相互医療提供協定

日本とベトナムとで、入国制限の緩和を行うらしい。段階的に、相互往来の世界が戻ってくるんだろうか。ベトナムに続き、まずは、タイ、オーストラリア、ニュージーランドとの往来。
(でも、東京の夜の街などでの感染拡大を、相手国がどう考えるか・・・)

いずれ、海外旅行=観光が解禁になると、またジャンボジェットが飛び交うようになるんかなぁ。
せっかく、化石燃料の浪費が止められ、地球温暖化ガスの排出も低下しているのに、痛し痒し。

観光は、確かに「相互理解」を推進するし、世界的にやはり「観光」も基幹産業に成長しつつあるんだろうし。
宇宙を目指すのもいいけれど、プロペラもジェットエンジンも使わない航空機の開発とか、陸路での(日本からだと、まず福岡とか長崎あたりに移動し、上海あたりにフェリーで渡ってから、)鉄道旅行とかで移動し、二日とか三日かかるなら、「経由地」自体も「観光」の目的に組み込むような、そういうパッケージ旅行とか、できないかなぁ。

というのはやはり、航空機は鉄道の7〜8倍のエネルギー消費があるから。

https://www.mlit.go.jp/hakusyo/transport/shouwa54/ind020102/003.html
輸送機関別エネルギー効率

そうなると、日本とベトナムの相互往来には、二日とか三日とかかかるようになるんだろうか。
時代に逆行する?そうかなぁ。地球への負荷拡大は、絶対的に避けるべきだ。というのは、話の本題ではなくて。このページの主題は、医療保険の話。(でもないかも・・・)

日本には、国民皆保険の制度があるから、医療費の全額負担はまずない。保険点数が細かく決められているから、訳のわからん治療をされて、いきなり何百万円、何千万円の請求が来ることもない。
ただ、協力隊でパプアニューギニアにいた時は、「気軽に医者にかかれる」訳じゃないから、健康にはかなり神経を使っていた。一度だけ、微熱が続いた時にマラリア感染が不安だったので、地元の病院を訪ねた。世間話をしていたら、ちょっと会話に意識が向いていた間に、直前の「検査」の患者に使ったのと同じ針で採血されて(アルコール綿消毒さえ、したかどうか・・・)かえって怖くなった。当時の公式の数字で、PNGのHIVの感染率は1%前後でしたからねぇ・・・。マラリア検査でHIV感染なんて、勘弁して欲しいと思っていたけれど、帰国後の検査ではHIV陰性の結果が出て、とりあえずホッとした。(それ以外に、感染しそうな行為は一切していませんし。)

さらに、一度だけ、前歯を折って、JICAに何十万円か負担してもらってしまった。なんで前歯を折ったか。炎天下の中を歩いていて、突然「めまい」の発作が起きた。メニエル氏病の後遺症で、僕の左耳は聞こえない。聞こえないだけではなくて、三半規管がたぶん、ほとんど機能していない。25年前当時、その三半規管が突然「暴れる」というか、(重力の)方向感覚が滅茶苦茶になって、視線がグルグルと回り出すという発作が時々起きていた。起きそうなきっかけは、自分なりに感じ取ってはいたけれど、その時は本当に突然だった。歩いている時に発作が起きて、特に、重力の方向が全くわからないから、受け身を取るとか、手を出すとか、そういうことが全くできず(自分の体がどの向きに倒れているのかも感じ取れず)、まるで棒を倒すような感じで、前倒しになった。その際に、顔面を強打して、前歯の差し歯が外れた。
今だから白状するけれど、遺骨の情報収集を頼まれていて、知り合いの村を訪ねて、何キロか先の現地に向かって歩く途中だった。本当は、そういうことをやってちゃ、いけなかったんですけどね。ただ、私はシステムエンジニア隊員だったのに、2年の任期の間、コンピュータが壊れていなかったのは半年程度で、残りの1年半は、「公式の業務」としては何もできることがない感じだった。(することがないから、町中の人に頼まれて、コンピュータのお守りをしていた。)本業があまりにも捗らなかったので、それで、せめて半年の任期延長を申し出たんだけれども・・・

