対数軸

何としても、「1日の新規感染者数が10000人を超える」事態だけは、絶対に避けるべきだと思う。
立ち上がりは「指数関数」だから、来る時は一気に来る。

ただ、「1日一万人」なんて言う数字を出すと、「昨日今日、1000人を超えただけでしょ?そんなことになる訳がない」なんて言う楽観視する声が、特に業界でも、安倍総理の周辺でも多いんじゃないかと言う気がする。だったら、まず「1日5千人」と言う「絶対に避けるべき」数字として掲げるべきじゃなかろうか。

理系の方なら、ご存知ないはずがない。対数メモリ
どう言うメモリの振り方がされているか、と言えば、

1 – 2 – 5 – 10 – 20 – 50 – 100 – 200 – 500 – 1000 – 2000 – 5000 – 10000
このメモリが、見た感じ「等間隔」のように並んでくる。(細かく言えば、等間隔ではありませんが・・・)

つまり、50 -> 100, 100 -> 200, 200 -> 500, 500 -> 1000 への、それぞれの「立ち上がり時間」がほぼ等しい、と言うことになる。
東京都の場合には、第二波で100人超えから200人超えへの時間と、同じ程度の時間で500人超えになり、さらに同じ程度の時間で1000人を超える。

後出しジャンケンのような議論はしたくないけれども、せめて、「増加傾向」が完全に収まるまでは、「Go Toキャンペーン」は行うべきではなかったと思う。

https://news.yahoo.co.jp/byline/kutsunasatoshi/20200726-00189953/?fbclid=IwAR0WesCReJ8I2EvuRE7qV_uvtZClyndhtVxP2CDqGLIUXzC26X5IZlELkls
新型コロナが弱毒化しているという根拠はない

Facebookで、複数の知人がこのサイトをシェアしていた。

すみません、無断転載します。(簡単に画像がリンクできないように、プロテクトがかかっているサイトなのに、すみません。)

この水面下の氷山の部分。1月2月の段階で、せめて3月の段階で、この氷山の下の部分を想定してPCR検査体制を拡充すべきだったと思うが、これも後出しジャンケンか?2月から、しつこいくらい書き続けた気がするけれど。忽那先生のこの一言。

極端な例では、ベトナムは現在までに400例以上の新型コロナ症例が診断されていますが、これまでに死亡者はいません。

これは、軽症例や無症候性感染者も徹底的に診断を行い、速やかに隔離をしていることから、重症化しやすい高齢者などに感染が広がらず封じ込めができているためです。

そろそろ、政府も聞く耳を持ってもいいと思う。(誰が主張しているかで、対応を変えるのは当然だとしても・・・)

忽那先生のお怒りが感じられるこの段落。これも、無断転載させていただきます。

最後にメディアの方へのお願いです。

現代社会では病院経営やビジネスの専門家が小学生の自由研究のような「ぼくのかんがえた、さいきょうのコロナりろん」を思いつきで述べることは誰にも止められません。

しかし、こういう根拠薄弱な理論を視聴率目当てにメディアが取り上げてもてはやすのは害でしかありません。

メディアにはしっかりと科学的吟味を行った上で、公益に資する放送を行っていただきたいと思います。

最大の壁は、「啓蒙」だと思う。若い人たちの「意識」を変えない限り、この流れは変わらない。

今できると思うことの一つとして、全ての「飲食店」などにローラーをかけて、主には無自覚な若いグループをターゲットとして、ただ、それを前面に出しすぎると角が立つので、パンフレットを配る、全ての来店客に配れる程度の十分な数の、適切な表現のパンフレットを用意して、「来店した客」には、必ず手渡ししてもらうように、お店に協力を呼びかける。ただ、「飲食を控えろ」なんて言うパンフレットを、お店が配ってくれるかどうか。表現のニュアンスを変えるしかないんだろうな。もし「会食/飲み会」をやるのならば、「これと、これと、これに厳に注意してください」と言うニュアンスで、そんなパンフレットを作れるか。
それでも、「鬱陶しいけど、ここまで騒ぎになっているのか」と、気にせずに飲み屋などに足を運ぶ方々が「自覚」してくれたなら、それは一定の効果があった、と言うことになるんだろうと思う。

客と客との間に、少なくとも「顔」の高さまである「仕切り板」のないような飲食店では、原則として営業を「禁止」することが、現状では必要かも知れない。そんなにコストはかからないはず、だと思う。それができなければ、「1日一万人」も視野に入ってくる気がする。「グループ単位で入る客室」は別にして、ビジネスホテルの朝食バイキングだとか、不特定多数が同じ空間を共有する場面では、原則として「仕切り板」が必須だとする必要があるんじゃないだろうか。

逆に、お店の側の立場で、サバイバルをかけて「営業を続ける」場合には、「仕切り板」の他に、例えば、足元への「排気ダクト」の設置なんかは、効果があるかも知れない。この「かも知れない」と言うのが曲者で、きちんと実験したり、検証したりして証明してからでなければ書くべきではないのかも知れないけれど、可能性があるならば、一つでも多く「案」を出すことが大切な、切羽詰まった、1日を争う状況にある、そんな気もする。

とにかく、換気設備を通じての対策は、研究/検討の余地がまだありそうな気がする。

以上。ど素人の感想でした。

草むしり

雨が続く。
玄関までのコンクリートが乾かないから、苔がどんどんと濃くなって、滑りやすくなってきた。
雑草も、伸びる勢いが止まらない。
さすがに、何とかしないと・・・。転んで骨折してからじゃ遅い。

雑草っていう奴は、ちょっと頭を出してきた時期に詰むと、サクサクと、軽くつまんで引き抜くだけで抜けるんだけれど。
「これは、対処しないとヤバイぞ」ってなってから抜こうと思うと、もう、根を張ってしまっているから格闘しないと根からは抜けない。
根が残っていると、またそこから葉を伸ばしてくる種類もある。
「何とかしなきゃ」となる前に、かなり早い段階で対応しないと、もう、一本一本に対処する時間が5倍とか10倍かかる。
狭い庭だけれど、早い時期なら、庭一面でも、2〜3時間で済むのが、伸びてしまってからだと、時間も細切れで、1週間仕事になってしまう。

伸びる前が勝負、なんだよなぁ。
タイミングを逃すと、かかる労力が10倍以上になってしまう。

全国で過去最多に並ぶ981人 、東京は266人の新規感染 : 都道府県別の新型コロナウイルス感染者数(7月28日深夜更新)
https://www.nippon.com/ja/japan-data/h00663/

Go Toキャンペーンの「成果」が出るのに、最短で2週間はかかるから、現在の「増加率」そのものが「増加」するのは、来週か再来週頃から。
明確な「逆効果」、つまり、観光業や外食産業にトドメを刺す結果が出てくるのは、1ヶ月先か、と思う。

うちの庭。
草むしりを手伝うどころか、堆肥を撒く奴がいたら、暴力だとは知りつつ、蹴りをくれてやりたい気分になると思う。

ファンタジー

韓国の演劇、舞台芸術は、日本を凌駕している。らしい。
常に、観客の求める内容を満たすように、周到に、綿密に構成を組み立てる。
K-POPが日本の若者を惹きつける。新しい風も吹いている、らしい。

以前読んだ配信ニュースで、韓国のテレビドラマは、視聴者からの投稿を柔軟に反映させて、撮影直前であっても台本/脚本(すみません、違いがよくわからん)を変更し、場合によっては悲劇を喜劇に変えたり、ストーリーそのものを撮影しながらどんどんと変えていく、その「ダイナミズム」があるから、成功率が高い、という記事(斜め読みなので、記憶は不確か)を読んだ記憶がある。

サービス精神が旺盛、ともいえるし、自己達成要求に誠実、とも言えるし、必ずしも悪いことではない、ようには思える。

但し、「歴史」に関しては、それはやめてほしい。創作された歴史を信じ切っている韓国の方が、あまりにも多いみたいで、辟易している。この点に関して言いたいことは、この一言を書いただけで、それ以上何をどれほど書いたって、無駄だろうなと思うので、これ以上は書かない。

最初は、李承晩以来の軍事政権が、国民の不満を逸らすために、悪いことは全て日本のせいにしていた、のかと、思っていたら、同様の「事実の書き換え」は、日本による統治下でも起きていたらしい。僕は引用しませんが、右寄りの方々が、数多く、日韓の国会図書館だのにある「一次史料」と、韓国国内で後から記述された100年近く前の韓国の「一次史料」とを対比しながら、相当な数、ネットに上げている。ぐぐればいくらだって出てくる話題をわざわざ再掲するほど野暮じゃない。ってか、面倒臭いからやらない。

同じ気質なんだろうな、と思う。自分たちの、誰もが心地よく感じるように、物語の展開を変えさせる。歴史認識も全く同じで、「一番心地よい歴史」を絶対的な真実だと信じ切って、それを世界に吹聴する。この部分が、最も迷惑。だって、欧米の歴史家なんて、極東の「一次史料」なんてきちんと精査せずに、誰かが言ってることをそのまま教科書に書いたりする。学者なんて、そうやって適当に食えりゃいいのが商売だから、こういっちゃ悪いんだけれども、欧米の学者にだって「学問に対する誠実さ」なんて、全てが全て、期待なんかできない。そういう学者の言うことを、また、国連なんかが拾い上げたりする訳だ。トランプじゃないけど、「日本も国連を脱退したら、どうかしら」なんて、思うことも、全くない訳じゃない。

「日本が悪いんだから、何をやったって当然」だと、韓国のメディアも結構主張しているけれども、その根拠を、一次史料から自分たちで調べ直せ、と思うんだが、「一次史料」って言う歴史学上の用語の定義を、韓国の歴史学者はご存知なんだろうか。案外、知らなかったりして。学者にすら期待できない、ましてや、一般のメディアに「史実」に基づいた主張を期待する方が無理、だと思う。

改めて書くまでもなく、このページのきっかけは、これね。

慰安婦像に安倍総理が土下座?の像 製作者の真意は
https://news.yahoo.co.jp/articles/56892b9dfe338bdd3a3bbcdcf41b37a37e0bc150

管さんが、なにか発言されていた。

韓国の慰安婦に土下座像「日韓関係に決定的影響」 管官房長官
https://www.sankei.com/politics/news/200728/plt2007280010-n1.html

非難すべきだ。支持する。安倍総理はそんなに好きではないけれども、あの土下座像は許しがたい。僕も、国際常識から考えて、許されないと思う。何よりも、根拠とする「事実」が創作されたもので、「史実」からかけ離れている。それを、韓国では疑う人が一握りでしかない。

韓国社会は、「客観的事実」より「主観的快楽」を優先する社会だと断じたい。確かに、舞台芸術などでは、それは意義があるかもしれないけれども、国家間の問題や、歴史認識に関していえば、百害あって一理も無い。(または、「百害あって一利なし」)韓国はその国自体がファンタジーの世界であって、「国民的快楽、国民的カタルシス」のためには、何をしても許される、そういう社会なんだろうと思うが、井戸の中から外に出たなら、行った行為相応の「お返し」があることは、韓国社会が理解するまで、日本は世界に対して、韓国に対して、主張し、実効性のある行動を続けるべきだと思う。一日本人として、プライドに賭けて、主張したい。

日本政府は、この土下座像が「一利も無い」ことを実証する根拠にしていいと思う。

「このビデオはあなたです」だってさ

Facebookの「友人」というか、専任教員だった頃の卒業生、OB会のコンタクトを広げるために、片っ端から友人登録をして、それ以後、OB会とも疎遠、という感じだろうか。その「かつての教え子」から

Facebook: Messenger で、メッセージが届いています。

と、通知があった。そのMessageは「このビデオはあなたです」と記されていて、リンクがあった。リンク先はここ

https://234rfg.vercel.app/

ここまでだったら、開いても大丈夫。フェードアウトした仮想コンピュータ上のLINUXで開いて、問題なし。ここから先、”Contact Us”のリンクは試していないけれども、取り敢えず無視。

このVercel.comのリンク先、一見まともな会社に見えるし

no abuse detected from this ip

なんだけれども・・・しかも、この234rfg.vercel.appに関する情報が取れない。わからん。フィッシングの類なら、ググったら必ずと言っていいほど「不正」のレポートが括りついてくるんだけれども。

その卒業生、顔を見たらわかる程度に記憶している。割とおとなしい学生だったけれど、直接話をしたことはほとんどない、と記憶している。「このビデオはあなたです」なんて、突然送られてきても・・・

もしかして、Facebookのアカウントを乗っ取られたか?僕じゃなくて、彼が。わからん。彼には悪いけれど、無視することにしました。

気流

大体僕がべったりラジオを聴いている、っていうのは、絶不調。
しかも、中身をきちんと聴いていない。どこにも集中できずに、思考のカーソルがもう、飛びまくっている。(庭の雑草、漬物のつかり具合、プログラム(仕事)、コロナ、学校の授業、母屋の雨漏り、などなど・・・)プログラムを修正するのが怖くなってる。修正するというか、読むのが怖くなってる。バグが怖い。論理を辿り切れていない自分がわかっているから、恐怖心との格闘。ゲームに逃げる。そのゲームを、1日に、「アンインストール」と「インストール」を、4回繰り返した。逃げるな、逃げたい。出口はどこだ、っていう感じかも。

で、コロナ。矢沢永吉さんの娘さんか?Nack5の矢沢洋子さんの番組で、聴視者の投稿。マッチョな店員さんがデリバリしてくれるサービスを、「マッチョ・デリバリ」とかで謳い文句にしているとか。一緒の写真撮影に応じてくれるんだとか。何なの、筋肉ムキムキで、裸のまま配達するのか?(だったかな。)いや、それならば、「チャーム・デリバリ」があったって・・・(以下省略)

アイディア次第なんだろうな。普段は予約半年待ちのお店の料理を、お弁当で受け取りに行ける、なんて、完全に「買い手市場」なんだろうけれど、やり方は結構、あるんだろうな。

松山千春さん、コンサートが開けないとか、今ミュージシャンの方々って、大変そうだ。
ふと思った。しばらく前に、「上から下への気流を作ったなら、飛沫とかエアロゾルとか、感染対策になるんじゃないか」ってな話題を書いたような気がする。(今、僕の時間軸の記憶は、壊れかけています。)だいぶ前だったか?調べるのが面倒なので、相変わらず、適当な自分の記憶に頼って。
ただ、確かに書いたような気はする。

僕が知ってるのは、メインは、クラシックのコンサートホール。と言いつつ、記憶に鮮明なクラシックのコンサートは、過去2回だけ。いずれも親父が一緒だった。N響のコンサートのN響ホールと、あとは、中村紘子が熊谷に来た時。この2回。古い記憶をさらに辿ると、たぶん、小学校時代の「器楽部」の発表会で、(TBSだったか?)虎ノ門ホールを覚えている。あっと、まだあった。日本ME学会(現、日本生体医工学会)が京都の国際会議場を貸し切るくらいの趨勢だった頃の、学会会場での「大会公演」は、ホールで行っていた。一応、色々と、あちこちのホールの景色はそれなりに覚えている。と、思う。たぶん。

気流が「頭から、足元に向かうように」なんて考えると、上から「送風」するよりも、明らかに、足元に「排気ダクト」を設置して、空気を吸い出した方が効率がいい。と思った。毎秒5cmとか10cmとか、わからんけど、とにかく、上の空気が床の方向に向かうように、排気ダクトを足元に張り巡らせるのに、それほど大規模な工事は必要ないような気がする。排気ダクトの「吸気口」の穴の寸法を何cmにしたら、排気音が最小になるか、穴の間隔をどの程度にしたら、人が座っていても、気流が渦を作らずに、層流として床に向かってくれるか。それこそ、富嶽でシミュレーションできんもんだろうか。
これで、座席と座席の間に、飛沫防止の遮蔽板を置いたら、もう、かなり、いけるんじゃないの?満席にしたって、客がマスクを外して絶叫したりしなければ、コンサート自体は開けるんじゃないか、なんてことを、ふと思ったんだけれども、的外れでしょうかね?

なにか、これがヒントになって、松山さんとか、きゃりーちゃんとか、AKBとか、イグザイルとか、BTSとか、皆々様が、全世界ツアーを再開できますように、もしどこかが「最も効率的なダクトの構造」なんてのを調べ抜いたとしても、特許申請なんかせずに、全世界に真似してもらって、公園ビジネスの再開に漕ぎつけてもらえたなら、・・・(以下、妄想部分は省略。)使えるアイディアか、使えないかは、分かりませんが、とりあえず、書いてみた。

なんて、考えてみると、それこそ、大規模な「改築工事」ができないような飲食店だって、「足元の排気ダクト」の設置くらいなら、大金を投入せずに「コロナ対策工事」としてできそうな気がした。その「安価版」での気流がどうなるか、なんてのも、ぜひ富嶽でシミュレーションをしていただけたら・・・なんて、ふと思ったけれども、私の仕事には、何の役にも立たない。
もしかしたら、「ライブハウス」なんてのも、「床下暖房」ならぬ「排気床」みたいな構造で、安心して営業を再開できるんじゃなかろうか、なんて思ったんだけれども。

ただ、問題はその「排気」の処理だろうか。そのまま大気放出したら、近隣迷惑。一定の長さのチャンバーみたいなのを作って、そこで紫外線を照射する、とか・・・荒唐無稽かなぁ、無理かなぁ。使えるアイディアなら、是非・・・

じゃぁ、接待を伴う飲食店は?(行ったことないから、わからんけれど・・・)オカモトさんとかに、目と鼻と口だけ空いてる「全身コンドーム」みたいなやつを作ってもらって、入店時はこれを「装着」してください、とか・・・(とりあえず、この程度の暴走で済んでる、のかなぁ。どうもすみません。)

以上。絶不調の私の、暴走でした。

IP遮断

https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2020/07/post-94036.php
米高官「ヒューストン中国総領事館は最悪の違反ケース」 コロナワクチン開発のスパイか

アメリカが中国相手に本気になったみたいだ。

どうせならば、中国からのとてつもない数の不正アクセスを、根こそぎ遮断するためのルール確定に、動き出して欲しい。
僕はトランプは好きじゃないけれど、そうした政策を実施するなら、その一点に関しては、全面的に支援する論陣を張る。(誰が読んでるか、分かりませんが・・・)

https://domainbigdata.com/
ドメインビッグデータ

DomainBigDataで、疑わしいアドレスを入力すると、「既に、多数のabuseの報告が寄せられている」ことが表示される。
どこの国かは関係ない。こうした「発信元」が存在する場合には、スリーストライクではないけれど、IPアドレスの登録元に対して、
1:不正アクセスの発信元になっていることの警告を投げて、適切な対応を求める。
2:(一定期間を経ても、対策がなされない場合には、)次は、IPを遮断する旨の最後通告を行う。
3:(さらに、不正アクセスが継続するなら)そのレジストラが国家であっても民間であっても、一切無関係に、そのレジストラからのIPの接続を、全面的に遮断する。
くらいの、徹底した「不正アクセス」対策を、アメリカ主導でやって欲しい。こういう「根こそぎ」の、とんでもない政策は、トランプぐらいにしか実行できない気がする。

IPv4でのアドレスが、それで枯渇するというなら、IPv6への移行を全面的に進めてもいい、とにかく、不正元を根こそぎ絶って欲しい。その結果として、例えば、某国のIPに関しては、一切、その国内の中継サーバから外部への、あるいは外部からその国へのTCP/IPのパケットが遮断され、その某国でも、うまくすれば、国内のWANは機能するかも知れないけれども、一切の国外との通信は遮断されることになるかも知れない。それでも、「不正アクセス」の徹底撲滅のために、それを実施して欲しいと思う。

そもそもが、某国の場合には、CWW (Cxxxx Wide Web)なる構想を打ち立てて、WWW(World Wide Web)との接続の間にフィルタを通していたわけだから、Googleでさえ、その某C国は特別扱いしていた。逆に言えば、WWWとCWWとのゲートウェイになっているIPに照準を絞って遮断すれば、ほとんどCWWの外のIP接続には影響を与えないはず、だと思う。

おそらく、世界中のサーバのメンテナンス担当者が辟易していると思う。日本政府関係者なんか、間違いなく、業者にLogのチェックなんて指示していない。だから、それこそ、WEBサイトの書き換えでも起きない限り、黙ってアクセスされて、黙ってデータを読み取られている分には、全く気づいていないと思う。99.9%の自信を持って断言する。不正アクセスがあっても、絶対に気付いていない。その発想で、政策を運営されたら、国民が困る。民間企業が困るし、マイナンバーに括りついたデータなんで、某国経由で世界中に流出する。日本人の戸籍(国籍)は、結構高く売り買いできるらしい。データの書き換えなんか、簡単だもの。

これはもう、トランプに頼むしかない気がする。

変態

キャッチーな見出しにしてみました。一応、メタモルフォーゼ(生物学?)のつもりです。まだ、学校の教員をやってるもんで・・・。いや、派手に暴れようと思ったら、川上宗薫風とか、書けるかも知れないけど、食うに困るのは嫌だ。

コロナ前の延長で延命しようと思っても、無理だろうな、と僕は思う。「新しい日常」なんていうキャッチフレーズを掲げたところで、政府のやってることは、「従来型ビジネスの延命措置」でしかない気がする。投入した税金のかなりが無駄になる気がする。

以下、思いつくままに。

旅客運輸サービス
移動中はじっとしていなければならない。明らかに密閉空間。だけれど、例えば、強制的に気流を上から足元に向けて流すように、車輌とか機体を改良して、換気機能を高めることはできないものか。電車の窓を開けます、今はそれで仕方ないかも知れないけれど、外気を短時間で温めたり冷やしたり、熱交換して、強制的に、常に頭から足元に向かう気流ができるように、車両を改造するとかしたら、結構感染確率は減るんじゃなかろうか。
問題は「熱交換器」の性能で、コストによっては「快適性」が結構に損なわれるとは思うけれども、客の側も、電車の中、バスの中は、「屋外」だという認識で受け入れるしかない、ような、気がする。

ただ、これで、「公共交通機関」による「感染」を減らせるなら、「コロナ後」であっても、公共交通機関の需要は激減はさせずに済むような気がする。
問題は二つ。第一に、明らかに、「自家用車」の方が感染リスクは少ない。「環境問題」との整合性をどうとるか。第二に、「オンライン」による需要減少は、防げない。

旅行業、観光業。
屋外を歩いて景色を見たり、ホテルですぐに個々の客室に案内されたり、それだけの旅行なら、それほど感染を恐れる必要はないような気がする。ホテル側で、毎回の消毒とか、きっちりとやっていてくれたら、という前提だけれど。問題はやはり「宴会」とか、屋外であっても大勢が押し寄せて、芋を洗うような状態になってしまうこと、だろうか。下手したら、富士山の登山だって、季節によっては「蜜」になる。屋外であっても凪いでいたら、飛沫は浮遊する。風速1メートルでも風さえあれば屋外での感染リスクは相当に低いはずだ、と、私は考えるのだけれど。

