足かせ

大坂なおみさんが、「日本は差別的な国じゃない。どこの国にも、そういう(差別をするような人は)いるもの。」と発言されていた。達観してるなぁ、なんて思った。人間的な魅力のある人って、いいよね。

それに比べて、これ。
安倍首相、河井夫妻逮捕「深くおわび申し上げます」
https://news.yahoo.co.jp/articles/af99ccaaf4e07311566bab5bfab539ceafeb4c1d

お詫びはしても、「もうしません」とは言わない。「大臣」が何人も辞めたり、無理して定年延長した人が賭け麻雀。モリ・カケ・サクラに、あれの強行、これの強行。お詫びしたってどうせ繰り返すし、お詫びすらしていない話題も多い上に、非難されても「どこが悪い」みたいな強行姿勢。それでも、安倍を支持し続ける人たち。
(忘れよう。ニュースを見なかったことにしよう。精神衛生に良くない。)

世界の観光市場における日本の立ち位置を考える~2030年訪日客6000万人は達成可能か?
https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=63480?site=nli

今日のNHKニュースでも、これを言ってたなぁ。懲りてねぇ。無理でしょ。

最近、マスクをしていない人を多く見かける。いや、確かに埼玉県小川町ならば、そこそこ問題はない。ほとんど人とすれ違わないほどスカスカなのに、わざわざ見知らぬ人と2m以内に近寄るような物好きはいない。スーパーマーケットは、多少気になるけれども、おしゃべりしたり、咳をしたりしてる訳じゃないし、静かに買い物していてくれる分には、気にはならない。

気になるのは、池袋。「俺は平気」と言わんばかりに、マスクなしで堂々と街を歩く人が少しずつ増えている気がする。
確率的には相当に低いけれども、東京の人口密度は大阪と比べてすら、遥かに高い。確率が低くたって、毎日数千万人規模の人たちが移動して、すれ違っているから、案外早い時期に東京では第二波が来る気がする。

「十分に注意した上で、要所さえ押さえたなら、かなりの範囲の経済活動は再開しても支障はない」というのが私の認識。そして、おそらく専門家会議の考えも、それと近いか同様だと思う。
あっと、真似とか、そういうことじゃなくて、自然科学に軸足があるならば、事実と数字から何らかの結論を導き出すような訓練を受けている訳だし、それぞれがそうやって出した答えを持ち寄って、同じ答えになっているならば、かなり普遍性とか、客観性は担保される、というのが、自然科学のアプローチだと思う。だから、「偉そうに、俺の考えを専門家が言ってる。こいつ、生意気すぎる」なんていう解釈はやめて欲しい。「まず、自分の考えを述べる。」少なくとも、それが欧米流の自然科学教育の基本姿勢だと思うし、僕は日本もそうあるべきだと思うから、こういう書き方をしただけ。
話がそれた、訳のわからんツッコミをする人は、どこにでもいるから、とりあえず、予防線を張っただけ。
僕は、好戦的な人間だけど、無駄な議論はしたくない。

話を戻して、「適切な対処をした上でなら、観光だって、ビジネスだって、どんどん再開すべきだ」という、その前提条件の「適切な対処をした上でなら」という部分を取っ払って、「あ〜!解禁だぁ〜」ってな感じの人が、相当数いるような、これから出てくるような気がする。ダメだこりゃ、っていうか、終わったかも知れん、という気もした。
「我慢」する習慣がない人たちが、多いんだよなぁ。
医療従事者の方々、そろそろ、心構えが必要かも知れない。

アメリカ 経済活動を早期再開した州中心にコロナ感染者急増
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200619/k10012476181000.html

こうなることは、わかってたのに。だから、「慎重に」という意見が多かったのに。アメリカも、ブラジルも、トップの責任以外、何物でもない。

一部では人工呼吸器が足りなくなるおそれが指摘されるなど

トランプが何か言ってたよなぁ。人工呼吸器を作りすぎて、余ってしまったから、日本に買ってくれ、とか。「余ったから、買ってくれ」っていうことなら、相当に値引きした上でなら、買ってもいいんじゃないか、なんて思った。それこそ、インバウンドの海外からの人を受け入れるなら、日本全国津々浦々、少なくとも、人口10万人程度の「市」では、人工呼吸器が最低でも50台とか使えるような社会なら、インバウンドを増やしても相当に安心感は高い。ただ、地方に行けば行くほど、病院も金がなくて、大変だと思う。トランプが言う「余ったから買ってくれ」って言う人工呼吸器を買い叩いて、ごっそりと日本に配備したらいいと思う。ステルス戦闘機だの、イージスアショアなんかよりも、遥かにいい提案だったと思うんだけどな。
まさか、「やっぱり売らない」なんて言い出さないよな〜とは、思うんだが。そんなこと言い出したなら、トランプは、この超低空飛行の私の会社よりも、ビジネスを軽く見ていると思うな〜。書いてみて、トランプ相手に優越感に浸りたかっただけだけど。

「我慢」って言うことを知らない。いや、日本人は、と言うか、僕らの世代の日本人は、子供の頃から、この「我慢」をうんざりするくらい叩き込まれたような気がする。いつの間にか、「自由」になっちゃったのかなぁ。

