たら「化粧落とし」だったらしい。今私が覚えているのは、リアルゴールドなんかにそっくりの黄色い液体で、プッシュ式のスプレイ容器に入っていた、ということだけ。
親父が言うには、お袋は「あまりに親父の具合が悪そうだから、いつもよく飲んでるドリンクみたいなので、その黄色い液体のスプレイを外して、コップに中身を移して、親父に飲ませた。」らしい。

あやふやな記憶だけれど、何か逆性石鹸と同じような成分が含まれていた。その時すぐに成分表示を見て、調べた。何か、塩化ベンザルコニウムだか、そんな感じの成分があり、別になんとか酸なんとか、みたいな2種類の致死量が気になった。当時、中毒薬物のデータベースの仕事を受けたことがあったため、調べたら2種類、結構毒性の強い成分が含まれていたので、そのページをコピーして、親父にすぐに病院に行って診てもらうように勧めた。医者が言うには、「なんでそんなものを飲んだんですか?」だったらしい。親父のことをよく知っている先生だから、まさか自殺とは思わなかったらしいけれども。結局、もう飲み込んでしまってから数時間経っていたし、本人が苦しみながらも自分で車を運転して医者にかかっている程度に「元気」だったので、消化管洗浄をするとか、特別なことはせず、水をたくさん飲むように(だったと思う)指導されて、それで帰ってきた。
親父が胆管癌で死んだのは、その2年後だった。

そもそも、化粧など全くしないお袋が、普段使いもしない「化粧落とし」を持っていたのはなぜか。正月の「福袋」に入っていたらしい。そもそも化粧などしない人だから、「化粧落とし」がなんなのか全く理解していなかった。ただ単に「黄色い液体」と言うだけで、頭の中で勝手に、リアルゴールドとか、リポビタンDの同類だと決め付けていたようだ。親父が言うには、「スプレイに入っているものをわざわざコップに移すなんて」と、普通に考えればそうだけれども・・・

お袋は、ビデオの操作も「私、こんな難しいのはできない」と、一切できない人だった。それどころか、エアコンを「暖房」に切り替える操作もわからず(スライド式のスイッチを、「冷房」から「暖房」に合わせるだけなのに)11月頃「エアコンが全然効かない」と僕に文句を言ってきた。見たら、「冷房25度」の設定だった。説明書きどころか、操作のための表示すら全く読まない。思い込みが激しく、「そそっかしい」とか「不注意」なんて言うのは日常茶飯だったけれど、この化粧落とし事件は、結構文字通り「致命的」だったかも知れない。

親父は特にお袋を責めなかったし、僕も特にお袋を責めるつもりもない。ずっと昔からそういう人だったし、それほど距離感の近い身内ではなかった。そもそも、僕らには無関心だった気がする。親父が亡くなった後は、「お父さん、早く迎えに来て」が口癖だった。僕らが何をしても無駄だった気がする。お袋は、親父が死んだ2年後に亡くなった。お袋が息を引き取った時、病室の窓際に親父が来ていた気がした。とても懐かしい意識がすぐそばに来ている気がして、不思議な空間だった。

何が入っているかわからない「福袋」。普段使わないものが入っているかも知れないのに、なんだか「お得」で、ワクワク感があって、珍しいモノ、面白いモノと出会えるかも知れない「福袋」では、新しいモノとの出会いもあるのかも知れない。それ自体は否定しない。時には「あ、こんな便利なものがあったんだ」なんてことも、あった気がする。

「化粧落とし」は化粧落とし以外の何者でもない。無論、ドリンク剤ではない。そして、誰にも悪意はなく、むしろ「善意」からの行動だったのだと思う。僕も親父も、それは理解している。ただ単に、お袋が不注意な人だったということだけが、ちょっとだけ問題だったのかも知れない。

もし、親父が亡くなる数週間前、僕に「今いただいている、常勤の大学講師の話は、絶対に引き受けろ。(いつまでも「会社」ごっこをやっているな。)」という一言は、親父が亡くなる直前に言われたから、僕はそれに従った。元気な頃の親父に言われたなら、親父に言われたというだけで、僕は親父の「命令」を拒絶していたと思う。結果的に、ずるずると「引き篭もり」を続けていたかも知れない。そして、大学で教え始めて、お袋も亡くなり、1期生の卒業謝恩会で、(どうしても誰だか思い出せない)「先生、ありがとうございました。」という一言がストレートに自分の中に入ってきて、少しずつだけれども、「普通の社会生活」ができるキッカケになったんだと思う。今改めて思う。あの一言で僕の中で何かが変わった気がした。

もし、お袋が、たぶん、親父と一緒にどこかの初売りに行って、ワクワクしながら買ったであろうその「福袋」を手にしていなかったら、その「福袋」を選んでいなかったら、もしかしたら今でも僕は「引き篭もり」をしていたかも知れない。

禍福は糾える縄の如し。塞翁が馬。

それにしても、なぜ今唐突に、起き抜けに、そのことを思い出したんだろうか。むしろ、そちらの方が気になった。

ファースト・ネーム

プログラム中で「姓」を表示しようとすると「名」が、下の名前を表示しようとすると名字が出てきて、しばらく頭を抱えていた。

どこにどんなバグがあるんだ、と思って、ふと、フォームを開いたら、

first_name = forms.CharField(
    label="姓", ...
)
last_name = forms.CharField(
    label="名", ....
)

なんだよ、これ・・・。松尾くんの仕業か?全く、なんてことしてくれたんだ、と思って、さらに調べて見ると、djangoの仕様上、ログイン認証をデフォルトで使おうとすると、いうまでもなく first_nameが先、last_nameが後に来る。

ということは、その呼称のまま、first_nameは、先に書く名前の部分で、last_nameは後に書く名前の部分、つまり、first_nameが名字、last_nameが名前ということになる。ややこしい。わかった。バグじゃない、仕様だ。松尾くんとの意思疎通不足。彼のこの判断は、正しい。

来年からだか、日本政府も「日本人の名前」の英語表記で、名字を先に書くようにしていくらしい。ますます、ややこしくなるなぁ。自分がこれまで書いたアプリで、first_nameとsurnameを変数名に使ったものがあった。今のままだと、これって、両方とも名字ってことになるよなあ。どの解説見ても、surnameが名字、となってる。

surnameの反対語でググった。first name。first nameが名字になったら、どうなっちゃうの?なんてことは、どうでもいい。こんなもん、変数名だから、name_1, name_2だっていいし、いい英単語が見つからなかったら、もう、shita_no_namae, ue_no_namaeを変数名したっていいし。(俺、ローマ字を変数名に使うのって、大嫌いなんだよなぁ。)

なんてことを、今悩んでる暇はない。世間で何か動きがあったら、それにならおう。疲れた。バグじゃない。

意思疎通不足でした。日付が変わりそう。寝る。

虫はどこ?

Python / Djangoで、こんなエラーがでた。
TypeError: context must be a dict rather than tuple.

プログラムは、下記の感じ(インデントが入力できん・・・WordPressを使いこなしていないなぁ・・・)


def post(self, request, *args, **kwargs):
△△context = self.get_context_data(**kwargs),
△△….
△△print(f’context.__class__={context.__class__}’)
△△# ==> context.__class__=<class ‘tuple’>
△△return render(self.request, ‘main/foo/foo_list.html’, context)

def get_context_data(self, **kwargs):
△△context = super(FooView, self).get_context_data(**kwargs)
△△context.update({
△△△‘foo_form’: FooForm(initial={…}),
△△})
△△print(f’context.__class__={context.__class__}’)
△△# ==> context.__class__=<class ‘dict’>
△△return context


get_context_dataで、戻す直前に型を確認したら、確かに辞書型になってるのに、renderの引数のcontextは、代入した直後にタプル型に置き換わってる。

ググっても、「型を間違えるなよ、」ってな答えしか見つからない。

午前中、小一時間潰しました。(まだ、慣れてないなぁ・・・)答え、わかりました?虫はどこに隠れていたでしょうか?

