私的ページのエピローグ

最初は、「説明的な独り言」だった。確か、そこから始まったと思う。

近所を徘徊しながら考えた。(もう少し若かったら、「散歩」なんだろうけれど。)今、覚えながら実戦投入した、僕にとって新しい開発環境での、開発中アプリで起きていることが、想定を遥かに超えている。もう、どこかで何か、自分の生き方から見つめ直さないと、このままだと僕は自滅する。そんな気がした。だとしたら、一番切り離さないとならないのは、この「私的ブログ」じゃないか、と言う結論に辿り着いた。

言語自体には、もうかなり慣れていたが、開発プラットフォームは、まだ使い始めて1年経っていない。癖がわからない。想定外の現象に、次から次へと晒されて、要するに「未経験」だから、一通り経験するまではこの状況が続くんだろう。あまりの情けなさにもう、苦笑いしか出ていない。昔からなじんだ道具だけを使い続けていればいい業界ではないし、今後も「新しいものを使い始める」ことは何度もあるんだろう。集中しなければ乗り切れない。

おしまいにしよう。決めた。今度こそ。いい区切りの年齢でもあるし。

その頃のある日、職場で、女子社員がこちらを見ながら「夜中の2時から飲み始めるなんて、非常識よね」と聞こえよがしに言っていた。え、まさか俺のこと?まさかね、と思った。その前日、夜中の11時過ぎまで会社で仕事をしていて、家に戻ったけれども、プログラムが頭から離れず(調子が良ければ、そう言う状態になるんだが)全く寝つかれなかった。布団に入っても、頭の中にはプログラムコードが広がったまま。寝なきゃ、と思いながら、眠れない。飲んで寝ようと、思い「しゃぁない、飲むか」と言って、ビールを飲み始めたのは、確かに午前2時だった。と思う。だけど、何で?と言うのが???だらけだった。その後、それに近いことが何度かあって、もしかしたらと思い、アドバルーンというか、実際には思ってもいない一言(部屋の中での独り言)を口にして、周囲の反応を探って見た。明らかに、伝わっているとその時は感じた。

そこからが、おかしくなった。部屋にいても、くつろげない。何だか神経がテンパってる。何がどんな形で外に漏れているのか、わからないし、どうも、自分が実際に意図してもいない伝わり方で、外におかしな解釈をされていることもあった。これも、後から気付いたけれども、あたかも僕が「自発的に何かを公開している」かのような伝わり方で外に出ていたようで、そうなると、何をするにも、わざわざ「説明的な独り言」を口にして、他意がないことを明確にしておかないと、不安でならない精神状態に陥った。その頃、向かいの家の窓に(当時は、まだ馬鹿デカかった)監視カメラがあるのを見つけ、何だかもう、不快というよりも、正体不明の不安感がひどくて、過呼吸に陥って、自分でもどうなったのかわからずに、隣の部屋の住人Kさんに救急車を読んでもらったのもその頃だったし、何が起きているのか、これからどうなるのか、一度壊れかけていた気がする。メニエルが悪化して、一時期両耳が聞こえなかった。
結構、酒浸ってもいた。当時はコンビニなんてなかった。酒類の自販機も、午後11時になると買えなくなった。部屋に戻っても10時過ぎになって酒がないと、「あ、酒買ってこなきゃ」と「独り言」を言う。それがまた、どうも外に伝わる。ますます酒に頼る。

色々な「偶然」もあった。その「偶然」の正体もわからなかった。結論から言えば、もしかしたら、何らかの理由で僕は「目立つ」必要があるのかも知れない、と思うようになった。結論を先送りしたのは正解だったと思う。誰かのサポートに入ることを自分で決めてきていた「予感」は確かにあった。僕が「僕は、師匠のチンドン屋だ」と、勝手に名乗り始めたのは、自分なりの「答え」を見つけてから、だった。(合ってるかどうかはわからない。)本当は直接確認したい、と思ったこともあったけれども、「自分が誰なのか」や「自分が今回、何のために生まれてきたのか」は、自分で必死で考え抜いて自分で答えを出すしかないと、安易に師匠に確認するのはやめて、とにかく「師匠の存在」を伝えるように、自分なりの試行錯誤を続けた。そのことすらも、もう「卒業」してもいいんじゃないか、と言う気がする。