ということは、「観光客」の動線(動線って言葉が好きみたいだな・・・、ちょっと前のページでも書いていたぞ・・・)を徹底的に洗い出して、「蜜」になる部分への対策を徹底すれば、仮に感染者が訪れたとしても「観光客さん、いらっしゃい」でも、かなり大丈夫じゃないかという気はする。

やり方次第では「蜜」は避けられる「動線」の話はさておき、(大前提として、全員がマスクをしているとして、)問題は、飲食の場面だろうか。その部分は、次の「外食産業」のところで。

外食産業
ラーメン屋さんで、客と客との間に「仕切り板」を設置していたお店を見た。その業界での「ガイドライン」は知らないけれど、これも「必須」という気がした。わざわざ「仕切り板」を触る人がいるかどうかは別にして、定期的には、アルコールとか、次亜塩素水での消毒は必要だろうな。でも、これだけでも、相当にリスクは軽減する気がする。
加えて言えば、やはり「換気」だろうか。鉄道車両なんかのところで考えた「頭」から「足元」に流れる気流が作れるような、空調設備が必要という気がする。秒速10cmでも20cmでもいいから、気流があれば、ウイルスの滞留は防げる、気がするけれども、逆に「仕切り板」があると、隅の方とか、空気の滞留が起きて、飛散したウイルスが溜まるかも知れない。だとしたら、仕切り版とテーブルの隙間を何cmにするとか、やはり工夫はできる気がする。
せっかく「富嶽」で飛散のシミュレーションをしたのなら、気流の作り方と、空気中に飛散したウイルスを含む飛沫の流れ、仕切り版がどういう配置の時に、どの程度、どんなところに付着するか、気流の速度がどの程度なら不快感を感じずに、飛沫を足元や床に押し付ける、あるいは、屋外に「安全に」排気できるか、これもシミュレーションする価値はないだろうか。
その上で、「この基準を満たした空調設備」がある店なら、仮に、感染者が来店していたとしても、感染リスクを抑えて、安心してお食事をしていただけます、という「最適解」は導き出せそうな気がする。(ビジネスの視点だと、最大のネックは、「感染者が出ていない」という「実績」と、客の側の「安心感」なんだろうけれど・・・トレーシング能力も、PCR検査能力も軽んじられていたら、その辺のバックアップはできないとも思える。)

今、最大の問題点は、把握されている「感染者数」の数倍から十数倍の感染者が、市中に存在していて、そのうちの何%かはマスクもせずに行動していること、だろうか。「自粛」による外食産業のダメージを軽減するためには、一定規模以上の居酒屋のチェーン店などは、こうした空調の設置を施すことで(仕切り版も必要だと思うけれど、)客に「安心感」を謳って、ビジネスを存続させられないか、とも思う。

こんな、大規模な「空調工事」なんて、金がないからできない、というお店の方が、多いような気がする。
だとしたら、もし、同じ業態にこだわるなら、やはりケータリングなんかを考えるしかないような気がする。
そちらの方はね、僕は動けなかったけど、僕の地元の小川町でも誰かがWEBサイトを立ち上げて、予約とテイクアウトの組み合わせで、そのサイトのおかげで結構助かっているというカレー屋さんのお話を伺う機会があった。
テイクアウトの受け取りが困難な高齢者のためには、ウーバーイーツじゃないけど、(ウーバーイーツでもいいんだけど、)仕事にあぶれた方々が「配達」で稼ぐという手段もあるかも知れない。

その他
最近の僕の最大の問題点は、「集中力」というか「思考の持続力」が激減していること。書き始めた時点では、この後3倍くらいは「あれも書きたい、これも書きたい」というトピクスがイメージとして展開できていたんだけれど、ここまで書いているうちに・・・忘れてしまった・・・(情けねぇ・・・。伏線だけ張って、オチを忘れた感じ。)
一般の事業所でも、金さえあるなら「空調」の工夫で、相当に「クラスター」の発生リスクを抑えられるんじゃないか、という気がした、その部分だけはとにかく書けた気がする。ここまでのメインテーマは、動線と気流か?

ここから先は、気にしないでください。きっと、思い出したら書くと思うし、思い出せなかったとしたなら、おそらくは僕の指導霊さんが「大した話題じゃない」とご判断されたのか、よくわからんけど、これで終わり。

表題の「変態」はどこに行った!いや、今まで通りのビジネスは、続けられない業種が、相当にあるんじゃないか、と、そっちに話題を持っていこう(持っていける)と思えたので、この表題にしました。ただそれだけ。(落とせなかった話でした。)

童謡

ずいずいずっころばし ごまみそずい
ドツボにハマって トンチンカン
(違うくないけ?)
抜けたら、どうしましょ
(ますます違う)

玉突き事故。1ヶ所直すと派生的な修正が出る。
調子が良ければ、派生箇所を全部イメージし切れるのに、追い切れていない自覚があるから、時間をかけて「網羅テスト」をやると、見落としに気付く。後追い修正を行う。そこからまた、玉突きが・・・

これを何回か繰り返していると、コードの修正が怖くなる。触るとどこが壊れるか、読み切れていない。
こうなっちゃうと、自分自身の「恐怖心」との戦いかも。
脳味噌が干からびるほど考え抜くのと、干からびちゃった脳味噌で考えるのとでは、明らかに結果が違う。なんだか、後者に突入してきた。

基本設計、作り始める前に「全体像」を完全にイメージし切れるか、逆に、全く「全体像」がイメージし切れていない状態で、部分的な辻褄合わせだけに奔走するのと、どれだけ違うか。すでに後者になってしまった状況で、どう軟着陸するか・・・(なんだか、数週間前にも同じことを書いた気がする。要するに、全く前に進んでいない、ってことか。)

か〜ごめ、かごめ。か〜ごのな〜かの、バーグーは、いついつ、でやる。
(違うでしょ?)

井戸茶碗にしても、かごめの呪い歌も、なんか、ぴったりハマっていそうな・・・
ポップな歌が出てこない・・・

ど〜でもい〜けど、コンピュータの制御方式、マスター/スレーブ方式の呼び名とか、ブラックリスト/ホワイトリストの呼び名が変わりそうな。アメリカでの黒人差別問題の炎上から、「見直すべき」という流れになりそうな。

メインのシステムをマスター(Master)/マスターの指示でタスクを実行するシステムをスレーブ(Slave)、言われてみたらたしかに、「主人と奴隷」だもんな。MとSということだと、Main(メイン)とSub(サブ)でも良さそうな気がするが、それだと微妙に意味が違うかも。どうなるんだろ。わからん。変わったら、呼び方を返るだけか。

ブラックリストとホワイトリストの呼び名も変わるらしい。
「ブラックリスト」は、悪い/除外すべき対象のリストで、ホワイトリストは、良い/信頼すべき対象のリスト。確かになぁ、黒が悪、白が善っていう表現は、黒人にとってはかなわないかも。でも、日本語でも使ってないかい?白黒はっきりつけろ、白星、黒星。日本語表現にも飛び火するんだろうか。

学生に聞いた。「ブラックリストとホワイトリスト、そういうのを使う状況を考えた時、どちらがいいと思う?」
私の答え、というか見解。ブラックリスト方式は、ほとんどの相手を信じることができるけれど、一部におかしな動作をする相手がいるから、そういう接続相手を「ブラックリスト」に登録して除外する。以前は、こうした方式だった。
今は違う。ほとんどすべての相手を疑ってかかる。予め信じられる相手として「ホワイトリスト」に登録した相手からの接続しか、接続を認めない。
通信環境は、ブラックリスト方式から、ホワイトリスト方式に切り替わりつつある。

仕方ないと思う。以前は、Whoisを辿ると登録元が中国だったIPアドレスから、1日に数百件〜数千件の不正アクセス(接続要求)が来ている。そのIPアドレス、今調べるとWhois情報が消されていて、どこの国からかはわからないけれど、同じIPアドレスからの接続要求は続いている。なんだか、顔を見られてから慌てて覆面を被った強盗みたいだ。さすがは中国。
無論、中国以外からもすごい。二十数か国から、大半は個人だろうと思うんだが、中には組織的にやっていると思われる地域もある。前に書いた。ロシアとイラン。そして、次から次へと新手。中国やロシアは、おそらく、拠点を海外に移すかも知れない。レジストラに登録する際の国として、どこかの国に前面に出てもらって、実際には本国からそこを中継拠点に不正接続要求を繰り返す、多分、そういう流れになってくるんだろうか。

そういうのを考えると、もう、ホワイトリスト方式にするしかなさそうだ。とにかく、すべての相手を疑うしかない。

お客様のところのサーバも、不法接続要求ログが、あまりにも多すぎて、圧縮されて「格納」されたログファイルが、半年で既に数十に膨れ上がっている。これ、全部解析したら、相当な規模のブラックリストが作れる。けれど、SSHだけはホワイトリストに切り替えて、あとは全部門前払い(ログすら残さない)ようにしていかないと、こちらの精神衛生が持たない。

松尾くんが、僕と会って、サーバの話になるたびに、「どうしましょうか」と・・・どーもこーもない。相手は中国なんだから。全部拒絶する以外、ど〜しよ〜もないでしょ?

なんだかなぁ、「世界は、悪い奴らで溢れている」という気分になってくる。でも案外、元を辿ると(そんなことができるなら、実際にはできないけど、)元は中国だけ、ロシアだけとか、かなり絞られてくるような気もするんだが・・・

無力感。無力感に襲われると、なんだかやっぱり、「怖い童謡」みたいな「逃げ方」=カタルシスに走るってな感じになっちゃうんでしょうかね。

井戸の周りで、お茶碗かいたの、だ〜れ?後ろの正面、だ〜れ。
どうして両方とも、だ〜れ、で終わるんでしょ?「本当はね・・・」ってな話だな。江戸時代だねぇ。絶対権力だねぇ。絶対権力は絶対悪なんかねぇ。

へいへい、また「玉突き」始めま〜す。

ズイズイずっころばし、ごまみそずい、ドツボにハマって、トンチンカン。
(以下、無限ループ)

全件検索

データベースのある部分(テーブルと言う)に、done(処理済み)フラグを設定していた。

最後の最後、「この画面で、過去全部のデータを見られるように」と言う話があり、さて、どうしましょ。doneフラグを拾うことで、ホットな、今動きのある項目だけを検索するようにして、高速化を図っていたつもりが、このフラグを見ずに処理するとなると、超鈍足になる。と言うよりも、かなりあちこちで、このフラグを参照。ここでも洗い直し。プログラムも、使用箇所全部を読み直さないとならないかも。

データベースで「過去の全件」と言うと、10年後には過去10年分のすべてのデータになるし・・・

WEB+DBの授業でMy Twitterを作らせて、学生に、最初は、Ruby なら Tweet.allで、Djangoなら、Tweet.objects.all()で表示させる形でプログラムを導入する。検索要件を導入する際に、「このままだと、何が起きると思う?」と言う質問を投げる。本物のTwitterなら、1日に何千万件か何億件だか発生するTweetの、過去全てにおいて蓄積された分だけ、全部取得しに行くことになるんだけれど・・・
たぶん本物は、そんな設計はしていないだろうな。「過去」のTweetは「現在」から切り離しているはず。ですけどねぇ・・・「全件」は「全件」だから。

しばらく前に、気付いてはいた。このフラグの扱い・・・どうしましょ。今の自分だと、これも全件検索して、洗い出して、修正方法を考えるしかなさそうだ。

そういうプログラムの実装問題以前に、松尾くんが常日頃気にしていてくれた、僕自身のテンションの低さ・・・未熟だなぁ・・・どんなメンタルでも、淡々と、黙々と「やるべきこと」を消化するということができない。

これはもう、3歳児にまで遡る。「やるべきこと」をやらなきゃ、責められる、時には殴られる。やったとしたって、ご褒美なんてない。社会人になっても同じで、給料に結びつくような評価は、一度もされたことがない。(一ヶ所に長居しなかったから、ってのもあるだろうけど。長居したところも、悪くなる一方だったな。そもそも、僕の性格が悪いんだろう。)ということは、人間としての評価もそこに括りついて、見下されるだけだった気もする。どうやったら自分を変えられるか・・・そのために、師匠の講演会に毎週足を運んでいるんでしょうに。進歩しねぇ奴だなぁ・・・

どこかでスイッチが入ると、多分これだって、「ここはこう、あそこはこうすれば解決する」って、ほぼ一日二日で全体の改修を書き上げられるはず、なのに。

昔はねぇ・・・「モテたい/あの子に気に止めて欲しい、その一心で」という、裏技があったかも。今は既婚者ですから、この裏技すら使えない。「義務感」?無論あるよ。あるけれど、無理やり仕事をしても、ぼんやりと意識に霞がかかったような状態から抜け出せないから、ど素人みたいなバグを出したりし続けている。(それでも、一応は大学で教える程度には経験を積んでるから、そこそこの結果は出せてはいるんだけれど。)

この僕の、メンタルの弱さ。克服したい。そのために、どうしたらいいんでしょ?

どうせ効率が上がらないなら、いっそのこと丸一日潰して、山歩きでもしてみるか?3〜4時間のハイキングコースなら、いくらだってあるのが、この町のいいところ。

コロナ対策

ついに来ちゃったなぁ・・・

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200723/k10012529731000.html
東京都 新たに300人以上感染確認 300人以上は初 新型コロナ

これ、過去2週間の「成果」だから、今後2週間は、現在の「増加率」を維持すると思うし、特に一部の若い方々の弛緩しきった雰囲気を見聞きするに、今後1ヶ月程度は、特に全国的に一定の増加傾向を示すだろうと思う。全国で1000人を超えるのは、もう時間の問題。問題は、どこまで数字が増加を続けるか、だろうか。今のままでいくと、PCR検査の検査能力で「1日に感染が確認された感染者の数」は頭打ちになるはずだけれど、実際の市中感染の状態に応じて陽性率が増加し、実際には確認されていない感染者が全国に拡散する、という事態になるような気がする。
もし、東京で「一日1000人」を超えてきたら、もはや「コントロール不能」かも知れない。

第一段階としては、軽症者で医療機関の受け入れの余裕度がなくなってくる、という感じだろうか。
第二段階では、医療機関で受け入れられない軽症者が、自宅待機か、ホテルなどへの受け入れ依頼するようになる。
第三段階では、医療機関での重症患者の比率が増加し、これまで患者を受け入れていなかった医療機関でも受け入れざるを得なくなる。
第四段階では、重症患者も、病院の通路などで治療を受けざるを得なくなる。
この先は、わからない。
付帯的に、コロナ以外の疾患で亡くなる方の数が増加する気がする。

今、できるかも知れないと、私が考えること。(的外れな項目もあるかも知れない)
(1) 軽症者用の、セルフケアキットの開発。
吸入用の薬剤や、吸入器、パルスオキシメータ、貸し出し用の酸素ボンベ、在宅用の人工呼吸器などの整備
(2) 教育入院用のカリキュラムの作成
ちょうど、糖尿病の患者さんが「教育入院」で、自己管理、インスリン注射などを学ぶように、在宅で自己ケアするための「教育入院」で患者に学ばせることを、整備する。
(3) コロナ患者受け入れ機関の医療従事者向けの、宿泊施設の確保
自治体の予算次第か。せめて、ゆっくりと体だけでも休めてもらえる環境を整備し、段階の進行に合わせて、流動的に確保できるようホテルなどと事前に詰めておく。
(4) 家族にコロナ感染者が出た家庭向けの、ガイドの作成
ビデオ(You Tube)でも十分?チェックリストなどの冊子を用意する?
(5) 無症状感染者の在宅管理用の、セルフケアキットの用意
SpO2だけで十分か?
(6) 特に、アルコールを提供する飲食店などへのローラー
飛沫防止用のシートなどが、座席間に設置されているか、対策が十分か、チェックして、不十分なら指導する。これは、既に始まっているみたいだけれども・・・
(7) 飲食店のチェック方法の確立
換気能力、窓の位置、座席の間隔、客・従業員の動線(動線交差の数)、飛沫対策で区切られた個々のパーティションの体積、飲食物提供の方法などなど、スコア化/データベース化できるような調査シートを開発する。
(8) 感染経路不明な感染者が訪れたことのある「お店」などの調査
感染場所が特定されない以上、絞り込みは困難かも知れないけれど、(7)の調査シートで調査を行い、データベースを作成する。共通項の洗い出しを行い、「感染確率が高そうなお店」の特徴を洗い出す。
とにかく「これだけやっていれば、まず大丈夫」という確実な「ガイドライン」を確立させる必要があると思う。
(9) ガイドライン破りの監視メカニズムの確定
法的な根拠も必要かも知れないけれど、「ガイドライン」を破っているお店に対して、何らかの対策を打つための、実効性のある(警察が動くのか、保健所が動くのか、あるいは自治体職員が動くのか)担当を明確にした「監視策」を確立させるべきだと思う。
この(8)や(9)の確定が済んでからGoToキャンペーンはやって欲しかった。今やったら、明らかに逆効果だと思う。下手したら、「ステイホーム」に逆戻りするかも知れない。
これだけ人を動かそうということなら、当然、それだけ「統計的に有意なデータ」が取れる。そうしたデータから、「安全に経済活動を再開させる」ための、必要最小限度の「規制」内容が導き出せれば、安心して経済活動を再開できるし、安心してお店も客を受け入れられる、はずだと思う。
(10) 啓蒙活動
新型コロナについて発言される方々で、コロナ対策の医療現場をご存知ない方々に、現場を視察していただく。
この間、自民党の議員が「第二波どころか、既に収束しているとも言える」などとおっしゃったと、ニュース配信で流れていた。根拠は、重症者が少ないことらしい。こう言う方々には、まず現場を見て、医療従事者の方々がどんな対応をされているか、患者はどんな「入院生活」をしているか、まず、見て知っていただく必要があるような気がする。
影響力の大きい方、特に若い方々の人気が高い方が、「もう大丈夫」と言う発言をされたなら、何も対策もせず、「おう、今度飲み会やろうぜ」なんて感じで、感染拡大が続く気がする。
(11) 接待を伴う飲食店、一般の飲食店など、現在感染拡大が確認されている業種、以外、「次」に「感染拡大」が懸念される第二グループを把握し、そのグループに対しても、飲食店と同様に「安全な営業方法」ができるための分析を行う。
(12) 老人福祉施設などの全職員の、定期的PCR検査の実施
検査したって意味がない、という人もいらっしゃるようだけれど・・・

以上、仕事の脱線、終わり

重症化リスク

今日のNHKニュース

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200722/k10012528501000.html
小池都知事「4連休の外出はできるだけ控えて」 コロナ拡大で

東京都の会議で、医療感染者の方が発言されていた。記事を追跡できなかったけれども、以下の趣旨だったと思う。

「医療態勢が逼迫していない」なんていうことはない。現場の努力で、辛うじて赤ではなくオレンジに踏み止まっている。その点を理解して欲しい。(表現は不正確)

https://news.yahoo.co.jp/articles/c4cb86434d8f745c300d3aa407e7ed04b582c4a6
カンニング竹山、新型コロナ「日本で30歳までで亡くなった方はお一人だけ」発言が賛否の議論呼ぶ

医療関係者以外の方は、病気というものの性質を無視して話をされている気がする。
最初から「重症患者」と「軽症者」がいる訳ではない。軽症者でも、適切な措置を行わなければ重症化するケースがある。それは若くても同じで、実際に若くてもかなりの後遺症の残っている方々がいらっしゃるはず。医者が、命を救ったのであって、ひとりでに治った訳ではない、それを忘れている。
「軽症」と判断された方々でも、一気に状態が悪化して、中には亡くなられた方もいらっしゃった。

当時は、「治療法」そのものが、暗中模索だったと思う。だから「適切な治療」を施せなかったケースもあるのだろうと理解する。現在は、ある程度は「効果のある治療」を行うことができているから、「軽症」に踏み止まったまま退院する方々が少なくない訳であって、患者側はまるでホテルに滞在するような感覚でいたとしても、医療従事者の側は、自身が感染しないため、さらには、自身が感染して家族に感染させないために、戦々恐々としながら、防護服の中で必死に「適切な治療」をして、軽症に踏みとどまらせている。この点を、あまりにも軽く考えているような気がする。

カンニングの竹山さんのご発言。若い方々など、そうだそうだと、賛同しているらしいけれども、「軽症者」が「軽症なまま」で退院できるように、医療従事者の方々が、相当に犠牲を払っていることを、ご存知ないんだろうか。

東京都がコロナ「感染拡大警報」~「“PCR検査信仰”を捨てないと重症患者を救えなくなる」辛坊治郎が説く


東京都がコロナ「感染拡大警報」~「“PCR検査信仰”を捨てないと重症患者を救えなくなる」辛坊治郎が説く

まさかとは思うが、辛坊さんのこの発言でも、同じことを感じた。この記事の中で、こんなことを発言されていた。

軽症者を入院させるのは、まず、とにかくやめた方がいいと思う。

ギリギリの判断だと思う。「自宅待機」や「ホテル隔離」などで、もし「容態急変」した場合、亡くなられたり、重い後遺症が残ったような場合には、入院させなかった判断が問われる。責任は誰が取るの?
暗に、軽症者は、何もしなくてもずっと軽症のまま回復するのがコロナだと、そういうご理解のもとでのご発言のように、私には聞こえる。

世界で、PCR検査で感染者を見つけることが、感染拡大の防止に役に立った例というのは、私の知る限りでは1例もない。

違うでしょう?感染者を見つけて、隔離するから、その人がそれ以上周囲に感染させないようになっている、それも感染拡大の防止に役立っていない、というお考えなんだろうか。と言うことは、PCR検査で陽性が確認された人が、検査なしで当然隔離もされずに普通に生活していて、それでも隔離した場合と結果は同じだった、とおっしゃりたいんだろうか。だったら、一切感染者の隔離などやめたらいい。コストがかからない。

この辺、ご発言の意図がわからない。文脈を辿って読んでみても、趣旨がよくわからない。私の側の誤解があるといけないので、これ以上は書かないけれども、私は、この認識は違っていると思う。

竹山さんのご発言も、辛坊さんのご発言も、若い人たちや、自粛に辟易している方々には歓迎され、そうだそうだ、旅行に行こう、という流れを後押しするような気がするが、危険すぎる気がする。

敢えて言うならば、「若者や、軽症者は、医療サポートを受けられないから、その結果重症化しても、運が悪かっただけだと思って、一切文句を言うな」と、そうした社会のコンセンサス形成のために、竹山さんや辛坊さんが旗振りしてくれると言うのならば、私には一切文句はない。大変な決断だと思うけれども、それも今後あり得る有力な「選択肢の一つ」だと思う。