ヒント(その一) :self.get_context_dataの記述は、別の辞書定義からコピって持ってきて、貼り付けました。

ヒント(その二):代入しただけで型が変わるなんて・・・

慣れていたなら、きっと「瞬殺」でバグを見つけられたんだろうけれども、こんなに時間がかかったなんてのは、僕がまだPythonに慣れていない証拠。

答え: context = self.get_context_data()の文の最後に、,(カンマ)がある。コピった際に、一緒に持ってきちゃったみたい。
答えは、「白い文字」で書いてあります。

phonetic code

今学期は、教科書を使った。佐々木先生と共著の教科書。授業は、教科書を使って進めることができた。それはいいんだけれども、問題が一つ。

練習問題の解答案は、全部ネットからダウンロードできる。その練習問題は、去年までは学生に「プログラム課題」として提出させていたもので、言ってみれば、「レポートの答え」が全部ネットに出ている状態になってしまっていた。
毎回、新しく「課題」を考えていた。そして、昨日、その作業が終わった。最終回は「最終作品制作」のような課題になっているから、「個別」のテーマを定めた課題は、今日が最後。

PygameのEvent取得についての課題で、昨年度のマウスクリックのEvent取得は練習問題の課題が掲示済み。では、どうしようか、と、ふと思いついたのは、「通話表の、アルファベットのキーが押されたらそれに相当する単語を、画面中央に表示せよ」という課題。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%80%9A%E8%A9%B1%E8%A1%A8

いいじゃん。キーイベント取得と、ハッシュからの検索、両方兼ねてる、と思ったのはいいんだけれども、問題は「通話表」というのがある、ということを学生が知っているかどうか・・・

これを思いついたのは、過去、海外で、主には電話で綴りを聞かれた際に、相手側がこちらの名前を復唱したり、コードで伝えてくれないかと促されたりしたのに、私がそのコードを知らなかったため、ちょっと困ったことが数回あった、という経験からだと思う。
特に、相手が伝えてくれた時はわかったのに、BとDとか、SとFとか、何回かやり取りして、その都度、今度、通話表のコード覚えておかなきゃと思いつつ、毎回、単語が出てこないということを繰り返していた気がする。

ついに帰国してしまい、今ではそんな、電話で綴りを伝えるような場面も全くなくなったから、覚えないまま今に至る。ただ、知っていたら相当に役に立っただろうなとは思った。

講師室でいつも顔を合わす、英語の先生がいた。ふと、”May I ask you one question?”と声をかけて、”Do people use ‘Phonetic Code?'”みたいな感じで、実際どうなんだろうと教えていただいた。彼の返事では、英語圏の人は、おそらくたいていの人が知っているだろう、と。また、欧州でもたぶん、知っているんじゃないかな?と。アジアはどうかなぁ、たぶん、アジア圏では、ビジネスに携わっていない一般の人は、そもそも、あまり英語を話さない。ただ、僕の経験では、インドの大使館に用事があって電話した際には、Phonetic Codeで綴りを確認された。ということは、おそらく、英語を実用的に使うためには、必須の知識に近い気がした。
“Do you think Japanese students know this code?” いや、たぶん知らないんじゃないかなと思いつつ、念のため聞いたけど、”I’m not sure, but maybe they don’t.”みたいな感じだったかなぁ。ほとんど、ビジネスには必須みたいな知識なのにもかかわらず、おそらく一度もこれに触れる機会がないまま、大学に至っている。

あ、そうそう、そのL先生、US Peace Corpsだったと聞いて、一気に親近感を覚えた。僕はJICA(厳密にはJOCV)。話ってして見るもんだなぁ。共通の話題も多い気がした。

話を元に戻して、僕らの頃は、そもそもが、”This is a pen.”から始まっているから、役に立つ立たないは二の次だったと思うけれども、今でも、こういう「すごく役立つ知識」は網羅されていない、気がする。大学院の授業は一応英語だけれど、僕は使う立場で、「英語そのもの」を教える立場じゃないから(それに、僕の話す英語の文法は、時々壊れているし、)深入りはしないけれども、日本の学校でも、教えておいた方がいいんじゃないかなぁ、なんていう気はした。

“How do you spell your name?”と聞かれて、”K, O, B,” “D?” “No, no, B.” “D?, B? or V?”なんて、だいたいBのあたりで押し問答したり・・・スマートじゃないよなぁ。
聞かれたら、”Kilo – Oscar – Bravo – Alpha …”と答える方が、ずっとスマートだ。そうなんだ、それができんかった。
だから、学生にふと、教えたくなったんだろうなぁ。

知らないとね、キチガイのK、汚物のO、バカのB、アホのA..(あのさぁ、自虐ネタも度が過ぎると、読んでて気分悪くなるから、程々にしとき。そうかなぁ、せっかく、スケベのSとか、ヘンタイのHとか、全部考えたのに。って、日本人にしか説明が通じないでしょうが。日本人だったら、あんたの名字を説明する必要なんて、ないでしょうが。)どうでもいいけど。

やっと、後期の教材作成が終わった。昨日で惚けてしまって、一気に緊張感が落ちた。
眠くなる昼下がり。今日は暖かい。

いかんいかん、こっからは、プログラミングに集中、専念。

化石賞

毎年のように、大規模な自然災害に見舞われている。地球温暖化は関係ないのかなぁ。

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20191203/k10012200001000.html
石炭火力発電所「選択肢として残していきたい」梶山経産相

COP25で非難されたよなぁ。僕らの代の自然災害なんて、せいぜいこの程度で済んでる。だったら大丈夫じゃない?ってな発想か。
30年後?僕もそうだけど、梶山さんも、生きてるかなぁ。自分が死んだ後の事なんかどうでもいい、ってのが、日本の政治家だと思う。

https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2019-11-28/Q1O32IT1UM0W01
今年度補正予算、第2次安倍政権下で最大規模も-埋没する財政懸念

世界最大の公的債務残高を抱える日本の財政規律を懸念する声は、政治家の要求にかき消された格好だ。

財源は国債発行。誰が国債を償還するの?次の世代の若い人たち。

借金さえすれば、なんでもできる。1、2、3、ダァー!ってな感じか。
ノリがいいからね。借金を背負う若い人たちも安倍総理を応援してるのか?

その若い人たち。
http://www.soumu.go.jp/senkyo/senkyo_s/news/sonota/nendaibetu/
衆議院議員総選挙における年代別投票率の推移

政治に興味がないらしい。つまり、結果的に、安倍政権を消極的に応援。
若い人たちに言わせれば、「よくわからないから。」僕に言わせれば、「わからないのは、考えないから。」
つまり、直接自分たちに関係がある、という因果関係すら理解しようとしていない。

注文の多い料理店。「帽子とコートと靴をお脱ぎください。」偉い人と同格に扱ってもらえるんだ。是非そうお考えください。「はい、はい」と、素直に従う。いいねぇ。

https://www.sankei.com/entertainments/news/190525/ent1905250001-n1.html
ゲーム依存の実態とは 現実逃避し、借金しても止められず

安倍さんたちは、若い人たちに借金を返してもらいたいと願い、その若い人たちの生活環境を破壊しても構わないと思っている。
ところが、その若い人たちには、「ゲーム」という最強の現実逃避の道具があるから、自己破産しても、生活保護を受けても、ゲームの世界に逃避できさえしたら生きていけるのかも知れない。現実なんて、気にしなければ、何が起きたってどぉってことない。
台風で、勤務先の工場が被災し、自宅待機になった。給料さえもらえるなら、ゲーム三昧の日々を過ごす格好の口実になる。違います?

http://www.asyura2.com/sora/bd7/msg/894.html
森首相「無党派層は寝ててくれ」「その数字は大変、大きいんですね」

「そうはいかんでしょうね」が主題だったという言い訳もあったが、その前に「寝てしまってくれれば、それでいいんですけれども」とはっきり言ってる。つまり、若い奴らは政治に参加するな、と。これが今でも自民党の本音だろうと思う。梶山発言聞いていたら、本音が筒抜け。

その一方で、日本で若者が声を上げると、グレタ・トゥーンベリさんの扱いとは一転して、こうなる。

https://www.sankei.com/premium/photos/150729/prm1507290004-p1.html
【政界徒然草】国会前デモに集まるヘイトな人々 「あなた公安でしょ?」 記者はマスク姿に詰問され…

同世代からも支持を得られなかったのかなぁ。日本はもう、フェイドアウトしてもいいんじゃない?だって、若い人たちが自分たちの未来に責任を持ちたくないんだから。文句すら言わない、文句を言う人がいても、同世代からも支持されない。みんなで渋谷に集まって、大騒ぎしてればそれでいいんじゃない?