いずれにせよ、海外に出た日本人にとって、現地でどんな医療を受けられるかは、切実な問題だと思う。
同様に、日本を訪れている海外の方にとっても、医療費の問題は大きいような気がする。
日本の場合、「在住外国人」はまだしも、観光客となると、医療費の不払いも、外国人の医療を受け入れている病院にとっては切実な問題みたいだ。

治療費を踏み倒し平気で母国にトンズラする「トンでも観光客」の実態
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/56050

外国人患者の医療費未払いは9400万円、旅行保険に未加入の訪日外国人は3割。保険の認知度向上も課題

外国人患者の医療費未払いは9400万円、旅行保険に未加入の訪日外国人は3割。保険の認知度向上も課題

特に、ウィズ・コロナになってくると、相手国に滞在する日本人、日本に滞在する相手国の方、どちらにも、医療提供がどんな形で行われるかの不安がつきまとう、さらに医療現場では、医療費をどうやって回収するかが問題になる、そんな気がする。入国制限の緩和を進めるならば、同時に、表題の「相互医療提供協定」のような形で、両方の国に「医療保険制度」があるならば、その保険制度の相互乗り入れであってもいいし、相手国に「医療保険制度」がないならば、保険医療の医療費の支払いを相手国政府が保証するような制度であってもいいし、なんらかの形で「安心して移動できる」制度が必要なんじゃないか、という気がする。

この話題を持ち出したのには、別の理由が一つある。国名の名指しは避ける。避けるけれど、たぶん、バレバレになると思うけれども。

やはり、外国人であっても「人道的」な対応は必要で、日本の場合(日本だけではなく、多くの国で)旅行者が急病になった場合には、医療費の支払いを心配するよりも、医療機関に搬送したりするケースが多いと思う。人道的な理由による。その根底にあるのは、「人権」の相互尊重の考え方じゃないだろうか。

ということは、こうした「相互医療提供協定」のような協定を締結するとしたならば、その根底にあるのは、古くは世界人権宣言のような、「一人ひとりの(生存権を含む)権利を大切にする」という考え方だろうと思う。

然るに、世界人権宣言、国際人権規約のあと、それが、相互協定とか、「人権条約」のような、より、法的拘束力のある形には、一向に進化していない。と理解している。

可能であるならば、まず、「国連人権条約」のような形で、条約加盟国相互の基本的人権の尊重を最大限に重視する「義務」を国家に負わせる。その上で、「国連人権条約」に基づき、という前文を入れて、「相互医療提供協定」のような形で、医療二国間協定を「入国制限の緩和」に先行させる、というのは、どうなのかなぁと、考えた。

この「国連人権条約」だけれども、外国人ばかりではなく、当然、「自国民」への「人権抑圧」などがある国の場合には、そもそもが、批准しないだろうし、批准しようとしても、条件を満たすことができずに、条約批准として認められない。ということは、いずれ、ウィズコロナの世界経済が確立されていく中で、取り残されることになる。
特に、国内に「教育施設」と称する「収容所」があったり、個人の考えを述べただけで逮捕されるような国では、極めて対応が困難なはずで、どれほど、全世界にマスクや、医療防護具や、人工呼吸器などをバラ撒いて、「国連が我が国を非難するような決議を出すなら、せめて、棄権、間違っても賛成などするなよ」という外交を展開しているんだろうけれど、結局仲間外れになる気がする。

マスクや、医療防護具や、人工呼吸器などを大量に「援助」されて、表立っての反対ができない国であっても、国際的に、自国民が海外で急病(コロナ感染の発覚)などになり、医療支援が受けられないとなると、例えば、その国が漸次経済的に発展し、ビジネスマンや観光客などが海外に渡航し、医療支援が必要な状況になった際に、こうした「相互協定」を締結しているか否かは、非常に重要な問題になるような気がする。
無論、どちらを選ぶかはその国自身の問題だと思うけれど、こうしたアプローチは、間違いなく、その、マスクや医療防護具などを大量に海外に援助していて、人権を蔑ろにしている国への牽制にはなるような気がする。