なぜならば、医者が患者を相手にしたならば、普通の誠実な医者なら、軽症者だろうが、重症者だろうが、必ず治そうと、必死で努力されるだろうと思う。コロナ対応の医療従事者は相当に疲弊していても、「治療をやめます」とは言えない立場だろうと思う。その結果起きるのが医療崩壊だとするならば、逆トリアージと言うか、グリーンは元々自宅待機なんだろうけれども、イエローであっても、軽症なんだから病院には来るなと、そう言うコンセンサスを形成してもらったら、病院の負担は相当に軽くなる気がする。

「軽症なんだから、病院の世話になるな。」初期の頃、それで亡くなられた方もいらっしゃったと理解している。「三十代未満は一人しか死んでいない」と竹山さんはおっしゃるけれども、実は、若い方々(三十代、四十代を含めて)でも、ECMOなどがなければ確実に亡くなっていた方は、相当数いらっしゃるはずで、「死んでいない」んじゃなく、「医療従事者が死なせていない」と言う理解をすべきだと思う。

https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/web/19/050800015/051100004/?P=2
新型コロナ、年齢や持病など「重症化リスク」の真相

から、以下の数表

誰でもかかるような病気で、10代、20代の若者が0.2パーセント、1000人に2人亡くなるというのは、やはり大変なことですよ。

しつこいようだけれども、最初から「軽症者」「重症者」の括りがある訳ではなく、医療従事者が「軽症者の重症化を防ぎ、重症者の治療、延命を必死で行なった、その結果」と理解すべきだと思う。

その医療従事者の「負担」を軽減し、医療崩壊を回避できるとしたら、それは「政治的決断」以外にないような気がする。病院では「重症者」しか対応しない。軽症者も、重症化したなら病院が対応する。重症化すると言うことは、治療が追いつかない場合もあれば、深刻な後遺症が残る場合もある、けれども、それもコンセンサスの上で、軽症者は病院に来させない。デメリットも全てを理解した上で、これまでは「イエロー」も入院させていたけれども、今後は「レッド」だけを病院で受け入れなさい、と、指示できるのは「政治」だけのような気がする。放っておいたら、間違いなく医者と言う人種は、レッドも、イエローも、治療をするだろうと思う。職業病ですよねぇ・・・2時間も心臓マッサージをしていたと言う医者の話を聞いたことがあるけど。医者の方が往生際が悪い。

もし、政治がそうした決断を下したなら、改めて、竹山さんや辛坊さんには、今と同じ発言を繰り返して欲しいと願う。
旗振りがいて、若い人たちが「そうだそうだ」と共感し、万が一感染して重症化しても、「そうか、俺は運が悪かっただけなんだけから諦めよう」と、みんなが納得してくれる、そうした社会を形成できるように、声を大にして主張を続けて欲しいと願う。


追記

中学、高校生くらいになって、「私(俺)は、もうこんなに大人になったんだから」と親に歯向かった途端に、お前をその歳まで育てたのは、この俺たちだ、と、親に逆襲されたと言う話。聞いたことはある。

子供は、一人でに大きくなったと思っている。親がどう苦しんで育てたのなんか、考えようともしない。そんなもんなんですよね。世間でも、子供は、親が育てなくても、一人でに大きくなると、みんながそう思っている。だから「重症者が少ないから」なんて発言する際に、医者の関与なんて、考えてもいない。誰も何もしなくても、若い人たちの致死率は低いと盲信し、世間のウケを狙っているのか。若者優位の価値観。

一部の例外

日本が安全な国ランキンで、昨年の3位から10位転落、とかいうニュースが配信されていたので、早速ググったら、別のランキングページが出てきた。

世界の安全な国ランキング。1位はアイスランド!日本は?
https://tabizine.jp/2017/04/10/133957/

どちらでもいいけど・・・以前、1位になったとかいうのをみた記憶があるので、「悪くなった」感じはする。繁華街の路上でのひったくり、なんていう話も聞くし、女性が夜一人で歩く、あるいは子供だけで通学するなんてのが、必ずしも安全でない地域とかもあるみたいだし・・・ただ、ニュースになるだけ、まだましか。あまりにも日常茶飯だと、ニュースにすらならない。

徐々にだけれども、「悪化」している根底にあるのは、「格差の拡大」だと思う。既得権層から漏れると、いきなり最低水準に落ちやすい。子供の貧困の増加、生きるために手段を選ばない人たちの増加。高齢者の犯罪(万引き)の増加、なんていうニュースもやっていた。政治家に、というよりも、霞ヶ関には、もっと底辺に目を向けて欲しい、なんてことも思う。誤解されると嫌なので、言葉を補えば、貧困層の子供が、即、倫理基準が低いなんてことは言っていない。「一部の例外」ではあろうけれど、比較的、道を踏み外しやすい環境がある、ということは言っている。

そして、追い討ちをかけているのが、コロナ禍。もう、すごい経済インパクトがあるみたいで・・・。で、GoToキャンペーン、始まっちゃったか。基本的には反対だけれど、始まった以上は善後策を考えるしかないんだろう。

業界団体ごとの「ガイドライン」は、無論「完全に守る」ことが大事、だけれど、37.5℃みたいに、見直すべき項目も少なくないだろうし、逆もあるかも知れない。「ここまでやる必要はない」というのがわかる経過、というのは、どこかで「ガイドライン」を無視した会社や団体なんかがいて、それら「一部の例外」がクラスターを発生させしませんでした、だとしたら、「そこまでやる必要はなかった」ということが分析できるかも知れない。逆に、ガイドラインを破ってクラスターを発生させたなら、その破られた「ガイドラインの項目」は正しかったことの証明になるんだろう。さらに、守っていたにも拘らず感染が発生したなら、まだ何か、足りない「ガイドライン項目」がある、っていうことなんだろう。

乱暴な議論だけれど、感染が起きてしまってから分析するしかない。だとしたら、感染拡大を起こしながら検討し、「経済活動の再開」に必要「最低限」の水準を見極めていく、それしかないような気がする。いずれ「感染者と接触する機会があったとしても、これさえ守っていれば大丈夫」という基準が明確に見えて来たなら、神経質になって「ボランティアの受け入れ制限」なんてことをしなくても済むんだろうし・・・(それでも、PCR検査能力の大幅な増強は、必要不可欠な気がする。旅先での発熱で、「1週間の検査待ち」なんて、シャレにならない。)

社会の秩序を維持するためには、ルールを守ることが大事、ではあるけれど、この際だから、冷静に状況分析を重ねながら、本当に必要なルールを見極めていく、というのは、大事なのかも知れない。

それと、日本人の「倫理水準」が、だんだんと低下している、なんていう話題とは、全然、話が別ですが。鬼の首でも取ったみたいに、浮気した有名人を叩いたりする、そうしてあれこれ書いている割には、単に騒ぎたいだけで、その人の「倫理観」がしっかりしている、とは全く言えないような、むしろ逆のような気もするし。

あれこれ

1日が終わった。というよりも、日付が変わって、もう2時間。丑満時ってやつですかね?(関係ねぇよ。)
ちょっと、どんよりとしている。

専門学校の、2年生と、3年生のリアクションの違い。
学生の反応、(っていうか、専門学校は「学生」ではなくて「生徒」なのか?違いがよくわからんが・・・)2年生は、中間試験対策、というよりも、僕自身の考えは国家試験対策。「成績」なんて、中間経過に過ぎない。とにかく、国家試験に合格して、社会人になったなら、次は本人が自分で社会に対して何かをする、「足場」というか、文字通りの「免許」を手にする。僕らは、そのチャンスを最大限に広げるだけ。
国試によく出る内容を、とにかく覚えて欲しい。だからそれを中間試験に出題する。出題すると予告すれば、必死で覚えてくれる。覚えて欲しい内容をピンポイントで伝える。それを整理するから、実質的には、中間試験の問題と答えを教えているのに等しい。(どういう解釈をするかは、学生の勝手。)そうして、2年生の段階では、多くの学生が「覚えて」いてくれる。

自分の担当科目を中心の授業だから、3年生の「国家試験対策」では、ちょうど1年前に学生に中間試験で覚えてもらった内容を、反復するのだけれど、1年経つと忘れてしまているのかなぁ・・・1年前はあれだけ覚えていたのに、と思うくらい、忘れちゃってる。その3年生の目を見ていて、教えている僕自身が「単なる、僕自身の自己満足か」と思えてきて、ちょっとどんよりした。内容的には、国試対策としてはかなり重要事項を列挙したつもり、だったのだけれど、1年前に中間試験の出題内容に被せて「これだけは、覚えて」と伝えた内容が、今、どれくらい残っているのか・・・

Bird’s Eyeというか、鳥瞰図というか、僕は全体を把握して「上から目線」で「これと、これ」という伝え方をする。ただ、学生は、地上を必死で歩きながら、項目間の連携を必死で模索する。その「見え方」の違い。言うまでもなく、僕は「点と点」の結びつき、「線と線」による囲い込み、全体が見えている。見えていない立場での「辿り方」を考えながら伝えているつもり、だけれども、やっぱり一番気になるのは、最初は「点」について「覚える」ところか始めたとしても、最終的には全体の「面」がクリアに見えてくる、そうやっていずれは全体がわかるようになると言うこと、そのものを諦めてしまっている子たちなんだろうか。なんだか、「どうせ俺はダメなんだ」みたいな視線が気になって(試験結果の返却直後だったのかなぁ・・・)空回りしっぱなしだったような気がした。能動的に理解する、っていうのは、個別の導入が必要だから、大学の100人教室でやるのと違って、一クラスの人数が少ない(学習塾の延長のような感じな)のは、かなりやりやすいのは間違い無いけれど、この「どうせ、俺はダメ」的な視線、だけは、どう対処したらいいのか・・・

結果を考えすぎると、動けなくなっちゃうんですよねぇ。もっとはっきり言えば、数日前に自殺した三浦春馬さん。「なぜ、芸能人は、こんなにも叩かれるのか」と、東出さんの浮気問題を擁護して、その挙句に、結構叩かれたらしく、悩んでいた、なんていうニュースが流れていた。確かになぁ、僕も、あの年代の頃は、自分がどう思われているかなんて、すごく気にしていた。今は?「知るかよ、そんなもん、俺は俺だ」みたいな感じなんだけど・・・(もうちょっと、気にした方がいいかも知れないんだが・・・)
ネット民も、無責任ですからねぇ。自分がどれだけ他人を苦しめるか、なんてことは、全く考えない。「まさか死ぬとは、思っていなかった。」その一言を口にする「殺人者」は、結構多いみたいだ。逆に言ったら、その程度の認識で受け止めたって、いいのかも知れない。もし何か、自分が間違っていると思ったなら、軌道修正したらいいし、軌道修正したら、あとは、何を言われようが、無視するしかない。「どうせ、無責任に言いたいことを言ってるだけだ」と考えるしかない。極めて個人的に、盗聴・盗撮されて、なんだか、私生活が根こそぎ表に出てしまい、しかも、相手はそれが盗聴・盗撮の結果だと理解していないような状況だったと後から理解して、僕自身も一時期訳がわからなくなった。今でも、フラッシュバックみたいなのは、ある。
何もできなくなった時期も、あった。自分でも生きてるんだか、死んでるんだか、確かに生きてるけれど、親に小遣いをせびって、飲んで、食って、寝て、単なる「人糞製造機」にしか、自分が思えなくなっていた時期もあった。あの頃の自分と、今の自分と、実は何も変わっていない、そんな気もする。僕も、自殺未遂は何度もあるけれど、挙句に辿り着いた結論は、逆だ。「死んだみたいに生きていたって、いいじゃ無いか。」他人なんか、気にしたって仕方ない。そして、「俺は俺」で、今は押し通し続けてる。

30年位前、仕事でボストンに行った。間に土日があったので、街を歩いた。お腹が空いたので、中華料理屋に入った。日本人にとって、「中華料理」っていうのは、どれだけその国向けにアレンジされていても、かなり「ソウルフード」に近いものが出てくるので、海外では助かる。(と言いつつ、アメリカと、オーストラリア、パプアニューギニア、インドネシア、カナダの5か国しか、海外は知りませんけど・・・)

その中華料理屋で、Fortune Cokkieだったか、会計の後、占いみたいな紙切れの入った「お菓子」をもらった。割ってみたら、こんなことが書かれていた。
“Wherever you go, there you are.” (どこに行っても、そこにあなたはいる。)確か、こんな感じだった。
その時は、「なんだよ、これ」、と思った。30年経った今、すごく「深い」な、と思い出している。自分はそこに「存在」している。どんな泥沼みたいな環境でも、そこに自分はいる。そのこと自体を「ごちゃごちゃ」と考えたって仕方ない。「今、自分はここにいる」と、考えるべきはそれだけ。「今、自分はこの仕事をしている」とか、「今、自分は、この勉強をしている。」結果を気にしたって、そんなもん、世の中、何が起きるかわからない。とにかく、今、その場でできることをやるだけ。

自分自身の仕事も、そうかな。どんなに「根拠」が薄弱でも、「俺にはできる」と思って、続けるしかない。迷走を続けていた、30代、40代。今にして思えば、「こいつ、こんなことも知らんのか」みたいな無知を曝け出して、赤面した記憶は、かなりの数ある。(恥ずかしいから、あまり書きたくない。)ましてや、20代、30代で、そんなに、なんでもかんでも、わかる訳ないし、その世代の人がどんなに「間違った」ことを主張しても、「でもね、こういう場合もあるよ」と、それだけは伝えるけれど、基本的には容認する。いつか自分で気付けばいい。

数週間前に、学生には伝えたはずなんだけどなぁ・・・覚えているかなぁ。
国家試験の模擬試験を受けて、相当にショックを受けて、「本気になって勉強を始めた」として、それでも、実際に成績が上がり始めるまでに、どうみても、平均で3ヶ月はかかっている。専任教員時代、他の先生と話をしていても、「あいつ、目の色が変わった。本気になったみたいですね」と、それは共通認識で「そうか、やっとあいつも、やる気になったか」とこちらも理解する、それでも、「結果」として成績が上がり始めるまでに、3ヶ月はかかっているケースがほとんどだった。だって、電気・電子・情報工学・機械工学・物性材料工学の基礎が必要で、その上、臨床医学全般、さらに、専門科目の医療機器の問題が乗ってくる。覚えても覚えても、なかなか、隙間が埋まらない。その間、耐えて、黙々と自習室やら図書室やらで、がんばった学生には、拍手を送りたい。その挙句に、4ヶ月目辺りから、突然、毎回十数点とか、数十点、点数が上がり始めて、そうなると、最後の追い込みでは、僕も2月には「全教科のまとめ」みたいな、ボランティア補講を準備したりした。(今、その時の教材を引っ張り出して、使っている。全科目を網羅してる。)3ヶ月っていうことは、今から本気になれば、まだ間に合うのは間違いないんだけれども、「どうせ自分はダメだ」みたいな発想だけは、捨てて欲しい気がする。

あのアメリカ合衆国大統領、ドナルド・トランプみたいなメンタリティ(だけ)は、見倣って欲しい気がするなぁ。「私は、完全に全てにおいて正しい」みたいな発言をしたみたいで、そういう自信、っていうのは、ある意味で、必要かも知れない。

流動的

組み合わせが多すぎる。

コンピュータのプログラムでは、if / else(YesかNoか)による条件分岐がつきもの。入れ子構造で、5段階深いところまで if / else が組み合わさると、2の5乗で32通り発生する。今回のケースでは、ざっくり100通り位は派生するかと、読んだ。この程度なら、黙々とやります。

最初から全体像が分かっているなら、データベースの基本設計をきちんとしておけば、「乗算」ではなく「加算」の数で、テストケースを済ませられる。2の7乗なら、128通り。それを、7通りのテストで済ませられるように、作れる。その辺が、年の功というか、短期間にプログラムを仕上げられる、ある意味で僕の自信だったんだけれど、完全に今は、メンタル崩壊。基本構造への修正が間に合わなくて、組み合わせで処理するとなると、テストしなければならないケースは下手したら1000通り近くなる。「自動テスト」のプログラムを書く、って言ったって、これから何週間かかるのよ。

紙ベースならわかるけれども、受注が確定した段階で「売上伝票」を作成する場合がある、と。これを実装するために、暫定的な「結果」をデータベースに書き込むようにした。実際には、ケーキを作る場合で言えば、スポンジの材料を調合して捏ねた、それだけで「商品」にする場合もあるから、そこでデータベースに「完成形」として書き込む。後から、コンパウンドを塗りました、その段階が追加されたら、また、「完成形」を定義し直すようにしました。当然のことながら、「ここは「削除したい」というのが、後から出てくる。今度は、この実装で煮詰まった。

何か一つ、操作する都度、全部のデータの整合性をチェックして、必要な「書き換え」を行うようなプログラムを書いて、毎回その都度データをそこに投げる。これで行けば、いいかも。無駄は多いけれど、ターンアラウンドは1秒以内で済むか?

ところが、「このページでは、売上済みの全データを見られるようにしてください」なんていう話があって(無論、検索条件は設定可能だけど、)、売上済み(ってか、受注の段階で「売上」伝票を作れる仕様だから、本当の「製造完了」なのか、見分けられない、それ)でも、過去に遡って全件表示をするとなると、データベースの全数を拾い上げる必要が出てくる。下手すると、半年したら、クリックするたびに、反応が戻るまで30秒かかる、なんていう騒ぎになりかねない。スーパーコンピュータをサーバに使えるなら、話は別だけれど。少しでも安く、っていうサーバでは、無理だと思う。「その点にご理解」はお願いしたけれど、「それ」が起きてしまってからどういう展開になるか。

悪意がないのはわかっているけれど、最悪の展開というか、もしかしたら、要求通りのシステム、仕上げられないような気がしてきている。いや、9割がた動作するシステムなら、仕上げられるけれど、細かいあれこれが起きたときのテストケースを、1ヶ月や2ヶ月では、テストし切れない、ということは、バグがある可能性を承知の上で、「普通の使い方なら、問題が起きない」レベルの形に、軟着陸というか、胴体着陸というか、仕上げて、後は、問題が起きてから対応するしかない、という感じに落ち着くんだろうか。とにかく、脳味噌が干上がるくらい考え抜いて、それなりの着陸地点を見つけるしかない。

文科省が、「情報技術」を小学校から教えると。
あのさぁ、プログラマとかシステムエンジニアになる人って、1%未満でしょ?全部の小学生に「アルゴリズム」なんかの教育をするよりも、高校生レベルに、せめて、ユースケース図とか、業務フロウをチャート化した「業務処理図」みたいなのを考案して、「発注する」側の教育をしっかりしてもらった方が、作る側としては、遥かにありがたい気がする。それ以前に、人が、紙ベースの台帳で仕事をする際には、相当に流動性が高いやり方をしているのもわかるけれども、コンピュータと人間の違いを、しっかりと理解できるように、それこそ、日本能率協会とかで出してたりする、作業連携のチャートの読み方、書き方みたいな奴(記憶不確か)を、高校生ぐらいから教えて欲しい気がする。事務作業の効率化にだって、使えると思う。

えぇと、このページ、僕が噛み付いているのは、クライアントさんではありません。頭が爆発しそうで、愚痴をこぼしているのは事実だけれども、文科省に、注文を入れてます。情報システムを作る側の立場の教育ではなく、使う側の、さらに言えば、発注する側の教育という視点で、カリキュラムを見直して欲しい。作る人数と、使う人数と、どちらが多いか、ちょっと考えてみて欲しいと思う。とにかく、まず、文科省には、最初に、作る側と、使う側の人口比を、きちんと把握して欲しいと思う。

以上

コロナ vs 医療従事者

https://bunshun.jp/articles/-/39063
東京女子医大コロナ看護師の告白「ラーメン買ってきて」新宿ホスト患者から悪夢のナースコールが何度も……

よく頑張るよなぁと、感服。本当にお疲れ様です。
おそらく、どの病院も外来が減少して、火の車なんじゃないかという気がする。給料を払えない病院の立場もわかる気がするし、ただ、キツイ仕事をしているのに給料をもらえない絶望感というか、メンタルのダメージが大きいのも、すごく理解できるし・・・

個人的には、「夜の街」の「休業要請」に対して「休業補償金」を出すくらいなら、コロナを受け入れている病院をテコ入れするのが先のような気がする。対策法案が成立した割には、「要請」しかできないなんて、法律が適切じゃないんじゃないか?感染者のクラスタを出したら、「業務停止命令」とか出せる法的根拠は、作れなかったのか?もしかして、野党が反対?