1月は正月で 酒が飲めるぞ酒が飲める飲めるぞ 酒が飲めるぞ
2月は豆まきで 酒が飲めるぞ(後略)
ついでに言わせて貰えば、日本は24節気の国。さらについでに国際化の時代。
ハロウィーンは仮装しながら酒が飲めるぞ。大雪は雪を見ながら酒が飲めるぞ。ラグビーは燃えたから酒が飲めるぞ。啓蟄は虫を見ながら酒が飲めるぞ。パプアニューギニアの独立記念日には、おめでたいから酒が飲めるぞ。おっと、一年365日、渋谷で騒ぎながら、酒を飲む口実がありそうだ。

国会前で声を上げるなんて、自己顕示欲の強い人たちがやってるだけでしょ?

そういう若者が増えて、政治について黙っているんだったら、黙って膨らみ続ける借金を背負ってくれたら、それでいい。ジジイどもの思う壺。そうとしか言いようがない。

海外からは、随分と指摘されているんだけれどなぁ。それどころか、日本の産業界にはこんな声もあるか、と。

https://media.moneyforward.com/articles/3803?page=2
台風19号が実は日本経済“再興”のきっかけとなりうる可能性

この記事が書かれたのは10月。

今回の台風19号の到来を受けて、安倍政権が国債発行拡大を伴う財政政策が拡張方向に転じるきっかけになるでしょうか。ただ筆者は、こうした政策対応が早期に実現する可能性は低く、それは早くても2020年半ば以降になると慎重に考えています。

こんなにも早く来ちゃいましたね。ガチガチに借金を膨らませて、「日本の復興に、こんなに貢献していますよー。」と、安倍さんのアピール。
かくして、モリ・カケ・サクラも、なんのその、安倍総理は盤石の支持基盤を得るのであった。

その借金は誰が背負うの?若い人たち。
温暖化対策は?したくないと経済産業大臣。その結果、悪化した生活環境で暮らすのは誰?若い人たち。
その若い人たちは、大変な状況になったらどうするの?ゲームに没頭して、現実逃避していたら、自分だけは辛くないからそれでいい。
つまり、あれか。みんながハッピーで、めでたしめでたし。

来年あたり、台風19号よりさらに激しい自然災害に見舞われたなら、さらに20兆円くらい借金を積み増しして、復興予算を組めそうですね。今現在の経済活動は刺激されて、産業界も喜ぶだろうなぁ。借金背負う人たちは、何も考えようとしていないから、これぞ、文部科学省の「深慮遠謀」の成果。

安倍さんも、梶山さんも、子孫のことは見捨てたか。小泉さんはこれから?その割には、「爽やかなイメージ戦略」で、日本は何もしないけど、日本の若者からの受けだけはいい、その戦略の片棒を担ぐ訳だ。何か、具体策出してみたら?出せないの?麻生。もとい、あ、そう?客寄せパンダ。子供に何か誇れる仕事ができるの?
あたしゃ、子孫はいないから、考える必要がないので、とっても楽。是非皆さんもそうなったら?

台風も、是非また、さらに強力なのに来て欲しい?20兆円、30兆円の国債積み増しで、産業界は大歓迎か?それとも、日本の大企業幹部には子供のいない人が多いのかな?あ、違うか。子供なんてどうでもいい人たちだから、大企業の幹部になって、産業界の中核にいられるんだ。

地球さんもなぁ、北米も、中南米や、中国あたりも相手しなきゃならなそうだから、しばらく日本は相手にできないかも?いやぁ、パワーの桁が違うから、みんなで頼めば、きっと期待に応えてくれると思うな。

危険運転

Nack5で、松山千春さんが、危険運転についての話を何かされてた。何か、法改正?

(ちゃんとは聞いてない。今日はもう疲れたので、この時間、ラジオがBGM)

なんだか、最近荒っぽい車が多い気がする。つい数日前、四つ葉マークが40km/hの道路を、ほぼ制限速度から50km/h位で走っていた。僕はそのすぐ後ろ。(きっちり、40km/hを守れ、と言わないで欲しい。流れに乗って走ってた。)ただ、僕の後ろには2台くらい、連なっていた。私も含めて、みなさんそこそこ、車間距離を取っていて、大人しく走っていた。都合、4 台の大名行列だろうか。「下にぃ、下にぃ」っていう感じ。

そうしたら、その後ろに後から追いついて来た車が、黄色のセンターラインなのに、いきなり対向車線にはみ出して、一気に4台抜き去る追い越し。小川町から都幾川に向かう県道。曲がりくねっているから、それほど見晴らしは良くない。対向車がいたら、ほぼアウトだと思う。危ねぇなぁ、と思った。巻き込まれるのは絶対に嫌だ。死ぬなら勝手に死んでくれ、というか、いきなり目の前に車がいたら、正面衝突で、その対向車こそいい迷惑。何を考えてんだろ。ってか、死ぬかも知れないなんて、思わないんだろうか。

唖然としたのは、一年前だった。覚えてるのは、ちょうど免許更新の直前にそれが起きたので、警察署の免許更新講習会担当の方に、「こんなことがありました」という話をした。その時は交差点の名前がわからなかったのだけれど、さっきググった。武蔵嵐山駅のそばの「むさし台」の交差点。

信号が黄色に変わったので、減速して、先頭で停止線に止まった。まもなく、右折青の赤信号に変わった。そうしたら、すぐ後ろのトラックが右折車線に入ってきたので、右折するのかな、と思っていたら、向いからも右折車があったのに、いきなり右折車線から私を追い越す感じで左折して、役場方面に突っ込んでいった。

こんな感じ。

こんなのありかよ、と思った。

1年も経ってから、こんな話を書いても、仕方ないんですけどね。もう、荒っぽいを通り越して、無法状態じゃないか?

いや、確かにその時に僕は、黄色で減速して止まったから、たまたま、その時は「割と模範的な止まり方」をしたよ。半々で「黄色は急げ」みたいな運転もしている。それだったら、良かったんだろうね。ところが僕が止まったもんだから、イライラしていきなり追い越しをかけて来た。という感じだろうか。この交差点までだって、僕はそんなにノロノロ運転する方じゃない。知人を乗せた時なんか、よく言われるのは、それどころか(やめときます。)という感じなのに。その僕ですら、さすがに、こんな運転、しようと思ったこともない。

これ以上書くと、ボロを出しそうだからやめる。切符を切られていないだけ。いや、2年前は、「常時左折可」の一時停止で、切符を切られました。ギリギリ、5年更新免許はキープした。それ以来、常時左折可で、車が来ていなくても、必ず一時停止はしてるし、無論、踏切でも一時停止はしている。(切符を切られないと、ルールを守らないという悪い奴==>私)納期の直前は、半分頭が別のことを考えてるから、あまり運転すべきじゃない、なんてことを思ったりもするけれど、一通り見えてはいるし、猫の直前横断にもきちんと反応できてた。でも、そういうのとは、明らかに質の違う人たちが多い気がする。

都幾川方面に向かう県道での追い越し。あれほど見通しが悪いワインディングロードで、どう考えても、もし対向車がいたら完全にアウトなのに、どうしてあんな追い越しをするっていう判断ができるんだろうか。と、考えると、怖い。僕がその対向車の立場だったら、いきなり目の前に車が現れるかも知れない訳だし。

