起承転結

物語で言えば、起承転結の「起」が終わり、「承」に差し掛かっている感じだろうか。
「承」の展開次第では、相当に「転」と「結」とが変わってくる。どうなるんだろう。
個人の行動に基づく結果では、「決定事項」なんて極めて限られていて、我々自身の自覚と、判断と行動次第では、結果はいくらでも変わるものだろうと私は思う。それは、集団の行動についても同じなんだろう。

師匠の受け売り。地球にも意識がある。人類があまりにも「あるべき姿」からかけ離れてくれば、あるべき姿を取り戻すように働きかけをする。今の私たちは我欲の塊りみたいなところがあって、環境破壊に始まり、隣人を騙す詐欺に、相手が弱いと見たらとことん搾取したり、目に余る感じになっているんだろうか。科学技術が悪い訳じゃないと思う。昔は、「意識」としては今よりも悪い状況があったかもしれない。ところが、行動半径も限られていたし、できることも限られていた。さらに言えば、今よりも「信心深い」人も多かったのではないかと思う。結果として、顕在化しにくかったのかもしれない。それが、今や、航空機で世界中を「行動範囲」にして、重機であっという間に森を壊し、意識ばかりではなく、その結果が看過できない規模になったのかもしれない。

当初は「警告」程度だった。ところが、そもそもが「地球に意識がある」なんて言ったところで、そんなはずがない、証拠を見せろみたいな感じなんだろうな、「地球温暖化なんて、フェイクだ」なんていう偉い人の発言もあった。
地球の持つ「技」は多彩だと思う。気象現象以外にも、地震があり、津波があり、火山噴火があり、たぶんだいぶ前に、ウイルスを産み出すこともできるらしい、という話題は書いた記憶がある。
もはや「警告」の域を超えて、排除しにかかっているという話も書いた記憶がある。だから、手加減がない。人類の頭数を減らしにかかっている、そんな気もする。
今回みたいな騒動が起きてからこれを書いたら、悪い便乗だけれど、たぶん、去年の10月頃には書いたと思うから、今回の騒ぎに便乗して書いた訳じゃない。探そうと思ったら、バックナンバーから見つかると思う。
今だから書いておきたい。起きてしまってから書くと、「悪い便乗」になる。まだ、致死率が100%に近いウイルスが表面化していない。表面化していない、ということは、既に発生している、と私は理解している。今回のウイルス騒動ですら、まだ序の口というか、「予行演習」のような感じなのかも知れない。
これから一旦、「実力行使」が始まるんだろうか。もう、警告しても意味がない。そう思われているような気もする。

どこがどう悪くて、どう改めたらいいのか、なんていう話も、何度となく、というよりも、数え切れないくらい書いた気がする。
人間の実体は「意識体」。肉体は、古い言い方をすれば「乗り船」、今時だったら「自動車」。自動車が壊れても、運転手は車を降りて、別の車に買い換えることができる。
だから、「死」を恐れる必要はない。余程悪いことをしていない限り、今回が最後じゃない。全世界共通で、死を恐れるその恐れ方が半端ないな。結局、死んだらそれで終わりだと思っている、ということだろうか。

全世界の感染者数が19万人に届く勢いだ。死者が約7800人。こういう言い方をしたら語弊があるが、たったそれだけでしょ?核ミサイルが地方都市に落ちたとしたって、たったの一発でそれを遥かに上回る罹災者、死者が発生すると思う。ところが、その「核ミサイル」の廃絶の合意が成り立たない。病気は怖いけれど、自分たちが持っていて手放そうとしない核兵器は怖くない?どういう発想なんだろうか。どういう思考回路なんだろうか?これも、どこかに「合意」を一方的に破棄した人がいたなぁ。「温暖化ガスの排出」なんていうのは、ある種の「予備テスト」だったような気がする。人類がどういう判断と行動を取るか、値踏みされていたのかも知れない。結論は、「経済活動が何よりも大切」だったのかな?その判断に後悔はないんでしょうね。

「航空機での移動」は、大量の温暖化ガスを排出する。控えようよって言ったって、聞く耳を持つ人はあまりいかったのかも知れない。ところが、いざ実力行使されたら、航空機会社は何社が生き残るんだろうか。僕は、まだ始まったばかりだと思う。