今のままだと、コロナを受け入れている病院だけじゃなく、一般の病院でも経営が成り立たなくなるところが続出するんじゃなかろうか。
その上での、患者の激増があったら、完全に医療崩壊するかも知れない。既に大きな手術は延期になったりしているケースがあるみたいだし。

まさか、GoTo Hospital「病院へ行こうキャンペーン」なんて、打ち出せないだろうし・・・

病院の場合には、「彼ら、医療従事者の生活がかかっている」プラス「その病院の存在する地域の人々の、命を支える足場」という事情がある以上、比較したら申し訳ないけれども、「火の車」と言われる観光業よりも、支援すべき優先順位は高いような気もする。

なんてことを、書いていないで、仕事に戻ります。(つい、スマホを開いてしまった・・・)
集中力に欠けているのが、歴然。すみません。とにかく頑張ります。
(–>関係者各位)

続・ストリートビュー

Googleさんに是非お願い。一つ前に書いた、これ。

ストリートビュー

ストリートビューの画像の中に、仮想の「広告ボード」を配置し、そこに、広告を貼り付けたり、リアルなお店の宣伝を貼り付けたりすると、仮想ジョギングのストリートビュー配信を、無料で利用できるな、なんて思った。スポーツクラブとか、リハビリをやってる施設なんかで、活用できるし、お店の宣伝にもなったりしませんかね。是非。

以上

ストリートビュー

一服していて、唐突に、昔「仕上げられなかった仕事の打診」を思い出した。

国立癌センターかどこかの先生から、G社のHさんを通じて打診があった話題。

がん患者のリハビリで、トレッドミルや、エルゴメータなどで「体力の温存」とか「体力の回復」とかを行う場合がある、らしい。その際、長期入院の患者さんなどは、長い間家に帰れないから、リハビリをやっていても、モチベーションが上がらない。

そのため、ご自宅の周辺の画像をビデオで撮影して、トレッドミルなどで走れば、その速度に応じて、自宅周辺の景色が変わるように映し出されて、まるで、ご自宅の周辺を散歩しているような感じの、ビデオ表示と、運動器具との連携はできないか、というお話だった。もう20年近く前。

Googleのストリートビュー。正しく、これが可能だと思う。但し、ストリートビューの場合には、画像の表示がスムーズではなく、走っている際に流れるようにはならない。運動器具の「速度センサ」から、マウス操作に匹敵する信号を抽出して、それをストリートビュー上の「移動」に連動させれば、かなりこれに近いものはできる。しかも、自宅周辺だけではなく、世界中の街を「ジョギング」できる。

最初にストリートビューを見た時、もう、かなり長いこと完全に放置していたこのシステムを試作しようか、と思ったまま、やはり長いこと放置。こういうのは、運動器具メーカさんなんかが、やろうと思えばすぐにできる話題かも知れない。

ただ、Google社に、もう少し、リアルに「走っているときのような画像」が送られるように、(これは、無償ではなく、有償の「配信」サービスのような形でもいいかも知れない、)出力方法を加工していただいて、スポーツクラブとかに販売してはどうだろうかと思った。病院さんの場合には、できれば「割り引き」とか、「無償」とか、にして欲しいとは思ったけれど。

以上、単に思い出したから、吐き出してみただけ。

なんだか、最近、記憶(人生のやり残し)の断捨離というか、在庫整理というか、仕舞いにかかっているような気もするけれど、もう還暦ですからね。

欲張っても、僕にはもうあまり時間がない。次の世代にバトンタッチします。

データ連携

7時のニュースの、「骨太の方針」のところを、ちょっと読み返して気になった。
マイナンバーカードのところ。

僕が、最初に住所を東京に移した時、転入届を出した際に、記憶が不鮮明だけれども、確か19才の時、最初に「住民課」に行って「転入届」を出したら、窓口で、「水道なんちゃら課」と、「何ちゃら課」に行って、届出書類をだしてください、とか言われた。今だったら、「ここと、ここに行く」みたいなチェックリストを渡されたんだろうけれども、その時は、口頭で言われただったと記憶している。3箇所か4箇所に行かされたと思う。どこでも、同じように「旧住所」と「新住所」を書かされた。
こんなもん、一度で済ませろよと、ちょっと腹立たしく思ったのを覚えている。市役所以外、郵便局とか、東京電力とか、それは仕方ないと思う。母体が別だから。だけど、同じ市役所の中で、関係する全部の課の窓口に行かされて、旧住所、新住所を書いた書類、それも、書式が全部違うのに書かされた時は、馬鹿らしくなってきた。内部での情報連携が全然できていない。

40年前だから、たぶん、高田馬場。ということは、新宿区役所か。その後も下井草とか、阿佐ヶ谷とか、結構移ったけれども、毎回そんな感じだった。

ウルトラスーパー零細企業をやってて、とてもよくわかる。まず、市区町村と都道府県の情報システムは、必要最小限の連携動作しかしていない。次に、税務署は独立独歩の情報システムで、これも、税金滞納なんか絡みで、情報連携があるかないか、下手すりゃ、担当者が電話をかけて情報をとる程度の連携しかさせてないと思う。
最悪なのは法務局で、登記情報を取得するためのコンピュータサービスが、月-金の、9時-5時しかアクセスできない。何のためのコンピュータなのか。おそらく、リタイヤした法務省関係者が、コンピュータの前に「勤務時間内」だけ座って、ボケーっと画面を眺めて、給料をもらって、それだけのためにアクセス時間制限をしたのに違いない。そうでないならば、理由を説明しろと言いたいけれども、どうせ、何も言わない。日本の法務省関係のコンピュータシステムは、月-金の、9時-5時しか動作できない、そんな程度の情報システムしか作れないのが、日本の実力だと、全世界に声を大にして訴えたい。(このページの翻訳がどの程度拡散するか、カウンタなんて作りようがありませんけどね。ぼんやりと、意識で、拾えたら拾う。ただそれだけ。)しかも、日本の法務省に関して言えば、情報システムにあるデータを、わざわざ、印刷するとか、なんだとか、紙ベースの「印影」なるものを後生大事に制度化して、その登録とか、登録情報の参照のため、だけに、金をとって、紙の証明書を発行して、それを飯の種にしている。10トン・トラックが走り回っている時代に、リヤカー基準に社会を合わせこもうとしている、としか、思えない。

安倍総理の「骨太の方針」なんて、(誤変換で、「骨太の放心」って出てきたけど、そっちの方が正しそう・・・だから、)骨粗しょう症じゃないか、って、言いたい。なんで、マイナンバーカードなんだよ。

こういうのは、まず、役所間できちんと連携させて、それから、民間に何かを求めるのが順番でしょうが。昔の区役所で、同じ役所内での部署内連携が全くできていなくて、住民課、なんとか課とか、3〜4箇所で、同じ住所氏名、本籍なんかを書かされたのを思い出した。もしかしたら、と思うのは、「戸籍抄本」みたいな書類、一つの役所の2箇所で別々に求められて、一旦実家に戻って、地元、小川町で取り直したような記憶すらある。あれは、水道関係だったか。(なぜか、水道事業だけは、役所の中でも独立独歩みたいだ。)

論点1:データ連携をさせるならば、まず、納税も、上下水道も、住民登録も、保険も、年金も、情報連携させるのは、国側の責任だと思う。そこに、マイナンバーカードが顔を出すのは、明らかにおかしい。「行政組織」内部での連携が全くできていないことが問題なのに、外部からのアクセスポイントの話題が先行する必要性が、全く感じられない。

論点2:データ連携ができたとして、そうした基幹のサーバは、一般のインターネットからアクセスできるような場所に置くのか?まさか、あり得ないでしょ?行政組織間で、統合的仮想LANに近い環境を構築して、その仮想LANにぶら下がった端末(中央官庁から、県庁、市区町村ないの端末)以外からは、アクセスできない状態にするんでしょ?当然。
なおかつ、万一そのサーバが水没しても、「同時に水没」とかは確率的に考えにくい場所にバックアップを置いた上で、サーバベースのシステムにするんでしょ?たぶん。だとしたら、その「サーバ間連携」に、「これが私です」と証明するのに必要なのは、その「マイナンバー」そのものであって、マイナンバーカードは不要なはず、だと僕は思う。
紙切れ一枚に「QRコード」を印刷したもの、あるいは、スマホの画面に「マイナンバー」を表示できるもの、もしくは、手書きの数字。それ以外に何が必要なのか。私には理解できない。

「マイナンバーカードに、どんな情報を持たせるのか、議論が行われています」って、何それ。わざわざ、サーバからデータをコピーして、それを国民に持ち歩かせようっていう発想?何の必然性があるの?元データはサーバに持たせないの?カードに全ての情報を持たせて、どこにも「元データ」を保存したサーバは存在しない、っていう設計なの?そんなシステム、怖くて使えない。マイナンバーカードを紛失したら、住民登録情報、本籍地の情報、納税情報、健康診断記録、全てが消失するってこと?違うでしょ?サーバに元があるんでしょ?だったら、なぜ、わざわざ、マイナンバーカードが必要なの?「マイナンバー」だけで十分でしょ?
一体、総務省だか、経済産業省だかわからんけど、誰が天下りした先の、どこのメーカーが、そうやって総務省やら安倍総理に焚き付けて、「マイナンバーカードが必要です」なんていうキャンペーンをやらせようとしているの?

前にも書いた。紛失した場合のリスク。あのTwitter社のアカウントすら破られたみたいで、ICカードは万全ですなんて、嘘。Twitterのサーバは、誰もがアクセスできる場所になければならないから、不可避な部分はあるとしても、マイナンバーの場合、カードにしてしまうと、よくある詐欺で、「カードを預かります、暗唱番号を教えて下さい」なんていうのがあって、暗証番号がサーバ側に記録されるようになったから、ああいう詐欺の手口になったと、私は理解している。その前は、カードに暗証番号が書き記されていた。まさか、サーバに情報があるのに、カード側に重要情報を持たせる?

論点3:サーバ連携は、行政サービス向上のためには、不可欠だと思う。但し、接続回線は、可能ならば専用線(今だって、NTTは専用線サービスをやってますよね?)。

VPNと専用線の違い
https://www.ntt.com/business/services/network/vpn/vpn/vpn01/vpn02.html

VPNは、基本的に「一般公衆回線」を使うから、破られるリスクを伴う。専用線なら、内部に(例えば、公安関係者が、NTT内部の人間にアプローチして、強引に回線を傍受可能にする、とか、そういう、内部の)呼応者がいない限り、まず安全。おそらくは、国家機関と自治体間の接続は専用線だと思う。だったら、重要なのは、「個人情報」へのアクセスポイントへの、プロトコルを明示して、「マイナンバー」を、画面からの数字の手打ちだろうが、紙に印刷したQRコードだろうが、スマホの画面だろうが、とにかく、番号を確認できたら、健康診断などの情報まできちんと取れるようにするとか、そうした「システム拡張」はあっても構わないし、構わないというより、より利便性が高まるし、いっそのこと、病院ごとに発行される「診察券」みたいな奴すら統合してもらったら、こんな便利なことはない。
なんてことも思うけれども、そんな広域に専用線を張り巡らせるの?専用線でないなら、漏れるリスクは常に存在する。というか、中継サーバが某国製だったりすると、どんなバックドアが仕掛けられているか、わからない。

病院に診療した際に、保険証の代わりにマイナンバーカードを提出する、っていうのは、少なくとも、その病院が、VPNでつながっているか、可能ならば専用線でないならば、情報漏洩が気になるなら、病院にすらかかれなくなる。国は、情報通信システムの安全性を、保証できるのか?

論点4: もしかして、安倍さんに焚きつけている人たちって、ハッカーの実力をナメてませんかね?金にならなきゃ手を出さないとは思うけれど、括りついてくる情報が多いなら、こんな美味しい話はない。裾野が広がれば広がるほど、末端のユーザは無頓着だから、ズサンなセキュリティホールができる。利便性の議論より、セキュリティの議論を先行して欲しい。

Twitter社も、たぶんあれは、内部関係者経由の情報抜き取りだろうな、と思う。「絶対バレないように、内部情報をコピーできる」環境があって、そこを突かれたんじゃないかと、僕は推測する。(この辺、「常能力」です。つまり、誤判断も多い。ってか、全てのページのほとんどが「常能力」の範囲内だけど。)国家公務員、都道府県の職員、市区町村役場の職員、それら全ての方々が、金で転ばない保証をして欲しい。ってか、内部リークが起きた際の補償を明記して欲しい。「情報システムだから」なんていう言い訳を許すような、役人だけは保護される制度にはして欲しくない。なんて書くと、「国家機関の無謬性」なんていうキーワードが出てくるんだよなぁ。誰が信じるか、ってな話。

僕は、技術を信じていない、っていうよりも、それを使う人間の、特に、権力側にいる人間の「質」を信じる気になれない。

以上

ボランティア <-- PCR検査で受け入れ枠拡大を

NHKの7時のニュースネタ。

ボランティアの受け入れを、県内とか、市内に限定しているために、人数を集められない、というニュースがあった。募集の十分の一だとか?「新型コロナ対策」なんだろうけれども・・・

ボランティアの受け入れを表明というか、受け入れたい自治体が、ホームページなどでボランティア登録した県外などの方の、住所を確認して、その方の居住する自治体などの保健所に「ボランティア受け入れのための検査」を依頼し、陰性の確認が取れたなら、県外や遠方であってもボランティアとして活動してもらう、なんていう方策は取れないものか。

ここでも、PCR検査体制が虚弱で、数が捌き切れないとしたら、半年も経っているのに、あまりにも情けない気がする。
確かに、旅行者ということになると、一日数万人/数十万人が動くだろうから、無理があるのは承知だけれど、そんなに日本は、検査に関する技術力が低いのかなぁ・・・やる気がないだけ?

それでも、ボランティアだったら、数万人、なんていうオーダーにはならないだろうし、こちらは実現可能性が高いような気がするんだが、どうして行政は、「都道府県」とか「同一自治体」だとか、そういう「境界線」にこだわるんだろうか。不思議だ。ウイルスが、国境とか、県境とか、そういうものを気にするとは、とても思えないんだが。

確かに、東京だけはずば抜けて高いけれど、それは、埼玉の県南なんかもたぶん同じ。

https://uub.jp/pdr/q/covidjinko.html
新型コロナウイルス 人口10万人あたり感染者数

埼玉県民なんて、確率で言ったら三分の一程度。この違い、小池都知事が「要注意ゾーン」を集中的に調べているから、表面化しているだけ、だと思う。潜在している感染者の比率には、たぶん、2倍の開きはないと思う。

全国の新規感染者数がX千人(この辺、第二波が制御不能な人数を、専門家に弾き出してもらって、その水準)を超えたら、直ちにGo Toキャンペーンは中止すべきなんじゃなかろうか。1ヶ月後、結構大変なことになりそうな気がする。特に、地方では、重症患者の受け入れ体制が東京都は桁違いに低い。東京では、1日100人を切りました、で平気な顔をしていても、1日10人でも、高齢化率が30%とかなら、高齢者が約3人かもしれない。それが1週間続いたら、県によっては、たぶん、重症患者受け入れの病院のベッドが足りなくなる。

と、思うんだけどなぁ。

Go To

To-Doを書いた後、唐突にあることを思い出した。

その昔、FortranとかBasicには「Go To文」というプログラム行、というか「命令」があって、Go To文では、自由にあちこちに制御を飛ばせた。

ところが、このGo To文は、少なくとも当時のプログラマには「諸悪の根源」みたいに叩かれた時期がある。なぜかと言えば、あまりにも自由にあちこちに制御を飛ばせるものだから、バグが出た時に論理を辿るのが、めちゃくちゃややこしくなる。

GoTo文だらけのプログラムを、当時僕らプログラマは、「スパゲッティ・プログラム」と呼んでいた。一本の「麺」を辿るように、ロジックをクリアにしていかないと、大規模なソフトは組めないのに、スパゲッティでは、麺があまりにも絡み合いすぎていて、一本一本を辿るなんていうことが、極めて困難になる。(うどんでも、蕎麦でも、ラーメンでも、みんな同じかとは思うけれど。)

まるで、Go Toキャンペーンが実施された直後から、経路を辿れない、あたかもスパゲッティが絡み合ったように、一本一本解きほぐすのに、とてつもなく時間がかかって、「感染経路不明」な感染者が大半を占める、いわゆるパンデミックにつながる、まるで、一緒だな、なんて思った。

もし、PCR陰性証明もなしにGoToキャンペーンを実施したなら、9月には、東京だけで連日一千人、全国でも数千人の感染者が新規に確認される、というか、検査能力を追い越す「体調不良者」が溢れて、症状としては明らかに新型コロナなんだけど、検査待ちで、検査を受けられないうちに亡くなって、その人が接触した人も、濃厚接触者にすらならずに、さらに感染を広げる、なんていう事態になるような気がした。

僕は、自分のこの予測が正しかったことを証明したいから、ぜひ、PCR陰性確認なしのGoToキャンペーンを予定通り実施して欲しいと思うな。そうしたら、9月になったら、それみたことか、俺は7月にこの事態を予測していたぞ、と書いてやる。それどころか、今年の1月から、PCR検査件数を増やせ、増やせと、ずっと書き続けていたぞ、と9月になってから、「これで、俺がPCR検査拡充を主張したのは、かこ9ヶ月間に6回目だぞ」と、この一言を書きたい。

安倍総理を「国家に致命的な打撃、人災を巻き起こした主犯」として引退させるためにも、ぜひ、このGoToキャンペーンは、このままで実施して欲しい。

To-Do List

ごめんなさい、逃げました。

ゲームを落として、遊んだ。Playrix の Home Scape.
これって、すごく良いゲームかななんて思った。4歳児以上かな、それでも、大人でも結構楽しめる。どの部分がいいと思ったか。

パズル性:将棋や囲碁ではないけれど、ここをこう動かしたら、こうなって、次にああなって、というのを頭の中で展開する。そういうゲームで、結構思考の展開能力を鍛えそうな気がする。

To-Doリストが、ゲームの前面に出てきている点:ゲーム回しに「執事」が登場するっていうのは、すごい発想かも。手際よく、あらゆる仕事をこなす、そのためには、To-Doリストを明確にして、優先順位をつけて、とにかく、To-Doをつぶす、っていう部分。行き当たりばったりではなく、計画的に、次はこれ、っていう発想を、子供の場合には、知らず知らずのうちに、身につけさせることができそうな気がする。(安倍総理に、やらせたい・・・)

頑張れば、きっと全てが良くなるよ、っていうメッセージ性:朽ちかけている家をどんどんとよくするゲーム。

どこに「達成感」を持つべきなのか、気づかせてくれた気がする。(リアルな生活にゲームを持ち込んで、その進行に達成感を持つ、っていう訳じゃないんですけどね。)リアルなTo-Doの消化が課題、なんだけれども、あ、このゲーム、小さい子から高校生、大学生くらいでも、いいかも、なんて思った。あまりにも地味すぎるけれど。

ですけどね、人間とかゾンビ(元人間)を殺しまくるゲームでハイスコアを出して、快感を感じるようになっちゃったら、もう人間として終わりじゃないの、なんてことは思っていた。それはもう論外として、相手がモンスターだとしても、理由もなく殺戮する、なんていうゲームは、根本的にいいとは思えない。派手だから、爽快感はあるのかも知れないけれども、脳内に誤った「思考回路」を形成する気がしてならない。

なんとなく、これを書きたかっただけ。以上。

GoToキャンペーン<-- PCR検査「陰性」義務化を!

7時のNHKニュースを見ていた。
完全に、第二波の立ち上がりだな、なんて思った。

感染者数のグラフ
https://www.google.com/search?q=%E3%82%B3%E3%83%AD%E3%83%8A+%E6%84%9F%E6%9F%93%E8%80%85%E6%95%B0+%E6%97%A5%E6%9C%AC
Google:「コロナ 感染者数 日本」で検索

結論を先に書けば、キャンペーンから東京都を除外したとしても
※ 地方のコロナ患者が増加し、元々高齢化率が高いから、重症者も多く出る。
–> その結果として、県によっては二桁台の下の方の「受け入れ可能ベッド」が塞がり、地方から医療の逼迫/医療崩壊が起きる。連鎖的に、コロナを受け入れていない病院でも倒産が発生する。
–> GoToキャンペーン開始、1ヶ月以内に「全国の感染者数」が、第一波のピーク、700人台を超え、そのまま増え続けて、日本も一日千人台〜数千人台の感染者を出す国になる。
–> 旅行業界でもクラスターが散発し、あるいは多発して、キャンペーン開始後2ヶ月後には旅行そのものが「怖くてできない」状態に陥る。あるいは、受け入れ側も受け入れを停止する。
–> 結果的に、外食産業、観光業などでは、廃業を決断せざるを得ない方々が多発する。

たぶん、観光業を中心に、トドメを刺す効果をもたらし、医療崩壊をもたらし、経済活動にも相当な打撃を与える結果になるんじゃないか、と、自分には思えた。ここまで行っちゃう、ような気がした。

根拠:感染している方々は、人と会う機会が多い、だけではなく、自分から人と会って会食したり、劇やコンサートなどを見に行ったり、そうした出て歩くことが好きな方が多いのではないか、と私は推測する。全員とは言わないけれど、比率的には高いと考える。同様に、「旅行に行きたい」と思う方々も、同様の傾向がある、と思える。何が言いたいか。母集団が重なる。旅行したがる人、は、全体的に見て、感染者の比率が高いグループに属している、そんな気がする。

https://www.sankeibiz.jp/business/news/200714/bsd2007141809017-n1.htm
Go Toキャンペーンで宿泊施設に参加条件 国交相表明

今日のニュースでも言っていた。

赤羽一嘉国土交通相は14日の閣議後の記者会見で、22日に始める最大半額の旅行費用補助キャンペーン「Go To トラベル」について、一定の感染防止対策を取っていることを参加条件にする考えを明らかにした。

今日は、「受け入れ側、旅行する側、双方に、対策をとっていることを求める」とも言っていたけれども、無理でしょ。誰が対策していることをチェックするの?この短期間に、制度を整えられるの?

実際に、クラスターの発生した劇場は、業界団体のルールを守っていなかった、と、東京都の小劇場の団体が声明を出されていた。

「ルールを守ってくれたら、安心」それは、社会全体の感染拡大防止も同じだけれども、守らない人たちがいる。その人たちが全体に拡散させる中心的役割を果たした、と私は解釈している。半数は、その方々のトバッチリ。監視したり、守らない場合にペナルティを課せるメカニズムを持たない限り、無責任・無自覚な感染が全国に拡散すると思う。

「東京都を除外する」としたら、スケールメリットは相当に落ちるだろうし、言ってみれば、埼玉の県南、千葉の県西部、神奈川の県東部などは、ほぼ東京の一部のような状態で、それなら、東京都だけではなく、一都三県からの受け入れを防ぐってやる?大阪はどうなの?埼玉と大阪は、かなり似たような状況だと思うが、というよりも、埼玉よりも大阪の方が状態は悪いと思うが、関西圏は?
それならば、関西圏、大阪、京都、兵庫も東京都同様の措置の対象にするか?