スマホゲーム漬けのゲーム脳っていうんだろうか。状況判断能力が極めて低い人たちが、増殖しているような気がする。

確認

この間あった話。ドアのところに「引く」と割と大きく書いてある食事屋さんの入り口を、押して入ろうとした知人がいた。
ところが、押したところが、その先の床なんだろうか、何か床に「都合」があったみたいで、「ガチ」っとドアが噛んでしまった。何かが挟まったというか、床が迫り上がっていたのかなぁ。結構硬くて、力を入れて引いて戻さないといけない感じになってしまい、取り敢えず、引いて戻して、入り口から入ったのだけれど、友人曰く、「このドア引くんだ。」
「でっかく『引く』って書いてあるじゃん。」「見てなかった。」

こういうもんなんだよなぁ、と思った。加えて言えば、その人がこの会話を覚えているかどうか・・・ありふれた日常の風景。

ふと思うに、コンビニの入り口の「引」とか「押」とかを、その通りに引いたり、押したりせずに、「引」を押して入ったりする人は結構多い気がする。「押」で引く人はあまりいない気もする。

「この先行き止まり」と、かなり大きく書いてある道路から、バックで「そろり、そろり」と出てくる車を見かけたこともあった。見てなかったんだろうな、と思った。子供の身長ほどの大きな看板が立ってて、「この先行き止まり」って書いてあるのに・・・
後ろの左右は見えないから、出る時怖いだろうな、とも思ったけれど、助手席に人とかいなかったら、一人で運転していたら、怖くても、通行する車を信じて、少しずつお尻を出していくしかないとも思った。(今時の車は、こういう状況でも後ろの左右が見えるのかな?なんせ、20年前の車に乗ってるから、よくわからん。)

昔のパソコンはメモリの制約も大きく、データを加工するのにどうしても「元データ」を保存できず、上書きしないとメモリが足りない、という状況でアプリを作ったことがある。
5インチのフロッピーディスク(なんて、今時の人には通じないとは思いますが)の出し入れが必要で、アプリではその「バックアップ」を誘導するには手間もコストもかかるため、自分でパソコンを操作してバックアップを取ってもらうしかない、そんな感じだったと思う。

取説には、「バックアップを取ってから、処理を行ってください」みたいに書いてはあったけれども、たぶん読んでもらってはいない。「データを上書きします。この操作は元に戻せません。」という確認で、「はい」「いいえ」を表示しているのに、「データを上書きされて、元データが消えちゃったんだけれど。どうしてくれる。」というクレームを受けたことがあった。(だから覚えている気がする。)パラメータを変えて処理したかったみたいだ。

だけど、そんなこと言われたって、取説には「バックアップを取ってから処理しろ」と書いておいたし、画面では「元に戻せないよ」と警告して「はい」「いいえ」の確認もしていたのに、取説なんてあっても読まない人は世間にごまんといるし、毎回出てくるポップアップの「はい」「いいえ」の確認は、もはや「景色」の一部だから、メッセージなんか読んでいない。それでも、プログラムが悪いと文句を言ってくる。

研究者にとっての「元データ」がいかに大事か、よくわかる。だからこそ、いくら面倒でもバックアップは取れよ、と思うが、バックアップをとることを面倒くさがる人はだいたい、こういう画面のメッセージも読まない気がする。

今時は、メモリも安くなった。外付けのハードディスクなんて、テラバイトに突入しているし。元データどころか、中間処理データも全部残せるくらい、信号処理屋から見たら余裕がある。というよりも、計算速度が滅茶苦茶早くなったから、昔だと20分、30分とかかかった計算も、1秒かからない。半日がかりの計算も、せいぜい数秒。ということは、中間処理データを残す必要なんて、何もなくなった。
(アルゴリズムとか、計算コストとか、全く意識しないプログラマが増えた気もするけれど、計算コストよりも、開発コストの方が問題なんだろう。)

結局、「上書きしますよ」の確認をどうしてもせざるを得ない状況は、相当に少なくなったけれど、でも、「取説を見ない」「画面の確認を景色としてしか認識しない」そういうユーザの比率に変化はない気がする。コンビニの入り口を見ていても、「これが世間なんだよな」とも思う。加えて、プログラマも、昔からは大きく変わった。

確かに、押しても引いても大差がない扉も少なくないけれど、指示に従わないと、とんでもない結果になる場面だって、あるはずなのに。(そして、あったのに。)

「この操作は取り消せません。間違いありませんね?」
(はい/いいえ) → はい
「本当に、本当に上書きしますよ。いいですね?」
(はい/いいえ) → はい
「結果について、アプリ開発者は一切の責任を負いません。文句は言いませんね?」
(はい/いいえ)

こういうアプリ、書いてみようかなぁ。
絶対に「くどい」ってクレーム付くだろうなぁ。

追悼

追悼

https://www.fnn.jp/posts/00428444CX/201912051936_CX_CX

自分ながら、使えねぇやつだなとは思う。予感だけあったって、何の役にも立たない。

興味があるのは、中村医師の腹部の銃弾は、製造元がどこなんだろうか、という点だろうか。

以前読んだ話。
いわゆる「テロ集団」が、X国の政府や民間人を標的とした、とする。X国がA国と友好関係があったとすると、A国と覇権争いをするB国が武器を供与したりする。あるいは、B国から武器を購入しようとする。

B国も、そのテロ集団を支援するメリットがあまりないと考えれば「供与」ではなく「売却」で、ビジネスの相手としてそのテロ集団に武器を売ろうとする。

A国の政府は、X国を支援するために軍隊を派遣したりする。当然、戦闘が起きればA国の軍需産業は潤うから、戦闘が起きて欲しい。しかし、黙視しているとX国のテロ集団は駆逐される可能性があるから、他ならないA国の軍需産業がX国のテロ集団に資金供与し、あるいは、A国を快く思わない他国からも潤沢な資金が供給され、そのテロ集団はB国やC国などから武器を調達して戦闘を継続し、民主主義国家で世論がうるさいA国では、自国の兵士の損耗率を下げるために、A国内の軍需産業から大量の武器を購入する。つまり、A国の軍需産業は、表向きA国の政府に装備品を提供しつつ、その装備品が必要となる現場を創造するために、X国のテロ集団に、「必要な投資」となる程度の資金を流す。そもそもがテロ集団は、自動小銃などを買える程度の金があれば戦闘を拡大できるから、そうした軍需企業では、わずかな投資で、莫大な利益を得る。

中村医師の命を奪ったのは、表面的にはテロ集団であったとしても、その裏にいるA国の軍需産業が武器を購入する資金を提供し、そのテロ集団に武器を売り込んだB国やC国、あるいは、表立ってB国やC国が動けないとしたら、そのB国やC国の諜報活動部門が武器を供給したり、テロ集団を利用している、少なくない覇権主義国家の姿がちらつく。何よりも腹立たしいのは、そうした軍需企業の動きだ。こうしたビジネスをもう、何十年も続けている。

師匠のレベルなら、何が起きるか完璧に予知されていただろうな、とは思う。ただ、僕らに対してでも同じで、「早く気付けよ、自分で気づくことが何より大事なんだから。」と、僕ら勉強会の会員ですら、ヒントを投げてもらう以上のことは、ない。むしろ逆で、何が起きるか予知できない状態で、自己判断で判断と行動を繰り返し、最適な判断ができるように「鍛えたい」というのが師匠の思いのような気がするから、教えてもらえないことに不満はないし、自分のことなら何とでもする。ただ、こうしたニュースは、やりきれない。

テロリストもピンキリで、自分の国をより良くしたいという思いで、それが政府と噛み合わないから、テロという手段を選んでしまった組織もあるだろうし、その真逆のISのような組織もある。前者が勝利したら、昔は「革命が起きた」などという表現を使った気がする。後者は、今も昔も、単なる悪者として扱うしかないんだろう。
ISの場合、大元は、湾岸戦争後のアメリカの捕虜への扱いがあったと自分は理解している。憎悪に端を発しているから、理想もへったくれもない、殺しさえすれば満足という看板を掲げて、世界中からそういう若者が集まった。あるいは、社会に適応できない若者が、そこに流れた。世界を考える視野もなければ、因果関係を考える思考力もない、そうした集団であっても、殺し合いさえしてくれたならビジネスは成立する、そうやって儲けようとしている人たちが、表向き、背広を来て、のうのうと生きていることが、やりきれないし、許せない。