「自由」は大切だ。誰もが、法に触れない限り自分の判断で行動してもいい。(安倍総理に、この点はしつこく念押ししたいけれども。)
但し、僕が理解している「自由」は、「何をしてもいい」と言うことではない。師匠が師匠の言葉としておっしゃっていた、だけではなくて、(確認しないと確かなことは言えないけれども、)確か、師匠を通じて、ミカ様か、ガブリ様が、おっしゃっていた。「自由とは、神の思いに背かない限りは、何をしてもいい、と言うことで、前提条件があります。」確か、こんなニュアンスだったと思う。と言うことは、「自由」であるためには、まず神の思いを知らなきゃならない、と言うことかも知れない。
あれこれと、書き切れないけれども、端的にこの話題に即して一つだけ拾い上げるとしたなら、「常に、相手の立場に立ってものを考えなさい」と言うことだろうか。ここが、コロナ対策の最大のポイントでもあるような気がする。

日本では、比較的浸透しているような気がする「もし、自分が感染していたとしても、相手にはうつさない」と言う意識。この部分は、案外、重なっているような気がする。その意識があるならば、たぶん、これだけ緩和されても、少なくとも東京では「マスクの着用は必須」と言う状況は変わらずキープできる。案外、「自分だけは大丈夫」と言う、根拠のない「安心感」などから、「自由」を満喫したいんだろうか。だから、そうでない人が増えた。この辺、間違ってるような気がする。確かに、周囲に人が少ないなら、それほど神経質になる必要はないとは思うけれども、雑踏の中でマスクをつけずに携帯でおしゃべりしながら歩くって、まずいでしょ?その発想の延長で、夜の店とかでも同じことをやっていたりするんじゃないかと、僕はつい、思ってしまう。東京都が、再度の一日100人超えするのに、1ヶ月はかからない気がする。それでオリンピックって、やれるもんなら、やってみろとも思う。
基本的に「足かせ」がかかっていることを、忘れてはならない、と思うのだけど、理解しない/理解できない人たちも、一定数いるとも思う。
東京はとにかく、人口が多すぎる。小川町なら、同じことをやっていても、大丈夫なんですけどね。

インバウンドについて、もう一つ思うことを書くならば、なぜ、人類は「誰か」をここまで怒らせたか、その大元に気づくべきなんだろうと思う。「不要不急の外出」じゃないけれども、「金さえ払えば、飛行機で世界中を飛び回っていい」なんて言う認識は、改めるべきだと、私は感じています。
テレビでやっていた。どこかの金持ちの話。「ふと、本場のXX(カニだったか、なんだったか忘れた)を食いたくなったから、飛行機で札幌に飛んで、XXを食べてから、日帰りで東京に戻った」みたいなのを、数年前にテレビで見た記憶がある。こう言うのも、「我慢」がないんだよな、と、私は思う。

「(金があるから)できる」ので、「やってもいい」って言うことにはならない、と僕は思う。明らかな、資源の浪費だし、地球環境への負荷が増える。「旅行」も、ねぇ。
現実問題として、航空機を飛ばした場合の二酸化炭素発生量が、どの程度か、数字が頭に入っていないけれども、可能ならば、世界中を鉄道網で連結して(日本は難しいけれど、高速フェリーなら可能性もあるし)、「観光旅行も鉄道で」って言う流れは、今後不可避じゃないか、と言う気はする。
鉄道で日数が増えたなら、「経済的な余裕」がなければ、観光できない、と言う見方もできるけれども、経済モデルが確立して、世界中で「最低賃金」の底上げが可能となって、ある程度、「過半数」の人が何回かは、鉄道や船旅での世界旅行ができるような世界経済の状況になればいいのに、とは思う。と言うよりも、二酸化炭素の排出を抑制するには、これも、避けられない要素じゃないだろうか、と言う気がする。
Google Earthだけで、かなり「行った気分の、なんちゃって海外旅行」ができる、なんて言う話もあるし。

とにかく、「無駄な資源を浪費しない。」(地球に、これ以上負荷を与えない。)とか、「自分以外の他人の立場を、尊重して行動する」とか、そうした、日常生活での「足かせ」を「当たり前のこと」と考えて行動する、そうした意識が定着しないならば、コロナ禍による「致命傷」は、避けられないような気がする。

蛇足として、一言付け加えるならば、国内に「スラム街」とか、貧民地区とか、そうした方々が多く暮らす国では、そうした方々の感染が「富裕層」の生活にもかなりの影響を与えると思う。すべては持久戦で、一朝一夕にカタがつく問題じゃない。このコロナ禍の中で、そうした国内の「貧民対策」がいかに重要だったか、気づいて対策を練る方向に転べばまだいいとして、そうした発想にならずに、厄介者を切り捨てる、くらいの感じでいるならば、確かに、重症者や、死者は、富裕層に比べて貧困層の方が圧倒的に多い現実がある中で、「絶対数」が増えてくるから、富裕層からの重症者も、死者も、「国内に、貧困地区が少ない国」に比べて、圧倒的に多い状況になると思う。

日本の場合、要注意なのは「設備の不十分な、中堅規模の病院」とか、「高齢者福祉施設」、そして「接客を伴う夜の飲食店」など、なんだろうけれども、国によっては、「スラム街」そして「軍隊」が問題になるような気がする。特に、軍隊の場合には、感染が拡大しても、状況が公にされずに、大規模クラスターになる可能性があるような気がする。「自分の国を守りたい」と言う志の高い人たちが、進んで軍人になる国も少なくない中で、軍人だろうが、民間人だろうが、どこの国であっても、人の命は人の命として、きちんと向き合うような政府であって欲しい気はするんだが、はっきり名指しするなら、ブラジルとか、アメリカとか、中国とか、そう言う発想は、カケラもないだろうなぁ。一に「国益」、ニに「経済」でしょ?

長くなった。終わる。