相互医療提供協定

日本とベトナムとで、入国制限の緩和を行うらしい。段階的に、相互往来の世界が戻ってくるんだろうか。ベトナムに続き、まずは、タイ、オーストラリア、ニュージーランドとの往来。
(でも、東京の夜の街などでの感染拡大を、相手国がどう考えるか・・・)

いずれ、海外旅行=観光が解禁になると、またジャンボジェットが飛び交うようになるんかなぁ。
せっかく、化石燃料の浪費が止められ、地球温暖化ガスの排出も低下しているのに、痛し痒し。

観光は、確かに「相互理解」を推進するし、世界的にやはり「観光」も基幹産業に成長しつつあるんだろうし。
宇宙を目指すのもいいけれど、プロペラもジェットエンジンも使わない航空機の開発とか、陸路での(日本からだと、まず福岡とか長崎あたりに移動し、上海あたりにフェリーで渡ってから、)鉄道旅行とかで移動し、二日とか三日かかるなら、「経由地」自体も「観光」の目的に組み込むような、そういうパッケージ旅行とか、できないかなぁ。

というのはやはり、航空機は鉄道の7〜8倍のエネルギー消費があるから。

https://www.mlit.go.jp/hakusyo/transport/shouwa54/ind020102/003.html
輸送機関別エネルギー効率

そうなると、日本とベトナムの相互往来には、二日とか三日とかかかるようになるんだろうか。
時代に逆行する?そうかなぁ。地球への負荷拡大は、絶対的に避けるべきだ。というのは、話の本題ではなくて。このページの主題は、医療保険の話。(でもないかも・・・)

日本には、国民皆保険の制度があるから、医療費の全額負担はまずない。保険点数が細かく決められているから、訳のわからん治療をされて、いきなり何百万円、何千万円の請求が来ることもない。
ただ、協力隊でパプアニューギニアにいた時は、「気軽に医者にかかれる」訳じゃないから、健康にはかなり神経を使っていた。一度だけ、微熱が続いた時にマラリア感染が不安だったので、地元の病院を訪ねた。世間話をしていたら、ちょっと会話に意識が向いていた間に、直前の「検査」の患者に使ったのと同じ針で採血されて(アルコール綿消毒さえ、したかどうか・・・)かえって怖くなった。当時の公式の数字で、PNGのHIVの感染率は1%前後でしたからねぇ・・・。マラリア検査でHIV感染なんて、勘弁して欲しいと思っていたけれど、帰国後の検査ではHIV陰性の結果が出て、とりあえずホッとした。(それ以外に、感染しそうな行為は一切していませんし。)

さらに、一度だけ、前歯を折って、JICAに何十万円か負担してもらってしまった。なんで前歯を折ったか。炎天下の中を歩いていて、突然「めまい」の発作が起きた。メニエル氏病の後遺症で、僕の左耳は聞こえない。聞こえないだけではなくて、三半規管がたぶん、ほとんど機能していない。25年前当時、その三半規管が突然「暴れる」というか、(重力の)方向感覚が滅茶苦茶になって、視線がグルグルと回り出すという発作が時々起きていた。起きそうなきっかけは、自分なりに感じ取ってはいたけれど、その時は本当に突然だった。歩いている時に発作が起きて、特に、重力の方向が全くわからないから、受け身を取るとか、手を出すとか、そういうことが全くできず(自分の体がどの向きに倒れているのかも感じ取れず)、まるで棒を倒すような感じで、前倒しになった。その際に、顔面を強打して、前歯の差し歯が外れた。
今だから白状するけれど、遺骨の情報収集を頼まれていて、知り合いの村を訪ねて、何キロか先の現地に向かって歩く途中だった。本当は、そういうことをやってちゃ、いけなかったんですけどね。ただ、私はシステムエンジニア隊員だったのに、2年の任期の間、コンピュータが壊れていなかったのは半年程度で、残りの1年半は、「公式の業務」としては何もできることがない感じだった。(することがないから、町中の人に頼まれて、コンピュータのお守りをしていた。)本業があまりにも捗らなかったので、それで、せめて半年の任期延長を申し出たんだけれども・・・

いずれにせよ、海外に出た日本人にとって、現地でどんな医療を受けられるかは、切実な問題だと思う。
同様に、日本を訪れている海外の方にとっても、医療費の問題は大きいような気がする。
日本の場合、「在住外国人」はまだしも、観光客となると、医療費の不払いも、外国人の医療を受け入れている病院にとっては切実な問題みたいだ。

治療費を踏み倒し平気で母国にトンズラする「トンでも観光客」の実態
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/56050

外国人患者の医療費未払いは9400万円、旅行保険に未加入の訪日外国人は3割。保険の認知度向上も課題

外国人患者の医療費未払いは9400万円、旅行保険に未加入の訪日外国人は3割。保険の認知度向上も課題

特に、ウィズ・コロナになってくると、相手国に滞在する日本人、日本に滞在する相手国の方、どちらにも、医療提供がどんな形で行われるかの不安がつきまとう、さらに医療現場では、医療費をどうやって回収するかが問題になる、そんな気がする。入国制限の緩和を進めるならば、同時に、表題の「相互医療提供協定」のような形で、両方の国に「医療保険制度」があるならば、その保険制度の相互乗り入れであってもいいし、相手国に「医療保険制度」がないならば、保険医療の医療費の支払いを相手国政府が保証するような制度であってもいいし、なんらかの形で「安心して移動できる」制度が必要なんじゃないか、という気がする。

この話題を持ち出したのには、別の理由が一つある。国名の名指しは避ける。避けるけれど、たぶん、バレバレになると思うけれども。

やはり、外国人であっても「人道的」な対応は必要で、日本の場合(日本だけではなく、多くの国で)旅行者が急病になった場合には、医療費の支払いを心配するよりも、医療機関に搬送したりするケースが多いと思う。人道的な理由による。その根底にあるのは、「人権」の相互尊重の考え方じゃないだろうか。

ということは、こうした「相互医療提供協定」のような協定を締結するとしたならば、その根底にあるのは、古くは世界人権宣言のような、「一人ひとりの(生存権を含む)権利を大切にする」という考え方だろうと思う。

然るに、世界人権宣言、国際人権規約のあと、それが、相互協定とか、「人権条約」のような、より、法的拘束力のある形には、一向に進化していない。と理解している。

可能であるならば、まず、「国連人権条約」のような形で、条約加盟国相互の基本的人権の尊重を最大限に重視する「義務」を国家に負わせる。その上で、「国連人権条約」に基づき、という前文を入れて、「相互医療提供協定」のような形で、医療二国間協定を「入国制限の緩和」に先行させる、というのは、どうなのかなぁと、考えた。

この「国連人権条約」だけれども、外国人ばかりではなく、当然、「自国民」への「人権抑圧」などがある国の場合には、そもそもが、批准しないだろうし、批准しようとしても、条件を満たすことができずに、条約批准として認められない。ということは、いずれ、ウィズコロナの世界経済が確立されていく中で、取り残されることになる。
特に、国内に「教育施設」と称する「収容所」があったり、個人の考えを述べただけで逮捕されるような国では、極めて対応が困難なはずで、どれほど、全世界にマスクや、医療防護具や、人工呼吸器などをバラ撒いて、「国連が我が国を非難するような決議を出すなら、せめて、棄権、間違っても賛成などするなよ」という外交を展開しているんだろうけれど、結局仲間外れになる気がする。

マスクや、医療防護具や、人工呼吸器などを大量に「援助」されて、表立っての反対ができない国であっても、国際的に、自国民が海外で急病(コロナ感染の発覚)などになり、医療支援が受けられないとなると、例えば、その国が漸次経済的に発展し、ビジネスマンや観光客などが海外に渡航し、医療支援が必要な状況になった際に、こうした「相互協定」を締結しているか否かは、非常に重要な問題になるような気がする。
無論、どちらを選ぶかはその国自身の問題だと思うけれど、こうしたアプローチは、間違いなく、その、マスクや医療防護具などを大量に海外に援助していて、人権を蔑ろにしている国への牽制にはなるような気がする。

そもそも、あんたの国では、自国民の「人権」を尊重してねぇだろと。だったら、海外旅行に来たあんたの国の国民が急病になったって、「前金」で医療費を支払わないなら、野垂れ死にさせられたって、文句を言うな、と、端的に言えば、こういうことです。

以前、師匠が講演会でおっしゃっていた。「中村哲さんのような活動は、本来的には、国が行うべきなんじゃないだろうか」という意味に私は解釈している。おそらく、そうおっしゃっている。
ただ、JICAを経験してしまうと、日本国政府から、相手国政府を経由すると、現場に落ちる金がそもそも激減するし、「提案者」が本来意図した用途とは全く別の、なんだか現地政府の関係者だけが潤うようなところにばかりお金が落ちる、そういうことも少なくないと思う。だから、あえて、公的援助を避けて、NPOなどとして活動されている方々が多いんじゃないか、と思う。

この話は、以前書いたことがある。僕が隊員として赴任する、さらに、随分前のことらしいけれど。パプアニューギニアのある州政府に、「地域開発」の「少額無償援助」の申請が通って、大体200万円程度だろうか、援助が行われた。現地では、連日、ホテルでの会食を伴う形で「援助の具体的な実施方法」を検討する会議が開かれたらしい。その結果として、半年後に「監査」のような形で調査を行った際に、その援助のほぼ3分の2程度は「会議費」で消えてしまって、残額が数十万円になっていた、という話を聞いた。こうした「話」は、パプアニューギニアに限った話ではなく、JICAの関係者に聞けば、世界中で同様の事例が集まると思う。(その結果として「村落開発普及員」という、JOCVの職種ができた。)加えて言えば、おそらく、日本でも似たようなことが起きている。だから、効率や、実効性を考えたなら「民間」が行うのがベストなのだと思う。おそらく、中村先生は命を失うことも、覚悟されていたんじゃないかという気がする。(それが、ただ単に「今回の肉体生命」をなくすだけだ、ということも、感じられる次元の方だったんじゃないか、という気もする。)

もし、政府が動かないならば、民間でやってもいい。アマゾンや、Googleのように、というか、アマゾンや、Googleそれ自体がそうした動きをしても、細かい収支明細さえネットに公開してもらえるなら、別に文句をつける理由は何もない(公開したなら、政府よりもお金の扱い方が公正だと思う)けれども。
「国際医療保険」のような形で、それぞれの国の「医師会」のような団体と個別に契約を締結して、その保険の母体が「医療保険」を負担する形で、加入者の、その「保険制度母体」が「有効」とする「国もしくは地域」の範囲内では、どこで病気になっても「医療」を受けられることが保証される。なんてのは、無理かな。

もし、国家間の「相互医療提供協定」なんていう話になったら、日本人が海外で「安心して医療を受けられる」最低限度の「医療支援」も抱き合わせになるのかも知れない。海外で、日本と同水準の医療を受けられると思ったら大間違い。必要最低限度を保証するだけでも、相当な規模の「援助」がひつ王になる。それでも、それをやると、某国には、かなりの牽制球になる。

民間団体が扱うとなると、某国も「加入国」になったりするのかな。民間の原則は「経済」だから、「人権条約」なんかとは無関係。だけど、その契約は、某国共産党と締結することになるんだろうか。その某国共産党が、「契約」なんかを遵守するだろうか。それ自体が疑問だし、そもそも、あの某国政府が、それだけ自国民の「命や人権」を大切に思っているか、疑わしい。

細かい論理展開には、結構無理があるだろうな。
でも、ただ単に、僕は、思いついた内容を、吐き出したかっただけ。以上

時間はかかるよなぁ

何で、こんな設計、と、よくよく考えてみれば、紙ベースの業務管理で、どこに確定情報が集約されるかと言えば、最終段階の「売上伝票」になる、ということなんだろう。
その結果として、「発注と同時に、売上伝票を起こす」なんていう荒技が登場したに違いない。
だとしたら、webベースの情報システムを提案する時点で、同時に、業務フロウの見直しとか、使い方について、もっと突っ込んだ話をすべきだったに違いない。それなのに、相手が主張する「システム」の形を、そっくりそのまま、使い方の流れを(形になるまで、こちらの側は業務フロウをきちんと理解していなかった気がする、)相手が言うがままに実現することしか考えなかった。それが最大の敗因。教訓にしては、痛すぎる。
作っても作っても、8ヶ月間、一切営業に結びつかなかった一昨年。今度は、作っては壊しの繰り返し。小分け、小分けで入ってはいるものの、合計して集約したら足掛け20ヶ月分くらいは、入金がない感じで・・・(グチグチ、以下、省略)

僕自身が、この仕事のやり方に慣れるまで、やっぱり時間がかかっている。

一方で、世間もwebシステムとか、情報システムが使えると、何がどう変わるか、何をどう変えられるかについて、感覚的に馴染んでいない、そんな気もする。

今日、朝のラジオで、亀梨くんの番組、30代くらいのリスナーさんがお悩み相談をしていたけれど、30代の中堅の方たち、っていうと、僕が大学で教員として最初に教えた人たちが、今それくらいの年齢か。彼ら、彼女らにとって、コンピュータを使うと言えば、WordにExcelだった。その30代の中堅さんから見ても、今の「新人」さんたちは「スマホ」世代で、何でも「スマホ」だから、「道具の使い方」の感覚が全く違うんだろうと思う。
ましてや、WordやExcelすら、使えていない方々にとっては、情報システムの「使いこなし方」なんて、全く感覚的に想像できないかも知れない。webになったら、wordやexcelとも、情報の流れが全然違う。

この間、どこかのニュースサイトで「迷言」が紹介されていた。「今は、サーバーなんかにお金をかける時代じゃないでしょ?時代はクラウドでしょ?」え?え?え?サーバーでないクラウドって、一体なぁに?と思ってしまったのだが、どうやら、政治家さんの発言らしい。これだもの、システム開発も迷走する訳だ。

時間がかかるって言えば、やはり子供の頃の話。生まれて初めて「白人さん」を見た時、初めて「黒人さん」を見た時、はっきり言って、固まった。全く違う生き物に見えて、人という感覚が持てなかった。小学生の頃かなぁ。
ある意味で、アメリカなんかは、あるいは、今はもう日本でも、特に東京なんかでは、あらゆる人種の方と街ですれ違い、普通に「見慣れている」時代になった。それでも、僕らの世代の「ファーストコンタクト」は、やはり「異人さん」という感覚だった気がする。

日本では、比較的早い段階から「同じひと」でしょ、という主張も多く聞かれた。保守的な人たちの中は、日本国籍のある日本人以外は、法的保護の対象にするな、という主張が、いまだに根強いみたいだけれども。法的保護の対象にしない、ということは、時として、人間らしい扱いをしない、という場面も出てくる気がする。

いずれにしても、時間の問題で、「民主主義」とは何か、定義がだんだんとシフトしてくるような気がする。
けれども、やっぱり、すぐには無理でしょうねぇ。

アメリカなんかでも、これまでずっと「白人至上主義」で来た方々が、すぐに、「人類、みな平等」なんて感覚になれる訳がない、そんな気もするけれども、大切なことは、感覚的にすぐには無理でも、少なくとも「頭」では、「みんな平等でしょ」と理解することなのかも知れない。
でも、何となく、今度はかなり「変化」が起きるような気がしなくもない。

スティービー・ワンダーさんの長文のツイートを、ニュース配信で読んだ。実を言えば、僕は中学、高校の頃からラジオばかりの人だったから、スティービーさんが黒人なのか、白人なのか、知ったのは割と最近だった。CDをレンタルした際に、ジャケットで初めて姿を知った。っていうよりも、ほとんどのアメリカン・ミュージックのアーティストが、どちらなのか、顔すらも、スマホのニュースを見るようになって、初めて知ったくらいで、未だに名前と歌しか知らないアーティストは多い。マイケル・ジャクソンすら、黒人か白人か、かなり長い間知らなかったくらいだから。世間の話題に疎い。ってか、気にしたこともなかった。だから、アメリカ人の感覚とは、相当にズレているに違いないけれど、今改めて、大変な生き方をされてきたんだろうな、なんてことは思う。
今度は、変わるような気がしている。

