「打ち勝つ」?

毎度、安倍総理の一言一言が気になってならない。今回は、桁が違うからなぁ・・・
要点は2点。

まず、わかりやすい方から。
「緊急事態宣言」を出すとか、出さないとか、すったもんだしている。医師会とかからは「早く出せ」なんていう話があったのか。産業界からは「出さないでくれ」なんだろうか。どうして、こう、オール・オア・ナッシング的な発想なんだろうか。

外務省の海外安全情報は「注意喚起」から始まり、「渡航自粛」とか「中止勧告」「退避勧告」まで、4段階だと思う。火山噴火とか、他にも何段階かに分かれているのがあると思うけれども、新型コロナに関しても、地域によって、レベルが違うと思う。それを一律に、オール・オア・ナッシングの議論をしていたら、まとまるはずがない。

地域に感染者がいるか、いないかも要因だと思うけれども、感染者がいたとしても、その感染源となった施設がその地域にあるか、外で感染した人がその地域に居住しているだけなのかで、かなり違うと思うし、移動のために公共交通機関に依存する程度によっても地域の安全性は違ってくる。公共交通機関が頼れないから、誰もが車に乗っているような地域では、リスクは低いはずだと僕は思う。だから、同じ埼玉県でも、県南と県北ではかなり事情が違う。人口密度による差もある。学校が閉校するんじゃないかというくらい人数が減少している土地は、逆に、安全性が高いはずだとも思うし。
新型コロナで、地方の「マイナス要因」が全て逆転して「プラス要因」になっていると思う。
それら、個々の要因を分析して、スコアリングは難しいとしても、地域ごとに要因ごとにA、B、C3段階位の「目安」は算出できるんじゃなかろうか。その総合スコアとして、その地域で新型コロナ対策による「学校閉鎖」が必要かどうかの指針とか、活動自粛の指針とかいうのが出されるべきだとも思う。そうやって区分けしてみたら、東京には地域によっては既に封鎖すべき地域があると、個人的には僕は思う。

思い切り乱暴な議論をすれば、感染爆発のリスクは、地価に反比例している気がする。都内の昼間人口が少ない地域でも、日中に大勢の人が集まっている地域ならば、正直な話買い物にすらリスクが伴うのに対して、地方では「警戒」のレベルが激減する。細かく見れば、リスクが10段階くらいに分けられて、下の方の3段階くらいは、「適切な配慮のもとで、通常の学業、ビジネスを継続しても支障がない」というレベルにとどまっている地域が、日本中に少なくないと思う。それなのに、全国一律での「休校措置」は、あまりにも乱暴だった気がする。
「東京に行くな」は、とても理にかなっていると思うけれど。緻密さがないよなぁ。専門家の意見なんて、耳を傾ける気がないんだろうか。産業界の要望だけに耳を傾けていたら、産業界を最悪の事態に追い込むと思うな。

第2点。安倍総理の「人類が新型コロナに打ち勝った証として、東京オリンピックを云々」の、これまでに3回は聞いた覚えがある、この「打ち勝つ」という表現。そもそも、勝ったり負けたりの対象なのかな、というのが疑問だった。

新型コロナも「自然界」から人間に届けられたものだし、それは台風とか、地震、津波、森林火災と同じ。都合が悪ければ「戦って勝つ」という発想になるんだろうけれども、スケールが違いすぎるから、勝負になっていない気がする。逆の現象、虹が出たとか、暖かい日が続いたとか、全ては人間にとっての都合で「いい天気」「悪い天気」、(まぁ、いい病気っていうのはないけど、)「いい生き物」とか「悪い生き物」とか、決めつけたがる。

その根底にあるのは、「人類こそ、地球上で最も進化した優れた生き物だ」という奢りだろうか。人間が知覚できる「意識体」は、人類どうしまで。要するに、それより上はわからないから、「自分たちが一番上だ」と思っているだけだと、私は理解している。
例えばゴキブリ。悪役の代名詞か。テレビCMでも見つけたら殺せ、っていう感じ。今時の日本で、ゴキブリがそんなに病原体を媒介しているとは思えない。むしろ、不衛生にしている犬とか猫の方が、よほど、人間にとって都合の悪い病原体を体に持っているかも知れない。(そういう飼い主は、少ないとは思うけれど・・・どうかなぁ。)ゴキブリも、ハエも、蚊も同じだけれど、それじゃぁ、カブトムシやクワガタ、トンボとか蝶が家の中に入ってきたときに、いきなり「殺虫スプレイ」をかける人がどれくらいいるだろうか。なぜ、その「待遇の違い」が出てくるか。ゴキブリなんて、根拠がない気がする。彼らは、人間の「食べかす」を狙っているだけ。もともと、森林などで朽ちた木や植物を土に戻す役割を持っていたものが、「都市化」に伴って、人類と共存することを選んだのだと思う。それはネズミも同じかも知れない。「この家は、俺が住んでる家だ。誰がお前らに入っていいと言った!」みたいに、ゴキブリやネズミに激怒したり、毛嫌いしたりする。しつこいようだけれども、カブトムシやトンボに同じ反応を示すか?「珍しい訪問者だ」とか言って、歓迎したりして。人間のご都合だと思う。

