不安

Nack5、大野さんの番組を最後まで聴いてしまった。さっきラジオを切ったところ。
バカボンさんのも聴きたいとは思いつつ、このままだと仕事にならない。というか、あまり仕事になっていなかった。バカボンさんごめんなさい。

何かちょっとした不安があると、どうしても「固まる」癖がある。
その不安の一番の原因は、やはり某国からのハッキングのアクセスだろうか。本当に、こいつら消えて欲しい。

大野さんの番組で、新型コロナウイルスについての投稿を集めていた。長文が多かったらしい。
その中で、たぶん、医療関係者だろうな、「大切なことは、パンデミックの不安を煽らないように、冷静に・・・」というのがあった。
そうでしょうね。同感します。ただ、僕が書いたのは、不安を煽るというよりも「願望」です。

誤解を招かないように正確に書くならば、とにかく、このハッキングを止めて欲しい。
もし某国が関与しているのならば、すぐにでもやめて欲しい。
国が関与していないとしても、取り締まって欲しい。

だけど、おそらく某国は何もしない。だったら、どうあれば、このハッキング集団に消えてもらえるか。
消えてもらうためには、例えばパンデミックでハッキングの関係者が全員感染して、いなくなれば、目的は果たせるだろうな、という、僕の強い願望を書いただけ。
不安を煽るつもりなど、毛頭ない。
ハッキングという行為が改まるのならば、それ以上何も考えない。それで、忘れる。ただ、目の前で、自分のサイトや、これから納入するはずのサイトがハッキングに晒され続けていくのならば、あらゆる合法的な手段を使って排除したい。強く念じるだけならば、それは違法じゃないでしょ?
違法でなくても、間違いなく「神の思い」には背いていると思う。ただ、どこまで落ちようが腹は括っている。

もう一つの不安。
こうして、言葉を発し続けていて、どんな形で伝わっているか。おかしな誤解を与えていないか。
特に、師匠の講演内容にかすっている話題。間違って伝わったなら、責任は、とてつもなく重いぞ。
わかっている。わかっているから、不安に押されて、被せるように書き続けている、という結果になってる。

そんなに不安だったら、黙っていればいい。
でも、黙っていたら、黙っていたで、今師匠が肉体を持たれていて、講演されていて、僕も無事に、師匠と知り合うところまで辿り着いたのに、黙っていて、もしかして何かを書いたなら、100人のうち一人だけでも、一万人のうち一人だけでも、師匠が講演会で伝えたいであろう内容を、届けることができるかも知れないのに、その機会を潰したという「後悔」が残る気がする。せっかく、こうして書いたものがある程度拡散する状況を作ったのに。黙っていたなら、これまでの僕の今回の人生の全ての「布石」を無にしてしまう、そんな「後悔」をしそうな「不安」がある。
落ちる不安と、後悔する不安と、どちらを選ぶか。

単純に解釈していただければ、それで十分です。人間の実体は「意識体」、意識を持ったエネルギー体である、ということ。人間だけではなく、地球にも、太陽にも、電子にも、人間とは違った形ではあっても「意識」がある、ということ。エネルギー体は、エネルギーレベルの違いで80段階以上(数字は目安です)に分かれていて、エネルギーレベルが違うと、ラジオのチューニングができないように「意思疎通」できない、ということ。そのままだと、いつまで経っても、どのエネルギーレベルの方も、大した経験を積めないから、より高いエネルギー体の方の生き方などを知って、経験を積むために、この「物質世界」が創造され、僕らは肉体を持てるようになっている、ということ。その「物質世界」のおかげで、自分より遥かにエネルギーレベルの高い方、例えばイエス様などが肉体を持たれれば、会って直接話をすることだってできる、ということ。この物質世界も、エネルギー体としての僕ら自身も、全て創造主によって作られたものだ、ということ。経験を積んで、より細かい意識を持てるようになれば、エネルギー量が上がって「進化」できるし、逆に物質世界に染まって「退化」することもある、ということ。誰から何を学ぶか、自らどんな人生を生きるかなど、誰もが自分の判断で、神の思いに背かない生き方ができるように、すべてのヒトに「自由」が与えられている、ということ。
ここから先、細かく補い出すと、あるいは、さらに上の話を補い出すと、際限がない。その辺を書き始めたら、「誤って伝わる」こともあるかも知れない。大雑把に言えば、僕がとにかく伝えたいのは、こんな話題、だけなので、それ以外の細かいところは全部忘れていただけたら、とても有難い。