そうなったら、もはやキャンペーンをやっても、あんまり意味がないんじゃないか?目的地からも除外されたら、規模は5分の1くらいになりそうだ。

もっと明確な基準が必要だと思う。例えば、受け入れ側の観光業者、旅行者ともに、GoToキャンペーンに参加する全員にPCR検査を義務付けて、旅行の直近1週間以内の検査結果が「陰性」であることを証明する書類などを携帯することを義務付ける。これなら、受け入れ側も安心できるし、参加者も安心して楽しめると思う。

ベトナムなどと「相互往来」を再開させた、その際にも「出発国でのPCR検査の陰性証明」を求めていたんじゃないかと思う。

と考えてみたんだけれども、キャンペーンに参加する全員にPCR検査を義務付けられるだけの検査体制が充実しているか、という問題があるのか。

検査体制を拡充しろ、って、私は、1月にも書いた記憶があるし、2月にも、3月にも書いた記憶がある。その頃から、有識者の間では、検査体制の拡充が必要だ、という方と、要らないという方々と、二分された感がある。

新型コロナ対策にPCR検査体制は現状で十分か、どうか、そちらの議論ではない。こうしたキャンペーンの実施に際して、国家間の人の人の移動の再開と同様に、大々的なPCR検査の実施は必要不可欠じゃないか、と思う。もう馬鹿らしいから、PCR検査体制の拡充が必要、なんていう議論は書かない、っていうか、もう手遅れになろうとしているのかも知れないけど。「PCR検査陰性の証明」があれば、受け入れ側の地方も、安心できることは間違いないと思うんだが・・・如何せん、半年経っても、全然PCR検査体制が拡充した、なんて話は聞かないからなぁ。

半年もの間、検査体制を拡充しようとしなかった。その上で、「陰性」の証明ができていない、かなり「陽性」のリスクが高い方々を、全国に拡散させよう、って、あまりにも無謀というか、自殺行為のような気がする。場当たり的。何が「やるべきこと」なのか、全く理解できていない。

おそらく、自民党の支持基盤から「なんとかしてくれ」と悲鳴が上がって、とにかく観光地に人が欲しい、ということになったんだろう。PCR検査という「やるべきこと」はやらなくても、自民党の支持層から何か言われたら、そのまま実行する。安倍体質。

確かに、今のままでも、観光業や外食産業など、半数ぐらいが、今後一年以内に廃業せざるを得ないところまで追い込まれるだろうという気がする。ただ、このGoToキャンペーンを強行したら、多少上向くのは最初の1ヶ月だけで、その後は、むしろトドメを刺して、8割、9割が廃業せざるを得ないような事態に陥る危険性がある、そんな気がする。

朝三暮四なんていう話があったな。今だけよければ、それが嬉しいなら、やったらどうかしら。

なんてこと、書いても無駄だろうなぁ。

網羅テスト

次から次へと・・・

今度は、ケーキ作りに例えて・・・。ケーキを加工する原価計算のプログラム、だとして(最初は、納期管理だけのつもりだったんだけど)、最終加工工程に、ケーキのデコレーションがある、と、後から知り、このデコレーション、特注なのか、「原価」に含める場合と、含めない場合とがある、という想定、で、含めない場合には、デコレーションなしの段階で「完成品」になる、けれども、かかった費用と、売値は管理したい。この「含めるか」「含めないか」は、クリック一つで対応可能にする、という感じで・・・。

ここで、「完成品」の売り先を辿るということになった時点で、その一連の製造工程全部へのリンクで、完成品の売り先が決まって、そのデータをくくりつけた後で、デコレーションを特注扱いにする、というチェックマークがクリックされると、「完成品」のリンクが一つ前の、デコレーションなしの段階のフェーズに括りつかないと、おかしくなる。状況によっては、コンパウンド・ケーキだけ、あるいは、スポンジだけでも「売り物」にする場合があるため、それが可能な構造にはしたのだけれども、その最終工程の「デコレーション」だけ原価から外す場合があり、かつ、後からチェック一つで「含める」ように戻すことも可能、というあたりで、組み合わせが煩雑になって、頭を抱えた。「一旦、特注にする」と決めたら、変更しないのならば、まだ、データの一貫性は保てる。後から「特注扱いをやめる」となると、データベース内の関連する情報を全部「設定し直し」しないとならない。

さらに、デコレーション前の段階で、ケーキが4分割とか、6分割されて、分割した状態で販売されることになっても、その一切れ当たりの原価が(4分割、6分割されて)計算されなければならない。今度は、ホールではなく、分割された状態が「完成品」。で、さらに後からその別々に発生するデコレーション(そのうちの一つには、「誰それちゃん、誕生日おめでとう」が載ってくる、とか・・・)についてのコストを、クリック一つで、含めたり、含めなかったり。

そうなると、原価情報、納期情報をどこに括り付けるかが、最大の問題。ここまでの流れが、最初からわかっていたら、そういう設計をしていたんだけれども、最終段階の仕様(単に、ホールケーキが最終系)がどんどんと細かくなって、パッチワークが追いつかなくなった。そこに、網羅テストで、「後から、特注扱いにしたり、そのチェックが外れたりした時に、どう処理するか」で、今の基本設計では対応し切れないことに気付いてしまった・・・

・・・あ、できるか。単に面倒臭いだけで。一旦保存したデータを、再計算して、全部、辻褄が合うように書き直せばいい。(安倍総理がよくやらせている奴、だな、たぶん。)

この辺の仕様、最初からわかっていたら、対応が容易なスキーマを描いたんだけれど。ただ、今の延長でも、ちょっとチェックを入れたり、外したりするたびに、全部の流れを読み直して、全部の関連データを読み直して再計算させるためのプログラムを追加したらいい、”たったそれだけのこと”ですかね。基本設計が対応し切れなくなって、そこから書き直す時間がないなら、力任せでアルゴリズムで対応する。(バグが出たときに、一番面倒臭いパターン。)

とにかく、最初は、ケーキのホールが仕上がったら、それで終わりだと思って設計した。カットされて、個別に売られることがわかったあたりでも、まだ対応できると思った。その最終工程に「デコレーション」が追加されて、そのコストが、加算されたり、されなかったり、切り替えられる、ってな辺りで、組み合わせが猛烈に増えて、基本設計が論理破綻を始めた。

とにかく、それが今の現実なんだから、if / else がどんなにややこしくなろうと、全部ロジックだけで辻褄合わせをやる。それしかなさそうだ。

最悪だったのは、やはり「段取り」の悪さ。教訓にしては、痛すぎる。

頭の頭痛が痛い

面倒なバグを見つけた。

たぶん、去年の12月頃追加された内容で、松尾くんが書いてくれた部分を、僕が引き継いだあたり。

単に「痛み」と書いた部分が、頭痛なのか胃痛なのか、その読み解きでゴチャゴチャになっていて、コメントも不完全。最初の前提では、頭痛も胃痛も一緒、っていうか、「痛み」を頭痛と胃痛で区別するという理解はなかったから、「胃痛」が登場したあたりで、「痛み」と「胃痛」が混在するようになった。それがわかったタイミングで、ごっそりと、書き直ししておけば良かったのかも。(間違いなく、余裕がない時ほど、遠回りすべきだったんだろうな。)

If 頭に 痛みがある時:
だと、バグがあってもわからない。これが
If 頭に 胃痛がある時:
なら、読んでいて、バグがすぐにわかる。
(普通、頭に胃痛がある人はいない。いたとしても、そういう人は無視します。)

日本語なら、「頭の頭痛が痛い」はアウト、だろうけれど、プログラムの場合は全部明示的に書いた方が、後々自分たちを助けてくれる。元々の「痛み」を、「頭痛」にすべきか、「胃痛」にすべきか、両方の条件か、全部書き直しておけばよかったんだ。(当時に遡り、ほんの数日のリファクタリングをサボって、なんとかなるだろうと軽く見ていたのが、致命傷・・・)

見つけたのは良かったけれど、また、「痛み」も「胃痛」も、全部を探して、文脈的に正しいか、読んで確認しないと、この泥沼から抜け出せなさそうだ。(ただ、今からだと、手をつけるのに結構、ネジを巻き直さないと・・・)

農協に、漬物にする野菜のお買い物に行ってきまぁす。ついでに、栃本堰公園あたりで、泥だらけの川の流れでも見て、缶コーヒー飲みながら一服。

なんか、延々と、こんな感じの作業を続けてる。正直、胃が頭痛を起こしている気分ではあるけど。

マスク

昨日、というよりも、日付が変わって一昨日、マスクのゴム紐が、付け根から取れた。一限目の出来事。

実は、先週も、二限目に切れた。その時は、学生の一人が「先生、予備のマスクがありますけど、使いますか。」と、申し出てくれた。別の学生がホチキスを取り出して、言葉は発さなかったけれど身振りで招いてくれた。僕は、「ありがとう、お願いします。」とホチキスの学生の方に、ゴム紐の付け根の部分を固定してもらった。(実はこれは、よく考えてみたら、アウト!)

先週の経験があったから、一昨日はポケットに予備の布マスクを入れていた。それで、すぐに予備の布マスクに付け替えて授業を続けた。

とにかく、一コマ、喋りっぱなし。話しているうちに、マスクがズレるから、真ん中を摘んで引き上げて、続けているうちに、いつの間にか、チョークの粉がマスクのど真ん中に付着して、使用頻度で言えば、白の次が黄色、で、マスクのちょうど口のあたりが黄色く着色されてくる。トイレで鏡を見て気づく。
まるで、黄色い痰を吐いて、それが表面に滲み出ているかのような「黄色」が口のあたりに着色されている。どう考えても、これって、誤解を招くようなと思いながら、午後の授業では付け替える。午後は、ホワイトボードなのでチョークの色は付かない。結果的に、朝、東京につけていったマスクは捨てて、帰りは別のマスク、というパターンが、(黄色が目立った)3回ほどあったか。

一昨日も、一限目にマスクの紐が取れて、予備の布マスクの口のあたりが黄色くなった。これって、微妙だよな、なんて思いながら、昼休み、タバコを吸うために外に出た時は、まだあまり汚れていない朝のマスクを、(一昨日は自分でホチキス止めして、)つけて街に出た。布マスクは事務所に置いてきた。
そうしたら、タバコを吸うためにずらそうとした途端に、別の付け根が取れた。一つのマスクで二箇所。予備は持っていない。
えぇと、マスクを口で加えて、ゴム紐で固定されているかのように偽装して、街を歩いて事務所に戻りました。両方とも同じロット。

学校の事務所に寄って、「すみません、ホチキスお借りできますか?」と受付の事務の方に話しかけて、「マスクの紐が取れちゃったんで。」と言ったら、少しの間があって、「衛生用品ですから、新しいのをお渡ししますから、そちらをお使いください」とマスクを一枚出していただいた。そのマスクを、箱から出して私に手渡す際に、「一応消毒しますね。」と、アルコールの小さいスプレイで手を消毒してから箱から摘んで出し、僕が「たぶん、大丈夫だと思いますが」と言ったら、「もし、私が感染していたらということがありますから」という感じのことをおっしゃって、おニューのマスクを一枚、渡してくれた。
いや、学校の対応が徹底しているなぁ、ということも無論ある。けれども、「日本人って、ここまでやるんだよなぁ」と、ちょっと感動した。パプアニューギニアでは考えられない。

さらに言えば、僕自身の無頓着さに気付かさせられた。あれこれと偉そうに書いている割には、自分のやっている行動の意味がわかっていない。
僕(ら)がマスクをつけているのは、万が一自分が感染していても他人に感染させないため、の方が、メイン。どこかの劇場じゃないけれども、飛沫がエアロゾル化して空気中に漂っていたら、普通のマスクだと、まず、防御しきれない。

自分の飛沫が周囲に飛散しないためだから、マスクの中央を摘んで位置を直す、これ自体は(手指消毒さえするなら)問題ないはず。問題だったのは、学生にホチキス止めしてもらった、その行動。僕が万一感染していたなら、僕からその学生にうつしてしまう危険性があったはずで、予備を持っていないならば、「予備があります」と言ってくれた学生の行為に甘えるか、または、授業を中断して、事務室まで取りに戻る、という、いずれかが正解だったと思う。
そうなんだ、素手でのマスクの手渡しすら、実は、かなりリスクがあったんだろうと思う。

僕は「いい加減」だったけれど、誰もがこれだけ気配りしていれば、これ以上の感染拡大はない、と思うんだけれども、やっぱり、無頓着な人たちは(おっと、偉そうなことを言える身分か?)あろうことか、マスクなしで、周囲に人がいるのにおしゃべりして飲食したり、って、やっちゃうんだろうと思う。演劇の役者って、やはりマスクはつけられないんだろうなぁ。だったら、講演中心にすべきじゃなかろうか。喋っていたら、かなりの勢いで飛沫は感染する。おそらく、カラオケも同じだし。

GoToキャンペーンもそうだと思うけれど、「意味がわかって、なおかつ、十分に配慮をしている人たち」がほとんど、なんだろうけれど、(ほぼ、20年近く教員をやっていて、確信を持って言えるのは、)事業再開の「条件」なんて一切気にせず、「再開できる」=「なんでも、今まで通りだ」的な発想の人たち、特に若い方々は、結構いると思う。「前提条件」とか「ルール」なんて、通じていない人たちもいて、何かが起きてから「考えてもいませんでした」という答えが返ってくる感じじゃなかろうか。

https://news.yahoo.co.jp/articles/30f22f4c96004173ffb23a399790baa88e5e291e
新型コロナ「後遺症」 厚労省が実態調査へ、2000人対象

可能であるならば「無症状」のまま、あるいは「軽症」のまま陰性に転じた人たちも、一定比率調べるべきなんじゃないかな、という気がする。

もしかしたら、だけれども、肺とか腎臓とか(新型コロナが、全身に塞栓をつくることは知られているので、)仮に20%とか損傷してダメージがあっても、その程度だと「自覚症状」が一切現れなかったりするんじゃなかろうか。長距離走とか、体に「普通じゃない」負荷がかからない限り、本人が「無傷」だと思っているだけの可能性が、案外あるんじゃなかろうか。
若いうちは問題ないけれど、歳をとってから、なぜか疲れやすくなったりして、何十年も経ってから、調べて初めて、コロナによる「無症状」は、実は「無損傷」ではなかったことがわかる、なんてことが、起きているような気がする。
せっかく厚労省が調べてくれるならば、「無症状」の人たちは、本当に「全くの無損傷」だった、ということを、確定的に、統計的にも意味のある形で調べるのが得策だ、という気がする。

今回、劇場で確認されたクラスター。十中八九、エアロゾル感染だという気がする。役者はマスクをつけて舞台はできない、だろうなぁ。だとしたら、「劇場」なんかの「換気効率」を、本職の住宅アドバイザーなんかに確認してもらって、建物の「構造」そのものに、実際には空気が入れ替わらない原因があるとしたなら、そうした劇場は、「無期限の自粛」依頼にすべきだ、という気もする。

何よりも、「無症状」が「無傷」なのか、そうではなく、実際には、あちこちに悪影響が出たのに、「無症状」というくくりになってしまった、ということも、考えるべきだという気がする。そして、「無症状」の人は、内臓にも一切悪影響は残っていません。という結果になったなら、それも公表してほしいいし、残念ながら、「無症状」でも「内臓へのダメージ」は、残っている人が多いという場合には、いうまでもなく、「感染して無症状」でも、「それは、内臓へのダメージが皆無だったことを意味する」訳じゃないよ、と、特に30代未満の方に警鐘をならすべきなんじゃないか、という気がする。

段取り

面白いようにバグが出る・・・(全然、面白くないけど)今日だけで7つ目。

おとなしく「テスト手順書」を書いて、網羅テストを始めたら、あっちでも、こっちでも・・・(一応、正統派の手続きに従ってはいる。)

問題なのは、やはり「玉突き」部分で、7つのうちの2つは、先週の「改修作業」から派生。(いや、先々週にこの作業、終わってるはずだったのに・・・)
最終段階で、まとめて出てきた細かい修正要求の全体像が、頭の中で展開し切れていない。”Mi lapun pinis!”(ピジン語です、気にしないでください。)やっぱり思う。最終段階に突入する前、もっと早い段階、作る前に、詳細確認をすべきだった。でも、実際の画面がないと確認作業に入れない、ジレンマだ。

ドライに考えるなら、話は簡単。作って、壊して、また作る、2回分くらいの工数と工期を見積もればよかった・・・というのも、無謀な話か。
せめて、画面のモックだけ先行させたら・・・(この段階では、実際のデータが入らない、ということで、詳細チェックが始まらなかったから、やっぱり、作ってから、壊して、また作る、そういうことになるのか。)

業務アプリの難しさ。何かいい「段取り」はないものかなぁ・・・
というよりも、僕は割と「上流工程」に陣取ることが多かったから、「下流工程」に入るとどれだけ振り回されるか、ということかも知れない。(20年位前、僕の「設計変更」で、振り回されたOさんとかの絶叫を思い出した。「小林さん、気軽に変更するの、やめてくださいよ〜。」偉そうなことは、何も言えん。)

さすがに、7つ目のバグで、根負けした。かなりコアなところで、パラメータの追加があるから、波及箇所の洗い出しが必要みたいだ。検索をかけて、全部読み返すのに、たぶんまた、1日仕事。

どーでもいいけど、玉川温泉、営業再開したんだなぁ。むふ。
外はまだ明るいけど、もうこれで「続きは明日」にしちゃおうかなぁ・・・

大切な人

暗いニュースが多い。拉致被害者のご家族の訃報。洪水被害の犠牲者。
そして、一番はやっぱりコロナか。

東京都の新型コロナ 「若者中心であり重症者が少ないから大丈夫」は本当か?
https://news.yahoo.co.jp/byline/kutsunasatoshi/20200711-00187636/

実際に、池袋でも、地元でも、マスクをしていない若い人たちを多く見かけているけれど、家に年寄りとか親はいないのかなぁ。アパート暮らしだと、確かに同居人がいても、年寄りとかはいなそうだけれども。
職場にも、年寄りはいない?自分がもし感染していたら、なんていう発想はないんだろうか。

自分の陽性が確認された後、自分はピンピンしているのに、家族とかが重症化したり、亡くなったりしても、何も感じないんだろうか。案外、何も感じなかったりするのが、今時の気質なのかも、と思うと、余計に憂鬱になる。

東京都で過去最多の224人感染。小池知事、連絡が取れない陽性者に懸念
https://news.yahoo.co.jp/articles/dd3507a3713189719a5464371721ea02c408b3cb

無自覚、無責任。と思っていたら、このニュースに止めを刺された感が・・・

中国漁船の冷凍庫に船員遺体 インドネシア人、虐待疑い
https://news.yahoo.co.jp/articles/37d61a82688f2afe310cda53b1995d068e11c3c5

以前から、こんな話題はあった。

中国漁船がインドネシア人乗組員の遺体を海に遺棄、韓国ユーチューバーが…
https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2020/05/3-203.php

中国の「人権感覚」がよくわかる。人間の命を全く大切なものと思っていない。こんな国に「南京大虐殺」が、ああだ、こうだと言われた。30万人?100万人?完全な無抵抗でもなければ、あり得ない数字だと思うが、その話題はもういい。要するに「政治」のご都合で反日を煽るための素材、以外の意味は持たず、共産党の指示に従わないなら、中国人であっても、平気で拷問し、平気で虐殺する国なんじゃないか、という気がしてならない。ましてや、外国人の命なんて使い捨て。

香港支配の真の目的は何か?
一説に、香港ドルを米ドルから切り離し、世界を「債務漬け」にして中国支配を一気に強め、人民元を基軸通貨に引き上げようという、覇権計画の「経済的な仕上げ」のつもり、という記事があった。

ジンバブエ、人民元を「通貨」に 中国は48億円の債権放棄
https://www.cnn.co.jp/business/35075453.html

去年、こんなニュースがあった。

中国で相次ぐスパイ容疑での日本人拘束。習近平主席を国賓として招くべきなのか?
https://www.fnn.jp/articles/-/678

中国国内で外国人が活動している場合、何気なく写真を撮影しても、被写体に軍事施設とかがあったら間違いなくスパイ扱いされるだろうし、「法治国家」と言いつつ、中国のいわゆる「法」は、極めて恣意的な運用がなされるから、外国人は、安心して中国国内では経済活動もできなくなりつつあるようだ。そこにコロナが追い討ちをかけている。

https://gentosha-go.com/articles/-/25457
コロナも影響?…中国から企業が続々撤退、ベトナムに注目か

中国国内の洪水被害は、日本よりもはるかに規模が大きいようだ。テレビの梅雨前線のニュース、放送局にもよるけれど、少し引いた広域の雲の画像では中国南部にも相当に厚い雲がかかっているようだし。

https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2020/06/post-93808.php
世界最大の中国「三峡ダム」に決壊の脅威? 集中豪雨で大規模水害、そして…

万が一決壊すれば、約30億立方メートルの濁流が下流域を襲い、4億人の被災者が出ると試算されている。安徽省、江西省、浙江省などの穀倉地帯は水浸しになり、上海市は都市機能が壊滅して、市民の飲み水すら枯渇してしまう。上海には外資系企業が2万2000社あり、経済的なダメージ次第では世界中が損害を被る。

仮にダムが決壊しなくても、現時点で相当広範囲に被害が残り、ハリボテの経済指標は実力相当に落ちる気がする。そうなったら、基軸通貨どころではなくなるんじゃなかろうか。ジンバブエもそうだろうけれど、カンボジアなんかも煽りを受けそうだ。

いずれにせよ、人が死ぬニュースは、耐え切れない。ただ、これは「天災」ではなく「人災」だとも思う。

純粋に、台風や大雨だけであったとしても、それらは「天災」ではなく「人災」だと、私は理解している。
かつては、こんな規模の災害は起きなかった。人の心が汚れてきている。誰かの自由を奪う、どころか、命を奪っても大した罪悪感を持たない。
日本でも、誰もが貧しかった時代から、「国民総中流」と言われるようになり、裕福に生まれる人が増えて、そのあたりから、お互いを気遣う意識の欠落した人たちが、じわりと増えてきた、ような気がする。

ほんのちょっとだけ、相手の立場を考えて、自分の大切な人が、「こういう目」に遭ったら、自分はどう思うか、想像できないものか、とも思う。誰かがそう考えるようなことを、自分は相手にしていないか、ほんのちょっとの想像力は、持てないものか、とも思う。

海外では、もっと露骨にその風潮が増えている。いくつかニュースを拾ったけども、本当に、他人の命なんて軽いよな、なんていうニュースは相当な数、流れている。地球は「汚れたものを掃除したいだけ」なのかも知れない。
一人の人間としては、人の死ぬニュースは耐え難い気がするけれども、おそらく、まだまだ、エスカレートするような気もする。

なぜならば、誰も「自分たちに落ち度がある」なんて思っていないし、そう考える方がいらっしゃったとしても「因果関係の立証」なんて、無理だ。師匠の講演内容を直接引用しないのは、私が正確に理解している自信がないから、ということもあるけれども、第三者に「証拠を見せろ」と言われても、私には「証拠」なんて見せられないし、「科学的な説明」だってできない。
「人間の心が、行動が、地球にこうした『掃除』をさせている」と、もっと、声を大にして主張したい。(こうして、書いてはいるけれど。)
ただ実際には、「あぁ、これも人災なんだよなぁ。」と、思いながら、黙ってテレビやラジオから離れるだけ。

こうして「憂鬱」だからって、だから仕事のテンションが低い言い訳には、なりませんけどね。
でもやっぱり、黙々と仕事をする、には、気が重いと、集中力にも影響するなぁ、なんて思う。

つくづく私は、弱い人間、ダメな奴なのかなぁ、なんてことも思ったりしている。

情けないくらい、集中できてない。


師匠の講演会。というか、勉強会。

仲間のどなたかが、師匠に質問されたことがあって、そのお答えを聞いたことがある。

こうした伝聞を書くのが、一番危険。なぜならば、キリスト教も、仏教も、イエスや釈迦が説かれた内容を、弟子たちがTPOを弁えずに恣意的に解釈し、さらには自分の解釈を加えて他人に伝えた結果が「経典」として残ってしまい、本来の意図から相当に逸れた内容が、いまだに多く伝え残っている。というよりも、大半がそうした弟子の誤った解釈だったりする、らしい。だから、「自分の解釈」を伝えるな、とは、再三聞かされている。

それでも、あたしゃ、書きます。落ちるのは覚悟の上。(憂鬱の原因は、これかも。)

「地球意識が、汚れを浄化しようとして、台風などを起こすとして、それでも、そうした台風などによる被災者には、『いい人』も少なくないんじゃないですか?」

これに対する師匠のお答えを、私自身の言葉として比喩で伝えるなら、例えば乳ガンの切除手術。病巣だけではなく、周辺の正常な組織も含めて、「安全のために=転移のリスクを少しでも減らすために」かなり広範囲に切除する。場合によっては、乳房全体を筋肉組織まで含めて根こそぎ切除する。

だから、他人を騙したり、殺したり、あるいは、自分の怠慢で誰かを死に至らしめたり、そうした人々の周囲の方々が「染まって」しまうくらいならば、まとめて「切除」しようという、そうしたお考え(考え、っていうか、そもそもが人格霊ではないから、私にはよくわからんけど、)なんじゃないかな、と、私は理解している。

要するに、我がまま勝手、好き勝手な人を、どうやって、集団全体の行動に調和させるか、誰もがそこまで考えて行動しない限り、今の流れは全く変わらない、っていうことなんだろうと、私は理解している。

相手は、中国共産党だからなぁ。何を書いたって、とうてい言葉、というよりも、思いが通じるとは思えない。だけど、書いてみた。僕はこれを書いた。地球意識の存在を、僕自身が意識しながら、「僕は、あなたの思いを正確に伝えているだろうか」と念じながら書いた。もし、間違って伝えていたなら、これ以上は何も起きない。ただ、もし伝え方が正確であったとしたなら、ヒトはヒトが「どうあるべきか」を伝え聞いていながら、一向に行動を改めないものとしての、「次」があると思う。

中国共産党は、「一人一人の人生」なんてものを尊重する意思は、カケラもないのか。それともあるのか。既に発生している洪水に被せて、発言すべきだ。仮に、一人一人の生活再建に人民元を乱発した挙句に、貨幣価値の暴落を起こそうが、ヒトの生活と国家と、どちらが大切なのか、公言すべきだ。沈黙は「拒絶」だろうな、たぶん。拒絶するなら、たぶん、わかるまで次がある。(中国に限った話じゃないと思うけど。)

さて、(あんた、そんなに自分のページのアクセス数が多いと思っているのか?って、知るかよ。)勝手に盗聴、盗撮されて、もう、好き勝手に叩かれながら、それを利用して言葉を発し始めた、30年前のあの頃の延長だから、伝えた後の先の流れなんか、一切関知しない。とにかく僕は、今できると思うこと、これだけはやるべきだと思うことを、続けるだけ。

(30年前のあの頃、って言ったら、もう、カケラもプログラマとしての仕事ができていなかった時期じゃないか?それは、まずいっしょ!?)

