尊厳

決して、中国人を非難しているのではない。中国人も韓国人も、知人として友人として、日本人と同じように、その人個人の個性を感じながら、お付き合いさせていただいていたと思う。

「日本にひざを屈した」中国メディアが周庭さん酷評
https://news.livedoor.com/article/detail/18717640/

ただ、この表現、一体どこから湧いてくるんだろうか。「膝を屈する」??普通に立っているじゃない。そもそも、この表現が出てくる発想が、私には理解できない。

誰もが、誰に対しても、胸を張って堂々と、自分の意見を述べ、相手の意見を聞き、相互の意見を交換したらいい、ただそれだけの話なのに、自分の意見を自由に述べることを禁じたのは中国共産党だと思う。つまり、誰もが中国共産党に「膝を屈して」いなければ気が済まないから、自分たちに逆らって、自由に意見を述べようとしている人間は、別の誰かに「膝を屈して」いるという見方しかできない。その同じ基準を、全世界に適用しようとしている。「隗より始めよ」で、出てきた相手が日本なのか。
上記の表現を使った人たちは、精神が歪んでいる。支配欲に支配されて、ヒトとしてのまともな精神を失っている。私はそう感じた。

「中国社会全体の自信をさらに深めた」

洪水の国内被害の状況を、ほとんど報道させていない。よほど自信がないだな、だからこういう表現が出てきたんだなと、しっかりと伝わる表現だなと、私は理解した。
そもそもが、「膝を屈する」とか、「暴力的」とか、「外国にこびる」とか、僻み根性丸出しで、書き手の度量の狭さが滲み出ている文章だなとも思う。2ヶ月くらい前から、中国共産党系の表現が、かなり北朝鮮に似てきた。本質的に中国共産党は、金正恩と同じ思考回路を持っているのだろうと思う。それが、顕在化してきただけかも知れない。

誰も、誰に対しても膝を屈する必要などないし、他人の価値観に盲従する必要など何もない。相手がどこかの国の大統領だろうが、ジャングルの奥の裸族であろうが、同じように、自分の尊厳を曲げる必要もなければ、相手の尊厳を否定することだって許されない、人間対人間というのはそういう関係なんじゃないかと、私は思う。

日本は、言うまでもなく「民主主義国家」であって、根拠のない誹謗中傷でない限りは、根拠が説明できる限りは、相当な表現でも容認されている、と私は理解している。(もし、中国だったら死刑にされそうな「替え歌」もどきも、ネットに書いたことがあるし・・・まだ、閲覧可能な状態ですけど。)確かに、相手が政治家であっても「人格攻撃」のような表現は慎むべきだと思うが、そうした「下劣」な表現で相手を責め立てたなら、そうした表現を発した本人(もしくは、私)の「下劣さ」が滲み出ただけのことだと、一般的には解釈できる。だから、よほどのことがない限りは、下品な言葉を並べての「攻撃」は、避けたいとは思ってはいるものの・・・

ただなぁ、思えばまだ30代の、盛んな頃に、我慢しきれずにエ×本を見ながら××××していた状況が、もしかしたら盗聴・盗撮で外部に筒抜けだったと気付いたあたりから、私も相当に精神的には病みまして、今更上品を気取ったって無駄というか、もう自分の尊厳なんてものは存在していないのかと思いながら、その前提で、どんな下品で下劣な表現であっても、まるで中国共産党のような言葉遣いで、あちこちに喧嘩をふっかけたこともあったかな、なんてことは思う。言うまでもなく、もう失うものなんか何もない気分だったから、できたことなのかも知れない。

と言うことは、今の中国共産党も、失うものが何もないところまで追い込まれているのかなぁ。当時の私と一緒ですね。

あの頃の自分を思い出すにつけ、やはり思うな。人間、というか、それが個人であっても国家であっても、尊厳を失ったら終わりだね。

というよりも、そもそもが、自国民一人ひとりの尊厳というものを全く顧みていない国家だから、その国家そのものが尊厳を持ち合わせていないのかも知れない。