余談ながら、日本語の「白人」や「黒人」を、差別的なニュアンスで使っている方もいらっしゃる気はするけれども、他に表現が見つからないので、僕はこの表現を使わせてもらいました。

Twitter, YouTubeなどなどの普及、観光などの人の移動、世界のニュースが即時に入ってくる環境、などなどに押されて、これで変わらなかったら、アメリカは世界に相手にされなくなると思う。どっちに転んでも、トランプ効果だ。

なんて話は、どうでもいい。システム、なんとかしなきゃ。
(壊して、骨組みを作り替えるところまでは、終わりました。)

システムで何ができるか、システムをどう使うかについては、ジジババじゃなくて、20代のスマホ世代の感覚が、一番正しいような気が、僕はしています。

朝だ

何となく、眠ってから目が覚めて、朝が来た。

清々しい朝、と言いつつ、一面の霧だけれど・・・とりあえずは、生きてる。何事も経験でしょうかね。

とにかく、今も生きていて、まだ今回分の経験を積み増しできる。そのこと自体に対しては、たった一言、漢字二文字しかないかなぁ、なんて思うけれども。わざとらしいから、書きません。

たまには気分を変えて、コーヒーではなく日本茶。ネジの巻き直し。

不要

今日、システム変更依頼のメールが入った。

一か所、数行にわたって「不要」と書かれていた。最初に預かったサンプル帳票には入っていた。打ち合わせの際に確認した帳票でも、コメントはなかった。そこに表示されている数字に、「例外処理」での大幅な改修が必要だったので、細かいところにチェックを入れて、ほぼ修正を終えたら、今日になって、一言、「不要」と書かれていた。

こういうのは、打ち合わせの初期段階から「ここは不要です」と言ってもらうと、それだけで2週間分くらいの仕事が削れたのに、と思う。

そもそも、人間のやってる仕事の流れなんて、結構無茶苦茶なのもあったりするから、それをそっくりシステムに入れる前に、業務の流れを徹底的に見直してもらって、それからシステム化を考えてもらうのがいちばんありがたいのだけれども。

大体、請負開発なんて、こんなもんなんですけどね。それにしても、疲れたというよりも、「ワタシハ、イツタイ、ナニヲヤツテ、イルノダ」って感じで、だんだん無感情になってきた。

紺屋の白袴

法政の院の授業、いよいよ後半に突入。全員でどんなプロジェクトを仕上げるか。
何を作るかまでは絞り込んだ。次は、概要設計。そして、詳細設計、各自への割当、と続く。

djangoの使い方を覚えたばかりだから、例年だったら、教室内を回って、そこそこ各自の「進行状況」を画面で見せてもらって、割当なんかも決める、というか、ある程度得手不得手を把握してから割り当てするところが、今年は、どうも、学生の状況が把握しにくい。それはそれで、別の話。

概要設計を発表してもらうのに、UMLのユースケース図とか、画面遷移図、データベースのクラス図を、UMLを使って用意して、予め提出しておいてから、来週発表して下さいと学生に伝えた。

若干早いけれど、これで「成績の最低保証」はしてしまおうかと思っている。「これだけの設計が出来ているなら、最低でもAは出せる」とか、「これは文句なしS」とかで、「ちょっと、これだとBレベルか」と思ったら、ここから先、7月にかけて、「個人攻撃」じゃないんだけど、「もうちょっと、この辺を詳しく作り直して、発表してください」的な追加課題をその人だけに上乗せしていって、最終的にはなんとか全員A以上を出せたらいいな、と。
ここだけの話なので、とりあえず、読まなかったことにして、忘れてください。

それはいいとして、このUMLとか、基本設計図。実際には、僕は仕事では使っていない。
単価が安い分、短納期で、短い期間にできるだけ数多く仕事を請けたい。という思惑もあって、概要設計の段階で打ち合わせを済ませたら、いきなり詳細設計に入る。1000円の床屋さんのような商売。コーディングする際に、Usage のコメントなどを出来るだけ書き込むってことはやるけど、それを詳細設計の代用にしている。そこの部分では、あまり問題が出ていないんだけれども・・・

ユースケース図って、「お客様」に理解してもらえるのか。どうやったら、「これから作ろうとしているシステム」の概要、詳細を相手に伝えられるのか、ここのところが最大の課題かもしれない。

実のところ、今ドツボにハマっている事例で言えば、例えて言えば、最初は2階建てのつもりで作り始めていたら、相手は3階建て、それ以上、欲しいだけ上に載せられると思っていた感じで、2階部分までの骨格ができたあたりで「どうやって、3階に上がるの?」的な質問を投げられて、「え?3階部分まで作るなんて、聞いていなかったんですが!」ってな感じの絶句。

3階に作り直すつもりで、骨格(データベースの基本構成)を書き直したら、例えて言えば、荷重を支えているメインの柱付近で「この辺を広々とした吹き抜けにして欲しい」的な感じのリクエストが出て、絶句。
そんなこんなで、基本構造の作り替えを2回やった挙句に、ついこの間、ポロッと「ここをこうして欲しい」という、かなり基本部分の設計変更にかかる話が出てきて、固まった。これで3回目。「大枠合意」の中には含まれているから、拒絶はできないという最悪の展開。

どうして、こんなことになっちゃったんだろうか。と言えば、「例外処理」。最初は、例外処理だと思っていた、その「例外」部分が、全く別の箇所に括りついてきて、ここがこうなったら、こっちもこうしてくれないと困る、的な関連が発生。連動させようとしたら、基本構造の検索処理などを書き直さざるを得なくなる。部分的な例外処理の追加では全く済まない「例外」が、小出しに、次から次へと出てくる。かなりレアなケースでも、基本設計全体が変わる。100回に1回でも発生するなら、それに対応するために、システムの規模が1.5倍以上に膨れる。

ある程度画面を作り、動作の骨格を決めて、試しに提示すると、突然「こういう場合には、こうした処理ができないと困る」的な話が出てきて、どれもこれも、レアケースらしいのだけれども、パッチワークに次ぐパッチワークの上に、止めを刺すように、「骨格変更」が出現する。パッチワークで凌げなくなったら、全体を一旦壊して作り替えるしかなくなる。

こちらも、業務フロウを熟知して作り始めた訳ではないから、もしも、上流工程の概要設計に時間をかけていたら、このトラブルは回避できたのか、と考えてみるにつけ、「ある程度形になって、実際のデータを入れ始めてからでないと、例外があることに気付いてもらえない」という、作り手と使い手の認識のギャップが根底にあって、その都度、心の中で、「そういうことは、最初にいってよ〜」と(もう何十回と)思いつつ、最初の段階では、そういう例外があることすら、忘れていたんだろうな、と、諦める結果になる。
例えばの話ですが、売上データを作れない(保存してはならない)のに、売上伝票を作らなければならない、って、どうやると思います?

結局、当初、3人月程度で見積もっていたシステム開発が、松尾くんを巻き込んで、二人がかりで既に15人月を超過し、まだ後最低でも1ヶ月は、一旦壊してから作り替えるという作業が入りそうで、疲弊しつつある。先方さんは、まだまだ、「ここをこうして、あそこをこうして」的な話を出したいみたいで・・・。画面のレイアウトを変える程度なら、お安い御用なんだけれども、業務フロウに関わる部分で、処理をバイパスしたり、例えば、「受注」したら即「売上伝票を作成する」的な、およそ、私や松尾くんが持っている「常識」が通用しない部分で、またしてもの大改造。

 

何だか、今はもう、呆けてしまって・・・いつになったら、終わるんだろ〜的な、諦め気分。

基本設計とか、設計文書、って、何だよそれ、役に立たねぇ、みたいなことを、思いながら、学校の授業ではUMLのユースケース図とか、クラス図なんかは、書けるようになりましょうね、って、とんだ嘘つき野郎になってしまった気がした。

BDD

新型コロナ感染の検出アプリから、「不具合」が見つかったらしい。

どんな単純なシステムであっても、十分なテストをせずに実戦投入したら、ほぼ100%、こうした不具合は起きる、と思う。

テスト工程まで、あるいは、「見直し」工程まで含めてコスト計算してもらえなかったら、開発現場は困窮する。だから、BDD(Behavior Driven Development)という手法が広まりつつある、っていうか、上級SEは、必死でこのBDDを普及させ、そのコストを組み込むように、「企画サイド」というか、「発注側」というか、SEがあまり得意ではない、「金計算」をやってくれる方々に、理解してもらえるように、主張を続けている。

政府が率先して、現状の「システム開発の問題点」を、全国ネット配信付きで露呈してくれるのは、とてもありがたいと思う。

これを機に、是非、テスト工程まで含めた「開発コストの算出手法」を普及させて欲しいと、願ってやまない。

オーラの色

出し惜しみしても仕方ない。(明日になったら、明日のニュースや記事に反応して、また何かきっと、書きたくなるから、吐き出せるものは全部吐き出す。)

まとめサイトに、こんなことが書かれていた。

「お盆になると、ご先祖様の霊が戻ってきて、一緒に連れて行こうとするから、お盆の周辺で、川や海で泳いではいけません。」確かに、昔からそれは言われてはいますけどね。

まず、第一に、お盆になっても霊体さんたちは戻ってきたりはしません。断言します。これは、仏教において、仏教関係者が生活の糧として、広めた話題。仏教圏でしか聞かない話題だし、同じ仏教圏でも、そもそも「お盆」の習俗がない地域もある。霊体さんたちの存在は、極めて自然科学的に、エネルギー体の(言葉の選択に、いささか不安はあるけれども)遷移としてのみ存在する。無論、意識は持ったままで。

第二に、お盆に限らず、ご先祖様たちの霊が地上に降りてきたとしても、肉体を持っている我々が、その肉体に収まっている「経験」の場を、護ろうとすることはあっても、奪うなんて言う発想は、皆無だと思う。肉体生命を奪おうとするのは、悪霊だけ。

確かに、僕自身、根拠を提示できない、極めて「主観的」な話題を書いているから、全否定する根拠を提示できないけれども、僕と同じく、師匠の勉強会に参加されている方たちの中には、「見える」とか「聞こえる」方々もいらっしゃるし、この辺の「習俗」が必ずしも正しくないことは、結果論的には主張できる、と、自分は感じている。(「考えている」、ではありません。)

さらに言えば、標題の「オーラの色」。体のあちこちで色が違う、なんてことは、あり得ない。意識体の出している「波長」だから、全身から同じ色を発する、と、私は理解している。僕自身が「見える」か「見えない」かについては、改めて「話題提起」はするけれども、あえて、言及しません。

普通の状態でいる人のオーラの色を見たとしたなら、まず、「白」しかない。「普通の状態ではない」場合には、全身に同じ色がつく、と私は理解している。普通の人が「赤」を出しているならば、表面的に何をどう繕っても、内心は「激怒」していると、私は理解する。その場合の赤は、黒味が買った赤だと、私は理解している。「紫色」を出している方ならば、「必死で相手を騙そうとしている」と私は理解している。その一方で、真の政治家が真剣に「政治」=「多くの人々が幸福になるための、統治手法」を考えている時には、鮮やかな赤い色のオーラを出す、と、私は理解している。

多くの宗教で、昔から言われていた。「濫りに神の名を唱えてはならない」って言うのが、一番のポイントかも知れない。神の名を唱えて、その挙句に「誤った知識」を人々に伝えた場合の罪は、とてつもなく重い、と、私は認識している。安易にそういうことをやっちゃったら、とんでもない落ち方をする、と、私は理解している。
落ちるところまで落ちたいなら、止めはしませんが。

嘘をついたなら、上には筒抜けだし、多少なりとも上との意識の疎通が可能なら、嘘をついている相手も、完全にバレバレになってる。

どうしてもやりたい、という方を止める気は、毛頭ありません。そういうことをしたら、どんな結果になるか。自分自身で「痛み」を知って、自分自身が理解することが、何よりも大切。だから、そうやって落ちようとしている人を安易に静止すること自体が、「神の思い」に背く行為になると、私は理解している。

かなり微妙な話題に踏み込んでしまった。僕自身が「紺屋の白袴」にならないために、このページ、これで終わります。ばいば〜い。

進化論

この話、もう何度も書いている。

ダーウィンの進化論は、放射線とか、環境ホルモンの役割をする自然界の化学物質とかが原因で、偶然に遺伝子の書き換えが起きて、その結果として、大半は奇形とか、生まれる前に細胞分裂の段階で個体形成に失敗するとか、そうした膨大な「当然の失敗」の中で、唯一「偶然の成功」によって「新しい形質」がもたらされて、あらゆる生物は進化してきた、ってな学説でしょ?

そんなの、確率を考えたら、あり得ないと、なぜ、誰も疑問に思わないんだろうか。ランダムに0/1のバイナリコードを発生させたら、財務会計ソフトができちゃいました、みたいな確率。

この辺、サカタのタネだとか、農林水産試験場とか、(交配と、突然変異とは明確に異なるけれども、)交配だけに限定してもいい、どのくらいの確率なのか、確認してみたらいい、と思う。

せっかく自民党が「問題提起」をしてくれた。せっかくだから、是非、ダーウィンの進化論の、ナンセンス度についても、世間が考察してくれることを望む。

ピトー管

どんなに開発がキツキツでも、こればっかりは避けられない。

専門学校の授業教材の準備。人工呼吸器のセンサーの話題で、ピトー管の話題を確認したくて、ちょっとググった。そうしたら、ピトー管の中に虫が巣を作って墜落したり、佐賀空港でしたっけ?運行に支障が出たり、結構色々とトラブっているみたい。

ベルヌーイの定理は、確かにすごい。理論から導出した、原理的に素晴らしい技術だとは思うけど、3軸の加速度センサーがこれほど安価に普及して、今やスマホにすら搭載されているのに、航空機の対地速度を計測するのに、なんでピトー管なの?

なんかなぁ。オープンカーの、カッコいい自動車なのに、雨が降ったらいきなり、運転手が編み笠をかぶった、みたいな感じで、すごく不思議な気がする。

マイナンバーカード

政府が、マイナンバーカードに、「すべて」の機能を持たせようとしている、みたいだ。

純粋に、システム屋としてなら、その発想への理解は可能だ。制度設計として、確かに一番「効率」はいい。

但し、それは、使う方々がすべて、SE並みとは言わないまでも、今の若い方々と同じくらい、ディジタル化に慣れている場合に限る、と思う。

「銀行のキャッシュカードを預かります」なんて、なぜ信じてしまうのか不思議でならないけれども、詐欺被害の総額は2019年で301億円でしょ?「マイナンバーカードを預かります」で、さて、何ができるか。読み出しは難しいにしても、おそらく、暗証番号込みで「預かる」だろうから、どんな情報が抜かれることになるのか。で、紛失したら全ての再手続き?番号を停止して、全部番号の設定し直し?