あれこれ

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200703/k10012493951000.html
国後島に「領土割譲禁止」の記念碑 ロシア憲法改正受け

北方四島に住んでいらっしゃった方々の帰島は、ほぼ不可能になったのかな、と思う。

思うに、ロシアと国境を接する全ての国(日本も含めて?)が、「領土割譲禁止」を憲法に制定すれば、ロシアがクリミア半島で行ったような(あれ、クリミア半島でしたよね?ウクライナ東部ではなかったかと、ウクライナの方、ごめんなさい、)強引な「割譲」は、今後起きえなくなる。ロシアに倣え、ではないけれども、(日本では、僕は、タカ派の台頭が嫌いだから、拒絶反応が強いけれども、)多くの国が早急に「国土割譲禁止」を憲法に盛り込んだら、少なくとも、クリミア半島の二の舞は避けられるような気がした。

国境線の変更に、誰かが死ぬような事態が起きるくらいなら、国土を譲り渡したっていいとすら、僕は思う。

ですけどね、北方領土には、そこに住んでいらっしゃった日本人の「お墓」がある。別に、その人たちの魂は、そこにはもういない、かもしれないけれども、肉親の方々強い思いは、その「父祖伝来の土地」に残っている。できることならば、日本人の代わりに、それらの「日本人のお墓」に対しても、一定の敬意は払って、そこの残して欲しいな、とは思う。その土地で亡くなられた方々のためではなく、その方々の肉親のために。

表題は、あれこれ。次のあれこれ。

テレビのニュースで、「敵基地攻撃能力」の話題を流していた。私自身の見解。「敵基地攻撃は、専守防衛の枠内」だと思う。ただし、テレビのニュースでの議論は、私の前提条件とは異なっていた。私が言いたかったのは、もし、核兵器も含めて、ミサイルが日本に着弾したなら、そのミサイルの発射基地を、周辺設備も含めて攻撃することは、専守防衛の範囲内ではないか、ということだった。これを認めておかなければ、いつまで経っても、「核の傘」から抜け出せない。

どこかで、何かシミュレーションがあったな。どこかの国が、どこかの国への核ミサイルを、たったの一発でも発射したなら、世界的に、連鎖的に、「防衛」のための核ミサイルが発射されて、地球は一巻の終わり。それを理解した上で(それを理解できない大統領が、世界で最も核ミサイルを保有している国の大統領だ、ってのが、もう、背筋の凍るような事態だとも思うけれども、)核を何処かに打ち込むならば、いうまでもなく、自国も消滅する。
そうした、「自殺願望」のある国家元首を、その国の国民が選ぶなら、もう、文字通り諦めるしかないけれども、多少なりとも理性のある大統領とかの国家元首だったなら、「核の傘」以前に、「核の自縄自縛」で、一切発射できない状況に世界が置かれていることは、議論の前提として理解すべきだ。

今、核を落とされたらどうなるか、ヒロシマやナガサキ、あるいは、埼玉の地元で言えば丸木美術館のような場所でしか見られないけれども、もし、どこかの国が核を使ったなら、その現場の映像が、無数のSNS動画として全世界で共有されるだろうと思う。皮膚が溶けて、赤剥けになった全裸のニンゲンが、亡霊のように歩き回り、水を求めた水死体が水面を覆い尽くし、そうしたリアルなSNS動画が全世界に共有され、「あの国が、あの事態を引き起こした」と、世界中から糾弾される。対北朝鮮への経済制裁の比ではなく、その国民の入国禁止、銀行間の送金停止、一切の貿易禁止、たまたま訪問しているその国の国民の行動制限、などなどの措置が、間違いなく取られるだろうと思う。要するに、もう「核の傘」は要らない。そう考えるべきだと思う。

話を戻して、それが核であろうが、火薬弾頭のミサイルであろうが、日本にミサイルを打ち込んだなら、間違いなく、「防衛のため」に、その発射基地及び、さらなる発射の可能性のある軍事基地を、日本の防衛力を総動員して攻撃すると、それを公言しておかなければ、トランプ並みの国家元首を担いでいる某国のような隣国には、対処できない、そんな気がする。

だから、以前から僕は、「敵基地攻撃能力」は、全面否定しなくてもいいんじゃなか、と書いてきた。ブレるつもりはない。殴られたなら、殴り返すよ、と、それだけは予め公言しておくべきだ。

ただ、師匠の講演会での、師匠のお考え。国家ということではなく、私個人ということならば、殴られても、殴り返しはしません。そのつもりはあるんだけど、もしかしたら、殴られながら、奥襟を掴んで、軸足を払い、倒れ込みながら、全体重を膝で、腹かどこかにかけちゃうようなことは、やっちゃうかもしれない。まだ体が動けば、だけれど。守らない、っていうのは、本当に難しい。ただ、多くの人が生活している以上、「手を出すなら、守るよ」ということは、公言しておく必要があるような気がする。それを公言するだけで、抑止力になる。いうまでもなく「専守防衛」が大前提になる。その守るために、ミサイル基地を攻撃する必要があるならば、それが相手国内であっても、攻撃すべきだと僕は思う。(めちゃくちゃ、書いてることが自己矛盾しているけれども・・・)

サイバー攻撃。経済活動どころか、例えば、ランサムウェアなんかで病院なんかが標的になったら、人命が奪われたりする。そうした攻撃にカウンタをかけるなら、世界のどこかに存在している攻撃用のサーバに、可能ならばそのIPアドレスを遮断するとか、逆に攻撃を仕掛けるとか、それをやらなければ、(のほほんと、メールの添付ファイルを開くような人が、国内に多数いる限り、)正常な医療行為を守りきれない、そんな気がする。
僕の「敵基地攻撃能力」の議論は、この発想の延長。

「のほほんと、メールの添付ファイルを開くような人たち」っていうのは、新宿・池袋界隈で、大した危機感もなしに宴会をする30代未満の方々、のような、存在かなぁ。ボチボチ、新宿・池袋だけではなく、渋谷、新橋、品川、錦糸町、北千住、赤羽、吉祥寺、下北沢、自由が丘、蒲田、などなどは、クラスターが発生するだろうと思う。
さらに、数週間後には、じわ〜っと、市川、船橋、大宮、所沢、相模原、登戸、川崎、などなどにも、クラスター発生が広がって来て、最悪のシナリオで、ピーク時には、東京都内で1日あたり一千人、千葉・埼玉・神奈川でも、東京に近いところを中心に、1日あたり数百人、という、首都圏を中心とする第二波が来ると思う。

若い人たちの「意識改革」くらい、難しいものはない。いわゆる「根暗」で、俺は/私は、何をやってもダメなんだ、っていう感じの若い子。(僕もそうだったけど)外から救い出すのは、本当に難しい。逆に、オラオラって、もう、怖いもの無しの若い人に、世間は怖いんだよ、って分からせるのも、これは、相当に難しい。たぶん、無理だわ。「経済活動再開」のために、ベントを開くっていうか、「ある種の容認」をせざるを得ないとすると、その「経済活動再開のための、仕方なしの容認」を、「自粛の完全解禁」だと受け取って、もう、騒ぎたい放題でハメを外したい若い人たちには、「理解していただく」のは、極めて困難だと思う。

日本は、「憲法」上「自粛要請」が最上級でしかない。そこは、堅持してほしい。ただ、一度でもクラスターの発生源になったなら、強硬措置で「営業停止」を命じることは、現行の公衆衛生法か何かで、できないものなんだろうか。そもそも、コロナって、第何種の感染症なの?指定すらしてないでしょ?厚生労働省は。

最近、消防法の適用で、自治会活動のための草刈機の2サイクルエンジンオイルを、アルミ缶で買おうとしたら、消防署からの通達とかで、「専用缶」でないと売れない、とか農協さんに言われた。同じことだと思う。パトロールを強化して、「新型コロナ対策」を万全にしていないお店については、公衆衛生法を根拠として「営業停止」を命じることができるような、公衆衛生法の「実施規則」は、早急に成立させられないの?(おっと、国会は休会中か。安部さんは、自分が自民党に金を出させた元法務大臣のことで、頭がいっぱいだったりするのかな?)国会が休会中なら、厚生労働省令か何かで、緊急退避で、「営業停止」を命じることのできる規定とか、(せめて、1週間程度の猶予は持って欲しいけれど)速攻で制定できないものか。

あれこれの、次の一つ。

今回の豪雨で、避難する直前に、若くして亡くなられた息子さんのご遺骨を持ち出すために、避難が遅れて亡くなられた高齢の女性のニュースが流れていた。(こういう、心に「響く」話題は、見ていてキツイ。師匠ほど、あるいは、「神様」ほど、冷静、客観的にはなれない。)(言い方は悪いけれども、本当に、神様とかって「上から目線」だよなぁ、っていう気はする。)
肉体を持っている、ということは、とにかく大切。なかなか巡ってこない貴重な機会。それは間違いないと思うけれども、亡くなられて数ヶ月経ったなら、順当に行けば、もう、そこいら辺にはいませんって。普通は、誰かに「ば〜か」って思ったり、「あん畜生、ぶっ殺してヤリテェ」とか思ったり、「あの方、お金持ちでいいわねぇ〜」って思ったり、「あの人、薄汚い格好して」って思ったり、あれやこれやで、心についちゃった垢のお陰で、まずは地獄(自分で汚れを落とすまでの、隔離空間)に行っているから、お骨だのなんだのってのは、意味がない。お骨周辺にいたらおかしい。お墓ですら意味がない。お墓に住み着いちゃったりしているのは、「魂なんて、存在するものか。私は今、意識がある。つまり、私は生きているのだ」みたいな、唯物主義者だけが、逆説的に、お墓に住み着いたりしている。あるいは、おかしな宗教に染まった方々。あるいは、全然、「生きる」とか「死ぬ」とか、深く考えたこともなく、そのまま亡くなっても、「自分」という意識があるもんだから、ただなんとなく、やりたいことをやろうと、それで、酒が飲みたいなら、飲み屋に出入りしている方々に憑依したり、釣りをしたいなら、釣りのことしか考えていないような方々に憑依したり、そうやって、自分が死んだという自覚が持てないまま、この世をうろついている方々だけ。(これが、相当に多いらしいけれども。見ることのできない私は、幸いです。伝聞です。)そういう方々は、酒が好きなら、酒のことしか意識にないし、釣りが好きなら釣りのことしか意識にないから、そうやって次に進めないだけで、まだこの世界にうろついているけれども、ご実家に残された「ご遺骨」のことなんか、カケラも「自分」だとは思っていない、その程度のことは、知っておいて損はないような気がする。

「ご遺骨」を「息子」さんだと思い込んでいたのは、その方の単なる思い込み。そうやって、「息子」さんのご遺骨を取りに戻って、ご本人が「納得」されて、「これで良かったんだ」と思えたなら、それはそれで、よかったね、と思いたい、けれども、実は遺骨だろうが、お墓だろうが、御位牌だろうが、そんなもんは、モノに過ぎない。そんなモノが大切だ、などと仏教が教えているのなら、それを信じた方々は、次のステップ(地獄)に向かわずに、この世界で浮遊霊になって彷徨い続ける、つまり、仏教は、「成仏できない霊体」を量産していると、あえて、指摘しておきたい。

今日は、どこまで「迷走」するんだろう。肉体とか、誰かの生きた痕跡とか、そういう目に見えるモノに執着するのは、やめたらいいんじゃないですか、とそれだけ言いたかった。

東京女子医科大学が、ボーナスをカットして、看護師さんたちが「やる気を喪失」しているらしい。
早まらないでね。と思う。市中病院なんて、「コロナが怖いから」ちょっとした病気では病院に行かない、そういう方が増えていて、どこの病院も大変みたいだ。まるで、外食産業で、大手のチェーン店ですらTOBがかけられたり、年金生活が可能な方が経営されていた飲食店では、地元で愛されていたのにお店を閉じたり、もっと言っちゃえば、倒産したり廃業したり、もう、すごい数悲惨な状況になってる。病院は、職場としては、まだかなり「安泰」な部類だと思う。ボーナスカットに目くじら立てずに、「給料が普通に支払われている」方を、考えた方がいいような気がする。

国が、医療現場の最前線で働く人を、どれだけサポートするつもりがあるか、それはわからないけど、明らかに、医療現場だけは、外食の「お蕎麦屋さん」と違って、守るべき対象になっている、と思う。小池都知事に聞いてみたらいい。「病院さん、倒産れないでね」と「お蕎麦屋さん、倒産れないでね」と、どっちにお金を出しますか?って。

東京女子医大ほどの病院から離れて、じゃぁ、どこに移るの?生活があるなら、雇用されていることは大切。日本全国で、病院は大変な状況だと思う。早まらないで、と思った。

ダメ、もう限界。この3倍くらい、今日一日聞いていた、ラジオのトークだとか、NHKのニュースだとか、見聞きしていて、ふと「主張」したくなった話題は、このページに書いた、その3〜4倍は間違いなくある。

出し尽くせなくて。おかしな文章ばかり書いてて、ごめんなさい。もう、睡魔が限界。突然だけれど、このページ、終わります。

人権問題

「香港国家安全法」支持53ヶ国、反対の倍 見えてくるもう一つの世界

「香港国家安全法」支持53ヶ国、反対の倍 見えてくるもう一つの世界

「反体制を力で押さえ込む」というのは、こんなにも多くの国がやりたいのか、ということなんだろうか。
力の強いものは、力で相手を押さえて良い。それが人類のルール。

だったら、地球の意識も人類に対して同じやり方をしていい、ということなんだろうか。

思うに、水のあるところに人は「生活圏」を求めた。水が手に入りにくい場所には、住みたがらない。水がなければ農作物も育たない。四大文明は大河のある場所で栄えた。
ただ、適量が手に入れば十分なんじゃないか、と思うし、「水があるのが当たり前」という訳でもないと思う。

なにごとにも「適量」っていうのがあろうと思うのに、適量供給に満足せずに、もっと、もっと、どこまで欲しがるのか。十分に金を持っているのに、もっと欲しがる人。(どうやって、「あっちの世界」に持ってくつもりなのか。)あれほど広い国土があるのに、さらに国土を広げたい、あの国に、あの国。全世界が欲しいんだろうな。かつてのイギリスみたいに。さらに、油田が欲しい、天然資源の多い海域が欲しい。あれも欲しい、これも欲しい。

こんな時に、この話題を持ち出して、申し訳ないとも思うけれども、日本も例外じゃないと思う。

そんなに「金」が欲しいなら、国中に「金」が溢れる状態になったらいい。餃子一皿が十万人民元。人々は札束を抱えて生活する。金に囲まれて、みんな嬉しいんだろうな。(いや、全部電子化か。十万人民元も、[100k人民元]ってな、kとかMの一文字に置き換えられるだけだから、誰も気にしないか。)

世界を自国の領土にしたいなら、世界中に増えつつある新型コロナの感染者の治療に、マスクだけじゃなく、医薬品も、医療機器も、これでもかっていうくらい提供すべきだ。足りないなら、足りるまで提供すべきだ。そのコストは、無論中国人民が負担する。誰も反対しないだろうと思う。反対できない法律があるから。誰も国民は反対しない。是非やったらいい。

人間のそういう意識、そのままに、「生きるのに水が必要」だっていうなら、もう、これ以上は要らないというまで水を提供してあげようか、とか。地球には、そういう伝え方の手段もあるのかも知れない。(地球意識は「人格霊」じゃない、らしいから、こういう人間的な「反喩」みたいな手法をされるのか、想像の域を超えるけど。)地球の意識と関連づけて理解する、そんなやり方ができる、とも、思えないけど。理解できないなら、またさらに新手が来るだけかも。

「反体制を力で押さえ込む」ことが、「是」なのだと、そういう国ばかりではないのか、とも思っていた。
中国が、世界に「金」をばら撒き、世界が中国化する。例えば、これ。

中国と一帯一路が引き起こす世界の教育の変容
https://www.newsweekjapan.jp/ichida/2020/07/post-1.php

世界各国から中国への留学生を増やし、中国文化や、「中国の価値観」を世界に浸透させる。
どういうことになるのか・・・

アメリカの、世界ランキングの上位に名前を出す大学ですら、中国からの「援助」を受け入れて、学内に「孔子の教育」を受け入れ、孔子の思想を優れたものだと、(だから、中国は優れた国だと、)そう考えているアメリカ人が増えているらしい。ただ、私など、孔子の思想と中国の共産主義思想とは、全く別物だと思うのだが・・・中国の共産主義思想は、独裁体制の支柱に過ぎないと、僕は考えてる。

いずれ時間の問題で、国連決議で、中国の提案に無条件賛成に回る国が増えてくる、そんな気もする。

唯一、流れが変わるとしたら、「金の切れ目が縁の切れ目」であるとか、中国が世界中に援助を進めている「インフラ整備」で、橋が落ちたり、鉄道が高速で脱線したりして、中国政府と「癒着」している現地の政府が、それぞれの国で国民に猛反発されて、各地で失脚すること、だろうか。

こう考えながら、中国自身が「是」としている「力で押さえ込む」ことを、むしろ容認して望むしかないんだろうか、なんて方向に、考えがブレる。自分ながら、どうしようもなく、性格が歪んだ嫌味な人間になってる、そんな気がする。
コロナの後は、洪水。アフリカ豚コレラだけでなく、鶏にも、牛にも、新手が拡散する、とか、人のペストとか。

アフリカで、援助によるインフラを「現地雇用」ではなく、中国人を派遣することで建設している中国だから、アフリカで感染拡大している病気は、かなりすんなりと中国国内に持ち込める。本命は、たぶん、ペストじゃないと思う。

中国・内モンゴルで腺ペスト感染者 当局が予防策を強化
https://www.bbc.com/japanese/53304300

あるいは、洪水の被災地で、コレラや赤痢が蔓延するとか。もっと大きな生き物も。

中国桂林市、イナゴの大群襲来 当局に「食糧用地」確保の動き
https://www.epochtimes.jp/p/2020/07/59090.html

中国は、考えられるあらゆる手段を使って、世界を「中国」にしようとしている。
だったら、考えられる、できるあらゆる手段を使って、中国にブレーキをかける。僕は、それしか考えない。っていうか、「望む」だけだけれども。(どんどんと、嫌な人間になっていく。でも、でも、落ちることは気にならない。慣れたもん、かな。)

とりあえず、このページに書いたのは、新型コロナ(公式発表では「収束」しているらしいけれど、悪いけれど、僕は信じていません。地方では、あえて調べないことで実質的には拡散していると思っている)。洪水。アフリカ豚コレラ。イナゴ。そして、ペスト。

まだ、たったの五つか。あれほど、なんでも欲しい中国には、五つじゃ全然物足りないだろうな。
悪いけれども、中国を「是」とする国、あるいは、トランプや、ボルソナロのようなトップがいる国も、中国と同列(僕は、同格なんて書いてない)だと、僕は思う。

スマートリモコンから

昨日、ALSの友人の万能リモコン(弊社製)の、赤外線LEDの足が折れて、その修理で出かけてきた。
制御用に使っているのはPICで、一旦取り外して付け直したら、Windowsがチップを認識しない。結局、何度かパソコン本体をリブートして、やっと、テレビ、ビデオ、ケーブルテレビは自在に操作してもらえるようにして来た。

この話を知人にしたら、今は、スマートリモコンで、大半の家電は制御できる、と・・・

「暑いから涼しくして」とか、「テレビの音量を上げて」とか、この類のAIスピーカ。家電を操作するなら、赤外線だろうとググったら、スマートリモコンが出て来た。

https://my-best.com/1781
【2020年最新版】スマートリモコンのおすすめ人気ランキング5選【家電を一括操作!】

嘘でしょ?5年前に、この万能リモコンを作った時は、こんなものは何も売られていなかった。だから、仕方なし、せかせかと自作して、パルス幅が長かろうが、短かろうが、とにかくアルゴリズムで受信した赤外線パターンを完コピして、どんなリモコンでも再現できるデバイスを作った。

それが、今や、数千円代で「人気ランキング」って、なんだよ。人が必死こいて、作ったのに。もうちょっと早くこういうのを売りに出していてくれたなら、こんな苦労して作らずに、買って来て、デバイス操作のためのインターフェースのプログラムだけ、彼用に書いて、使ってもらったのに・・・