そもそも、あんたの国では、自国民の「人権」を尊重してねぇだろと。だったら、海外旅行に来たあんたの国の国民が急病になったって、「前金」で医療費を支払わないなら、野垂れ死にさせられたって、文句を言うな、と、端的に言えば、こういうことです。

以前、師匠が講演会でおっしゃっていた。「中村哲さんのような活動は、本来的には、国が行うべきなんじゃないだろうか」という意味に私は解釈している。おそらく、そうおっしゃっている。
ただ、JICAを経験してしまうと、日本国政府から、相手国政府を経由すると、現場に落ちる金がそもそも激減するし、「提案者」が本来意図した用途とは全く別の、なんだか現地政府の関係者だけが潤うようなところにばかりお金が落ちる、そういうことも少なくないと思う。だから、あえて、公的援助を避けて、NPOなどとして活動されている方々が多いんじゃないか、と思う。

この話は、以前書いたことがある。僕が隊員として赴任する、さらに、随分前のことらしいけれど。パプアニューギニアのある州政府に、「地域開発」の「少額無償援助」の申請が通って、大体200万円程度だろうか、援助が行われた。現地では、連日、ホテルでの会食を伴う形で「援助の具体的な実施方法」を検討する会議が開かれたらしい。その結果として、半年後に「監査」のような形で調査を行った際に、その援助のほぼ3分の2程度は「会議費」で消えてしまって、残額が数十万円になっていた、という話を聞いた。こうした「話」は、パプアニューギニアに限った話ではなく、JICAの関係者に聞けば、世界中で同様の事例が集まると思う。(その結果として「村落開発普及員」という、JOCVの職種ができた。)加えて言えば、おそらく、日本でも似たようなことが起きている。だから、効率や、実効性を考えたなら「民間」が行うのがベストなのだと思う。おそらく、中村先生は命を失うことも、覚悟されていたんじゃないかという気がする。(それが、ただ単に「今回の肉体生命」をなくすだけだ、ということも、感じられる次元の方だったんじゃないか、という気もする。)

もし、政府が動かないならば、民間でやってもいい。アマゾンや、Googleのように、というか、アマゾンや、Googleそれ自体がそうした動きをしても、細かい収支明細さえネットに公開してもらえるなら、別に文句をつける理由は何もない(公開したなら、政府よりもお金の扱い方が公正だと思う)けれども。
「国際医療保険」のような形で、それぞれの国の「医師会」のような団体と個別に契約を締結して、その保険の母体が「医療保険」を負担する形で、加入者の、その「保険制度母体」が「有効」とする「国もしくは地域」の範囲内では、どこで病気になっても「医療」を受けられることが保証される。なんてのは、無理かな。

もし、国家間の「相互医療提供協定」なんていう話になったら、日本人が海外で「安心して医療を受けられる」最低限度の「医療支援」も抱き合わせになるのかも知れない。海外で、日本と同水準の医療を受けられると思ったら大間違い。必要最低限度を保証するだけでも、相当な規模の「援助」がひつ王になる。それでも、それをやると、某国には、かなりの牽制球になる。

民間団体が扱うとなると、某国も「加入国」になったりするのかな。民間の原則は「経済」だから、「人権条約」なんかとは無関係。だけど、その契約は、某国共産党と締結することになるんだろうか。その某国共産党が、「契約」なんかを遵守するだろうか。それ自体が疑問だし、そもそも、あの某国政府が、それだけ自国民の「命や人権」を大切に思っているか、疑わしい。

細かい論理展開には、結構無理があるだろうな。
でも、ただ単に、僕は、思いついた内容を、吐き出したかっただけ。以上