それだけではなく、キャッシュレス支払いの設定がしてあるスマホをしょっちゅう落とす人、とか、置き忘れの多い人、とか、無防備だよな、なんて思うけれども、そこまで含めたら、紛失リスクなんてのは、詐欺の比じゃないんじゃないだろうか。

使う人が、どんな人か、まで含めて考えたなら、「マイナンバーカード」に全てを集約する、なんてのは、リスクが大きすぎる気がする。

カードと言う発想は捨てた方がいいような気もする。議論が煮詰まる頃には、民間では、顔だとか、虹彩(眼紋)だとか、手の静脈だとか、盗みようのないもの=自身の肉体を「カード」の代わりに使う技術が普及し始めていそうな気もする。

せっかく自動車ができても、どうしても江戸時代の「籠」にこだわって、4WDの「籠」だとか、ターボチャージャー付きの「大八車」だとか、置き換えてもいいはずのものにこだわりすぎる辺りが、いかにも政治家らしくて、話を聞いていて面白い。

それと、これ。

自民 改憲アピール漫画が炎上 「進化論」“誤用”し総ツッコミ
https://www.fnn.jp/articles/-/55320

『生き残ることが出来るのは変化できる者である』

既にツッコまれている論点ではなくて、別の視点から。

ダーウィンの進化論での「変化」は、偶然の遺伝子の書き換えによるものだから、「生き残る」ことができた「成功作」の他に、奇形とか成長できなかった異常な個体が量産され、偶然環境適応可能な形質を獲得した個体だけが「生き残った」ということであって、生き残った個体の蔭には、よくて数千、もしかしたら数万、数億に届くような「異常個体」を発生しているはず。(ダーウィンの説によれば、だけど。)そんな膨大な「遺伝子変化」の中から、生き残るのはたったの数個体という、膨大な無駄を伴うことをやろうとしているのが、自民党の憲法改正なのかなぁ、なんて、私は思いました。

つまり、「憲法改正」によって「いい変化」になる確率は、良くて数千分の一、もしかしたら、数億分の一の確率でしか、いい結果が出ない。それが自民党の憲法改正だと、自民党自らが認めていることになる。面白い。爆

どうしてもマイナンバーカードをオールマイティにしたいのなら、どうぞ、ご自由にとも思うが・・・俺は絶対に使わない。紛失した時のリスクを考えたら、怖すぎる。

滅びの美学

あんま、暇ないんで、とりあえず簡単に。

トランプ氏、3カ月半ぶり集会 米大統領選へ攻勢、空席も―コロナ拡大に懸念
https://www.jiji.com/jc/article?k=2020062100128&g=int

やるよねぇ。

めっちゃ、ヤバイでしょ。ほとんどマスクしていないし、大声出してるし。完全に三密だし。って、それは日本の基準でしたっけね。アメリカでは三密OK!自由の国って、いいよねぇ。

スタッフ6人が感染って、スタッフだけじゃないでしょ?会場内に数十人はいたんじゃないかな?あの状況なら、その中の一人が数十人に感染させてるって気がした。
まず、第一に、アメリカが今、どういう状態なのか、大統領が把握していないところに絶句。
次に、それでも集会を強硬した「想像力のなさ」に、もはや、コメントを失った。

誰かを信じたなら、何が起きようと、最後まで突き進むのは、とても美しいことだと思います。
(あたしゃ、なぜか、真田幸村って、好きなんだわ。でも、実は、一族を二分して、相手側にも付かせたりしてたみたいだけど。)

なんとなく、やっぱり、とりあえず、こんな絵を思い浮かべた。(あんまり、手間をかけて細工してません。)

集会に参加するなとか、そう言うことは、もう、書きません。信じた相手に、何があっても添い続ける。
美しい。美しすぎる。

でも、きっと、3週間後に同じページを引用します。

足かせ

大坂なおみさんが、「日本は差別的な国じゃない。どこの国にも、そういう(差別をするような人は)いるもの。」と発言されていた。達観してるなぁ、なんて思った。人間的な魅力のある人って、いいよね。

それに比べて、これ。
安倍首相、河井夫妻逮捕「深くおわび申し上げます」
https://news.yahoo.co.jp/articles/af99ccaaf4e07311566bab5bfab539ceafeb4c1d

お詫びはしても、「もうしません」とは言わない。「大臣」が何人も辞めたり、無理して定年延長した人が賭け麻雀。モリ・カケ・サクラに、あれの強行、これの強行。お詫びしたってどうせ繰り返すし、お詫びすらしていない話題も多い上に、非難されても「どこが悪い」みたいな強行姿勢。それでも、安倍を支持し続ける人たち。
(忘れよう。ニュースを見なかったことにしよう。精神衛生に良くない。)

世界の観光市場における日本の立ち位置を考える~2030年訪日客6000万人は達成可能か?
https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=63480?site=nli

今日のNHKニュースでも、これを言ってたなぁ。懲りてねぇ。無理でしょ。

最近、マスクをしていない人を多く見かける。いや、確かに埼玉県小川町ならば、そこそこ問題はない。ほとんど人とすれ違わないほどスカスカなのに、わざわざ見知らぬ人と2m以内に近寄るような物好きはいない。スーパーマーケットは、多少気になるけれども、おしゃべりしたり、咳をしたりしてる訳じゃないし、静かに買い物していてくれる分には、気にはならない。

気になるのは、池袋。「俺は平気」と言わんばかりに、マスクなしで堂々と街を歩く人が少しずつ増えている気がする。
確率的には相当に低いけれども、東京の人口密度は大阪と比べてすら、遥かに高い。確率が低くたって、毎日数千万人規模の人たちが移動して、すれ違っているから、案外早い時期に東京では第二波が来る気がする。

「十分に注意した上で、要所さえ押さえたなら、かなりの範囲の経済活動は再開しても支障はない」というのが私の認識。そして、おそらく専門家会議の考えも、それと近いか同様だと思う。
あっと、真似とか、そういうことじゃなくて、自然科学に軸足があるならば、事実と数字から何らかの結論を導き出すような訓練を受けている訳だし、それぞれがそうやって出した答えを持ち寄って、同じ答えになっているならば、かなり普遍性とか、客観性は担保される、というのが、自然科学のアプローチだと思う。だから、「偉そうに、俺の考えを専門家が言ってる。こいつ、生意気すぎる」なんていう解釈はやめて欲しい。「まず、自分の考えを述べる。」少なくとも、それが欧米流の自然科学教育の基本姿勢だと思うし、僕は日本もそうあるべきだと思うから、こういう書き方をしただけ。
話がそれた、訳のわからんツッコミをする人は、どこにでもいるから、とりあえず、予防線を張っただけ。
僕は、好戦的な人間だけど、無駄な議論はしたくない。

話を戻して、「適切な対処をした上でなら、観光だって、ビジネスだって、どんどん再開すべきだ」という、その前提条件の「適切な対処をした上でなら」という部分を取っ払って、「あ〜!解禁だぁ〜」ってな感じの人が、相当数いるような、これから出てくるような気がする。ダメだこりゃ、っていうか、終わったかも知れん、という気もした。
「我慢」する習慣がない人たちが、多いんだよなぁ。
医療従事者の方々、そろそろ、心構えが必要かも知れない。

アメリカ 経済活動を早期再開した州中心にコロナ感染者急増
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200619/k10012476181000.html

こうなることは、わかってたのに。だから、「慎重に」という意見が多かったのに。アメリカも、ブラジルも、トップの責任以外、何物でもない。

一部では人工呼吸器が足りなくなるおそれが指摘されるなど

トランプが何か言ってたよなぁ。人工呼吸器を作りすぎて、余ってしまったから、日本に買ってくれ、とか。「余ったから、買ってくれ」っていうことなら、相当に値引きした上でなら、買ってもいいんじゃないか、なんて思った。それこそ、インバウンドの海外からの人を受け入れるなら、日本全国津々浦々、少なくとも、人口10万人程度の「市」では、人工呼吸器が最低でも50台とか使えるような社会なら、インバウンドを増やしても相当に安心感は高い。ただ、地方に行けば行くほど、病院も金がなくて、大変だと思う。トランプが言う「余ったから買ってくれ」って言う人工呼吸器を買い叩いて、ごっそりと日本に配備したらいいと思う。ステルス戦闘機だの、イージスアショアなんかよりも、遥かにいい提案だったと思うんだけどな。
まさか、「やっぱり売らない」なんて言い出さないよな〜とは、思うんだが。そんなこと言い出したなら、トランプは、この超低空飛行の私の会社よりも、ビジネスを軽く見ていると思うな〜。書いてみて、トランプ相手に優越感に浸りたかっただけだけど。

「我慢」って言うことを知らない。いや、日本人は、と言うか、僕らの世代の日本人は、子供の頃から、この「我慢」をうんざりするくらい叩き込まれたような気がする。いつの間にか、「自由」になっちゃったのかなぁ。

「自由」は大切だ。誰もが、法に触れない限り自分の判断で行動してもいい。(安倍総理に、この点はしつこく念押ししたいけれども。)
但し、僕が理解している「自由」は、「何をしてもいい」と言うことではない。師匠が師匠の言葉としておっしゃっていた、だけではなくて、(確認しないと確かなことは言えないけれども、)確か、師匠を通じて、ミカ様か、ガブリ様が、おっしゃっていた。「自由とは、神の思いに背かない限りは、何をしてもいい、と言うことで、前提条件があります。」確か、こんなニュアンスだったと思う。と言うことは、「自由」であるためには、まず神の思いを知らなきゃならない、と言うことかも知れない。
あれこれと、書き切れないけれども、端的にこの話題に即して一つだけ拾い上げるとしたなら、「常に、相手の立場に立ってものを考えなさい」と言うことだろうか。ここが、コロナ対策の最大のポイントでもあるような気がする。

日本では、比較的浸透しているような気がする「もし、自分が感染していたとしても、相手にはうつさない」と言う意識。この部分は、案外、重なっているような気がする。その意識があるならば、たぶん、これだけ緩和されても、少なくとも東京では「マスクの着用は必須」と言う状況は変わらずキープできる。案外、「自分だけは大丈夫」と言う、根拠のない「安心感」などから、「自由」を満喫したいんだろうか。だから、そうでない人が増えた。この辺、間違ってるような気がする。確かに、周囲に人が少ないなら、それほど神経質になる必要はないとは思うけれども、雑踏の中でマスクをつけずに携帯でおしゃべりしながら歩くって、まずいでしょ?その発想の延長で、夜の店とかでも同じことをやっていたりするんじゃないかと、僕はつい、思ってしまう。東京都が、再度の一日100人超えするのに、1ヶ月はかからない気がする。それでオリンピックって、やれるもんなら、やってみろとも思う。
基本的に「足かせ」がかかっていることを、忘れてはならない、と思うのだけど、理解しない/理解できない人たちも、一定数いるとも思う。
東京はとにかく、人口が多すぎる。小川町なら、同じことをやっていても、大丈夫なんですけどね。

インバウンドについて、もう一つ思うことを書くならば、なぜ、人類は「誰か」をここまで怒らせたか、その大元に気づくべきなんだろうと思う。「不要不急の外出」じゃないけれども、「金さえ払えば、飛行機で世界中を飛び回っていい」なんて言う認識は、改めるべきだと、私は感じています。
テレビでやっていた。どこかの金持ちの話。「ふと、本場のXX(カニだったか、なんだったか忘れた)を食いたくなったから、飛行機で札幌に飛んで、XXを食べてから、日帰りで東京に戻った」みたいなのを、数年前にテレビで見た記憶がある。こう言うのも、「我慢」がないんだよな、と、私は思う。

「(金があるから)できる」ので、「やってもいい」って言うことにはならない、と僕は思う。明らかな、資源の浪費だし、地球環境への負荷が増える。「旅行」も、ねぇ。
現実問題として、航空機を飛ばした場合の二酸化炭素発生量が、どの程度か、数字が頭に入っていないけれども、可能ならば、世界中を鉄道網で連結して(日本は難しいけれど、高速フェリーなら可能性もあるし)、「観光旅行も鉄道で」って言う流れは、今後不可避じゃないか、と言う気はする。
鉄道で日数が増えたなら、「経済的な余裕」がなければ、観光できない、と言う見方もできるけれども、経済モデルが確立して、世界中で「最低賃金」の底上げが可能となって、ある程度、「過半数」の人が何回かは、鉄道や船旅での世界旅行ができるような世界経済の状況になればいいのに、とは思う。と言うよりも、二酸化炭素の排出を抑制するには、これも、避けられない要素じゃないだろうか、と言う気がする。
Google Earthだけで、かなり「行った気分の、なんちゃって海外旅行」ができる、なんて言う話もあるし。

とにかく、「無駄な資源を浪費しない。」(地球に、これ以上負荷を与えない。)とか、「自分以外の他人の立場を、尊重して行動する」とか、そうした、日常生活での「足かせ」を「当たり前のこと」と考えて行動する、そうした意識が定着しないならば、コロナ禍による「致命傷」は、避けられないような気がする。

蛇足として、一言付け加えるならば、国内に「スラム街」とか、貧民地区とか、そうした方々が多く暮らす国では、そうした方々の感染が「富裕層」の生活にもかなりの影響を与えると思う。すべては持久戦で、一朝一夕にカタがつく問題じゃない。このコロナ禍の中で、そうした国内の「貧民対策」がいかに重要だったか、気づいて対策を練る方向に転べばまだいいとして、そうした発想にならずに、厄介者を切り捨てる、くらいの感じでいるならば、確かに、重症者や、死者は、富裕層に比べて貧困層の方が圧倒的に多い現実がある中で、「絶対数」が増えてくるから、富裕層からの重症者も、死者も、「国内に、貧困地区が少ない国」に比べて、圧倒的に多い状況になると思う。

日本の場合、要注意なのは「設備の不十分な、中堅規模の病院」とか、「高齢者福祉施設」、そして「接客を伴う夜の飲食店」など、なんだろうけれども、国によっては、「スラム街」そして「軍隊」が問題になるような気がする。特に、軍隊の場合には、感染が拡大しても、状況が公にされずに、大規模クラスターになる可能性があるような気がする。「自分の国を守りたい」と言う志の高い人たちが、進んで軍人になる国も少なくない中で、軍人だろうが、民間人だろうが、どこの国であっても、人の命は人の命として、きちんと向き合うような政府であって欲しい気はするんだが、はっきり名指しするなら、ブラジルとか、アメリカとか、中国とか、そう言う発想は、カケラもないだろうなぁ。一に「国益」、ニに「経済」でしょ?

長くなった。終わる。

殺人ゲーム

FM Nack5 小林克也さんの金曜日、ファンキーフライデー。
週替わりの「ラブタイム」は、清水エンシュンさん(圓俊さん?字がわからん・・・、確認したことなかった)の作品。
さすがに、お坊さんだ。

「弓矢とピストル」

粗筋は・・・やめときます。
一言で言えば、弓道家の娘の一言に触発されて、ピストルを捨てる話?かなぁ。(って、書いちゃってるじゃん。口の軽い奴。)

本当のことを言ったのに、タクシーの運転手が、子供のゲーム機を捨てにきたと勘違いしたオチがいい。
ネットでシェアしたいと思いつつ、ラジオですからねぇ。(あ、そうか、Radikoで聞いてもらえるのか。)

改めて、
小林克也さん「ファンキーフライデー」2020/6/19 11時台–> 「ラブタイム」 –> 「弓矢とピストル」

ちなみに、「ラブタイム」は、途中に音楽とかCMを挟んで、11時台の15分頃、30分頃、45分頃の3回に分かれて流れています。
秀逸な小品だと思います。

そうなんだよなぁ。1日に何億人の「仮想の人間」が殺されているのか。ざっと1日に百万人、一千万人の人がゲームで遊んでいたとして、一人が10人、100人と殺せば1日に数億人に届く。
仮想の世界の中だからいい、なんてことは全くない。
銃口を向けるだけでなく、石を投げるんだって全く同じだろうし。
昔の地球は、こんなじゃなかったんだよ、なんていうお話もある。「昔」って言ったって、桁が違うけれど。
ただ、ゲームの中で「人を殺せる」ようになって以来、何の抵抗もなく誰かを殺すっていう人が、増えているんじゃなかろうか。電車の中でもたまに見かけるし。
この星、やっぱりリセットが、かかった方がいいのかも。コロナじゃ不十分なんだろうなぁ。

私自身は、誰かに対して「お前なんか、いなくなれ」という意識それ自体を、絶対に持たないようにとは、思っている。それ以前に、誰かに対して「バーカ」と思っただけでも、自分の意識をすごく汚しているんだよ、と師匠から聞いているんだけれども。他人が地獄に長逗留するのは、別に全然関係ないからどーでもいいが、自分だけは、とにかく、心を汚さないようにとは思っている。(思っているだけじゃ、不十分、なんだろうなぁ。)