ってか、今でもまだ、買ってくる手はあるか。如何せん、僕はハンダ付けは下手だ。芋ハンダ。しかも、PICチップ剥き出しの空中配線。LEDが三つ、三軸に剥き出しになってるし、パターン入力用の受信PDも剥き出し。見かけのスマートさは、桁違い。


唯一誇れるのは、うちは、ゼロからこれを作りました、ってことだけで、出来たものの出来が悪けりゃ(見るからに手作り)商売になんかなる訳がない。

彼の場合には、言葉を発せないから、AIスピーカは使えない。だとしたら、「スマホで外出先から操作できます」ってな、そのインターフェース部分だけ使わせてもらって、彼のパソコンからこのスマートリモコンに接続する部分だけ、(いずれ)作ろうか、ってな感じだろうか。(今のところ、僕の作った奴も、機能は大差ないはずだけれども、そんなに暇ないし・・・(ってか、ここまで完成度の高い商品を出してくるのなら、スマホからではなく、彼みたいな人も、パソコンからマウスで操作できるようにしてくれたなら、僕は何もしなくて済むのに・・・)いずれにせよ、当面、僕は、何もしないけれど。

いい結果を出せない、ってのは、なんだか悲しいっていうか、情けないっていうか。。経験に、だけは、なってるけれど、金には全くなってないし、自分が作ったのなんかより、遥かにカッコいいものが世間に出て来て、あたしゃ、何をやってたんでしょ。

師匠の真似をして、ALSの彼に手を当てている。一応、定期的に彼のところを訪ねて、ALSの病気そのものは、ほとんど進行していないように見える。ただなぁ、(こういうことを、昔やったことがあるっていう)カミングアウトが遅れて、こんなに進行してしまう前に、もうちょっと早くから「手当て」を始めて、進行を止められていたら、彼の体も、もう少し自由に動かせていたのかも、なんていう後悔は、ある。

しかも、師匠は講演会で、「本来は、心の誤りを正すように伝えるべきで、手を当てたりしても、本人のためにはならないし、やってる自分の寿命を縮める」とも言われている。百も承知の確信犯。
こっちの(技術ではない方の)アプローチでも、いい結果は出せないでいる。いや、「進行が、ほとんど止まっているように見える」としても、それが、僕のやったこととの因果関係があるか、ないか、なんて、わからないし。

何が最適解か、わからん。もう15年近く師匠の講演会を聞いて、僕の軽い脳味噌でも、それなりに、必死に考えてはいるものの、何が「正しい心のあり方」なのか。特に、彼は、何を自分で気づくべきで、僕はそこにどう誘導すべきなのか。そちらの方こそが、間違いなく、僕が彼に対して行うべき接し方、なんだろうけれども。答えを出せていないから、そちらのアプローチは何もしていない。

こうやって、手を当てて進行を止めたり、万能リモコンを作ったり、全く「最適解」ではないこと、だけは、確かだと思うけれど。あたしにゃ、理解力がない。自分の生きている間に、答えが出せるんだか、どうなんだか。

当面、考えていることはただ一つ。少なくとも、今の時点で、自分にできること、今の自分が、少なくとも彼にとって悪いことではない、と思えることを、ただやるだけ。どうすべきかは考える価値があるとしても、結果がどうかなんて、考える意味はない、のかも、知れない。だから、結果については考えない。

カナリヤロボット

朝、自治会の広場清掃に出る前に、このニュースが流れていた。

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200705/k10012497171000.html
静岡 倉庫火災 消防隊員3人 警察官1人連絡とれず 消火作業続く

夕方のニュースでは、速報で以下のニュースが流れていた。

https://www.yomiuri.co.jp/national/20200705-OYT1T50046/
スポンジ保管の倉庫で火災、4人が遺体で発見…消防隊員・警察官か

ググろうとしたら、消防士の殉職は多いみたいで・・・
亡くなられた方々のご冥福をお祈り申し上げます。(というのは、一般的な言い回しで、自分流で書くならば、どうか、これを一つの経験として納得してステップアップし、次は、肉体生命を全うできるような別の課題に挑戦されることを祈ります。このニュースに接した僕のこの考え方が「正解」かどうかは、わからないけれども・・・)

ふと思った。一酸化炭素や、二酸化炭素が充満しているかも知れない洞窟に入る時は、カゴに入れたカナリヤを持っていくと。(なぜカナリヤなのかは知らないけれど。)

http://karapaia.com/archives/52260076.html
かつてカナリアは毒ガス検知器として使用されていた

内部の状況がわからない火災現場などに突入する際に、先にドローンなどで内部の状態を探知できないものかと、ふと思った。
二酸化炭素や、一酸化炭素センサ、有毒ガスセンサや、赤外線センサ(温度検知)、取り残された人に声をかけるスピーカ、などなどを搭載したドローンを、まず内部に侵入させる。可視光線のカメラ画像で、内部の状態を見たり、光源が奪われている環境で、炎が上がっていない場合には、超音波などで空間を画像化したり、そうしたドローンは作れないものか、と思った。
自動飛行で、モニターに情報表示する「ロボット」にすることも、それほど難しくないんじゃなかろうか。
(安く作りますから、仕事ください!窓口の会社を通してもらいたいけど・・・)

自動化が無理でも、誰かが操縦し、仮に、火災に巻き込まれて破壊されることがあったとしても、相当に過酷な環境でも、内部に突入して状態を検知できるドローンを作って、このニュースのような亡くなり方をする方を、一人でも減らすことはできないものかと思う。
無駄な死に方だとは思わない。重要な「任務」や「責任感」があったんだろうと思う。命を張っての仕事をされている消防士や、警察官には、ただただ、敬意を表したい。

まさしく、技術が人命を救うことのできる分野だと思う。

ドローンと言えば、某国が世界シェアの大半を占めているらしい。その某国、水面スレスレを巡航するミサイルを開発して、それが、イージス・アショアの建設停止の理由になったらしい。(引用した記事に国名が入っているのに、「某国」なんて書く意味、あるの?)

https://www.businessinsider.jp/post-204853
イージス・アショアに「無力化」の可能性。中国が新開発したミサイル「東風17」の実力

核兵器と同じで、こんなミサイル使う場面なんてあるの?使う場面をもし作ったなら、何が起きる?某国も(しつこいな)正しく、大日本帝国と同じ運命を辿りそうな気がする。金だけかけて、飾りにしかならない。脅しに使う?無視したらいいだけだと、僕は思う。世界の「民主主義」は、インターネット、そして、コロナで大きく変化すると思う。
他に金をかけるべき分野が山ほどあるだろうに、こうした「軍事」に大金をかけたい方々が牛耳っている国々。その国の国民が文句を言わないなら放置してもいい(その分の金を、もっと医療福祉に回したらよかろうに、とは思うけれど、でも他所の国のことだから、勝手にやってたらと思う、)けれど、無視できない数の「ネット民」が、おそらく、軍事力の行使を阻止できると信じるし、そうした世界になるべきだ、つまり、「日本も、追従して軍事に金をもっと出すべきだ」という議論には、反証を示すべきなんだろう。(話が逸れまくってる。)

ただ、某国(くどい!)のドローンには、バックドア(コンピュータに不正侵入するための裏口)が仕掛けられているという噂が絶えないし、単なる噂ではなく、証拠を押さえた日本国内の団体もあったみたいで、安全保障を考えるならば、イージス・アショアの断念で浮いた予算で、ドローン技術を国内に育成したらどーなんだろうか、なんてことも思う。
何よりも、災害現場で活躍するドローンロボットを、是非、実現して、こうした殉職のニュースをなくして欲しい、そんな気がする。

パワーのあるドローンだったら、消防ホースを引き摺ったまま空中を浮遊して、消火までやってくれるくらいの、強力なドローンとか、そんなのも、できないもんだろうか。(いや、自治会の防災訓練で、消防ホースを持たせてもらったけど、あの水圧には空中浮揚のドローンじゃ、耐えられないだろうなぁ。だったら、地面に足をつけたロボットだって・・・)

かくして、仕事が押しているのに、無限に妄想にふける私に、いかにしてブレーキをかけるか、毎度の自戒の念。

内政干渉

親父が僕を殴る時は、グーだった。
僕の最初の記憶はたぶん3歳の時、一日30分はピアノの前に座れと言われて、それができず、「親の言うことを聞けない子供は・・・」的にこっぴどく怒られ、バイエルの教本を目の前で破かれた。
親父に殴られたのは、ほんの数回だったし、定期試験の前に勉強をしていないとか、そんなのばっかりだったか。
頑張っても、「頑張ったね」なんて褒められることはまずなくて・・・もういいや、この話。(でも僕は、親父が大好きですけど。)

親父がグーにした理由。親に平手打ちされて鼓膜が破け、難聴になった子供を教師の立場で知っていたみたいだ。
今だったら、間違いなくDVでしょうね。「教育的な体罰」は、もはや容認されなくなってきた。

行政が「家庭」に「干渉」するようになりつつある。

根本にあるのは、「基本的人権」だろうか。
やっぱり、暴力的な指導っていうのは、フォロウがなければトラウマを残す気がする。結果を出した時に、「よくやった、それでこそ」みたいなプラスの評価があったお陰で、「あれは、愛の鞭だったんだ」と自覚できた、なんていう話はよく聞くけれど、自分に関して言えば、頭じゃ「あれは、愛の鞭だったんだろうな」と考えてはみるけれど、自分の中では、むしろ「全力で努力するのが怖い(評価されないから、かえって落胆が大きいから、頑張ればがんばるほど辛いだけ)」みたいな、ネガティブなものしか残っていないような気もする。(だから、この話は、もういいってば。)

僕も、学生に対しては、「怒って」伝えようとする、そういう側面はかなりあった気がする。師匠の講演会で、散々考えさせられて、かなり学生への伝え方は変わってきた。

緊張感を持って授業に出て欲しいから、授業中によくあてる。答えられない時に、学生が「いじける」のは避けたい。それだと、あてても意味がない。ヒントを出して答えられない時に、最近は「今回は、気にしなくていいよ、その代わり、次に同じ質問をした時は、ちゃんと答えられるように、覚えておいてください」なんて言葉を補うようにしている。(じゃぁ、いつ誰にどの質問をしたか、全部覚えていられるか、なんて言われたら、まず無理なんだけど。)
図々しいことに、学生には、「誰かがあてられた時は、自分があてられた、と思って、真剣に考えてみて」なんていうオマケの一言もつけている。

話を戻す。「暴力的な手法」に頼らなくたって、工夫次第、テーマからの話題の広げ方次第で、集中力を持続させたり、記憶に残せるような方法は、あるよな、という気が、もう、15年以上教員をやっていて、ようやっと気がついてきた。とにかく、学生の目を見る。学生が顔を上げて講義を聞くように、顔色を見ながら話題を展開させる。僕自身の中にある、どの「引き出し」をあけるかは、同じ内容の授業でも、学生の答えとか、顔色の変化から、その都度変える。かなり面倒くさいけれど、こちらのコンディションが良ければ、やれないことはない。最近、こんな気がしてきた。

つまり、「暴力的」に学生に何かを伝える、なんてのが「禁止」されたって、教えるという立場では、一切困らない。だとしたら、それが、「親対子」であっても「教師対児童・生徒・学生」であっても、さらには、「上司対部下」であっても、どんな上下関係があったとしても、暴力的な手法は一切容認されない、そうした社会に変容しつつある、そんな気がするし、それが既にGlobal Standardになりつつあるようにも思う。
言うまでもなく、それは「国家対国民」であっても同じ、なんだろうと思う。(やっと本題)

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200618/k10012475661000.html
中国 香港めぐるG7外相共同声明に“内政干渉”と反発

基本的な人権に関する問題は、国境を超えて扱われるようになる。それは時間の問題。

SNSとかYouTubeとかで、世界中の「ヒトとヒト」のつながりが密になって来ている。国籍が違ったって、友人に困難があったなら、なんとかしたいと思うのは当然の考えだと思う。
そうなって来ると、いずれ「国家」と言うものも変化して来る気がする。今はまだ、変化の兆しがある程度、だと思うけれども、「国家」とは、「たまたま、自国において国籍を有する人たちに、法的な義務を課し、最大限保護する義務を負う」ような存在であり、「たまたま、現在自国の領土/領海とされている場所に、優先的な立場を持つけれども、地球環境に悪影響を及ぼすような行為は、他国から非難される」ような存在でもあり、何が「内政」なのか、特に、基本的人権と、地球環境問題に関しては、これまでと同じような主張ができなくなって来る、そんな気がする。

だから、大規模災害などで(多くは、地震や津波などか)被災者が多く出たなら、多国籍的に「緊急支援」の申し出が出て来る。そうした援助の「裏表」で、人道問題に関する緊急事態が起きたならば、世界中からの「干渉」が起き得る。現在でもある程度、そうした状況になっていると思う。情報発信をどれだけ抑制したところで、いずれは漏れる。時間差をおいて漏れた時は、リアルタイムに漏れるよりも非難の程度が激しいと考えるべきだと思う。数年後に、なんて言う話になったら、悪政としてインターネット上の「歴史」に刻み込まれる。

逆に、今後は、緊急事態でなくても、(例えば、中村哲さんのように)援助的な手助けは行われるようになるだろうし、その一方で、日常の些細な「人権無視」の行政などについても、海外からの「非難」は集まりやすくなる、そんな気もする。いや、そうなるべきなんだ。もっと、日常的に、「国境」に囚われない、支援も、非難も、行われるべきなんだと思う。

どう言う「世界」を目指すか、それは、世界中の若い方々に委ねたい。(僕は、歳を取りすぎた。)え、中国?あそこは、「世界」を「共産党一色」にすることが国是だから、そうした風潮から除外していい、つまり、非難はしてもそれ以上は深追いせず、一方的な主張をしたら、よってたかって叩き潰し、災害が起きたら、そこそこ援助する、つまり、適当にあしらいながら、みんなで、生きやすい、住みやすい「世界」を作りましょう、なんて言う流れからは、除外してもいいと思う。

どんな「内政干渉」が許容されるべきなのか、それも、世界中の若い方々に、ネットを通じて議論していただいて、今現在のコンセンサスを形成して欲しいな、なんて、強く思う。そのための、プラットフォームとなるようなWEBページを提供できないのは、SEの自分としては情けないけれども。僕にはもう、カネもないし、動く自由度がない。志のあるどなたかに、委ねます。

夜の街

小池都知事が、結構一部のネット民から叩かれてる。
「夜の街」にマイナスのイメージを植え付けようとしている、と。僕もそのクチです。
反論があるなら、メールを入れてもらえたら、いつでも出張して(相手先のサイトで、私の実名や住所を晒して)、アウェイで議論に応じます。

考えてみて欲しい。感染者が集まっている医療現場ですら、「クラスターが発生した」ことがニュースになるくらいだから、どれほど感染者が集まっていても、新型コロナ程度ならまだ、ケアをする立場の方々も(無論、確率が高いから中には感染する医療関係者もいるけれども、)感染しない方が遥かに多いのが現状だと思う。

要するに、適切な対応さえすれば、全ての経済活動を再開したって、感染は押さえ込める、という解釈ができるだろうと私は考えますが、間違っていますか?
(ところが、こうして言葉にしていても、「適切な対応さえすれば」という、たったこれだけの部分を、完全に無視する方、とか、「無条件に大丈夫」という勝手な解釈をする方とか、多いのは気になる。)

その「適切な対応」が、マスクだけだったり、フェイスシールドが必要だったり、防護服が必要だったり、状況によってレベルが違う、という、それだけのことだと思う。

「夜の街」や「若い人たち」が、新規感染者の多くを占めている。何を意味するか。

「夜の街」や「若い方々」の中に、「適切な対応をしていない人が多い」という実態がある、ということだろうと、私は考える。全員がマスクを着用していれば、相当に感染を押えられるのに、都市部なのに(私は、ここのところ、池袋しか知りませんが、)マスクをしていない若い人をそこそこ見かける。

マスクをしていないことが問題となるのは、大都市だからだと断言する。うちの近所。日中だったら、財布を落としたって、5分かとか10分で戻れば、おそらくそのまま残っている。誰も歩いていないから。池袋でそれがあるか、という歴然たる違いがある。うちの近所だと、マスクしていない人もかなり増えたけれども、そもそも、「密」にする方が難しいくらいの土地柄だから、環境要因を考えたなら、マスクをしていなくても、感染させるリスクはかなり低いけれど、大都市は違うでしょう?その違いがわからない、理解できない人は、「もう大丈夫」だと思って、池袋なのに、マスクを外して街を出歩く。そもそもの昼間人口が多いから、そういう人たちは、比率としては数%だとしても、結果的に、飛躍的にリスクが高まると思う。

夜の街も同様。適切な対応をして営業をしているお店も多いだろうと思うけれども、おそらくね、マスクをして顔を隠すと営業にならない、客は顔を見にきているのか、密になりたくて来ているのか、そういう客のニーズに応えるために、「体を張って」いるんだろうけれども、感染確率が高いという、そのままの結果が出たということだろうと思う。

せめて、客にフェイスシールドを配布して着用させるとか、あるいは、居酒屋で宴会をやるにしたって、マスクを外すならフェイスシールドを着用するとか(フェイスシールドの話題の話題を持ち出したのは、たぶんこれで4回目)それを徹底すれば、その店からクラスターが発生する確率は相当に下げられるだろうに、そんなことはしない。

営業を自粛しなかったパチンコ店の名前を公表したら、かえって客が集まった、なんていう話も聞いた。夜の街も、同じだろうな。フェイスシールドをつけたがらない、つけさせない発想は、別の種類の夜の店でコンドームをつけたがらない客のニーズに応えるのと、一緒なんだろうと思う。(まったく、その辺の事情はわかりませんが。)そうやって、「夜の店」で感染した人が、昼間、職場でも無頓着に、気配りをしていなければ、その人が勤務する職場でクラスターになる。

「確率の高い原因から潰す」のが、鉄則だとしたら、小池都知事が「夜の街」を執拗に名指しするのは、まったくの正攻法だと私は思う。感染した方々を隔離したり、隔離されている間の治療やケア、食と住を提供するのは、国か、または都道府県ですからね。

僕が、マイナンバーカードをまったく信じないのは、技術的な見落とし云々以上に、「権限」を持って、そうした他人のマイナンバーカードの情報を読むことのできる、役所(国から、市区町村レベルまで)のヒトを100%信じ切ることが、どうしてもできないから。
僕が「夜の街」を危険視する発想も、それに近い。ボッタクリバーの話はよく聞くけれど、そういう営業をしている人たちが、客の感染には配慮すると考えることのできる方の脳味噌には、お花畑が広がっているに違いない。

ほとんどのお店が、きちんと対応していたとしても、そうでない人たちもいる。特に、新宿に多いだけでなく、池袋でも似たようなところが増えてきた、ということなんだろう。(そして、埼玉県民が感染して、埼玉に持ち帰って、種を撒く・・・)ほんの数件でも疑わしい事例があったら、十把一絡げで、全体が「いかがわしく」見える、なんてのは、よくある話でもあるし、外から見分けがつかないならば、「全体」を疑うしかない。それが「夜の街」発言の根底にあると、僕は思う。

今日の夕方のテレビのニュース。共和党の選挙戦の映像が流れていたけれども、ほとんど誰もマスクをしていない。あの映像は、タルサの時のものだったのか。確か、共和党も選挙運動を見送るというニュースをみた記憶があるけれども、まさか、再開していないだろうな、なんてことは思う。
もし、タルサと同様の選挙戦を全米で繰り広げるならば、間違いなく、大統領選挙が行われる頃には、アメリカの新型コロナによる死者数は、第二次世界大戦での米兵の死者数を上回ると断言する。それがトランプの望みなら、そんなことは起き得ないと盲信するなら、勝手にやったらいいとも思うけれど。

いっそのこと、新型コロナの「後遺症」について、何が起きているか、全身スキャンで調査して、年齢ごとに何%くらいの確率で「多臓器不全」が起きるか、公表すべきじゃないか?(いえね、私はもう、新型コロナの後遺症は、脳も含めた全身多発性の梗塞(部分的な壊死)だと、決めつけてますが。根拠もなしに書けるのは、学術論文ではないから。信じるか信じないかは、あなた次第。否定か肯定かができるデータが調うかどうかは、厚生労働省次第。)

非医療関係者への説明を加えるなら、一般の方が「心不全」と聞くと「死因」のように思われると思うけれど、「慢性心不全」という病名(なのかな?)というか、状態が存在する。「多臓器不全」も、死因としてニュースで見聞きすることが多いけれども、新型コロナの後遺症として「慢性多臓器不全」は、おそらく、人工呼吸器を装着するレベルまで重篤な状態に陥って、そこから回復した方々の中には、10%を超える確率で存在している気がする。
そうした方々には、慢性症状に対するケアが必要な方も、多いんじゃないかとも思う。たぶん、国家予算の支出に関しては、国会などでの議決なのか、承認なのか、何か必要になるんだろうけれど。
だから、「正しい防護策」は、業界団体など、あらゆるルートを通じて、徹底すべき。

例えば、脳卒中なんかだと、「生活習慣」とか「自己責任」が問われる。それが、職場の誰かが「夜の街」中毒で、行かずにはいられない感じで感染し、職場でクラスターが発生しました、その結果、後遺症を抱えてしまうことになりました。そういう場合には、どうしたらいいんだろうか。その「夜の街」が好きな同僚相手に損害賠償の訴訟を起こす?その人が入り浸っていたお店?国を相手にする?感染症だから、「自己責任」でないのは明らか。
対策をせずに営業をしている店が相手だったら、そういう店と、客(同僚)の、両方を訴える、っていう感じになるんだろうか。

その業界団体が「この店は安心ステッカー」を用意したって、うっかりしたら、知人の店から借りてコピーして、そのカラーコピーをお店に貼り付けて、「この店は新型コロナ対策万全」みたいに偽装するかも知れない。そういうステッカーを用意するなら、QRコードか何かを入れて、スキャンしたら、webページ経由で「この店は対策万全」というのが見られるくらいにしないと、安い対応策だと、すり抜けられる気がする。

長くなった。終わり。

画面共有

バグっちまった。
ポップアップを共有するために、Pythonのプロトコルを使って、クラスの違う変数を合わせ込んだ。

その後で、項目間の関連性がわかって、値の設定要件を変更した。
ところが、一方では必須のパラメータの一つが、他方では例外的な場合しか使わない、そういう設計をやっちゃっていて、IntegrityErrorを吐かれてしまった。

not nullの属性値に、nullが入っている。nullはnullで意味があって、さてと、どうしましょ。
画面をごっそり、書き直す?変数の合わせ込み?データベースの作り替え?(また、やるの?やっと終えたばかりなのに?)if / elseの組み合わせでかわす?