さらに、もう一つの不安。
仕事の納期に間に合うか。(こんなこと、書いている暇はない、けれど。)

受験シーズンですね。受験の場合にも「不安」はつきものだった。だからこそ、「やるべきことはやり尽くした」と思えるだけ、頑張るだけだったんだろうと思う。それができなかったなぁ、と昔を思い出す。「不安」に押しつぶされて、固まってしまって、何度も失敗した。

今は?「不安」があるなら、さっさと仕事しろ。ハッキングに「対策」できるなら、やれることをすべてやって、後は覚悟を決めるだけ。コーディングは、とにかく書きまくれ。「決断」を先送りするな、迷っていても、エイや、で自分を信じて、決めろ。
なんだよなぁ・・・。

おい、イクオ、がんばれ。

あれこれ

僕の得意技だったフラグマスク(ビットの論理積を被せてフィルターする)が、どうもDBとの整合で、ORマッピングの世界に持ち込むと、予想外に計算負荷を増やしているみたいだ。早い段階で松尾くんから指摘があったんだけれども、つまり、なるべく簡素なSQLに直接落とせる形で、フラグを、マスクではなく、booleanの「整数値」分割すべきだと。あいつ、僕が教員をやってた間にも、業務用アプリでは、相当に現場で叩かれてるからなぁ。

よくわからないのは、boolean変数がビットでも、バイトでもなく、Integerに展開されているように見える点で、だとすると、今回10項目のフラグを設定した部分は、ビットマスクなら、64bit整数一つに落とせるのに、Integerにされちゃったらレコード一件あたり640ビット、10倍以上のデータ量になる。無論、DBMSの内部スキーマでうまい具合に圧縮してくれているならば、心配する必要はないんだろうけれども、調べきっていないもんだから、どうしてもbooleanのフラグを列挙する形式には躊躇してしまう。こういうのは、統合開発環境とか、DBMS の内部処理の効率化を信じるしかないんだろうなぁ。

いかんせん、アドレスバスからアクセス可能な主記憶は32キロバイトの時代からプログラムをしている人間だから、この発想は組み込み系には使えても、業務アプリには向かなくなったのかも知れない。圧倒的に、メモリも計算効率もいい「技」だったんだけどなぁ・・・
時代が変わった。今はもう、メモリ圧縮、計算ロジック圧縮「命」の時代じゃない。簡素な言語表現、シンプルなSQL表現が可能な、メンテナンス性能と読みやすさ、短納期「命」の時代みたいだから、頭を切り替えるしかない。

ここ、納期がきつい今リファクタリングするか、それとも現行の設計で通すか、決断できないでいたら、今日はほとんど仕事が捗らなかった。
悩み疲れた。いいです。こんな日もあります。

時代が、ではなくて、認識が変わった。より正確に言えば、子供の頃から漠然と「どうあるべきか」的な部分で感じていた疑問が、師匠の講演会でクリアに解けた、そんな話題もあるなぁ、なんて、かなり漠然と、思考のカーソルがおかしな方向を飛び回り始めた。ここからが本題。

「人間は、いかにあるべきか。」おぉ、でっかく出たな、ってな話題だが、今理解している答えは簡単。「神の思いに背かない生き方をすること」だけみたいだ。確か、まさしくこの表現を講演会で使われたこともあった。じゃぁ、何が「神の思い」なんだ、って部分は、怖くて書けません。僕に書けることは、「僕はこう考えるから、こうしています」とか、「こんなことがあった時に、僕はこう考えて、こうしました」的な部分だけかな、と思う。ただ、ざっくり言って、全然難しい話じゃない。人を殺すな、他人のものを奪うな。すべての人に平等に接しましょう。世間でよく言われている話。今さら、声を大にして叫ぶような話題じゃない。それなのに、たったそれだけのことができない人が増えている。

これも、ざっくり言えば、金をたくさん持ってることが、世界の共通の「価値観」になりつつある気がする。国がたくさん金を蓄えるために、産業保護と称してどういう政策を打ち出すか、そこだけに力点を置いている政治家と言えば、アレとアレと、アレ、みたいにゾロゾロと列挙できる。地球が壊れる訳だよ。

某国のハッカー集団。ログだけ見ていると、もう、やりたい放題やってる。ああいう人たちは、この世界から消えたらいいと、僕は書いた。言葉だけ拾い上げたなら、完全に「呪い」の言葉だよなぁ、とは自覚している。