いかんせん、根が「瞬間湯沸かし器」だから(でも、僕がキレたところを見たことある人、あまりいないとは思うんだが、)攻撃的な性格は抑え切れているんだか、いないんだか。
何よりも、凶器みたいな言葉を使うのは(ほとんどターゲットは政治家だけど、)全く抑制できていないしなぁ・・・

自戒します。

その先にあるもの

大坂なおみが日本は差別的ではないと強調「誤解されるのは嫌」
https://news.livedoor.com/article/detail/18428278/

いいことを言ってくれる。僕も日本は好きだし、もちろん、日本が誤解されるのは嫌だ。
だけれども、本人が自覚せずに「差別」をしている事例は書き切れないほど知っている。それをやめて欲しいから、話題を持ち出しているだけ。

子供の頃は、僕自身も無頓着に、外観だけであれこれと「はやしたてる」側に回った記憶がある。今現在の価値基準で言えば、それも間違いなく「差別」や「いじめ」だったのだろうと思う。「あの子はね、こうなんだよ」と親(ではなくて、おばあちゃんだったかも知れない)に話した時に、「そう言うことは言っちゃダメ。言われたら、嫌でしょ」と諭された。それがあったから、それ以後は「はやしたてる」ことをやめた。それでも当時の僕は、「傍観者」だったかも知れない。記憶を辿り切れていない。でも、いい両親であり、いい祖父母だったと思う。そのおかげで今の僕がある。

それでも、そう言う状況で、一切気にしない親、あるいは、傷ついた子供の親が文句を言えば、「うちの子は、一切悪くありません」と突き放して、それが「子供への愛情」だと信じて疑わない方々も少なくないのが日本だし、そうした親に育てられた子供が成人すると、またそれを拡大再生産する。そんな気がする。

ぶっちゃけ、思うに、そうなっちゃった方々に何を言っても、心の中に言葉が入っていかない。言葉を重ねることが無駄。
せめて、今、僕のこのページを読んでる若い人たち、あらゆるニュースが気がかりな方々に、せめて、自分が親になった時に、こうした話題を思い出して欲しいと願う。拡大再生産ではなく、縮小に転じさて欲しい。縮小し続ければ、いつかはきっとゼロになる。かなりの時間はかかるだろうけれど。

専任教員だった頃、もっとこうした授業をできたか、と言えば、こうした話題を持ち出せるコマ(当時は「フレッシュセミナー」とか言ってたな)っていうのは学生にとっては息抜きだし、寝てたり、こっちの話を本気で聞かない子も少なくなかったから、どこまで意味があったのか。加えて言えば、それ以外のコマは、僕だって国家試験に出てくる内容を伝えるのに必死だったから、そんな道徳教育の余裕なんか一切ない。限界があったな、なんてことは思う。
青年海外協力隊の訓練所で経験した「バファバファ」は、「フレッシュセミナー」で何とか内容を伝えたかったんだけど、僕自身が慣れてないというか、構成を煮詰め切れなくて、完全に外した感があった。「違い」を「差別」から切り離すことが、どれほど難しいか。

そして、気になるのは中国。

中国共産党は、今行っている政策の「その先」に何を見ているんだろうか。新興ウイグル自治区の方々は、イスラム教を信じているから、信仰を捨てるまで「共産主義教育」なるものを行うんだろうか。その「共産主義」とは、「私有財産」を禁じ、公平な再分配を保証するはずなのに、とてつもない金持ちがいて、海外で大金をばら撒き、日本も含めて「中国人観光客」が大歓迎されている一方で、病気になっても医者にもかかれない人がいる現状を、中国共産党はどう考えているんだろうか。「共産主義」なんて、もはや形骸化していないか?それならば、敬虔なイスラム教徒の構築する社会の方が、遥かに優れている気がする。
中国共産党の支配下に置かれて、特に、辺境地域ほど、ということだけれども、「幸せ」になった方々はどれほどいるんだろうか。むしろ、自分たちの価値観を否定されて、不幸になった、あるいは、それほど意識していなくても、不自由さを感じる人の数の方が多いんじゃないだろうか。というよりも、断定したい。多い。
要するに、不幸をばら撒いているのが、中国共産党だと、現状から私は感じる。中央に近い「漢民族」は、まだいい。

その中国が、一帯一路を掲げて、単なる「国境線の変更」だけに止まらない、覇権主義を露骨に展開している。
結論から言わせてもらうなら、新たに中国の支配下に入って幸福になる人など、いない。一部の人たちは「豊か」にはなるだろうけれども、そうして、中国の干渉で「豊か」になる方々が、逆にいずれは、中国の代理人としてその国や地域の国民を不幸にする。
潤ったり、達成感を味わったりするのは、中国共産党や漢民族だけ、ということではないだろうか。

この、中国という国、中国人、漢民族、中国共産党の、4者を明確に使い分けて書き分けることができるだけの知識が、僕には足りていない。おそらくだけれども、「中国という国」=「中国共産党」という認識で8割方当たっているだろうと思うけれども、「中国という国」の国民が「中国人」だとすると、8割という認識は、たぶん、正しくない。少なくない中国人の知り合いには悪いんだけれども、一括りに「中国」として書かせていただく。

国境を広げた後、どうしたいんだろうか。同じことはロシアにも言える。何が嬉しくて、そんなことをしているの?不幸な人間を増やすのが、そんなに楽しいのか。資源が欲しいのか?税収が欲しい?目的はなんなの?国境を広げた、その先に、どんな社会を見ているの?私には、疑問でしかない。
無論、ロシアや、中国に併合された地域の方々の中にも、ロシア系、中国系の住民は少なくないんだろうが、果たして「多数派」だろうか。

今日のニュースで、こんなのが流れていた。

国連 “仕送り送金手数料下げて” 出稼ぎ労働者と家族支援を
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200617/k10012473281000.html

今、家族のために国境を超えて移動し、少しでも「生活」を確保したいと考えている人たちが、世界中に拡散している。
インターネットの現実は、「仮想」なのか、「リアル」なのか、境界が希薄になっている、とは言え、あらゆる地域の「現実」が全世界に瞬時に拡散していること、だけは、紛れもない事実だろうと思う。
中国は、「都合の悪い現実」を、頑なに外の世界に漏れ出させないように画策しているけれども、北朝鮮と同じで、どんな都合の悪い「真実」も、想定もしなかった形で外に漏れている。

北朝鮮では、新型コロナウイルスへの感染が疑われた人が出た家では、軍部によって家族全員を家に押し込まれて、火をつけて焼き殺されたような事例もあったらしい。不確定情報である。そうした情報を外に流すだけで、相当なリスクを抱えている人もいるんだろうと思うから、確定情報としての引用を含めた書き方は難しい。ただ、かつてのポルポト政権下でのカンボジアのような、後になってからわかった「目を覆いたくなる現実」が、かなりリアルタイムに近い状態で外に漏れてくる。

改めて言いたい。中国は「自国の勢力」を広げることで、何を得ようとしているんだろうか。この世界的な情報拡散の時代の中で、どんなメリットがあると思い込んでいるんだろうか。中国共産党の支配下に取り込まれた方々からの、悲痛な叫びは外に漏れてきている。

安倍一味が、法務大臣に指名した方が、どうやら激しく賄賂をばらまいていたらしい。中国共産党に比べたら、「巨悪」っていう感じじゃなくて、「小悪人」くらいの感じに見えてしまう。
無論、私が声を大にして言いたいことは一つで、「方針転換しろ」だけれども、まず、習近平が変わるなんてことは無理だろうな。金正恩に「人間性を取り戻せ」と主張するのに似ている。トランプに「何がアメリカの国益なのかを考えろ」と詰め寄るのに似ている。プーチンに、(面倒臭いから、書くのをやめる。)

一体、その先に、どんな未来が待っていると思っているんだろうか。過去にどれほど多くの「類似の事例」があったか、ご存じないんだろうか。

いやね、どうせ、何を書いたって、どう文句を言ったって、聞く耳持たない相手には、無駄だ、ってのは、これだけ長く生きていりゃ、いやでもわかってる。けど、書きたかっただけ。
中国共産党は、中国共産党、漢民族以外のあらゆる人種、国民、文化の尊厳を踏みにじっても、ひたすら、支配地域を広げたいだけの存在だと、書きたかっただけ。

ヒトにとって、何より大切なのは「意識」の自由だと思う。肉体が滅びても意識は永続的に存在して、再び次に肉体を持つ機会を得る。「自殺」することで「これで全てが終わりだ」と安易に考える人たちがいるけれども、実際には、肉体を抜けた後も、(既に、脳が使えないから、意識だけの状態で)「あ、失敗した、死ななきゃ」とばかりに、同じ行動を延々と繰り返す。人によっては、数十年という単位で同じことを繰り替えてしているみたいだし。さらに言えば、「意識体」として存在していること自体が苦しい。もう「存在しなくてもいい」と、仮に願ったとしても、自発的に消滅することは一切できない。意識体として生き続けることを、神によって義務付けられていると考えるべきなんだと、私は理解している。場合によっては、苦しいですよ。死ねないことほど苦しいことはない、という場面も、あるかも知れない。でも、少なくとも、意識体としては死ねない。

アメリカの白人至上主義者が起こしている犯罪などは、肉体だけをターゲットにしているから、まだ軽いかも知れない。本人が自発的に考えを変えたならともかく、外圧によって、誰かの意識や価値観を全否定して、壊しにかかって、そこから何かを植えつけて洗脳しようと、そうした罪は殺人罪よりも重いかも知れないと、私は理解している。

中国とアメリカ

テレビやラジオのニュースを視聴するのと、配信ニュースを読みに行くのとの決定的な違い。

テレビやラジオの場合には、ニュースが終わったら、比較的すぐに仕事に頭を切り替えられるのに、配信ニュースだと、つい、あれもこれもと読んでしまって、なかなか仕事に戻って来れない。しまった、朝っぱらから、配信ニュースを読んでしまった・・・

諦めた。吐き出し尽くして、それから仕事に戻る。

中国とアメリカとの共通点。格差社会ということだろうか。中国の場合、中央と地方、共産党員とそれ以外、ということもあるだろうし、バブルに乗った人たちと、乗らなかった人たちとの格差も大きいようだ。アメリカの「格差」については、あえてコメントしない。他ならないアメリカ人たちがかなり踏み込んだ議論を展開していて、揉めに揉めている。

その中国、アメリカが国内問題で紛糾し、世界はコロナ対策に翻弄されている間に、着々と、「世界戦略」を進めているみたいな気がする。インドとの紛争も、「なし崩しの国境線変更」を試みた結果なんだろうか。細かいところは見ていないし、これ以上踏み込む気もないから、これ以上の内容は書けないけれど。同じことが、ベトナムでも起きたんだろうか。中国政府のバックアップではなく、「民間人の勝手な行動」なのか、それはわからないけれど。新疆ウイグル自治区では、相変わらず「厳しい思想教育」が行われているらしい。実態として何が起きているか、漏れ伝え聞く内容には、鳥肌が立つような話題もある。ここでも深入りはしない。

コロナ関連で、防護服とかマスクとかを世界中にばら撒くことで、「親中国家」を世界中に増やそうとしている動きも、見え隠れしてくる。これほどの絶好の機会はない。数年後には、中国政府の顔色を見ないと何もできない、国連の決議でも中国の意見には逆らわない、そういう国家が量産される可能性が高い、そんな気もする。そうした国々も1票。日本やアメリカも1票。

アメリカが国際機関から次々と「脱退」し、国際的な枠組みからも脱退を繰り返す中で、相対的に中国の立場が飛躍的に高まっている、というのは、やはり「避けがたい現状」なんだろうか。南沙諸島、西沙諸島、カシミールなどなど、いわゆる「紛争の種」の地域で活動を活発化させている背景には、「今後は、国連などには一切決議を出させない、かなりの国際的な批判を封じることができる」という強かな読みがあるような気がしてならない。対香港も、その一連の動きの一つでしかないのかも知れない。

どう考えても、もはやアメリカには何も期待できない。日本などは、欧州やインドなどとも連携して、中国による「なし崩しの国境線変更」にブレーキをかけるような動きをすべきじゃ、ないんだろうか。ロシアも巻き込みたいところだけれど、ロシアは、あまり他国のことを責めることができる立場じゃないしなぁ。迂闊に中国批判などしたら、自国に跳ね返ってくるだろうし。

全く目立たないところで、北朝鮮。今、いかに「余裕がないか」が透けて見える。脱北者団体が飛ばした風船に対して、なけなしのカードを切ってしまった。もし、もう一度、あるいは、二度三度と脱北者団体が風船を飛ばすなど、挑発を続けたなら、それが「終わりの始まり」につながるとしても、後のない一歩に踏み出さざるを得なくなるような気もする。どれほどの犠牲が出るかわからないけれども、そして、日本が巻き込まれない保証など何もないけれど、そうなった時に、間違いなく、北朝鮮情勢が動き、北朝鮮が変わるような気がする。

犠牲が出ることなく「変化」が起きるならば、こんな好ましいことはない。僕ら、日本にいて「対岸の火事」だと思って見ている分には、どうか、脱北者団体の方々には、これ以上の挑発はやめて欲しい、なんて考えてしまうけれども、脱北者団体の方々にして見たら、「今現在も、昨日も、今日も、そしておそらく明日も、毎日のように犠牲者が出続けている現状」がある訳で、犠牲が出るから、危険な挑発はやめてくれ、なんていう外野の主張に耳を傾ける必要など、何もないだろうし・・・

問題は、そうなった時に、中国やアメリカが、どう巻き込まれていくか、という点だろうか。どちらの国も、見て見ぬ振りをしていてくれたなら、ある意味「火事が広がらずに」済むような気もするんだが。それで済むと思う方は、手をあげて!

それにしても、習近平さん。新疆ウイグル自治区だけではなく、南沙諸島、そして今度はカシミールか。2年前の記事だけれども、今改めてググってみると、南沙諸島には7つの海洋軍事基地群が誕生しているらしく、ちょっと驚いた。

中国の実効支配態勢が着々と固まる南沙諸島の人工島群
https://globe.asahi.com/article/11948006

今後も南沙諸島軍事基地群で、各種レーダー装置、地対艦ミサイルシステム、地対空ミサイルシステムなど対米軍接近阻止兵器の設置がますます強化されることは確実だ。

東南アジア全域を射程に収めた形で、東南アジアのど真ん中と言ってもいい場所。中国の言うことを聞かなければ、ミサイルの射程に入っているぞ、と言わんばかりの場所。飛距離が長ければ、オーストラリアやニュージーランドも射程に入るんだろうか。3000m級の滑走路に、何を運び込んで、どんな基地を作るつもりなんだか。

こう言う発想で動いている国に対して、香港情勢などで欧米などが「非難」しようとすると、まずはそれを「拒否」して中国の顔色を見て、それから世界の世論を見て、恐る恐る「憂慮」の意だけを示す、日本政府。(表現が間違っていたら、ごめんなさい。正確な記事は覚えていない。)今後、日本が置かれるかも知れない立場を、あまり考えているようには思えない。確かに中国は重要なパートナーとも呼ぶべき国だけれども、非を唱えるべき事柄に対しては、非を主張すべきだと僕は思う。損得を考えていたら、取り返しのつかないことになる。「いじめ」に対して「傍観者」でいることは、自分が「いじめ」に参加しているのと同じことだ、と言うのと、同じ論理かも知れない。

さてと、こんなところで、吐き出し尽くしたかな。(トータルで、40分の浪費)
よし、これで仕事に集中する。


なんか、モヤモヤする。だから、配信サイトを開くな、ってのに。

安倍総理のよく口にする「骨太の方針」・・・なんだかなぁ。太けりゃいいってもんじゃないでしょうが。骨太の骨粗鬆症。

しつけ

朝のニュースを見損ねた。寝てました。爆睡していて、起きなかった。
という訳で、朝っぱらからスマホで配信のニュースを斜め読み。

人種差別問題は、アメリカから世界中に広がっている気がする。差別に関して、日本は特別?全然そんなことはない。
あえて持ち出さないけれども、差別的な言動はかなり多く見聞きしている。

特に、子供の頃は、深い考えもなく、ちょっと見た目が違ったりすると「いじめ」の対象にしたりする。
これを止める役割を学校だけに押し付けるのは、親の無責任だという気がした。

娘が差別の対象に! 親が抗議しに行くと、相手の母親が出てきて…?