なんだか、原因を作ったのにも、裏で油を注いでいるのも、全部A国が関与しているような気がして、腹立たしい。

銃さえ持てば、それは「力」だ。シエラレオネなどでは、ボコハラムの前身みたいな集団があったらしい。トップが、(国をよくすること」など考えてもいないから、あとは若い戦闘員を洗脳して、殺し合いさせる。だから、どれだけアフガンに貢献した中村医師のような方でも、敵としかみていない、ということになる。
それと似たようなメンタリティの人間が、超大国の国家元首だったりする。この世界は、どうなっちゃうんだろうか。

なぜ、理解力のある人間が「指導」しないのか、なんてことは、民主主義国家だって言えない気がする。

民主主義国家だって、選ぶ人間の「視野」が広い訳じゃない。目先の誘い文句が心地良ければ、とんでもなく無知な人間が国家元首になったりする。議会がまともなら、まだ、救いようがあるとしても、その議会議員だって、選ぶのは同じ選挙民だから、「健全な民主主義」が健全な国家元首を選ぶ保証なんて、何もない。そこも、やりきれない。

日本では、いや、日本だけじゃない、例えば、大企業が製品品質を偽装して、大事故に繋がりかねない「製品」の出荷を、野放しにしてきた、それが、内部告発などで表に出てくる例が増えてきている気がする。大企業に入社する際に、単に、採用面接の口上としてだけではなく、本気で社会の役に立ちたいと思っている若者も、少なくないと思う。そういう人たちが、いざ、書類の偽装とか、虚偽の報告だとかの現場に当事者として立ち会った際に、己の良心に竿して、内部告発する、そういうことが増えてきたんだろうと思う。決して、悪い傾向じゃない気がする。いいことだ。もっと増えて欲しい。

ところが、軍需産業とかっていうのは、案外、国境を跨いで「ビジネス拡大」のための横の連携が強いらしく、こうした「内部告発」など皆無に近かった。なんとかならないものかと思う。中村医師のためにも。

二重スパイ、なんていうのがいるらしい。相手国の機密を盗むために、敢えて、相手国の諜報機関に就職する。より高レベルの「重要情報」を入手するために、何十年とかかけて組織の上に近づく。それを同じことを、マスメディアもできないもんでしょうかね?マスメディアで採用した若者が、正義感に溢れていたとしたら、本人合意の下で、その人に軍需産業に応募して、そこで働いてもらう。そこから、軍需産業そのものを潰せるような情報を手に入れることができるようになるまで、何十年かかろうが、誰かに、内部に入って証拠集めしてもらう。

日本も含めて、武器の輸出で金儲けしよう、なんていう国からは、、「内部告発」で、まずは「武器の輸出」を止めたいし、そうsした「内部告発」で、(確かに言葉にするほど簡単な話じゃない、とは思うけれど)是非、架空のA国でも、B国でも、世界に向けての「内部告発」が可能なように、誰かに潜り込んで欲しい気がする。

タクアン

今年は、「冷たい風があまり吹いていない」ためか、大根が乾燥し切っていなくて、タクアン用の大根がまだ、出回っていないらしい。この辺では、だけれど。

冷たい風がないのはありがたいけれど、何がどんなところに影響するか、わからないもんですね。

 

訂正

一つ前のページ

東アジア

このページのここ、

せっかく「災害死」を経験しても、そこから何も「教訓」を得られなかったら、また同じ経験をできる「時」と「場所」を選ぶのが、一般的のようだから(上に戻っていらっしゃる方々が、肉体を持つ前に何をどうお考えかは、僕自身は書けない。ほとんどこうした話題は、受け売りだけれど、)

たぶん、間違えてる。以前この辺の話題を講演会の時におっしゃってた記憶はあるけれど、どうおっしゃっていたのか、その時のCDを聞き返さないと思い出せない。大まかなインデックスを作った分のなら、もしかして探せるかも知れないけれど、まだインデックスを作っていない回のだと、「発掘」できないかも知れない。結構「丸暗記」してたりしたんだけどなぁ・・・(理解不足)

なんだか、気持ちがザワついてるし、間違えてる、とは書けるけれども、正しくはどうだったかが、どうしても思い出せない。

講演中、結構意識が飛んでたりするし・・・(物は言いよう)

東アジア

ザワつきが止まらない。飲み過ぎでしょ?そうなんだけど、どっちが原因でどっちが結果か、よくわからない。
言い訳?確かに、そうなんだけど?

昨日来、大学院の教材のプログラムがうまく動作しなかった件、この件に関しては合計7時間ほど浪費して、なんとか解決した。jQuery、jQuery-UIによるDOMの処理。

簡単に考え過ぎていた。まず、
https://stackoverflow.com/questions/57555708/rails-6-how-to-add-jquery-ui-through-webpacker
You no longer need to add javascript libraries as gems (which are managed by the bundler). Instead, you add them with yarn and they are managed by webpack (which is enabled by adding the webpacker gem to the Gemfile).
なんだそうで、yarnで設定。

そして、経緯はわからないけれども、 /config/webpack/environment.jsの
new webpack.ProvidePlugin({
$: ‘jquery’,
jQuery: ‘jquery’
})
このパスが、僕のマシンでは’jquery/src/jquery’になっていたため、どこのサイトでこれを説明していたのかも、もう忘れたが、ここでの設定を変えた、というよりも、戻した。(なぜか、一度はjQueryは動いていた。いつからおかしくなったんだか。)

それでも動かなかった。何度も試行錯誤しているうちに、jQueryの先頭の$マークが、一つだけ落ちてしまっていた。
これが決定的。きちんと書けていたはずだと思っていたから、ほとんど気にしていなかった。コメントアウトした分にはきちんと
// $(function() {
となっていたから、どこかでコピペの際に、一文字分だけ落としたんだろうと思う。

最後の3時間の浪費は、$が一つ落ちていただけの原因。果てた。メゲた。わろた。自己嫌悪。目の前にそのコードが存在しているのに、なぜ、気づかない?

昔、サラリーマン時代には、C言語で、if(); で、;セミコロン一個が、なぜか入っていただけで(不注意で、何か勢いで書いちゃったんだろうな、自分が悪い)これで、丸二日、初日は半徹夜状態で、煮詰まったことがあったっけ。日付が変わった後、出入口が不安だったので、警備を設定してから続きをやっていたら、センサーが反応したらしく、警備会社の人に駆けつけられてしまって、怒られた。「ただ単に、出入口のセンサーだけじゃなくて、中を歩いても反応するので、こういうことはやめてください。」

気分を切り替えよう。たったの3時間だ。とは思うんだけれども、実は昨日からずっと、なんだか妙な不安がつきまとっていて、落ち着かない。集中できない。不安の正体がわからない。(変な霊体さんにトラップされちゃったかさぁ。)とにかく、書いて、考えて、吐き出して、順を追って、追い詰めたい。

トリガーになったニュースはいくつかあるけれども。
香港の民主化運動?北朝鮮のミサイル発射?そんなんとは違う気がする。人間のやることなんて、所詮は限界があるから。
人間から見たウイルスの大きさは、小さい。小さいけれど無視できない存在。地球からみた人間の大きさは小さい。小さい割に、えげつない事を延々と続けている。地球さんが人類に「抗生物質」でも使い始めたら、大変なんだよなぁ、と思うけれど、この辺は、ほとんど全部が師匠の受け売り。僕の不安と関係あるか、ないか、全くわからない。