最初に全体像が頭に入っていないと、これだ。パッチワークで済ませると、また、さらに悲惨なことになりそうな気がするし・・・
骨格を作り替えると、また「玉突き事故」ならぬ「玉突きバグ」っていうか、連鎖バグが出てくる。でも、たぶん。俺がまだ把握してない「例外」が、後から出てくるんだろうなぁ。

じゃぁ、画面周り、ほとんど同じ画面をコピペで新設するか?ただ、画面遷移のパッチワークが、そこそこ入り組んでる。この画面から、ここに飛ぶように、ってな追加話が結構あったし、最終でも追加要望がかなり出ている。ここでもしこたま、「玉突き」を起こしそうだし。

よほど、考え抜かないと・・・
なんだか、もう、「気合」のリザーバも、すっからかんで・・・何かドリンク飲んで、「よし、やるぞ」ってな感じにならんかなぁ。どれがいいんでしょ。ユンケル?リポD?赤まむしドリンク?・・・お茶でも一緒か。

朝っぱらからもう、ページ更新以外に考えることないのか・・・(ぶつぶつ、ぐちぐち・・・)
固まった。散歩してきます。

泉佐野市

ふるさと納税制度は、いい制度だと思った。
大都市圏と、地方との税収のアンバランスを解消して、均衡の取れた国家を再生するためには、必要な制度だとも思った。
「本来の趣旨」は、「不均衡の是正」にあったと思う。

ところが、どういう拡大解釈なのか、商品券を返礼品にする、なんて、全く本来の趣旨に反する。
もし、そうした「拡大解釈」を完全に封じようとしたなら、これらの法令の条文はどうなるか。もう、細かすぎて、それこそ、コンピュータのプログラムを普通に読めるくらいの、法律の条文解釈のスキルがなければ、思い通りの「制度の活用」ができないくらい、面倒臭い「制度」になっていた、そんな気がする。

そこは、人間と、コンピュータの違いだと思う。
人間は、目先の「ルール」だけではなく、その奥にある「趣旨」を理解して、協力して、制度を活用しようとするだけの知恵がある。その知恵が備わっている人たちが多い、というのは、いわゆる「民度が高い」ということでもあると思う。その文脈で言えば、泉佐野市は、民度の低い自治体だ、ということになるんだろうとも思う。もしくは、常識のない自治体なのかも知れない。そうした非難を浴びることを覚悟で、捨て身で金儲けに走ったとしたなら、それはそれで、評価してもいい。だけど、やっぱり、民度は低いと思う。

それでも、ルールはルールで、「解釈」によって本来の趣旨に背く行為を禁止するべき、細目は条文に盛り込む必要があったのに、それをしなかったのは、総務省にも不手際があったかも知れない。

制度を制定する側は、「自分のことしか考えない、制度をスポイルする」ような、そうした民度の低い人たちの存在は、常に意識する必要があるのかもしれない。でも、基本は、できることなら、誰もが、みんなが豊かになろうよ、という、集団の、全体的な利益を考えられるような社会であって欲しい、とも思う。

ずっと、気になっていたけれども、書かなかった。新型コロナの専門家会議で、「無症状の感染者が、他人に感染させる可能性は、否定できない」という感じの発言を、「議事録から削除」しようとした。これは、厚生労働省。

その「意図」は、やはり、「理解度の低い、本来の意図など考えず、訳もわからずに不安になって、大騒ぎして、パニックを起こす人たちが、一定比率いる」という、行政側の判断が根底にあったのかも知れないけれども、それでも、「議事録」というのは、自然科学の「実験ノート」と同じで、どんな失敗であろうと、ありのままを正確に記録しなければ、意味をなさない、そうした「記録」なんじゃないか、という気がする。

気持ちは、わからなくもない。泉佐野市みたいな存在は、必ずいる。
ですけどね、やっぱり、もう、そういう、あざとい人が、あるいは、本来の意図を理解できずにパニックを起こすような人がいたとしても、やはり、「記録」は「記録」として、正確に残すべきなんじゃなかろうか。

なんだか、話題の「トリガ」が表題になっちゃっていて、「主題」が表題になっていない、そんな気もしたけれども、もう、言葉を発するのは、これが限界。今度こそ、寝る。

循環器疾患の位置付け

新型コロナが、単なる風邪か?とんでもない。

一旦、血液に入ったなら、全身に拡散して、もしかしたら、赤血球とか血小板とか、そうした血液細胞を変性させたりしていないんだろうか?もうちょっと、想定範囲を広げないと、新型コロナへの対症療法の確立も難しいんじゃないか、っていう気がした。

コロナ後遺症

新型コロナの感染後遺症に苦しむ人たちの、医療費負担額の話題が、NHKのニュースで流れていた。

思うに、コロナ感染にも、「自己責任」による部分と、「不可避」だった場合とが分かれる気がする。
これだけ騒がれているのに、ホストクラブとか、カラオケとか、そうした場に出入りした人(自発的な注意をしなかった人)や、大した配慮もせずに営業を強行している人たちと、気をつけていたのに、注意しながら真面目に必死で仕事をしていて、職場で感染した人、などとを、同格に扱うのは、おかしい気がした。他人に感染させるリスクなんて、全然考えていなそうな若い方々を、多く見かけるもの。おかしい。変だ。
それは、別の話題として。

第一波の感染拡大の最中に、ネットニュースで流れていた。新型コロナの感染症では、体内の各所に血栓形成が見られるらしい。特に、40度以上の発熱などを経験するほど、全身疾患の状態を呈した方々は、多くの臓器にわたって、単なる塞栓症ではない梗塞を起こしていて、脳も含めた多臓器不全に近い状態を発症している気がする。
梗塞が微小だと、「この臓器の不全」というのが特定しにくい、そうした状態にある気がする。

たぶん、だけれども、MRIなんかで、全身の血流や、全身の壊死部分、というか、梗塞による細胞死を起こした領域の画像を採取したら、後遺症に苦しむ方々は、全身に「多臓器不全」を起こしているんじゃないか、という気がする。
なんだか、DICから線溶系の賦活を引き算したような現象が起きている気がする。

それを想定したなら、呼吸器学会が声を上げるというのは、片手落ちで、感染症の学会などが全身性の疾患として捉えて、(たぶん、国庫からの支出がなければ、徹底した調査は難しいと思うけれど、)全身のMRI検査などを通じて、新型コロナが、全身の臓器にどんな「後遺症」を残す性質があるのか、調べる必要があると思う。

わかりやすい書き方ができなかった。ごめんなさい。眠い。以上。

優先順位

気になる、って言えば、庭の伸び放題の雑草に、伸びたい放題の梅の枝、キウィの枝、などなど。
だけど、手を出してる余裕がないから、見て見ぬ振り。
気にしない人は気にしないから、気になる人間がやるしかないんだけど、余裕がない。

マスクもつけずにおしゃべりしている若い人たちがいても、そんなのはお構いなし。
都なのか区なのかわからんけど、支給の制服着用で、路上喫煙を取り締まる人たちが、あちこちを巡回している。
池袋周辺。きっと、路上喫煙者の撲滅は是が非でも達成したいけれど、コロナの蔓延は容認するつもりなんだろう。

僕も、優先順位の付け方は下手。
だけど、下には下がいる気がする。

リボ払い

ごちゃごちゃと郵便物を整理していたら、日付が変わっちまった。

昨年末、Macを入浴させちゃった後に車検があって(本当に、外車って金食い虫だ、手放しゃいいのに、親父の思い出やら、買い換える金も決断力もないのとで、あのガソリン食いにまだ乗ってる・・・)リボ払いに突入した。

普通だったら、ちょっとまとまった入金があった時に、一気に返済して、そんなに金利が気になるほどではなかったのだけれど、実質20ヶ月、入金がない感じで(仕事はしてるんだけれども、相次ぐ「仕様変更」に振り回されて、まさしく、Moving Goal Postっていうか、シュートを蹴って「これで決まった!」と思ったら、ゴールポストがいきなり数十メートル引越ししている感じが、ずるずる半年続いていて、)さすがに、泥沼って来た。まだ「地獄」っていうほどじゃないけれど。
(このページの主題は、某国の謝罪要求の話題ではありません。)

明細を見ると、そんなに元金が膨らんでいる訳でもないのに、結構金利部分の比率が大きい。
以前書いたことがあった気がするけれど、サラ金から借りて、思いっ切りドツボったことは経験している。もう、30年近く前。10万円返済しても、そのうち元金は3〜4万円程度しかない、そんな感じだった。最悪膨らんだ時の元金の比率は、もっと低かった気がするけれど、自分でもあまり思い出したくない記憶なんだろう、鮮明な記憶がどうしても辿り切れない。ただ、この数ヶ月で、なんとなくその頃のことを思い出す程度の比率にまで膨らんでしまった。(あの、Moving Goal Postだけは、なんとかしたい。さっさとケリをつけて、黙らせたい。)

これ、明らかに、テレビでもラジオでもCMを散々流している「過払金請求」の対象には、なるんだろうな。今のところ、抜け出す目処が立っていないから、まだ申し込みをする気はないけれど、とにかく「一気に返済」ができる目処が立ったら、この「過払金請求」に申し込もうと思っている。

ふと思った。僕が使っているのは、日本でも明らかに一位か二位のレベルのクレジットカード会社。堂々たる「表の顔」を持っている会社であって、「闇」じゃない。その会社が設定する金利なのに、なぜ、訴訟を起こして過払金を請求できるような水準の金利を設定しているんだろうか。訴訟を起こせば過払金を取り戻せる、っていうことは、法律に抵触している水準だ、っていうことでしょ?それなら、最初から合法な水準の金利にしてくれていたなら、こんなにも苦しまなくて済むのに。

財務省は、何をやっているんだ!って、麻生さんだもんなぁ。こんな経験、絶対にしないだろうなぁ。秩父鉄道の「大麻生」駅くらい立派なお方だし。期待するのはやめとこ。

それにしても、「法律に抵触する」レベルの金利設定を、押しも押されもしない大企業が普通に請求してくるって、日本の社会は変だよなぁ、なんて気が、ふとした。

治安維持法

中国が制定した「国家安全維持法」に、どうしても治安維持法が重なる。
1925年制定。そして、1945年、大日本帝国敗北、消滅。その20年に何が起きたか。

当時の軍部には、「欧米なんか、怖いものか」という過信があったに違いない。それが、国際社会軽視を後押しした。
1931年、大日本帝国は国際連盟を脱退。満洲国設立を国際社会は認めなかった。当時のタイムスパンで、6年後。

遺骨収集の際に、パプアニューギニアで、当時のことを知る長老たちから、随分と話を聞いた。

「イクオ、聞け、日本兵には、3種類いた。リククム、カイクム、ケペイタイ」陸軍、海軍、憲兵隊。憲兵隊は、情け容赦なく兵隊を殴りつけた。彼らはとにかく凶暴だった。らしい。

こんな感じか。

https://news.tv-asahi.co.jp/news_international/articles/000187399.html
中国軍が香港で軍事訓練 市民らの抗議活動けん制か

相手が丸腰かどうか、なんて、一切気にしない方々だったらしい。軍人が出てきたら、もはや「治安」もクソもない。統治ではなく支配だろうと思う。
似てる。とにかく、似てる。

憲兵は、同胞に対してすら拷問し、獄死させても罪を問われない存在で、それは海外でも同じだったようだ。

戦時中の日本人の「蛮行」を非難する中国、韓国の方は多いけれども、「憲兵」と「それ以外」を区別して語る方は、ほとんどいない。伝聞なんだろう。おそらく、「憲兵」の振る舞いを正確に説明できる方々は、特に韓国では沈黙せざるを得ない状況なんだろうと思う。私は、「憲兵の振る舞い」が即、「当時の日本人の蛮行」としてその部分だけが一人歩きして語られている気がする。
もはや、韓国に対して誤解を解きたいとは、なぜか、カケラも考えていないけれど。

とにかく、残虐だった。今や、「人民解放軍」がそんな感じか。

https://news.yahoo.co.jp/articles/7d5be0c02eecb0c2cc6f5a1e6fc1a0251b2e79ce
「中国式法治」押し付け 出先機関に特権的地位 香港国家安全法

香港特別行政区は成立23周年の誕生日プレゼントを受け取った

なるほどね。きちんと、お礼をしてあげないとね。できれば、明日にも、お礼をしないと。それが無理だとしても、せめて、年内には。

習近平の次は要らない。本人も、次が誰かは全く考えていないらしいし。要するに、自分が最後でいいと思ってる訳だね。

当人が、自身のやりたいようにやった結果として、当人の意図しない結果に導かれる、なんていうのは、案外、結構起きるものなのかも。ちょうど、トランプが、アメリカの人種差別に関する大きな変化のトリガになったように。

どーでもいいけど、戦争裁判での憲兵、大変だったみたいだ。

遅い朝飯。10時には事務所に戻れたから、今日は早い方かな。(これ以上書くと、問題があるので・・・)

で、例によって例の如く、テレビを見ながら朝ごはん。
「顔のしみ」を目立たなくする化粧品のCMをやってた。この時間帯のCMって、こんなのばかり。

ふと思った。そう言えば、顔に痣のある女性を知っているし、(なんの事故だったかは聞かなかったけれど、)顔に傷のある女の子が同級生にいた。気にしていたのか、いなかったのか、子供の頃からのコンプレックスなんていうのがあったのか、なかったのか、話題をそこに向けたことはなかったけれども、一応、想定としては「あったかも知れない」という前提は、自分の中では持っていたと思う。顔にあるホクロですら、コンプレックスの材料にしちゃう男子(同級生)もいたけれど。

そう言えば、僕の顔にも、割と大きめなホクロはあります。(この年になって、一つはかなり小さくなったけれど、)小学校の理科の授業で、星座のところで「冬の大三角」とか「夏の大三角」とか習った後の休み時間に、僕の顔のホクロを「顔の大三角」とか言って、(なんか、サインペンみたいな奴だったかなぁ)三角形を顔に書き込んでくれた奴がいた。米屋の息子のSだったか、Sと仲の良かったIだったか。二人のうち、どっちか。(だからどうこう、っていう訳じゃありません。僕も「やめろよ」とか言いながら、面白がってたし。)

話を戻して、50代、60代になると、「男の顔は年輪」とか言う。どういう人生を歩んできたか、顔に刻まれている、とも言われる。だから、顔に自信が持てないということは、自分の生きてきた生き様に自信が持てない、ということになるんだろうか。だったら、女性はどうなの?テレビCMで見る限り、肌の艶だとか、ハリだとか、しみだとか、しわだとか、そんなのばっかりが話題になってる。そうか。女の生き様の価値は、皮膚の状態なのか?

僕の同世代の男性、若い男子の「化粧」に抵抗感がある方も少なくないみたいで、(抵抗感のない方もいらっしゃると理解しているけれど、)「中身よりも、見てくれか」という一言が、喉まで出かかっているような気がする。今や時代は、中身の有無じゃなく、映え(バエ)の時代ですからね。ギンギラギンに映えているなら、銀蠅(ギンバエ)とか・・・(トイレが水洗になって、最近、見かけなくなった。)

顔にアザとか、傷とかがある女の子。あるいは、表現は微妙だけれども「あの子、可愛い女の子だね」とは、なかなか言われ難い女の子。その子たちは、こういうCMを見て、どう思うんだろうか。

僕の親戚の女の子ですけどね、高校時代に「私の一重まぶたは、嫌いだから、二重まぶたに整形を受けたい」とか言い出したらしく、親から相談されて、本人とちょっと話したことがあった。結局、思い止まったのかな?後日談は聞いていないけれども、そんなもん、親戚としてはというよりも、身内としては、ほとんど気になんかしていない。ありのままで、十分に魅力的だったと思っていた。だけど、本人の意識の中では、「この一重まぶたが二重だったら、人生が変わるのに」と思っていたに違いない。今はもう、子供がいる。今度あったら、「あの時の話、覚えてる?今、どう思う?」って、聞いてみようかな。

化粧品のCM。産業規模としては結構大きいらしいから、全否定なんかいたしません。ですけど、傷とかアザとか、顔にコンプレックスのある女の子が、あのCMを見ていたら、どう思うかな?そんなことは、ふと思った。今、小学校も「時差」みたいだし。

で、以前の僕だったら、これでこのページを終えていた、と思う。
師匠の講演会で、考えさせられた話題がある。

周囲は自分をどう見るか。そして、それによって、自分の生活とか行動に、どんな影響があるか。そこも、考える必要があるのかも知れない。
自分が女性だったとして、自分の周囲のヤローどもが、顔の造作とか、皮膚の状態でしか自分を値踏みしない、そういう人たちばかりだったとしたなら、それによって、できるはずの仕事を任せてもらえないとか、それはさすがに、残念な気がする。だとしたら、必要最低限、相手に不快感を与えない程度には、化粧とか、あれこれ整えたりとかして、相手に接するということも、翻って自分のために、大切なのかも知れない。(女性って、大変だ。)

私の場合には、周囲が自分をどう見るか、なんて、気にしなさすぎ、だった気もする。男の場合には、スーツとか、靴とか、髪とか、そういうことなんだろうか。幸い私はまだ、地毛ですが、だいぶ、あちこち白くなってきた。左の分け目なんかは、相当に薄くなってきたけれど、この辺には手を入れるつもりはない。ただ、ボサボサなのは、ちょっとなんとかして出かけるようにしないと、とは(最近は多少、)思っている。
テレビのバラエティで、「爆発現場」から出てきた男性の髪型、みたいな感じで、そのまま電車に乗っちゃったりもしてましたから。

外観「も」見る、ならいいけれど、外観「しか」見ない人も、結構多いですものね。
難しいね。でも、女性であっても、シワとか、シミとかであたふたするのではなく、小学生とかの女の子に「顔は、女の人生の年輪だからね」などと、堂々と答えるような大人の女性がいたら、そちらの方が魅力を感じるかも知れない。

そして、案外大切なのは「顔」のパーツそのものよりも、「表情」なのかも知れない。表情なんて、それこそ内面がそっくり出てきている感じがするし。表情は、化粧できませんしね。

おっと、化粧品業界の皆様、決して、喧嘩を売ってるつもりはございません。前言撤回するような内容を書いているつもりはありませんが、気に障ったら、どうかご容赦ください。長くなった。以上

教条主義

問題を矮小化しすぎるとか、怒られそうだけれども・・・
卵かけご飯には、醤油以外はあり得ない、なんて、強硬に主張している人に、何を言っても無駄。
視野狭窄を起こしているから、客観視すらできない。

某国共産党がまさにそれだと、僕はおもう。教条主義に凝り固まった宗教関係者と全く同じ。近いところで言えば、オウム真理教の残党と全く一緒だという気がする。

南沙諸島や西沙諸島への進出は、領有権を主張した時点で、環境保全の義務を負わせたらいい。

海中に浮遊する、プラスチックゴミ等を、国連加盟国は、自国の領海内については排除する義務を負う、とか(日本も大変だ!)、二酸化炭素を吸収するサンゴ礁は、保全する義務を負う、とか、地球環境保全のための合意に基づくなら、全ての国が負うべき義務は、数えきれない。もし、サンゴ礁を破壊して軍事要塞を造っちゃったのなら、破壊したサンゴ礁に匹敵する海中内海底面積にサンゴ礁を養生する義務を負わせたらいい。
広大な領海を主張したいならば、その広大な領海の環境保全を行えばいい、それなら、領有権を主張しても構わない。

領有する国土面積に比例する体積の、二酸化炭素の吸収政策を行う義務、なんていうのもいいかも知れない。さすがにこれは無理があるとは思うけれども。(はい、暴論です。わかってます。)

もはや、人間の手では某国共産党を止められないならば、あとは地球に委ねるだけ。歴史が物語る。間違いなく、答えを出してくれる、と僕は信じる。地球を守ろうという意識があるならば、おそらく、地球も我々を守ってくれる。森林なんか伐採したらいい、サンゴ礁なんか埋め立てて軍事基地にしたらいい、そういう意識があるなら、棺桶の山を造って、人類を地球上の他の生物の栄養にするだけ、なんだろうと思う。どこの国が先頭に立とうとしているかは、あえて書かないけれど。

某国共産党は、海外にマスクや防護服などの「援助」を行って、多くの国を「支援」しているというそぶりをしている。ただ、実態は「貸し」を作って、現地政府を傀儡にすることが目的だから、時間の問題で牙を剥き出しにすると思う。そうなった時に、なんていうんだろう、日本では「徳政令」なんていうのがあったけれども、一切の「借り」をチャラにする(法的根拠?相手国の民主主義を踏みにじるようなやり方で、借款を行った国家が有する借款については、返済義務を一切負わないことを認める)なんていう、国連決議でも出したらどうかしら。借金をしている国々は、どれほど借りを作っていても、そうした決議には賛成に回ると思うな。(とにかく暴論だなぁ、暴挙には暴論でしか返せない。正論を探すのは、なかなか難しい。)

その某国は、軍事力のアピール動画を流したらしい。軍事力を、行使できるものなら、してみたらいい。行使した時点で、人類の敵になると思う。
どこかの地域が、これまで自由に経済活動を行ってきた、その資本を「民主主義の地域」に逃すなら、日本は受け入れ表明していたと思うな。

やりたいようにやらせておいて、その行為によって、自分で自分の首を締めさせる。そういう方策は、経済にしても、環境にしても、二つや三つはありそうな気がする。(探すのが大変だけど。)

僕は、地球さんがそうした「人間の権利」や、「地球の環境」を守ろうとする人々を、きっと応援してくれると信じる。逆の言い方をするなら、人類の暴挙、地球環境も、ヒトを尊重する意識も、そうしたものを蔑ろにする国や人々は、存続できないところまで、追い込むと思う。既にはじめているなら、エスカレートするだけ、だとも思う。本命が第三波なら、第二波にも期待する。

神様なんかいるのか、なんていう話よく聞く。僕はいらっしゃると確信しているけれども、如何せん、我々下っ端の人間にとって、「神」とも言える方々のタイムスパンは、桁が違うから、数年でどうこう、なんてことは、たぶん無理なんだろうな。ただ、準備に時間をかけて下さってるとしたなら、変化が起きた時は、桁違いのスケールで一気に変化がもたらされる、そんな気がする。

百万ドルの夜景というか、東洋の真珠というか・・・終わっちゃったね。日本も手を上げているけれども、資本も人材も、受け入れ先は多いと思う。近場では、台湾かなぁ。

自由であろうとするなら、土地に縛り付けられる必要はない。捨てたらいい、それだけだと思う。「故郷を捨てざるを得ない」ような行為をした相手は、きっちりと、償いをすることになると、僕は信じる。
(ただ、シリアもそうだけれども、タイムスパンがなぁ・・・)