娘が差別の対象に! 親が抗議しに行くと、相手の母親が出てきて…?

なかなか、日本じゃこういうことは起きない。相手の親に逆ギレされるのが怖くて、黙ってしまったりするかも知れない。
むしろ、逆ギレされた方の話は、やたらとよく目にするし。無論、ニュースになりやすさ、ということがあるから、どちらが多いかなんてのはわからない訳だけれど。

以下の話題、だからどうこうということではなくて、日本ではこういうことが実に一般的なんだよな、という話題で言えば・・・
とある大学で、「労働条件」なんて説明された覚えもないのに、大学は「契約書」を持っていると、(控えを自分は持っていないと、)「そういうのは、おかしくありませんか?」なんて話題を、普通に口にしていたら、いつの間にか、学科長による准教授推薦を3回連続で上層部に拒絶される、なんていう事態に陥ったことがありまして、トドメを刺されたから、最後は大学を辞めたけれども、「おかしいことをおかしい」と主張できない社会は、いずれは腐ってくる気がする。

逆ギレを恐れずに、「おかしいでしょ、変でしょ」と普通に指摘しあえることっていうのは、もしかしたら、素晴らしいことなのかも知れない。日本は、全然そういう体質になっていない気がする。せめて、このコロナで、変わって欲しい。そんな気がする。

こうした場面で、親が、相手の親に逆ギレして、「だって、お前はアジア人だ。コロナはアジアから来たんだ、言われたって仕方ないだろう」なんて食ってかかって、子供がそういう親を見て育てば、そういう差別が当たり前の社会になるんだろうし。正しいと思っても口にできない社会にもなるんだろうし。

しつけって、大事なんだな、なんて、朝っぱらから眠い頭で思った。

いやぁ、俺はもういいトシだし、別に日本の社会が腐ったとしたって、その前にくたばるつもりだから、どーでもいい、っちゃ、どーでもいいんだけど。以上。

キラキラネーム

今日、本年度初めて法政の「出席管理システム」にアクセスした。

オンライン授業だから、意味ないじゃん、って思うでしょうけど、違うんです。名前の読み方を確認したかった。

提出物を元にして「共同作業で、一つのWEBシステムを構築する」そのプロジェクトテーマを決めるのに、一人ひとりの提案(Proposal)を集約して、議論するベースとなる授業スライドを準備するため。やりたかったのは、名前の読み方の確認。

ネットだから、何があるかわからない。実名とか、実メールアドレスは極力避けたい。(いや、法政の場合、メールアドレスがわかれば読み方はすぐにわかるんだけれど、どこからメアドを辿るのよ・・・まだ、刷新されたシステムに慣れてねぇ。)匿名化するのに、イニシャル表記にしようと思ったんだけれど、「上」の読み方が、ウエか、カミかがわからない。加えて、昨今の下の名前、いわゆるファーストネームは、キラキラネームで、もう、なんでもありでしょ?

具体名を出すと支障があるので、ボカせば、例えば、魔偉蹴留・邪悪孫なら、マイケル・ジャクソン。(漢字文化圏でないと、ニュアンスが伝わらないなぁ。)なんだか、こんな感じで、フィーリングで読めないことはないけど、もう本当に、名前をつけた親の顔を見てみたい。(で、面談したりすると、めちゃくちゃ、ごく普通の方だったりする。)
勘弁して欲しい。で、探したんだけれども、どこから読みを辿ったらいいのか・・・(あ、俺、絶対、大学からの履修名簿の連絡メールを見落としてるなぁ・・・かなり気を付けてたつもりなのに。まさか、こんなところで、時間を費やすなんて・・・)

でもね、確かに自由でいいよね、なんてことは思う。今のところ、まだ会っていない学生の名前として、ジュピターとか、ポセイドンとか、エルフとか、イエティとか、トロールとか、会っていない方がたぶん多いけれども、お願いだから、読もうと思ったなら、読める範囲の名前をつけて欲しいな、なんてことは、ふと思った。

以上。

心臓発作の予知

Nack5を聞きっぱなし。ふと、日本心臓財団のCMが流れた。
ちょっと体を動かしただけで、息切れするなら、心臓の検診を受けるべき。

1997年だったか、と思う。シカゴで開かれたIEEEの国際学会で発表した。動作を検出し、心電図を同時に測定して、心臓発作を予知するという研究の発表。こじんまりとした部屋で、椅子は20〜30脚くらいだったかなぁ。その部屋で、立ち見が出たのを覚えている。

その後、携帯電話に加速度センサーが入るようになった。因果関係はわからないけれど、僕の研究もきっかけの一つになったのならば、嬉しい。

当時使っていたセンサーは、XYZ、3軸のそれぞれが7万円くらい。心電図も含めて小型化するのに、試作レベルで100万円。これで、データを集めるのにどうするか、「有限会社」じゃ、お金がねぇ・・・。
それが今では、アップルウォッチで可能じゃないかな。(仕事に直結しないから、調べていないけれど。)

加速度の絶対値が測定できるセンサーなら、ほぼ間違いなく、そして、相対値で重力加速度が検出できないものであっても、3軸加速度から出てくるデータに、「立った」「座った」「歩いている」「食事をしている」などなどのアノテーションをつけて、AIに食わせたなら、ほぼ間違いなく、人間の動作解析ができると思う。目で見て、特徴があるもの。
僕は、それをアルゴリズムで解析しようとした。アプローチを間違えたね。リングバッファーとかFIRフィルタが得意だったから、それで十分だと思っていた。年齢による波形の変化に気付いた時点で、AIに切り替えていればよかった。

仮に、心電図波形そのものを測定できなかったとしても、RR間隔の「揺らぎ」を同時に測定し、加速度データから出てくる「動作認識」や、「運動負荷量」からの「揺らぎ」の変化をモニターしていたなら、おそらく、心臓発作は予知できる。特に、負荷余裕度が小さくなると、揺らぎは小さくなる。負荷量が同じなのに、余裕度が小さくなったなら、それは発作などの予兆とも言える。

無論、血管内に張り付いているアテロームが剥がれて、どこかの動脈に塞栓を作りました、なんていう突発的な事象の「予知」は難しいとしても、塞栓が梗塞に進行する前に、運動負荷応答としての心拍変動の「揺らぎ」の変化は、検出できる可能性が大きいと思う。

この「揺らぎ」、一緒に仕事をしていた(株)ジーエムエスの仲間の、諏訪トラストの田中先生のMemCalcのアルゴリズムが秀逸で、ピーク周波数の周辺はΔfを特に細かく動かして取っていた。この辺、FFTよりも、自己相関法の方が、ピーク周波数のわずかな変化を拾いやすいかも知れない。田中先生が特許を押さえていたり、それらの特許がまだ有効でなければ、だけれど。

今朝だったか、昨日の朝だったか、一昨日の朝だったか忘れたけれども、NHKの朝のニュースに未来学者が出ていて、「生体情報の測定や、その囲い込み」についての話題に触れていた。特に、中国などは個人の意志など確認せずに、勝手に生体データを収集しているとか、(正確なニュースの内容は覚えていないけれど、)「あぁ、もうそこまで来たか。」と思った。

もう、生体からデータを採取する部分は、格安で、誰もが身につけることができるところまで来た。
あとは、それらをリアルタイムで解析し、リアルタイムで警告を発し、「すぐに休憩するか、心電図データを主治医に伝送して下さい」なんていう音声アラートを発する、そのアプリを書くだけの段階に来たみたいだ。

できることなら、自分がやりたかったけれども、この辺、実はそんなに専門の知識は要らない。

デバイスを装着して、「立った、座った、」なんてのを目で見て記録するだけ、だったり、既存の周波数解析技術を応用するだけ、だったり、全体システムを構築するだけ、だったり、ここから先は「技術」の話題じゃなくて、それこそ、厚生労働省とか、役人が主導で予算を貼り付けて、国にパイプがあるデバイス屋さんとか、システム屋さんが、一気に「実用」に向けて動くだけ、なんていう状況だと思う。

なんか、嬉しいような、寂しいような、虚しいような・・・

同じ、20年以上同じことを言い続けるにしても、こちらの話題は「まとも」な方の話題だったし、実際とにかく動きたかった。
同じ話を何度書いても仕方ないけれど、科研費申請のコンプライアンスで、「有限会社をやってます、」ってな申告を出したら、「会社をやりながら科研費を申請するなんて、悪いことをするに決まってる」とかいう理由で、大学に「不受理」にされてしまって、終わったような気はした。
でも、確かに、僕がやるのは終わったけれど、ここまで来ていたら、もう時間の問題で誰かがやってくれる。もしかしたら、中国が先に実用化して、日本はそれを「安く導入」するのかも知れないし。

実現さえしてくれたなら、どちらでもいいのかな。

ひとつは、NHKのニュース、もうひとつは、Nack 5のラジオCMだったけれど、この話題、僕にできることは完全に終わったな、と、自覚してしまった。

って、「まとも」な方が終わっちゃったら、「まともでない」話題しか残らないじゃない。どうしてくれるのよ・・・。
なんてね。


ふと、「まともでない」方の話題。

頑張ったなら、頑張っただけ報われる。そういう世の中であって欲しいな、という気はする。それこそ、どこから誰に足を引っ張られるかわからない、そういうのは終わりにして欲しいなとも思う。いや、僕なんか、どういう終わり方をしても、どーでもいいけど。(もう、早くも次に期待)

僕はどーでもいいですけど、上の方の方々。イエス様とか、モーゼ様とか、ムハンマド様とか、ああいった方々は、別格。だけど、同じ思いはお持ちかも知れない。それこそ、上の方では、何千万、何億という「意識レベルの高い方々」が、下に向けて意識を送られているし、一人ひとりの行動をつぶさにご覧になって、状況によっては、「あ、そこは、避けないと危険だよ」などという意識を下に向けて送られている。受け取る側の我々が、欲に流されていなければ、そういった方々の意識を受け取って、「これはやめておこう」とか、最低でも数年から十数年レベルで起き得るリスクを回避できる程度の助言を得られるのに、大半の方は目先の即物的な問題に終始して、まずは無視する。稀に受け取った方々がいたとしても、送ってくれた方々への感謝の思いなんて、まずは、返さない。あの方々は、そういうのに慣れてはいるだろうし、どれだけ無視されても、「やるべきこと」はきちんと果たされるんだろうな、なんてことは思う。

ですけどね。あまりにも、上からの意識をないがしろにされたら、やはり疲れるというか、やってられないというか、地上のことなんてどーでもいいというか、そういう意識になっても不思議じゃないような気もする。そうなると、肉体を持っていたって、持っていなくたって、人間の意識なんて本質は同じですから、「この地上世界は、もう、一旦終わりにしてもいいです」なんていう意見が多数派を占めたりなんかするのかも。あ、勝手な想像ですが。

パプア・ニューギニアで思った。キリスト教の指導なのか、「これは、神のおかげ」という意識が案外浸透していて、真っ直ぐに、上に対して感謝の思いを向ける、そういう方々が少なくなかった気がする。

家庭内紛争は避けたいから、余計なことは書きませんが(って、この書き出しがそもそも問題じゃないか?)たったの一言、「ありがとう」とか、現実の行為に対する感謝の言葉とか、そういうのがあると、俄然、元気が出てやる気を取り戻せる、なんていうのは、上から下まで、案外、普遍的なことなのかも知れないな、なんてことを思った。(あんた、自分が何か、大した仕事をしたとでも思っているのか?もしかして。自分じゃ、何にもしてねぇだろ、って、うるさいなぁ、わかってるよ。これ、家庭内の話題だから。)
僕のことじゃないです。(わざとらいし・・・)上にいる方々の話。相当な勢いで、下に対して「それはよくない、逆の結果になるよ」なんて意識を送られているし、ピンポイントで、個人個人に伝えてはいらっしゃるはず、なのに、正確に受け取れる方はまれ。受け取れない方々は仕方ないとしても、受け取れた方々。「あ、これは俺の才能だ」なんて思わずに、素直にインスピレーションを送られた方々への、たったの一言、「ありがとうございます」を伝えることは、結構、大切なのかも。あまりにも蔑ろにされたら、上の方々だって、馬鹿らしくなるんじゃないかな、なんてことを、ふと思った。

この、後半の部分は、諸刃の剣。書いていることが、そっくり自分に返ってくる。「あんたは、常日頃、感謝をしているか?」なんて言われたら、「すみません、これが僕の実力だと思ってました。」なんて感じで、上からしてみたら、「自惚れも程々にしろ、全部、俺らが意識を送ってやった内容じゃないか」なんて、切り返されそうだ。そんなこと、わかっちゃいるけど、とりあえず、大して上への感謝もしていない自分のことを棚に上げて、この話題を、つい、書いておきたくなった。

蛇足を描くなら、何一つ、上から意識を送られている気がしない方は、そもそも、送ろうとしている物好きが上の方にいない可能性が大きいから、そういう方は、全部ご自身の実力だと思って、一切上への感謝なんてする必要はないかも知れません。

食い物を粗末にするな

コンビニやスーパーの弁当とか、食べ物の「消費期限」が切れたりしたもの、廃棄処分にするなんていうニュースは、心が痛む。ガキの頃は、米粒ひとつ、お茶碗に残っているだけで「残さず食べなさい」なんて言われたし。

「捨てるくらいなら、僕が全部食べるから、全部もらう!」なんて言いたいけれども、さすがに「賞味期限」ではなく「消費期限」だと、責任問題になるから、そういうことはできないんだろうなぁ。

え?そういう問題じゃない?
あ、太るから一度に一定以上食べるな、という問題はあったか。

その僕が、自分で料理した食材を捨てるなんて・・・
なんか、屈辱的だ。
っていうか、食材に申し訳ない。ごめんなさい、捨てますと、平謝り。

だって、味が滅茶苦茶だし・・・
確かに、隠し味になるかと思って、漬物を刻んで少し入れたよ。調味料も、エスニックとかお構いなしに適当に入れたよ。油もフィーリングに任せて、適当に入れたよ。だけど、まさか、その組み合わせで、こんな尊像を絶する味、食感になるとは、思ってもみなかった。逆だよ、すごく美味しくなるかと思ったのに。
紙一重かなぁ、違うなぁ、たぶん。

何よりも、色が灰色って、一体何なのだろうか。何か化学反応を起こしたか?

一度、料理の基本とか、教室に通おうかなぁ。(そんな暇、あるのか?)

土曜日の午後の悪夢。
だめだ、もう、立ち直れない・・・

ロツレチハ♪

耳がダンボ(古いなぁ、通じるか・・・)

Nack 5「雨にまつわるロツレチハ♪」って、なんだよ。ググってしまった。
そういうことか・・・(答えを書かない悪趣味)

オビナギサさんって、こういう字を書くんだ。今日初めて知った。夕方の番組の時から聞いてる。いい声してるよね。顔も知らない、名前の漢字もわからないのに、声だけは聞き覚えがあったりする。

ちょっと待った、鈴木紗理奈さんて、Nack 5の番組持ってたっけか?もしかして俺、岡田サリオさんと混同してる?また、やっちまったかなぁ。学生でこれをよくやるんだわ。
どこが似てるのっていうくらい、名前も違う、顔も違う、二人の学生を、完全に顔と名前を入れ替えて覚えてしまう。(過去十数年に、何組、これをやったか。「先生、勘弁してよ〜」って思ってるに違いない。)今更ながら、みなさま、ごめんなさい。

なんてことを、ふと考えてしまった、土曜日の朝。相変わらず、耳がダンボ。そしてラジオは、亀梨くんに・・・

いかに今、仕事になっていないか・・・。こういう時は、ラジオを切っても同じ。一度、ソースコードから離れてしまうと、頭の中に広げるまでにどうしても時間がかかる。
この後、どうしようか。コーヒーを煎れる。散歩する。その後、滝にでも打たれるか?