20代、30代の頃は、大人になって、親父に反発した。僕自身、意識の大半が「金」とか「女」とか「酒」に向いていた。40代もその延長で、潰れていたかなぁ。ただ、その後師匠に出会い、できるだけ、自分の「あるべき姿」を考えるようにしてきて、微妙に、だけれども、感覚的には思春期前の自分に近づいた気がしている。小学校の頃だったか、冷たくなって硬くなったヒヨコを、必死で手のひらでマッサージして「生き返れ」と念じていたら、本当に生き返ったことがあった。その逆も何度もあった。「あんな奴、いなければいいのに」と思ってしまった結果は、書かない。
お陰様で、というべきか、この年になって「経済」を完全に諦めて、なるようになれ、と思えるようになったお陰で、逆に、あの頃に近くなっている気がする。無論、人生経験は積んできたから、そう簡単に誰かを否定するような思いは持たないから、多少のことでは「何も感じない」です。お前を殺してやる、くらいの憎悪をぶつけられても、全然平気にはなった。
ですけどね、あの某国のハッカー集団だけは、ログを見ているだけで不快になって、「こんな奴ら、いなければいいのに」の思いが、どうしても消せない。文字通り「機械的」に無制限に攻めてくる。こういう時は、素直に、自分の意識を開放しようと思った。その某国でパンデミックが起きても構わないと、僕は今そう思っている。

「お前、偉そうなことを書く割には、実際は酷い奴じゃないか。」そうですね。自分でもそう思います。人は、相手の立場を思い遣って生きるべきだ。人を殺すべきじゃない。そう書きつつ、死ぬってどういうことだろうか。実は、肉体を抜けるだけだと、今は確信している。肉体を持っている間に蓄積した「経験」の質の違いで、進化もするし、退化もする。その「経験」の内容を決めるのは、本人次第。神ですら干渉はされない。逆だ。どこまで自分の判断で「あるべき生き方」を出来るか、ただ黙って見守ってくださっている。いうまでもなく、「質の高い生き方」を求められていると、自分は理解している。
その一方で、あまりにも、誰も彼もが「物欲」とか「支配欲」に振り回され、社会全体がそれを当然と思うようになった時に、何度となく、人類は大陸ごと消されて、「原始人」からのやり直しを余儀なくされた。ただ、何億という人が大陸ごと海に沈んでも、その方々の「魂」はそのこと自体を「経験」として、また何度でも、次の機会に肉体を持って生活し、その都度、肉体を持った場所、時代、社会で「やり直し」をしてきている、と私は理解している。(すみません、ここまでは僕も、記憶を辿れていません。せいぜい、3回前くらいまでで。なので、これは伝聞です。)「やり直し」の機会を与えることができるからこそ、地球の意識は、大陸ごと消す、という手段を普通に発動されてきたのだろうと理解している。そこに至る経過を、全く学習できていない奴もいる。トランプを見ていたらよくわかる。だから、何度でも繰り返し起きた。

だから、という訳ではないが、あまりにも目に余る行為を展開するのならば、もっと具体的に書けば、某国のハッカー集団によるアクセスを見るたびに、僕自身は、その某国そのものが消えるべきだという意識になって来ている。国家のバックアップによるハッカー集団であるならば、即座に解散すべきだ。黙認していたのならば、取締るべきだ。人権問題はどうか。政府による個人の「思想・信条」への干渉を、一切やめるべきだ。(これは、いささか、拡大解釈だけれども、上位の意識体が一番不快に感じられているのは、この部分だと自分は理解する。)
それができないのならば、つまり、結果として、その某国のハッカー集団によるアクセスは続くだろうし、その行為に接するたびに、僕自身の「消えろ」という思いは強くなる。この「思い」は、下手に封じてしまうと、僕自身が自分で自分を壊す気がする。これほど強い意識があるのに、それを直接外に向けることができないなら、たぶん僕は、自分で自分を壊しにかかると思う。本当に申し訳ないけれども、僕はその某国に「消えろ」という意識を向け続けます。願わくば、某国のハッカー集団が行動を改めて欲しい。それができないのならば、そのハッカー集団が消えるまでの規模の、パンデミックが起きるように、僕は念じ続けると思う。(そういうのを、「呪い」って言うんだよ、って、そんなことはわかってる。その「呪い」をかけるって、決めた、っていう話だ。)

あまり、書きたくなかったけれど。だから今日は、途中で仕事が止まった。

正月に、ハッカーのアクセスの話題を書いた。某国からのアクセスログは、WuhanとNanjingからだった。そのWuhanは、実は省が違う。同名の別都市だったのかもしれない。でも、Nanjingではまだ、何も起きていませんね?僕が何を書きたいか、適当に察してください。