人工呼吸器

どこの国か、気にしなかった。
ニュースを見ていたら、「人工呼吸器の数が、絶対的に足りない」とか言っていた。アメリカ?あ〜。

以前は、日本国内にも人工呼吸器のメーカーがあった。結構いい製品を作っていたらしい。それが倒産した。なぜか。
バブルの際に、銀行から無理やり「貸し付け」をねじ込まれて、お金を借りた。
一旦借りてしまうと、返済計画とか、結構ずさんになるみたいで、当然、借りたままでいられるお金として事業を継続したらしい。
ところが、バブルがはじけた途端に、今度は「貸し剥がし」に遭遇した。とにかく、金を返せと。その「貸し剥がし」で、資金繰りが成り立たなくなって、倒産したらしい。バブル崩壊後の「貸し剥がし」による倒産は、業種・業態を問わずに、至る所にあったらしい。

そんな訳で、今は国産の「人工呼吸器」メーカーはない。
念のため、ググったら25社が作ってると出てきたけど、本当?日本光電って呼吸器作ってたっけか?輸入販売だったらわかるけど。メーカーのリストを見たら、「吸引器」も「人工呼吸器」と同格に扱ってる?認識が違うなぁ。投資家向けのサイトか?わかってサイトを立ててるんだろうか。

なんだか、「中国が人件費が安い」とか言って、国内の製造業が軒並み中国に工場を移転して、今になってみたら、国内で対応できるメーカーがなくなってしまった、なんていう話に似ている気がする。目先の金に動かされて、足元のビジネスが壊れる。壊れたら、もう、簡単には元には戻らない。だいたい、煽りを食うのは、中堅以下だから、政治家の視野には入っていない。
スモール・ビジネス・アウト・オブ・眼中・オブ・政治家。
バブル崩壊の時の、金融機関の凄まじさの後遺症、だと、僕は思う。医療機器メーカーも、ずいぶんと倒産したみたい。

日本もねぇ・・・人工呼吸器、今からでも、補助金出して開発製造させたら?
たぶん、日本でも絶対数が足りなくなる。

医療機器の場合には、もう一つ国内の「学会活動」までおかしくなった要因があった。

「倫理基準」で、あらゆる開発行為が「人体実験」とみなされ、ちょっとでも手順を誤ると、マスコミ(特に、A紙とか、Y紙とか、M紙とか)が、ここぞとばかりにキャンペーンでバッシングにかかる。それで、学会関係も萎縮してしまって、日本生体医工学会なんて、規模がとんでもなく小さくなった。

ヒステリックに叫ぶ人たちがいる。マスコミがそれを煽るから、怯えて何もできなくなる。

僕が以前、所ジョージさんの番組(番組名、忘れた)の制作協力を引き受けたことがあった。「人は熱中すると、時間を短く感じるか」みたいなテーマだったと思う。(目がテン、だったかなぁ。)その実験監修を引き受けた。番組制作側から提案があったのは、「時計のない、窓も閉じたままのホテルの部屋にこもって、ひたすら漫画を読み続けて、正しい時間を(確か、朝から漫画を読み始めて、「お昼」だと思ったら合図する、だったかな、)感じられるか、みたいな「実験」だったと思う。

その「実験監修」の番組協力の、テロップ掲示の是非を大学に打診したら、事務方から、「そうした、人を缶詰状態にして何かをさせるというのは、人体実験とか、拷問だとか言われかねないから、大学名を出すのはやめてくれ」と返事が返ってきた。
え?部屋にこもって、ひたすら好きな漫画を読み続けるのが、拷問?人体実験?倫理違反?嘘でしょ?

いや、普通の人は「別にいいんじゃない」と思うんじゃないか、という気がする。ところが、ごく一部、そういうのを「人体実験」だ、「拷問」だ、と騒ぐ人がいて、マスコミがそれに便乗して、大学関係者や、研究者を叩く、鬼の首でも取ったみたいに、キャンペーンで、「どこそこ大学の研究室が、倫理規定違反の実験をしていたことが判明しました。」と、テレビのニュースで流す、そのバッシングに遭遇した「研究仲間」の話を聞いたり、大学に火の粉が飛んだりするもんだから、もう、萎縮してしまって、「新規の医療機器開発」なんて、怖くてできない風潮になった。それが今の日本、だと思う。