ワクチン

ソフトバンクの孫さんが、抗体検査キットを提供されて、いずれ数万人単位の検査をするみたいだけれど、予備調査をされた結果をTwitterに書かれていた。

以前見た陽性率6%という数字は、なんだったんだろう。抗原検査、抗体検査、そしてPCR検査による陽性率。これらの数字は、どういう関係になるんだろうか。こうなると、昨今、池袋なんかの人混みでもマスクをしていない人が目立ち始めているのは、とても気になる。

ウイルスの高病原化、確認できず 2タイプ併存否定―英大学
https://www.jiji.com/jc/article?k=2020051000121&g=int

その結果、塩基配列に単発性でない198の変異パターンが生じているのが分かったが、ウイルスの機能に明白な変化は見つからなかった。

変異パターンが198って、ワクチンができたとしても効果があるの?

新型インフルエンザのワクチンでも、どれをターゲットにするかは「賭け」だったみたいだ。結果、対応していない方のインフルエンザには、ワクチンを接種しても感染する人がいる。

きっと、ワクチンができる、そうしたら、もう新型コロナなんか気にせず昔の生活に戻れる。そういう声を、時々ニュースなんかで見るけれども、どうなのかなぁ。

ワクチンのパターンで絞り込んだとしても、最終的に17種類くらいのパターンができてくる、かも知れない。(根拠は書きませんが。)==> すべての話題に自然科学的な根拠が欲しい方は、僕のブログを読まないことをお勧めします。

もう一つの差別

え?いつの間に?

本田圭佑が報道を受け日本政府に謝罪。「政府の皆さん、すみません」
https://news.goo.ne.jp/article/footballchannel/sports/footballchannel-376707.html

しかし、菅義偉官房長官が8日の記者会見で日本が参加を拒否したという一部報道を否定。日本は中国に「深い憂慮」を表明したと言及した。

そうなんだぁ。でも、じゃぁ、これはなんなの?

【ワシントン共同】香港への国家安全法制の導入を巡り、中国を厳しく批判する米国や英国などの共同声明に日本政府も参加を打診されたが、拒否していたことが6日分かった。

要するに、6日の時点では拒否していたけれど、風当たりが強いので「深い憂慮を表明」し、それを8日に発表した、っていうことでしょ?
だったら僕は、訂正も謝罪もしません。(っていうより、本田選手ほど知名度ないし。注目されてるなんて思ったら、自惚れすぎ!)

それでも、まず、思うに、中国政府に対しては、各国も「批判」をする程度には、中国政府を「大人」だと認めている、っていうことなんだろうなぁ。某国なんて、もはや、並大抵のことでは「批判」なんてされない。勝手にやってろ、的な感じで、どこの国からも相手にされていない感がある。

人名を出すと、どこの国のことかすぐに結びつくので、人名は出さないけれど、「安倍総理は、よくやってくれていた」という言及があった。僕なんか思うに、安倍総理だろうが、誰だろうが、どれだけ優れた政治家が動いたとしても、どうにもならない国もある、そんな気がする。人質を取られているに等しいから、思い切ったことは何も言えない。僕自身も、過去数年、ほとんどその国のことは書いていない。常識が全く通用しないから、何もできない感が強くて、歯痒い。下手なことを書けば逆効果にしかならない。

僕は、自分にできることを全て出し尽くして協力したか、と言えば、切らなかったカードがあることは自覚してます。
俗に、「穴を二つ」掘っちゃうっていう奴。昔は、全然気にしていなかった。心の中が上に筒抜け、なんてことは、多少は考えてもほとんど気にしていなかったから、「自分自身の思いを汚す」なんて、全く気にしていなかった。ですからね、今回の人生でも結構やっちゃってる。
そうなんだ、たぶん僕は、建設的な思考というか、何かを創り上げるよりも、壊す方が数段得意。そこがね、たぶん、いつまで経っても上に上がれない最大の要因なのかも。

そういう意味では、今回、このタイミングで、この土地に生まれて、この生き方をして来て、そして、とにかく師匠に出会えたのは、大正解だったかも知れない。後は、それを活かすだけ、なんだろうと思う。プラスを積み上げることは、何もできていないかも知れないけれど、思いっきりネガティブな意識を発散することだけは、少なくとも師匠と知り合ってから、封印して来た。でも、同時に、もしかしたら僕にはできたかも知れない最凶の切り札は、切らなかった。そして、何もできないうちに亡くなられたご家族の方々の訃報を聞くにつけ、やはり、申し訳ない感がすごく強い。たぶん僕は過去、かなりの「両手の汚し方」をしている。その「両手を汚す」際に、どこまで「心を汚したか」は、思い出せない。そして、思っただけで落ちた事実も、重ねて来たんだろうと思う。
できることならば、今、生きている間に「代替的」かつ有効な手段を創造して、(結局ネットに書く以外に何もできないけれど、)助言できるならば助言したい。その「代替的」手段が創造できないまま、自分の切り札的な最凶最悪なカードを切らなかった、その結果、事態が何も動かず、失意のうちに亡くなられた方がいらっしゃる、この一連の経緯は、僕自身の今回の最大級の反省事項になるかも知れない。できたはずなのに、やらなかった。加えて、代替手段がどうにも思いつかなかった。

いきなり、話が逸れた。独立した見出しで書きたかった内容を、ここで持ち出してしまった。でも、吐き出せたから、もういい。

表題の説明。昨今よく見聞きする「芸能人や、スポーツ選手の『分際』で、政治的な発言をするな」っていうSNSの書き込みだろうか。これも、黒人差別に匹敵する職業差別だと思う。結構大勢の芸能人、スポーツ選手が反駁しているなぁ。いいことだと思う。Nack 5でよく耳にしていた鈴木紗理奈さんも、何か書いてたなぁ。声、だけじゃなくて、これがきっかけで、初めてお顔を拝見した感じかも。

あ、僕は一応、SEです。システムエンジニアの分際で、政治的な書き込みをするな、と?

現在、僕のブログは、コメント欄を停止してます。その理由は、バイアグラだとか、訳のわからんセールスのリンクが、スペイン語だとかロシア語だとか、コメントで、凄まじい数入ってくるので、削除するのが面倒なので、コメント欄を閉じた。「意見」は受け付けるつもりだったけど、これじゃぁ、やってられない。
という訳で、僕のブログには突っ込みたくても、突っ込めないだろうな。でも、support@xxxxxxxxxx.co.jpのメールアドレスは表に出しているから、そこに送ってくる手もあるとは思いますが。

「意見は受け付けます。」なんて言いつつ、あまりに腹立たしい内容だったら、送信元IPからアカウントを辿って、本人が自分のパソコンでネットを開こうとした途端に、「うるせぇ、黙れ!」ってメッセージを私の署名入りで画面にデカデカと表示したりして・・・
こういうのは、映画だけです。少なくとも僕にはできません。書いてみただけ。だけど、こういう「思わせぶり」をしちゃうもんだから、盗聴やら盗撮やらで、私生活を根こそぎ晒されたんだろうなぁ。公安だかマスコミだか、当事者の正体はわからん。いまだに一度も謝罪なんてない。知らんぷり。バレなきゃなんでも、やりたい放題。どーでもいいけど。僕の人生、もうほとんど終わってるし。おかげさまで。
話を戻して。
あるいは、メールで受け取った内容を、IPやアカウントもろとも引用表示して、句読点の打ち方から、感嘆符号や助詞、助動詞の使い方、単語の選択、絵文字に至るまで、100字程度の書き込みに、5000文字くらいの反撃文(揚げ足取り)を書いて、晒す、とか・・・50倍返しくらいで迎撃するかも知れないけれど。どなたか、試してみませんか?言葉の世界だけ、ですけど。言葉だけなら、どんな迎撃されたって、大したことないでしょ?
やっぱり、話が逸れてる。

ジャスティンビーバーさんが、ファンからの「あなたは聖書を読むべきだ、こんな政治的発言をすべきじゃない」に対して、”How bout fuck u!”とか、返信したらしい。笑った。すげぇ。共感しました。(検索の仕方が下手で、元ネタを引用できていない。)

トランプの熱烈な支持者に、キリスト教徒が多いらしい、ってのはあちこちで読んではいたけれども、人種差別に対して声を上げることに、批判的な主張する、っていうのは、それはそれで、その方の意見とか考え方として尊重はするけれども、でも、それを聞いて思うことは、キリスト教も、ロクなもんじゃないな、っていう感想だろうか。あ、私個人の見解です。
この私の見解に、反論したい方は、是非どうぞ。support@xxxxxxxxxx.co.jpだけじゃなくて、kobayashi@xxxxxxxxxx.co.jpも口を開けて待ってます。

そもそもが、黒人だとか、白人だとか、黄色だとか、赤だとか、そんなの以前に、「□□として、どう思うか」が問題じゃありませんか、と僕はおもう。人種以外にも、芸能人だとか、スポーツ選手だとか、アイドルだとか、そんなの以前に、やはり「□□として、どう思うか」が先に来るような気がする。

ちょっと話が逸れる。もう50年近く前。僕の少年時代。アイドルと言えば、山口百恵さん、松本伊代さん、薬師丸ひろ子さん、岩崎宏美さん、などなど(思い浮かぶ人が多すぎて、書きそびれたキョンキョンさんとか、ごめんなさい・・・)そういう方々だった。で、当時の雑誌では、アイドルはウン×なんて絶対にしないし、トイレにも行かない、なんて、まともに書いていた。馬鹿だと思いませんか?それが「お約束」で、アイドルは、仮にご本人が生身の人間であっても、「人間扱い」されていなかった。
すごいのは、熱烈なファンの方がラジオの深夜放送なんかで、「XXさんは、トイレになんか行きません。あの人は絶対に、XXXも、オシxコもしません!」と絶叫したりなんかしていて・・・。今だったら、「そんな人間、いるかよ」って思いませんか?
引き合いに出す話題が汚くて、申し訳ない。でも、ウン×をしない人間がいる、なんて、それを信じている人たちがいた。違うでしょ、みんな、ヒトでしょ?

「□□として、どう思うか」この□□には、漢字2文字で、「人間」を入れてもいいし、「ヒト」というカタカナを入れてもいい。
さらには、「オヤ」なんていう二文字を入れてもいい、と思う。
僕は「親」にはなり損ねたけれど、もし、自分の子供が、肌の色が黒いというだけで、あるいは、顔にあざがあるとか、国籍が違うとか、そんな、本人にはどうしようもない理由で蔑まれたりしたなら、腹立たしく思いませんかね?

黒人青年が母から言われた「16のやってはいけないこと」が、黒人にとって警察がどれほど脅威かを教えてくれる
https://www.huffingtonpost.jp/entry/unwritten-rules-black-man-follow_jp_5edb3ee5c5b6a80a46d465f7

これ、読んでいて、なんだか切なくなった。悲しいというか、やりきれなくなった。

どうせ、アメリカはトランプが大統領だから、どうにもならない。でも、世界は、世界の一人でも多くの方々が、「そんな社会は、間違っている」という考え方を、自分自身の考えとして理解するに至って欲しいと、願ってやまない。

教条主義で、「イエス様がこうおっしゃってるから、人種差別はいけません。でも、ジャスティンビーバーさんは黙ってください。」そのTweetのページを拾えなかったけど、あんた、なんもわかってねぇだろと、僕は言いたい。

シューキョーとかの教条主義ではなくて、誰もが、自分自身の全感性を総動員させて、何が正しくて、何が間違っているか、心で判断して、ご自身が正しいと思ったなら、どうか(非暴力的な手段で)言葉を発し続けて欲しい。僕はそう思う。

地球系霊団

師匠が、講演会の中でしばしば言及されていたこの単語。
「地球系霊団」。あるいは「地球系霊団の一員として」という表現。

なんだかなぁ、そもそも、僕なんかが、師匠の講演会の聞きかじりを、こうしてネットに書いたとしたって、一体、どれだけの方々がそれを読んでくれるか。あるいは、読んでくれたとしたって、まともに考えてくれるか。疑問はあるけれど。

僕は、既存の宗教を否定する気はない。まず第一に、そうした立場にない。第二に、仮にそれができる立場だったとしても、上からの意識が受け取れない(霊道が開いていない)から、言及すべきではない。
きっと、もし「形骸化」した宗教があるのならば、いずれ、最初に布教された方々が、「自分が広めて、それが間違って広がってしまい、その間違いが看過できない水準に達してしまった宗教」については、ご自身が消し去るための「布教の取り消し」活動をされるんだろうと理解する。まさか俺、その「布教した側」には、いなかったよなぁ、とは思うけれど。

何が正しいか、それは誰もが、自分自身で、自分自身の経験に根ざして考え抜いて、結論を出したらいいだけの話題だと思う。僕には、他人に対してとやかく言うことはできない。
話が逸れかけている。表題は「地球系霊団」だった。

実は、僕ら全員が「地球系霊団の一員」なんだと、主張したくて書き始めた。なぜ書きたいと思ったか。横田滋さんの訃報に接したから。

あの方、できることならば、息を引き取る時に、「めぐみさんに会いたい」と言う意識だけを持っていていただけたらいいな、なんて思った。もし、そうだとしたなら、きっともうそろそろ、覚醒して、娘さんに逢いに行っているに違いない。意識体には国境はないから、めぐみさんのすぐそばで、「来たよ、こうして生きていたんだね」と意識を送られて、もしめぐみさんがその意識を受け取れたなら、夢うつつにせよなんにせよ、最低限の「再開」を果たされているのかな、そうあって欲しいなと、ただ願う。
ただ、もし、どこかの国への憎悪を発散させて、そのまま亡くなられたなら、悪霊になってしまう。悪霊になってしまうと、もう収拾がつかない気がする。確かにね、悪霊になったなら、憎いと思っていた相手を殺すなんて言うことは簡単かもしれないけれど、間違いなくそれだけでは済まない。憎悪の念を持ってしまった自分自身に気付けなければ、際限なく、誰かを殺し続ける、そう言う霊体になってしまう、どうか、それだけは、あって欲しくない、そんな気がした。

記憶が不鮮明なんだけれども、僕の盗聴盗撮が始まって、ついに潰れて実家に逃げ込んだ当時、虚虚実実、いろいろあったけれども、あの頃のいつだったか、どこかから聞きつけて、僕の家に尋ねてくれたことがあったんだろうか、あの時に見かけたのは、横田さんのご夫婦だったのか、どうしても、鮮明な記憶が辿れない。なんか、そうだった気がしてならない。本当に、何もできなくて、申し訳ない気持ちがある。
どうせ、噂を聞きつけるなら、僕じゃなくて、師匠の方に尋ねられたら良かったのに、と思う。けれども。

こうした事件は、二度とあって欲しくない。

地球系霊団という「表現」で言うならば、アメリカの人種差別問題に、全世界から反応がある、らしい。だんだんと、世界が一つになろうとしている。これは、嬉しいことだ。
誰もが、ヒトとして、ヒトらしい生き方ができる、誰もそれを妨げない、そうした社会が、いつか実現して欲しい。ただそれだけを願う。

もし、僕が横田ご夫妻の思いに、心から共感して、誰かを憎悪するように自分の意識を高めたとして、何ができただろうか、そんなこともふと考えた。もしかしたら、全てを自分に都合よく解釈して、もしかしたら、多く方々の再会につながるような結果を出せたかも知れない。だけれども、もしわずかでも憎悪に僕自身が身を委ねたら、間違いなく、その副作用の方が大きい気がした。その最大の「副作用」は、間違いなく僕自身に降りかかってくる。それだけで済めばいいけれども、たぶん、それだけでは済まない。憎悪は間違いなく、別の憎悪を呼ぶ。横田ご夫妻には申し訳ないけれども、僕は、何も意識を動かさなかった。それはやはり、僕にとっては、ベターな選択だったのかも知れないと、今は考えています。何もしなくて、できなくて、本当にごめんなさいと、思う。そして、「あの人」を憎悪する以外に、何一つとして具体的な解決策が思い浮かばない現状が、何よりも苛立たしい。