「説明的な独り言」は、やがて、部屋の中で、新聞の折り込み広告の裏にボールペンでかきなぐった文章に代わり、電話での会話も漏れていた気がしたから(それが、部屋の中の音声としてもれたのか、電話回線経由かは確認できなかったけれども、)電話での会話での「説明的な一言」に広がり(僕は、訳のわからんことを言う変な奴になった)、そこから、webと言う形に移ってきた。2000年頃にはもう、webにしていたと思う。足掛け30年の、情報発信。だけれども、最初の頃のは、言わせてもらえれば、「情報発信」じゃない。外から勝手に拾い上げられていた。webにしたのは「意図を明確に、言葉の限り説明したかった」から、だった。そして「目立つ」ために、書き続けた。(けれども、途中で、何度もメンタルが壊れている。)
あの頃の「不安」が解消したか、と言えば、全く解消していない。今でも「誤解」を恐れて、やたらと「説明」というか「自己弁護」したくなる気持ちは強い。(このページもそうだ。)その根底にあるのは、もしかしたら「三つ子の魂」かも知れない。物心ついた頃から、親に「言い訳」とか「弁解」とか、延々とそんなのを続けていたような、あやふやな記憶がある。だから、「不安」に押されて、黙っていられなかった。裏を返して言えば、こうして「延々と書き続ける」には、絶好の「育てられ方」をしたのかも知れない。だとしたら、僕をそのように育てることを、僕自身が上で、両親に頼んで来たのかも知れない。「答え合わせ」ができるまで、もう、そんなに先ではないから、深入りすることもないんだろう。そして結局、深層にある僕の「不安」は、たぶん死ぬまで消えない。

有り体に書けば、仕事で今僕が出している「不具合」は、僕自身がスキルアップしなければ完全には解消できないし、相当に意識を集中しなければ、無理だろうとも思う。そうなると、「こうした話題」を書き続けることは、僕自身の仕事には、デメリットでしかない。その現実に、背中を押された。書いている時間の問題もあるし、もし僕の関係者が、こうしたページを読まれたら、どう感じられるか、という問題でもある。

いずれにしても、「師匠の存在」について、書き続けた「結果」は、ある程度出た気がする。仮に、結果を出せなかった、としても、もう、現実から逃避する訳にもいかず、こちらの「目に見えない世界」の話は、打ち切るしかないとも思う。打ち切るというよりも、すぐに書けるネタはほとんど出し尽くした。もう十分書いた。

「私的内容」を書くことや、「ニュースに反応して書く」ことを、今度こそ終わりにするのであって、SEとして、プログラマとして、あるいは、学校の先生モードで、自分の考えを書くことはあるかな、とは思う。ただ、公的な顔以外は、あまり出したくない。

正直いって、この決断を下して、ほっとしました。「目立つ」ことは、そんなに好きじゃない。「師匠の存在」さえ世間に伝わってくれたなら、正直な話、僕がこれまで書いた内容も消えてもらった方がいい気がするし、僕が生きた軌跡そのものも、消えて欲しい気がする。僕が出したかった「結果」は、僕自身の人生の軌跡じゃない。たぶん、これも30年前に気付いていた。だから、何度壊れても、かろうじて復元させていただいたのかも知れない。

とにかく、このページをもって、僕自身の「顔」の一部を外に晒すことは、終わりにします。後は、仕事関係の顔、SE、プログラマの顔だけを残そうと思います。
こんな、訳のわからないページを読んでくださった皆様、申し訳ありませんでした。また、ありがとうございました。