人類は、ここ十数年、二十数年、加速度的に地球環境を破壊、汚染してきている。地球に「意識」があるとしたら、というよりも、私は「意識がある」という前提で書いているけれど、「地球」さんから見たら、「こんな住み方をするなら、この地球上に住むな」と言いたくなるような状態だと思う。このテーマ、既に数回書いている。随分前にも書いた。我々から見て、イエス様だとか、モーゼ様だとか、あの辺の方々は、かなり格上の方だとしても「人間型の意識体」であるには違いない。ただ、「地球意識」となると、「ヒト型」ではないから、何をどう考えているのか(そもそも、「考える」という表現そのものが不適切かも知れないけれども、)何を原因としてどう判断されるのか、考えることも、やられることも、人類から見たら桁が違いすぎて、想像の範囲を超越している。マグニチュード7クラスの地震が、年に何回も、世界のあちこちで起きている。台風やサイクロンの規模、もう、どんどんエスカレートしている気がするけれども、責任ある方々で、その原因が人類にあると考える方は、少数派かも知れない。
上に対してもそうだし、下に対しても同じだと思う。ゴキブリでも、ハエでも蚊でも、みな生き物としての「役割」を持って生きている。哺乳類以下、渡り鳥、回遊魚、昆虫から、バクテリア、ウイルスに至るまで、あらゆる「生命」が目的を持って「創造」され、地球が全体としてそのバランスを保って来たのだと私は理解している。そうした多くの生命(人類から見て下?)に対しても、地球という大きな意識体(上だという認識があるのかなぁ)に対しても、一定の敬意を持っている限りは、人類を排除するような「自然現象」は、それほどは起きなかった。と理解している。

特に、ここ十数年、冷戦構造が壊れて、人類が一つになろうかという流れが出来つつあった頃は、まだ、かなり地球環境が汚染されて来ても、じっと看過されて来たんだろうか。ところが、反動が出たんだろうか。この新型コロナの騒動の中でも、アメリカの軍事的脅威だとか、中国の軍事的脅威、ロシアがどうこう、などというニュースが流れる。世界が差別や排他の真逆の流れに触れて来て、一気に分断と排他という動きが出たような気がする。これでブレーキが壊れたような気がしてならない。

こんな深くは考えずに「新型コロナに打ち勝つ」なんていう表現が出て来たのは、安倍総理は「私の政治的采配で、打ち勝って見せる」という自信があるから、なんでしょうね。「打ち勝てる」相手じゃないと思う。そもそもが、「自然発生」したものではなく、どこかが生物兵器として作ったものでもなく、より上位の意識体が人類をターゲットとして「変化」させたものだから、考えるべきはその大元だと思う。相手が地球だとしたら、喧嘩して勝てる相手じゃない。「温暖化なんてフェイクだ」というのと同じレベルの発想だと、僕は思っています。さらに言えば、これが「最後」じゃない。「まだわからないのか」と思われてしまったら、(そもそも、この「思う」という表現が適切かどうかは別にして、)まだ次があるとも思う。

逆にいえば、意識のあり方を変えたならば、少なくとも、日本人だけでも、自然とか、創造主とか、そうした相手への気持ちの持ち方を変えたなら、新型コロナもそんなにも「猛威」は振るわないと思う。そう願うばかりだけれど。ただ、大地震にしても、やっぱり、日本人は他の国の方々と、ちょっと違う「素地」を持っているような気がしてならない。若い方々に代が移っても、失わせて欲しくない気がする。ってか、もうどうでもいいけど。

とにかく、安倍総理の「新型コロナに打ち勝つ」という表現が、気になっちゃって、気になっちゃって。改めるべきところを改めずに、敵対することだけを考えていたなら、きっと「打ち負かされる」と思います。「神」とか「自然」とかに対する「姿勢」っていうのは、広げて考えると、「自分以外の人」に対する基本的な「姿勢」にも、同じ要素が含まれてくると思う。前者を蔑ろにする方々は、後者に対しても同じ。そう考えていただければ、伝わりやすいかも知れない。