専制君主みたいな専制君主(日本語が変だな)が、昔はいた。今現在は、一応は選挙で大統領などになった途端に、専制君主化した、専制君主みたいな大統領とかが、何かと問題になっている。人権問題、人々の抑圧。地球さんの意識に関係あるか、ないか、どうなんでしょうかね。自分なりの考えはあるけど、そこは無責任になるから書かない。そして、専制君主みたいな「国体」も存在するみたいだ。

東アジアの某国と某国。「国の方針」に反対した途端に、どんな扱いを受けるか分からない。民主化と程遠い国々。次の一文は師匠の受け売り。神は「人」に、自分で判断し、自分で行動する「自由」を与えた。何が正しいか、自分で理解するまで「間違い」を犯し続ける。そのプロセスには、ある程度寛容に接して下さっているように思えるけれど、それは神の実在を信じ、神への敬虔さと恭順を示した上での「寛容さ」のように、自分は理解している。神の存在を否定しているだけではなく、神が与えた自由を剥奪している行為は、どのように受け止められているんだろうか。私自身は、ふと唐突に、すごく不安に感じた。この不安感が、もしかしたら昨日から纏わりついている「不安」の正体のような気もする。もうこれ以上、ヒトの手でどうにもならないとなれば、必ず上が動く。

イエス様とかムハンマド様、アッラー様を「神」として仰ぐなら、地球意識はその上の存在だから、地球を「神」と仰いでも不自然ではないはずだし、さらにその上には「創造主」がいらっしゃる。もし宗教がまだ「形骸化」していないなら、なんとか「拡大解釈」してもらえないもんだろうか。たぶん、教皇様のご来日も、なんだかどこかで意識に引っかかっていたのかも知れない。

次に数千人、もしかしたら数万人が犠牲となるような何かが起きるとしたら、たぶんそれは、日本じゃない気がする。この辺、師匠も何かおっしゃっていたけれども、それは書かない。再び「無責任」になるから。僕自身は、ここに書いたような、そんな気がした。それに、師匠がおっしゃっていた「何か」と「僕の不安」が同じ原因だという保証なんか、全くない。僕の不安の方は、明日財布を落としたりするだけかも知れないし。起きてみないと分からない。注意するしかないな。

過去の災害で犠牲となられた方々。肉体を抜けてから何をお考えになったんだろうか。災害死だって、その方の経験として「蓄積」されて、次以降に活かされるはずだと、自分は理解する。だとしたら、その「理解」と、滅多に経験したくない「経験」を最大に活用するためには、普段から何を考えているべきなんだろうか。せっかく「災害死」を経験しても、そこから何も「教訓」を得られなかったら、また同じ経験をできる「時」と「場所」を選ぶのが、一般的のようだから(上に戻っていらっしゃる方々が、肉体を持つ前に何をどうお考えかは、僕自身は書けない。ほとんどこうした話題は、受け売りだけれど、)災害死の経験なんて、せめて一度で済ませるのが賢明な生き方、もとい、死に方かも知れない。

正直な話、あまりこうした話題に意識を向けたくない。北朝鮮が何を言おうが、反応したくない。ああいう話題に対しては、「絶対に腹を立てるなよ」と、自分に言い聞かせている。師匠の講演会に通うようになってから、随分と「瞬間湯沸かし器」はなんとかなっているような気もするけれど、基本的な性格は全く変わっていない。加えて、一度不安に苛まれ始めると、ブレーキが効かなくなる。逆かなぁ。ブレーキを外して、一気に全部吐き出して、すっきりしたいのかも知れないし。自分でも自分のことが、よく分からん。ガキの頃から変わらない行動パターン。おかしな話題に首を突っ込んじゃった言い訳。あからさまに中国を名指しして、あれこれ書いた言い訳に、酔っぱらったふりをしたかったのかも知れないし、とりあえず、暴走しなかっただけ、よしとしよう。本当に自分でも、訳がわからん。

もう、頭の中がグチャグチャ。やっと、明日の教材の準備が終わった。本当は、土曜日の間に終わらせるつもりが、土曜日は別件の雑用とか、ずっと気になっていたことを片っ端から片付けていて、一日終わってしまった。日曜日も、少しずつ割り込みを処理しながら、結局足掛け7〜8時間の迷走。まさか、月曜日まで潰すとは、思っても見なかった。集中力も、かなりおかしい。

とにかく、ようやっと、本来の「納期」のある仕事の方に戻れる。

表題の「東アジア」は、なんででしょうかね?「人権抑圧」に「嘘」に、あれやこれやと、気になって仕方がないけれども、僕自身はもう、気にすることを止める。読み手の皆さんも、気にしないでください。

対中包囲網

日曜日、日付がそろそろ変わる。ついに、railsのトラブルの原因を見つけられなかった。この納期が混んでる時期に、火曜日の教材が仕上がっていない。railsも好きなんだけど、変わりすぎる。毎年、「初めて」みたいな勢いで教材を書き直している。だからって、もし今時、rails 4か何かで教材を作って授業をやってたら、笑いたい人は笑うだろうし。

あ、笑わない人は笑わないか。そっちから考えれば、図々しくrails 4 で通せるかも。あれね、人類は、二種類しかいない、っていう議論。パクチーを美味しいと思う人と、思わない人と、人類には二種類しかいない、とか、タピオカを喉につまらせる人と、詰まらせない人と、人類には二種類しかいない、ってな感じの議論。この発想も、大事かも。「あなたは、僕のやってることを笑いますか?」No?それなら良かった。こっから先も、僕はずっとrails 4 で授業をやります。(アホか)

師匠が、よく講演会でおっしゃってた。「これだけ勉強会に通ってて、まだお酒を飲んでる人がいるの?」
ですよねぇ。僕はまだ、家飲みしてます。今日は、本気で疲れた。神経がテンパってて、でも疲れたし、この辺の時間帯にどうしても飲みたくなる。そういう言い訳が良くない。本当は、「自分は、こうあるべき」と掲げて、それに沿って生きる「べき」で、流されない強い意思を持つべきなんだろうけれども、僕には難しい。「次元」が低いですからね。適当に生きてます。言い訳を口にしながら、逃げてばかりだ。僕なんて、そんなにエネルギーレベルが高い訳じゃない。何十億年(意識体として)生きていたって、「自覚」がなければ上には上がれない。今回も、足踏み状態だったのかなぁ。なんの仕事もしてねぇ。なんの結果も出せてねぇ。
でもね、行けるところまでいく。ダメ元で突っ走って、もう、いつ終わってもいい。結構アルコールが入っていることを承知しつつ書く。僕のページを読まれる「暇人」の方々におかれましては、酔っ払いの戯言と読み飛ばしてください。

香港に対するアメリカの「香港法」が成立して、香港の若い人たちと、中国の反応が際立っている。
なんだか、恐ろしい勢いで「歴史」じゃなかった「時代」が動いている気がする。

一つの伏線は、グレタさんの国連演説だっただろうか。結構、個性が強いよね。厳しい非難のあの演説は、「守旧派」の方々には不快でしかなく、誰かを動かして説得するには、あまりにも感情的すぎた、と感じる。だから、マララさんの演説とよく比較されている。穏やかに浸透する演説と、激しい演説の違い。確かに、「人を動かす」という意味では、マララさんの方が「点数」は高いに違いない。でも、グレタさんの場合には、多くの若者の共感を得て、世界規模で動きが起きた、という「実績」もあったと思う。

願わくば、グレタさんももう少し丸くなって、現実的に状況によっては、飛行機を使うこともやむを得ない、的に考えられるようになってくれたらいいんだけど。技術屋の世界では、それを「トレードオフ」と呼んでます。それはさておき。