中国では「完全に押さえ込んだ」そうな。そうかな?ちょうど世界で、医療水準が高く、検査も行き届いている国と、検査すらしていないから「感染者がゼロ」という国と、大きな格差があるように、中国の場合には、国内にその格差がある。中国政府当局が、経済活動に力点を置いて、医療資源を集中投下した都市部などでは、「感染を押さえ込んだ」ことになっている。ところが、実際には検査体制どころか、医療水準すらも都市部とは開きがある地方で、ちょうど世界で起きているようなクラスターがいくつも発生している可能性がある。逆に医療の空白が起きてしまった結果、地方では状況の把握すらできていない可能性が高いと思う。例えが適切かどうかわからないけれども、癌の切除治療で癌細胞が全身に散ってしまったような状況が今ではないか、という気がする。もし、そうだとしたら、散った先で定着したクラスターが、顕在化して来たら、中国で第二波が起きると思う。今の世界の状況を見ていたら、起きない方がおかしい。

各国の政府が一番心配しているのは、「経済活動」だろうか。当然ですね。現金収入が得られなくなったら、生活できない人も出てくる。経済活動が停滞したら、社会が崩壊する。まさに、その現実を突きつけられた訳なんだろう。ただ、結局、長期化したら、今現在の「経済最優先」という「価値観」そのものを根底から改めざるを得なくなる気がする。やり方が過激だよな、とは思うけれど、「地球意識」はヒト型の意識体ではないらしいから、情け容赦とかはないし、まさにピンポイントで、そうせざるを得ない状況に我々を追い込んでいるな、という気がした。

地球意識よりも、さらに上位の「創造主」はどうお考えなんだろうか。こういう、人間相手みたいな表現が不適切なのは、百も承知しているが、他に書きようがない気がした。致死率が高いのは、特に高齢者。(僕も、その直前。)意識体を創造された方からしたら、自動車をスクラップにしたって、ドライバを壊している訳じゃない、というよりも、意識体そのものは、創造主が直接消しにかからない限りは、ほぼ永遠の命とも言える訳だから、「肉体が滅びました」とか我々が騒いだって、だからなんなの?くらいの感じのような気がする。
私が思うに、致死率の高いのは「高齢者」なんていうのは、むしろ、可能な限り自然の状況に近づける温情みたいな気がする。ということは、これも実は「警告」なのかなぁ。

むしろ、あれかなぁ。筋肉マッチョの筋トレ談義みたいな感じで、「筋トレが辛いか?筋トレは、二択だ。頑張るか、もっと頑張るか、その二択しかない。」みたいな感じ。「この状況が辛いですか?だったら、二択しかないですね。耐えるか、もっと耐えるか。」耐える、というよりも、ライフスタイル全般を通じての「価値観」を改めて、経済オンリーじゃないよ、と、どういう生き方をしたらいいか、考えて結論を出す、いいきっかけだね、その結論を出すまで、従来の価値観にしがみついて、苦しみ続けるのを「是」としますか?みたいな感じだろうか。

各国が、「国境封鎖」に近いことをやっている。確かに、現在の価値観で言ったら、他に思い当たらないだろうなぁ。最もシンボリックにそれを表現したのは「自国第一主義」だろうか。誰かが口火を切ったら、多くの国がそれを支持し、全世界に「自国第一主義」が広まった。
仕方ないかなぁ。他人を思いやる、なんていう意識を全く持てていない「意識レベル」の霊体さんが、肉体を持っているひとの全体の4割程度は占めている。それが世界を席巻し始めたのだから、実力行使で止めざるを得なかったんじゃないか、という気がする。
発想としては、「高額の関税をかける」のと似ている。どこに行き着くか。第三波くらいで、経済の地盤が沈降する。

最近僕は、パンデミックというよりも、ペネトレーションの方が適切な気がして来ている。

国境を封鎖して、それで国内でピークアウトしたとしても、その頃には、どこの国でも国内経済が限りなく休止に近い状況に追い込まれるだろうと思う。そうなると、究極の「二択」で、「コロナ」か「経済」か、になるんだろうな。
自国第一で、他国での感染拡大を「封鎖」によって排除しようとする。それだと、経済が限りなくチョークしてしまうから、他国からの受け入れをした上で、医療の対象となる相手が、自国民でも他国民でも、差別がない程度にまで、「平準化」してこない限り、本質的な問題解決には至らない、そんな気がする。
経済力の強い国が、経済力の弱い国に対して、自国と同様な医療提供に働きかける。それをしない限り、常に国内での感染拡大に怯えるか、もしくは、経済が致命的に衰退するか、時間の問題で、そこに行き着く気がした。