それでも、憎悪の意識は、絶対に持つべきではない。それはわかっている。
フロイドさん関連のニュースにしても、あまりにも、ニュースが多過ぎて、感覚が追いつかない。

師匠の講演会の受け売り。僕自身は、咀嚼してはいるし、たぶん、嚥下もしている。けれども、消化はし切れていない。読み手の皆様が、「地球系霊団の一員として」と言う表現を、聞いたままに伝えようとしている僕自身の不甲斐なさは別にして、何かを考える時の、一つの「指標」にしていただけるなら、こんな嬉しいことはない。

良かった。これで書けたか。
僕自身は、自分の書いた内容についての「客観的な解釈」は、書いたのが自分であっても、もう、ここまでで十分かなと思った。

以上

集団免疫仮説

もしかして、だけれども、もし、東京の都心、北九州、岩手、それ以外の任意の数県内で、幼稚園・保育園、小学校、中学校、高校、大学、20代の社会人、30代の社会人、などで、それぞれ、統計的に有意な判断ができる程度の(最低でも、それぞれの「対象者」で数十人から、予算的にはせいぜい百人程度、かなぁ)人数を無作為抽出して、抗原検査や抗体検査などの「感染履歴」の調査研究を行なったとして、「既に感染した痕跡がある比率」がどの程度になるか、比べてみたら、どうなんだろうか、なんて言う気がした。

少なくとも日本では、年齢が低ければ低いほど、発症の確率も低いし、発症しても重症化する比率が低い、ようだと聞いている。
もしかしたら、だけれども、案外、東京でも岩手でも、その他の道府県でも、案外それほど大きな差が見られない程度の「感染済み比率」(適当に書きますが、2ヶ月程度前で6%と言う数字からの想像で)15%〜20%程度の「感染済み確率」が観測されたりするんじゃないか、と言う気がする。
この数字、初期段階では指数関数的に増加し、中間段階を過ぎると、プラトーに近づくようなカーブ、例えば、「カラーテレビの普及率」みたいなカーブを描くと私は想像する。

もし、この数字が確認されたとしたなら、教育現場などでの「厳戒態勢」は、大幅に緩和できるような気がする。
なぜならば、既にそれだけの人数が感染しているのに、それが「クラスター」とか「感染爆発」の引き金にならずに、サイレントな(無症状な)感染者の拡大という結果のみをもたらして、いずれは、それが「社会の、集団免疫の獲得」につながる、という転帰を想像させるからだ。むしろ、積極的に、「実は、これほど感染者が拡大していたのにもかかわらず、大規模な感染拡大に至らなかった」証拠、とも言える気がする。

推測に過ぎないけれど、日本人の「マスク好き」は、海外の方から時には揶揄される対象であったみたいだけれども、今回のコロナ禍に関しては、実質的に「集団免疫」的な役割を果たしたに違いない。
先週に引き続き、今日(ってか、昨日か)も東京に出たけれども、池袋では、マスクを着用していない若い人たちを、そこそこ見かけた。彼ら/彼女らは、「私は、自分が感染することを、もう心配していません」ってなアピールなんだろうか。そうじゃなく、私から言わせてもらえたなら、「あなたが、感染していないことを証明してくれない限りは、マスクをつけていて欲しい」という主張を、全く理解できていない人たちだ、と感じている。それはそうとして、もしかしたら、彼ら/彼女らは、集団免疫の獲得を拡大するためのSuper Spreaderとしての役割を担っているんだろうか、なんてことも、ふと考えた。(どんなことでも、自分に都合よく考える、僕の悪い癖かも。)だけど、もしかしたら、彼らがウイルスをばらまく事によって、サイレントな(無症状な)感染者が拡大し、それが社会経済活動の正常化を加速する可能性もあるのかも、なんてことも思った。

それを実証するためには、ぜひ、全国規模での無作為抽出での(一万人規模を一回こっきり、ではなく、もっと計画的に、必要最低限度、統計処理上で有意な判断ができる程度の、必要最低限の人数の、定期的な)抗原/抗体検査を行なって、感染実態の把握を進めて欲しい気がする。(でも、安倍内閣だからなぁ。とりあえず、書いてみているだけ。)

感染者が高齢者や、基礎疾患を抱えている人たちであった場合、感染=死を意味する場合もある。ただ、小中高等学校や、大学/専門学校での「受益者」=「顧客」は、ほぼ全員が若年層で、教職員を除けば顧客=受益者集団のリスクはかなり低い気がする。(幼稚園・保育園の父兄が、お友達に、医療関係者のお子さんがいるからと、ヒステリックになるのは、「全く意味のないビョーキ」だと僕は思っている。)怯えるべきは、園長先生とか、だけじゃなかろうか。大学や専門学校の教職員には、確かに、ジジババも多いですけどね。僕自身も含めて。

文化的な慣習の異なる外国のことは知らない。日本の場合には、一定のサンプリングを行なった上で、もっと経済活動への「自主規制協力要請」を緩めてもいいような気がしている。(あくまでも、一定のサンプリング調査を行なった上で、だけれども。)

念のために申し添えれば、僕は、確率論で議論しているから、この議論の結果としてピンポイントで感染して亡くなった方が現れたとしても、それが数字として「コンマ数パーセント」ならば、「ほとんど実害のない成功だ」という結論を主張すると思う。感染してしまった本人にとっては、間違いなく「私は死ぬ」的な100%の結果であっても、マクロに見てコンマ数パーセントなら、僕はこの主張を変える気がないことだけは、申し添えたい。

腰巾着

日本、中国批判声明に参加拒否 香港安全法巡り、欧米は失望も
https://news.yahoo.co.jp/articles/e1dfcf36d1bbd64a8d7ba8a47eb7cd7b35292aa1

日本政府には、と言うよりも、安倍内閣には、まず、「人権問題」に対する基本的な認識(どこの国の国民であっても、人権は最大限に尊重されるべきだ、と言う認識)は、ないと思っていいと思う。それは、日本国民を相手にしても同じ。
「やってはならないこと」を「やってはならない」と非難する勇気がない。
相手がジャイアンなら、すぐにヨイショする。

核廃絶でも、日本政府の態度は同じ。
「現実的な判断を」などと言いながら、詭弁を弄して「核兵器廃絶は希望するが、ジャイアンさんが核兵器をすぐには捨てる気がないから、ジャイアンさんが正しいとおっしゃることを、日本政府の公式な態度とします」と、実質的には発言していると思う。

もう、くどい、しつこい、同じことを何度書いたかわからないけれど、安倍総理が「武器輸出三原則」を破棄して、「平気で、人殺しの道具を輸出できる、普通の国になる」と言う方針に転換した時点で、安倍は、あちこちのジャイアンの腰巾着だと、僕は思うに至った。

銃社会

白人警官はなぜ黒人を殺害するのか 日本人が知らない差別の仕組み
https://bunshun.jp/articles/-/38288

正直な話、他国のことなので深入りはできないとは思うけれども、感じたままに書けば。

冒頭に引用した、文春の

「systemic racism システミック・レイシズム=システム化された人種差別」(以下、本稿では「制度的差別」)

には、なるほどと思える部分があった。特に、ここ

さらに、米国の公立学校の財源はほとんどが固定資産税で賄われており、貧困地区と裕福な地区の極端な税収格差が、子供たちが受ける教育格差に直結している。

は、初めて知った。

それとは別に、私が思った内容。警官は、常に「一般人が所有している可能性のある銃」に怯えていると思った。人は、恐怖が根底にあると、過剰に他人を攻撃する。誰もが誰もから攻撃される可能性があると思っている上に、「犯罪者」は「銃に頼って犯罪行為を犯す」と言う思想、と言うよりも「教訓」が大前提にあるから、そうした銃社会で「犯罪者に立ち向かう警官たち」は、本人たちは尊敬されるべき存在でこそあれ、非難されるなど論外、と言う意識があるんじゃないかな、と思った。

https://diamond.jp/articles/-/62762
黒人が警官に殺される確率は白人の4倍!
ファーガソン騒動が浮き彫りにした米社会の病巣
——ジャーナリスト・仲野博文
<=== 2014/11/28

https://blog.excite.co.jp/nyliberty/30090161/
アメリカでは黒人男性(20~35歳)の主な死因の第6位が「警察官による暴力」(Police use of force)という異常な状況で改善が必要なこと
(ソースは2019年8月公開の調査レポート、LA Times: Getting killed by police is a leading cause of death for young black men in America、NBC News: Police killings are the sixth leading cause of death among young men, study showsなど関連報道も)
警察による黒人ジョージ・フロイドさん暴行死、子ども向けニュース(NBC Nightly News Kids Edition)はどう報じたか?
https://blog.excite.co.jp/nyliberty/iv/detail/?s=30090161&i=202006%2F06%2F05%2Fb0007805_22423627.jpg

ただ、「誰もが銃を持っている可能性」があるから、と言う理由は、全く、警察によって黒人が多く殺されている現状を説明できないなと、思った。

人種差別意識に、銃社会。病根が根深すぎるとも思う。

いずれにせよ、私にはトランプのこの感覚

トランプ氏、暴行死の男性にとって「素晴らしい日」と バイデン氏はその発言を非難
https://www.bbc.com/japanese/52946242

これが、どうしても理解できない。失業率の改善って、未だ最悪水準だろうに、誰が「素晴らしい日」だなどと、喜ぶか。どうして、そんな発想になるのか、どうしても想像しきれない。
まさかとは思うが、もしかして、「殺されたことなど気にするな、白人に殺されたんだから喜べ」とでも言いたいんだろうか。どうしても理解できない。
これは、私の理解力や、想像力の貧困が原因なんだろうか。

中間搾取社会

ビートたけし、「持続化給付金」の「電通」への再委託問題に憤慨…「国がやっていたとしたら、マヌケな芸能事務所と何も変わってない」
https://news.livedoor.com/article/detail/18378538/

今ちょっと、自然言語頭になってない。ブログモードでもない、そんな気がする。
長文が書けない。(その方がいいか。)

三次産業向けの元請のシステムエンジニアなら、一人月150万円とかがスタンダードだろうか。それが製造業向けになると、いきなり40万円くらいに下がる。なんらかの付加価値を加えるにしても、モノを作るよりも、お金を右から左に動かすところには、とにかくお金がたくさんある。
その元請150万円も、下請け、孫請け、ひ孫請けくらいになると、50万円くらいかなぁ。間に入る会社が、どれだけ良心的かによると思うけど。

ただ、SEの場合には、単なるピンハネとは違うかも知れない。

今週うちに来たアベノマスク、大当たり❗️

これなんか、はっきりしているのは、「作っているのは中国、発注元は日本」なんだろうけれども、日本品質を維持するためには工場の検査や生産管理への指導、などなど、(アベさんとかアソーさんとかは、全部下に任せているクチなんだろうけれど、)それをやらなかったら、一般企業だったら(この事例を起こしたのが民間企業だったら、)大騒ぎになってる。全品回収なんてことをやってるところも少なくないと思うけれど、「アベノマスク」だから全国民が最初から品質は諦めているっていうか、最初からあてにしてなかったんだろうなぁ。

SEの場合には、下請けが潰れたら(僕なんか、本人としては一応メンタル管理に必死だったっていう言い訳はあるけれども、外から見ていたら「気分屋」だったのだろうし、)元請のSEは会社に泊まり込んでも仕上げるまで頑張らざるを得ないんだろうな、なんて思う。それが一人月150万円の代償なんだろうと思う。ですけどね、SEも、目に見えないとは言え、一応は「モノ」を作り出す立場で、何もしないで右から左へ、とは、ちょっと違う気がする。

日本もねぇ。下請け、孫請けが声を出していったら、もう少しみんなにとって生きやすい社会になるかも知れない。
「アベ一味」とか「イケダ一味」に丸投げしていたら、絶対にいつまで経っても変わらないと思う。国が「発注」する先では、2年在籍しただけで「退職金1500万円」の原資に、こうした「持続化給付金」なんてのが回ったりしたりして、末端で、ひたすらデータ処理とか、窓口対応をしているところは、時間給換算すると1000円前後、なんていう状況になったりするんだろうな、っていう気はする。それをやられても、上の方が開き直れる根拠ってのは、「私は、国家公務員試験に合格した人間だけど、あなたは学歴はない。文句言うな」なんて感じなのかな。疲れて、突っ込む気力がないけど。

ちなみに、システムエンジニアリングに関して言えば、政府からの「元請窓口」になった後、それを、ネット経由なんかで末端の零細企業に「中間マージンなし」で投げてくれる、そう言う業務分割の仕掛けを、ネット経由なんかで作ってもらえたなら、僕らだって助かるし、元請だって、価格が半額くらいになるはずだと思う。
そうならないって言うのは、間違いなく、国家公務員OB救済システムとか、大企業救済システムが機能しているから、なんだろうな。

製造業の場合には、中国の人件費と闘っていますからね。そもそもの発注単価の段階で一桁違っても、仕方ないとして覚悟しているけれど、第三次産業って言うのは、上級国民の救済システムがベースにあると、僕は思う。

きっと、しばらく「人工言語頭」になって、「自然言語頭」には戻れない気がする。もしかしたら、しばらく「更新」できないかも知れない。

人権感覚

トランプ大統領 緊急演説 軍の派遣も辞さず

ジョンソン首相、香港290万人に“市民権”を
https://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye3995414.html

香港立法会、中国国歌への侮辱行為禁じる条例案を可決-反対1票
https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2020-06-04/QBE9IWDWLU6G01

トランプ大統領、一転「軍を動員する必要ない」
https://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye3995638.html

スパイクを打ちたがっている中国に、トランプが見事なトスを上げた。
イギリスがブロックに跳んだけれど、、間に合わなかったか。隙を見逃さなかった中国。一気に得点を決めた。
スパイクを決められてから、トランプは態度を変えた。今更遅い。もう、何を言ってもやっても、もう遅すぎる。

何を考えてるんだか。人権無視の中国よりも、遥かに人権を軽んじている自分に、全く気づいていない。
そうか、そもそも、最初から人権感覚なんて、持っていなかったか。

全てのアメリカ国民は、私が大統領として君臨するため、アメリカ合衆国大統領の所得を手にするために存在している。
まぁ、そんなところだろうな。

アメリカも、中国も、ロシアも、およそ人権感覚のない人間がトップにいる。中国では、選挙なんていう制度そのものがない。ロシアでも、民主的な選挙が行われているとは思えない。それなら、アメリカはどうなんだろうか。

アメリカ国民は、ああいうのが好ましいと思ったんだろうな。なんて、日本も偉そうなことは言えないけれど。

人種差別を容認し、世界中で軍事力を行使し、あろうことか、時には海外の要人暗殺を公然と認め、銃火器の使用を問題解決の最終手段とする。そういう共和党政権のアメリカには、国際社会との関係を絶って欲しい。

京都議定書やユネスコ、WHOばかりではなく、アメリカにはあらゆる国際機関から脱退して、鎖国して欲しい。

できることなら、トランプには、ツイートも演説もせずに、日がな一日、ホワイトハウスの中にこもってゲームにでも没頭していて欲しい。その方が、何か「政治」をするよりも、世界にとっては、遥かにいい結果が出ると思う。

食中毒並みに、罰則規定を

同じ感染症でも、食中毒と新型コロナとは確かに、発症のメカニズム、「感染」なのか、「割とどこにでもいる菌の増殖」によるのかなど、医学的には随分と違うかも知れないけれど、行政による対応、という意味では、食中毒に近い「対応」があっても、おかしくないんじゃないか?という気がする。

I型感染症。暗記用のゴロ合わせは、こんな感じでしたっけ?
1番南米で偉いペットは天然のクマ
「天然のクマ」とか、「クマは逃走(痘瘡)」とか、亜流は色々あるけれど。
1番(第一類)南米(南米出血熱)でえ(エボラ出血熱)ら(ラッサ熱)いペット(ペスト)は天然(天然痘)のク(クリミア・コンゴ出血熱)マ(マールブルグ熱)
https://鍼灸柔整国試.com/%E6%84%9F%E6%9F%93%E7%97%87%E5%88%86%E9%A1%9E/

段階があって、「届出義務」だとか、その辺の細かい違いが、医療関係の国家試験では問われたりしている。パラメディカルは、医学部だけではなくて、看護も、臨床工学も、柔道整復も、理学療法、作業療法も、薬剤師も、たぶん、ほとんどの医療職で、国家試験ではこの辺の「公衆衛生学」が出題されている。臨床工学の場合には、確か、食品衛生法は「出題範囲」に入っていないと理解しているけれど。

いずれも、食中毒と違うのは、「お店で感染」とは限らない点だろうか。「職場で感染」もあるみたいですしね。
でも、食中毒の場合には「食品衛生法」だったか、「営業停止処分」もあったんじゃないか、と思う。
新型コロナだって、市役所や警察が窓口を閉鎖したりだとか、実質的な「営業停止」はあるはずなのに、感染者が出ても「行政処分としての、営業停止」ではなくて、あくまでも「自粛」だという点だろうか。

何か、ルールの不備じゃないか?と思うのは、ここのところニュースで見聞きした以下のポイント
1. 感染者が出たとわかると、「営業できなくなる」から、自分が感染しても「職場」のことは話さない。(特に、夜の接客業)
2. 1と同じで、客が風評で来なくなることを恐れて、感染経路の追跡に協力しない。
3. 「自粛協力」による協力金くらいではテナント料も払えないから、一切自粛せず営業しているところがある。
こういうケースは、特に新宿歌舞伎町などの繁華街に集中しているみたいだ。

個人的に思う。これ、コロナではなく、もしエボラだったら、と考えてみると法律の不備が見えて来やすくなると思う。
もし、エボラ出血熱で、感染者の追跡に協力を拒んだなら、その行為だけで数十人規模の死者を出す。実質的に、「未必の故意」による「数十人の殺人」に該当するような気がする。それなのに「自粛要請」だけ?保健所は「指導」しかできないの?

