マスク

昨日、というよりも、日付が変わって一昨日、マスクのゴム紐が、付け根から取れた。一限目の出来事。

実は、先週も、二限目に切れた。その時は、学生の一人が「先生、予備のマスクがありますけど、使いますか。」と、申し出てくれた。別の学生がホチキスを取り出して、言葉は発さなかったけれど身振りで招いてくれた。僕は、「ありがとう、お願いします。」とホチキスの学生の方に、ゴム紐の付け根の部分を固定してもらった。(実はこれは、よく考えてみたら、アウト!)

先週の経験があったから、一昨日はポケットに予備の布マスクを入れていた。それで、すぐに予備の布マスクに付け替えて授業を続けた。

とにかく、一コマ、喋りっぱなし。話しているうちに、マスクがズレるから、真ん中を摘んで引き上げて、続けているうちに、いつの間にか、チョークの粉がマスクのど真ん中に付着して、使用頻度で言えば、白の次が黄色、で、マスクのちょうど口のあたりが黄色く着色されてくる。トイレで鏡を見て気づく。
まるで、黄色い痰を吐いて、それが表面に滲み出ているかのような「黄色」が口のあたりに着色されている。どう考えても、これって、誤解を招くようなと思いながら、午後の授業では付け替える。午後は、ホワイトボードなのでチョークの色は付かない。結果的に、朝、東京につけていったマスクは捨てて、帰りは別のマスク、というパターンが、(黄色が目立った)3回ほどあったか。

一昨日も、一限目にマスクの紐が取れて、予備の布マスクの口のあたりが黄色くなった。これって、微妙だよな、なんて思いながら、昼休み、タバコを吸うために外に出た時は、まだあまり汚れていない朝のマスクを、(一昨日は自分でホチキス止めして、)つけて街に出た。布マスクは事務所に置いてきた。
そうしたら、タバコを吸うためにずらそうとした途端に、別の付け根が取れた。一つのマスクで二箇所。予備は持っていない。
えぇと、マスクを口で加えて、ゴム紐で固定されているかのように偽装して、街を歩いて事務所に戻りました。両方とも同じロット。

学校の事務所に寄って、「すみません、ホチキスお借りできますか?」と受付の事務の方に話しかけて、「マスクの紐が取れちゃったんで。」と言ったら、少しの間があって、「衛生用品ですから、新しいのをお渡ししますから、そちらをお使いください」とマスクを一枚出していただいた。そのマスクを、箱から出して私に手渡す際に、「一応消毒しますね。」と、アルコールの小さいスプレイで手を消毒してから箱から摘んで出し、僕が「たぶん、大丈夫だと思いますが」と言ったら、「もし、私が感染していたらということがありますから」という感じのことをおっしゃって、おニューのマスクを一枚、渡してくれた。
いや、学校の対応が徹底しているなぁ、ということも無論ある。けれども、「日本人って、ここまでやるんだよなぁ」と、ちょっと感動した。パプアニューギニアでは考えられない。

さらに言えば、僕自身の無頓着さに気付かさせられた。あれこれと偉そうに書いている割には、自分のやっている行動の意味がわかっていない。
僕(ら)がマスクをつけているのは、万が一自分が感染していても他人に感染させないため、の方が、メイン。どこかの劇場じゃないけれども、飛沫がエアロゾル化して空気中に漂っていたら、普通のマスクだと、まず、防御しきれない。

自分の飛沫が周囲に飛散しないためだから、マスクの中央を摘んで位置を直す、これ自体は(手指消毒さえするなら)問題ないはず。問題だったのは、学生にホチキス止めしてもらった、その行動。僕が万一感染していたなら、僕からその学生にうつしてしまう危険性があったはずで、予備を持っていないならば、「予備があります」と言ってくれた学生の行為に甘えるか、または、授業を中断して、事務室まで取りに戻る、という、いずれかが正解だったと思う。
そうなんだ、素手でのマスクの手渡しすら、実は、かなりリスクがあったんだろうと思う。

僕は「いい加減」だったけれど、誰もがこれだけ気配りしていれば、これ以上の感染拡大はない、と思うんだけれども、やっぱり、無頓着な人たちは(おっと、偉そうなことを言える身分か?)あろうことか、マスクなしで、周囲に人がいるのにおしゃべりして飲食したり、って、やっちゃうんだろうと思う。演劇の役者って、やはりマスクはつけられないんだろうなぁ。だったら、講演中心にすべきじゃなかろうか。喋っていたら、かなりの勢いで飛沫は感染する。おそらく、カラオケも同じだし。

GoToキャンペーンもそうだと思うけれど、「意味がわかって、なおかつ、十分に配慮をしている人たち」がほとんど、なんだろうけれど、(ほぼ、20年近く教員をやっていて、確信を持って言えるのは、)事業再開の「条件」なんて一切気にせず、「再開できる」=「なんでも、今まで通りだ」的な発想の人たち、特に若い方々は、結構いると思う。「前提条件」とか「ルール」なんて、通じていない人たちもいて、何かが起きてから「考えてもいませんでした」という答えが返ってくる感じじゃなかろうか。

https://news.yahoo.co.jp/articles/30f22f4c96004173ffb23a399790baa88e5e291e
新型コロナ「後遺症」 厚労省が実態調査へ、2000人対象

可能であるならば「無症状」のまま、あるいは「軽症」のまま陰性に転じた人たちも、一定比率調べるべきなんじゃないかな、という気がする。

もしかしたら、だけれども、肺とか腎臓とか(新型コロナが、全身に塞栓をつくることは知られているので、)仮に20%とか損傷してダメージがあっても、その程度だと「自覚症状」が一切現れなかったりするんじゃなかろうか。長距離走とか、体に「普通じゃない」負荷がかからない限り、本人が「無傷」だと思っているだけの可能性が、案外あるんじゃなかろうか。
若いうちは問題ないけれど、歳をとってから、なぜか疲れやすくなったりして、何十年も経ってから、調べて初めて、コロナによる「無症状」は、実は「無損傷」ではなかったことがわかる、なんてことが、起きているような気がする。
せっかく厚労省が調べてくれるならば、「無症状」の人たちは、本当に「全くの無損傷」だった、ということを、確定的に、統計的にも意味のある形で調べるのが得策だ、という気がする。

今回、劇場で確認されたクラスター。十中八九、エアロゾル感染だという気がする。役者はマスクをつけて舞台はできない、だろうなぁ。だとしたら、「劇場」なんかの「換気効率」を、本職の住宅アドバイザーなんかに確認してもらって、建物の「構造」そのものに、実際には空気が入れ替わらない原因があるとしたなら、そうした劇場は、「無期限の自粛」依頼にすべきだ、という気もする。

何よりも、「無症状」が「無傷」なのか、そうではなく、実際には、あちこちに悪影響が出たのに、「無症状」というくくりになってしまった、ということも、考えるべきだという気がする。そして、「無症状」の人は、内臓にも一切悪影響は残っていません。という結果になったなら、それも公表してほしいいし、残念ながら、「無症状」でも「内臓へのダメージ」は、残っている人が多いという場合には、いうまでもなく、「感染して無症状」でも、「それは、内臓へのダメージが皆無だったことを意味する」訳じゃないよ、と、特に30代未満の方に警鐘をならすべきなんじゃないか、という気がする。