訂正

なんだか、本当にどうでもいい(いや、どうでもいいと思っているのは自分だけで、実は結構、大事なことかも知れないけれども、そういう)ところで、自分が書いてしまった内容について、後から、「あそこ、違ってた」というのを思い出すことがあったりしてます。(そのセンサーが働かなくなったら、僕はもう、書くのはやめる。)

ゴーンさん関連で、日産にいた友人から聞いた話について書いた、ここ。

もう一つ、彼から聞いた話を思い出した。
研究開発部門で、5万円だか、10万円だかの備品を購入するのに、「ゴーン前」はざっと30個程度の「承認印」が必要だったらしい。担当部門の主任、係長、課長補佐、課長、経理部門の誰それ、工場の誰それ、30個?よくわからんけど、まさか社長決済じゃないだろうな、とは思うんだが。

金額は、5万円だったと思う。この時の会話の情景を、かなり鮮明に思い出した。承認印の数は、30個ではなく、15個だった。訂正します。

こんなどうでもいいこと、とか思うんだが、とにかく、気づいた間違いはその場で訂正しておきたい。いや、何がどこでどう、「地獄での長逗留」の原因になるかわからんし。特にこれって、僕の「話を盛る癖」が原因かも知れないから。

本当に、結構な勢いで「話を盛って」いる気はする。ただ、これを書いた時の自分の心境としては、「すごい個数だったよな」というあやふやな記憶から、あれ、15個だったっけか?それとも30個、みたいな感じで、記憶を完全に辿り切れないまま、30個と言葉にしてしまった。
もし、100個って書いていたら、逆に訂正する必然性は減っていたかも知れないけど。それでも、100個って書かれていると、何も疑わずに信じちゃう人が、世間には結構いるっていうことも、最近理解して来たので、全ての過ちは訂正すべきなのかも知れない。

結構、この類の、ほんの些細な「話の盛り方」が、周り回って、誰かを致命的に追い詰めたりする結果になったりすることって、あったりする気がする。「あいつってサァ」みたいな感じで、相当に適当なことを言ってしまった挙句に、その「立てた噂」が一人歩きして、みたいなケース。「加害者側」に回ったことがどれだけあったか、思い出し切れていないけれど、「被害者側」になったケースは、いくつか思い出せる。もう、今更訂正してもらわなくても構わないけど。
すごい話になると、誰かが適当に言った内容が、誰も検証せずに「歴史」になっちゃったりして、しかも教科書に掲載されたりしているし。僕は、そこまで酷いことはしてない、と思いたい。

こうした人の心に関する問題。誰かにつけてしまった「心の傷」に、自分で気付いていなければ、本人がそれに気付くまでは地獄から上がれない、らしい。というのは、その経緯を(どこかのローティーンの女の子も書いていた)「上の世界」の住人は見ていて、自分では「問題ない」と思って上に戻っても、上ではそれを見て知っているから、本人が気付くまで相手にしてもらえない。あまりの居心地の悪さから、結局自分から「地獄」に下りるしかなくなる、そういうものらしい。
こいつ、訳のわからん事を書いてるな、と、お思いでしょうね。でも、僕は、誰かから聞いただけではなく、自分が直感した内容の説明を聞いて、合点がいった。
もし、そうした「仕組み」を全否定したとしても、「いい加減な発言」を訂正する事で、今生きている僕自身の友人、知人に「迷惑」をかけることが減れば、僕は多少、胸を張って堂々と生きていける。そんな気がしたから、こんな「世界の仕組み」なんてものがないとしても、やはり、「間違い」は訂正しておきたい。

たかだか、30→15の数字の訂正だけなのに、言ってることが、くどいし、長いな。すみませんね。この僕の性格は、たぶん、体に染み付いているから、直しようがない。

くどいページに付き合わせてしまって、(訂正すべき内容を書いてしまったことも含めて、)申し訳ありませんでした。ごめんなさい。