感染者が出ていない状況での「自粛」は、仕方ないと思う。ただ、一旦感染者を出したなら、飲食店に限らず、罰則規定のある「期限付きの営業停止命令」は必要じゃないだろうか。警察や市役所、病院は、あくまで公益に基づいた「自主的な窓口閉鎖」を行うんだろうけれども、夜の接客業とかは、もしかしたら、感染者が出ても、隠して営業を続けるかも知れない。
感染者が出る前と、出た後とでは、法律的な「対応」がかなり違って然るべきだ、という気がする。

なんでこれを書くか。首都圏の一都三県は、一蓮托生みたいだ。だけど、埼玉の場合には、県南と県北とでは、感染者数だけではなく、景色からして違う。それを首都圏だっていうだけで、東京都に足並みをそろえるなんて、勘弁してくれと思う。ましてや、第二波の発生が、都心のビジネス街ではなく、歌舞伎町、いわゆる歓楽街だとして、その副都心の歓楽街での感染者の発生が原因で、埼玉の県北まで引きずられる、なんていうのは、やめて欲しい、僕はそう思った。
これは、国に言うことではなくて、埼玉県の県知事に文句をつけるべきところなんだろうけれど。

加えて、感染者が出ても、その感染者が追跡に協力しないと言ったら、「はい、そうですか」と「自主性」を重じて、保健所も引き下がる。それは「なし」でしょうと、僕は思った。ここ、周囲の人間のリスクも考えて、法律そのものを見直して欲しい気がする。

本質的原因

アメリカの暴動でよくわからないのは、トランプの言動は論外として、各州知事とか、市長などの発言で、(実際には言及していているのが、日本には報道で流れてこないだけ、かも知れないけれど、)デモ参加者が求めている「白人警官による、黒人への対応を、見直せ」というか、「警官による人種差別をやめろ」というか、その部分に直接言及している発言が、ない、ということだろうか。

トランプが言及しない理由はわかる。まず第一に理解力の問題。デモ参加者が「白人警官による黒人殺害」(結果的には、こう言うしかないんだろうが、)に対して、怒りをあらわにしている、と言う点を彼の頭では全く理解できていない。か、もしくは、第二に、気付いていたとしても、人種差別などあって当然と言う意識だから、その辺の主張を完全に無視して、デモ参加者は全員が暴動参加者であり、だから全員を軍隊による武力で鎮圧するという、それしか口にしていない。間違いなく、そのどちらかだと思う。
大半のアメリカ人が、それを容認していたとしても、日本にはほぼ実害がないし、(長引けば、日本の進出企業にも影響が出るか?)地球環境問題とか、貿易問題とは違うから、これ以上は突っ込まないし、その必要もないし。

ただ、あれ、日本だったら、日本の場合には、警察は都道府県の管轄だから、都道府県知事とかが記者会見などで、「今後は、警察官が、人種差別的な行動を取らないように、厳しく綱紀を粛正します」的なことを口にして、偉そうな人たちがずらっと並んで、頭を下げるだろうな。
ところが、アメリカの場合には、知事とか市長とか(どちらの管轄か知らんけど)、決して「警察」の行動に対して「謝罪」なんてことはしない、みたいだ。

日本だって、「警察を監督して、今後はこうした事例が起きないように・・・」的な発言がなければ、たぶん、マスコミが大騒ぎする。マスコミが大騒ぎしてくれると、一般人も便乗して怒る、的な感じかなぁ。逆に言えば、昔だったらマスコミが騒がないと、日本人はあまり気にしなかったのかも知れない。ところが最近は、マスコミが騒がなくても、SNSなんかで当事者が「こんなことがあった」的な書き込みをすると、それが拡散して、そのSNSの騒ぎをマスコミが拾う、みたいな流れになっている気がする。(おっと、これは日本だけじゃないか。)

いずれにせよ、その大元の部分に知事とか市長とかが言及しない(していると言うニュースが伝わってこない、)と言うのは、トランプだったら理解力がないからで済ませられるけれども、それ以外の、特に、民主党の知事とか市長とかだったら、何も言及しないと言うのは、やはり、それほど難しい問題なのか、と言う気がしなくもない。
もしかしたら、文化の違いで、基本的に「謝罪」はしないのがアメリカ流なのかも知れないけれど。トランプに噛み付いた知事さんだったか、市長さんだったか、トランプにすぐに「だったらすぐに鎮圧しろ」とかツイートされていたみたい。
日本的感覚でいえば、「デモ隊の皆さん、わかりました。警察官による人種差別的な行動について、規範を定めて、内規に違反した場合には厳しく処分するように、アクションを起こします。具体的には、何ヶ月以内に内規を制定し、一年以内に施行します。ですので、解散してください。」とか、直接的な原因に言及して対応を約束すれば、なんとなく、数日の間には鎮静化するような気がしなくもないんだが。

もしかして、それができない原因が、「人種差別」以外にあるのかも。

「人種差別」の方は、トランプがいい例だと思うけれども、アメリカ人の、特に白人の一部の中には、根深く「人種差別ウイルス」が常在していて、もし、知事とか市長とかが「人種差別的な行動は、処分の対象となる」などと発言したら、現場の警官から「なぜ、俺たちが、そんなルールに従わなきゃならないんだ」と、猛反発が上がってくる、警官がストライキを起こす、くらい、根深く、人種差別意識が浸透している。ということなんだろうか。

そうでない方の理由は、何なんだろうか?アメリカ人というのは、(トランプは、これにも該当するか、)ただ単に、自分の非を認めたり、謝罪するのが嫌いな国民性、ということなのかなぁ。

僕にとっての、???な疑問は、なぜ、州知事とか市長とかが、一番の本質的な原因に言及して、(たぶん、謝罪すべきは、ミネアポリスでしたっけ?その辺の行政トップだと思うけれど、)過去の「白人警官vx黒人」の図式の「過失致死」についての謝罪の言葉が出てこないのか、不思議でならない。

日本人の場合、(特に、相手がお客さんだったりすると、)自分が悪いと思っていなくても、とりあえず誤って、丸く済ませておこう、みたいなのが多すぎて、それはそれで問題かも知れないんだが。

なんだか、文化の違いを見せつけられている気がする。絶対に謝らない上に、最後は銃が出てくるのがアメリカか。いや、つくづく、日本に生まれて良かったとは思う。

kkk

トランプはアメリカのデモ鎮圧に米軍を投入するのか
https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2020/06/post-93572.php

アメリカもなぁ、香港に対する中国政府を全然非難できないじゃない。

僕がモノを知らないって言えば、やっぱり思い出すのはこれだろうか。

トノメトリの開発(開発っていうよりも、研究に近かった気がするけれど)をやってた頃、ソニーのワークステーション(確か、NEWSだったかなぁ)で、データ分析をやる、という名目で使っていた。(もう、その頃実は、半分以上仕事に集中できなくて、あまり仕事にはなっていなかったけれども・・・)潰れた経緯は既に何度も書いたし、愚痴になるからこれ以上は書かない。

そのワークステーションで、今でいう virtual environment構築というか、パスを切り替えてソフトの実行環境を最適化するコマンドとして、「小林の開発環境(Kobayashi’s Kaihatsu Kankyo = Kobayashi’s Development Environment)」の頭文字をとって、kkkというシェルスクリプトを書いて使っていた。
社長がMITとの共同研究を模索していて、MIT OBのHughさんをアメリカ側のサポートスタッフとして社員として採用していた。
Hughさんが来日していた時だっただろうか。僕がワークステーションの端末で kkk というコマンドを叩いたのをみて、Hughさん、顔を曇らせながら、「イクオ、kkkは良くないと思うよ。知らないかい?」みたいな感じで、ソフトとは全く関係ない話題を話しかけてきた。
Hughさん、クエーカー教徒だから、感情的な物の言い方は決してしない。ただ、かなり不安そうな感じだったのは覚えている。

知らなかったなぁ。いや、もしかしたら、ゴルゴ13の漫画で読んだことはあったかも知れない。今みたいに気楽にレンタルビデオなんて借りられる時代でもなかったし、今でこそ映画でkkkのシーンも見て、知っているけれど、当時はアメリカのそうした側面なんて、全く知らなかった。無論、知っていたら、シェルスクリプトにあんな名前はつけなかった。そして、知ってはいるけれども、未だにそうした人たちが、州によっては公然と活動しているということに、実感が持てていない。
二度目のアメリカ。一人でボストンの街中を歩いた、そのアメリカのイメージと、どうにも重ならないでいる。なんせ、僕のアメリカ滞在日数は、4回か5回の訪問を全部合計しても30日に満たないですからね。

その kkk が、トランプ大統領になってから一時期、活動を活発化させていた、というニュースを見たのは2年くらい前だっただろうか。当初から、ヒスパニックに対してはかなり差別的な言動を繰り返していたし、どうみても白人至上主義としか思えない言動を重ねて来た。

その背景に加えて、COVID-19による失業、ストレスが加わり、いくつもの要因が一気に吹き出した訳だから、これは一筋縄ではいかないと思う。白人警官の人種差別的な取り締まりのニュースは、かなり昔から結構流れていた気がするけれども、現場の雰囲気が僕にはわからないし、毎回「お咎めなし」みたいになっていたようにも記憶している。よくわからないから、これ以上は言及しないけれども、もし、アメリカが香港や、中東などに対して「人道的観点」などで介入するならば、足元のアメリカ国内で、もっと早い時期から、人種差別的な言動、特に警察などの行動を、それが「州政府の管轄」であったとしても、もっと厳しく律するべきだったのだろうと思う。
ところが、トランプはむしろ、人種差別などあって当然くらいの感じの人だし、その部分に抗議するデモも、これまで何度も起きていたと記憶している。その都度、「あのニュースはフェイクだ」とか、「誰かの陰謀だ」とか、そんな感じの受け答え。

これで鎮圧に軍を投入したら、二度とアメリカは、中国を非難できないだろうな。加えて、どう見てもトランプに、軍を投入する以外の解決策、ご本人の人間性に根差した、というか、いわゆる「政治家らしい」というか、ご本人の「人間力」による解決策が、あるとは思えない。

今まで、どの大統領も「解決」しなかった、というよりもできなかった、アメリカの一番根深いところの問題を、トランプが表面化させてしまったと思う。もっと早い段階で、人種差別路線を放棄したら良かったのに。下手したら、「正当防衛」と称しての銃の使用が、日常的にまかり通る事態にまで、転がり落ちるんじゃなかろうか。そうなったら、アジア系移民も無傷ではいられない気がする。なんせ、コロナは中国のせいだと公言している人たちだから、この黒人暴動に反発する白人側、トランプの支持者側から見たら、今度は「コロナは、あいつらのせいだ」と、アジア系住民が標的になる。トバッチリだと思うけれど。簡単には沈静化しない。経済活動の低迷に拍車をかける。などと、つい最悪のことを考えてしまう。

世界経済回復のシナリオから、アメリカの存在を除外すべきだと思う。
煽って、すみません。
でも僕は、暴力反対です。それが警官であっても、軍隊であっても。

や〜い、デブ!

昨日、久々の授業。4コマ、連チャン。(あ、麻雀用語だ・・・)

マスクをしていても、学生の表情はなんとなく掴めた気はした。それと、声も最後まで枯れなかったのは、良かった。数ヶ月ぶりの授業だと、いつも4コマ目には嗄れ声になるんだけど。

ただ、問題は、ずっと立って歩いて板書してって続けた後、小川町に戻って帰り道、なんていうんだろうか、インナーマッスルっていうか、体を支える奥の筋肉とか、足、特に土踏まずだとか、これまで筋肉痛になったことのない場所が、疲れ切ってるような、それを通り越して筋肉痛を起こしかけてるような、それが今日になってはっきりした「筋肉痛」になって出てきた。足腰の筋肉が、決定的に落ちてる。これはヤバい。

そして、もう、自分史上最高水準のデブ度。一目瞭然の外観。これはヤバい。

事務所のあちこちに「走りに行こう」とか、「ジョギング」とか、(モニターの周りにも、「これが終わったら走る」的に貼り付けたりもしているんだけれども・・・)実際にその仕事が終わると、ついそれを飛ばして別の用事に手を延ばすというか、「走りに行く」はひたすら無視。これは良くない。

「走りに行こう」は剥がして、「や〜い、デブ!」って張り替えようかなぁ、なんて思いつつ。

ありのままの自分を直視する。そして、その自分を認める。以上。(ちょっとちょっと、そこで終わったらダメでしょうが。)

「や〜い、デブ!」の張り紙はいいとして、認めたらどうするの?って、こういうことでしょうかね。「はい確かに私はデブです。それが何か?」と聞き返す。

(モチベーションが低い、ってか、テンション、低いなぁ・・・)

トランプに正論

日本の諺。「馬の耳に念仏」

EU WHO脱退意向のアメリカに再考求め声明発表
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200531/k10012452161000.html


追補

人は、「自分はこうあるべき」という目標を持って生きると、不思議とその目標を達成できるまでに、知らず知らずのうちに器が大きくなってくる、そんなことがあるような気がする。

逆も真なり。この程度でいいやと諦めたり、引いたりしていると、知らず知らずのうちに、その程度のことすら必死でやらないとできない程に、力量を落としてくる、そんなことも、あるような気がする。

かつてのアメリカは、世界の平和を守り、世界の人々の健康で安全な生活を我々が提供する、的な、「大兄貴分」的な意気込みがあった。時にはうざったくもあったりしても、やはり、頼り甲斐のある存在だったと思う。

それが、トランプ一人で大きく変容しつつある。

その「変容した先の、世界秩序」を想定して動かなければ、どこの国も、自国の国益を見損ねるという気がしてならない。