温室効果ガスの排出規制をしなかった場合、必ずしも「科学者の説明」が正しい訳じゃないと師匠はおっしゃるけれど、それは科学者が把握している因果関係が不完全なだけで、全体的に「人類に起因する際立った不均衡状態」にシフトしていることは間違いないと、自分は理解している。いずれにしても、今後「大規模災害」が頻発するような地球にしてしまったのは、人類に大半の、じゃないな、全ての責任がある。そして、その原因を作った我々世代は、ボチボチもう、肉体抜けてもいいや、的に、問題解決なんて考えようとしなくなる。ジジイとババアが世界を仕切っているのが、地球。(男女が必ずしも平等ではないから、大半の責任は、ジジイだと思う。)そのしわ寄せに直撃されるのが、若い人たちの世代で、グレタさんの主張に、全世界の若者が反応したのは、単なるブームじゃない。自分が若かった頃のことを思い出せない人は、黙っていて欲しい。あるいは、自分が若かった頃、世間や世界のことなど何も考えていなかった人も、一切口を開くな。資格がない。でも、若い彼らは、今、主張している。それは、尊重すべきことなんだと、僕は思う。大切に育むべきことなんだと思う。グレタさんは、その突破口を開いたと思う。その感性が、香港に飛び火したような気がする。

(酔っ払ってるので、中略。大幅削除、駄文が多い。)自分の周囲のことだけにしか関心を持たなかったような若い人たちが(日本は反応が鈍いみたいだけど)全世界でグレタさんに反応した、その余韻が冷めないうちに、今回のことが起きているから、世界の若者が、香港の若者に共鳴する状況が既に出来上がっているような気がする。そこに、アメリカが「香港法」を成立させて後押しした。ここでは、アメリカのポジティブな印象が重なった。中国は、全世界に持たれているネガティブな印象が強調された形になっていると思う。インターネットへの人々の「反応」の、感情的な部分では、今や、中国は何を言おうが「敵」でしかないポジションを作ってしまった気がする。

その伏線もいくつかある。一つは、ニューヨークタイムスがすっぱ抜いた「新疆ウイグル自治区」に対しては、情け容赦無用、的な発言が世界に流れたことだろうか。エルドアンが中国に丸め込まれたのは、世界向けにはマイナス評価でしかない。仮に、肉体的な拷問がなかったとしても、精神的に、己自らが信じるものに対する信仰をねじ曲げられることが、個人の精神にとってどれだけ苦痛か。中国共産党という組織は、「個人」を一切尊重しない。その姿勢が端的に吹き出していると私は感じた。さらに言えば、中国共産党にとっては、「国家」という存在の絶対性を掲げさえしたなら、個人の尊厳など意味がないという価値観なのだろうと思う。外からそうした中国共産党に対して指摘があれば、「内政干渉」だと言う。韓国のアレと同じ。「他人がすれば不倫、自分がすればロマンス。」

中国共産党幹部の思考は、韓国人と同じだと、言いたい。(あ、酔っ払いですから、中国も、韓国も、どちらも馬鹿にはしていません。すみません、泥酔してます。師匠ってか、神様がご覧になってたらどう思われるか、10時前に玉川温泉に行った帰りに、ウエルシアで買ってきたウイスキー(600円)をが、なんだかもう、いきなり半分になってるし、本当にもう、僕は酔っ払いで、あ、師匠に破門されるかも、飲みすみました。)でも、中国共産党が言えば絶対的な真実、香港の若者が言えば妄言。それってのは、韓国の「他人がすれば不倫、自分がすればロマンス。」と、全く同じにしか、僕には感じ取れない。加えて言えば、新疆ウイグル自治区に対する中国の対応は、北朝鮮の自国民に対する姿勢に酷似している気がする。

しつこいようですが、決して、中国も、北朝鮮も、韓国も、馬鹿にはしていません。中国は、北朝鮮が自国民に対して行っているように、極めて「慈悲深く神のような優しさで接している」優れた政策を行っていると言う意味で、新疆ウイグル地軸に対する中国の政策を北朝鮮に対比して持ち出しました。香港に対しては・・・いいレトリックが思いつかない。飲み過ぎた。
僕の妄言はさておいて、世界の若い子たちが、アメリカの「香港法」をトリガーにして、あくまでも、香港で活動している若い子たちの「声」に共鳴しつつある気がする。その流れが、一気に新疆ウイグル自治区の問題にまで、飛び火しそうな気がする。

加えて言えば、これまで中国が海外に「拠点」を築こうとして「有利子負債」として貸し出してきたお金とか、「無利子負債」として貸し出して、その担保に抑えた海外のインフラだとか、あるいは、「無償援助」として、一切お金を受け取らずに海外のインフラを支援して、そこに、大量の中国人を送り出し、いつの間にか、首都が「中国化」していた、なんて言う大洋州の国の話を見聞きした覚えがある。
あれなんだわ。中国のやり方っていうのは「内政干渉」ではない。口実を作って、中国人を大量にそこに送り込む口実さえ作ったなら、いつの間にかそこに住み着いた中国人が、自分たちのやりたいようにやって、金を持ってるから現地人が口出しできないでいる間に、いつの間にかその一角を「中国」にしてしまって、いつの間にか、その地域に元々住んでいた人たちが離れていって、気がついてみたら、国の一部分が中国になっていた、と、そういうやり方をする。中国は「内政干渉」なんて一切していない。その代わり、中に入り込んで寄生巣を作る、そうしたやり方に気がついた海外の「中国からの被支援国家」の人たちが、中国に対する反感を強めて来ていて、そうした親の世代に共感する若い世代が、インターネットを通じた香港の若者たちの感性に共感した、と、そういう状況が確立しようとしている。その結果として、中国共産党が、アメリカに対する「宣戦布告」の一歩手前のような表現を使った、その事実も、これまで「中国が経済支援をしてきた現場」に対しても、ネガティブな印象を持って伝わって、その、直近の具体的な力の方向性として、「香港支援」に収束されていくような気がする。「人権」という問題を本気で考えない限り、中国は四面楚歌になる。
(ちょっと待った、「楚」の国っていうのは、「漢民族」ではなくて・・・)うるさいなぁ、「成語」でしょ?こういうところで突っ込むなよ。話が続かないでしょうが。そもそもが、中華人民共和国は、「漢民族共和国」じゃないんだから。それを、勝手に「漢民族共和国」にしてしまったから、・・・(話題が逸れ過ぎ。文句があるなら、破産申請して、仕事しなくてもいいようにして、生活保護を受け取れるようにしてから、それから書き続けろ、ってば。俺だって、仕事があるんだから。)

中国製の「情報通信機器」が世界を席巻している。その中国のおかげで、世界中の若者が、世界中の若者と交信できるようになった。これは、望ましい方向だと思う。その結果として、世界中の若者(のうち、それなりに意識が高い人たち)は、香港に共鳴するようになった。これこそ、中国の産業政策が狙っていた「成果」じゃありませんか?
そもそも、「情報通信機器」が、どんな道具だと理解して中国は量産して世界にばらまき始めたんだろうか。「盗聴や、盗撮の道具として」なのか。まぁ、いいや。でも、本質的に、「情報通信機器」は、現代においては「人々が、美しかろうが、醜かろうが、本音を伝え合う道具」としての位置付けを持っていると思う。その根底にあるのは、誰もが自由に「本音を伝え合う」ことだと、自分は理解している。そもそも、「情報通信機器」を貿易の看板に掲げるのなら、その「人々が自由に本音を発する」ことに価値観を持たなければならない。ここは、習近平さんの最大の誤算だろうけれども、どういう形で、ご自身の名前を歴史に刻むつもりなのかなぁ。(師匠はご存知のはずだけども、僕には見えてません。)

インターネットの時代。もはや、国家が「国家の価値観」で「内政」を担うことすら難しくなった。中国政府の場合には、その「監視システム」自体が、国民に「政府批判」の決定的な証拠を提供すると思う。わかってしまえば当たり前なのに、なんで気づかないんだろうなぁ。

GAFAが、すごい。日本国民として、日本国政府の行政府の力を借りて、自分の会社の存在証明をしようとしたのに、無駄だった。政府は役に立たない。ネット社会では、ネット社会での価値基準で、各国政府以上の信頼性で、「個」の存在証明を行おうと模索している。(日本国政府は、たぶん、模索すらしていない)個の尊厳をどうやって、ネット社会で確立するか。今現在、中国は「情報デバイス」の提供元として世界中から認識されているけれども、例えば、中国製造「の通信機器には、リモコン機能があって、遠隔操作があっても、証拠があっても、やられたい放題。いいの?