資金面で絞られて、研究の基礎となる「実験」に足掛けをかけられて、こんな面倒なことはなくなった。もう、いいじゃん。人工呼吸器だって、輸入すればいい。製造元の国が「不足」って言ってたら、日本に入ってこなくたって、銀行が目先の金に走って(当時の大蔵省の指導か?)国内メーカーを潰したんだから、諦めたらいいんじゃない?
人工呼吸器さえあったら、助かった命だったのに。でも、人工呼吸器が足りなくて、回ってこなかったんでしょ?だったら、それは「助からない命」だと思う。日本の政治がかつて決断した、その結果の「運命」だとは思いませんか?そういうのを、タラレバという。もしくは、因果応報ともいう。当時、業種業態に拘らず、貸し剥がしの強行を決断をした方々が、今は「高齢者」に該当しているんだろうな。あの頃、何かとヒステリックに「問題視」した方々は、今どうしているんだろうか。当時闇雲に、無差別に新聞でキャンペーンを張って、「人体実験」を吊し上げにかかった方々も、今は「高齢者」か。

「当たり前の日常」が失われた。そうかなぁ。「致死的な要因」なんて、新型コロナウイルス以外に山ほどある。僕らは、そういうのと共存している訳で、みんなが騒いでいるから「新型コロナ」で大騒ぎになってるけれど、他にもあったのに、みんな気にもしていなかっただけじゃないかなぁ、とも思う。

そもそもが、「高齢者」も「持病のある人」も、昔だったら死んでいた。もとい。肉体を抜けていた。
大切なことは、「長く生きること」ではなくて、「今、生きているという時間を、いかに有効に活用し、今回肉体を持った経験を、次につなげることができるか」ではないか、と、僕は思う。僕の場合には、「目的」があった。(こうした文章を、ひたすら書き続けること。)ただ、一般的にはもっと漠然と、多くの人と出会って、他の方の生き様に共鳴し、自分の生き様を見つめ直すこと、かな、と思う。

金持ちになる?金を稼ぐ?なんの意味があるのよ。例えば、今回こうして「新型コロナ」が世界を騒がせている。資産が100億円以上ある人、とか、世界中にかなりいるみたいだけれど、その方々は、「新型コロナ」に拘らず、楽しい日常を過ごせるのかな?大豪邸に篭って、ひたすら一人で楽しむ?当面世界旅行はできないでしょ?「俺には関係ない」とか豪語できるのならいいけど、もし株式資産があるなら、今後どうなるか。その金を、もっと「人の役に立つこと」に向けたら良かったのに。資産が「100億円以上ある方」の所得税を0.1%増やし、それを世界の様々な問題解決に回しただけで、劇的に状況が改善する、なんていうNPOの記事もあった。(細かい数字は覚えていない。)さて、どうするんだろう。人非人になるか?

もっと、本質から考えたら?死んだって、肉体から離れるだけで、それで「終わり」じゃない。そういうことって、キリスト教でも、仏教でも、イスラム教でも教えていなかったっけか?なんだ?敬虔な信者だとか言いつつ、実は、全然信じていないのか?加えて言えば、肉体を抜けた後、普通の人は下に落ちた後、いずれはまた上に戻り、さらには、次に肉体を持つ機会がある。そういうサイクルが存在しているよ、と、僕は理解している。
そこまで細かくなくても、「死んだって終わりじゃない」と、宗教で教えてもらっているのなら、その考え方に身を委ねてみたら、別に新型コロナに感染したって、全然怖くないんじゃない?どんなに歳をとっていようが、持病があろうが。
怖がって騒ぐ、ってことは、要するに、イエス様にせよ、ムハンマド様にせよ、ゴータマ・シッダルーダ様にせよ、全然信じていなかった、ってことか。底が浅いね。

自然の恵みに感謝する。生活の糧が、自然から得られる。それを元に、先人の知恵で、直接生産活動に従事しなくても「生きる糧」が得られる。そうして、平穏な日常がある。それら全てに感謝し、地球の豊かな自然に感謝し、命あるものを殺して生きる糧として食す以上は、その命に感謝し、そうした意識を取り戻せば、案外この危機は乗り越えられるんじゃないか、という気がしている。

無論、今回こうして、この危機を経験させていただいている、なんてことも、「今、生きている」からこその経験で、その「生きている経験」を少しでも活用するためには、人工呼吸器だって、検査器具だって、大切だと思う。(僕は、教職も含めて、今はそのどちらの業界とも関係ありませんが。)言ってることが矛盾してる?してねぇよ、細かい表現を使い分け切れていないだけで。文句があるなら、論争するか?このページ、両極端の話を書いてるけど、一切矛盾のない説明はできる。(面倒くさいから、あちこちで言葉を端折ってるだけ。)

大震災もそう、津波もそう、原発事故もそう、台風もそう、洪水もそう、そして新型コロナもそう、みんな、今の自分の生き様を見つめ直す、いい機会じゃありませんかね?そこのところがわからなかったら、まださらに、次があると思う。まだまだ、スケールアップする余地が、いくつも残ってる。人の意識次第。