あ、もうダメ。飲み過ぎた。シラフじゃ書けない表現を、結構満載した気がする。(書いた覚えはあるけど、せっかく酔っ払ってるんだから、もっと過激な書き方ができなかったか、反省することしきり。シラフだと、ここまでは吐き出せない。まともにキーボードを叩ける限界なので、これで終わる。

言いたかったことを全部書けたか?(俺に聞くな!)

セレブ

7時のNHKニュース、トップニュースはどこかの会社の幹部の汚職だった。当事者が自殺したとか。5億円とか。
5億円かぁ。よくお金持ちのことをセレブとか言う。セレブリティを日本語で略したものでしたっけ?語源は確か、celebrated(神によって祝福された人)だったと思うけれども、本当にお金持ちって祝福されているんだろうか?

お金は、うまく循環させれば、多くの人の豊かな生活を実現できる。それが1カ所に偏在しているっていうことは、その分だけ貧しい人が増えている、ということで、お金を(必要以上に)たくさん持っているっていうことは、逆に言えば、それだけ多くの人の貧困の原因を作っている、という気もする。っていうことは、お金の「持ち方」次第では、金持ちであることが、神によって祝福されるべきではないことの証拠にも、なっているような気がする。

お金を循環させる立場の人は、また話が別なんだろうな、と思う。プール金がなければ、給料だって支払えないし、お金を回すことが大事。あるいは、「生活に必要」だとしたって、どんな生活かにもよるんだろうな。ぶっちゃけ、なければないなりに、結構楽しんで生活はできる。

「万一の蓄えがないと、いざ病気になったら・・・」最近思うけれど、もう、ある程度やるべきことをやって来たという実感さえ持てたなら、「この治療を受けないなら死ぬ、というのなら、死んでもいい」という、そんな気もしている。無論、積極的に医療を否定している訳じゃなく、自分の「身の丈」を超えた治療はいらない。むしろ、今回の一生を思い返して一つづつ丁寧に検証して、もし今「修正」とか「訂正」が間に合うなら一つでも、後々(次に)尾を引くような話題は片付けて、あとは、次に備えて、余計な思いは全部捨ててしまおうか、なんてことも思う。僕はそれでいい。概して、次があることを信じていない人が、肉体生命にしがみつこうとするんだろうな。肉体生命にしがみつこうとしたら、その思い自体が欲となって、汚れとなって、「次」に悪影響を及ぼす、と、自分は理解している。

それにしても、自殺はよくない。神によって祝福されない、という程度ならば、まだ「普通」には扱ってもらえると思うけれども、自殺は、神が与えた「肉体生命」を否定している、つまり神を否定している行為に匹敵する、と自分は理解している。汚職なんて、ぶっちゃけ悪いことをしても黙っている人なんて(ハラスメントがいい例だと思うけれど、自分のしていることの結果を全く自覚していない人も含めて、)いくらだっている訳で、そうした意味では、汚職だけならせいぜいゼロ査定なのに、わざわざ、無限大に近いマイナスにするなんて、浅はかだよな、と、自分は考える。「これで、終わる」とでも思って自殺するんだろうけれども、とんでもない話で、全然終わらないどころか、何百年そこでループするか、わからない。毎度、勝手にやってろ、とは思うが。(えぇと、師匠の受け売りです。)

いつ、どこの番組だったか忘れたけど、「いくら持っていたら、セレブなんでしょうかね?」なんていう話題があった。私の理解。そうですねぇ、まず、2千万円とか、せいぜい1億円とか、その辺りが閾値でしょうかね。それ以上持っていたら、まず神には祝福されないと思いますよ。それ以上持っていたら、セレブじゃないと思います。(しつこいようだが、そうしたお金を給料で支払ったり、とにかく、動かして回している方々は除きます。)

ま、貧乏人のヒガミですから、気にしないでください。

rails 6

貴重な午後の4時間を浪費

いきなり、railsサーバが立ち上がらなくなった。大学院の教材作成。そもそも、内容に大きな修正はない、はずだったのに、rails 5が rails 6になったら、Coffee Scriptが標準ではなくなった。去年の教材は、Coffeeを使って書いている。

普通に考えたら、Gem にCoffeeを追加すればいいだけなんだけれども、Coffeeを入れると、therubyracerを追加しないとならないみたいで、そうなってくると、javascriptの扱いがややこしくなってくる。(それで、評判がイマイチなんだろうか。)

あろうことか、時々固まる。仕方ないのでVMwareを何度か強制シャットダウンした。そうしたら、サーバが全く立ち上がらなくなった。エラーの最後は

3: from /var/lib/gems/2.5.0/gems/webpacker-4.0.7/lib/webpacker/manifest.rb:18:in `refresh’
2: from /var/lib/gems/2.5.0/gems/webpacker-4.0.7/lib/webpacker/manifest.rb:84:in `load’
1: from /usr/lib/ruby/vendor_ruby/json/common.rb:156:in `parse’
/usr/lib/ruby/vendor_ruby/json/common.rb:156:in `parse’: 765: unexpected token at ” (JSON::ParserError)

JSONなんて、触ってないぞ。いや、確かにJQuery-UIのgemを入れたり、消したり、したっけか。WEB Consoleに、Cannot find module jQuery-uiが表示された。Coffeeから書き換えたJavaScriptの関数を、全く読んでくれない。どう試しても、Not Foundになってしまう。ドツボった。そのドツボを何とかする試行錯誤の中で、突然落ち出した。

煮詰まりました。待てよ、と。webpacker/manifest.rb:84だって?

def load
if config.public_manifest_path.exist?
JSON.parse config.public_manifest_path.read
else
{}
end
end

ここで落ちてる。辿ってみたら、public/packsの下に manifest.jsonというファイルが出来ていて、これが空だった。固まった際にこのファイルを作りに行ったに違いない。そこで強制リセットしたから、空のままになってしまい、それで JSON-ParseErrorが出たみたいだ。このファイルを消したら、動いた。良かった。

と言いつつ、クラッシュからは回復したけれども、coffeeからjavascriptに書き戻した部分が、全く動いていない。これが解決しないと、教材が仕上がらない。

rails 4から rails 5になった際に、何とか Coffee Scriptも、ある程度読みこなせるようになったのに、また標準から外れた?(振り回されてるなぁ。)

加えて、Ruby on Railsを使ったら、何とかAjaxでのプログラミングを、割とサクサクと書けるようになったのに、有限会社シグナリスでは Python / Djangoを主力ツールにしましょう、とかなったお陰で、また「初心者」に逆戻り。(なんて決断をしてくれるんだ。社長の顔に唾を吐きかけたいぞ。)勉強のやり直し。せめて、Ruby on Railsの世界でだけは、そこそこ「中級レベルのプログラマ」をキープしていたかったのに、Coffeeを外すなんて・・・ これまで書き溜めたスニペットを、どうしてくれる!ってか、また書きなおしゃいいってか?スニペットの意味ないじゃん!

いいものを積極的に取り入れる。環境が変わったら、取り入れて間もないものでも、思い切って捨てる。その方針は、悪いとは思わないけれど、ユーザに負荷をかけすぎてる気もする。ってか、すごく負荷がかかってる。コードの書き直しとか、環境の構築し直し、それが済んだ後の教材の書き直し。この、納期が混んでて忙しい時に、ちょっとイラついた。疲れた。(今日は、タバコの本数が多い。)

まぁ、クラッシュの原因は、LINUX on VMwareが固まったために、僕がやった何回かの「強制シャットダウン」だったんだろうから、悪いのは僕だ。キャッシュを消しただけで回復したのはラッキーだったけれども、それにしても、4時間やって、まだ解決策を見つけていない。

教材、どうしようかなぁ。ここの部分を動かさないと、授業が1時間半持たない。ヘバッタ。動いたのは良かったけど。

気を取り直して、再挑戦。